2008年12月

2008年12月31日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



忘却のなかからよみがえった大ピアニスト、ヴェデルニコフの遺産のなかでも、ベートーヴェンの晩年の3大ソナタ集は格別に深く心に刻まれるディスクである。

旧ソ連体制のなかで深く「音楽」そのものに生き甲斐を求めたヴェデルニコフならではの表現が聴かれる。

ベートーヴェンの晩年の思索性がヴェデルニコフ自身のそれとして如実に音響化されている想いがする。

テクニックも万全である。

第31番は第30番と同様、ここでもヴェデルニコフは自己の限定された世界のなかでベートーヴェンの音楽の開放を求めている。

そのことが如実に表現されている演奏。

人間の精神の無限さを具現するものとして、これは貴重な記録でもある。

ここにはいかなる感情過多の表現もないが、作曲者の情念は常ならぬ切実さをもって伝わってくる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:24コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェン 

2008年12月30日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。

  

「冬の旅」は1981年度のモントルー国際レコード大賞を受賞した名盤で、ヘフリガー61歳のときの録音である。 

一時期、演奏活動から遠ざかっていたが、これはカムバックしてからの録音である。

何という若々しい衰えのない声、崩れのいささかもない歌だろう。

そのしなやかでみずみずしい声は、やや表情にかたさのあった昔にくらべ、より魅力的で、人生の年輪を重ねた人ならではの、じっくりとした味わいのある歌を聴かせてくれる。

「美しき水車小屋の娘」はヘフリガー63歳時の4度目の録音。信じられぬような瑞々しい声と情感が全曲に広がり、若い世代のテノールには到底歌い出せないような純粋な抒情の世界を作り上げている。

一時ダウンしかけた声が60歳になって見事復調し、以前にも増して美しいレガート唱法を獲得している。この歌への執念と愛情には脱帽せざるを得ない。

「白鳥の歌」は65歳という高齢での録音だが、信じられないほど瑞々しい声で、シューベルトの最晩年の深い抒情を、見事に表出している。

このくらいの年齢になると高音が不安定になり、音域を下げてうたう歌手もかなり多くいるのだが、ヘフリガーの場合は、シューベルトの書いたオリジナルどおりにうたっている。

「セレナード」の淡いロマンティシズムや、「アトラス」の彫りの深さなど、美しい声のなかにも、年輪の厚みの感じられる歌唱だ。

「別れ」の瑞々しさはどうだろう。ハンマーフリューゲルの素朴な味わいも、この名歌手の歌とよく似合っている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:03コメント(0)トラックバック(0)シューベルト 

2008年12月29日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ピアニストのハーラは、1928年、南ボヘミアのピセクに生まれた。

プラハ音楽アカデミーを卒業してからただちにソリストとして活躍、1952年からスーク・トリオのメンバーとなり、室内楽の分野でも積極的な活動をおこなった。

これは、ピアノと弦楽器との均衡が、きわめてうまくとれた演奏で、ピアノのハーラが巧みにリードしながら要所をぴたりと押さえている。

アンサンブルは、高度に練りあげられ、5人のリズム感は実にしっかりとしている。

5人全員のアンサンブルが実に高度に練りあげられ、リズム感はぴったりと揃い、躍動感にあふれ、美しさをみなぎらせている。

全体的にピアノのハーラが音楽の流れの根幹をつくっていて、うまくリードし、要所要所を引き締めて、室内楽的バランスをとっている。

全体の流れは瑞々しく、生き生きとした光り輝く大きな川の流れを思わせる。

緊迫感と抒情を配慮し、きわめて聴きがいのある演奏になっている。

この楽団にとって3回目の録音。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:22コメント(0)トラックバック(0)シューベルトスメタナSQ 

2008年12月28日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



多くの地域を巻き込んだ20世紀のふたつの世界大戦の悲惨さを後の世に伝えることは、20世紀に生きた者たちの使命かもしれないと考えながら音楽史を見渡すと、切っ先を向けるように目に飛び込んでくるのが、このノーノの作品である。

第二次大戦中のレジスタンス戦士十人が、処刑される直前に残した手紙をテクストとするこの曲は、ファシズムへの飽くなき弾劾を続けたノーノの代表作であるばかりでなく、1920年代にシェーンベルクによって始められた12音技法を継承する形で生じた、戦後のセリー手法の代表作でもあり、その意味では20世紀の発展的音楽史上のメルクマール的な存在であると同時に、戦後世代が作った数々の前衛作品のなかでも、最も強い感銘を誘う作品である。

1956年の完成であるにもかかわらず、重い内容が災いしてか、あるいはイタリア共産党員であったノーノの立場が微妙に作用してか、はたまた演奏の難しさが高いハードルになってか、なかなか録音に恵まれなかった(上演頻度も極めて低い)。

CDでは伊Stradivariusのマデルナ盤が辛うじて作品の姿を伝える程度であったが、これまで何度か実演で採り上げていたアバドが、ベルリン・フィルの常任になってから実況録音した盤は、唯一の正式録音であると同時に、これ以上はなかなか望めぬほどの精緻な演奏になっている。

これをもって後の世に伝える20世紀後半の作品とその録音の代表とすることに、異論はなかろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 02:57コメント(0)トラックバック(0)アバド 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ウィーン市の音楽総監督であるアバドが1988年に創設し、毎年秋に開かれている現代音楽祭「ウィーン・モデルン」の記念すべき第1回(1988年)のオープニング・コンサートのライヴ録音である。

リームの「出発」は同音楽祭のための委嘱作で、ランボーの詩による作品。リーム(1952-)は新ロマン主義で知られるドイツの作曲家だが、レコードはこれが初めてである。

「出発」はリームの作曲家としての力量を余すところなく示し、表出力の強さにおいて新ロマン主義の名に恥じない。

リゲティの「アトモスフェール」と「ロンターノ」は、トーンクラスター時代の傑作だ。

ノーノの「愛の歌」も彼の出発点を知る上で興味深い。

ウィーン・フィルを率いるアバドがなかなかの力演ぶりで、これらの現代音楽にまじめに取り組んでいるのがうかがえ、その精緻な演奏が、どの作品でも構造に深く切り込んでいるのがすばらしい。

特にひとりひとりがひとつのパートに細分されたクラスターによる代表作であるリゲティの「アトモスフェール」では、楽譜に描かれた内容を正確無比に再現したこの録音を聴いて初めて、作曲家の思い描いていた音楽の姿を理解した聴き手も多かったはず。

水際立った演奏である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:46コメント(0)トラックバック(0)アバド 

2008年12月27日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



バックハウス(1884-1969)はまぎれもなくドイツが生んだ大ピアニストであり、生涯をピアノ演奏に捧げた巨匠である。

特にベートーヴェンの解釈で高い評価を受けた彼の残した名盤は、この協奏曲集も含めて、現在でもベートーヴェン演奏の規範のひとつとされる。

ところで、彼は1899年からオイゲン・ダルベールに師事したが、さらに辿ってゆくと、ベートーヴェン〜チェルニー〜リスト〜ダルベール〜バックハウス、という師弟関係が成り立つ。

そしてバックハウスは、自らが受け継いだドイツ・ピアニズムの伝統をかたくなに守る姿勢を貫き、しかもその演奏解釈をこれまで誰もなし得なかったところまで深く深く掘り下げた。

彼がベートーヴェンの解釈にひとつの時代を築いた規範とされる所以である。

このアルバムはバックハウスの1958年と59年の録音ということで、その演奏には彼が枯淡の域に到達していることが窺えるが、ドイツの伝統を汲む正統的な解釈や古典的な格調の高さは、現代にあってもこのうえない価値をもつものと言えよう。

第1番から第5番「皇帝」まで、どの曲にも巨匠の風格を如実に感じさせるソロが聴ける。

それは重厚で深みがあり、毅然とした風格が漂う。

一方、指揮者シュミット=イッセルシュテットとのコンビも強力である。

彼は各楽器を充分に響かせて、深いコクのある味わいをオーケストラから引き出し、バックハウスのピアノをしっかりと支えている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:02コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンバックハウス 

2008年12月26日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ブレンデルが1979年から85年にかけて取り組んだディスクである。

ハイドンのピアノ・ソナタは、曲の内容にそうとうムラがあるので、ブレンデルは、50曲あまりのなかから、音楽的に充実した11曲を選んで録音している。

ハイドンのピアノ・ソナタというと、ハイドン当時の古い楽器を用いて演奏するやり方や、グールドのようにハープシコードのようにピアノを弾くような演奏方法もある。

だが、ブレンデルは、あくまでもピアノ本来の弾き方をしており、すこぶるダイナミックで現代的な表現となっている。

ブレンデルは、極めて表現力の豊かな現代のピアノを用いて、ハイドンの音楽を、その様式内でコントロールする方法を完全に手中に収めている。

彼の手にかかると、なまじハンマーフリューゲルを用いた歴史的解釈による演奏よりも、ハイドンの"実像"に迫っていく。

すべての反復を演奏しても、決して冗長ではないのもその様式観のせいだ。

感心するのは、明快なリズム処理で、いずれの曲もハイドンの音楽が生き生きと息づいていることだ。

このニュアンス豊かな表現は、ハンマーフリューゲルでは決して達成できない類のもので、ブレンデルのピアノによって初めて聴くことのできる表現である。

ハイドン自身がピアノの名手ではなかったため、曲の内容が比較的地味なものが多いが、こうしたブレンデルの演奏を聴くと、ことに晩年につくられた曲での音楽的な充実ぶりには目をみはらされる。

