2011年08月

2011年08月31日


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1998年4月21日、ミュンヘン、ガスタイクに於けるライヴ録音。

ヴァントが最晩年にベルリン・フィルと遺した名演の数々は実に凄いものであった。

第5に始まり、第9、第4、第7、第8と、いずれも神々しいばかりの名演である。

今般、同時期にミュンヘン・フィルと行った名演の数々が、国内盤で発売されたが、いずれも、ベルリン・フィル盤と比べても、優るとも劣らない名演である。

重複しているのは、第4、第5、第8及び第9であるが、違いはオーケストラの音色と録音くらいのものであり、あとは好みの問題だと思われる。

本盤の第9の録音は1998年。その約半年後のベルリン・フィルとの録音、さらに、来日時の録音が、名演のベストスリーということになるが、その中でも、本盤とベルリン・フィル盤が超名演ということになるだろう。

第1楽章など、実にゆったりとしたテンポによる深沈とした趣きであるが、ここぞというときの金管楽器の最強奏など悪魔的な響きであり、低弦の重厚な響かせ方にも凄みがある。

第2楽章も豪演だ。ここは中庸のテンポをとるが、中間部のトリオの箇所との絶妙なテンポの対比も自然体で見事だ。

終楽章は、相変わらず金管を最強奏させているが、決して無機的には陥らず、天啓のような趣きがある。

それと対比するかのようなこの世のものとは思えないような美しい弦楽の奏で方は、ブルックナーの絶筆に相応しいアプローチであると思われる。

演奏終了後に起きる一瞬の間も、当日の聴衆の感動を伝えるものであり、ヴァントの音楽を愛する聴衆の質の高さの表れということが言えるだろう。

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2011年08月30日


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1986年10月22日、チェリビダッケ&ミュンヘン・フィル初来日ライヴで、サントリーホール・オープニング・シリーズの一環としておこなわれたコンサートの貴重な記録。

中でもチェリビダッケの指揮したブルックナー第5番の公演は、雄大なスケール感と繊細を極めた表現手法、そして信じがたいほど細部までコントロールされたオーケストラ・サウンドの見事さによって、熱心な音楽ファンから大きな注目を集めており、1ヶ月前におこなわれたヨッフム&コンセルトヘボウのブルックナーの第7番や、5月のクライバーの一連の公演と共に伝説的な名演奏として語り継がれてきたものである。

今回、ヨッフムの演奏と同じくALTUSレーベルから登場することになったチェリビダッケの公演録音は、FM東京が収録したもののなぜか未放送だったというもので、20年間梶本音楽事務所の保管室に封印されていたというオリジナルの音源だそうだ。

なお、解説書にはチェリビダッケの息子でその録音資産について管理する立場にあるイオアン氏が、父のテンポに言及した興味深い文章を寄せている。

また、音楽評論家の岡本稔氏も「これほど再現性の高いチェリビダッケの録音は数少ないというのが率直な印象だ。ここに真のチェリビダッケの芸術と呼ぶにふさわしい音の記録が残されている」と賛意を表明していた。

実際に聴いてみたが、オーケストラの息長く分厚くしかも美しい響きには感嘆した。

チェリビダッケの指揮するミュンヘン・フィルは通常より大きな編成をとることでも知られていたが、その圧倒的なスケール感を思い出させてくれる見事な音質に仕上がっている。

まだ立って指揮していたチェリビダッケの体調も絶好調、完璧なオーケストラ・コントロールに心底驚かされる。

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2011年08月29日


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1990年10月20日 サントリーホールに於けるデジタル/ライヴ録音がついに音質良好なCDで登場。

このときの来日公演は、レパートリーのこともあって空前絶後の評判となり、サントリーホールやオーチャード・ホールでおこなわれた一連のブルックナー演奏はクラシック・ファンのド肝を抜いたものだった。

チェリビダッケとミュンヘン・フィルの響きは、残響豊かなサントリーホールでは実に美しく聴こえる。

明るさと適度の艶っぽさが印象的で、それはこのCDでも十分うかがい知ることができよう。

ミュンヘン・フィルのメンバーも「すばらしい演奏だった」と大満足していたと伝えられている。

3年後に本拠地でおこなわれた公演を収録したEMI盤の演奏に較べると、テンポは若干速めで緊張が途切れることがなく、長めの美しい残響と共に、チェリビダッケのブルックナーの姿を鮮明に伝えてくれる。

特に3分半ほど演奏時間の違う第3楽章アダージョでは、オーケストラのコンディションもよほど良かったのか、精緻をきわめたコントロールが、作品の天上的な魅力をフルに引き出している。

これはまさに神秘の森である。この美しさを味わい尽くすには、96分という時間でさえあまりに短い。

この巨大な演奏を要所要所で見事に引き締めていたのが名物奏者ペーター・ザードロによる強烈なティンパニで、当日、会場にいた聴衆はその視覚的なインパクトと共に、20型105名という巨大オーケストラのトゥッティの上に轟く打撃に心酔したようだ。

以前のLDに較べて大幅に音質向上したこのCDでは、そうしたティンパニの魅力をも十分に味わうことが可能だ。

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2011年08月28日


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名教師シュムスキーによるものは、解釈の正統性やバランスの良さ等で、ヴァイオリン学習者にも安心して推薦できる名盤。

これは言葉のもっともよい意味での「模範演奏」といえるもの。

たとえば〈シャコンヌ〉。ヨーロッパで19世紀以来培われてきた「伝統的」な演奏法のエッセンスがこのなかに結実している。

シュムスキーが奏でるストラディヴァリ(1715年製の「エクス=ピエール・ロード」)の瑞々しい響きは実に豊かだ。

そしてその美しい響きが織り成すバッハの音楽が、いかに若々しく精神的に充実していることか。

彼の年季の入ったテクニックは見事で、いかなるパッセージも苦もなく弾き進む。

しかも、そこにはいわゆる難曲を克服するといった観はみじんもない。

聴き手のイマジネーションを大きくふくらませてくれる、スケールの大きなバッハだ。

ミルシテインのバッハを大理石の彫像とするなら、シュムスキーの演奏は木彫りのイエス像である。

前者の音はどこまでも磨き抜かれ、ボウイングに一切の淀みはなく、造型は限りなく気高い。

一方、後者は、ノミの一打ち一打ちに「祈り」が深く刻まれた音。

鮮やかな刃跡の何という力強さ、自在さ。

瞼を閉じて聴こえてくるは、百万会衆の祈りの歌。

これぞ、名匠中の名匠の技だ。

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2011年08月27日


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1999年6月24日、ミュンヘン、ガスタイクに於けるライヴ録音。

