2009年12月

2009年12月31日


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ロシアがソヴィエト連邦だったその末期に、ソヴィエトの自由化政策によって、西側に出ていた芸術家たちの一時帰国が実現しはじめた。

ロストロポーヴィチもそうしたひとりで、彼と、その夫人でソヴィエトきっての名ソプラノだったヴィシネフスカヤの帰国の様子は、テレビでも報じられ、またドキュメンタリー番組にもなっていたが、愛する祖国の土を再び踏むことのできた彼らの感慨深げな表情は、たいへん印象的であった。

こうした祖国の作曲家の作品を演奏する時のロストロポーヴィチは、彼の郷愁の思いがひしひしと伝わってくるかのような、ロシア的な情感をてんめんと歌わせた表現で、強く胸を打たれる。

第6番では、作品のもつ現代的手法から鋭い感覚美を表すだけでなく、その内部に秘められた抒情性やスラヴ的な憂愁も表出されている。

しかもロストロポーヴィチの思索的な表現が、そうした印象をさらに強める結果となった。

第1番はユニークな表現でテンポが遅い。作品の擬古典的な様式と時代を無視した解釈だが、そこに豊かな音楽性があることが認められよう。

第2番は、ロストロポーヴィチ特有のリズムと楽想の強靭な把握が功を奏しており、作品の抒情性をよく表出しているが、弦に比較して木管や金管群がバランス的に弱いのが残念だ。

第3番は第2楽章以降が優れており、ロシア風の旋律を共感に満ちた表情で歌わせているし、終楽章では金管の吹奏が美しく、音楽を率直に高揚させているのもよい。

第4番の2つの版をそれぞれ演奏しているものは他にもあるが、1枚のCDに収めたのは珍しい。

作品的には改訂版の方が充実しているが、初稿にみられる一種のぎこちなさの中にもそれなりの魅力がある。

ロストロポーヴィチは、フランス国立管の洗練された響きを縦横に駆使して、プロコフィエフの音楽をエネルギッシュに、流麗に演奏している。

第7番は華麗に演奏されることが多いが、ロストロポーヴィチはテンポを遅めにとり、内向的でほの暗い音楽を聴かせる。

それがプロコフィエフのスラヴ的な性格を抽出し、細部の美を発見させる。

創意豊かな内面感情に忠実な演奏といえよう。

第5番も同じようにロシア風ともいえる重厚さを感じさせるが、両端楽章では指揮者とオケと作品の調和にやや疑問が残る。

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2009年12月30日


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ブロムシュテットの、よりモダンで力強く、多彩な表現をもった個性的指揮者としての主張が明確に表れている。

それぞれ異なった作風と内容を持つニールセンの6曲の交響曲で、ブロムシュテットはそのひとつひとつの特質を鮮明に表す演奏を行っており、ニールセンの音楽的道程を深く印象づけている。

表面的な音の効果にとらわれず、その内面にある孤高の本質をきびしく見据えているブロムシュテット以上に、ニールセンの交響曲を演奏できる指揮者はいないであろう。

ブロムシュテットは作品の本質をよく見きわめ、このニールセンの第1番と第6番の2つの作品の間に横たわる30年の歳月を実感させている。

第1番は内部に秘められた情熱を強い運動性で表出しており、すべての表情をよく手中に収め、デュナーミクも効果的だ。

第6番も楽想をきめこまかく表出しながらも、ディティールだけにとらわれず全体の見通しがよく、各変奏はそれぞれ興趣に満ちた表現で、この曲の真髄を知らしめる優れた演奏である。

第2番は強い確信をもった演奏で、強靭な意志力が曲全体にみなぎり、オケも重量感のある響きで指揮者に応えている。

第3番は動感豊かな、荒々しいといえるばかりの演奏だが、全4楽章が緊密・堅実に表現されているのは、やはりこの人の見識といえよう。2人の独唱者も好演。

第4番では終末的クライマックス形成のティンパニ、第5番では全編で重要な役割を果たしている小太鼓が、ニールセンのモダニズムを象徴しているが、管・打楽器に卓越した奏者を擁するアメリカのオケの起用が図に当たって、面白く楽しめる演奏が生まれた。

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2009年12月29日


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「謝肉祭」は、シューマンの想像力が奔放に飛翔したユニークな21曲のそれぞれから豊かなファンタジーをひき出し、かつそれらをひとつの大きな作品としてまとめあげることは至難なことのようで、ピアニスティックな魅力と幻想を併せ備えた演奏は、なかなか見つからない。

ミケランジェリの古い録音を選んだのもそのためで、1957年のBBCの放送録音を疑似ステレオ化した音は、必ずしも良好とはいえないが、この気難しい完璧主義者が四半世紀も後にレコード化を許した演奏だけに、ミケランジェリならではの鋭利に磨き抜かれたピアニズムとロマンティックな詩情と幻想が見事に一つになっている。

活力がみなぎっており、リズムの刻みが鋭角的で動意をはらんでいて、演奏の全体に大きなうねりが感じられ、それが聴き手を刺激し、緊張させる。

30代後半のミケランジェリの"熱気"が感じられる。

ミケランジェリには1975年のステレオ録音もあり、音の面ではむろん新盤の方がすぐれているが、冴えた表現と鋭敏に引き締まった活力といった点では、この旧盤の方が魅力があるし、その演奏には見事にコントロールされた一音一音にまで表現への透徹した読みが通っている。

