2007年10月

2007年10月06日


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「スコアに忠実に」ということを極端に実施した例といえば、ベートーヴェンの交響曲第3番「エロイカ(英雄)」第1楽章のコーダで第一主題がトランペットに現れるところ、途中トランペットのテーマが消えてしまう演奏(ゲオルグ・ショルティの89年盤等)みたいに余りにもスコアに忠実なのには驚くばかりである。

ご存知のようにベートーヴェンが生きていた頃のトランペットにはそれ以上の音域が吹けなかったのだ。それを忠実に実行したところで何の意味があるのだろうか。ちなみにそれを「忠実に」実行したショルティは、これまた「忠実に」提示部の反復も行っている。

ライヴならともかく、家でCDを聴いてるのに、もう何度もその曲を聴いてて細部まで知り尽くしているのに、ご丁寧にも反復されたのでは、私などうんざりしてしまう。提示部の反復によって音楽が発展、止揚されているのであれば文句は言わない。全く同じ繰り返しなのである。

最近のリッカルド・ムーティ指揮のモーツァルトのシンフォニーなんか、さらにご丁寧にも展開部から再現部にかけても反復を実行している。皆様はどう率直に感じられるだろうか?何度も聴けてラッキーと思われるだろうか?そうではあるまい。反復なぞしなくても、それこそ一期一会、その演奏家の一世一代の名演を聴きたい!とお思いになるのではないだろうか(最近驚愕したのはムーティが「ザ・グレイト」でも反復を実行していたことである)。そこまで忠実にスコアを実行するのは不自然ではないだろうか。

ちなみに私はショルティもムーティも嫌いな指揮者ではない。むしろそれまでいい演奏をしていたからこそ、度重なる不自然さに疑問を呈したいのだ。

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ところで何故私が今は亡き演奏家の名前ばかり挙げているのかというと以下のような考えを強めるに至ったからである。

20世紀初頭にそれまでのロマン的な演奏に対するアンチテーゼとして新即物主義と呼ばれる演奏家が台頭した。それは音楽は基本的に音の遊びであり、音を数学的秩序で組み合わせたものが音楽である、という美学であり、次第に勢力を拡げていった。

それに伴い、演奏とはスコアにかかれた通りに正確に音に実現することであり、それ以上でもそれ以下でもあるべきではない、という思想が広く浸透しつつあった。

その潮流が現代に至って、演奏家はスコアが要求する数学的秩序、例えばベートーヴェン以降のスコアに指示されるようになったメトロノームに機械的に従わなくてはならない、などといった流行を招いた。


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2007年10月05日


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私が俗にいう名曲を聴き終えた頃、というよりも同曲異演奏を揃え始めた頃、巨大な存在として現れたのが、ウィルヘルム・フルトヴェングラーという20世紀前半に活躍した大指揮者だった。

彼が残したベートーヴェンを中心とする録音の数々は、当然モノーラルで特にライヴ録音など録音状態が良くないものが多いにもかかわらず、恐らく私だけでなく、真剣に音楽を聴こう、精神的な糧を得ようとする人達の決意的指針となるべきものである。

前記したようにいかに名曲であろうとも、演奏家が平凡だと、作品自体まで演奏家の水準に左右されることが、音楽鑑賞をするうえでは重要なキーになる。

ここにあげたディスクは、フルトヴェングラーの「第5」と呼ばれるほど、指揮者とオーケストラとが一体となった、圧倒的な名演である。

かなり主観の強い表現だが、そのスケールの大きさと、ドイツ的重厚さは、比類のないものだ。

数多いフルトヴェングラーのこの曲の演奏のなかで、正規のスタジオ録音は、彼の死の年に録音されたこのディスクだけである。

そのため、音自体も彼のものの中では最も良く、表現も磨き抜かれている。

しかし決して弛緩した演奏ではなく、晩年の彼の心境をのぞき見ることのできる深遠なものである。

ウィーン・フィルの美しい音色も強く印象に残る。

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同曲異演奏などまだ聴き比べる程聴きこんでないという初心者には、クラシック音楽は初めは堅苦しく感じるかもしれないが、聴くにつれて慣れるものである。何も岩波の青本を読むような知的忍耐力を要しない。

