2009年02月

2009年02月28日


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ジャンヌ・ダルクがルーアンの火刑台で死を迎える時点から、自らの人生を振り返り、一連の出来事と自分の使命が解きあかされていくという形ですすめられる劇的オラトリオである。

1989年、フランス革命200周年記念公演ライヴ。

小澤は1966年に、ロンドン交響楽団とこの作品をレコーディングしているので、長年、あたためてきたレパートリーといっていいだろう。

小澤の得意のレパートリーだけあって、彼の中から噴き出してくるジャンヌへの傾斜と昇華が、聴き手にストレートに伝わってくる演奏だ。

フランスものを得意とする小澤の良いところが現れている演奏で、フランス国立管弦楽団がボード盤よりいっそう、音楽に色彩感を与えている。

多層的な台本の構成への配慮も行き届いているし、このテクストが要求する音色を感じ取るオケの団員達の能力も凄い。

歌い手や語り手もそれぞれに見事な出来映えで、合唱団が充実した歌唱で劇性を支え、また少年合唱団も懸命の好唱ぶりを聴かせる。

生彩はあるものの、あまり音楽作りがこまやかではないためか、聴き終わってみても、それほど印象的な部分はなかった。

ちなみに日本でも小澤征爾がサイトウ・キネン・オーケストラと、ステージで演奏している。

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classicalmusic at 03:42コメント(0)トラックバック(0)小澤 征爾 

2009年02月27日


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カラヤンのレスピーギ「ローマの噴水」「ローマの松」は、曲の細部にまで神経がよく行き届き、構成的にもよくまとまっている。

「ローマの噴水」の方はやや色彩感に乏しいが、カラヤンらしい演出のうまさは、ローマ三部作中最も芸術的と評される「ローマの松」によく表れている。

特に第1曲など荒削りでマッシーヴな音の捉え方をしているミュンシュのとは全然正反対。テンポを遅めにとった入念な分析的演奏から驚くほど新鮮な響きが生まれる。

第2曲以降では、弱音の領域の微細なコントロールが驚異的であり、これによってこの曲の面目は一新した。

第4曲の捉え方も非常に面白い。

出だしのピアノ・ピアニッシモを真面目にコントロールしているので、後半の盛り上がりが、物凄い効果をあげる。

最後の小節の上拍では、オーマンディなど、第3、4拍の打撃音2拍に大太鼓を補強しているようなのだが、そんなことをしなくても充分楽譜通りで効果的なのである。

トスカニーニだったら、カラヤンと同じ考えをとるだろうし、トスカニーニの行き方の究極を究めたようなのがカラヤン盤なのである。

それにしても、録音技術のこれだけ進んだ現在に、トスカニーニのような大指揮者が存在しないなんて、運命とは皮肉なものだ。

録音は、通常CDでも鮮明であり、この黄金コンビの演奏を高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 22:29コメント(0)トラックバック(0)レスピーギカラヤン 

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オリジナルLP時に仏ADFディスク大賞を受けている。共にミュンシュ唯一の録音である。

両曲とも、むしろゆったりとした速度をもって、音色の変化を豊かにとらえて表現している。

まことに、感覚的なもの以外に音への共感をもったスタイルの演奏である。

ダイナミックな音楽の構造を、確実なデッサンを損なわずに、率直に表現したところに特色があるし、フランス音楽のよさを、直に感じさせる力がある。

ミュンシュの指揮は緻密だ。そして、粘らない。淡白でさらっとしている。

それが、ときにフランスの粋な感覚ともなって表れるのであるが、実に注意力の行きわたった、端正な表現をする指揮者だ。

2曲ともきわめて色彩的な表現で、特に「メタボール」はこのように多彩な音色が必須の作品と考えられる。

ミュンシュの指揮も音楽の力学的な効果を鮮明に表現しており、そのため作品の輪郭が明確に表された印象を受ける。

全体の大きな流れで聴き手を捉える演奏なので、どちらかといえばオネゲルの方が高く評価できる。

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classicalmusic at 00:10コメント(0)トラックバック(0)ミュンシュ 

2009年02月26日


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ゼルキンとブダペスト四重奏団のシューマンのピアノ五重奏曲は、この顔合わせであればこそできたスケールの大きな演奏である。

ゼルキンは、持ち前の表現意欲でぐいぐいと弾き込んでゆく。

ブダペスト四重奏団は、強固な合奏力と豊かな表情で、そのゼルキンの濃厚な表現の力、強靭なデュナーミクと五分に渡り合う。

新即物主義から出発したブダペスト四重奏団だが、ステレオ時代に入ってからは、そうした客観性を基盤としながらも表現の自由さと大きな振幅を身につけ、より鮮烈な情動を秘めた演奏を展開するようになってきていた。

しかもシューマンらしい内省にも事欠かない。

ここに聴かれるゼルキンとブダペスト四重奏団は、強烈な音楽的個性が対等にぶつかったときだけに聴かれる、室内楽の醍醐味のひとつの極致を余すところなく示している。

ヴェテランの熱演だが、単に情熱的というだけではなくテンポをかなり自在に動かし、ロマン的に歌いあげていて、緩急自在のその音楽運びはさすがに味わい深い。

カップリングのブラームスの弦楽四重奏曲第3番は情熱の奔流をいくぶん抑えようとしているようだが、時にコントロールが利きかねるところがある。

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classicalmusic at 22:51コメント(0)トラックバック(0)ゼルキンブダペストSQ 

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弦楽のための六重奏曲という編成はきわめて珍しい。

ブラームスが何故こうした編成の曲を書いたのかは今となっては推測の域を出ないが、おそらく四重奏曲では響きの点で物足らないが、これ以上の編成では逆に内面的な心情を表現するには心理的にも物理的にも大げさすぎる、といった判断が働いたものだろう。

作品番号に隔たりはあるが、この2曲はほぼ同時期に構想されたもののようだ。

作品18の第1番は、時として不安気な心の動きが顔を出すものの、全体としては若々しく情熱的なロマンの世界が、親しみやすく美しい旋律で表現されており、若き日のブラームスの代表作の一つとなっている。

音楽的密度と合奏の精度の両面で、どっしりとした性格のベルリン・フィル八重奏団の演奏が素晴らしい。
 
比較的淡白な表現だが、アンサンブルの緊密さが抜きん出ており、構成のがっちりした精密な演奏である。

極めてがっちりとした造形的な演奏だが、表情は決して硬くない。

とりわけ素晴らしいのは第1楽章の推進力で、音楽が決して上すべりにならず、充実しきったままで前へ前へと流れていく様は見事。

そして2曲とも各奏者の意志や発想が統一されており、緩徐楽章は特に光っている。

ここではそれぞれの変奏でいろいろな楽器が主役を演ずるわけだが、どこに主役が移っても楽想の流れが乱れることはない。

そうした厳しさがあっても、室内楽を楽しむという姿勢も打ち出されている。

唯一気になるのは、第3楽章のスケルツォのテンポが少し遅めであること。

中間部との対照性を際立たせようという意図だろうが、アレグロ・モルトの指示にはそぐわないように思われる。

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2009年02月25日


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ともかくポリーニの到達点の高さが圧倒的だ。彼がショパンのバラードを録音したことによって、この曲も世界が一変してしまった。

それだけ、あらためて衝撃を受けたポリーニのピアニズムではあった。

最初から最後まで、なにか峻烈なまでの気迫に覆われているが、それがいわゆる"内から滲み出る"精神的な要素以上に、ピアニスト=技術者としての超人的な完成度に由来しているということは、思えば凄い。

上記の意味でポリーニ壮年期を代表する名演のひとつだ。

ポリーニの芸風も年齢とともに円熟味を増してきたことを、いわば象徴するようなディスクであり、4曲の《バラード》に含まれる豊かなドラマ性と音楽的な感興を、じっくりと味わえる演奏に仕上げられている。

たとえばフランソワのショパンのような独特のファンタジーを感じさせる演奏とはちょっと違う。

ポリーニはファンタジーをふくらませるということはせず、もっと冷静に客観的に音的に構成している。

細部に関して言えば、表情にメリハリがあり、ひとつひとつ磨きぬかれた音色は相変わらず魅力的であるが、ポリーニは《バラード》の物語的なニュアンスを、音色を巧みに使い分けながら、語りかけるように絶妙に表現している。

