2008年07月

2008年07月31日


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ジョン・ケージのプリペアド・ピアノのための「ソナタとインターリュード」は、1948年のカーネギー・ホール初演における成功によって、ケージの名を知らしめただけでなく、プリペアド・ピアノというピアノの音色の可能性を拡大した着想を認知させたという点でも、重要な意味を持っている。

ピアノの弦にねじ釘、ボルト、消しゴムなどを挟み込んだプリペアド・ピアノが演奏に用いられるが、その結果、ピアノは鍵盤楽器でありながら、本質的な音を発する打楽器のようになってしまう。

そしてシャンシャン、ポツポツ、コツコツ、タンタンと打ち鳴らされていく玩具のような音が聴き手を不思議な空間へと誘い、甘美な会話ともモノローグとでも言える世界を作り出す。

したがって、このレコードを聴いていない人には、広くすすめられてよい名演奏である。

ケージという名前は、ウルトラモダンな音楽を思い出させるが、彼はなによりもまず自然な音楽を目指す自発性をもった音楽家なのだ。

高橋は例によって入念に準備されたプリペアド・ピアノの音楽、多彩な音色と夢に入りまじった音楽に耳を傾けると、ケージの天衣無縫な笑顔が思い出される。

高橋の演奏は、この音楽の持つ響きのたゆたい、静的時間の中に立ち昇る異界の雰囲気を最もよく伝えている。

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2008年07月30日


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アルバン・ベルク弦楽四重奏団が1990年代にリリースされた録音では、どれでも彼らは、緻密で切れ込みの鋭い鮮烈さに、柔軟な響きと人間感情をまるで音に移し替えたようなロマン性を加え、比類のない内面的精神の深さを引き出しているが、これら2曲でもそれが最高に生かされている。

特に「抒情組曲」はまさに空前絶後ともいえるような演奏で、それぞれの音語法は、すでに完全に彼ら自身の言葉と化しており、ベルクの音楽、それを実現する音、それを引き出してくる彼らの鮮やかな技術、その背後にあるメンバー個々の精神などがまさに一体となり、それらの間に寸分の隙も感じられない。

全編がまさに息をもつかせぬ緊迫感に支配されているが、例えば第5楽章の身の毛もよだつほどの凄まじい劇的表出力は、音楽を以て音楽を超えたといっても良いほどの核心を衝いたものである。

また続く第6楽章でも、その表現の内実の豊かさは、まるで彼らがベルクの化身と化したような錯覚さえ覚えるほどである。

もちろん作品3も劣らぬ名演で、彼らが20世紀作品の演奏にこだわってきた集約が示されているといっても良い。

この演奏で聴くと、ベルクは難解どころか、彼の言わんとすることが手に取るようにわかるのだから演奏の力とは恐ろしいものだ。

超の字を冠したいほどの名演奏である。

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2008年07月29日


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クレンペラーの同曲唯一の録音。

いかにも悠揚迫らぬ骨格の太いバッハである。

クレンペラーの音楽の包容力の豊かさが各章に感じられ、その重量感はまさしく巨大な巨造建築を仰ぎみているようだし、バッハへの畏敬の念に満ちている。

まさに1960年代を代表するバッハの演奏様式というべきだろう。

このバッハはなによりも<人間の存在>が前面に押し出されてくる。

その人間は、神と対立するものではなく、神と共にある人間の大きさである。

はげしい人生を戦い抜いてきたクレンペラーの心境かもしれない。

この「ロ短調ミサ」において、彼の雄大な音の流れが聴く者をとらえてしまうのである。

独唱者たちもクレンペラーの意図を体現した隙のない好演で、合唱団の歌い込みも充分の手応えがある。

この演奏を聴くと、クレンペラーは病魔によって一時的に引退を余儀なくされた時間にも、彼は常に何かを身につけていたことが想定される。

そして、不死鳥のごとく復活した第2次大戦後には、まさに巨匠の道を歩いたのであった。

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2008年07月28日


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1989年の録音で、当時「美しき水車小屋の娘」を歌って、シュライアーの右に出る歌手はいなかった。

「美しき水車小屋の娘」はシュライアーのレパートリーの中でも代表的なもので、1971年から89年にかけて4回もこの歌曲集を録音している。

その中でオルベルツとの最初の録音も忘れ難いが、やはりシフのピアノ伴奏で歌ったこの4回目が最高と思う。

ここでは一昔前の、真向から噴き上げてくる感情の記録のようなストレートな部分は影をひそめ、多分に説明的な歌唱に傾いているが、それは彼のその時々の正直な歌唱であろう。

第7曲「いらだち」までは最初の録音の方が、あるいは上かも知れないが、それ以降の曲目は新盤の方が明らかに彫琢されているし、全曲の流れもよく構成されており、素朴な粉挽き男の青春のやさしい抒情がひしひしと伝わってくる。

シフのピアノも全身でシューベルトを受けとめているかのようで、特に「いらだち」では聴く者の心理を揺さぶる。

シフのリズムを重視したピアノ伴奏も全曲に生気を与えている。

シュライアー54歳の録音だが、声もまだ若々しいだけでなく、ヴィブラートにも粗さがない。

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2008年07月27日


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ロック・ファンにも愛好者の多い「カルミナ・ブラーナ」は、大オーケストラとコーラスが生み出すシンプルで圧倒的なビートの洪水が魅力の現代曲屈指の名曲。

