2010年06月

2010年06月30日


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1972年から82年にかけて録音されたシューベルトの名曲アンソロジー。

シューベルトのエッセンスともいうべきこれらの歌曲を、アメリングは細部まで神経の行き届いたこまやかな歌いぶりで生き生きと表現している。

アメリングは、その類まれな美声と清楚な歌いぶりが魅力だ。

各曲とも、こまやかな表情と、人間味にあふれた、あたたかい歌唱で、その美声とともに、魅力的だ。

これほどチャーミングなドイツ・リートはなかなか聴けるものではない。

リートを初めて聴こうという人には、絶対おすすめのアルバムだ。

フィッシャー=ディースカウによる男声用シューベルト歌曲大全集とペアをなす女声用歌曲の録音に、はじめはルートヴィヒが、ついでヤノヴィッツが挑戦したが、いずれも挫折。

アメリングはEMIでフランス歌曲のさまざまな全集録音に参画しており、その実力からすれば、彼女こそこの難題をクリアできる歌い手だったはず。

しかし契約の関係で、大全集にかかわることができなかったのだろう。

彼女はフィッシャー=ディースカウと似て、どんな歌曲にも対応できる普遍的な演奏スタイルを身につけている。

だが声の質は一番シューベルトに向いていよう。

その点で彼女がフィリップスに録音したシューベルトの歌曲はどれもかけがえのない名唱と言える。

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classicalmusic at 18:45コメント(0)トラックバック(0)シューベルト 

2010年06月29日


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当然のことながら、演奏家の実力、人気のほどは、彼(彼女)のレコードの数と正比例する。

実力や人気があれば、レコードの数は多くなるだろうし、なければレコードだって増えるわけがないだろう。

しかしながら、この「当然のこと」にも、わずかながら例外的なケースがある。

たとえば、その典型的な例が指揮者C・クライバーのケースだ。

彼は指揮者として人気も並はずれたものをもっており、実力的にも今さらなにもいうことないほど傑出したものをもっていた。

現代を代表する指揮者を3人指折れといわれれば、だれもが彼の名前を無視することなどできないだろう。

にもかかわらず、彼の公式に認められたレコードは必ずしも多くない。10指で足りてしまうほどだ。

最近では、ちょっとした駆け出しの指揮者でも10枚のレコードくらい出しているのに、これはなんという少なさだろう。

また、彼は演奏会自体もあまりおこなわなかった。

そして、その数少ないレコード、あまりおこなわない演奏会などは、どれもが掛け値なしの超一級のものばかりであった。

そうした状況が、彼の存在感をことさら際立ったものとしていたといえよう。

彼は1930年ドイツに生まれた。父親は名指揮者エーリヒ・クライバー。

少年期は南米で過ごしたが、1950年代半ばにヨーロッパで指揮者としてデビュー。

以降は、他のだれとも比較できないような独特の歩みかたで地位を築きあげ、「指揮界にC・クライバーあり!」と名を高めた。

2004年、スロべニア中部・リティアにて没。

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classicalmusic at 18:36コメント(0)トラックバック(0)クライバー 

2010年06月28日


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この《カプリース》全曲は、私が神尾真由子のベスト録音として将来語り継がれるであろうと確信する超弩級の名演である。

彼女は、ここでその天賦の資質を完全に開花させており、テクニック的にも音楽的にも驚異的な冴えを発揮し、まさにデモーニッシュとさえも言える名技を披露している。

これを一聴したときの驚嘆は、私のうちで常に鮮やかに甦る。

難曲を相手に一歩も引かぬどころか、彼女はそれを完全に掌中に収め、非のうちどころもない奏楽を聴かせる。

しかも、聴きどころは、そこにとどまらない。

さらに感動的なのは、音楽がまさしく生きて躍動していることである。

奏でる音符が、自ずから"音楽"となって色や香りを発していくようなこの感じは、稀な天性の持ち主しか発揮できまい。

彼女が伝える一種の"妖しさ"、ヴァイオリンの奥にこもる"すだま"の声。

これがあればこそ真にパガニーニの音楽となる。

パガニーニの鬼気迫る一面を最も鮮烈に伝える演奏でもあり、将来は歴史的名演としての評価を確立することであろう。

世界中がMayukoに脱帽するのが、よくわかる。

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classicalmusic at 18:34コメント(2)トラックバック(0)パガニーニ 

2010年06月27日


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1979年2月ウィーンのムジークフェラインザールでテレビ放送のために行われた特別演奏会のライヴ録音。

ミケランジェリがもっとも脂の乗り切った時期に録音されたライヴ。

実に健康的なベートーヴェンだ。

第3番では、ジュリーニのテンポは遅めで引き締まった表情をもち、しかも晴れやかな表情もあって、魅力的だ。

ミケランジェリのソロは、タッチが明確で1つ1つの音が美しい余韻を伴っていて全体が清々しい。

これは感覚的な美しさというべきもので、この曲の古典的な様式とロマン的な様式の接点を見事に捉えている。

ピアノの音の純粋な美感をこれほど感じさせる演奏も少ない。

「皇帝」は、たいへんスケールの大きな演奏で、しかも細部の彫琢も行き届いている。

ミケランジェリのピアノはデリカシーの強調は一切なく、思い入れとは無縁の表現で、アクセントの強い男性的なフォルティッシモを駆使し、スケール雄大に、骨太に、颯爽と進める。

ミケランジェリの良さは、そのようなスタイルをとりながらも落ち着きと風格を保ち、音色自体から生理的な喜びを与えてくれる点。

高音は夜空に打ち上げられる花火のきらめきに、低音は打ち上げ音に、またオーケストラ伴奏は大群衆のどよめきに似て、ひびきと光の饗宴を楽しませてくれる。

とくに高音のきらめきは磨き抜かれた艶をおび、仕掛け花火がつぎつぎに炸裂してゆくようで、眼のさめる思いをさせられる。

アポロン的名演とでも言おうか、ここには理想主義的な「エンペラー」像がある。

希代の名演であり、文句のつけようがない。

ライヴなのに音質もバランスも極上で、今までのどの「エンペラー」よりも素晴らしい。

以前の録音に比べても、59歳のミケランジェリには、落ち着きと貫録が加わり、アポロン的清澄度は一層高まったのである。

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classicalmusic at 18:16コメント(2)トラックバック(0)ミケランジェリジュリーニ 

