2011年10月

2011年10月31日


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動感を強調、熱っぽく劇的に演奏しさえすれば、感情を著しく鼓舞された聴き手は、なにがなし他者との連帯が強まった思いに駆られて満足する、そんな一面が、この第5番にはあった。

雄々しさを強調したエネルギッシュな演奏がはやったのも無理はない。

もともとロストロポーヴィチは、チェリストとしても指揮者としても、いったん興に乗ると自身のはやる気持ちを抑え切れなくなる面を残していたような気がする。

だが、ここでの彼はそうではない。

全曲の中心を第3楽章ラルゴに置き、物悲しく息の長い透明なメロディを、しなやかに深々と歌い進めてゆく。

おのずから表出される切なさが、彼の円熟を物語っている。

第1楽章はことさら弱音で表出される主楽想及び副楽想が息づまるような内的緊張に支えられている。

例えば、第1楽章の中間部で、悲痛な主題が現れるところでは、テンポを落とし、弦楽器には、かすかなヴィブラートをかけ、微妙なフレージング処理により、切々と聴き手の胸に迫ってくるのである。

第2楽章も暗鬱に表現し、テンポも各部分に緩急を与えて決して速すぎない。

第3楽章はこの演奏の圧巻で、まさに心にしみ透ってくるような表情。

その抒情の表現は絶妙な陰影を伴っている。

終楽章は劇的で巨大な表現。

全4楽章を通じて、何と暗鬱な音楽を雄大なスケールで歌わせていることか。

どの部分も、作曲者と親しかったロストロポーヴィチの深い理解と共感を感じさせる素晴らしい演奏である。

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2011年10月30日


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1949年6月10日、ヴィースバーデン国立歌劇場に於ける演奏会の実況録音である。

プフィッツナーの音楽物語『パレストリーナ』は、1917年、ブルーノ・ワルターの指揮によってミュンヘン国立歌劇場で初演された彼の代表的なオペラであり、16世紀のイタリアの作曲家パレストリーナを主人公としている。

プフィッツナーは1949年5月22日に80歳の高齢で世を去ったが、その追悼の意味でフルトヴェングラーがプログラムに組んだのだろう。

「3つの前奏曲」は、1944年に作曲者自身によって演奏会用にアレンジされたものだが、「第1幕への前奏曲」は、きわめて瞑想的、神秘的な色合いが濃く、かつ透明な純度を獲得している。

フルトヴェングラーは形式感よりは内容を重視しており、雰囲気が実に美しく、ことに肌にしみ込むような弦の哀切さと孤独感が見事だ。

「第2幕への前奏曲」は、後半の悲劇的な詠嘆の部分に心がこもっているが、前半は録音のせいか金管の響きが裸で痩せており、あまり感心できない。

「第3幕への前奏曲」はとりとめのない情感と憧れに満ちた曲で、演奏がそれをさらに助長している。

すすり泣くような弦の色合いは、フルトヴェングラー/ベルリン・フィルならではのものであろう。

モーツァルトの「40番」は1948年盤に比べて第1楽章のテンポがやや遅くなり、第2楽章の前打音が楽譜通りになったほかは大差なく、やや物足りない。

この指揮者のバッハやヘンデルからは考えられぬモーツァルトといえよう。

フルトヴェングラーの「ブラ4」はどの盤も表現上の大差がなく、1948年盤1点あれば充分な気がするが、この仏ターラ盤は、セブンシーズ盤に比べて非常に音質が良くなり、生々しさにおいては1948年盤を上まわる。

したがって、熱烈なフルトヴェングラー・ファンはこれを持っていたい。

深遠な幻想や凄味は前盤に一歩ゆずるが、比較しなければ充分な名演といえよう。

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2011年10月29日


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1984年6月19-22日、ユーゴ、ツァンカリュヴ大ホールでの録音。

マタチッチ(1899-1985)の同曲2度目の録音で、おそらく最後の正式のスタジオ録音盤である。

これは、間違いなくマタチッチの最上の遺産である。

マタチッチが母国ユーゴのオーケストラを指揮した演奏で、オーケストラはいささか弱体な感もあるが、見事なアンサンブルで感動的な音楽を聴かせる。

演奏は第1楽章の冒頭から清澄この上なく、透明至純な響き、寂とした雰囲気は旧盤の比ではない。

ブルックナーの印象的な旋律が、聴き手の心を包み込むように歌われるが、その表情は深く、透明で、詩情に満ちている。

第2楽章アダージョの諦観ただよう美しさは絶品で、内面的で孤高の美を表し、聴く者に痛切に訴えかける。

スケルツォはさながら魂の祭典にまで高められている。

終楽章のコーダは力強く、マタチッチ本来の男性的なたくましさが示されている。

マタチッチの素朴な豪快さと、全身全霊をもって音楽に打ち込んでゆく迫力を何とたとえるべきであろう。

その気骨ある堂々とした表現は、ブルックナーの音楽が単なる響きの壮麗さだけでない巨大な構築物であることを知らせてくれる。

その意味で、マタチッチのブルックナーはベートーヴェン演奏の延長であると言っても過言でなく、主題の発展、展開、それぞれを無駄なく機能させている。

マタチッチの演奏が常に高い緊張度で持続し、そして感動的であるのはそれゆえと言える。

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2011年10月28日


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「7番」は伝統的なプロイセン風の重厚さ、堅実さを土台におき、そこに現代的な感覚を導入したような表現である。折衷的ともいえるが、第1楽章は共感にあふれ、力学的な構成も堂に入った感じを受ける。レーグナーのすぐれた側面がここには表現されている。終楽章がやや軽く、細かく曲を磨きすぎて、ブルックナー的朴訥さに乏しくなるのは残念だが、ここが首尾一貫すれば、さらに説得力が増すだろう。


「8番」はテンポがかなり速く、特に第1,2楽章は同じハース版を用いながら、東京カテドラルでの朝比奈隆のものを比べると、2つの楽章で何と12分も短い。そのため落ち着きに乏しい感じもする反面、旋律線が揺れるように歌い、独自の動感を醸し出しているのが面白い。また第3楽章には、従来のブルックナー演奏の概念を吹き飛ばすような自己主張がある。シューリヒトに似た、結晶化した演奏だが、残響の多すぎる録音にやや問題がある。


