2022年12月31日


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はじめまして。

このブログでは、クラシック音楽の真髄にどんどん斬り込んでいきます。

「ぶった斬り」というタイトルにしては、内容は名前負けしている感はありますが、自分が悪いと思うものを人には薦められないし、書きたいことを楽しく書く、ということをモットーにしています。

どちらかというと、クラシック音楽を聴き込んだ人向けの内容ですが、これからクラシック音楽を聴いてみようかな、と思っている方にも親しんで頂けるように考えながら書いています。

クラシック音楽に欠かせないのが、演奏家です。演奏家の優劣によって作品の価値が決まるといっても過言ではありません。

私はそこに焦点をおいています。

そして作曲家のことや曲の内容説明はそれぞれのディスクの解説にあるので、私は演奏の批評をこのブログで書くことに重きをおいています。

どうぞ、よろしくお願いします。

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2021年03月05日


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音質に潤いと明るさが増したリニューアル盤。

ジュリーニ、ロサンジェルス・フィルのコンビでは、これまでのオーケストラル・ワークを見直すような、独自の音楽性を発見することができる。

2曲の交響曲にはどちらもしっかりした構成感が築かれているが、オーケストラの練り上げられた表現の上手さと音色の美しさも特筆される。

ベートーヴェンではあざといと思われるダイナミズムやテンポの抑揚などは避けて、一見古典的な構成の中に音楽の美しさを湛えていて、かえって斬新な印象を与える。

第2楽章のそれぞれのヴァリエーションの特徴を掴んだ演奏、第3楽章スケルツォでの、幽霊の登場のテーマも逆に明瞭に提示して、過去の慣習に囚われない瑞々しさを強調している。

終楽章のクライマックスも開放的で明るい響きが支配的だが、緊張感は失われていない。

『ライン』は4曲あるシューマンの交響曲の中で、ジュリーニが録音したのはこの第3番のみで、ムーティがウィーン・フィルを振ったものと聴き比べてみた。

ムーティは堰を切ったような流れで、青春の息吹を感じさせるのに対して、ジュリーニのそれは、より成熟した趣を持っている。

それはムーティがウィーン・フィルの自主性にある程度任せているのに対して、ジュリーニは1音たりとも譲らない姿勢を示したからかも知れない。

第2楽章スケルツォではムーティが舟歌のように歌わせるが、ここでは油彩の鄙びた風景画をイメージさせる。

そして第4楽章までに溜めておいた底力を終楽章で一気に噴出させるオーガナイズは流石で、ブラス・セクションのファンファーレも効果的に響かせている。

尚マーラー版に準じているのが本盤のセールス・ポイントで、オーケストレーションの旨さでは群を抜き、響きはいいが、シューマン特有の渋さは保たれている。

ジュリーニの演奏美学と感性にもピタリとはまり、叙情性豊かでスケールの大きい壮麗な『ライン』が出現している。

現在では原譜支持が圧倒的だが、フルトヴェングラーやセルなど20世紀の巨匠たちはスコアに手を入れることを主張し、これを実践した。

この録音が行なわれた1980年まではこうしたシューマン演奏はもてはやされていた。

が、昨今ジュリーニ盤は片隅に追いやられている。

今一度脚光を浴びることはあるのだろうか?

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classicalmusic at 22:07コメント(0)ジュリーニシューマン 

2021年03月01日


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バッハはチェロのために無伴奏ソナタと組曲を遺しているが、オブリガート・チェンバロ付きのソナタはヴィオラ・ダ・ガンバのための作品で、ドラマティックな表現よりデリケートな音色を生かす奏法が想定されていることは確かだ。

シュタルケルは元来バロック音楽には造詣の深いチェリストだけにこのソナタ全集でも、ガンバをある程度意識した、抑制を効かせた中庸の美が聴きどころだろう。

この録音は1977年にプラハで行われたセッションだが、チェンバリスト、ルージチコヴァーとは6年遡る1971年にドイツ、シュヴェツィンゲンの音楽祭でも同曲集で共演している。

