2023年01月01日


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はじめまして。

このブログでは、クラシック音楽の真髄にどんどん斬り込んでいきます。

「ぶった斬り」というタイトルにしては、内容は名前負けしている感はありますが、書きたいことを楽しく書く、ということをモットーにしています。

どちらかというと、クラシック音楽を聴き込んだ玄人向けの内容ですが、これからクラシック音楽を聴いてみようかな、と思っている方にも親しんで頂けるように考えながら書いています。

クラシック音楽の本当のところは、どんな演奏家であれ、作品を自分の色に染めて演奏しています。

私たちが、ベートーヴェンの何、モーツァルトの何を聴いているつもりでも、実際は、演奏家の音楽を聴いていることのほうが多いでしょう。

ことに、本当に秀でた演奏家ほど個性が強く、作品はその演奏家の音楽となってしまうのが常です。

例えば、フランスの名ワインの産地、ブルゴーニュの赤ワインは、ピノ・ノワールというただ一種類のぶどうだけで作られています。

しかし、作り手によって、味は驚くほど違います。

高級なものほど個性的です。

いわば、飲む人は作り手の個性を味わうのです。

音楽についてもまったく同じことが言えるでしょう。

作品がぶどう、演奏家が作り手というわけです。

同じ作品からでもいろいろな演奏が生まれてきます。

すばらしい演奏家の奏でる音楽ほど、独特の味わいを持つのです。

私はそこに焦点をおいて書いています。

どうぞ、よろしくお願いします。

カテゴリは分野別にクロノジカルに並べています。

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2022年08月10日


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アバドは、私見であるが、これまでの様々な名指揮者の中でも、最高の協奏曲指揮者と言えるのではなかろうか。

ベルリン・フィルの芸術監督に就任する前には、ロンドン交響楽団とともに圧倒的な名演奏を成し遂げていた気鋭の指揮者であったアバド。

そのアバドは、ベルリン・フィルの芸術監督就任後、借りてきた猫のような大人しい演奏に終始するようになってしまった。

カラヤン時代に、力の限り豪演を繰り広げてきたベルリン・フィルも、前任者と正反対のアバドの民主的な手法には好感を覚えたであろうが、演奏については、大半の奏者が各楽器セクションのバランスを重視するアバドのやり方に戸惑いと欲求不満を感じたのではないか。

それでも協奏曲の演奏に限ってみれば、ベルリン・フィルの芸術監督就任以前と寸分も変わらぬ名演を成し遂げていた。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番におけるアルゲリッチとの競演(1994年)、そして、ブラームスのピアノ協奏曲第2番におけるブレンデルとの競演(1991年)など、それぞれの各楽曲におけるトップの座を争う名演の指揮者は、このアバドなのである。

本盤に収められたロシアのヴァイオリニストであるマキシム・ヴェンゲーロフと組んで録音を行ったチャイコフスキーとグラズノフのヴァイオリン協奏曲についても、こうした名演に系譜に連なるものとして高く評価したい。

協奏曲の演奏に際してのアバドの基本的アプローチは、ソリストの演奏の引き立て役に徹するというものであり、本演奏においても御多分にも漏れないが、オーケストラのみの演奏箇所においては、アバドならでは歌謡性豊かな情感に満ち溢れており、格調の高さも相俟った美しさは、抗し難い魅力に満ち溢れている。

ここぞという時の力感溢れる演奏は、同時期のアバドによる交響曲の演奏には聴くことができないような生命力に満ち溢れており、これぞ協奏曲演奏の理想像の具現化と評しても過言ではあるまい。

チャイコフスキーやグラズノフの協奏曲に特有のロシア風のメランコリックな抒情を強調した演奏にはなっておらず、両曲にロシア風の民族色豊かな味わいを求める聴き手にはいささか物足りなさを感じさせるきらいもないわけではないが、ヴェンゲーロフのヴァイオリン演奏の素晴らしさ、両曲の持つ根源的な美しさを見事に描出し得たといういわゆる音楽の完成度という意味においては、まさに非の打ちどころのない素晴らしい名演に仕上がっていると高く評価したい。

