2009年09月

2009年09月30日


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プレヴィン指揮ロイヤル・フィルの演奏は、実に抒情的な美しさを大切にした、SFロマンを思わせる名演である。

この演奏は、各曲の性格をしっかりと把握し、精密な計算で表情豊かに表現している。

ここにはプレヴィンの表現力の豊かさが如実に示され、スケールの大きなドラマティックな展開と、スペクタキュラーな表現効果が巧まずして表出されている。

彼はロイヤル・フィルを巧みにコントロールし、音色的にも機能的にも十分に力を発揮させながら、各曲の独自の性格や特徴を描き出す。

力感にあふれた「火星」も素晴らしいが、なかでも白眉は「木星」で、特に中間部のあの有名な民謡調の旋律の歌わせ方や、色彩的な音づくりのうまさなどは、この人でなければ表出できない独特の味である。

また「金星」「海王星」といったナンバーの表現も素晴らしく、映画音楽で苦労したヴェテランならではの、職人芸が光っている。

少しもあざとい演出を加えずに、これだけ雰囲気豊かな表現を成し遂げたのは、プレヴィンの読みの深さというしかない。

これは、プレヴィンの器用さと表現力の豊かさが如実に示された名演奏である。

オーケストラも、常にこの曲を弾きこんでいるせいか大変うまい。

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2009年09月29日


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1989年、四国の宇和島で行なわれたコンサートのライヴ録音で、ベストセラーになったCDだけに、耳にされた方も多いだろう。

ハイドシェックの強烈な個性の香るプログラムだが、とりわけ強い印象を刻むのが「テンペスト」だ。

テクニックはきわめて端正でありながら、実にドラマティックな入魂の演奏だ。

速い楽章のみならず緩徐楽章にも緊張感がみなぎり、全体に凄まじいエネルギーが張りつめている。

演奏家の技術水準が上がるのと反比例して、ベートーヴェンの音楽はファンの手からだんだん遠いものになりつつあるが、そんな時代にハイドシェックは、かくも鋭い、かくも凄まじい、鬼気迫るような、まさに人間業を超えたピアノで、ベートーヴェンという作曲家が人間業を超えた存在であることを改めて示してくれたのである。

そのCDがベストセラーになったということは、聴衆がやはりこういう演奏を求めているのではあるまいか。

ベートーヴェンは堅固たるべしと信じる人から見れば許せない演奏かもしれないが、その魅力は著しい。

またドビュッシーの「版画」にも、それぞれ鬼火のようなものが燃えている。

モーツァルトはユニークな演奏で、ハイドシェックはショパンかシューマンでも弾くように、心ゆくまで歌わせながら奏でている。

ヘンデルはハイドシェック一流のロマンティックな情念に彩られた表現であり、シューベルトも濃い情緒をたたえた語り口だ。

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2009年09月28日


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バーンスタインのライフ・ワークともいえる2度目のマーラー/交響曲全集で、晩年の雄渾な芸術の記録である。

1960年代にニューヨーク・フィルほかと完成した最初の全集も、バーンスタインのマーラーに対する共感と情熱がストレートに刻まれた画期的な仕事であったが、晩年の巨匠がその心血を注いだこの全集の表現は、いっそう深く充実し、豊かなスケールをもっている。

第1,4,9番がコンセルトヘボウ、第2,3,7番がニューヨーク・フィル、第5,6,8,10番がウィーン・フィルと3つの名門オーケストラを振り分けているが、オーケストラの性格を見極めた上での選曲もさすがに的確であり、バーンスタインも各団体の特質を最高度に生かして、円熟の極みにある圧倒的な演奏を築いている。

全体的に作品の本質に迫った主情的かつ個性的な表現で、必然的にとられた遅めのテンポが劇的な起伏の大きさと豪快さを生み、聴き手を圧倒せずにはおかない。

晩年のバーンスタインの特徴でもあった幾分遅めのテンポによる演奏は、マーラーへの熱い思いと自信をそのまま音にしたように、きわめて大きなうねりと劇的な起伏に富み、しかも、強くしなやかな集中力をもった表現は、細部まできわめてデリケートに磨かれ、深く彫りなされている。

いずれもその曲のベストに位置する演奏ばかりだが、中でもニューヨーク・フィルとの第3番やウィーン・フィルとの第5番などは、畢生の名演といってよいだろう。

その突然の死のために全曲を録音することができず、第8番と第10番のアダージョは1970年代にウィーン・フィルと収録したビデオ用の音源が使われているが、その熱い演奏も圧倒的な感銘を呼ぶ。

この巨匠のマーラーへの情熱とともに、その芸術と人間性のすべてが注ぎ込まれた記念碑的な全集である。

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2009年09月27日


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ヨハン・シュトラウス鏡い離錺襯弔筌櫂襯を演奏して、ウィーン・フィルの右に出るオーケストラがないことは誰もが認めるところだろうが、ウィンナ・ワルツに絶対の自信をもつこの名門オーケストラを指揮して、カルロス・クライバーのように音楽的な喜びと躍動感にあふれた演奏を引き出すことができる指揮者もまた、いないだろう。

クライバーがウィーン・フィル恒例のニュー・イヤー・コンサートに登場したのは、1989年と92年の2回だが、その演奏はともに数あるニュー・イヤー・コンサートのライヴ録音の中でも出色の聴きものになっている。

