2010年02月

2010年02月28日


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ヴァント&ベルリン・フィルのブルックナー「ロマンティック」は文句なく素晴らしい。が、同じ曲の、まったく違う意味で素晴らしい演奏をヴァントはもうひとつ残してくれている。彼が死ぬ前、最後のコンサート・シリーズで演奏したときのライヴ盤だ。オーケストラは北ドイツ放送交響楽団。

頭の部分をちょっと聴いて、まず「あれ?」と不審に思う。あのヴァントならではの精密感がない。緊張感がない。安定感がない。やはり老齢ゆえ、くたびれてしまったのか。

その代わり、明るい。不思議に明るい。

この演奏の聴きどころは、第1楽章の後半以降から始まる。音楽がだんだんミステリアスになってくる。もう、かつてのヴァントのように、考え抜いた音を厳格に配置するといった強い音楽ではない。音は、考え抜いてそこに置かれるのではなく、飄々と鳴っている。

第2楽章は驚くべき静粛さを持ち、まるで静かな和室で墨絵を観賞しているかのようだ。

あらゆる音に愛惜がこもっている。オーケストラがひとつの楽器として演奏している。誰も、どの楽器も突出しない。沈黙の深さにも打たれる。

これこそ、生命の最後の最後でなければ演奏できない音楽だ。こんな音楽を聴いていると、時間が止まってしまう。

第4楽章のコーダも感動的だ。力がすっかり抜けている。力みはまったくない。金管楽器がよけいな表情もなく演出もなくゆっくり上昇するだけで、なぜこれほどまでに澄み切った切々とした音楽になるのか。

ヴァントがこんなふうに演奏したことは、今までなかった。本当に最後の音楽という感じがした。

このとき、前半にはシューベルトの交響曲第5番も演奏された。シューベルトはヴァントのお得意の作曲家だった。

この第5番も、最晩年とはいえ軽快なテンポで、しかし急ぎすぎず、各部分の意味を明らかにしながら進んでいく。

第2楽章など、まさに黄昏の美しさというほかない。幽玄という言葉がふさわしい。

このブルックナーとシューベルト、大芸術家の白鳥の歌といって、まったく過言ではないだろう。

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classicalmusic at 12:45コメント(0)トラックバック(0)ヴァントブルックナー 

2010年02月27日


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1990年代に入ってからのヴァントには目を見張るものがある。

2曲とも近来稀にみるすばらしいベートーヴェンではないだろうか。

そのすばらしさは一言で言えば虚心坦懐の芸であり、自分を虚しくして作品に奉仕し、演奏という行為に客観的情熱と経験の豊かさを注ぎ込んでいる点にあろう。

結果としての演奏は虚飾からも演出からも遠い作品そのものの姿を見せるものとなるが、その姿はまたなんと輝かしく、清冽な喜びに満ちあふれていることだろうか。

若き日の作曲者の生命の鼓動を聴く演奏と言いたい。

第1番は1986年の録音には存在した荒々しいまでの力強さはここでは影を潜めている。

音楽はいっそう無駄がなく、落ち着き、それでいて、まるでモーツァルトのような軽やかさすら感じられる。

上質の遊戯感がある。透明感がある。極度に洗練された演奏なのだ。

たとえば、何気ない細かな箇所に表れる美しさといったら。

第2楽章はまるで墨絵のようだ。1986年の演奏に比べると、とてもさり気ない。

でも、耳をそばたてて聴くと、ニュアンスの宝庫であり、上質の響きの交響楽だ。

この1997年の演奏、それ以後も絶品だ。

第3楽章メヌエットの中間部の木管楽器のたとえようもない音色。

まったく何でもない、あまりにも簡単な音楽なのに、寂しげで、切なくて、諦めの気持ちまで感じられる。

胸が締めつけられるとはこのようなことを言うのである。

不思議なことだ。指揮者が高齢にならないと、こういう響きはオーケストラから出てこない。

第4楽章フィナーレも、これが80歳を過ぎた老人の音楽家と驚かされる軽快感があって、各楽器がこれしかあり得ないという絶妙のバランスで混ざり合っていて、至純とでも言うほかない音楽だ。

第2番は何よりもどの楽章もテンポがぴったり。この巨匠には老醜は無縁だ。

冒頭の序奏から弦ののびる音や躍むリズムが耳をひく。主部はオケも音楽ものりにのって爽快そのもので、緩徐楽章も尋常ではない。

普通の演奏なら初期の未熟な楽想と思われるところが、ヴァントの手にかかると、どの瞬間も意味深く新鮮に聴こえる。

終楽章の運動性も見事。

ヴァントの精密な演奏を堪能してしまうと、他の大半の指揮者の音楽が大味に聴こえてしまうだろう。

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classicalmusic at 14:37コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンヴァント 

2010年02月26日


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オランダの名指揮者ベイヌムは、長らくオランダの名門コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者として活躍してきたが、ステレオ録音が本格化した矢先に、しかも指揮者としてはこれからが円熟期という58歳の若さで急逝した本当に惜しまれる指揮者であった。

バッハ、ヘンデルからドビュッシー、シベリウス、バルトークからさらにはストラヴィンスキー、ブリテンに至る幅広い作品で名演を聴かせたベイヌムだが、オーソドックスなブラームスの交響曲は最も定評の高かったもので、今なお輝きを失ってはいない。

骨格がしっかりと据えられた骨のある演奏で、洒落っ気はないが、真の誠実さ、謙虚なる客観性に火がつくとどんなに凄いことが起きるかをまざまざと体験させてくれる。

ベイヌムは目立たない指揮者、どちらかといえば職人肌の指揮者だったが、終楽章に聴かせるバロック的壮麗さなど、他のどんな名指揮者も実現させ得なかった熱い興奮の世界へと誘う気迫が充満、往時の名声のほどを偲ばせる。

