2009年05月

2009年05月31日


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ボレットのピアノが素晴らしい名人芸で、なんとも魅力的な演奏を聴かせる。絢爛豪華な名人芸が、聴く人を魅了しないはずもない。

ボレットは19世紀からのピアノ・ヴィルトゥオーゾの伝統を今日に伝える巨匠で、完璧な技巧とスケールの大きさはもちろんだが、彼の演奏には老いを知らぬ若々しさがあり、爽やかでクールな抒情が限りなく魅力的だ。

ロマンティックな味付けの濃い、表情豊かな表現がボレットの身上で、シャイーのきびきびしたバックを得て、より一層若やいだ演奏になっているのがいい。

名人芸の継承者でありながら、少しも音楽が老け込んでいないのが、ボレットの偉大さであり素晴らしさである。

その演奏には独特のきらめきや、老いた色事師が昔の恋を思い出しながら回想するような粋な趣があり、特にタッチの微妙なニュアンスは、凡手の及びもつかない境地であろう。

両曲ともボレットの資質が充分に出ており、特にグリーグが美しい。

第1楽章の冒頭の鮮明な音色に早くも彼の個性が強く表れている。

テンポは全体に遅めで、1つ1つの音の余韻を味わうように歌わせ、それが強烈なフォルテとのエネルギーの対照を作りつつ、スケールの大きい名演を生んでいる。

シューマンも遅めのテンポで、ロマンティシズムを生き生きと再現しており、フィナーレが特に名演である。

そして第2楽章のノスタルジックな溜め息、第3楽章でパッと花開く効果は、ボレットならではのヴェテランぶりである。

シャイーも好サポート。ボレットの解釈に、よく付けていて拮抗的な効果を上げている。

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classicalmusic at 04:36コメント(0)トラックバック(0)ボレットシャイー 

2009年05月30日


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バッハの「無伴奏」は、チェリストの音楽的資質と技巧水準を白日のもとにさらけだしてしまう作品だが、マイスキーの魅力はこの曲でいっそう大きく顕現している。

張りのある美しい音色で演奏した、たくましく彫りの深いバッハである。

完璧な技巧を駆使しながら、一分の隙もなくまとめた演奏で、作品の内面にひたむきに迫った、実に屈折した陰影の濃い表現で、密度の濃い音楽をつくりあげている。

マイスキーはソ連にいた頃、狂人を装って精神病院で、当局の摘発を逃れたという、ユニークなキャリアの持ち主だけに、ヨーヨー・マほど楽天的にはなれない独特の人格を形成したのだろう。

そうした彼のパーソナリティが、この演奏に反映しているのか、ピンと張り詰めた緊張感と、独特の集中力が凝縮され、享楽的な気持ちでは聴くことができない。

彼の演奏にはヨーヨー・マのような楽天性を全く感じさせない。マイスキーが目指しているのは、バッハの音楽そのものの実質に肉薄することである。

内面的な掘り下げも深く、精神の葛藤すら感じさせる、マイスキーならではの境地が感じられよう。

耳を喜ばせるヨーヨー・マに対し、マイスキーは聴き手の精神に訴えかける。

明るく豪快であるよりも、より精緻で耽美的な世界が展開されているのである。

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classicalmusic at 10:59コメント(0)トラックバック(0)バッハマイスキー 

2009年05月29日


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この演奏を聴いていると、チェロはこんなに従順な楽器であったのかと錯覚してしまう。

ヨーヨー・マの手にかかってはチェロは楽々と演奏されてしまう。

このCDを初めて聴いたとき、チェロ界に新時代が到来した、との思いを禁ずることができなかった。

いかにも伸び伸びとしていて技術上の労苦の痕跡など少しもない。

マの演奏は明るく豪快な音色と闊達なテクニックで、実に楽々とこの難曲を退治し尽くしている。

ここでマが聴かせるのは、あふれるような情熱をもって、おおらかに歌いあげてゆく青春のバッハというほかない。

マの表現からはリラックスした雰囲気が伝わり、深刻なかげりのある深さはまだないが、それは彼の今後の成熟を待たなければならないだろう。

この曲集がこんなに楽しいものかと、いささか疑問に感じられるほどである。

ただ若いうちではできないこともあり、マは身につけた技巧の限りを尽くして、臆せずバッハに挑んでいる。

大バッハの神品といった有難さよりも、音楽を純粋に味わう喜びの方が、ストレートに伝わってくる。

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classicalmusic at 00:29コメント(0)トラックバック(0)バッハヨーヨー・マ 

2009年05月28日


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パールマンの同曲集初録音で、40歳を契機としての録音である。

現代ヴァイオリン界の鬼才パールマンの才能がぞんぶんに発揮された演奏だ。

パールマンは、きわめて自然に音楽の流れをつくりあげているが、そこには彼の円熟した、深い芸術性が示されている。

パールマンの演奏は、クレーメルとは対照的で、いかにもヴァイオリン的な美感を謳歌した、肉感的ともいえるなまめかしさが、これまた実に魅力的である。

徹頭徹尾享楽的でありながら、音楽としては完璧に近く、また技術的にも申し分のない名演になっている。

パールマンは感覚的で外向的、いや楽天的といってもいいほど、天真爛漫な曲との戯れさえ窺える。

そして何よりも音色が美しいのが、彼の演奏の最大の良さでもあろう。

ここには、パールマンのこれまでの演奏家としての実績が集大成されている。

のびのびとした自然体で音楽に向かう態度からは、バッハを征服しようといった気負いはまったく感じられない。

それだけに、作品はバロックの産物といった時代性を超えて、まさにいま生きている音楽として、聴き手にアピールする。

パールマンの卓越したテクニックと音楽性の前に、聴き手はこの作品の演奏の困難さを忘れ、音楽そのものをじっくりと聴かされることになる。

この曲の現代における最高の名盤といえよう。

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classicalmusic at 00:00コメント(2)トラックバック(0)バッハパールマン 