鋭利なピアニズムとロマン的詩情を合一させた名演だ。

「ウィーンの謝肉祭の道化」はシューマンの楽想が織りなす幻想の世界が余すところなく表出されている。

特に躍動するようなリズム感が素晴らしい。

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2009年12月28日


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「家庭交響曲」はカラヤンによる唯一の録音となったもの。

カラヤンは作品の表題性と音楽性を見事に両立させており、各部を精妙な表情と清純な色調で演奏して、最後まで聴き手を飽きさせない。

あるいは朗々と歌い、あるいはささやくように繊細な効果を表しているが、いずれも音楽的に自然で暖かく、ロマン的な雰囲気も豊かに感じさせる。

それがベルリン・フィルの名技に支えられていることも特筆しておく必要がある。

「ドン・キホーテ」の演奏の大きな特色は、なんといっても、チェロ独奏に名手ロストロポーヴィチを起用していることで、このことがものの見事に功を奏している。

両巨匠が、ともに持てる力を十二分に発揮しているだけあって、実に充実した演奏である。

ことにカラヤンの指揮は絶妙で、その卓抜な構成力と演出のうまさは他の追随を許さない。

「英雄の生涯」は、実に彫りが深く、スケールも大きいきわめて質の高い演奏。

その卓抜な演出力と雄弁な語り口、ここにはこの巨匠の実力が最高度に発揮されている。

楽器の遠近法、ピアニッシモの効果など無類で、響きの壮麗さ、木管のニュアンスも素晴らしい。

その他の交響詩もカラヤンの緻密な設計と、巧妙な演出が光る傑出した演奏。それぞれの曲の性格をしっかりと把握し、入念に仕上げながら、どの曲も精巧にまとめている。

R.シュトラウスの交響詩を指揮させたら、カラヤンの右に出るものはないだろう。

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2009年12月27日


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ブラームスの四重奏曲の美しさを堪能させてくれる。

アンサンブルは完璧といってよいアルバン・ベルク四重奏団だが、一時期のジュリアードのように精密機械を連想させるようなものではなく、もっと人間的な血のかよった名人芸である。

その特色を列記するなら、デュナーミクの絶妙なコントロール、まったく計算されたことを感じさせない自然で自在なアゴーギグ、音色の実に繊細な変化、感情の動きそのものが孤を描くような生き生きとした旋律の歌わせ方、劇的緊迫感のあふれる推進力や遅滞のない活動性、核心をつく激しい切れ込み、ほんのわずかな乱れを見せない実に精緻なアンサンブル、まるで合奏体が一つの有機体のような自在性を持つのびやかさ、個々の奏者の自発的表現力の豊かさ、楽譜の緻密で的確な読み、楽譜の記述を細大洩らさず音に実現してしまう桁外れの技術……。

さらに音色は透明でどちらかといえば明るく、しかもこの演奏では弦楽四重奏の音色は単色的だというイメージを見事に打ち破っている。

ブラームスが丹念に書き込んだ4声部が、生き生きとした表情を持ってバランス巧みに再現されている。

それに主旋律を受け持つときの各楽器が見事で、第1ヴァイオリン以下実にしっかりした演奏ぶりで、危なげがない。

彼らの実力を見せる傑出したアルバムである。

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2009年12月26日


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絶妙に息のあった名コンビとして知られた2人の大家の最良の時を記録したともいえる1965年、パリでの充実しきったライヴ録音である。

室内楽的融合感と流れのよさが際立つ名演だ。

さすがに、フルニエの最盛期の録音だけあって、高雅に旋律を歌い上げながらも、自由闊達な気分にあふれていて、まさに音楽する喜びといったものがじかに伝わってくるような演奏だ。

デリケートな詩情が美しいフルニエのチェロは、非常に細部にわたって洗練され、磨きぬかれた演奏で、高度の様式美を作り出している。

フルニエはベートーヴェンの古典的な性格がもたらす高貴な精神と落ち着いた情感に基づいて演奏しており、2人の共演はベートーヴェンの全体像を具現している。

ケンプのベートーヴェン演奏は戦前から著名で、ある意味ではロマン的な性格に焦点を当てている。

ロマン的表情で高雅に歌うフルニエのチェロ、積極性と清潔感をあわせもつケンプのピアノ。

端正な引き締まった造形感は、大家同志でなくては生まれようもないものだろう。

熟し切った音楽の年輪だけが放つ輝きであり、巨匠の共演が幸福感を味わわせてくれる録音である。

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2009年12月25日


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交響曲第1番は比較的客観的な表現で、サヴァリッシュはやはり新古典主義が一世を風靡した時代に生きてきた指揮者であることを感じさせる。

第1楽章では豪快な力感が全体をしっかりと支えており、第2楽章は伝統的な様式に立脚した客観性といえるものがある。

第3楽章も何の変哲もない表現だが、各パートが明確に表出され、クセのない音楽が作品の姿を誤りなく伝えている。

「運命の歌」も感興豊かな好演だ。

交響曲第2番は実に格調高く、聴くほどに味わいのある演奏だ。

第1楽章の旋律の高雅な歌わせ方、動機の的確な処理はドイツの指揮芸術を代表する指揮者ならではだし、第2楽章の木管のバランス、中間部のたゆたうような表現など、どれをとっても大人の芸術である。

フィナーレも構築美が際立っており、ひたひたと最後の盛り上がりへと進む運びはさすが。

「ハイドン変奏曲」も味わい深い。

交響曲第3番はサヴァリッシュの円熟を証明するに足る、見事な演奏だ。

第1楽章は落ち着いたテンポで演奏されているが、それによって細部を克明に表出し、端正・堅固な造形でまとめながら、そこに非常な気迫を感じさせる。

第2楽章は情緒の表現が美しく、第3楽章の馥郁としたロマンの香り、、第4楽章の劇性の表現もそれぞれ見事なものだ。

「大学祝典序曲」も明晰な表情でまとめた品のよい演奏である。

交響曲第4番は真正面から堂々と力強く表現した演奏だ。

第1楽章は鮮明な輪郭で音楽の形をよく整え、晴朗な響きで各部を画然と表出し、第2楽章の内面感情の揺れを表す計算も心憎い。

第3楽章も均衡間が強く、第4楽章は明快そのものだが、血の通った線の太さがあり、ヒューマンな息吹を伝えるところにサヴァリッシュの特色がある。

「悲劇的序曲」は剛健といえるほど、充実した力を感じさせる音楽だ。

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2009年12月24日


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3曲ともすみずみまでコントロールされた表現であり、現代的ともいえる鋭い感覚がみなぎっている。

