2007年12月

2007年12月31日


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第2回目の録音では、ロストロポーヴィチのソロが実に素朴でありながら、音楽の質としては純粋で、ターリッヒと完全に呼吸が合っている。

これこそ味わい深い、本物の音楽だ。

第6回目の録音では、カラヤン盤とはかなり世界が異なる。ロストロポーヴィチ50歳時の演奏。

ジュリーニ特有の懐の深い響きとスケールの大きい音楽の流れの中で、思いのままにロストロポーヴィチが泳ぎまわるといった風情。

詩情的、夢想的な雰囲気をこれほど醸し出した演奏はあるまい。

第7回目の録音はロストロポーヴィチ会心の円熟作である。

肩の力が抜けている分、音がぐんぐん伸び、低音の朗々たるところなど、まさに比類がない。

多用されるピアニッシモも人工的にはならず、表情の魔法のような変化が詩的で、聴く者の心を打つ。

小澤の指揮は音楽性が最高で、伴奏者としても敏感だ。

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classicalmusic at 20:56コメント(0)トラックバック(0)ドヴォルザークロストロポーヴィチ 

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クライスラーの演奏家としての最盛期は1900〜30年代とされるが、ここには、ほぼその時期の演奏が集約されている。

彼のテクニックが早く衰えることになったのは練習嫌いのためだが、そのこと自体が今日の演奏家では考えられない人間臭い魅力を持っている。

テクニック一辺倒ではなく、全人的な存在と表現がアピールしえた時代の記録として、ここに発揮されている音楽性を聴くとき、クライスラーの魅力を再確認させられる。

そしてここには19世紀後半の、ドイツ系音楽の演奏習慣に関する多くの示唆に富んだ実例があり、曲によって使い分けるヴィブラートにも注目したい。

クライスラーが残した録音は、《作品に忠実》な演奏が後期ロマン派にまで及んでいる今日、貴重な証言となるに違いない。

甘美な音色で、素朴といえるほどにシンプルかつ大らかに歌う演奏には、クライスラーの人間的なあたたかさが漂っている。

また、「愛の悲しみ」「美しきロスマリン」「オールド・リフレイン」などの自作の小品は、ヨーロッパの古き良き時代の雰囲気をそこはかとなく伝えてくれて、それが大きな魅力となっている。

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classicalmusic at 19:55コメント(0)トラックバック(0)クライスラー 

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五嶋みどりは、10歳の時アメリカに渡り、ジュリアード音楽院で学んだが、バーンスタインやメータなどにその才能を認められ、以来、アメリカやヨーロッパなどの主要オーケストラと次々に共演を重ねてきた。

特に14歳の夏、タングルウッド音楽祭でヴァイオリンの弦が切れるというハプニングにもかかわらず、落ち着きはらって演奏を続けたという出来事はセンセーショナルに報道されたが、ここでも、そうした彼女の自信とたぐい稀な才能を強く感じさせる演奏となっている。

若くしてすでに《伝説》の持ち主である五嶋に最も感心するのは、彼女のこの作品に対する繊細な注意力をもった知的アプローチである。

超絶技巧を集大成したこの曲は、弾き手はその技巧を大げさに発揮させたい誘惑にかられるはずだが、彼女はその誘惑から完全に一線を引き身を守り、作品におどらされたパガニーニの亜流ではない自分の音楽を表現している。

五嶋は、この難曲を極めて精確に弾き切っているが、それ以上に驚かされることは、彼女がこの作品を完全に高度な芸術作品として表現している点にある。

繊細な表情やみずみずしい歌が際立つ彼女の表現は、スリリングな感性の冴えや即興的な閃きをも随所に示しており、それは、聴き手を強く惹きつけずにはおかない独自の感覚的な魅力をかたちづくることとなっている。

ことに、作品のもつ甘美な美しさを見事に引き出しているのは立派だ。

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classicalmusic at 12:05コメント(0)トラックバック(0)パガニーニ 

2007年12月30日


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いずれもオランダのエディソン賞を受賞している銘盤。

第1巻はイギリスで1972年に製作された複製チェンバロ(18世紀モデル)を使用している。

チェンバロの機能に忠実な演奏を目指すレオンハルトは、独自の観点からテンポを設定しており、ゆったりと弾き進んでゆく。

信念を曲げず、考えた通り、信ずる通りにバッハを構築してゆく強い意思が、その演奏に一種の重みと風格を添えている。

作品自らのうちにそれ本来の魅力を語らせるレオンハルトの流儀がここでも生きている。

彼がチェンバロで演奏したバッハの中で最も説得力のあるものだ。

第2巻は西ドイツで1962年に制作された複製チェンバロ(18世紀モデル)を使用。

レオンハルトはチェンバロの機能に忠実な歴史的な演奏を志向しているだけに、独自の観点からテンポを設定しており、フーガおよびそれに先立つプレリュードという形式での彼のテンポ感覚は聴き手に違和感を与えず、充分納得させるものだ。

アーティキュレーションは吟味され、彫琢されて、意味深く演奏される。

個々のプレリュードには可能な限り明確な性格づけがなされ、フーガにはプレリュードと十分な対比がなされている。

各テクスチュアの描き分けの明晰さにも特筆すべきものがある。

これは彼のバッハ演奏の意図が最も抵抗なく受け入れられる演奏である。

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classicalmusic at 01:48コメント(0)トラックバック(0)バッハレオンハルト 

2007年12月28日


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2007年12月27日


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カラヤンは例によって、表現のスケールがとてつもなく大きく、シンフォニックな広がりのある巨匠の芸を聴かせていて、もはや何をかいわんやであろう。

カラヤン3度目の「ツァラトゥストラ」は、基本的には前2回の解釈と大きな違いはないが、まことによく彫琢された緻密な表現で、細部にわたって練りに練られている。

その巧みな設計と演出力には圧倒される。

表現はかなり濃密だが、それがスケールの大きな巧みな語り口と見事に一つになっており、雄弁であるとともに細部まで精緻な、絶妙の美しさをもった演奏を聴かせてくれる。

中でも「歓喜と情熱について」や「舞踏の歌」から「さすらいの夜の歌」にかけては絶妙。

「ドン・ファン」も、その官能的な響きと音のうねりが素晴らしい。

洗練された表現を基本にして、内的にもきわめて充実した完璧な演奏で、他を寄せ付けない圧倒的な迫力を持っている。

いかにも作品を自家薬籠中のものにした自在な表現とうねりがあり、ベルリン・フィルの磨き抜かれた響きと表現力が見事に生かされている。

「ティル」においても、あたかも名人の話芸を聴くかのような、実に語り上手な音楽の作り方で、ティルの数々のいたずらの場面をユーモアをこめて活写している。

デリケート、ユーモラス、豊かな響きなど、多彩な表現があり、あらゆる要素が見事に纏められている。

晩年のカラヤンの指揮するシュトラウスからは純粋な音楽の喜びが溢れ出ており、余裕と遊びの感じられる演奏だ。

このディスクは、晩年になっても決して音楽的に老け込まなかった、カラヤンの神髄を窺わせている。

これらをしのぐ演奏は当分現れまい。

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classicalmusic at 22:25コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスカラヤン 

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クラシック MIDI ラインムジーク 〜調和のひととき〜
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平成迷想録第3集
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Wilhelm Furtwängler site by shin-p
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東京フルトヴェングラー研究会
当研究会は、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの音楽と思想を手がかりに、音楽が持つ意味を考えようと、1995年に設立された団体です。

ザ・クラシック音楽
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Conductor's Club
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ナチスへの抵抗――フルトヴェングラーの場合
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朝な夕なに〜メンゲルベルクとゲームの部屋〜
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Herbert von Karajan dirigiert Anton Bruckner
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スメタナがチェコの岩山や森をとおして人間(民族)の奥深い感情を表現した彼の作曲家としての頂点を飾る傑作《わが祖国》。

この演奏はこの作品に特別な愛着を寄せていた巨匠ドラティが最晩年に名門コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮した屈指の名盤である。

オーケストラのうまさと、ドラティの年輪の厚みをつくづく感じさせる老巧な演奏である。

ドラティの表現は全体に淡白で、作為的なところがなく、ごく自然に旋律を歌わせながら、びしっと急所をおさえた演奏をおこなっている。

全体にスケールが大きく、彫りが深く、しかも自然体で、各曲の性格をくっきりと浮き彫りにしている。

直截な表現で響きを充実させた演奏で、すっきりと聴かせる。

「高い城」からして、その崇高さに魅せられるし、「ボヘミアの森と草原より」のスケールの大きさもすばらしく、「ブラニーク」の劇的なもりあげかたも最高だ。

とても80歳を超えた人とは思えないほど、若さと情熱にあふれた指揮ぶりである。

ドラティの指揮するコンセルトヘボウは本当にいい音がする。

そして熱い!