さらに特筆されるべきは1950年代のコンセルトヘボウ管弦楽団の優秀さであろう。

響き全体に風格があり、アンサンブルは格調高く、しかも折り目正しく、ソロには威厳があって、オーケストラそれ自体が一つの芸術品であることがよく分かってくる。

またオーケストラ・サウンドに豊かなブレンド感がありながら、各セクションそれぞれに独自の色と香りがあり、それらが混濁することなく見通しのよいアンサンブルを編み上げていくあたりも出色である。

もちろん世界最高の音響特性を誇るコンセルトヘボウでの収録だが、半世紀前の録音からもホールの優秀さが感じ取れるというのは、考えてみれば奇跡のような事件であろう。

なるほどホールも楽器だと再確認させられる。

名演奏家の数だけ名盤が存在する。だが不幸にして聴き手が出会える数は限られている。この1枚は大切だ。

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classicalmusic at 18:34コメント(6)トラックバック(0)ブラームス 

2010年02月25日


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不世出の大リート歌手フィッシャー=ディースカウは、主要な作曲家の男声用リートをほとんど録音しつくすという偉業を成し遂げたが、そのなかで最も成功しているのがこの『シューマン歌曲大全集』だ。

それまでシューマンのリートはロマンティックな抒情一本槍と思われがちで、ほとんどの歌い手は愛のよろこびと苦しみの表情づけに余念がなかった。

しかしフィッシャー=ディースカウはシューマンのリートのなかに、たんに愛の表面的な一喜一憂だけでなく、それによって来たる内面の心理を深く掘り下げ、本来シューマンが目指していた深層心理の世界をこれまでにない斬新さで開いて見せたのである。

当時は地理的な世界発見の時代で、地図の空白を埋めようとする冒険が盛んに行なわれたが、その一方で心の未知の世界を覗き見ようとする内面の冒険も試みられつつあった。

シューマンはその先駆者となり、狂気の危険を冒してまでも心の謎の部分に踏み込もうとしていた。

とくにリートの場合、声は意識やたてまえを歌い出すのに対し、ピアノは無意識と本音をひびかせる。

その複雑な心理構造をはじめて明快に解き明かし、しかもポエジーを失うことなく、総合的にシューマンのリートの世界をとらえ得たのがこの演奏だ。

そのためにはピアノとの完全な釣合いが必要だが、エッシェンバッハはそれにぴったり。

2人でスケールの大きな、同時に心理の襞にこまやかにふれる演奏を実現している。

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classicalmusic at 18:33コメント(2)トラックバック(0)シューマンF=ディースカウ 

2010年02月24日


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ブラームスのピアノ協奏曲第2番は、時間的に長大なだけでなく、演奏者に肉体的にも精神的にも強靭さが要求されており、またピアニスト、指揮者とオーケストラとの緊密な協調も必要とする至難な協奏曲であるにもかかわらず、優れた演奏が多いのは、演奏家が録音に慎重に対処するためであろう。

ブラームスはオーケストラ・パートが何より素晴らしい。

カラヤンはベルリン・フィルから驚くほどの分厚い迫力を弾き出し、スケールの大きな造形でシンフォニックに鳴らし切っている。

その上やるせない情感の表出も充分だ。

アンダはそのカラヤンの器の中にすっぽりとはまりこんでいる。

優れた音楽性を土台にしたリリシズムと、澄み切った空気のように歪みのない流れがあり、わけてもピアニッシモの美しさは無類といえよう。

グリーグは硬質の澄んだタッチのピアノで、この曲の透きとおるように美しい抒情を十全に表出。

柔和で充実した響きのクーベリックのベルリン・フィルが、さらにそれを支え、総合的に高レベルな演奏となっている。

アンダはクーベリックの指揮するベルリン・フィルの時に湧き立つような流麗なオーケストラにのせてロマン派正統の音楽を聴かせる。

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classicalmusic at 02:05コメント(0)トラックバック(0)ブラームスグリーグ 

2010年02月23日


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アンネ=ゾフィー・ムター(25歳)が、ブルーノ・ジュランナ(55歳)、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(61歳)といった2人のヴィルトゥオーゾに支えられ、初めて室内楽録音に本格的に取り組んだアルバム。

2人の大家と新進女流による演奏である。

1988年、パリでの録音。

ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという旋律楽器によるトリオ編成は、それぞれに洗練された感性と高度な技術が要求される表現形態だが、ここに聴く弦楽トリオはアンサンブルの難しさを克服している。

ここでの聴きものは作品9の3曲で、ベートーヴェンの音楽の要求に応えて、3人があたかもソロを受け持っているかのように、それぞれが力感をこめた柄の大きい演奏を繰り広げている。

作品9の3曲の、これほど見事な演奏は聴いたことがない。

このトリオは、弦楽三重奏のアンサンブルの難しさを見事に克服している。

透明度の高い響きの中で、3声部の動きと絡み具合が目に見えるように浮かび上がり、第3番第1楽章など非常に深い音楽内容の堂々たる音楽だ。

ベートーヴェンの《弦楽三重奏曲》の最高傑作群を、情熱と深みと繊細さを兼ねそなえた透明度の高い響きでのびのびと歌い弾んでおり、スケールの大きな音楽を作り上げて、見事なアンサンブルを聴かせている。

ときには室内楽的演奏からはみ出し荒々しく感じられることもあるが、スケールと音楽の容量の大きさはさすがである。

これまであまり重要視されなかった作品だが、この演奏により再評価されるのではないだろうか。

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classicalmusic at 00:40コメント(0)トラックバック(0)ムターロストロポーヴィチ 

