2012年09月

2012年09月30日


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ダンディが、フランスのエスプリに満ち溢れたデュトワならではの名演だ。

交響曲としては物足りないながら、優しい抒情とフランス的な洗練に満ちた麗しいこの佳曲をデュトワはティボーデとともに、まさにフランスの田舎の清冽な空気や透き通った川の流れを感じさせる美しい演奏を聴かせてくれる。

この曲特有の親しみやすい旋律を十分に歌わせつつ、決して安っぽさを感じさせず、気品を保っているというのは、まさにデュトワの棒によるものであり、さすがだと思う。

もちろんダイナミズムの点でも抜かりなく、決して能天気な演奏に陥っているわけではない。

ティボーデのピアノの合わせ方も見事で、優しくまた躍動と光に満ちている。

フランクは、デュトワとしては普通の出来だと思うが、それはあくまでも高次元でのことで、中庸の美徳を備えた名演とは言えるのではないか。

ゲルマン的な暗さ・重さよりも、ラテン的な軽さのある演奏。

濃厚な音の厚塗りという感じではなく、弦の重奏も、管楽器の吹奏もしなやかで風通しの良さを感じさせる。

かなり細かな表情づけもあるが、粘りも控え目なのでアカ抜けている。

ここで目立つのはデュトワ&モントリオール響の色彩とリズム感覚の良さ。

こんなにすっきりとカラフルで風通しの良いフランクも少ない。

誰にでも受け入れられるような(良い意味での)妥当なテンポとバランス、怒号しないオーケストラ、過不足の無いあるべき表現。

それでいて無個性と言うわけでもないので、これはレコードで聴けるデュトワ&モントリオールの成功作のひとつだろう。

この曲の重さが得意でない方には大いにお薦めしたい録音である。

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2012年09月29日


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日本のクラシック批評史上最大の汚点として決して忘れてはいけないのが、20世紀おける偉大な指揮者サー・ゲオルグ・ショルティを不当に過小評価したことである。

日本のクラシック評論家連中は、ドイツ精神主義を最高のものとして崇め奉るため、楽譜に忠実な指揮をするショルティを「精神性がない」、「無機的」、「血が通っていない」とことあるごとに貶していた。

クラシックを聴き始めた頃の筆者は、この批評を鵜呑みにしてショルティを無視してしまった。

それが大間違いであったことに気が付いたのが10年近く経った頃であった。

以来、筆者はショルティを貶した評論家連中を信用しないようにしている。

ショルティが指揮したマーラーの交響曲第8番は、ショルティの代表作の一つである。

演奏時間は79分とCD1枚に収まっているが、せかせかしている印象はなく最初から最後まで充実した音楽を聴かせてくれる。

ショルティはバーンスタインのように感情移入やテンポの激変することはしないで楽譜に忠実に指揮している。

しかし、ショルティのすごいところは一音も無駄にすることなくしっかりと明瞭な音を鳴らしていることだ。

しかも、音に色彩感があり彫りが深く、オーケストラ、ソリスト、合唱を見事にコントロールして最高の音楽を引き出している。

マーラーの「第8」の数々のCDの中でもトップを争う名盤だと思う。

また、驚異的なのは1971年の録音なのに、最近のデジタル録音でも聴こえてこない楽器の音が次々と聴こえることである。



追記:生前のショルティを評価していた数少ない日本の評論家に吉田秀和氏がいる。

河出文庫から発売されている著書『マーラー』で、ショルティのマーラー演奏について吉田氏は的確で素晴らしい解説を書いているのでお薦めしたい。

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2012年09月28日


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巨匠ヴァントが最晩年に残したミュンヘン・フィルとのきわめつけのライヴ。

