2018年12月31日


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はじめまして。

このブログでは、クラシック音楽の真髄にどんどん斬り込んでいきます。

「ぶった斬り」というタイトルにしては、内容は名前負けしている感はありますが、自分が悪いと思うものを人には薦められないし、書きたいことを楽しく書く、ということをモットーにしています。

どちらかというと、クラシック音楽を聴き込んだ人向けの内容ですが、これからクラシック音楽を聴いてみようかな、と思っている方にも親しんで頂けるように考えながら書いています。

クラシック音楽に欠かせないのが、演奏家です。演奏家の優劣によって作品の価値が決まるといっても過言ではありません。

私はそこに焦点をおいています。

そして作曲家のことや曲の内容説明はそれぞれのディスクの解説にあるので、私は演奏の批評をこのブログで書くことに重きをおいています。

どうぞ、よろしくお願いします。

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2018年04月23日


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モーツァルト没後200年記念として企画されたレヴァインとウィーン・フィルによる交響曲全集は、極めて高い評価を得た。

レヴァインはオーケストラの個性や特質を十全に引き出して、豊かな情感を湛えた造形美に溢れる演奏を繰り広げている。

オーケストラの伝統的な響きの美しさと指揮者の新鮮な解釈とが見事なまでに合致した名演集である。

相変わらず粒立ちのよいきびきびとしたリズム、しなやかに流れる歌、そしてふくらみのある美しい響き、彼らの演奏はどこをとっても隙がなく、しかも芳醇な香りが満ちている。

何よりも得難い特質は、伝統的なモーツァルト像と新しいモーツァルト像との見事な融合を成し遂げていることである。

モーツァルト像の刷新は、伝統的な側面だけでなく演奏の実践の領域でも、急速に進んでいる。

作曲当時の楽器や演奏習慣に立ち戻ることによって、19世紀のロマンティックな垢を洗い落とし、素顔のモーツァルトを現代に蘇らせようという活動は、今や完全に定着しつつある。

だがこうした傾向は、ともすれば19世紀以来の伝統をことごとく否として退けることになりかねない。

音楽が文化として、歴史の流れの中で脈々と受け継がれていくものであるならば、伝統を踏まえ、それを生かしつつ新しいモーツァルト像に立ち向かうという道もまた、あるはずである。

19世紀以来のモーツァルト演奏の伝統を自ら作ってきたと言っても決して過言ではないウィーン・フィルが、交響曲の全曲録音という大事業を挑むにあたって選んだのは、そういう道であった。

そしてそれを実現にまで導くことのできる指揮者として、彼らはレヴァインを指名したのである。

1943年にシンシナティで生まれたレヴァインは、ジュリアード音楽院を卒業後、クリーヴランド管弦楽団のセルのもとで6年間副指揮者を務め、その後あちこちの客演の舞台に立ちながら1973年にメトロポリタン歌劇場の首席指揮者に就任、75年以降は音楽監督を務めながら国際的な活躍を展開してきた。

レヴァインは出世のスピードは速かったが、コンクール歴があるわけでもなく、若手には珍しくいわば現場でたたき上げられて育ってきた指揮者である。

伝統的な演奏のスタイルは、その過程で完全に身に染みついている。

一方で彼は、オリジナル主義的な演奏のあり方にも充分な理解と関心を示し、その成果を積極的に取り入れようとするのである。

弦楽器のヴィブラートを伴う艶やかな響きや管楽器の音色のブレンド、息の長いフレージングなど、モダン楽器の特質を存分に生かしながら、一方では編成を小さくしてテクスチュアを明晰化し、オリジナルの楽器配置を踏まえることで、例えば第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの掛け合いの効果を立体的に浮き彫りにする。

すべての繰り返し記号を忠実に守っているのも、作品のオリジナルな姿を尊重しようとする彼の姿勢に他ならない。

伝統的なモーツァルト像と新しいモーツァルト像の間には、大きなギャップがある。

それを克服するのが我々に課せられた今後の課題であり、レヴァインとウィーン・フィルは、演奏実践の面からその課題に挑んだ。

そしてそれが確かな成果を上げてきたということを、この全集は証明しているように思われる。

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classicalmusic at 00:46コメント(0)モーツァルトレヴァイン 