特に初登場の1989年のコンサートは、その興奮を見事に伝えている。

恒例の《美しく青きドナウ》や《ラデツキー行進曲》などはあるとしても、その曲目の選び方にもいかにもクライバーらしいところがみられる。

開始曲が《加速度ワルツ》というのもクライバーらしい選曲で、生き生きと流麗な指揮がいやが上にも期待を高めてくれる。

はじめは、さすがのクライバーも少し緊張している感じだが、曲が進むにつれて持ち前の個性と即興性が加わって、いかにもしなやかに音楽を湧き立たせてゆく。

この曲に限らず、新鮮な喜びにあふれた演奏の生命感がなんとも素晴らしい。

快く弾み、切れ味美しいポルカも見事だが、ワルツにおけるしなやかな歌や絶妙な間も、クライバーとウィーン・フィルならではの魅力だろう。

その音楽にみられるあふれるような躍動感は、まれにみるものといえるし、また久しぶりにウィーン音楽の伝統的な大スタイルが再現されたといった思いもある。

そして、再登場の1992年では、いっそう自在な指揮でオーケストラをしなやかにドライヴしており、ウィーン・フィルの自発性に富んだ演奏も絶品である。

クライバーの指揮は明確ですこぶる切れがよく、しかもラテン的な明るさと情熱がある。

《田園のポルカ》《とんぼ》《ハンガリー万歳》《おしゃべりなかわいい口》といった、弾むような活気に満ちたポルカは、まさに胸のすくような快演だ。

ワルツでは《芸術家の生涯》《春の声》など、旋律を巧みに歌わせて聴かせる。

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2009年09月26日


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ラヴェルの生誕100年を記念して録音されたアルバムで、マルティノン&パリ管の初レコードでもあった。1975年度の仏ACC&ADFディスク大賞を受賞している。

マルティノン盤は、本場の演奏者の強味が十二分に発揮された極めて本来的な名演である。

クリュイタンス盤と比較すると、官能性やファンタジーには少し乏しい反面、それ以上のラテン的な明晰さとキメ細かさを示しており、パリ管の管楽器の絶妙な音色もたまらなく美しい。

ラヴェルの音楽のもつ、精緻できらりと光るオーケストレーションを、鮮やかに再現したもので、音色の華麗な美しさと、その品のよい表現には魅せられる。

「マ・メール・ロワ」は実に巧妙な棒さばきで、この曲の幻想的な世界を整然とまとめており、そのキメ細やかなセンスのよい音楽のつくり方には強く惹きつけられる。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」はこの作品のもつ色彩的で、香り高い音色を、もののみごとに表現した演奏。

「道化師の朝の歌」ではパリ管から実に柔らかく、色彩感のあふれた音色を引き出しており、しかも精緻で品のよい表現でまとめていて素晴らしい。

「ラ・ヴァルス」はマルティノンの、知的で、しかもラテン的な色彩にあふれた演奏ぶりのよくあらわれたもので、ことに終結部にかけての、優美で繊細な表情の美しさは、何とも言えない味わいだ。

「クープランの墓」はマルティノンならではの綿密な演出の光った演奏で、その気品にみちた表現には、心を打たれる。ことに色彩感豊かな弦楽器の響きが素晴らしい。

「高雅にして感傷的なワルツ」でも、知的でありながら、きわめてラテン的な色彩美にあふれた音楽を作り出している。マルティノンならではの、気品のただようその表現は、見事としかいいようがない。

「古風なメヌエット」はフランス的な知性に裏づけられた、しなやかで鋭い棒さばきで、曲の雰囲気を見事に表現したものである。ことにオーケストラから引き出される、多彩な音色の美しさは、格別だ。

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2009年09月25日


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1963年にミュンヘン国立歌劇場が再建された際の記念公演のライヴ録音で、この作品に対するカイルベルトの傾倒の深さが如実に示された名演奏である。

これだけの大曲、名曲なので、昔から腕っ節の強い指揮者たちが、何人も取り組んできたが、フルトヴェングラーやトスカニーニのライヴ盤は、名演としてもよく知られているし(フルトヴェングラーは、音楽にかなりの欠落があるのが残念)、何種類かあるクナッパーツブッシュも素晴らしいものが多く、特に比較的最近、オルフェオ・レーベルでCD化された1955年のライヴなどはオケもさることながら、歌手の見事さに目も眩む思いがしたところだ。

しかし、筆者にとってのベスト・ワンは、カイルベルトがバイエルンで指揮した記念ライヴのCDである。

ここで表出されている素朴で重厚な表現は、いかにもカイルベルトらしい。

雄渾な前奏曲が始まると、たちまちのうちに劇場空間のなかに引きずり込まれるのがわかる。

前奏曲から合唱に移る瞬間の美しさは、まるでそのとき幕がさっと開かれ、舞台の奥行きが一気に深まるようで、いつ聴いても陶然としてしまい、後はひたすら、音楽のなかに身をゆだねるのみだ。           

この録音から30年後のサヴァリッシュ時代のミュンヘン・オペラの感覚と比較すると、いろいろ懐かしい思い出がよみがえる貴重な録音である。

この時代のワーグナーは、演奏にも演出にもまだ保守的・伝統的な様式を根強く残しており、ヴィーンラント様式とははっきり一線を画していた。

その良くも悪くも素朴な古めかしさが今となっては独特に感じられる。

いわば、読みづらい毛筆の行書だが、それが作品にはむしろふさわしく、なんという柔らかい、それでいて芯のあるオーケストラであろうか。

巧さもとびきりで、管楽器と弦とのブレンドも絶妙。               

演奏、録音の両面で技術的な傷が見受けられるが、まさに古き良き時代のマイスターの堅実さをそのまま表現したような演奏は今日では貴重なものとなった。

ライヴ故の高揚感もあり、少しばかり古めかしいドイツ的な「マイスタージンガー」の典型的な演奏といえよう。

歌手もハンス・ホッターをはじめ、懐かしい顔ぶれが揃い、たっぷりと聴かせてくれる。

ザックスのオットー・ヴィーナーは、ちょっとクセがある声と思われるかもしれないが、自分の心を偽ろうとする誠実な大人の深い味を出している。

いまはほとんどいなくなってしまったヘルデン・テノールのジェス・トーマスも、声に張りがあり、輝かしさと若さで、ヴァルターにぴったり。

ヒロインであるエヴァのクレア・ワトソンも、凛々しさそのもので、ポーグナーはハンス・ホッターなので文句のつけようがない。

ワーグナー唯一の明るい作品であるこのマイスタージンガーは、ともすれば軽くみられがちだが、オケ、ソリスト、合唱のすべてにわたって、音楽的にも精密であり豊かなので、いい演奏に出会えば、もっとワーグナーには喜劇を書いてほしかったと、誰もが思うのではないだろうか。

