2008年10月

2008年10月31日


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ハンス・ロスバウトに注目することになったのはマーラー・マニアの友人が持ってきたこの「夜の歌」を聴いてからだ。

オーケストラはバーデン・バーデンの南西ドイツ放送交響楽団。

ロスバウトはこの放送オーケストラに大きく貢献し、現在この放送局の公開用音楽スタジオには彼の名前が冠されている。

「夜の歌」は、思弁的な情念の塗り込めや色濃い感情流出を排した、すっきりとした、曲のテクスチュアがくっきり浮かび上がるような演奏である。

マーラーを後ろ向きに、つまり後期ロマン派の方に引っぱるのではなく、前向きに、つまり新ウィーン楽派から戦後の音楽まで<新しい音楽>の演奏に重要な足跡を残した指揮者であるのだが、そうした先入観も多少影響してか、もしかしてマーラー演奏を録音せずに世を去ったウェーベルンが「夜の歌」を振ったとしたら、こんなふうだったのではないだろうか、とも思えてくる。

いずれにせよ、「夜の歌」の隠れた名盤であり、最近それが簡単に入手できるようになったことは嬉しい。

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2008年10月30日


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クリップスの音楽の資質については、しばしば、ウィーン・フィルとの相性の良さや、モーツァルトの演奏での自在さが指摘されるが、それは、一つのことを別の角度から述べていることなのだ。

クリップスには天性の天衣無縫さといったものがあって、その邪心のない音楽の瑞々しさは、きわめて貴重なものといえるだろう。

こうしたクリップスの持ち味は、ロンドン響、コンセルトヘボウ管など、アンサンブルの整ったオーケストラとのハイドン、モーツァルトなどの古典派音楽で、大きな成果をあげている。

特にコンセルトヘボウ管とのモーツァルトの20番以降の交響曲全曲録音は偉業の一つだ。

ウィーン・フィルとは、モーツァルト「後宮」(モノラル・ステレオ2種ある)、「ドン・ジョヴァンニ」などのオペラが、この指揮者がウィーンでどれほど皆に慕われていたかが納得できるような名演だ。

中でもチャイコフスキーの「第5」は、そうしたクリップスが相性の良いウィーン・フィルから、楽員たちの自発的な高揚を見事に引き出した、このオーケストラにとっても稀有な熱っぽい演奏で、特に終楽章の盛り上がりは、底力のある輝きに満ちた演奏だ。

ハイドンの交響曲も全編に音楽的愉悦感が満ちあふれた素晴らしい演奏で、機知やエスプリが浮かび上がり、快活な表現が音楽を生き生きとしたものにしている。

弦は艶やかで管も品がよく、ウィーン・フィルの個性がすべて美質となっているといっても過言ではない。

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2008年10月29日


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この作品にはそもそも、弦楽六重奏版と作曲者自身の改訂による弦楽合奏版があって、どちらかといえば、こまやかな内声の動きやモチーフの掛け合いがくっきりと浮かび上がる六重奏版の方がおもしろい。

この曲本来の音楽を最も精緻に美しく明らかにしているのは、オリジナルの弦楽六重奏版によるラサールSQ他の演奏というべきだろう。

濃密な陰影に満たされた「浄夜」だ。この作品のもつ後期ロマン主義の色濃い性格を見事に表出している。

ここには後期ロマン主義にふさわしい絶妙な色彩効果と蠱惑的な官能がある。その表現力は6人のアンサンブルとは思えないほどだ。

すみずみまで、まことにデリケートに透徹した表現を行き渡らせており、デーメルの詩がシェーンベルクの心にかき立てた世界を明晰に再構成して、しかもその雰囲気を見失っていない。

息苦しいほどの緊迫感から、この上なく慈愛に満ちた響きへ、そして陶酔感あふれる美しい瞬間の数々……、ラサールSQ他の弦楽六重奏の演奏は、濃厚なロマンティシズムに彩られた、このシェーンベルク初期の傑作を、実にドラマティックに聴かせてくれる。

テンポの自在な伸縮とやや強調されたニュアンス、そして艶のある響きがいい。

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classicalmusic at 05:41コメント(0)トラックバック(0)シェーンベルク 

2008年10月28日


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ここにおけるリヒテルの演奏は、彼がまさに巨匠ピアニストであることを知らしめる名演のひとつである。

シューマンの音楽が内在する躁と鬱の調和的融合を目指して成功しており、男性的な力動感にあふれ緊張の糸が途切れることがない一方、柔軟さとやさしさを失わず、シューマンの複雑なコンプレックスを見事に描き出している。

特に「幻想曲」では、聴き手を身ぶるいさせるような緊張感が持続するなかで、ドラマティックでスケールの大きな音楽が繰り広げられる。

骨太な作りと深々とした響きをもって進んでゆくその演奏は、表情に多彩な変化をみせ、ファンタジーにあふれている。

いかにもリヒテルらしい骨太のしっかりした音楽だが、そうした枠組の中でシューマンらしいファンタジーが沸き立つ。

その構成感とファンタジーの兼ね合いのバランスが実に見事で、表現を底から支える意志の存在が力強く感じられる演奏だ。

その手綱さばきは当然したたかな読みがあるのだが、それを全く感じさせない、いかにも男性的なシューマンである。

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2008年10月27日


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ルービンシュタインは、「謝肉祭」をファンタジー豊かに歌い上げている。

軽やかに刻まれるリズムの上に繰り広げられてゆく多彩でロマンティックな幻想は、活気にあふれており実に楽しい。

全体に、この作品の特徴である標題的な音楽性を存分に生かしたもので、完璧な技巧を駆使しながら、各曲を巧みに描出している。

シューマンの音楽のもつファンタスティックな気分を、十全に表しているのが素敵だ。

まず12曲目の「ショパン」を聴いてほしい。さすがに"ショパン弾き"のルービンシュタインならではの、見事なノクターンだ。

「ショパン」のほかでは、「前口上」「オイゼビウス」「フィリスティンたちを討つダヴィッド同盟の行進曲」などがよい出来だ。

「幻想小曲集」には行動するシューマンが表れる。その対比の妙はさすがというほかはない。

その間の取り方のうまさと、強弱、起伏のつけ方のうまさは、絶妙といってよく、まさに宝石のような輝きをもった名演奏だ。

第7曲「夢のもつれ」の主部でみせた軽妙さ、華やかさは、根っからのテクニシャンのみに許されたものだ。

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2008年10月26日


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この曲の場合、第1楽章は素晴らしいのだけど、続く2つの楽章が今一つ第1楽章の鮮烈なインパクトゆえに多くのピアニストはここで燃焼しつくしてしまうのだろうか。

その上壮大な作りが要求される第2楽章と静謐感と詩情の漂う第3楽章が続くという構成は確かに厄介なのかもしれない。

それでいて計算が先にたつと分別臭くなるし、そうなると詩情もなにもなくなって全体の鮮度が落ちて作品そのものが死んでしまう。

以上の問題を解消してなおのこと感銘を与えるものは…。

ホロヴィッツが12年間という沈黙を経てカーネギー・ホールでカムバックを遂げた、かの記念すべきライヴ。

スタジオ録音では味わえない迫真の演奏である。

冒頭から第3楽章の最後の闇に消えゆくアルペジオに至る全ての音が清流のように澄みきっている。

完璧な技巧に支えられた精緻な表現も素晴らしいが、その真剣勝負にも似た鋭い気迫には圧倒されてしまう。

ライヴでのミスもあるが、音楽のひらめきと、ファンタジーの飛翔、広がりに引き込まれる。

動きがあり、鋭敏でしなやか。そして細部まで響きを設計し、磨き上げた、ほとんど危ういような、特異の芸術だ。

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2008年10月25日


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1968年にカーネギー・ホールでテレビ放送を目的として行われた公開のリサイタルでの収録。

演奏活動に復帰してから3年、まだホロヴィッツが衰えをみせない時期の演奏である。

ここではホロヴィッツのテクニックはまだ衰えを見せておらず、しかも音楽表現については、いわゆるヴィルトゥオーゾ・スタイルから晩年の深く美の世界に沈潜する様式へと移り変わる過渡期にあり、そうした表現が技巧と一体となって極めて雄弁な演奏を作り上げている。