2009年05月27日


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フリッチャイが、日々肉体を蝕む白血病と闘いながら録音したのが、この「悲愴」である。

初リリースされたのは、録音から37年後の1996年。第1楽章の一部の再録音を望みつつ逝ってしまったため、お蔵入りになっていたからである。

1996年4月、本CDが初出されたときには少なからぬ衝撃を受けた。こんな凄い名演が指揮者の許可を得られないまま、37年間もオクラになっていたというのだから……。

こじつけではなく、まさに命の炎を燃やしながらの凄演だ。

個性的には違いないのだが、個性的というにはあまりにも曲と一体化していて、とにかく《悲愴》という音楽が最も雄弁に、劇的に、抒情的に、内容的に、かつ音楽的、芸術的に語りかけてくるのだ。

リパッティのラスト・コンサート同様、真正面から真剣に向き合いたい。

第1楽章は、まるで病魔に肉体と魂がおかされていくような音が恐ろしいが、それに敢然と立ち向かう崇高な生き方にこそ心動かされる。

第2楽章は、美しかった生への回顧であり、叶わぬ夢である。

第3楽章は、人生は所詮一場の夢に過ぎないという諦観から生まれた音の祭りだ。

そして、第4楽章こそは、まさに告別の歌だ。生きることへの執念、魂の慟哭が、途轍もない音響体となって、聴く者に襲いかかる。

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2009年05月26日


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バレンボイムによるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集は、エンジェル盤に続いてこれが2度目。

ここで目立つのは、手際の良さ、語り口の巧妙さであり、これはバレンボイムの指揮者としての活動が長いことと関係があるのだろう。

やや軽い印象もあるが、初期の作品ではこれが良い方向に作用している。

晩年の作品になると、たとえば「ハンマークラヴィーア」など、書かれたテクチュアがいかに厚いものであろうとも、バレンボイムは透明感のある、薄く美しい響きで聴かせる。

最晩年のソナタの緩徐楽章でさえ、非常に抒情的である。

懐が深いというか、鷹揚というか、バレンボイムの弾き表わす音楽にはコセコセしたところがまったくない。

それでいて細部の魅力もきちっと押さえられた素晴らしい演奏である。

数年前のベルリンでのソナタ全曲演奏と同じに、余分なものを削ぎ取って〈固める〉のでなく、音の細胞一つずつを生かし〈解放する〉豊かさがよく出ている。

バレンボイムが弾いたベートーヴェンのソナタにはどれも、地平線のその先までを見通すような素晴らしい拡がりがある。

各々のパッセージやフレーズに相応しい響きやバランスを実に注意深く選びとっているが、それが部分強調や表面的な対比の興味に終わらず、楽章全体、曲全体に奉仕しているのが凄い。

現代ピアノの可能性を徹底して引き出しながら、それに悲鳴を上げたり、殴りつけるような衝撃とは無縁に、音楽そのものの威容を率直に余す所なく伝えている。

オペラも含めた指揮、室内楽演奏、歌曲でのピアノと、音楽のあらゆる分野から体得した音楽表現の理想と精髄が、ここに結晶した感じである。

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classicalmusic at 02:46コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンバレンボイム 

2009年05月25日


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実演に接したこともあり、バレンボイムのベートーヴェン全集と真正面から向き合い、大きな感銘を受けた。

ここでのパートナーは、手兵のベルリン国立歌劇場管弦楽団であるが、現在このオーケストラは世界を席巻するグローバル化の波に逆らうかように、ドイツ中心主義を貫いているらしい。

確かにここに聴く音は、シカゴ響のような馬力もベルリン・フィルのような多彩な表現力もないけれど、ひとつの統一のとれた渋い「ドイツの音」だ。

まさに「失われた音の復活」と言っても良いかも知れない。

なぜならカラヤンの就任以降、ベルリン・フィルがインターナショナルなオーケストラへと変貌し、アバドによってさらにドイツ的な重量感さえ奪われてしまっているからである(さらには、ラトルがドイツ的な重厚さを標榜するとも思えない…)。

感心したのは、もちろんオーケストラの音色ばかりでなく、バレンボイムの指揮についてもある。

バレンボイムの造型は、まったく今のバレンボイムの等身大であり、自然体である。

奇抜に走らず、ひたすら真面目を繰り返しているうちに独自の風格のようなものが備わってきている、というのは素晴らしいことだ。

実際、バレンボイムの音楽づくりは、まったく真面目である。その真面目さが「面白味のなさ」というマイナスでなく、「爽やかさ、清々しさ」というプラスに働いているのだ。

内的な充実感や情熱も申し分なく、「ああ、なんと素敵な作品だったのだろう」という充足感をもたらしてくれる。

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2009年05月24日


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1970年、ドレスデン、ルカ教会における録音。

ルドルフ&エアハルト兄弟は高名なバッハ演奏家。総指揮のルドルフ・マウエルスベルガーは1889年生まれで、1930年から71年に亡くなるまでクロイツ・カントルの職にあった。その弟のエアハルトは1903年生まれで、1961年から72年までトーマス・カントルの職にあった。よってこの録音は2人の仕事の総決算でもあった。

演奏は復古的なバロック時代のスタイルを踏襲している。

この曲はバッハがカントルをつとめていたライプツィヒの聖トーマス教会で初演されたが、マウエルスベルガー盤はもちろんオケもコーラスも少人数で、女声パートは少年が受け持ち、楽器も可能な限り録音当時の古いものを集めて使われているので、バッハ時代の響きに近いだろう。

この演奏の中に劇的なものを求めようとする人には失望を与えるかもしれない。

歌手も表現の過剰をいましめられているかのごとくだ。

ここには絶対的な神への信頼と、キリストの背負った十字架への静かな問いかけがある。

歌手は総じて男声陣がすぐれており、なかでも若き日のシュライアーの福音史家が素晴らしく、また合唱もきわめて充実している。

これは最も伝統的なバッハ受難曲演奏の頂点となるものであり、現代のものと比べるとくすんだ演奏にも思えるが、この謙虚さには敬意を表したい。

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classicalmusic at 10:09コメント(0)トラックバック(0)バッハ 