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classicalmusic at 21:06コメント(0)トラックバック(0)ショパンポリーニ 

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エレーデ盤はいまなおスリリングでエキサイティングな名演である。私はいまだに、1955年に録音された古いディスクで聴ける演奏に思いを残している。

というのは、聴き方が保守的になりすぎているためではないか、と反省しなくもない。

しかし、テバルディやデル・モナコといったオペラの黄金時代を支えた歌い手たちによる熱気にみちた歌唱に耳をすましていると、これがプッチーニのグランド・オペラ《トゥーランドット》と思えてくる。

音楽といい、歌手の声質、キャラクターといい、このオペラ程いわゆる"まとまりにくいオペラ"は他にはないのではなかろうか。

こうしたタイプのオペラを制作するには、なによりもバランスを第一に考えなければならないが、そういった意味において、パヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスという3大テノールが主演するそれぞれの盤は、残念ながら非常に惜しい録音と言わざるをえない。

とすればここはやはりデル・モナコ、ボルク、テバルディを配したエレーデ盤が永遠の名盤の栄誉を担うところになろう。

デル・モナコのカラフの鋼のごとき強靭な声の威力に満ちた歌唱は、氷の姫の心を打ち砕く意思の強さがあり、テバルディのリューも深い感情の綾と愛に命を賭ける強さを圧倒的なスケールで歌いあげており、その高貴なまでの情熱に心打たれる。

ボルクのトゥーランドットも高水準の歌唱で、ザッカリアやコレナの絶妙な歌唱も素晴らしい。

オペラの勘所を押さえたエレーデの指揮も見事。

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classicalmusic at 06:28コメント(0)トラックバック(0)プッチーニ 

2009年02月24日


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近代管弦楽法の粋をつくしたR.シュトラウスの管弦楽曲が、カラヤンにとって最も意欲がそそられるレパートリーのひとつであったことは確かだろう。

主要な交響詩を繰り返し録音しており、この《ツァラトゥストラ》も3種の録音を残している。

最初は1959年のウィーン・フィルとの録音、2度目がこの1973年の録音、そして、3度目は1983年のベルリン・フィルとの再録音で、いずれもこの交響詩の代表的名演として知られている。

ウィーン・フィル盤は、50代に入ったばかりのカラヤンらしい意欲的な演奏が魅力的だったし、3度目の録音には、細部まで徹底的に琢磨された精緻で密度の濃い表現を聴くことができる。

ただ、この1973年の録音に比べると、前者には少し強引な、後者には少し細部にこだわった感じがないわけでもない。

その点、ここでの演奏は、表現が精緻に徹底するとともに、いかにもしなやかでスケールが大きい。

カラヤンはこの時期に、R.シュトラウスの主要な交響詩を次々と録音したが、中でもこの演奏は充実している。

精緻に磨き抜かれた音で複雑な対位法を細部まで鮮明に描き分け、この大曲を細部までくっきりと精妙に織りなしているし、その表現は、壮年期のカラヤンらしい覇気にとんでいる。

この交響詩の深く多彩な内容を、カラヤンとベルリン・フィルならではの豊麗な響きと洗練された表現によって、手厚く再現した名演というべきだろう。

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classicalmusic at 00:02コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスカラヤン 

2009年02月23日


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リゲティが1960年代に書いた作品を集めたディスクである。

ちょうど作風が変化していく時期のもので、「メロディ」の明朗な音楽にいたる途上にある。

どの演奏も優れていて、私にとっても、彼の音楽を理解するための手がかりとなった。

口ずさめる歌がない音楽でもときにリリックだったり、温かく包む響きをたたえていることを示す好例である。

1966年作曲の《ルクス・エテルナ》など、リゲティの曲を初めてお聴きになる方に推薦したい。

現代音楽では、音楽に視覚的要素を求める場合が少なくない。

それはシアター・ピースあるいはミュージック・シアターなどと呼ばれ、特定のストーリーは持たないが、演奏者の演技が音楽演奏において要求される。

リゲティの《アヴァンチュール》は、ミュージック・シアターの傑作であり、さらに「発声」の音楽的可能性を徹底的に追求した作品としても注目される。

これを指揮するブーレーズとアンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏は、これまで出た《アヴァンチュール》の演奏の中で最も優れた内容のものであり、この破天荒な作品を、見通し易い構成の中に置いている。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)ブーレーズ 

2009年02月22日


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この曲の初演は、バーンスタインが弱冠25歳の時(1943年)、しかも作曲者自身の棒によってである。

巨匠ワルターの急病の代役として、リハーサルなしのぶっつけ本番でニューヨーク・フィルを振り劇的なデビューを飾った、そのセンセーショナルな舞台から2か月後だ。

題名のエレミヤは、終楽章でメゾ・ソプラノが歌いあげる旧約聖書の「エレミヤ哀歌」をさす。

ユダヤの予言者エレミヤがバビロンに捕えられた時、故国エルサレムが侵入者によって荒廃させられたことを嘆き悲しみ、エホバよ、ねがわくば我らをして汝にかえしたまえ、と歌うのである。

今では、ミュージカル「ウエスト・サイド物語」やバレエ音楽「ファンシー・フリー」、交響曲「不安の時代」などの傑作によって押しも押されもしない大作曲家兼大指揮者として歴史に名を刻んでいるが、この曲もまた傑作であると共に出世作として名を残す。

ユダヤ系ロシア移民の血をひく彼にとって、生まれるべくして生まれた曲といえよう。

第1楽章で現れるホルンによる、ユダヤの典礼風色彩、第2楽章での、どこか東洋風な旋律に加え、ジャズのリズムを導入しての表現技巧は、バーンスタインならではのもの。

傾聴に値する1枚だろう。

独唱のジェニー・トゥーレルはトスカニーニに見い出されて有名になった。

なおバーンスタインは、1961年に来日して同じメンバーで日本初演を行っている。

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classicalmusic at 06:46コメント(0)トラックバック(0)バーンスタイン 

2009年02月21日


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ライナー盤は、どの点からみても、この2曲の最もすぐれた演奏のひとつである。少なくとも、代表的名盤として知られているC・クライバー盤、フルトヴェングラー盤などと同じレベルで語ることのできる傑出した演奏内容だ。

ベートーヴェンの第5交響曲は、いわゆる「運命」を克服し、自己が勝利していくという内容と、交響曲という形式とが隙なく構成された名作と形容されている。

ライナー盤から聴ける演奏は、この間の事情を詳かにしたものだ。

自己が望む過程で繰り広げられるドラマは過不足ない盛りあがりを示しているし、構成も堂々としており、間然としたところがない。

まさに、この曲における知情意のバランスがよくとれた名演奏といえるだろう。

このようなすぐれた第5番の演奏は、滅多に聴けるものではない。

第7番は全曲を通してリズム要素が表現の根幹を担う、構成的で力強い展開に徹した、古典交響曲の中でも屈指のスケールの大きな作品だ。

ライナー/シカゴ響は、この堅固な構築性を持ったベートーヴェンの音楽を十全に把握した明瞭なラインに沿って、長めのフレージングで流動感のある演奏が開始され、くっきりとしたリズムの冴えがその上を流れていく。

合理性と豊かな音楽性とが理想的に結合した歴史的名盤だ。

加えて、ここではライナー時代のシカゴ交響楽団がいかに高度な状態にあったかという事実にも、感心させられてしまう。

各個人の能力、アンサンブル能力、いずれをとってみても一分の隙もないほど見事なものばかりだ。

まさにオーケストラ美学のひとつの典型と形容しても、決して過言ではないだろう。

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classicalmusic at 09:21コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンライナー 

2009年02月20日


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クレンペラーの「復活」は1971年の生涯最後のコンサートが最高の名演で、正規盤で発売されるのを心待ちにしているのだが(海賊盤は録音状態が悪い)、それを度外視すれば、現在入手できる数多いクレンペラーの「復活」のなかでも、この1963年のライヴはお薦めできる充実した出来映えである。

この交響曲がもつ深い奥行き、マーラーの並々ならぬ意欲のほどなどが、雄大に再現されており、間然としたところがない。

クレンペラーの音楽づくりは、決して愛想のよい性格のものではなく、どちらかというとぶっきらぼうで、とっつきにくいように思えるかもしれないけれど、それは表面上のことだけで、その内部には音楽への深い愛情、人間への厳しい眼差しなどがふんだんにこめられている。