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2009年09月24日


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クリュイタンスのラヴェルについては、「パリ音楽院管弦楽団とは」の項でも述べたが、特別な魅力のある名盤なので、改めて記す。

ここに聴くクリュイタンスのラヴェル解釈は、とても垢抜けしており、エレガント。

力強さは充分にあるものの、力みすぎるようなことがないし、デリケートな部分はたいそうデリケートに対処しながらも、弱々しくなってしまうようなことがない。

ラヴェルのコンテクスト固有の、気むらな感じで突如として流れが変わってしまうようなところへの対応の仕方が、少しも不自然さがなく、スムーズ。

おしゃべりになりすぎたりせず、それでいて必要なことはきちんと語り尽くしている。

パリ音楽院管弦楽団の個性を巧みに駆使しており、音色が自在で、多彩。

耳にキラキラとするような部分と、抑えたような部分とのバランスがよい。

どの曲の演奏においても、随所に出てくる管楽器のソロがたいそう効果的で、うまく演出されているという感じだ。

指揮者にとっても、オーケストラにとっても、ラヴェルの音楽が無理なく血肉化していると思える演奏内容である。

全4枚のCD、そのいずれからも洗練されたラヴェルを聴くことができるといえよう。 

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2009年09月23日


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フルトヴェングラーは、ワーグナーの作品について「どれほど壮大にできあがっているにしても、結局はやはり一歩一歩の無数の積み重ねであり、これらはテンポによってまとめ合わされる」といい、統一的なテンポを守るという指揮者本来の課題はワーグナーにおいても最も重要であると続けている。

この言葉は、微妙にテンポを動かし変化させるフルトヴェングラーの演奏とは、一見矛盾するように思えるかもしれない。

だが、ワーグナーの音楽を「段落も切れ目もなく、すべては流れるような推移である」ととらえるフルトヴェングラーにとって、それもワーグナーの音楽の自然な流れであることは、演奏が何よりも証明している。

フルトヴェングラーはコンサートでもワーグナーの序曲や前奏曲をしばしば演奏したが、特に晩年のウィーン・フィルとの一連の録音では、濃密なロマンティシズムが壮大なスケールで表現され、深い感動に誘う。

「タンホイザー」序曲の彫りの深い雄渾な表現、「ローエングリン」第1幕前奏曲の神秘的で崇高な雰囲気のつくり方、「さまよえるオランダ人」序曲の激情と悲劇のドラマへの暗示など、この演奏の見事さを述べ出すとキリがない。

「トリスタンとイゾルデ」第1幕への前奏曲と愛の死はフルトヴェングラーの最も得意とした曲で、私見ではフルトヴェングラーの作曲家としての側面がこの和声的にきわめて複雑な曲に対して、他の追随を許さぬ比類ない解釈を与えることを可能にした。

恐怖すら感じさせるこの演奏を聴くと指揮者の内に宿るディオニュソス的な陶酔にまったく我を忘れてしまう。

「ジークフリートの葬送行進曲」が圧巻である。この演奏を聴くたびに、胸が熱くなくのを抑えることができない。

これはフルトヴェングラーが録音したワーグナーの演奏の中でも群を抜く名演奏といってよい。

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2009年09月22日


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1945年盤はフルトヴェングラーがウィーンを脱出する前夜の歴史的なライヴ録音だ。

テープのためかワウがあるが、演奏はこのうえなく劇的で凄絶。感動的である。

第2次世界大戦末期の緊迫した空気が伝わってくるような演奏だ。

1953年盤はフルトヴェングラーの名演に数えられる。

音質も彼の録音の中ではすぐれており、演奏は、作品のドイツ的な性格と内向的な楽想をよく表している。

45年のライヴよりもはるかに良い。

フランス音楽を、ほとんどとりあげたことのないフルトヴェングラーが、あえてこの曲をとりあげたというのは、この曲には、バッハやベートーヴェンを敬愛してやまなかったフランクの、ドイツ趣味があらわれているからで、そうしたこの曲の特性を、フルトヴェングラーは、実に見事に描き出している。

全体に主観の強い解釈だが、ずっしりとした手応えを感じさせる演奏である。

フルトヴェングラーの演奏は、深く主観的なものに発している。

その意味では、このフルトヴェングラーの演奏が、フランクの曲のイデーと根本において、立脚点を異にしているという様式上の非難が生ずる余地は存在しうる。

しかもなお、この演奏が、フランクの曲の表現として、ほとんど他の誰もが到達しえぬ高い境地をきわめているということと、少しも矛盾しない。

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バーンスタインは友人であったコープランドの作品を数多く録音しており、これは彼の遺作のひとつとなったディスク。

非の打ちどころのない極上の演奏で、生命力にあふれた色彩豊かな表現には強く心をひかれる。

バーンスタインはこれらの曲を自家薬籠中のものとしているだけに、オーケストラを自由自在に操りながら、乗りに乗った演奏をしている。

どの曲もバーンスタインならではのアメリカ人独特の呼吸とリズム感が息づいている。

特に「エル・サロン・メヒコ」とクラリネット協奏曲を聴くと、バーンスタインがコープランドのよき理解者であったことがよくわかる。

メキシコ民謡を素材とした旋律を明快に生き生きと歌わせた「エル・サロン・メヒコ」は、リズムの明確な生き生きとした表情の演奏で、音楽の勢いとエキゾチックな雰囲気が何ともいえず、楽しい。

また協奏曲ではドラッカーのクラリネットを引き立てた見事なもので、ベニー・グッドマンの演奏に匹敵する名演である。

あまり知られていない「劇場のための音楽」や「コノテーションズ」も文句のつけようがない素晴らしさだ。

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2009年09月21日


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アーノンクールの初のベートーヴェン/交響曲録音で、ヨーロッパ室内管(無論モダン楽器)との1990年〜91年にかけての5回にわたる演奏会でのライヴ録音をまとめたものである。

