2017年06月06日


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カルロ・マリア・ジュリーニが壮年期にドイツで振った放送用ライヴ音源シリーズからの3曲で、独ヘンスラー・プロフィール・レーベルの良好なリマスタリングによってケルン放送交響楽団との鮮烈な演奏が甦っている。

3曲の中では最も古い録音が最後に収録された1958年のドヴォルザークの交響曲第8番で、この曲のみモノラル録音になる。

オフ・マイクで採音された残響豊かなサウンドが得られているが、やや臨場感に欠けるのが残念だ。

しかし44歳だったジュリーニの一気呵成に燃え上がる高揚感と全く溜めのない奔流のような推進力が数多いこの曲の名演の中でも稀にみる緊迫感を漲らせている。

第1楽章後半からの総奏でのブラス・セクションの咆哮と弦の応酬もジュリー二の手の内にしっかりと統率されていて水も漏らさぬ態勢が維持されている。

また第3楽章の快速のアレグレットではスラヴ的な土臭さとは縁がないが、高潔とも言える瑞々しい弦がメロディーをクールに歌い切っているし、終楽章フィナーレへのアッチェレランドをかけた凄まじい追い込みは爽快なカタルシスを体験させてくれる。

ブゾーニとフランクの2曲は1971年のステレオ録音で、マスター・テープの保存状態も良くノイズのない鮮明な音質で鑑賞できるのが幸いだ。

いずれにしても放送用ライヴなので聴衆からの雑音や拍手は一切混入していない。

ブゾーニのサラバンドは一種のパッサカリアになっていて、繰り返される低音の上に対位法を使った変奏が神秘的な雰囲気を醸し出していて、続く華麗なコルテージュとの対比が鮮やかだが、ここでもジュリーニの精緻で隙のない表現力が劇音楽というジャンルを超越した、より普遍的なオーケストラル・ワークとしての価値を与えている。

フランクの交響詩『プシシェ』からは第4部の「プシシェとエロス」のみが演奏されていて、小規模ながら魅力的なピースに仕上げられている。

ジュリー二の解釈は官能性を仄めかす程度で、むしろ特有の透明感の中に物語のシュールレアリズム的な性格を映し出しているのが秀逸だ。

この作品はラテン詩人アプレイウスの『黄金のロバ』の中の挿話「クピードとプシュケー」のエピソードを4つの断章で纏めるという構想で作曲したもので、フランク晩年の巧妙なオーケストレーションが駆使されていて、ジュリーニに従うケルン放送交響楽団の高度な音楽性と実力も十分に発揮されている。

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2017年06月04日


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2015年に亡くなった指揮者クルト・マズアの追悼盤はこれまでにユニヴァーサル・イタリーからのベートーヴェン交響曲集及びワーナーからのメンデルスゾーン交響曲集のそれぞれ全曲集がリリースされていて、それらの殆んどがベルリンの壁崩壊を前後して録音されたものだ。

一方こちらのオイロディスク音源はいずれもライプツィヒがまだ東ドイツに属していた1970年代の演奏で、メンデルスゾーンは第1回目の全集になる。

ブルックナーに関しては2014年にソニー・クラシカルから廉価盤化された9枚組と同一音源なので、そちらを購入済みの方は注意されたい。

マズア壮年期の堅牢ですっきりしたオーケストラ統率と頑ななまでの正面切った解釈、そしてこの頃のゲヴァントハウス管弦楽団も良い意味でのローカル色、つまり飾り気こそないが深みのある豪快な表現力に魅力がある。

ウィンド、ブラス・セクションの音色は西側のオーケストラより素朴だが、真摯で古風な風格を備えていてバッハ以来の音楽都市ライプツィヒの伝統の重みを感じさせるのも事実だ。

マズアは映画『クラシック音楽と冷戦』の中でインタビューを受けているが、それによれば彼は当局の方針をはぐらかしながら音楽活動をしていたことが理解できる。

だからこそベルリンの壁が崩壊した時、先頭に立って人権の自由と開放の喜びを宣言したのだろう。

こうした1人の芸術家としての頑固な信念も彼の指揮に反映されているのではないだろうか。

その象徴的な演目がベートーヴェンの『フィデリオ』で、当時の彼らの自由への隠された憧憬が強く印象に残る演奏だ。

ブルックナーでの一切の誇張を避けた真っ正直な指揮からは濁りのない純正な音楽のダイナミズムが築かれていて、一過性の熱狂とは異なったより普遍的な感動を呼び起こす。

メンデルスゾーンはかつてのゲヴァントハウス管弦楽団の楽長だったし、またシューマンの交響曲は第3番を除く3曲は同オケが初演を飾った作品なので、彼らの伝家の宝刀とも言うべき貫禄を示した磐石な表現に説得力がある。