いくつあるか分からないチェコ製の《わが祖国》よりもスケールが大きく濃厚な想いが伝わってくる。

この曲の最高の録音は、クーベリック&ボストン響盤であるが、このドラティ盤も捨てがたい。

「シャルカ」の終結部でテンポを落とした結果、音楽の推進力が奪われていたり、「モルダウ」のテーマを弾くときの弦が薄味だったり、不満がないわけではないが、「高い城」や、後半の3曲は、繊細かつ雄渾にまとめており、完成度は高い。

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classicalmusic at 06:04コメント(0)トラックバック(0)スメタナ 

2007年12月26日


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気難しいという以上に気ままで、共演者の選定にも困り果てるというグルダだが、これは数少ない奇跡的共演である。

当時は良好な関係にあったアーノンクールの指揮だが、グルダの開放的で晴れやかな音作りと不即不離の調和したバックアップを見せており、幸福な結婚にも似た協奏曲演奏を聴かせてくれる。

ここでのグルダはまさにモーツァルトに遊ぶ無垢な芸術家であり、天衣無縫の自由さの中で喜びと美しさにあふれたモーツァルトを歌い続けている。

それは繊細さと大胆さとを併せ持つこのピアニストのみに可能な一種の離れ業であり、モーツァルトがこれほど生き生きと、しかも嬉々とした表情で再現されたことはない。

かけがえのない瞬間である。

《戴冠式》は非常に美しい演奏である。

グルダのソロはニュアンス豊かで、曲想のうつろいによって弾き方を変化させながら、モーツァルトの流麗さを少しも失っていない。
 
緩徐楽章では彼特有の音型装飾も顔をのぞかせる。

アーノンクールの指揮も大変ユニーク。

時には弦を1プルトで弾かせたりして人数を絶えず変化させながら、時に金管やティンパニを強奏させる。

第23番はこれと比べると、両者ともややおとなしい。

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classicalmusic at 20:41コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトグルダ 

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「真夏の夜の夢」は、クレンペラーの演奏の中でも最もすぐれたものだろう。

すぐれたメンデルスゾーン演奏は、大きくいって2種類に分類される。

その1つは、典型的なロマン派の音楽として、優美な形で、ややビーダーマイアーふうに。

そしてもう1つは、独自の幻想性を深く内向させた、その彼方にはたとえばマーラーの音楽さえ予感させるような拡大された解釈である。

ここに聴くクレンペラー指揮による「真夏の夜の夢」は、その後者に属するものといえよう。

というか、後者の代表的な存在である。

ここに聴く演奏はたいそうロマン的情感が豊かだが、それは根っこの浅い抒情的なものであったり、育ちのよいプチブルふうのものでもない。

深く、大きな幻想のたゆたいが、強靭な存在感をもって底通している説得力ある演奏内容である。

クレンペラーはここでも悠然たるテンポで、曲のすみずみにまで神経を通わせ、重厚かつ緻密に仕上げており、なによりも音楽的な充実感が最高だ。

さわやかさにはいくぶん欠けるが、音色がまことにみずみずしい。

彼はあくまでも正攻法で運びながら、全編を詩情豊かにまとめている。

幻想的な世界を描きあげた「序曲」や、ロマンティックな気分にあふれた「夜想曲」など、老練なこの指揮者ならではの味だ。

ことに見事なのが「妖精の歌」と「間奏曲」で、ふつう速いテンポであっさり通りすぎてしまう両曲を、ゆっくり愛情こめて演奏し、この曲のロマンティックなメロディーを心ゆくまで堪能させてくれるのである。

ハーパーとベイカーもぴったりと息の合った歌唱ぶりで、合唱とともにこの名演に花をそえている。

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classicalmusic at 18:48コメント(0)トラックバック(0)メンデルスゾーンクレンペラー 

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カラヤンの得意とするR.シュトラウスの交響詩のなかでも、特に彼の肌にあった作品の一つだけあって、彼の老熟した精神的な充実ぶりがよく表れた、期待どおりの名演。

いくぶんテンポを遅めにとり、しっかりとした構えの雄大な音楽をつくりあげており、その楽譜の読みの深さと雄弁な語り口、抜群の演出力は卓抜だ。

カラヤン盤は、そのどれもが自らの生涯と作品とを重ねあわせようとしている。

特に最後の録音である1985年盤に、その傾向は強く、カラヤン自身が、自らの人生を語っているかのような演奏だ。

そのようなナルシシズム的要素でいうなら、カラヤン盤は大きくクローズアップされるだろう。

解釈としては前回と大差はないが、全体にテンポをいくぶん遅めにとり、構えのしっかりとしたスケールの雄大な音楽を作りあげている。

1974年盤に比べるとより表現は巧緻になり、枝葉末節に至るまで艶やかに歌いこんでいる。

と同時に、いくぶん手綱をゆるめることによって重厚さが増し、まことに豪放磊落な演奏へと変貌を遂げているのである。

カラヤン最晩年のいささか主情的傾向が曲の隅々まで濃い陰影と奥行きをもたらし、結果としてよりスケールの大きい演奏表現を生んでいる。

それに伴い、オケは総力戦の感があり、高いテンションを全体に漲らせた空前絶後ともいうべき熱演をものにしているのである。

ことに光っていたのは、コンサートマスターのシュピーラーのソロが入る「英雄の伴侶」の部分で、ここぞとばかりにたっぷりと歌わせ、ケレンのない表現で肉薄しているのは聴きどころ。これほど素晴らしい独奏も珍しい。

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1970年代といえば、カラヤンが最も精力的に活動していた時期だった。

この時期のカラヤンとベルリン・フィルは気力・実力ともに最高のころで、真に巨匠的な演奏である。

1974年に録音されたこのEMI盤は覇気にあふれており、晩年の熟成した演奏とはまた違った味わいがある。

実にスケールが大きく、しかも語り口のうまい演奏だ。

ここまで表現力豊かでスケールの極限をゆくような演奏は他の演奏家はもちろんのこと、カラヤン自身の同曲の録音よりもさらに抜きん出ている。

雄渾な冒頭の「英雄」、演出の巧みな「英雄の歌」、劇的で迫力にあふれた「英雄の戦い」など見事な腕の冴えで、1985年の3度目の録音と比べても、ほとんど遜色のない名演である。

ああ、これがカラヤン、そしてR.シュトラウスなのだ! と思わせるまことに秀麗な演奏だ。

豪壮にして華麗なオーケストレーションをこれだけ軽妙に、そして俊敏に扱えるのはカラヤンの裁量とベルリン・フィルの力量にして初めて実現可能となる。

複雑なテクスチュアを鮮明に立ち上がらせる分、オケの重厚さがいくぶん削がれるが、痛快さが肝要とばかりにグイグイ前へと押しやる。

1970年代、彼らが世界の頂点にまで登り詰めたことを象徴するかのような意気軒昂で活力に満ちた表現である。

独奏パートはシュヴァルベ。まさに彼らの"英雄伝"を物語る会心の演奏。

カラヤン2度目となるこの録音は、同曲のみならず、カラヤン屈指の名演に数えられる。

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旧盤は旋律の自然な流動感も快く、みずみずしい感覚美と端正な造形美を両立させた演奏だ。

ボストン響のアンサンブルも美しく洗練され、この青春を描いた曲にふさわしい。

ここで採用されているのは「花の章」はラトルも録音していたが、小澤の表現が最高だ。

しなやかに歌い、爽快に起伏する演奏で、この楽章に続いて現行の第2楽章が現れる新鮮な印象は、やはり素晴らしいと思う。

再録音は、細部はいっそう彫琢されている。

第1楽章はすべてが明晰で点滅する各パートのつながりもよい。

第2楽章も躍動感が強く、音の動きには強靭さがある。

弦の表情にドイツ風ともいえる克明さを加えたことも好ましい。

第3楽章のゆとりのある表現も実に音楽的だ。

マーラーの管弦の色彩的効果が絶妙といえるほど美しく表出され、その美感は哀愁すら漂わせる。

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ザルツブルクを支配したカラヤンが、伝説になるべくしてなったのが、この《ばらの騎士》だった。

舞台は映画化され、その映画は世界中で上映された。日本でも。

いまなら当然だが、1960年代はそうではなかった。実際の舞台を収録したライヴ、というより、夢の彼方の映画だった。

だが、伝説の名舞台も、さすがに影が薄くなっている。絶え間なく時は流れて50年経った。元帥夫人の老いを、誰も止めようがない。

50年という歳月は、《ばらの騎士》というオペラにとって、決して短い歳月ではなかった。

いまなお、「シュヴァルツコップの元帥夫人」の神話は生きているけれど、シュヴァルツコップ的な歌唱はもう過去のものとなりかけている。

《ばらの騎士》というオペラも、コメディにしては涙の量が多いものに変わってきている。

残された映像や録音によって、時の変化がまざまざとうかがえる。第1幕の幕切れで元帥夫人が見る鏡のように……。

「時」が《ばらの騎士》の主役になったのも、初めはシュヴァルツコップの元帥夫人だったのかもしれない。

映画で知る限り、まだこの上演で元帥夫人は、年齢や色香の衰えを悲しみ、受け入れている。

でもその深いため息に、過ぎゆく時を前にした人間の悲しみへと昇華する兆しを、私たちは聴きとることができる。

1960年の美しい《ばらの騎士》は、コメディーであり、ドイツ的歌唱によって与えられていることによって、過去に属していた。

しかし、同時にこの《ばらの騎士》は、未来でもあったのだ。

「時」のなんという不思議! そして時のオペラ《ばらの騎士》の、なんという不思議!