そのことは、このマーラーの第2交響曲のような難解で、複雑きわまりない曲でこそ、はっきり示されているといえよう。

この曲の演奏は、ちょっとした思いつきの小手先芸や、スコアがくっきりと浮き出るような再現だけではどうにもならない。

クレンペラーのような深い含蓄があってこそ、はじめて真意をはかることが可能な曲である。

1963年のライヴ・レコーディングで、音の状態こそ水準の域を出ないけれど、ここでは、まずクレンペラー盤に始まり、そして、クレンペラー盤に帰るべきであろう。

ハーパー、ベイカーも、ともに力のあるところを示している。

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classicalmusic at 19:38コメント(0)トラックバック(0)マーラークレンペラー 

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「まさに君そのもののように、信じられぬ程美しく、偉大でかつ愛らしく、深遠で高貴である」とこの曲についてワーグナーは、リストに宛てた手紙の中で述べた。

リストはこの曲をシューマンが「幻想曲」を自分に捧げてくれた返礼として、シューマンに献呈した。

単一楽章で書かれている幻想曲ふうのこのソナタは、5つのテーマが変容し、拡大し、複雑な構造を基盤とした巨大な建造物と言ったほうがふさわしい作品である。

ポリーニは、そのような構成を完璧な技巧によってあらわにしているが、例えば、楽譜に「グランディオーソ」と記されたところで、リストがロマン主義的情感を最大限に込めた主題(愛の主題と呼んでもよいだろう)の所になると、全体を形づくっている一つの素材といった印象しか与えず、情感に欠けているのである。

ギレリスの演奏は、逆巻く奔流、嵐のようでありながら、愛の主題では、美しい音色に支えられ、音楽が一瞬止まってしまうのではないかと思われるような弾き方で、息づまるような心の動きを伝えている。

リストの高邁な思考、ロマン主義的激情を、ギレリス盤ほど見事に表現した演奏もあるまい。

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classicalmusic at 03:59コメント(0)トラックバック(0)リストギレリス 

2009年02月19日


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シューマンは、狂気の闇に閉ざされてしまう直前のデュッセルドルフ時代にも数多くの曲を作曲した。

それも、例えば、ヴァイオリン・ソナタの第1番は4日間、第2番は6日間、このチェロ協奏曲は10日間という短期間に完成した。

つまり彼は、ほとばしる創造力をただひたすら楽譜に書き写していたのである。

そのようなシューマンと同じような気質を持った人物はフルトヴェングラーである。

あのぶるぶると震え、痙攣するような指揮ぶりを見たことのある人なら、その棒からほとばしるように生み出される音楽が、ある時は極めて陶酔的で、またある時はむら気のあるものとなっているのを思い起こして頂きたい。

この演奏では、シューマンの内面深くにある暗い炎を燃え立たせ、運命の呼び声のような金管を強調し、情念が噴出するように、オーケストラを爆発させている。

シューマンの内面をえぐり出すようなフルトヴェングラーの演奏は一聴に値する。

フルトヴェングラーのシューマンはいずれも素晴らしいが、第4交響曲やマンフレッド序曲と並ぶ比類なき名演である。

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classicalmusic at 00:26コメント(0)トラックバック(0)フルトヴェングラーシューマン 

2009年02月18日


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バッハは、主題を次々と変容させ、鎖の環のようにして繋いでいき、巨大な「ゴールドベルク変奏曲」を作った。

規模、構想においてもこの変奏曲に匹敵するのは、「ディアベッリ変奏曲」しかあるまい。

バッハの曲は、最後に再び主題が登場し、円環が閉じられるが、ベートーヴェンの曲は、主題の変奏が次の変奏を創りだしながら、螺旋状に高みを目指しながら上昇してゆき、第32変奏でクライマックスを迎え、最後の変奏では、晴朗で、あたかも天上界に歩み出すかのごとくして、虚空に音楽が消えてゆくのである。

リヒテル盤は、例えば、ベートーヴェンがくそみそに言った冒頭の主題でさえ、こまかにアクセントを付けながら、これから始まる千変万花の世界を予感させ、聴く者を引きずり込まずにはおかない。

深く、拡がりを持ちどこまでも音が放射するかと思うと繊細、微妙に描きつくしながら凝縮し、収斂してゆく様は、たとえようがない。

「フゲッタ」では、静謐な世界に流れ出る敬虔な祈りの音楽、第32変奏では、対位法の綾を緊張感あふれながら、組み立てていき、壮大な大伽藍を築きあげている。

この長大な作品をリヒテルで聴くと、まるで"弾かれる劇"のごとき趣がある。

このような素晴らしい演奏が存在する幸運を思わざるを得ない。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンリヒテル 

2009年02月17日


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「第1番」から「第16番」までを2枚に分けて収めたディスクである。

どの曲も絶品である。

アシュケナージの美しい音の数々が織りなす響きのテクチュアは、ごく細部から大きなフレージングにいたるまで、幾重にも階層を成す見事なアーティキュレーションによって、起伏に富んだ表現を生み出している。

柔軟だが一瞬も気を抜かない緊密さに満ちた演奏は、まさにアシュケナージならではのものといえよう。

艶のある美しい音色が魅力の演奏で、各曲を勇壮に弾きながらも、こまやかなニュアンスを大切にしており、暗いロマン的な短調の曲がことにうまい。

アシュケナージは、たとえば「英雄」では勇壮に弾いて、それはそれで聴き手を満足させてくれる。

しかしむしろ暗い情熱を発散させている第4番や第5番の方が、深さを感じさせて魅力的だ。

「幻想」での流麗な、時には飛翔するかのようなファンタスティックな表現も極めて印象的で、アシュケナージの円熟がうかがえる。

録音もたいへんよく、ソフトなピアノの音色を忠実にとらえている。

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classicalmusic at 05:24コメント(0)トラックバック(0)ショパンアシュケナージ 

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マズルカは作品番号のついていない曲と「第49番」の改訂版をも収めた全59曲収録した豪華盤である。

マズルカは男性的な踊りであるポロネーズに比べて、女性的な性格がよくあらわされているが、アシュケナージの演奏は、リズミカルななかにも、女性的なしなやかさを表出しているのが特徴だ。

都会的に洗練されたフレッシュさが魅力で、録音も優秀である。

マズルカといえばまず思い出すのがホロヴィッツ。

自由奔放、濃厚なロマン的感情表出は彼独自のもので決して他の追随を許さない。

アシュケナージのマズルカはそのタイプでなく意外性は少ないが、このCDでは録音の新しいものほど、動意・動感を重視した演奏になっていてその分表情も大きくなってきている。

これはアシュケナージが従来の型から抜け出そうとする前兆であるかもしれない。

ワルツは19曲が1枚に収められた魅力的なディスクだ。

アシュケナージは例によって、しっとりとした美音で、ショパンを歌いあげてみせる。

しかし決して主情主義になりずぎず、どこか醒めた眼を感じるが、その姿勢が今日的なものとして多くの支持を得ているのだろう。

リパッティ同様、詩的な表現だが、アシュケナージの場合はかなり醒めた眼で客観的にみつめている。

すこぶる艶やかな音色で、各曲を丹念に演奏しており、表情のしなやかな美しさに惹かれる。

ことに短調の作品がよい。

「華麗なる大円舞曲」では、表現が大きくなることを極力抑え、伸びやかに弾き進め、コーダにおいて一直線に華麗な終結へと向かう。

その計算されつくした鮮やかさが見事。

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classicalmusic at 04:55コメント(0)トラックバック(0)ショパンアシュケナージ 

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全21曲を収めたディスクである。

潤いのある音色で、各曲をロマンティックに弾きあげており、これらの曲の夢見るような曲想を、豊かに歌わせながら、見事に表現している。

アシュケナージの潤いのる美音は、夜想曲のようにゆったりとファンタスティックに歌われる楽曲では特に効果的だ。

しかも彼の歌は決して主情的になりすぎず、妙な癖もなく、淡々とショパンを表出して聴き手をやすらぎの世界へと誘ってくれる。

柔らかい響きと流暢な音楽の流れが、この曲集の魅力をいっそう引き立てる。

アシュケナージのショパンには定評があるが、とりわけこれらの「夜想曲」では音色のビロードのような手触りが魅力だ。

だから同じ「夜想曲」がならんでいても、決して飽きることがない。

崇高な気分を表出した「第5番」、精緻な表現の「第8番」、暗い感傷的な性格を巧妙に表現した「第15番」がよい。

アシュケナージは、ショパンの"楽器"からの表現のニュアンスのくみ取り方と、具体的に響きとして実現するテクニックの両方に、充実しきっている。

深い喜びを味わうことができるアルバムだ。

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2009年02月16日


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アシュケナージもまた、ルービンシュタイン同様「ショパン全集」を録音しており、その中にはルービンシュタインが録音できなかった、前奏曲、練習曲なども含まれている。

