2008年11月

2008年11月30日


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オペラのなかの合唱は、ヴェルディが登場するまで単に歌手たちの聴かせどころの歌と歌とをつなぐものでしかなかったが、ヴェルディは、それを力強く豊かな感情表現をもつものにまで高め、「アイーダ」や「椿姫」「ナブッコ」などでは、その合唱が実によく生かされている。

これはアバドがミラノ・スカラ座の音楽監督であった時代の録音で、初期の「ナブッコ」から最晩年の「オテロ」に至るまでの、ヴェルディの主要なオペラの有名な合唱曲が収録されている。

聴いていると、胸がスカッとしてくるディスクである。

これらの演奏は、アバドのスカラ座時代10数年の輝かしい成果といえるもので、力強く色彩的な表現、どの曲も、イタリア的な明るさと熱気にあふれていて、大変素晴らしい。

端正な造形力、アンサンブルの精緻な美しさ、適度の熱気と抑制が共存するアバド芸術の典型といえるものがここにある。

彼はヴェルディの音楽自体が内包する激しく熱い情熱に対して、あえて必要以上に胸襟を開こうとしない。

そのため演奏は一分の隙もない見事なものだが、この演奏とヴェルディの本質との間にはある種の溝を感じてしまう。

とはいえアバドのヴェルディ演奏の美質とエッセンスが、ここに集約されているといっても過言ではない。

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classicalmusic at 22:55コメント(0)トラックバック(0)ヴェルディアバド 

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アルフレート・ブレンデルは1992年10月から1995年11月までの足かけ3年にわたって、ウィーンでの3回目のベートーヴェン・チクルスをムジークフェラインのホールで行なった。

全部で7回の演奏会で全32曲のソナタ演奏を終了したが、それらの演奏会は、そのつどNHK-FM放送ですべて放送された。

ブレンデルは、その後1,2か月の間に、各演奏会で開いた同じソナタをスタジオでCDに録音して、彼としては3回目の『ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全集』を完成させている。

前回の1970年代に行なった全集から、ほぼ20年が経っている。

しかし、そうした中にあって、実はこの第29番「ハンマークラヴィーア」の演奏は、新たにスタジオで録音されたものではなく、1995年2月3日に行なわれた演奏会のライヴ録音なのである。

そして、ブレンデルがこの曲の演奏だけ、何故にライヴ録音を使ったのかは、この演奏自体がまさにそれを証明しているといえる。

この曲自体、演奏者に極度の精神の集中力を要求しているように思うのだが、この時のブレンデルは、確かに気迫のこもった見事な集中力を示しており、まさに音楽に乗り切った演奏を聴かせていた。

このソナタは、曲自体のスケールの大きさを実感させてくれる演奏でなくては話にならない。

それに加え、長大な緩徐楽章がたたえている音楽的な深さと重みの表出が不可欠。

ブレンデルは、その第3楽章で真に円熟した内省的な演奏を繰り広げている。

だから、改めてスタジオで録音してもこれ以上の演奏はできないと思ったのだろう。そうした意味でも、一聴に値する名演奏であると思う。

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classicalmusic at 22:14コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンブレンデル 

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2つの協奏曲は作曲された時期も性格もかなり違うが、パールマンはそれぞれの特徴を生かしながら安定した演奏を展開する。

彼のテンペラメントからすれば当然かもしれないが、彼の成長を示すものといえよう。

美しい音色を存分に生かしながら、あざやかな技巧で弾きあげた演奏である。

パールマンというと、どちらかといえば、甘美でロマンティックな作品を得意としているように思われがちだが、「第1番」のような鋭角的な力強さにあふれた曲もうまい。

きわめて急進的な作風で書かれたこの曲を、現代的な感覚で、はつらつと弾きあげているところにひかれる。

ことに第1楽章の激しく劇的な曲想のもりあげかたは巧妙だ。

だたしプロコフィエフの音楽ならではの諷刺的な味つけはもうひとつだ。

保守的な作風で書かれた「第2番」は、作品の旋律的な美しさを豊かに表出している。

民族的な色合いをフレッシュで素直に表現しているところもよい。

ロジェストヴェンスキーの指揮も成功の原因の1つで、リズム処理に抜群のうまさを発揮していてひきつける。

ソロを支えるリズム型1つにも深々とした表情を与えるが、現代の"業師"の組み合わせならではの魅力だ。

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classicalmusic at 20:18コメント(0)トラックバック(0)プロコフィエフパールマン 

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ベロフは1950年にフランスで生まれたピアニスト。

メシアン・コンクールで優勝しただけあって、すばらしい技巧と明敏なリズム感をもっていて、現代的感覚にあふれたフレッシュな演奏をする人である。

これはベロフの久しぶりのドビュッシーとして注目されたもので、彼がピアニストとして着実に成熟していることを示した演奏である。

しかもその成熟は若い感性の素直な延長上にあるのが好ましく、それは「ベルガマスク組曲」におけるしなやかさと柔らかさを増した表現に端的に感得される。

デビュー当時の彼は何よりもセンスの良さが目立っていたが、スケールの大きさは伴っていなかった。各曲をきわめて冷静な目でみつめた演奏である。

1音1音を鮮明にとらえた録音に、まずひかれる。

この「ベルガマスク組曲」は、それぞれの音をきりりと引き締め、明瞭に鳴らしている。

ことに舞曲のリズム処理はうまく、「メヌエット」や「パスピエ」は見事だ。

フレッシュで粒立ちの揃った音の美しさときっちりと音楽をリアリゼーションしていくテクニックは相変わらず見事なものだが、加えて表現の幅が大きく、柔軟性を増したことが特筆される。

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classicalmusic at 19:23コメント(0)トラックバック(0)ドビュッシーベロフ 

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これは故ギレリスが残した最上の演奏の一つである。

非常に遅いテンポからブラームスの複雑な音型を丁寧に解きほぐし、それによって作曲者の心が比類なく伝わってくる。

地響きを立てるような凄まじいダイナミズムも決して力まかせにはならず、逆に何気ない部分にも表情がよく出て、カンタービレや情感が生きている。

特に第1番では、これほど立派な第1楽章の演奏は、そう滅多に聴けるものではない。

"鋼鉄のピアニスト"といわれたギレリスの鋭いタッチは、ブラームスの、若き日の苦悩の時代に書かれたこの作品にぴったりの厳しさをもっている。

ひとつひとつの音からして芯が強く、激しくオーケストラとわたりあう部分になっても、少しの揺るぎもないのが見事だ。

特筆すべきはヨッフムの老練な指揮ぶりで、断然素晴らしい。

ベルリン・フィルを存分に鳴らしながら、これぞブラームスだ!といった重厚な響きをつくりあげている。

特に第1楽章は凄絶さの限りをつくしている。

第2番でも全体に強靭なタッチで、男性的に弾きあげながらも、抒情的で詩的な"歌心"にあふれているのが魅力だ。

ギレリスが成し遂げた最も感動的なブラームスである。

演奏スタイルは旧録と変わっていないが、フィナーレのテーマが本当のグラツィオーソで弾かれているのを聴けば、ギレリスの到達した奥深い音楽の世界が理解されるだろう。

テンポは全体に遅く、ブラームスの書いた複雑な楽想を、ピアニスト、指揮者が一体になって、丁寧に解きほぐし、そこに新しい光を当てている。

ギレリスは若いころから一切の粉飾を排し、音楽の核心に鋭く切り込んでゆくような演奏をしてきた人だけに、晩年のこの演奏には、そうした特徴のうえに、さらに精神的な厚みが加わっている。

ヨッフムも、ベルリン・フィルを存分に鳴らしながら、構えのしっかりとした音楽をつくりあげている。

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classicalmusic at 14:58コメント(0)トラックバック(0)ブラームスギレリス 

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バッハの演奏には定評のあるニコラーエワが1984年、85年に来日した際のディジタル録音で、1972年の全曲録音から13年ぶりの再録音。