アーノンクールとヨーロッパ室内管の録音もこれが初めてであった。

オリジナル楽器演奏法を駆使したモダン楽器による演奏。

勁さとしなやかさを兼ね備えた9曲の演奏である。

アーノンクールのこれまでのバロックや古典派におけるすぐれた仕事の蓄積のすべてが基礎になって、輝かしいベートーヴェンの解釈を生んでおり、全9曲が一貫してベートーヴェンの本質である意志的な強靭さを端的に表出している。

ベートーヴェンの交響曲を、ロマン派以降に形成された解釈の伝統を通してではなく、それ以前の音楽の演奏法に照らし合わせて解釈し直したアーノンクールならではの演奏。

それによって、ベートーヴェンが先人から学んだことが明らかになるとともに、どこに彼の独創性があるかということも明確になる。

そして、すべての演奏を貫くのは音楽することへの素直な喜びであり、その豊かな生命力もこの全集の大きな特徴といえよう。

そこではヨーロッパ室内管の若く能力の高い奏者たちが、アーノンクールの音楽に心酔しながらもてる力を存分に発揮している。

管楽器をダブらせない中間的なサイズの編成と、鋭敏な若いオーケストラのライヴでの熱意が、どの曲にも今ペンから生まれたばかりのような張り切った演奏を可能にした。

一方でアーノンクールは、トランペットにだけは古いナチュラル楽器を使うこだわりも見せている。

最も主張に満ちたインパクトの大きいベートーヴェン全集ではなかろうか。

ベートーヴェン解釈の新しい可能性を提示した記念碑的な録音である。

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2009年09月20日


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ショルティの指揮で1966年から67年にかけて録音されたもので、当オペラの代表的名盤。

ショルティ盤は彼が得意とするシュトラウスの録音のなかでも最高の出来映えだ。

ショルティが録音した数々のオペラのなかでも、ショルティの音楽性とこのオペラの性格が見事にマッチした最高の名演奏である。

聴いていて、終始緊張と興奮の連続である。

世界の名指揮者といわれる人たちのほとんどがそうであるように、ショルティもまたオペラ劇場のひとだ。

その彼が、やはりオペラ劇場のオーケストラも兼ねているウィーン・フィルから、アグレッシヴな音楽性を引き出し、真に自分のいいたいことをストレートに表現し得ている。

ショルティの直線的で、線の鋭い情熱的な特性が見事に生かされた演奏で、作品の表現主義的側面を抉り出して聴かせる。

ショルティの指揮を力づくだとか無機的だとか言って毛嫌いしている人にはその誤解を解くのにうってつけのディスクだ。

歌手陣も、いずれも素晴らしいが、ことにエレクトラのニルソンは、復讐の鬼となった狂人に近い性格を万全に表出している。

全曲ほとんど出突っ張りのニルソンのタイトルロールは、声の色と質を必要に応じて自由に変化させながら、燃えに燃えて、燃え尽きて終わる。

まだ40代のニルソンが、持ち前の硬く引き締まった声で激しい感情の起伏を歌いこなしてゆく緩急強弱のコントロールが実に見事だ。

クリテムネストラのレズニックも、良心の呵責に悩む母と、冷血ともいえる非情さをもった女の、ふたつの性格を表情豊かに歌い分けている。

ジョン・カルショーの想像力豊かな音づくりもムードを盛り上げる。

ベームなどがカットした個所をすべて復元した完全全曲盤。

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classicalmusic at 08:11コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスショルティ 

2009年09月19日


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プレヴィンはスコアを徹底的に分析・研究し、ひとつひとつのフレーズのもつ意味を充分に考慮して、巧妙な演出を行っている。

「ドン・キホーテ」の第4変奏のドゥルシネア姫を思慕するくだりや、木馬に乗せられて空中で戦うドラマティックなシーンなど、ウィーン・フィルの音が実に素晴らしい。

「ドン・ファン」は幾分重いところもみられるが、若さにあふれ力強く堂々としており、オケの艶やかなハーモニーが何とも美しい。

「ツァラ」は彫りの深い感動的な演奏。全体にテンポが遅く粘りがちだが、それがかえってプラスに働いている。

冒頭の部分など、まさに旭日昇天を思わせるような圧倒的な表現だし、指揮者とオケが完全に一体となった稀有の名演奏。

「死と変容」も悲劇を感じさせるラルゴの部分からして聴き手を惹きつける魅力をもっており、展開部のドラマティックな盛り上げ方も秀抜。

「アルプス交響曲」は極めて優れた演奏である。こまやかな音の美しさとニュアンス豊かな感情表出があり、しかも外面的・描写的な側面の魅力にも欠けていない。

特にアウフタクトを長めにとったしっとりとした旋律の処理が、この大規模な曲全体に深い息づきを与えていることに注目したい。

ウィーン・フィルの音の美しさも格別で、「頂上」冒頭のオーボエ独奏をはじめ、個々の楽器の音色にも独特の味わいがある。

「英雄の生涯」でプレヴィンは遅めのテンポをとっているが、それがこの曲をスケールの大きな、雄渾なものとしている。

冒頭の「英雄」はまさにその好例。「英雄の敵」では木管の絡み合いが見事だし、また「英雄の妻」ではヴァイオリン・ソロが艶麗で、全体にねっとりとしたうねりをもっている。

オジェーの歌う「4つの最後の歌」では第3曲が絶唱。ここでも歌唱とともに、オーケストラの響きの美しさに魅了されてしまう。

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2009年09月18日


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ライスターのクラリネット、フェルメールSQが、流暢で見事な演奏を聴かせる。