若手指揮者が新しいオーケストラとやった新録音の方が分がよさそうに思えるが、意外にも硬派の古典指揮者ヨッフムが名門ベルリン・ドイツ・オペラを率いてのこの1枚が最高の出来だ。

ヨッフム盤は従来のスタイルだが、オルフは案外この当たりの線を描いて作曲したのではないかと思える要所を心得た表現を聴くことができ、スタンダードというに相応しい内容を持っている。

また、ソリストも非常に質が高い。

ヤノヴィッツ、シュトルツェ、フィッシャー=ディースカウという名歌手をソリストに迎えて、独唱曲の部分が絶品なのも勝因だが、オーケストラの豪快かつ重厚な鳴り具合もさすが本場の威力。

1967年録音とはいえ、本場のオルフという感じはまだ薄れていない。

今回のオリジナルスのCD化によって音質も向上し、ヨッフムの一徹な心情が青春の回顧とともに生々しく再生されていく。

この曲には、より華麗で圧倒的な、興奮を誘う演奏が他にもあるが、その中でこのヨッフム盤はいつまでも"なつかしさ"を失わない。

官能性の上で多少物足りない所があるとしても、正統派の強味は不変である。

ちなみにオルフはこの曲の成功の勢いで「カトゥリ・カルミナ」という続編も書いているが、こちらは今いちの出来。

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2008年07月26日


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ミュンシュは1949~63年までボストン交響楽団の常任指揮者として活躍。1967年にパリ管弦楽団の初代音楽監督に迎えられたが、翌年演奏旅行中に急逝。彼の特にフランス音楽に示す洗練された芸術は、今も共感を呼んでいる。

ミュンシュ最晩年の貴重な遺産であるこの盤は、ラヴェルの粋をつくした管弦楽曲の数々を集めたもの。

パリ管弦楽団の魅力をあますところなく伝えており、純度の高い輝きと色彩美に満ちている。

ラヴェルの音楽に精魂こめて取り組んでいた老ミュンシュの真摯な姿勢に心打たれる名演揃いである。

特に「ダフニスとクロエ」は、曲の細部にいたるまで充分に磨き抜かれた音の綾織りの美しさに魅了される。

「夜明け」は、いくぶん速めのテンポで潮のように音楽を盛り上げ、「全員の踊り」は、剛直な表現で圧倒する。

「ボレロ」もテンポ設定が実にうまく、ソリストたちの技術も優秀で、華麗な音の絵巻を繰り広げている。

「スペイン狂詩曲」も緻密なニュアンスに溢れ、情感豊かに描かれている。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」も高雅な詩情に満たされた名演だ。

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2008年07月25日


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94歳で長逝する3か月前まで、アメリカに演奏旅行をしていたアンドレアス・セゴビア(1893-1987)は、多くの意味から、ギターの世界に出現していた文字通りの巨匠であった。

しかも彼の場合、己の愛する楽器の地歩を独力で大きく引き上げたという、まさしく歴史的な貢献がクローズアップされずにはいかない。

20世紀、クラシック・ギターが"ルネッサンス"を迎え、世界中の名のある作曲家がギターに目を向け、各音楽大学にギター科が設置され、多くのすぐれたギタリストかつ音楽家たちがひしめくようになったのも、セゴビアのおよそ80年間にもわたる技量と、真心を尽くしての活動抜きには、決して考えられないのである。

いま、純粋に演奏家としてのみ彼を見れば、そのスタイルはあまりにもロマンティック、ときには主情的な表情づけの濃厚さが耳につくかもしれない。

とりわけバッハ作品、ソルなどの古典曲に関してはそうであろう。

しかし、いかなる場合にも、そこに巨匠ならではの深々として艶やかな"音"の魅力、どこまでも人間的な自然の感興から発するゆえにかけがいがないと思わせた"歌"の魅力が存在したこともまた疑いない。

ギター音楽古典派、ロマン派両巨匠の美しい小品を収めたこのディスクはその代表盤といえる。

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2008年07月24日


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ドビュッシーの作品が、これほどまでの美しさと生きた音楽としての輝きをもって再現されたことは、前例がない。

ドビュッシーについて語られがちな繊細さや香りの豊かさ以前に、ここには生命の讃歌として音楽があり、内側からあふれ出る熱い情感と、その波打つ起伏の美しさに驚く演奏なのである。

ブーレーズは確かに1960年代から傑出した演奏を聴かせてきたし、そのあらゆる場面で楽譜の裏側まで見せるかのような明晰で、時に怜悧なまでに磨き抜かれた表現を堪能させてきた。

しかし、1990年代になってからはそうした客観性に人間的息づかいと表情が加味されるようになり、明らかに作品をとらえる視線に温かさがプラスされてきた。

音楽がいい意味でふくらみ始めてきたのである。

このドビュッシー録音はその証しであり、作品の手法の鮮やかさとともに、作曲者の素顔や心の状態にまでふれあうことを可能とするかのような人間的感動がある。

それは傑出した指揮者とオーケストラのみが作り出し得る一種の魔法の瞬間であり、媚薬にも似た音楽が聴き手を鳴り響く音楽のもう一つ奥の世界へと誘う演奏なのである。

クリーヴランド管弦楽団が精妙にして華麗なサウンドを聴かせている点も素晴らしい。単に技術やアンサンブルが優れているだけでなく、ブーレーズの意図を咀嚼した上での自発性を誇る演奏であり、ドビュッシーがひとまわり大きくなって蘇る、そんなスリリングな感動に浸らせてくれる。