ポリフォニックな音楽を弾かせれば独特なうま味を発揮するニコラーエワの演奏。

ニコラーエワのバッハの音楽、特にポリフォニックなスタイルの音楽では、ことにすぐれた感性を発揮する。

多彩なタッチを十全に駆使し、変化に富んだ音色を作り出す。

それは各曲の解釈に応じて使い分けられるのだが、その解釈は実に入念である。

この女流の手にかかると、どんなフーガも構造が透明にみえてくるといってよいが、ここでもその特技が楽しめ、現代ピアノの特性である抒情性を活用した演奏を聴かせる。

ロマンティックといいたいほどに情緒纏綿たるプレリュードの表情。

それがバッハにふさわしいか否かは見解が分かれるところだろうが、ともあれ、それによって表現の幅が広がったのは事実である。

ニコラーエワの中で新しいバッハの世界が見えてきたことを雄弁に告げるとともに、ピアノという楽器で「平均律」を弾くことの意味を豊かに示した演奏である。

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classicalmusic at 08:02コメント(2)トラックバック(0)バッハ 

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ニコラーエワの同曲集3回目の録音で、決定盤といってよい名盤。

20世紀に生まれた重要なピアノ曲の正統的な名演として、長く声価を失わないアルバムだ。

この作品はショスタコーヴィチがニコラーエワのために作曲し、彼女が初演したものだけに、作品の解釈と演奏の歴史はまさに彼女に始まっている。

初演時、20代半ばだったニコラーエワも、この録音時はすでに70歳間近、円熟の極みに達しており、作曲者が彼女に相談しつつ書いた曲だけに、まるで自分自身の音楽のように弾いている。

前2回の録音も規範性を持つ優れたものだったが、この演奏でのニコラーエワは作品を完全に手中に収め、自在さを獲得しているため表現の幅が大きく広がり、1曲1曲の性格もニュアンス豊かに精気を帯びて際立つ。

曲はバッハのそれにならって、書法と内容は実に多様だが、彼女はそれらを明確に弾き分け、この作品がもつ古典性、抒情性の両面を鮮やかに描き出している。

いわゆる絶対音楽だが、ときに輝かしい喜びや深いロシア的憂愁を帯びた表情をみせた、女性らしい細やかな神経に満ちた演奏である。

ニコラーエワは62年の初録音では新鮮な演奏を繰り広げていて魅力的だったが、90年の演奏ではさらに深い味わいがある。

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classicalmusic at 07:10コメント(0)トラックバック(0)ショスタコーヴィチ 

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グールドのバッハ/室内楽録音は当盤のみ。

ヴァイオリン・ソナタの演奏はヴァイオリンよりもグールドのピアノがリードしている。

彼は推進力の強いリズムと明晰なタッチ、歯切れのよいフレージングで演奏し、デュナーミクもバロックの時代様式をよく検討したものだ。

そして随所に独特の装飾音を追加し、和音をアルペッジョに変えるなどしてピアノの音の特性を生かしている。

ラレードの演奏はグールドの解釈に従ったものだが、熱気があり、全体的に躍動感が強い。

チェロ・ソナタは3曲とも元来ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタである。

グールドはピアノをチェンバロに近付けるように演奏しており、各音はみな鮮明である。

ローズはヴィオラ・ダ・ガンバの演奏様式にはそれほどこだわらず、チェロを現代的に奏しているが、グールドのピアノと組み合わせるとそれが決して不自然にはならない。

2人はいかにも音楽の流れに乗りきって演奏している。   

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classicalmusic at 06:38コメント(0)トラックバック(0)バッハグールド 

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饒舌を避けた趣味の良さが光るフルニエの旧盤は深い共感に裏づけられた演奏だ。

フルニエは繊細な感受性の持ち主で、その演奏は典雅で気品があった。

"チェロのプリンス"といわれたフルニエは、ライヴ録音を除外すると、生涯に2回このバッハを録音している。

私個人の考えでは、よりおおらかで詩情豊かな新盤が雰囲気の魅力では旧盤を上回っているものの、新盤ではテクニックや気力の衰えが認められなくはないことも事実であり、総合的な見地からこのチェリストの本領が示されているのは、やはり旧盤であるように思われる。

旧盤におけるフルニエは、ビロードのような美音を駆使し、上品で高雅に作品を語り継いでいるが、そこでは新盤以上の集中力が保たれており、それが演奏に普遍的な説得力を与えている。

さらにそこでは、雰囲気の良さを超えた表情のコクや渋みもがたまらない魅力を放っている。

技巧家タイプの人ではなかったが、この全曲は全盛期の録音でもあり、技術的不安定感はない。

フルニエにとってテクニックは表現に従属すべきものであり、その姿勢は終生変わることがなかった。

"音楽家"としての自覚が、この演奏を名状しがたい、心ひかれるものにしている。

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classicalmusic at 06:00コメント(0)トラックバック(0)バッハフルニエ 

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形式と内容のどちらもこの協奏曲は斬新である。

夜想曲、スケルツォ、パッサカリア、ブルレスカの4つの楽章は協奏曲というより交響曲のスタイルに近い。

ヴァイオリンのパートは、至難の技巧が要求されているにもかかわらず、名人芸的な曲になっていないのは、その高度な技巧が、ひたすら内面的なものを表出するために向けられているからにほかならない。

オイストラフは、恐るべき凝縮力でこの曲を演奏している。第1楽章にあたる夜想曲が、オイストラフの求心的な苦悩の声を伝え、指揮のミトロプーロスがそれに悲劇的な陰影を添えている。

夜想曲の抑制した表現がスケルツォで解き放たれ、まるで悪魔の饗宴のような(オイストラフは邪悪で悪魔的と形容した)ところはミトロプーロスの独壇場である。

しかし、なんと暗く美しい音楽なのだろうか。

他にコーガン盤も注目すべき演奏内容。

カップリングのチェロ協奏曲はロストロポーヴィチに捧げられているだけに、全編に自信と誇りのみなぎった演奏である。

ロストロポーヴィチは実に美しく深みのある音色で、表情豊かに弾きあげていて、聴かせる。

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classicalmusic at 04:57コメント(0)トラックバック(0)ショスタコーヴィチオイストラフ 

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「ツァラトゥストラ」は華麗絢爛たるカラヤンとベルリン・フィルのものを、さらに引き締めたような最も万人向きの演奏である。

スコアが細部まで見渡せることでも随一。

「ティル」も他のどの演奏よりも歌に満ちている。

「ドン・ファン」は腕達者な奏者がバリバリ弾きまくっていて、その自信と威力に圧倒される思いだ。

第2主題で最後に弦と木管が現れる所の遅いテンポが実にいい。

「アルプス交響曲」はショルティ&バイエルン放送so.による初録音。

ショルティは鮮やかな統率力で、この切れ目のない曲を聴かせる。

R.シュトラウスの管弦楽法が、いかに精緻であるかを知るためにも、十分に存在価値のある録音といえるだろう。

ショルティの演奏は、比較的淡白で、技術の冴えに終始した感もあり、曲に内在するロマン的な憧憬の表出があってもよかった。

いろいろな意味でCD向きの作品といえるだろう。

「英雄の生涯」はウィーン・フィルの響きと反応が、演奏になかなか美しい奥行きと雰囲気を加えているが、ショルティとしては少々詰めの甘さを残した演奏になっているのが残念だ。

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classicalmusic at 00:06コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスショルティ 

2008年11月29日


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シューベルトの交響曲は、オペラや宗教作品の分野と比較すれば比較的良く知られている分野と言えよう。

モーツァルトやハイドンの初期の交響曲は、それなりに魅力があるとしても後期の作品と比べると大同小異、同工異曲のものが多くかなり見劣りする。

しかし、シューベルトの交響曲は各々が明確な個性を持った作品できわめて質が高い。

これまではベートーヴェン的な劇性がないために不当に低く評価されただけで今後は積極的な評価をする必要がある。

アバドの録音は、批判校訂版の出ている第1〜3番は当然として、それ以外の作品でも自ら自筆譜資料を検討した独自の版に基づいて演奏しているのが非常に評価できる。

従来の版にある誤ったデクレシェンド記号をアクセントに読み替えるだけではなく「大ハ長調」の第2,3楽章のように、これまでは考慮されなかった楽段の復活などもあり様々な点で興味深いものを多く含んでいる。

この全集は、資料的な価値だけでなく演奏の質も一級に属するもので純粋に聴く楽しみも十分に味わえる。

資料批判の結果も含めて全体のイメージを簡単に言うと、従来のロマンティックなシューベルト表現から古典的明晰性を持った表現への転換と形容すると分かりやすいのではないだろうか。