2009年05月23日


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異色の組み合わせだが、結果は大成功である。

2人のテクニックがすぐれているばかりでなく、デリケートなニュアンスを要求する部分でも万全の構えである。

クレーメルとアルゲリッチはデビュー当時から、すこぶる個性的な表現で知られ、それによって聴き手を魅了し続けてきた。

大胆と情熱のアルゲリッチに対し、繊細と鋭敏のクレーメル。こんな風にその芸風は大きく異なっている。

だから2人の共演は、激しい緊張を生むことが予期された。

拮抗する2人の独奏家が繰り広げる名技は、スマートで精妙、優れて知的なベートーヴェンに欠かせない強靭な求心力と集中力も必要にして充分なものであり、聴き手を惹きつけた。

前者はクレーメルのリードする力がより強く、後者はアルゲリッチのリードする力がより強く作用したのではないか。

強烈な個性の持ち主である2人が、違いを超えて音楽的調和を手に入れるべく協力し、それを実現するのは、大きな楽しみ、大きな悦びであった。

2人の独奏家の個性が強ければ強いだけ、実現された調和は密度が濃く感じられる。

当盤がまさにそう。

ヴァイオリニストが格上、ピアニストが格下の関係では、こんな演奏は望めない。

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classicalmusic at 14:00コメント(0)トラックバック(0)クレーメルアルゲリッチ 

2009年05月22日


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《4つの最後の歌》には、シュヴァルツコップとセルによる、人生との決別への思いを静かに深く伝えた名盤もあるが、ヤノヴィッツとカラヤンによるこの演奏も素晴らしく、ともに傍らに置きたい思いがする。

ヤノヴィッツは艶やかな声で全曲にわたってむらなく美しく歌っているばかりでなく、その人間ばなれのした美声で息長く、器楽のようなフレージングで歌っている。

その声はとても人間の出すものとは思えないほど純粋だが、それがこの"彼岸の音楽"にふさわしい。

ヤノヴィッツもさることながら、ここでも心憎いほど巧妙なカラヤンの棒の魔術に酔わされる。

カラヤンとベルリン・フィルは隅々まで磨き抜かれた至高のオーケストラ演奏を繰り広げており、その耽美的で限りないほどの美しさに魅了される。

ヤノヴィッツの美声とカラヤン芸術が、R.シュトラウスの音楽への共感をきわめて美しく澄んだ表現によって伝えた名演というべきだろう。

カラヤンは、R.シュトラウスが第2次世界大戦に敗れた祖国ドイツへの挽歌として書いた《メタモルフォーゼン》の曲想を余すところなく表出しており、暗鬱で悲痛な表現には強く心を打たれる。

カラヤンはまた、しなやかに集中した流れの美しい演奏の中に、一筋縄ではいかない《死と変容》の美しさを透徹した表現と間然するところのない変化によって描きつくしており、ベルリン・フィルの響きと精妙な色彩の美しさも無類である。

カラヤンにとって、R.シュトラウスの世界は、何の無理もなくスムーズに溶け込めたものなのであろう。

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classicalmusic at 19:43コメント(2)トラックバック(0)R・シュトラウスカラヤン 

2009年05月21日


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この巨匠の晩年のライヴで、実に堂々とした演奏である。

バックハウスがしっかりしたテクニックで、この巨匠にとってのモーツァルトの在り方を確実に伝えてくれる。

それはまさに骨太の音楽であり、順序は逆だが、まさにベートーヴェンの延長線上の、あるいはそうした音楽の形成原理と理念で解釈されたモーツァルトである。

バックハウスのモーツァルトは何と骨太で、しかもモーツァルトの音楽の実質をよく据えていることか。

決して自分にも、聴き手にも媚びることはない。どこにも作られた表現がないのだ。

この5曲を彼はしばしば演奏していたはずだが、ここには職業的な慣れがいささかも感じられない。

生涯を閉じるまで演奏し続けたピアニストの根底にあったもの、それを支え続けたものがここに感知できよう。

K.457はかなりベートーヴェン的な表現で、緊迫した雰囲気よりも暗い情熱のあらわれたもので、とにかく迫力にみちている。

k.475はスケールの大きな、きわめて構成のしっかりとした演奏で、その彫りの深さには心を打たれる。

K.511は内面的な感情の襞をじっくりと表現していて、さすが、と思わせる。

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classicalmusic at 20:26コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトバックハウス 

2009年05月20日


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1956年のモーツァルト生誕200年を記念して録音されたものである。

バックハウス晩年の枯れた芸の極致とでもいえるような内容の深さをもった演奏で、モーツァルトの音楽としてはやや重厚にすぎるが、聴き込めば聴き込むほどに味の出てくる名演だ。

ここにはバックハウスの巨匠的な人間性がまざまざと表れている。

モーツァルトの音楽に秘められていたベートーヴェン的な意志力と、ソナタ形式に対する驚くべき可能性への予見が格調高く示されている。

みずみずしい美しさをたたえた音とまろやかで厚みのある響きは、ピアノという楽器を知りつくした名手にして初めて弾き出せる質の音質だ。

バックハウスのモーツァルトも内田光子同様、決して享楽的な気分で聴ける演奏ではないが、晩年を迎えた巨匠がまるで童子に返ったように、無心の境地で音楽と戯れる風情は、なんともいえず感動的である。

「鍵盤の獅子王」と呼ばれたバックハウスが、一切の我欲を捨て去り、ただひたすらモーツァルトと戯れたこの演奏は、彼を知る者にとってはかけがえのない遺産になるだろう。

特にK.332とK.330が傑出した演奏。

録音はさすがに古くなったが、純正のステレオ録音であり、CD化によってずいぶん音が若返っている。

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classicalmusic at 19:30コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトバックハウス 