ライスター3度目の録音で、今回はアメリカのイリノイ大学の教授達によって組織されたフェルメールSQとの共演。

ライスターは人も知るベルリン・フィルのソロ奏者だった。その超絶的なテクニックと高い音楽性は定評がある。

現代最高のクラリネット奏者といわれているだけに、その円熟した、彫りの深い表現は見事だ。

ライスターはこの曲を得意中の得意としているが、前2回に比べよく歌い、一段とニュアンスにとんだ表情豊かな演奏となっている。

ライスターは細みの音で表情豊かに歌って聴かせるところなど、さすが堂に入っている。

ブラームスの晩年の作品にしては、若々しくあり過ぎるという非難もあろうが、テクニックの流暢さと音楽性の高さは、他の追随を許さぬ説得力がある。

ここでも、この作品のもつ寂寥感を、しっとりと落ち着いた響きで、悲しいまでに美しく旋律を歌わせながら表現している。

フェルメールSQのアンサンブルも、緻密で優れているが、音楽の練れ具合がもう一歩で、演奏が過熱しすぎたところがあったのが惜しい。

総じていえば、ブラームス晩年の淋しさを強調する演奏となっている。

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classicalmusic at 00:02コメント(0)トラックバック(0)ブラームス 

2009年09月17日


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1987年1月1日、カラヤンが最初で最後"ニュー・イヤー・コンサート"の指揮台に立ったときのライヴ録音である。

まさに"帝王カラヤン"らしい貫録と余裕にあふれた指揮ぶりだ。

流麗にして香り高い名演ぞろいで、喜びの中に感慨を噛みしめるようなカラヤンの表情も大変印象的である。

全体にテンポは概して遅く、強弱の幅は大きくとられ、旋律はレガートを強調して甘美に歌われ、時には濃密なルバートも現れる。

壮麗・壮大な響きがいっぱいに拡がり、華やかさも充分だ。

カラヤンの指揮するウィンナ・ワルツはあくまでも聴くためのワルツとして演奏しているのが大きな特色で、美しい旋律をたっぷりと歌わせながらどの曲も豊麗に仕上げている。

とにかく巧い演奏で、古き良き時代のウィーンの宮廷舞踏会の場面を思わせる華麗さと流麗さをもち、そこにソフトなムードが加味されている。

冒頭からカラヤンは、旋律を実に美しく歌い流していて、彼の魔術に魅了されてしまう。

「美しく青きドナウ」も、全編に粋で馥郁たるウィーンの香りがあふれ、その情緒に酔わされる。

「春の声」でのバトルは、美しく晴朗な声で生き生きと、表情豊かに歌い上げていて立派。

その他の曲も生々しい迫力に満ち、難しいことを言わずに愉しむことができる。

これほどよく流れ、愉悦感に満ちたウィンナ・ワルツも珍しい。

これはコンサート・スタイルによるウィンナ・ワルツやポルカのすぐれた演奏といえよう。

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classicalmusic at 00:18コメント(6)トラックバック(0)シュトラウスカラヤン 

2009年09月16日


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シノーポリ初のワーグナーで、ニューヨーク・フィルとも初顔合わせだったが、シノーポリは不思議とニューヨーク・フィルと相性が良く、このワーグナーとR.シュトラウスの交響詩は素晴らしい。

シノーポリのワーグナーはインスピレーションにあふれた演奏であり、迷いのない、直感的アプローチの鮮やかさに心奪われる。

その美しさはワーグナーに対する認識を変えさせるほどで、神秘的ですらある。

極めて色彩的な音を出すオーケストラから、シノーポリがドイツ的な重厚な音を引き出しているのは、まさに指揮棒の魔術といってよく、並々ならぬ才能を感じさせる。

全体に表情が生き生きとして、ダイナミックな迫力も満点、官能美を十分に発揮している。

全体の仕上がりは大変密度が濃く、訴えかけの強い演奏を行っている。

重心がどっしりと重く、重厚なサウンドにはロマンティックなうねりがあり、いかにもワーグナーらしい趣に満ちている。

シノーポリは、とかく渾然としがちな内声部にも独特のバランスを行き渡らせた表現がユニークで、明晰な読みの通った演奏はスケールと説得力にも不足はない。

オケの卓抜な合奏力も特筆に値しよう。迫力とうねりに関しては、ニューヨーク・フィルは偉大な力を感じさせる。

シノーポリはニューヨーク・フィルをやる気にさせた、数少ない指揮者の一人といえよう。

中でも「ローエングリン」第1幕への前奏曲は神秘的で崇高な感じを見事に表現した感動的な名演だし、「ローエングリン」第3幕への前奏曲も情熱と力感にあふれた演奏だ。

20世紀も終わりに近づいてこうした演奏が生まれたのは、奇跡といってもいいだろう。

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2009年09月15日


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モーツァルトのホルン協奏曲のベスト・ワンといえる演奏だ。

モノーラル時代の名盤、ブレインの流れを受け継いでいるかのような演奏である。

タックウェルは渋味とコクのある音色で、心のこもったモーツァルトを奏でている。

弱音効果とレガート奏法を重視した優雅なモーツァルトである。

タックウェルのソロは手馴れていて、演奏に余裕を感じさせるし、響きも柔らかく、渋い味わいとコクが加わり、各曲とも自在に表現しながら、ニュアンス豊かな音楽をつくりあげている。

タックウェルは自在で多彩な表情を駆使して、徹底的に楽しませてくれる。

曲想の明暗濃淡は極限まで描きつくされ、フレーズを大きくとったカンタービレ、思い切ったアクセント、夕映えのような情感などを自由に表現してゆく。

柔らかい響きと落ち着いた情感が溶け合って、豊かな広がりをもたらしているのは、ヴェテランでなければ得られぬ境地だ。

特に第1番と第4番は角笛のような感じが楽しく、即興的な強弱や思い切った表情もあって、さすがに優秀な出来映えだ。

そしてタックウェルがこれだけ興にのれたのはマリナーあってこそで、モーツァルトの閃きとユーモアが十全に音化されている。

タックウェルはモーツァルトのホルン協奏曲を何度も録音しているが、全体的にはこの1971年盤が最も優れている。

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2009年09月14日


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新手の必殺技で常に新風を送り込むクレーメルだが、異彩を放つ"裏技"を使ったのがこの演奏だ。

なんと言ってもカデンツァが目玉で、作曲者自身がピアノ協奏曲に編曲した版のカデンツァをそのまま下地に使ってしまうという"暴挙(快挙?)"に出た。

ピアノに加えティンパニまで登場する無類の面白さ!