いま現代ピアノで聴く最も魅力的なハイドンがここにある。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:49コメント(0)トラックバック(0)ハイドンブレンデル 

2008年12月25日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ガーディナーの新鮮この上ないバッハだ。これは18世紀が昨日であったかのように、身近にきこえてくる名演で楽しい。

ガーディナーは、ドイツ風の厳粛な宗教曲のスタイルとはまったく異なった、人間味あふれた、生き生きとしたバッハ像を描き出している。

ガーディナーは生気のあるリズム、躍動するような音楽づくり、軽く透明な音響像でこの作品を演奏してみせる。

無類に楽しく、適度に庶民的、肩の張らないこの演奏の核はリズム処理にあり、生命の根源としてのリズムの多様さを次から次へと描き出す。

「クリスマス・オラトリオ」は、作品の性格上、「マタイ」などの受難曲以上にガーディナーの明るく丁寧で優しい表現が生きてくる。

しかし、優しいといっても単に滑らかなだけではなく、リズムの躍動感、ポリフォニーのドラマティックな処理など、積極的な表現意欲に溢れているのが何よりもすばらしい。

作品に付された喜ばしさと、音楽する根源にある喜びとが、この曲の演奏で一体となったとでも言うべき稀有の成果である。

ソリストにも優れた人々が揃っているが、気負いはなく、ことさら歌唱のうまさを前面に出すこともなく、日常生活の中から歌い出してきた自然さに包まれている。

無理に個性を殺すことなく、かといって出しゃばり過ぎず、自然な歌唱で安心して聴ける。

特に自在で正確かつ音楽的な歌唱のベーアが図抜けている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)バッハガーディナー 

2008年12月24日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ピアノでバッハをいかに弾くか、についてのブレンデルの考えがはっきり理解できる演奏。

それぞれの作品の構造に対する優れて知的な解釈が、実像として具体化されている。

構築的なスケールの大きさと若々しさが魅力。

「半音階的幻想曲とフーガ」、「イタリア協奏曲」ともに輝かしい音色で、リズミカルに演奏したもので、その生気にあふれた躍動感は、こころよい。

ニコラーエワ同様あたたかみのある表現だが、さらに若々しくフレッシュである。

歯切れよく美しい「イタリア協奏曲」。リズム処理がうまく、こまやかな表情づけの光った「半音階的幻想曲とフーガ」。

こうしたスタイルの演奏は、若い世代のバッハ・ファンには好まれよう。

2曲のコラール前奏曲は、かつてのケンプのように暖か味に溢れた演奏だ。

しかもブレンデルがケンプより優れた点は、BWV.971の第3楽章、BWV.922や、BWV.903での、端正で歯切れのよいリズムと豊かでのびのびとした想像力が必要とされるところで、実に鮮やかに鋭敏な感受性と多彩な表現力を発揮するところにある。

躍動するバッハがここに実在するといってよい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)バッハブレンデル 

2008年12月23日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



協奏曲はそれほど技巧を外に表さず、音楽の内面をじっくりと掘り下げて、この曲のもつ抒情性を尊んだ外柔内剛の演奏。

最高にすばらしいテクニックを持っていながら、それを決して誇示せず、じっくりと弾いた演奏である。

スターンには1959年にバーンスタインとニューヨーク・フィルをバックに弾いたものもあり、それも、きわめて健康的な快演だったが、この演奏には年輪の厚みを加えた大家の、内面からわき出た心の"歌"がある。

作品の抒情的な面に光をあて、ひとつひとつのフレーズをまごころこめて弾きあげているところがよく、ことに第2楽章の深々とした味わいは絶品だ。

バレンボイムの伴奏も音楽的にきめが細かく、スターンの深みのある演奏を見事にサポートしている。

2つの「ロマンス」は色気のない音で厳しい表現を示す。ともに中間主題の熾烈さが聴きもの。

小澤の指揮は誠実そのもので、充実した厚みと豊かさを持ち、落ち着いた足取りがスターンの音楽にぴったりである。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:02コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンスターン 

2008年12月22日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ブレンデル最初のベートーヴェン全集であるが、早くも彼のきわめて知的なベートーヴェン解釈が、はっきり表面に打ち出されている。

彼は余分なものを一切付け加えず、あくまで作品そのものに語らせようとする。そのための知と情のコントロールも見事だ。

その結果聴かれるのは、端正でバランスに優れ、しかも深い楽譜の読みと端正なテクニックの行使に支えられた説得力あふれる演奏である。

その後2度の全集に入っている演奏と比べても、ブレンデルの本質は少しも変わっていない。

眼前の楽譜を論理的・分析的に読みとり、それに基づいてベートーヴェンを論理的に構築しようという確信が、彼を支えている。

どの曲の演奏も音楽の呼吸が自然で表情に温もりがあり、しかも明晰である。

演奏全体は穏健であり、誰でも抵抗なく受け入れられる伝統的なベートーヴェン解釈である。

ブレンデルの狙いは、徹底した作品分析をもとに、明快で論理的な演奏を構築し、しかも乾いた演奏との印象を与えないように、ひびきの細やかなニュアンスに留意し、旋律的にも和声的にも、潤いのある抒情的な表現を志向している。

剛ではなく、柔のベートーヴェンが、ブレンデルの描こうとした世界である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 10:32コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンブレンデル 

2008年12月21日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



このソナタは、超絶技巧的な要素と瞑想的な要素をどのように結びつけるか、どのようにバランスをとるか、ということが極めて難しい作品であり、経験不足とか中途半端な状態では決して立ち向かうことのできない厳しい音楽ということができる。

これは聴き手にも要求されることで、このソナタを聴こうというときにはある種の緊張感が生ずるが、その緊張感を曲が終わるまで持続させ、聴き終わった後の満足感と疲労感を強く覚えさせるのがブレンデルである。

ソナタは少しも背伸びしたところのない、緩急自在の堂に入った演奏であるが、それでいて内面的な緊張は鋭く、このソナタを長すぎると感じさせない。

この曲の技巧的な華麗さを強調せず、内面的に深く掘り下げた演奏をおこなっている。

ブレンデルならではの音色の美しさも聴きものだ。

たいていのリスト弾きがこのソナタを拡散した感じで弾くのに対し、ブレンデルは凝縮した感じの演奏をしている。

このあたりが彼の優れた解釈、感覚であろう。

彼の爽やかな技巧は他の曲にもよく表れており、冷静に音を運びながらもつねに思索的なブレンデルの名演の前には、リスト嫌いといえども耳を傾けたくなろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 04:01コメント(0)トラックバック(0)リストブレンデル 

2008年12月20日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



オペラの楽しさはまず序曲から。

モーツァルトの有名なオペラの序曲がまた、音楽的に実にすぐれており、モーツァルトのオペラ入門曲としては、うってつけの音楽となっている。

このディスクはモーツァルトの有名な序曲を9曲集めたもので、選曲のよさに加えて演奏の質もきわめて高い。

スウィトナーは、これら9曲を完全に手中に収め、それぞれ趣を異にする曲の性格を鮮やかに浮き彫りにしている。

「フィガロの結婚」は心が浮き立つように音楽が息づいているし、「劇場支配人」は、その闊達な表現に魅了される。

「ドン・ジョヴァンニ」もこの曲のもつ暗い雰囲気を余すところなく表出していて見事だ。

ベルリン国立歌劇場管弦楽団の独特の響きもあって、明るく華やか!じゃないところが好ましいモーツァルト。

古き良きモーツァルトと、別に本当に古くはないのだけれど、感じてしまう。

このオーケストラの響きの、いわば長所が出ている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:02コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトスウィトナー 