2010年06月26日


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レヴァイン初のベルリオーズ録音。ベルリン・フィルもこれらの曲の録音はおそらく初めて。

それも独唱、合唱の入った劇的な作品だけに、オペラに巧みな手腕を発揮するこの指揮者の力量が余すところなく示されている。

しかもオーケストラがベルリン・フィルだけに、その名技性を存分に生かし、躍動感に富んだ輝かしい表現が達成されている。

そのぶんフランス的な雰囲気は少なくなっているが、むしろそのインターナショナルな表現が大きな魅力になっているとさえ言える。

レヴァインは序奏から見事なアンサンブルを作り、速めのテンポと端的な表情で、トスカニーニを思わせる明晰さをもって南欧の雰囲気を漂わせる。

オペラの指揮で鍛えた劇的な表現力が実に効果的だ。

フォン・オッターをはじめとする独唱陣も素晴らしく、合唱も高水準で充実していてこの愛のドラマを生き生きとしたものにしている。

オッターの魅力的な声で一分の隙もない名唱を添えたことにより、さらに輝かしい表現となった。

余白に収められたオッターの歌う歌曲集《夏の歌》も、豊かな陰影を表出し、好演。

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2010年06月25日


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コンクールには賛否両論があるが、才能発掘の点で成果をあげたのは事実。

この名盤もコンクール直後に生まれた。

アメリカのクライバーンなる無名の青年がソ連が推す名うての若手演奏家を出しぬき、それもロシア人の心の調べともいうべきチャイコフスキーの《ピアノ協奏曲》を弾いて、第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝してしまったのである。

今から思えば政治色が審査に反映されなかったことは奇跡のような気もするが、その凱旋公演と同時期に収録されたこのチャイコフスキーに一貫しているのは溌剌とした太陽のような輝きである。

それはただ単に辣腕の名手が聴かせるドラマティックで、エネルギッシュな熱演というだけではない。

抒情的な詩的フレーズにも太陽の恵みを受けたかのような誇らしい高揚感があり、それが聴き手をどこか晴れやかな幸福感に誘ってしまうという稀に見る演奏になっている。

停滞せず常に前に駒を進めていく演奏、しかもそこには即興性があり、それが演奏をさらにスリリングで、緊迫感あふれるものにしていく。

それでいて決して不自然でも作為的でもない、聴き手を紛れもなくチャイコフスキーの世界へと誘い、陶酔させていく奇跡的名演なのである。

ロシア人指揮者コンドラシン(1914-81)はフルシチョフの特別のはからいでアメリカ行きが許されたというが、楽天的開放感に傾きがちの若きピアニストの手綱をしっかりと引き締め、きわめて密度濃い演奏を作り出している。

指揮者の貢献度も大きかったのである。

一方、ラフマニノフも、誠実で屈託のない表現が魅力的な演奏で、憂愁よりも、フレッシュなセンスが表に立った名演。

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2010年06月24日


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"ピアノの女王"の貴重なシューマン作品録音。ヴェテランらしい華やいだ雰囲気と、巨匠的なスケールの大きさで圧倒する。

ラローチャの安定したテクニックによって整然と彫琢されたシューマンである。

シューマンはおそらく、ラローチャが主要レパートリーの一画として育んでいたロマン派ものの中でも、最もよく気質に合ったものではなかったろうか。

協奏曲、五重奏曲のほか、独奏曲の幾つかにも名演を刻んでいる。

ラローチャのシューマン演奏の特色は、決して奔放さ、激越さには走らない"たしなみ"の中で、充分に表情的であり、しばしば機微に触れたデリカシーを伝えるところにある。

《謝肉祭》はそのような美質がよく発揮されたもので、たとえば「告白」のこまやかさなど、「この人ならでは」の思いを抱かせる。

《謝肉祭》では21曲の小曲が続くが、それらは副題の"4つの音符上の小さな情景たち"が示すように、ファンタジーに満ちた寸劇の連鎖を形成している。

ラテン的な明るさと快い切れ味の中で展開されてゆく21の小品を、ラローチャは思い入れをたっぷり込めながら、シューマンの音楽のサイズぴったりに演じていく。

ラローチャの音楽のすぐれた面と、シューマンの作品がもっている内面的な深みと表面的な華やかさをバランスよく表現する資質が見事に発揮されている演奏だ。

取り立てて大胆でも鋭くもない演奏かもしれないが、格調ある暖かさの内の奥行きに富む表現は人を飽かせない。

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2010年06月23日


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マウリツィオ・ポリーニは、20世紀が生んだ最大のピアニストの一人ではなかろうか。

彼は、どんな作曲家の作品でもバリバリ弾いてしまう、というようなタイプではなく、じっくりとその作品を研究してから、初めてそれを披露するという完璧主義者である。

だから、ショパンのものでも現代ものでも、その演奏は文句のつけようもない見事さだ。

そのポリーニが、いよいよバッハの作品に取り組んだ第1弾として出したのがこの1組である。

他の演奏家の名演も多いが、ポリーニの演奏は、作曲家のこの時期の曲の中の一つと位置付けた模範的名演だ。

ポリーニはバッハの前奏曲とフーガからなる「平均律」を次々に追いつめてゆく。

技の限りを尽くすのはどのピアニストだって同じだが、ポリーニの技は桁違い。

その技で、音楽の様式や必要な音色など、水ももらさぬ体制を築きながらどんどん音楽を凝縮し、揺るがぬかたちを作り上げてゆく。

まったく緩みがないままに、また光沢のある響きを失わないままに音楽が巨大になってゆく「フーガ」も凄いが、細部まで練磨しているのがかえって柔軟な表現まで生み、奥行きの深い演奏となっている「前奏曲」だってそれに負けない。