それだけにこのデュエットが彼らにとって手慣れたレバートリーだったことも、余裕を感じさせる演奏に表れている。

シュタルケルは完璧な技巧に持って初めて優れた音楽が成立するという考えのもとに、自然この上ない右手のボウイングと強靭な左指の独立性により、チェロ演奏技術の頂点に立ったチェリストのうちの一人である。

そのため、演奏にあたって技術的問題は皆無でバッハの音楽を表現することのみに重点を置いている。

トリオ・ソナタ様式の曲であるので、強い表情付けを行えないハープシコードの右手とチェロのバランスに配慮し対位法的絡み合いを重視しダイナミクスを抑えて比較的穏やかな表現で演奏をしている。

従って、コダーイの無伴奏ソナタやバッハの無伴奏組曲で見せる豪放さは聴かれない。

力みがなく自然で控えめな表情を付け強い自己主張を避けた演奏であり、伸び伸びとしていてバッハの声が生で聴こえるようである。

ちなみにシュタルケルは更にその前のマーキュリー時代、ハンガリーの盟友ジェルジ・シェベックとのピアノ伴奏盤もセッション録音している。

一方ルージチコヴァーは同曲集をフッフロやフルニエとも録音しているし、その後もスークの弾くヴィオラ版でも共演しているので、彼女にとっても繰り返し演奏した百戦錬磨で鍛えた曲集だ。

彼女の弾くチェンバロはノイぺルト製のモダン・チェンバロなので、下手をするとやや金属的な音色が耳障りになるが、高音を巧みに抑えながら意外にも大胆なレジスター処理でシュタルケルのチェロに拮抗する斬新な効果を上げている。

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classicalmusic at 11:57コメント(0)バッハシュタルケル 

2021年02月18日


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丁寧な復刻で評価を高めているスペクトラムがフランス国立視聴覚研究所INAの音源をリマスタリングしたディスクで、本家のオリジナル盤ではプロコフィエフとコダーイの他にはマルティヌーのチェロ・ソナタ第2番が収録されていた。

これは1964年6月20日のマレ音楽祭でのライヴ録音だが、音質も比較的良好なので何故バルトークとバッハに差し替えられたのか分からない。

リマスタリングの効果で音色に潤いが出ているが、総てモノラル録音で時代相応の音質であることは否めない。

ただし演奏の方は、いずれも当日の熱気が伝わってくるような緊張感が素晴らしい。

ハンガリーが生んだ20世紀の名チェリスト、ヤーノシュ・シュタルケル。

比類ないテクニックに裏打ちされた非常に表現力豊かな演奏で幅広いレパートリーで聴衆を魅了してきた。

ここに収録された4つの作品はまさにシュタルケルの芸術性を見事に表した傑作揃いだ。

得意としたバッハから母国ハンガリーのコダーイ、バルトーク、そして初演から10年も経たない、当時の新作ともいえる難曲プロコフィエフのチェロ・ソナタ (ロストロポーヴィチとリヒテルにより1950年公開初演されたプロコフィエフ晩年の傑作) まで充実の演奏を聴かせてくれる。

共演のジェルジ・シェベックもさすがの演奏で、最強のデュオが存在感を示した好演を聴かせる。

プロコフィエフの機知に富んだ、しかし終楽章アレグロでの劇的で華やかな曲想を、シュタルケルとシェベックの格闘するようなやり取りと、不思議な調和感で貫くテクニックの冴えで聴く者に一種のカタルシスをもたらす。

またコダーイとバルトークは他の追随を許さないほど彼らのオリジナリティーが聴きどころだ。

彼らは同郷の盟友でもあり、どちらもアメリカに移住してインディアナ大学で教鞭をとった。

この録音が行われた時代は盛んにデュエットを組んでコンサートを行っていたので、彼らの息の合った、しかし一方では丁々発止の合わせが醍醐味だろう。

ちなみにシェベックはフリッチャイとも共演しているが、現役のソロ・アルバムは現在FHRレーベルからのバッハを中心としたプログラムのライヴが1枚リリースされているのみだ。