巨匠ヴァントが最晩年に残したミュンヘン・フィルとのきわめつけのライヴ。

「奇跡の名演」と地元ファンから正規CD化を熱望された伝説のライヴ。

優秀録音でついに「ギュンター・ヴァント没後7周年企画」として国内盤が登場した。

2000年11月の圧倒的な来日公演でファンを虜にし、2002年2月14日に惜しまれつつ急逝したドイツの大指揮者、ギュンター・ヴァント。

BMG社から発売した「ブルックナー第4番」「ブルックナー第9番」「ライヴ・イン・ジャパン(未完成/ブル9)」が日本クラシック界最高の栄誉・レコードアカデミー賞にそれぞれ1998年、1999年、2001年輝いており、ヴァントのブルックナーは絶大な評価と大きなセールスを記録している。

チェリビダッケの亡きあとのミュンヘン・フィルと組んでヴァントが1998年から1年に1曲のペースで取り上げたブルックナー。

クナッパーツブッシュ、ケンペ、ヨッフム、チェリビダッケなど歴代の名指揮者のもとに鍛えられ、ブルックナー演奏に伝統をもつオーケストラの自信に満ちた演奏は、弦の暖かみのある分厚い響き、管楽器のしなやかな色彩の妙などに特長が発揮され、ヴァントの持ち味である厳しくも彫りの深い音楽造りとあいまって、ベルリン・フィル盤や北ドイツ放送響盤とは大きく異なる魅力を発散している。

マエストロの晩年の心境をミュンヘン・フィルがしなやかな動きの中でとらえている。

演奏内容は折り紙つき、録音もきわめて優秀なヴァント&ミュンヘン・フィル盤は末永くファンの宝物となること間違いない。

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2011年08月26日


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2001年9月15日、ミュンヘン、ガスタイク・フィルハーモニーに於けるヴァントとミュンヘン・フィルの最期の演奏会となったライヴ録音。

この演奏会の半年後、2002年2月14日にヴァントは90年の生涯を閉じた。

ヴァントが到達した世界の深さを端的に示した名演である。

ハース版を底本に使用。

その演奏は力強く雄渾で、しかも語り口はあくまで自然である。

ヴァントは、厳格なイン・テンポではないのに、フレーズからフレーズへと滑らかに進行する類まれな音楽的時計の持ち主だ。

テクスチュアの面でも、各声部を過不足なく浮き上がらせている。

共感にみちた表現が端正な造形のなかにのびやかに、かついかにも意味深く織りなされた自然体の演奏は、長年ブルックナー演奏に献身してきたこの巨匠ならではの至芸と言うべきだろう。

そうしたヴァントの指揮にしなやかな集中力をもって応えるミュンヘン・フィルもすばらしい。

数多いヴァントのブルックナーだが、耳の肥えた人ほどミュンヘン・フィルとの組み合わせに執着するのも道理で、ヴァント晩年の味わい、オーケストラの音色の適度な明るさ、弦の暖かみのある厚い響き、管楽器の比類ない美しさなど他に代え難い魅力にあふれている。

これをもって『ロマンティック』の最高峰と言うに憚らぬ大演奏といえよう。

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2011年08月25日


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ヴァントは交響曲第5番を第9番とともにブルックナーの最高傑作と評しており、長い音楽家生活の節目をそのつど第5番の名演で飾ってきたことでも知られている。

この1995年のミュンヘン・フィルとの第5番がそうした一連のヴァントの5番の中でも優れたものとして存在を主張しうるものであることは疑う余地の無いところであろう。

引き締まったサウンドを好んだヴァントが、チェリビダッケによって厳しく訓練され、高い適応力を備えていたオーケストラとの共同作業から手に入れたのは、美しくしかもパワフルなサウンドだった。

録音で聴くと少々弛緩した印象もあったチェリビダッケ盤に較べ、ここでのヴァントの勇壮なオーケストラ・ドライヴには、聴き手を興奮させずにはおかない劇的な展開の巧みさと迫力が確かに備わっており、ミュンヘン・フィルの明るく流麗で色彩的、かつ俊敏なサウンドがそうした解釈と面白いマッチングをみせて素晴らしい聴きものとなっている。

ちなみにチェリビダッケとの第5番の演奏は90分近くかかることもあったほどで、1993年に録音されたEMIのCDでも87分40秒を要している。

ヴァントはこのとき74分35秒で演奏しているので、その差、実に13分。同じくハース校訂による1878年稿を用いていながらこの差は驚異的。

チェリビダッケのもと、極度に遅いテンポで演奏していたミュンヘン・フィルの面々が、ヴァントの快速テンポを楽しんでいる様子がよくわかるような演奏である。

随所で決まるティンパニも見事で(おそらくペーター・ザードロ)、第1楽章展開部など効果的だった。

この公演から約1ヶ月の後にはベルリン・フィルに客演して第5番を指揮するヴァントであるが、リハーサル回数の問題もあったのだろうか、ヴィルトゥオジティはともかく、指揮者の解釈がより深く楽員に浸透したのは、どうやらミュンヘン・フィルの方だったようだ。

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2011年08月24日


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1979年11月8日、ヘルクレスザール・ミュンヘンに於けるライヴ録音。

「ブル9」の驚くべき名演でマニアの圧倒的支持を受けたヨッフム&ミュンヘン・フィルのブルックナー。

それに続き、ヨッフムの十八番として知られた、絶美の「ブル7」が登場した。

ヨッフムは多くの演奏をスタジオ・ライヴに問わず遺しているが、当演奏は枯れ切った来日公演(1986年)と覇気はあるが若干落ち着かない印象のある1960年代のスタジオ録音との中間にして理想形とも言える見事な演奏。

ヨッフムはいぶし銀の巨匠となり、ブルックナーの最高権威としてその普及に絶大な貢献をなした。

この演奏も実に味わい深いものがあり、ブルックナーの巨大な音楽構造の中に、人間的な温もりを感じさせる演奏となっている。

そしてその中で、かなりのテンポの変化を設けて情熱的なうねりも聴かせ、ブルックナーがロマン派の作曲家であったことを強く意識させている。

このようにロマン的な配慮も多いにも関わらず全体の造形が崩れないのは、ヨッフムの職人的な技が細部に行き届き、その結果アンサンブルが高度に維持されているからである。

ミュンヘン・フィルの演奏水準はチェリビダッケ着任早々ながら非常に高く、その鄙びた味わいは南ドイツのオーケストラならではで、この曲にさらなる潤いを与えていることは言うまでもない。