テンポといい表情といい、よく整っているその中にセルの情感がテンポの動きやダイナミックな変化の中に浮かびあがってくる。

特に第40番はいつものセルと比較してテンポの緩急の変化が大きく、時におやっと思えるほど際立った動きを見せる。

ジョージ・セルとその手兵クリーヴランド管弦楽団の古典派の作品の演奏は、ロマン的なテンポの揺れ動きのまったくない、明快そのものの演奏が特色で、たとえばどんな演奏でも心もちテンポが伸びてしまうベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調の第1楽章の第2主題を導入するホルンの音型も完全にイン・テンポで奏されているのは、彼と同世代の指揮者の中では珍しいと思った。

ところがこの第40番の第1楽章は、何回も繰り返し現れる有名な第1主題が絶妙のテンポの揺れをもち、しかもそれが1回ごとに異なった現われ方をするのがまさに見事である。

まさにこの曲がロマン的といわれる本質をうかがった表現で、他に比類のない独自の境地に達している。

第40番の共感に満ちた歌と悲愴美は音楽を豊かに色どっており、説得力が強い。

「ジュピター」は速いテンポで率直にあっさりと表現している。情緒というよりは感覚的で明快な表現を志しているようだ。

全4楽章が激しく引き締められているが、第2楽章ではほのぼのとした温かさも感じさせる。

両端楽章もリズミックで威風堂々としており、セルの面目躍如とした好演といえよう。

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classicalmusic at 18:24コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトセル 

2009年12月23日


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ガーディナーのアルヒーフへのバッハ/4大宗教曲シリーズの完結編。

ガーディナー盤はモダン、オリジナルを問わず、数ある「マタイ」の録音の中で最も優れた演奏と言える。

エリオット・ガーディナーが、モンテヴェルディ合唱団の充実した歌唱力と、イギリス・バロック管弦楽団の洗練された合奏力を万全に生かしながら、見事な演奏を展開している。

全体にテンポが速く、カール・リヒターの重厚な演奏に慣れ親しんだ私には、はじめ軽すぎるように感じられたが、今ではこの演奏の方が親しみやすく繰り返し聴いてみたいと思う。

速いといっても上滑りするような部分は少しもなく、緻密な音楽再現とと劇的な表現が見事に調和していて、隅々まで音楽が美しくよどみなく流れ、曇りなく音楽が再現されている。

従来のモダン楽器での演奏では、暗く重苦しい響きに満たされていたものが多かっただけに、ガーディナーの明晰でピュアーな和声の響きは新鮮な驚きを呼ぶ。

また、ドラマに対しての解釈も緻密で、作品の全容が見通しよく真実味をもって伝わってくる。

コラールでの、場面に即した多様な扱いも印象的。

独唱者陣も揃っているのもこの演奏の強みで、表現力に幅を加えたロルフ・ジョンソンが、それぞれの状況を流暢に語り出しているし、イエスのシュミットも役の苦悩をはっきりと陰影豊かに歌い出している。

その他ボニー、オッター、ベーアらが、それぞれの力を充分に発揮している。

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classicalmusic at 05:13コメント(2)トラックバック(0)バッハガーディナー 

2009年12月22日


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ヴィヴァルディの演奏に、新しい様式感を与えた演奏である。

いかにもピノックらしい独特のリズム処理で、きわめて歯切れのよい音楽となっている。

また、古楽器のもつ透明な音色が、実にすがすがしい。

ここには、ヴィオラ・ダモーレとリュート、オーボエとファゴットといった珍しい組み合わせの協奏曲が収められている。

ピノックの演奏は、きわめて流麗で、かつ生命力にあふれ、各独奏者の腕も達者だ。

躍動感と愉悦感とにあふれ、メリハリがあって大変楽しませてくれる演奏だ。

生命感と躍動感に満ちた演奏で、ピノックの才気が時おり矢のようにほとばしり出て、ハッと胸をつかれる瞬間がある。

「アラ・ルスティカ」は、何よりリズムののりがよく颯爽としており、オリジナル楽器による弦楽合奏の醍醐味を聴かせる。

2つのマンドリンのための協奏曲では、ガット弦を張った2挺のマンドリンを、ピノック自身がポジティーヴ・オルガンで支えるくだりなど、今までにない新しく繊細なヴィヴァルディだ。

とりわけ感服したのはグッドマンのヴィオラ・ダモーレとノースのリュートが、かつて聴いたことのないレヴェルの高さで腕を競う、ヴィオラ・ダモーレとリュートのための協奏曲。

この第2楽章での気品高い抒情と、第3楽章での一糸乱れぬアンサンブルは絶賛に値する。

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2009年12月21日


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ヴィヴァルディを論ずる場合、また協奏曲の歴史を概観する場合、無視することのできない重要な曲集である。

12曲全部聴いてもひとつも退屈しないばかりか、満ち足りた楽興の時を持ちうるのは、さすがヴィヴァルディの力量といわなくてはならない。

これは、ヴィヴァルディの音楽を得意としているイ・ムジチによる、22年ぶりのこの曲集の再録音である。

イ・ムジチの演奏はバッハに変身していくヴィヴァルディではなく、大バッハが憧れつつも、ついに到達し得なかった、もうひとつ別の顔のヴィヴァルディを心憎いまでに描き出している。

いくぶん速めのテンポをとり、さっそうと表現した若々しい演奏で、のびやかな旋律の歌わせ方が、すこぶる魅力的だ。

旧盤のミケルッチに代わって今回はカルミレッリがヴァイオリンを担当しているが、彼女はイ・ムジチの音色に自らをやわらかく溶けこませ、暖かい音楽を展開させてゆく点において稀有な存在である。

合奏も以前にも増して爽やかで、ふっくらとした情感があり、ヴィヴァルディの"歌心"をいっそう強めている。

ヴィヴァルディ・ファンにとっては聴き逃すことのできない名盤であろう。

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2009年12月20日


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レオンハルト率いるレオンハルト・コンソートは、クイケン兄弟(ジギスヴァルト、ヴィーランド)、ビルスマ、ブリュッヘン、ブッケなどが参加した、まさに夢のオールスター・アンサンブル。

残念ながらその活動は、それぞれが自らのアンサンブルで独自の活動を始めた1980年代初頭で終わってしまったが、その絶頂期に録音が残されたことは幸いというべきだろう。