ここではまたシューマンの珍しいレパートリー、ゲーテの叙事詩から構想され、フランス国歌『ラ・マルセイェーズ』が使われた序曲『ヘルマンとドロテーア』が思いがけないボーナスだ。

尚バジェット・ボックスということもあり残念ながらライナー・ノーツは省略されているが、音質はリマスタリングの効果もあり鮮明で極めて良好。

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2017年06月02日


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パリ生まれのバリトン、ジャック・ジャンセン(1913-2002)が1952年にデッカに録音したLP2枚分の音源を1枚のCDに纏めたアルバム。

ここに収録された総てのレパートリーがフランスの作曲家の作品であることに象徴されているように、彼の歌唱はフランス語の持つ言葉としての表現力を多彩に引き出し得た演奏だ。

彼が歌詞から紡ぎ出す千変万化の微妙なニュアンスは、他の言語を母国語に持つ歌手には殆んど不可能に近いほどの独自の美学を体験させてくれる。

イタリアのバリトンのように輝かしくもなくヒロイックでもないが、それは作曲家達がそうした効果を求めていないからである。

こうした価値観を共有できる人にとってはジャンセンの軽やかな語り口やテノールのようなファルセットーネを巧みに使った歌い回しにコケティッシュな魅力やそれほど深刻さのない喜怒哀楽、皮肉等が見事に捕らえられていることが理解できるだろう。

ベル・エポック期を代表するアーンの歌曲集ではベルレーヌの詩による『灰色の歌』が全曲でないのが惜しまれるが、「秋の日のヴィオロンのため息の・・・」や「恍惚の時」の憂愁や抒情が美しい。

当時のデッカが誇ったフル・フリークエンシー・レンジ・レコーディング(ffrr)の音質は極めて良好でノイズも殆んどないが、一部で板起こしと思われる隣の音溝の音が直前にかすかに聞こえる現象が起きている。

簡易なライナー・ノーツが付いているが、廉価盤の宿命で歌詞対訳は掲載されていない。

ジャンセンはピエール・ベルナックやシャルル・パンゼラの後に続くフランス系バリトン歌手で、彼自身パンゼラの高弟でもある。

比較的軽い硬質で高音にも恵まれていたために、テノールで歌われることも多いドビュッシーのオペラ『ペレアスとメリザンド』のペレアス役で決定的な成功を収めている。

このCDでの演奏の殆んどがジャクリーヌ・ボノーのピアノ伴奏によるものだが、ラヴェルの『マダガスカル島民の歌』3曲ではフルートのランパルとチェロのジャンドロンが助奏に回ってのサポートで華を添えている。

一方得意のペレアス役はやはりモノラル録音ながら、クリュイタンスがフランス国立放送管弦楽団を振った1956年の全曲録音があり、可憐で神秘的なメリザンドをデ・ロス・アンへレス、またゴローをほぼ同世代のスゼーとの協演で堪能することができる。

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2017年05月31日


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チェコを代表するチェンバリスト、ズザナ・ルージィチコヴァの自由闊達で鮮烈な奏法がバッハの協奏曲に華やかな精彩を加えている魅力的なアルバムだ。

本盤に収録されているのはチェンバロ協奏曲第1番から第7番までの7曲、つまりソロ・チェンバロ用及びブランデンブルク協奏曲第4番から編曲されたチェンバロと2本のリコーダーのための協奏曲で、断片のみが残された第8番及び2台から4台用の6曲は含まれていない。

またブランデンブルク協奏曲第5番と三重協奏曲イ短調の2曲に関しては、ルージィチコヴァがエラートに録音した音源が昨年彼女のバッハのソロのための作品を集大成した20枚のボックス・セットの方に組み込まれて復活しているが、幸いこの2枚との曲目のだぶりはない。