音色にうるさいブルックナー・マニアも唸らせる名演と言えよう。

本来熱しやすい音楽家であるヨッフムが動的なブルックナー解釈から静的なものに傾斜していくまさにその瞬間を捉えたのが、この1979年11月にミュンヘン・フィルに登壇したこの「ブル7」なのである。

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2011年08月23日


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ブルックナーは、1983年7月20日、ヘルクレスザールに於けるライヴ録音。

マニアには広く知られたヨッフム/ミュンヘン・フィルの「ブル9」は、以前、海賊盤でリリースされた際にも評判となり、筆者も所有しているが、今回のバイエルン放送マスターによる音源は極上音質だ。

ヨッフム晩年とはいえ、枯れ切った味わいとは異なる、オケを叱咤激励する推進力に富んだ演奏であり、チェリビダッケが磨きはじめた輝かしい音色と妙技がマッチした非の打ち所のない演奏といえよう。

ともすれば作品全体への見通しを失いがちになってしまうこの交響曲の演奏の難しさの中で、ヨッフムはきわめてスケールの大きい立脚点に身を置いてすこぶるつきの充実感を示している。

雄渾さと緻密さがしっかりと噛み合い、そこに巨視的な把握が加わることで稀有なほどに振幅の大きい第9番の地平が描き出される。

作品特有の対位法的書法も実に定着度高く手中に収められており、この指揮者がとくにこの曲を得意にしていた事実を再認識させてくれる。

第9番については、シューリヒト&ウィーン・フィルに尽きるのであるが、このヨッフム盤は、各パートが克明に聴こえるのが大きな長所だ。

つまり、シューリヒト盤では弦に溶け込んで聴こえにくい木管のパッセージなど、ブルックナーの記したスコアを確認できることが実に愉しい。

演奏自体、金管群の充実した響きにより、聴き応え十分である。

ヨッフムは長いこと国際ブルックナー協会ドイツ支部の理事長を務めていた。

聴きはじめは何でもないようでいて、30分、40分と時間がたつにつれ聴き手は吸い込まれるように彼の音楽の中に包まれてゆく。

終わると、しばし呆然として我を忘れ、何物にも替え難い魂の安らぎを覚えるのだ。

カップリングのワーグナーもドラマティックな高揚を見せるファン待望の凄演である。

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2011年08月22日


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あの宇野功芳氏が マタチッチ/N響のブルックナーについて「かつてこれほどまでに熱望されたディスクがあったろうか。NHKホールに鳴り響いたマタチッチ/N響のブルックナー《第8》。それは1975年11月と1984年3月の2回あるのだが ともに世紀の名演であり 会場で耳にし 放送を聴いた人が等しく1日も早いディスク化を望んでいたのである。」と激賞していた名演の待望のCD化。

第1楽章の基本テンポは速く、余分なものなものをすべて切り捨てて、音楽の大切な核だけを素朴に描いてゆく。

まことに誠実で流れの良い演奏であり、第3主題など圧倒的なスピード感だ。

マタチッチの特徴の一つにリズミックな運びがあるが、提示部の最後が良い例である。

それはシューリヒトともヴァントともクナとも違うマタチッチ独自のスタイルだが、ともに真実のブルックナーという点で一致する。

一見何でもなく音をさばきながら、すべてに意味があり、ついにクライマックスにおける地獄の咆哮となるのだ。

スケルツォもかなり速いテンポによる武骨、豪快な指揮ぶりで、きれいごとでない野人ブルックナーの姿を伝え、音による大建築物を創造してゆく。

トリオもすっきりとした流れの中に憂愁の味を生かすが、第2部に入るやテンポを落とし、いっそう沈潜した表現を聴かせるあたりはさすがだ。

ハープのくっきりした美しさも比類がない。

アダージョからフィナーレにかけてもすばらしい音楽美を誇っており、アダージョのクライマックスの部分や、フィナーレの各部には激しいアッチェレランドが現れる。

とくに後者の提示部終わりなど凄絶さの極であり、そのままのテンポで一気に展開部を進めてゆく。

再現部にはさらに強烈な加速があり、ブルックナーを逸脱する寸前にまで達している。

いや、他の指揮者がこのような表現をしたら、音楽を破壊してしまうだろう。

そうならないところに、ブルックナーの本質をぐっとつかんで離さないマタチッチのしたたかさを見るのである。

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2011年08月21日


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2010年2月12日、ミュンヘン・フィルハーモニーに於けるライヴ録音。

ハイティンクが、1988年のウィーン・フィルとの録音以来、21年ぶりに バイエルン放送響とおこなったライヴ録音。

ハイティンクの壮大な音楽づくりにオーケストラのメンバー、そして、響きの良さでは定評のあるミュンヘンのフィルハーモニー(ホール)が、まさに三位一体となって素晴らしい音楽を奏でている。

ハイティンクはバイエルン放送響の南ドイツ的な属性を大切にして、洗練されたアンサンブルで、じっくりとブルックナー・サウンドを醸成している。

荘重な第1楽章、ひときわ美しい第2楽章、軽快かつダイナミックな第3楽章、そして終楽章は、実に荘重で輝かしい頂点を形成して壮大なスケールで閉じる。

75分間、最近忘れかけていた、ゆったりとした“とき”を味わえる。

ブルックナーを得意としてきたハイティンクの同曲3回の録音のなかでも秀逸な1枚と言える。

特段、誇張する箇所もなく中庸といえばそれまでだが、しなやかな弦、強奏でも美しく重心の低い響きを持つ渋い金管といい見事である。

ハイティンクやヨッフムの演奏を聴くたびに、指揮者には失礼かもしれないが、何よりも感心するのはバイエルン放送響の音である。

ハイティンク盤は録音が新しいだけにその特徴がよくわかり、ヨッフムがオケと一緒に音楽するのに対して、ハイティンクはオケを統率しようとする意思が感じられるのだ。

明るく開放的な演奏ということでは、ヨッフムの弟分的な名演である。

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2011年08月20日


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わが国にデビューした当初のリヒテル(もちろん、ディスク・デビューである)は、桁違いに大きい表現力の振幅で、聴き手を圧倒していったものであった。

後期から晩年になってのリヒテルも、やはり驚くべき振幅をもった表現力を誇ってはいたものの、同時に、以前よりいっそう求心的な力強さをもった内省的な要素をあらわにしていくようになる。