幅広いレパートリーとショパンを知りつくしているという点では、二代目ルービンシュタインといってもよいだろう。

アシュケナージの演奏は、ショパンに限らず知と情のバランスが巧みにとれているのが特色。そこが幅広い人気となっているのだろう。

そのアシュケナージが「24の前奏曲」では従来のスタイルから一歩踏み出し、以前より幅広い感情表出を目指しはじめたのが読みとれる。

テンポのゆったりした曲、たとえば第7,13,23番などにその傾向がはっきりと出ている。

この人固有の美麗な音楽づくりが光った演奏で、ピアニスティックな美感を生かしながら、各曲をロマンティックに弾き分けている。

録音のよさとともに、その柔らかな音色に魅了される。

即興曲は各曲ともロマンティックな情感を表出しながら、抑制をきかせたバランスのよい表現をおこなっているのがこの演奏の特色で、構成的な美しさを存分にひき出している。

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達者というか隙がないというか、実に整然とまとまった演奏だ。

しかもアシュケナージは、そこに清新の抒情を漂わせており、激情が吹きあげる瞬間ですら、香気を失わない。

このようなあまりに整然たる演奏は、ともするとその反動として破格・格調の美を恋しがらせるもの。

だが、それは一方の極に達したものの宿命といわざるをえないだろう。

「ショパンの楽譜をまったく変えないで、彼の音楽がオーケストラに編曲されるときがいつかくるであろう」とジュルジュ・サンドは言っている。

この演奏はバラードのシンフォニックな性格を、うまくつかんだもので、各声部を鮮明に浮き彫りにしながら、様式的な美しさをひき出した、きわめてロマンティックな表現である。

ことに旋律的に入りくんだ曲は見事で、「第4番」は傑出している。

スケルツォは詩的情緒にあふれた表情豊かな演奏で、香り高いショパンの旋律美を、こまやかに表現しているところが魅力だ。

響きはどこまでも美しく、隅々までじゅうぶんに考えぬかれている。

ことに各曲の中間部の精妙な表現は見事だ。

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classicalmusic at 22:17コメント(0)トラックバック(0)ショパンアシュケナージ 

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アシュケナージが得意とする精妙なピアニズムを駆使して、ショパンの抒情性、内に秘めた情熱、多様な情趣などを鮮やかに再現。

かつて第1番をこれほど見事にこなしたピアニストはいなかったが、そういう演奏でもこの曲は習作という観が免れず、第2番や第3番との隔たりは大きい。

アシュケナージは、「葬送」が情熱的であるのに対し、第3番は抒情を重んじるというように、曲の性格をはっきりと対比させている。

ピアノ・ソナタ第2番は情熱的に表現しながらも、よく計算された設計のうまさが感じられる。

第1楽章からして激しい情熱をぶつけており、低音から高音にいたるまでバランスは実によく、音色はどこまでも美麗で、響きも明澄である。

ショパンの音楽の美感を味わうには最高の演奏だ。

ピアノ・ソナタ第3番は、この曲のピアニスティックな美感を、存分にひき出した演奏で、音楽の隅々にいたるまで磨きあげられている。

ニークスは第1楽章について「第1楽章には、多くの作曲家にいくつもの楽章をつくらせることができるほど、たくさんの優美な旋律にみちている」と述べているが、アシュケナージは全篇にわたって、こうした旋律美をよく表現していて聴かせる。

特に第3楽章は、情に流されない演奏を目指している彼がかつてないほどロマン的な感情表出に傾いている珍しい例だ。

練習曲は"ピアノの詩人ショパン"という、そのショパン像に最も近い演奏で、ロマン主義的な性格を表出しながら、これらの曲の詩情を存分にひき出し、きわめて繊細な音楽をつくりあげている。

演奏は魅力にあふれ、1曲1曲がまさに"ショパンの世界"という響きとニュアンスに満ちている。

心ないピアニストなら、単に指のトレーニングに終わってしまうような曲などにも優雅な趣が流れ、技巧の冴えを前面に押し出すことがない。

表現としては昔のコルトーの演奏に近く、即興的な性格を生かした、情感豊かな演奏だが、各曲の隅々にいたるまでアシュケナージならではの設計が光っており、すこぶる玲瓏な音楽で、高音から低音にいたるまでバランスがよい。

作品10は「第3番(別れの曲)」、「第6番」、「第12番(革命)」。作品25は「第5番」、「第11番(木枯らし)」、「第12番(大洋)」など、全体に標題のついた曲がうまい。

緻密で完璧な響きと、それらの響きをショパンの世界に変えるアシュケナージの情趣とは、わかちがたく結びついているのだ。

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classicalmusic at 19:55コメント(0)トラックバック(0)ショパンアシュケナージ 

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ウィーン・フィルを主にディスクを通して聴いている人には意外に感じられるかもしれないが、このオーケストラが定期や他の主要な演奏会で協奏曲をプログラムに入れる機会はごく限られている。

まして1950年代から60年代にかけては今日よりもウィーン・フィルの演奏会がはるかに少なかったため、よりいっそうウィーン・フィルの協奏曲を聴く機会は少なかったはずだ。

その当時、このオーケストラがもっとも頻繁に共演したピアニストがバックハウスである。

名パートナー役を果たしたベームとともに、すっかり手の内を知り尽くした味わい深い演奏を聴かせた。

このモーツァルトの最後の協奏曲は、ブラームスの第2番の協奏曲とともに、バックハウスとベーム/ウィーン・フィルが残した最良の遺産と言えるだろう。

ブラームスについては以前に記したので省くが、モーツァルトは、この曲の演奏の原点ともいえるもので、バックハウスはベーム/ウィーン・フィルともども、第1楽章や第2楽章は凛としすぎる趣があり、日常何回も愉しむのには向いていないが、他の演奏をいろいろ聴いた後、バックハウスに戻ると、これこそ第27番のふるさとであり、帰着点だ、と思わざるを得ない。

特にフィナーレのテンポ、リズム、そしてロンド主題が帰ってくるときの間のよさはさすが。

オーケストラも素晴らしい演奏で、音色が非常に美しい。

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classicalmusic at 04:04コメント(0)トラックバック(0)バックハウスベーム 

2009年02月15日


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モーツァルト最後のピアノ協奏曲で、澄みきった超俗的な美しさに満ちた佳曲だが、その姿は様々に描かれる。

この曲の演奏では、まずギレリス/ベーム盤を挙げたい。

ここでのギレリスのピアノは、どの音も力を抜いた柔らかなタッチだが、それでも一つ一つの音の輪郭がくっきりと手に取るように聴こえてくる。

純粋に透明で、こだわりのない軽やかさの横溢したこの演奏は、天空を駆けるがごとき美しさはこうしたものを言うのだろうと思わせるものだ。

この録音が、しかもウィーン・フィルのバックで残されたことは幸運だったと言えるだろう。

この曲では伴奏部の充実も大きな特徴だが、率直で控えめなギレリスに対する、ベームのニュアンス豊かな掛け合い、あるいはぴったりと寄り添って伴走して行く音楽に奥行きの深さを感じる。

ここでのギレリスは、グリーグの抒情小曲集のように親しげに語りかけてくる可憐な演奏だ。

ギレリスとベームの作り出す音楽の無理のない自然さが、聴く者を素直にさせる力を持っている。

黄金の組み合わせながら、一般にあまり評価されていないこのディスクを高く評価したい。

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classicalmusic at 11:10コメント(0)トラックバック(0)ギレリスベーム 

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ヴェルディ初期の第3作目のオペラながら、情熱的な序曲や、今日でもイタリア人の心情を鼓舞してやまない合唱「行け、わが思いよ、金色の翼に乗って」をはじめ、魅力的な音楽が随所にあふれる。