2008年12月19日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



演奏は、ウィーン・フィルの伝統を生かすことを心がけているようで、楽員の自発性も尊重されているが、結局はバーンスタインの音楽を強く感じさせるのはさすがだ。

「ハフナー」はウィーン・フィルの柔軟な響きと均質なハーモニーが美しく、それがバーンスタイン特有の開放感に満ちた表情と溶け合っている。

特に第2楽章のおおらかで優美な表情は、バーンスタインとウィーン・フィルの相性のよさを伝えている。

しかし「リンツ」はいささか緊張に乏しい。

第39番が素晴らしく、随所にバーンスタインのスケール大きな表現と人間的なあたたかさを伝えてくれる。

「プラハ」も美しく、造形的にも堅実。

第40番はバーンスタインの豊かな音楽性とウィーン・フィルの伝統的な音楽様式が融合して、実に抒情的に歌う表現を展開している。

しっとりとうるおう弦の美しさが、哀調をおびた旋律を味わい深く独自の透明感をもって表現している。そして徹底的に歌ってもいる。

「ジュピター」は溌剌とした活力を評価したいが、わずかながら表現的な弱さを感じさせる。

とはいえ、これらが偉大な指揮者の雄大な音楽であることは改めて付け加えるまでもないと思う。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:03コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトバーンスタイン 

2008年12月18日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



シノーポリ盤は、まるで名医の整形手術を受けて、美人に生まれ変わった「リゴレット」だ。

シノーポリの主観が強く正面に打ち出された演奏で、彼は、歌手たちを自分の意のままに動かしながら、全体を極めてドラマティックにまとめている。

その緊張感にあふれたコクのある表現は、この人ならではのものである。

しかも神経は細やかに行き届き、その語り口は生き生きとした魅力にあふれ、息もつかせずリゴレットの悲劇に一部始終を聴かせてしまう。

シノーポリのテンポ設定はまさに絶妙で、リコルディ新校訂譜に基づいており、しかも歌手たちは慣習的なヴァリアンテを行わない。

彼の入念なスコア解釈と強い表出意欲によって、独特の存在感を持っている。

特に第3幕の演出のうまさは格別だ。

ブルゾンのリゴレットも充実し、数あるこの曲の録音でも最良のひとつ。

ブルゾンの知性と暗さ……それが暴力を誘発する……には凄味がある。

豊麗なグルベローヴァも魅力的。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:13コメント(0)トラックバック(0)ヴェルディシノーポリ 

2008年12月17日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



レクイエムの名曲中の名曲とあって、極論すればどんな演奏でも聴き手を感動させてしまう見事な作りになっている。

あるいは作品の深い音楽性が演奏者の敬虔な心を著しく揺さぶるので異常な名演が生まれるのかもしれない。

ベームにはベームの方法論があり、ジュリーニにはジュリーニの方法論があるはずだが、不思議なことにこの曲に関しては、判断基準はいつも指揮者の"精神性"になってしまうのだ。

バーンスタインの場合も例外ではない。

ゆっくりとしたテンポで始められる冒頭から、深く曲の中に没入したバーンスタインの姿を見る思いがする。

オーケストラと合唱団も指揮者の表現をよく受けとめ、とうとうとした流れの中に深々とした思いを漲らせている。

「キリエ」のフーガでは力強い堂々とした構築が聴かれるし、それに続く「ディエス・イレ」も気迫に満ちた激しい表現で、演奏者のすべてが一体化している。

慟哭を思わせるような生々しい感情を演奏に重ね、「ラクリモーザ」などは形を逸脱しそうにもなっているが、指揮者はモーツァルトの力を借りて精神の均衡をとりもどす。

こういう壮絶な音楽はそうしばしば聴けるものではない。

楽譜や形式などになんの価値があるものか。媒体は消え失せ、精神だけが偉大なるものの慰めを求めてさまよっているような演奏に、音楽というものの不思議な力を否応なく実感させられる。

なお、当録音はバーンスタインの妻で女優フェリシア・モンテアレグレに捧げられている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 02:47コメント(2)トラックバック(0)モーツァルトバーンスタイン 

2008年12月16日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ショパンの没後150周年を記念して、ツィマーマンが自ら組織したオーケストラとの演奏である。

ヨーロッパとアメリカの40都市をツアーしたこのプロジェクトで、ツィマーマンは「19世紀風にロマンティックなショパン」を目指したと語ったそうだが、その演奏は、まことにユニークである。

強靭な意志がこめられた第1番第1楽章冒頭を聴いただけで、尋常ならざる演奏であることがわかるだろう。

指揮も兼ねたツィマーマンは、存分にオーケストラをドライヴし、驚くほど大きくテンポを動かして、ロマンティックな歌をうたいつくしてゆく。

通常は20分前後の第1楽章に23分30秒もかけているが、そのロマンティックな表現や大胆なテンポの変化にもかかわらず、演奏が少しも大時代がかったり、重く淀んだ澱を残すことがないのは、作品に対するツィマーマンの透徹した読みと志の高さ故だろう。

ポーランド全土から選抜されたオーケストラの若きメンバーたちの共感ゆたかで、しなやかな集中力に富んだ反応も見事である。

ツィマーマンは、この曲を3回録音していたが、今回の演奏は、細部の表現がいっそう彫り深く磨かれており、エネルギー感ゆたかな録音とあいまって充実したスケールと底力を加えているし、磨きぬかれたタッチでしなやかに歌われた澄んだ表現がそこに何とも美しい陰翳と清浄感を添えている。

曲に一部手を加えていることには賛否があるだろうが、これほど刺激的な名演もないだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室

続きを読む

classicalmusic at 00:01コメント(1)トラックバック(0)ショパンツィマーマン 

2008年12月15日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ポリーニは、当盤に先立ち、ベームと第3〜5番、ヨッフムと第1,2番をウィーン・フィルと録音している。

今回はアバド指揮、ベルリン・フィルとの共演で、同じ曲をヨーロッパの2大オーケストラと録音できたとは、ポリーニも大したものだ。

ベームと共演したポリーニは、ベームのよきリードのせいかどうか、ベームの音楽の中にごく自然に融和していたような気がする。

しかし、同世代のアバドが指揮する当盤では、双方がそれぞれの主張を対等に繰り広げようとしたのではないか。

その結果、主役の2人が正面から渡り合う熱っぽい演奏が実現した。

ポリーニの気迫のこもった演奏で、タッチは明快で澄んだ響きを持ち、解釈は細心かつ充実を示し、細かい楽句でも1つ1つの音に美しい輝きを与えている。

アーティキュレーションは実に美しく、繊細な感覚と優美な抒情を溶け合わせて、ベートーヴェンの情感に迫っている。

しかも、あらゆるフレーズが隅々に至るまで強い緊張感に支配されていて、聴き手を刺激する。たまには、やすらぎがほしい気がするが…。

伴奏は、躍動感あふれる力強さと暖かさを兼ね備えたアバドの魅力が横溢した表現でソロをひきたてている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:28コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンポリーニ 

2008年12月14日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



リヒテルとマタチッチの唯一の共演盤。

このグリーグは傑作だ。例によってリヒテルが、スケールの大きい音楽世界を繰り広げている。

リヒテルの演奏は、思考の積み重ねの末に再構築されたロマンと言っていいだろう。

ネオ・ロマンティシズムの表現の、ひとつの解答がこの演奏だ。

しばしば拡大されたディティールが前面にせりだしてきて、「おやっ」と思わせる。

知の力が優った演奏だが無感情ではなく、気分の沈潜の有り様について考えさせる不思議な個性にあふれた演奏だ。

遅いテンポと粘ったリズムによる第1楽章は著しくロマンティックで、それに凄まじい気迫と強靭なタッチが加わって表現の幅が増している。

カデンツァの豪壮な再現、聴き手を圧倒しないではおかない凄まじい気迫は、このピアニストならではのものだ。

その一方で、グリーグ特有の憂愁美に彩られた諸主題を、やや遅めに設定されたテンポで、あくまでも優美にしっとりと歌い上げて見せる。

第2楽章はくっきりとしたタッチが美しく、フィナーレは第1楽章とほぼ同様。

剛から柔に至るその幅の広さは、他のピアニストたちに比べると抜きん出ており、それがリヒテルのこの演奏を、「さすが巨匠芸」と認識させるばかりか、作品そのものを巨匠風に感じさせる要因になっている。

マタチッチの指揮も両端楽章の豪快さ、雄大さはその比を見ず、旋律は豊かに歌われ実にふっきれた表現だ。

しかしシューマンは今ひとつ共感できない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 16:42コメント(0)トラックバック(0)リヒテルグリーグ 

2008年12月13日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ブラームスの「ハンガリー舞曲集」も、最近はアバドを始めとして全曲盤が多くなったが、これは抜粋盤とは言え、収録曲数は(8曲)十分に満足できる。

しかも、カラヤンがドイツ・グラモフォンと専属契約を結んだ直後の1959年という古い録音であるが、その演奏が現在もこれだけ支持されているのは、何よりもシンフォニックに磨きぬかれた美しさ故だろう。

推進力のある起伏の大きい表現で、聴き手をエキサイトさせてくれる。

必ずしも民族色の強い演奏ではないが、ベルリン・フィルの豊麗な響きと卓抜な表現力を緩急自在に生かした演奏は、これらの舞曲がもつ情熱や哀愁といったものをいかにも巧みな語り口で描き分けている。