1991年に録音されたベートーヴェンの後期の3曲のソナタの演奏(当時、リヒテルは76歳である)でも、そうした傾向は顕著であるといえよう。

70代後半を迎えたリヒテルが、ベートーヴェンの最後の3曲のソナタを録音したことにも、一つの意義が感じられる。

それ自体が彼のベートーヴェン演奏の集約であるということではないが、そこには、豊かなキャリアとともに到達したベートーヴェンの内面の世界への深い共感も見出せよう。

数多いリヒテルのベートーヴェン演奏の中では、ベストとして選ぶよりも、彼の活動の歴史の中の一時点を物語るものとして興味深い1枚だ。

第31番の第3楽章に聴く痛切な情感から、第32番のソナタのスケールの大きな表現力に至るまで、リヒテルが到達した音楽性の高さはすばらしい。

リヒテルの演奏の特色は、作品に内在する緊張感(別の言い方をすれば造型力)を徹底的に表出してみせることだと思うが、ここでもそれが十全に生かされている。

リヒテルの透徹した精神がベートーヴェンの貴重な精神を伝えている。

これは西側よりむしろ旧東側で練られたものではある。

しかし、そこには極限までベートーヴェンが考えた表現を聴くことができる。

その解釈は多くのことを教えてくれる。

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2011年08月19日


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晩年のクレンペラーの不屈の自信と一段と徹底した深い精神性が感じられる名演である。

クレンペラーは、大きなスケールで曲をまとめあげる指揮者である。

素朴だがまた迫力の強い説得力ももっている。

それでいて、乱れはみせないし、音響的な色彩感にも細かい配慮があるし、造型にも巧妙さがある。

このような指揮者でないと、大曲を面白く聴かせることはできない。

こうした意味で、特に、ベートーヴェン、ブルックナー、ブラームス、マーラーの交響曲では、クレンペラーの長所が最大限に発揮されるのも当然であろう。

そのような音楽でクレンペラーは決して小細工をしないし、人為的な気取りもみせない。

なかでもブルックナーとなると、そのゲルマン的思考と構築性のために、イタリアとかフランスとかロシアの指揮者からは期待できない、すぐれた演奏となる。

晩年のクレンペラーは、右手が不自由なために、指揮棒を持たずに指揮をしていたが、そこからつくりだされる音楽は、逸品である。

ブルックナーとなると、他に追随をみないくらいに壮大で重厚で、しかも後期ロマン派からの伝統をまともに受けてきた貴重な体験を生かして強い感動をもたらす。

この第6番の交響曲は、実はブルックナーの第5番から第9番までのいわば晩年の交響曲のなかで、もっとも演奏されないものに属する。

それを珍しくもクレンペラーがとりあげたのだから、これは、クレンペラー愛好者もブルックナー同好者も、絶対聴き逃せないディスクなのである。

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2011年08月18日


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ここに聴くベルリン・フィルとの「エロイカ」は、壮年期ベームの面目躍如たる名演である。

激しい共感を凄いほどの緊迫感で示した表現で、非常に意欲的で力強い推進力があり、造形も端然としている。

じーんと腹の底に響いてくる深い音をもったスケールの大きな「エロイカ」である。

少しもいきり立ったり、細工したり、誇張したりしていない。

素朴なほどに謙虚な表現である。

それでいて、どの部分もおだやかに整っていて無駄がない。

フルトヴェングラーの深遠、シューリヒトの知恵、モントゥーの慈愛……といった特別なものは何もない。

もし天衣無縫という形容が許されるのなら、このベームの演奏はそこに達したものといってよいだろう。

ベームはスコアをスコアのままに正確無比に再現しようとする職人中の職人のように思えるし、冷徹な即物主義者のようにも思える。

ただただ、スコアに書かれた音を、ベームの考える「正しいテンポ、リズム、フレージング、バランス」でもって、ストイックに再現していくだけなのだが、常任指揮者のカラヤンの下で陰を潜めていたベルリン・フィル本来のドイツ的な剛毅さが生々しく現れていて、これはこれで堪えられない。

1959年録音のブラームス「第1」(ベルリン・フィル)とともに、壮年期のベームを代表する名盤と言えるだろう。

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2011年08月17日


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実に惜しい。

第3楽章までは深みのある超弩級の名演なのに、終楽章に来て大きな問題点が発生する。

クレンペラーは、終楽章に大幅な118小節に及ぶカットを施しているのだ。

なぜ、このような恣意的な解釈を行うのであろうか。

おそらくは、長過ぎるとか冗長に過ぎると思ったのであろうが、仮にそのように思っていたとすれば、いささかきつい言い方かもしれないが、ブルックナーを指揮する資格はそもそもないとも言えるだろう。

ノヴァーク版が一般化しても、ブルックナーのスコアに記した音符をできるだけ忠実に再現したハース版を変わらずに信奉し続けたヴァントや朝比奈の演奏が高く評価される今日においては、きわめて奇異な解釈と言わざるを得ないだろう。

終楽章冒頭のテンポの入り方も深沈として実に味わい深いのに、大変惜しいことである。

これぞ諺に言う、「百日の説法屁一発」というものではないか。

第3楽章まで聴き終えて、超名演との評価は確実と思っていたのに、愕然とした次第である。

この終楽章のカットは、ブルックナーファンとしては、クレンペラーの偉大さを評価する者としても許しがたいという思いが強い。

他方、カップリングされているジークフリート牧歌は巨匠ならではの超名演。

何よりも、木管楽器の生かし方が素晴らしいのは、いかにもクレンペラーらしい。

ゆったりとしたテンポの下、深みのある音楽が雄大なスケールで展開している。

HQCD化によって、音質は相当の改善が見られた。

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2011年08月16日


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クレンペラーはフィルハーモニアないしニュー・フィルハーモニア管とのコンビでブルックナーの交響曲を6曲吹き込んでいるが、その中でもこの第9番はとりわけ強い印象の残る演奏のひとつである。

最晩年のクレンペラーが行き着いた最晩年のブルックナーの世界とも言うべき演奏で、全体を見渡す冷徹な掘り下げと細部にまで行き届いた深い表現は巨匠ならではのものである。

ブルックナーの未完に終わってしまった第9交響曲は、情緒的にアプローチされるケースも多く、そうすると親しみやすいというメリットも出てくるけれど、逆に、この曲の本質的な強靭な存在感を、いくぶんなりとも弱めてしまいかねない。