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classicalmusic at 14:51コメント(0)トラックバック(0)シューベルトアバド 

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1985年のバイロイト音楽祭ライヴ。

レヴァインのフィリップスへの初録音で、ワーグナーもレコードはこれが初めてだった。

レヴァインの「パルジファル」はこのバイロイトでの録音のほかに、1990年代に入ってメトを指揮したCDとDVDがある。

どれもこの作品のオペラとしての面白さや感動を見事に引き出して聴かせるが、マイアーのきわめつきのクンドリが聴けるのがこれ。

レヴァインの演奏を一口でいうなら、この音楽劇のもつオペラティックな美と魅力を、大きく、豊かに、雄弁に、生き生きと語り出したもの、といえる。

1つ1つの音が実に豊かなファンタジーとイマジネーションを喚起していくような演奏であり、これまでの他の指揮者に聴かれなかったような「パルジファル」だといってよい。

レヴァインは、クナッパーツブッシュ的な神秘性を望んだのかもしれない。

遅い運びのうちに、堂々とした全曲があらわれる。

でも神秘のヴェールはなく、明るい光に照らされている。

歌手では、ホフマンがようやくワーグナー歌手としての円熟に到達したような好演を聴かせるほか、マイアーのクンドリが素晴らしい。

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classicalmusic at 00:01コメント(0)トラックバック(0)ワーグナーレヴァイン 

2008年11月28日


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1966年と67年のバイロイト祝祭劇場でのライヴ録音で、戦後バイロイトのひとつの頂点を刻む記録。

ベームのワーグナー録音は少ないが、残された「オランダ人」「トリスタン」「指環」は、ともに新生バイロイトのひとつの頂点を究める時期のものであり、なかでも「指環」は肥大したロマン主義的演奏の伝統をいったん殺ぎ落とし、ダイエットした新しいワーグナー像を提示した、その意味では歴史的偉業であった。

ナチ時代の残滓もそれによってかなり洗い流されたので、ワーグナーが国際的なレパートリーになってゆくプロセス上でも画期的な演奏であり、その素晴らしい記録であったと思う。

ベームの厳しい彫塑的、凝集的な表現が、歌手陣の信じがたい充実と相まって大きな感動を与える。

ベームの作り出す音楽は、一分の隙もなく、がっしりと構築されたもので、強い緊張感に包まれている。

ベームの演奏は随分とテンポが速い。そしてそれは凄まじいばかりの白熱と緊張に満ちている。

ベームのこの作品への共感がひしひしと伝わってくるような感動的な名演である。

キャストも、戦後の第一級のワーグナー歌手たちが勢ぞろいしたもので、見事だ。

また、4部作を通じて、ひとりの歌手がひとつの役を演じているが大きな特色となっている。

演奏の充実度と完成度に関する限り、このベーム盤を超えるものがなかったことを改めて確認せざるをえない。

録音も、ライヴの熱気を生々しく伝えたすぐれたものだ。

今日、バイロイトのオーケストラはもっとしなやかな音を好むだろうし、歌手たちの声への趣味も変わったが、ベーム盤の「指環」への価値はいささかも損なわれまい。

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classicalmusic at 00:04コメント(0)トラックバック(0)ワーグナーベーム 

2008年11月27日


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「タンホイザー」には、初演された際の「ドレスデン版」と、16年後にパリで上演された時に、第1幕冒頭のバレエの部分を、当時の聴衆の好みに合わせて大幅に手を加えた「パリ版」の2つがある。

これは「ドレスデン版」と「パリ版」とを組み合わせたもので、1962年に行われたバイロイト音楽祭でのライヴ録音である。

この時の公演は、今は亡きヴィーラント・ワーグナーの名演出と、当時39歳の若さだったサヴァリッシュの新鮮な感覚にあふれた表現が評判となり、大成功を収めたが、これは、その舞台の雰囲気を生々しく伝える貴重なディスクである。

1960年代初頭のサヴァリッシュのバイロイトでの活躍の中でも、この「タンホイザー」はとりわけ傑出している。

全盛期のヴィントガッセンの力強く貫禄のあるタイトルトールをはじめとした、当時大きな話題を巻き起こした2人の新人、シリアとバンブリーの新鮮な若々しさ、そしてずらりと脇を固めたヴェテランたちの見事な歌唱など、今もなお、「タンホイザー」のベスト・レコードのひとつといえる。

ことに知的でみずみずしいシリアのエリーザベト姫は魅力的だ。

これは聴き手の心をつかんではなさない、名演奏だ。

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classicalmusic at 00:02コメント(1)トラックバック(0)ワーグナーサヴァリッシュ 

2008年11月26日


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ショルティ=シカゴ響のコンビは1970年代から1980年代にかけての世界のオーケストラをリードし、いわば機能美の理想を聴かせる名コンビとして楽壇に君臨したが、その出発点を記した記念碑的録音がこのマーラーである。

極めて引き締まった表情をもつ現代的マーラーを描いている。

この当時(1970年)のショルティには、力を強調し、やや情緒的雰囲気に欠ける面もあるが、曲に対する設計は細部に至るまで行き渡っており、全曲を通じての一貫した様式と主張がある。

造形の密度もきわめて高く、シカゴ交響楽団の精密機械のようなアンサンブルの緊密さは特筆に値する。

特に第3、4楽章は傑出した演奏技巧だ。

ここに聴くアンサンブルの優秀さ、ソロの卓越した巧さ、音色の華やかさ、表現のダイナミズムは、すべて時代を画す一種の離れ業であり、この1枚をもってオーケストラ演奏に対する見方は激変したといってもよいほどである。

複雑な構造、スコアの細部まで解き明かした演奏は、現在でも色褪せない魅力を放っている。

ショルティの明快でエネルギッシュな表現が、作品の魅力を前向きに噴出させて爽快だし、デッカの優秀録音が音楽的で、サウンドそのものに音楽性を感じさせる。

後に再録音したが、これはこれで不滅だ。

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classicalmusic at 07:18コメント(0)トラックバック(0)マーラーショルティ 

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マーラーのスペシャリストをあげるとすると、このベルティーニも忘れてはならない存在であろう。

彼は職人タイプの一人ではあるが、その中に根づいている音楽の語り口は基本的に濃厚なロマンティシズムである。

しかも音楽の組み立てやそれぞれのフレーズの仕上げ、さらにはオケのバランスへの配慮等々、どの部分をとってみても極めて丁寧に仕事を進めている。

どの曲もベルティーニの目配りがよくきいた、周到かつダイナミックな演奏だ。

現代のマーラー解釈には大きく分けて2つの傾向がある。

ひとつは後期ロマン派の伝統とユダヤ的心情を強調し、意味論的付加価値を付けて読み込んでいく傾向、もうひとつはマーラーのスコアを客観的に再現し、そこから自然な美しさが花開くように導く傾向である。

ベルティーニの解釈は明らかに後者で、このマーラー全集はその最も見事な結実であり、マーラー解釈の理想的な一例だ。

このコンビのマーラー・シリーズはは当初の第3、第6よりも、第9、「大地の歌」などあとのものほど良く、ここでは古典的なほどの厳しい造形による楷書風のマーラーが聴ける。

さらにじっくりと聴き込むと、この指揮者の魅力がどんどん見えてくる。

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classicalmusic at 04:15コメント(0)トラックバック(0)マーラー 

2008年11月25日


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クーベリック、ベルリン・フィル共に初にして唯一のドヴォルザーク/交響曲全集録音。

いずれも格調高い演奏だ。クーベリックは作品を堅固に造形して、作品の民族的な性格を明らかにしている。

全体的には巨匠的な自己主張と音楽への集中力が独自の説得力をもち、外形にとらわれずに内面的な抒情や力感を描いている。

初期作品より後期の3曲がよく、「新世界より」の悠然とした歩みはスケールが大きい。第7,8番の堅実な造形とふくよかな歌謡性の共存も聴きのがせない。

彼の残された録音は、おおむね穏健な演奏ではあるが、これはオーケストラがベルリン・フィルということもあってか、凄まじい熱気と集中力に溢れている。

しかも、オーケストラの音色も大変瑞々しく、表情も実に雄弁だ。

当時クーベリックがどんな精神状態にあったか不明だが、ちょっとミュンシュ最晩年の幻想交響曲のような突然変異なところがある。

クーベリックの熱心な聴き手を自負しているとはいえ、あまり大それたことは言えないが、ともかくこの演奏は凄いと思う。

たぶん、クーベリックの正規録音の中では屈指のものではなかろうか。

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classicalmusic at 20:28コメント(0)トラックバック(0)ドヴォルザーククーベリック 