なかでも、磨き抜かれたバラード第1番、寒風が吹き荒ぶようなポロネーズ第5番など、それぞれの作品を語るうえで忘れることの出来ないもの。

得意とした2つのスカルラッティのソナタも聴きもの。

だが、注意深く聴くと冒頭のバラード第1番や夜想曲第15番、ポロネーズ第5番などで以前より強弱と緩急の対比が強調され、テンポの遅い静かな楽想をことさら入念に表出しようとしている印象を受ける。

耽美的な傾向をいっそう強める晩年のスタイルがみえはじめている。

そして、最後を自らの編曲したアンコール・ピースで閉じるという心憎い配慮がなされている。

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特にこだわりをもった聴き方をするのでなく、ベートーヴェンの第9交響曲の真価を、可能な限りそのままに感得しようとするなら、やはりどうしてもフルトヴェングラー盤とか、クレンペラー盤などの、往年の巨匠盤を第一に指折らねばならない。

これは、もうどうにもしようがないことだ。

高い理想をかかげ、それに向かって一途に進んでいくというこの曲のイデーは、現代の音楽家にとっていよいよ再現困難なものとなりつつある。

理想とか希望、向上心、自己否定、自己沈潜とか内省、形而上的なよろこび、勝利感など、かつて我々人間の心を占めていたものは、現在どこにいってしまったのだろうか。

この曲のことを考えると、改めてそうした要素を考えてしまう。

この曲がブームとなっている昨今、これを正しく聴くのも、再現するのもいよいよ困難となりつつある。

ベートーヴェンは、クレンペラーの個性が、ハイドンやモーツァルト以上に生きるレパートリーである。

ベートーヴェンが志向し続けた、より良きものへ、より高きものへの意志を、クレンペラーは、竹を割ったような率直さの中に、確然と表現するすべを知っている。

まったく純良な、気負いも誇張もない「第9」である。

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2008年10月24日


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大変美しいマーラーである。

カラヤンはベルリン・フィルの実力と自分の音楽性および表現力に完全な自信をもち、それをマーラーのスコアの上に存分に羽ばたかせている。

音色の彩やかさ、呆れるほど明るい美音、各楽器の遠近法の見事さ、ともかく世界最高のオーケストラの技術の粋を傾け尽した演奏である。

むずかしいことをいわずに、音の洪水に身を浸していれば実に快い。

歌曲でのルートヴィヒの名唱も聴きものだ。

深々とした暗い声質のルートヴィヒが、情感豊かにゆったりと歌いあげている。

カラヤンとベルリン・フィルの伴奏も大きな魅力で、彼女をあたたかく包み込むように、陶酔的な響きで、精妙な音楽をつくりあげているのがよい。

ことに「亡き児」はフェリアーの歌唱に匹敵するような名唱だ。

「リュッケルト」も理想的な名演で、内面を深く掘り下げたルートヴィヒの名唱も素晴らしいが、カラヤンの卓抜なバックにも驚かされる。

この曲の中にはマーラーの特徴の一つである東洋的な空間概念の音楽による表現を要求しているものがあるが、その意味でもこの演奏は見逃すことができない。

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2008年10月23日


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同曲は、変奏のフモールと奇怪さ、独自性と多様さはまさに変奏曲の最高峰といえるもので、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」とともに、古今の変奏曲の中の傑作といわれている。

ゼルキンは「ディアベッリ変奏曲」をアンコールで全曲演奏したというエピソードを持つが、レコードはこれが唯一のものである。

この大曲に真正面から対峙したゼルキンの激しい気迫をみなぎらせた演奏は、作品全体の構造も明確であり、各変奏の性格も鮮明に表現している。

半ば諧謔的な誇張を通して、生き生きとした表情をもって描かれているし、カリカチュアを思わせる威風堂々とした第1変奏に続いて、第2変奏でゼルキンは鍵盤上で軽やかなおしゃべりを楽しむ。

全てが現世的な生気にあふれていて、ダイナミックで溌剌としている。

モノ録音とはいえ、表面だけを飾ろうとせず、音楽の核心に迫ろうとする毅然とした姿勢が熱く伝わってくる演奏である。

こうした比較的遅めのテンポといささか直截的な表現は、当時(1957年)のゼルキンにしばしば見られるものだ。

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「新世界より」は若き日のケルテスが初めてウィーン・フィルを振った記念すべき録音。

まさに痛快といっていい演奏だ。

ヴェテラン揃いのオーケストラを自在にあやつり、みずみずしい感興を随所に発散している。

長らく「新世界より」の決定盤とされてきたものだが、改めて聴いても、申し分ない演奏だ。

録音は古くなったが、聴き返すたびに演出のうまさとそれを裏付けるロマンディックな詩情、またマジャールの血が騒ぐとでも言えそうな活気あふれるリズム感などに魅せられる。

後半の乗りに乗った音楽の流れとその勢いは、ちょっと比べるものがないほどだ。

ケルテスの指揮が素晴らしいのは、若々しい推進力を持ちながら、堂々とした大家の片鱗を見せているところである。

32歳の若さでウィーン・フィルをこれだけ御すのだから驚く。

オーケストラを目いっぱい鳴らしつつ、少しの粗さもなく、響きは豊かさの極みであり、旋律は心ゆくまで歌われ、曲想によるテンポの動きはずいぶん大きいのに自然さを失わない。

ウィーン・フィルも、心に絡みついてくるようなヴァイオリン、深々とした低弦、どんなフォルテでも耳に優しい金管群などをもって、若きケルテスの棒に見事に応えている。

ケルテスを語るときには忘れることができない1枚。

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classicalmusic at 07:40コメント(0)トラックバック(0)ドヴォルザークケルテス 

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アーノンクールによる当曲集の初録音。録音途中でシェフトラインが亡くなったため完成が遅れていたものである。他にも一部メンバーの移動はあるが、イギリスを含めオリジナル楽器の名演奏家が集められている。

生き生きとしたリズムに支えられ、新鮮な感動と喜びにあふれたテレマンを作り出している。

テンポも妥当であり、ひとつひとつの音がそれぞれの意味あいをもって流れてゆく。

一時代のアーノンクールの演奏につきまといがちであった、あの粗くて不自然なアクセントはすっかり影をひそめ、すべては自然に自由に、そして自在に営まれている。

アーノンクールとしては案外普通の演奏に落ち着いているのはむしろ曲のせいもあろう。

強烈なインパクトを与える種の音楽ではないにしても、拍子抜けの感もある。

ほとんどメンバーにまかせたような、自然で豊かな音楽の流れになっている。

もちろん各楽器の奏者たちの独奏には出色のものがある。

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classicalmusic at 00:02コメント(0)トラックバック(0)アーノンクール 

2008年10月22日


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ギボンズはミズーリ州生まれのアメリカの奏者。シンシナティ音楽院とニュー・イングランド音楽院に学んだ後、レオンハルトに師事している。これがデビュー盤だった。

ソリストのギボンズはレオンハルトに学んだチェンバロ奏者で、ここではアントン・ワルターが制作したハンマークラヴィーアを復元したものを弾いている。

オリジナル楽器も複数の録音があるが、その中ではギボンズ盤を選びたい。アゴーギグを細かく動かし過ぎの部分もあるが、全体としては現時点のベストだろう。

それにしても同じA・ワルター製(モデルの製作年代は15年異なるが)のコピーを使用しながら、ビルソン盤とは音が大きく異なるのが面白い。

オリジナル楽器によったオーケストラがことに、予想を遥かに超える激情の振幅と滋味を深く表現していて圧巻である。

フォルテピアノはそれに対して鮮明でクッキリとした対比を作って聴かせるが、これがより鋭い切れ込みを示したら、という面も若干残している。

第20番ではオリジナル楽器の低いピッチが響きに落ち着きを与えている。

ブリュッヘンはテンポをやや遅めに設定し、力強いリズムと明確なアーティキュレーションで演奏を進めている。

第24番は情感豊かな演奏で、ギボンズの緊張感ある音が木管の音色と美しく溶け合っている。

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classicalmusic at 06:26コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトブリュッヘン 