その点、ここに聴くクレンペラー盤は、無愛想なので、かなりとっつきにくいところはあるものの、その表現するところ気宇壮大。

この曲の魅力を息の長い発想でスケール雄大に描きあげている。

クレンペラーのアプローチは、素朴なカトリック的ブルックナー像というのとは一線を画し、濃厚で、権謀術数に富んだようなアクの強さを持っているが、そこから生まれてくる表現力の強さは、やはりただごとではない。

ブルックナーそしてクレンペラーという通常のイメージに反して、テンポは決して遅すぎない。

音楽はむしろ思いのほかすっきりとした足取りで、揺るぎなく進行する。

オーケストラの響きも引き締まって純度が高く、表現はぐんと厳しいものになっている。

しかもそれでいて、無類の偉容と風格を感じさせるところが、巨匠クレンペラーのクレンペラーたる所以と言うべきだろう。

レコーディングされたのは1970年、彼が85歳の年であった。

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2011年08月15日


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1967年11月21日 東京文化会館でのライヴ録音。

ヴァント盤、チェリビダッケ盤などの登場で、一般の関心はそちらに移ってしまった感はあるが、このたび、並べて聴いて、強い感銘を受けたのはむしろマタチッチ盤の方だ。

マタチッチの豪快さが全面に出た胸のすくような演奏である。

第1楽章から音楽の呼吸の深さが尋常でなく、オーケストラの技量の問題などどうでもよくなってしまう。

コーダでテンポを加速させるなど、普通ならブルックナーを傷つける行為も、この人にだけは許されてしまうから不思議だ。

これだけオーケストラをガンガンと鳴らしまくって、些かも外面的にならず、宇宙的な鼓動を思わせるのであるから、マタチッチという人は、ただ者ではない。

悲しみも悩みも吹き飛ばす響きの豪快さと大きな胸に抱かれているような安心感とでも言おうか。

第2楽章では、懐かしい「揺りかご」に揺られながら、遠い記憶への旅に誘われるような気持ちがする。

黄泉の国を漂流するような幽玄があり、儚く、この世の音楽とは思えない。

フィナーレのコーダの壮大さは、とても人間業ではなく、最盛期のクナッパーツブッシュを凌駕しているに違いない。

冴えないと思われていた録音も、実際には素晴らしいもので、どこか蔭のある鄙びた音で聴くと、豪快なだけに終わらないマタチッチの情感の深さが思われて感動的である。

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2011年08月14日


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ベートーヴェンの交響曲と同様に、古楽器による演奏法をモダン楽器に応用して雄弁な効果を発揮。

ここでのヨーロッパ室内管は好演で、すっかりアーノンクールのオーケストラになりきっている。

シューマンの作品がもつ淡いロマン性をすっきりと歌い上げた演奏。

アーノンクールはここでも現代からシューマンの時代を振り返るのではなく、18世紀の視点に立ってシューマンの音楽の革新的な部分を描き出すことに主眼を置いている。

第4番は通常の1851年の改訂版ではなく、1841年の初稿版による演奏で、アーノンクールは、オーケストレーションの薄いこの版によって、従来のこの交響曲の重厚なイメージを見事に払拭している。

アーノンクールはブラームスが高く評価した第1稿の軽やかで古風な魅力をあますところなく表現し、幻想的な味わいをごく自然ににじみ出させる。

しかも、細部の動きや表現にまで明晰な読みを通した演奏は、大変に生き生きとした生命力にあふれ、シューマン特有のロマンや、彼がこの交響曲に託した意欲といったものを、とても鮮やかに示している。

他の3曲も、アーノンクールならではの速めのテンポで生き生きと運んで、強い緊張感としなやかなメリハリにとんだ表現を巧みに織りなした、すぐれてユニークな演奏であり、シューマンの交響曲演奏に新たな一石を投じている。

中では、春の到来を喜ぶ気持ちを率直に表現した第1番がすがすがしい演奏で印象に残った。

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2011年08月13日


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ブルックナーがロマン派と隔絶した音楽であることを、最初に示してくれた記念碑的演奏である。

トロンボーンなどに旧式の楽器を使用し、現代的な意味での重厚感とは無縁なので、肉体的な物足りなさを覚える人がいても不思議ではない。

しかし、ブルックナーの音楽が、パレストリーナ以来のポリフォニー音楽からの伝統を受け継いでいることを知るのも、もうひとつの魂の愉悦である。

バロック音楽に精進していたアーノンクールがブルックナーに心惹かれるのは自然なことだ。

響きは湧き出る泉のように清廉であり、同時進行するエピソードのすべてが多層的に鳴り響く。

これぞ、ポリフォニーの神髄。

そこに木霊するのは、天上の木々のさざめき、花々のそよぎ、宇宙の鼓動そのものだ。

どうか、アーノンクールの瑞々しさを味わって頂きたい。

アーノンクールはブル4に、コンセルトヘボウ管を選んだのは正解だった。

ここでのアーノンクールはオーケストラに厳格なまでにスコアに従うように要求する。

デュナーミク、アーティキュレーション、クレッシェンド、ディミヌエンド…。そのこだわりは神経症的といえなくもない。

しかしそれは同時に、驚くほど豊かな情感に満ちた演奏でもある。

細部にこだわればこだわるほど、より一層緻密で多彩な情感が得られるものなのかもしれない。

金管の鳴らし方が独自だが、アゴーギクなどは伝統的な解釈を見せている。

重くならないフレージング、弱音で弦のヴォリュームを絞ることによって得られる音響バランスによって、テクスチュアを明晰にしていることもすばらしい。

長いフレーズ感と壮麗かつ重厚な響きをもった、そして次第に形成されていった"伝統的"な解釈からの開放を試みた、アーノンクールならではのブルックナーだ。

この新しいブルックナー像を心より歓迎したい。

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2011年08月12日


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大戦末期、ウィーン・ムジークフェラインザールでのライヴ録音。

作品と指揮者が運命の糸で結ばれている、そんな磁力にも似た求心力を背景にうねるような起伏をもって再現された名演、熱演。

ハース版に基づいた演奏だが、フルトヴェングラーが若々しい気迫に満ちた音楽を聴かせる。

フルトヴェングラーの解釈は作品との強い一体感をベースとしたもので、それはバーンスタインがマーラー演奏に見せた陶酔感すら覚えさせるものがあるが、フルトヴェングラーのブルックナーには例えようもない気品と影の暗さがあり、それが感動のテンションをさらに高める。