しかしこれを取り込めるだけの進取の気性にとんだ表現解釈があってこその物種。

クレーメルはやはり奇才である。

クレーメルの3度目の録音で、その演奏は前2作以上に個性的であるとともに、表現の細部まで厳しく磨き抜かれており、リズムや強弱の変化が鮮やかなアーノンクールの指揮も、シャープに研ぎ澄まされたクレーメルのソロにふさわしい。

恰幅の良さや偉容を誇る演奏ではないが、緻密な音と引き締まった感覚で鋭利な表現を自在に織りなした演奏は、まことに彫り深く充実している。

クレーメルのソロはいっそう研ぎ澄まされ、変幻自在にベートーヴェンの音楽を歌い続けていく。

特に、ピアニッシモでの表現の冴えた美しさはクレーメルならではのもので、この演奏の印象をいっそう鮮烈にしている。

そうしたソロをしっかりと支えるとともに、時にはソロに挑発をしかけるのがアーノンクールの指揮である。

彼はここでもベートーヴェンを博物館的な古典ではなく、今日の聴き手に積極的なメッセージを発するアクチュアリティを持つ作品として扱っている。

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2009年09月13日


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私がカラヤンのマーラーの中で最も好感を抱いているのは、もしかすると「大地の歌」かもしれない。

この「大地の歌」は、マーラーが李白ら中国の詩人の歌詞に作曲したものだが、カラヤンとベルリン・フィルが奏でる豪華な音楽は、意外にも、この中国風の情景とぴたりと一致する。

はるか遠くにだけ存在するもの、あるいはもはや存在しないものが、束の間だけきらびやかに目の前に姿を現すといった感じがよく出ているのだ。

カラヤンの甘美な音楽が、マーラーが描き出すノスタルジーの世界と驚くほど重なりあっているのだ。

この曲には、色々な楽器のソロが登場してくる。ちょうど、劇の登場人物のように、それぞれの楽器に表現が託されている。

それにやりがいを感じたのか、ベルリン・フィルの奏者たちがすばらしく入念な演奏を聴かせてくれるのだ。とりわけ木管楽器の千両役者ぶりはたいへんな耳のごちそうである。

そうやって極彩色の情景が次々に目の前に広がるのだが、過ぎ去る人生の幸福が、豪華さの中で歌われるからこそ、いっそう儚い。

テノールとアルト歌手も、実にいい。テノールのルネ・コロは甘い声質が悲劇性をいっそう高め、アルトのクリスタ・ルートヴィヒの耽美的な、今この瞬間を愛でるような歌い方も好ましい。

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2009年09月12日


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カラヤンが指揮したマーラーは、音構造がドイツ交響曲的とでもいうべき密度をおびている。

同時に楽譜に記された指示を、妥当な範囲で実現していく。

そこには一種の客観性があり、全体が明晰にまとめられている。

ほのかな情緒がただよう第3楽章は、カラヤンの独壇場とでもいいたい演奏である。

カラヤンのマーラーは他の指揮者と一線を画していると言ってよいかもしれない。

これは悪い意味ではなく、カラヤンのオーケストラ美学がマーラーの交響曲を覆っているという意味である。

したがって、カラヤンはその美学の中で結局第4〜6番、そして第9番、「大地の歌」だけを残した。

どれも名演の範疇に入るが、この第4番は曲の天国的な美しさと、軟体動物のように自由に呼吸するカラヤンとベルリン・フィルの鮮やかさとが実にユニークな世界を作っている。

とにかくしなやかで、天国というよりは魔法の国に迷いこんだ感じすらする。

終曲でのエディット・マティスの起用も成功で、表情もあどけなさと艶っぽさを共存させ、カラヤン流美学が徹底されている。

すべてが見事にまとまっている。

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2009年09月11日


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ムーティ指揮フィルハーモニア管は、スコットのヴィオレッタ、クラウスのアルフレード、ブルゾンのジェルモンで、スコット=クラウスというヴェテランコンビが絶妙の歌唱を聴かせ、またムーティが劇的な情熱を感じさせる指揮で、いかにもイタリア・オペラの醍醐味を味わわせる。

ムーティの指揮は、ヴェルディの剛の部分を見つめた厳しい演奏で、このオペラが豊かで新鮮な内面的ドラマの世界を目指したヴェルディの画期的な意欲作だったということを、明確に立証し、強調している。

2人の主役が実に素晴らしい。2人の息の合った歌唱を聴いていると陶然としてしまう。

スコットのヴィオレッタは、女らしいやさしさと悲しみの陰影に満ちた豊かな表現の中に、ヒロインの悲劇的な姿をくっきりと歌い出している。

そしてクラウスの磨き上げられた声とスタイリッシュな歌唱も見事としかいいようがない。

ブルゾンのジェルモンも、真情溢れる父親の心境を吐露して、聴く者の涙を誘わずにはおかない。

またここではムーティの指揮が実にうまく、彼は、歌手たちをのびのびと歌わせながら、情感豊かに仕上げている。

このあたり、イタリアの指揮者ならではの味である。

特に、彼の巧みな演出の光る第3幕はすぐれた演奏だ。

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2009年09月10日


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1982年5月3日、ミュンヘンでのベーム追悼コンサートライヴ。