その顔ぶれが、単に古楽器演奏のエースであるばかりでなく、知的で学殖豊かな音楽家たちであるということは重要である。

モダン楽器で頂点を示したリヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団盤と双璧を成すオリジナル楽器盤といっても過言ではあるまい。

その演奏では、彼らが室内楽的なアンサンブルに妙味を見せるとともに、ひとりひとりの奏者の自発性が予期以上に発揮されているのが楽しみを加えている。

皆、強い個性の持ち主ばかりだが、もともと彼らの背景にはオランダ、ベルギーの古楽という一つの流派から出発しただけあって、音楽上の語法は同じ。

さらにレオンハルトの統率力のもと、互いに協調し、触発しあい、そしてまた語り合う音楽的な対話は実にスリリングだ。

再録音はおそらく不可能な、貴重な盤で、1970年代に奇蹟的に生まれた"名手の集い"の観は充分にある。

極めて少人数による演奏だが、第2番は遅めのテンポによる古雅な美演で、まるで木管のようなトランペットにブリュッヘンの吹くブロックフレーテが加わり、哀しいほど透明なデュエットを聴かせる。

第3番の軽快な第2楽章と、雅びやかで繊細な第5番も聴かせるが、第4番の小味に弾ませるリズムは言葉につくせぬほどチャーミングで、洗練されたスマートさの中の深いニュアンスが素晴らしい。

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2009年12月19日


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ブーレーズがマーラーの交響曲に着手した最初の録音であるとともに、これは同作品の理想的な演奏である。

ライヴでは、おそらくはこんなに鮮やかには聴こえてこないだろう。

複雑な構造の綾を見事に解き明かし、ハイビジョン映像でもみるかのごとくクリアーに描き出す。

しかも大編成のオーケストラの響きの厚みから遠近感まで写しとってしまうのである。

そうした解析度の高さ、解釈の精緻さに、以前は冷たさを感じたものだが、この演奏でのブーレーズにはそれがあまり感じられない。

むしろ歌いまわしの自然さ、雄弁さが際立ち、エモーショナルな流れにも熱っぽさがよく出ているように思われる。

特に第4楽章後半でのゾクゾクするような表現は迫真的で聴きものだ。

起伏豊かでも決して絶叫せず、一途であっても決して切実さは見せないところがブーレーズらしいが、それだけに作品をとらえる視野が幅広く、部分が肥大化された印象は微塵も与えない。

マーラーの内なる慟哭の交響曲もブーレーズの手にかかると音楽史上の大作として見事に再現された存在感がある。

冴え冴えとした美しさとともに、凄みを感じさせるマーラーだ。

これでようやく作品と互角に向き合うことができるようになった。

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classicalmusic at 11:14コメント(0)トラックバック(0)マーラーブーレーズ 

2009年12月18日


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シューベルトやシューマンはたとえば《冬の旅》や《詩人の恋》などの連作歌曲集で、リートを物語的に展開する手法を編み出した。

それに対してヴォルフは《メーリケ歌曲集》や《アイヒェンドルフ歌曲集》《ゲーテ歌曲集》など、詩人別の歌曲集を編んだ。

彼がこれらの歌曲集で目指したのは、物語的な展開ではなく、これらの詩人たちの世界をプリズム的に分解し、そうすることでその全体像を万華鏡的に再構築することだった。

こうしてこれまで抒情に偏していたドイツ・リートは、彼に到って初めて人間の感情や心理を総合的にとらえる芸術となったのである。

そのためには詩人の世界のあらゆる側面に通じ、それをひびきで表現できなければならない。

ヴォルフはその総体性をくまなくとらえるために渾身の力を傾けた。

たいていのリート歌手は、ヴォルフのそうした多彩な総合性のうち、一、二のベクトルを拾い上げるのが精いっぱいというのが実情だ。

しかしF=ディースカウの『ヴォルフ歌曲全集』が姿をあらわしたとき、わたしたちは初めてその全体像を目のあたりにすることができるようになった。

とくに風刺やユーモアに満ちたリートの斬新な解釈と歌いぶりにかけては彼の右に出る者はいない。

バレンボイムの伴奏もそれに劣らず自由闊達で、ヴォルフの世界のあらゆるひだに敏捷にふれ、またF=ディースカウとの丁々発止のやりとりが実にスリリングで興奮させられる。

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2009年12月17日


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1936年5月1日に行われたベルク追悼コンサートにおけるライヴ録音。

やや貧しい録音ではあるが、歴史的記録としてだけでなく演奏の共感の深さで他に代えがたい魅力をもった盤である。

委嘱者であり初演者でもあったクラスナーが、ロンドンでの作曲者の追悼演奏会で、作曲者と同門のヴェーベルンの指揮で演奏した際の録音である。

この協奏曲の初演者クラスナーのヴァイオリンは音に艶があり、その解釈はきわめて意欲的で強弱の幅が広く、従って感情の昂揚と沈潜の対照がはっきりと浮かびあがってくる。

ヴェーベルンの指揮も起伏が大きく、同時に細かいパッセージに神経を使っており、演奏の緊張感が充分に伝わってくる。

ともかく完璧主義者であったヴェーベルンは、バルセロナでの世界初演時にもオケの指導を行なったのだが、リハーサルを重ねながらも本番前に降りてしまった。

その責任感の深さと理念の高さは、この演奏にはっきりと聴き取ることができる。

指揮者ヴェーベルンの力量を知るうえでも貴重な内容だ。

加えて、当時の巨匠たちに名作を書かせたクラスナーの情熱もここに味わえる。

「抒情組曲」のガリミール弦楽四重奏団の演奏は、柔らかい響きと洗練された感覚が作品にすっきりした雰囲気を与えている。

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classicalmusic at 18:22コメント(0)トラックバック(0)ベルク 

2009年12月16日


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シャイーのマーラーは、メンゲルベルクが世界最初の"マーラー・オケ"として完成させたコンセルトヘボウ管の伝統を再検証し、そこに現代的な観点からの切り口や、しなやかなフレージングを取り入れたもの。