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2008年07月23日


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マーラーが登場した19世紀後半の音楽史は、ワーグナーの「総合芸術」すなわち劇と音楽を一体に結びつけた「楽劇」が絶大な旋風を巻き起こし、一方純粋器楽を代表する交響曲においては、ブラームスとブルックナーがそれぞれのやり方で交響曲に新たな可能性を切り開いた。

当時ウィーンでワーグナー対ブラームスという美学論争が起こったが、マーラーはこの相反する芸術理念を交響曲という枠組みの中で止揚し総合して、ロマン派交響曲を最終的な到達点まで推し進めた。

「私にとって交響曲を作曲することは、あらゆる可能な技術的手段を用いて、すべてを包含する一つの世界を打ち立てることを意味する。」

ここでマーラーが言う「世界」とは、当然のことながら旧来の方法論だけで表現するのは困難で、マーラーはさまざまなレトリックを駆使して作曲に挑んだ。

一つの交響曲の中に聖なるものと俗悪なもの、素朴なものと精巧なもの、悲劇的なものとグロテスクなものなど、矛盾し対立する要素が同居しているのは、すべてを内包すべく奮闘した結果なのである。

またマーラーの音楽にはユダヤ人という出自と、不幸な生活環境に由来する厭世思想と死生観が一貫している。

彼の創作活動はまさに人間苦の苦悶そのもの、より高い精神に向かって昇る道程であり、享楽的な側面は微塵もなかった。

ドイツの思想家アドルノが、マーラーを「ベートーヴェン以来、最も形而上学的な作曲家」と位置付けたゆえんである。

以上のようにマーラーの芸術は理解されるまでに長い時間を要したが、作曲技法的にも20世紀音楽に大きな影響を及ぼし、19世紀末の音楽史で非常に意義深い役割を果たした。

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2008年07月22日


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バウムガルトナーの演奏は全体に明るく軽快だが、構成が実にしっかりしており、しかもどの曲にもバッハの音楽に対する真摯な姿勢がはっきりと示されている。

「管弦楽組曲」は音楽の流れを大切にしながら、すっきりと精巧に仕上げ、ルツェルン音楽祭弦楽合奏団固有の明澄な響きが美しい。

ニコレのフルート・ソロともども第2番が素晴らしい。

バウムガルトナーの棒によって生命を得たこの楽器が空中を自由に泳ぎ回り、深山の涼しさを湛えた音色も極めて美しい。

他の曲も、がっしりとした骨格をもちながらよく歌う真実にあふれた豊かな音楽になっている。

第3番も第2番を凌ぐ素晴らしさだ。

第1番もまた、木管がうまい。ブルグのオーボエは特に魅力的だ。

第4番もよく練り上げられている。

「ブランデンブルグ」も指揮者と楽員たちとの息がぴったりと合った、極めて質の高い演奏である。

この「ブランデンブルグ」は数多い録音のうち、最も安心して聴ける模範的名演である。

特に第2番と第4番の2曲では、前者の純正なハーモニーとバランスの美しさ、後者のブロックフレーテの音色の魅力は忘れ難い。

整然としたアンサンブルで、しかも冷淡になっていない第3番、3人のソリストの絡み合いと香りのある音楽性が全曲にたちこめる第5番も見事だ。

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2008年07月21日


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内田光子といえば、まずこの全集が代名詞のごとく浮かび上がる。一躍モーツァルトのスペシャリストとしての真価と国際的な名声をかち得た記念碑的なアルバムといってよいだろう。

彼女はこの録音に6年の歳月を費やしているが、ブレンデル盤の15年に比べればはるかに短く、演奏スタイルにも一貫性がある。

そのためか全集としてのまとまり、ひいては彼女の揺るぎないモーツァルト観が強く打ち出された印象となっている。

内田のモーツァルトには、鋭い感性で切り込んでいき、ついには核心を探りあてていくような直截に肌で感じられる感覚的な楽しみがある。

テイト&イギリス室内管弦楽団が、そうした彼女の"生きた"アプローチを尊重しつつ、打てば響くように反応し、さらに増幅して弾くところにいまひとつの妙所がある。

両者の蜜月時代を思わせる表裏一体化した解釈とアンサンブルは、各曲の持ち味を自然発生的に滲み出させており、それはほぼ全曲にわたってムラなく達成されているところが素晴らしい。

第20番以降の8曲は、いずれも玲瓏としたピアノの音質と、隙のない緻密な彫琢によって、それぞれの魅力を十分にしぼりとった非の打ちどころのない名演。

それに劣らず、前半の見落とされがちな作品の一つ一つからは、自然に息するように生彩に富んだ表現が浮かび上がってくる。

彼女自身の手になるカデンツァも、ケレンがなく絶妙である。

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2008年07月20日


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ミケランジェリ37歳時の録音。ミケランジェリが1957年にイギリスを訪れた際に録音した初のステレオ録音で、ラヴェル、ラフマニノフともにミケランジェリ唯一の録音である。

ラヴェルはまだしも、ラフマニノフは4曲中最もマイナーな第4番という奇抜な選曲。そこがいかにも奇才ミケランジェリらしくていい。

ラヴェルは、今なおハッとするような感覚をもたらしてくれる演奏で、両端楽章を完全無欠のテクニックで圧倒したかと思うと、第2楽章では絶妙のアゴーギグで揺さぶりをかけて翻弄する。