2010年02月22日


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S=イッセルシュテットのベートーヴェンは、全9曲の解釈が首尾一貫しており、その意味でひとつのスタンダードを確立した集成である。

ウィーン・フィルの優美な音色と持ち前の演奏様式に、この指揮者のドイツ的明晰さと峻烈な気質が加わり、すべて中庸の解釈を示しつつも高雅で底光りするような音楽を聴かせる。

なかでも第1,5,6,8番は傑出しており、新古典主義的ベートーヴェン演奏の規範といえる。

他の曲も毅然とした北ドイツ風の厳しさを持ち、作品そのものに語らせようとした着実な表現である。

「英雄」も高雅にして晴朗、実に格調が高い。古典交響曲としての「英雄」像が毅然としてそびえ立つ演奏だが、その均衡感の強い造形は適度の緊張感によって支えられている。

第2楽章の「葬送行進曲」も内面に深い想念をたたえた表現である。

「第5番」は作品の闘争的な一面を適度に抑えることで、古典的ソナタ形式の極限ともいえる構成美を端正に表わした名演。

同じドイツでも感興のおもむくままに指揮をするフルトヴェングラーのライヴ録音などとは対照的な位置にある。

「田園」はきわめて古典主義的で格調が高い。しかも晴朗な表現の中に北ドイツ風ともいえる厳しさと克明さがあり、単に古典的な純粋性を志向した演奏とは異なっている。

よいバランス感覚をもった安定感のある演奏で、それぞれの楽章を丹念に磨きあげ、一点のゆるぎもない、しっかりとした音楽をつくりあげている。

ウィーン・フィル特有の美しい音色も生かされており、演奏としてのまとまりの良さは特筆できよう。

「第8番」はさらに傑出しており、ウィーン・フィルの鮮明な音色と合奏美が指揮者の適切なコントロールによって実に美しく演奏されている。

S=イッセルシュテットの全ての録音の中でも特にすぐれたものだ。

「第9」も端正な構築美をもった演奏だ。

S=イッセルシュテットは古典ソナタ様式の究極ともいえる作品美を徹底しており、ある意味ではスタンダードとなり得る表現だ。

それはあらゆる面で中庸な解釈ともいえるのだが、その中庸は指揮者の非凡な音楽性と直結している。

声楽部も優秀で、よく歌っている。

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classicalmusic at 04:23コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェン 

2010年02月21日


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S=イッセルシュテットは、古典派からロマン派全般にいたるドイツ音楽を得意としていた。

ここでも、重厚な響きでメリハリをきちんとつけた、端正な演奏をおこなっている。

力強くたくましい曲でもS=イッセルシュテットは、大上段に構えるような指揮はしないが、これらの曲でも自然な流れを大切にしながら、ウィーン・フィルの魅力を素直に引き出していて好ましい。

「第2番」は冒頭から激しさを感じさせながら、その端麗さは比類がない。

ウィーン・フィル独特の魅力的な音色ににドイツ的雄渾さを加えた演奏というべきだろう。

あまりにも古典主義的で均整のとれた演奏であるため、かえってベートーヴェンはこれだけではないという反発を感じるほどだが、ここまで徹底するともう立派としかいいようがない。

「第4番」の格調の高さにも感心させられる。

「演奏からできるだけ主観的なものを取り除き、作品そのものによって音楽を語らせる」と、S=イッセルシュテットは生前言っていたが、そうした彼の長所がにじみ出ているのが、この「第4番」で、ハッタリや作為の少しもない、きわめて自然体の演奏である。

全体のバランスを大切にしながら、整然とまとめているのが特徴だ。

ウィーン・フィルを用いているだけに、音色の美しさも魅力のひとつで、「ふたりの北国の巨人にはさまれたギリシャの乙女」と述べた、シューマンの言葉がうなづけるような、やさしくあたたかなベートーヴェンとなっている。

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2010年02月20日


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コープマンの指揮者として初のバッハであった。英独仏のオリジナル楽器の名手を揃えている。

第1番第1楽章は自由な思い切った強弱がつけられ、第4楽章ではストレートなテンポであっさりと進めるなど、一口にはいえないバッハだ。

第2番のトランペットが古雅で詩的、オーボエやブロックフレーテとの絡みも美しく、第3番は気取ったリズムの弾みや強弱の表情が面白い。

第4番のブロックフレーテの渋い音色、第5番のフルートの瞑想的な訴えも最高だし、第6番はロマンティックなテンポの動きと情感に惹かれる。

度肝を抜くような快速さで驚かされたのはムジカ・アンティクヮ・ケルンの演奏であったが、それは一種のスポーツ競技の爽快さとスリルをもたらしてくれたものの、繰り返し聴くうちに、音楽の重要な要素がどこか欠けているような物足りなさを覚え、いつしか聴かなくなった。

翻って、トン・コープマンの率いるアムステルダムの名手たちの音楽はすこぶる表情が豊かで、聴く度にバッハ音楽の神髄のようなものの新たな発見に導いてくれる。

前者のような誇張的表現によらず、音楽の愉悦と協奏曲としての妙技性を十分に楽しませてくれる。

第5番のチェンバロも聴きどころだが、ヴァイオリンを外した第6番の弦楽器、第2番の木管楽器の響きなども魅力的だ。

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classicalmusic at 00:02コメント(0)トラックバック(0)バッハ 

2010年02月19日


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カラヤンの1961年の録音は、オケがウィーン・フィルであることが大きな魅力であり、同じウィーン・フィルとの1985年の録音よりもよりストレートな表現で、みずみずしく感興豊かな溌剌とした演奏を展開している。