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2007年12月25日


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第1番はルービンシュタインの引退直前の最後の録音のひとつで、メータとの共演、英デッカへの録音共にこれが唯一となった。

ルービンシュタイン最晩年の絶品である。

ピアノの分厚い音色、ごつごつとした豪傑風のリズム、常に自信に溢れた落ち着きは、かのバックハウスにも匹敵し、魂の動きを伝えてやまない。

ブラームスの歌と憧れが聴こえ、本当に宝物のような芸術である。

メータの指揮もまことに巨大で、響きは有機的、細部まで揺るがせにしない音作りは絶賛に値する。

まさに、ピアノ、指揮、録音の三拍子がそろった名演である。

人が老いて行く事。それは寂しい事であり、恐ろしい事なのだろうか。

このルービンシュタインの最晩年の録音を聴くと、そんな不安は消え去る。

演奏としての技術的完成度や造型性を問題とすれば、この演奏に対する批判はいくらでもできる。

第1楽章での序奏部とピアノの開始部分のテンポの落差ひとつをとっても、その事は理解できよう。

しかしここで我々は、ルービンシュタインの温かく優しい、豊かな音楽に対する慈しみの息吹きに出会える。

メータの全身全霊を傾注してのバック・アップと共に、この「人類愛」としか呼ぶ事のできない偉大な精神の営みは、形而下的なあらゆる事象を超越して我々の心を至福の彼岸へと誘ってくれる。

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classicalmusic at 22:30コメント(0)トラックバック(0)ルービンシュタインメータ 

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ウィーン出身のグルダは演奏活動の初期からモーツァルトの作品を録音しているが、その数はあまり多くない。

「私にとって、モーツァルトはイエスの次にくる人だ」というだけに、グルダはモーツァルトの演奏にはとくに慎重だからである。

そのグルダが「本当に満足できる録音」として挙げているだけあって、このアバドと共演した4つの協奏曲はどれもたいへん素晴らしい。

このモーツァルトのピアノ協奏曲を代表する傑作も、アバドの指揮と共感豊かな演奏を展開し、それぞれの多様な魅力をすこぶる明快に表現している。

ピアノ、指揮、オケの3拍子揃った、この4曲のベストを狙う名演だ。

第20番はまず結晶化されつくした絶妙な美音に驚かされる。表現も素晴らしい。

第21番も透明なタッチで弾きつつ、曲想に従って驚くほどのニュアンスの変化を示す。

アバド指揮のウィーン・フィルもグルダにまさるとも劣らない。

なかでも第21番第2楽章のテーマのみずみずしさは、他のすべてのレコードを凌駕するだろう。

第25番はグルダが見事で、とくに第1楽章ではアバドが設定する遅いテンポの中、緻密で透明な美しさを極限まで発揮してゆく。

こんなに落ち着いた演奏も珍しい。

アバドの指揮は、かなり表現主義的だが響きは斬新だ。

第27番は、両者ともしっとりと抑制を効かせており、これはモーツァルト最後の天国的な曲想を考えてのことだろうが、素直で自然な表現だ。

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classicalmusic at 22:05コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトグルダ 

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36歳という若さで事故死したドイツの名テノール、ヴンダーリヒを人が未だに惜しむとき、その脳裏に浮かぶのはまずこの歌曲集の輝くばかりの生彩を想うからだろう。

若者らしい一途な情熱を見事に歌い上げている。

まずなんと言っても輝かしい美声がすばらしい。

歌い方も率直かつ繊細きわまりなく、凛とした気品があふれている。

同じテノールによる《美しき水車小屋の娘》でも、ヴンダーリヒとシュライアーとでは、その世界はずいぶん異なる。

シュライアーの流れるような抒情に対し、ヴンダーリヒは1曲1曲立ち止まって、考え込むかのようだ。

この入念な歌曲集はヴンダーリヒの美質を凝縮したかのような名演だ。

声の美しさ、フレーズのレガート的扱いに関しては抜群である。

もちろん若さからくる未熟の箇所はいくらでも指摘できようが、その未完成の歌の中にあるドイツには珍しい美声の旺盛が、まぶしいばかりだ。

艶やかな声、たっぷりとしたフレージング、下から上の声域まで1本でムラのない発声、そして明るい響きなど、これほどまでに輝かしく、生命の喜びを伝え切ったドイツのテノールは他にいない。

《水車小屋》の極めつけの名唱と言っていいと思う。

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classicalmusic at 19:17コメント(0)トラックバック(0)シューベルトヴンダーリヒ 

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数多いF=ディースカウの「冬の旅」の中で、4回目のムーアとのグラモフォン盤が最も完成度が高い演奏だ。

これ以前のものは詩を意識的に分析したり、言葉の表現に声の技巧が偏ったりしがちなところがあり、どれもが精緻な演奏でありながら、どこかに計算された表出のパターンが感じられた。

だが、ここではそれまでの枠から解き放たれた、F=ディースカウそのものの心の歌を聴くことができる。

5回目の録音はバレンボイムの描き出す陰影の深さ、絵画的描写力、色彩的表現は、ともすればモノトナスな心象風景として捉えられがちな「冬の旅」を、挫折し絶望のどん底へ落とされた青年の心理劇としてリアリスティックに構成している。

その心理的描写力の鋭さは、4回目録音のムーアの淡々としたピアノとよい対照だ。

F=ディースカウはピアニストを代えるごとに新しい境地をひらいている。

6回目の録音はブレンデルのピアノが凄い。

どんなフレーズにもシューベルトの魂がこもっているかのようで、鬼気迫る一瞬が訪れる。

F=ディースカウもピアノにふさわしい骨太の声でブレンデルと拮抗する。

F=ディースカウの状態は彼のベストとはいえないが、新しい「冬の旅」を創り出そうとするその意志が、ストレートに伝わってきて感動的である。

7回目の録音はF=ディースカウの結論である。

本人は、

「シューベルトこそ何回歌っても、何回録音しても、満足できた試しがない。機会あるたびに何度も録音を重ねていきたい。」

と語っていたという。

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classicalmusic at 15:53コメント(0)トラックバック(0)F=ディースカウシューベルト 

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ソナタ第19番はブレンデルらしいスケールの大きな演奏だ。

鮮やかな主張の提示ときめ細かい、くっきりと陰影を刻んだ展開は、このソナタの持つドラマの大きさをくっきりと描き出す。

そうした意味で極めて骨っぽい男性的なシューベルトなのだが、それだけに第3楽章メヌエットのかげりの深い表現が印象的。

第20番の第2楽章で、嬰へ短調で歌い継がれていく主題のしっとりとした抒情はたとえようもなく美しい。

実にヒューマンな、切々たる情感が流れる主題を聴いているうちに中間部に入り、たくましく華やかな楽想が出現し、それを受けて主部が再現され嬰へ短調の印象的な主題が静々と歌い出される。

このあたりのブレンデルの運びのうまさはまったく堂に入っており、感心するほかない。

第21番は演奏者と作品との調和ある一体感をこよない同意のうちに味わえる名演だ。

ブレンデルはこの音楽の日常的な情感の流れの中から、ニュアンスに富んだ感情の機微にふれる緻密なドラマの起伏を心理的に無理なく引き出す。

微妙な音色変化は楽曲の折々の表情と結びつき、あらゆる声部とリズム型がふさわしい息づきを与えられている様子は、まさに至芸としか言いようがない。

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classicalmusic at 15:00コメント(0)トラックバック(0)シューベルトブレンデル 

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ブレンデルは「即興曲」を2度録音している。

全8曲を演奏したものとしては、ブレンデルのCDが最も優れたものといえる。

ブレンデルはシューベルトの抒情を大切にしながらも、この曲集を2つのソナタのように、統一感のある構成力で美しくまとめている。

まろやかなタッチで、これらの作品からロマンの息吹きを詩情豊かにひき出した演奏で、その即興性にみちた"歌"の美しさは比類がない。

各曲とも、実に綿密に設計された演奏で、それぞれの曲の性格をしっかりと浮き彫りにしている。

美しいたたずまいのなかにも緊張感のみなぎった感動的な表現で、詩人ブレンデルの面目躍如たる名演だ。

ブレンデルの演奏するシューベルトは落ち着きとやすらぎがあって、単に耳に快いという以上の楽しみ方を与えてくれる。

構造の把握もよく練られたもので、抒情性の強い音楽をただ流れるように演奏することがないのも好ましく、音の美しさも魅力的だ。

ただ、1972年盤では各曲の要求する要素もすべて過不足なく表出して申し分ないのだが、多少構えすぎのところがあり、今少しの自在な姿勢があればと、惜しまれる。

1988年の再録音は以前よりいっそう音楽がまろやかに、自然に、豊かになっている。

作品90のハ短調のテーマが鳴りだすと、心はもう《ブレンデルのシューベルトの世界》に移り住まされてしまう。

主旋律、低声、アルペッジョ、それぞれの音色、音量、アーティキュレーションが絶妙にコントロールされ、この曲に限らず、あとの7曲もすべて細部にいたるまで、《音楽》が満ちみちて、柔らかで優しい色調が全体にみなぎっている。