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録音後40年近くを経た今日でも、この作品を語る際に決して忘れることの出来ない名盤。

ケンペは名盤、「交響詩、協奏曲全集」を残したことでもわかるように、R.シュトラウスを得意とした指揮者だ。

オペラでその力をいかんなく発揮したのが、このディスクである。

シュトラウスの多くのオペラの初演をてがけ、揺るぎない伝統を築き上げたシュターツカペレ・ドレスデンのしっとりとした音色はここでもきわめて魅力的。

当時の東ドイツの名歌手たちに西側のスターを加えた、ヤノヴィッツ、キング、ゲスティ、ツィリス=ガラ、プライ、シュライアー、アダムという配役は、この作品の上演のひとつの理想と言えるもの。

これら錚々たる出演者たちが、各々の持ち味を十分に生かし、作り上げたアンサンブルからは、現在第一線で活躍している歌い手からは得られない格調の高さがにじみ出てくるよう。

ケンペはシュトラウス演奏に豊かな伝統を誇るシュターツカペレ・ドレスデンのしっとりとした豊かな響きを生かしながら、シュトラウス・オペラの愉悦の世界へと聴き手を誘う。

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classicalmusic at 00:42コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスケンペ 

2008年11月24日


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フルトヴェングラーのブラームスのなかでも傑出したものだ。

実に細かく神経の行き届いた細密画的な微妙な明暗の描き方と、全体としての巨大な壁画的構想がひとつの表現のなかに完全に両立させられ、その両者の交叉し、重なり合うところに分析しがたい精神の大きな波紋が描かれている。

響きのつくりぐあい、旋律の歌わせぐあいに、この作品の性格の志向性が窺える。

フルトヴェングラーの演奏するブラームスには、まるで自分自身の曲を演奏しているかのような自然さがあふれている。

それはブラームスの交響的発想がフルトヴェングラー自身のロマンティックな基盤と合一しているからに違いない。

楽想の一つ一つが必然的な共感をもって歌い出され、少しの違和感もない緩急法を得て、実在的感覚を具現している。

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classicalmusic at 21:39コメント(0)トラックバック(0)ブラームスフルトヴェングラー 

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「カプリッチョ」は1941年に完成されたR.シュトラウスの最後のオペラであり、シュトラウス自身「この変ニ長調の最終和音は、劇場に捧げられた私の一生の最良の結末」と述べ、「私の遺書である」と語った。

台本を書いたのは、あの名指揮者クレメンス・クラウスで、「クレメンス・クラウスとリヒャルト・シュトラウスによる音楽についての一幕の対話劇」という副題を持つ。

演奏はサヴァリッシュが若い頃の録音がベスト。シュヴァルツコップ、ヴェヒター、ホッター、F=ディースカウ、ケッダ、ルートヴィヒといった名歌手の饗宴が何よりの聴きもの。

とはいえ、シュヴァルツコップとホッターは当時すでに名歌手と呼ばれるにふさわしい存在だった。

他の人たちは20代後半から30代はじめという若さ。

シュトラウスのオペラのなかでも、最も表現の困難な最後のオペラをこれほどまでに演じ切ることはまったく驚異的だ。

録音当時まだ30代半ばだったサヴァリッシュの指揮には、さすがにまだ熟達のマエストロの風格はないが、シュトラウスの名解釈者の片鱗はすでに随所で見せている。

特に、室内楽的な緻密な書法を見事に表現する手腕などは特筆に値する。

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classicalmusic at 10:21コメント(3)トラックバック(0)R・シュトラウスサヴァリッシュ 

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ギリシャ悲劇中の高名な復讐劇に取材し、激しい不協和音と緊張に満たされたシュトラウスの最もアヴァンギャルドなオペラ。

ミトロプーロス&ウィーン・フィルの1957年、ザルツブルグ・ライヴは、最初の一音から最後の一音まで、異常な緊張と異様な興奮が聴き手を捉えて放さない、凄絶な演奏。

このギリシャ人指揮者がつくりだした蒼き官能の音楽に、百戦錬磨のウィーン・フィルが夢中になってしまい、専属レーベルの枠をこえて(当時、楽団は英デッカ、指揮者は米コロンビアの専属)、彼とレコード録音しようとした。

ついにそれは実現しなかったが、この録音を聴けば、楽員たちの興奮ぶりと、その理由がいやというほどにわかる。

そしてミトロプーロスにとっても、ウィーン・フィルを得たことの利点ははかり知れなかった。

他の楽団との録音はいくつかあるが、こんな凄さと美しさはついに聴くことはできないからだ。

歌手も万全。

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classicalmusic at 09:48コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウス 

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ピノック盤は、数あるオリジナル楽器の録音の中でも最も愉悦感に溢れた演奏で、バッハの教会音楽の厳しさとは異なる明るく温和な顔を見ることができる。

これまでに紹介した「ブランデンブルグ協奏曲」の中では最も華やかで明るい響き、親しみやすさがある。

強いて難を言えば、速いテンポの楽章でやや一本調子になっている傾向があることか。

特に第3番と第6番がすぐれた演奏。

第3番はリズムに強靭な弾力があり、動的なダイナミクスによって快適に運ばれ、2つの楽章を結ぶアダージョのヴァイオリン・ソロのカデンツァも美しい。

第6番は純音楽的な美しさを歪みなく伝えたいかにも快い名演である。

第1番ではオーボエの土くささが面白く、第4楽章のトリオが聴きものだ。

第2番と第5番は古雅な味わいに富んでいて美しい。

第2番のトランペットは慎ましいなかにも軽快なよさがあり、ソロ楽器同士のバランスも見事。

第5番はすっきりとした透明感に惹かれる。

特に瞑想的なペズノシウクのフルートと、ピノック自身の実力あるチェンバロが主役になって演奏をリードしている。

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classicalmusic at 08:36コメント(0)トラックバック(0)バッハ 

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1969年に42歳という若さで急逝したカッチェンが、ブラームス生誕150周年を記念して録音した完璧な全集。

カッチェンは録音当時30代後半だが、この年齢でブラームスの全集を完成してしまったという所に彼の特異性と、若くしての円熟ぶりを見ることができる。

その彼が録音した同全集は、カッチェンの作品に対する真摯な態度とその奥に瑞々しい詩的な感興を行き渡らせた演奏によって、今日もなお、ブラームスのピアノ曲における一つの指針としての価値を持つ。

カッチェンのブラームスの特質は、表現に聴かれる音楽的な思索性の深さである。

これが小品集を実に味わい深いものにしているし、「ハンガリー舞曲集」のような作品も単なるエンターテインメントに終わらさないのだ。

そして何よりも指摘しなければならないのは、どの音にもピアニストの音楽に対する感動が生き生きと投影されていることだ。

それは、ある時にはブラームスの若々しい叙情性を引き立てているし、また時には老作曲家のささやかな旋律にしっとりとした詩情を与えている。

今、技術的にはこの上をゆくピアニストはいくらでもいるが、こんな演奏を聴かせてくれる人はそうざらにはいない。

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classicalmusic at 06:41コメント(2)トラックバック(0)ブラームス 

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古楽演奏界のカリスマといえば、やはりこの人にとどめを刺すであろう。

レオンハルトのバッハには、端麗な風格とともに一種独特の風情がある。

それを彼の"大家らしい弾き癖"と受け取る人もあるかもしれないが、この人の場合、すべてはバッハとその時代の様式を深々と究めた結果が表現に表われるのであって、恣意的かつ大時代的な身振りと混同されてはならない。

いかに表情豊かであれ、19世紀的な"ロマンティックなバッハ"とは明らかに一線を画しているのである。

この演奏の魅力のひとつは、クリスティアン・ツェルが1728年にハンブルグで製作したチェンバロの明るい響きが実に新鮮な驚きをもたらし、このコンチェルト様式の作品にいっそうの輝きをもたらしていることだ。

