2008年03月

2008年03月31日


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(前項の続き)そして忘れることのできないのはベートーヴェンである。というのはまさに彼こそは教会や宮廷に属することなく、自立した市民として活動した最初の音楽家であったからである。

地方の領邦都市ボンに生まれた彼は早くからゲーテやシラーによる啓蒙文化的環境に恵まれていた。友人の紹介で彼はフォン・ブロイニング家に庇護され、とりわけ夫人には家族同然の扱いを受けたという。

またワルトシュタイン伯は若き日のベートーヴェンにとって友人であると同時に、愛好者として音楽上のあらゆる便宜を計らった。ハイドンとの出会いもブロイニング家とワルトシュタイン伯の配慮によって成立した。ハイドンにょる指導は彼の活動の範囲をウィーン貴族に近づけることにつながった。彼らの「保護」にベートーヴェンは積極的な仕事でもって応えている「ラズモフスキー四重奏曲」は同伯爵への献呈曲であることは広く知られている。

だが興味深いことに彼は一方で貴族階級への侮辱を隠さなかった。彼はライナー公爵にレッスンした時のことをゲーテに話している。「彼は控えの間で私を待たせた。だから私は彼の手を強くねじってやった。私はこれ以上、時間を浪費できないと言ってやった。」

ベートーヴェンにとっては貴族は自分と同等の人間であった。皇后と大公がやってきても道を譲らなかったベートーヴェンにゲーテは度肝を抜かれたという。市民革命の子、ベートーヴェン。

けれども多くの無名の音楽家たちの場合はそううまく話は進まない。いわゆる都市の文化が爛熟しはじめると、音楽家はなるほど宮廷などの束縛を解かれて自由な身分で活動するようになるのだが、その代わり依然として収入の不安定に晒されたままにとどまってしまう。

都市の音楽家たちは相互扶助組織を作るようになっていったのである。

では、現代においてはどうだろうか?簡単に答えは出せそうもない。確かに今も、音楽は「金のかかる」芸術のひとつではあるけれど、昔の貴族のようなかたちでの保護や、拘束などは無くなっているようにみえる。

だがちょっと視角を変えて見てみれば、今日では諸々の企業による文化活動が、きわめて広い意味での「パトロン」の機能を果たしていることがわかる。文化企業の幅の広さと、音楽家へのしたたかな「寛容度」をかんがみると、あのロックフェラー氏さえまるで宮廷貴族のように思えてしまう。

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classicalmusic at 18:55コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェン 

2008年03月30日


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ベートーヴェンの解釈で高い評価を得ているウィーン生まれの名ピアニスト、グルダが録音した協奏曲全集・ソナタ全集からのカップリング。

グルダ、ウィーン・フィル、そしてシュタインという素晴らしい組み合わせによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の有終の美を飾る堂々たる名演である。

グルダの基本的なアプローチは正統派のオーソドックスなもので、第1〜第4の場合とは特に変わりはない。

ただ、曲が「皇帝」だけに、全体に重厚かつ悠然とした自信に満ち溢れた演奏をしており、ウィーン・フィルの高貴かつ優美な演奏と、シュタインの巨匠風の堂々たる指揮が見事にマッチして、珠玉の名演に仕上がっている。

「皇帝」は繊細なタッチと感受性で精妙に造形された名演だ。

グルダは全音符を少しも弾きとばさず、音色は常に冴えわたっている。

まさに計算されつくした妙音といえよう。

グルダはスタインウェイ・ピアノではなく、ベーゼンドルファーを用いて、軽くしなやかな音色を駆使して、きらめくような明るいベートーヴェンを堪能させる。

ジャズをも得意にする彼は、リズム感が実に優れていて音楽的なことこの上ない。

そしてスタッカートの見事な使い分け、ペダルの微妙な変化、味の濃いルバートやリタルダント、心からのカンタービレや激しい気迫にも欠けることなく、絶えず新鮮な音楽が鳴っている。

シュタインの緊張感に溢れた充実した表現も素晴らしく、これは永遠に残しておきたいと思う。

余白に収められた「テンペスト」は、後年のアマデオ盤と比較するとイマイチの出来のような気がするが、端正かつ豊饒な演奏で、若き日のグルダの芸風を推し量る意味では貴重な記録であると言える。

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classicalmusic at 21:24コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェングルダ 

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(前項の続き)とはいえ一部の音楽家を別とすれば、大音楽家たちの収入もそれほど恵まれてはいなかった。

ウィーン楽派の形成者といえるハイドンはモルツィン伯爵やエステルハージー候に仕えたが、モルツィン家は財政窮乏のためにハイドンや楽団員を保護できなくなってしまったし、エステルハージー家のハイドンに対する報酬も給金の一部に現物支給が採られていたほどである。

また残存する契約書の記録によれば、楽長としてのハイドンの職務は、作曲の義務や、楽団員や楽器の管理など徹底して規則にしばられたものであった。ハイドンは言う、「私は社会から遮断されていた。そして私は独創的であることを余儀なくされた」。

幼少の頃よりヨーロッパ各地の音楽界を渡り歩いていたアマデウス・モーツァルトは1772年よりザルツブルグの大司教伯爵ヒエロスミス・フォン・コロレードーのもとで宮廷に仕えた。しかしこの関係は、音楽に無理解なコロレードー大司教とモーツァルトとの反目と離反についえてしまう。

モーツァルトの気質はハイドンの場合のような雇用形態には全くそぐわなかったのである。1777年にはミュンヘンを訪れ、選帝侯マックス・ヨーゼフ3世の謁見をゆるされるが、欠員が無かったため楽団員に任命されることはなかった。

やがてザルツブルグを離れたモーツァルトはウィーンに定住する。彼は特定の職につかないまま、貴族や宮廷のためにそのつど自由な音楽家として作曲や演奏を続けた。だがこの生活は経済的には自立とは程遠いものであり、彼は終生貧困と借金に苦しんだ。

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classicalmusic at 16:41コメント(0)トラックバック(0)ハイドンモーツァルト 

2008年03月29日


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2000年の2月に惜しまれつつ世を去ったグルダが残したベートーヴェンのピアノ協奏曲全集からの1枚。

劇的な「第3」や優美な「第4」だと、鬼才の名を欲しいままにしているグルダのこと、より個性的なアプローチをとるのかと思いきや、初期の2曲と同様に、あくまでも自我を抑え、オーソドックスな正統派のアプローチに終始している。

もちろん、だからと言って物足りないということは全くなく、強靭な打鍵から繊細なタッチまで、確かな技量をベースとしつつ表現力の幅は実に幅広く、「第3」と「第4」の性格の全く異なる両曲の描き分けも巧みに行っている。

特に「第4」が美しい。

この曲の演奏の中でもベストを争うものだろう。

精神性、テンポの変化、スフォルツァンドや左手の動かし方、振幅の大きなダイナミクスなど、ベートーヴェンが書いた曲想を極限まで突きつめており、透明なタッチの美麗さ、香るような音楽性は抜群といえよう。

「第3」の方は柔軟さを意識しすぎ、やや線の細い演奏になっているが、知性と情感の双方を生かしたユニークな解釈といえよう。

シュタインの指揮は重厚で巨匠風の堂々たる彫りの深い指揮ぶりでグルダをぴったりとフォローしている。

ウィーン・フィルは、どんなに最強奏しても、決して美感を失うことはなく、どの箇所をとっても高貴な優美さを損なうことはない。

これら独奏者、オーケストラ、指揮者の3者が揃った演奏は、過去の「第3」や「第4」の名演の中でも、上位にランキングされるものと思われる。

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classicalmusic at 21:11コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェングルダ 

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音楽という芸術は、必要なときにはいつでも金を出してくれる人間たちの寛容さに支えられていた。

教会はカトリック、プロテスタントを問わず歴史上、最も有力な保護者だった。といって音楽が芸術として奨励されていたのかというと、そうではない。音楽は礼拝に必要な装飾のひとつであったのだ。したがって音楽家の育成と保護が教会によってなされたのである。作曲家や歌手は典礼に参加する必要性から、聖職者を兼ねることも稀ではなかった。

音楽と教会の結びつきと同様に、音楽家と国家、ならびに貴族のような有力者との関係も見落とすことはできない。知られるとおり、フランスの絶対王政は17世紀以降、音楽を宮廷の庇護のもとに置き、フランス音楽は宮廷生活という新たな礼拝のメディアとして独占された。ルイ14世はジャン・バティスト・リュリを登用し、王立音楽アカデミーを設立した。