そのしたたかな表現力は単に奇を衒ったものではない。緻密で巧妙な頭脳的プレイでありながら、それをごく自然に聴こえさせてしまう至芸なのである。

冴え冴えとしたタッチの中には玄妙な味わいがあり、鋭利な音運びの中に繊細なうつろいがある。

知的で人工的な音楽でありながら、その精巧な美しさで聴き手の血を泡立たせるような魔力を、ミケランジェリのピアノは持っているのだ。

ラフマニノフにおけるヴィルトゥオジティにも感嘆させられる。一見煩雑な内容の超絶技巧曲と思われる作品が、別曲と見紛うほど理路整然と聴こえてくる。

ヴィルトゥオジティと知性、そして強烈な彼の個性を痛感させる演奏である。

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2008年07月19日


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グールドの墓碑には、この「ゴールドベルク変奏曲」のアリアの冒頭の3小節が刻まれているという。このバッハの名作は、それほどにグールドを象徴する音楽なのである。

彼は1955年にこの曲で衝撃的なデビューを飾り、50歳で没した1982年にも同じ曲の再録音盤を発表した。映像にもこの曲の録音を残している(81年)。

バッハがこの曲を通じて音楽のあらゆる次元を変奏として表したように、グールドの音楽表現の源泉はここに集約されているようにさえ聴こえる。

それが最初は衝撃だった極端とも思えるテンポ設定も、装飾音の風変わりな扱いも、アーティキュレーションも決して奇を衒ったり、変化のための変化としてなされたものではなく、「現代のピアノ」という本来はバッハの鍵盤楽器とは相容れない楽器を通じて、斬新で普遍的な聴くに足る演奏を模索した結果の美しい結晶だったことに気付く。

グールドは異例の幅広いレパートリーを通じて、現代ピアノにふさわしい解釈を探ってきたが、バッハにおけるこれは彼の結論だといえる。

バッハの抽象美を最大限に発揮しつつ、ここにはグールドがバッハに寄せる感嘆の念が実に切実に刻まれているのが共感を呼ぶのだ。

改めてこのデビュー盤を聴くと、最後の録音となった、あまりにも対照的なゴールドベルクの演奏も、ひとつの変奏のように思えてくる。

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2008年07月18日


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ヴラディミール・ホロヴィッツはピアノ演奏芸術の最後のロマンティストと謳われる不世出の大ピアニスト。

卓越したテクニックと華麗な表現で魅了し、晩年は自在に揺れ動く情感を美彩な音に託して滋味あふれる演奏を聴かせた。

このアルバムは、61年ぶりに祖国に里帰りして熱狂的な歓迎を受けた82歳の天才ピアニストがモスクワ音楽院大ホールで開いた生涯最も記念すべき演奏会の記録。

歓呼と涙、愛と賞賛にみちた心あたたまる拍手につつまれた感動のライヴである。

スカルラッティ他、いずれも好んで演奏したきた曲ばかり。息を呑むほど美しい響きで紡ぎだされた深い詩情とファンタジーは、音楽の精霊がうたうロマンそのものを思わせる。

出だしから響きの美しさと輝かしさで耳を奪う。音楽の流れも自然で余情が漂い、スカルラッティの詩とホロヴィッツの歌心が感じられる魅力たっぷり。

得意中の得意であるスクリャービン、ショパン、リストは余裕しゃくしゃくたる演奏ぶりで、ファンタジーに富み、ポエジーも豊か。

多くの演奏家が言うコンサートの魅力、聴衆との交流を実感させてくれる、巨匠ならではのライヴだ。

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2008年07月17日


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独奏者リヒテル、指揮者カラヤン、ともにチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の録音を複数回行っているが、両者が共演した本盤の演奏内容が最も興味深い。

まず、ここでは指揮者カラヤンの音楽づくりが、常日頃とは若干様相を異にしている点に注目したいと思う。

周知のように、カラヤンは極めて多くのディスク類を作っており、その大部分はいわゆる「カラヤン節」というか流麗な音楽の流れを最大限に磨き上げ、ドラマティックな要素からデリケートな要素に至るまで、余裕を持って豪華に描き出そうとしているのだが、それがここではやや違っている。

ウィーン交響楽団を指揮したこの演奏では、常日頃よりはずっと前のめりになって曲に向かっている。

華やかなダンディズムといった趣きがある彼としては珍しく、オーケストラに対して力みを感じさせるような傾向があり、目を閉じて颯爽とした指揮ぶりで全体を仕上げる彼が、ここでは終了後、かりに汗を拭ったとしても不思議でも何でもない、という感じだ。

カラヤンの演奏には「汗の跡」のようなものがないから好き、というファンには不本意かもしれないが、こうした彼の姿もときにはスリリングで興味深い。

改めて指摘するまでもなく、それもこれも独奏者リヒテルの強靭で奔放なピアノに、カラヤンが強烈なライヴァル心を燃やした結果、生じたものなのである。

実力、個性ともに秀でた両者の丁々発止とやりあう関係が、なんとも面白い。

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2008年07月16日


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ニコレのフルートはさすがに深い。決して派手ではないが、音楽的に極上であり、聴いていて頭が下がるほどだ。