2018年04月21日


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ペイターの『ルネサンス』は学生時代に初めて読んで、彼の芸術作品への魅力的な解釈と大胆な論法に惹かれたが、著者が採り上げている時代の美術や文学に精通していなかったために、かなり敷居の高い思想書という印象があった。

しかし本書に紹介されている作品を実際に鑑賞し、またネットを通じて総てが検索できるようになった現在になって、ようやっと彼の批評の精神、つまり人々を啓蒙する批評家としての活動の真価を見出せるようになった。

ペイターの記述の中には、サンプルとして説明されている作品の作者がしばしば誤って示されているが、当時ではまだ知り得なかった事情があるので許容範囲とすべきだろう。

いずれにしてもルネサンスが我々にもたらした啓蒙精神を明かす息遣いや人間性の回復を高らかに唱えていて、後の時代に与えた影響も絶大であったことを証明する一冊だ。

本書には写真や図版などの掲載は皆無だが、入門者のためにはある程度のイメージが必要だろう。

記憶違いでなければ、ワイルドが称賛した同書にもカラー図版が付いていた筈だ。

それぞれの章でルネサンスに関わった人物とその作品が論じられていて、それは現代にも通用する鋭利な視点からの洞察に貫かれている。

最終章に置かれたドイツの古典学者ヴィンケルマンへの考察は圧巻で、確かに彼はルネサンスの時代人ではないが、その精神を実生活においても証明する結果になった彼の人生へのペイターの共感が滲み出ている。

ヴィンケルマンは貧しい家庭の出身だったが自身のギリシャ、ローマの古典作品への並外れた理解力とおよそ真似のできない情熱で、そうした作品群の価値を明らかにしていく。

目標達成のためには省略できるものは総て省き、いよいよ古典の宝庫ローマに向かうためにカトリックへの改宗を果たして、その地に12年間滞在することになる。

後のゲーテを筆頭とするその後のドイツ文学が彼から受けた影響はまさにルネサンス的と言えるものだろう。

ヴィンケルマンは『芸術の美は、自然の美よりも高度の感受性を必要とする....』と書いている。

それはワイルドの『自然は芸術を模倣する』に受け継がれた哲学ではないだろうか。

自然界が神によって創造されたものであれば、プラトンがイデア論で展開した『現世はイデアの世界の影が映し出されたところ』という意味でも理解できるし、芸術が自然に対して優位に立つ創造の源泉であることも認識される。

だからその原点からある種の霊感を得て創り出されるのが芸術作品であり、自然を模倣するだけの作品は芸術作品とは言えない。

こうした思考はルネサンス的発想に支えられているが、それは古典研究から得られた成果であるに違いない。

中世とルネサンスを分けることができるとすれば、その時代に生きたアーティストや科学者たちが時代を切り拓く最先端に立っていたことを自覚していたか否かがその境界線になるのではないだろうか。

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classicalmusic at 00:14コメント(0)芸術に寄す筆者のこと 

2018年04月19日


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ヴィルヘルム・ケンプの演奏によるこのモーツァルト作品集は1960年から62年にかけて録音されたもので、60代後半にさしかかった彼の押しも押されもしない円熟期の至芸を極めて良好な音質で堪能できる1枚だ。

ピアノ協奏曲第8番ハ長調は、フェルディナント・ライトナー指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との協演になるが、第24番ハ短調に関してはバンベルク交響楽団の記載はあるが指揮者の名前がクレジットされていない。