私の場合初めはどこかで、例えばCMや映画などで使われた音楽の断片が記憶に焼きついて、その断片を含む曲であれば、初めて耳にしたときでも全体を興味深く聴き進められた。CMや映画で印象に残ったフレーズを探すことにとても愉悦感に浸れた時期が確かにあった。

上にあげたものはクラシックの入門の入門である。クラシックをそもそも聴かない人やアレルギーを感じる人向け。

そしてそうこうしているうちに、古今の名曲の大半は聴き終えてしまう。大体そういった時期になると曲自体よりも演奏の方に興味が沸いてくる。というのは、演奏家が平凡だと、作品自体までその演奏家の水準に落ちてくることが身に滲みてわかってくるからである。

年末になると各地で開催される「第九」のコンサートに嫌気がさす方々も少なからずいらっしゃるのではないだろうか。

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2007年10月04日


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前述したように私の学生時代はとても個性的な友人に恵まれたが(ここで音楽の話に戻ります)、社会に出て思うのは、現代は世界的に人間一般が没個性化しつつあるということ。クラシック音楽でも演奏家固有の感性や思想、本当の意味での個性を無視した、画一的な奏法や様式がコンサートやディスクを埋め尽くしている。

つまり、コンサートにおいてカーテンの陰に演奏者を隠して各曲ごとに入れ替わったところで、あるいはディスクのラベルをはりかえたところで、少しも差し支えのない事態が生じつつあるといってよい。

とはいえ、欧米にはまだ、幾つかの真の個性が瞬いているものの、非個性化の大波に対する防波堤とでもいえるような存在は、なかなか見つけることができないのが現状である。

歴史に残る名演奏家は、つまり希代の個性というものは、我々は残された録音を通じてしか知りえないのだが、その鳴り響く音そのものの響き、オーラというものが、他の演奏家や奏法とは一線を画した真の個性の輝きを帯びているのである。


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前置きが長くなってしまったが、要するに「クラシック音楽中毒患者」なのである。

クラシック音楽は私の「信仰」でもある。

前述したように、入学当初新興宗教のサークルに誘われたり(これが皆いい人ばかりなので厄介)、クラスメイトから健全な志向へと導かれたりして様々な刺激を受けた。

しかし現在も続いている親友のほとんどはフルトヴェングラー研究会の人たちである。この友情は廃ることがないと思う。

友人はほとんど結婚してしまったが、結婚式の選曲も楽しかった。

私はこのままだといつ結婚するのか知れないが、もし私が結婚するとしたら、結婚式では、ある先輩は居合の演舞、ある後輩は能を披露してくれるそうである。

それも私がクラシック音楽を通して真実を語ってきた功徳なのかもしれない。


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2007年10月03日


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早大時代は個性的な友人に恵まれて幸福だった。

それでも入学当初は迷える子羊を誘うがごとく新興宗教に入り込んだこともあったが、良き友人の導きによって、フルトヴェングラー研究会に入った。

3年生の時幹事長になり、サークルを大学公認に昇格させた。

入学式の時に奥島総長が言ったように、早稲田に豊穣の海を見出すか、不毛の砂漠に彷徨うかは全て本人次第である。

今思えば私は充実した大学生活を送ることができたと思う。何せ卒業論文まで好きなクラシック音楽、それもフルトヴェングラーについて書くことができたのだから。

色々あったけれども文句なしである。

大学を卒業してからは職業を転々として、イタリアにも行ったりして、今現在は帰省している。


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それから私は東京の早稲田予備校の寮で浪人生活を送った。

ところがその予備校の指導方針が私に合わなかったと感じた。それでも元々できる奴は自分で勉強して開拓していくのであるが、私は行き詰っていた。

そこへ親友が代々木ゼミナールを紹介してくれた。

代ゼミの人気講師陣は違った。つまらない受験勉強を通して人生を語るのだった。

私は填まりこんだ。そのまま二浪目は代ゼミで過ごし、晴れて念願の早稲田大学文学部に合格した。


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2007年10月02日


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純粋だった私の心は荒れ狂った。夜中自転車で遠くまで徘徊した。