管弦楽版の魅力を、このように美しい響きと洗練された表現によって、たっぷりと味わわせてくれる演奏はないだろう。

ポピュラーな管弦楽曲を数多く録音し、その多くを2度、3度と取り上げているカラヤンが、これらの舞曲を再録音しなかったのも、この演奏に充分満足していたからだろう。

曲数は少ないが、カラヤンらしい目配りのきいた選曲もすぐれている。

ドヴォルザークの「スラヴ舞曲」抜粋もブラームスに勝るとも劣らない秀演である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 19:38コメント(0)トラックバック(1)ブラームスカラヤン 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



グールド自身の編曲によるピアノ版のワーグナー・アルバム。3曲とも唯一の録音。

ピアニストとしてのグールドが、その主張を強めていったひとつの極を示したのがリスト編曲のベートーヴェン「運命」であったが、彼はその線を越えて自らワーグナーの管弦楽曲を編曲・演奏するに至った。

ここではオーケストラの演奏をそのままピアノで代用して聴かせるのではなく、これがひとつの表現になりきっている。

色々な意味で興味深い演奏だ。

なかでも興味深いのは「ジークフリート牧歌」で、グールドは、この曲が誕生日の贈り物であるといった曲の背景から最も遠いところで、楽曲をばらばらにし、曲の構造に起因する力学によってテンポを決定して演奏をしている。

グールドが指揮者としてどのような方向を目指していたか、話題を呼び起こしそうな録音だ。

小編成のアンサンブルであるとはいえ、すべての声部を明確に引き出してゆくこの演奏は、彼の音楽的な志向がそのまま反映したものといえるが、演奏時間が約24分半というのは驚異的だ。

それでも音楽的な弛緩をほとんど感じさせないのは興味深い。

グールドは、彼がピアノで示したのと全く同じような独自な解釈を呈示し、衝撃を与える。

一聴に値する演奏である。

余談だが、グールドの「マイスタージンガー前奏曲」を結婚式の披露宴で新郎新婦入場の時にかけると大変素晴らしい。実証済み。御参考までに。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 14:57コメント(0)トラックバック(0)ワーグナーグールド 

2008年12月12日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ドビュッシーの書いたピアノ独奏用のための最後の作品。

彼はこの曲の最後に「ショパンの思い出のために」ということばを記している。このことからも、いかに彼がショパンの音楽を敬愛していたかがよくわかるであろう。

曲は2集からできており、各集には6曲ずつが入っている。

この練習曲には、作品に知的にアプローチする能力、知的解釈と音楽的感性を一体化させる能力、そしてそれをリアリゼーションする演奏技術と造形力における完璧性など、今日のピアニストに要求されるすべてのものがある。

内田光子の演奏はそうした要素を完全に満たした、実に素晴らしいものだ。

彼女の各曲に対する見事なまでの的確な解釈は、それぞれの曲の個性を2倍にも3倍にも強く聴き手に理解させる。

内田の演奏には、常に彼女の感性と知性によって洗い直された"新しい美"の発見がある。

このドビュッシーの練習曲をいささか難解で不得手な聴き手をも納得させ、魅了してしまうだけの濃い内容を持っている演奏である。

知に流れず、理に走らず、情に流されない。

知性・理性・感性(感受)のいずれもが、絶妙なバランスで融合し合い、それを集中力に満ちた技術が、見事に音化している。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:25コメント(0)トラックバック(0)ドビュッシー内田 光子 

2008年12月11日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



第40番はブリュッヘン/18世紀オーケストラの輝かしいCDデビュー盤となったものだが、手に触れると切れてしまうような緊張感をたたえた演奏が初々しく、また美しい。

その美しさは、1音1音を慈しむかのような愛情と責任感とで再現した演奏にかける真実性を背景とするものであり、作品をこれほどまでの切実さで描き出した例はないといってよいだろう。

各楽章、いずれもきめこまやかな演奏であり、気持ちがひとつになった第2楽章の深い息づかい、メヌエット楽章の起伏豊かな表現力に舌を巻くが、終楽章のアレグロ・アッサイへの次第に大きな山を築いていくブリュッヘンの手腕も見事で、聴き手を音のドラマに自然に引き込む吸引力が素晴らしい。

「ジュピター」は、モーツァルトが交響曲のジャンルで到達した最後の傑作を、空前の躍動感とスケール感で描き出した名演であり、ブリュッヘン/18世紀オーケストラの数あるレコーディングの中でも傑出している。

まず演奏に注がれる意気込みが異例であり、第1楽章冒頭から熱く沸騰した音楽が奔流のように流れ出して、その激しさはトスカニーニの演奏かと思わせるほどである。

大胆といいたくなる表現の振幅の大きさ、ロマン的感情表現の豊かさも特筆され、作品ばかりかモーツァルトに対する認識も改めさせる名演といっても決して過言ではないだろう。

波打つカンタービレも優しさ以上に逞しさを感じさせるし、鋼のカンタービレを歌う弦楽セクション、英雄的表情を添える管楽器、作品を鋭く引き締めるティンパニの強打にも説得力がある。

しかも、それでいて透明度の高いアンサンブルは常に柔軟で、ふくよかであり、まさに「ジュピター」の名にふさわしい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:11コメント(4)トラックバック(0)モーツァルトブリュッヘン 

2008年12月10日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。

 

バレンボイムは同じく弾き振りでイギリス室内管弦楽団と全集を完成していたが、ほぼ20年後に録音されたこの後期ピアノ協奏曲集の演奏は、やはり一段と充実している。

若々しくモーツァルトに挑んだ旧盤と違って、ここでのバレンボイムは円熟した表現を細部まで懐深くしなやかに、強い意志をもって徹底している。

しかも、ニュアンス豊かな演奏は、決して細部に偏ることなく、確かな統一感と明快な構成感を失うことがない。

いま指揮者と独奏を兼ねて古典派のピアノ協奏曲を演奏したとき、バレンボイムほどに縦横に振る舞える音楽家はほかにいない。

ビデオで彼の演奏を視聴するとよく判るが、指揮者として各楽員の気持ちをよく汲めるほかに、ピアニストとしての表現を通してますます彼らを発奮させ、共演の喜びを掻き立てる技と音楽に優れているからである。

ここでも自在にテンポや表情を動かして、心憎いまでの読みと余裕を聴かせる。

バレンボイムの明確でやや硬質のタッチは、旋律にもリズム型にも常にすっきりした輪郭を与えている。

彼の解釈は強い意志を反映しているが、決して一本調子にならず、細かい感情の変化を伴っている。

円熟期にあることを実感させるバレンボイムのピアニズムは、凝縮された表現の緻密さとしなやかに広がる抒情の喜びを併せ持ち、モーツァルトの世界をかつてない豊かさで歌い上げている。

ベルリン・フィルの表現力が大きいこともバレンボイムの解釈にふさわしく、このオーケストラの威力が遺憾なく発揮されている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 19:52コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトバレンボイム 

2008年12月09日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ボストン交響楽団は、ミュンシュによって彼らの黄金時代を築いた。

いっぽうでアンサンブルの規律が弛緩したというきびしい意見もあるが、ミュンシュの健康で輝かしい、豪壮な力感をもった音楽は、やはり空前絶後の芸術を生み出したといってよい。

このサン=サーンスの「オルガン付き」は、そうした彼らの代表的名盤のひとつである。

もちろん、ミュンシュとしても最盛期の演奏であるだけに、きわめてスケールが大きく、激しい生命力が噴出するように示されている。

この指揮者らしい、細部にこだわらない率直な表現が好ましいが、2つの楽章ともにオルガンが導入される後半は、強い共感にあふれ、聴き手を感動させずにはおかない。

すなわち、第1楽章ではやや遅めのテンポでたっぷりと旋律を歌わせており、第2楽章の後半は光彩渦巻く壮麗な響きの嵐を体感させてくれる。

ボストン交響楽団の演奏も絹のようになめらかな弱音から、響きが豪快に屹立するトゥッティの効果まで、彼らの全力を傾けたアンサンブルを聴かせる。

もちろん、サン=サーンス特有の対位法の処理は明快そのものである。

作品の独自の書法とおもしろさが、強い説得力をもって表わされている。

こうした曲なので、録音効果も非常に重要である。この場合、一般のCD(RCA)とXRCDの高音質盤(ビクター)の2種があるが、演奏まで新鮮に聴かせてしまう後者が、断然おすすめである。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 03:47コメント(0)トラックバック(0)サン=サーンスミュンシュ 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



EMIは1953年にカラスと専属契約を結ぶとスカラ座とも契約し、イタリア・オペラの全曲録音を次々と行ったが、スカラ座の音楽監督だったデ・サバタが病気で引退した後、主要なオペラの指揮を任されたのが、当時スカラ座では指揮していなかった巨匠セラフィンだった。