初演から大成功をおさめ、ヴェルディの出世作となったのも当然と思える。

演奏はムーティが最高だ。

ムーティのもっとも得意とする作品のひとつだけに、その熱気とドラマティックな迫力は比類のないものである。

テンポを速めにとり、切れのよいリズムでたたみこむように進め、ヴェルディ初期のオペラのみずみずしい情感を、万全に表現していてすばらしい。

ムーティの長所、すなわち躍動するリズム感、メリハリのきいた音楽づくり、そしてえもいわれぬ音楽的高揚感は、まさに「ナブッコ」のためにあるといってもけっして過言ではない。

それほどにムーティの資質に合った作品といえる。

配役もそろっており、ことに、アビガイレのスコットが傑出している。

そのムーティの「ナプッコ」は、CDではフィルハーモニア管とのもの、DVDではスカラ座での上演ライヴがあるが、歌手も一枚上で、圧倒的な舞台が見られるDVDが広く薦められる。 

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classicalmusic at 07:58コメント(0)トラックバック(0)ヴェルディムーティ 

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ピリスの新盤は、特に注目したい演奏で、すべてが秀演、名演である。

大きく成長した最近のこの女流ピアニストの充実ぶりを鮮明に伝えるレコーディングの一つであるこの演奏では、彼女の到達した高い境地が如実に示されているといっても過言ではないだろう。

ピリスは新しいグラモフォンへの録音で、モーツァルトのソナタの世界により深く入っているように聴こえる。

ソナタのそれぞれがモーツァルトの時々の心を映しているのにすばらしく感応して、その微妙な世界の違いを浮き上がらせていく。

そこでは、ピリス特有の繊細さや鋭さは以前と同様に保たれていながらも、かつての彼女につきまといがちであった神経質さが消え、表現のスケールと音楽の広がりが一まわりも二まわりも大きくなっている様相をはっきりと感じ取ることができる。

1フレーズ、1音に絶えず生命が息づき、微妙な表情に満ちた奏楽を生み出すピリスの能力は、以前にも増して冴えわたっている。

そしてモーツァルトに必要な優美さ、繊細さ、柔軟さを十分に表現すると同時に、一種のきりりとした闊達な性格も表す。

第3、8番の中間楽章で聴かれるデリカシーの極みも、生命力にあふれる奏楽と表裏一体になっていればこそ、いっそう胸に染みるのだ。

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classicalmusic at 06:14コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトピリス 

2009年02月14日


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聴きなれた作品だが、コープマンの演奏を初めて耳にした時の感激は今なお忘れ難い。

それは、コープマンの音に導かれて未知の世界へと分け入り、自分の感性が新しいものに変わっていく、そんな鮮烈な出会いの興奮を与えてくれるといいたいほど。

フレージングのなめらかさと流れるような歌の素晴らしさ、音色のすがすがしさ、喜びに沸き立つリズムの息づかいなど、本当に見事なモーツァルトで、音楽を聴く喜びがこんなに大きいものなのかと久々に体験させられた演奏である。

コープマンのモーツァルトは本当に面白い。

耳慣れた表現とは随分違うのに、その驚きが喜び、愉悦とイコールになる。

オリジナル楽器界のいたずらっ子のように感じられるところがあると思うと、K.137のアンダンテから、思いがけないドラマをはらんだ懐の深い音楽を引き出し、またK.138のアンダンテの美しさも群を抜く。

通常よりほぼ半音低いピッチの演奏は、オリジナル楽器であることを強調するかのように、その奏法の特徴をよく示しており、時には過度とも思えるほどの表情も加えている。

独自の即興的装飾などには、多少異質なものを感じる人もいるかもしれない。

しかし、生き生きとしたアーティキュレーションに支配された音楽は、それらを超えて聴く者を惹きつけずにはおかない。

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classicalmusic at 20:26コメント(0)トラックバック(0)モーツァルト 

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今では伝説となった1959年の第2次イタリア・オペラ公演ライヴ。

この「オテロ」は前後20年にわたるイタリア・オペラ公演の中でも、とりわけ白熱的な名演のひとつであり、デル・モナコとゴッビという極めつけの名コンビが顔を合わせた他にかけがいのない記録である。

デル・モナコの剛毅で直情的な歌と、技巧の限りをつくしたゴッビの性格的表現が絶妙に絡み合った記念碑的名演、名唱といって良い。

デル・モナコの作りあげたオテロ像は今だに鮮烈である。今でも「オテロ」のディスクを選ぶにあたっても、まず彼のもとに気持ちがいってしまう。

デル・モナコ以後ヴィッカーズ、ドミンゴ、アトラントフらがこの難役に挑んできたが、声、キャラクター、風格のいずれにおいてもその右に出る者はいない。

もし仮にこのスーパースターを除外して考えるなら、トスカニーニ、セラフィン、クライバー盤も推薦の対象になるのであろうが、彼らのその素晴らしい指揮能力、音楽能力をもってしても、やはりデル・モナコと他のテノールとの差を埋めることはできないように思われる。

ただし純粋に「オテロ」という戯曲を考えた場合、デル・モナコのイメージは余りにも英雄的で颯爽としすぎているように感じられるのも事実であろう。

その点ではドミンゴの方がむしろ、好計に陥りどこまでも凋落してゆくヒーローの姿を浮き彫りにしているようだ。

にもかかわらずデル・モナコのオテロを掲げたのは、ひとえに彼の声と特異かつ強烈な役作りが文字通り有無を言わさぬ凄さを保っているからである。

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classicalmusic at 19:57コメント(0)トラックバック(0)ヴェルディ 

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この両曲は現在でも掛け値なしの美演といいうるグリュミオーのヴァイオリンを推したい。

フランス音楽のまさに本道を行く彼の演奏には、流麗感、洗練、センス、音の美しさ、屈託のなさのすべてがあるといってよいだろう。

ラロの演奏には、「スペイン交響曲」というタイトルどおり、スペイン的な民族色を強烈に打ち出したものと、作曲者のフランス的なデリカシーに重点をおいた、二通りの演奏スタイルがあるが、グリュミオーは、その後者のフランス風のスタイルである。

デリケートで粋な純フランス風の演奏だ。

そのため、スペイン風の濃厚な味わいや豊麗な音色を求めることはできないが、これほど上品で線が細く、女性的で小味なラロは例がない。

全体に軽妙さと熱っぽさを兼ね備えた、きわめて美しい音色の演奏で、ことに、第1、5楽章の激しさ、第4楽章の抒情的な味はすばらしい。

ロザンタール指揮のラムルー管弦楽団は、金管を強奏する乾いた響きがいかにもラテン的、センスのよい伴奏だ。

サン=サーンスはすこぶる美麗な音色を生かしながら、この曲の上品で格調の高い性格を、存分にひき出した演奏である。

いかにもグリュミオーらしい、小味で柔らかなサン=サーンスである。

音色は美しく、心をそそるヴィプラート、憧れに満ちたカンタービレ、そして特に人なつっこく肌をなでてゆく春風のように優しいレガートは彼の独壇場であり、フィナーレにおける粋で洒落たテーマの奏出に最も良い例が聴ける。

サン=サーンスの曲は、どんなに美音で演奏しても、その表情にエレガントな味付けがなければ、さまにならない。

グリュミオーは、そうしたセンスの良さを発揮しながら、親しみやすいメロディーを優雅に歌わせている。

やや華やかすぎるところもあるが、聴きばえのする演奏だ。

それにロザンタール指揮のオーケストラが非常にセンス豊かだ。

「序奏とロンド・カプリチオーソ」でもグリュミオーの演奏は、いくぶん線は細いものの、その音色の美しさでは、ずばぬけている。

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classicalmusic at 08:17コメント(0)トラックバック(1)サン=サーンス 

2009年02月13日


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旧ソ連出身のマイスキーは、チャイコフスキー・コンクールで入賞し、ロストロポーヴィチに師事した。

そのテクニックはすばらしく、しかも細かい心づかいが行き渡っている。

ただ「アルペジオーネ」では、全体をリードしているのはアルゲリッチで、開始部などはまことに大胆。この積極性がチェリストのほうにもあればと思わせる。

とはいえ、マイスキー盤は、総合的見地から最も聴かせる演奏といってよいだろう。

マイスキー&アルゲリッチは、その大胆で幅の大きなテンポやダイナミクスの変化によって、極めてロマン的といえる表現だ。

しかしそれが少しも恣意的にならず訴える力が強いのは、心からの共感と淀むところのない見事なテクニックが高い次元で結びついているからだ。

透明でスリムな音色と強靭なテクニックが生かされたマイスキーの演奏は、洗練されたスマートさやデリケートなしめやかさにも事欠くことはなく、さらに細部に至るまで熟考を重ねた入念な読みもが光る内容となっている。

