2022年05月12日


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ザンデルリンクはこの作品を構成している限りないほどの音楽的あるいは心理的な動機を整然と纏め上げて、ショスタコーヴィチ自身の言葉から発せられていないメッセージを伝えようとしているように思われる。

彼は自分の作品がジダーノフ批判に曝されたことも影響して、芸術を語る時にも当局の監視を常に意識していた筈だ。

第1楽章の後半にみせるドラマティックなサウンドと終楽章の静謐だが不気味な余韻を残す終焉に、作曲者の抑圧された心情が隠されているようにも感じられる。

第4楽章パッサカリアでのヴァリエーションの連なりには音量的なクライマックスがなく深遠に渦巻くような情念が、最後のフルートのフラッタリングまで緊張感を持続させている。

この作品でもショスタコーヴィチはソナタ形式を始めとしてスケルツォ、パッサカリアやフーガなどの伝統的な手法を執拗に繰り返して、交響曲に対する彼の作曲上のコンセプトを明確にしている。

彼がマーラー以降の交響曲作家たる存在感を示す面目躍如の作品に仕上げているが、ザンデルリンクの演奏は至って真摯でスコアの本質を読み取った解釈と言えるのではないだろうか。

ベルリン交響楽団の精緻だが派手になり過ぎない音響もこの曲に相応しい。

録音会場に使用されたベルリンのイエス・キリスト教会はカラヤン、ベルリン・フィルが使った同名の教会ではなく、当時の東ドイツ側に属していて、現在ではエヴァンゲリスト教会と改名されている。

内部はドレスデンのルカ教会に比較するとやや小振りでシンプルだが、ゴシック様式の高い天井と頑健な壁面が影響していると思われるしっかりした明瞭なサウンドが得られ、ショスタコーヴィチの精緻なオーケストレーションを再現するには理想的な会場だったことが想像される。

1976年の収録だが非常に鮮明であることに加えて、UHQCD化による透明度の高い音質で、ドイツ・シャルプラッテンの原音の特徴が良く表れている。

この頃の彼らのアナログ音源が西側に匹敵する音質を誇っていたことも納得できる1枚だ。

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classicalmusic at 01:56コメント(0)ショスタコーヴィチザンデルリンク 

2022年05月11日


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バッハの殉教者フリッツ・レーマンはバッハ音楽録音史に燦然と輝く快挙を成し遂げている。

《マタイ受難曲》のカットなしの史上初の完全録音盤は、レーマン、ベルリン放送交響楽団&合唱団、そして、結果的にこのレコーディングがデビュー作となった当時23歳のディートリヒ・フィッシャー=ディースカウがイエス役を務めた1949年4月のライヴ盤なのである。

あたかも指揮者レーマンのスピリットが演奏者全員に乗り移ったかのような気迫に満ちた、バッハの最高傑作の名に恥じない《マタイ受難曲》だ。

この曲をより器用に、それらしく表現した演奏は他にも存在するが、キリスト受難のエピソードを単なる絵空事に終わらせず、のっぴきならない生きたドラマとして描き出した例は非常に少ない。

レーマンのバッハ、特に《マタイ》はバネのきいたリズムを特徴としている。

ともすると、懶惰に陥りがちなわたしたちを励起させるリズムだが、決して押し付けがましくはない。

どうしても、そのリズムの勢いに突き動かされ、ついて行きたいと思わずにはいられぬ躍動感に満ちている。

そして、それはあるひとつの目標に向かって、ともに心を合わせて前進してゆくときの一体感を掻き立ててくる。

この目標は、神との出会いを目指しているのは言うまでもなく、神の存在をフィジカルに体得するリズムとでも言おうか。

その時、わたしたちは人間が霊的な存在だと知り、この霊的なリズムに乗ると、誰もが超越的な空気に触れ、物質的な欲望がいかに卑小で、ともに同胞であることが、すべてに優るよろこびだとわかる。