作品のすみずみまで鋭敏かつ緻密な読みが行き渡った新鮮なマーラーである。

イタリア人らしく、歌に癖がなく、オーケストラを自然に歌わせているのも美点。

シャイーの演奏は形式や構成など、表面的には伝統的なものへの回帰を思わせながら、マーラーの交響曲を特徴づける対立的なものが複雑に組み合わされた作品の特徴を鮮明に表現している。

対位法的な書法などにも鋭い眼がゆきとどき、ホルンなど管楽器のソロの強調やかなり濃い表情など、交響曲という形式に盛り込まれた劇的な要素を強く印象づける表現主義的とも言える演奏だ。

シャイーがしなやかな感性と絶妙なコントロールで描き、ドライヴした演奏は、細部まで生き生きと洗練された表現と熱く清新な歌にみちており、コンセルトヘボウの暖かく流麗な響きと色彩が、繊細にして明快な表現をいっそうニュアンス美しく、味わいの深いものにしている。

湧き出る清水のように透明で、しかも、細部を熟練工がするように練り直して、丁寧に仕上げたせいか、むしろ安定した演奏に仕上がっている。

そのスケールの大きな造形と、深々とした奥行き感は近年の充実ぶりを示すものだ。

シャイーならではの知情のバランスのよい、晴朗で達意の名演と言うべきだろう。

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classicalmusic at 18:34コメント(2)トラックバック(0)マーラーシャイー 

2009年12月15日


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ドラマティックなことにかけては、メータ指揮ウィーン・フィルも素晴らしい。

マーラーの第2交響曲がまだ演奏することが難解で特別な作品とみなす風潮が残っていた頃に、颯爽と登場した若きメータがひとつの回答を与え、マーラーの作品を一部のスペシャリストの手から開放して一般的なレパートリーに近付けるのに貢献した名盤。

若きメータの挑戦的な姿勢が、マーラーの若書きともいえるこの曲にはぴったりで、ウィーン・フィルも彼の表現に立派に応え、瑞々しいドラマを演じているようだ。

ウィーン・フィルという名オーケストラを縦横に操り、作品がもつプログラム性をキーワードとしてきわめて明快に全体を構築している。

最近のメータはすっかりユルフンになってしまったが、1975年当時の彼は実にきっぱりとしていた。

この演奏も速いテンポときりりとしたリズムで極めてメリハリに富んだ快演を示している。

一方ではマーラー特有の情感にも欠けていない。

言うなればトスカニーニの仮借のなさとワルターの豊かな歌を併せ持ったような《復活》であり、抉りが深く、表情は多彩、生々しいドラマが目に見えるように展開する。

その頃のこのオーケストラの豊饒な響きはマーラーの音楽にまさにぴったりで、第1楽章から終楽章では圧倒的なクライマックスを形づくる。

合唱・独唱も、実に立派な出来である。

メータはその後、イスラエル・フィルと再録音しているが、出来栄えはこのウィーン・フィル盤を上回るにはいたらないようだ。

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classicalmusic at 18:27コメント(0)トラックバック(0)マーラーメータ 

2009年12月14日


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『亡き子をしのぶ歌』は、マーラー直系のワルターによるウィーン・フィルの、侘しげだが、まさしく豊潤そのものの響きがしなやかに漂うなかに、「いま、晴れやかに陽はのぼろうとしている…」と歌い出すフェリアーの声の、なんと印象的なことだろう。

哀しみにむせぶようなオーボエとホルンと絡み合う、深い憂愁をふくんだコントラルトのその声は、第5曲になって、「こんな嵐の日に」と、家から出してやった子供たちに対する自責の思いを歌うとき、言い知れぬ感情の奔流につつまれるが、海のごとく深く、秋の空のように澄んだ清冽の美とともに、度重ねて聴くほどに感動が魂にしみる。

フェリアーだけが歌うことの出来たマーラーの歌の世界。

まさに折紙つきの絶唱と言える。 

交響曲第4番は終戦の年の1945年5月に、ワルターの亡命地アメリカで録音された演奏である。

ワルターはおだやかに、また感興にみちてマーラーの旋律を歌わせた表現で、古き良き時代のあたたかい情感が立ち昇ってくる。

この作品のもつ天国的な気分を、ゆったりと陶酔的に表現したもので、清らかで純粋な美しさにあふれている。

しかも造形的には意外なほど端正で、これもワルターの見識を示している。

ワルターは、どのような苦境にあっても、ほほえみを忘れない人だったというが、ここには、そうした彼のやさしさが、そのまま反映されているかのようだ。

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classicalmusic at 20:08コメント(0)トラックバック(0)マーラーワルター 

2009年12月13日


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シュライアーとリヒテルの「冬の旅」は再開されたゼンパー・オペラの開場記念コンサート。

「美しき水車小屋の娘」と「白鳥の歌」を以前に録音(前者は3度)してきたシュライアーが、「冬の旅」を1985年になってようやく、しかもライヴ録音した。

また、リヒテルは過去に夫人のドルレアクとのグリンカの歌曲やF=ディースカウとのブラームス等の伴奏があったが、シュライアーと「冬の旅」を録音したのは意外だった。

シュライアーは慣行版ではなく、初稿を参照した版で歌っており、ライヴならではの即興的な2人の対応も好ましい。

シュライアーとリヒテルによる水も洩らさぬこの「冬の旅」は、手稿版などを丹念に参照した上でのテンポ設定や、細かい発想記号の読み直しなどが行われ、バリトンやバスで歌われがちなこの曲に新しい解釈を示している。

シュライアーはリヒテルのすぐれた伴奏に支えられ、叫びに近い心理的、表現主義的な風景を展開している。

シュライアーの歌唱には一切の恣意的表情が影をひそめ、厳しい歌の表情が全曲を支配し、異常なまでの緊張力が聴く者の精神におそいかかるかのようだ。

「冬の旅」はほとんど孤独の狂気に近づいている音楽だ。

シュライアーはそこに着目し、表現主義的な手法によって、この歌曲集の底にひそむ近代的な病理をえぐり出している。

実に果敢な演奏だが、リヒテルのピアノがリアルで、シュライアーの冒険を支えている。

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classicalmusic at 10:45コメント(0)トラックバック(0)シューベルトリヒテル 