カラヤンらしく旋律をしなやかに歌わせており、随所に個性的な表情があるが、さすがに音楽的には一分の隙もない。

カラヤン=ベルリン・フィルの演奏は、ときに技に溺れすぎるというのか、精妙さが突出しすぎてしまい、それがいかにも作りものめいた印象を強めてしまうことがある。

例えば、このコンビによる1979年録音の「第8番」がその一例ではあるまいか。

ところが、カラヤン=ウィーン・フィルの場合には、ベルリン・フィルのときほど人工的な精妙さが突出しない。

思うに、ウィーン・フィルの弦の響きの艶と厚みが、精妙さの前面に出てくるためだろう。

この弦の特質を生かして、カラヤンはドヴォルザークの親密感あふれる田園的な"歌"を、心ゆくまで奏でている。

このウィーン・フィルとの演奏は高度なアンサンブルに加えて、優美な歌と音色の魅惑に満ちている。

ウィーン・フィルがもつ歌い方の妙と音の美感が十全に発揮され、この曲の魅力が全開といったところだ。

ともすると音の仕上げに磨きをかけすぎて音楽の中に脈打つ生命感を殺してしまうことのあるカラヤンだが、この曲では、しなやかに歌いつつ、音楽が自然でつねに生きている。

カラヤンがウィーン国立歌劇場に在任して、ウィーン・フィルとの緊密な仕事を続けていた時代の最高の成果のひとつであると思う。

その後のふたつの録音も見事だが、この演奏には華がある。

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classicalmusic at 04:16コメント(0)トラックバック(0)ドヴォルザークカラヤン 

2010年02月18日


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「ロマンティック」はテンシュテットによる初のブルックナー/交響曲録音であった。

ハース版使用と記されているが、実際にはノヴァーク版を用いた演奏らしい。

テンシュテットの器量の大きさは、こうした作品を指揮するとよく生かされるようだ。

彼特有のおおらかな開放感と、様式的・内面的な厳しさを共存させた表情だが、それが感興豊かな音楽の原動力となっている。

テンシュテットの演奏には、一歩一歩作品の核心へと分け入るドラマティックな緊張感と気宇壮大なスケールの大きさがあり、実に説得力あふれる世界を形作っている。

ベルリン・フィルを得たことも大きな魅力で、分厚い弦の響き、輝かしいブラス・セクションの充実が著しい。

アンサンブルは克明・精緻で、ベルリン・フィルの優秀な技術を証明している。

「第8」は頑固でスケールが大きく、いくぶん無造作で、活気に富んだブルックナーだ。

よい意味でワイルドな音楽ともいえる。

それだけに押してゆく勢いがあり、構造的には率直にまとめられている。

テンシュテットは恐らく細部にはさほど配慮していないのだろう。

スコアのデュナーミクの指示もかなり自由に処理されており、神経質なところがないのは、ブルックナーの野人的な一面を期せずして表している。

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2010年02月17日


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シューリヒトのモーツァルトは、きびしい造形のなかから精彩にみちた生命力を表した、これこそ本当の音楽と言えるものだ。

2曲とも雄渾で、激しい共感が音に表れた演奏で、そのきびしい表情は、他に比べるものがないほどだ。

2曲ともに率直な解釈で、さすがに大きな風格があり、一流とはいえないパリ・オペラ座のオケから堂々とした生命力豊かな音楽を引き出している。

「リンツ」には随所にこの大指揮者の感興が示されている。

しかし、オーケストラのアンサンブルが粗く、技術的にも劣るので、いかにシューリヒトといえども、モーツァルトの純粋美を表出することは難しい。

「プラハ」は一段と香り高く、シューリヒトに限らず、過去に行われたすべてのモーツァルトの録音の中でも、ひときわ高く聳える奇跡的な名演。

猛烈なスピードによる一気呵成の名演だが、そのなかにまるで川面に揺れる光のような儚さが美しい。

よく聴くと、シューリヒトの読譜の深さによって用意周到に演出されたものであることが分かる。

シューリヒトの気品高い表現は、いまも存在価値を失わない。

これでオケがもっと良質なら、と惜しまれる。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトシューリヒト 

2010年02月16日


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ブラームスはシューリヒトがレコードに残した最上の遺産のひとつ。

第1楽章は、テンポの緩急の大きさに驚かされる。経過句を速めに流したかと思うと、大事な主題でガクンとテンポを落とすのだ。

ことに、第2主題の濃密なカンタービレは、望郷の念に胸焦がれるような強い印象を残す。

それにしても音楽の勢いが尋常ではない。聴き手は、まるで波乗りコースターの先頭座席にいるように、風を切るスピード感と目眩く景色の変化に翻弄されるが、決してスポーツ感覚ではなく、あくまで精神的な歓びを伴う。

第2楽章も、熱い魂の調べだ。ロマンの灯がときに大きく、ときに小さく揺らめくので、聴く者の心も大きく揺らいでしまう。

第3楽章では鄙びたオーボエを筆頭にウィーン・フィルの魅力が全開であり、フィナーレの推進力も凄まじい。

全体に、技という技を尽くしながら、大仰な感じ、恣意的な感じは一片もなく、爽やかさに終始しているところがシューリヒトらしい。

ベートーヴェンはいかにもドイツの巨匠シューリヒトらしい表現で、落ち着いたテンポと堅固な表情で一貫しており、細部まで克明・着実な演奏である。

しかも気品が高く、音楽の底に毅然とした厳しい姿勢を感じさせる。

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classicalmusic at 02:09コメント(0)トラックバック(0)シューリヒトブラームス 

2010年02月15日


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ライナーはドレスデン国立歌劇場の音楽監督時代(1914-21)に親交があったR.シュトラウスをとくに十八番といえるレパートリーの1つであった。