フランスの絶対主義時代の最大のパトロンがルイ14世であったとすると、そのような意味でドイツを代表する絶対君主は、時代もコンテクストも異なることになるが、フリードリヒ2世(大王)であるといえよう。絶対王政の時代の末期に位置する彼は「啓蒙専制君主」と呼ばれ、文化の振興に力を注いだ。教養が高く、平和を重んじた大王はフランスからヴォルテールを招いて教えを受けたりもしていた。

大王がすでに宮廷伴奏者となっていたエマヌエル・バッハと通して、その父ヨハン・セバスティアン・バッハをプロイセンに呼び寄せたことは広く知られた事実である。

1747年、バッハは大王に初めて謁見した。最初の謁見の時から大王はバッハにフーガのためのテーマを与えたという。ライプツィヒに戻ったバッハは王に与えられたテーマを基にした楽曲を譜面にし、これを銅版に刻みこんで王に捧げた。有名な「音楽の捧げもの」である。

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classicalmusic at 16:32コメント(0)トラックバック(0)バッハ 

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ツィマーマンはブラームスのピアノ協奏曲第1番をラトルと再録音しているが、筆者はバーンスタインとの旧盤を採りたい。

オーケストラが全くすばらしい。

第1楽章の何という濃厚な生々しさだろう。

第2楽章のピアニッシモも効いているし、フィナーレではウィーン・フィルの柔らかい情感や優美な魅力を最大限に発揮する。

ツィマーマンのピアノも訴える力は強く、第1楽章の終わりや第2楽章などは、当時26歳の青年の演奏としては絶賛に値する。

ブラームスの哀しい独り言やかきくどき、青白い寂しさを充分に表現し得ている。

ツィマーマンの磨き抜かれたタッチは、1つ1つのフレーズを明確なアーティキュレーションではっきりと浮かび上がらせる。

解釈はブラームスのロマンティシズムを生かしながら現代風の明晰な知性を感じさせるもので、遅めのテンポと相まって演奏に落ち着きを与えている。

バーンスタインとウィーン・フィルも圧巻で、強い緊張感と持続力を維持しながら、オーケストラから美しい響きと広がりを引き出している。

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classicalmusic at 00:18コメント(0)トラックバック(0)ツィマーマンバーンスタイン 

2008年03月28日


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ウィーンに生まれ同地で音楽を学んだグルダは、多彩な演奏スタイルを身につけたアーティストであるが、明快なタッチによる求心性と精神的なゆとりが同居しているベートーヴェンの演奏は、最も高い評価を獲得している。

グルダには、鬼才と称されるように個性的な演奏が多いが、本盤では、自我を極力抑制し、ドイツ音楽ならではのシンフォニックでかつ正統派の演奏を聴かせてくれる。

重厚かつ力強い打鍵から軽快なリズム感、そして抒情的な箇所での繊細なタッチに至るまで、表現力の幅広さも特筆すべきものがある。

それに加えて、この当時のウィーン・フィルの音色の高貴な優美さは、筆舌には尽くし難い素晴らしさだ。

シュタインの合わせ方も実に巧みで、ドイツの伝統的なスタイルの中に、生々しい響きや迫力を羽ばたかせ、厚みのある緊張感が素晴らしい。

ベートーヴェンの初期のピアノ協奏曲の名演の中でも上位にランクされる名演に仕上がっていると言っても過言ではないだろう。  

まず第1番が推薦に価する名演だ。

タッチは一粒一粒珠玉のようで全篇が気高い香りで満たされている。

ピアニッシモの効果など絶品中の絶品だが、磨き抜かれたタッチを誇りながらも、決して感覚美の世界のみに留まっていないところにグルダの面目がある。

シュタインの指揮も敏感であるとともに立派なもので、木管の生かし方も見事だ。

第2番にはややスタイルの統一性の弱さがみられる。

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カラヤンの「ローエングリン」唯一の録音。

1975年の12月から81年の5月にかけて録音されたもので、自分の満足のいくまで長い年月を費やして録音に取り組んだ、カラヤンの真摯な姿勢には頭が下がる。

演奏の質は極めて高く、この上なく豊麗で優美な美の饗宴だ。

この巨匠一流の、劇的でしかも官能美にあふれた表現には、完全に魅了されてしまう。

神秘的な法悦にも、ロマンティックな官能の陶酔にも、力強い劇的な緊張や壮大な劇場的広がりのいずれにも、欠落や不満はない。

何と気高く美しい「ローエングリン」であろうか。

歌手では、暗めの豊潤な美音でオルトルートの邪悪な性格を鋭く歌い出しているヴェイソヴィチと、リッダーブッシュの威厳と優しさを兼ね備えた国王が素晴らしい。

コロのローエングリン、トモワ=シントウのエルザの主役級の独唱陣も実力を遺憾なく発揮している。

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classicalmusic at 17:05コメント(0)トラックバック(0)カラヤンワーグナー 

2008年03月27日


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4幕版で、カラヤン唯一の録音。

この作品のもつ魅力をあますところなく表現した圧倒的な名演である。

カラヤンの「ドン・カルロ」に対する並々ならぬ傾倒と熱意と練磨の行きつく果てに生まれた名演で、完璧な精錬と充実の中に、異常な手応えと感銘を与えてくれる。

まさにカラヤンのヴェルディ演奏の精髄を示したものだ。

ベルリン・フィルの卓越したアンサンブルを駆使してのカラヤンの指揮は、ここでは歌とオーケストラとが見事に融合して、まれにみる壮大なドラマを作り上げている。

歌手たちもまた無類の充実ぶりで、美しい声とこまやかで力強い劇的表現を求めるカラヤンの妥協を知らぬ姿勢に応え、見事な成果をおさめている。

ドン・カルロのカレーラスやエリザベッタのフレーニをはじめ、その充実ぶりは比類がない。

カラヤンの「ドン・カルロ」は、カレーラス、フレーニ、カプッチッリといった歌手陣がカンタービレたっぷりに歌っているが、オーケストラがベルリン・フィルだけあって同じヴェルディの「トロヴァトーレ」や「オテロ」と同様に全体としては必ずしもベルカントに満ちたものではない。

しかし、暗い悲劇のドラマを壮麗にそして劇的に構築していくのは見事という他ない。

完璧なドラマとして描き切っているためにイタリア的ヴェルディ表現ではなくても普遍的な説得力がある。

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classicalmusic at 20:35コメント(0)トラックバック(0)カラヤンヴェルディ 

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レーグナー盤は両曲とも彼の長所が万全に発揮された見事な演奏だ。

ことに遅めのテンポで丹念に練り上げながら、作品の持ち味を十全に表出した「タラス・ブーリバ」が大変充実した立派な演奏で、ヤナーチェク固有のオーケストレーションを鮮やかに再現する卓抜な手腕はレーグナーならでは。

「シンフォニエッタ」はやや重厚にすぎるが、レーグナーの高度な職人技がしっかりと息づいており、骨格のがっしりとしたコクのある表現には強く惹かれる。

ファンファーレ型のオケ・ドライブに酔い痴れるだけの演奏が大半のなかで、ほぼ1人レーグナーだけが作品の振幅の大きさと精妙な構造を明らかにしている。

その1つが絶対に絶叫しない、一見静かな佇まいである。

どの楽章においても、その美点が活きているが、とくに終楽章の見事なまでの音色変化と重層的な響きは天才的!

何度聴いても飽きないほどの美しく力強い音楽である。

ヤナーチェクの土臭さといった民族性は若干希薄ではあるが、独特の語法は明確に眼前に広がっている。

これはドイツの美感とでも言うべきか、両曲ともしなやかでいながら決して軽くならず、実に味わい深い出来栄えだ。

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classicalmusic at 01:25コメント(2)トラックバック(0)ヤナーチェク 

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カラヤンにとって2度目の録音。

輝かしい響きを伴う祝典的オペラには違いないが、《アイーダ》には円熟したヴェルディが成し得た精緻な音楽劇という面もある。その両方を、徹底的に表現できたのがカラヤンだった。

カラヤンはベルリン・フィルではなく、ウィーン・フィルの甘美な音色を利用して、南の風が吹く官能的な面を強める。

カラヤンが歌手たちに、リリカルな歌の美しさと繊細でデリケートな抒情を要求したことは、キャストの選定からも明らかだ。

常識的に考えれば「アイーダ」には軽すぎ、細すぎる声を起用し、より透明で精妙な抒情的表現を生み出している。

カラヤンはアイーダにフレーニ、ラダメスにカレーラス、アムネリスにバルツァ、アモナスロのカップッチルリと、自分の考える理想的なキャストを組み、それぞれの歌手たちの実力を最高度に発揮させながら、雄渾かつ壮麗にまとめている。