2009年12月12日


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ヴンダーリヒは36歳の若さで死去してしまった。

そのためか若さが表現として必ずしもプラスにはならないリートを歌うことは、他のジャンルと比較してまだまだ少なかったようだ。

当然、録音も僅かしか残さなかった。

しかし、その中にシューベルトの「美しき水車小屋の娘」があるのは何と喜ばしいことだろうか。

しかも正規の録音を2回も行っている。

もちろん、正規の録音は物理的な条件も良く素晴らしいのだが、ここで紹介するのは正規の録音ではない。

しかも、全曲にわたってなぜかカットされた箇所がある。

しかし、表現の素晴らしさに正規の録音を上回る質があるので敢えて紹介したい。

演奏のコンセプトそのものは、伴奏も同じギーゼンが務めており、死の直前1966年7月に録音されたDG盤とほぼ同じと言える。

しかし、声の状態やニュアンスの滑らかさはこの録音の方が良く、素朴だが奥の深い「水車小屋」の歌物語を流れるような旋律美で歌い切っている。

特にこの歌曲集はメリスマティックな動きが多いだけにヴンダーリヒの滑らかな表情は作品の本質と完璧に一致する。

第1曲「さすらい」の期待に弾む躍動感、第4曲「小川への感謝」の自問自答の静かな情感、第14曲「狩人」の苛立ち、最後の第20曲「小川の子守歌」での慰めの表情など詩の内容と絡めた各々の楽曲の特質を描き分けているだけでなく、全体の一貫した盛り上がりがあるのが何よりの聴き所になっている。

とりわけ第18曲「枯れた花」から最後にかけての表出力は聴く者の心理を揺さぶる。

この「水車小屋」もまたシューベルトの素敵な〈歌〉の魅力に満ち溢れている。

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classicalmusic at 09:31コメント(0)トラックバック(0)シューベルトヴンダーリヒ 

2009年12月11日


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《白鳥の歌》のディスクはたくさんあるが、比較的新しい録音では、テノールのペーター・シュライアーがアンドラーシュ・シフのピアノ伴奏で歌っているディスクが素晴らしい。

シュライアーはドイツ語をもっとも美しく歌える歌手のひとりだが、この《白鳥の歌》では、彼の美声と繊細な語り口とが最良の成果をもたらしている。

シュライアーにとって18年ぶりの《白鳥の歌》だが声は若々しく、シューベルトにふさわしいすっきりした歌いぶりで好演している。

前回に比べて表現に内容の深さも加わり、特にハイネの詩による歌曲に成熟を感じる。

さらにまた、シュライアーはこの録音で、曲の追加(レルシュタープの詩による「秋」、ならびにザイドルの詩による3曲)と順序の入れ替えを周到な判断にもとづいて行なった。

従来の曲順がもともとそれほど根拠のあるものではない以上、この試みは大いに評価できる。

この入れ替えの結果、歌集全体に新たな光があてられ、それぞれの曲がこれまでとは違った曲のようにさえ聞こえてくるのは、大きな驚きだ。

たとえば一連のハイネ歌曲をシュライアー流に並べかえると、そこからひとつの物語が浮かび上がってくるのである。

シフも軽く美しい響きと清潔な弾きぶりで、シュライアーの声と音楽性に合わせて歌を快く支えている。

タッチの美しさ、乱れを知らぬ音の粒立ち、音色の多彩さ、そして繊細きわまりない音楽の表情。まったく見事というほかはない。

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classicalmusic at 18:28コメント(0)トラックバック(0)シューベルトシフ 

2009年12月10日


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《冬の旅》の名盤を挙げるのはあまり難しくない。この歌曲集の内容が素晴らしいので、素晴らしい歌手たちが歌い、録音に挑戦し、数々の名盤が存在する。

ホッターのようなバスからシュライアーのようなテノールまで、さらにはルートヴィヒや白井光子のようなメゾ・ソプラノまでがこの歌曲集に素晴らしい解釈を残しているのだ。

ではなぜプレガルディエンなのか。

個人的にはテノールの柔らかい表現が好きだ。

テノールの音域でこそ若者らしい繊細な悲しみが生きる。

バリトンに比べて一般にテノールは音色を作るために感情のひろがりが制限されがちなのだが、プレガルディエンの場合は自然な感情の発露そのままだ。

しかも彼の男らしい声は確かな肉体の実在を感じさせてくれる。

プレガルディエンはレオンハルト指揮の《マタイ受難曲》でエヴァンゲリスト(福音史家)を歌って名声を確立した。

同じような例にヘフリガーが挙げられるが、彼らのドイツリートは巧みな抑制をきかせながらも、豊かな情感にとみ、語り口が自然だ。

シュタイアーのフォルテプアノも歌手に負けず劣らず率直で、感情に素直によく歌う。

2人の演奏はとても現代的で、何度聴き直しても飽きない。

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2009年12月09日


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ジェラルド・ムーア。少しでもリートに関心のある人なら誰でも知っている名伴奏ピアニストだが、このディスクは、つねに脇役にまわって名歌手たちを支え続けてきたムーアが、ただ一度主役にまわったコンサートの記録。

1967年2月20日、長年名歌手たちの伴奏をつとめ、レコード録音も多く、まさに20世紀最大の伴奏ピアニストと言うべきムーアの引退に際してロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで行われた演奏会のライヴである。

イギリスEMIの名プロデューサー、ウォルター・レッグの企画により、これまでムーアとともに数々のコンサート出演やレコーディングを行ってきた3人の大歌手、ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘルス、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、エリザベート・シュワルツコップの3人が同時に集い、ムーアへの感謝を捧げるというのが、この演奏会の主旨だった。

なにしろこの3人の世紀の大歌手が一堂に会して独唱ばかりか重唱も繰り広げたのであるから、そのライヴとしてこのレコードが発売された当時は、それなりに話題になったそうである。