2008年10月21日


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1985年にミラノで結成されたアントニーニ率いるイル・ジャルディーノ・アルモニコの斬新な演奏により、オリジナル楽器演奏も新しい時代を迎えていることを知った。

ピリオド楽器の演奏も随分変わってきているが、1990年代からはいい意味での古楽器の先進国イタリア勢がドーッと出てきて面白い。

このブランデンブルグ協奏曲もまた、野趣豊かな管楽器の音色がとても魅力的な第1番をはじめ、どの曲にも新鮮な魅力があふれている。

溌剌とした生気に富むリズムと多様な響きが素晴らしく、バッハが1曲ごとに趣向を凝らした6曲の特徴を鮮明に表現しているだけでなく、高度な技巧と表現力とともに、演奏する喜びが生き生きと伝わってくるのも素晴らしい。

精緻な幾何学模様に真っ直ぐに情動を乗せていく整然とスタティックなバッハではない。

各声部が撚り合わされ組んず解れつ絡み合ってタペストリーよろしく響きの色合いを移ろわせていく謂わば道草のバッハ。

細心かつヴィヴィッドに耳に働かせた破顔の快演である。

こういうイタリア系の新しい演奏を聴いていると、古楽器だからというよりは、演奏すること自体が実に楽しいんだということに気づかせてくれる、そういう喜びを感じる。

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classicalmusic at 20:36コメント(2)トラックバック(0)バッハ 

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フルトヴェングラーはブラ3をスタジオ録音していない。ライヴは他に2種あるが、この49年盤がフルトヴェングラーの本質ともいえる劇性をくまなく表した演奏だ。

鮮烈な名演で、冒頭から緊迫した生命力が湧き出してくる。とにかく大胆なアゴーギクによって情熱的で共感の限りを表明している。

フルトヴェングラーのスケールの大きな表現はこの曲の男性的な力強い想念をあますところなく表現しつくしている。

特に第2楽章のしみじみと語りかけるような表現と終楽章の悲劇的にさえ感じられるような激しい感動の盛り上がりは心を強く揺り動かす。

速度の動きやこまやかな表情はすべて即興的に流れているので、決して理屈で割り切ることはできない。

きわめてロマンティックで、響きのすみずみまで深い思念と感情を浸透させることに成功しており、音の状態も比較的良好で、オーケストラの巧者ぶりがよく味わえる。

ライヴ盤は多いけれど、本盤のように音楽だけでなく、それが響いている全体の雰囲気といったものまでがくっきりと手にとるようにわかる演奏は珍しい。

その表現力の凄さは、あたかもマジックであるかのように思えるし、聴き手に強い印象を与えずにはおかないだろう。

「ハイドン変奏曲」の方は、内部と外部が美しく調和した好演。

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2008年10月20日


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ホロヴィッツがRCAに録音したリストを集めたもので、ホロヴィッツの弾くリストの凄まじさを目のあたりにできるアルバムである。

ホロヴィッツが最も面目躍如としていた「メフィスト・ワルツ」は、人間を嘲笑するかのようなこの作品にホロヴィッツぶしを交えつつ、躍動的に、華麗に演奏していて、凄まじいの一語につきる。

またソナタでも、緩急自在の呼吸が鮮やかで、実に豊かな表情を見せ、ホロヴィッツの巨匠ぶりを伝えている。

「あらゆる概念を超えて、美しく、好ましく、深刻で気高い」とワーグナーが評したとおりを、見事に再現した演奏である。

1977年、ホロヴィッツ73歳の時のライヴ録音だが、その超絶的なテクニックは相変わらず凄い。

しかも、スケールが大きく、すこぶる音楽性の高い表現となっているあたりは、この人ならではのものだ。

リストがこの曲に盛り込んだ詩的情緒を、きりりとした緊張感をもって弾きあげている。

ボレットのヴィルトゥオジティが19世紀型なら、ホロヴィッツは20世紀型のヴィルトゥオーゾだ。

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classicalmusic at 20:32コメント(0)トラックバック(0)リストホロヴィッツ 

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指揮者の個性が非常に良く出た演奏である。

特に第4番はやや特殊的にすぎると思えるほどフルトヴェングラーの"作品"になっている。

第1楽章の序奏部と主部への移行はまことに絶妙。第2楽章のゆったりとしたロマン的な美の世界も、深い呼吸がすみずみにまでただよっている。

フルトヴェングラーを求めないひとには奇異に感じられようがファンにはたまらない魅力である。

第1番も細部の表情が独特である。

フルトヴェングラーは第2,8番共についにスタジオ録音せず、これは共にライヴ録音。

第2番は、永い間フルトヴェングラーの指揮による録音は存在しない、とされていたものなので、記録的価値が高く、演奏も彫りが深い。

ただ、1948年のアセテート盤からの復刻であるこのCDは、録音状態に関しては良いとはいえない。

ストックホルムでの第8番は、キリリと引き締まった表情が、この作品のもつ内的緊張をよく表している。

それに、こちらは音質的にも、鑑賞に耐える水準にどうにか達している。

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2008年10月19日


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19歳で初めて「椿姫」を指揮したというトスカニーニが、プロフェッショナルとして最後に取り組んだ「椿姫」である。

音楽というのは、その曲についてであれ、演奏についてであれ、出会いのしかたで印象がかなり違ってしまう。

この「椿姫」など、トスカニーニも歌手もガチガチに硬くなってしまった本番の演奏(RCA盤)のゲネ・プロの演奏を聴けることは幸いであった。

軽やかさ、響きの立体感、躍動、いずれも本番には聴けないものだからである。

トスカニーニのリハーサルはその激怒ぶりだけが有名だが、演奏者たちにとって、しばしば本番以上の充実感を得られるものだったという。このゲネ・プロはまさにその実例。

ここには美しい歌声と涙を誘うストーリーとしう表層的な魅力ではなく、声と音楽そして劇的な力を調和させて、力強くドラマティックなオペラの真髄を求めるトスカニーニの、果敢な気迫がもたらす感動が溢れている。

自分が熱望する表現を求めて、彼は全曲を通じて自分自身も声を出して歌いづめで、その声は時にアリアを歌う歌手より大きく聴こえたりする。

ハーヴェイ・ザックスが「『椿姫』はトスカニーニにとって彼の時代のオペラであり、現代的な芝居だった」と言う通り、生きた血の通う刺激的な名演奏だ。

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classicalmusic at 21:32コメント(0)トラックバック(0)トスカニーニヴェルディ 

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いつまでたってもポピュラーでメジャーな作品にはならないのだが、私自身、ダンディの「フランスの山人による交響曲」が以前から大好きで、今でもしばしばディスクをとり出して聴く機会は多い。

そしてそうした折りに聴きたくなるのは、今ではすっかり古い録音(1958年)になってしまったミュンシュ盤で、私とのつきあいもずいぶん長い。

それでも、この演奏は汲めども尽きないような魅力をもっている。

線の太い音楽性で、あまり細工を弄するような傾向はないのだけれども、親しみ深い情感がいつとはなしに寄りそってくるようで、自然にひきこまれてしまう。

ミュンシュの人柄から来るマジックなのかもしれない

オイストラフを独奏に迎えたショーソンの「詩曲」も素晴らしい曲である。

神秘的で美しい序奏をバックにヴァイオリンが瞑想的な主題を奏でる出だしから、純化された魂の昂揚への展開に至るまでのショーソンの天才が余すところなく示されており、およそヴァイオリンのために書かれた作品の中で最も美しいものの一つといっても過言ではない。

オイストラフのヴァイオリンには、スコアの検討による曲の解釈ではなく、純化された魂がつくりだす作品との一体化によってのみ生み出すことのできるパッションがある。

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classicalmusic at 06:17コメント(0)トラックバック(0)ミュンシュ 

2008年10月18日


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幾度聴いても、この「グラゴル・ミサ」は真の傑作だとつくづく思う。何故もっと広く聴かれないのか、不思議に感じてしまうほどだ。