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classicalmusic at 20:42コメント(0)シュタルケルプロコフィエフ 

2021年02月11日


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イタリア弦楽四重奏団は彼らの長いキャリアの間にドビュッシーの弦楽四重奏曲ト短調Op.10を3回、ラヴェルの同ヘ長調を2回録音している。

このCDに収められた音源はどちらも1965年にフィリップスに入れたステレオ録音で音質も極めて良好だ。

聴く前の予想では前回より角がとれたまろやかな表現になっている筈だと考えていたのだが、全く予想を裏切られた。

1956年のモノラル盤ドビュッシーを聴き直してみたが、その情熱と覇気は音楽の内面に昇華されるどころか、9年後のこのセッションでもますます外側に向かってアピールされ、しかもステレオ録音ということもあって、臨場感は旧盤を凌いでいる。

結成以来既に20年を経過していた当時でさえ、演奏は熟成という方向に向かうのではなく、いつまでも新鮮味を失っていない。

第2楽章の恐るべきピチカートの応酬も健在だ。

やはりこれがイタリア弦楽四重奏団の本来の姿なのだろう。

彼らのフランスものは原色をカンバスにぶつけたような強烈な色彩感があり、それは水彩のデリカシーではなく、圧倒的な油彩の世界に喩えられる。

勿論彼らはいたるところに歌を見出し、メロディーを浮かび上がらせる技でも一級の腕前を持っている。

そこはかとない情緒や陰影には無縁の表現だが、リズムや和声の明瞭な変化とその際立った対比を武器にしてスケールの大きい推進力を生み出して、聴き手を引き込んでやまない魅力に溢れている。

このCDは96kHz 24-BITスーパー・デジタル・トランスファー方式によって2001年にリマスタリングされたフィリップス50グレート・レコーディングス・シリーズのひとつで、鮮明で磨きのかかった音質が蘇っている。

第1ヴァイオリンがパオロ・ボルチャーニ、第2がエリーザ・ペグレッフィ、ヴィオラ、ピエロ・ファルッリ、チェロ、フランコ・ロッシで彼らはカルテット黄金期のメンバーでもある。

英、仏、独語の15ページのライナー・ノーツ付。

ちなみにラヴェルに関しては1968年のライヴ盤がアウラ・ミュージックからリリースされている。

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classicalmusic at 21:25コメント(0)イタリアSQドビュッシー 

2021年02月04日


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この録音が行われた1960年はいわゆる冷戦下、アメリカから見れば“鉄のカーテン”で隔てられていた“東側”の演奏家が初めてアメリカに来演した年にあたる。

とりわけリヒテルの2ヵ月にわたるツアーはセンセーションを巻き起こし、RCAによるレコーディングも並行して行われた。

シャルル・ミュンシュとボストン交響楽団のサポートによるベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番は、明るくメリハリのあるオーケストラと、当時45歳でアメリカでのデビューを飾ったリヒテルの壮年期特有の覇気に満ちたダイナミックな表現がこの演奏の身上だろう。

ミュンシュの表現が常にそうであったように、この曲においてもベートーヴェンの音楽を内側に凝縮させていくのではなく、逆に外側に向かって発散させるような解放的な演奏が特徴だ。

それは曲自体の性格にもまたこの時期のリヒテルの演奏スタイルにも相性が良かったと思う。

双方に一期一会的な雰囲気があり、そうした意味でも独特の緊張感が伝わってきて興味深い。

ただミュンシュと異なる点は、リヒテルは決して音楽の流れに任せて即興的に弾くタイプのピアニストではなかったことだ。

このディスクに収められている2曲のピアノ・ソナタでも彼のヴィルトゥオジティを発揮した華麗な表現を聴かせてくれるが、それでいて骨太で綿密な音楽設計が明確に感知できる優れた演奏で、後年の内省的な世界を予期させるものがある。