特に作品142の第3番は、纏綿とうたわれる歌が実に美しく、ウィーンの音楽家シューベルトを実感させるだろう。

和音の微妙なニュアンスも絶品で、ブレンデルのデリケートで考え抜かれたアプローチが全面的に生かされているといえる。

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classicalmusic at 14:40コメント(0)トラックバック(0)シューベルトブレンデル 

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カラヤンの《ばらの騎士》といえば、1956年のフィルハーモニア管を指揮したEMI盤と1982〜1984年のウィーン・フィルを指揮したDG盤がよく知られているが、この録音は1999年に初めて公式リリースされた1960年のザルツブルク祝祭大劇場のこけら落とし公演のライヴ録音である。

元帥夫人はリザ・デラ・カーザ、オックス男爵はオットー・エーデルマン、オクタヴィアンはセナ・ユリナッチ、ゾフィはヒルデ・ギューデンが歌っている。

この1960年7月26日のザルツブルク音楽祭ライヴは、まれにみる気迫にみちた素晴らしい演奏。

カラヤンはウィーン・フィルから艶やかなだけでなく、輝かしい音色を引き出し、快適な速度で動かす。

ウィーン・フィルの力演から生まれる豪華絢爛、瀟洒にして逸楽と官能に満ち溢れた音の美しさ!

元帥夫人は、EMI盤のシュヴァルツコップの名唱が神格化されているが、この録音のデラ・カーザもそれに比肩する出来で、豊麗な声の美しさ、成熟した女性の気品という点では、かのシュヴァルツコップを凌ぐかもしれない。

ユリナッチのオクタヴィアンも絶品だ。

カラヤンの壮麗かつドラマティックな音楽も晴舞台にふさわしい。

放送音源のため音質の面でやや不利があるとはいえ、演奏だけをとるならばカラヤンの《ばら》のベストだろう。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスカラヤン 

2007年12月24日


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クレンペラーとメンデルスゾーン、何とも不思議な組み合わせである。

メンデルスゾーンという作曲家を"風景画家"と形容するのは、わかりやすいという利点はあるかもしれないけれど、一方で、かなり矮小化してしまいかねないような危険性をはらんでいる。

その間の事情を詳らかにしてくれる代表的なもののひとつに、このクレンペラー盤がある。

ここに聴くメンデルスゾーンは、決してモノゴトの表面にだけ心を動かされているマイナー・ポエットのような存在ではない。

ときに深い洞察力を持った心理学者であり、激しく鏨をふるう彫刻家であり、創造の世界に遊ぶ冒険家でもある。

水彩画のようなメンデルスゾーンの音楽ももちろん綺麗ではあるけれど、やはりこうしたアプローチのほうが、より味わい深い。

まず「スコットランド」が名演である。

クレンペラーは特別にこの曲を愛しており、ゆっくりとしたテンポでメロディーを情緒的にうたい、細部の楽器の音色をいかにも美しく表出する。

クレンペラー独特のゆとりのある遅いテンポで悠揚と進行する音楽は、ほの暗い曲趣を明確に表しながら、その中にクレンペラーという巨人的指揮者の存在を印象づける。

しかも、メンデルスゾーンの創作の根底にある古典主義的格調が期せずして表わされている。

聴衆におもねるところの毛頭ない孤高の芸術といっていいだろう。

「イタリア」も個性的。ただ、かなり重い演奏である。

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classicalmusic at 23:32コメント(0)トラックバック(0)クレンペラーメンデルスゾーン 

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「惑星ブーム」の火付け役となった名盤。 

ステレオ初期に「惑星ブーム」をつくったのはカラヤンで、彼が採り上げたということで、結果的に《惑星》は今日のようにポピュラー名曲の仲間入りを果たした。

それまではボールトやサージェントといったイギリス人の指揮者の専売の感があった。

そこへ人気実力ナンバー・ワンのカラヤンが、満を持して録音したことで急速に人気曲になったのである。

独墺系の指揮者の演奏によって、曲の人気が決定するというのは、日本のクラシック界のパターンである。

そして《惑星》は世界中の指揮者が、喜んで採り上げる唯一のイギリス音楽の地位を獲得した。

この一例を思い起こしても、いかにカラヤンという名のブランドが、すさまじいブランド力を持っていたかが分かるだろう。

恐らく当時のレコード・ファンは、カラヤンの新曲ぐらいに受け止めていたのだろう。

カラヤンは比類のない巧緻な演出で、それぞれの曲の性格を的確に描き分け、この組曲の持ち味をあますところなく表出している。

ことに、力強く熱っぽい表現の「火星」や、夢幻的な世界を絶妙に描いた「海王星」などは、まことに見事だ。

ウィーン・フィルもカラヤンの意図を徹底し、変化に富んだ、そしてきりりと引き締まった見事な演奏を行っている。

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classicalmusic at 15:39コメント(6)トラックバック(0)ホルストカラヤン 

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旧盤を上回る出来。

アシュケナージのタッチが実に魅力的だ。

美しい響きを無理なく引き出して、低音も決して重くない。

センチメンタルにならず、常に品位を保ち、しかも暖かい感情を失わない。

第2番の第1楽章は透明なタッチと美しいリリシズム、すばらしい生きたリズムやアクセントが、アシュケナージらしい。

第2楽章も、高音には滲み出すような哀しみの色がある。

フィナーレの透明度は、とてもピアノという楽器が発するとは思えないほど。

ハイティンクの円熟ぶりも目をひく。

弦を豊かに響かせながら、それを自在にコントロールしてラフマニノフにふさわしい豊かな広がりをつくり出している。

オケも指揮者も音楽性満点で、フィナーレでの生命力、最高の厚みなど、ただ聴きほれるのみ。

「パガニーニの主題による狂詩曲」は現今、これ以上は不可能という線まで達した超名演。

アシュケナージの音色の色彩感は、オーケストラ以上とさえいえるし、リズムやテクニック、タッチ、洗練されたしゃれっ気、孤独な心の告白など、ただ舌を巻いて聴き入るのみだ。

ピアノの生き生きとした表情が豊かな振幅をつくり、聴く者をひきつける。

ハイティンクの指揮も生々しく敏感で響きがいかにも立派。

第3番も名演だが、成功の半分はハイティンクによるものだろう。

アシュケナージのピアノは華やかな響きから虚無感まで、表情の幅が非常に広い。

第4番も同様だ。

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classicalmusic at 14:15コメント(0)トラックバック(0)アシュケナージラフマニノフ 

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ミケランジェリの代表盤。

ミケランジェリは、ピアノという楽器をいっそう繊細に響かせることにとりわけ熱心なピアニストだ。

その彼が持前の魔術を最高に発揮するのは、著しく制限の多い演奏会よりもむしろレコーディングにおいてなのだが、肝心の録音の数は非常に少ない。

このドビュッシーは堂々とした風格を湛えており、ピアノ的美観の極致を示している。

「映像」は極めてデリケートで、「子供の領分」は旋律の処理が大変見事だ。

ドビュッシーの「前奏曲集」が作曲当時新しかったのは、音楽を理念や感情から解放して、響きの客観化、意匠化を意図したためだったが、その点、ミケランジェリの気質に重なり合う部分が多い。

第1巻では特に第7,9,10,12曲でみせる多彩な響きと、そこから生ずる豊かな印象は忘れ難い。

ピアノのソノリティに対して、特別に鋭敏な感覚をもったミケランジェリならではの名演である。

ミケランジェリのピアノを一言で評するなら、やはり《透徹のピアノ》であろうか。

彼はあらゆる音、あらゆるフレーズを明晰に奏でる。

加えて彼のピアノはしばしば誤解されがちな冷たいものではなく、時にしたたるような官能美を湛え、ドビュッシー一流のユーモアも十全に伝える。

タッチ、ペダリングなど技巧上の工夫と練磨が最高度であればこそ、このような名演が生み出されることはいうまでもない。

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classicalmusic at 13:53コメント(0)トラックバック(0)ミケランジェリドビュッシー 

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この再録音盤はベーム自身の旧盤よりも出来ははるかに良く、音の深みと厚さにかけてはその比ではない。