なかでも、ドラマティックなソプラノが歌うことの多いアイーダに、あえてフレーニを起用することで、繊細で情感に富んだ性格を全面に出す。

この時期のカラヤンのやり方が、すべて成功したわけではないが、この《アイーダ》は成功だった。

フレーニのアイーダ以上に、この全曲演奏の要となったのはカレーラスのラダメスで、2人の純愛がくっきりと描かれ、大がかりだが同時に大味であるような演奏とは大きく隔たった《アイーダ》をつくり上げている。

むろんこのオペラの壮麗でもある面はカラヤンの得意中の得意だったわけで、他にひけをとらない。

これは、このオペラの楽しさを満喫することのできる名演奏であり、カラヤンの指揮したオペラ全曲録音の中でも、ひときわ傑出したものだ。

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classicalmusic at 00:48コメント(0)トラックバック(0)カラヤンヴェルディ 

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ウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任したカラヤンの最初のオペラ録音となった《アイーダ》は、オペラ指揮者としてのカラヤンの盛名を高めたものである。

カラヤンの後のEMI録音への全曲録音に比べると、ここでは歌手と指揮者の力関係のバランスがよく、また強いゲルマン的色彩への傾斜もそれ程見られない。

カラヤンの《アイーダ》ではなく、ヴェルディの《アイーダ》としては、この旧録音の方が好ましいだろう。

この演奏は名歌手の名人芸や美声を土台として成立したものというよりも、カラヤンのシンフォニックな《音楽劇》として統一されている点に最大の特色がある。

オケと人声を雄弁に駆使した劇的な効果と表現の卓越においては抜群であり、いいかえるなら、こんなにドラマティックで面白い「アイーダ」は他にない、ということだ。

豪華キャストたちもカラヤンの棒によく応えており、テバルディをはじめとする歌手陣の歌唱も、今日でも魅力を全く失っていない。

特にシミオナートのアムネリスは最上の出来。

緻密な表現の徹底という点では、新盤に一歩譲るところはあるが、壮年期のカラヤンがダイナミックで厳しく劇的な演奏によって、輝かしい歌の競演をスケール大きく支えているのも大きな魅力である。

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classicalmusic at 00:30コメント(0)トラックバック(0)カラヤンヴェルディ 

2008年03月26日


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一世を風靡したデル・モナコのオテロが実にすごい。

この役は、彼の最高の当たり役のひとつだけあって、第1幕で「喜べ、敵の艦隊は潰滅した」と歌う第一声からして、その輝かしく威厳にみちた声のすばらしさに圧倒されてしまう。

とくに終幕、最後の死の場面の、真に迫った絶唱は圧巻だ。

デル・モナコのオテロは、その前にも後ろにも並ぶ者のない絶対的な名唱であり、その声の真に輝かしい力、率直で剛毅な情熱、威厳と気品、そして悲劇的な緊張の素晴らしさに及ぶものは他にない。

加えて、豊麗なテバルディのデスデモナも、このデル・モナコに勝るとも劣らない名唱だし、プロッティのイアーゴもよく歌いこまれている。

カラヤンとウィーン・フィルの協力ぶりも緊密で、両者の志向する音楽を進めている。

ことにカラヤンの表現力豊かな指揮にも舌を巻く。

カラヤンは1973年に再録音しており、そちらも必聴だが、再発されたら記すことにする。

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classicalmusic at 23:56コメント(0)トラックバック(0)カラヤンヴェルディ 

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カラヤンの数多いイタリア・オペラの中でも、ヴェルディの「ドン・カルロ」や「アイーダ」と並んで最も完成度の高い名演。

微細な音色の変容と、それを劇的効果や情感にぴたりと一致させる呼吸の巧みさ、構成の起伏の見事さ。

それに加えて、ここでの歌手の素晴らしいこと!

ミミやロドルフォの青春の喜びと悲しみを、フレーニとパヴァロッティは見事に歌い出す。

その他独唱陣のすべてが充実していて、たいへん聴きごたえのあるディスクだ。

フレーニのしっとりとした清純なミミを中心に、パヴァロッティのロドルフォ、パネライのマルチェッロ、ギャウロフのコルリーネ、マッフェオのショナールら、4人のボヘミアンたちがそれぞれ秀逸で、持てる力を最高度に発揮している。

それらを統率するカラヤンの指揮がなんと見事なのであろう。

カラヤンの豊かな表現力には感嘆の他はない。

1972年の録音だが音もよいし、別項であげたセラフィン盤と双璧をなす名盤だ。

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classicalmusic at 23:33コメント(0)トラックバック(0)カラヤンプッチーニ 

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旧盤ではカラヤンのオペラ演奏におけるシンフォニックでドラマティックな志向が徹底的に発揮されている。

スコアに書きつけられた音符からこれほど雄弁な響きを引き出し、それを一分の隙もない豪華な音の織り物に織り上げた例は他にないだろう。

後のベルリン・フィルとの録音と比べて、管弦楽と人声の音楽的比重がよく、カラヤンの緻密にして雄大な音楽作りに応じて、ウィーン・フィルが絶妙のニュアンスを加えてゆくのも、この録音の特徴だ。

歌手陣では、スカルピア役のタデイが圧倒的な感銘を与えてくれ、トスカ役のプライスのスケール大きな歌唱も楽しめる。

ウィーン・フィルの卓越した表現力と、厳選された歌手たちの力演が、カラヤンの意図を十二分に肉体化している。

新盤で音楽の主導権を握り、ドラマを雄弁に表現しているのは、カラヤンとオーケストラであり、歌手たちはいわば管弦楽の1パートと化したような演奏だ。

カラヤンがあえてリッチャレッリのような、ドラマティックな声でない歌手を起用して、リリカルで美しい響きを求めたのも、それと無縁ではない。

ライモンディやカレーラスは少々不調だが、不満を補ってあまりあるのが、ベルリン・フィルの見事な演奏である。

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ワルターがコロンビア響を指揮したブラームスの第4交響曲は、もうずっと以前から愛聴していた。

音楽を意識して聴くようになった最初の頃に集めた少数のLPの中に、既にこのワルター盤が入っていたように思う。

そして当時からはかなりの長い時間がたった今日でも、本盤は依然として価値を保ち続けている。

いや、もっと深い部分でその価値を受け止めることが出来るようになったというべきかも知れない。

当ワルター盤はそのような存在意義を感じさせる演奏内容なのである。

ここではすべての事柄がしみじみとした情感でもって語られている。

第1楽章の第1主題も終楽章のパッサカリアも、長い人生を黙々と歩んできたあとに到来した深い自覚や悟り、決定的な敗北感や挫折感、そこから生じる諦めの気持ち、ちょっとしたことにも期待をもってしがみつこうとする執着やあせり等々を、強く意識させずにはおかない。

長い人生を耐えてきた者にようやく訪れた晩秋とでも形容すればよいのであろうか。すべてが濃い晩秋の色あいに染まってしまっている。

過剰なロマンティシズムと謗る勿れ!人は誰しも年齢を加えてくると、様々な感慨とともに自らの来し方を顧みなければならないものなのだ。

我々はその時になったら、いったいどう顧みればよいのだろうか。

時に、この交響曲を作曲したブラームスは52歳であと12年の生命を残しており、これを録音したワルターは83歳で死の年まで約3年を残していた。

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classicalmusic at 01:57コメント(0)トラックバック(0)ブラームスワルター 

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これは春風のようになごやかでまた香り高いハイドンであり、実にふくよかな感情を古典の造形に融合させたワルターならではの名演。

ワルターはハイドンの中に抒情詩を発見して、それを楽しんで吟じている。

これはワルターの遺産にふさわしい。

特に「軍隊」は知・情・意の均衡が素晴らしい。

「V字」は第2楽章の遅いテンポの歌が、現在の演奏には求められぬもので、その味わいは豊かで、深い。

ワルターでなければ演奏できないハイドンである。

聴く者の心をあたたかな愛情で満たしてくれる、こうした柔らかに微笑んだハイドンを演奏する指揮者はもう求められなくなった。

CD化によってオーケストラのバランス感もかなり高められ、演奏全体がより澄明に生彩を増している。

CD化された往年の名指揮者の演奏のなかでも、ワルターはことに成功したものが多い。

遅めのテンポで朗々と歌わせた旋律や、こまやかなニュアンスが、CD化されたことによって、より明瞭に伝わってくる。

半世紀近く前の録音とはとても思えないほどだ。

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classicalmusic at 01:20コメント(0)トラックバック(1)ハイドンワルター 

2008年03月25日


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「バレエ音楽の神様」といわれたアンセルメの定評ある名演奏。

「コッペリア」は全曲盤から主要な13曲を選んだハイライツ、「シルヴィア」は4曲の組曲盤だが、それぞれの曲の持ち味を巧みに描き分けながら、優雅で艶麗なドリーブの音楽特性を万全に表出している。