2009年05月19日


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内田光子がこの2曲をきわめて集中度の高い演奏で、素晴らしい録音を残している。

モーツァルトのピアノ・ソナタや協奏曲に取り組んでいた内田が、新たにショパンに取り組んだ最初の録音である。

内田はモーツァルトの演奏で世界的な定評をもつが、ショパンでも非凡な名手であるのが確認された。

ロマンティックな情緒は充分だが、ムードに流されない意志の強さがあり、ソナタとしての構成感をはっきりと打ち出しているのは、彼女が並のピアニストでない証拠である。

実に入念にひきこんだ演奏で、その落ち着きと、楽譜の読みの深さには心をひかれる。

音色的にも洗練を極め、和音においても決して汚い音を発しない。そして様式的な描き分けも充分で、きわめて知的な解析を得たショパンである。

内田はモーツァルト演奏でも示したように、独自の新鮮なショパン解釈をはっきりと提示している。

作品、あるいは楽章をまとめて全体としてのドラマを作るというより、それぞれの箇所に秘められた音楽的情報を綿密に解明していくという基本的な方法論は、このショパンでも明らかである。

これは、いわば伝統的ショパンにおいてつきまとう、一種のムードとでもいうべきものを払拭し、的確に今日の眼と耳でとらえたショパンだ。

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classicalmusic at 19:35コメント(0)トラックバック(0)ショパン内田 光子 

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少女時代にヨーロッパに渡り、現在もロンドンを中心に活躍している内田は、きわめて国際的な感覚を身につけたピアニストで、海外での評価もすこぶる高い。

すでにモーツァルトのスペシャリストとして知られており、ピアノ・ソナタ全集とピアノ協奏曲全集を完成している。

内田は魅力あるモーツァルトを聴かせる、世界に通用する"モーツァルト弾き"だ。

内田はニュアンスに富んだ美しい響きを武器に、たんに優美な再現を目指したのではなく、モーツァルトの無邪気な笑顔の下に隠された哀しみも合わせて捉え、それによってしみじみとした味わいを生み出す。

これが魅力あるモーツァルトになったゆえんだ。

音色は透明を極め、しかも形式的にもしっかりと整えられ、古典的な格調の高い見事な名演になっている。

いわゆる異国趣味を前面に押し出すこともなく、きわめて集中度の強い厳しい筆致のモーツァルトとさえいえる。

モーツァルトのソナタの多彩さを知ることができるのも、この全集のメリットでもあろう。

内田のモーツァルトは、享楽的な気分で聴けないのが、特徴でもあり好悪の分かれるポイントだろうが、これだけ愉悦感にあふれた音楽をつくることができれば、立派だ。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)モーツァルト内田 光子 

2009年05月18日


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こと、《トロヴァトーレ》に関しては、セラフィン盤をぬきにしては考えられない。

何よりも指揮の素晴らしさに圧倒され、聴けば聴くほどに味わいを増す名演である。

ステッラ、コッソット、ベルゴンツィ、バスティアニーニの4人によるものは、戦後のイタリア・オペラ界が《トロヴァトーレ》のために組めた最強のキャストであった。

このセラフィン盤ほど4人の主役の声のバランスが見事な演奏もない。

これに匹敵するのは、ほぼ同時期に録音されたトゥッチ、シミオナート、コレッリ、メリルによるシッパース盤だが、惜しむらくは指揮がいささか単調すぎる。

それに対し前記4人のキャストを揃えたセラフィン盤は、作品のスタイルと性格を明快に表現する指揮に加えて、スカラ座のオーケストラと合唱団も素晴らしく、このオペラの魅力を満喫することができる。

特にコッソットのアズチェーナ、バスティアニーニのルーナ伯爵は最高であり、殊に後者の存在感は、他に比肩できる者なしの名唱。

《トロヴァトーレ》をつらぬく激情が、この時代のオペラならではのスタイルを明らかにしつつ、炎と化している。

これほど何度聴いても魅了される名演もそう多くはないが、これがまだ国内盤CD未発売とは!

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classicalmusic at 05:50コメント(0)トラックバック(0)ヴェルディセラフィン 

2009年05月17日


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ポリーニの演奏スタイルが多少変わってきたころのものである。

どの曲も非常にダイナミックで劇的な表現になっているが、以前のような澄んだ明快さよりも、どこかドイツ的な粘りをもった情緒表現が加わったように感じられる。

だからロマン的な性格をより強く押し出している。

とはいえアルゲリッチよりはもっと張りつめたような鋭利な表現力と、意志的な力で構成された演奏である。

ポリーニのシャープで歯切れの良い音と磨き抜かれたテクニックで作りあげられていくショパンは、情緒的、装飾的といった風ではなく、深い構造性を感じさせる大変聴き応えのある演奏である。

ここでも彼は決して走ることなく確実な慎重さで落ち着いた好演を聴かせてくれる。

しかし、この淡々とした静かな語り口がかえって聴き手に訴えかける効果となっているのではないだろうか。

ことにピアノ・ソナタ第2番では、内面的な深さを感じさせる第1楽章、一点も滞ることのない第4楽章、とにかくポリーニの音楽家としての奥行きの深さを確かめることのできる名演である。

そこには、安易な気構えで近づくならはじき飛ばされてしまいかねないような強靭な存在感がたちこめている。

いうなれば、ショパンの音楽における「ますらお」ぶりを代表するような演奏といえよう。

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classicalmusic at 08:22コメント(2)トラックバック(0)ショパンポリーニ 

2009年05月16日


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ブルックナー指揮者として一世を風靡したこの人の、集大成ともいえる晩年の録音(1963年)である。