さすがにモーツァルトをきわめつくしたベームだけあって、日ごろの造詣の深さのよくあらわれた充実した表現である。

雄大、壮麗なたたずまいのなかから、モーツァルトの救いようもない慟哭が聴こえてくる。

「キリエ」の荘重きわまりない開始の中に、モーツァルトの悲痛な叫びがききとれる。

間もなく生命を失おうとしている者の最後の歌の叫びが。

これほど心を痛める音楽、これほどその痛みを現代にまで伝達する演奏はそんなにあるものではない。

ここにはベームという指揮者の、完成に近づこうとする者の祈りがある。

合唱とウィーン・フィルがベームの要求にこたえて、感動的な演奏を聴かせてくれる。

ことにゆっくりと流した「涙の日」には心を打たれる。

モーツァルトを終生の目標に置いたベーム最良の演奏であり、ベームへの限りない敬意と愛情に溢れたウィーン・フィルと同国立合唱団の水も洩らさぬアンサンブルの緻密なモーツァルトは、さすが本物だけのことはある、と思わせられる演奏だ。

この《レクイエム》は円熟の頂点にあることを実感させてくれる名演で、すべてモーツァルトの本質そのものといえよう。

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classicalmusic at 13:13コメント(0)トラックバック(0)ベームモーツァルト 

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落ち着いたたたずまいで音楽を踏みしめつつ、すべての音符を自信たっぷりに響かせた味の濃いブラームス。

第2番はルービンシュタインのピアノには思い入れがなく、淡々と弾いているのに重量感がある。

淡々としているといっても決して機械的ではなく、必要とあらばこの上なく気持ちを込め、ルバートを多用しながら歌う。

温かい音色といいコクといい、彼ならではのものだ。

オーマンディも絶好調で、純度の高い緻密な伴奏ぶりを示している。

円熟のルービンシュタインは、オーマンディの巧みなバックに乗って天馬空を翔けるような無類の演奏を展開している。

84歳の老人とは信じられぬ感覚の若さには、改めて驚かされる。

技巧的な破綻のないのは勿論、リズムはどこまでもしなやかで、その上抒情の流れが実に美しい。

いわゆる気負いというものがまったくなく、全体は常にリラックスしていて自然体なのが素晴らしい。

いかにも人生の達人らしい、自由で闊達なブラームスになっている。

勿論スケール感にも不足せず、まさしく巨匠の芸という華も感じられる。

オーマンディの指揮も実に暖かく、巨匠を包み込むような懐の深さも聴かれる。

美しく老いた両巨匠の共演が素敵である。

シューマンの《幻想小曲集》はその間の取り方のうまさと、強弱、起伏のつけ方のうまさは、まさに絶妙といってよく、まさに宝石のような輝きをもった名演奏だ。

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classicalmusic at 11:28コメント(0)トラックバック(0)ブラームスルービンシュタイン 

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アルトゥール・ルービンシュタインは1887年生まれ、1982年、95歳の高齢で世を去った名手だが、このCDは1975年、なんと88歳の録音!

もちろん90歳をすぎて、なお活躍をつづけたピアニストは例がないわけではないが、ベートーヴェンの「皇帝」をこんなに立派に、こんなにも堂々と弾きのけたのは、一人ルービンシュタインだけである。

他のディスクは全く不要と思わせる皇帝の中の皇帝と絶賛したいベートーヴェン。

ルービンシュタインは遅いテンポでくっきりと弾きあげ、フレーズを緻密に処理しており、あらゆる表情がぎりぎりの線まで追求されている。

かなりゆっくりとしたテンポで、スコアの1音1音を大切にしながら弾きあげた演奏である。

そのみずみずしい表情とあざやかな技巧は魅力的で、絢爛豪華な点では最高だ。

テンポはかなり動かしているし、旋律の歌わせ方にも癖があるが、作品を見事に自分の血とし肉としたルービンシュタインの自信が隅々にまで感じられる。

彫りの深い「皇帝」であり、ルバートを多用しても音楽の流れが滞ることのない、真に大人物の演奏である。

バレンボイムの指揮もこの曲のベストのひとつで、深い呼吸と厚みのある生々しい響きには巨匠の風格が漂っている。

第4番は音楽が進むにつれて調子が上がり、大柄で立体的な表現を成し遂げている。

バレンボイムもルービンシュタインのテンポによくつけており、少しも淀まず、厚みがあり、十二分に歌い、ときには瞑想や思索さえも実感させる。

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classicalmusic at 11:03コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンルービンシュタイン 

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再録音のグラモフォン盤は1983年からザルツブルク音楽祭で行われている上演と並行して、同一のメンバーで行われた録音。

カラヤンはこのオペラのもつ逸楽と官能と飽和とを存分に解放しながら、その天分と才能の最良のものをここに結晶させた。

「ばらの騎士」がこれほどかぐわしい香りと美しい色をもって咲き出したことはかつてあるまい。

元帥夫人とオクタヴィアンはかつての旧盤を凌ぐとさえ思わせる。

カラヤンは元帥夫人の想いの深さなどに、ちっとも共感していないんじゃないだろうか。

というより、《ばらの騎士》のドラマそのものに。

かつて一般的なオペラとしての演奏を行なったカラヤンは、ここで配慮も何も捨てて、自分自身の《ばらの騎士》の美を実現されている。

元帥夫人の悩みもオクタヴィアンの迷いも、ここではただの素材に過ぎない。

何もかもが、ウィーン・フィルの豊麗を極める響きの中に溶け込み、《ばらの騎士》という声と管弦楽の魔法の世界が現れる。

これがオペラか? そんなことはどうだっていい。

これは「カラヤンの《ばらの騎士》」というもので、ほかに類を見ない、ひとつの音楽世界なのである。

さらに、ここでのカラヤンの指揮は、いささかの諦観をただよわせ、絶品である。

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classicalmusic at 00:27コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスカラヤン 

2007年12月23日


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1990年に録音された「4つのスケルツォ」「子守歌」「舟歌」は1984年のピアノソナタ以来のポリーニのショパンで、いずれもこれが初録音。

強靭にして精緻、豊潤にして繊細、これほど完璧なピアノ演奏は他にない。

「スケルツォ」での和音はときに豊麗、ときに峻烈、しかも音色が清冽で、十分に温かさのこもった響きを発する。

思いの丈をありのままにぶつけた、そんな凄まじい演奏である。

たんなる激情、たんなる豪壮、たんなる華麗をはるかに超えた次元で、言うなればポリーニの魂の絶叫に触れることができる。

絶叫といっても、野卑で非音楽的な音が使われているわけではない。

音楽として許される範囲の音を駆使してのそれ。凄絶感が増すわけである。

4曲中もっともよく知られている第2番の高揚感、わけても爆発的なコーダの高揚感は、なんとも衝撃的で、強烈な緊張から不意に解放されてほっとする安堵感は、筆者に関する限り、どのピアニストよりも大であった。

「子守歌」にちりばめられたタッチの濃淡、極めて微妙なテンポの揺れも《生きたものの声》だけが持つ真実の感興を聴き手に滲みわたらせ、「舟歌」の控え目な表現の内に追想の詩を鮮やかに浮かび上げるところなど、すでに達人の至芸である。

ポリーニの非凡な才能を、改めて思い知らされてくれる1枚であろう。

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classicalmusic at 22:39コメント(0)トラックバック(0)ショパンポリーニ 

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「ピアノソナタ第2&3番」はポロネーズ以来、実に9年ぶり(1984年)のポリーニのショパン。

ポリーニならではの鋭い感性が、全体に冴えわたった演奏で、シャープに切り込んでいる表現が魅力だ。

ポリーニの歯切れの良い音と、磨き抜かれたテクニックで作り上げられていくショパンは、情緒的、装飾的といった風でなく、深い構造性を感じさせる大変聴き応えのある演奏である。

ソナタ第2番は、アルゲリッチとは対照的に、きわめて醒めた目で楽曲の構造を見つめており、どのような激しい部分でも奔放にならず、手綱をしっかりと引き締めている。

ソナタ第3番でもポリーニは一点一画をもおろそかにせず、音楽の内面に鋭く切り込んだ表現で、深々とした音楽をつくりあげている。

これほど厳しく、しかもゆるぎない造型をもった演奏というのも珍しい。

従来のポリーニの演奏を支えていた《挑戦》という意識は、このショパンを聴くと、それほど意識されなくなったのではないかと思える。

相変わらずシャープでゆるぎない演奏だが、内面的な作品との対決の深まりを感じる。

第2、3番とも、表現はかなり地味であり、従来の強引さはまったくない。

一方第2番の第4楽章や第3番の第2楽章スケルツォ部分では、その磨き抜かれた技巧を聴かせてくれる。

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classicalmusic at 21:00コメント(0)トラックバック(0)ポリーニショパン 