リヒテルは深々とした呼吸で熱っぽく弾きあげた、ダイナミックな根太い演奏で、全篇に溢れる強烈なファンタジーが魅力だ。

この2曲の力強さと抒情性を、巧みに弾きわけていて見事で、全体に、極めてエネルギッシュな表現である。

彼自身はこの演奏を嫌って失敗作のように言っていたが、音楽的な造形からも、またその表現力の幅広さと強烈なダイナミズムからもベートーヴェンに相応しい曲作りで、本人であればともかくあらを探すような次元の演奏では決してない。

1960年の録音になり音質は非常にクリアーで、僅かなテープ・ヒスを無視すれば臨場感にも不足しない、充分満足のいく音響が得られている。

なお協奏曲の方はXRCDとしてもリリースされていて、こちらも選択肢のひとつになる。

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classicalmusic at 17:17コメント(0)リヒテルミュンシュ 

2021年01月28日


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ウェストミンスターのUHQCDシリーズからは、ウィーン・フィル第13代コンサートマスター、ヴァルター・バリリのモーツァルト珠玉のモーツァルト・ヴァイオリン・ソナタ集が3枚ほどリリースされている。

いずれも同郷のウィーン三羽烏ピアニストの一人、パウル・バドゥーラ=スコダとの1950年代初期のモノラル録音だが、幸い録音、保存状態ともに上々で潤いのある音質と臨場感は高度な鑑賞にも充分に堪え得る。

2人ともウィーン出身で、ウィーン流の音楽的コンセプト、品良く歌い、喜びに満ちた演奏が聴く者を魅了する。

言うまでもなく彼らの演奏はウィーンの伝統と独特の美音で上品に気高く歌い上げるスタイルだ。

すっきりしていて恣意的なフレージングや歌い崩しがなく、モーツァルトの様式に則ったシンプルな解釈が特徴だろう。

それはシュナイダーハン、ボスコフスキーからバリリに受け継がれたウィーン・フィル歴代のコンサートマスター達が守ってきた音楽性と高度なアンサンブルのテクニックによる表現だ。

以前にも書いたが、バリリのヴァイオリンは線が細めで、ドラマティックな迫力には欠けるが柔軟で艶やかな音色は、彼の奏法と相俟って特有の粋な雰囲気が醸し出される。

そのさり気ない洒落っ気とモーツァルトの音楽のバランスが絶妙に保たれていて、ヴァイオリンを愛する方には是非お勧めしたい1枚。

確かに現在では聴くことのできないウィーンの情緒とはこういうものなのだろう。

ちなみに1921年生まれのバリリは今年100歳になる、戦前からのウィーン・フィルを知る存命中の数少ないヴァイオリニストでもある。

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classicalmusic at 19:26コメント(0)モーツァルト 

2021年01月27日


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カラヤンは、DVD作品を除くと、4度にわたってベートーヴェンの交響曲全集をスタジオ録音しており、1977年の普門館でのライヴによる全集もあるが、本全集はそれらいずれの全集をも大きく凌駕していると言っても過言ではあるまい。

1966年と言えば、まさにカラヤン&ベルリン・フィルの全盛時代で、心身ともにベストコンディションであり、精緻さと重厚さを兼ね備えた20世紀最高のベートーヴェン演奏と言える。

ベルリン・フィルも、名うてのスタープレーヤーがあまた在籍した楽団史上でも特筆すべき技量を誇った時代であり、それぞれ最高の状態にあったカラヤン&ベルリン・フィルによる演奏は、おそらくはオーケストラ演奏史上でも空前にして絶後の高水準を誇っていたと言ってもいいのではないだろうか。

弦楽合奏の鉄壁のアンサンブル、唸るような低弦の重量感のある響き、ブリリアントなブラスセクションの響き、桁外れのテクニックを示す木管楽器群の美しい響き、そして雷鳴のように轟きわたるティンパニの響きなどが見事に融合するとともに、カラヤン一流の流麗なレガートが施された、いわゆるカラヤン・サウンドに満ち溢れたまさに圧倒的な音のドラマの構築に成功していたと言える。

カラヤンの前任者であるフルトヴェングラーのような音楽の精神的な深みの徹底した追求などは薬にしたくもないが、音楽の持つ根源的な力強さにおいては、フルトヴェングラーの数々の名演にいささかも劣っているものではないと言えるところだ。