音質は、1995年の録音ということでもあり比較的満足できる音質である。

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classicalmusic at 08:37コメント(0)チャイコフスキーアバド 

2022年08月09日


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ウィーン原典版でのこの曲集が見当たらないので、買ってみたが初心者にはお薦めできない。

バッハの鍵盤音楽を習う人の入門曲集はインヴェンションの15曲だが、一通り弾けるようになったらこの4曲のデュエットに挑戦してみるのも良いだろう。

名前の通り完全な2声部で書かれているが、インヴェンションが見開きの2ページなのに対して、この作品は4ページあり展開部が充実していることと、それに伴う転調が頻繁にあり、両手の指の独立した自由自在な動きが求められている。

この原典版には運指が付いていないので、入門者にとってはかなり指使いに苦労することになる。

最低限の運指番号は必要だ。

楽譜自体は新バッハ全集に準ずる解釈なので、充分信用できる。

ただし自筆譜の写真や詳細な解説は省略されている。

またウィーン原典版やベーレンライターの叢書版に比べるとコストパフォーマンスが高いのが特徴で、ごくわずかにセピア調の紙にプリントされた楽譜は見やすい。

紙質がやや薄く、頻繁にめくったり、折り目を付けると傷みやすいので練習の時にはコピーが不可欠だろう。

この4曲を含めたイタリア協奏曲、フランス風序曲及びゴールトベルク変奏曲を一巻にまとめた運指番号付きのヘンレー版がリリースされている。



これから購入される方にはこちらをお薦めしたい。

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classicalmusic at 21:25コメント(0)バッハ書物 

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2回に亘ってリリースされたヒラリー・ハーンの無伴奏を纏めたセットで、SHM-CDバージョンになる。

従来盤に比較して若干音色が明るくなり、艶やかさが増している。

ヒラリー・ハーンは1997年18歳の時ににCDデビュー(ソニー)を飾り、そのデビュー盤がバッハの無伴奏作品(ソナタ第3番、パルティータ第2番&第3番)だったが、残された3曲(ソナタ第1番&第2番、パルティータ第1番)はレコーディングを先送りにしていた。

このデッカからリリースされた『ヒラリー・ハーン・プレイズ・バッハ』をもって、実に20年の時を経て『無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ』全曲が完成することになる。

デビューからの約20年間でヒラリー・ハーンの音楽性は深化の一途を辿った。

レパートリーを広げ、ヴァイオリン協奏曲の王道的な作品を発表しながら、現代作品に至るまで広く取り上げる現代屈指のヴァイオリニストになった。

2003年にドイツ・グラモフォンに移籍した後は、グラミー賞2度受賞(ソニー時代にも1回受賞)を果たすなど、更に磨きの掛かった技術と音楽性で人々を魅了してきた。

今回デッカから発表されるバッハ・アルバムは、これまで歩んできたおよそ20年という歳月を振り返りながら初心に立ち戻り、新たな世界への一歩を力強く踏み出さんとする確かな意思を感じ取れる、研ぎ澄まされた音色に満たされている。

20年ぶりの解釈の変化を知るためにデビュー盤との聴き比べをしてみたが、当時の颯爽としたフレッシュなイメージを残しつつ、更に洗練味を増した、潔癖とも言うべき完全主義的なスタイルを創り上げている。

20年前の長丁場シャコンヌを含むパルティータ第2番や大規模なフーガを持つソナタ第3番とは多少趣味を変えて、ヴァイオリンを流麗に歌わせながら、ポリフォニーの綾を精緻に紡ぎだすことへの接点を追究した奏法を開拓している。

それぞれの作品の解釈はデビュー当時と大差はなく、恣意的な表現はできるだけ避けて、バッハの音楽が直接鑑賞者に伝わる演奏だ。

それゆえごく個性的な無伴奏を期待した人には当て外れかも知れないが、あくまでもオーソドックスの道を踏み外すことなく、その上に自己のスタイルを築いていくのは安易な道を選択しないハーンの矜持だろう。