家に帰ったら、シューマンの「詩人の恋」をフィッシャー=ディースカウ(バリトン)とエッシェンバッハ(ピアノ)でむさぼるように聴いた。

私は詩人になった。ハイネの詩を追体験した。後で思えばシューマンやハイネの意図する詩人はもっと大人の恋だったのだろうけれども。

当然受験は玉砕である。まぁ第一志望校(早稲田)しか受けなかったから仕方ないが…。

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ところがである。高校3年の夏休みに両親の縁でたまたま家庭教師を頼むことになった。女性だった。早稲田大学の1年生。憧れの第一志望校である。ルックスがまた私のストライクゾーンのど真ん中だった。一目ぼれしてしまった。これでは勉強にならない。

今思えば与えられた宿題を形だけ一日10時間位こなしただけだったといえようか。教えてもらう時間はほとんどデート気分である。とはいえ生真面目な性格だったので、怠けてるつもりは毛頭ない。

しかし夏休みは当然終わりの時が来る。当然彼女は東京へ帰ってしまう。最後の日、母が運転する車で駅まで送って、その去りようを見て切なくてたまらなくなった。帰宅しても当然勉強どころの騒ぎではない。彼女にラヴレターを書く決心をした。それこそ熱烈な思いを込めて書いて送った。結果は火を見るより明らかである。

「私は他に好きな人がいます。」


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2007年10月01日


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色々と音楽評論文を(卒論も含めて)書いてきたが、「優れたCDを挙げろ」と言われて選出するのは、大変な難問である。これがよくある雑誌の採点ものだったら案外すっきり割り切れるのだと思うが、「好きなCDも含めて」というのであれば多少ニュアンスは異なり、自らの感性を中心にして考えることができる。

ここでの目的は、どこまでも「優れた〜」を選ぶことであるが、それと「好きな〜」とがある程度一致するとしても、勿論それで全てという訳ではない。それにそれぞれの古典の名演奏に順位をつけるなどというのは、もともと不可能なことなのだが、遊び気分で一応挙げる(それでも真剣に!)だけのことである。

どんな場合でもそうであるが、「好き」であることの順位などは、その日その時で変わることがあっても不思議ではないのだと思う。とはいえ、選出するものは「私の琴線に触れる」ものばかりで、このブログを読んでくれる方々にも共感してもらいたいものばかりである。

まぁ読んで頂ければ、私が特に選り好みをせず、作曲家のジャンルも演奏家のそれも、それなりに聴きこんでる奴だと納得して頂けると思う。まず、私が長年傾倒しており、初心者の多くの方に耳慣れないユニークな作曲家について、紹介を含め持論を展開させて頂く。

ブルックナーへ

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何だかこれまで書いてきた文章は余りにも構えすぎていて、もっとブログなんだから「徒然なるままに」記しても良いのではないかという気がしてきた。

ブログにしては特殊性に染まりすぎている。これでは読んでもらえるのも読んでもらえない。読者も著者の略歴も知らないで読むのは、ラベルの分からないワインを飲んでいるようで、安心できないだろうから、簡単に自己紹介させて頂く。

私は1974年、熊本県天草郡(現上天草市)生まれ。地元の公立小学校を卒業した。割と運動神経が良い少年でクラス委員などもやる活発な少年であった。卒業写真には「尊敬する人」→「ヘルベルト・フォン・カラヤン」、「将来なりたい職業」→「指揮者」という極めて無邪気な少年だった。

中学校から熊本市に移住した(両親は公務員)。これは両親が熊本市の県立のトップクラス校に入学させるためで、中学時代は塾に通ったり、家庭教師に教えてもらったりと結構それなりに勉強したつもりだったのだが(直前の模試でも成績優秀者の載った)、志望校に落ちてしまった(どうもこの頃から私の人生は狂い始めてたようである)。あがり症のためである(多分)。

やむなく某私立大学の附属高校に通うことになった私は、いきなり担任の教師からこう言われた。「公立に落ちたことは忘れてしまいなさい。これまでもそうした人が充実した高校生活を送ってきてます。」私は納得がいかなかった。なぜなら周囲の生徒で校風に馴染んでいった奴等は、ただその日が良ければそれで良し、遊んでいるようにしか映らなかったからである。

私は流されそうになりながらも、青山学院出の教師の触発や、有名な和田秀樹の「偏差値50からでも早慶に受かる法」を読んで一発逆転を虎視眈々と狙っていた。ちなみに6歳から習っていたピアノもこの頃やめてしまった。

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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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