ブラームスの「第1」は、全集となった手兵の北ドイツ放送交響楽団との名演の1年後の録音であり、基本的な解釈は変わらない。

眼光紙背に徹した厳格なスコア・リーディングの下、凝縮された緻密な職人芸の演奏を繰り広げているが、決して血も涙もない演奏ではない。

それどころか、随所に人間的なぬくもりがある個性的解釈が見られる。

第1楽章は誰よりも快速の序奏で開始されるが、主部に入ってからは幾分テンポを落とし、歌うべきところは優美に歌いあげている。

第2楽章は実に繊細なタッチで開始されるが、その抒情の豊かさは、最晩年のヴァントならではの至高・至純の境地と言えるだろう。

第3楽章の導入部では再び快速のテンポに転じ、そして個性的なのは終楽章。

特に、低減による主旋律が厳かに奏された後の全強奏による猛烈なアッチェレランドは、他の演奏では決して見られないもの。

そして、終結部の低減の濃厚な表情づけも効果的であり、ヴァントにもこのような個性的な指揮をすることがあったのかと驚かされる。

ヴァントと同じく職人肌の指揮者であったケンぺも、ミュンヘン・フィルと同曲を録音しているが、演奏の性格は全く異なる。

質実剛健のケンぺに対して、ヴァントの方がより柔軟性があり、チェリビダッケのオーケストラを見事に統率して、自分の思い通りの個性的な名演を成し遂げたヴァントを大いに讃えたい。

ベートーヴェンの「第1」も、第1楽章のゆったりとした序奏に続く主部を快速で演奏して、緩急の差を強調させたり、第2楽章を誰よりも優美に歌いあげるなど、これまたヴァントの個性的解釈を味わうことができる名演である。

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2012年09月27日


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世界屈指の名門オーケストラ、シュターツカペレ・ドレスデンを指揮してブロムシュテットが成し遂げた金字塔、シューベルト交響曲全集録音から2大名曲のカップリング。

まず、《未完成》はその昔に流行したウィーン情緒を強調した演奏でもなく、最近の古楽器演奏に代表されるような奇抜な響きを追い求めたものでもない。

スコアに書かれた情報を可能な限り忠実に再現したものであり、非常に中庸な解釈とも言える。

テンポの配分も適正であり、オーケストラの渋く落ち着いた音色も魅力的である。

一方の《ザ・グレイト》の解釈の基本は同じである。

特に印象的なのは第2楽章の中間部の清潔な表情であろう。

過度なロマン的表現は、それこそいっそう凡長な印象を与えかねない。

第4楽章のきっちり整えた響きも、たいへんに新鮮である。

音楽そのものは完全にロマン派なのだが、シューベルトの基本はやはりモーツァルトやベートーヴェンなどの古典派の枠組みである。

それを謙虚に描いたのがこの演奏ではないか。

《未完成》に聴かせるメロディアスな歌、《ザ・グレイト》にみせる緊密な構築。

これほど気高く、交響的な美感をもって、シューベルトの本質を衝いた演奏はない。

ブロムシュテットとシュターツカペレ・ドレスデンのコンビが残した最高の成果である。

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2012年09月26日


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2009年3月4日に80歳の誕生日を迎えた現代屈指の巨匠ハイティンク。

最強の手兵シカゴ響の首席指揮者としてすでに3シーズン目に入り、ますますの充実ぶりをみせるマエストロによるCSO RESOUND最新アルバムは、プーランクにラヴェルというシリーズ初のフランスもの。

録音のレベルがかなり低いのではじめはどうなのかなと思ったが、ボリュームをあげると、この演奏の素晴らしさが伝わってきた。

最初、中ぐらいの音量で聴いたところぱっとしなかったが、大音量で聴くと音楽は一変し色彩豊かで繊細なフランス音楽が広がっていた。

プーランクはシカゴ響のCDは初めてかと思われるが、繊細な名演。

「ダフニスとクロエ」全曲は文句なしの名演奏で、ハイティンクはフィリップスにCDを録音している頃とは異なる巨匠になったようだ。

どちらかと言えばプーランクの出来の方がいいと思うが、「ダフニスとクロエ」の、特に第3部の合唱が入ってくる箇所の夕映えのような美しさは、さすがは巨匠ハイティンクだと思った。

シカゴ響の技術レベルの高さも特筆もので、ソロの名人芸も聴きごたえがあり完璧。

これがシカゴ響かと思われるほどフランスのデリカシーに満ちていて、シカゴ響がハイティンクの薫陶で、ショルティやバレンボイム時代とは全く異なる個性を持っていることに驚かされた。

弱音でも強音でもオケと合唱のバランスが素晴らしく、細部まで神経が行き届いている感じで好感が持てた。

ハイティンクとシカゴ響のコンビといえば、2009年2月、アジア・ツアーの一環として行なった来日公演の大成功がまだ記憶に新しいところだが、ここまでの流れを見る限り、今後の動向も目が離せないものといえそうである。

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2012年09月25日


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夫君バレンボイムとの共演は、デュ・プレが病気のために演奏活動を停止する3年前のライヴ盤。