しかし、一連の録音がすべてセラフィンの確かな手腕を証明しているように、この「リゴレット」も名演である。

録音はセラフィンがステッラを起用した「椿姫」とほどんど同時期に行なわれたものだが、ジルダのカラス、マンドヴァ公爵のディ・ステファノ、リゴレットのゴッビという当時のEMIが誇るイタリア・オペラの黄金のトリオともいうべき名歌手たちもベスト・コンディションであり、いずれの役柄にふさわしい最高の声と表現を聴かせる。

コロラトゥーラの技巧とドラマティックな声を兼ね備えたカラスの深い感情表現、ディ・ステファノの輝かしい美声、ゴッビの多彩な声をたくみに使った性格表現のうまさに加え、セラフィンの作品の様式感を的確に把握した指揮もすばらしい。

とりわけ、リゴレットが最愛の娘ジルダを公爵に奪われたことを知って怒りを爆発させる第2幕後半以後のスリリングなドラマの展開と劇的な迫力は、オペラを知りつくしていたセラフィンならではのものだろう。

また3人の主役以外のスカラ座の脇役たち、管弦楽団と合唱団はいつもながら充実していて、オペラ的な雰囲気を豊かにしている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 03:10コメント(0)トラックバック(0)セラフィンカラス 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルプーが音楽界に登場してまもない1973年に録音されたディスクである。

夭逝した名ピアニスト"リパッティの再来"とまで呼ばれているこの人の、鋭敏な感覚の冴えた演奏で、シューマンの濃厚でロマンティックな味を見事につかんで、清新な音楽をつくりあげている。

夢とデリカシーに満ち、多感なニュアンスが作曲者の傷つきやすい魂を伝えてやまない。

2曲のうちでは特にグリーグがみずみずしい音色を駆使した美演である。

これほどていねいに、じっくり間をとった演奏も珍しい。

この人固有の弱音を生かしながら、みずみずしく弾きあげた演奏である。

ルプーは"千人に一人のリリシスト"といううたい文句で音楽界に登場したとき、いくつかのレパートリーとともに、この曲を、その最も得意とする作品のひとつに入れていた。

彼は決して技巧まかせに弾きまくるタイプではなく、音楽の流れの美しさを大切にする人だけに、ここでも、そのしなやかな旋律の歌わせ方は聴きものだ。

プレヴィンの指揮もルプーに負けないほどの抒情や愁いを前面に押し出しており、ソリストに表情もテンポもぴったりの伴奏ぶりだ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 02:44コメント(0)トラックバック(0)ルプープレヴィン 

2008年12月08日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



2008年12月のコンサートをもって引退することを表明したアルフレート・ブレンデルのライヴに1度だけ接したことがあるが、演奏会場で聴いたブレンデルに圧倒された記憶があるわけでも、彼の巨匠性を印象づけられたわけでもない。

万事が誠実、地味である点、損している感じである。

だが、彼の演奏そのものは年とともに熟してきて、今や押しも押されぬ大家である。

ブレンデルは、これら協奏曲を1973年にマリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団と録音していたが、四半世紀ぶりとなるこの演奏には、60代後半という最円熟期にある巨匠の澄みきった境地がすみずみにまで反映しているといってよく、巧まざるその語り口にいっそう磨きがかかってきた。

前回も、純度の高い音と表現を細部までくっきりと行きわたらせて、この短調の協奏曲の深い味わいを充実した響きで再現していたが、ここでの表現は、いっそう緻密である。

しかも1音1音にまで吟味の行き届いた表現を自在に織りなした演奏は、余分な身振りや自己主張で音楽の姿を崩すことなく、あくまで柔軟で懐が深い。

両曲の第2楽章での柔らかく澄明で、ブレンデルならではの含蓄深い表現、第24番終楽章の各変奏の磨き抜かれた音と品格美しい彩りも印象的である。

交響曲全集を完成するなど、モーツァルトの音楽を知悉したマッケラスの、細部まで明快な配慮が無理なく行き届いた見事なサポートも特筆されよう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:38コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトブレンデル 

2008年12月07日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



シューベルトがこの弦楽四重奏曲を作曲したのは、自分が不治の病にかかったのを知ったときだった。

どうしてこんな目に会わねばならないのか、彼は底知れない絶望にとらわれ、憤怒と苦悩の入りまじった激しい思いを、この曲の冒頭でぶちまける。

しかし一方で、苛酷な現実と折り合い、自分をなだめながら、狭い選択肢のなかで生きて行く道を見つけていかねばならない。

この曲のそんな手探りに最も近いのがブッシュ四重奏団の演奏だ。

身もよじる絶望と悲しみのなかで、藁にもすがるようにわずかな希望を見いだそうとするシューベルトのけなげさは、今にも切れそうな細い綱の上を渡ってゆく危うさを示し、いつ墜落するかというスリルをはらみ、胸を痛くさせられる。

希望は、はかなければはかないほど、いっそうそれにすがりつきたくなるのが人情。

人が人生に対していちばん真剣になるのはそのときだ。その心理にもっとも突き入ったのがブッシュの演奏だ。

当時の流行としてポルタメント奏法も多いが、それは明るい甘さを出すよりも、悲しく溢れた涙をぬぐうかのようである。

このような個性の強い演奏法には向き不向きがでることは事実だが、ぴたりとはまった時には無類の絶品と化する。それが、この「死と乙女」である。

世の中にはこの名曲のCDは無数に出ているが、その中でこの演奏ほど「死」の恐ろしさ、悲しさを感じさせてくれるものは断じてない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:02コメント(0)トラックバック(0)シューベルト 

2008年12月06日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



51歳の時の録音で、ハイフェッツ唯一の「無伴奏」全曲盤だ。

ハイフェッツのバッハに対する畏敬の念が演奏に反映されている。

絶頂期のハイフェッツによるこのバッハの名作は、ヴァイオリン演奏としてのあらゆる見地から見て、それを凌ぐものがないといってはばからない名演となっている。

彼の卓越した技巧は、バッハが用いた疑似対位法を明確に浮かび上がらせているし、何よりも余裕のある演奏が音楽の構成感と豊かな情感を高い次元で融合させている。

音色の美しさも抜群。

しかし、それ以上に注目されなければならないのは、恐ろしいほどの執念を燃やしてこの作品を表現しようとするハイフェッツの姿勢である。

速めのテンポを好む傾向があるハイフェッツは、彼としては珍しい余裕のあるテンポでこの作品を演奏しているが、そうした明らかに遅めのテンポの設定は、そこに驚くほどの熱っぽい情熱や濃厚な情念をたぎらせた表現を実現させる結果を生んでいる。

それは、この巨匠の芸術家としての使命感や責任感をも強く感じさせずにはおかない。

ここでは、ハイフェッツの超絶的といえるテクニックの冴えが、まず聴き手の度肝を抜くが、それは、あくまでも表面上の問題であり、この演奏の意味と価値は、そのようなこととはまったく別の次元に存在しているのである。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:12コメント(0)トラックバック(0)バッハハイフェッツ 

2008年12月05日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



1983年6月にライヴ録音で一気に完成されたブレンデルの3度目の全集で、新ベートーヴェン全集に基づく初録音として話題になった。

知性派ピアニストとして知られるブレンデルは、実演だからといってことさら肩怒らせたり、熱くなることはないが、その演奏には、やはり独特の感興ゆたかな表現と爽やかな緊張感がある。

ブレンデルのソロは気力が充実し、全体に抑制がきいていて、ひとつひとつのタッチが明確に、知的な清潔さを伴っており、しかも繊細な感情が息づいている。

演奏全体は細かな起伏をおいて進行するが、造形が明確なので、少しもベトつかない。

しかも、ブレンデルらしくあくまで誠実に読みこんだ演奏は、明快なスケールと確かな構成感をもって、ベートーヴェンの協奏曲の威容と深い内容を巨細に明らかにしている。

しなやかに強く美しい芯をもった音も見事で、細部まで明晰で彫りの深い表現に美しい陰影を添えているし、絶妙なコントロールの行き届いた演奏は立体的で、いかにもパースペクティヴが良い。

解釈も正統的であるという確信に裏づけられた大家の余裕があり、その成熟には瞠目すべきものがある。

バックも充実した力演で応えており、シカゴ交響楽団の充実した響きと卓抜な表現力を明快な指揮で生かしたレヴァインの指揮も、とても爽やかな生命感にとんでおり、この演奏をいっそう手応えの確かなものにしている。