ドリーブの音楽というのは、聴いている人たち一人一人に愛想のよいkissを投げかけているような音楽だ。

流麗で洒落ていて、そして片エクボの女のように艶っぽい。

アンセルメはそうしたドリーブの音楽の特徴を実によく摑んで再現している。

アンセルメの棒さばきがまことに素晴らしく、ドリーブの音楽特性である気品に満ちた優雅さと艶っぽい色気との両面を見事に表出している。

幅の広い豊かな表現力はアンセルメならではのもので、リズム処理のうまさは無論のこと、その高雅な美しさは筆舌に尽くしがたい。

その表現の美しさは、ほれぼれしてしまうほどで、オーケストラもうまい。

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classicalmusic at 20:59コメント(0)トラックバック(0)アンセルメ 

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全体を通じてバーンスタインの感性は、年齢を越えたみずみずしさを感じさせる。

第4番は実にユニークな表現で、第1楽章序奏から、恣意的といえるほどテンポが自由に変化し、自在な表情を作る。

第2主題などまさにすすり泣くようであり、楽想に応じて表情が千変万化する。

終楽章も一句一節に生命をはらんだ表現で、テンポの緩急の効果は魔術的といえるほど。

「フランチェスカ・ダ・リミニ」も鮮烈に個性を示した秀演だ。

第5番はやや遅めのテンポで始まるが、次第に熱気と興奮を加え、主部は速めのテンポと切れのよいリズムで、緊迫した音楽を聴かせる。

金管を朗々とならし、精力的にアゴーギグを駆使したアメリカ的ともいえる華麗な演奏は、いかにもバーンスタインらしい。

「ロメオとジュリエット」はいかにも物語風に、全体の起承転結が見事に構成された優れた表現だ。

これほど見事に"悲愴"感を表出した「悲愴交響曲」の演奏は稀である。

いま、まさに、息の絶えんとする臨終の人を見るかのような、あまりにも、重く、暗い、表現である。

特筆すべきは第1楽章第2主題のテンポの動きだが、作曲者の指示どおり(緊張・弛緩・保持)に完璧に演奏されている。

オーケストラを意のままにドライヴして感情表現の揺さぶりをかけてくるテクニックは、バーンスタイン独特のものがある。

その一貫した重たい気分は独特で、これまでの指揮者のどのような表現にもなかった、絶望的なうめきが聴こえてくる。

フィナーレもすごい演奏で、特にエンディングのデクレッシェンドが素晴らしく、最後の最弱音を聴くと、死に対面したような気持ちになり、恐ろしいほどである。

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classicalmusic at 09:51コメント(2)トラックバック(0)チャイコフスキーバーンスタイン 

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数あるレクイエムの中でもベルリオーズのこの作品は、200人に近いオーケストラと300人に近いコーラスを使い、特に第2曲の〈怒りの日〉では、メイン・オーケストラに加えて別の別の管楽器陣を配するなど、空前絶後の大掛かりな規模を持ったいかにもベルリオーズらしい大作だ。

これは、生前、ベルリオーズ協会の会長を務めたミュンシュの、ベルリオーズの音楽への深い造詣を示したディスク。

「ベルリオーズの『レクイエム』は、宗教的であるよりは、はるかに劇的である。とにかく抑止しがたいものがあるのだ」と作曲家デュカスは言う。

ミュンシュの演奏は、まさに、そうした情熱の爆発で、何よりもボストン響の合奏力の素晴らしさに驚かされる。

ことに金管楽器は、ベルリオーズの音楽の華麗さを存分にひき出し、聴き手を酔わせてしまう力がある。

なかでも〈怒りの日〉から〈妙なるラッパ〉にかけては圧倒的なうまさだ。

ミュンシュは、ベルリオーズのレクイエムという音響世界に、音楽として不滅の世界を与えていると言えよう。

そして先般、待望のハイブリッドSACD化が行われることによって、更に見違えるような鮮明な音質に生まれ変わったところである。

音質の鮮明さ、音場の幅広さ、そして音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACD盤の潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、ミュンシュによる至高の超名演を、超高音質であるSACD盤で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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classicalmusic at 06:26コメント(0)トラックバック(0)ベルリオーズミュンシュ 

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ミュンシュ&パリ管の「幻想交響曲」に次ぐ2枚目のアルバムだった。この年(1968年)の11月にミュンシュは亡くなっている。

ミュンシュ最晩年の演奏だが、その気迫に目をみはる圧倒的な名演である。

冒頭から遅いテンポをとった雄渾な表現で、スケールが大きい。

ミュンシュのテンポは総じて遅く、劇的表出力が強くてかなり粘り強い表現をしている。

特に第1楽章は、堂々と粘着力をもって情熱的に盛り上げてゆくが、その力の強く逞しいことは驚くばかりだ。

第1,4楽章では、情熱が開放されて、響きは明るさと重量感を兼ね備えている。

また4つの楽章を、造形的にもそれぞれの特質を発揮するようにまとめていて、劇性と抒情性が美しくバランスしている。

オーケストラも彼の意図する曲の燃えるような情熱を余すところなく表現しつくしている。

総じて、胸を広げて、深くすべてを飲みほそうとする力強い呼吸が感じられる。

これほど音楽的に内容の濃いブラームスは、余り例がない。

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classicalmusic at 05:52コメント(0)トラックバック(0)ブラームスミュンシュ 

2008年03月24日


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近代イギリス音楽から美しい《音詩》を11曲収録したもので、バルビローリのいつくしむような愛情によって、それぞれの曲が新しい生命を授けられて生き返ったかのように息づいている。

ことに失明した老残の作曲家の瞼に浮かんだ夏の日の追憶がよみがえってくる「夏の歌」は秀逸で、バルビローリはじっくりと運びながらそこはかとない寂寥感を十全に表出しており、バルビローリ自身の心の歌でもあるかのような深々とした表現に心を打たれる。

「アパラチア」は黒人霊歌をもとにしたバリトンと合唱の入った作品。

バルビローリの演奏は、この曲に対する愛情がおのずとにじみ出たような、いつくしむような演奏である。

特に合唱が出たあとの盛り上げ方がうまく、オケも合唱もまったく彼の意のままに動いている。

「ブリックの定期市」もイギリスの田園情緒をよく出したすぐれた演奏である。

「楽園への道」の抒情的な美しさも印象的で、バルビローリのディーリアスに対する傾倒の深さが示されている。

そのほかの曲もこの4曲と甲乙つけがたい優れた演奏で、ここにはバルビローリのディーリアスに対する敬愛の念の深さがはっきり示されている。

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classicalmusic at 00:45コメント(4)トラックバック(0)バルビローリ 

2008年03月23日


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10曲中、7曲が16歳でのデビュー翌年の録音だが、デュ・プレはテクニックに走らず、若いにもかかわらず実にじっくりとした演奏を聴かせているのが印象的だ。

若々しい情感を直接作品にぶつけているだけに表情は率直だが、作品の持つ深みの入口に立つこと、それを全身で受け止めることを知った、ふんぎりのついた演奏である。

ここには音楽のニュアンスに食い込むような解釈や、ソリストとしての奔放な身振りはないが、作品の性格による弾き分けを心得た、ストレートな音楽性の発揮を聴くことができる。

自分の感じたなりにしばしば楽譜を超えて、豊かな息吹を込めた《歌》を愛する楽器に歌わせている。

そのようなデュ・プレのレコーディングされた演奏は、ほとんどムラのようなものがなく、どれも充実している。

デュ・プレのひくサン=サーンスの《白鳥》のよさは、ドヴォルザークの協奏曲に挑む彼女のよさに少しも劣るものではない。

よい質感の表現に接したという印象を残す演奏である。

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classicalmusic at 21:41コメント(0)トラックバック(0)デュ・プレサン=サーンス 

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「ロザムンデ」はきわめて張りのある演奏である。

いかなる場合でもアインザッツがシャープで明快で、それに伴った音楽の流れを作るために、リズムと拍子感もはっきりと強調されている。

しかも充実感を出すために、全体に音に厚みをもたせている。

第2楽章はさすがにウィーンSQのシューベルトといった感じで、豊かな抒情があふれ落ち着いた気分もある。

ロンドはたっぷりとした表情で、流麗な演奏を聴かせる。

ウィーンSQは以前よりも緻密さと安定性を加え、自信あふれる積極性が一段と表れてきた。

この団体がまさに円熟の境地に達したことを如実に示した演奏だ。

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classicalmusic at 13:11コメント(0)トラックバック(0)シューベルト 

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ウィーンSQの演奏の特徴は、響きが柔らかくふくよかなことだ。