そして、ライナーとシカゴ響による残されたステレオ録音は、そのどれもがかけがえのない名演にほかならないが、このシュトラウス管弦楽集は、なかでも傑出した名演になっている。

両曲ともライナーがシカゴ交響楽団の音楽監督に就任して間もなく録音されたものだが、オーケストラを完全に掌握し、その能力を余すところなく発揮させているのに改めて驚く。

ライナーの演奏は響きや表情を必要以上に磨きあげたり、華美すぎることなく、その抑制利いた演奏は作品の本質を深く鋭く表現していて、まったく過不足がない。

シュトラウスの様式感の特徴や独自性をまるで自分のものであるかのように巧みに把握したライナーは、シカゴ響のブレンドの良い引き締まったサウンドと精巧きわまりないアンサンブルを駆使して、ほとんど非の打ちどころのない作品の再現を可能たらしめている。

2曲とも文句のつけようのない内容であり、座右に置いていつまでも味わいたい演奏になっている。

そしてまた、他に先駆けてステレオ録音を開始したRCAの初期の録音の中でも、この2曲は演奏・録音ともに特に優れたものであり、歴史的価値も少なくない。

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classicalmusic at 18:35コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウス 

2010年02月14日


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アメリカのオーケストラ・ランキングで常に1位を保っているシカゴ響の、今日の姿をつくり上げた指揮者はフリッツ・ライナーだったと言われるが、それはショルティの指揮する来日公演の放送でも時折、レコードで聴く昔のライナーの音が顔を出して、興味深い体験をしたことから納得できる。

ライナーの指揮はいわゆる職人タイプの広いレパートリーに対応したものだが、オーケストラの機能を知りつくし、どんな表現でも可能な指揮法の大家だったライナーがつくり出すサウンドは、独特の鮮やかな効果と充実した手触りを持っていて、その音で演奏されれば、どんな曲でも立派に聴こえてしまう一種のマジックとも言えるものだった。

一般にライナーの名演はバルトークやR.シュトラウスだと言われているが、フランス音楽やスペインものも得意にしていたことは意外に知られていない。

そうした曲には「本場もの」演奏が不可欠の要素だと思われがちだが、強烈な色彩で描かれた絵よりも微妙な色合いの変化で楽しませる作品の方が印象的であることを、彼の指揮したラヴェルは教えてくれる。

特に「スペイン狂詩曲」の冒頭でオーケストラが柔らかい漂うような音で透明に重なり合うのを聴くと、今まで気付かなかった曲の効果に驚く。

もちろんオーケストラが大きく炸裂する部分ではいつも通りのシカゴ響の圧倒的な力が発揮されるが、繊細な表現により重点が置かれていることは確かだ。

そしてそうした細部をリアルな存在感を持って表現した録音が重要な意味を持っていることに改めて気付く。

フルトヴェングラーやストコフスキーのような強烈な個性で圧倒するタイプの指揮者は、どんな録音の状態も越えて表現が伝わってくるが、つくり出すサウンドが重要な指揮者は、こうした演奏行為の空間がそのまま収録されなければ、表現の多くが失われてしまうからだ。

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classicalmusic at 03:34コメント(0)トラックバック(0)ライナーラヴェル 

2010年02月13日


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素晴らしく精緻な演奏。これほど見事なアンサンブルを聴かせるブルックナー演奏は数少ない。

ショルティは時に彼自身の個性を強く打ち出してわずかに聴き手に違和感を与えることがあるが、ここでの解釈はテンポを無用に動かさず真正面から作品に対している。

シカゴ響の威力あふれるアンサンブルと響きが相まって、実にスケールの大きい演奏を展開している。

なかでも傑作は後期3大交響曲。

「第7」は聴き手を、ショルティの芸術世界に引き込まずにはおかない素晴らしい演奏だ。

作品全体を貫く挽歌の雰囲気を、深沈とした歌で表し、情感のうるおいを確かな手応えで表出。

シカゴ響の響きも磨き抜かれたもので、つややかで美しく、豊かな表現力を発揮する。

第2楽章の抒情感もこの上なく豊かに示されている。クライマックスの高潮も指揮者のスケールの大きさを存分に表している。

終楽章の仕上げの見事さは完璧と言えるほどだ。

「第8」では、きわめてがっしりとした構築で、この曲のもつ深い宗教的で詩的な情感を巧みに表出しており、その卓抜な手腕には驚く。

「第9」では、古典的といえるほど堅固な構築をつくり、そこに歌の流動性を合わせもつという至難の技をいとも容易に実現している。

特に第1楽章では、クレンペラーの名演を想起させる悠揚たるテンポと、激烈と甘美の2つの主要楽想の表現、そして悪魔的なまでの高揚を聴かせ、これまでのショルティとはひと味違った奥行きの深さを感じる。

これはまさに"究極のブルックナー"と呼ぶにふさわしい。

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classicalmusic at 15:52コメント(0)トラックバック(0)ブルックナーショルティ 

2010年02月12日


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指揮者としてのロストロポーヴィチの最良の姿を刻印しているディスクとしては、やはり1976年に録音された当チャイコフスキーの交響曲全集が、最初に指折るべきもののひとつといえるだろう。