フルトヴェングラーの目指した音楽とカラヤンの目指した音楽は、このようにそもそも次元の異なるものであり、その優劣を論ずること自体がナンセンスであると考えられるところである。

かつて影響力の大きかった某音楽評論家の偏向的な批評などを鵜呑みにして、本全集のような圧倒的な名演に接する機会すら放棄してしまうクラシック音楽ファンが少なからず存在すると想定されるのは大変残念なことであると言えるだろう。

カラヤンの個性が全面的に発揮されたベートーヴェンの交響曲全集の演奏としては、1970年代にスタジオ録音された3度目の全集を掲げる者も多くいると思われるが、本全集は、実演でこそ真価を発揮するカラヤンならではの途轍もない生命力溢れる力感が随所に漲っているなど、音のドラマとしての根源的な迫力においてはかかるスタジオ録音による全集を大きく凌駕していると言えるところであり、まさにカラヤン&ベルリン・フィルという稀代の黄金コンビによる全盛時代の演奏の凄さを大いに堪能させてくれる究極の名演奏と言っても過言ではあるまい。

音質は、従来CD盤においても音響がイマイチとされる東京文化会館でのライヴ録音と思えないような生々しさであった。

本全集の演奏のうち、「第3」については1982年のベルリン・フィル創立100周年記念ライヴ盤(ソニークラシカルのDVD作品)、「第7」は、同時期の1978年のベルリンでのライヴ盤(パレクサレーベル)に一歩譲るが、それ以外は、カラヤン自身にとって最高の超名演で構成されている圧倒的な名全集と高く評価したいと考える。

このような中で、今般、待望のハイブリッドSACD化がなされるに及んで大変驚いた。

音質の鮮明さ、そして音場の幅広さ、音圧などのどれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためて本全集の各演奏の凄さとSACD盤の潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、カラヤン&ベルリン・フィルによる圧倒的な超名演を現在望みうる最高の高音質SACDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 01:27コメント(0)ベートーヴェンカラヤン 

2021年01月25日


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既出のEMI盤のUHQCDバージョンで、音質が鮮明に再生されるがモーツァルトのピアノ協奏曲第22番は今回外されている。

その替わりにベートーヴェンのピアノ独奏曲、アンダンテ・ファヴォーリヘ長調がリカップリングされた。

おそらく音質の向上を考慮して収録時間を短縮したものと思われる。

この小品はピアノ・ソナタ『ヴァルトシュタイン』の中間楽章として構想されたものだったが、曲全体のバランスをとるために独立させたようだ。

リヒテルの歌心とリリシズムが秀でた逸品になっている。

1977年、ロンドン・アビーロード・スタジオでのセッション録音。

一方ピアノ協奏曲第3番はムーティの明快なオーケストラに支えられて。リヒテルがその円熟期の自在な表現力を発揮した演奏だ。

キレの良い弦楽とメリハリを利かせたウィンド、ブラス・セクションに乗って巨匠のピアニズムが、溢れんばかりの音楽性を披露している。

第2楽章は節度のあるカンタービレの中に表出される両者の抒情が美しい。

急速楽章でのそれぞれのカデンツァは作曲家自身の手になる。

オーケストラはフィルハーモニア管弦楽団で、ムーティが首席指揮者に就任して間もない1977年のセッションだが、既にムーティ流に統制された流麗なカンタービレとダイナミックなサウンドを聴かせている。

リヒテルがムーティと初めて共演したのは1972年のザルツブルク音楽祭でのシューマンのピアノ協奏曲で、オーケストラはウィーン・フィルだった。

その時のライヴはオルフェオ・レーベルからリリースされているが、ムーティは前年にカラヤンの紹介で同音楽祭に30歳でデビューを飾ったばかりで、ほぼ同年代のイタリア人指揮者としてはアバドに続いて国際的な演奏活動を始めた直後の意気揚々としたフレッシュな感性を伝えている。

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classicalmusic at 12:13コメント(0)リヒテルムーティ 
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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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