それが神とともにあるという意味だが、その意味が今日忘れられている。

というよりもすでに経済の高度成長期の1970年代に、わたしたちはレーマンが望んだのとは別の生き方に引かれはじめた。

株価の変動に一喜一憂し、金勘定に忙しいわたしたちは、レーマンの《マタイ》にもう一度立ち返って、心を問い直す必要があるのではないか。

ソリスト陣にも作品の核心を突くことのできる歌手たちを起用しているのも聴き所だ。

たとえばエヴァンゲリストを演じるヘルムート・クレプスの迫真の絶唱はこの受難を書き記したマタイ自身が直接この物語の中に入り込んで、聴き手に切々と訴えかけてくるような説得力がある。

コーラスにおいても洗練された和声的な美しさよりも、むしろ劇的な感情の表出と状況描写に最重点が置かれているのも特徴的だ。

レーマンのバッハはオリジナル楽器や当時の歌唱法を用いたいわゆる古楽としての再現ではない。

あらゆる様式を超越してしかも作品の本質に触れることのできる稀に見る演奏として高く評価したい。

1956年3月30日、聖金曜日、レーマンはミュンヘンで《マタイ受難曲》公演の第一部を終え、楽屋で休憩中に急逝した。

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classicalmusic at 14:41コメント(0)バッハリヒター 

2022年05月10日


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安富氏の満州国への研究が、誰にでも理解できるように平易に述べられている。

満州国は今日の日本の姿を映す鏡のような存在だった。

彼は本書の中で日本人全般の特徴として、原則よりも既成事実に弱いと書いている。

つまり起きてしまったことを云々するよりも、それを受け入れて何とか上手く処理しようとすることが賢明だと考える。

満州国の成立は関東軍の既成事実を当時の日本軍、政府、メディア、国民が何らの疑問を差し挟むことなく容認した結果の産物であることは確かだろう。

そこに精神論が加わると現実から全く乖離した社会を生み出す。

総力戦とは軍事、経済、政治、資源、技術などのリソースが尽きるまで戦うことで、総力を挙げて頑張ることとは違うことを未だに理解していないとも言っている。

これは現在のコロナ禍への取り組みにも一脈通じている。

かつての日本が、天皇が国民を護ってくれる国ではなく、国民がひたすら天皇を護る国だったという論理も納得がいく。

そしてそれぞれが自分の立場を死守することで正当化されることの連鎖の結果、暴走が起き、日本を敗戦に追いやりアメリカの植民地になった。

満州国は傀儡政権で、実質植民地だったのだが、著者の言う植民地根性は確かに現在でも連綿と受け継がれている。

アメリカにすり寄り、こちらから貢物を携えて諂う姿は見苦しいものがある。

安倍元首相が日本を取り戻すために押しつけ憲法を変えよう、自衛隊を外国へ派遣しよう、という発言にも明快に反論している。

根本的な問題は日本人の魂が植民地化されていることから脱することによって、初めて日本を取り戻すことができるという指摘には説得力がある。

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classicalmusic at 11:14コメント(0)書物 

2022年05月08日


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ステンハンマルは、シベリウスやニールセンとほぼ同時代に活躍したスウェーデンの大作曲家であるが、その認知度はシベリウスやニールセンと比較するとあまりにも低いと言わざるを得ない。

交響曲第2番やセレナード、そしてカンタータ「歌」など、シベリウスやニールセンの数々の名作に劣らないような偉大な傑作を作曲していることを考えると、現在において知る人ぞ知る存在に甘んじているのはあまりにも不当であると言わざるを得ない。

50歳代という比較的若く鬼籍に入ってしまったことから、例えば、交響曲については第3番を完成させることがなく2曲にとどまっているなど不運な面もある(シベリウスはクレルヴォ交響曲を含めて8曲、ニールセンは6曲)とは言えるが、それにしてはもう少しその作品が一般に知られてもいいのではないかと考えられるところだ。

もっとも、ステンハンマルには、シベリウスやニールセンをはるかに凌駕するジャンルが存在する。

それは、本盤に収められた弦楽四重奏曲であり、数の上においても(シベリウスは4曲(うち3曲は若き日の習作の域を出ない)、ニールセンは4曲)、そして質においても(とりわけ第5番及び第6番)、北欧の音楽界においてもその存在感には極めて大きいものがあるのではないかと考えられるところだ。