ルージィチコヴァのソロは、デリケートな爽やかさには欠けるが多彩を極め、強靭かつ雄弁なバッハだ。

第3番から第7番にかけての鮮明な華やかさは彼女の独壇場だし、第1番の真摯さ、第2番のリュート奏法の愉悦的なリズムの弾みなど、その美点を挙げ出したら切りがない。

冗舌な感もある第3番は好き嫌いの分かれるところだろうが、ここに見られるロマンへの傾斜と内容に重きを置こうとする意志は特筆しておきたい。

ヴァーツラフ・ノイマン&プラハ室内合奏団の凝り過ぎない明快なサポートにも好感が持てる。

全曲プラハ・ルドルフィヌムに於けるステレオ録音で、スプラフォン音源によるが、新規リマスタリングの成果で時代相応以上の音質が再現されている。

確かに楽器編成は現在では考えられないモダン・チェンバロとモダン・オーケストラとの組み合わせによるa'=440Hzの現代ピッチを採用したセッションで、そこから響いてくる音響には如何にも隔世の感がある。

この頃はバロック音楽再興の黎明期に当たり、博物館の調度品に成り下がって使用不可能な状態だったヒストリカル・チェンバロの代用として、著名な古楽演奏家でも便宜的にモダン・チェンバロを使用していた。

それは巨匠ヴァルヒャやリヒター、初期のレオンハルトも例外ではない。

しかしそこには当時のバロック音楽の発掘と再現に賭けた演奏家達の意気込みと情熱を伝えた捨て難い魅力がある。

彼らがその後のいわゆるピリオド楽器による演奏形態の誕生を促したことは疑いのない事実だろう。

そうした過渡的な時代のサンプルとしても無視することができない興味深い演奏に違いない。

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2017年05月29日


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独ヘンスラーのプロフィール・レーベルはカルロ・マリア・ジュリーニが壮年期に手掛けた演奏を独自のリマスタリングで次々と復活させている。

中でも彼がドイツで客演した放送用ライヴ音源はマスター・テープの保存状態も良く、1960年代以降の音源は総てがステレオ録音であるために音質にも恵まれ、また聴衆からの雑音も一切混入していない。

このディスクに収録された2曲はどちらも1979年1月26日というデータの記載があり、録音会場全体の残響が程好く入ったオフ・マイク気味の採音なので、臨場感に溢れるような音場とは言い難い。

しかしながらオーケストラのバランスは非常に良く、ホールで聴いているような明瞭で自然な奥行きのある音響が得られていて、また繊細な弱音から総奏の時の迫力にも不足していない。

既に定評のあるヘンスラーのリマスタリングも納得できる仕上がりになっている。

ハイドンの『驚愕』でジュリーニは作曲家円熟期のジオメトリックで巧妙なオーケストレーションを整然とした古典的な造形美で聴かせていて、模範的とも言える均衡を保った第1楽章では一切の誇張も感じられないが彼ならではの音楽性の豊かさと情熱が滲み出ている。

また厳格な中に愉悦と愛嬌を示した第2楽章、いくらか鄙びたレントラー風の速めで力強いメヌエットや終楽章のスケールの大きい躍動感までが古典派の交響曲の美学から全く逸脱することなく統合されている。

一方ラヴェルの『マ・メール・ロワ』はジュリーニ一流のデリカシーが反映された、超自然的でメルヘンチックな美しい幻想が描き出されている。

敢えて言えばラテン的な温もりは感じられず、遊び心を抑えたクールな雰囲気を漂わせているが、これはオーケストラがバイエルン放送交響楽団だからかも知れないし、そこには情に溺れないジュリー二の厳しい一面も表れている。

5つの個性的な小品はそれぞれが磨き上げられた小さな宝石のような輝きを放っていて、それらの変化と対比が興味深く、特に終曲のクライマックスに導かれる絢爛たるフィナーレが印象的だ。

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2017年05月27日


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フランスを代表する古楽奏者といえばアンタイ3兄弟で、ベルギーのクイケン3兄弟と共に大家グスタフ・レオンハルト健在時には多くの協演も果たしてきた。

次男でチェンバリストのピエール自身アムステルダムでレオンハルトの下で2年間の研鑽を積んでいる。

しかし彼は師の厳格な奏法を学びつつも、ネーデルランド派の荘重な古楽よりもラテン的な自由闊達さで名技主義的な華麗な演奏を得意としている。

彼がフランス・ミラール・レーベルに移ってから再録音を始めたドメニコ・スカルラッティのソナタ集はこれで4集目になり、引き続き今月第5集もリリースされるので、これまでのソナタ49曲とフーガ1曲に続いて更に33曲が加わったことになる。