確かに、実際の演奏会でこの大曲を取り上げるのは何かと大変であろうが、そのためにもこうしたディスクなどはあるのに……。

これまでに聴いたこの曲のディスクはいずれも聴きどころをもったものばかりであったが、まず最初に紹介したいのはロンドン響、他を指揮したT・トーマス盤である。

スラヴ的な色彩が遠のいて、都会的洗練に傾いていることを前提とすれば、非常な好演だ。

T・トーマスは誰にでもアピールする演奏を心掛けており、「サンクトゥス」のデリケートな肌触りなど心憎い出来映えだし、「アニュス・デイ」の合唱も絶妙なピアニッシモを聴かせ、音楽の中から民族性を濾過し、普遍的なヤナーチェクを描き出している。

民族色より現代色が優先している演奏だが、独唱・合唱を含めたアンサンブルは実に見事だ。

もうひとつ、チェコの演奏家から選ぶとすれば、チェコ・フィル、他を指揮したアンチェル盤が立派な演奏内容である。

それぞれの要素が充分に手のうちに入っており、安定感のある演奏となっている。

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classicalmusic at 12:18コメント(0)トラックバック(0)ヤナーチェク 

2008年10月17日


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実に個性的で劇的な起伏にとんだアーノンクール盤は、最初の1曲を聴き始めたら、予期できない表現の多様、多彩さへの興味に引きづられて作品6の全12曲を立て続けに聴き通したくなる活力にとんでいる。

第10番や第12番の第1楽章のスタッカートなど凄まじいばかりだ。

その意志的な解釈は多少強引に聴き手を引き回す面もあり、よく言われる「大らかでのびやかなヘンデル像」とは異なったものだが、強靭な説得力には抵抗できない魅力がある。

コンチェルティーノ(独奏群)をややエコー気味に扱ってリピエーノと対照させた効果も興味深い。

バロック芸術の本質にある絶えざる変化、力動性、対照、遠近感、といった要素を、アーノンクールが現代化してみせる。

この演奏にみられる演技性を、正面からとらえてみなければ、バロック理解は表層的なものになるであろう。

作品3でも、かなり大胆な発想が随所に見られ、大らかで楽天的なヘンデル像とは一歩違った別の顔を見せてくれる。

バッハが多種多様の演奏形態に耐え得るように、ヘンデルもまた、こうした演奏を許容する大きさをもっているのだ。

アーノンクールの個性とアクの強さは、ここでは好ましい方向に出ていよう。

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classicalmusic at 22:53コメント(0)トラックバック(0)ヘンデルアーノンクール 

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1987年、多発性硬化症という難病のため、42歳の若さで亡くなった不世出の女性チェリスト、デュ・プレの貴重な遺産である。

彼女が演奏活動していた時期というのは、10代の半ばからわずか10年ほどの間にすぎなかったが、その間に多くの曲をレコーディングしている。

それは、あたかも自らの病を予期したかのような精力的なもので、なにか痛ましい感じがする。

このボッケリーニの演奏は、そうした彼女のベストともいえるディスクで、すこぶるスケールが大きく、のびやかな演奏となっている。

女流らしい繊細さと、"歌心"にあふれた旋律の美しさ、そして、緩急の起伏を大きくとったダイナミックな表情づけ、これほどこの作品の魅力を最大限に引き出した人というのも、少ない。

また、このレコーディングのあとすぐ結婚するバレンポイムの伴奏ものびのびとして豊か。

ハイドンは、優美、繊細さの中の表情の多彩さがさすが。ハイドンの古典的品格をとらえた、スケールの大きな演奏だ。

1音ごとにニュアンスを変え、機械的なスケールさえ魅惑の限りを尽くし、音楽をあらゆる部分が歌っている。

バルビローリのバックも、デュ・プレを支えて好演。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(1)デュ・プレハイドン 

2008年10月16日


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クレーメル盤は初演の際の室内楽版による演奏で、ピアノにアルゲリッチ、フレイレ、ヴィオラにT・ツィンマーマン、チェロにマイスキーといったように超豪華なメンバーを集めたものだ。

そして演奏それ自体も、各演奏家の自発性が生かされた即興性のあふれるもので、こうした作品ならではの音楽の楽しみを、リラックスした中で満喫させてくれる。

管弦楽版を含めて、これほど鮮やかで洒落ていて、楽しい演奏はないといってよいし、その違いは第1曲<序奏>のピアノのトレモロを聴いただけですぐにお判り頂けるだろう。

一人一人が存分に自分を主張して遊んでいるが、さすがは名手揃いで、その表現とアンサンブルは舌を巻くほどに見事にきまっているし、抜群の描写力もある。

また透明な美しさの中にさりげないユーモアが漂うのも耳に快い。

この作品が秘めているユーモラスな側面から、シニカルな側面、情感豊かな側面まで、すべてを余裕をもってカヴァーしきっており、間然としたところがない。

クレーメルの見事な"語り"も聴きものである。

この作品の真価を聴き知るうえで、まずは不足のない出来ばえといえよう。

他の3曲はソロと語りもので、リドの作品ではクレーメルの名人芸に接することができ、メシュヴィッツの作品ではユーモアが味わえる。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)サン=サーンスアルゲリッチ 

2008年10月15日


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実のところを言うと、シューマンの歌曲集のうちで「女の愛と生涯」は私がちょっと苦手としているものである。

「愛と生涯」とは言うが、その推移や進行があまりにも速く、また人生を区切る出来事がパターン化しているように感じられてならないからである。

熱狂的な愛(第3曲)や婚礼に弾む心(第5曲)を高らかに歌い過ぎると、わずかそこから3曲あとの夫の死の悲痛さが、あまりにも唐突なものに聞こえてしまう。

だから私には、各曲に思いを込めすぎずにその凹凸をなだらかに歌いながら、心の奥の情感を適切に表現した歌が好ましく感じられる。

しっとりと落ち着いた歌での白井の歌は、その方向で私を満足させてくれる。

日本人のドイツ・リート歌手として、白井はドイツ人以上の深い内容を歌い出し得る人だ。

また日本人独特のこまやかな感覚で受けとめられたシューマンは、それまでのヨーロッパになかった"うたのいのち"を語り出したのである。

若い女性が主人公だとはいえ、深い悲しみを体験したひとの想いが曲の初めへと廻る様子が素敵だ。

「女の愛と生涯」「リーダークライス」において、白井はシューマネスクな世界を十全に展開し、シューマンゆかりのツヴィカウ市よりロベルト・シューマン賞を受けるだけの実力のほどを示している。

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classicalmusic at 03:45コメント(0)トラックバック(0)シューマン 

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アルプス交響曲は、登山の一日を描写する内容を持っている。そのため"頂上"など中間部に最大のクライマックスがある。

しかし、それは飽くまで音量的な盛り上がりであって、内容的には"日没"以下の後半が真のクライマックスと言える。

その点に加え全体が単なるパノラマ的描写だけではなく、純粋な音の組み立てのドラマとして如何に再現されているかも選ぶポイントとしたい。

ブロムシュテットの演奏は地味ながら強固な力感と、必要にして十分な緊張感をもって作品の本質に迫る。

ブロムシュテット盤のサンフランシスコ交響楽団は優秀で、その抜けの良い響きがブロムシュテットの引き締まった解釈と相まって、彫りの深い充実した演奏を生んでいる。

「アルプス交響曲」は膨大な編成によるオーケストレーションを見事に整理した上で、ふくよかさと明晰な響きを両立させ、ディティールを入念に表出している。

サウンド志向の人も満足させる実に豊麗な音質も特筆もの。

「ドン・ファン」も作品ののびやかさと音の繊細な効果をよく表現しており、劇的な力感も強い。

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classicalmusic at 02:54コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスブロムシュテット 

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1991年6月22日、ナチスのソ連進攻50周年記念日にライプツィヒで開かれた反戦記念演奏会でのライヴ録音。