この演奏はハンス・リヒターの直弟子として、19世紀のドイツ音楽の偉大な伝統を身にもって伝えるクナッパーツブッシュのブルックナー解釈の真髄とでもいえよう。

本拠のミュンヘン・フィルとの演奏は、自然体で、しかも際限もなく大きな広がりをもっている。

生前ブルックナーを得意とした指揮者の個性あふれる演奏のひとつであり、感銘深い。

何カ所かカットのある改訂版が用いられているが、内容的にはきわめて充実した演奏だ。

全体にクナッパーツブッシュの主観が強くあらわれているが、その悠容迫らぬ表現には圧倒される。

「クナッパーツブッシュなんて、ドイツの田舎と日本でしか人気がない」。こんな風に言われてもクナ・ファンはいちいち気にする必要はない。

不安な人は「世界的な人気を誇る指揮者」の駄演を聴けばよい。

ところで、こういった古い演奏は、新しい演奏の登場によって役目を終えるというのがある意味理想なのだが、なかなかそうはいかない。

あらためて聴いたが、やはり素晴らしい。

この落ち着きと風格、彫りの深い表情、渋い味わい、どれをとっても最高だ。

ことに終楽章は素晴らしく、指揮者の魔力がオーケストラ全体に乗り移ったかのようで、ティンパニの一打にいたるまで燃焼度の高い表現だ。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)ブルックナークナッパーツブッシュ 

2009年05月15日


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ポリーニの極限にまで鋭敏に研ぎ澄まされた感性、それに奥行きの深さとまろやかさが加わった逸品。

ポリーニの鋭い音感覚と独自の美学が反映され、一瞬の美しさも逃さずに磨きぬかれた演奏だ。

表現においても、タッチと音色においても、これほど徹底的に磨きぬかれた演奏はミケランジェリ以来だろう。

ポリーニは研ぎ澄まされた表現と精妙な色彩をたたえた響きによって、1曲1曲を実に克明に描ききっている。

しかも、厳しい造形と彫りの深い表現をもつ演奏は、まことにデリケートなニュアンスと透徹した詩情をたたえている。

彼は、ひとつひとつの音作りに神経を行き届かせながら、音色の組み合わせに工夫を凝らし、透明感のある響きの美を極限まで追求している。

情緒表現を切り詰め、精妙にして透徹した、彼ならではのイマージュを作りあげたのである。

また、曲中に含まれる、空中で浮遊しているような音響効果について、その空間把握の見事なこと!

ミケランジェリとは違う音の強さとしっかりとした芯があり、それがものすごく輝き、なおかつふくよかなところが残っているのが素晴らしい。

ポリーニのこの演奏を聴くとミケランジェリは聴いていて疲れるし、少し人工的なところがある気がする。しかしポリーニにはそれがない。

ミケランジェリほど時間を置かずに、ポリーニが第2巻をやってくれるかどうか心待ちにしていたのだが…。

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classicalmusic at 00:14コメント(0)トラックバック(0)ドビュッシーポリーニ 

2009年05月14日


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ワーグナーはやっぱり《パルジファル》に神秘的な性格を与えようとしていたに違いない。

現在ではむしろこの作品の神秘のヴェールは取り除かれ、響きの美しさなどが前面に出てきて現代化されたのだけれど、神秘性を切り捨てるわけにはいかない。

となってみると、クナッパーツブッシュが実現させた、神秘のヴェールの奥に輝く《パルジファル》はその効力を失わないことになる。

ジェス・トーマス、ジョージ・ロンドン、といった歌手陣は、たとえそこにハンス・ホッターのグルネマンツという希代の名唱を加えても、すでに上映史の領域に入っている。

クナッパーツブッシュの指揮だって当然ながら過去に属しているのだけれど、歌が宿命的に持つ過去への後退をぎりぎり免れているのではないか。

ほとんどリズムの感覚などなく、あくまでゆったりと指揮者は《パルジファル》の中に入ってゆく。

前奏曲で奥地への道に踏み込んでしまったら、あとは聖林を信じるほかはなくなる。

信じたら、儀式への参列の切符を手にしたも同然。

そして第1幕で、また第3幕で、いつ果てるともなく、と思えるくらいの感覚で繰り広げられる儀式に、同化し、陶酔するほかはなくなる。

もしかしたら、聖林は、金メッキしたまがいのものであるかも知れないのだが、クナッパーツブッシュの作り出す大きなうねりは、決してそれを気づかせず、崇拝させ、起こる奇跡に法悦を覚えさせることになる。

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2009年05月13日


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交響曲第1、3、4番はイシュトヴァン・ケルテスの亡くなる直前の録音。ハイドンの主題による変奏曲はフィナーレ部分のみが未収録のまま残されたが、ウィーン・フィルの団員がケルテスの死を悼んで、特に指揮者なしで録音されたものである。

図抜けた才能と人望から、将来の大成を期待されながら、テルアヴィヴの海岸で遊泳中、波に呑まれて事故死。

ハイドンの「ネルソン・ミサ」の本番を控えていたイスラエル・フィルの楽員、ソリスト、合唱団員たちの多くは号泣し、偉大な才能の損失に嘆いたという。

遺作はどっしりとした安定感があり、聴いた後に確かな手応えが残る演奏で、ひたすら堅実で落ち着きがあり、懐の深さを感じさせる演奏である。

第1番は終始しっかりとした足取りで進められ、第1楽章の主部では、ウィーン・フィルの反応にやや腰の重さを感じさせるものの、要所要所はしっかりと引き締められて、力のこもったクライマックスが築かれている。

ハイドンの主題による変奏曲も楚々としたたたずまいを見せる冒頭の主題提示から、力強い終結の主題再現まで、ストレートに盛り上がってゆく演奏である。

第3番はやや速めのテンポで押し進められる第1楽章や、じわじわと貫録の大きさをみせる終楽章もさることながら、第2楽章のさり気ない表情の中に歌心が満ちた演奏ぶりが感銘深い。