「幻想小曲集」や「民謡風の5つの小品」ではふたりのロマン的情熱が一致している。

アルゲリッチのピアノも室内楽のツボを心得た鮮やかなもので、その冴えたバック・アップは出色であり、両者の呼吸の一致も見事である。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)マイスキーアルゲリッチ 

2009年02月12日


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アバドお得意のロッシーニの、よく演奏される有名な序曲をこのディスクは収録しており、選曲の上ではまったく申し分ない。

アバドのイタリア人気質が強く表面に表れた胸のすくような快演で、オケを自在にドライヴしながら、それぞれの作品の持ち味をあますところなく表出している。

作品と演奏者の間にいささかの距離感もなく、まさに自分の歌として歌い上げられた爽快感があり、演奏にみなぎる自発的な音の喜びにも魅了される。

目もさめるようなスピード感とリズムの冴え、カンタービレの快さ、そして音色の輝きと、どこをとっても拍手を贈りたくなるようなアバドならではの快演である。

なかでもアバドの表現のうまさに惹かれるのは、強弱の付け方のうまい「セビリャの理髪師」、各場面を丁寧に描いた「ウィリアム・テル」、活気にあふれた「どろぼうのかささぎ」、リズムの切れ味がよく表情も豊かな「絹のはしご」などで、これらの演奏にはイタリア人アバドの血が躍動している。

トスカニーニの演奏と対照的に、アバドのロッシーニには独特の感覚のスマートさとしなやかさがある。

ちょっと軽く流れるきらいもあるが颯爽として、ザックリとしたおおまかなアプローチなのに表情は豊かだ。

アバドにはロンドン響との旧盤もあるが、ヨーロッパ室内管との演奏の方が響きが充実しており、その歌によりしなやかで強い芯があるのも事実で、アバド円熟の棒さばきが光っている。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)ロッシーニアバド 

2009年02月11日


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ラヴェルとともに、ドビュッシーの音楽もまたアンセルメは得意中の得意とした。

アンセルメとスイス・ロマンド管の最盛期の演奏だけあって、文句なしに素晴らしい。

選曲が魅力的で、演奏もいまだに価値を失わない。

アンセルメは若いころ、ドビュッシーと親交があり、その演奏は作曲者直伝ともいえるものである。

特に「牧神の午後への前奏曲」は極めつけの演奏ともいうべきもので、その抜群の雰囲気の作り方には改めて賛辞を呈するまでもない。

幻想的なマラルメの詩の世界を、情感豊かに表出した演奏で、官能的な気分と磨き抜かれた美しさが、ドビュッシーの描いた幻想的な音の世界を理想的に再現している。

「海」はこの音楽の持つ色彩感をみごとにあらわし、あの独特な音色で精妙に描いており、「海上の夜明けから昼まで」の冒頭の、模糊とした気分の描き方や、「波のたわむれ」の木管楽器の扱いかたのうまさは比類がない。

こういう軽やかで輝かしい音色はドイツ系のオーケストラには出せないものだ。

「夜想曲」も「祭り」が絶品で、「雲」「シレーヌ」は少々粘った表現である。

どれもアンセルメならではの秀逸な演奏で、ドビュッシーの音楽の楽しさと美しさを存分に堪能させてくれる。

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classicalmusic at 11:32コメント(0)トラックバック(0)ドビュッシーアンセルメ 

2009年02月10日


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音の響きをきわめて大切にするアンセルメにとって、ラヴェルの作品はまさに打ってつけだが、ここに収められている演奏を耳にすればそれが納得できよう。

アンセルメのラヴェル演奏は、作曲者の要求している冷たく透明な、そして絹のスカーフのように滑らかな音色を実に巧みに再現しているし、どの曲もアンセルメ一流の巧みな演出と絶妙なリズムの扱いに魅了されてしまう。

1曲1曲を入念・精巧に仕上げた「クープランの墓」、そして高雅な詩情にあふれた「亡き王女のためのパヴァーヌ」は特に素晴らしく、アンセルメの本領が遺憾なく発揮されている。

「スペイン狂詩曲」は一見冷たい肌ざわりながら非常に精緻で華麗な音色はラヴェルにまったくふさわしく、スペイン情緒たっぷり。

「ラ・ヴァルス」と「ボレロ」では、怜悧な中にも退廃的な雰囲気をよくただよわせている。

「ダフニスとクロエ」はなんというデリカシーだろう。これこそ詩情というのだろうか。

「夜明け」の濡れた情感とみずみずしさなど絶品だ。

切ないくらい美しいソロ・ヴァイオリン、鮮明な色彩感を失うことなく、なおダイナミックな中に柔らかさを保ち続けるフォルティッシモなど、まさにアンセルメの最高潮を思わせる。

最高の境地に達した演奏といえるだろう。

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classicalmusic at 03:34コメント(0)トラックバック(0)ラヴェルアンセルメ 

2009年02月09日


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いかにもベームらしい格調の高い充実したものばかりだ。

ベーム最晩年の録音にもかかわらず、7曲とも若々しく生気にあふれた表現で、老いの翳りなどみじんも感じられない。

その音楽の核心を鋭くついた彫りの深さは格別だ。

この中で最高の名演は「ローエングリン」第1幕前奏曲。神秘的で崇高な感じを見事に表出しており、フルトヴェングラーの名演奏を思い起こさせる。

そのスケールの大きさと演出力のたくみさ、加えてウィーン・フィルの弦の響きがなんとも美しい。

同3幕前奏曲と「オランダ人」序曲も大変生気に満ちあふれた表現で、オーケストラがうねるようにして動いていく。

「タンホイザー」序曲は重厚かつ情感も豊かで大変聴き応えがあり、またウィーン・フィルが抜群にうまい。

「マイスタージンガー」第1幕前奏曲は、音色にいくぶん艶と粘りが足りないが、音楽の核心に迫っていくベームの真摯な姿勢が最もはっきり打ち出された演奏だ。

ここにはベームの実力が遺憾なく発揮されている。

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classicalmusic at 00:01コメント(0)トラックバック(0)ワーグナーベーム 

2009年02月08日


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引き締まった、緊張度の高い演奏でありながら、こぼれるように美しいリリシズムの心と音色のマジックが秘められた最高のブラームス。

ポリーニが、アバドという同じイタリアの指揮者と組んだこの演奏は、ポリーニの澄んだ美しい音と明快きわまりない表現、そしてアバドの流麗でいて筋肉質な表情と確かな造形感覚によって、毅然とした風格のスケールも大きい名演となっている。

ポリーニの演奏は、張りつめた緊迫感の中で劇的なドラマが繰り広げられた名演で、予想される甘いリリシズムにかわって濃密で奥の深いブラームスの世界が追及されている。

全楽章、いささかの隙もない辛口の演奏だが、聴きこめば聴きこむほどに魅せられるカンタービレと豊麗な音色の美しさがあり、強烈な光が作品の中から放射されるかのような鮮烈な印象が与えられる。

その引き締まった表情にはロマンティックな情感も不足しておらず、これを凌ぐ演奏は当分出てこないだろうと思われる。

いっさいの曖昧さも不完全さもないところは以前のままだが、演奏が自然にふくらみ、男性的な躍動感に優しさと大らかさとが漂ってきたあたりにポリーニの円熟を実感させられる。

アバド指揮ベルリン・フィルの風格豊かなバック・アップで密度の濃い共演を実現している。

現代にも歴史的名演は生まれるのである。

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classicalmusic at 00:14コメント(0)トラックバック(0)ポリーニアバド 

2009年02月07日


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全5曲とも非常に名演であるが、特に第1番は何度聴いても絶品といえる出来だ。