曲の甘美な歌謡性やロマンティックな情熱の表し方が、明らかにウィーンのシューベルトの伝統を受け継ぎながら感覚は新しく、造形的志向も欠けていない。

要するに、どの曲も現代的な引き締まった演奏となっている。

「死と少女」はウィーン的情緒を大切にし、ロマンティックな熱情と厳しい造形志向が両立した演奏。

エネルギーが爆発する寸前のような気迫があるし、楽譜を表面的にみただけではない表現意志があり、いかなる音楽的要素があってもゆるがない堅固なアンサンブルとなっている。

神経質になりすぎず、朗々と歌いあげてゆく豊かな情感、歌いながらも保持されている造形意志など、演奏全体に作品の世界に完全に入り込んでいる自信が感じられる。

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classicalmusic at 13:00コメント(0)トラックバック(0)シューベルト 

2008年03月22日


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チェコ音楽の代名詞ともいうべきスメタナの傑作をノイマンは3度録音しているが、これは第2回目の1975年のスタジオ録音である。

後の来日公演のライヴ盤に比べてより格調が高く彫りの深い表現が特徴的。

全体によく練り上げられた民族的な色彩豊かな表現で、ノイマンとチェコ・フィルの楽員達の、自国の偉大な先輩スメタナに対する尊敬の念と愛情とが強く滲み出ている。

チェコの大自然のたたずまいを感じさせる「ボヘミアの森と草原より」、劇的で熱気にあふれた「ターボル」、たくましく雄渾に描き上げた「ブラニーク」は特に素晴らしく、感動的な名演奏だ。

ノイマンの気力が充実していたころの録音で、チェコ・フィルも彼に全幅の信頼を置いて演奏していることが、曲の細部でのいきいきとした表情からも推察される。

この時期のチェコ・フィルには、いまだに昔ながらの街並みを残す古都プラハを彷彿とさせるかのような風味あふれる音色や音質を聴けることが魅力だ。

同オケには金管や打楽器などにパワフルさや野趣味が潜在するが、ノイマンは要所要所にそうした特性をちらつかせ、独特の味わいを滲み出させている。

さらには整ったアンサンブルや自在な表現など、同オケとの緊密さが如実に表われているところも魅力のひとつと言える。

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classicalmusic at 20:45コメント(0)トラックバック(0)スメタナノイマン 

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豪華なガラ・パフォーマンスの顔ぶれでも有名なステレオ最初期1960年の名盤でカラヤン2度目の録音。

ウィーン情緒に満ち溢れた、楽しいディスクで、カラヤンの巧みな指揮もさることながら、ウィーン・フィルの優美艶麗な音がたまらない魅力となっている。

最大の魅力は当時デッカの専属だった11人の名歌手たちが思い思いにお得意の歌を披露するガラ・シーンの面白さにつきる。

11人のうち、モナコ、ビョルリンク、バスティアニーニなどほとんどの人はすでにこの世になく、現役で活躍しているのはベルガンサくらいだということを思うと、今昔の念に堪えないが、今聴きなおしてもなおそれは最上のエンターテイメントとして充分に楽しめる。

そうしたデッカのスタッフによる見事な録音と演出、第2幕の名歌手達によるガラ・パフォーマンスが大きな魅力なのは事実だが、それらを度外視してもこの「こうもり」は屈指の名盤だ。

カラヤンの指揮は序曲から切れ味のある速めのテンポで進み、オペレッタの臨場感を味わわせてくれる。

カラヤンの恰幅のよい上品な音楽作りは、作品にふさわしいスケールを生み出し、その中で名歌手達が、なんと楽しげな世界を作り出していることか。

これは当時のウィーン・オペラ界の栄光の時代の素晴らしい記録である。

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classicalmusic at 03:54コメント(0)トラックバック(0)カラヤンシュトラウス 

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LP時代から繰り返し発売されてきた名盤。

驚くほどの生命力と躍動感がみなぎり、そこから伝わってくる現代的感覚の新鮮なベートーヴェン像は、録音から40年以上経た今も少しも色褪せていない。

磨き抜かれた音色と音楽性、そしてリズムの良さと軽快なテクニック、過度のロマン性に頼らぬ純古典的な解釈は、グルダの演奏を普遍性の高いものにしている。

ベートーヴェンのソナタといえど、数あるピアノ・ソナタの一部と位置付け、無用な感情移入を避けた賢明さが光っている。

レコードに登場したベートーヴェン演奏のうえで、これはひとつの指標となる全集であると言っても過言ではない。

この時期のグルダはジャズや即興演奏にも強い関心を示していたが、ここでは極めて作品を尊重した演奏を行っている。

グルダが弾きだす響きは豊かなニュアンスを持ちながら、ベートーヴェンの音楽そのものをしっかり捉えている。

グルダはどんな作品を弾いても才気ばしったところを見せるが、ここでも才気渙発ぶりが目立っている。

作品を先へ先へと追い立ててゆく運動感によって、一種の爽快さが生み出され、驚くほどの生命力と躍動感がみなぎっている。

こうしたすぐれた感性によって、ベートーヴェンの音楽が今日もなお私たちに訴えてくるのだろう、と思わせる演奏である。

グルダの演奏で聴くとこれらの曲が実に楽しく味わえるので、この演奏が放つ独特の光彩は、末長くその価値を失わないに違いない。

グルダの緻密なニュアンスにあふれた精妙なピアニズムは、5曲のコンチェルトにも最上の姿で発揮されている。

特に美しいのは第4番で、精神性、テンポの変化、スフォルツァンドや左手の動かし方、振幅の大きなダイナミクスなど、ベートーヴェンが書いた曲想を極限まで突き詰めており、透明なタッチの美麗さ、香るような音楽性は抜群と言えよう。

「皇帝」は繊細なタッチと感受性で精妙に造形され、グルダは全音符を少しも弾きとばさず、音色は常に冴えわたっており、まさに計算されつくした妙音と言えよう。

そしてスタッカートの見事な使い分け、ペダルの微妙な変化、味の濃いルバートやリタルダンド、心からのカンタービレや激しい気迫にも欠けることなく、絶えず新鮮な音楽が鳴っている。

第1番では、タッチは一粒一粒珠玉のようで全篇が気高い香りに満たされ、ピアニッシモの効果など絶品中の絶品だが、磨き抜かれたタッチを誇りながらも、決して感覚美の世界のみに留まっていないところにグルダの面目がある。

シュタインの指揮も敏感であるとともに立派なもので、ドイツの伝統的スタイルの中に、生々しい響きや迫力を羽ばたかせ、厚みのある緊張感が素晴らしく、木管の生かし方も見事だ。

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classicalmusic at 03:15コメント(2)トラックバック(0)ベートーヴェングルダ 

2008年03月21日


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青年F=ディースカウと巨匠フルトヴェングラーの歴史的名盤「さすらう若人の歌」は、幾度となく装いを新しくしては発売され、不朽の声価を保ち続けている。

フルトヴェングラーは、1950年のザルツブルグ音楽祭で、F=ディースカウを独唱者としてこの曲を演奏し、聴衆に多大な感銘を与えた。

そのとき彼は、F=ディースカウにこう言ったという。
「私はいままで、マーラーの音楽を好きになれなかったが、あなたのおかげでそのよさがわかった」と。

このディスクは2人のマーラーに対する深い共感によって貫かれた感動的な名演奏で、フルトヴェングラーのロマンティックな解釈に支えられた、F=ディースカウの、沈潜した歌唱のうまさは比類がない。

こまやかな情感を引き出す語り口の見事さ、美しさ、それによる旋律線に弱体化のないことが、唯一無二の名演たらしめている。

モノーラルなので音の劣るのが残念だが、この密度の高い演奏は、マーラー歌曲史上の偉大な金字塔のひとつといえよう。

「亡き児をしのぶ歌」も細心の配慮をもって歌い上げた名唱。

ただこちらのほうは、いまひとつ暗い情念の沈潜が欲しい。

「さすらう若人の歌」には、この若きF=ディースカウと晩年のフルトヴェングラーによる伝説的な名演があり、さすがのF=ディースカウも28歳の時のこの奇蹟的な演奏以上の録音をその後行っていない。

クーベリックとのものも、もちろんそれ自体は大変な名唱だが、かつてのデモーニッシュさはない。

とはいえ、他のどの歌手をも遥かに凌駕している。

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classicalmusic at 22:03コメント(0)トラックバック(0)マーラーF=ディースカウ 

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3大テノールとは、パヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスであることは別項で述べたが、この盤は3人が衰える前の良い状態のときを記録したものである。

1990年のワールド・カップ・サッカーの決勝戦前夜の7月7日に、ローマのカラカラ劇場で行われた3大テノール競演の、話題のコンサートのライヴ録音。

このライヴは音楽的にいっても、やはり他に類例のない豪華きわまりない歌の饗宴であり、最上の御馳走をたらふく食べたような満足感を味わわせてくれる。

ひとつひとつの歌が、競演なればこその全力投球だ。

聴きものは3人によるメドレーで、6カ国語を自由自在に駆使して歌われる各国の民謡でや、ミュージカル、アリアのリレーの面白さは、筆舌につくし難い。

メータ指揮の管弦楽も好演。



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classicalmusic at 20:12コメント(0)トラックバック(0)クラシック音楽用語解説 