「9番」はきりりと引き締まった造形と現代的な感覚をもって演奏されたブルックナーといえる。半面、やや流麗に過ぎてブルックナー特有の朴訥な口調はやや薄れているが、きわめて注意深く磨き上げられた明るい音色はたいへん美しい。特に弦楽群がたとえようもなく魅力的な音に仕上げられているのが、この演奏の大きな特色となっている。全曲を通しては第1楽章が特に優れており、溢れんばかりの豊かな感興が大きな感動をよぶ。

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2011年10月27日


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「4番」はノヴァーク版を用いた演奏で、積極果敢な「ロマンティック」である。全曲を通してやや速めのテンポをとり、弛緩しない。レーグナー独特の解釈により、譜面にはない強弱の揺さぶりをかけて、表情をつけている。第1楽章はブルックナーにしては堅い足どり、第2楽章は都会的とも形容したい。スケルツォは堅実さが出て、終楽章も起伏が大きい。ブルックナーとしては異色な表現ということができる。


「5番」は率直で推進力の強いブルックナーだ。テンポは全体的に速めで、スコアで指示されるテンポ変動も幅広く処理している。デュナーミクも神経質でなく、振幅の大きな演奏。この曲は、ブルックナーの作品の中でも対位法的書法を格別に駆使した厳格なものだが、レーグナーの演奏で聴くとそういう面をあまり感じさせない。その点で、現代的な表現と言っても良いだろう。表情は全体を通じて的確で、同時にユニークである。


レーグナーは作品によって非常に個性的な表現をする指揮者で、時には大見栄を切ることもある。しかし「6番」ではすこぶる素直で、速めの足どりで音楽を流麗に形造る。テンポも主観的に動かしたりはせず、あらゆる表情がひとつの流れの中に融け込んでいる。ホール・トーンの長い録音のせいも多少はあるかもしれない。そのため、若手指揮者の演奏のような細部の明晰さや、音のリアルさには多少乏しくなった感がある。

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2011年10月26日


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まだ30代だったバレンボイムがセッション録音で完成した交響曲全集。

1972年の第4番に始まり、1981年の第2番で終了したこの全集は、当時、破竹の勢いだったバレンボイムが、ショルティのもと第2の黄金時代を迎えていたシカゴ交響楽団を指揮して取り組んだ大力作。

シカゴ響の高度な機能とマッシヴなサウンドを活かしながらも、フルトヴェングラー研究の成果が随所に聴かれる個性的かつ迫力満点の演奏に仕上がっている。

フルトヴェングラーに私淑するバレンボイムらしく、ロマン的で濃厚な味わいが特徴的なブルックナー演奏となっており、シカゴ響の高度な力量が遺憾なく発揮された、輝かしさと重厚さを併せ持つサウンドが実に魅力的。

ブルックナーにおけるドラマティックで重厚な演奏がドイツで高く評価されるバレンボイム。

現在、ドイツでは、当たったときのコンサートの感銘深さでは最高の指揮者の一人と目されているバレンボイムだが、中でもブルックナーやベートーヴェン、マーラーでの劇的な音楽の素晴らしさには定評があり、先日おこなわれたブルックナー第5番でのティンパニの皮が破れるほどの力演は大きな話題となった。

細部の少々の破綻などは気にせず、音楽全体のドラマティックな進行を重視したスタイルは現在のバレンボイムにも通じるが、ここでの演奏には、思い切りの良い音の勢いがあり、それがオケの起爆力の凄さと相まって率直な力感につながっているのが気持ち良いところ。

特に第5番と第9番の劇的な迫力は特筆ものの仕上がりとなっている。

カップリングとして、有名な『テ・デウム』のほかに、名前は知られているものの実際にはあまり聴かれない『ヘルゴラント』、『詩篇第150番』が収録されているのも朗報。

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2011年10月25日


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ヨッフム最後の来日にして、亡くなる半年前の伝説的名演盤。

ヨッフムは終生、華やかな名声には縁のない地味な存在だったけれども、ことブルックナー指揮者としては、現代の第一人者として別格視する人が少なくなかったのではないだろうか。

私たちの視野に入るものだけでも、2度、実際には前後3回にわたるというブルックナー全曲録音の雄大な成果があるが、筆者はヨッフムの代表的なブルックナー録音として、最後の来日公演盤の「第7」をピックアップしてみた。

ひとりの演奏家が何度も同じ曲を録音する。

解釈の変化・進化とともに、演奏という行為が、2度と同じものを作ることができない宿命を負っているゆえに、再録音を演奏家にさせるのだ。

ブルックナーの交響曲を世の中に知らせ、親しまれるように尽力した最大の功労者である名匠ヨッフム(彼はまるでブルックナーの市民権を獲得するための"十字軍"のようだ)が1986年にコンセルトヘボウとライヴ録音したこの1組は、そんなヨッフムの残した数多くのブルックナー作品の録音の中でも、特に素晴らしい1組と言える。

第1楽章は、まるでザンクト・フローリアンのなだらかな田園風景を見るような優しく懐かしい演奏である。

第2楽章も優しい歌の洪水であり、深い情感を湛えつつ、悲しみと慰めの魂の深淵を描き出した美しさは忘れ難い。

とくに第2主題の感動的なまでの美しさに、この指揮者の孤高の人生が凝縮している。

しかし、特筆すべきは、コーダの静謐と極度に高い集中力。これを指して、筆者は巨匠の演奏と呼びたいのである。

ヨッフムは生涯の最後に、コンセルトヘボウとコンビが組めたのも、ヨッフムにとって何と幸せなことであったろう。

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2011年10月24日


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1954年10月2日、ムジークフェライン大ホールに於けるライヴ録音で、ウィーン交響楽団の創立90周年を記念したCDである。

カラヤンの才能の確かさを証明する大変に優れた演奏。

カラヤンはまだ46歳、そして当時はあまり演奏されなかったブルックナー、しかも地味な第5番を振っていることが興味深い。

その意味でも、カラヤンが若い頃、実演ではよく振っていたウィーン響だが、このオケとの録音が比較的少ないことからも、これは歴史的に貴重な録音であり、音楽に生きる人たちの切実な叫びのようなものが聴こえてくる。