オーケストラは独露の合同メンバーで結成されている。

ドイツの若者とモスクワのヴェテラン奏者が、互いのこだわりを捨てて共演したこの演奏には、深い感動が込められている。

決して声高になることなく、静かに悲劇性を描くのはこの作品の本質と触れ合っているためだろう。この長大な作品を短く感じさせる。

第1楽章の「戦争の主題」ひとつとっても、威圧的だけでないアイロニーが込められているし、同じ主題のしつこい反復を短く感じさせるほど音楽的だ。

第2楽章も清澄・純粋な美感にあふれている。

しかし圧巻は第3楽章で、作曲者の室内楽的な本質を知りつくした詩的とさえいえる表現で、作品の悲劇的な性格を抉る。

終楽章のクライマックスも感動的だ。

特殊な状況も含め感動を誘う名演である。

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classicalmusic at 00:01コメント(0)トラックバック(0)ショスタコーヴィチ 

2008年10月14日


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スクリャービンのソナタを得意とするだけに、アシュケナージの演奏は表現意欲を前面に打ち出した緊迫感に富んでいる。

作品のロシア的性格を、ドイツ風の堅固さをもって表出した演奏で、すこぶる構築的で響きが暗く、集中力が強い。

ややほの暗い響きにテクチュアが埋もれているきらいはあるが、壮大で迫力に富む。

そして堅固なまでに引き締まった造形のうちに、ほとんど忘我に近い高揚した世界を開示していく。

この見事な劇的な展開に加え、華麗な音色の魅力も特筆できよう。

「神聖な詩」は旋律線が明快で、リズムの処理も絶妙、劇性が自然に表されるのもよい。

「法悦の詩」も激しい表現意欲を率直に示した演奏で、鮮やかな音彩と独自の主張と個性をもった、スクリャービンの本質と触れ合った素晴らしい表現である。

小品「夢」も歌心がよく表されていて美しい。

ピアノ協奏曲は若きスクリャービンの詩情を見事にとらえた演奏だ。ソロはフレッシュなセンスと輝かしいテクニックの冴えに支えられて、透明な情感と音色も豊かに紡ぎ出している。

オケが奏でる夢見るような歌も最高だ。

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classicalmusic at 04:11コメント(0)トラックバック(0)アシュケナージ 

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レコード史上初のブルックナー全集である。

ヨッフムはドレスデン国立管と2度目の全集を録音したし、十八番のブルックナーということで、円熟期から最晩年までのライヴ録音も数限りなくCD化されているので、この「全集」の影も薄くなった感は否めない。

しかし、ライヴにはない正規録音の折り目正しさは捨てがたい魅力であるし、何より素晴らしい録音と演奏によって末永く記憶されるべきスタンダードに間違いない。

中でも「第7」の深い美しさは格別の感銘を与えてくれる。すでにヨッフム晩年を予兆させる巨匠の演奏ぶりである。

体調、健康状態によって、時に中庸、穏健なだけの演奏も残したヨッフムだが、この「第7」においては気力充実した絶好調のヨッフムの姿を示している。

殊に第2楽章の厳粛な美しさは、いまだに聴くたびに感動を新たにしてくれる。

マイナーな「第1」「第2」「第6」も文句なしに素晴らしい。

前二者における伸びやかさと響きの開放感はブルックナー初期作品を聴く喜びに満ちている。

「第6」では、第1楽章の弦の弾き込みの深さと剛毅なサウンドに打たれる。緩徐楽章の祈りの深さも絶品だ。

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classicalmusic at 03:24コメント(0)トラックバック(0)ブルックナーヨッフム 

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シューマンの方を一層高く評価したい。ウィーンのムジークフェライン・ザールでのライヴ録音で、すこぶる気迫と熱気にみちた演奏だ。

この曲は、シューマンが精神病で亡くなる3年前の作品だけに、暗く絶望的なかげりをもっているが、そうした内容を実に見事に引き出した演奏である。

マイスキーは作品を完全に集中に収め、自由な流れをもって息づくように歌わせており、晩年のシューマンの心情をよく描き出している。

また、剛直でシンフォニックな力感にあふれているのが特徴となっている。

バーンスタインも、華やかな音楽のなかにひそむ、一抹の憂愁を、絶妙な棒で表出している。

ドヴォルザークは冒頭からテンポが異常に遅い。バーンスタインの感情移入の激しさは表情を濃厚にし、スケールが大きく重量感のある演奏に結実した。

マイスキーもバーンスタインに触発されてか、いつもより感情移入が激しいがナーヴァスにはならず、むしろ感情を深く沈潜させており、濃厚な陰影を宿している。

マイスキーはヴィブラートの充分かかった艶のある音と豊かな表現で演奏しており、音色と表情の変化も説得力に富んでいる。

その語り口は粘液質だが、表現しているところは充分に深い。

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classicalmusic at 03:05コメント(0)トラックバック(0)マイスキーバーンスタイン 

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これは1970年に46歳の若さで亡くなったフランスの名ピアニストで、ショパンを得意としていたフランソワの代表的録音である。

彼は"幻想のピアニスト"と呼ばれていたように、芸術家肌をもったやや異常気質ともいえる人だった。

彼のそうした特性がここにも存分に表れており、多彩なニュアンスで美しく聴かせる演奏である。

なかなか奔放な感性に貫かれており、振幅の大きい表現が聴かれるが、その表情はあくまで洗練味を宿していて魅力的である。

テンポを自在に動かしながら、作品のロマンティックな性格を実によく表出している。

2曲とも素晴らしいが、特に第2番などは、第2楽章の何とも曲折の多い情感豊かな音楽に強く魅せられる。センスがよく美しい仕上がりだ。

ニュアンスのすこぶるこまやかな演奏で、音楽の内面に深く沈潜して、感興のおもむくまま、この人ならではの呼吸で弾きあげている。

第1番も淡い夢や豊かな雰囲気に満ち、洒落た味わいとニュアンスが抜群だ。

ショパンの音楽のもつ、甘く、暗い情熱が前面に押し出されているのが特徴で、ことに第1、2楽章は素敵だ。

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classicalmusic at 01:46コメント(0)トラックバック(0)ショパンフランソワ 

2008年10月13日


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バッハ「フーガの技法」は作曲者による楽器指定がないため、さまざまな編成での演奏が試みられており、それぞれに独自の味わいがある。

この曲をさまざまな演奏形態で聴くたびに、バッハは本当にこれを演奏するための作品として書いたのだろうか、という感じさえ受ける。

おそらくバッハ自身、楽器の指定をしなかったということが250年以上を経過した21世紀において、大きな話題となることなど考えてもみなかったことだろう。

いまわれわれが聴く演奏は、それぞれの演奏者(あるいは編曲者)による半ば創作といってもいいのかもしれない。

従ってここでは演奏をとやかく言う前に、どういう楽器で演奏するかといった問題が生じてくる。

ムジカ・アンティクヮ・ケルンの演奏はオリジナル楽器による室内楽版で、2つのチェンバロとヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという編成がとられている。

モノトーンな鍵盤楽器のみの演奏と、ともするとロマンティックに傾きがちなオーケストラ版の中間をいくもので、長大な全曲をこれらの楽器による多彩な組み合わせで楽しませてくれる。

曲順は1983年発表のG.バトラーによる論文を参照しており、未完のフーガは演奏していない。

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classicalmusic at 19:05コメント(0)トラックバック(0)バッハ 

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きわめて異質と思われるクレーメルとアーノンクールだが、解釈については意外なほど多くの接点を持っている。

クレーメルが「アーノンクールによって、正統的な解釈の面白さや大切さに開眼させられた」と語っているように、現代楽器によりながら、モーツァルトのユニークな劇的起伏を見事に再現した聴きものである。

一から十までアーノンクール色の強いモーツァルトだが、曲想とマッチしているせいか違和感を与えない。

第1番は、弦の音色が何とも鮮やかでフレッシュ、それにバロック風のホルンが加わり、音楽は驚くほど生き生きとモーツァルトの呼吸を刻み、切れ味鋭く進行する。

第2番の冒頭から、アーノンクールのリズムとアーティキュレーションは、意識してレガートを避け、あらゆる点で明確な表現を意図している。

クレーメルの演奏も、モーツァルトの演奏から純粋な音以外の一切を拒否しようとするかのような厳しい姿勢を見せる。

第3番はさながら新ウィーン楽派のモーツァルトで、クレーメルの神経が透けて見えるようだ。

第4番はさらに見事で、単に面白いだけに終わらず、立派な芸術の高みに達している。

第5番がことのほか素晴らしい。これほど抽象的な演奏も珍しいが、そのままの形でモーツァルトを伝えてくれる。

協奏交響曲はアーノンクールが主導権を握り、2人のソリストもチームの一員として組み入れられ、そのまとまりも見事だし、モーツァルトの魅力のすべてが示されている。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)クレーメルアーノンクール 