このチェンバロのイタリア風の響きはイタリア風の作品以外でも力を発揮しており、バッハの作品としては珍しく音たちが明るい陽光のもとで遊びたわむれる様を楽しむことができる。

レオンハルトの第1回の録音に比べて、この再録音はいっそうのゆとりと、自在さが感得される。

さらに2篇の「トッカータ」や「半音階的幻想曲とフーガ」など魅力ある名曲名演が揃っていることも、CDとしての価値をさらに高めている。

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classicalmusic at 00:01コメント(0)トラックバック(0)バッハレオンハルト 

2008年11月23日


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1956年に82歳の長寿をまっとうしたランドフスカは、ハープシコード音楽の再興者として、音楽史上忘れることのできない人である。

ここに繰り広げられているのはランドフスカ全盛期の音楽だ。

SPからの復刻なので、音は悪いが、戦前に定評のあった演奏である。

ここで使用されているプレイエル製のチェンバロは、歴史チェンバロ全盛の今日の耳からすればまったくもって奇妙なもので、音色も奇異に響く。

またランドフスカの演奏は極めてヴィルトゥオーゾ的でロマンティックなものだが、聴こえてくる躍動感や積極的な表現意欲は意外なほど新鮮だ。

いささか古めかしいスタイルなのでは、という予想に反して3曲のいずれもが時間的な古さを感じさせない。

チェンバロの音楽的生命を復活させた巨匠の、自信にあふれた演奏が展開している。それがなんともいえぬ活気を生み出している。

とりわけ「ゴルトベルク変奏曲」は数多くの優れたディスクの中にあっても見劣りしない内容をもっており、ランドフスカの頂点に位置する演奏といえるだろう。

各変奏があざやかに描きわけられていて、この長大な曲を飽きさせずに聴かせてくれる。

ことに、第25変奏の悲愴美をおびた旋律の歌わせ方など、たいへん感動的だ。

多少ノイズはあるが、バッハを知りつくした人でなければ表出できない、実にコクのある名演奏となっている。

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classicalmusic at 07:19コメント(0)トラックバック(0)バッハ 

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いうまでもなく、レオンハルト(1928〜)はモダン・チェンバロ全盛の時代にあって、歴史楽器の魅力の普及に努めてきた第一人者である。

その徹底した時代考証に裏づけられた解釈と洗練された音楽的趣味ゆえに、今日のオリジナル楽器の演奏家たちから絶大な信頼を寄せられている。

レオンハルトは何十年という演奏活動を通して夥しい数の録音を行っているが、膨大なチェンバロ・ソロの録音から後世に伝えるべきものを選ぶとなると、このディスクは無視できない。

しみじみとした語り口のアリアで始まり、どの変奏曲もレオンハルトならではの優美な節回しや18世紀的なマニールを聴くことができる。

たおやかな詩情に満たされた名演だ。

レオンハルトは若い頃のいわば直線的な造形ではなく、心のゆとりをもって作品に向かっているだけに、細部までニュアンスに満ち、全体としてはある種の普遍性に通じるといってよい広がりをもっている。

適切なアゴーギクとフレージングによって切り開かれてゆく響きの世界は、モダン・ピアノによる演奏とはひと味違う古雅な味わいで魅力的だ。

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2008年11月22日


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若い頃からしっかりとバッハを勉強してきたシフにとって、この作曲家の作品ほど豊かな発見の宝庫はないのではないか。

そうした発見の喜びが直接聴き手に伝わってくるのがシフのバッハの最大の魅力だ。

爽快なリズム感覚と初々しい感受性が際立っており、また響きに潤いがあって快い。

しかも、そこにはグールドが時折り見せるようなある種の強引さはない。

「半音階的幻想曲とフーガ」のような大きな身振りをもつ作品も、実に軽やかでスマートに響く。

「ゴルトベルク変奏曲」を演奏する場合、グールドが残した2つの演奏を意識せざるをえないだろうし、シフの演奏も明らかにこの作品とグールドに対する挑戦と思われる。

しかもシフは曲が特に要求しない場合、各変奏をおおむねアップ・テンポで弾き進み、反復において装飾を変奏し、また第7変奏のように全体をオクターヴ高く移してしまう大胆な試みを行いながら、あらゆる瞬間に生き生きとした表情を与える。

なんとも新鮮な息吹をもった演奏だ。

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classicalmusic at 15:18コメント(0)トラックバック(0)バッハシフ 

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シフの弾くバッハは軽快で軽妙、バッハへの親近感を助長するように親しみやすい表情に特色がある。

ここでもシフは感覚を喜ばせ、作品に親しみを覚えさせる演奏を繰り広げる。

シフは潤いのある美しい響きと自在なリズム感を身につけている。

後者はときに躍動するかと思うと一転、自然の流露に静かに身を委ねることができるもので、それは演奏に生気を与えることに大きく役立っている。

鍵盤の重い現代ピアノで弾いているとは思えないほど軽妙で、それが聴き手に何ともいえぬ楽しみを与えてくれる。

タッチが軽やかなら、リズムもまたボールが勢いよく弾むように自然の軽やかさを備えている。

バッハを高い所に祭り上げておきたい人は反発を感じるかもしれないが、聴けば聴くほど音楽の流れに呑み込まれていく。

グールドとは異なる意味でバッハを愉しく聴くことができる。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)バッハシフ 

2008年11月21日


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これははっきりとオリジナリティを持った、新しいピアノによるバッハである。

シフの演奏はチェンバロによるギルバートのものに通じるところがあり、新しい世代、つまり新ロマン主義の世代によるバッハ解釈の波の大きなうねりが感じられる。

彼はこの「平均律」をあらかじめピアノ用に作曲された作品であるかのようにピアノを引き寄せている。

しかも抒情的であり、タッチも多彩。美しい「平均律」だ。

第2巻も第1巻同様、実に音楽的創意に富んだ素晴らしい演奏だ。

よくコントロールされたピアノの音質は軽やかで、適度の深みをそなえ、色彩的にもニュアンスに富んでいる。

概して速めのテンポを設定したフーガの、しなやかでのびのびとした演奏が実に特徴的で、ややもすると形而上学的な世界に持ち込まれやすいフーガをきわめて世俗的な、だがすぐれた音楽的な感情に満ちた表現として聴かせている。

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classicalmusic at 04:53コメント(0)トラックバック(0)バッハシフ 

2008年11月20日


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両曲とも、アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズの弦の美しさに惹かれる。

チャイコフスキーはマリナーとアカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズのコンビが、デビュー当時から得意としていた作品だけあって、アンサンブルが緊密で、全体のまとまりのよい演奏となっている。

ことに、ロマン的色彩の濃い第1楽章と、ロシア舞曲を思わせるかのような第4楽章は、よく練り上げられており、また、弦楽器の響きの美しい音色には魅了されてしまう。

また、第2楽章「ワルツ」や第3楽章「エレジー」での旋律の歌わせ方や間のとり方、メリハリのきいた音楽の作り方にマリナーの良さが表れている。

マリナーは民族的な色調を強く打ち出すタイプの指揮者ではなく、ドヴォルザークの演奏でも、全体にさらりと流した表現である。

第1,3楽章など、かなりよくまとめてはいるのだが、欲をいえばさらにスラヴ的な情感がほしかった。

しかし、曲の陰影を精緻に表出した第2楽章のドヴォルザーク節の歌わせ方や、第4楽章の哀愁をおびた主題のあらわし方など、実によく練り上げられていて、うっとりと聴き惚れてしまう。

やや郷土色には乏しいが、生気の躍動するフィナーレなど、この団体の実力を遺憾なく発揮した好演だ。

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classicalmusic at 00:05コメント(0)トラックバック(0)チャイコフスキードヴォルザーク 

2008年11月19日


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1979年にカラヤンが来日公演した際の記録で、いかにもカラヤンらしい磨き抜かれた音色と精緻なアンサンブルに魅せられる。