その意味でもここに完結したバッハの無伴奏全曲は、彼女の到達したひとつの境地を示している。

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classicalmusic at 17:11コメント(0)バッハヒラリー・ハーン 

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スクリャービンのピアノ曲を得意とするだけに、アシュケナージの演奏は表現意欲を前面に打ち出した緊迫感に富んでいる。

作品のロシア的性格を、ドイツ風の堅固さをもって表出した演奏で、すこぶる構築的で響きが暗く、集中力が強い。

ややほの暗い響きにテクチュアが埋もれているきらいはあるが、壮大で迫力に富む。

そして堅固なまでに引き締まった造形のうちに、ほとんど忘我に近い高揚した世界を開示していく。

この見事な劇的な展開に加え、華麗な音色の魅力も特筆できよう。

スクリャービンの管弦楽作品は、彼のピアニスティックなインスピレーションと、管弦楽書法ならではの官能的な響きが相俟って、独特のコントラストを持っているが、これを実に巧みに引き出している。

しばしば、アシュケナージの指揮のことを「単なる交通整理」とよく理解もせずに口さがない事を言う人もいるが、このスクリャービンの名演を聴けば、そんなことを言えるはずがないのである。

スクリャービンの音楽には東洋哲学から由来する難解と思われるテーマが与えられている。

それを反映する4度を中心とした神秘和音の階層的な響きと、そのグラデーションを効果的に配して、音楽に巨大な緩急のダイナミズムを与えるアシュケナージの指揮は、通り一遍のものであるはずがないのである。

「神聖な詩」は旋律線が明快で、リズムの処理も絶妙、劇性が自然に表されるのもよい。

「法悦の詩」も激しい表現意欲を率直に示した演奏で、鮮やかな音彩と独自の主張と個性をもった、スクリャービンの本質と触れ合った素晴らしい表現である。

小品「夢」も歌心がよく表されていて美しい。

ピアノ協奏曲は若きスクリャービンの詩情を見事にとらえた演奏だ。

ソロはフレッシュなセンスと輝かしいテクニックの冴えに支えられて、透明な情感と音色も豊かに紡ぎ出している。

オケが奏でる夢見るような歌も最高だ。

いずれにしても、現在聴き得るスクリャービンの録音でも、最高といっていいものがセットになった本盤は、強く推薦したいアイテムに違いない。

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classicalmusic at 11:00コメント(0)アシュケナージ 

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ロシア人指揮者にとってのチャイコフスキーの交響曲は、独墺系の指揮者にとってのベートーヴェンの交響曲のような神聖な存在であると言えるが、ゲルギエフにとっても例外ではなく、これまでウィーン・フィルや手兵のマリインスキー劇場管弦楽団とともに、チャイコフスキーの後期3大交響曲の録音を行っているところだ。

来日公演においても、チャイコフスキーの後期3大交響曲を採り上げており、これはゲルギエフがいかに母国の大作曲家であるチャイコフスキーを崇敬しているかの証左とも言えるだろう。

しかしながら、ゲルギエフのチャイコフスキーの交響曲の録音は後期3大交響曲に限られており、初期の第1番〜第3番についてはこれまでのところ全く存在していなかったところだ。

そのような中で登場した本盤の交響曲第1番〜第3番のライヴ録音は、クラシック音楽ファンとしても待望のものと言えるだろう。

これまでのゲルギエフによるチャイコフスキーの交響曲の演奏は、旧ソヴィエト連邦崩壊後、洗練された演奏を聴かせるようになった他のロシア系の指揮者とは一線を画し、かのスヴェトラーノフなどと同様に、ロシア色濃厚なアクの強いものであった。

そのような超個性的なゲルギエフも、本盤の演奏においては、洗練とまでは言えないが、いい意味で随分と円熟の境地に入ってきたのではないだろうか。

随所における濃厚な表情付け(特に、交響曲第3番第1楽章)や効果的なテンポの振幅の駆使は、ゲルギエフならではの個性が発揮されているが、前述のウィーン・フィルやマリインスキー劇場管弦楽団との演奏とは異なり、いささかもあざとさを感じさせず、音楽としての格調の高さを失っていないのが素晴らしい。