特にブレンデルのタッチはゾッとするほど美しいし、鮮やかなテンポと小気味よいリズム、敏感、繊細な進行は驚嘆に値する。

第2番でも第1楽章の天国的な美しさなど忘れられない。

ラトルの指揮も最高で、ブレンデルに負けないくらい、表情や響きの1つ1つに意味をもたせている。

ブレンデルによる新しい全集の中では第1番の演奏が最も凄く、次いで第3、4番が優れている。

第3番は冒頭から激しい決意を示し、楽譜の読みも驚くほど深い。

第4番も同様で、ブレンデルは自分の思うがままの音楽を、誰に遠慮するところなくやりとげている。

ラトルの意味深い指揮も曲のもつ奥深さをあますところなく表現している。

「皇帝」は極めて思索的、知的な表現であると同時に、音楽には溢れんばかりの生命力が躍動する。

ラトルとの呼吸もピッタリで、ブレンデルの成熟ぶりを明確に示す名演といえる。

成功の原因はブレンデルとラトルの強い意欲であろう。

それはレコード会社の企画に機械的に従ったものではなく、プロの演奏家としてコンサートのスケジュールを無難にこなしたものでもない。

今までに類例を見ない卓越したベートーヴェン演奏を成し遂げようとする両者の、きわめて良心的な仕事ぶりの結果なのである。

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classicalmusic at 11:32コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンブレンデル 

2009年02月06日


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巨匠モントゥー晩年の感動的な名演で、モントゥーのベートーヴェンで、真っ先に挙げたいものだ。

特に第1楽章は堂々とした威容で驚くほどの生命力を表しており、ベートーヴェンの意志的な芸術を感得させる。

第2楽章の深い内面性とオーケストラの色調の美しさ、第3楽章の純音楽的な表情、終楽章のよく練り上げられた各変奏の味わいなど、随所でモントゥーのゆたかな芸術が示されている。

「わしは、ワインガルトナーよりベートーヴェンを信じる」と言って、第1楽章コーダのトランペットにようテーマの補強を行わないなど、作曲者やスコアに対する態度が、実に謙虚で誠実だ。

この録音のためのリハーサル風景がレコードになっているが、「葬送行進曲」冒頭の付点リズムを、何度も何度もやり直させていたのが印象に残る。

相手も世界最高水準のオーケストラであり、リズムそのものが間違っているわけではない。

我々には、最初に弾いたリズムでも十分に聴こえるのだが、そのニュアンスや、微妙な呼吸が理想の形を見せるまでに反復練習を行う、というのがモントゥーのやり方なのである。

その結果、隅から隅まで、一点の曖昧さもない、明快この上ない演奏が誕生した。

さらには、限りなくスコア通りのアプローチながらも、自ずとモントゥーの暖かな人間性と深い教養や知性が、演奏から滲み出てくるのだから堪らない。

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classicalmusic at 00:15コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンモントゥー 

2009年02月05日


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バーンスタインの「新世界より」はやはり、やる気満々のNYP時代が魅力で、劇的でメリハリが強く、活気に富んだ演奏である。

かのストコフスキーを思わせる、ダイナミズムの落差の大きさ、そして綿々と歌わせる旋律の美しさなど、若さ溢れる熱気が今も存分に伝わってくる。

テンポも内在する緊張感をよく表し、両端楽章では推進力が強く、第2楽章の有名な旋律を大きな息づかいで歌わせているのもこの指揮者の作品への共感を示している。

終楽章の精力的な表情と確信に満ちたアゴーギクはバーンスタインならではだ。

演奏全体にみなぎる開放感に溢れる演奏の魅力があり、これだけ血沸き肉躍る「新世界より」というのは、現役盤では絶無だろう。

確かに「新世界より」には名盤が多いが、バーンスタインのこの録音は作品との絆が熱く、演奏が清々しくそして逞しく、今なお初々しい。

こんなにも健康的で明るく、ほれぼれとする若さをたたえた演奏は、今後もなかなか生まれない。

新盤はきわめてユニークで個性的な演奏だ。

冒頭、第1楽章の序奏から遅いテンポで始まり、有名な第2楽章は空前ともいうべき解釈でとにかくテンポが遅く、旋律は粘り、ルバートが多用される。

たとえばノイマンとチェコ・フィルがこの第2楽章を11分31秒で演奏しているのに対し、このバーンスタインの新盤は何と18分22秒を要している。

終楽章も雄大、重量物が押してくるような印象で、それらが渾然一体となって見事な音楽を作っている。

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classicalmusic at 23:01コメント(0)トラックバック(0)バーンスタインドヴォルザーク 

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まず、パールマンとアシュケナージのふたりの卓越した技巧と美しい音色に魅了されてしまう。

パールマンのヴァイオリンは、やや線が細いが、美しく流麗に弾きあげており、アシュケナージの明快で力強いピアノが、しっかりと支えている。

ふたりの呼吸がぴったりと合った端正な演奏である。

両者とも卓越した技巧を示しているが、それが単に表面的な技巧にとどまらず、素晴らしい熱気や内面的充実感をもっている。

時には2人が極めて奔放に演奏しているかのように思わせながら、少しも粗さを感じさせない。

「クロイツェル」のほうが断然素晴らしく、その気概と熱気に圧倒されるが、抒情ときらめくような輝かしさもある。

熱っぽい迫力で全曲を弾き通し、手に汗を握らせる緊迫感を見せるが、デモーニッシュな魅力と変化にやや不足する。

とはいえ、フレッシュな情熱をぶつけた真摯な演奏ぶりには好感がもてる。

「春」も素晴らしく、よく歌う演奏だが、節度と端正さが音楽を引き締めている。

ふたりがともに豊かな美音と、決して深刻ぶらない表現をとるタイプだけに、この「春」は特に理想的な名演となっている。

透明感に溢れたアシュケナージのピアノに乗って、パールマンがまさに自在に多彩な表情を聴かせるが、特に緩徐楽章の美しさは絶品。

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classicalmusic at 20:05コメント(0)トラックバック(0)パールマンアシュケナージ 

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アシュケナージとしては、前2つの録音よりも、最も納得の行く会心の出来に違いない。

3度目の全集にしてようやくアシュケナージが到達した、ロマンティックな幻想や夢を捨て去った現実的なピアノである。

卓越した技術の追求による感覚の喜びがここにある。

オーケストラ・パートがあまりにも無機的に響くのが気になるところだが、これこそアシュケナージが意図したことなのだろう。

自分でソロをとりながら、自分で指揮もとることで、心技一体を極めた円熟の名演を実現させている。

つまり彼の全責任によって、このような総合的な緊密感を持った、ベートーヴェンが実現したともいえる。

自ら指揮もかって出たアシュケナージの演奏は、テクニック、味わい、音色の美しさなど、あらゆる点で充実をきわめており、まさに代表的名演とよぶに相応しい。

積極的な表現意欲とみずみずしい生命力、そして類例のない壮麗な響きにあふれた演奏であり、そのスケール、輝きに心奪われる。

幾度にもわたる試行錯誤の結果、到達した結論的な名演といっていいだろう。

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classicalmusic at 08:03コメント(4)トラックバック(0)ベートーヴェンアシュケナージ 

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シノーポリは、オペラの指揮でもたいへん活躍していただけあって、こうした序曲だけの演奏でも、彼の主張がはっきりと打ち出されている。

いかにもシノーポリらしい、緩急起伏の大きな、旋律をたっぷりとうたわせた表現は、まことにダイナミックな迫力にみちている。

シノーポリはウィーン・フィルのもてる力を遺憾なく発揮させ、自己の主張を充分に示している。

それはこれらのレパートリーに対する彼の自信と余裕にもとづくのだろう。

たとえば打楽器のパートに対する考え方などが明確だし、クレッシェンドに対する概念とそれへの配慮もはっきりしている。

そして曲をとことん掘り下げ、練りに練って細かな点まで計算しつくしている。

それにオケの弦が大変美しい。

「運命の力」など11曲を収録。

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classicalmusic at 06:22コメント(0)トラックバック(0)ヴェルディシノーポリ 

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マーラーの交響曲でも特に独唱者の力量が問われる作品だが、ヴェテランのシュライアーと新進のネスを起用しているのが興味深い。