ロストロポーヴィチは既成概念にとらわれない独自の表情で、これらの曲を劇的・明快に再現している。

とにかく、ここには作曲者チャイコフスキーの一言一句が指揮者の内部で血肉化しているといえよう。

その上で、熱い共感が指揮者独自の身ぶり、手ぶりのきわめて大きな音楽作りによって、各曲を通して再現されている。

かなり感情過多の演奏内容だが、それでも全体を白けさせないだけの強い説得力を、この全集は持っているといえよう。

交響曲第1〜3番では、民族的な旋律が実に豊富なニュアンスをもって演奏され、音構造も的確・明快に表出される。

第4〜6番も徹底した表現で、音楽が存分に歌い、劇的に起伏し、あらゆる音と表情が確信をもって広がる。

スケールの大きさも特筆もの。

他の曲も入念でこくのある、素晴らしい音楽だ。

ロンドン・フィルも熱演で応じている。

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2010年02月11日


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ショルティの当オペラの初録音にして、ワーグナー・オペラ全曲録音の最後を飾った。ショルティはこれでワーグナーの主要なオペラをすべて録音したことになる。

ショルティが求めていた理想的なキャストによる「ローエングリン」である。

演奏は、いかにもショルティらしい、彫りの深い精密な表現で、しかも、デリケートで変化に富んだ情感を豊かに表出しているあたり、この人の年輪の深さを感じる。

あらゆる点に周到な目配りと配慮にいきとどいた表現で、音楽の細部はすこぶる正確な精妙さで一分の隙もなく整えられており、音楽とドラマのデリケートな色調や、襞や陰影や情感の明暗を表出している。

以前のショルティのようなゴリ押しはなく、音楽は自然に、豊かに流れ出ていく。

ウィーン・フィルも豊麗な音色と清澄な響きで聴かせている。

独唱陣のなかでは、ノーマンのエルザとドミンゴのローエングリンが出色だ。

この主役2人の声の豊麗さと肉感的なほどの美しさはとび抜けている。

もちろん、ワーグナー独特の朗唱法をきちんと守りながら、見事な歌唱を聴かせている。

また、ヘールルーファー演じるフィッシャー=ディースカウや、テルラムントのニムスゲルン、オルトルートのランドーヴァらの磨き抜かれた歌唱も見事。

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2010年02月10日


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ヴェンゲーロフは1974年生まれのロシアのヴァイオリン奏者である。既に10代の頃から演奏活動を繰り広げているが、早くから世界の第一線で活躍してきた実績を持ち、紛れもない天才と言うべきであろう。

ヴァイオリンという楽器をただ単に上手に操るのではない。ヴァイオリンを通して彼自身の心の状態を雄弁かつ柔軟に物語ることのできる音楽家なのであり、そこで繰り広げられるドラマの真実性と詩情の無垢なる美しさに聴き手は魅了されてしまうのである。

もちろんその世界は採り上げる作品次第でいかようにも変化するが、これら4作品では真摯な演奏家としての姿勢が明確に刻印されている。

ヴェンゲーロフのヴァイオリンはただ快くは歌わない。彼のヴァイオリンは聴き手の心に放たれる弾丸であり、そこにある鋭さと求心力がヴェンゲーロフが今、なぜこの作品を採り上げるのかを自ずと語る演奏になっている。

言葉はいらない、説明も不要、音そのもの、音色そのもの、カンタービレそのものが作品の核心を解き明かしていく壮大な旅のような演奏であり、結果的にそれが聴き手と作品とを熱い絆で結びつけていくのである。

サポートするのはロストロポーヴィチ。これら2人の偉大なる作曲者を直接知る音楽家の指揮は、これまた使命感を裏付けとした深い味わいと雄弁なる説得力がある。

もちろんロストロポーヴィチは年齢的にはヴェンゲーロフの祖父のような存在だが、両者は作品にともに魅せられた一音楽家同士として向かい合っている。

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2010年02月09日


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この全集は1972年度のフランス・ディスク大賞、同年のオランダ・エジソン賞を受賞しており、欧米では現在もたいへん高い評価が与えられている。

さらに1962年にはハイティンクが国際マーラー協会の名誉会員に推薦されており、1971年に国際マーラー協会から金メダルを贈られている。

我が国におけるハイティンクの評価は、大器晩成型と評され、1980年以前の録音はあまり評価が芳しくないようだ。

しかし、上記のように、ヨーロッパでは既にハイティンクのマーラーには定評があるのである。

ほぼ同時期に完成されたバーンスタインの「刺激的」なマーラーに対して、ハイティンクのアプローチはより音楽的で美しい。

なめらかに流動する充実感の強い音楽で、構成的にも隙がない。

ハイティンクは、オーケストラのすぐれた技巧を生かしながら、マーラーの表現を透明に表すことにすべてを捧げている。

緻密なアンサンブルもマーラーの場合は必須のものといえるが、その点でも申し分ない。

コンセルトヘボウ管という、メンゲルベルク、ベイヌムが手塩にかけて育んだ素晴らしい音楽性を持つオーケストラの感性豊かな魅惑的な演奏と共に、ハイティンクはこのマーラー全集でも全く見事な音楽的純度の高さを示している。

たった1度だけ聴くのなら、他の録音の方が耳に残るかもしれない。

しかしこのハイティンク盤は、聴けば聴く程にその味わいを増して行く。

派手な「香辛料」も「添加物」も加えていないハイティンクの演奏は、それ故に対位法的バランスの良さと、その内に込めた内的共感の高さで我々を魅了する。

この1組は、マーラーにゆかりの深いコンセルトヘボウでの録音ということでも、長くその価値を失わないに違いない。

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2010年02月08日


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パールマンとレヴァインという同一世代の顔合わせで演奏様式の統一がはかられ、素晴らしい演奏になっている。

パールマンとレヴァインはほぼ同世代にアメリカに育った音楽家で、どこか共通の気質を持っており、それがモーツァルトの音楽の底に流れる個性と一致して、見事な演奏を生み出している。