40代のカラヤンの強烈な個性が、剥き出しで示されたような衝撃的な演奏だ。

演奏はじっくりと遅いテンポをとり荘厳なブルックナーの響きが迫ってくるカラヤンの底力が充分に発揮されている。

全4楽章を通じメリハリの利いたブルックナー・サウンドで聴き手を飽きさせない。

実演ならではの大きな表情付けや激しいアタックが、造形を乱すことなく実施されている点はまさに驚異的。

カラヤンのオリジンを知るとともに、後にベルリン・フィルとつくりあげた演奏とのギャップによってカラヤンが目指した美学の方向性がみえてきて興味深い。

録音もモノラルだが当時の録音としては大変素晴らしい。

ライヴ盤が比較的少ないカラヤンだけに貴重盤の一つに数えられるだろう。

ウィーン響の名声が世界的なものになったのは、当時、カラヤンとおこなった数々の演奏会やレコーディングだったことを改めて想起させる素晴らしい共同作業である。

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2011年10月23日


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1986年8月22-29日、旧東ベルリン、キリスト教会での録音。

旋律はよく歌い、ドラマティックなところは最高に盛り上げてくれる演奏。

ブルックナーの交響曲には音のドラマなどないし、そんな深刻な音楽ではないので、このような指揮ぶりは失敗しやすい。

フルトヴェングラーがその例であるが、スウィトナーは見事な成功をを収めているのである。

第1楽章など実にものものしいが、他の演奏では気がつかなかった作品への新しい発見がある。

たとえば最後の宇宙の終末のような阿鼻叫喚は凄絶の一語につきよう。

第2楽章のスケルツォも表現意志がはっきりしており、強音部での金管が轟然たる持続音を吹くあたり(1:17)は悪魔的でさえある。

中間部のホルンやハープの美しさも無類だ。

第3楽章のアダージョも楽譜を徹底的に読み切り、そこに青白い感情移入を果たしていくが、スウィトナーの表現の真骨頂はフィナーレに見られる。

つまり人間的な音のドラマが連続して登場し、あるいは怒りとなり、あるいは凄まじい狂躁となる。

そして結尾部はかなり遅いテンポ開始されるが、途中で急激なアッチェレランドをかけて前進し、一気に終結してしまう。

フルトヴェングラーに近い指揮ぶりだが、あのように音楽が小さくなってしまわないのは偉とすべきであろう。

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2011年10月22日


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1987年5月12-15日、旧東ベルリン、キリスト教会に於けるデジタル録音。

筆者は正直言って、この「ブル1」は唯一スケルツォのテーマだけが胸をワクワクさせるような躍動感があり、魅力があるように思えるのだが、全体として、このスウィトナー盤を聴くまでは作品の真価を感じることができなかった。

スウィトナーの指揮は、作品の若々しさとウィーンの街ののびやかな雰囲気に通じる気分をくっきりと表している。

とにかく全体が歌に満ちた表現で、最初の低弦のリズムからさえ、もう躍動する歌が聴こえるようだ。

推進力も強く、デュナーミクのコントラストは強いが作為的ではなく、その線の太さは男性的と言えるし、オーストリア風の優美な様式が作品にふさわしい。

これがまた初期のブルックナー風でもあるのだ。

それに加えてスウィトナーの作る響きは明るく洗練されている。

スウィトナーが1964年から90年まで音楽監督を務めたシュターツカペレ・ベルリンは、さすがに指揮者の意図を完全に知り尽くしているようで、ディテールのすみずみまでよく練られたアンサンブルを聴かせる。

良い意味で常套的なスウィトナーの解釈は、楽譜に忠実であると同時に清潔でキメ細かく、しなやかで流動性が強い。

これは彼の音楽性そのものである。

現代の優れたブルックナー演奏の典型と言って良い1枚。

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2011年10月21日


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1988年10月10-14日、旧東ベルリン、キリスト教会に於けるデジタル録音。

ここで採りあげたCDは、ノヴァーク版に基づいた、スウィトナー指揮シュターツカペレ・ベルリン盤。

さて、何故この演奏を筆者は好むのか?

第4番の交響曲がブルックナーの交響曲のなかでも異色なものであり、単なる音の交響に精神的深化を加えたものではない。

音楽として演奏されるべき性格のものである。

スウィトナーの演奏は、細部に及ぶまで入念に仕上げられている。

よくある変な「りきみ」は微塵もない。

筆者は押しつけがましい精神注入的演奏を嫌う。スウィトナーの演奏は、聴いた後も爽やかな気分が残る。

スウィトナーのブルックナーには独特の味わいが感じられるが、昨今のブルックナー解釈の動向、つまり作曲家の指定が時には不自然、あるいは無理と思える個所でも、その深い意味を追求するなどということとは必ずしも一致しない。

スウィトナーはもっぱらゴーイング・マイ・ウェイで、それはそれでひとつの行き方だし、認められるべきものだ。

シュターツカペレ・ベルリンはふくよかな響きでナイーヴに演奏しており、水準も高い。

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2011年10月20日


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1989年1月23-27日、旧東ベルリン、キリスト教会に於けるデジタル録音。

スウィトナーはわが国で親しまれた指揮者の1人であった。

それはこの演奏に聴かれるように無理をしない温厚・妥当な表現法が、多くの人々に信頼されているためだろう。

またスウィトナーの解釈は趣味がよいが、それは頭で考えたものではなく、指揮者とオケが本来的に保有する体質だろう。

表情は意外なほど淡白だが、歌うべきところはさすがに息長く歌わせている。

第1楽章冒頭からすでに気迫に満ち、独自の情緒が大きなうねりとなって聴く者をブルックナーの世界に引き込んでしまう。

第2楽章などこの指揮者らしい作為のない表現だが、あたたかさとノスタルジアに満ち、共感の豊かさが自然に内向する重く沈んだ響きをつくっており、コーダも悲痛とさえいえる表現だ。