しかし、この種の特別な機会に制作されたレコードのつねとして、時間が経つとともに忘れられ、再発のチャンスもなかなかやってこない。

これは残念なことである。

記念盤は記念盤として一回限りのリリースのほうが、まさに記念としての意義があるのかもしれないが。

幸いなことにCD化されたディスクは、むろん演奏は素晴らしいし、雰囲気も豊かである。

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classicalmusic at 18:25コメント(0)トラックバック(0)F=ディースカウシュヴァルツコップ 

2009年12月08日


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シューベルト、シューマン、マーラー、ヴォルフは、フィッシャー=ディースカウが何度も録音を繰り返したレパートリーだ。

シューマンのハイネ歌曲集を代表する《詩人の恋》もまた、何種類かの録音が残されているが、その中でも壮年期のF=ディースカウがデムスの伴奏で録音したこの1枚は、最も魅力的な歌唱が楽しめる。

ハイネの詩にシューマンの音楽がこの上もないほど敏感に反応している様をF=ディースカウは実に鮮やかに歌いあげており、間然としたところがない。

エッシェンバッハとの録音もすばらしいが、若き日のデムスとの録音も、負けず劣らず魅力的だ。

なによりも、その表現意欲の強さが前面に押し出された歌唱姿勢が、何のケレン味も感じさせない点がすばらしい。

若々しい情熱と表現意欲、そして声の成熟と若さの絶妙なバランスを示すF=ディースカウは、シューマンの“青春の歌”を歌うに当たって、その“青春のときめき”を十全に歌い出すと同時に、シューマンの音楽の中の多くの"チェック・ポイント"を見事にクリアしている。

内的必然との強い結びつきがあって初めて生まれる歌唱である。

大胆でありながら、少しのあざとさもない稀有の名唱と言えよう。

そうか、シューマンの当歌曲集はこれほど素晴らしいものだったのか、F=ディースカウという歌手はこれほど傑出した存在であったのか、と改めて再認識せざるを得ないような演奏の出来映えである。

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classicalmusic at 18:34コメント(0)トラックバック(0)シューマンF=ディースカウ 

2009年12月07日


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ブーレーズの明晰で精緻な読みとウィーン・フィルの美しい響きが最良の形で結びついた演奏である。

どんな作品を指揮する場合でも"明晰"を追求してやまないブーレーズ。

響きの明晰に加えて、造形も明晰であるのが、ブーレーズ本来の持ち味と言ってよかろう。

しかしそうした演奏ぶりでありながら、マーラー特有の情念は逃していない。

ただしその情念は、ブーレーズ以前の指揮者たちのそれとは違って、いかにもスマートで現代的。

粘っこい趣を薄めた一種の爽快さが、とても新鮮で印象的。

第4楽章アダージェットの冒頭における弦の響きと柔らかくデリケートなニュアンスなど、この上ない美しさで、いかにも静かに心に浸透し、ほのかな哀調をたたえた表現がそっと胸を締めつけるようである。

と同時に、その表現は、決して情緒に流れて格調を失うことがない。

両端楽章をはじめとする明晰で緻密な表現の冴えとしなやかな彫りの深さも間然するところのない見事なもので、柔軟で自発性にとんだウィーン・フィルの能力が最高度に発揮されている。

特に、第3楽章スケルツォの明敏で懐の深い表現は、現在のブーレーズならではの味わいだろう。

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classicalmusic at 19:16コメント(0)トラックバック(0)マーラーブーレーズ 

2009年12月06日


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ノイマンとチェコ・フィルによる演奏は、高雅ともいえるほど格調が高い。

純粋で率直、少しの誇張もなく名曲を表現している。

これらの曲は彼らの血肉に伝えられてきた音楽であり、素晴らしく彫琢された表情が意味深く、また民族的な感情を最も純粋な形で示している。

ノイマンの民族的な感情がその中に自然に浸透し、実に音楽的な演奏となっている。

ドヴォルザークは、まさにノイマンの自家薬籠中なものだが、年輪も加わり淡々としたドヴォルザークとして味わいが出ている。

地味だが熱い情熱を内に秘めた第7番を、ノイマンはじっくりと味わうように進めていく。

第8番は、第1楽章第2主題の素敵な味わい、昔の思い出を回想するような第2楽章、抑えた表情のスケルツォ、ゆっくり目なテンポのフィナーレと、全曲を一貫して大人の芸が楽しめる。

ノイマンの「新世界より」は少しの誇張もない着実な演奏だ。

ノイマンの「新世界より」は、率直に押していく演奏で、造形的な歪曲や粘りがなく、はつらつとして生命がみなぎり、実に爽やかな印象を与える。

端正な造形はノイマンの新古典主義的な主張と感性を確実に示しているが、その内部に激しい生命感をたたえ、音楽の自発性と流動性を与えている。

音楽的には純正で格調が高い表現だが、それでも第2楽章をたっぷりと歌わせて豊かな情感を伝えてくる。

演奏者たちのルーツにあるのがこうした作品なので、それは当然のことといえるだろう。

したがって優れた作品であればあるほど、演奏の出来栄えも素晴らしい。

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classicalmusic at 10:16コメント(0)トラックバック(0)ドヴォルザークノイマン 

2009年12月05日


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ムラヴィンスキーのおそらく最後の録音となるもの。

彼はこの後一切の録音を拒絶したとも言われる。

ムラヴィンスキーは、ショスタコーヴィチの作品の多くの初演を手がけてきた人で(この曲も)、ショスタコーヴィチの音楽に対する理解が深い。

これは、そうしたこの巨匠ならではの、堅固そのものの目のつんだ表現で、そのみずみずしい表情は、たとえようもない。

演奏は第1楽章冒頭のチェロ、バスからまさに豪壮な力に満ちあふれている。

音楽には驚異的な精確さと精気があり、重量物が突進するような推進力があるのが楽想にふさわしい。

圧倒的で巨大な表現ともいえるが、ことさら作品の標題的な性格を強調せず、むしろ純音楽的な表出をしながら、器量の大きいスラヴ的力感をもった、西欧の演奏には望めないものを示している。