使用楽器は常にヒストリカルからのコピーだが音色の選択にも凝っていて、今回は18世紀の無名のドイツ製チェンバロからフィンランドの古楽器製作者ヨンテ・クニフが2004年にコピーした楽器で、ピッチがa'=415Hzで前回よりもやや高めに設定してあるために、張りのある鮮やかな音響を再現しているのが特徴だろう。

選曲やライナー・ノーツから判断するとアンタイはスコット・ロスやピーター=ヤン・ベルダーのような全曲録音を達成する決意は窺われない。

曲順も決してクロノロジカルに初期の作品から後期に向かって片っ端から弾いていくという録音方法ではなく、それぞれが1枚のアルバムとして完結するように選曲されていて、ここにも彼のアルバム制作へのポリシーが表れている。

尚2曲目に収録されたK.247はオリジナルの調性は嬰ハ短調だが、アンタイは半音上げたニ短調で演奏している。

これは響きの美しい三度の和音を得るための当時の調律方法は、音の間隔をずらせてしまう変位記号に弱いため、それによって引き起こされる調子外れを避けたためと考えられる。

音質はチェンバロの華麗さと、一方でヒストリカル楽器特有の繊細さも捉えていて極めて良好だ。

ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)はナポリ派オペラで名声を博したアレッサンドロ・スカルラッティの息子として奇しくもバッハ、ヘンデルと同年にナポリに生まれている。

彼は当初ポルトガル宮廷の王女バルバラ・デ・ブラガンサの音楽教師としてリスボンに赴任したが、スペイン・ブルボン家の王子フェルディナンドと王女の結婚によってマドリードで生涯を終えることになる。

計555曲にも及ぶ一連の鍵盤楽器用ソナタは王妃バルバラのエチュードとして作曲されたものだが、バッハの『平均律』のような総ての調性をくまなく厳密に配列したペダゴジカルな性格は持っていない。

むしろ斬新な響きと奏法を実用的な練習曲の中に追求した高度な気分転換の要素を伴った小品というべきかも知れない。

豊富なインスピレーションに満たされていてK.212やK.457では明らかにアンダルシア風のギター音楽から採り入れたと思われる音形や不協和音が使われている。

現代の多くのピアニストがコンサートのプログラムに加えるのも、簡潔で生き生きとした生命力と可憐な楽想に溢れているからだろう。

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2017年05月25日


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カルロ・マリア・ジュリーニは1948年にヴェルディの『椿姫』で本格的なオペラ指揮者としてのデビューを飾り、1953年からはヴィクトル・デ・サーバタの後を引き継いで39歳の若さでミラノ・スカラ座の音楽監督に迎えられた。

本盤に収録されたケルビーニの『レクイエムハ短調』はその前年1952年の録音になり、かなり珍しいレパートリーだが、彼の宗教曲に対する巧妙な手腕が示された貴重な音源で、作曲家の完璧とも言える精妙な対位法が織り成す高貴で厳粛な雰囲気とラテン的な劇場感覚の双方を見事に表現している。

歴史的にはトスカニーニ以後の2番目の録音で、ジュリーニはその後も再録音の機会を持たなかった。

但し音質に関しては、リマスタリングは良好なものの時代相応のモノラル録音であることが惜しまれる。

オーケストラ及びコーラスはジュリー二の母校、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の演奏で、イタリアらしい明快で屈託のない演奏に貫かれているが、先ず入祭唱のしめやかな「キリエ」に引き込まれる。

全体的にジュリーニはシンプルでストレートな解釈を示していて、第3部のブラス・セクションと銅鑼で告げられる「怒りの日」を聴いていると彼のヴェルディの『レクイエム』を彷彿とさせる。

それはヴェルディがこの作品からインスピレーションを得ているからだろう。

勿論ヴェルディは「怒りの日」で全オーケストラを鳴らし切る壮絶なサウンドを創り上げているが、その原形がここにあるような気がする。

オッフェルトリウムの壮麗な二重フーガでの統率も隙がなく、クライマックスを導くストレッタでの混声合唱の声部の綾も明瞭に再現している。

ルイジ・ケルビーニ(1760-1842)は2曲の『レクイエム』を遺しているが、このハ短調はフランス王政復古後1815年にルイ16世処刑後23年の追悼式典のために作曲されている。