ちょうど病が発症しはじめたころの1971年の録音で、真の病名をまだ知らずにいた彼女の豪快でスケールの大きな演奏が堪能できる。

当エルガー作曲のチェロ協奏曲のディスクに聴く独奏者デュ・プレの演奏の雄弁さには、なにやら尋常ならざるようなものが感じられる。

チェロという楽器ならではの線の太い表現力から、触れれば直ぐにでも崩れてしまいかねないデリケートな要素に至るまで、彼女のチェロがカヴァーしている領域はたいそう振幅が大きい。

ただ黙してついていくだけでもたいへんである。

デュ・プレのエルガーはまず音色が深々として格調が高く、その抒情的な部分の奥深さ、瞑想的な美しさは、ちょっと他の演奏家からは求められないものだ。

第1楽章からデュ・プレのチェロが鬼気迫るばかりで、粘りのある生々しい音と情感、暗く激しい心の表出など、実に味が濃い。

第2楽章の自在なリズム、間の良さ、ラルガメンテの見事さ、第3楽章の神さびた冒頭からフレーズをたっぷりとって真実の声を響かせてゆくまでの過程の素晴らしさ。

エルガーのチェロ協奏曲はまるでデュ・プレのために作曲されたかのようで、エルガーの音楽に必要ないくつかの独自の美学に対しても、彼女の対応のしかたには余裕があり、隙がない。

加えて、ここでは指揮者バレンボイムが独奏者を支える最適な伴奏をしていることも見逃せないだろう。

カップリングの「エニグマ変奏曲」も音楽の意味や美しさを過不足なく表出している。

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2012年09月24日


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タイトルが、故ヴェルナー・テーリヒェン著『フルトヴェングラーかカラヤンか』(音楽之友社)を念頭に置いているのは明らかだが、インタビュアーである著者の答えは予め出ていて、テーリヒェンを始めとするベルリン・フィル元団員たちの証言を楯にしてずらりと並べ、その陰から矛を繰り出そうという意図だったのだろう。

しかし、元団員たちもただ者ではない。

多くは「その手には乗らない」応答に終始したように読める。

色々興味深い証言はあるのだが・・・・。

それにしても、世の中、本書に限らず、「白か黒か」、「正義か悪か」式の割り切り方に無理矢理持って行こうという傾向が強くて辟易する。

テーリヒェンはすっかりアンチ・カラヤン派のヒーローにされてしまった。

しかし、先年、NHKが、保有する往年の名演奏家たちによるライヴ映像を最新技術で蘇らせたが、ある番組の中に、1957年のベルリン・フィル初来日公演の模様を元団員たちが視聴するシーンがあった。

その中で、かつての自分たちの演奏を、指揮(勿論カラヤン)も含めて一番熱っぽく賞賛し懐かしがっていたのがテーリヒェンその人であった。

上記著書を読んでいただけに少々驚いたが、一方でなるほどと納得もできるのである。

長く続いた人間関係には、単純に仲が良かった悪かったでは済まされない、愛憎が複雑に絡み合った事情があるもの。

うまくいっている時は「あばたもえくぼ」だったのが、一つ歯車が狂い出すとすべてがネガティブになり「えくぼがあばた」になることも珍しくない。

互いに年をとり、柔軟性がなくなって頑なになり、寛容さも忍耐強さも失われてくれば尚更である。

テーリヒェンの著述や発言はそのことを踏まえて受け取る必要があるのではないか。

また、著者とテーリヒェンが崇敬してやまないフルトヴェングラーにしても、ベルリン・フィルとの関係は常に蜜月状態、運命共同体であったわけではなかったことは、ミーシャ・アスター著『第三帝国のオーケストラ』(早川書房)等、近年出版されたいくつかの書物につぶさに記されている。

特に第2次世界大戦後は、1947年5月の有名な復帰コンサートにおける興奮と感動があったにしても、両者の関係はかなり微妙で考え方の乖離も小さくなかった様子。

この点、日本のフルトヴェングラー・ファン諸氏の認識とはかなり相違しているのではないか。

テーリヒェンの著述や発言が、必ずしもこうした事実関係を反映しているわけではないことも記憶しておくべきであろう。

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2012年09月23日


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ヤナーチェクの《シンフォニエッタ》には、いくつかの優れた録音があり、個人的には1965年のセル&クリーヴランドや1980年のマッケラス&ウィーン・フィルなどが挙げられるが、今では、他にもいくつかが挙げられよう。