モーツァルトの音楽のもつ優美な趣を、完全に身につけているウィーン・フィルのバックだけに、パールマンは思い切って自分の音楽をつくりあげ、流麗に弾きあげている。

パールマンはグリュミオー同様、すこぶる美麗な音色の持ち主で、それに加え曲想の変化を巧みにつかみ、微妙に音色を変化させている。

パールマンの美しい音、それは単に感覚的な美しさだけでなく、緻密な音質と滑らかな響きをもつ。

音色が感情の動きに応じて変化し、演奏も自然な流れの中で細かく変化する。

パールマンは一分の隙もないと同時に、余裕が十分あり、それが演奏に豊かな、落ち着いたムードを与えている。

ここでは、あざやかなテクニックとともに、そうしたこまやかな音楽づくりも見事で、モーツァルトの演奏家として高い評価を得ているレヴァインの好伴奏に支えられ、のびのびと、活気をもって表現しているのがよい。

レヴァインの指揮はすっきりまとめており、オケの柔らかな響きを生かして、力とエネルギーを引き出している。

明確なフレージングで、かなり引き締まった演奏をしているが、堅さは少しもない。

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2010年02月07日


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断片や未完の作品を除いて、第24番以降のヴァイオリン・ソナタ全16曲が収められたアルバム。

一聴してヴァイオリンとピアノの流麗な響きに耳を洗われる思いがする。

パールマンとバレンボイムの2人が、全ての曲にわたって実にこまやかな神経の行き届いた、それでいて随所に鋭い踏み込みのある表現を見せる。

パールマンとバレンボイムの心の通い合った絶妙のアンサンブルが、モーツァルトの作品の魅力を余すところなく引き出している。

それは単に豊かな情感のなかに溺れるのではなく、ここには時に支え合い、時には競い合うといった、真のアンサンブルの幸福な瞬間を聴くことができる。

その安定したリズム感は抜群だ。

どの曲においても、パールマンの艶やかで繊細さを持った音色と、豊かで歌心のある表情が冴え渡っており、モーツァルトの心を隅々まで照らし出して余すところがない。

そして何よりもバレンボイムのピアノが本当に雄弁なのには驚かされる。

そのちょっとした表情のつけかたが、いかにも粋でセンスがあり、言いたいことがすっきり浮かび上がる。

また、彼のピアノは抑制され、考えぬかれた繊細な表情のなかに音楽の陰影が見事に描かれている。

まさにバレンボイムが天性のピアニストであることを強く印象づける演奏だ。

なかでも第28番と第30番は聴きものである。

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2010年02月06日


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クーベリック盤とともに、ドヴォルザーク交響曲全集の基本とするべき盤であるが、私は、クーベリックに取り憑いた暗い情念が苦手なので、本全集を座右としている。

ケルテスの瑞々しいアプローチが本全集の命だ。

1973年に夭逝したケルテスの労作だが、演奏は精力的で若々しく、情熱的な鋭い感受性と色彩的な郷土色の表出が作品の性格を深く掘り下げる。

有名な第7〜9番はもとより、普段聴く機会の少ない初期の作品も実に音楽的に興味深く聴かせる。

第1番「ズロニツェの鐘」のなんと愉しいこと!

いかにも実直なドヴォルザークらしく、くそ真面目に書かれた作品だけれど、後期作にはない素朴な魅力が何とも言えないのだ。

それを、ケルテスがほんとうにチャーミングに聴かせてくれる。

もちろん、「第6」以降の後期作も魅力満点だ。

特に「第8」は説得力が強く、鋭い感受性で曲を着実かつ流麗に表出しており、確信のこもった表情が若々しく、作品に内在する民族性もごく自然に表われている。

ケルテスの数多い演奏の中でも注目すべき秀演といえる。

音楽の構成的なかたちを内容とともにくっきりと表出した、よく練られた演奏であり、全集としても優れたものと評価したい。

ドヴォルザークの邪気のなさ、素直さを最良の形で聴かせてくれる全集である。

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2010年02月05日


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ロシアは、偉大なピアニストを生み続けている。ホロヴィッツ、ギレリス、リヒテルといった人なら誰でも知っているが、彼らよりほんのわずか前に生まれたソフロニツキー、ユージナ、フェインベルクとなると、一部の人にしか知られてない。

ところが、稀有な女流ピアニスト、ユージナのCDが出たのである。

ユージナは、感傷的なところが全くなく、決然たる演奏をする。ペダルの使用を切りつめ、楽句をはっきり区切り、音の一つ一つが、音楽の核心を貫き通すのである。

ユージナがベートーヴェンの音楽に含まれているあらゆる感情、色彩を伝えるのに成功している秘密の一つは、若い頃、哲学を学び、その結果、人文科学に対する「鍵」を彼女が受け取ることができ、またバフチーンやパステルナークなどと親しく交際したと回想していることと無関係ではあるまい。

彼女は、譜面を注意深く読み、洞察し、燃えたつような精神で鍵盤に移し変えるのである。

それにしても何と明確なリズムと見事な音色を持っているのだろう。

ヴォルコフ=ショスタコーヴィチの回想録によれば、ユージナの弾く4声部のフーガは、その声部も異なった音色をもっており、ショスタコーヴィチが驚愕したことを伝えているが、ディアベッリ変奏曲でも、冒頭の物思いに耽ったような音色から明るい色、あるいは、雷雲のような印象の音色まで、曲の内容に合わせて変化し、それにリズムのすばらしい舞踏が加わり、ユニークな演奏となる。

しかし、ユージナの演奏がユニークで誰にも似ていないのは、他の演奏家が楽譜から引き出し得なかったものを目の前に出して見せるからで、それは、曲の本質を伝え、類い稀な感動を与えるのである。