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「あの〈マズルカ〉のなかには、信じがたいような細密さがある」と言ったのはベルリオーズだが、そうした性格を見事に表出しているのが、ベルリオーズと同じフランス人のフランソワである。

フランソワの演奏は、自由奔放で躍動する精神が引き出し得た全く独創的なショパンの演奏であり、一見、奇矯に見えるピアニズムは、今までに見えなかった形を曲に与えることになり、新鮮な驚きをもたらすのである。

モノーラルで録音の古さのため音の鮮度にはやや欠け、響きも硬いが、演奏の質は素晴らしく、フランソワなるショパン弾きの才知があふれ出てくる。

ショパンのこまやかな感情のひだを、巧みに表出していて聴かせる。

あくまでも自由な飛翔をめざす精神から生まれる才知、それがなんとも魅力的で、つい耳を傾けたくなる。

全体に即興的な性格をもっているのが特徴で、テンポを微妙に動かしながら、起伏の豊かなセンスのよい音楽をつくりあげている。

マズルカを躍動的にとらえた演奏であり、フランソワが残したショパン演奏の中でも最も価値が高い。

作品番号のついた51曲を収めている。

即興曲も個性的で、有名な幻想即興曲など、他の誰よりも快速のテンポで颯爽と演奏しているように聴こえるが、よく聴くと各フレーズには独特のニュアンスが込められていて、その洒落たセンスに満ち溢れた味わい深さにおいては、他のピアニストが到底及ばない独特の魅力を兼ね備えていると評価したい。

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classicalmusic at 00:29コメント(0)トラックバック(0)ショパンフランソワ 

2008年03月20日


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ルービンシュタインは1958年から66年にかけて、ショパンの作品を集中的に録音し、練習曲と前奏曲を除く「ショパン全集」をつくっているが、そのCD化はかなり成功したもので、音質が改良されている。

それだけに以前のLPとはケタ違いに音がよくなっており、この演奏も1964年の録音だが、最新録音のように艶のある音だ。

4曲の即興曲でルービンシュタインは、実に慈愛にあふれた眼差しで作品を見つめ、慈しみの気持ちをもって作品に接し、大らかに歌いあげている。

その落ち着いた演奏には、かつて世界屈指と評されたヴィルトゥオーゾの姿を重ね合わせるのは困難だ。

ここからは人間的に円熟した真の大家だけに許された安心立命の境地であり、人間賛歌にほかならない。

「第1番」からしてみずみずしい音でひきつけられるし、聴きものの「幻想即興曲」も実にロマンティックである。

「舟歌」と「子守歌」にも同じことがいえる。

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classicalmusic at 23:56コメント(0)トラックバック(0)ショパンルービンシュタイン 

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ルービンシュタインのステレオ初期の名盤。

原典版による、14曲のワルツを収めたもので、音色の美しい、リズム処理の絶妙な演奏である。

ルービンシュタインは、ショパンのワルツをかつての19世紀風の洒落たサロン音楽から、コンサートで聴くにふさわしい堂々としたひとつの有機体に再創造した。

彼にはモノーラル録音もあるが、年齢を積み重ねてからのこのステレオのほうが技術に衰えもなく、表現がいっそう徹底したぶんだけ完成度が高くなった。

「小犬のワルツ」や「華麗なる円舞曲」として知られる曲での語り口のうまさも敬服に価する。

ある批評家は「ワルツには、ショパンの魅力的な礼儀正しさ、やさしさ、また善良さがみられる」と言っているが、この演奏には、そうした特徴がよくあらわれており、ルービンシュタインならではの、健康的で上品な表現に惹かれる。

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ポーランドの代表的な舞曲ポロネーズだけあって、ルービンシュタインの高揚した情熱、格調高い雄渾な演奏ぶりに接することができる。

ただし、ひたすら力で押しまくる演奏ではなくなっているから、物足りないと感じる人がいるかもしれない。

しかし「英雄」などでみせるルービンシュタインの気力は、さすがといってよく、かつてのこのピアニストの勇姿をほうふつとさせる。

「ショパンの〈ポロネーズ〉を聴くと、運命が持ちうるあらゆる不正なものに、勇敢に、そして大胆に立ち向かう人間の、確固とした足音を聴く思いがする」とリストは言っている。

ルービンシュタインの魅力は演奏ばかりではなかった。

ショパンが「祖国のために芸術で戦え」と友人にいわれ、それを一生涯貫いてきたように、ルービンシュタインは、戦争や内乱によって行き場を失ったさまざまな国の難民を、数多く救済してきた。

ルービンシュタイン基金がそれである。

この演奏は、そうした彼の、力強い足どりがあらわれたような名演で、いかにもポーランド人らしく、各ポロネーズを生き生きと表現している。

このなかでは、さすがに「英雄」は最高だ。

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作品番号のついた51曲を収めたディスクである。

ルービンシュタイン晩年のステレオ録音である。モノーラル盤と比較すると、晩年の枯淡の境地の感じられる、より洗練された表情をもっている。

ここでは過度の感情の表出は抑制され、誇張された感傷や憂愁はいささかもない。

半面、民族的な色彩の味わいといった面ではやや不足するが、ひたすら美しく気品に満ちた歌が聴かれる。

マズルカはポーランド独特のリズムをもった作品だけに、体内にポーランドの血が流れていないと、なかなかうまく表現できない。

そういった意味では、ルービンシュタインのように、ポーランドで生まれ、長年にわたってショパンを手がけてきた演奏家による演奏は、この曲の模範ともいうべきものだ。

この録音は1965年に録音されたもので、ルービンシュタイン77歳、日本流にいえば喜寿であった。とても、そうした高齢とは思えぬほどみずみずしい表現で、テクニックも冴えに冴えている。

巨匠ならではの、余裕と自信にあふれた表現である。

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遺作の2曲をのぞいて19曲収録されている。

ルービンシュタインはショパンの「夜想曲」をSP時代とLP初期にも録音しているので、これは3度目の全集ということになる。しかもうれしいことに、演奏・録音ともこのCDで聴ける第3回目のものが断然素晴らしい。

この巨匠ならではの滋味あふれる演奏で、これらの曲の旋律的な美しさを、存分に引き出している。

「夜想曲」というと、ともすると情緒的に流れすぎて、しまりのなくなってしまう演奏もあるが、この人の場合は違う。主旋律ばかりを強調するのではなく、低音部の和声的な音型も、はっきり聴かせてくれるのが特徴だ。

メロディーラインの美しさとともに、ショパンがいかに和声法にたけた作曲家であったか、ということがわかる演奏である。

彼の演奏はこの曲にまとわりつく甘いサロン・ミュージック的な要素と完全に手を切り、やや強めの弱音で健康的に弾き進む。そこからは、ショパンが和声法などでも大家だったことがしのばれる。

第13番作品48-1や第7番作品27-1などで、ルービンシュタインはショパンの「夜想曲」のもうひとつの面――感傷的な甘い歌を綴るのではなく、時には劇的感情を吐露させる――を見事にとらえている。

また第2番作品9-2のようにポピュラー音楽にまでなっている有名曲にしても、骨太の音で男性的に弾いている。

「夜想曲」の最も充実したアルバムといってよい。

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バラード、スケルツォともに往年の情熱的な演奏ぶりを思い出させてくれる。

卓抜な技巧を必要とするこれらの曲を、何の苦もなく、鮮やかに弾きあげているところが、いかにもルービンシュタインらしい。

ルービンシュタインというと、ホロヴィッツとともに20世紀のヴィルトゥオーゾの代表とみられていたせいもあって、とかく技巧面に関心が集中し、それのみがクローズ・アップされる趣が無きにしもあらずだった。

しかし、晩年のルービンシュタインは精妙で静謐な内省的表現に新しい境地を開き、その2つの面がここに浮かび上がっている。

ショパンのバラードには、ストーリー性はないのだが、なかには、それを重んじる人もいる。

ルービンシュタインはショパンについて「ロマン派よりも、むしろ古典派として仕事をした作曲家なのだ。ロマン主義的ではなく、モーツァルトとバッハが彼の師匠だったのである」と述べている。