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第1番から第7番までの7曲を収めたディスクである。

「ポロネーズ集」の演奏でまず気が付くのは、どんなに細かい部分も完全に再現せずにはおかない高度なテクニックである。

それは単に指の運動が正確無比であるという点にとどまらない。

音質や音色が充分に吟味され、その結果、硬い輝かしい音が創り出される。

ポリーニの場合、フォルテを鳴らしきって音が濁らず、息切れもせず、強弱のどの段階でも音色が美しいことは特筆すべきだろう。

いかにもこのピアニストらしく、卓越したテクニックに支えられた切れ味の良い演奏で、実にダイナミックで緊迫感に満ちたポロネーズである。

各曲の構成的な美しさを直截に弾きあげた演奏で、すこぶる研ぎ澄まされたテクニックで情熱的にまとめている。

ソフトな音色のアシュケナージとは対照的に、シャープでやや冷たい肌ざわりの演奏だが、そのダイナミックな表現にはひかれる。

収録された7曲のうち、ことに技巧的に華やかな曲が立派で、第3番「軍隊」、第6番「英雄」などの解放的で明快な性格の作品では、ポリーニの力はフルに発揮されており、緩急の起伏を巧みにつけながら、劇的に表現していて聴かせる。

彼の器の大きさが顔をみせている演奏である。

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classicalmusic at 20:45コメント(0)トラックバック(0)ショパンポリーニ 

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白熱的な緊迫感や自在で力強いテクニックの冴えが光るポリーニ盤は、圧倒的な説得力をもって聴き手に迫る熱っぽい快演である。

このCDの最大の特色は、ポリーニの洗練された剛直な表現の楽しみにある。

「24の前奏曲」がこれほどまでにエネルギーを内在した作品として現前することは、きわめて稀だ。

全体にしっかりとした芯の強い演奏で、ショパンの音楽のもつ柔らかなロマンティシズムよりも、劇的で強靭な面に光をあてている。

完璧なまでのテクニックと研ぎ澄まされた美しい音、そしていささかクールと言える感性によって、見事なまでに客観的に弾き上げられたポリーニの演奏は、1曲1曲がそれぞれにふさわしい洗練された表情を持つと同時に、全曲としてのまとまりをも獲得している。

甘美な詩情にはやや不足気味とは言え、背筋をゾクッとさせるほどの凄い表現は、他者を寄せつけない。

正確無比のテクニックで、各曲を一分の隙もなく整然と描き分けているが、ことに暗いロマン性をもった曲は抜群で、第18番や第20番は逸品だ。

ショパンは第12番嬰ト短調、第14番変ホ短調、第16番変ロ短調、第18番ヘ短調、第20番ハ短調などの短調の中に屈折した情熱をみなぎらせているが、ポリーニはそれを全24曲の核心としてとらえ、多彩な表現の全貌を明らかにした。

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classicalmusic at 20:33コメント(2)トラックバック(0)ポリーニショパン 

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ポリーニのDGへの最初のショパン・アルバムで、素晴らしい名演である。

音楽性の豊かなこと、様式観の確かなこと、技巧の見事なことなど、ピアニストとして身につけるべきことをポリーニは全てもっている。

ここにはショパンが考えた限りの技巧が生かされている。

ポリーニはこれらを明るく透明で、やや冷たい音色で鮮やかに弾ききり、少しも脆弱なところがない。

イン・テンポでありながら、あふれるような青春のロマンティシズムが渦巻いているのだ。

この72年に録音されたショパンの「練習曲集」は、彼の超人的な技巧を明白なものとした。

私はこのCDを聴くたびに、ピアノがひとつの「機械」であったことをあらためて想ってしまう。

硬質で研ぎ澄まされた音の微粒子のひとつひとつが鉄のハンマーから叩き出されていることを。

それでいてこのエレマンたちは「革命」におけるような熱情に満ちたショパンの音の星座をゆたかに練り上げてみせるのだ。

数百年の平和の中で、「鳩時計」しか生み出せなかったスイスとは全く対遮的な、あのマキャベリの、そしてまたチェーザレ・ボルジアの国のピアニストは「冷徹なラテン趣味」とも言うべき、まばゆいばかりの音のマトリスを提出している。

ラテン的感性と分析的知性の融合という意味では、前記したストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」についても同じことが言えるだろう。

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classicalmusic at 19:32コメント(4)トラックバック(0)ポリーニショパン 

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「10年の沈黙」を破って現れた、この演奏におけるポリーニを愛するひとは多い。

「ペトルーシュカ」は、どの部分にもカンタービレが息づき、音楽がしなやかに流動する。

バレエ音楽が持っているダイナミズムが、その変化の目まぐるしさとともに一片の狂いもなく構築されている。

プロコフィエフも、鮮やかなリズムと、深い澄み切ったソノリティが異色。

ブーレーズの「ソナタ第2番」は、誰がどう考えてもポリーニのために書かれたとしか思えない、まさに彼にうってつけのソナタ。

そこでは音楽史の分析と解体そのもののような作品と、ピアノという技術的手段の間での純粋な干渉状態が体現される。

まさにポリーニのレクチュールとブーレーズのエクリチュールが完璧な一致を見せており、ヴェーベルンも見事の一語につきる。

まさにポリーニの卓越した感受性と技巧が生み出した、忘れ難い名演だ。

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classicalmusic at 16:09コメント(0)トラックバック(0)ポリーニ 

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1960年第6回ショパン国際音楽コンクールで、18歳のマウリツィオ・ポリーニは優勝した。

この優勝がいかにセンセーショナルなものであったかは、この時の審査員が全員一致でポリーニを推していたことからも窺える。

審査委員長だったルービンシュタインにいたっては、「われわれ審査員の内で、彼ほど上手く弾ける者がいるだろうか」と洩らしたという。

ポリーニの今日にいたる「伝説」はこの時から始まったと言っても良い。

ピアノをちょっとでも弾いたことのある者だったら、その超人的なテクニックの冴えを耳にして、溜め息のひとつもつきたくなってしまうだろうし、まるでピアノを弄したことのない者にしたところで、自分の指が一体何のためにひっついているのかしばし考えこんでしまうくらいのことがあったとしても不思議ではない。

だが、それほど物凄いテクニックを持っていた若きポリーニは演奏界から突然姿を消してしまう。

ほぼ10年間ほどの間、彼は本格的な音楽活動の一線からは退いてしまうのだ。

手をこまねいていたわけでは決してなく、ミケランジェリやルービンシュタインに師事し、あらためて勉強し直していたのだ。

この10年間の間にポリーニは演奏技術の研鑽に努めたばかりではなく、指揮を学び、また哲学を学んだ。

彼が再び天才の名をほしいままにするのは70年代に入ってからのことである。

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classicalmusic at 15:44コメント(0)トラックバック(0)ポリーニショパン 

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天才の前に天才なく、天才の後に天才なしという言い方を借りれば、ベルリオーズの場合、むしろ、狂気の前に狂気なく、狂気の後に狂気なしとでも言うべきか、ベルリオーズが狂気であったというのではないにしても、彼の人生とその作品は狂気の沙汰という形容によってしっかり印象づけられるものであろう。

狂気に先立つ狂気はなく、狂気を模倣する狂気はない。

ベルリオーズは、ゲーテやシェークスピアなどの文学的教養を通して、ユゴー、ハイネ、ジョルシュ・サンド、ヴィニー、デュマ、ゴーティエなど当時のロマン派を中心とした文学者とも連帯し、「幻想交響曲」や「レリオ」の初演時には彼らが応援団を形成したし、ワーグナー、シューマン、リスト、メンデルスゾーンなども、ドイツ各地で彼の作品を紹介し、特にワーグナーは、「ワルキューレ」や「トリスタン」に彼の影響を認めている。

また、彼の「管弦楽法」は今日まで読み継がれ、ロシア五人組やR・シュトラウス、メシアンにまで受け継がれている。

ミュンシュはベルリオーズのスペシャリストとして知られたが、どの曲の録音もスケールの大きい、極めて明るく輝かしい響きの、色彩的な表現を行っており、その熱のこもった演奏には圧倒されてしまう。

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classicalmusic at 14:38コメント(0)トラックバック(0)ベルリオーズミュンシュ 

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《ばらの騎士》という作品は、改めて聴き比べてみると、本当に名盤に恵まれている。

その中で随一の録音は、カラヤンの旧盤であろう。録音は古いながら今なお不滅の魅力を誇っている。

それはひとえにシュヴァルツコップのマルシャリンに支えられているといっていい。

ここでのシュヴァルツコップは、気品といい貫禄といい、まさに元帥夫人には打ってつけの役柄で、素晴らしい歌唱力とともに、大きな金字塔になっている。

カラヤンの旧盤はこのオペラの在り方の(むろん唯一絶対ではないが)ひとつの理想型を示している。

若きカラヤンの瑞々しい色彩感は、洗練と陶酔の中から、この曲の豊かな官能性を浮かび上がらせる。 

それに加えて、当時48歳の若さだったカラヤンの演奏は、音楽のロマンティックな情緒や情感の艶麗にして甘美きわまりない表出という点で独特のものである。

カラヤンは、繊細・緻密に陰影のすべてを表現し尽くしながら、甘美な世界をつくり上げているが、決してそれに耽溺しきってはいない。

客観的な目で恣意を抑えるもう1人のカラヤンがいて、つねに全体の設計に目配りしているのである。

女の歓びも悲しみも知り尽くしたような、しかも香り高い気品と風格にみちみちたシュヴァルツコップの元帥夫人、ルートヴィヒの若々しくさっそうたるオクタヴィアン、滑稽さの中にも愛すべき人間臭さを失わないエーデルマンのオックス男爵。