ところが、録音の点数はこれまたあまりにも少ないと言わざるを得ない。

そのような中でオスロ弦楽四重奏団による、第3番〜第6番を収めた弦楽四重奏曲集が録音されたのは何と言う素晴らしいことであろうか。

初期の第1番及び第2番が録音されていないのは残念なことではあるが、ステンハンマルの個性が発揮されたのは第3番以降の諸曲であり、収録曲においては申し分がないと言えるのではないだろうか。

演奏も、カプリスレーベルによる前述の演奏と遜色はなく、むしろ同一の弦楽四重奏団による演奏で一貫していることもあり、本演奏こそがステンハンマルの弦楽四重奏曲の現時点での決定盤とも言うべき素晴らしい名演と言っても過言ではあるまい。

そして、音質も、各奏者の弓使いまでが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であり、まさに現在望み得る最高の音質が本名演の価値をより一層高めていることを忘れてはならない。

いずれにしても、本弦楽四重奏曲集は、知る人ぞ知る存在に甘んじているステンハンマルの魅力を世に知らしめるためにも恰好の名演集であるとともに、演奏の質、そして高音質録音という必要な要素を兼ね備えた至高の名演集と高く評価したい。

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classicalmusic at 11:06コメント(0)現代音楽 

2022年05月07日


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全体的に著者多田氏のイタリアでの豊富な体験が、彼の純粋な思い入れを込めて美しく叙述されていて、紀行文としては情緒に溢れた優れた作品だが、美術鑑賞のためのイタリア観光ガイド・ブックとしては、いくらかマニアックな美術作品や建築物が選ばれている。

免疫学者の目から見た西欧、イタリアをこよなく愛する著者が、科学精神・合理主義と裏腹にある影の部分に、イタリア美術を通して迫っている。

彼はそれぞれの芸術作品の観念的な印象に重きをおいて書いているので、勿論相応の下準備と知識の上で述べているには違いないが、作品の詳しいデータや分析、そして使われているテクニックなどは他書に譲らざるを得ないだろう。

いずれにしても学者が門外漢を自称して、驚くほどロマンティックな感性で捉えたイタリアの美術紀行は、それだけで微笑ましいものがあり、本来科学者たる者は、彼くらい悠々自適に専門分野以外の道にも親しんで欲しいものだと思う。

著者はイタリア語の地名、人名の表記についてかなりアバウトな発音で記しているので、実際にツーリストが目的地や美術作品を探す時、多少注意する必要がある。

本来であれば校訂の際に総てイタリア語読みに統一すべきものだろうが、気軽に読めるエッセイ集としての性格からか、特に注意が払われなかったのかも知れない。

勿論ディレッタントを自覚しての著作なので、その辺は大目に見ることができよう。

しかしローマ法王の名称はラテン語読みかイタリア語読みのどちらか一方に統一すべきだろう。

例えば44ページではアレッサンドロ六世とイタリア語を使っているが、106ページではインノチェント八世と書いている。これはインノケンティウス(羅)あるいはインノチェンツォ(伊)である筈だ。

また116ページのウルバン八世もウルバヌスかウルバーノに統一すべきだ。尚地名のフィエゾーレ、サルジニアはイタリアではフィエーゾレ、サルデンニャのように発音される。

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classicalmusic at 11:04コメント(0)書物 

2022年05月06日


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第二次世界大戦終結後、ドイツの首都だったベルリンはアメリカ合衆国・イギリス・フランス、そしてソ連の戦勝四カ国が分割して統治することとなった。