この「第9」でカラヤンは自己の美学を完成したといってよい。

最弱音で開始され、壮大に高潮する第1楽章冒頭から、ただならぬ気配があり、強烈な力感が凄まじい気力を反映している。

全体に常に余裕のあるテンポをとり、巨大な風格を示している。

この「第9」は随所にカラヤン一流の豪快さがあるが、よく聴くと全体は意外なほど端正な造形でまとめられ、演奏の精緻なことでは比肩するものがない。

第3楽章の崇高な表現も見事だが、終楽章の盛り上げ方も素晴らしい。

特に終楽章は一分の隙もなく、安定した造形に細部の明晰さを加えた素晴らしい表現である。

そこにカラヤン独自の積極的姿勢が示され、スケールの大きい音楽を作っている。

独唱・合唱が優秀なことも特筆に値する。

管弦楽の克明・精緻なこと、情熱と緊張が次第に高まり、最後に一段と高揚する呼吸も素晴らしい。

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classicalmusic at 00:02コメント(0)トラックバック(0)カラヤンベートーヴェン 

2008年11月18日


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演奏はすでに語りつくされた名演揃いで、現在の様式感覚とは異なった一面もあるが、そうした問題を超越してトスカニーニの偉大な芸術性に改めて感嘆させられる。

この指揮者の情熱と意志力、そして明晰な歌謡性が総合された独自のスタイルは、余人の追随を許さない。

かつてトスカニーニの指揮は、アメリカを中心に現代の演奏様式に非常な影響を及ぼしたが、ベートーヴェンの交響曲全集は、彼の芸術を代表する名演揃いである。

しかしトスカニーニの演奏は、現代の音楽学的な研究の観点から眺めると、もはや過ぎ去った時代の表現という感がないわけではない。

かつて楽譜に忠実といわれた解釈も、現在の眼で見るとそうではなく、かなりロマン的で主観的な表情や解釈をまじえている。

しかし彼の場合は、音楽が凄いほどの生命力をもっていることを、いまも高く評価せねばなるまい。

現在、トスカニーニの演奏は楽譜に忠実という意味ではなく、視点を変えて受容されることが必要な時代といえる。

これらの演奏にみなぎる極度の緊張力とカンタービレの魅力、ドイツの伝統にしばられない率直な表情などが、改めて評価されてよいのである。

ここには明快な歌と灼熱の生命力をもった音楽があるが、現在の演奏では、ベートーヴェンに必要な意志的な力が、トスカニーニほど端的に示されることが、なくなってしまった。

したがってトスカニーニの演奏は、現在では新しい意味を感じさせる。

特に第3,5,7,9番の奇数ナンバーの曲は、作品の特色が攻撃的にあらわされて、聴き手の精神を高揚させずにはおかない。

なかでも第9番の解釈には、耳を洗われるような清新さがある。

やはり、これらの9曲は、ひとつの時代を画した演奏といえるだろう。

現代のベートーヴェンを語る上で、どうしても聴きのがせない珠玉の集成である。

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classicalmusic at 05:35コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェントスカニーニ 

2008年11月17日


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コダーイの無伴奏チェロ・ソナタは、ハンガリーのチェロの名手で、ワルトバウアー弦楽四重奏団のイエノ・ケルペーイ(1885-1954)のために書かれた作品だが、このシュタルケルの演奏と録音によって一躍広く知られるようになった。

無伴奏のチェロ作品といえばする誰の頭にも浮かぶのは、バッハの6曲の組曲である。

バッハの作が、本来は多くの声部を要する対位法の音楽を重音を極めて節約して用いる中で実現していることはよく知られている。

それに対しコダーイのこのソナタは、チェロに重音奏法による和音を徹底して求めている点で、バッハの組曲よりも相当に複雑で演奏も困難な作品である。

トランシルヴァニア地方の農民の民俗音楽のイディオムや、その原始的な音色そしてヴァイタリティを、独自のチェロ書法を通じて新たな音楽に生まれ変わらせた傑作である。

作曲者と故郷を同じくするシュタルケルは、この複雑で困難な書法をよく消化して、作品の底に力強く息づく肯定的なヴァイタリティをよく伝えてくれる。

彼はこれまで3度このソナタを録音しているが、この2度目のものは48年度のディスク大賞を受けている。

「松脂が飛び散るような」とか「楽器の胴の中にマイクを仕込んだように鮮明」と評された録音そのものは、今ではそれほど強い感銘は与えないが、演奏のひたむきだが強い主張は将来とも色褪せることはないだろう。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)シュタルケル 

2008年11月16日


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バッハの「ブランデンブルグ協奏曲」のような曲が、現代の18世紀の演奏スタイルや譜面の研究の急速な進歩に伴い、日進月歩の勢いで、その音楽の新しい本質の発見に迫りつつあるのに比べれば、バッハのヴァイオリンのソロのレコードは、全く遅れていた。

これはある面では進んでいるレコード・プロデューサーたちの意識が、この面に関しては立ち遅れていたことを示している。

そんな中、バロック・ヴァイオリンによるS・クイケンの全集がますます光りを放つことになる。

バロック・ヴァイオリンによる演奏は、当然今日の楽器とは響きも異なり、奏法も異なる。

ガット弦をバロック・ボウで弾いたときの発音の鋭敏さと、響きの軽くのびやかな抜けが、曲のごく細部までの設計と陰影を明らかにしている。

それでいて演奏には少しも説明的なところや、いかにも「至高の芸術との取り組み」といった尊大さが皆無なのが何より好ましい。

その演奏は、このよく知られた作品を別の面から見たような印象を与える。

安定感でもう一歩という個所もないではないが、この強張りのないバッハには強く魅せられる。

最初は物足りなさを感じるかもしれないが、クイケンの演奏は実はそう感じることがおかしいことを説得させる。

ここでは違う美学が力強く主張されているのだ。文字通り耳洗われる演奏である。

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classicalmusic at 15:49コメント(0)トラックバック(0)バッハクイケン 

2008年11月15日


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「復活」はアバドの瑞々しい音楽性が、たぐいなく美しいものに感じられる立派な演奏である。

どの楽章も新鮮さがあり、恐ろしさと甘美さ、戦慄と優美な憧れといった両極端なものが生々しく並び立てられる。

その多様さは、アバドがそれぞれの局面において自己の感受性の扉を全開した結果だ。

このように彼が、透明・清潔な音楽的感受性の強さで芯を1本通すことができたのは、この作品への自分の姿勢に自信があるためだろう。

第4番はウィーン・フィルがステレオで初めて録音したもの。

ここではアバドがかなり強烈な自己主張をしており、ウィーン・フィルを聴くというよりはアバドの指揮に耳を傾ける演奏となった。

流麗なだけでなく充分に劇的で生命力の躍動にも富んでいる。

特に第1楽章は若々しく新鮮で、大変スマートなマーラーであり、また極めて分析的で、曲想の移り変わりに神経を使っている。

第2楽章はクラリネットにつけられたルバートの巧みさなど息もつかせぬ面白さである。

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classicalmusic at 19:30コメント(0)トラックバック(0)マーラーアバド 

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現存する弦楽四重奏団で最も素晴らしいチームはどれか、と問われれば、私はためらうことなくジュリアード四重奏団の名をあげることになろう。

音楽創造の理念と水準は極めて高く、残念ながらあとのチームとは、桁が一桁違っているのである。

ジュリアード弦楽四重奏団全盛期のベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集は、1964年から70年までの長い期間に慎重に録音されている。

よく知られているように、ジュリアードはその初期には自分たちのアイデンティティを、現代や前衛の作品の怜悧な解釈に置いていた。

彼らはベートーヴェンの全曲録音にあたっても、現代・前衛作品を演奏するのと同様に、音楽の骨格や成り立ち、そして外観を厳しく彫琢することから始めた。

表現への意欲や情緒を先立てないこの厳格な取り組みだが、結果としてはそれが作曲者の意図をとてもわかり易い明晰なかたちで、聴き手に伝えられることにつながっている。

彼らの、演奏という名の創造行為には、高度の緊張と献身的な情熱がみなぎっているのだが、それこそは、ベートーヴェンのこうした大作を弾くのに最も適合した条件である。

余剰を排した潔く美しいベートーヴェンである。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンジュリアードSQ 

2008年11月14日


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アシュケナージの作品に寄せる心の優しさが滲み出ている演奏だ。