初期の2曲とも非常な名演であるが、特に第1番は何度聴いても絶品と言える出来だ。

特にブレンデルのタッチはゾッとするほど美しいし、軽やかなテンポと小気味のよいリズム、敏感、繊細な進行は驚嘆に値する。

第2番でも第1楽章の天国的な美しさなど忘れられない。

レヴァインの指揮も最高で、ブレンデルに負けないくらい、表情や響きの1つ1つに意味をもたせている。

ブレンデル&レヴァインによる全集の中では第1番の演奏が最も凄く、次いで第3番、第4番が優れている。

第3番は冒頭から激しい決意を示し、楽譜の読みも驚くほど深い。

レヴァインの指揮も、まるで絶好調時のベームのようだ。

第4番も同様で、ブレンデルは自分の思うがままの音楽を、誰に遠慮することなくやりとげている。

レヴァインの意味深い指揮も曲のもつ奥深さをあますところなく表現している。

「皇帝」は極めて思索的、知的な表現であると同時に、音楽には溢れんばかりの生命力が躍動する。

レヴァインとの呼吸もピッタリで、ブレンデルの成熟ぶりを明確に示す名演と言える。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:27コメント(0)トラックバック(0)ブレンデルレヴァイン 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



かつては「ジャムと蜂蜜でべたべたの交響曲」と非難された作品だが、今では、ラフマニノフならではの慰めにあふれた音の世界が世の音楽ファンすべてを虜にしている名曲中の名曲。

聴きすすむほどに、深みへ深みへと誘い込まれる、そんな媚薬にも似た雰囲気をもつ作品で、こんなに甘美に書き上げられた交響曲というのも珍しいだろう。

名演も数多いが、やはり筆頭は、この交響曲の普及に尽力してきたプレヴィン盤に尽きるといえよう。

実に3度目の録音だ。第一人者の貫録で聴かせる名演である。

56歳のベテランとなってからのこの演奏は、愛情の深度が深く、しかも穏やかさと誠実さも併せ持っている。

手に入った演奏で、ラフマニノフに対するほとんど体質的ともいえる共感が表れており、音の艶やかさもプレヴィンの特色だ。

第1楽章や第3楽章はよく歌い、フレーズが息長くとられている。

第2楽章は響きが瑞々しく、モデラート部には独自のしなやかな美しさがあり、第3楽章も曲の抒情感は甘美なほど表現され、第4楽章では作品の劇性を端的に表している。

現代人の苦悩が的確に捉えられた演奏である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:24コメント(0)トラックバック(0)ラフマニノフプレヴィン 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



スウィトナーのブラームス:交響曲全集では、第4番が最も素晴らしい。スウィトナーの抒情性が作品とよく一致した、きわめて流麗でとうとうと流れ、おおらかに歌う秀演だ。

この曲の情緒的な面よりも、構成的な美しさをひき出した演奏で、対位法的な手法で書かれた旋律を、巧妙に処理している。

この曲のロマン的な性格も明らかにされているが造形的にも平衡感が強く、両端楽章ではこの指揮者の円熟を反映して堂々としたスケールの大きな音楽を聴かせる。

オーケストラの渋い味わいのある響きからしてブラームス的だが、各パートのバランスをくずさずに、自然に表現しているところがよい。

第1楽章では、多くの短い動機に分解できる第1主題も、スウィトナーの手にかかるとロマン的でヒューマンな情緒を色濃く表している。

第2楽章の漂うような流れのなかにさり気なく示される立体感も美しいが、この演奏では終楽章が最も素晴らしい。

決して構えたところはないが、風格に満ち、この作品の交響性と抒情性を見事に両立させた表現だ。

スウィトナーが巨匠的な風格を身に付けていることを、まざまざと感じさせる演奏である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:22コメント(0)トラックバック(0)ブラームススウィトナー 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



第3番は終始、正攻法で一貫した堂々とした風格のブラームスだ。

スウィトナーは遅めのテンポから悠々たる足どりを見せ、スケールの大きい立派なひびきを出し、深い呼吸をもって演奏している。

全体にテンポにゆとりがあり、オケと弦と管がみごとに溶け合ったいぶし銀のような響きを聴かせる。

ここでスウィトナーは、これらドイツ的ともいえる音楽にウィーン風の柔軟性を加えており、旋律を流麗に歌わせて、ブラームスのもつ晦渋さを柔らげている。

中間の2つの楽章は自然な流れのなかに素直な情緒をただよわせ、両端楽章は充実感とともにきれいごとでないバランスによって、渋すぎないブラームス像を描き出していく。

特に第3楽章では、ゆれるような歌がほのかなロマンをたたえ、心安らぐ美しさを表す。

スウィトナーはオーケストラを自分の楽器のように、力強くドライヴするタイプではなく、各奏者の自発性を尊びながら、音楽をまとめてゆく人である。

ここでは、そうした性格がよく生かされており、各楽章を丹念に、オーケストラのバランスを考えながら指揮している。

雄壮でありながらも抒情的なこの曲の特徴をよくつかんだ、堅実な演奏だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:40コメント(0)トラックバック(0)ブラームススウィトナー 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



スウィトナーはブラームスをロマン主義的作曲家の範疇でとらえているようだ。

近年ブラームスの交響曲はこうしたロマンティックなスタイルで演奏されて大きな成功を得られる傾向が強いが、スウィトナーの解釈は極めて自然で人工的なところがない。

第1番フィナーレの力強さはスウィトナー独特のもので、この演奏の骨組みががっちりしていることを主張している。

格調高く、堅牢な骨格をもったすぐれた演奏だ。

第2番も実に自然体のブラームスで、少しのてらいもなく、田園風の旋律をのびのびと歌わせた演奏である。

全体におだやかな雰囲気が田園風といわれる楽想を自然に表わしている。

スウィトナーは極端な表情を避け、たとえば第2楽章では弦を柔軟に歌わせると同時に、木管やホルンの弱音をほとんど無視して穏当なバランスを作り出し、デュナーミクの広さより各楽器の音色を大切にしていることがうかがわれる。

第3楽章では輪郭の鮮明な響きを獲得しながら、そこにデリカシーを加えることに成功している。

ドイツ・オーストリア系以外の指揮者は、この作品の流れるような歌の性格を強調しすぎることが多いが、オーストリア人のスウィトナーは、曲の対位法的な特徴をよくつかみ、入りくんだ旋律を、美しく、しっかりと聴かせている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:03コメント(0)トラックバック(0)ブラームススウィトナー 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



言葉で表現しにくいなにやらデモーニッシュなワーグナーが苦手という人にも、このシノーポリのように明快でモダンな演奏には惹きつけられるのではないかと思える名盤。

私自身もこの演奏を聴いてワーグナー初期の作品でもなかなか厚みと深みのある音楽を書いているのだ、と逆に感心している次第。

シノーポリの明晰で精巧な音楽作りは、ドイツ的な重厚で分厚いロマンティックな情念の表現とは異質だが、陰鬱な幻想のかわりに明るい官能の喜びと美感をたたえている。

こうしたことはワーグナー作品の中でも「タンホイザー」にとりわけ著しく表れる特質のひとつだ。

シノーポリの音楽は細部までよくコントロールされて美しいが、同時に大きな流れを重視する視点も忘れない。

緻密に歌うメロディが幾重にも重なりやがて奔流を作り上げていくと言えばいいだろうか。

とにかく多弁に語りながらすべてが明快で美しいのが特色だ。

当然ながら楽器としての歌手の声にもそうした志向がはっきり出ている。

過去のヘルデン・テノールとは違う豊満な声を響かせるドミンゴ(タイトルロール)の起用も、やはりパワーよりも豊かさや繊細さが勝っているバルツァ(ヴェーヌス)の起用も、精神論ではなくすべて明解に音楽的に処理しようとするシノーポリの意図に合っている。

ドミンゴのタンホイザーは細部までよく神経と配慮が行き届いた堂々たる歌唱だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 15:12コメント(0)トラックバック(0)ワーグナーシノーポリ 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。

 

交響曲第3番は冒頭からはつらつとした勢いがあり、躍動感と歌謡性を巧みに融合させた表現だ。

各部の表情はくっきりとして彫りが深く、ブラームスの重厚な和音や対位法的な書法が明晰に示されている。

終楽章ではアバド特有の運動性が、緊張力の持続とともに練達の表現を作る。

「悲劇的序曲」は全体に歯切れがよく、構成も緊密。

「運命の歌」はほのかな明るさと抒情的な潤いのある演奏だ。

交響曲第4番は最高の名演で、第1楽章からデリケートで自然に変化するテンポと表情が、聴き手を無条件に音楽に引き込んでしまう。

第2楽章も繊細・甘美な歌謡性が豊かな抒情感と結びつき、しかも堂々とした格調の高さには指揮者の風格を感じさせる。

第3楽章の力強い推進力、終楽章の気負いのない自然さも特筆ものだ。

「ハイドンの主題による変奏曲」は気品と美しい流動感が魅惑的だし、「哀悼の歌(悲歌)」もテンポと表情が秀逸だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 14:46コメント(0)トラックバック(0)ブラームスアバド 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。

 