第4番ではさらに歌心があふれ、第1楽章では各フレーズに音楽が脈打っており、終楽章では終盤に入って力強い勢いを示す。

まさに正統派という言葉がふさわしい秀演だ。

1964年録音の第2番は、まるで果汁が染み出るようにジューシーなウィーン・フィルの音色に魅了される(来るべき悲劇の影は微塵もなく、それがいっそうの悲しみを呼ぶ)。

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2009年05月12日


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ヘルマン・シェルヘンはLP初期からステレオ初期にかけて夥しい録音を残したが、当時のわが国のレコード批評は概して「我流で恣意的に音楽をつくるクセの強い指揮者」としてあまり高く評価されなかったようである。

確かにクセの強い個性的な解釈を聴かせる指揮者ではあるが、それが、さまざまな演奏の可能性を経験した現代になってもなお、あるいは現代になっていっそう、新鮮で面白く聴こえてくる。

シェルヘンの演奏は、時代よりも進んだ先進性・実験性を有していたのだ。

さてそのシェルヘンの演奏、ルガノ放送録音によるベートーヴェンの交響曲全集もCDで発売されたが、それとは別の正規録音のベートーヴェンのウェストミンスター録音が仏ターラからCD化され、改めてシェルヘンの芸術を楽しく味わうことができた。

シェルヘンはフルトヴェングラーの観念的な解釈とは正反対だ。実際にフルトヴェングラーを意識していたのかもしれない。あいつはどうしようもないディレッタントだと。

シェルヘン自身も自学自習してプロの指揮者になっただけに、いっそうそれがよくわかるのだろう。精神主義くそ喰らえとばかりの演奏だ。

音楽家たちと音を出し、音楽をつくることを面白がり、それに快感を感じながら演奏する。

聴いていてハッとする音像や音楽づくり、そしてユーモアとウィット。そうしたシェルヘンの個性はベートーヴェン演奏に鮮明に表れている。

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2009年05月11日


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世の中の多くの誠実なフェミニスト諸氏からは顰蹙を買うかもしれないので、おそるおそる言うのだけれど、真にすぐれた女性の音楽家の比率は、すぐれた男性のそれからみれば圧倒的に少ない。

まるで勝負にならないほどのレヴェルである。何故そうなのか、私にはよくわからないことが多々あるのだけれど…。

そのような状況にあって、きわめて例外的といえる存在が、ほかならぬピアニスト、マルタ・アルゲリッチである。

彼女のピアニストとしての凄さたるや、どうだろう。

彼女がリサイタルをやるというのなら、たとえ直前のキャンセルの危険性がどれだけ高かろうと、飛んでも行きたいと思うだろうし、また、彼女の新しい録音盤であれば、プログラムなど無関係で、ぜひとも聴いてみたいと思う。

このように感じさせるような、凄味のある女性の音楽家の存在は、どこを捜しても、そう滅多にいるものではない。

アルゲリッチは、このところずっと、ほとんど独奏活動をおこなっていない。中心となっている活動は室内楽アンサンブルである。その理由を尋ねられても、「他のひととの共同作業がたのしいから」程度の曖昧な答えしか返ってこず、独奏活動を積極的に否定しなければならないほどの理由はよくわからない。

彼女にとってはそうしなかえればならないはっきりとした理由があるのだろうけれど、私としては、彼女が避けようとしている彼女の独奏活動に対して、特に魅力を感じている。

アルゲリッチの奔放、かつ緻密な音楽性は、他者との共調関係においてよりも、むしろ、ひとりの世界においてこそ、より強烈に発揮されると思うからだ。

ここにあげた8枚組BOXセットは、そうしたアルゲリッチのソロのレコーディング(DG)を集大成したもので、彼女の真の凄さをあますところなく物語る代表的な録音といえよう。

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2009年05月10日


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ミケランジェリの1960年から1987年までのヴァチカンでの演奏会の録音を集めたもの。

海賊盤がひしめいているミケランジェリのCDだが、巨匠の没後、側近の一人であったレコーディング・プロデューサー、ウォルフラム・ブルゲルトが遺族の意向を受けて立ち上がり、正式にオーソライズされた演奏だけを順次CDリリースしていくことになった。

メモリアABMというのがこのシリーズで、この4枚組は記念すべき第1弾である。

生前のミケランジェリがヴァチカンで行っていたコンサート録音をヴァチカンから返却してもらい、巨匠自身がCD化を考えていた演奏である。

古いものは1960年の「皇帝」協奏曲(指揮マッシモ・フレッチャ)、1962年のシューマンのピアノ協奏曲(指揮カヴァッツェーニ)だが、中心は1987年の録音である。

20ビットのマスタリングが成果を上げており、音質的にも満足のいく内容だ。

"ああミケランジェリだ!"と叫ばせる音の美学が感じられ、およそ通常のピアノ演奏の領域を超越した音と人間との高度な対話の世界へと招き入れられる。

たちのぼる幻想の炎に酔うドビュッシー、鬼気迫るラヴェル、引き締まった音楽性に身も引き締まる協奏曲など、1枚1枚が宝であり、これほど高貴な芸術的香りを感じさせる演奏もないだろう。

アルフレッド・コルトーが「リストの再来!」と絶賛した言葉が実感できる。

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2009年05月09日


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シェークスピアの同名の劇に基づくヴェルディ10番目のオペラだが、18年後に改訂を施し、全体を整理し充実させた。

このオペラは、ヴェルティ自身「わたしがいままでに書いたもののうちで、最上のもの」と自負した意欲作で、マクベス夫人をはじめ、登場人物の内面的な描写が一段と深くなっているところに、大きな進歩がみられる。