ここぞと言う時の強靭な迫力や、畳み掛けていくような気迫や生命力においても不足はないが、それらが音楽の自然な流れの中に溶け込み、ゲルギエフならではの個性を十二分に発揮しつつ、いい意味での剛柔のバランスがとれた演奏に仕上がっているのは、まさにゲルギエフの指揮者としての円熟の成せる業と評価しても過言ではあるまい。

いずれにしても、本盤の交響曲第1番〜第3番の各演奏は、ラトルやマリス・ヤンソンス、パーヴォ・ヤルヴィと並んで現代を代表する指揮者であるゲルギエフの円熟、そしてチャイコフスキーへの崇敬を大いに感じさせる素晴らしい名演と高く評価したい。

そして、今後、続編として発売されるであろう後期3大交響曲の演奏にも大いに期待したい。

また、本盤の素晴らしさは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音である。

SACDの潜在能力を十二分に発揮するマルチチャンネルは、臨場感において比類のないものであり、音質の鮮明さなども相俟って、珠玉の仕上がりである。

いずれにしても、ゲルギエフ&ロンドン交響楽団による素晴らしい名演を、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 06:29コメント(0)チャイコフスキーゲルギエフ 

2022年08月08日


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アシュケナージの3枚のスクリャービン・アルバムからのソナタをすべて収めたもの。

1972年から84年にかけて収録されたアシュケナージの名盤のひとつ。

アシュケナージはこの母国の作曲家のソナタを、12年かけて全曲録音した。

ショパンやベートーヴェンの大部の全集の影に隠れがちだが、スクリャービンのソナタの全貌を広く世界に知らしめた意味はきわめて大きい。

研磨されたピアノの響きは言うまでもなく、演奏の完成度の高さは、名だたる国際コンクールを制覇した稀代のヴィルトゥオーゾの面目躍如である。

1曲1曲、吟味を重ねたのであろう、完成度はいずれもきわめて高く、時代とともにスタイルを変えていくスクリャービンの音楽の姿を忠実、かつスケール大きく表現し尽くしている。

そこでは重厚さと精妙な響きを兼ね備えたアシュケナージの音が雄弁な効果を発揮しているのは言うまでもない。

どの1曲をとってもそれぞれの作品にスクリャービンが託した抒情、激情、あるいは超越への意思に翼を与える、スケールの大きな名演といえる。

真正面から音楽に向き合い、1音たりとて雰囲気で流してしまわないのはアシュケナージらしい。

第1番は真にヴィルトゥジティの魅力に溢れ、甘美なロマンティシズムが息づき、《幻想ソナタ》の透徹したリリシズムと純度の高い表現が大きな感動を誘う。

大きくファンタジーのはばたくスクリャービンの世界を実現したこの演奏を越える全集は、当分望めないだろう。

アシュケナージによるスクリャービンへのオマージュ。

余談だが、かつてLPに収録されていた小品も見事だったので、それらについても、ぜひ製品化していただきたいものだ。

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classicalmusic at 18:53コメント(0)アシュケナージ 

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フィラデルフィア管弦楽団を率いての、指揮者チョン・ミョンフンによるショスタコーヴィチ「第4」は、緩急のコントラストを大きくつけ、劇的な要素を巧みに抽出して、雄弁な音楽を創り出している名演。

この「第4」にはムラヴィンスキー盤がないだけに、チョン・ミュンフン盤の価値は高い。

ラトル、ゲルギエフの録音と共に、この交響曲の3強の一角を占める名盤と言えよう。

血のように赤い鮮烈な響きがショスタコーヴィチの絶望の叫びを伝え、第1楽章のクライマックスなど狂躁の極みとなるが、少しもうるさくなく、外面的にも陥らず、驚くべき雄弁な内容を湛えつつ、落ち着きさえ感じさせながら進む。