正確な技巧で一点一画もおろそかにせず、端正に吹いているところにひかれる。

どの曲も、ドイツ的な隙のない表現で、ランパルのような華やかさとはやや異なり、格調も高い。

第1番の第1楽章など、曲想から考えてまさにニコレにピッタリだ。

第2番でも、俗なものを一切取り払った演奏で、そのことでかえってモーツァルトが生きて語りかけてくる。

ジンマン指揮のオケは活気と流麗さを共に生かしていて、ソロを見事にバックアップしている。

いぶし銀のようなコンセルトヘボウの響きも聴きものである。

ちなみにモーツァルトが生きていた時代、フルートは楽器として未完成なところがあり、音程が不安定だったためか、モーツァルトはフルートという楽器に少しの愛着ももっていなかったそうである。

だが、フルートが性能的に不備だった時代に、この楽器の魅力を存分に発揮させた名曲をつくったモーツァルトは、やはり天才中の天才であったといえよう。

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2008年07月15日


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エルネスト・アンセルメは優れた才能と精緻な美的感覚をラヴェルの音楽において最高度に発揮した指揮者であった。

才人ラヴェルの感受性豊かで高度に洗練された童話風な幻想的オペラ・バレエ「子供と魔法」の録音はその結晶ともいうべき名盤。

ラヴェルの精緻な音楽と感覚を、これ以上考えられないほどデリケートで、しかも正確なタッチで完璧に描きつくしている。

当時のフランスにおける粒選りの歌手たちを揃え、ナイーヴな夢と憧れを秘め、ウィットに富み、多彩な音色とセンシティヴな音響効果に満ちた楽しいメルヘンを、アンセルメはデリケートに絶妙なタッチで美しく変幻自在に描き上げている。

歌手たちの中では、お姫さまとリスを歌うダンコ、羊飼いの少女と雌猫とこうもりを歌うトゥレーヌ、ティー・ポットと小人の老人と雨蛙を歌うクエノーが、特に優れている。

アンセルメのラヴェルの中でも特に優れた名演だ。

「スペインの時」におけるアンセルメの指揮は、リズムの感覚の鋭さと洗練された音色への卓越した敏感さがそのままラヴェルの音楽のドラマとなって表れている。

歌手陣もよく歌っており、特にレーラスの男らしい歌い方が印象的である。

このディスクは1953、54年の録音だが、信じられないくらい音の状態もよく、ラヴェルの精妙な音楽と舞台的な効果が十分に楽しめる。

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2008年07月14日


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トスカニーニの緊迫したダイナミックな演奏の見本のようなレコードである。

劇的交響曲「ロメオとジュリエット」冒頭のアレグロ・レガートの、粗野と思われるばかりに力をむき出しにした緊迫したリズムの演奏を聴けば、トスカニーニがこの曲から何を求めてそれをどう表現しようとしているかが推察できる。

つまり、トスカニーニは、これを徹底的に一つの音の劇としたのである。

トスカニーニの指揮はこの曲を標題的には扱っていない。

ロマンティックな幻想をすっかり洗い落とし、純粋な音楽だけを引き出した。

極めて割り切った演奏である。

幾分、早目のテンポで歌われる美しい旋律は、きれいに垢抜けして明快そのものである。

トスカニーニの演奏様式の最もはっきり出た演奏として記念的意味もあるといえる。

トスカニーニのベルリオーズ演奏は全てがユニークで素晴らしいが、劇的物語「ファウストの劫罰」においても他の指揮者では絶対に聴くことのできない演奏を示している。

NBC交響楽団の優れた演奏能力が示された好例である。

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2008年07月13日


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「ブラ1」をカラヤンは6度録音しており、チャイコフスキーの「悲愴」とならんでカラヤンのレパートリーの最も基本をなすものであり、カラヤンは数々の名盤を残してきた。

ここに聴く来日公演のライヴは80歳というカラヤン最円熟期の演奏であり、熟成した表現の味わいと生きた音楽としての勢いが究極の完成度を見せている。

全体の構成力、重厚にして奥深い表現の味わいが傑出しているし、各楽章の性格も的確に描き分けられていて、聴きこむうちにさらに奥深い世界へと誘われる尽きせぬ魅力がある。

ことにたたみかけていくような力感にあふれた終楽章は素晴らしい。

モーツァルトは明晰で格調高く、しかも不思議に親しみやすい。

最晩年のカラヤンが自らのドイツ的資質を明らかにした演奏である。

ここに聴く演奏はまさに円熟の極みにあったカラヤンの至芸であるが、しかしカラヤンという指揮者が最後まで実に端正であり続けたことを物語る凛々しい名演でもある。

作品を自分の年輪や経験で強引にねじ曲げることをせず、あくまでの一定の距離感を保ったうえで再現している。

巨匠中の巨匠のカラヤンには何でも許されたはずだが、カラヤンは最後まで作品の僕としての使命に徹しており、それが例えようもない客観的調和と気品を醸し出している。

ベルリン・フィルも絶頂期の演奏を披露しており、音色、輝き、スケール感、アンサンブルともに素晴らしい。

一時代を画したこのコンビの記念碑的ライヴといえよう。

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classicalmusic at 05:17コメント(0)トラックバック(0)カラヤンブラームス 

2008年07月12日


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カラヤンは「悲愴」をたいへん得意にしており、最後の来日の際、白熱した演奏を聴かせてくれた。そのライヴの復刻である。