アバドにとっては、1968年にロンドン響と吹き込んで以来の1987年の再録音となる、2回目の《シンフォニエッタ》であり、その演奏スタイルは、かなり異なっているが、ベルリン・フィルの高度の機能と緻密なアンサンブルが、最も望ましい形で発揮された好演だ。

細部にわたってきめ細かく作り込んでいた旧録音に対して、当盤では、ロンドン響よりもはるかに重厚なベルリン・フィルの特質を活かしながら、金管群や別働隊を華やかに鳴らし、あえて手綱を引き締めることなく、猛者たちの勢いと流れにまかせて押しまくっているのが興味深い。

ベルリン・フィルの金管をはじめとする豊かな響きと高度な機能性がフルに発揮された彫りの深い表現はすばらしい。

それでいて客観的であり、やや響きに明るさがあるものの、作品の根底を流れる民族的な特質は、かなりよく描かれている。

アバドは、ヤナーチェクの土俗性にスポットを当てていくのではなく、基本的に洗練されたアプローチをとっており、「ベルリン・フィルで、この曲をみたかった」という音楽ファンには、見逃せない演奏が展開されている。

実際には、オーケストラの音色的な特質も表現そのものも、きわめて情熱的で華やかに引き出されており、強烈でさえある。

ただ、イディオマティクな面からみれば、洗練されすぎるといえるかもしれない。

民族色豊かなアンチェル盤とは多少性格は異なるが、アバドの演奏は冒頭のファンファーレにおける金管の威力と立体感をはじめ、作品にみなぎる音のエネルギーと豊かな生命力など、非常にユニークな楽器編成と形式による音楽の特徴を鮮明に表現している。

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2012年09月22日


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ハイティンクのマーラー指揮者としての適性については、筆者としては、やや疑問符がつくと思っている。

穏健派とも言えるハイティンクの芸風が、マーラーのような劇的な交響曲では、どうしても根源的な力強さに欠けるきらいがあると思うからである。

同じシカゴ交響楽団を振ったマーラーの「第6」など、その欠点がもろに出ていた。

本盤の「第2」も、確かに角がとれた演奏だ。

わめいたり叫んだりすることなど、薬にしたくもない。

しかしながら、その分、魅力的な箇所も満載だ。

例えば、第2楽章の繊細な美しさ。第4楽章の独唱が入る箇所の深沈とした深み。

そして、終楽章の合唱が入る箇所の荘重たる響きと、終結部の決して力づくではない壮大な迫力。

このように、ハイティンクの穏健なアプローチでも、十二分に魅力のある名演を成し遂げることが出来たのは、曲が「第2」というマーラーの初期の交響曲であったということが大きいのではないかと思われる。

「第2」はどうしても大上段に振り構えた演奏が多いようだが、この演奏はいい意味で力の抜けた、とても美しい演奏になっていると思う。 

ただ、力が抜けているといってもシカゴ響のことだから鳴るべき所は十分に鳴り、なおかつ静かな部分では十分な余裕を持った演奏になっている。 

これを聴いていると、やはり「第2」も角笛交響曲なのだということを強く意識させられる。

そして、何よりも素晴らしいのは、シカゴ交響楽団の卓抜した技量と、それを鮮明な音質で捉えたSACDマルチチャンネルによる名録音である。

総体として、高い評価を与えることができる名CDいうことが出来るのではないか。

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2012年09月21日


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珍しい第1稿版のブルックナー交響曲第4番のCDで、ケント・ナガノがレーベルを変えての2007年(ナガノ56歳)録音盤。

いろいろ評価の仕方もあるだろうが、作品自体は通常改訂版を聴き慣れている筆者には散漫な感じがしたものの、全く改訂版では描かれていないテーマや運びで捨てがたいものがあり、演奏の落ち着き、殊にオーケストラの響きがその「捨てがたさ」を助長しているように思えた。

ナガノのレパートリーでは結構ヘヴィーな作品のウエイトが高く特にブルックナーの指揮には一つの方向性を見出してはいるようである。

初稿による演奏としては、これまで出た中でもトップを争う名演だと思う。

とはいえ、今日演奏される改訂版と比べると、やはり第1稿は纏まりがなく奇異な感じが否めない。

以前、インパルの演奏を聴き、現在普通に聴かれる版とあまりにも違う初稿は、ほとんど別の曲のようで否定的な思いがあった。

しかし、ナガノはバイエルン国立管の落ち着いた深々とした響きを活かして、実に円やかで非常に美しくコクのあるものに仕上げており、聴き応えも十分。

これまでの第1稿の録音は、この版の特長である「原始的な生命力」「荒削りだが先進的」という点に重点が置かれた演奏が多かったが、このナガノ盤は、何より「第1稿そのものの音楽的美しさ」が際立つ見事な名演だ。