そこでは、ナチス時代に押さえつけられていた反動もあり、一気に活発な文化活動が展開されることとなるのだが、それには占領側の理解と協力も不可欠だった。

意外なことにというべきか、四カ国の統治地域の中で最も活発な文化活動を行うことが出来たのは、断然、ソ連占領地域だったという。

占領統治を行うソ連軍の高位軍人の中に、文化芸術を愛好する者がかなりの数いたらしい。

そんな彼らにとって、ベルリンの地で「世界最高のオーケストラ」ベルリン・フィルの演奏を楽しむことが出来るというのは、降って湧いた僥倖であったことだろう。

この時、困難な時代ながらもベルリン・フィルはルーマニア生まれの若き指揮者セルジウ・チェリビダッケのもと、活発な演奏活動を繰り広げていた。

ベルリン・フィルの十八番とも言えるベートーヴェンの交響曲のパート譜さえ事欠く有様だったが、チェリビダッケは占領軍の協力も取り付け、猛烈な勢いでベルリン・フィルの再生に取り組んでいた。

チェリビダッケがこの時期にベルリン・フィルのシェフになったのは半ば偶然のようなもので、ベルリン・フィルとしては東欧から来たよくわからない若者に自らの運命を託すことになったのだが、このルーマニアから来た指揮者は、凄まじい才能と熱意を持っていた。

チェリビダッケとベルリン・フィルの演奏は、乾いたベルリンの人々の心の糧となり、人々はベルリン・フィルのコンサートに押し寄せた。

そんな中、チェリビダッケとベルリン・フィルはショスタコーヴィチの《レニングラード》を演奏することとなった。特別演奏会で、客席にはソ連軍人の姿もあった。

この演奏会の詳細を調べ切ることは出来なかったのだが、譜面入手のことも考えると、恐らくソ連の主導のもとに開催される演奏会だったのだろう。

ソ連に攻め込んだドイツ軍が包囲したレニングラードの街に捧げられたこの交響曲が、ソ連に占領されたベルリンで、「総統のオーケストラ」ベルリン・フィルによって演奏されるとは!

演奏会が開催されたのは1946年12月21日、前述したようにチケットは売り切れ、満員の聴衆を前にしての演奏会だった。

演奏終了後、盛大な拍手で演奏会場は包まれ大成功だった。

演奏終了後、ソ連軍高官が舞台に立ち、簡単な感謝の言葉を述べた。

しかし、チェリビダッケにとって、真の栄光の瞬間はこの次に訪れた。

聴衆の中から、背の高い一人の男が歩み寄り、チェリビダッケに握手を求めたのだった。

その男の名は、ウィルヘルム・フルトヴェングラー。

ドイツ・オーストリアで最も高い人気を持ち、その演奏はドイツ音楽の権化・ドイツ音楽の精髄と称されるほどの伝説的指揮者だった。

第二次世界大戦中も指揮台に立ち続けたフルトヴェングラーは、この時期、ナチスとの関係を疑われ占領国による裁判の途中にあり、音楽活動を禁じられていた。

ベルリンの人々は、フルトヴェングラーがベルリン・フィルに戻ってくることを心待ちにしていた。

その不在を埋める指揮者としてのチェリビダッケである。

しかし、フルトヴェングラーの帰還を待っていたのはチェリビダッケも同じだった。

チェリビダッケにとって、フルトヴェングラーは崇拝の対象ですらあった。

彼が帰ってくるまで、ベルリン・フィルを持ち堪えさせる。

その気持ちでチェリビダッケはタクトをとっていて、そのフルトヴェングラーが、演奏終了後、握手を求めてきたのである。

チェリビダッケは全ての苦労が報われたと思っただろう。

今回、改めて聴いてみたのだが、上手く、確かに良い演奏で、隠れた名盤と言っても良い。

特筆すべきは弱音部の繊細さと美しさ、貧弱な録音からでも、その音楽の異様なまでの美しさは伝わってくる。

これは確かに、後になって聴くことが出来るチェリビダッケの音楽に他ならず、既に、チェリビダッケはチェリビダッケだったのだ。

この時期のチェリビダッケとベルリン・フィルは、ナチス時代に禁じられた音楽を猛烈に演奏していた。

まずはなんといっても、ドイツ音楽の大本流ながらユダヤ系ということで演奏が禁じられたメンデルスゾーンの復権は、何にも増して一番に取り組まなければならないことだった。

これに加えベートーヴェンやブラームスの演奏は当然のこととして、その他にも、ナチス時代に「退廃音楽」とされたり敵国の作曲家だったりして演奏されなかった作曲家の作品。