カラヤンとベルリン・フィルの特徴である(アンチからよく非難された)外面的な圧倒的パワーが、内面の感情の振幅と理想的に融合しているかのような渾身の名演。

カラヤン&ベルリンフィルのライヴの凄さを実感できる。

実に7度の「悲愴」を録音していたカラヤンは、この時すでに80歳であり、恐らくこれが自分にとっての最後の「悲愴」となることを意識していただろう。

万感の思いをこめた、まことに彫り深く求心的なその演奏を聴いていると、どうしてもそう考えたくなってしまう。

しかし、そうした渾身の演奏であるにもかかわらず、その音楽はあくまでしなやかで、表現をつめたが故に底に淀んだ澱を残すことがない。

さすがにカラヤンであり、ベルリン・フィルの柔軟な反応力というべきである。

特に、終楽章における求心力と切々として深く強い表現は、凄絶なまでの美しさに貫かれており、聴き終わった後もいっそう深い沈黙と感動を呼び起こさずにはおかないだろう。

モーツァルトは独自のあたたかさと透明度の高さが融合した演奏で、かつてのカラヤンの弱点でもあった自我の表出を抑え、古典主義的世界の再現を見事に果たしている。

特にコン・スピーリトの終楽章は驚くほど躍動的で、爽快で急速なテンポが全体をきりりと引き締めている。

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classicalmusic at 01:50コメント(4)トラックバック(0)カラヤンチャイコフスキー 

2008年07月11日


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カラヤンはこのオペラを何よりもまずベートーヴェンの理想主義的な理念のドラマとして把握し、表面的なおもしろさやオペラティックな効果よりも音そのものの持つ力と理論を十二分に明らかにすることによって、人間的な感動を謳いあげるという態度をとっている。

歌手では、特にデルネシュが声の劇的な緊張と力強い輝きにおいて傑出しているだけでなく、あくまで貞淑な女としてのやさしい情感とリリシズムを失っていない。

第1幕前半にはカラヤンの美感によって磨かれた流麗な演奏が並んでいる。特にベルリン・フィルのみずみずしい響きと洗練された演奏が大きな力となっており、「序曲」から耳をひき寄せられる。

開幕の「二重唱」「マルツェリーネのアリア」、有名な「四重唱」なども美しさによって光っているだけでなく、ここでは「ロッコのアリア」さえも美が優先されている。

そのためドラマがやや置き去りにされている印象を受けるが、「ピツァロのアリア」から劇的な鋭さを加え、第2幕に入ると「序奏とフロレスタンのアリア」「メロドラマと二重唱」「四重唱」など更に充実した演奏を重ねている。

特にカラヤンの幕切れに向かっての昂揚の築き方に圧倒される。

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classicalmusic at 01:24コメント(0)トラックバック(0)カラヤンベートーヴェン 

2008年07月10日


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全10集からギレリスが20曲を選んだもので、ギレリスは暗い情熱を表出しながら、北欧的なファンタジーを濃厚に引き出していて聴かせてくれる。

明晰ながらも暖かく深い音でもって各曲の曲想を描き分けており、その多様な表情のうちにリリカルな詩情が自ずと立ちのぼってくる。

「ノルウェーの踊り」や「家路」などのようなリズミカルな作品では、ギレリスは惚れ惚れとするような鮮やかなリズム感を示す一方、「アリエッタ」や「郷愁」などテンポの遅い曲では間然とするところのない歌を聴かせる。

しかも、少しも構えたところを感じさせない。グリーグの表現した一つ一つの小宇宙に対してギレリスが深い共感と愛情でもって接しているのが伝わってくる。

こうした小曲においては、ギレリスの完成度の高い音楽をたっぷりと楽しむことができる。

これを超えるような演奏はなかなか出てこないのではないだろうか。

ギレリスというとわが国では鋼鉄のピアニストという面ばかりが強調されてきたきらいがある。

確かに彼は強固な技巧と力強いパワーを持っていた。

しかしその一方で、彼が豊かな叙情的感性の持ち主だったことを忘れてはなるまい。

このグリーグの「抒情小曲集」は、ギレリスのそうした叙情的側面を如実に示す素晴らしい1枚だ。

グリーグの小品のロマン的な深みを改めて認識させられるような演奏である。

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classicalmusic at 03:48コメント(0)トラックバック(0)グリーグギレリス 

2008年07月09日


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ベリオの代表作「シンフォニア」は、引用音楽に指針を与えたという点で歴史的な作品だ。

その歴史的意味は複数の旋律が同時に引用された第3部がすべて引用で構成されているという点で、引用音楽の根本問題を提起した。

第2次世界大戦後の音楽の中で、引用音楽は特別な意味を持っている。

それは常に斬新なもののみを目指していた時代に、過去の音楽の引用のみによって音楽を構成することによって、私達の音楽遺産へ目を向けさせ、ポスト・モダンの様式への道を開いたのである。

この作品は何度か録音されているが、ブーレーズの演奏はそれらの中でも最上級のものだろう。

引用された音楽を最も巧みに処理しているのがブーレーズによるこの演奏で、これまでの録音の中で最もベリオの意図をよく再現したものである。、

引用された音楽を鮮明に描き出し、音楽過程の対比性を的確に表現している。

全体の構成的な面においても迷いがない。

そして何よりシャープである。

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classicalmusic at 00:06コメント(0)トラックバック(0)ブーレーズ 