そうした美質を引っさげてフルトヴェングラーはブルックナーの核心部分へと果敢かつ勇猛に足を踏み入れていきながら、聴き手を抗い難い興奮へと巻き込み、陶酔的感動に浸らせてしまう。

フルトヴェングラーの視点から再構成されたブルックナーという印象もあるが、その音楽の壮大さは比類がない。

テンポの大きな動きを伴うロマン的な語り口はこの指揮者ならではで、アゴーギクとデュナーミクを巧みに融合させた効果は、まさに名人芸といわねばなるまい。

作品にふさわしい抑制もきかせているが、クライマックスの構築はあくまでフルトヴェングラー流、ドラマティックな要素が際立つ。

作品の世界にのめり込みながらも、バランスを崩す直前で踏みとどまる、その匙加減が絶妙だ。

ことに第3楽章の連綿と続く歌の美しさにも特筆すべきものがある。

ウィーン・フィルの楽員たちは全身全霊を傾けて表現している。

フルトヴェングラーの凄さに圧倒される巨人の足音である。

今日のブルックナー解釈とは異なる世界に位置する歴史的名盤である。

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2011年08月11日


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1982年から6年をかけて録音完成されたインバルによるブルックナー/交響曲全集のセットでの発売。

ブルックナーが最初に完成させた稿のみを用いるというユニークなコンセプトで作られた全集で、歴史的価値も極めて高い。

特に第3、4、8番にノヴァーク版の第1稿を用いているのが異色で、通常の演奏に用いられる稿と大きく違っており、ブルックナーの愛好家は必聴で、関心のある人にも見逃すことのできない演奏である。

インバルのブルックナーは楽譜を尊重した純音楽的な表現だ。

演奏は極めてよく整頓され、洗練されていて、インバルの強烈な個性で一貫している。

演奏の水準はいずれも高く、楽譜を徹底的に読み込み、それを忠実に再現しようとするインバルのやり方が生きている。

極めて知的な考究と尖鋭な感覚で、まず全体の骨格がつくられた後に音楽的な感興が作品の情緒を汲み上げる作業を行い、作品に応じた対応をしている。

清澄な響きと豊かな動感も楽譜に即しており、管弦の優秀な技巧が効果的で、ここまでオーケストラを精錬させるのは大仕事だ。

インバルの演奏は若々しく、精気に満ちた力と思索的な静けさを共に具えている。

緊張感をもったテンポに独自の爽快感があり、色彩感の美しさも特筆に値する。

以前の録音に比べると、格段に磨きのかかった響きとなっており、音の運びにも柔軟性が豊かに出て、1音1音に息づかいの感じられる演奏だ。

誠実で、何のケレン味もない棒さばきから、それぞれの曲の本質に触れた深い味わいが滲み出てくるのを聴いていると、ブルックナーという交響曲作家の偉大な精神が浮かび上がってくるのが感じられる。

録音のすばらしさも表裏一体となって、この名演の奥行きに加算されている。

最初の交響曲である、ヘ短調交響曲も、その創作の出発点を知る意味で興味深い。

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2011年08月10日


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ピアノの打楽器的な扱いや、断片的な旋律、さらに超人的なテクニックをエネルギッシュに盛り込んだバルトークのピアノ協奏曲第2番は、屈指の難曲として名高い。

リヒテルは難解な書物をわかりやすく咀嚼するかのように、きわめて音楽的にこれを処理してしまう。

怖いまでの音楽性とピアニズム!

シャープなリズム感、そしていかなる至難なパッセージも恐ろしくクリアに立ち上がらせる技巧、さらには攻撃的ともいえる表現の鮮烈さ等々、実にスリリングなシーンが連続する。

幽玄この上ない第2楽章と、エキサイティングな両端楽章との対比がすばらしい。

この演奏を基準にヴィルトゥオーゾを設定すれば、クリアするピアニストなど一握りにも満たないだろう。

プロコフィエフのピアノ協奏曲第5番は、技術的には難曲だけれど、内容的には平明といえば平明、奥がありそうといえば奥がありそうで、その性格づけはなかなか難しい。

こうした曲をリヒテルが演奏すると、その圧倒的ともいえるようなグランド・マナーによって、きわめてスケール雄大に、しかも内容も濃く描き上げてしまう。

高度なテクニックを背景にして、雄弁きわまりない演奏が出来上がっている。

聴き終わると、密度の濃い演奏にふれたという充溢感が満ちてくる感じだ。

さすがリヒテルというところなのだろう。

また、ここでは指揮者マゼールも負けてはいない。

メリハリを強調した音楽づくりで、独奏者と堂々四つに組んでいる。

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2011年08月09日


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晩年のチェリビダッケがもっとも得意とし、また聴衆からもリクエストが多かったのは何と言ってもブルックナーだった。

彼の晩年のブルックナー演奏は、他の指揮者や伝統とは大きく異なる。

まずテンポは遅く、響きは明晰をきわめる。

それぞれの楽器は、比較的同じ強さで、たとえて言うなら混声合唱の各パートの均等な重なり合いのような具合に、ハーモニーする。

これは、チェリビダッケが若い頃ルネサンス音楽を研究していたことにもよるのだろう。

元来、チェリビダッケの演奏においては、どのパートも非常に明瞭に聴こえるのだが、特にブルックナーだとその効果はすばらしい。

特に第8番はそういうチェリビダッケの芸風に合った名演だ。

めいっぱい遅いテンポで曲のロマンティシズムを綿密に歌いあげてゆく。

それゆえ演奏時間は著しく長いが、一つ一つの楽段のテクスチュアを丁寧に解きほくしつつじっくりと確実に進んでゆく。

終楽章の金管も決して咆吼にならず、気品豊かで、作品の巨大な姿を十分な時間をかけて解明した演奏。

私個人はチェリビダッケの晩年の演奏は必ずしも納得していないが、ブルックナーの後期交響曲の演奏は格別としている。

かなりの遅さではあるが、そのテンポによりはじめて可能な微細な表情、細部の綿密な仕上げがここで聴ける。

これはむろんチェリビダッケにしか成し得ない神業であろうが、ミュンヘン・フィルの暖色系の音色とアンサンブルがあってのことでもある。

神秘的であり哲学的であり、そして人間的である第8番と言える。

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2011年08月08日


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1985年3月、ベルリン・フィルハーモニーにおけるライヴ録音。