彼はイタリア人だったが後年フランスで重用され王党派の1人として革命も経験している。

特有の厳粛さはおそらく声楽陣のソリストを欠いているからだろう。

と言うかケルビーニはこの『レクイエム』をことさら派手に聴かせるようなアピールは一切していない。

そこには葬儀のための音楽として忠実に奉仕した無欲さが感じられる。

しかし決して地味な作品ではなく、コーラス及びオーケストラの書法は練達を極めていて、全く無駄のない効果的な音響に驚かされるし、ベートーヴェンが称賛したというエピソードも疑いのない事実だろう。

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2017年05月23日


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この3枚にはレ・ヴァン・フランセーの古典から20世紀に至る迄の幅広いウィンド・アンサンブルのレパートリー8曲が収められている。

レギュラー・メンバー6人(フルートのエマニュエル・パユ、オーボエのフランソワ・ルルー、クラリネットのポール・メイエ、ホルンのラドヴァン・ヴラトコヴィチ、ファゴットのジルベール・オダン、ピアノのエリック・ル・サージュ)の個人的な実力だけでなく、彼らの合わせのテクニックや音色の輝かしさ、また変化する陰翳の豊かさと軽妙洒脱な表現力が鮮やかに示された極めて充実したアルバムになっている。

バジェット価格に抑えられているので彼らの演奏を初めて聴く方のためのサンプラー盤として、また室内楽の入門者にも是非お薦めしたいセットだ。

CD1は彼らが最も得意とするフランスの作曲家の作品集で、流石にその磨き抜かれた音色と精緻だが柔軟で瑞々しいアンサンブルが美しい。

アンサンブルから醸し出されるカラフルでコケティッシュな雰囲気は水を得た魚のような彼ら独自の世界を展開している。

3枚の中でもメンバー全員の洒落っ気と遊び心が最高度に発揮されているアルバムだろう。

こうした演奏に魅力を感じる方なら、別途にリリースされているピアノの加わらない管楽器奏者5人のみによるフランス及び世紀のウィンド・アンサンブル作品集の2枚組も欠かすことのできない選択肢になるだろう。

幸いこのCDとの収録曲のだぶりがないのもコレクターにとっては好都合だ。

CD2はモーツァルトとベートーヴェンのピアノと管楽器のための五重奏曲で、この2曲に関しては過去にも名盤があった。

例えば前者にはフィリップスのモーツァルト・エディションにも加えられていたブレンデル、ホリガー、ブルンナー、バウマン、トゥーネマンの名演があるし、後者で興味深いものを挙げれば、彼らと同様フランス系のアンサンブルとしては1993年に巨匠リヒテルとモラゲス管楽五重奏団が協演した素晴らしいフィリップス盤が存在する。

聴き比べるとリヒテルの泰然自若として流麗なピアノが扇の要になってモラゲスとの調和が絶品で、気品においてもまた高い音楽性でも決して引けをとっていない。

またもう少し古い例ではドイツ・グラモフォンのベートーヴェン・エディション第14巻にレヴァインとアンサンブル・ウィーン=ベルリンの演奏があり、そちらもシェレンベルガー、ライスター、ヘーグナー、トゥルコヴィッチという錚々たるメンバーの卓越した演奏が聴き逃せないだろう。

尚レ・ヴァン・フランセーのベートーヴェン・アルバムにはこの曲は収録されていない。

CD3はテュイユの六重奏曲とリムスキー=コルサコフの五重奏曲で、前者は多少時代遅れなロマンティシズムがやや凡庸な印象を与えるが、聴き進めていくとテュイユの楽器の特性を熟知した流麗でしかも手馴れた対位法のテクニックが示された秀作だと思える。

寓話的なラルゲットから終楽章ヴィヴァーチェは、6人のメンバーによってテーマが次々と引き継がれる華麗な展開部が聴きどころだ。

一方後者はリムスキー=コルサコフがロシア音楽協会のコンクールに提出した作品で、作曲家の若々しい推進力を持った一風変わった奇抜な楽想を良く反映して、意気揚々としたパッセージが快適に再現されている。

中間楽章はレ・ヴァン・フランセーの暖色系で洗練を極めたアンサンブルではスラヴの抒情というわけにはいかないが、むしろ諧謔的で活発な終楽章ロンドに彼らの本領が発揮されていると言えるだろう。

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