名演というべき第3楽章、堂々として自然に流れる終楽章と、いずれも緊張度が高く、充実度も高い。

ブルックナーの素朴な心情に素直に触れているのも好ましく、晴朗な抒情感と堅固な構築力をもった演奏である。

スウィトナーの純粋で高雅な音楽性がオーケストラ全体に浸透し、極めて純度の高いブルックナーを形づくっている。

シュターツカペレ・ベルリンは標準的な技術と合奏力をもち、優秀なアンサンブルを展開しているだけでなく、その柔らかく、ふくよかな響きは作品にもスウィトナーにも相応しい。

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2011年10月19日


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スウィトナー&シュターツカペレ・ベルリンによるブルックナーの交響曲全曲録音は、1986年の8番にはじまり、1年1曲のペースで1、4、7、5番まで進んだところで病気により中断。

しかし、9番以外の名曲が録れたのは幸いだった。

いずれも録音はベルリン・キリスト教会で、残響が美しいのが特徴。

この「ブル5」は、1990年1月8-13日の録音で、スウィトナーは当録音の3ヵ月後に、同オケを辞任している。

ブルックナーの真髄と触れ合った秀演である。

極めて個性的で、スケールの大きい雄大な演奏だ。

スウィトナーらしく朗々と旋律を歌わせており、第1楽章はやや速めのテンポだが、晴朗で風格豊かな音楽だ。

古き良き時代のドイツの伝統に準じた解釈で、なんのケレン味もなく徹している。

第2楽章の、幅広い旋律の流れが壮大に高揚し沈潜する表現は、この楽章の様式と精神を素直な感受性で表出したものといえる。

第3楽章は素晴らしい動感と劇性の変転で聴き手を魅了し、テンポも良く、抒情的な雰囲気も良い。

第4楽章も特筆に値する演奏。軽やかなリズムと独自の歌謡性で一貫している。

そのためか緊張感がやや弱まる部分もあるが、コーダに向けて徐々に雄大さを回復していく。

ロマンティックな解釈とはひと味違うテンポに対する一貫性が保たれているが、この辺はスウィトナーの面目躍如たるものがある。

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2011年10月18日


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1974年12月17日、NHKホールでのライヴ録音。

1970-80年代N響の名誉指揮者として日本の聴衆から圧倒的人気を博したスウィトナー。

その公演回数は何と110回を超えるという。

「ブル3」はスウィトナーの初レパートリーで、スタジオ録音されなかったというだけではなく、この日がこの曲のN響初演という記念すべきライヴ録音。

ブルックナー演奏も好評だったスウィトナーだったが、残念ながら全集は途中で中断してしまった。

このN響とのライヴは、ミスは多少あるが、N響にとっても初演となるだけに気合い充分の入魂の演奏で、全体を通じて非常にテンポよく生き生きと進んでいく。

スウィトナーの表現は整理の行き届いたアンサンブルを基本に誠実かつ淡々とした足どりで全曲を通している。

第1楽章は流動感や運動性が強く、弦も管も明晰そのもので、音楽の輪郭がにじむことがない。

第2楽章は深い情念を秘めながら悠揚と進行し、正確な足どりが、優れた造形に結びついた表現だ。

後半2つの楽章も音楽がすみずみまで見通しよく広がり、金管の強奏を多用しながら、響きのバランスも崩れず、全体の均質化が実現しているのもよい。

複雑な構造をよく整理して、丹念に高揚や起伏を表現しているが、全曲を通してテンポに無理がなく、運動性の美しさ、格調高い表現も見事なものである。

また全体に落ち着きとゆとりを感じさせるのも、確かにブルックナーの本質と触れ合っているという印象を受ける。

スウィトナーのブルックナーは再認識されるべきと思わせる優れた演奏だ。

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2011年10月17日


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ジョージ・セルは、クリーヴランド管弦楽団の音楽監督としてアメリカへ移ってからも、ヨーロッパでの客演活動も盛んにおこなっていた。

ザルツブルク音楽祭には1949年以降たびたび参加、様々なオケと共演していた。

その中でも、当時の東ドイツを代表する名門オケ、シュターツカペレ・ドレスデンとの組み合わせは見逃せない。

ここでも、ライヴならではの熱気をはらんだ演奏を聴かせている。

シュターツカペレ・ドレスデンを指揮したザルツブルク音楽祭でのライヴだからというのではないだろうが、第1楽章冒頭から窺える非常に緊迫した音楽表情、そして圧倒的な高揚感は一聴に値する。

ブルックナーの音楽解釈の多様性の一面を示している。

表情が率直で明晰この上なく、弦の響きに意外なほどふくよかな美しさがあるのもよい。

なによりもオケの響きとアンサンブルが磨き抜かれ、中欧風の陰影の深い音楽を歌う。

しかも端正な表情の中に強い感興を注入し、堂々とした構築で長大な曲を綿密にまとめている。

シュターツカペレ・ドレスデンのアンサンブルがすぐれていることもあり、精細で雄大な表現である。

セルは細部にまで神経を行きわたらせ、デリケートに力を伸ばし、そして迫力をもって指揮している。

弦セクション、特にヴァイオリン群のきめこまかな美しさは、聴く者の心を打たずにはおかない。

これはセルの主張を貫きながら緻密で慎重に仕上げ、ブルックナーの本質を明らかにした表現である。

セルの鮮明で直截な表現が成功した一例である。

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2011年10月16日


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1993年3月20日、ベルリン、コンツェルトハウスに於けるライヴ録音。

シューベルトの「未完成」とブルックナーの「第9」の組み合わせ。

この未完成でありながら、両作曲家の手による最高傑作どうしの組み合わせは、ヴァントが得意としたコンサートの演目であった。

ヴァントの最後の来日(2000年)も、この組み合わせによる至高の名演を聴かせてくれた。

本盤は、その7年前の演奏であるが、既に最晩年の完成された至芸を十分に予見させるような素晴らしい名演に仕上がっていると言える。

迷わず申し上げよう。ブルックナーは同曲のベスト盤。

「未完成」も深遠さ、神々しさではベストである。

まず、「未完成」。

来日時の超名演と比較すると、そちらの方に軍配を上げたくなるが、同時期のベルリン・フィルやミュンヘン・フィル、北ドイツ放送交響楽団との名演と同格の名演と高く評価したい。