ブラームスの高貴な音楽精神に身を捧げることにおいて、今アバドの右にでる指揮者はいないだろう。

交響曲第1番第1楽章は主部の起承転結の妥当性、構成の見通しのよさ、ほのかな明るさをおびた響きの広がりが、演奏の大きな美質となっている。

第2楽章の各楽句の高貴な表情付けは特徴的だし、第3楽章の優雅で軽やかな動きも実に上品に仕上がっている。

フィナーレはまさに王道をゆく演奏だ。

「運命の女神の歌」は緊迫感と歌謡性の交錯する音楽が感動的。

交響曲第2番も素晴らしい演奏だ。

ブラームスの本質の全てが見事に捉えられ、最大限のデリカシーと骨太さ、暖かさと決然たる姿勢、独特の室内楽的スコアの全てのパートに神経の行き届いた完璧主義の演奏と録音、そしてバーンスタインのロマン主義的名演の対極を行くアバド美学の透徹など、賛辞の言葉に事欠かない。

「アルト・ラプソディ」は、作品にふさわしい深い声の持ち主のリポヴシェクの起用が成功している。 

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 14:19コメント(2)トラックバック(0)ブラームスアバド 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ライヴならではのことだが、冒頭この巨匠が聴衆を演奏に引き込む様子が手にとるようで興味深い。

英国国歌から「幻想ポロネーズ」へと流れ込むその瞬間、まさに会場は日常的な集まりの場から、ある特別の場へと変質し、あとにはホロヴィッツが自在に音楽をするパーフェクトな空間が出現する。

その呼吸の見事なこと。ショパンでは音楽にはばたく翼を与え、シューマンでは情感の細やかにすくい上げている。

ことにホロヴィッツは「子供の情景」を何度も録音しているが、この1982年にロンドンで行なったライヴが絶品である。

このホロヴィッツの演奏には、普段、柄の大きい演奏をおこなっているピアニストが故意に背中をまるめてひいたようなところがなく、素直に音楽に反応した好ましさが感じられる。

老爺の、高雅にして深遠、フモールの混在した妙なる語りに耳を傾けているような思いがする。

ホロヴィッツの演奏には、彼の感性の閃きが個性的に表れている。

彼自身のとくに好んだ作品のひとつということで、慈しむような表情もみられるが、それよりも、技巧的な冴えの際立つ端正な美しさが印象深い。

磨き上げられた極上の音で綴られた「子供の情景」というべきか。

ラストは十八番のスクリャービンで、疾風怒濤のごとく締めくくられる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 13:49コメント(4)トラックバック(0)ホロヴィッツシューマン 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



トスカニーニ盤は、これらの交響曲のスコアから最も理想に近い現実を引き出すこととなった特筆すべき演奏である。

4曲の交響曲は、いずれも楽譜に無用な表情を加えないトスカニーニ一流の率直な表現だ。

きびしく張り詰めた緊迫感や凄まじい集中力が光るこの演奏では、作品の全体像がこれ以上なく見事に把握されているだけでなく、作品の細部もが最も精妙で美しく表現されており、そこでは、全体と部分があたりまえのこととして一体化している様相さえをも見出すことができる。

オリジナルマスターからのリマスタリングによって音構造の細部や、デュナーミクの様相が明瞭にわかるようになり、その結果演奏も鮮度の高い印象を受ける。

第1番の凄いほどの覇気、第2番の骨格がたくましくリアルな表情、第3番の解放感に満ちた表情、第4番のうるおいのある旋律が特に印象的だ。

トスカニーニのブラームスは、現在のところ必ずしも正当な評価を受けているとはいえないが、これは、その真価を認識する上で最も重要な手掛かりとなるに違いない名演中の名演である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 10:53コメント(0)トラックバック(0)ブラームストスカニーニ 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



例によって、アラウはドビュッシーにおいても悠然とした演奏を繰り広げる。

前奏曲第1巻の第1曲目の冒頭から独特の雰囲気に引き込む。

テンポを抑え気味にとった響きは柔らかく、しっとりとした翳りをおびている。

こうした響きは全曲を通じて一貫しており、味わいのあるドビュッシーが聴ける。

映像第1集は、"ラモーを讃えて"などを聴くと、かなり重厚さを感じるが、それはアラウでしか聴けない表現で、はっきりした説得力を持ちえている。

前奏曲第2巻でのアラウの演奏は、より味わい深いものとなっている。

そこには、ドイツ・ロマン派の音楽、特にシューマンあたりで身につけた内面的な表現の力が大きく作用していることを強く感じる。

映像第2集は、この曲の従来の演奏解釈の常識をまったく無視するようでありながら、実に深い味わいがあり、ドビュッシーの音楽における余韻の新しい在り方を教えられる。

これほどこせついたところのない、おおらかな味わいのある演奏は珍しい。

こうしたドビュッシーに安らぎを覚える人もあれば、まだるっこさを感ずる人もいるだろう。

だが、表現の鋭角的な洗練を求めさえしなければ、大家アラウの持つ独特の風格は何といっても注目の的だ。

風雪に耐えてきた芸とはこういうものではないだろうか。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 10:28コメント(0)トラックバック(0)ドビュッシーアラウ 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



数ある「こうもり」のレコードの中でも、1955年に録音されたこのカラヤンの指揮の演奏は、とりわけ素晴らしいものだと思う。

テンポがウィーン風に軽快で、全体にワクワクするような楽しさがあふれている。

また若いカラヤンの指揮ぶりはキビキビしていて、この作品に不可欠の軽妙さ、機知、そしてエレガンスにあふれている。

のちに彼が再度録音したガラ・パフォーマンス付きの新盤は、この旧盤に比べると鈍重で生彩がない。

シュヴァルツコップのロザリンデ、シュトライヒのアデーレ、クンツのファルケなどキャストも最高。

シュヴァルツコップ(ロザリンデ)の気合いのこもった歌、シュトライヒ(アデーレ)の声の色気ある風情、クンツ(ファルケ)の軽妙さなど、文句なしのすばらしさだ。

せりふの部分にもしかるべき雰囲気が漂っていて、前後の曲を盛り立てているし、せりふと歌とのつながりぐあいも、非常にしっくりいっている。

モノラルとはいえ、録音の状態も非常にいいように思う。

「こうもり」全曲盤をひとつ選ぶとしたら、私はやっぱりこれだ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 07:46コメント(0)トラックバック(0)シュトラウスカラヤン 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ラローチャは録音時では60代後半になっていたが、年齢はここでは円熟と叡智の深化のためにしか存在しないかのようだ。

ラローチャは年輪を思わせる潤いのある落ち着いた演奏で、常に微笑みと優しさがあり、大きな包容力で聴き手を幸福感で包み込む。

彼女のモーツァルトは必要な清潔さ、虚飾のなさと同時に、言い知れぬリズムの良さと心和む優しさを帯びている。

ラローチャは、非常に自然で衒いのない姿勢でモーツァルトに取り組んでいる。

しかし、彼女のそうしたあり方は、これらの聴き慣れた名作からかえってとても豊かなアピールを引き出すことになった。

自然体でありながらも少しも無愛想にはならず、歌う喜びとゆかしい色香を片時も忘れない。

ラローチャの自然な語り口は、自然であるが故にそこにふくよかでみずみずしい表情を息づかせており、さらに生き生きとした感情の起伏や生命の宿った音楽の流れを生みだすこととなっている。

ラローチャの音色には豊かな張りがあり、誇張のない端麗さの中に気概をたたえた演奏は、端正だが常に微妙なニュアンスをそなえ、刻々と移ろうモーツァルトの感興にぴったりと寄り添ってゆく。

ここに居れば安心ですよ、といった感のある確固としたテンポ。限りないモーツァルトへの慈しみが伝わってくる。

これほど飾らず、しかも滋味豊かなモーツァルトは滅多にあるものではない。ラローチャのモーツァルトの真価を伝える名演の一つといってよいだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 07:17コメント(0)トラックバック(0)モーツァルト 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ブーレーズの最初の「春の祭典」の録音(1963年フランス国立放送管弦楽団)以来、総じてその演奏は、ますます精緻に明晰なものになってきているといってよいだろう。

そうした中で、このゲルギエフの演奏には、驚くほど濃密で原初的なエネルギーが横溢している。

ゲルギエフは、いま最も注目されている実力指揮者である。

ロシアの指揮者とオーケストラらしくどこかほの暗さを残した鮮烈な色彩とエネルギーには独特のものがあるし、その異様なほどの表出力は、例のファゴットの旋律ではじまる<序奏>から<春のきざしと乙女たちの踊り>を聴いただけで明らかだろう。

重厚な響きを切り裂くように鋭く響く高音楽器の悲鳴も、グロテスクなほど強烈である。

しかも、生々しいまでの色彩と張りつめた表現が行きわたった演奏は、個々の声部まできわめて的確に琢磨され、現代の「春の祭典」にふさわしい明晰さとロシア的な手厚い情感が見事にひとつになっている。