2008年10月12日


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「エニグマ」の14の変奏の謎解きは、作曲者の生前に完了し、エルガー自身の公認を得ているので、聴き手としてはプログラム(標題)を充分ふまえた上で聴かれることをお勧めしたい。

イギリスの音楽ファンは各変奏にまつわる謎解きを頭に入れているので、指揮者としてもアブストラクトに振る人はまずいない。

エルガーの管弦楽書法のうま味と標題が渾然一体となっている模範的名演がバルビローリ盤。

自国の音楽だけあって、バルビローリもオーケストラも自信と誇りをもって演奏している。

前身がチェリストであったバルビローリはヴァイオリンおよびヴィオラが自前の楽器だったエルガーの微妙な弦楽書法を心憎いまでに見事に表出していて余すところがない。

描かれている14人の人物の肖像が生きてくるのである。

劇性もあり、またふくよかで親しみやすい表情に満ちているのが味わい深い。

ただ、フィナーレの盛り上がりという点で、やや征服感に不足する部分があるのが残念だ。

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classicalmusic at 05:26コメント(0)トラックバック(0)エルガーバルビローリ 

2008年10月11日


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1989年1月にヴァントがアメリカ・デビューした際のコンサートのライヴ録音。ドイツ以外のオーケストラとの録音も確かこれが初めてだった。

演奏はなかなか個性的で、ヴァントの解釈の核心が見事に表明されている。

ヴァントはシカゴ響からドイツ的な響きを引き出しているが、ドイツ的とはいっても、むしろモダンなドイツであり、知的造形性が前面に出た演奏なのである。

全体にカッチリとばかりしているだけでなく、抒情性も充分に表現されている。

感情の推移に溺れることなく、感情を殺すこともない。ここにヴァントのバランス感覚のすぐれた部分がある。

そうしたヴァントの内的な成熟とシカゴ響の優秀な合奏力、そしてライヴによる心気高揚によって素晴らしい演奏が生まれた。

第1楽章からかなりテンポが速く、ヴァントらしい即物的な表現が、かえって凄いパワーを感じさせる。

第2楽章も歌謡性に情緒の潤いと厳しい音楽性が加わって、聴き手を引き付けずにはおかない。

フィナーレも圧巻で、意気軒昂、聴いていてこちらまで元気になるようなブラームスだ。

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classicalmusic at 08:28コメント(0)トラックバック(0)ブラームスヴァント 

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名曲だけに、さすがに多くのピアニストが録音しているが、この演奏は、独奏、指揮、オーケストラ、録音と、4拍子揃った名盤だ。

なかでも特筆すべきはブレンデルのピアノで、輝かしい音色で、しかも骨太の表現を行いながらも、音楽をよく流している。

「二短調」協奏曲はブラームスの初期の作品に属するが、完成するまでの複雑な経過を反映してさまざまな要素が統合されている。

それだけに、細部を掌握しながら明確な全体像を生み出すのはピアニストにとって至難な業だが、ブレンデルは見事に成就している。

彼は作品を徹底的に追求して構成を明確に浮かびあがらせると同時に、豊かな情感でそれに肉付けしている。

従ってブラームスの意図は完全に反映されており、一点の曖昧さもない。

ブレンデルは少しの気負いもなく、落ち着いた情感をたたえて演奏しているが、タッチの響かせ方やバランス感覚がすぐれ、この曲に豊かな情感と生命力を与えている。

知的なアプローチの中で情熱的なブラームス像が切り開かれており、バランスのとれた音楽性に魅せられる。

ブレンデルが巨匠の域に達したことを示している。

アバドとベルリン・フィルの演奏も力強く明快で、「ピアノ・ソロ付きの交響曲」とまで言われた作品の特徴を鮮やかに表現している。

隙のないアバドの指揮も魅力的で、優美な旋律をのびのびと歌わせている。

しかも曲が進むにつれて深い情感が浮かび上がってくるが、それが決して重苦しくなることがない。

彼も巨匠の域に達したことが実感される。

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classicalmusic at 03:18コメント(2)トラックバック(0)ブレンデルアバド 

2008年10月10日


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ポリーニのシューマン/ピアノ協奏曲は最も条件のそろった名演で、鮮明なタッチと曇りのない歌心の中から誠に美しい詩情と振幅の大きな表現を浮かび上がらせている。

完璧なテクニックをうならせた彼の演奏は、ゆるぎない造形的美観の把握や緊迫した集中力の持続が見事なだけでなく、美しいカンティレーナの魅力にも溢れており、そこではほとんど文句のつけようがない成果が実現されている。

全体にやや遅めのテンポで、ポリーニのタッチはいつものように透徹した響きを持ち、ひとつひとつのフレーズを明快に浮かび上がらせ、それでいてダイナミックスの幅は非常に広い。

解釈はアバドともども極めて知的で強靭な意志に貫かれている。

この曲があまりすぐれた演奏に恵まれないのは、ソリストと指揮者の協調がむずかしいためだろう。

ソロはいいけど指揮がもうひとつだったり、その逆も案外多い。

そうした中でアバドの指揮によるポリーニが傑出しているのは、アバドが作品を的確にとらえてソリストの個性に鋭く反応しているからで、ポリーニの輝かしい情熱と豊かな詩情を見事に生かしきっている。

シェーンベルクでのピアノは緊迫感を漂わせながらも決してナーヴァスにならず、アバドも自信に満ちた響きで一貫している。

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classicalmusic at 23:32コメント(0)トラックバック(0)ポリーニアバド 

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ポリーニ一流の鋭敏な感覚で、シューベルトの抒情を明晰に表現したもので、ポリーニの鋭い感性の光った、その音色の輝きと、精神的な充実ぶりに驚く。

造形もしっかりしており、いかにも現代的な演奏だ。

シューベルトの音楽としては、多少肌ざわりの冷たいところもあるが、いかにもポリーニらしい、研ぎ澄まされた音色で、音楽の内面に迫ろうとした演奏だ。

ことに第2楽章など、ほろりとするような巧みな表現で、"歌"にみちており、このあたり、やはりイタリア人ならでは、といった感じがする。

しなやかに歌われてゆくが、情に溺れることのない歌いぶりだ。

歯切れの良いリズム感が、この演奏を極めてモダンなものにしている。

このソナタ第16番を、これほど深々と掘り下げて弾ける人というのも、少ない。

シューマンのソナタ第1番はやや個性的な表情をもっているが、若いシューマンの情念といったものを、すぐれたテクニックと、透明感あふれる音色で表現した演奏である。

すっきりと澄んだ響きで、音楽の内面を極めて冷静に見つめ、ドラマティックな演奏を行っている。

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classicalmusic at 07:11コメント(0)トラックバック(0)ポリーニシューベルト 

2008年10月09日


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ショパンのワルツは、几帳面に弾いてもあまり魅力がなく、自由にテンポを動かしながら弾いたほうがよいのだが、下手をすると品のない媚びのある演奏になってしまう。

リパッティ盤は、そのセンスの的確さで群を抜いている。

実によく動く指で、この軽やかに自在に弾かれるショパンを聴くと、ほとんどの他の演奏は鈍い光しか放たなくなる。

どの曲をとっても清冽な詩情にあふれ、ガラス細工のような今にも壊れそうな危なげな美しさが聴くものの心を捉える。

表情の多彩さ、独特のメランコリーなど、こんなにイメージの豊かな曲だったのかと驚嘆する名演。

この演奏のすばらしさは、どうだろう。

既に至るところで、多くの人たちにおって取り上げられてきている名盤なのだが、それでもまだこの真価がすべて語り尽くされているわけではない。

この演奏はもっとすごさを秘めている。

私自身、リパッティ盤でショパンのワルツの何たるかを知り、今もって多くのことを教えられ続けている。

リパッティがショパンのワルツで感得しえている華やかさの裏側にある本質的な悲哀、一瞬の儚げな仕種にこめられた強靭な真実などを始めとする数々の要素は、音楽が示しうる最高のものであると、強く確信している。