このバラードの演奏にも、そうした、ロマン派より古典派という特徴がよく表れており、音楽の標題性や写実性よりも、むしろ構造や美感を重んじた演奏である。

ある批評家はこう言っていた。
「ルービンシュタインは、ショパンの躁病の諸要素を知っていた。決してやさしくも、もの静かでもないポーランド人を……」と。

このスケルツォの演奏は、各曲ともに、そうした静と動、静謐と激情の対比をくっきりとつけながら、すぐれた技巧を駆使し、壮麗に表現している。

ことに「第2番」はよく、美しい音色で柔らかく弾いた部分と、それとは対照的に鋭くデモーニッシュな性格を巧みに弾き分けながら、豪快に弾きあげている。

余談だが、アルゲリッチはこのルービンシュタインのスケルツォの豪快さを聴いて「とてもかなわない」と発言したのかもしれない。

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老大家ならではの、堂々とした貫禄と余裕にあふれた演奏である。

決して情緒におぼれることなく、美しい音で華麗に弾きあげているところが魅力だ。

第1番が特に素晴らしく、ルービンシュタインのタッチは輝きに満ちて、腰の強い堂々たるソノリティを聴かせる。

表現も健康的で明るく、情緒も豊かで、いかにも安定した大家の風格を感じさせる演奏だ。

スクロヴァチェフスキーの指揮もスケールが大きく、生命力にあふれており、すこぶる立派である。

第2番はこの作品のもつ造型的な美しさを巧みに引き出した演奏で、両手のバランスが極めて良いのが特徴だ。

さすがに長年弾きこんできただけあって、この曲の持ち味をよく生かしており、コクのある表現をおこなっている。

オーマンディの指揮も雰囲気が豊かだ。

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「ショパンの国」ポーランドで生まれたルービンシュタインは20世紀最大のショパン弾きだった。それだけにこの演奏は、全篇にあつい情熱がみなぎっており、各楽章を熱っぽく弾きあげている。

とはいえ1930年代のSP録音に比べるとルービンシュタインの表現は淡白になっている。この時すでに70歳を越しているからだ。

そんなルービンシュタインも作品の性質上、情熱的な高揚が必要とあれば、それにふさわしい燃えた演奏をする。

第2番第1楽章や、第3番第1,4楽章がそれで、ただフォルテになると響きが濁る。

ではあるけれど、名だたるショパン弾きが最後に到達した芸風が刻み込まれた大切な遺産だ。

ショパンを演奏する人のなかには、とかくテンポを激しく変化させながら表現する人が今でも多いが、晩年のルービンシュタインは、情熱的ではあっても、音楽の骨格までを崩すことはなかった。

それだけにスコアに書かれたそのままのかたちが素直にあらわれており、こうしたスタイルはショパンの演奏の手本というべきものだ。

一般の音楽ファンばかりでなく、実際にピアノを学んでいる人たちにも、ぜひ聴いてもらいたいディスクである。

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classicalmusic at 06:11コメント(0)トラックバック(0)ショパンルービンシュタイン 

2008年03月19日


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ルービンシュタインは晩年に前奏曲と練習曲を除くショパン全集を録音した(前奏曲と練習曲はアルゲリッチとポリーニで満たそう)。

したがって、ルービンシュタインのショパンを全部集めようとしている方にはこの盤は必要ない。

楽種は、ポロネーズ、夜想曲、ワルツ、マズルカ、バラードなど8種で、録音時期も1959年から65年と比較的後年のものが選ばれている。

この頃のルービンシュタインは往年の覇気と情熱が影をひそめ、演奏が淡白になって、いかにも老成してしまった趣がある。

それを良しとするか不満とするかは意見が分かれるところだろうが、70歳を過ぎてなお充実しきったピアニストの最上の演奏といってよい。

ルービンシュタインとショパンを結びつけるのは、両者に通じる一種の古典主義的精神であり、このことが彼を20世紀の真に偉大なショパン解釈者としたのだろう。

そうしたバックボーンがあってこそ、ヴィルトゥオーゾと古典的造形という、いわば相反するものの見事な一体化を聴くことができるのである。

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1989年11月5日、心臓発作のためニューヨーク東94丁目の自邸で亡くなったホロヴィッツの、文字通り最後のレコーディング。

いずれもホロヴィッツが愛奏した作曲家の作品が収められているが、意外にも全曲初レパートリーで、ことにリストの「イゾルデの愛の死」はコンサートでも一度も採り上げなかったものである。

冒頭のハイドンから、なんと新鮮で自由闊達な響きだろう。

そして伸びやかに紡ぎ出される表情の生き生きとした息づかいの素晴らしさ。

ホロヴィッツは1音1音に陰影に満ちた表情を与えながら、このうえない素直さで、ハイドンの音楽の無垢の姿を描き出す。

生涯愛奏し続けたショパンには、彼ならではの華やぎが豊かにある。

この演奏は生きることの素晴らしさを伝える彼のメッセージであり、音楽する喜びに満ちている。

なお、ライナー・ノーツにペライアの追悼文が寄せられている。

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ホッターの第1回の《冬の旅》全曲録音は、ラウハイゼンのピアノ伴奏による1942、3年盤だった。

その後、1954年のムーアとの第2回、1961年のヴェルバとの第3回を経て、1969年の来日時に東京文化会館でライヴ録音した第4回目のドコウピルとのこのディスク。

この歌曲集は、恋に破れた青年の悲痛な冬の旅の体験をテーマとしたもので、全編に漂う厳しい絶望的な暗さは、シューベルトの予感していた自らの死と無関係ではないだろう。

ホッターは、その荒涼とした世界を淡々とした自然な語り口でしみじみと歌いあげていて、そこには彼の人間的な幅と奥行きが感じられ胸を打つ。

当時もう全盛期は過ぎてはいたが、深いバス・バリトンの響きは失わず、その訥々とした語りかけるような歌いぶりは、人生を諦観した老人の回想といった風である。

独特の世界だ。

極限の状況では人はいかに生きるか、この命題を突きつめたのが《冬の旅》である。

このテーマに真正面から対峙し、力の限りを尽くして自己の生き方を試み、絶望を通してこそ人はヒューマンな生き方に目覚めるということを伝えてくるのがこのホッター盤だ。

ホッターはF=ディースカウのように、巧みな歌い口で自分から聴き手に語りかけるのではなく、もっと寡黙に自分の位置を守って、聴衆の反応を静かに待つような歌唱である。

媚びや愛嬌は全く無く、男声の歌そのものの深さと温かさがここにはある。

突き放しもしなければ抱きとめてもくれない、人間そのままの寂莫とした「冬の旅」だ。

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フォーレの歌曲全集からスゼーが自選したアルバム。

スゼーはフォーレの多くの歌曲を数回に渡って録音しているが、ここにあげたものが代表的CDといえるだろう。

「捨てられた花」「幻想の地平線」などフォーレの初期から晩年に至る代表的歌曲集を収録。

フランス音楽好きにはこたえられない逸品だ。

しかも歌い手が全盛期のスゼーとなればもう何も言うことはない。

自在なニュアンスを湛えた《ビロードの声》の魅力が、いかなるフレーズにも柔らかくしみ通っている。

不朽の名盤である。

スゼーの表現は、1970年代に入るとしだいにロマンティックな傾斜を深め、生々しい情感が時々表面に立つようになる。

フォーレの世界でも、古典性よりロマン性にウェイトがかけられるのである。

こうした表現は確かに分かりやすいし、感情移入を深めることにより新しいフォーレ歌唱表現法の発見にもつながっている。

とはいえ、スゼー初期の清楚なフォーレも懐かしい。

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classicalmusic at 12:36コメント(0)トラックバック(0)フォーレ 

2008年03月18日


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名演である。

「アルプス」はベーム壮年期の録音で、きびきびとしたテンポ感と、引き締まったオーケストラのコントロールといった、後年の演奏とは違う、明快で颯爽としたベームを聴くことが出来る。

録音はともかく、演奏は最新盤と比べてもひけをとらない。

何しろオーケストラがこの曲を献呈された名門というだけでなく、素晴らしいアンサンブルの遠近感とまろやかな響きをもって演奏しているからだ。

ベームも外面的になりがちなこの曲を味わい深く表現して気品の高い音楽をつくっている。

登頂の感動の表現は、いまでもこれにまさるものはない。

ベームのR.シュトラウスは、そのいずれもがツボにはまった立派な演奏であり、それはベームがR.シュトラウスのよい指揮者であることを示している。

ここでもベームは、写実的なこの曲を克明に追っているばかりではく、情景の雰囲気をよくつかんで、豊かに表現している。

こんなに表情のはっきりした気分的表現も珍しく、これはよいディスクである。

「死と変容」は緊迫した名演だが、落ち着いた運びと清冽な表現も印象的で、演奏はいかにも手厚く巧みである。

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classicalmusic at 15:35コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスベーム 