ジュリーニのブルックナー録音は必ずしも多くないだけに、最円熟期の巨匠がベルリン・フィルを指揮しての第7番と第8番が相次いで発売されたことは、大きな朗報だった。

この曲の数多い名演のなかでもカラヤンに次いで筆者が魅了されるのはフルトヴェングラーとジュリーニである。

この第7番は、ジュリーニの高貴にして豊かな芸格を最も端的に伝える名演といってよいだろう。

すみずみにまで、神経をゆき届かせながらも、悠然とした構えの大きな音楽を作り上げているところに魅せられる。

その奥深く澄んだ響きはベルリン・フィルならではのもので、ジュリーニはそうした響きとベルリン・フィルの柔軟で底知れぬ表出力を、あくまでしなやかに毅然たる表現で生かして、まことにスケール豊かな、晴朗で力に漲った演奏を築いている。

ベルリン・フィルの磨き抜かれた響きと機能を緻密な表現と確かな造形によって、しかもスケール大きく生かしきった名演で、ブルックナーの巨大な音楽が晴朗な光の中にすっくと起立してくるような健やかで強い手応えがある。

特に第2楽章の緻密で美しくしなやかに歌わせる高貴な表現は、ジュリーニならではの至芸である。

最円熟期のジュリーニならではの名演であり、往年のブルックナー指揮者と肩を並べたといってよいだろう。

この壮大な作品の細部と全体を少しの夾雑物も交えることなく、澄明な光の中にくっきりと表現しつくした名演である。

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2011年08月07日


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ジュリーニ&ウィーン響の「ブル2」は筆者にこの曲の魅力を教えてくれた懐かしい演奏である。

なんとも詩情豊かな、洗練されつくした名演で、しかも生命感の希薄さとは無縁の内面の充実がある。

第1楽章から無用なものが一切なく、純粋に書法だけを音に変えた美しさが漂い出ている。

ジュリーニはブルックナーの音楽に誠実に奉仕し、自己の風格をその中に自然に反映させている。

ジュリーニのブルックナーへの傾倒を、ことごとく凝集したかのような演奏であり、豊かな洞察力と分析を背後に秘め、内的な共感を率直に反映しながら、みずみずしい音楽を歌う。

全体に優美で柔軟な味わいを持ち、第2楽章は内省的な味わいが濃く、テンポも無理なく比較的自由に動き、流麗な音楽を作っているのもジュリーニらしい。

特に後半の2つの楽章では、精妙なアンサンブルが壮麗な音楽を響かせ、劇的な表情を駆使できるところでさえ、あくまでも格調高く、高貴な品格を弱めることはない。

第3楽章のスケルツォの堂々とした風格、トリオの素朴な美しさ、終楽章のしっとりとうるおいを持った表情も印象的。

沈静と高揚、繊細と壮大といった対極的表現や、楽想の転換による音楽的途絶感の処理に、極めて綿密な注意を払った演奏だ。

やや官能的な快さまで含んだ表情の奥行きの深さには、柔軟な手つきで手操るジュリーニの確かな手腕がある。

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2011年08月06日


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カーゾンの面目躍如たるベートーヴェンだ。

ひとつひとつの音を明瞭に積み重ね、全体像を築き上げていく。

カーゾンの洗練された《皇帝》は、フィナーレの繊巧さにおいてほとんどモーツァルト風といっていいが、内面的な知性と集中力の凄さをそなえている。

ピアノ・パートとオーケストラ・パートの和声・旋律の呼応が自然に浮かび上がり、マッチョ・スタイルのエネルギッシュな《皇帝》では決して出会うことができない音風景が展開する。

クナッパーツブッシュの風格ある指揮が立派で、時にハラの探り合いのようになるのが楽しい。

クナッパーツブッシュの雄大ではあるが重苦しくはないオーケストラを堂々と鳴らし切ると、やおらカーゾンの輪郭明瞭でクリスタルのような音のピアノが流れ出す。

音楽美学も録音への姿勢も異にすると推察される2人の協演はしかし、不思議に調和して濃密な音楽的時間を紡ぎ出していく。

聴けば聴くほど2人(+オケ)の交わりの面白さを堪能できる。

"頭脳と腹との対話"のような両端楽章も充実しているが、白眉は緩徐楽章。

カーゾン・タッチの極致にウィーン・フィルの柔らかな管が絡み、じっと聴き入るクナッパーツブッシュの気配がいい。

クナッパーツブッシュの指揮は一見ぶっきらぼうのように聴こえるが、ソリストをサポートする温かい人間味が秘められている。

ステレオ初期の録音だけに、ハイ・レンジはいささか息苦しいが、観賞に耐える復刻である。

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2011年08月05日


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これは、ショスタコーヴィチの「第4」の最高の名演であるだけでなく、ラトルのあらゆる録音の中でも、現時点においては最高の超名演であると高く評価したい。

ショスタコーヴィチの「第4」は、実に複雑怪奇な作品である。

冒頭の主題が、終結部などで再現される以外は、様々な異なる主題が長大な貨物列車のように数珠つなぎに連なっており、不協和音や霧のような静寂など、曲想もめまぐるしく変化するなど、とても一筋縄ではいかない。

しかしながら、聴けば聴くほど味わいが出てくるという内容の深さにおいては、間違いなくショスタコーヴィチの交響曲の中でも上位を占める傑作であり、そうしたこともあって、特に、近年においては、数々の名演が生み出されるに至っている。

本盤のラトル以外にも、チョン・ミュンフンやゲルギエフの名演などが掲げられるが、その中でもやはり、ラトル盤こそ最高峰の名演と言える。

ラトルは、切れば血が出るような激しい情念の迸りや思い切ったテンポの激変、ダイナミックレンジの極端な幅広さなどを駆使しており、それでいて、第2楽章や終楽章の終結部の霧のような静寂の表現も完璧である。

切れ味鋭いリズム感も、殆ど神業のレベルに達している。

バーミンガム市響も、ラトルの抜群の統率の下、最高のパフォーマンスを示しており、一流とは決して言えなかったバーミンガム市響をこれだけのレベルに引き上げた才能にも大いに驚かされる。

併録に、ショスタコーヴィチと親交のあったブリテンの「ロシアの葬送」をカップリングしたセンスの良さも、ラトルならではのものであるが、同曲も素晴らしい名演だ。

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2011年08月04日


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ラフマニノフはツィマーマンの初録音。

センスのよくないピアニストの手にかかると、まるで甘味が多すぎて辟易とすることもあるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番だが、ここにおけるツィマーマンのピアノを聴いて甘すぎると感じるような聴き手は多分ほとんどいないだろう。

