2007年10月19日


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では即興性とは果たして何だろうか?

私はこの「即興性」というものは、名演奏家の大きな条件であると考えているが、芸風からしてフルトヴェングラーの場合はいっそう強く感じられたのである。

彼と同時代に活躍した、クナッパーツブッシュはリハーサル嫌いで、舞台での演奏はほとんど即興で行われたといわれる。

なるほど彼の指揮した小品はそのように思われるが、ワーグナーやブルックナーになると表現が極めて綿密で、とてもぶっつけ本番とは思えない。

フルトヴェングラーは反対に練習の好きな人であった。往年のベルリン・フィルの楽員も誇っているように、彼は練習も本番と同じように全力を尽くして行うので、すぐに疲れてしまい、結果として練習時間が短かったそうだ。

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この巨匠にとって、レコードとは何だったのだろうか?そのことについてまず考えてみる必要がある。

彼は「ラジオを通しての音楽会から聴衆が受け取る、あの栄養のない、干からびて生気の抜けた煎じ出しが音楽会の完全な代わりを果たしうるなどと心底しんじているような人は、もはや生の音楽会が何であるかを知らない人だけである。」と言っている。

つまり、フルトヴェングラーは、端から少なくともスタジオで録音するレコードを信じていなかったのだろう。

しかし一方ではまた、「演劇を保護する為には、映画を滅ぼしてはならない。同じように、コンサートの音楽を保護する為にも、レコード音楽を滅ぼしてはならない。」とも言っている。

結局、巨匠にとってレコードとは、あくまでも第二義的な存在で、コンサートに人々の耳を向けさせる為の単なるプロモーションに過ぎなかったのかもしれない。

フルトヴェングラーがレコードを嫌った最大の理由は、即興性の強い指揮者だったからである。彼は実際のステージでのみ火のように燃えることができた。少しの誤りをも繰り返し再生するレコードを意識した演奏では、この巨匠はライヴの数分の一程にも即興性を発揮できなかったのであろう。

これは彼の相次いで発売されている実況録音盤を聴けば、どんなロバのような耳しか持たぬ人にも解かることである。

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2007年10月18日


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過去300年をこえるヨーロッパ音楽、つまりクラシック音楽は、その中枢のヨーロッパ大陸ですら黄昏を迎えつつあるかに見えるのが現状である。

そこで物故した大指揮者の遺した名演奏を聴いて、その芸風に感動し、そのドイツ的精神性(フルトヴェングラー)や、完璧な統制による音楽の充実感と歌謡性(トスカニーニ)を感じ取ることは、音楽体験のかなり重要な部分である。

しかし、彼らと同時代に生きた人間でさえ驚く「極東」でのフルトヴェングラー受容はほとんど神がかりに近い。

貧弱というもおろかな放送録音をもとにしたCDでその巨匠性を云々したり、数種どころか十数種を越えるベートーヴェンの「第5」交響曲を比較検討し、返す力で「現代の指揮者はまだ子供」などとやるのは、趣味の世界の話とはいえ、あまり良い「趣味」とはいえない。

他の指揮者であることが証明されている録音(「新世界より」等)が発売されるというのも破廉恥行為であった。

神話や作り話が多いことは、巨匠性の証明でもあるが、再考の余地はまだ残されている。


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ワーグナーはクナに限る、と前章で断言したものの、当然フルトヴェングラーとカラヤンのワーグナーも捨て難い。

歌崎和彦氏は初めて聴いたワーグナーがフルトヴェングラーで、すっかりしびれてしまって、その後数年間はワーグナー中毒になり、しかもフルトヴェングラーでなければならない状態に陥ってしまったらしい。

私も非常にその気持ちは分かる。何せ彼の「リング」を二組も揃えてしまったのだから。特に「ラインの黄金」のラストは圧巻である(思い浮かべると思わず頷いてしまう方も多いのでは?まさに中毒症状です)。いずれも、世界中の多くの人々にとって容易に聴くことのできなかったこの巨匠のワーグナー演奏を、集約的な姿で示している。

カラヤンもワーグナーを演奏する時には特に気力充実した強い持続力と前進力をそなえた演奏が素晴らしく、ワーグナーの音楽の壮麗さと精妙さをともに過不足なく満足させてくれる名演を残した。

カラヤンのワーグナーのベスト録音は珍しくシュターツカペレ・ドレスデンを振った「マイスタージンガー」と晩年の「パルジファル」であろう。

前者からはドイツ特有の、馥郁たるロマンの高雅な香りが匂い立ってくるようだ。

後者は永年ワーグナーを指揮し、晩年には演出も手がけてきたカラヤンの一つの総決算である。カラヤンとベルリン・フィルの生み出す音響の驚嘆すべき美しさ!最初から最後まで、ほとんど1小節ごとに、その音は超絶的な美しさで聴き手の耳を震撼させる。私はクルト・モルの全盛期のグラインドルを思わせるグルネマンツに傾倒している。