「音楽を間違いなく伝える」というところから、演奏そのものの価値を追求するようになったピアノ演奏の到達点のひとつだろう。

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2010年06月22日


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この「幻想」は知的で明晰な表現が、きりりと引き締まったアンサンブルで展開されている。

第1,4楽章の反復指示が実行されているのも、インバルが交響曲としての本質を重視していることを物語っている。

インバルは標題的な効果ではなく、音楽そのものに深く共感しているため「野の風景」のテンポやフレージングも妥当で、表情豊かな音楽が作られている。

「レリオ」はメスギシュの巧緻なナレーションがひときわ目立つ。

「ロメオとジュリエット」の演奏はまさにインバルらしく知的・明晰・繊細で、清澄な美に満ちあふれている。

ブロローグの合唱は少人数と思われるがオケとともに整然と磨き抜かれ、ドゥニーズの独唱が実に魅惑的な美声で心打つ抒情をくりひろげる。

コール、ロイドも非常に優秀だ。

インバルはこの優れたオケと独唱・合唱を武器として、変転する各部を有機的に関連させ、独自の劇的交響曲の様相を鮮明に表出している。

「ファウストの劫罰」では、インバルは適切なテンポで、各場面の音楽それぞれにふさわしい表現を与えている。

合唱団も「エピローグ」は別として立派に歌っているし、フランクフルト放送響も、色彩感がもう少し欲しい気もするが、インバルの指揮によく応えている。

また独唱者たちも揃っており、ロイドの貫録、ユーイングの細やかな表情、グヤーシュの若々しい情感など、それぞれ立派だ。

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classicalmusic at 18:31コメント(0)トラックバック(0)ベルリオーズインバル 

2010年06月21日


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「レクイエム」はマーラー交響曲全集の録音を終えたインバルが、新たに取り組んだベルリオーズ作品集成の最初の録音。

この大曲のもつスケールの大きさと、繊細さを実に見事に表出していて、インバルの本領が万全に発揮されている。

インバルは適度なレガートを主体にしてまったくよどみなく音楽を展開し、抑制された音量のところでは共感に満ちた心からの祈りを感じさせる。

また壮大な頂点では、スケールの大きな表現で迫力を充分表している。

合唱団は男声に比べ女声がやや聴き劣りするが、オケと共にまず好演といえよう。

ニュージーランド生まれのテノール、ルイスも抒情的な声質と端正な歌いぶりで好ましい。

「イタリアのハロルド」は、インバルのベルリオーズ・シリーズの第2作。

きわめて構成感のしっかりとした指揮で、この曲のおもしろみをよく引き出している。

第1楽章冒頭から素晴らしく尖鋭な感覚で一貫しており、どの部分を採っても表情にまったく隙がなく、ベルリオーズのオーケストレーションや響きの特色が見事に表されるとともに、作品のロマン性を生気はつらつと表出し、交響性を十分に発揮している。

ヴィオラのバシュメトの美音と表情の豊かさも特筆に値する。新鋭とは思えないほど見事で、卓越した技巧と艶やかな音には魅せられる。

実に興趣に満ちた音楽で、素晴らしい演奏である。

ただし、オーケストラの響きが、ややフランス的な色彩感に乏しいのが惜しまれる。

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2010年06月20日


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ヴァントは大器晩成の典型であり、また職人芸としての指揮芸術を全うしたマエストロではなかったかと思われる。

徹底した楽譜の読みと、時間を惜しまぬリハーサルを経て作品はようやく本来の姿・形を現わすのであり、そこに演奏家の個性や技が幅を利かしても意味がない。

作品はそれ以上に偉大で、しかも高みにあるのである、そんな実感に浸らせる尊い演奏を聴かせてきた。

手兵の北ドイツ放送交響楽団との演奏活動を最後まで愛し続けたヴァントだが、残されたこのブラームスも凛とした姿の美しさと底光りするような威厳に満ちあふれている。

オーケストラが誇る技術的水準の高さ、手に汗する白熱的興奮も素晴らしく、名演の鑑といいたくなる。

私はブラームスの交響曲に関して、あまり演出過多の演奏は最近どうも肌に合わなくなってきた。

特に第2番の本来の美しさを何のフィルターも通さずに直接聴きたいと思っていたとき、幸いにもこのヴァント盤に出会った。

不必要な飾りはなく、誠実でひたすらスコアのなかに表情を追い求める。今まで気づかなかったところに表情がある。地味であるが聴けば聴くほどに味わいが出てくる。いつのまにかなくてはならない名盤となっていた。

第2番以上に第3番のヴァントの演奏は充実している。

冒頭、オケをたっぷりと鳴らし厚い響きのうねりから、まるでブルックナーの交響曲のような多層的な表情の交差をつくり出している。

ここでヴァントはブラームスのスコアからもう一度新たな可能性を追求していることがわかる。

むろんそれは虚飾を加えるためでなく、曲の深部に向かって真摯に表現を見つめ直すためである。

これはヴァントのような真の巨匠にのみ可能な演奏だ。

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2010年06月19日


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全体に北欧の情緒を色濃く表出した演奏で、語り口が実にうまい。

音色もシベリウスにふさわしく暗うつである。

こうしたあたり、さすがに現代のシベリウス演奏の第一人者の名にそむかないといえる。

ベルグルンドの指揮するシベリウスは、無骨で逞しくフレーズがごつごつしていて、いかにも北国の音楽という雰囲気が漂っている。

各曲を完全に手中に収めた巧みな演奏で、細部まで明快であるとともに、作品への率直な対し方も好ましい。

特に《フィンランディア》の劇的な盛り上がりは、彼の真情が吐露された演奏として感動的だ。

これを聴いていると、来日の公演で、左手に指揮棒を握ってオケを叱咤する、ベルグルンドの姿を思い出す。

大体北欧のオーケストラや指揮者は、田舎風の演奏をするケースは少なく、どちらかというと都会的で、洗練された表現を好む場合が多いが、ベルグルンドは珍しく珍しく極寒の地を思わせる、独特のローカル・カラーを身につけた音楽家だった。