特に、第1楽章の展開部への導入の地下から響いてくるような荘重な厳粛さなど、最晩年のヴァントだけが表現し得た至高・至純の大芸術と言えるだろう。

ブルックナーの「9番」は、後のベルリン・フィル盤やミュンヘン・フィル盤を凌ぐ、ヴァントの最高傑作だ。

金管やティンパニが向かって中央からやや右側に集まっていて重なってしまうのが残念だが、それでも録音も含めて、今までの全てのブルックナーの「9番」を超える超名演盤。

あまりの物凄さ故に、言葉では表現できない。しかしこれでやっとこの曲の推薦盤を選ぶ苦労がなくなった。

この前日まで北ドイツ放送響と同じ「ブル9」をライヴ収録した直後の公演だったが、この2曲の演奏は圧倒的で、ドイツ批評家賞が贈られている。

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2011年10月15日


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1968年9月6日、東京文化会館におけるライヴ録音。

1965年の秋、それまで日本では馴染みのうすかったユーゴスラヴィア出身の指揮者が初来日してN響を振り、日本のクラシック音楽ファンをあっといわせたが、それが当時66歳になっていた名匠マタチッチだった。

これがきっかけとなってN響は彼に名誉指揮者の称号をおくり、一方で彼の録音が次々と日本に紹介されるようになった。

このブルックナー「交響曲第9番」もそのひとつで、マタチッチの初来日から3年後、69歳の時のライヴ録音である。

この曲のCD中、いちばん安心して聴けるのがマタチッチ盤。

スケールの大きな悠然とした構えの演奏で、いかにもマタチッチらしく飾り気のない質実剛健な表現ながらも、おおらかで晴朗な音楽となっている。

特別な名演は第1楽章と第3楽章。

第1楽章は実に広々として雄大、厚みのあるハーモニーと歌が全編にみなぎり、対旋律のすみずみにまでカンタービレが効いている。

こんなに豊かな表情を持った演奏も珍しいだろう。

アダージョも同じで、悠揚として迫らぬ進行の中に、深い心の声と、スケールの大きい恰幅の良さと、勁烈な透明感と、すばらしい感情移入が行なわれてゆく。

ただ、スケルツォは非常に遅いテンポで巨大な盛り上がりを示すが、リズムの厳しさ、前進する緊張力の持続が不足する。

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2011年10月14日


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コンヴィチュニーはこの曲を3回も録音している。

ウィーン響、ゲヴァントハウス管、そしてこの演奏で、前2者はノヴァーク版、なぜかこのチェコ・フィル盤だけがハース版である。

コンヴィチュニーとチェコ・フィルの《ロマンティック》は、ドイツ的なブルックナーの典型である。

チェコ風のしなやかな表情はここにはまったくない。

そのかわりに、むしろゴツゴツした、肌ざわりの粗い、しかし圧倒的に内発的な力をそなえた表現が、演奏に鋼のごとき強靭さを与えている。

その表現は内にこもって深く精神的なものとなり、はげしく内に燃える。

チェコ・フィルのアンサンブルも密度が高く、陰影が深い。

とはいえコンヴィチュニーのブルックナーはよく歌いながらも淡々としており、その意味で今日では稀少価値がある。

むろん作品の起伏は確実で、表情は明快この上ない。

素朴で色付けのない表現だが、全曲にぴんと張り詰めた緊張感があり、オーケストラを朗々と歌わせた正攻法ともいえる演奏が、強い音楽的感興と結ばれている。

しかもこの指揮者の常として、無用にテンポを動かさない解釈が堂々とした風格を感じさせる。

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2011年10月13日


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アメリカのソプラノ歌手バトルは、わが国において最もよくその声と姿とが知られている存在といえよう。

彼女の声と姿の浸透率は、たんにクラシック音楽ファンの間だけにとどまらず、日頃はクラシック音楽などに縁のないひとたちの間にも、広くいき届いている。

その原因は、いうまでもなく、彼女が出演したTVのCFが大ヒットしたせいだ。

そこで彼女がうたったヘンデルの《オンブラ・マイ・フ》の一部分によって、彼女は多くのひとの心をとらえてしまったのである。

もちろん、そこには彼女の傑出した声の美しさがあってのことであり、また、その時点で彼女は既にオペラの世界などで活躍はしていたのだけれど、こうした世間への出かたは、彼女を新しい時代の新しいタイプの歌手というイメージ形成する原因にもなっているといえよう。

彼女は1948年オハイオ州ポーツマスで生まれた。

早くから声楽家としてのすぐれた才能を示し、最初はシッパーズに認められデビュー。次いでレヴァインにも認められるようになった。

1980年代にはヨーロッパの各歌劇場などにおいても活躍するようになる。

また、この頃からレコーディングも次第に活発におこなうようになった。

そして、あのTVのCFが来るのである。

その細身だけれども、きわめて洗練されたリリックな美しさをもつ声は、今後も独特の魅力を放っていくことであろう。

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2011年10月12日


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カイルベルトは、カラヤンと同年の1908年に生まれ、1968年に没した戦後のドイツを代表する指揮者のひとり。

客演を重ねたベルリン・フィルとの演奏に聴かれる、重厚な響きと虚飾を拝した解釈は、まさにドイツ音楽の真髄ともいうべき骨太な力強さをもっている。

雄渾な男性らしいこの曲の数少ない名演奏の一つ。

ブルックナーの他の交響曲に比べて明快でいたずらに複雑化するのを避けた曲だが、指揮者の音楽性と合っているせいか、男性的で見事な音楽に仕上がっている。

ベルリン・フィルも、まさに全盛期の中にあり、世界中から最高の奏者が集まってきたころの重厚な中に輝かしい響きを持つ素晴らしい音でカイルベルトの男性的な解釈に応えようと最高の演奏を繰り広げる。