蛇足になるが、ワーグナーを使った結婚式の選曲ならお任せ下さい。

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2007年10月17日


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ワーグナーには毒がある。酒や煙草と同じで、一度味を覚えたらやめられない。しまいには中毒になってしまうのだ。

でも酒や煙草と違って、体には毒にならないから、どっぷりこの世界に浸ってみようという気持ちを変えないで今日に至っている。現に私がそうだし(今カラヤンの「タンホイザー」を聴いている)、ある友人はここ一か月程ワーグナーしか聴いてないというし、また別の友人はクナッパーツブッシュの「パルジファル」を全部集めようとしている。

私はどうしたことか、上映に四日もかかる「リング」も全曲盤をフルトヴェングラーで二種、あとクナ、クラウス、バレンボイム、全曲盤の抜粋でベーム、カラヤン、ショルティ、レヴァインと持っている。「リング」の全曲なんて生涯に何度聴くであろうか?それなのにまだ集めようという気を断つことができないのである。

ワーグナーにはいつの間にか聴き手を底知れない恍惚と法悦の中に引き込む魔術的な手腕があるのだ。初心者はまずクナッパーツブッシュの「序曲、前奏曲集」を耳にタコができるまで聴き込んでみてほしい。

その段階を終えたら、いよいよ全曲盤にチャレンジ。まずは「リング」をお薦めする。といってもあんなに長いものをいきなり最初から聴く必要はない。「ワルキューレ」それも第1幕だけを何度も耳にするのが賢明であろう。

ここでも指揮者によってスケールと深みが断然違ってくることを強調せねばならない。CDはクナッパーツブッシュ/ウィーン・フィルのデッカ盤。表現の雄大なスケール、悠揚迫らぬその足取りには本当に感嘆させられる。キャストもショルティ盤より上だ。人類の宝といいたい。

究極的には「パルジファル」をやはりクナッパーツブッシュ/バイロイト祝祭(62年、フィリップス)。極めて鮮明な音のなかに「パルジファル」の絶妙な世界が繰り広げられ、いつの間にか形容を絶した陶酔と感動と法悦に導かれていく。この名盤はクナッパーツブッシュの深い沈潜と共感に満ちた芸術の至高の結晶だったばかりでなく、この作品のもつ、神秘と官能、祈りと浄化のドラマの、ひとつの理想的な表現にまで達したものだったといっていいだろう。

ワーグナー演奏についてはクナに限る。

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私はかつてしばらくイタリアのローマにホームステイしていた。もし気に入れば永く住もうかとも考えていたのだが、やはり日本の快適さ、便利さに郷愁を感じ帰郷した。

何より不便だったのが、イタリアにはコンビニがないことだ。ちょっとした買い物もできない。電化製品が古い。電車に乗ってもアナウンスがない。最初はどうなることかと心配した。ローマの海辺に温泉があったのだが、全然日本の温泉が素晴らしい。おまけに煙草が高かった。日本円で約500円程度。景観や歴史的建造物も写真で見るほどじゃない。写真は美化されているのだ。特にローマは日本でいえば京都にあたる古都だった。でも京都の方がよほど洗練されているのではあるまいか。

それ以上の問題はイタリア語である。それなりに勉強していったつもりなのだが、早口で全く聞き取れない。やむなく英語とまじえて何とかコミュニケートするのだった。食事はまずまず。でも日本食の方がバラエティーに富んでいる。もっと北のドイツへ行けば、食事はポテトと卵とソーセージしかないのだから…。

イタリア人に限らず外国人は「遠慮」という言葉は彼らの辞書にはないが、それでもイタリア人は明るくて開放的でフランクかつフレンドリーなのが救いだった。

何か悪口ばかりになってしまったが、悪い国ではない。ただ私としては旅行するにとどめておいて、住むには日本人には合わないかなと思っただけである。もしイタリアに旅行されるのであれば、フィレンツェにされたい。

それでもメンデルスゾーンやブラームスやチャイコフスキーはイタリアに訪れて霊感を受け、印象的な名曲を残している。メンデルスゾーンは交響曲第4番「イタリア」、ブラームスはピアノ協奏曲第2番、チャイコフスキーは「イタリア奇想曲」。いずれも基本的なライブラリー。中でもネクラなブラとチャイコからは他の彼らの曲からは聴けぬ憧憬や時に底抜けの明るさが聴けるのが楽しい。

もし彼らに限らず西洋の作曲家が日本に訪問する機会があったならば、おそらく日本にまつわる名曲の一つや二つできてたのではあるまいか!?