そのため通常とは違う雰囲気をもった演奏で、終始張り詰めた緊張と噴き上がるような生命力に満ち、驚くほど明晰な、そして生き生きとした音楽をつくっている。

溌剌とした生命力あふれる内容で、勢いのある流動感のなかに、ベートーヴェンの音楽ならではの力強さが見事に生きている。

オーケストラも驚異的な精度とアンサンブルをもち、クライバーの解釈もユニークだ。

無修正のライヴ録音のため、音そのものが灼熱している。

両曲のフィナーレなど恐るべきテンポだ。

ことに第4番は力感に満ち、「ギリシャの乙女」を見るつもりで聴くと、度肝を抜かれるような激しさをもっているので、誰しもが驚くだろう。

それまで優美な曲といわれていたこの作品を、根本からくつがえすような、圧倒的な迫力のライヴ録音である。

ただ残念なのは、ライヴとはいえオーケストラが躓いている箇所(第4楽章)があり悔やまれること。

第7番も、推進力が素晴らしく、リズムを強調し、切れ味よく、細部にまで神経と血が通い、しかも流麗かつ雄渾で、洒脱さにも欠けない。

聴いていて血わき肉おどり、その華麗さにまばゆい思いすらするし、まさに聴く者を音の渦巻きの中に引き込んでゆく名演といえよう。

ただ劇場的、演劇的効果を狙い過ぎているのがやや難か。

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2009年09月09日


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改訂版を用いたものだが、この演奏は感動的で、数多いこの曲のレコードのなかでも屈指の名演といえる。

両端楽章がことに美しく、枯淡に近い精神美と豊かな抒情性をあわせもった表現が展開されている。

弦の神秘な刻みに乗って現れる魅力溢れるホルン、芳醇な香りを湛えた弦の調べに、溶けるような金管の目映さ。

第1楽章で特に胸躍るのは、展開部である。重戦車のような迫力の金管が、しっとりとした弦の音色にくるまれている様が実に美しい。

弦主体のバランスはクナッパーツブッシュというより、デッカ録音スタッフの趣味かもしれないが、改訂版による杜撰なアレンジも粗を見せないばかりか、弦に木管をブレンドさせた部分など、思いもかけない優しい表情を見せてくれる。

第2楽章の魂の逍遥も、まったく肩の力の抜けた達意の指揮ぶりで、聴き手を中世の森へ誘い、第3楽章のリズム感も卓抜だ。

このスケルツォは、改訂版の珍妙なアレンジと短縮によってズタズタにされているのだが、少なくともレコードで聴く限り、それほど不自然に感じないから不思議だ。

そして、全宇宙が鼓動するような圧倒的なフィナーレ!

ウィーン・フィルの演奏も絶妙というほかはない。

モノーラル録音だが、CD化によって、ゆがみの少ないまろやかな音質に改善されていて、音の分離も明快。

ブルックナーの音楽を愛する人にはぜひともおすすめしたい1枚だ。

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2009年09月08日


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ボレットのピアノは、デュトワ指揮モントリオール響という洗練を極めたオーケストラをバックに、余裕しゃくしゃくの、スケールの大きな名人芸を堪能させてくれ、聴く者を魅了して止まない。

いわゆるグランド・マナーのスタイルだが、コントロールもしっかりしていて、スケールの大きな表現力で迫る。

両曲ともボレットの真骨頂を示した名演で、チャイコフスキーは壮大さを前面に押し出した迫力満点の弾きぶりだ。

いわゆる19世紀からのヴィルトゥオーゾ風の演奏で、初演を果たしたビューローやルビンシテインもかくやと思わせる堂々たる名演といえよう。

タッチは美しく磨き抜かれ、クリスタルのように透明で、そして重量感のある技巧を駆使して、華やかに盛り上げている。

旋律の歌わせ方も実にロマンティックで、モントリオール響の洗練されたサウンドと良く合った、都会的な洒落た演奏でもある。

ラフマニノフはさらに素晴らしく、第1楽章冒頭の和音の色のあるハーモニーで弾き出すところから魅力的だが、少しも力んでいないのに楽器が鳴り切り、フォルティッシモのアクセントも鋭い。

デュトワの指揮は、堂々たる威容にゆれるようなカンタービレのチャイコフスキー、表情豊かに主題を歌わせるラフマニノフと最高だ。

録音も素晴らしく、ボレットの実力を永遠に伝える名演といえよう。

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classicalmusic at 00:07コメント(0)トラックバック(0)ボレットデュトワ 

2009年09月07日


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ロンドン・フィルを指揮したテンシュテット盤は、全体を正確に見渡し、力強い構成力でたくましくまとめあげており、聴き応えのある演奏をつくりあげている。

決して情緒的要素に流されることなく、むしろ、そうした要素からは一定の距離を置いたアプローチだが、中味が希薄になることなく、バランスがよい。

マーラーの交響曲全集を1つ選ぶとすれば、現在の私は迷うことなくテンシュテット盤をとりたい。

彼の毅然たる主張とアプローチが、比類ない説得力をもって各作品の上に反映し、輝かしい音像を結晶させている演奏である。

ドイツ的伝統を基盤に、ロマン主義的にして表現主義指向を十全に打ち出した彼独自の鮮烈なマーラー。

旋律造形を前面に打ち出した主情的傾向を支柱に、マーラー音楽の特性たる抒情性とダイナミズム、屈折とアンンバランス、重厚さとグロテスク等を忌憚なく描出し、しかも交響曲としての質量をずっしりと備えた力演群。

全体の出来映えにムラが少ないのも美点。

中でも第3番、第6番、第8番などは水際立った名演であろう。

ちなみに、これまでに紹介していたテンシュテットのマーラーはすべてライヴであり(第5番を除き)、この全集とは重複しない。

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2009年09月06日


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バーンスタインの最初のマーラー全集が廉価で再発売されたことは喜ばしい。マーラーの交響曲入門に最適のセットである。

レコード史上初のマーラー:交響曲全集であり、1960年代のバーンスタインの芸術の記録としても重要だ。

後年のコンセルトヘボウ管、ニューヨーク・フィル、ウィーン・フィルを振り分けたCD全集、ウィーン・フィル中心のDVD全集(どちらもドイツ・グラモフォン)も深い味わいをもつが、"バーンスタインのマーラー"を聴き手に決定的に印象づけたのは、やはりこの最初のニューヨーク・フィル中心の演奏である。

バーンスタイン以降の若い世代の指揮者たちが、マーラーの音楽の時代と個性との間に一定の距離を計って、一種の定型化した美を目指したのに対して、バーンスタインはマーラーとその音楽の中に身をもって飛び込んで、激しい慟哭から深い沈思までの感情の変化を生々しく共感を露に聴かせてくれる。