その要因の一つは、ベルリン・ドイツ響とは一味違うバイエルン国立管のサウンドの素晴らしさである。

南独らしい明るく暖かい音色、壮麗にブレンドされた見事なオケ・サウンドは、ナガノの薫陶が行き届き、かつての輝かしさを取り戻したようだ。

第1稿の中でも非常に完成度の高い素晴らしい演奏だと思う。

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2012年09月20日


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スヴェトラーノフがミュンヘン・フィルに客演した貴重な演奏会の記録。

大変な名演の登場だ。

壮大なスケール感と精緻なアンサンブルが両立した、稀有なワーグナー演奏と言える。

菅も弦も素晴らしい音を出していて、力強さと優美さが両立している。

チェリビダッケ時代のミュンヘン・フィルの実力は言わずもがなで、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第1幕前奏曲からして、音の塊が横綱の体当たりのように迫ってくる。

響きの深さと力量が並はずれているのだ。

勿論、《ジークフリート牧歌》などにみられる穏やかな曲調も、ミュンヘン・フィルならではのシルキーな弦の美質が生かされているし、《トリスタンとイゾルデ゙》「前奏曲と愛の死」における官能美も特筆される。

いずれも素晴らしい演奏で、スヴェトラーノフが持つ感性が十二分に発揮された名演集だ。

チェリビダッケ全盛期のオーケストラから、スヴェトラーノフらしい重厚かつ情感あふれる個性的なトーンを引き出し、それが、ワーグナーの音楽に見事にマッチしているのはさすがという他はない。

このCDで気に食わないのはライナーノートの某評論家の解説。

なぜ、ワーグナーに数々の名演を残したカラヤンと比較する必要があるのか。

カラヤンの演奏をなんらの根拠も示さずに浅薄と決めつける一方的な偏向的解説。

海外盤なので、いかにも某評論家の海外への売名行為が見え見えで、せっかくの名演に水を差す結果になっている。

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2012年09月19日


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マーツァルはどんな曲であれ、オーソドックスな解釈で、時には退屈と感じることもないわけではないが、この「ブラ1」は正攻法に徹して成功を収めた名演と言えよう。

古今のさまざまな「ブラ1」を聴いてきたが、これほど陶酔できる演奏・録音も少なく、歴史的名演と言えるのではなかろうか。

全体を43分で駆け抜けるという、ブラームスの「第1」としては速めのテンポ設定であり、マーツァルは、一直線のイン・テンポで演奏している。

テンポだけで言うと、かのベーム&ベルリン・フィルの名演と同様であるが、出てきた音楽は全く異なる。

ベームが剛毅でなおかつ重厚さが際立ったいかにもドイツ正統派の名演であったが、マーツァルの演奏は、むしろ柔和なイメージで、剛と柔という違いがある。

では、軟弱な演奏かというとそうではない。

ブラームスの音楽の美しさを、オーケストラを無理なく鳴らすことによって、優美に仕立て上げるという、マーツァル得意の名人芸が繰り広げられているのだ。

それには、やはりチェコ・フィルの巧さ、そして音色の美しさの貢献度を高く評価しなければならないだろう。

特に、終楽章のホルンの美しさや、低弦のしたたるような濃厚さも、あくまでも気品を失うことがないのは、さすがはチェコ・フィルだと思う。

ブラームスの音楽の魅力を、純音楽的なアプローチで、力強さをいささかも損なうことなく優美に仕上げた名演と評価したい。

SACDによる高音質録音も決して見逃せない。

エクストンとしても、これはかなりの成功例と言えるだろう。

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2012年09月18日


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ハイドンの膨大な数の交響曲をすべて聴くのは、ハイドンのファンとしてもなかなか骨の折れることであるが、雇用主であったモルツィン伯爵や、エステルハージ侯爵の求めのままに作曲したと思われる、いわゆる小交響曲と言われる一部の宴会用の作品を除いては、いずれの交響曲も、細部にまで目を光らせた労作揃いであると言える。

パリ交響曲以降の傑作群にどうしても目が行きがちであるが、初期の作品でも、たとえば第25番など、後年の傑作を彷彿とさせる才能の輝きが見られる。

ハイドンの交響曲全集としては、これまではドラティによる初の全集や、最近ではフィッシャーによる全集が世評の高いものであったが、ハイドン・イヤーに併せて全集を完成させたデニス・ラッセル・デイヴィス盤は、これら過去の全集にも十分に匹敵する内容の名演ということができる。