手作りのきめの粗い、そして触れると手が切れそうなシベリウスも捨て難い。

中でも特に成功しているのが《悲しきワルツ》と《トゥオネラの白鳥》で、前者はその巧みな演出力の音作りのうまさに心惹かれ、後者もこの曲のもつ神秘的な雰囲気を万全に表出している。

ベルグルンドは、速めのテンポで淡々と作品を語り進めているが、オーケストラの自発性を尊重した彼の棒は、各パートから、とても感興豊かな表現を引き出し、この演奏に瑞々しい生命を注入する結果をもたらしている。

演奏者の共感と演奏様式の本来性が一致した演奏であり、ひとつの規範とされるべき名演であろう。

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2010年06月18日


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チャイコフスキーの死因は、砒素を服毒しての自殺であった、というのが、いまや定説となりつつある。

もしここで、「チャイコフスキーはコレラで死にました」などと注釈抜きで書くなら、私の見識が疑われてしまうだろう。

自殺説を提唱したのは、旧ソ連の音楽学者オルローヴァである。

「チャイコフスキーは同性愛者だった。最愛の甥ボビックの他に数人の愛人があり、その中にある侯爵の甥がいた。そのスキャンダルが侯爵の知るところとなり、ロシア皇帝アレクサンドル三世に直訴。皇帝より直々に処理を命じられた検事総長ヤコビは、秘密法廷を開廷し、チャイコフスキーに自殺を勧告した」

当時のモラルからすると、同性愛は許されることではなかったのだろうし、ロシアとしては国家の名誉を守ろうとしたのだろう。

チャイコフスキーは、ロシアで最初の国際的に認められた作曲家であり、もはや国家の文化的な顔であったのだから。

ただし、それは「たんなる噂の拡大に過ぎない」と主張する研究者もいる。モーツァルトの死を巡る「サリエリ毒殺説」と同類だというのだ。

確かに、この手の話は、憶測が憶測を呼び、尾ひれがつきやすいのも事実。

衛生的な生活が可能、つまり裕福だったチャイコフスキーが、なぜコレラを患ったのか?最愛の母親を僅か40歳でコレラに命を奪われたチャイコフスキーが、生水を飲む不注意をおかすだろうか? など、依然コレラ説に不審はあるものの、我々には、どちらが正しいとも判定する材料はない。

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2010年06月17日


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メンデルスゾーンの無言歌については、収録曲数の充実した現役盤がさほど多くはないが、そのなかにあってこのシフ盤は、音質と演奏の安定度についても特に高い価値を持つ。

全部で48曲ほどある《無言歌》のなかから選び出した22曲を、シフは、周到な配列で並べ、その1曲1曲の旋律美と聴かせどころを、よくおさえて弾いている。

シフは、メンデルスゾーンの音楽をありのままに浮き彫りにしてみせる。

豊かな響きが印象に残るが、へんに感傷に浸ってしまうことなく、淡々とさりげなく流すところは流している。

明るいトーンを全面に出しながら、各曲がすっきりとまとめられているとも言える。

そして、そのなかに、バランス感覚に優れたこのピアニストらしいセンスの良い表現が散見される。

ロマン的な情感を誇張することもなければ、技巧をことさら誇示することもない。

実像より大きくも小さくもなく、隅々にまで血の通っているメンデルスゾーン。

シフはメンデルスゾーンのいかにも育ちの良い穏和なリリシズムを、まさにそのようなものとしてすっきりと弾き表している。

明晰で澄んだ響きをもってメンデルスゾーンの余情を余すところなく聴き手に伝え、速めのテンポによるすっきりとした音楽の流れは、音楽することの喜びをいっぱいに歌っている。

シフにはいずれいっそうの精神の自由を獲得した暁に、ぜひ全曲を吹き込んで欲しいと思う。

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2010年06月16日


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パガニーニは自作曲の楽譜を決して人に見せようとはしなかった。その超絶的な奏法の秘密を知られるのを極度に恐れていたからである。

そんな彼の生存中に出版された唯一の独奏曲が、24の小品からなるこのカプリース。

フラジオレットを除くヴァイオリンのあらゆるテクニックが盛り込まれ、高度な練習曲としても重要だが、芸術作品としての価値もきわめて高い。

1958年に弱冠17歳でパガニーニ・コンクールに優勝して、"パガニーニの再来"といわれたアッカルドは、1962年にもこの曲集を録音しており、それも正確な技を存分に駆使した若々しい覇気にとんだ快演であったが、15年後のこの演奏は、熟達した芸がいかにも風格ゆたかに発揮されている。

切れ味の良い技巧と明るく冴えた音も大きな魅力で、難技巧も決して技に角立てることなく、シューマンが「おびただしいダイヤモンドを含んでいる」と評した24曲の多彩な世界を、しなやかな確信にとんだ表現によってスケールゆたかに再現している。

技巧の派手さはさほど前面に出さない(むしろ甘いと見られるかも知れない)が、たっぷりと的確で、音色が美しく、そのバランスがとてもいい、暖かい演奏だ。

技巧的にも表現においても、この曲集の最も洗練された演奏のひとつだろう。

このパガニーニの作品が要求している技術上の難しさ、そして、その上に成り立っている弦楽器固有の美しさ、各表情の多彩さというところで、アッカルドの身のこなしかたは実に音楽性ゆたかと言えるだろう。

単に技術面だけで言うなら、アッカルドに匹敵しうる奏者は他にも数多く散見されるけれど、トータルな意味で彼に肩をならべてくる者は多くない。

ヴァイオリン奏者としての彼のよさがスムーズに示された演奏内容である。

またこの作品では、超絶技巧の開陳とともに、美しいイタリア的なカンティレーナの魅力もが大きな聴きどころになっている。

そして、そうした魅力を最も本来的に捉え、それを魅惑的に表現した演奏としては、アッカルドのこの新盤が特に注目される内容を示している。

そうしたところに、パガニーニのスペシャリスト、アッカルドの面目躍如たるものがある。

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2010年06月15日


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ブーレーズならではの精緻な演奏である。

知的なコントロールが徹底した演奏は、従来のような表現主義的であったり、陶酔を誘うようなマーラーではないが、作品の細部と全体を透徹した眼で俯瞰して、「大地の歌」からこれまでになく精妙で陰翳の深い表現を引き出している。