ヒンデミット、バルトーク、ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、ブリテン、そしてショスタコーヴィチ、その中での《レニングラード》である。

ベルリンの人々にとって、特にその作曲の経緯が引っかかるということもなかったようである。

何よりも、まず、素晴らしい音楽を楽しめること、それが第一だった。

そして占領地ベルリンの人々は、《レニングラード》に盛大な拍手を送ったのだった。

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classicalmusic at 20:56コメント(0)ショスタコーヴィチチェリビダッケ 

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1974年、バイロイト音楽祭に於ける、カルロス・クライバー指揮の《トリスタンとイゾルデ》上演の貴重な記録。

バイロイトは1962年からのヴィーラント・ワーグナー演出、カール・ベーム指揮による《トリスタン》が1970年に終了した後、次の《トリスタン》を準備する時期になっていた。

バイロイトの新しい《トリスタン》にふさわしい指揮者といえば、カラヤンではあったのだが、カラヤンは既にザルツブルクで復活祭音楽祭を始めていた。

これに対抗できる当時の指揮者といえば、たったひとり、バーンスタインだったのだが、条件が折り合わず、他の指揮者を探すことになったという。

結果、バイロイトが選んだのが、一部では人気が出ていたが、まだ世界的な名声とは無縁で、この時44歳、いま思えば若い指揮者だったクライバーであった。

新しい《トリスタン》の演出はアウグスト・エヴァーディングで、当時から立派な性格と卓越した話術と抜群の政治力と凡庸な演出力で知られ、めざましい舞台も期待できないと思われたが、事実その通りになった。

イゾルデはカタリーナ・リゲンツァで、これ以外はあり得ないという選択だ。

ニルソンのような輝かしい声や切れ味で勝負するソプラノとは違い、繊細な声と表現力とで、女性的な性格の濃いイゾルデを歌う。

この人としても最高の出来だったのだろう、情熱と優しさが一体となったイゾルデが現れた。

でも問題がトリスタンであった。この頃ワーグナー・テノールは全滅状態で、トリスタンやジークフリートを歌う歌手はいたが、歌える歌手はいなかった。

ヴォルフガング・ヴィントガッセンの時代はもう終わり、ルネ・コロとペーター・ホフマンの時代はまだ始まっていなかった。

結局ヘルゲ・ブリリオートが歌ったが、悲しい人選というほかなく、よく探して、コロに歌わせればよかったのに、と思うのは、後になってから生まれる感想だ。

カラヤンの《神々の黄昏》でジークフリートを歌い、全曲盤で聴けるが、これが精いっぱいだったのか表情はかなしそうで、「かなしみのトリスタン」には合っているとも考えられるのだが、声がかなしいのは困る。

しかし、トリスタンが弱くてもなお、クライバーの《トリスタン》は凄かった。

悲しみの底に沈んでゆくような精緻な美が後のセッションの全曲盤の本領であるのに対し、バイロイトのは激しい情念が渦巻くような演奏だ。

前奏曲から、かろうじて抑制しているが、その抑制が限界に達しているのが感じられる。いつ奔り出てもおかしくない。

異様な緊迫感で始まった演奏は、2人が愛の薬を飲んで、ついに抑制された感情は堰を切ってしまう。その後は手を握りしめ、衝撃に耐えるほかなくなる。

クライバーの激しくも悩ましい指揮の素晴らしさは圧倒的で、この楽劇からかび臭さを剥ぎ取った。

それは実に若々しく、また初々しい感情表現に溢れた表現であり、この楽劇の演奏史を塗り替えたと言ってもよいであろう。

クライバーの指揮で聴いているとトリスタンとイゾルデは本当に若い。

若者の恋愛劇に聴こえてくるし、2人は媚薬など飲まなくとも、絶対に求め合い、結ばれたはずだとの確信すら持つようになってしまう。

それほどクライバーの演奏に充満している感情は激しく、血は濃く、生命の鼓動が渦巻いている。

当然のことに演奏全体に勢いと推進力があり、ドラマは前へ前へと展開、いささかも漫然とすることがない。

しかもワーグナーの本場バイロイトのオーケストラの美質を最大限に生かしたサウンドの素晴らしさも格別であり、聴き手は馥郁たる美音の饗宴に、ドラマとはもう一つ別の陶酔的興奮すら覚えてしまうほどである。