男らしい男のマーラー演奏だ。

このマーラーはわかりやすく、親しみやすい。

しかもバーンスタインの演奏には、この当時からマーラーへの深い愛情、あたたかい共感、ロマンと情熱などが存分に表されており、それらが音楽に生き生きとした生命力を与えている。

なかでも第1,4,5,6,9番は秀演だ。

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2009年09月05日


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アルゲリッチ&アバドによる2回目の盤が、彼らの旧録音はもとより、他盤を凌いで素晴らしい。

旧盤でも、ラヴェルの音楽のもつ詩情を存分に表現していたが、ここでは、いっそうその表情が豊かになり、音色も磨かれている。

文字通り精妙の美学がこの演奏からは感じられる思いがする。

一分の隙もない造型、そこに凝縮したきらめく詩情と緻密な音のテクチュア、すべてが余りにも鮮やかにまとめあげられ、明確な方向感の中であたかも一気呵成に一個の圧倒的な世界を形成してゆく。

アルゲリッチは、切れ味鋭く一気に作品を駆け抜ける。

切れのいいリズムと冴えたタッチは、いかにもアルゲリッチらしい美点だし、バスクを思わせる情熱的な表現、さらにジャズ的なリズムの扱いも堂に入っている。

唖然とするほどだが、アバドがしっかりと造型し、音楽的充実感も申し分ない。

アバドの指揮もいよいよ円熟を感じさせ、アルゲリッチのソロを支えて申し分がない。

第1楽章では音楽のどの部分をとっても意味とニュアンスがあふれ切っている。

第2楽章にはそこはかとない詩情が漂い、第3楽章はこの上なく愉しく、また唖然とするほど巧い。

アルゲリッチのピアニズムおよびアバドの指揮の申し分のない円熟が生み出したひとつの極致的なこの曲の地平とさえ思える。

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2009年09月04日


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数多いシューベルトの交響曲全集の中で、これほど全曲が均質化され、気高く交響的な美感をもって演奏された例は少ないだろう。

シューベルトのなかにある独自の孤独感や、祖父がシュレージェン地方の農民であったという血の表明をドイツ的な堅実さで確実に表出し得ている。

全8曲どれをとってもむらがなく、禁欲的な節度と気品を持った演奏だ。

ウィーンの伝統である楽天性や感傷とは一線を画しているが、そこにシューベルトの孤高の心情を描いており、ドイツ的ともいえる堅実な感触が、第5番までの初期交響曲から堂々とした交響性を引き出している。

「未完成」では第1楽章の雄大なスケールと第2楽章の内面の豊かな歌、「ザ・グレイト」での山脈のように聳え立つ緊密な構築も特筆して良い。

さらに、シュターツカペレ・ドレスデンのふくよかな響きが素晴らしい雰囲気を味わわせてくれる。

美しく格調高く温かいシューベルトだが、晴朗な響き、清らかな歌の狭間に、ときに一瞬、作曲家の切ない溜め息が聞こえ、恐ろしい心の暗黒が覗く。

凄い。

シューベルトの本質を衝いた秀演である。

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classicalmusic at 06:43コメント(0)トラックバック(0)シューベルトデイヴィス 

2009年09月02日


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チャイ5は、シャイー指揮ウィーン・フィルが、最も一般にお薦めできるだろう。

極めて若々しく、ウィーン・フィルを力一杯鳴らした演奏である。

イタリア人らしく艶やかなカンタービレに鋭いアクセントを打ち込んでゆく表現が基本になっているが、シャイーの演奏はそればかりではなく柔軟性に富み、激しい感興を表しているのが興味深い。

この録音当時シャイーは、弱冠27歳の若武者で、はち切れんばかりの若さに溢れていた。

だがシャイーの指揮するウィーン・フィルは、若さからくる弱点とか未熟さは少しもなく、完全にアダルトな名演を成し遂げている。

その意味で、若きケルテスが同じウィーン・フィルを振った名盤、「新世界より」の録音以来の快挙といえるかもしれない。

「シャイー恐るべし」との強烈な印象を植え付けた、記念碑的な演奏だったのである。

交響的なスケールは大きく、オーケストラを構成的によくまとめて、しかもイタリア人らしくチャイコフスキーの旋律を朗々と歌わせている。

この曲の魅力をストレートに表現した、わかりやすい演奏として万人に薦めたい名録音である。

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classicalmusic at 00:01コメント(0)トラックバック(0)チャイコフスキーシャイー 

2009年09月01日


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クレーメルとムーティの初共演であった。

シベリウスでは、この曲のもつクールな透明感がクレーメルにぴったりだ。

たとえば第1楽章冒頭などは楽譜の指定を無視して最弱奏で登場し、北欧に吹く風のようにいじらしく打ち震えて聴く者の心に触れてくる。

表情豊かなルバートや訴えるポルタメント、第2楽章コーダでの静かな瞑想も忘れ難い。

シューマンも反ロマン風だが決して冷たくならない。第1楽章の楚々とした虚無感などいかにもクレーメルらしい。

この協奏曲はシューマンが精神に変調をきたした時期に作曲された。

そのため妻のクララや、友人の大ヴァイオリニスト、ヨアヒムは、この作品を欠陥だらけと見なして、出版と演奏を禁じてしまった。

確かにここにはシューマン特有の過剰と短絡が際立っているものの、他にない独自の楽想がほとばしっている。

それは誰もまだ覗いたことのない狂気と境を接する深層心理の世界で、当時の人々がそれから眼をそむけたかった理由もわからないではない。

この危険な領域に果敢に切り込んでいるのがクレーメルの演奏。

彼は2度この曲を録音しているが、シューマンの苦悶の深さとそれからの救済を求める切実さという点で、この演奏が優っている。

ややシューマンのもつ甘いロマンティシズムからははずれた表現だが、この曲のもつ技巧的で、どっしりとした感じをよくあらわした演奏である。

ムーティの棒も、冴えわたっている。

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