独唱のふたりの歌唱が光っている。

〈交響曲〉とは名ばかりのこの作品だが、思い切って歌曲の方に引きつける演奏がなかなかなかった。

ようやくインバルがそれをやってみてくれた。

すると歌曲としては、やたらと壮大でものものしすぎる。奇怪な作品像が見えてくる。変な曲だ。

このあたりの時代を得意とするネスと、ロマン派どまりのシュライアーの、アンバランスも面白い味を出している。

ただしシュライアーは、ぎょっとするようなグリッサンドなどで頑張っており、いつもの端正なシュライアーではけっしてない。

インバルの指揮も、このふたりを支えて、情感豊かに表現しており、彼のマーラー・シリーズのなかでの傑出した演奏のひとつになっている。

しかも、インバルはオーケストラを見事に統率して、リズミックな推進力をもった音楽を作っており、感覚的にもみずみずしく、音楽的にもすこぶる精緻だ。

この曲の作品そのものの本質に迫った注目すべき出来映えの演奏である。

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classicalmusic at 01:01コメント(0)トラックバック(0)マーラーインバル 

2009年02月04日


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1978年から足掛け5年をかけて録音したアルバン・ベルク四重奏団の第1回目のベートーヴェン弦楽四重奏曲全集で、現代におけるリファレンスともいうべき、模範的な名演として推薦しておきたい。

この団体は、1970年に、ウィーン音楽アカデミーの4人の教授たちによって結成された、比較的新しい四重奏団である。

アルバン・ベルクの未亡人から、正式にその名前をもらったという。

そうしたことからでもわかるように、この団体の演奏は、ウィーン風のきわめて洗練された表情をもち、しかも、高い技巧と、シャープな切り口で、現代的な表現を行っているのが特徴である。

アルバン・ベルク四重奏団の合奏はひとりひとりのテクニックが優れていると同時に、アンサンブルの緻密さが既製の楽団のどれをも凌駕している。

そして感覚的にも美感にあふれ、サウンドが洗練されていて、聴いていて実に美しく、また楽しい。

この全集では、作曲年代に応じて表現を変化させ、情感豊かにひきあげているが、音楽的に深く掘り下げた演奏となっているところがすばらしい。

全集全体がきわめて高水準で、ベートーヴェンの音楽が持つ独特の個性の明確な表出には、一期一会的な完成度の高さがあり、これを凌ぐ演奏はおそらく簡単には生まれないだろう。

全体にテンポはやや速めだが、決して軽薄に流れず、むしろメリハリが明確でくっきりとした輪郭を描く。

音楽が絶えず前へ前へと駆動する力にあふれているため、若々しい推進力や軽快な躍動にも欠けることがない。

各奏者の技術的、精神的な充実感も並々ならぬ高さにあり、アンサンブルの緊密度や柔軟性の高さはまさに驚異的というより他はない。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲というと、深遠で高級な音楽といわれ、押さえつけるようなゴリゴリした演奏を有難がる傾向もあるが、それは誤解というもので、音楽なのだからやはりまず美しくなければいけない。

そのことをアルバン・ベルク四重奏団は、改めて教えてくれるだろう。

深遠な楽想を楽しく聴かせるのが、演奏家の一番の役割と知るべきである。

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classicalmusic at 06:34コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンアルバン・ベルクSQ 

2009年02月03日


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サヴァリッシュ盤は、録音の物理的な条件にもう少しクリアーさを求めたい部分があるが、全体としては最もバランスの良い名演と言える。

いわゆる原典版による全集だが、全体にいかにもシュターツカペレ・ドレスデンらしい、渋くて重厚なシューマン演奏になっている。

このオケ特有の木の温もりにも譬えられる響きの特質を生かした爽やかさと自然な流れがあり素晴らしい。

細かなことだが、ティンパニの皮が決してビニールではなく、本物の皮革だというのが、聴いているとたちどころに分かる。

その音の響きの深いこと、全体の構成の見事なこと、サヴァリッシュの数ある録音の中で、1、2を争う名盤といっていいだろう。

特に第1番「春」の軽快なフットワーク、第3番「ライン」の重厚な響きなど、現在に至るもまだこれに優る演奏にはお目にかかったことがない。

シュターツカペレ・ドレスデンの魅力を天下に知らしめる恰好の交響曲全集といえるだろう。

本当は、とりあえずシューマンの交響曲を聴こうというのなら、サヴァリッシュの全集があれば事足りる。

知的造形感とパッションが一体となったときのサヴァリッシュには、ほとほと感服させられるし、オーケストラの底力にも恐れ入る。

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classicalmusic at 18:39コメント(0)トラックバック(0)シューマンサヴァリッシュ 

2009年02月02日


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ヴィルトゥオーゾ的要素が目立ちやすい曲だけに、その部分を強調したような演奏も少なくないけれど、やはりそれだけでは繰り返してたのしむというわけにはいかない。

すぐにCDケースの奥でほこりをかぶってしまうことになるだろう。

この協奏曲の本質的魅力というのは、もっと深いものなのだ。

そのことは、セル指揮によるベルリン・フィルの伴奏を得たフルニエ盤を聴くとよくわかる。

ドヴォルザークのゆたかな抒情性が、協奏曲という形式のなかでのびやかに開花しており、間然としたところがない。

チェロ協奏曲の一方の雄たる所以だろう。

フルニエの木目細やかで、柔軟性のある語り口は説得力充分で、伴奏も筋金入りだ。

フルニエのチェロは、朗々と歌いながらも温かい気品に満ち、細部まで神経を使いながら弱々しくならない。技巧的にも素晴らしく、音楽美にあふれている。

セルの指揮は素朴な土俗感を基本としながら、絶対に踏み外すことがなく、歌と情熱と輝かしさを過不足なく表出していく。

フルニエは、いかにもフランス人らしい高貴でエレガントな芸風を持ち味にした得難いチェリストであったが、このアルバムはそうした彼の芸風を伝える最高の記録の一つといえる録音である。

セル指揮のベルリン・フィルをバックに得たドヴォルザークは、フルニエのまろやかで上品な表現とセルのあたたかくも引き締まった音楽づくりが見事な調和を実現させている演奏であり、この名作の数ある録音のなかでも最も上品で格調の高い名演になっている。

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classicalmusic at 21:58コメント(0)トラックバック(0)フルニエセル 

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オリジナル楽器を用いたこの曲の代表的名演である。

ガーディナーは最近、古典派やロマン派の音楽の演奏に新しい息を吹き込んで注目を浴びているが、それまでは、特にバロック音楽の演奏において大活躍をし続けてきた。

たとえば、モンテヴェルディ、パーセル、ヘンデル、そしてバッハといったバロックの大作曲家たちの作品でみせた演奏は、他の演奏家たちのそれをしのぐ、すばらしいものであった。

このバッハの管弦楽組曲の全曲盤はその代表的なものの一つで、比較的初期の録音だが、同じ曲の他の演奏家の盤と比べて、躍動感にあふれた名盤である。

ガーディナーの個性と主張がはっきりとあらわれた、きわめて質の高い演奏で、この人のこの曲に対する自信といったものが、隅々にまであらわれている。

全体に速めのテンポで、楽譜に指定された繰り返しを丹念に守っている点などが、大きな特色だ。

たとえば第3番の冒頭の華やかさ、各舞曲のリズムの確かさなど、管弦楽組曲というジャンルを知り尽くした演奏という感じを受ける。

イングリッシュ・バロック・ソロイスツの各楽員の腕もたしかだし、録音も優秀である。

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classicalmusic at 00:02コメント(0)トラックバック(1)バッハガーディナー 

2009年02月01日


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リヒテルの十八番、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番はグラモフォン盤が名盤として有名だが、メロディア盤の方がリヒテルのラフマニノフに対する共感がいっそう直截にあらわされており、指揮、オケも断然素晴らしい。

リヒテルは、ゆったりとしたテンポで、感傷性を排しながら弾いている。

1つ1つの音の持つ意味をこれほど明らかにした演奏もあるまい。

ラフマニノフの不健康な情緒を、リヒテルほど心をこめて表出したピアニストはいない。

この曲にもっともぴったりした表現で、情感豊かな出来映えである。

特に第2楽章は聴いていて心がうずくようだ。

ザンデルリンクの指揮も、遅いテンポから濃厚な味わいを見せ、盛り上がりの威力はすごい。

それに、レニングラード・フィルの演奏が素晴らしく、第2楽章で、ピアノの伴奏にのってフルートが旋律を吹き、クラリネットに変わるあたりなど、このオケの魅力を余すところなく伝えている。

チャイコフスキーは指揮者のせいか、リヒテルにしてはテンポが速いが、その中で力強さと情感を同時に生かしていく。

ムラヴィンスキーの細かいニュアンスと音楽性はさすがに見事だ。

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