ライナー・ノーツによれば急速楽章のカデンツァがいずれもケンプ自身の手になるものなので、彼の弾き振りなのかも知れない。

その他に2曲のピアノ・ソロのための作品、ピアノ・ソナタ第11番イ長調『トルコ行進曲付』及びファンタジアニ短調が収録されている。

いずれも保存状態の良いステレオ録音で、チェコ・プラガ独自のリマスタリングによって潤いのある瑞々しいサウンドが蘇っている。

筆者がケンプの演奏をコンサートで聴いたのは彼が最晩年に来日していた頃のことなので、その実力はある程度想像力で補わなければならなかった。

それでも小品で聴かせる気の利いた解釈と心温まるリリシズムについては他のピアニストには真似のできない、孤高の美しさを表現し得ていたことが忘れられない。

このアルバムでも良く聴いていると彼が如何に注意深くそれぞれの声部の音量をコントロールし、非常に高い音楽性を披露していたかが理解できる。

それはまた彼の作曲家としてのオーケストレーションを髣髴とさせるテクニックにも繋がっているだろう。

このCDでもそれぞれの曲の随所に現れる、これ以上省略できないほどシンプルだが汲めども尽きない味わい深さにケンプの美学が究極的に示されているのではないだろうか。

丁寧なタッチで軽やかになめらかに奏でられる極上のモーツァルトで、春の日差しのように暖かくほのぼのとした演奏が魅力的だ。

ケンプの音楽性のなかには、ドイツ音楽のよさとでも形容すべきものが脈々と生きているようである。

決してテクニシャンではないのだけれど、その表現するところは大地にしっかりと足をつけており、深く、常に味わい深い。

テクニック万能と言えるような今日にあって、なお多くのファンから愛聴、支持されている理由は、多分、そのあたりにあるのだろう。

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classicalmusic at 00:27コメント(0)モーツァルトケンプ 

2018年04月17日


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ジョン・マナシーとジョン・ナカマツのコンビは既にブラームスのクラリネット・ソナタ集及び五重奏曲をリリースしているので、クラリネット・ファンにはお馴染みだろうが、このCDは際物扱いされているためか意外に話題に上らない。

しかし演奏の質から言っても、彼らが得意とするアメリカ音楽への勧誘という意味でも優れた1枚だ。

マナシーのクラリネットについては、その肌理の細かい繊細な美しさと無類のテクニックが、曲によっては逆にいくらか神経質に聴こえてしまうことが無きにしも非ずだった。

このアルバムでは本人自身も演奏を心から楽しんでいる、羽目を外した普段着の彼が見えるような気がするし、またピアノのジョン・ナカマツの乗りの良さも特筆に値する。

特にノヴァチェクのラグではホンキートンク・ピアノを髣髴とさせる底抜けに明るいリズミカルな伴奏が愉快だ。

両者とも非の打ちどころのないアンサンブルを披露していて、クラシック・ファンだけでなく、広い層の人にお薦めしたいデュオ集だ。

最初の4曲はジョン・ノヴァチェクの『2人のジョンのための4つのラグ』と題された文字通りシンコペーションを多用したラグタイムの魅力を充分に取り入れた小品集だが、既に作曲されていたものを今回特に彼らのためにアレンジした事からこの曲名がついたようだ。

続くパキート・デ・リベラの『ザ・ケープコッド・ファイルス』は自身クラリネット奏者でもあるためにこの楽器の特性が見事に活かされている。

特に第3曲は無伴奏ソロで、マナシーの鮮やかなテクニックが冴えている。

バーンスタインの『ソナタ』は他の曲に比べると娯楽的とは言えないが、作曲家の音楽的な思索が高度に練り上げられた印象的な作品だ。

締めくくりは4曲のガーシュウィンで、この種の曲で一世を風靡した元祖のオリジナリティーが、このアルバムのしんがりとして相応しい。

日系アメリカ人のピアニスト、ジョン・ナカマツは第10回ヴァン・クライバーン・コンクールの覇者で、故郷カリフォルニアではドイツ語の教師を勤めていたという変り種の音楽家だが、室内楽にも熱心に取り組む姿勢をみせていて、今後の彼の演奏活動が期待される。

音質は極めて良好だが、目の前に奏者が立つような生々しい臨場感ではなく、一歩引いた空気感を捉えているハルモニア・ムンディの特徴的な録音だ。

18ページで写真入りの英、独、仏語によるライナー・ノーツが挿入されたデジパック入り。

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classicalmusic at 00:22コメント(0)バーンスタインガーシュウィン 

2018年04月15日


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この音源が1962年と翌63年にプラハで収録されたことを考慮すると、当時としては技術的にも最高水準の録音だったと想像されるが、今回のUHQCD盤はその真価を明らかにしている。

先ず第一印象としては音質の透明度が向上して、よりクリアーなサウンドが得られていることで、これは2002年に本家スプラフォンからリリースされたリマスター盤の音質を上回っている。

結果的に解像度も増して広い音場の中でのオーケストラのそれぞれの楽器の定位も、また音色もより鮮やかに聴き取ることができるし、高音の抜けも良くなって以前のものより刺激的ではなくなっている。