主人公マクベスもさることながら、音楽的にもドラマ的にもマクベス夫人が重要である。

録音は悪いが表現の素晴らしさ・凄さにおいて空前絶後のカラスのマクベス夫人が聴けるデ・サバータ盤は一度は聴くべきディスクだ。

このディスクは、カラスの歌ったマクベス夫人の唯一の記録としてかけがいのない価値をもったもの。

カラスならではの鋭い劇的・心理的表現がいたるところに示されている。

晩年の円熟した彼女ならば、さらに深く鋭利なマクベス夫人も可能だったであろう。

当時彼女はまだ29歳の新進で、しかもカラスにとっては初シーズン・オープニングだったので、いささか落ち着き不足と彫りの浅さはしかたがないが、若々しい豊麗な美声が聴ける。

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2009年05月08日


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数多いベートーヴェン交響曲全集の中でも規範的な表現で、作品の原像をそのまま表出しており、作品自体に音楽を語らせている。

そこにブロムシュテットの自己主張があるばかりでなく、随所に豊かな感興を表している。

全9曲の全てが全く歪曲のない古典美の極致を描いており、ムラのない演奏を作っている。

オケの古雅な美感と洗練された精緻なアンサンブルも特筆すべき美しさだ。

世界最古のオーケストラで、400年という歴史をもつ、シュターツカペレ・ドレスデンならではの、落ち着いた響きが魅力の演奏である。

やや淡白ではあるが、作為的なところが少しもなく、旋律をごく自然に歌わせている。

弦楽器のひなびた音色と、やわらかな管楽器のからみあいが素晴らしく、全体にあたたかみのある演奏となっている。

指揮者の個性よりも、オーケストラの自発性が、巧みに生かされた好演だ。

ことに木管楽器は、このオーケストラ独特の響きで、そうした特徴は「田園」の第2楽章によくあらわれている。

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2009年05月07日


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1975年10月12日に、西欧楽旅中の朝比奈&大阪フィルがブルックナーゆかりの聖フロリアン修道院で行った記念碑的な演奏会のライヴ録音。

そういう特殊な状況が反映してか、朝比奈のブルックナーの中でも特別に美しく、神々しいと言ってもいいくらいだ。

ブルックナーの棺の上にあるマルモア・ザールでの演奏だけに、指揮者とオーケストラはブルックナーの霊に誘われるような入魂の演奏ぶりを聴かせる。

会場の音響効果のせいもあろうが、大阪フィルがこれだけのよい音を出せたのは、やはり気持ちのもちかたも無縁ではないだろう。

単に長い残響での演奏ということであれば、東京カテドラルでの演奏もいくつもあるが、ここまでの神秘性はさすがにない。

朝比奈の棒はさすが心得たもので、音楽の運びが少しもギクシャクしておらず、見事な流れのうちにすべての起伏が溶解している。

旋律の処理も恰幅よく、美しい陰影をほどこして心ゆくまで歌っている。

CDではカットされているが、終演後の延々8分にもわたる拍手が、この日の聴衆の感動を今に伝えている。

巨匠自身の言葉によれば「ノヴァークや聖フロリアンの偉い坊さんが最前列で聴いていて緊張しましたよ」。

これは日本のオーケストラの海外録音のひとつの記念碑になった。

第3楽章の開始の前に、あたかもこの演奏を祝福するように鳴る教会の鐘(これはCDに入っている)も、ファンの涙を誘うだろう。

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2009年05月06日


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ブーレーズはこのところ、随分角がとれておとなしくなった。

このバルトークも極めて洗練された表現で、モダン・ミュージックの古典のようにアプローチしている。

だがスコアの読みの深さはさすがで、曖昧な箇所は一つもなく、書かれてある音符はすべて耳に届く趣向になっている。

ブーレーズの演奏は、バルトークの管弦楽法の精髄を示すような、極めて緻密な曲づくりである。

それぞれの楽器の動きが細部にいたるまで明晰に描かれ、立体感のある音響空間を作り出している。

まるでスコアの透かし彫りをみるような演奏で、いかにも頭脳明晰なブーレーズらしい表現だ。

そして何度かおとずれる恍惚とした美しい響きの瞬間。すみずみまで現代的な感覚を生かした演奏といえよう。

シカゴ響のアンサンブルも精緻そのもので、その腕の確かさはまさにこの曲向きというべきだろう。

その名人芸的なアンサンブルも緻密この上なく、コンチェルタンテな部分では、このシカゴ響の凄さが威力を発揮する。

現時点でのリファレンスともいうべき、揺るぎないスタンダードといえるだろう。

組み合わされた《4つの小品》も、見事というほかはない名演といえる。

円熟のブーレーズの手にかかると、実に都会的に洗練された音楽になってしまう。

歳月の経過を、改めて感じさせる1枚ではある。

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2009年05月05日


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「指環」の聴き方であるが、最初から全曲を聴いたのではわけがわからない。

ワーグナーは舞台をみずに音楽だけ聴いても情景がわかるよう、100種ものライト・モティーフ(動機)を作り、それを全曲にちりばめた。

たとえば〈ジークフリートの動機〉〈眠りの動機〉〈不機嫌の動機〉〈呪いの動機〉〈死の動機〉〈愛の決心の動機〉などである。

これらの全部でなくてもよいから、せめて30でも40でも暗記すれば、知っている動機が出てくるたびに懐かしく、たのしく、筋がよくわかる。

動機をおぼえるのは「指環」のハイライト盤を聴くにかぎる。セル指揮クリーヴランド管弦楽団がベストだ。

聴きどころ全6曲が舞台の進行順にオーケストラだけで演奏されており、これを耳にタコができるくらい聴きまくるとよい。

セルのワーグナーは、ドイツの指揮者たちと違って、ドイツ・ロマン主義の伝統や因習などワーグナー演奏につきものの、一切の虚飾や無駄を排し、曲の核心に真っ向から鋭い刃物で切り込んでいくものである。

1968年、セルの晩年の録音なので、老熟した芸風がよくあらわれており、フルトヴェングラーやクレンペラーのようなドイツ的な演奏とは対照的に、現代風に明快に表現している。