第2楽章の音彩の愉しさも最高だが、その中にいつも人間の孤独が流れているのだ。

そして、第3楽章に入ると、オーケストラは光彩陸離と鳴り切り、しかも厳粛な葬送行進曲の魂の訴えを失わず、ヴァイオリンの泣けるほどの美しさがそれに続く。

音楽は幻想的で透明な天才の筆致の中に消えてゆくが、チョン・ミュンフンの棒も絶妙である。

それに、この20世紀音楽がちょっとハイドンみたいに聴こえるという点が面白い。

これを聴いていると、ハイドンからショスタコーヴィチまでおよそ150年経っているにもかかわらず、人間の発想、特に笑いの構造は変わっていたいのだなぁと思わされる。

特に第1楽章は、なんだか諧謔のオンパレードのようで、普通のショスタコーヴィチ演奏とはまったく印象が異なる。

そのユニークさは高く評価したい。

フィナーレもうるさすぎない。

ショスタコーヴィチの音楽は暴力的に鳴りすぎて嫌だという人にはとても快いだろう。

なお音質については、1994年のスタジオ録音ということもあって、充分に満足できる音質と言える。

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classicalmusic at 14:01コメント(0)ショスタコーヴィチ 

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凄い演奏だ。

スヴェトラーノフは、サン・サーンスの交響曲第3番を得意としており、かつての手兵であったソヴィエト国立交響楽団(現ロシア国立交響楽団)とともに1982年にスタジオ録音を行っている。

当該演奏も途轍もない豪演であったが、本盤の演奏はそれから16年後のものであり、さらに輪をかけて凄まじいまでの巨大な演奏と言うことができるだろう。

大抵の演奏の場合は、約35分程度を要する同曲の演奏に、スヴェトラーノフは40分を超えるというスローテンポで演奏しており、まさに尋常ならざるゆったりとしたテンポで演奏を行っている。

オルガンを含む豪壮華麗なオーケストレーションで知られる同曲であるが、スヴェトラーノフは各楽器セクションに力の及ぶ限り強奏させており、その重厚にして強靭な響きは、あたかもロシアの広大な悠久の大地を思わせるほどであり、同曲がフランス音楽であることを忘れさせてしまうほどだ。

とりわけ、楽曲の終結部におけるド迫力は、再生装置が破壊されてしまうかと思うほどの凄まじいもので、おそらくは数ある同曲の演奏の中でも、最も強大なスケールを有した豪演であると評しても過言ではあるまい。

前述のように、本演奏はフランス音楽というよりはロシア音楽を思わせるような強靭さ、強大さを兼ね備えており、同曲にフランス風のエスプリや洒落た味わいを求める聴き手からすれば、疑問符がつく演奏と言えるのかもしれない。

しかしながら、聴き終えた後の充足感においては、同曲の数ある名演にも比肩し得ると言えるところであり、筆者としては、本演奏をスヴェトラーノフならではの超個性的な名演と評価するのにいささかの躊躇をするものではない。

カップリングには、ルーセンベリのバレエ組曲「街のオルフェウス」が収められている。

ルーセンベリは、スウェーデンの近現代の作曲家であるが、近現代の作曲家と思えないような親しみやすい旋律に彩られた佳曲を数多く作曲した知る人ぞ知る作曲家である。

同曲も1938年の作品と思えないような美しい旋律が満載の名曲であるが、スヴェトラーノフは、各場面毎の描き分けを巧みに行った、まさに聴かせ上手の名演奏を展開しており、知られざる名曲に光を当てるものとして高い評価が与えられるべき素晴らしい名演と言えよう。

スウェーデン放送交響楽団も、スヴェトラーノフの超個性的な指揮にしっかりと付いていっており、両演奏ともに最高のパフォーマンスを発揮しているものと評価したい。

音質は、1998年及び1983年のライヴ録音であるが、いずれも遜色のない優れた高音質である。

いずれにしても、かかる高音質のCDは、スヴェトラーノフ&スウェーデン放送交響楽団の名コンビぶりを鮮明な音質で窺い知ることが可能なものとして大いに歓迎したい。

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classicalmusic at 06:51コメント(0)サン=サーンススヴェトラーノフ 
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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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