ウィーン・フィルの美しい響きと色彩が、そうした明晰かつ新鮮な演奏をいっそうニュアンス美しく味わい深いものにしているし、ふたりの歌手も好演である。

ブーレーズはどこか非常に冷めたところがあって、同じマーラーの第9番のときにもそう感じたのだが、終楽章に7割をかけない。

終楽章は35パーセントでいいんだというバランスのとり方が、すごく面白いと思う。

第9番も、終楽章を聴いてくれればおれの言いたいことが全部わかる、という演奏ではなくて、むしろ1、2、3楽章を聴いたときにブーレーズの考えがわかる。

それと同じようなことをここでもやっていて、最後の楽章はもう結論が出てしまっているから、あまり深追いしない。

その前にやろうとしていることに面白さがある、というところが私の好きなところだ。

ブーレーズのように細かく俯瞰できる演奏はなく、どうしても歌のほうへいってしまう傾向が強いけれども、ブーレーズの場合はオケが素晴らしいから、オケの表現の細かさ、いろんな重層的なところがよくわかる点が魅力である。

ただ、「大地の歌」というタイトルどおり、"歌"を求めるとなると、ちょっとどうかな?というところはあるけれども、ブーレーズにとっての歌手は、人間というよりも、楽器であってもいいのかもしれない。

そういう点では、この2人の歌手もよくやっている。

ブーレーズの演奏が、これからのひとつの指針になるかもしれない。これ以降の若い指揮者たちは、この影響を相当受けるのではないだろうか。

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2010年06月14日


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アルゲリッチ初のバッハ・アルバムとして注目されたディスクである。

アルゲリッチのレコードはどれもすばらしいが、この唯一のバッハ・アルバムにも、彼女の魅力は、いかにも爽やかに発揮されている。

アルゲリッチは、ここでも持ち前の奔放な情熱や感興にとんだ表現を無理に押さえこむことなく、自然体でバッハに対している。

それだけにイギリス組曲やパルティータの舞曲のリズムなど、ちょっと独特のところもあるが、自分の感性と読みに忠実に、しかも、しなやかな余裕をもって弾かれた演奏は、決してバッハの音楽を歪めることはないし、思わず溜め息が出るほど清新な生命力としなやかな感興にとんだ歌にあふれている。

彼女の精巧なテクニック、輝きに満ちた音色、しなやかなリズム感、個性的な閃きなどが一体となって、生命力に富む演奏が繰り広げられている。

時として自由奔放な動きも見られるが、アルゲリッチは、天性の優れたバランス感覚を発揮して演奏の形を美しく整え、バッハの音楽を感興豊かにまとめている。

その表現は確信に満ちているが、演奏の流れが見事に統括され、美しい彫琢を見せる。

アルゲリッチのバッハで際立っているのは、リズムを歯切れよく刻みながら、それが決して機械的で乾いた演奏でなく、情趣をたたえたみずみずしい印象をあたえる点であろう。

バッハ解釈につきまといがちな重々しさがなく、たとえバッハの場合であっても、音楽が本質的に抒情的な芸術であることを教えてくれる。

この収録曲では実はリズムも重要であり、《パルティータ》と《イギリス組曲》は、舞曲から成る組曲である。

リズムに特色のあるアルゲリッチの演奏が魅力的なのも納得できる。

3曲ともすぐれた出来ばえだが、とくに《パルティータ》の味わいのある表現が素晴らしい。

アルゲリッチならではのすぐれてユニークな、みずみずしいバッハというべきだろう。

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2010年06月13日


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1978年のアメリカ・デビュー50周年記念公演のライヴ録音であったラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番以来、久々のホロヴィッツの協奏曲録音で、ジュリーニ&スカラ座o.との初顔合わせという話題盤。

協奏曲、ソナタ共にホロヴィッツの初録音。

名ピアニスト、唯一無二の存在であったピアニスト、ホロヴィッツの最晩年の録音である。

『Horowitz plays Mozart』というジャケットの表示が、この演奏の本質を見事に言い表わしている。

このディスクがリリースされた時"モーツァルト演奏・解釈"としての正統性についての論議が展開された。

しかし、モーツァルト演奏の常識とは大きく逸脱した演奏でありながら、ホロヴィッツの天真爛漫で奔放な音楽の語り口には抗し難い魅力と魔力がある。

そして、この不可思議なホロヴィッツ・マジックを聴き終えた後には、やはりモーツァルトの音楽の美しさ(それは聖なるものと魔の双方が秘められている)を感じている自分がいるのである。

ホロヴィッツのソロは右手の楽句にかなりルバートがかかっているが、それは彼自身の主張によれば、モーツァルトの真意に沿ったものであり、同じように左手の安定した動きが造形の基礎を守っている。

音楽に強い緊張感をもたせた上で、強弱の明確な変化、自在なアーティキュレーションでモーツァルトの意図を生かそうとしている。

ソナタもモーツァルトに対するホロヴィッツの主張がいっそう直截に反映されている。

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2010年06月12日


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モーツァルトの6曲の弦楽五重奏曲は、この天才作曲家全作品のなかでも異彩を放っている傑作だけに名演が多い。

1966年録音のブダペスト弦楽四重奏団にトランプラーのヴィオラが加わった演奏は、この名作を紹介するのに大きな力となった。

チェコのスメタナ四重奏団の演奏は、決して派手ではなかったが、誠実そのもののその渋い演奏は、特に日本の愛好家に好まれた。

日本コロムビアがデジタル録音の先鞭としてPCM録音機を開発、1976年(昭和51年)にまだ大型のその録音機をヨーロッパに空輸して、チェコで録音したのが、弦楽五重奏曲の第3番と第4番であった。