これらの作品からアシュケナージがひき出すロマンティシズムは、実にしっとりとした手ざわりを持っており、また無垢の新しさを示している。

アシュケナージの、知情意のバランスのとれた演奏は、隙のない美しさを印象づけると同時に、爽やかな後味を残す。

「子供の情景」では譜面に忠実で、心がこもっており、作品を構成する1曲1曲が、きめ細かく構築されている。

そして、表情は変化に富んでいるが、過度に飾らずに、この作品の本質にみあった、清らかで爽やかな表現が、演奏者の意図として伝わってくる。

「アラベスク」はピアニストの人間的な温もりとしっとりとした詩情に湛えられた秀演で、所々、揺り籠のようにリズムを揺らす。

表現の幅を広く大きくとり、ロマンティシズムにあふれた演奏を聴かせている。

音色は相変わらず美しく、清潔感が漂っているが、その調和を保つことから一歩はみ出して、自身の感じたままに思いきりよく表現する姿勢も、ここにはみえている。

シューマンのたゆとうようなロマンティシズムを詩情豊かに、しかも円熟した味わいを伴って表した演奏といえよう。

その他の曲でも表面的なアプローチではなく、シューマンの作品の中に深く沈潜し、そこからあたかも時が満ちて花が開くように立ち現れる表現は、この上ない喜びを与えてくれる。

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classicalmusic at 00:05コメント(0)トラックバック(0)シューマンアシュケナージ 

2008年11月13日


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ピアノ協奏曲では、巨匠の道を歩むブレンデルとザンデルリンクの2人の個性がよく結びつき、演奏に大きな風格を与えている。

ブレンデルは十分ロマン的でありながら、その表情は決して大げさに崩れることがない、制御の利いたブレンデルらしいアプローチが、シューマンの音楽の美しさをつぎつぎに明らかにしていく。

彫琢された音色で、繊細に表情をつけながら、この作品のうちにひそむ、一抹の不安感や悲哀の色を見事に引き出した演奏である。

きわめて裾野の広い音楽作りを通して、繊細さから強靭さ、柔和さから鋭い緊迫感までを巨大なスケールで打ち出してくる。

ザンデルリンクとのコンビネーションも素晴らしく、競演の醍醐味を堪能することができる。

ここでブレンデルが聴かせてくれるのは、青春のロマンティシズムではなく、いわば熟年のそれ。

しかし「幻想曲」など雄渾たるべきところは充分に雄渾であり、決して迫力不足になっていない。

ただ演奏全体の傾向や流れからみれば、このブレンデル盤は若い聴き手よりも熟年の聴き手に好まれ、理解されるのではあるまいか。

聴き手も演奏を選ぶが、演奏だって聴き手を選ぶのだ。

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classicalmusic at 00:08コメント(0)トラックバック(0)シューマンブレンデル 

2008年11月12日


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LP初期の名盤で、2曲ともフランチェスカッティの唯一の録音。

全盛期のフランチェスカッティの美音が時代を超えて迫ってくる演奏で、おそらく彼のベストCDといえるだろう。

その耽美的な音色は聴き手をぞくっとさせるものをもっている。

パガニーニには往年のクライスラーを豊麗にしたような歌の陶酔があり、サン=サーンスには水もしたたるばかりの蠱惑がある。

フランチェスカッティに対するわが国での認識と評価は、必ずしも当を得たものであったとは思えない。

彼の音の艶やかさと響きの均質な美しさは、20世紀前半からのヴァイオリニストたちの中でも出色であり、その演奏は、音域による響きの不均衡などはまったく考えられない。

そして、それを基盤とした音楽表現が、充分に、しかもきわめて自然に展開されているために、かえって聴く人への印象が強烈なものになっているところもある。

彼のすぐれた録音は、かなり数多く残されているが、ミトロプーロス/ニューヨーク・フィルとのサン=サーンスの第3協奏曲は、その特質が巧まずして生かされているという点で、やはり傑出したひとつといえる。

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classicalmusic at 00:09コメント(2)トラックバック(0)パガニーニサン=サーンス 

2008年11月11日


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C=デイヴィスの「サムソンとダリラ」は、コヴェント・ガーデン・ロイヤル・オペラの音楽監督時代から定評があり、このグランド・オペラとオラトリオ的性格とが折衷されたような異色のオペラに最適の指揮者だろう。

C=デイヴィスの指揮は、現代的で、テンポのよい運びで、劇的に表現していて、素敵だ。

C=デイヴィスの指揮は、バイエルン放送響と合唱団を徹底的に磨き上げ、その響きに高度の洗練性を与え、サン=サーンスの音楽の一面である古典的美観と、このオペラのエキゾチックな色彩感、官能性のすべてを過不足なく描き出している。

バルツァのダリラが、妖艶で、ふるいつきたくなるような官能美にあふれていて魅了される。

その豊麗極まりない美声を、ダリラの妖しい官能的魅力の表現に巧みに活用している点が特筆される。

サムソンのカレーラスも、やや整いすぎている感じもしないではないが、その力強く端正な歌唱には好感がもてる。

ドラマティックな表現で、激情の高まりを巧みに歌い出している。

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2008年11月09日


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下手にアプローチすると、いかにも力づくで、悪趣味な演奏となりやすいこれらの交響曲なのであるが、モントリオール響を指揮したデュトワ盤で聴くことのできる演奏は、もっと洗練された、上品な性格だ。

デュトワの演奏はパリ時代のプロコフィエフを想わせるようで、ソノリティが相対的に明るい美しさに包まれている。

この交響曲とバレエ「シンデレラ」との関係を強調したアプローチは新鮮である。

おどけた気分とプロコフィエフ独特の執拗さとを軽妙に扱った第5番のスケルツォ楽章など巧いものだ。

磨きあげられた明るい音色で、各表情がきりりと引き締まって、整然と描き上げられている。

プロコフィエフの音楽におけるモダニズムの側面を、少しの無理もなく開陳させたような演奏といえよう。

この演奏を聴くと、プロコフィエフの音楽から優雅と洗練を備えたラテン的感性が伝わってくる。

第1番などまさにその典型で、第1楽章のやや遅めのテンポをとったリズムの躍動感の中には、瑞々しい美感を発見させる。

あとの3つの楽章を含めて木管の色彩的魅力はたとえようもなく、音楽が豊麗にふくらみをもつ。

第5番も明るいソノリティをもって旋律をのびやかに歌わせた演奏だ。

第5番に対する、これまでの既成観念を見事にくつがえしてくれた快演というべきか。

デュトワとモントリオール響がいかに好ましい関係にあったかを、改めて気づかせてくれる好内容である。

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2008年11月08日


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ブラームスの「ピアノ協奏曲第2番」はピアニストにも、また指揮者とオーケストラにも、知・情・意・心・技・体のすべての充実を要求する難曲中の難曲である。