ドイツ風のワーグナーに慣れた耳には異質に聴こえるかもしれないが、これはこれで現代のひとつの解釈として受容できる。

これらの中では、堂々とした表現の「ジークフリートの葬送行進曲」やセルのリズム感覚の素晴らしさが示されたスケールの大きい「ワルキューレの騎行」が特に見事だ。

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2009年05月04日


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《音楽の捧げもの》は《ゴルトベルク変奏曲》や《フーガの技法》とともに、バッハの晩年を飾る三大傑作のひとつである。

レオンハルト夫妻/クイケン兄弟盤はオリジナル楽器による最も正統的な演奏で、しっかりとした構成美と自然で透明な響きが素晴らしく、正しく、"王の気品"を湛えた演奏だ。

オリジナル楽器の、ごく小編成による演奏で、3声/カノン/6声/トリオ・ソナタ/カノンの順に収め、3声と6声のリチェルカーレはチェンバロのソロによる。

17〜8世紀のオリジナル楽器(ただしチェンバロは1台がコピー)を用いての演奏である。

全13曲、楽器の組み合わせは様々に変化し、音色の対比が耳を慰めてくれる。

作品の性格から古楽器による演奏が多いものの、様式は様々で、聴き手に感銘を与えるのは、楽器の種類を問わず演奏者の力量であることを改めて認識させられた。

その意味で、最も優れているのはレオンハルト夫妻とクイケン三兄弟を中心とした演奏で、堅実な様式力と明晰な知性が解釈の根底にある。

楽器の奏法も正統的で、とくにアーティキュレーションが聴き手を納得させる。

いわゆるバロック奏法による演奏であるが、バロック音楽ファンならずとも愉しめる表現、表情になっている。

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2009年05月03日


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ニューヨーク・フィルと録音していた頃のワルターは、最も順調に活動を続けていた時代であり、この録音セッションも1日か2日で一気に録音されている。

その好調はむろん演奏にも反映しており、4曲とも熱気にあふれる音楽を展開している。

ことに第2番と第3番は素晴らしく感興豊かな名演で、旋律のみずみずしい表情を後年のステレオ盤に優るとも劣らない。

構成力が強く、情緒深い表現も見事。

ニューヨーク・フィルの豊麗な響きもブラームスにふさわしく、編成が大きいことも有利だ。

とにかく実に気力がみなぎり、成熟したロマンをもった演奏であり、特に第2番はこのモノーラルでの全集中でも1番に挙げたい録音である。

第4番はゆったりとした大きな動きを捉えた力強い演奏だ。

これはワルターの音楽の心であり、彼がブラームスから感じた精神性の最も美しい表現のひとつである。

ことに第1楽章と終楽章は、表情といい構成といい、彼岸に達した想像を越えた美をとらえている。

ブラームスの交響曲のなかでも、飛びぬけてメロディックに仕上げられた第3番第3楽章のポコ・アレグレットを一番美しく聴かせているのもワルターである。

その旋律の歌わせ方の巧みさと、バックの弦と管の絶妙なバランスは、フルトヴェングラーでも描けない。

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2009年05月02日


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カラヤンのブルックナー録音も少なくない。

これは、カラヤンがDGにブルックナーの交響曲全集を完成させる少し以前の1970〜71年に録音されたもので、この時期のカラヤンとベルリン・フィルがピークを築きつつあった頃の実に華麗な演奏。

カラヤンが心技ともに円熟した時期の録音で、全体がきりりと引き締まっている。

この後のカラヤンのすべてのブルックナー演奏に共通する耽美的ともいえる響きの美しさや、レガートをたっぷりと付けた縁取りの濃い旋律表現等々、すでにこの頃の録音から聴き取ることができる。

カラヤンは、ベルリン・フィルの持てる力を充分に発揮して、明朗な音と新しい感覚で、いわゆる泥臭さのないブルックナーを再現している。

両曲とも都会的と評してもよいほどで、実に感覚的に磨かれた壮麗なブルックナーである。

彼の演奏は、オルガンのような重量感はあっても少しも重苦しくなく、第4番の終楽章にそれがよく示されている。

ベルリン・フィルの技術はさすがに高度なものだし、アンサンブルも緻密だ。

カラヤンもオーケストラも脂の乗りきった力演なのである。

若い頃からブルックナー演奏に長けていたカラヤンだが、録音に関しては録音技術があるレヴェルを越えた時点、つまりこの1970年代に入ってから活発に行なわれた。

やはり自らのブルックナー演奏の本質の一つとして、曲の多層的音色と響きが必要不可欠であるということなのだろう。

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2009年05月01日


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メンデルスゾーンは、それまで忘れられていたバッハの宗教曲を蘇演しただけでなく、みずからもすぐれた宗教音楽を数多く作曲している。

その中でも、特に有名なのが、死の前年に当たる1946年に完成したこのオラトリオ「エリア」だ。

「エリア」とは、旧約聖書に登場する予言者のことで、フェニキアの女王と結婚したため、国民に異教神の信仰を強要したイスラエル王に対して立ち上がったエリアが、やがてエホバ信仰を確立したのち、昇天するまでを、メンデルスゾーンらしい色彩感あふれた音楽で壮大に描いた畢生の大作である。

このメンデルスゾーンの大作は、ドイツ・ロマン派中期のみずみずしさの中に、メンデルスゾーンのバッハへの敬意を含めた、香り高い作品だ。

バッハを敬愛したメンデルスゾーンらしい深い宗教感のただようこの大曲を、サヴァリッシュは、きわめてがっちりとした構成で、力強くまとめていて、聴く者の感動をさそう。

凡庸な指揮者だと、どうしても途中がダレてしまうが、さすがはサヴァリッシュ。

作品の弱いところをよく知っていて、シャープな切り口をみせながら、一気呵成、頂点へと追い上げていく。

歌手陣もよくそろっていて、水準の高い出来だ。

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