これほど強いリアリティと熱く強烈な説得力をもつ「春の祭典」の演奏もないだろう。

真にロシア的な表現と高揚感、西欧のアンサンブルを兼ね具えた名演といえよう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 06:37コメント(0)トラックバック(0)ストラヴィンスキーゲルギエフ 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



フルトヴェングラーの「第9」とくれば、バイロイトのライヴにとどめを刺すというのが、大方の見方だ。

感動にみちた劇的な演奏で、たしかにこれに比肩しうる演奏はまれだ。

しかしこのルツェルンのライヴも捨てがたい。バイロイトのそれよりも音楽的に深く、純粋で、フルトヴェングラーの演奏でも特筆すべきものといえる。

造形的にも無理がなく、この名指揮者の最晩年に到達した至高の境地を遺憾なく示している。

その清澄な心境と思索的な趣は、まさに余人の追随を許さない。

フルトヴェングラーは心にわだかまる鬱然とした情念を気高い精神に変貌させてゆくのを得意とする指揮者だった。

その彼も晩年にはラテン的な明澄さと造形感を模索しはじめる。

この「第9」はそうした晩年の傾向を示す典型な録音で、ライヴであるにもかかわらず、明晰な枠組みと透明なひびきを特徴とし、ひとつひとつの星がくっきりと見える澄み渡った夜空が開け出ている。

あるいは表現的な抑制に賛否両論が出るかもしれないが、この浄化された、高雅な音楽世界は、バイロイトの演奏よりもさらに深い境地にあるとも感じられる。

第3楽章も淡々としながら、強い説得力をもち、終楽章の優秀な独唱陣、気力にみちた合唱の鮮烈な表情もすばらしい。

その神秘的な奥行と清澄な広がりは、フルトヴェングラーが達しようとした最後の境地だったかもしれない。

SACDによる高音質も非常に良好で、フルトヴェングラーのディスクでも最も高く評価したいもののひとつである。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 06:02コメント(2)トラックバック(0)フルトヴェングラーベートーヴェン 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ライスターは、この協奏曲を4回録音しているが、音と表現が最も美しく磨かれ、洗練されているのはこの2回目の録音だろう。

カラヤンが、「自分とベルリン・フィルは今最も良い状態にある」と語った1970年代初めの録音で、ライスター自身も30代半ばという脂ののった時期にあった。

すそれだけに、その演奏は細部まで的確な読みが通っているし、何よりもドイツ伝統のしっとりと落ち着いた響きと安定した技巧によってしなやかに奏でられるデリケートで抒情的な味わいが美しい。

その明快な音と演奏ぶりは、ウラッハに代表されるようなウィーン風の典雅なそれとは趣と異にするが、大変になめらかに麗しく磨かれており、第2楽章をはじめ、ロマンティックな味わいにも不足がない。

カラヤンとベルリン・フィルがそうしたソロを豊麗で、しかも美しく洗練された響きで柔軟に支えており、その精妙で緻密な表現も、このコンビならではの魅力である。

ピースクのファゴット協奏曲は、クラリネット協奏曲と全く同様に、バックのカラヤンとベルリン・フィルが、抑えてはいるが余りに流麗に流れすぎるロマンティックな表現をしているために、バロック的様式さえ含まれるモーツァルトの最も初期の協奏曲の明快で造形的な特質は明らかにされていない。

しかし、愉悦感に満ち溢れたピースクのソロは一聴の価値がある。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 05:20コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトカラヤン 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ショパンも素晴らしい名演だが、モーツァルトはリパッティとカラヤンという楽趣をそそり、関心をかき立てる顔合わせである。

リパッティ33歳(ちなみに彼はこの年齢で亡くなってしまった)、カラヤン42歳。

なおここでリパッティが使用したカデンツァは、当人の自作である。彼はパリ留学時代、作曲をルーセルとナディア・ブーランジェに師事していた。それをここで生かしたのである。

作曲のみならず、指揮もミュンシュに習っていたそうだから、モーツァルトを弾き振りするリパッティの姿を見ることができたかもしれない。

ともかく音楽に対するリパッティの献身は、ピアニストの枠をはるかに超えていた。その早世が惜しまれたのも当然であろう。

このK.467は、今でこそ、1カ月前に書き上げられた名作、K.466の影に隠れてしまった趣があるが、ウィーン初演時にはすこぶる好評だった。

第1楽章の明るさ、歯切れのよさ、第3楽章の軽快なロンド、のせいだと思われる。

しかし、モーツァルトがその特色を最大限に生かしたのは、第2楽章。ここには、器楽曲にも声楽風な要素を好んで導入したモーツァルトが顔を出しており、ピアノとオーケストラによる絶妙な二重唱が繰り広げられてゆく。

その第2楽章に、豊かな詩情を惜しげもなく注ぎ込んだリパッティ。許された時間が長くないことを自覚していたのだろう。秘められた哀しみが胸を打つ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 04:46コメント(0)トラックバック(0)リパッティモーツァルト 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。

 

疑いもなく20世紀最高のピアニストのひとりであったディヌ・リパッティは、まだSP盤の時代に生きたことに加え、わずか33年の生涯しか許されなかったため、持っていたレパートリー中、限られた部分しか録音を果たせなかった。

じつに惜しまれることだが、逆から言えば、これだけでもこうして後世に伝わったことを感謝せねばならない。

バッハにおいてはもちろん、ショパンですら余分な感情の露出をいましめ、つねに節度のあるピアノを弾いたリパッティは、モーツァルトでも、なんらの気負いも、また気取りも感じさせない、真摯な演奏を聴かせている。

だが、そこには凡百のピアニストの及ばない何かが、終始、豊かに湛えられている。

リパッティは、たとえばコルトーでもルービンシュタインでも、またホロヴィッツでも、19世紀以来の流儀をもって、それぞれの形で自己主張を行なった名人たちとは、はっきりと一線を画するピアニストであった。

彼が理想とし、かつ見事なやりかたで実現したのは、演奏家としての自己主張ではなく、自分と作曲家および作品とが最も幸せに融合する地点を求め、そこに立って歌うことのすばらしさを聴衆と分かち合う行為であった。

表現者として一歩を控えることによって、なんと深い世界を顕わした人だろうか。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 04:14コメント(0)トラックバック(0)リパッティモーツァルト 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



大ピアニストとしても知られていたラフマニノフの自作自演盤である。1929年(第2番)と1939年(第3番)の録音だけに、音の状態はCD化されても、決してよいとはいえない。

しかし、この伝説的な大ピアニストの演奏を、実際に聴くことができること自体が価値のあることだ。

ラフマニノフの演奏は、全体にすこぶるスピーディーに運んでいて、速いテンポでさらりと弾きのけていて、肩すかしを喰らうようだが、じっくり聴いてみるとその中に無限のニュアンスや情感が秘められており、その表情の繊細さに驚いてしまう。

第2番ではフィナーレがすごい。19世紀のヴィルトゥオーゾ趣味が存分に発揮されている。

ことに第3楽章の有名な第2主題のうたわせかたなど最高だ。

アメリカでのラフマニノフはあまり作曲活動はおこなわず、主にコンサートを中心に活躍していたが、第3番の録音は、ちょうどそのころのもので、演奏家として最も脂の乗りきってきた時代だけに、この演奏は申し分のないうまさだ。

全体に速めのテンポで爽快に弾きあげているが、実に情感豊かなロマンティックな表現である。

ことに第1楽章が美しく、速いテンポですっきりと流しながらもわびしさがあふれ、音色やルバートも哀切を極めている。

録音の古さが気になるかもしれないが、作曲者自身の原点の解釈を知るという意味でも貴重だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 03:41コメント(0)トラックバック(0)ラフマニノフ 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



「魔笛」はベートーヴェンが「モーツァルト最上のオペラ」と言って絶賛しているし、またワーグナーも「真のドイツ・オペラは、この『魔笛』から始まる」と言ったという傑作である。

その言葉を最も実感させてくれる演奏といえば、やはりカラヤン盤を挙げなければならない。

緩急起伏を大きくつけた流麗な演奏で、全体に、カラヤン一流の演出のうまさが光っている。

巧妙な棒さばきで、メルヘン的な楽しさをあますところなく表出しているあたり、巨匠ならではの腕の冴えである。

音の響きは大変美しく、独特の官能と感覚的な艶美さに、おそらく演奏の最大の眼目がおかれているようだ。

結局のところ、カラヤンの最大の関心と努力が集中しているその一点よりもっと向こうに、「魔笛」のさらに深い至純の世界が横たわっていることだけは疑う余地がない。

カーリン・オットの夜の女王は少々個性が弱いが、3人の侍女にはトモワ=シントウ、バルツァ、シュヴァルツといったそうそうたる歌手を起用しており、聴きごたえがある。

このあたりの起用はいかにもカラヤンらしい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 03:10コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトカラヤン 
メルマガ登録・解除
 

Profile
Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