もちろんここに甘味がないわけではない。必要な分だけは、しっかりと用意されている。

だが、少しも過剰になっていない。

すべては並々ならぬツィマーマンの自覚に裏づけられた強靭な音によって描き出されていく。

ここではラフマニノフの音楽固有の情感も、空中に霧散していくのではなく、大地にしっかりと刻印されているかのようだ。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、旋律が実に甘く切ないものであり、どうしてもそうした表面上の美しさの方に心が奪われてしまいがちであるが、ツィマーマンのピアノは、もちろん美しさにおいてもいささかも欠けているところはないものの、あたかもベートーヴェンのピアノ協奏曲に接する時のような深沈とした深みやドラマティックな要素を兼ね備えているのが素晴らしい。

とかく前時代的であるとかロシアの哀愁誘う作曲家であるなどと、いささか通俗的と過小評価されているラフマニノフによるピアノ協奏曲を、それこそベートーヴェンのピアノ協奏曲にも比肩し得る大芸術作品の域にまで引き上げたと言っても過言ではあるまい。

そのことは、もちろん、併録された第1番の協奏曲にもあて嵌る。

最近は大病を患って健康状態に大きな不安を抱えている小澤ではあるが、本演奏ではパワー全開であり、情感の豊かさにおいても力強い生命力においても申し分がない。

ボストン交響楽団も美しさの極みとも言うべき名演奏を繰り広げており、重量感溢れる迫力においてもいささかも欠けるところがない。

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2011年08月03日


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1954年12月、カーネギー・ホールにおけるライヴ録音。

ワルターはこんにちのようにブルックナーの音楽が広く聴かれるようになる前から、いち早くとりあげた指揮者だけあって、その音楽の神髄に肉薄した演奏だ。

彼のブルックナーは最も純粋な音楽美を示したもので、透明、清澄のかぎりをつくし、ニュアンスやデリカシーの点でも比類がない。

冴えたみずみずしさと愛情にあふれた美しさが上品で詩的な感受性を湛え、ブルックナー独特の熱っぽさや壮麗さを充分生かしつつも、少しも重苦しくなったり劇的になったりしていない。

ブルックナーの世界に陶酔しながらも、精緻に、優雅に、愛情をこめて荘厳な雰囲気を描出している。

ワルターは音楽の宗教的な深さよりも人間的な温かさに焦点をあてて演奏しているのが特徴で、情感豊かな旋律を、実に美しく歌いあげている。

第1楽章の広がりと豊かさは、コロンビア響との録音では乏しかったもので、大編成のニューヨーク・フィルらしい充実感があり、艶やかな歌にいたってはワルターの独壇場だ。

第2楽章アダージョでは、滔々と流れる情緒的な旋律をゆったりと品よく歌わせているし、聴いているといつしか神の深い慈愛に包まれているような安らぎを覚えるほどで、このあたりにもワルターのブルックナー観がよくうかがえる。

楽譜は例によってハース版を使用しており、アダージョのクライマックスにおけるシンバルやティンパニも加えていない。

華やかになりがちなクライマックスも、しっかりと手綱を引き締めていて、巨匠の芸の深さを感じさせる。

筆者としてはこの素朴さを支持したいと思う。

すなわち、音楽の本質に関係のない外面的な効果で聴く人を驚かせるようなことはしていない。

むしろ効果など少しも狙わずに演奏を進める点ではヴァントに匹敵する。終始、有機的な心の調べが聴こえてくるのである。

数あるブルックナーの録音のうちでも、これほど穏やかな優しさにあふれた演奏も珍しい。

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classicalmusic at 01:35コメント(0)トラックバック(0)ブルックナーワルター 

2011年08月02日


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1973年、ムラヴィンスキー初来日直前のレニングラードでの録音。

シューマンがベートーヴェンの交響曲第4番を「2人の北方神話の巨人の間にはさまれたギリシャの乙女」と呼んだ評価からすれば、ワルター盤が似合う。

だが、この曲は「第7」と共通するリズム感にも貫かれている。

ムラヴィンスキーはこの曲の古典主義の中に含まれる純粋性を、きびしい集中力をもって追求しており、極めて格調が高く、すさまじい迫力に満ちている。

それはムラヴィンスキー好みの速いテンポで進められているからというだけでなく、彼独特のシャープな切れ味を持っているからである。

全体に硬質な緊張感に貫かれているが、集中力に満ち、無駄を削ぎ取った潔癖さはすがすがしく、きびきびと進行する。

リズムの出し入れも的確で、気高く、全体に明澄さと男性的率直さが支配している。

超名演は「ルスランとリュドミラ」序曲だ。

これ以上速いテンポは不可能、というギリギリの表現に、人間の情熱と生命力が極限の姿で示されている。

しかもオーケストラは一糸乱れず、繊細さも充分でリズムの勢いもすさまじい。

2曲とも彼の演奏の中でも傑出したもので、ムラヴィンスキーならではの芸術といえる。

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2011年08月01日


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いろいろな点で《トゥーランドット》の常識的な再現の枠を破ったユニークな、そして興味深い演奏だ。

メータは1998年にも録音しているが、1972年盤のほうが好ましい。

まず豪華な配役それぞれが名声にかなった歌いぶりを示しているのが強み。

パヴァロッティの情熱的なカラフと、カバリエの美声を十分に生かしたリューが聴きもので、声の質からいって一見向かなそうなサザーランドがタイトル・ロールに挑戦して、氷のように冷たい心が愛に目覚めて溶けてゆく過程を、CDで聴くおそらく他のどのドラマティック・ソプラノよりも人間味豊かに演じて聴かせる。

特にサザーランドとパヴァロッティが持てる力を出し切って歌っており、第1幕、第3幕も総じて立派な演奏だが、ことにトゥーランドットが謎をカラフに提示する第2幕第2場が圧巻。

ふたりの輝かしい歌声が鋭い緊張感を生み出している。

さらに中国皇帝にピーター・ピアーズが起用されるなど、脇役陣と合唱の充実ぶりも目立った。

またメータの力強く堂々としたまとめぶりも大いに称えたい。

メータの指揮は、多彩なオペラティックな効果より、むしろ作品をマーラー演奏に共通するような豊麗でシンフォニックな表現の中にすべてを包み込むが、それでも和声の色彩感の鮮麗さ、旋律とカンタービレの強靭さ、ダイナミックな起伏の設計の巧みさなど、プッチーニの音楽の根本的な要求は十分に満たしている。

そして他盤に比して一段とスケールが大きく、彫りの深い造形から生まれるパセティックな感動は比類がない。

ACC、ADF、エディソン賞などを受けている。

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