2008年07月08日


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「魔弾の射手」や「オベロン」などのオペラの序曲を6曲と、「舞踏への勧誘」(ベルリオーズ編)を収めたディスクで、選曲がよい。

カラヤン一流のロマンティックで情感豊かな表現に、完全に魅了されてしまう。

カラヤンのウェーバーのまとまった序曲集としては、これしかないが、いつもながらの、カラヤンの巧みな棒さばきに感心する。

その綿密な設計と巧緻な演出は、この指揮者ならではのものだ。

どの曲も、間のとり方や味つけが絶妙で、オーケストラのうまさも特筆に値する。

聴きものの「魔弾の射手」「オベロン」はむろんのこと、「舞踏への勧誘」も間の取り方のうまい流麗な演奏で、表情も実に美しく、他の曲もカラヤンが自家薬籠中のものとしている曲だけあって、文句なしに素晴らしい。

こうしたロマンティックな雰囲気の作品の演奏にかけては、カラヤンの右に出るものはいない、といってよいほど、設計の巧みな演奏で、旋律の歌わせの流麗さは抜群である。

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classicalmusic at 04:00コメント(0)トラックバック(0)カラヤンウェーバー 

2008年07月07日


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カラヤンは「春の祭典」を2度録音しており、これは2度目のもの。精緻を極めた快演で、カラヤン一流の卓抜な構成力と豊かな表現力が光る。

第1部の「春のきざしと乙女たちの踊り」や第2部の「祖先の呼び出し」など、演出のうまさはさすがカラヤンならでは。

特に終曲「いけにえの踊り」の野性的でダイナミックな描き方は圧巻だ。

「ミューズを率いるアポロ」も高雅な詩情にあふれた秀演。

「詩篇交響曲」はすっきりと磨かれた表現。カラヤンの内部で練りぬかれた作品像が、音となって表出されたという印象を受ける。

交響曲ハ調は楽譜のあらゆる効果を読み尽くした名演。この曲の陥りがちなドライな質感がなく、楽器の色彩を生かした流動感が作品の交響性を生き生きと表している。

「弦楽のための協奏曲」も、カラヤンの手にかかり、快い美感におおわれた音楽に仕上がっている。

これらの性格を異にする作品の特色を的確につかみ、持ち味を十全に引き出しているあたり、カラヤンの面目躍如たるものがある。

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classicalmusic at 00:01コメント(0)トラックバック(0)カラヤンストラヴィンスキー 

2008年07月06日


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カラヤンとウィーン・フィルによるこの録音は、19世紀から受け継がれ20世紀が求めたモーツァルト像の一つの理想的な具現である。

「レクイエム」でありながら、そこに内在するエネルギーの噴出力はまぶしいほどで、カラヤン独特のデモーニッシュな吸引力が全編を覆う。

ワルター同様、情緒の濃い、ロマンティックな表現で、聴いていると恐ろしさが身に迫ってくるような感じすら受ける。

各楽章の性格を深く対照的に抉り、速い部分と遅めの部分の落差をつけており、オケの重厚な響きが圧倒的だ。

「キリエ」のフガートの構築性、「怒りの日」のエネルギッシュな緊迫感、「みいつの大王」の激しさ、そして、モーツァルトの筆の止まった「涙の日」の光さす永遠の表現と、どれを取っても晩年のカラヤンが200年余り前の同郷の天才の魂と呼応したとしか思えないような素晴らしい表現が聴ける。

さらにそれを具現するウィーン・フィルの柔軟な表現力とウィーン楽友協会合唱団のスケールの大きい表現も忘れられない。ウィーン・フィルのソフトであたたかな音色は、ベルリン・フィルには求められなかったものだ。

独唱4人は充実したアンサンブルを聴かせているが、特にトモワ=シントウとミュラー=モリナーリがすぐれている。

それにしても、この「レクイエム」の中から聴こえてくる"魔性"の誘いには抗し難いものがある。

オリジナル楽器によるスリムなモーツァルトの対極にある「レクイエム」である。

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classicalmusic at 00:05コメント(0)トラックバック(0)カラヤンモーツァルト 

2008年07月05日


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SP時代の名演奏といわれていたもので、音の状態はあまり良くないが、実に上品で、ラテン的香気にみちあふれており、しかも、熱っぽい情熱にあふれた演奏である。

この演奏は繊細で粋な感覚や明晰な知性といった、フランス音楽を演奏する上での不可欠な要素とはどのようなものかを教えてくれる点で、大きな存在理由を持っている。

3曲とも素晴らしくファンタジーに満ちた感興豊かな出来だが、なかでも即興性と内燃する情熱が横溢し、高い品格を備えたフランクがとりわけ見事。

また軽妙洒脱な味わいに満ちたドビュッシーも、独特の浮遊感を感じさせるフォーレも傾聴させられる。

こうした香り高い演奏は、いまや少なくなってしまった。

ただ正直な感想を述べさせてもらえば、この名コンビによるフォーレは、今聴き直してみるといささか古めかしい。

音そのものもそうだが、それ以上に演奏のスタイル、奏法、感覚がそう感じさせる。

しかし、そうはいっても第1楽章のしなやかな第1主題、第2楽章の嫋々たる主題、第3楽章中間のしのび泣くようなメロディがヴァイオリンで優美に歌われるのを聴くと、ある時代の美をこそ認めないではいられない。