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classicalmusic at 19:10コメント(4)トラックバック(0)リパッティショパン 

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「さすらい人」は堂々たる演奏で、これは磨き澄まされたピアノのソノリティの力で、曲想の奥深くへと鋭く踏み込んだような演奏内容だ。

テクニックの面でも演奏設計についても隙がなく、きわめて精巧に作られた完成度の高い演奏である。

1音1音研ぎ澄まされた透明感のある明るいトーンが、シャープな表情を生むと同時に、全体の響きを高らかで深いものにしている。

その迫力や細部の表情の冴えもさることながら、作品全体としての姿が、明快な解釈を伴って、堂々たる威容をもって現れているのである。

こうしたアプローチが可能なのは、ひとえにポリーニのピアニストとしての力量が並はずれてすぐれているからであることは、いうまでもあるまい。

素晴らしいのは第2楽章の主題と変奏。ここには実に初々しい抒情があり、ポリーニが胸を開いて語りかけてくるのが実感できる。それに弱音の美しさは抜群。

「幻想曲」も圧倒的。楽譜の要求しているすべての響きを徹底して追い求め、完璧に再現している。

雄大なスケールを持つが、それよりは精緻さのほうが強く印象に残る。

硬質の切り込みの鋭さと、冴えたクリアな感覚は、シューマネスクな世界とはちょっと違っても、完璧なピアニズムの輝きが素晴らしい。

清新な抒情とロマンティックなファンタジーが豊かに盛られているのも聴きもので、みずみずしい音色と卓抜なテクニックに支えられた見事な情感は、いかにも、クララへの慕情がこめられたこの作品にふさわしい。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)ポリーニシューベルト 

2008年10月08日


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ワルター/ニューヨーク・フィルとの最後の録音となったこの盤は、初演者ワルターの、この曲の理想のステレオ録音を残そうとの意気込みが、並々ならぬ気迫を生み、がっしりとした構成感の上に寂寥感の漂うきびしい世界を現出させている。

ワルターは、曲の耽美的な情熱をまったく自分のものとしてこまかく感じとりながら、共感をもって演奏している。

そして、各楽章の情緒を入念にとらえて、陶酔と虚無と悲哀とを見事に統一づけて表現している。

それは細部の技術を支配する精神的把握の力によるものであろう。

特に終楽章での歌手、オケと一体になった大きくて深い歌にあふれたスケール感は、ワルター自身の告別の辞でもあるかのような名演。

ヘフリガーはやや声量に乏しく晴朗すぎる感があるがニュアンスは豊かで、ミラーも共感の強い歌唱を聴かせる。

そして、「告別」ではワルターの指導のためか、極めて内面的で寂寥感をもった表現を聴かせる。

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classicalmusic at 00:05コメント(0)トラックバック(0)マーラーワルター 

2008年10月07日


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数あるこの曲の録音のなかで、いまだにこのワルターの演奏を凌駕するものは一つもない。

ワルターが戦前にウィーンを逃れて11年。1949年に戦後初めてウィーンへ戻って演奏したのがこの「大地の歌」だった。

そして歌っているフェリアーは、間もなく41歳の若さで惜しくもガンで死去している。

歴史的に重要ということもあるが、これはフェリアーとワルターの惜別の歌であると同時に、これほど哀切極まりない「大地の歌」は他にはない。

最後の"告別"など凄い。

テノールのパツァークも一世一代の名唱とさえいってもいい。

「大地の歌」は、ワルターの個性をつぶさに生かせる作品であり、その個性を思う存分生かした演奏である。

ワルターはマーラーの直弟子だから、マーラーを演奏するときに最もいい面が出てくる。

本当に耽溺的で陶酔しきった演奏である。

フェリアーのいいところもよく出ており、この曲の理想的なレコードだろう。

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classicalmusic at 06:26コメント(0)トラックバック(0)フェリアーワルター 

2008年10月06日


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1966年に当時まだニューヨークを本拠に活躍していたバーンスタインがウィーン・フィルを指揮したディスク。

ウィーン・フィルのマーラーの演奏の伝統が途切れそうになったとき、アメリカで精力的にマーラーを取り上げ、再評価に大きな働きをしたバーンスタインがウィーンに乗り込んで、この曲を取り上げた。

ダイナミックな振幅の大きな演奏だが、決して大味に陥ることがなく、全曲には作曲者に対する共感が満ちあふれている。

マーラーの色彩的なスコアが実にみずみずしく表現されている。

オーケストラの響き、木管のソロ、どれをとってもこの曲の雰囲気にふさわしい。

本来のテノールとアルトにかえて、独唱者にテノールとバリトンを起用しているところもこの盤の大きな特徴。

キング、フィッシャー=ディースカウの歌唱も陰影に富み、特に後者は言葉のひとつひとつに深い意味を持たせている。

フィッシャー=ディースカウの名唱によって、マーラーの音楽がより沈んだ深々とした趣のあるものに変化している。

アルトで歌われることの多い「告別」もここでは絶品である。

バーンスタインの解釈も6つの楽章全ての有機的なつながりを明らかにしている。

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classicalmusic at 20:13コメント(2)トラックバック(0)マーラーバーンスタイン 

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この複雑で錯綜した(しかも長大な)作品の隅々にまで光を当てた屈指の名演である。

スコアに記されたすべてを白日の下にさらけ出さずにはおかない執念の凄まじさ、精巧なマイクロスコープで覗き込んだように、作品の襞まで見せつけられるのだから、この作品を愛する者には堪えられない(反対に、マーラー嫌いの者には拷問だろう)。

フィナーレなど、あまりにもスローなテンポで始まるため、聴いている自分がいったい何処にいるのか分からなくなるほどだ。

巨象の背に乗った蟻のような気分と言えば、分かっていただけるだろうか。

この終楽章、下手をするとお祭り騒ぎに終始しかねない賑やかな音楽により、初演時には「意味不明」として不評であったと言われるが、じっくり腰の据わったクレンペラーの棒にかかれば、人生を祝福する一大オペラとなる。

ここにはなんと様々な人間模様が描かれていることだろう。

ここにワーグナー「マイスタージンガー」からの木霊を聴くのは私だけではあるまい。

これからも、人生の素晴らしさを確かめたいとき、私はこの盤を取り出すに違いない。

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2008年10月05日


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これを聴くと作曲家のリスト自身、鋼鉄の筋肉とビロードのタッチを持つ鬼神のごときピアニストではなかったかと想像されるほどで、それだけに普通の構築ではこのソナタの真の光は出てこないようだ。

それをアルゲリッチは野生、魔力ともいうべき動物的、呪縛的な力を以て、一瞬にして曲に血を与え、破滅寸前ともいうべき極限の演奏で、疾風怒濤のように曲を駆け抜ける。

アルゲリッチの演奏の魅力は、作品誕生の瞬間に立ち会うような新鮮な感動を味わえることで、彼女はいわば緩急自在な楽想を展開して止めることがない。

それでいて作品の構造的な要はしっかりと踏まえていて、表現のスケールは限度がないかと思うほど広く、ファンタジーが渦巻く。

すこぶる力感のみなぎった、エネルギッシュな演奏である。

もう一つのシューマンがまた凄い。

リストももちろん素晴らしいが、シューマンの奔放な表現は絶品で、これはこの作品の名演中の名演である。

あるピアニストがこれを聴き、余りの才能に呆然となったとか。

これは単なる演奏ではなく、シューマンの発見といえる。

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この初々しいロマンの香りが漂う魅惑的なブラームスは、シューリヒトのディスク中、1,2を争う名演である。

閃きに満ちたテンポの変化や部分の強調によって、生き生きとして、しかも表情豊かな音楽が展開する。

小気味よいテンポ。よく弾むリズム。

重厚で壮大なブラームスとは対極をなす軽やかで繊細なブラームスだが、歌って聴かせるところはたっぷりとブラームスの抒情を堪能させてくれる。

きわめてロマンティックなブラームスながら、そのロマンティックな情感の表出が決して野放図にならず、どこまでも明快な様式のなかに包みこまれているのは、ブラームスの音楽の本質を見事に衝いたものだ。