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classicalmusic at 19:06コメント(2)トラックバック(0)ベートーヴェン 

2010年02月04日


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カラヤンがDGに移籍して初の録音となる記念すべきものだが、それ以上にこのコンビがこれから大海に船出するような意気揚々とした力強さと逞しさを感じる。

アンサンブルも緻密に仕上げられ、カラヤンのスケールの大きさとオケの統率力の確かさがわかる。

ここでもカラヤン=ベルリン・フィルは、無双の威力を発揮して余すところがない。

カラヤンの演奏は、1959年の録音の方が後年のスタジオ録音といくつかのライヴ録音よりも表現の意図が徹底しており、スケールの大きな演奏の中に細部の面白さがより明確に際立っていて、演奏により若々しい勢いと情熱があり、音楽が颯爽とはばたいている。

オーケストラのアンサンブルの緻密さ、そしてダイナミックな表現力にかけては、もはや決定的ともいえる名調子である。

カラヤンは本質的にR.シュトラウスとマッチしていて、その官能的ともいえるサウンドは、他の追随を許さない絶対的なものだ。

むせかえるような官能美は、カラヤンならではの持ち味であり、ベルリン・フィルの相も変わらぬ名人芸は、特に速い部分で最高に発揮されており、この曲のソロイスティックな面白さも存分に聴かせる。

細部のしなやかな抑えとベルリン・フィルの自発性と名技が間然するところなく、一体となった演奏は、雄渾な筆致の中に作品への共感が自然に語りつくされたような美しい説得力をもっている。

特にダイナミックで、耽美的なカラリングは魅力的で、この作品のロマンティックな持ち味を完璧に描きつくして余すところがない。

室内楽的ともいえる緻密なアンサンブルと、トゥッティの対比感は絶妙を極めている。

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2010年02月03日


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バレンボイムとシカゴ響の演奏は、金管楽器をはじめこの名人オーケストラの機能を存分に生かして、とても聴き映えがする。

しかも、自信にみちた表現を細部まで実になめらかに徹底させており、その表情の豊かさもバレンボイムならではのものである。

バレンボイムはシカゴ響の機能を思いのままに扱い、作品のヴィルトゥオーゾ的な表現に成功している。

「英雄の生涯」は入念な演出が見事。

各場面の計算が緻密で、平和なムードに包まれた「英雄の伴侶」から一転して、激しく力強い「英雄の戦場」に移る場面など、実にうまい。

ヴァイオリン・ソロのマガドも好演。

シカゴ響にとって「英雄の生涯」はライナー以来久しぶりの録音だが、バレンボイムは、この名人オーケストラの能力を存分に発揮させて、入念で変化にとんだ演奏を築いている。

「ティル」でも主人公のいたずらぶりを生き生きと活写し、特に金管の活躍する場面が素晴らしい。

「ドン・キホーテ」は主題と各変奏をキメ細かく表情豊かにまとめており、動画のように生き生きと描写している。

「ドン・ファン」も名人オーケストラの機能を十全に発揮させており、その壮麗で豪壮な音の洪水には圧倒されてしまう。

シカゴ響を意のままに動かし、バレンボイム独自のR.シュトラウスの世界をつくりあげている演奏である。

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2010年02月02日


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ハイティンク盤は彼の円熟を物語る名演で、彼の生真面目な性格がよく表れた演奏となっている。

いわゆるカラヤンのような面白い演奏ではないかも知れないが、曲のプロポーションをしっかりと描き切っている点を評価したい。

「ツァラトゥストラはかく語りき」は、ハイティンクの資質がよく示された大変押し出しの立派な演奏だ。

彼は堅実な棒でオーケストラを意のままに動かしながら、難しいこの曲を明快にまとめている。

「英雄の生涯」も、スコアそのものを忠実に音にした演奏で、大変立派な響きを聴かせる。

「ドン・ファン」はロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の色彩豊かな音色を十二分に生かしながら、大きな音楽の流れを作り出しているところがよい。

「死と変容」では、ハイティンクが、オーケストラの団員と一体となって、スケールの大きな音楽を作り上げており、決して派手なところがなく、内面を深く掘り下げた表現を行っているところに強く惹かれる。

「ティル」はきわめて正攻法の表現を行いながらも、この作品のもつユーモラスな気分を巧みに表出しているあたり、ハイティンクの円熟味を感じさせる演奏だ。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏も渋く光沢に溢れたもので、ハイティンクの解釈にふさわしい名演で応えている。

また録音もたっぷりとした響きが魅力的で、風格のあるサウンドもいかにもアダルト指向である。

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2010年02月01日


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いかにも朝比奈らしいハース版による演奏。

「法律はドイツの実体法でなきゃどうも承服できないし、シンフォニーというものは、様式が完璧でなきゃいけない。様式音楽であって印象主義みないなものじゃないと思うんです」と本人が語るように彼はドイツ音楽の様式美を追求した。

その結果、大阪フィルは有体にいえば器用とはいい難いオーケストラになったが、ブルックナー作品のような分厚いテクスチュアを重ねていくプログラムでは熟達した安定感を見せた。

本作のゆったりとしたテンポ設定、音が痩せてしまうのを嫌うダイナミックなアプローチは図らずもブルックナーの深遠なる精神に近づく効果をもたらした。

第1楽章では楽想の表情に感興をこめながらも、音楽的にやや枯淡の域に入ってきた印象を受ける。

第2楽章ではトリオのハープが加わる部分が美しい。

第3楽章での息の長い表情から、感動的で清澄な表現をつくり出していることも特筆に値するだろう。

終曲も朝比奈の音楽は浄化を続け、特に後半は淡白な表情ながらも音楽がよく呼吸している。

近年稀に聴く感動的力演である。

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