スメタナ四重奏団にヴァイオリンの名手ヨセフ・スークが第1ヴィオラとして特別に加わったこの演奏は、当時の最高の音質とスメタナ四重奏団とスークの見事に整えられた演奏によって、その年度の話題盤となった。

このシリーズの第2回目の録音は1981年の第2番と第6番、そして83年に第1番と第5番を録音し、いずれもデジタル録音で全曲の形となった。

先年解散してしまったスメタナ四重奏団の残した名演として、この6曲の演奏は貴重なものとなっている。

スークがスメタナ四重奏団によく溶け込み、きわめて精緻なアンサンブルとなっている。

その顔合わせと芸術的水準の高さは室内楽ファンを魅了してやまない。

特にスメタナ四重奏団、そしてスークの全盛期に録音した第3番と第4番の演奏は、ブダペスト弦楽四重奏団とトランプラーの熱演と対極をなす名演として語り継がれよう。

正確・精妙さに加え、功成り名を遂げたスメタナの、ゆとりのある演奏が楽しめる。

"まろやかな"モーツァルトを好む人にはぴったりだろう。

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2010年06月11日


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チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、名ヴァイオリン奏者たる者、誰もが採り上げているし、残された名盤も数多いが、ロシアの若手世代のリーダー格、レーピン(1971年生まれ)はゲルギエフ率いるマリインスキー歌劇場管弦楽団という理想的なバックアップを得て名演を作り上げた。

完璧なテクニックと妖しいまでに魅惑的なカンタービレの心を持つ名手だが、レーピンはそうしたものは作品の本質とは関係がないとばかりに、感触はちょっと冷たくすらある演奏を披露している。

だが、レーピンの演奏は実はそこから出発しているのであって、協奏曲全体を俯瞰しながら作品の核心へと突き進んでいくドラマティックこの上ない演奏の世界を打ち立てている。

ゲルギエフの指揮も遠慮などしていない。

協奏曲はソリストが主役なのだからオーケストラは抑えてという配慮もない。

「真のヴィルトゥオーゾが相手のときには遠慮する必要などありません。オーケストラを殺す必要はないのです」とゲルギエフは語っていた。

肝心なのは協奏曲という形式ではなく、協奏曲というフォームを借りて編み出された作品そのものの価値であり、そこに潜む宝石を探り当てることというわけだろう。

ソリスト、指揮者、オーケストラが火花を散らした熱演は、協奏曲が協奏曲を超えてオペラになった、そんな感触が与えられる。

耳慣れた作品が演奏家の尽力によりその姿を一変させることがある。ここに聴く協奏曲もその一つ。

同時に収録されたミヤスコフスキー(1881-1950)のテンペラメントの激しさもまた出色である。

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2010年06月10日


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ポピュラー名曲の常だが、この曲の場合にも慣習的な解釈が独り歩きしてしまっている部分が多い。

初演はニューヨークだが、たとえばチェコを代表する名門チェコ・フィルの場合、細部を検証してみると明らかに"チェコ・フィルの「新世界」"という伝統を見出すことができる。

それが、こうした曲の場合、"伝承的"的な重みも無視できない。

その代表として、ノイマン盤を挙げておこう。

ノイマンは構築優先の中庸な解釈が特色で、さすがにチェコの指揮者だけあって、民族的な情緒を色濃くあらわした演奏だ。

スメタナ四重奏団でヴィオラを弾いていたせいか、常に各パートを見据えたバランス感覚に富んだ指揮をする。

局部的なデフォルメをしたり、劇的効果を煽ったりする場面は皆無なので、入門者にも安心して薦められよう。

適度に重厚で、カンタービレも感傷的になり過ぎることはない。

チェコ・フィルの指揮者は、当然のことながら、代々この曲を看板にしているが、ノイマンの場合は決して力まず、楽員の自発性を大切にしながら、こく自然体で音楽をつくりあげている。

初演100年記念コンサートであるこの1993年の演奏は人間的な優しさと美しさ、そして1回の演奏にかける情熱が凝縮された熱演であり、ノイマン色が濃く、熱い。

チェコ・フィルの状態もよく、感動はどこまでも素朴で晴れやかだ。

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2010年06月09日


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いずれもワルターにとっては、唯一の録音である。

「ドイツ・レクイエム」では、ワルターはあくまでブラームスの心情に沿い、今の若い世代の指揮者のように、第2楽章あたりで凄い追い込みをかけたりしない。

さすが巨匠の風格だ。

ワルターはここで"死"を通じて"生"を歌う。

例えば第2楽章。

ほとんどの指揮者はここで熱演をみせるところだが、彼のもたらす感動はそうした外面的な演出法にあるのではないことがはっきりする。

もちろんこの中にこめられたワルターのエネルギーの凄まじさは筆舌につくし難い。

"生"をみつめる者の、80歳にしてのみ"視る"ことのできる恐ろしさと平明さがここにはある。

この「ドイツ・レクイエム」には、すべてを超えた世界の頂きにあって優しくほほえんでいるような趣があり、長所や短所、録音の技術を云々することは、ワルターにとってもはや意味のないところだ。

「アルト・ラプソディ」は、おだやかな表情で、作品のもつ情感をせつせつと歌い上げていて、素晴らしい。

ただ、独唱のミラーの声質が軽く、歌唱もやや平板で物足りない。

ヴィブラートを多用した唱法や表情の単調さも気になりこの作品にふさわしくない。

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2010年06月08日


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ムターが17歳の時の録音である。

メンデルスゾーンが出色の演奏。

ムターの感受性にみちたニュアンス豊かな音色と弾き方、感情の起伏の大きいカデンツァ、強弱・緩急の変化が自在で極めてスケールの大きな演奏である。

カラヤンの指揮も壮大で厚みがある。

ブルッフも好演。

特に冒頭のカデンツァを、ムターは力強く、高い集中力をもって説得力のある演奏を聴かせる。

"ヴァイオリンの女王"と呼ばれる現在の彼女ならば、さらに自分の表現を徹底して、スケール豊かな演奏を聴かせてくれるだろうが、ここでのムターも真摯に作品に対して、自分の力を存分かつのびやかに発揮している。