推薦ディスクはメンデルスゾーンはトスカニーニ/NBC、ブラームスはバックハウス/ベーム/ウィーン・フィル、チャイコフスキーはセル/クリーヴランド。

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2007年10月16日


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ヘルベルト・ケーゲルは1990年の自殺を機に発見された指揮者である。

作家の自殺はよくあるが、意外と音楽家の自殺者は少ない。

よって注目せざるをえなかった。

特に日本では、許光俊氏が熱心に紹介していたこともあり、次第に興味を関心を持って良さそうなのを次々と購入していった。

筆者は許氏が絶賛するほどのめりこめないでいるのだが、確かに数枚のCDは瞠目させられるユニークな演奏だった。

この指揮者は躁と鬱のコントラストの激しい音楽作りをするのに、アンサンブルは完璧なのである。

こういう芸風はちょっと珍しい。

第一の推薦盤はショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」。

しかし正直な話、もの凄い曲であり、演奏であるには違いないのだが、こんな酷薄極まりない演奏を人に薦めていいものかどうかというためらいが消せない。

知らないですめば知らない方がその人にとっては幸せかもしれないからだ。

しかし、指揮者は自分の真剣を押し通すのが芸術である。

ここまでやらなければいけないというところまで突き進むのが芸術である。

そういった意味であえて紹介させてもらった。

ちなみに、筆者がF研の友人の結婚式の祝辞を述べる時に、その新郎がある音楽をかけるから、と言って本番まで内緒にされた。

そして本番当日祝辞を述べ始めて流れてきたのが、ケーゲルの「G線上のアリア」だった。

この曲はそれこそ「カラヤン・アダージョ」に入っているように安らぎに満ちた曲のはずだ。

ところが、ケーゲルの演奏は普通では考えられないような憂愁と寂寥の味わいが一貫していた。

酒が入ってたからあまり気にしなかったのだが、家で聴くと悲痛と凄惨を尽くした演奏なのである。

何故友人がよりによってケーゲルの演奏を選んだのか未だ謎である。

かつて筆者はその理由を問い詰めたのだが、笑ってごまかされた。

何か深い意味でもあったのか? 次回会う時はしつこく訊ねてみようと考えている。

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classicalmusic at 02:42コメント(0)トラックバック(0)ケーゲル 

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現代人は「癒し」を求めている。何せ日本人は働きすぎである。私の友人で企業戦士となってる者たちは尚更である。早朝から深夜まで働きづめらしい。ある友人は土曜も出勤してるし、別の友人は休日は資格試験の勉強に勤しんでいる。心が休まる暇がない。自分の時間が持てない。まして結婚してるとなると尚更。

少し前になるが、「カラヤン・アダージョ」というCDが大ヒットした。私はカラヤンのCDはかなり持ってるので、まず試しに市販されているもののとおりに、プレイリストを作成した。聴いてみたらこれが効果てきめん。いわゆる「ヒーリングミュージック」といわれるものなんかより、よっぽど癒されるのだ。

それから自らの思うがままに「カラヤン・アダージョ」を癸気泙悩鄒して、特に寝る前に愛聴している。

そういえばカラヤンの響きは、強音においては、誰もがびっくりするような大迫力でホールを揺るがしたそうだが(私は残念ながらカラヤンのライヴに接することができなかった)、弱音においては極度に繊細で美しかった。

天下のベルリン・フィルの音楽監督である以上、常に時代の要請への対応が求められるが、カラヤンはアダージョから癒しを引き出していたのだった。

「カラヤン・アダージョ」の製作者の慧眼にも敬意を表したいが、カラヤンが聴衆のニーズを察して、死後に「カラヤン・アダージョ」を誕生させしめるがごとく、生前から時代の最先端を走り、常に未来を見据えた演奏活動を行っていたのかと思うと畏敬の念にかられる。

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2007年10月15日


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フルトヴェングラーの「エロイカ」は約十種にのぼる。その中のベスト盤はどれか?それは時間のある学生時代にサークルの仲間と討論した。

一般的にはウラニアのエロイカ(44年)とスタジオ録音(52年)が高く評価されている。確かにウィーン・フィルを指揮した両盤とも素晴らしい名演には違いはないのであるが、私はフルトヴェングラーの演奏の真髄を充分に表現できるのは、やはりベルリン・フィルだと感じている。

それは彼の強靭な表現を作り出すための求心的な響きと集中性が理想的に表出し得るのはこの楽団しかないからである。特にこのベートーヴェンの演奏についてはそれを強く感じさせる。

早大フルトヴェングラー研究会で散々議論した結果、ベスト盤は52年12月8日のベルリン・フィル盤と結論が出た。覇気と深みがあって素晴らしくライヴとは思えぬほど完成度が高い。それもいくつかのレーベルから出てるのであるが、ターラのFURT1054が最も音質が良い。

しかしF研(サークルの略称)の友人からターラのFURT1089(ルツェルン祝祭盤、53年)も凄いとのメールが届いた。私はこれは以前違うレーベルので持っていたのであるが、あまりの音質の悪さにディスクユニオンに叩き売ってしまった。

友人評「細部を聴くという感じではないですが全体の雰囲気をとらえているのでフルヴェンの音の凄さの片鱗を味わう事が出来ます。この方が52年12月8日のより感銘を受けると思います。」ターラによって音質が改善されているならば、ぜひ入手しなければならないと思っている。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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