これほどスケールが大きく、またキャストに恵まれた《ばらの騎士》は、今後も二度と現れることはないかも知れない。

レコード史上に記録されるべき、不滅の名盤といわれる所以である。

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classicalmusic at 00:47コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスカラヤン 

2007年12月22日


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「白鳥の湖」はラテン的な明るさ、エレガントなロマンティシズムに溢れた、いかにもアンセルメらしい音楽だ。

ロシア的粘っこさを求めるむきには繊細に過ぎるかもしれないが、鮮やかな色彩感と表情付けのうまさは、ちょっと比類がない。

「眠りの森の美女」は決定盤の名にふさわしい名演だ。

アンセルメは、3大バレエの中でも最もシンフォニックな性格をもつこの曲を、クールな弦に輝かしい金管を配した絶妙な演出ぶりで絢爛とまとめている。

精緻なリズム処理には驚嘆するほかない。

ロシア芸術の祭典とまでいわれるこのバレエの精髄である、まばゆいばかりの色彩美がここでは完璧に再現されている。

「くるみ割り人形」は舞台の動きまでも彷彿とさせる素晴らしい演奏だ。

この作品の真価はやはり、アンセルメのようなバレエ音楽を知り尽くした大指揮者の手になる全曲盤を聴いてみないとわからないだろう。

3大バレエでもアンセルメがこよなく愛した名作だけに、演奏は巧緻極まりない演出ぶりで非の打ち所がない。

チャイコフスキーの3大バレエの決定盤であり、まさしく熟し切った境地というべきだろう。

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classicalmusic at 20:14コメント(0)トラックバック(0)チャイコフスキーアンセルメ 

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ブーレーズのストラヴィンスキーは後年の洗練され円熟した演奏よりも、エネルギッシュで野性味のある旧盤を採りたい。

ブーレーズは作曲家としての厳しい目でスコアを徹底的に分析し、それを自分のものとしたうえで作品のなかから豊かな音楽を引き出す。

その棒は実に切れ味がよく鋭い。

「春の祭典」は作曲家としてのブーレーズ一流の鋭い眼力で、あの難解なスコアを徹底的に分析して演奏したもの。

迫力に満ちた劇的な演奏で、リズムの扱いがうまく、第2部の「選ばれた乙女への賛美」から「終曲」にかけての逞しく力強い表現に圧倒されてしまう。

また「ペトルーシュカ」は、四管編成の1911年版を用いた演奏で、録音もよいせいか、その絢爛たる音の洪水に圧倒されてしまう。

ブーレーズの棒は実に歯切れがよく、明快率直に表現しているが、決してドライといった感じではなく、各場の情景の描き方は、驚くほどきまこまやかで、明暗の度合いをくっきり浮き彫りにしている。

特に第3場の「ムーア人の部屋」は、よい出来栄えである。

「火の鳥」はブーレーズの綿密な設計力と楽譜の読みの深さの光る名演で、彼はスコアを克明に分析し、ひとつひとつの音のもつ意味をよく考えながら、このバレエのロシア的な民族色を色濃く表出している。

ことに「王女たちのロンド」と「子守歌」は素晴らしい。

「火の鳥」とカップリングされたバルトークの「中国の不思議な役人」も全編に緊張感のあふれた大変充実した演奏で、ブーレーズならではの演出のうまさである。

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classicalmusic at 19:49コメント(0)トラックバック(0)ブーレーズストラヴィンスキー 

2007年12月21日


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全篇儚さと無常感とに彩られたブルックナーである。

シューリヒトの演奏は、ブルックナーの本質を衝いた表現で、冒頭からこの指揮者特有の高雅な音楽性に引き込まれる。

まず第1にここに聴こえる音は、通常のオーケストラの音ではない。まるで現実感のない、別世界に鳴っている音楽なのである。

その音には油絵のような立体感と生々しさがある。その生々しさが心の奥深くに響くところが、他の演奏と違うところだ。

その孤高の美と枯淡に通じる味わいの深さは、他の指揮者には求められないもので、ブルックナーの音楽美と内面性をこれほど端正に示した演奏も少ないだろう。

ハーグ・フィルも親密なアンサンブルで応えている。

弦のトレモロに開始される第1楽章冒頭から、なんと「感じやすい」音なのだろう。奏者たちは楽器だけでなく、心の琴線をも弓で鳴らしているのだ。それが、聴く者の共感となってくる。

音楽は淀みなく進行していくが、そこに鳴る一瞬一瞬の音の閃きは、あまりにも眩しく愛おしい。「この瞬間のまま時間を止めて欲しい」。何度もそう願いたくなる。

その美しい音の過ぎゆく様、消えゆく様に人の生にも通ずる無常がある。

展開部でも劇性を煽るどころか素っ気ないくらいだが、内部に燃えたぎるパッションは火を噴く溶岩のように熱い。

コーダもオーケストラの全能力を引き出しての凄まじい大音量にもかかわらず、決してうるさく聴こえることはない。まさに至芸である。

第2楽章も深刻ぶらず、淡々と、しかも目一杯の共感をもって熱く歌われる。

まるで黄泉の国への川面に揺られるような第2主題は、魂を遠い記憶への郷愁へと誘う。

流れに身を委ねる心地よさは無類であるが、シンバルを伴った神々しいクライマックスへの駆け上がり方は、天馬のように迅速である。

第3楽章はシューリヒトの卓越したリズム感が冴える。音楽がどんなに荒れ狂っても、そこに匂う儚さは消え去らない。トリオはまるでもう一つの緩徐楽章のように歌が天を焦がす。

第4楽章では、楽章の規模の小ささを些かも感じさせぬ多彩な表現で聴く者を魅了する。

まさに傑作である。

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classicalmusic at 22:51コメント(0)トラックバック(0)ブルックナーシューリヒト 

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音楽表現の原点に立ち帰るようなところがあった晩年のアラウの演奏に比べると、70年の演奏は表現者としての覇気を感じさせる。

ピアノ・ソナタにしても他の作品にしても、ここでは大きく気持ちを羽ばたかせた表現で、聴き手を別世界へと誘う強い力が感じられるのだ。

もちろんドイツ的な伝統の継承者として、極めて的確で、構成力に富むことはいうまでもない。

力強い説得力を持った演奏だ。

85年の再録音はアラウの深い精神性に満ちた表現とともに、衰えをしらぬ技巧の強靭さには、驚くばかりだ。

ピアノ・ソナタでは決して表面的な演奏効果に向かうことなく、極めて骨太に作品の本質、その内面に実在するものをしっかりと引き出す。

他の3曲の演奏も当然その同一線上にあり、アラウの響きの饗宴や名人芸の披歴にとどまらず、そうした響きにしっかりと肉付けをして、まさしく肉声で奏でられた音楽を聴かせてくれる。

超絶技巧練習曲の第9曲「回想」から第12曲「雪かき」に至る4曲は、若いリスト弾きとは異なり、技巧を誇示することはせず、円熟した表現力で聴き手に何かをアピールする。

これは、アラウがリストを長い間演奏し続けた中から、つかみとったものが物を言っている。

技巧的難曲を演奏する以上の、表現力の幅の広さや味わい深さを示した演奏といえるだろう。

豪快さは物足りないが、彼の音楽は傾聴に値する。

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classicalmusic at 19:31コメント(2)トラックバック(0)リストアラウ 

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バックハウスの正確無比なテクニックが発揮された、風格豊かできわめてスケールの大きい古典的な価値を持つ名演である。

バックハウスの弾くベートーヴェンは、神経質なところが少しもなく、重厚で骨太、およそ物に動じない風格があり、雄大さを表出している点がさすが。

聴き手に"洗練"をイメージさせるような演奏ではない。何が起ころうとも決して動ずることがなさそうな、そんな骨太の表情が演奏全体を貫いている。

ちょっと聴いたところでは、素朴で武骨な印象を与えるかもしれない。だが、聴き進むにつれ、素朴さの中に底流している人間的な温かさに気づき、惹かれるようになる。

それがバックハウスのベートーヴェンなのだ。

やや冷淡とも思えるほどさらりと弾いている曲もあるが、それでいて、いかにもこれらの曲を長年弾きこんできた、老熟したうまみのうかがえる演奏だ。

器用で小回りがきくピアニストは多いが、悠揚迫らぬ大人の風格のあるピアニストは、近年めっきり少なくなってしまった。

そういう意味で、このバックハウス盤の人気は、今後長く持続するのではあるまいか。

バックハウスは、ベートーヴェンの音楽の肉声を伝えてくれる。

人間が音楽をすることには、伝統も歴史も異にする私たちにすら強く訴えかける、何ものかがあることを強い説得力ともって語りかけてくるのである。

このような演奏を聴くとき、演奏解釈の歴史やテクニックの開発の歴史を越えて、音楽というものが持ちうる力について真に考えさせられるのだ。

80歳前後の演奏にもかかわらず、技巧の衰えもなく、随所に枯淡の境地といったものがにじみ出た名演である。

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classicalmusic at 17:00コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンバックハウス 