若きクライバーは音楽を瞬時も停滞させることなく、ぐいぐいと引っ張っていくエネルギッシュな演奏は、ワーグナーのヴェズリモを聴くかのようである。

この革新性は誰にも真似のできない世界であった。

バイロイト音楽祭にデビューした当時のクライバーはカリスマではなかった。なったのはこの夏だったのだ。

クライバーの《トリスタン》は、確かに圧倒的だった。

だが原理は過去のものだったのではないだろうか。溢れる官能、愛と死の勝利。ワーグナーが夢見たワーグナーというべきか。

クライバーの強烈な個性は、失われつつある過去の美を呼び起こす。ロマン派の美学は蘇り、現代の美を圧倒してしまう。

クライバーの驚くべき高みに達した《トリスタン》上演は、74・75・76年の3回続き、その間にクライバーは神話的な指揮者になっていた。

《トリスタンとイゾルデ》が、時の美を映すだけの演奏を獲得できる作品で、その最高の例が1970年代半ばの名演に現れたのは確かだ。

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classicalmusic at 05:02コメント(0)ワーグナークライバー 

2022年05月05日


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音質的には同音源のUHQCD盤の方をお薦めするが、オリジナルのマスター自体も良い状態なのでコストパフォーマンスではこちらも選択肢として挙げておきたい。

ザンデルリンクはナチスの迫害から逃れて旧ソ連に亡命していたが、1960年にドイツ帰国を果たしてからヨーロッパでもその実力が知られるようになった。

25年に及ぶソヴィエト滞在はショスタコーヴィチとの交流やムラヴィンスキーからの薫陶で、スラヴ系の作曲家の作品を本家で開拓したという大きな収穫の年月だった。

このディスクのショスタコーヴィチの交響曲第5番は、1982年に古巣ベルリン交響楽団を振ったセッション録音でドイツ的で真摯で重厚な演奏の中に緊張感を崩さないオーケストラへの采配が聴きどころだ。

あえて指摘するなら外面的な派手なアピールは皆無なので、玄人受けはするが入門者にとってはいくらか地味に感じるかもしれない。

例えばアンチェル指揮チェコ・フィルの演奏では終楽章で希望を感じさせる色彩を感知させながら壮大なコーダを築き上げている。

それに対して、ザンデルリンクは頑固なまでに色調を変えず黒光りするような最後に仕上げている。

アンチェルの開放性と解釈を違えている理由は、やはり彼のソヴィエト時代の研鑽によるものだろう。

ザンデルリンクは1937年11月21日のムラヴィンスキー、レニングラード・フィルによるこの作品の初演に立ち会った可能性がある。

またショスタコーヴィチ自身から作曲の成り立ちについても聞き出していたのではないだろうか。

以前はプラウダに掲載された体制への反動分子という汚名返上のための回答としての社会主義リアリズムのプロパガンダ、つまり恭順の意を示した作品のイメージが浸透していた。

最近では第4番の初演撤回の後も彼の作曲への理念は根本的に変化していなかったというのが一般的な見方だ。

結果的に初演は大成功に終わり、図らずも彼の当局への名誉回復になったのだが、どうもショスタコーヴィチ自身には彼らの目論見とは別の構想があったように思われる。

その後1948年に今度はジダーノフ批判に曝されてモスクワ及びレニングラード音楽院の教授職を追われることになるのは象徴的な事件だが、この時彼は巧妙に立ち回って迎合的な作品を発表する。

このあたりの複雑な心理状態と行動にショスタコーヴィチの苦悩が秘められている。

録音会場になったイエス・キリスト教会は当時の東ベルリンにあり、現在ではエヴァンゲリスト教会に改名されていて、カラヤン、ベルリン・フィルが使った同名の教会とは異なっている。

こちらも大編成のオーケストラの演奏に対応する優れた音響空間を持っている。

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Profile

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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