何よりも、素晴らしいのはすべてがライヴ録音で、しかも各交響曲の演奏の出来にムラのないことだ。

ライヴ録音で出すのも、この録音にかける意義、或いはハイドンの交響曲に対する共感、愛情を感じる。

可能な限り作曲された順番に並べたり、初期の交響曲や疾風怒濤期、娯楽用など、ジャンル別に交響曲群を纏めたのも、なかなかの好企画だ。

室内管弦楽団ということで、編成はやや小さめであるが、それだけにアンサンブルの緻密さは際立っている。

録音も素晴らしいし、演奏の質の高さと優れたコストパフォーマンスはを考慮すれば、現在入手できるハイドンの交響曲全集として、第一に推薦されるべきものと評価したい。

輸入盤であるが故に日本語解説書はないが、前項で紹介した井上太郎氏が執筆された『ハイドン 106の交響曲を聴く』を参照しながら聴くと、各交響曲の性格などがよくわかる。

筆者はデニス・ラッセル・デイヴィス&二期会の『フィガロの結婚』全曲のゲネプロに招待されたことがあるが、独創的で大変良い出来映えだったことを付記しておきたい。

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2012年09月17日


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ハイドン・イヤーの2009年、単行本の発行は確かこの1冊だけで、期待は高かった。

モーツァルトと同時代(少し上の世代)の作曲家として、どうしても影の薄い地味な存在と見られがちなハイドン(1732〜1809年)。

しかしその音楽はウィットとユーモア、独創的なアイデアにあふれ、隠れファンも多い。

本書は、「ハイドンの名前は知っているがあまり聴いたことがない」という人向けに、クラシック音楽のこの「未開の宝庫」をぜひ再発見してもらいたいという願いから執筆されたと見られる。

長大な交響曲全曲の解説という視点、いろいろな資料にあたった準備、おそらくCDで全曲通聴し、各交響曲を譜例をつけてわかりやすく解説してくれている点、独自の視点で各曲の特徴を描き出した点には、敬意を表する。

ハイドンの交響曲全集を、例えばドラティ盤など、国内盤で購入すると相当な出費が必要になる。

しかし、輸入盤だと、例えば、最近発売されたデニス・ラッセル・ディヴィス盤など1万円以下で入手可能であるが、日本語解説書がない。

そのような時に、本書籍は、鑑賞のよき羅針盤になってくれる。

残念なのは、コラムなどをもう少し充実させてくれると嬉しいと思うのだが、それでも、特に、一般には殆ど知られていない初期の交響曲(有名な音楽の友社発売の名曲解説ライブラリーにも載っていない。)について、一曲毎に丁寧にわかりやすく解説してくれていることを考えれば、贅沢は言えないだろう。

ただし、肝心のハイドンの音楽の楽しさ、愉快さ、その魅力がなかなか伝わってこない。

その魅力でもあるユーモア、機知についての情報をもっと盛り込むべきではないだろうか。

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2012年09月16日


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ムーティのシューマン:交響曲全集の再録音で、旧盤に比べムーティの音楽的充実ぶりは著しい。

ムーティは、シューマンをブラームスのように重厚にではなく、軽快で明るいタッチで演奏している。

したがって、このようなアプローチで成功しているのは、「第1」の「春」の方だと思う。

シューマンならではのロマン的な香りに満ち溢れており、正に、人生の春を謳歌するような歓びでいっぱいになるような名演だと思う。

「第2」も実に軽快な演奏で、同じウィーン・フィルを指揮した名演として、シューマンの深層心理への鋭い切り込みを見せるシノーポリ盤や、熱い血がたぎるようなバーンスタイン盤がある。

これらの名盤に比べると、どうしても影が薄くなるが、ウィーン・フィルの美演を最大限に生かしているという意味では、本盤が一番かもしれない。

「第3」も、バーンスタイン盤に比べると、いささか淡泊な印象を受けるが、ウィーン・フィルの演奏の美しさを堪能させてくれる点については、「第2」と同様に評価されるべきであろう。

「第4」は、フルトヴェングラー盤をはじめとする往年の巨匠が重厚な名演を成し遂げてきた楽曲でもあり、ムーティのアプローチでは、いささか軽妙に過ぎる印象を持った。

シューマンのオーケストレーションに多くを求めることは難しいが、それでも、指揮者の力量により大名演を成し遂げた過去の巨匠の域には、未だ達していないということだろう。