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ギレリスは1972年にもヨッフム&ベルリン・フィルとの共演で、この協奏曲を録音しているが、本盤はそれより約15年前の録音。

この録音は、絶頂期の最高の状態のギレリスの演奏を楽しませてくれると同時に、ライナー=シカゴ響の桁外れの実力を、とくに鮮明に伝えてくれる演奏である。

抜群のテクニックと美しくも重量感のあるタッチで、この大作を雄渾に語り進めていくギレリスのピアノは、これこそがヴィルトゥオーゾであるという強い実感を抱かせずにはおかないものである。

1958年録音だが、ギレリスは腰の強い締まったタッチで存分に激しい力感を表出し、音楽の運びも明確で淀みがない。

ときとして粘りや柔らかみに不足するが、自己のスタイルの範囲内で感情も込めている。

これ以上なくブレンドのよいサウンドを駆使して、しなやかでありながらも引き締まったバックアップをみせているライナーの対処も、これが本物のブラームスの響きだという確信を与えずにはおかない。

とくにまろやかなホルンの音色の抜群の美しさなどは、他に例がないものである。 

ライナーの指揮は厳しいアンサンブルと迫力が印象的で、曲想のきりりとした対比に独自のものがある。

雰囲気には欠けるが、ギレリスとともに思いきりのよさが快い。

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classicalmusic at 15:05コメント(0)トラックバック(0)ブラームスギレリス 

2007年12月20日


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名演の誉れ高いアルバムである。

音をたてて燃えさかる炎のような演奏で、きわめて情熱的な表現である。

アルゲリッチは女流ばなれした豪快な演奏をしばしば聴かせるが、この《24の前奏曲》も自由奔放な表現で、まことにスケールが大きい。

アルゲリッチが30歳代半ばの録音で、当時の彼女の輝くばかりの感性の煌めきを感じさせる。

全体にすこぶる情熱的な表現で、きわめて即興的な味わいにみちているところが面白い。

しかも全体のまとめがちゃんとついているのが心憎い。

第1番のフレージングはしなやかで絶妙なアゴーギクが艶めかしい情念を醸し出し、第2番や第7番はしっとりとした詩情に満たされる。

そしてまた、第8番の苦悩の揺らめき、第12番の狂おしいばかりのパッション、第13番の恍惚とした夢想の表情や第16番のの躍動感とダイナミズム…。

多彩な色彩やテンポの自然な推移や情念のリアリティは現在の彼女のそれに通じるものがあるが、ピアノに向かう凄まじい集中力や一つ一つの音やパッセージから発散される野性味は、当時の彼女にしかないものだ。

《英雄ポロネーズ》とスケルツォ第3番の雄渾にして骨太の表現も、有無を言わさず聴き手を圧倒する力を具えている。

その豪放さたるや女流ルービンシュタインかホロヴィッツかと言いたいほどだ。

こんな演奏が出来る女流は、アルゲリッチを措いて他にはいないだろう。

そんなピアニストが、ソロ活動から遠ざかって久しい。一体どうしたのだろう?

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classicalmusic at 23:57コメント(0)トラックバック(0)ショパンアルゲリッチ 

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引退した1989年まで、弦楽四重奏界の帝王として君臨したスメタナSQが、その活躍後期にデンオンにデジタル録音した多くのアルバムの中でも出色の出来栄えを示すもの。

スメタナSQにとって、ヤナーチェクの2曲の弦楽四重奏曲が、スメタナやドヴォルザークのそれとともに、きわめて重要な意義を持つレパートリーであることはいうまでもあるまい。

両曲とも他の追随を許さない立派な演奏が繰り広げられている。

ボヘミアとともにチェコと呼ばれるモラヴィアのこの作曲家が、トルストイの文学作品や自己のかくれた愛を彼らは回を重ねて録音しているが、これは、1979年10月10日のプラハでのライヴで、彼らにとって4回目のものということになる。

もちろん同郷人という血から来る深い共感が随所に滲み出ていることは言うまでもないが、そうしたものにとどまらず、作品に対する理解に並々ならぬものがあり、各フレーズに込められた意味の深さ、イメージの豊かさ、それらから生み出される説得力の大きさは尋常ではない。

そこでは、それまでの彼らの蓄積が充分に生かされ、いわば作曲家の内心にまで入り込み、その言わんとするところを作曲家に代わってドラマティックに語っているようにも見える。

4人が作品を暗譜してしまうほど弾き込んでいるだけに、単にアンサンブルの精度が高いといった言葉では済まされないような密度の濃さがある。

4人の奏者が一心同体となって作品の深部に迫ってゆくが、その際微妙に絡み合う声部が生み出す表情が生きているし、リズムに自発性があって活力がある。

彼らにとっても記念すべき録音の一つだろう。

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classicalmusic at 21:47コメント(4)トラックバック(0)ヤナーチェクスメタナSQ 

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プッチーニの音楽はメロディーの美しさによって知られているが、それ以上に音楽とドラマとの結合が見事だ。

カラヤン指揮、フレーニ、パヴァロッティによる《蝶々夫人》がこのオペラの精妙な美しさをきわめた名演だとすれば、このセラフィン指揮、テバルディ、ベルゴンツィのものは、このオペラから最もドラマティックな緊張と悲劇的感動を生み出した演奏として今なお最右翼に位置している。

このオペラは、典型的なプリマドンナ・オペラだけあって、蝶々さんの出来不出来によってすべてが決まってしまう。

その点で、テバルディが歌ったこのディスクは素晴らしい。

なんといっても、テバルディの円熟した演唱が聴きものである。

蝶々さんの役を、これほど完全に、表情豊かに歌った例はほかにない。

声も絶頂期のものだけあって輝かしく瑞々しい。

ベルゴンツィも、この役としてはやや知的で硬質だが、よく歌っている。

他のキャストもいい。

さらに付け加えておきたいのは、セラフィンの指揮で、その整然たる造形は実に見事である。

《蝶々夫人》は日本の長崎を舞台にしたオペラだが、そうした東洋的な雰囲気を、セラフィンは万全な表現力でまとめている。

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classicalmusic at 18:41コメント(0)トラックバック(0)プッチーニセラフィン 

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"端麗辛口"、これがこの指揮者の一般的な認識であり、、私個人の見解も同様だった。

しかし、最近になってゾロゾロと出てくるシューリヒトのライヴ録音には恐ろしく大胆で濃厚な演奏も多く、「この指揮者は一体何なのだ。」というのが最近の印象だ。

最近登場したこのブルックナーの交響曲第5番も、認識を全く新たにさせるものだ。

全体にコントラストの明快な、厳しい表現のブルックナーである。

むろんシューリヒトは、音楽のかたちを崩すことはなく、大きな息づかいの中に、独自の細かい表情付けもある。

第1楽章の第2主題や第2楽章などには、感興を湛えた音楽のノリとうねりがあり、第3楽章は激烈な表情が速いテンポで連続している。

終楽章では旋律を感興豊かに歌わせながら、壮麗な音楽をつくる。

コーダがことのほか素晴らしく、金管も凄い。

ともかく、この曲にこれだけ自在なテンポの変化を加えたのはフルトヴェングラー以来ではなかろうか。

しかも、シューリヒトの場合には基本的な響きがきりりと締まっているために、フルトヴェングラーのようなくどさがない。

しかも、時おり見せるようなオーケストラの牙をむくような鋭さも圧巻である。

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classicalmusic at 12:57コメント(2)トラックバック(0)ブルックナーシューリヒト 

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カール・シューリヒトは特にモーツァルトとブルックナーを得意とした名匠で、まったく装飾のない贅肉をそぎ落としたような厳しい表現の中に、一種の即興性とニュアンスの豊かさがあり、そこが玄人好みする所以だった。

抑制のきいた、何度聴いても飽きない、それでいて最も意味深く、有機的な名演だ。

シューリヒトのブルックナーは、残されたものはどれもすでに名盤としての定評を確立している。

ただ、大きい規模を誇る作品の演奏としては軽すぎると評されることも。

だが、どうしてなかなか。澄んだ響きと明快な造形は、確かに軽いと感じられなくもないが、豊かに音楽を構成する有機的な「力」に富んでいる。

したがって、決して重厚ではないが、雄渾で輝きに満ちている。

細部の詩的な感興を重視しつつも、部分を全体に統合する積分的構成意欲は前世代の古き良きブルックナーの真髄をうがつものだが、つくられた音楽は不思議と現代に通じる。

第3番はシューリヒトの淡白でほとんど枯淡とでもいうべき音楽がよく表された、率直でありながら極めて味わい深い表現である。

第8番も演奏の晴朗さは比類がなく、まさに孤高の気品にあふれ、厳しくも内省的な音楽が歌われている。

第9番もやはり淡白だが、ブルックナー晩年の高貴な心情をあふれんばかりに表現した感動的な演奏である。

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