若々しい集中力にとんだ演奏は、とても17歳の少女の演奏とは思えないほど充実しているし、繊細に心を傾けたみずみずしい歌と抒情がなんとも美しく、魅力的である。

カラヤンもいかにも硬軟巧みに、ムターのソロを生かしている。

ベートーヴェンやブラームス、チャイコフスキーなどを再録音しているムターが、この協奏曲をまだ取り上げてないのも、そうした魅力故ではないだろうか。

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2010年06月07日


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ジュリアード弦楽四重奏団は、アメリカのジュリアード音楽院の教授たちによって、1946年に結成された団体で、何度かメンバー・チェンジを繰り返しながら、アメリカを代表する名四重奏団として、現在でもその活躍ぶりは目覚ましい。

そのレパートリーも、こうした古典音楽からバルトークまで驚くほど広い。

これは1977年、第2代のメンバーによる演奏だが、この団体が最も脂ののっていたころだけに、完璧な技巧を駆使しながら、メリハリをきちんとつけたその表現は、安定感を感じさせる。

演奏は透明で明晰。それは一見モーツァルト的だが、様式美に傾きかかっている。

各楽器の均質の音と技巧、完璧なバランスを保ちながら、暖かい血の通った演奏を目指すようになった第2次黄金期の記録である。

ジュリアードSQは、精妙でシャープなアンサンブルを誇る鋭利で研ぎ澄まされた表現を聴かせているが、緻密さの極限を追求したといえる彼らのアプローチは、とても無垢で純度の高い作品像を彫琢する結果をもたらしている。

4人の声部の動きを明確にしながら、各曲の楽想をきめこまやかに描出しているところなど素晴らしい。

各パートが強靭な張りを持ち、恰幅も座りもよい表現のうちに花も実もあるモーツァルトを聴かせているのが特徴。

K.387の逞しいリズムの上に堅牢に組み上げられた音建築の安定のよさ、K.421の充実感、K.464の硬軟両刀を使い分ける熟達した表現も素晴らしい。

〈狩り〉は出色で、牧歌的な情景が彷彿とし、夢見るようで、ユーモアにも富んでいる。

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2010年06月06日


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ベートーヴェンのピアノ・ソナタや協奏曲の録音に関し、ミケランジェリはすこぶる慎重であった。

ソナタにいたっては、ステレオ録音はわずか2曲にとどまる。

これでは彼を"ベートーヴェン弾き"に加えることはできまい。

だがしかし、ミケランジェリならベートーヴェンをどう再現するだろう?と聴き手は興味津々だったのだ。

聴き手にこんな思いをさせたピアニストは珍しい。

彼の人気は、明快で透明な響きがもたらした。その響きがかもし出す余韻と余情の見事なこと。

第4番では作曲家は強弱の変化をかつてないほど強調しているのだが、ここで聴かれるミケランジェリの録音は、なんとも絶妙。さすがである。

ブラームス21歳の作「バラード」と、シューベルト20歳の作「ソナタ第4番」という、2人の作曲家のいわば"青春の音楽"から実に重厚な音楽を引き出している。

シューベルトも決して悪くない(ミケランジェリ61歳のときのレコーディングだが、演奏は意外に若々しい)が、すばらしいのはブラームスだ。

総じて一長一短の感があるバラード集の録音の中で、一歩抜きんでた名盤ではないだろうか。

とりわけ第4番ロ長調の何たる美しさ!

この若き日の傑作のえも言われぬ味わいを、ここまで明らかにしてみせた演奏を私はほかに知らない。

作曲家の内的な世界に深く沈潜した作品に対する読みの深さは、さすがミケランジェリ、実に深いものがある。

楽器の選定にことのほか神経質なミケランジェリらしく、制作されて60年以上経ったピアノを使用しての演奏。

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2010年06月05日


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《バラード第1番》や《スケルツォ第2番》、《マズルカ》10曲などを収録したショパン・アルバム。

実にふくよかなショパンである。

単に音の美しさということではなく、ミケランジェリの表現そのものに惚れ惚れとしてしまう。

音と音が戯れあいながら自在に息づき、しかも作品の枠内に止まってその役割を演じきっているが、ひとつひとつの響きの情報量は極めて大きいのだ。

ここに聴くショパンは決して情緒的な性格ではないけれど、磨き抜かれた美しい音のつらなりはすばらしいもので実に気品豊か。

1音1音が珠玉のようだ。

ここでミケランジェリは彼の論理に貫かれた完璧な音の世界を構築している。

10曲のマズルカは土俗的な舞曲からは程遠く、ショパンがそこに盛り込んだ豊かな幻想性、ディテイルの面白さを突き詰めることによって精妙なガラス細工のような演奏を実現。

バラード第1番でみせる音の美しさも感嘆するばかりだ。

すべての音は完全にコントロールされながら、互いに生命を持っているかのように戯れあう。

しかもしっかりと全体を見通した設計も万全で、音楽は劇的な大きな流れを作り出していく。

そして、最後のスケルツォ第2番ではミケランジェリはダイナミックな表現も披露する。

いずれも名演だが、とりわけマズルカに聴くニュアンスが絶妙である。

音の理論に沿い、そして超える、希代の音の操り師の至芸である。

ピアノがもつ表現能力のひとつの頂点を極めた演奏といえよう。

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2010年06月04日


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滔々と流れる大河のような、とはよく用いられる比喩だが、この演奏を評する時ほど相応しいことはない。

川幅が広いので遠くから眺めると緩やかな流れに見えるのだが、近づいてみるとその膨大な水量がかなりの勢いで流れていたりするように、この演奏も途方もなくスローテンポで雄大でありながら、音楽の流れそのものは一切滞ることがないのである。

クレンペラーの演奏の常だが、外面は微笑みひとつなく無愛想で取っつきにくく、即物的なアプローチのように見えて、その実、分厚い殻の内側に無限のニュアンスが湛えられている。