全4曲を通じて、ムーティがウィーン・フィルから極上の豊潤な響きを引き出しており、シューマンのロマン的心情を鮮明に浮かびあがらせている。

廉価盤というのも大きな魅力。

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2012年09月15日


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1993年5月28日、ミュンヘン、ガスタイクに於けるライヴ録音。

私見であるが、シューベルトの「第9」(最近では第8番とするのが一般的であるが、CDの表記にここでは従う)は、歌曲や室内楽曲、ピアノ曲に数多くの傑作を遺す一方で、交響曲ではなかなか名作を生み出せなかった(「未完成」は傑作であるが、完成された曲ではないことに留意)シューベルトによる唯一の完成された傑作であり、そのせいか、これが正解というアプローチがない。

つまりは、様々な演奏のアプローチが可能であり、それにより、曲から受ける印象がまるで異なってくることになる。

ウィーン風の演奏ならば、ワルターの名演がある。

この曲を愛しつつもなかなか思うようには指揮できなかったカラヤンの流麗な名演もあるし、ベートーヴェン風のドラマティックなフルトヴェングラーの名演もある。

シューベルトの交響曲を後世のブルックナーの交響曲に繋がっていくものという説に従えば、クレンペラーや朝比奈隆などの名演もある。

その他にも、様々なアプローチが可能であると考えるが、ヴァントはこの第4のタイプの名演だ。

交響曲第9番『ザ・グレイト』は、ヴァントの得意作品だけにこれまでにもベルリン・フィルや北ドイツ放送響、ケルン放送響を指揮したCDやDVDが発売されてきたが、今回のアルバムの特徴はなんと言ってもチェリビダッケ色を残したミュンヘン・フィルの個性が如実に反映されていることであろう。

精巧に隙なく組みあげられながらも、肩の力を適度に抜いた最晩年のヴァントのアプローチとミュンヘン・フィルの方向性はぴたりと一致している。

冒頭からほとんど微動だにしないイン・テンポに貫かれている。

いかにもブルックナーを得意としたヴァントならではのアプローチだが、それでいて、第2楽章の中間部や終結部の繊細な抒情は、特別なことは何もしていないのに、人生の諦観のような寂寥感を味わうことができる。

これは、大指揮者だけが表現できる至高・至純の境地と言えるだろう。

ヴァントは、この数年後にベルリン・フィルと同曲を録音しており、基本的なアプローチに変化はないが、ミュンヘン・フィルと録音した本盤の方が、オーケストラの違いもあるのだろうが、やや柔和な印象があり、このあたりは好みの問題だと思う。

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2012年09月14日


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1961年 アムステルダム、コンセルトヘボウでのステレオ録音。

フィストゥラーリ〜コンセルトヘボウによるステレオ初期の名盤のCD化。

チャイコフスキーの『白鳥の湖』にはあまたの名演が目白押しであるが、やはり、フィストゥラーリの古典的な名演を忘れてはいけないだろう。

フィストゥラーリはバレエ音楽を得意としているだけあって、各場面の情景描写がうまく、巧みな棒さばきで要所要所をぴたりと押さえながら、幻想的でロマンティックな曲想をあますところなく表出している。

デッカによるアナログの名録音で捉えられた、むせかえるような往年のコンセルトヘボウの美音も聴きもので、いかにも北ヨーロッパならではのくすんだ音色で、フィストゥラーリのタクトにぴったりと併せている。

フィストゥラーリの素晴らしさは、シンフォニックな華麗さを基調としつつ、あくまでもバレエ音楽であることを認識させてくれる点にあるだろう。

眼前で、バレエを踊っている様子を彷彿とさせてくれる。

フィストゥラーリは『白鳥の湖』を十八番としていて、全曲盤など他にもあるが、演奏、録音ともこのCDがベストだし、もちろん最新のゲルギエフ盤も含め、全ての『白鳥の湖』のCDの中でも他を大きく引き離す超名盤だと思う。