トゥッティの響きにも独自のコクがあり、随所にムラヴィンスキーの大きな風格が示された作品を手中に収めた劇的な表現だ。

金管はもとより、木管も弦と明らかにロシアの響きを感じさせる。

ショスタコーヴィチの作品の求めていた響きが、まさにここにある。

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2009年12月04日


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チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、後期ロマン派のピアノ協奏曲を代表する一組で、ともに輝かしいヴィルトゥオジティと豊かな感情(多分にロシア的な)が結びついている。

ルービンシュタインは、キャリアから見てもこの2曲のソリストとして最高の一人である。

彼は戦前からヴィルトゥオーゾとしての名声が名高く、濃厚な感情表現で知られていた。

それは時として演奏に一種の重さを感じさせたが、円熟にしたがって感情の表現はより自然になり、深みを加え、晩年には枯淡の境地さえ感じさせた。

チャイコフスキーの協奏曲第1番について。「この曲をむやみやたらに速いテンポで弾いて、自分たちの技を示そうとする人たちがいるが、私はこの美しい作品を本来の形に再確立したい」とルービンシュタインは言っている。

全体にゆったりとしたテンポで堂々と弾きあげた演奏で、19世紀のヴィルトゥオーゾの流れを汲んだ、いかにもこの巨匠らしい演奏だ。

ラフマニノフの協奏曲第2番も彼の得意のレパートリーで、グランドスタイルとでも呼びたい雰囲気豊かな演奏を聴かせる。

ここではテクニックと感情表現が溶け合っており、しかも温かい感触がある。

彼はこの曲をたびたび録音しているが、オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団の演奏には、彼と共通する特徴があり、演奏の雰囲気をいっそう豊かにしている。

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2009年12月03日


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エリオット・ガーディナーがジュースマイヤー版を用い、オリジナル楽器によるオーケストラを起用して、この作品を再現している。

彼は過剰なレガートがロマン的な思い入れを一切排除して、すべてのセクションの動きを鮮明にし、引き締まった演奏を展開している。

多少、激しすぎる部分もあるが、モーツァルト晩年の思いを鋭く示した演奏だと思う。

また、モンテヴェルディ合唱団、イギリス・バロック管弦楽団、両者のアンサンブルの隙のない緻密な演奏も、この演奏の長所。

かつて愛聴していたワルター、ベーム、カラヤン、バーンスタインなどの演奏にもまた愛着はあるが、しばらく前からその分厚い響きやロマン的ともいえる情感をたたえた表現より、このガーディナーをはじめとするオリジナル楽器による演奏を聴くことが多い。

特にガーディナーの演奏は、同じくオリジナル楽器によるアーノンクールのように劇的ともいえる激しさはないが、合唱とオーケストラとの簡潔でバランスのよい響きが明快であり、その多彩な響きと自然な音楽の流れは積もった汚れを拭きとったかのような新鮮さがあり、これが本来の姿ではないかと思わせる強い説得力をもった演奏である。

独唱者ではバスのホワイトの、〈トゥーバ・ミルム〉でのオペラ風の歌いぶりが気になるが、他の3人はよく歌っており、中でもソプラノのボニーの透明な歌声と率直な歌いぶりが、モーツァルトの宗教曲にはふさわしい。

それに加え、アルトのフォン・オッターとテノールのブロホヴィッツも、整った歌いぶりでアンサンブルを美しく形成している。

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2009年12月02日


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ロッシーニの《弦楽のためのソナタ》全曲とドニゼッティの珍しい弦楽四重奏曲を2組収めたこのアルバムは、かつてヴィヴァルディも愛したという美しい響きのコンタリーニ宮でイタリア合奏団が1987年に録音した名盤。

ローマ合奏団の伝統を継承・発展させるために1980年に設立されたイタリア合奏団も、現在はメンバーの半数が入れ替わった。

ここで演奏しているのは設立時のメンバー。

イタリア合奏団の一糸乱れぬアンサンブルから生み出されるその豊麗な音色は、あのイタリアの抜けるような青空を思いおこさせる。

イタリア合奏団の明るい響きが溌剌とした演奏を生み出し、活気に満ちた表現をみせてくれると同時に、ロッシーニではドラマティックな作曲者としての片鱗を、この初期の作品の中に描き出しているのが興味深い。

ソナタ第2,4,5番の第2楽章など、まるでアリアのような美しい旋律を心ゆくまで歌わせており、イタリア人の歌心がもろに出た演奏で、実に楽しい。

豊饒な音、明るく楽しい響き、磨きあげられたカンタービレによって、溌剌と画期にみちた表現をみせるロッシーニも、アリアのような美しい旋律を心ゆくまで歌わせて魅力ある演奏を生み出しているドニゼッティも聴きもの。

ドニゼッティもメリハリをきちんとつけた好演奏。

音楽の源にいい風が吹いている。

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classicalmusic at 04:14コメント(0)トラックバック(0)ロッシーニ 

2009年12月01日


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いかにもグリュミオーらしい艶美な音色と、軽快なリズム感の光った名演である。

この人は、ヴァイオリンの名器を数多く弾きこなしてきたことでも知られており、ここでは「前ジェネラル・デュポン」というストラディヴァリウスを使って弾いている。

そのせいか、このモーツァルトは本当に華麗で美しい音色をしている。

まるで春の夜の雨に濡れた舗道が光り照らされているかのようだ。

もしくは澄み切った青空のような音と喩えることもできよう。

グリュミオーの新鮮な音と表現は、モーツァルトにぴったりである。

しかもリズムが良いため、いっぱいに歌う箇所でも旋律線が少しも崩れず、それが音楽の清潔さを呼んでいる。

テクニックも見事で、自在に弾きながら洗練されている。

卓抜な技巧で、彼の十八番としている作品のひとつを演奏しているだけに、聴いたあと、すがすがしく爽快な気分が残る。

美音家のグリュミオーだけに、モーツァルトの音楽の典麗優雅な気分を、巧妙に表出している。

軽快でリズミカルな表現も抜群だし、抒情的でロマンティックな旋律の歌わせ方にもひかれる。

デイヴィスの指揮も含め、これほど音色も演奏もモーツァルトそのものといって良い録音は他に絶対に無い、と言い切ってしまいたいほどである。

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