この時代のベルリン・フィルの響きは今よりドイツ的で、弦はゴツゴツと剛毅に鳴り、金管は深々と咆哮する。

我々ブルックナーファンが期待する音色が凛として鳴り響いており、それでいて無駄なく引き締まった音楽なのだ(第3楽章のトリオなど)。

カラヤン盤と比較すると、同じベルリン・フィルが演奏しているとは俄かに信じがたいほどドイツ的な無骨さとも言える表現になっている。

多少荒い部分が散見されるが、重心の低い響きとリズミック・アクセントやアウフタクトなどを強調する雄渾な表現は、今日では聴くことのできなくなったまさに〈ドイツ〉の手触りを感じさせる魅力がある。

1963年のステレオ録音だが、カイルベルトの録音の中では比較的後期のもので、音質が良くありがたい。

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2011年10月11日


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0番から9番まで、スコアを丁寧に再現した模範的演奏。

シャイーのブルックナーは、色彩的で入念に歌いこまれた美しい演奏揃い。

名門オーケストラ、コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮したもの(2・4・5・6・8・9)はもちろん、ベルリン放送交響楽団を指揮したもの(0・1・3・7)も、デッカの優れた録音技術もあって、サウンド・クオリティの高さはかなりのもの。

コンセルトヘボウ管の輝かしい音色と、ベルリン放送響のやや渋く力強い音色とが、各々充分に発揮されていて飽きない。

単なる歌に終始することなく、構成素材のひとつひとつに濃やかに配慮した非常に優れた演奏であり録音であると言えるだろう。

デッカ特有の細部までシャープな音響が、作品の音素材の豊富さに完璧に対応しており、各パートがきちんと識別できる透明度の高さとトゥッティの迫力というふたつのポイントを難なくクリア。

ソロ・ヴァイオリンやハープの美しさも印象に残るし、低弦やホルン・セクションの深々とした響き、重量感のあるティンパニも立派だ。

シャイーの演奏は陰影に富んで素晴らしいのだが、マーラー全集と比べてコンセルトヘボウが同じオーケストラと思えないくらい良い音を出している。

一度聴くと、地味な印象で、薄曇の空に、日の光が蠢いている、といった感じだが、数回聴きこむうち、それは劇的に変化する。

この世のものと思えない、オーロラの光となり、燦然と輝きだす。 

シャイーの大見得を切らない指揮が、その景色を邪魔しない。

これこそがブルックナーの音楽だ、と感じられる。

聴きなれたはずの曲の随所でこんな良いフレーズがあったかと思わせ、次はと期待し聴き入っているうちに曲が終わってしまうという最高の演奏であった。

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2011年10月10日


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本盤に収録された演奏は、マーラー没後100年を記念して初CD化されたものであるが、先ずは歌手陣に注目しておきたい。

テノールのフリッツ・ヴンダーリヒは、クレンペラー盤において、そしてバリトンのフィッシャー・ディースカウは、バーンスタイン盤において歌唱を行っているところだ。

要は、本演奏とほぼ同時期に録音された「大地の歌」においてもその歌唱を披露しているということであり、本演奏においてはライヴ録音ということもあると思うが、それらと同等か、それ以上の圧倒的な名唱を披露していると高く評価したい。

他方、指揮者はクリップス、そしてオーケストラはウィーン交響楽団であり、さすがに指揮者とオーケストラに格落ちと言えなくもないが、生粋のウィーン指揮者であるクリップスは、ウィーン交響楽団を巧みに統率して非常に味わい深い演奏を繰り広げるとともに、前述の歌手陣の圧倒的な名唱を温かく支えるという意味においては理想的な指揮ぶりであり、総体として優れた名演と評価したい。

いずれにしても、演奏内容だけを取れば、本演奏はクレンペラー盤やワルター盤に肉薄する名演と評価してもいいのではないかと考えられる。

もっとも、問題は音質であり、モノラル録音というのは上記2強と比較するとかなりのハンディと言わざるを得ない。

ヴンダーリヒとフィッシャー・ディースカウの歌唱はかなり鮮明に捉えられているが、オーケストラが今一つ冴えない音質であるというのが難点であると言える。

ただ、1960年代のライヴ録音ということを考慮に入れると、これでも十分に満足すべきとも考えられるところであり、贅沢は言えまい。

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2011年10月09日


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1971年11月12・13日、チューリヒ・トーンハレに於けるスタジオ録音。

"幻の演奏"とされてきたこのケンペの「ブル8」は噂に違わず奇跡の如き感動的な演奏だった!

重厚でスケールが大きい。かと言って大言壮語する訳でもない。わざとらしいところも皆無。素朴でもある。最高級の名演奏だと思う。

豪勢なブルックナーに慣らされた耳には、透明な光と山の頂から見下ろすかのような大気感を感じさせるこの演奏は新鮮だ。

ブルックナーの交響曲は人間がみた世界でなく、神からみた描写世界ではないだろうか。

その意味で曲の中に作曲者自身の存在が感じられず、そこがベートーヴェン、ブラームスやほかの作曲家と決定的に違う。

だから指揮する人が自分を前面に押し出すと全く的外れな音楽になってしまうし、逆にそれが解っていればある程度の崩しがあってもよくインテンポに拘わらなくともよい。

少なくともブルックナー指揮者と言われる過去の巨匠はそのことをよく理解し指揮しているが、それを最もよく体現してたのがケンペではなかっただろうか。

変に効果を狙うでもなく曲自体に語らせる職人芸はケンペならではである。

1970年代にこれだけのブルックナーを演奏していたとあらば、ケンペは間違いなくその時代の、ブルックナー解釈の第一人者だったろうと言える。

ブルックナー・ファン、ケンペ・ファンには必聴の名盤と言いたい。

このような名演を聴くとケンペという人が(指揮者としては)若くして亡くなったということが惜しまれてならない。

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2011年10月08日


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1991年10月6日、ベルリン、コンツェルトハウスに於けるライヴ録音。

これはベルリン・ドイツ響を指揮して、ヴァント80歳の誕生日の直前に行ったライヴで、ベルリン・ドイツ響がヴァントの元で、純正のドイツのオーケストラとして緻密なサウンドを展開しており、理想的なブルックナーの「第5」で、圧倒的な説得力を持っている。