それだけの力は、今なお失っていない。他の2曲も同様。

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classicalmusic at 03:13コメント(0)トラックバック(0)フォーレコルトー 

2008年07月04日


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「忘我の喜悦をもたらす愛」を歌いあげた20世紀の記念碑的交響曲である。メシアンはインドの異教的世界観から霊感を得て、極彩色の音楽を書いた。メシアン音楽語法の集大成である。

小澤征爾がRCAへ録音した最も初期のものの一つであるが、奇を衒うこともなく非常にオーソドックスで、しかも優れた名演奏を残している。

このレコードには若き日の小澤のダイナミックで官能的でしかも精緻な音楽的特質がよくあらわされている。

小澤はこの曲の日本初演を行ったことからもわかるとおり、曲の隅々まで精通して作曲者メシアンの厚い信頼を得ての録音である。

トロント交響楽団も実力を出しきっており、第5楽章の<星の血の歓喜>の困難なパッセージや、第6楽章の<愛の眠りの園>における天国的な旋律の歌い方なども大変秀逸である。

イヴォンヌ・ロリオのピアノが大変みずみずしく、またジャンヌ・ロリオのオンド・マルトゥノの音も存在感が溢れるよう録音されている。

メシアンと小澤の信頼関係は、メシアンの晩年まで続いた。

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classicalmusic at 04:51コメント(0)トラックバック(0)メシアン小澤 征爾 

2008年07月03日


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1979年に行われたボストンでのライヴ録音だが、小澤の成熟ぶりが感じられるすぐれた演奏である。

小澤の「グレの歌」は、ブーレーズに比べるといくぶん速めのテンポ設定で、トリスタン的世界から離れて爽やかな情感の世界を描き出す。

世紀末的な耽美主義に的を絞った演奏で、重厚かつ色彩的だが、むしろ醒めているところがヤコブセンの詩の世界に近づいている。

ブーレーズが、鋭く楽曲を分析しているのに対して、小澤はより自由にこの作品をとらえ、生き生きと表現しているところがよい。

全体に若々しい気分にあふれ、詩情も豊かである。

彼の良さは音楽を分析的に見ることなく全身で受け止めている点にある。全身的共感が健やかなかたちで聴き手の心を開かせている。

こまやかな明るいきらめきにも欠けず、そこから漂い出るロマンティシズムのほのかな香りも聴きものだ。

ことに、後半にかけて熱っぽく盛り上げていくその設計は、小澤のこの作品に対する深い共感を物語っている。

独唱者もヴァルデマルのマクラッケンが特に良い。

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classicalmusic at 01:19コメント(0)トラックバック(0)シェーンベルク小澤 征爾 

2008年07月02日


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インバルのフランクフルト放送響常任指揮者退任コンサートと並行して録音されたもの。

これを聴くとブーレーズもロマンティック。ブーレーズの新ウィーン楽派演奏は表現主義がロマン主義を内包しつつそれを論理で分節したものであったことを明らかにしたが、この演奏は、そんな同時代的問題意識からも解放されて客観的な世界をつくる。

だが劇性も豊か。数ある録音の中でも、最も熱さを感じさせるインバルの「グレの歌」だ。

インバルは、この作品のあるべき姿を赤裸々に描き出す。巨大な容量と繊細なディティールを同時に満たしてしまうような貪欲な演奏を実現させている。

「山鳩の歌」の前の間奏曲や、第3部の「荒々しき狩り」の白熱的燃焼などでは、オーケストラ全員がひとつのうねりに向かって突き進み、昇華していくさまが手にとるように熱く伝わってくる。

独唱陣には多少の難点はあるものの、合唱の絢爛とした充実には、それを吹き飛ばしてしまうだけの凄さがある。

マーラーとブルックナー演奏で一時代を築き上げたインバル&フランクフルト放送交響楽団の最後のコンサートがまさに同作品だったが、本盤は彼らの集大成的な録音としても凄味がある。

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2008年07月01日


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同曲の初演翌年(1963年)に録音されたもので、ブリテンの代表作の、作曲者自身の指揮による歴史的演奏である。

名曲ゆえに世界各地で演奏され録音も少なくないが、初演当時の熱気を収めた作曲者指揮の録音は、ドキュメンタリーとして貴重なだけにどんな名演奏が現れても存在価値を失わない。

文字通り渾身の力をこめた凄まじい迫力をもった演奏で、ブリテンがこの作品にこめた死者への鎮魂と平和への祈念の深さは、聴く者の心を打たずにはおかない。

ブリテンが作曲にあたって想定したが、初演の時には揃わなかった、英・独・ソの3人のソリスト(ピアーズ、フィッシャー=ディースカウ、ヴィシネフスカヤ)の、緊張とドラマにあふれた熱い歌が感動をよぶ。

誠実さを絵に描いたようなブリテンの指揮も音楽の訴えかけるメッセージを聴き手に伝えてくれる。

敵同士の魂が「さぁ、みんな眠ろう」と静かに歌い出す最後のくだりは、天使の声を象徴するような児童合唱の歌声とともに、胸を締めつけられながらも自らの魂が救済されるかのようで、最も感動的な部分だ。

歴史に残る名盤のCDとしての復活には大きな意義がある。

ちなみに根っからの人道主義者のブリテンは、第2次世界大戦の際にも兵役を自ら拒否した反戦主義者でもあった。

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