2008年03月17日


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フランスの名手ユボー(1917-1992)は、すでに1969〜70年にかけてフォーレの室内楽全集(エラート)を完成しているが、意外にもソロ作品はこれまでまったく録音してなかった(協奏作品のバラードのみ1981年にジョルダンと録音している)。

ピアノ・ソロ作品としては、このフォーレ以外では、わずかショーソンとデュカスのみ録音し、世を去った。

まことに玄人好みのスペシャリストであった。

これは、室内楽奏者として高い評価を得ていたユボー晩年の、満を持してのフォーレ/ピアノ作品全集録音である。

70歳を越える年齢ながら鍛え抜かれた指さばきには破綻がなく、曲それぞれの味わいを的確に伝える理解の深さはさすがだ。

ペダルをほどんど用いない清潔な音作りの「夜想曲」、リズミカルな軽やかさが印象に残る「舟歌」、艶やかな「ヴァルス・カプリス」や渋口だが味わいが尽きない「前奏曲集」など、すべての曲が最上の姿を与えられている。

これほど純粋な高みに身を置く名演は至難の業だろう。

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クレンペラー80歳直前の1964年の録音。

クレンペラーのモーツァルト/オペラ第1作で、続いて「ドン・ジョヴァンニ」、「フィガロ」、「コシ」が録音されている。

なお資料によればポップは当盤がデビュー盤であった。

またヤノヴィッツもデビュー当時の最初期の録音となる。

3人の侍女にシュヴァルツコップ、ルートヴィヒ、ヘフゲンという豪華メンバーでも話題を集めた。

数多いクレンペラーのモーツァルト中でも、これは際立って優れた演奏である。

台詞をすべて省略した演奏だが、それはクレンペラーが絶対音楽としての純潔さを志向していることを物語っている。

モーツァルトが晩年に達した精神の深みが、ここで、見事に突っ込んで表現されている。

重点は陽気で自堕落なパパゲーノの世界からタミーノの克己、ザラストロの博愛の方に相当傾いているが、このくらい深々と演奏されると、それが、また良いのである。

一般に、クレンペラーの録音では、木管が、はっきりと聴きとれる。

モーツァルトが木管の扱いに天才的な手腕をみせた「魔笛」のような作品ではそれがことに効果的で、夜の女王の第1アリアにおけるバセットホルンの響きなど、ポップの初々しい名唱と相俟って、心に迫る。

ポップはこの録音に歯の麻酔をかけたまま臨んだのだそうだが、このアリアにおける母の悲しみの情感豊かな表現は、今もって、凌駕されていない。

クレンペラーは序曲からして、雄大な風格とスケールをもって威風堂々と表現する。

豊かな響き、重厚なディナーミク、信念に満ちた画然たる表情。

クレンペラーの意図は、ドラマの成りゆきやジングシュピールの枠をはるかに超えて、ひたすらにモーツァルトの音楽そのものだけをいかに立派に響かせるかにある。

この剛直できびしい表現が「魔笛」のすべてではないが、そこに豊かで生き生きとした血と肉を与えたのは、充実したキャストによる見事な歌で、ひとつの完成した世界を生み出している。

クレンペラーの遺したモーツァルト・オペラ全曲盤の中では最も優れた、傾聴に値する名演である。

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classicalmusic at 00:39コメント(0)トラックバック(1)モーツァルトクレンペラー 

2008年03月16日


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1950年ザルツブルグ音楽祭ライヴ。

当然1953年のスタジオ録音では入ってない台詞が、全部収録されている。

これは実に格調の高い演奏だ。

フルトヴェングラーは、じっくり腰をすえて、堂々たる運びで進めながら、この作品のもつ正義、勇気、崇高、夫婦愛といったものをあますところなく表出しており、その重厚でスケールの大きな表現には圧倒されてしまう。

貧弱な響きの中から、フルトヴェングラーの強固熾烈な表現意志と理念の力が物理的な悪条件を突き抜けて噴出し、ベートーヴェンの崇高にして英雄的な理念主義のドラマを鮮やかに描き出す。

冒頭から最後の終止まで、音楽は凄まじいばかりの緊張と気迫をもって、悲劇的な緊迫と精神的な高揚の頂点にまでのぼりつめていく。

独唱陣もそれぞれ見事な出来映えで、歌い方が正しく、劇的な味がよく出ていて、本当の音楽劇を聴いたという感じがする。

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2008年03月15日


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BShiで3月15日21時から放送されたルツェルン音楽祭2007(クラウディオ・アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団)のマーラー交響曲第3番に感銘を受けたので記す。

このコンビによる「復活」はCD化されたが、このライヴはCD化されないものだろうか(ここではベルリン・フィルとのライヴをあげておく)。

アバドは21世紀に入って大病を患い、生死の狭間をさまよったが、奇跡的復活をとげ、新たなる意欲と情熱をもって取り組んだのが、スイスのルツェルン祝祭管弦楽団の再編・再生だった。

メンバーにはなんとベルリン・フィルの首席、元首席奏者はもとより、クラリネットのマイヤー、チェロのグードマンら世界的ソリストたちが結集、結果的にスーパー・ワールド・オーケストラというべき陣容を誇っている。

肝心の演奏の方だが、いかにもアバドらしく、きめこまやかな好演であった。

アバドが作品に対するこぼれるばかりの愛情を注ぎこんだ感動のマーラーだ。

スケールも大きく、ルツェルン祝祭管弦楽団のみずみずしい音色も素晴らしいが、それ以上にアバドだけがもつ清楚で香り高い音楽性に心奪われる演奏で、きめこまかく、また優しさにあふれている。

最も興味深かったのは第1楽章で、深刻に不安な感情が表わされていた。

音構造がリアルに表出され、不協和音などもきびしく再現されているからだろう。

そこには一種の表現主義的な性格も感じさせる。

また第2,3楽章ではルツェルン祝祭管弦楽団の精緻な合奏能力が非常な武器となっていた。

アンナ・ラーションも表情豊かに歌い、合唱そして器楽奏者のソロも見事だった。

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classicalmusic at 23:16コメント(4)トラックバック(0)マーラーアバド 

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ポリーニとイタリアSQの初の共演盤で、ポリーニ唯一の室内楽曲録音である。

またヴィオラがファルッリからアッシオラに替ったイタリアSQの新メンバーによる初の録音であった。

生命力のみなぎった演奏だ。

もちろんそれはポリーニによるところが大きい。

ポリーニは冴えたタッチで鮮やかに演奏している。

この曲はピアノが協奏曲風重厚さを帯びてくるので、そういう場合のポリーニの歯切れの良いダイナミックな演奏は曲を一段と引き立てることになる。

ポリーニの、歯切れの良い、硬質な演奏が、この曲のもつ溌剌とした情感を十二分に表現している。

イタリアSQも、旋律をよく歌わせていて、素敵だ。

弦も安定した水準の高さを示していて、イタリア人らしく、明るい音色で歌っているが、ブラームスの熱気も着実に伝えてくれる。

ポリーニとイタリアSQが織り成す明快で引き締まった表現は、ドイツ的な演奏とは完全にその本質を異にするが、美しく張り詰めた魅力によって聴き手を魅了せずにはおかない。

透明に磨き上げられた名演であり、そのクリスタルな輝きもが異彩を放っている。

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classicalmusic at 21:12コメント(0)トラックバック(0)ブラームスポリーニ 

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(ディスク1)カラヤンのウィンナ・ワルツはあくまでも聴くためのものとして演奏しているので、全体に遅めのテンポでじっくりと曲を練り上げている。彼の卓抜な棒さばきによって、どの曲も艶麗な仕上がりで実に美しい。特に「芸術家の生涯」がカラヤン節が冴えているし、「美しく青きドナウ」の前奏の部分の詩的な表現も素晴らしい。「こうもり」序曲も絶品でカラヤンの面目躍如たる演奏。

(ディスク2)第1集の場合と同じく、カラヤンは全体に遅めのテンポにとり、丹念に練り上げている。聴かせどころをわきまえた、心憎いばかりの棒さばきによって、どの曲も艶麗に仕上がっており、その美しさは無類のものである。ワルツもさることながら、さらに素晴らしいのが「ジプシー男爵」序曲で、こうした曲を振らせたらまさにカラヤンの独壇場である。

(ディスク3)カラヤンのウィンナ・ワルツは、例えばボスコフスキーのように実際の踊りを考えながら、速めのテンポですっきり仕上げたワルツとは根本的にスタイルが違う。遅めのテンポで、艶麗に、溜息のでるような美しさを表わす。特に「ウィーンの森の物語」の最初の部分の木管の扱い方のうまさ、その音色の優美さには惚れ惚れとしてしまう。2曲のマーチは爽快な演奏。

カラヤンの指揮するウィンナ・ワルツの演奏はコンサート形式によるものの中でも最右翼に置いてよい。

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