過去の音源に新たに付加価値を付けて、より高い価格に設定する手段のひとつかも知れないが、肯定的に見るならば音質改善という、鑑賞者にとっての本来の目的は達成されていると思う。

この2曲のストラヴィンスキーを聴くと、カレル・アンチェルが20世紀の音楽の指揮者としても巨匠だったことが証明されている。

ここでのストラヴィンスキーは、素朴な雰囲気の中にも、鋭く野性的な力強さを持った、独特の味わいを持つ秀演として、高く評価されている録音だ。

自身作曲家でもあったアンチェルならではの深いスコア・リーディングが光っており、演奏効果を狙うのではなく音符1つ1つの必然性を明確に描いた演奏は限りない迫真力を持っている。

『春の祭典』冒頭のファゴットの官能的な導入が印象的で、それに続くウィンド・セクションの精彩に富んだ巧妙なアンサンブルがこの作品の原初的なパワーを遺憾なく発揮している。

また、弦楽部の不協和音に聴くことができるように野卑で野放図な音響ではなく、あくまでも音楽的な構想で造形されている。

アンチェルの解釈はモダンで冷徹な面もあるが、決して楽理一辺倒ではなく、常に生き生きとした音楽が溢れ出てくるような力強さを持っている。

1960年代前半のチェコ・フィルの渋い名人芸がアンチェルの棒で最大限に生かされた演奏で、現代曲の初演もどしどし取り上げていたこのコンビは、リズム感だけでも独自のものを感じさせる。

『ペトルーシュカ』ではオーケストラが更にカラフルになり、バレエの舞台を髣髴とさせる映像的な効果や物語性の描写も秀逸だ。

彼らの第二の黄金期と言われるだけあってチェコ・フィルのメンバー面目躍如のソロの応酬が聴きどころだ。

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classicalmusic at 00:32コメント(0)ストラヴィンスキーアンチェル 

2018年04月13日


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このページで紹介されているのはラフマニノフのピアノ独奏用の一連の作品集『音の絵』並びに『前奏曲』から22曲のMP3ダウンロード形式による音源だが、勿論CDとしても廉価盤で入手することが可能だ。

英オリンピアから受け継いだレジス盤の廃盤に伴い、アルト・レーベルが現在ライセンスを獲得しているリヒテルのシリーズ物の特徴は、どれも理想的な音質で彼の円熟期の師芸が堪能できることで、マイナー・レーベルながら大手メーカーからは出ていない彼の優れた演奏がCDにして11枚分揃っている。

ラフマニノフのピアノ曲を相応しく再現するのに必要なスケールの大きな発想、強靭な打鍵からデリケートな響き、重くたっぷりとした情感から傷つきやすく、秘めやかな感傷性のようなもの等々に至るまでのほとんどあらゆる要素を、リヒテルというピアニストはそなえていると言えよう。

しかも、充分すぎるほどの余裕をもっており、このディスクに聴く演奏は、その間の事情をあますところなく明らかにしていると言えよう。

ここでは、ラフマニノフの音楽が、まさに等身大と言っていいようなかたちで再現されている。

なるほど、彼の音楽はこのような息づかいをしているのかと、改めて実感させられてしまうような内容だ。

特に『音の絵』は全18曲のなかから9曲を選んだもので、1984年のデジタル録音で巨匠リヒテルの絵画的描写を超えた、研ぎ澄まされた独創的な主張が冴え渡っている。

素晴らしい技巧で、ダイナミックに弾きあげた、すこぶる堂々とした演奏である。

『前奏曲』は作品23から6曲、作品32から7曲選んで収録しているが、いずれも、リヒテルならではの強い芯をもった演奏で、そのスケールの大きな表現には圧倒されてしまう。

ラフマニノフを演奏する時のリヒテルは、豪快さ一点張りで押し通すのではなく、ある時は柔らかく、ある時は豪壮に歌いあげる。

また、現代ピアノの華麗で多彩な色どりを追求し、その効果で楽しませてもくれる。

その結果、何曲かの『前奏曲』が、相互に連なることにより大きな作品として現前する。

こうして聴くラフマニノフは実に楽しく、リヒテルの勝利の証と言えよう。

ラフマニノフのこれらの作品はピアノの音で綴った詩情溢れる小品群だが、演奏者の確たる哲学と感性とのバランスが取れていなければ名人芸を聴かせるだけの曲芸に堕してしまうし、また何かのイメージに固執して標題音楽化するのも作曲者の意図に反するだろう。