ケルン放送響(74年)盤、北ドイツ放送響(89年)盤、ミュンヘン・フィル(95年)盤、ベルリン・フィル(96年)盤と名演が並ぶこの曲の発売リストのなかに割って入ったベルリン・ドイツ響(91年)盤。

ブルックナー指揮者ヴァントが「第9」とともにもっとも愛好した「第5」に、緻密さと豪快さを併せ持つ究極の名演を成し遂げた。

ヴァントは、ブルックナーの「第5」と「第9」を、大衆に迎合しない作品として最も高く評価し、その中でも、「第5」については、ヴァントの芸風と最も符合することもあって、他の指揮者の追随を許さない数々の名演を遺してきた。

同時代のブルックナー指揮者である朝比奈としても、「第5」については、ヴァントに一歩譲るのではないだろうか。

そのヴァントの「第5」の数々の名演の中でも、最高峰はベルリン・フィル、そしてミュンヘン・フィルと録音した名演であることは衆目の一致するところである。

この両名演は、ヴァントの厳格なスコアリーディングに裏打ちされた厳しい凝縮型の演奏様式に、最晩年になって漸く垣間見せるようになった懐の深さが加わり、スケールに雄大さを増し、剛柔併せ持つ至高・至純の境地に達していると言える。

本盤は、これらの超名演の4年前の録音ということになるが、頂点に登りつめる前の過渡期にある演奏と言えるかもしれない。

後年の超名演にあって、本盤の演奏に備わっていないのは正に懐の深さとスケール感。

全体の厳しい造型は本盤においても健在であり、演奏も荘重さの極みであるが、例えば、第4楽章冒頭など、後年の演奏に比較すると素っ気ない。

つまるところ、いささか懐の深さが不足し、スケールがやや小さいと言えるのではないだろうか。

しかしながら、これは極めて高い次元での比較であり、本盤を名演と評価するのにいささかの躊躇もしない。

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2011年10月07日


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1956年10月31日、ハンブルク、オスター通りスタジオでのステレオ録音。

第6番と並んでカイルベルトの素晴らしいブルックナー。

地味な音色のオケを武骨に鳴らした実直さが魅力で、虚飾を排し、本質を追求する迫力に圧倒される。

今や数多いブルックナー交響曲第9番盤の中で、このカイルベルト盤はさすがに音色では最近演奏盤にも劣るし盤自体派手な位置を主張しているわけではない。

しかし全体としてはキビキビした印象を受け、第1楽章中頃以降全合奏等、部分的にアクセント・スピードを上げ、靄から現れる堂々たる山頂クライマックスに導いている。

第1楽章のコーダや第3楽章は、特に聴きもの。

特にアダージョの結尾部は『生からの別れ』が切々と感じられる、心がこもった名演。

全体に素朴なスタイルで、ブルックナーの音楽以外の不要なものは一切入っておらず、ブルックナーの言いたいことは言い尽くされている感じである。

カイルベルトが残してくれたブルックナー演奏史上に輝く名盤を心の糧にしたいものである。

1956年録音というと、カイルベルトは、まだ48歳位であるが、既に熟していたということであろうか、この年齢でこれだけ素晴らしい指揮ができたことにまず驚いてしまう。

ハンブルク国立フィルも大健闘しており、ブルックナー愛聴者の一人として、胸が熱くなった。

録音にもう少しスケールの大きさが欲しい気もするが、ステレオ録音であっただけでもありがたいと思うべきかも知れない。

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2011年10月06日


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1984年5月10日、ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールに於けるライヴ録音。

雄大で雄渾な演奏が素晴らしいブルックナーで、ライヴの熱気がひしひしと伝わる秀演。

あまり力こぶを入れなくても、壮絶な音が出てくるがのが本当に凄く、実演を聴いたらさぞ感動したと思われる。

音楽の流れは決して滞ることなく自然で、迫力にも事欠かず、一気に全曲を聴かせる。

予想よりも遅いテンポの出だしから自在な揺らぎと大きな息づかいでどんどん引き込まれる。

対旋律を十分に聴かせることや静止に重みを持たせることによって第2楽章は単なる葬送の音楽を越えて曲の構造が際だってくる(第8のアダージョのように)。

テンシュテットとLPOとの「ブル7」はこの音源しか知らないが、この指揮者らしい、剛気な響きに感心していると、思わず溢れ出る歌にゾクッとしてしまう。

テンシュテットのブルックナーではこれが最高だと思う(9番が出てくれば状況は変わると思うが)。

誰とも異なる全く独自のブルックナーで、テンシュテットらしい濃厚な表情をもった演奏だ。

表現者として、この指揮者は本当に凄かったんだなとつくづく思う。

ロンドン・フィルは大健闘!素晴らしいバランスと持続力!

音質がいまひとつとの意見もあるようだが、演奏そのものが素晴らしいのでそれほど気にならない。

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2011年10月05日


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2001年9月24日、大阪・ザ・シンフォニーホールにて収録。
   
2001年末、多くの音楽ファンに惜しまれて93歳で他界した巨匠=朝比奈隆。

その公式録音として最後となったのは、未完成とはいえブルックナーの最高傑作とされるの第9交響曲であった。

ブルックナー演奏史に多大な功績を残した朝比奈隆。

まるで巨匠自身の生きてきた道を噛み締めるようなこの演奏は、これ以上ない厳粛さに貫かれており、原始霧の開始から、一点の曇りもない空に限りなく伸びるような夕映えのごとき終止音に至るまで、まさに朝比奈一色。

彼にしか成し得ない究極のブルックナーが展開されている。

この演奏には言葉はいらない。そう思うのは筆者だけではあるまい。

しかし、間違いなく、これが指揮者、朝比奈隆の最後のブルックナーであり、結論であるといえるだろう。

朝比奈最期の舞台であるチャイコフスキーと同様、この「9番」は特殊なものであり、実演を聴かなかった方や、生前の朝比奈をご存じない方に、軽々しく批判して戴きたくない。

演奏の技術的水準が落ちているのは確かだが、そんな次元を遥かに超えて、此処には朝比奈隆という芸術家が、命を削って次代に託した音楽の遺言が刻印されているからだ。

従って、実演を識る者にとっては涙なしには聴けない。

なお、ライナーノートには朝比奈隆のブルックナー作品の全指揮記録が、特別企画として掲載されている。

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2011年10月04日


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1962年10月18日、シュトゥットガルト、リーダーハレでのライヴ。