こうした要求のすべてを見事にこたえるのはポリーニ/アバド/ベルリン・フィルの演奏だ。

ポリーニの彫琢され尽くした美しい音と明快なフレージング。そして音楽への恐ろしいまでの集中から逆に生じる清冽な歌。

アバドの緻密で均整が取れ、しかも奥行きのある造形と、その中で節度をもって、だが清らかに高まる磨き抜かれた南欧的カンタービレ。

加えてベルリン・フィルの魅惑的な音色。

現代の音楽家たちによる現代の名演のうちでも屈指のものと言うべきである。

第1楽章からポリーニとアバドの激しいぶつかり合いが眼前に浮かぶほどの熱のこもった迫力のある演奏を展開している。

ポリーニのピアノは、超人的な力感のあとにすごいデリカシーが待ち受けており、曲想の対照が実に鮮やか。

アバドの指揮も見事で、スマートさを基本としながらも、濃密であり、ことに第2楽章の静と動の兼ね合い、静かな部分の弦の美しさは出色だ。

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2008年11月07日


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シューマンは躁と鬱の気分の交錯する人だった。

躁ははつらつとして高揚する一方、破壊的、破滅的な衝動に突き進む気質であるが、鬱はやさしい夢想に耽る一方で、虚無と絶望に沈みやすい気質である。

「幻想曲ハ長調」はどちらかというと躁気質がまさっているが、鬱の翳りもきざし、そのモザイク状の気分のめくるめく交錯に響きの魅力がある。

それを踏まえた上で、曲全体のロマン的香りという点では、ペライアだろう。全体の流れが夢見るように美しく、全体にソツがなく過不足なくまとまっている。

ペライアの演奏はいつもながら、きわめてバランス感覚に優れている。

作品を客観的にながめる眼差しを持ちながら、ぴったりと作品に寄り添っている。

そして清潔な抒情性、これは彼のピアノの音の美しさも大いにかかわっている。

まったく隙のない構成を作りながら、豊かな息づきを持ち、決して押し付けがましくない自然な音楽の流れを生み出している。

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2008年11月06日


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カラヤンが残した唯一のシューマン/交響曲全集。

いずれもかなり外面的、機能主義的なコンセプトに基づいた演奏で、第1番はシューマン独自の陰影の濃い楽想がやや明快に整理されすぎた感がある。

第2番は4曲中最も優れた表現で、カラヤン風ではあるが作品の晦渋な内容を解きほぐしている。ことに第3楽章はカラヤン美学の極致だろう。

カラヤンは第1番、第2番などではかなり無理してまとめ挙げている部分があるように感じられるが、さすがに「ライン」交響曲あたりになると、カラヤンとベルリン・フィルのスケールと作品のスケールが合ってきて、立体感と風格のある優れた演奏になっている。

第3番は聴かせ上手という意味では申し分なく、第4番も個性的で徹底したカラヤン調でヴァイオリンの独奏も流麗この上ない。

第4楽章では独自のルバートを駆使しているが、耽美的といえるほど美しく、音楽的にも自然だ。

全体に真摯で重厚、最もシンフォニックな魅力に満ちた劇的な演奏で、一本筋の通ったドラマの確かな手応えがある。

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2008年11月05日


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このアルバムで実に印象的なのは、ニコラーエワ編曲の「トッカータとフーガ ニ短調」だ。

ロマンティックな壮大さがトレード・マークのような、このポピュラーな作品がなんと軽やかに響くことか。

特にトッカータでその感は強い。

ニコラーエワの編曲は見事にピアニスティックだ。

続く作品群もすべてニコラーエワ流の、彼女が感じるままのバッハで、実に女性らしいナイーヴな情感が常に流れている。

ニコラーエワの弾くバッハで感心するのは、ポリフォニックに書かれている曲や、構成のうまさである。

諸声部を解析的に演奏し、全体に流暢なニュアンスをあたえて息づかせる能力と、各曲の性格と楽想に応じて浮き彫りにする点はまったく見事である。

独立した各声部のすべてが、なんの苦もなく鮮明に弾き出される。

あまりに見事なため、分析的な演奏ともいわれるが、決して冷たい印象を与えない。

むしろ感情移入が激しく、ロマン的にバッハを再現する。

テンポ設定、レガートやスタッカートの使い分け、音質の硬軟など、いわば彼女の日常の語り口でおこない、表現のすみずみに多彩な豊かさを感じさせる。

伝統的なバッハ演奏を望む人にはこうした点が不必要と思うかもしれないが、内面を深く描く演奏は一聴に価する。

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2008年11月04日


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1971〜72年に録音されたカラヤン唯一のメンデルスゾーン/交響曲全集。

カラヤンの演奏は、メンデルスゾーンの作品に共存する古典主義的理念よりも、ロマン的な情感の方に傾いているように思える。

彼はベルリン・フィルから、ふくよかでつややかなほとんど類例のない響きを作り出し、感覚的にも驚くべき洗練を感じさせる。

感傷的・抒情的な一面がカラヤンの個性でおおわれて、優美な装いで表されたメンデルスゾーンといえよう。

特に「スコットランド」は魅力的な演奏の多い曲で選ぶのに困るが、結局最後にものを言うのはオーケストラの力量のように思われる。

カラヤン盤はオーケストラの技量と響き、そして指揮者の作り出す造形感の両面で最高の仕上がりとなっている。

メンデルスゾーンが彼に合っているかどうかは別として、ここでのドラマは見事というほかない。

そしてカラヤンは、ベルリン・フィルからいつになく抑えた端正な響きを引き出し、折り目正しい造形感と流麗なロマンティシズムをバランス良くミックスした卓越した演奏になっている。

「スコットランド」の第1楽章のしなやかな旋律の歌わせ方と、第4楽章のコーダでの高揚感は他を寄せ付けない。

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2008年11月03日


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この交響曲の演奏はたいそう難しい。

可能な限り表情たっぷりと再現してしまうと、辟易としてしまうし、かといって、あまり深入りしないように距離を置いて再現されると、今度は物足りなくなってしまう。

そのあたりの兼ね合いといったものが、なんとも難しい。と同時にそれはR.シュトラウスという作曲家の作品全体を通じていえる難しさであると考えることもできよう。

というわけで、当然ながら、この交響曲のディスク選びも難しい。

カラヤン盤のようにオーソドックスなアプローチで、表情豊かにやりすぎてしまうと、この交響曲の「私小説」にもならないような私小説的要素をあまりに無批判に通してしまう結果になり、一方、フルトヴェングラー盤になると、そうした批判性はあるのだけれど、出来ることなら、もう少しよい音の状態で聴きたいと思ってしまう。

あれやこれやと考えていると、すべて一長一短で、なかなか決めにくいのだが、最も素直に聴くことができるという点ではセル盤が最右翼にくるだろう。

R.シュトラウス自身から直接教えを受けたこともあるセルは、この作曲家の他の演奏においてもすぐれた演奏を残している。

ここにおいても、セルがつくりあげた演奏は知・情・意のバランスがとれたものといえよう。

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2008年11月02日


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「第7」はドヴォルザークの全交響曲の中でも、その恩師ブラームスの影響が最も大きく開花した傑作で、その後の「第8」「第9」に見られる民族的抒情性が抑制され、構築的な、よく書き込まれた作品となっている。

マゼール/ウィーン・フィル盤は、この曲のそうした側面を見事に引き出した名演。

特に第1楽章での、流麗なフレーズと、とつとつとしたブラームス的な後ろから押し上げる音型との対比は鮮やか。

中間楽章は、キメの細かな表情づけがウィーン・フィルののびやかな音色と相まって美しい。

そしてギクシャクした情熱を繰り返しぶつける終楽章まで、一貫してブラームスの「第3」を思わせるような濃厚な演奏に徹して成功している。

一見個性的だが、この曲の本質をよくとらえた名演だ。

マゼールはウィーン・フィルの美音を最大限尊重しつつ、知的な計算によってオーケストラをよく鳴らし、加えて起伏感もうまく表出している。

「新世界より」では、全体はさらりとした表情で速めのテンポで進行するが、勘所では実にニュアンス豊かに、気品高く音楽を歌わせ、リズムの抑揚の変化も自然で、いずれの面でも過不足がない。

マゼールならではの知・情・意のバランス良好な充実した演奏。

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2008年11月01日


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グィド・カンテルリは、1956年11月24日に飛行機事故により、わずか36年の生涯を終えてしまった。

イタリア系の指揮者で、トスカニーニにその才能を高く評価されていたが、その演奏は、トスカニーニとは大きく異なり、深々とした呼吸の音楽に特徴があった。

アポロ的とも言える澄んだ響きの構成感のくっきりとした音楽と、伸びやかな歌を内に取り込んだ深く沈み込む情感とが一体となった彼の指揮は、そのまま生き続けていたならば、どれほどの巨匠となって、今日の私達の耳を楽しませてくれただろうか、と思わせる。

カンテルリの演奏は、このところ放送用のテープからのCDがかなり出ているが、EMI系の英HMVに、かなりの量の正規録音を残している。

その中にはミラノ・スカラ座管弦楽団とのチャイコフスキー「第5」の名演もあるが、その他はフィルハーモニア管との録音だ。

メンデルスゾーン「イタリア」、シューベルト「未完成」、シューマン「第4」、ブラームス「第1」「第3」、ベートーヴェン「第7」、チャイコフスキー「悲愴」、などの交響曲の他、ワーグナー、ドビュッシーの管弦楽曲など、かなり広範囲にわたっている。

その内「未完成」とブラームス「第3」、ベートーヴェン「第7」はオリジナルのステレオ録音が残されている。

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