しかしリヒテルの演奏にはそうした問題を超越した世界があリ、私達を言葉では言い表せない精神的な高みに引き込んでいくようなカリスマ的なテクニックを感じざるを得ない。

こうした小品集もリヒテルは決して系統的に全曲録音した訳ではなく、彼自身が納得したものだけが選択されているに過ぎない。

おそらくコンサートのプログラムの補填として、あるいはアンコール・ピースとして用意されたものなのだろう。

レコーディングは、『音の絵』からの9曲が1984年の4月にミュンヘンにて、『前奏曲』からの13曲が1971年の9月にザルツブルクのクレスハイム城で行われている。

クレスハイムはリヒテルがしばしば指定した録音場所で、宮殿内の豊かな残響だけでなく、都会の雑踏から離れた奥ゆかしい古城は彼の霊感を高めるのに好都合だったに違いない。

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classicalmusic at 00:06コメント(0)ラフマニノフリヒテル 

2018年04月11日


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リヒテルの演奏の凄さを示す1枚で、彼の幅広い芸風を示し、楽しませてくれる点でまことに興味が尽きない。

シューマンの作品は多分に文学的な要素を持っていると言われるが、リヒテルのシューマンは中世の騎士道物語を語っているような、骨太で豪快なロマンティシズムが感じられる。

彼はシューマンの音楽から感傷を引き出そうとはせずに、あくまでも楽想の本筋を正々堂々と追った演奏で、それがピアニストの王道と言われる所以なのかも知れない。

彼はまたピアノの音色にきわめて注意深い演奏家だった。

それは彼自身が語っているようにモスクワ音楽院時代の師匠ネイガウスから受け継いだ奏法に違いない。

しかし一方で彼は音色づくりに拘泥して音楽そのものが脆弱になることも完璧に避けている。

こうした音楽性とテクニックとの高度なバランスと調和が求められるシューマンのピアノ曲は当然リヒテルのレパートリーの重要な中核をなしていて、このCDでも彼の円熟期の卓越した表現を鑑賞できる。

ただここでは、感情の洗練された表出よりも、情熱の噴出の方がより重視されている。

『交響的練習曲』は12曲からなる変奏に、遺作の5曲の変奏を加えたもので、第5練習曲の後に、その変奏を挿入している。

大家ならではの力強く堂々とした音楽づくりに惹かれる演奏で、きわめてロマンティックな味を生かし、情熱的に表現しているのが特徴だ。

その強靭なタッチとスケールの大きさは傑出しており、ことに最終変奏の第12練習曲は、すこぶるダイナミックに弾きあげている。

うねりの大きい動感に溢れた演奏で、芯のしっかりとした、コクのある、いかにもシューマンらしい音づくりも魅力だ。

『幻想小曲集』からの2曲はリヒテルの厳しさと作曲者のファンタジーがまじり合い独特の味わいを醸し出している。

最後に置かれた「夢のもつれ」ではヴィルトゥオーゾとしての彼の面目躍如の超絶技巧を披露して聴衆を沸かせている。

米ミュージカル・コンセプツ社がマンチェスターのアルト・レーベルから廉価盤としてリリースしているリヒテルのCDシリーズは、英オリンピアからのライセンス・リイシューになるが、音質の優れているものばかりをセレクトしているのが良心的だ。

このCDは1971年のアリオラ=オイロディスクへの録音と79年のNHKホール・ライヴのふたつの音源からカップリングされているが、どちらも良好な音質と臨場感を持っている。

最後の『幻想小曲集』からの2曲のみが東京ライヴで、そのほかの曲についてはライナー・ノーツに録音場所は明記されていない。

リヒテルのディスコグラフィーを調べると、この音源は71年にザルツブルクのクレスハイム城で行われたセッションということで、確かに潤沢なピアノの余韻は彼が同地で録音したシューベルトやバッハに共通している。

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classicalmusic at 00:23コメント(0)シューマンリヒテル 
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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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