個人的にはシューリヒトの最大級の名演。

同曲のウィーン・フィル盤と同様に完成度が高く、造形のゆるぎなさは驚異的。

3年前のヘッセン放送響盤とはうって変わって、安定感があり、遥かに納得が行く。

オケとの信頼感もこちらの方が良いように思える。

「第5」はブルックナーの全曲中最大の難曲だけあって、名演と呼べるものは数少ない。

クレンペラー、ヴァント、チェリビダッケ、ヨッフムあたりでも、ライヴ盤でしかこの曲の真価を伝えていない。

さてこのシューリヒト盤はと言うと、結論から先に言って、最上部類の名演と言える。

虚勢の通用しない曲を、虚勢とは縁がない指揮者が振るのだから、これが成功しないわけがない。

確かに、構成感がしっかりしていて、安定感がある。

ウィーン・フィル盤、ヘッセン放響盤、とそれぞれが最高の名盤で甲乙付けがたい。

シューリヒトの変幻自在さがオケの自主性を引き出して、その違いを恐ろしいほど明確に描き出すのだろう。

ちなみに第3楽章の所要時間がこれは10分をきっている。

これは繰り返しを省略しているためでもあるが、シューリヒトが史上最速のテンポだからでもある。

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2011年10月03日


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1981年10月29日、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールに於けるライヴ録音。

ほぼ同時期のスタジオ録音とは比較にならない名演奏。

ほぼ似たアプローチなのだけれど、スタジオ録音はどこかよそよそしく、没入できていない感じ。

ところがこれはライヴのせいで感興にあふれて音楽が生きている。

ライヴで豹変する、この指揮者の未来を暗示するような演奏。

ブルックナー「第8」の演奏に何を求めるか、何が必須か、色々な価値観があろうと思う。

しかしこの演奏は、聴き手の理解とは別な、テンシュテットのブルックナー「第8」観が、強く、明確に、表わされていると思う。

賛否両論あろうが、ブルックナー信者必聴の1枚と信じる。

テンシュテットの指揮のもと、奏者は各自の能力を最大限に引き出さざるを得ないまでに駆り立てられ、大変だったろうが、テンシュテットはこれでも満足していなかったのかもしれない。

しかし、総じて、充実の限り!大いに感動した。

音楽に熱中する指揮者と楽団員の様子が脳裏に浮かぶ。

“ブルックナー”や“テンシュテット”どうこうでなく、“凄い音楽”の片鱗がこのCDから聴ける。

このような凄い音楽を、スタジオでは作れなかっただろうと納得。

素晴らしい演奏の、鑑賞に十分な録音だった。

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2011年10月02日


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1989年12月14日、ロンドンのロイヤル・フェスティヴァルホールに於けるライヴ録音。

テンシュテット得意の4番にまた名盤が加わって嬉しい。

他盤よりテンポは若干遅めで、力みがまったく感じられず、どこまでも自然体ながら終楽章に向かってジワジワと高揚するテンシュテットらしい名演。

晩年のテンシュテットの素晴らしさを堪能できる、自然な息遣いの雄大な演奏であった。

ベルリン・フィルとのスタジオ録音よりもテンシュテット節を満喫できる。

第3楽章まではオケが指揮者の要求に応えきれず、大きなうねりを作り上げられずに取り残される印象を与えられる瞬間が結構あった(2楽章は繊細で美しかったけれど)。

しかし、彼らは諦めていなかった。4楽章における熱意の結実ぶりには、文句なしに圧倒された。

芸術家がもがいてもがいて遂に美を掴み取る、恐ろしくも崇高な経験が目の前で展開されていた。

ライヴ録りとしてはバランスも気にならず、大きな破綻もなく、十分に鑑賞に堪え得る水準だと思う。

【演奏会評】
テンシュテットは、今や最高の巨匠の一人である。今回の演奏会でも、極度に高揚し、聴衆を虜にする音楽づくりで、改めて巨匠性を証明してみせた。偉大なクライマックスが訪れる瞬間では、ロンドン・フィルが素晴らしく壮麗な演奏を達成しており、特に金管楽器は白眉である。この演奏の恐るべき迫力は圧倒的なものである。

(1989年12月、英ファイナンシャル・タイムズ)

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2011年10月01日


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1985年11月4-7日、ベルリン、イエス・キリスト教会に於けるデジタル録音。

まるでイタリアのスポーツカーを思わせるような流麗な進行と美しい響きは、指揮者次第でいかようにも変質できるという、高い機能を持つベルリン・フィルならではの特質を如実に感じさせてくれるもので、ユニークなデュナーミク・コントロールやパート・バランスにも見事に対応して、実に快適な演奏を聴かせてくれる。

また、強大なトゥッティでもやみくもに金管の輝かしさを追及したりしないのは、ムーティがオペラ指揮者であることと無関係ではないと思われ、適切な呼吸感覚を感じさせるハンドリングが第1楽章展開部後半のコラール風変容ブロックもたいへん効果的に響かせてくれる。

その磨き抜かれたサウンドの心地よさは、4年前の荒々しいテンシュテット盤と同じオーケストラ、同じレーベルとはとても思えないほどの違いっぷり。

その一方で、派手な音の効果だけで圧倒しようとするブルックナーの交響曲演奏とは対照的に、この作曲者特有の口べたで木訥と言われる内面的な『渋さ』を巧みに表現している。

とはいうものの、明快さ、スマートさが信条のムーティならではの巧みさ、オーケストラ自身の響きの美しさも健在。

その両者をベルリン・フィルが見事に表現し、ここに極めつけとも言えるブルックナーが生まれている。

ブルックナーの本質である『オルガン的な響き』に対する卓越した解釈をこのムーティ&ベルリン・フィルの演奏から聴き取ることができる。

一聴の価値ある美しい演奏である。

なお、ムーティはここで、第1楽章展開部後半では改訂版のアイデアを復活させてティンパニを轟かせるものの、第4楽章呈示部でのシンバル追加はおこなっていない。

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