シューリヒトは、ブラームスの晩年の諦観と孤独とロマンをことごとく表現しており、しかも作品のもつ古典的様式からもはずれることがない。

特に第2楽章の端正で豊かな表現は、実に魅力的だ。

加えてウィーン・フィルが入念な表情と深い陰影をもって演奏していて、その美質を最高に発揮し、この演奏を不滅のブラームス演奏としている。

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2008年10月04日


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チェコ・オペラ界を代表する名手を集めた名盤で、本場の演奏家たちによる完全全曲盤である。

この作品は、交響詩「わが祖国」以上にチェコ的情感を湛えているが、コシュラーは洗練と機能美を身上とする緻密な音楽づくりの中に、民族的共感を盛り込んでいる。

しかし、コシュラーの指揮は、決してボヘミアの民族色を強調せず、きわめて繊細で洗練された表現を行っており、そのため、全体にたいへんすっきりとした仕上がりとなっている。

マジェンカ役にベニャチコヴァー、イェーニクにドヴォルスキーという国際的に活躍する名手を配しているのも嬉しい。

イタリア・オペラ界で活躍するドヴォルスキー、イタリア・オペラ、ドイツ・オペラの双方で実力を発揮するベニャチコヴァーだが、母国語であるチェコ語での演唱は、通常の彼らとはまた異なった、より共感度の高い自在な歌唱を示している点で興味深い。

ことにドヴォルスキーの演唱は光っている。

この2人以外にも、クルシナ役にインドラーク、ケツァールにノヴァーク、ハータにムラゾヴァーといったチェコ・オペラ界のヴェテラン、中堅を揃えて万全の体制で録音されている点でも、この曲の代表的名盤と呼ぶにふさわしい。

現在唯一のオリジナル・チェコ語の録音として、大きな存在感を示している。

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2008年10月03日


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ベートーヴェンの交響曲「田園」を、この演奏で最初に聴いた人はどのぐらいいるのだろう。

私の場合は子供の頃に聴いたE・クライバー盤が最初だったが、そのテンポがしみついていたため、このフルトヴェングラー盤を聴いたとき、きわめて悠然とした重々しい出だしには驚いた。

しかし聴きこむうちに、深い味わいをかみしめるような感触を覚えた。

演奏は遅いテンポで、異色の「田園」といえるが、聴き込むと実に味わい深い。濃密な表現は個性的で、偉大な音楽といえる。

フルトヴェングラーは「田園」を全体にシンフォニックに表現してあまり標題に引き廻されない。

フルトヴェングラーはこの作品の標題性にとらわれず、むしろ絶対音楽としてのシンフォニックな構築美を全面に出している。

第1楽章は非常にゆったりとしたテンポ、そのため田園の晴れ晴れした気分というよりだいぶ重々しい。

第2楽章はてんめんと歌う。そしてゆったりと大きく感謝の気持ちを歌った終楽章は素晴らしい。

細部を緻密に作り上げたうえで、全体をスケールの大きな表現で包み込んだ演奏であり、第2楽章や終楽章にしてもゆったりとした運びで大いなる喜びを深々と表現している。

ベートーヴェンの自然観を部分的に強調しすぎているが、実にスケール大きく表情豊かに歌い出している。

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classicalmusic at 04:26コメント(0)トラックバック(0)フルトヴェングラーベートーヴェン 

2008年10月02日


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"幻のピアニスト"といわれたリヒテルが、西側に鮮烈なデビューを飾る直前の録音(1959年)。

録音こそ多少古くなったが、演奏のスケールの大きなことでは、王者の貫録を誇っているといえよう。

この時すでに彼は同曲を2度録音していたというから、かなりの執着と思い入れがあったことは確かである。

冒頭、ピアノの伴奏音型が細部までクリアに浮かび上がってくるだけでも、これは並のラフマニノフではないことを実感。

リヒテルの音色は暗く重く、いかにもロシアのピアニズムを思わせ、ゆっくりとしたテンポで、悠々と歌わせているのが素晴らしい。

甘美な旋律線も彫りが深く超然としたリリシズムを湛えている一方、クライマックスでは情熱のほとばしりがストレートに伝わる高揚と緊張が漲っている。

エネルギッシュでありながら曲の本質を見事に貫くシビアな感触がこの演奏にはある。

そしてまだ若さも弾力性もあった頃のリヒテルで、その技巧の素晴らしさと鮮やかさは、アシュケナージ以上といえるかも知れない。

音楽の内面を深々と掘り下げているのも魅力で、ことに第2楽章は精妙きわまりない。

山ほどある名演の中でも、襟を正させるラフマニノフを聴かせるのはリヒテル以外にない。

ただヴィスロツキの指揮が、いささか微温的なのが物足りない。

プロコフィエフもピシッと一本芯の通った鋭い表現で、スケールの大きな演奏である。

随所に、ロシア的な情感を表出しているところに、リヒテルらしさを感じさせる。

いずれも共演している指揮者とオーケストラが、もっと著名なものであったなら、という気がしないでもないが、これは聴き手の欲というものだろう。

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classicalmusic at 21:54コメント(2)トラックバック(0)リヒテルラフマニノフ 

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シューベルト、シューマン、ブラームスといったドイツ=オーストリア系ロマン派音楽に関心をもつ3人の大家たちの組み合わせ。

この3人はそれぞれが勝手な自己主張をするというのではなく、ピアノ三重奏という演奏形態のスリルと面白さを合わせて味わわせてくれる。

堂々とした恰幅と美しい音色で叙情性豊かな歌を繰り広げるルービンシュタイン、それにフルニエ独特のニュアンスに満ちた気品の高さとシェリングの真摯で高潔な音楽が加わり、互いの個性を充分に生かしながら見事に調和の取れた世界を形づくる。

また、これらの作品のロマン的な詩情も実によく理解した演奏になっている。

特に、ブラームスのピアノ三重奏曲第1番第1楽章冒頭のルービンシュタインのピアノを背景にフルニエが主題を歌い始めるところからすでに素晴らしい世界を予感させるが、そこにシェリングが加わったときの共感の輪が大きく広がる室内楽的喜びはまさに至福の境地。

各人がかなり自由に音楽を奏でながら、造形が崩れることなく音楽に緊張感が保たれているのも素晴らしい。

それに加えて、ルービンシュタインはこれらの楽曲における自分の立場というものをわきまえ、バランスを巧みに整理している。

緩徐楽章の詩的な美しさも特筆ものである。

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classicalmusic at 06:30コメント(0)トラックバック(0)ルービンシュタインシェリング 

2008年10月01日


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クレンペラーの巨人的なスケールの大きさがもっともよく感じとれるのは、ブルックナーではなかろうか。

ブルックナーの一面である素朴な牧歌性はそこには見当たらないにしても、重量感のみなぎる音の大伽藍は、非常な迫力をもっている。

ウィーン・フィルとの第5番は音質も非常によく、クレンペラーのベストCDのひとつに数えてよいものだ。

演奏は朗々として豊かでよく歌っているが、どこか渋いところがある。抑制が全体を覆った、極めて格調の高い演奏だ。

クレンペラーは音が深く雄大な構想を打ち出している。第1楽章冒頭の動機とコラールからゴシック的である。響きが深く、敬虔な気分に満ちている。

また第2楽章の孤独と浄化の慰めを深い響きでしみじみと歌ってゆく。

ゆったりとしたテンポと深いフレージング、楽器のバランスが見事な第3楽章では、少しも力まないのに内部からブルックナーならではの狂躁感が湧き上がってくる。

内声部が厚く明瞭に響く終楽章は実にロマンティックな感動があふれ出た演奏で、まことに素晴らしさの極みだ。

オケの音色も実にみずみずしく、ときには絶美とさえいえよう。

コンセルトヘボウとの第6番は、第1楽章における幅広い男性的主題がいささかも闘争的でなく、ある場合には朗らかすぎるくらい明るく平和に歌われている美しさ。

そして力強く重厚なテンポで雰囲気豊かに盛り上げた終楽章。

クレンペラーの情緒性の音楽を、余すところなく表わしつくされた演奏である。

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