その殻を打ち破るには、リスナーからの歩み寄りも必要だが、ひとたび、その殻の内側を知った者にその至福は一生の宝となる。

第1楽章から各フレーズの呼吸の深さに、まるで時計の針の進みが遅くなったような錯覚に囚われる。

しかし、その異次元に迷い込んだような感覚が大事なのだ。ブルックナーは非日常の異空間に鳴り響く音楽だからである。

我々も自らの意志で脈拍をゆっくりに整えるくらいの心構えで演奏と向き合わねばならない。

そうしてはじめて、第2楽章の熱い歌に、魂の奥の奥まで揺さぶられ、真に癒されることを実感できるのである。

フィナーレにおける対位法も、仰ぎ見る音の建築物のあまりの巨大さに圧倒されるが、コーダの壮麗なるクライマックスでは、ブルックナーが見たと同じ「光」を見ることができるかも知れない。

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2010年06月03日


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1960年代後半の代表盤のひとつであった。

N響と繰り広げた数々の名演で日本のファンにも愛されたマタチッチによる、スケール感豊かなウェーバー。

1967年に録音されたもので、マタチッチらしい、骨格のがっしりとした堅実な演奏である。

このCDの最大の聴きものは、マタチッチが生み出す逞しい骨太の音楽だ。

彼の男性的魅力にあふれた気宇雄大な音楽を、現代の音に変化させたオーケストラと合唱団の多少荒削りな音色も、このオペラとの素晴らしい適合を示している。

各場面での描き方もうまく、ことに狼谷の場面は、強烈な迫力にみちあふれていて圧巻だ。

オペラの世界での隠れた巨匠だった名指揮者の録音の中でも、最も聴き応えのある演奏だ。

昼なお暗いドイツの森というよりは、スラヴの香りを漂わせたやや明るく開放的な音づくり(そもそも舞台はボヘミアなのだし)が耳に心地良い。

ベルリン・ドイツ・オペラ管と同合唱団の演奏、そして気持ち良さそうに自慢の喉を披露する歌手陣も実際かなり荒削りだが、オケが豪放に鳴りわたる快感のほうが勝っている。

マタチッチの気迫に呼応した名歌手たちの迫真の歌唱も、多少古風ではあるが大きな説得力をもっている。

ショックのマックス、ニコライのオットカール、フリックのカスパールら、男性独唱陣のすぐれているのも魅力で、これで女性歌手たちがさらに充実していたらと惜しまれる。

かくして聴き手はいつのまにか「細かいこと言わずに、みんなで楽しめばいいのさ!」といわんばかりの親分の芸風に取り込まれてしまうのであった。

*効果音入り

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2010年06月02日


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技術も素晴らしく、コモンセンスのある名演として万人に薦められるのは今は亡きシェリングの盤。

1975年、独奏者57歳の録音で、我を張ることなく、作品そのものの情緒を聴かせてくれる。

パガニーニのヴァイオリン協奏曲の全曲録音はやっていないシェリングだが、第3番を蘇演したほどパガニーニへの思い入れは深かった。

真摯に音楽と対決し、腕にまかせて弾きとばさず、じっくりと訴えかけるパガニーニだ。

彼が弾くパガニーニの協奏曲は技巧展示曲の域を脱し、音楽作品としての魅力をたたえているのが特色。

美音を駆使、難技巧をそれと感じさせないで鮮やかに克服している。

シェリングは全6曲中の4曲を録音しているが、代表作と言うべき第1番に、彼の持ち味のすべてが集約されている。

併録のヴァイオリン協奏曲第4番でもパガニーニ独特の抒情性を歌い上げる気品ある1枚。

彼には138年ぶりに蘇演をはたした第3番の歴史的名演もあるが、それに劣らずこの演奏はシェリングのパガニーニを強く印象づける。

旋律はもとより技巧的な箇所の隅々まで美音で丹念に弾きまくる。

かくも美しく"音楽的"に聴かせる演奏はあっただろうか。

第1番の終楽章の驚嘆すべき弓の使い方、第4番の第2楽章のフラジオレット奏法の美しさなど、パガニーニをこれだけ流麗にまとめあげる完璧なテクニックと音色を持ったソリストは他にいない。

ギブソン指揮のオケも流麗に鳴っており、大変美しく、イタリア的雰囲気をかもし出している。

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2010年06月01日


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ミュンシュは、ごく限られた期間ではあったが、最晩年にパリ管弦楽団の初代音楽監督を務め、この名門オケと少数の録音を行なっている。

そしてこれらの録音は、そのどれもが歴史的名演というにふさわしい内容を示しているが、そのなかで最高の名演はどれかといわれれば、私はためらうことなくこの《幻想交響曲》ライヴを挙げたい。

特にこの演奏は、結成直後のパリ管の並々ならぬ意気込みとミュンシュの最後の情熱の燃焼が一つに溶け合った稀有な名演であり、そこで繰り広げられている何かに憑かれたような熱っぽい表現は、聴き手を放心状態にさせてしまうようなカリスマ的なアピールさえをも放っているのである。

この演奏のただならぬ雰囲気は、第1楽章の序奏部でヴァイオリンが呈示するとぎれとぎれの旋律が奏でられると同時に、聴き手に印象づけられる。

ドラマティックな展開部のまさに熱狂的といえる表現などは、筆舌に尽くし難い凄みをもって聴き手に迫る。

第4楽章やフィナーレの桁外れのエネルギーを内在させたデモーニッシュな表現も、この演奏ならではの聴きどころとして特筆される。

不安で熱にうなされるような感情を強く滲ませた第2楽章も出色であり、第3楽章では、名手たちが名を連ねていた当時のパリ管の管楽器セクションの名技が素晴らしい。

「海」は設計が綿密なうえに大変語り口のうまい表現で、「波の戯れ」や「風と海の対話」など、色彩感豊かな筆致で精妙に描き上げていて見事だ。

ミュンシュ最後の生命の炎の輝きといえるこの演奏は、同時にパリ管の黄金時代を偲ばせてくれる名演でもあるのだ。

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