有名な第2幕「情景」の哀愁に満ちた表現は魅惑的で、いじらしささえ感じさせるオーボエの美しさにはうっとりしてしまう。

この頃のこのオケのオーボエはウィーン・フィルと並んで世界最高だった。

勢いのあるエレガントなヴァイオリンも素晴らしい。

そして終曲における劇的な描き方など実に見事なもので、ティンパニの強打とヴァイオリンの上昇音型、ホルンの最強奏が聴かれる。

さらに現代の最新録音にも優るデッカの真に音楽的な録音も素晴らしく、我々がイメージする最も『白鳥の湖』らしい『白鳥の湖』である。

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2012年09月13日


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1963年(ブラームス)、1971年(シューマン) ベルリン、イエス・キリスト教会に於けるステレオ(セッション)録音。

カラヤンが何度かブラームスの交響曲第1番を録音する機会をもった中でもとりわけ興味をひく、1963年の録音。

ブラームスの第1番は、カラヤンの名刺がわりの作品である。

最近発売された東京とロンドンでの2種の1988年ライヴ録音など、至高・至純の名演であったが、本盤は、ベルリン・フィルの芸術監督として初めての録音だけに、カラヤンの壮年期ならではの生命力溢れる力強い名演を繰り広げている。

端正で人為的な粉飾がなく、何よりも緊張度の高さと流動する歌謡性が見事なバランスで共存しているのが好ましい。

それがまた、ブラームスの本質を衝いたとも感じられる。

冒頭は、意外にもソフトで柔和な導入の仕方をするが、こうした柔和さ、優美さは、カラヤンならではの優雅なレガートと相まって、全体を支配している。

他方、ベルリン・フィルの圧倒的な合奏力を活かした重量感にもいささかの不足もなく、その意味では、いい意味で剛柔バランスのとれた重厚にして優美な名演と高く評価したい。

他方、シューマンの第1番は、おそらくはカラヤンの唯一の録音であると思うが、それを感じさせないくらい、非常にこなれた、ある意味ではカラヤンなりに解釈された表現を見せている。

春の雰囲気よりは、重厚さや華麗さが全面に出ており、そうした点はいかにもカラヤンと言うべきであるが、名演と評価することにいささかも躊躇しない。

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2012年09月12日


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2005年9月2日、ライプツィヒ、新ゲヴァントハウスでのライヴ録音。

このディスクに収録されたメンデルスゾーンはいずれもオリジナル・エディションを採用という非常に興味深い演奏内容。

固めに引き締まったトランペットのサウンドが印象的な『真夏の夜の夢』序曲も聴きものだが、何といっても注目は交響曲と言える。

第1楽章冒頭の格調高い金管に、どっしりと腰を落とした弦の旋律、ハーモニーは絶品で、続く第2楽章では特に管楽器のコラールが極上の響きを醸し出す。

第2部となる第4楽章以降のカンタータにおける荘厳で、柔軟性にも富んだ合唱は何とも魅力的で、ここにおける至福の響きは録音の少ないこの第2番における新たな名盤の誕生を印象付けている。

メンデルスゾーンの「第2」は傑作であるにもかかわらず、独唱や合唱が入ることや、1時間近くも演奏に要することもあって、録音点数がきわめて少ない楽曲である。

そのような中で、シャイーが、本盤で2度目の録音を行ったというのは、メンデルスゾーンへの深い愛着と、知る人ぞ知る傑作への理解を示す証左と言うべきであろう。

前回の録音と異なるのは、初版を用いたことであるが、メンデルスゾーンにゆかりの深いライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマスターに就任後の初のコンサート・ライヴということもあり、作曲者への深い愛着をべースとした、熱気に満ち溢れた渾身の名演に仕上がっている。

シャイーならではのカンタービレの美しさ,鋭敏なリズム感を背景とした熱狂的な興奮があり、いかにも現代的でシャープな感覚で貫かれた演奏だと思う。

特に終曲で改訂版と違い、悲劇性が次第に強まる中でも力強く、最終的に輝かしく終わるこの演奏は聴く者に豊かな感銘を与えてくれるだろう。

独唱陣や合唱も見事な出来であり、本名演に華を添える結果になっている。

カップリングの「真夏の夜の夢」序曲も、初版を用いることで、シャイーのメンデルスゾーンへの並々ならぬ愛着を感じるが、演奏も、繊細さと力強さを兼ね備えた名演に仕上がっている。

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2012年09月11日


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古楽器奏法や演奏が一般的になりつつあるハイドンの諸曲であるが、本盤は、大オーケストラを指揮したシンフォニックな旧来型のハイドンであり、残響の豊かな録音と相まって、重厚な名演に仕上がっている。

「シンフォニア」の明るく軽快な演奏を経て、交響曲第88番に入るが、これが実に見事な超名演だ。

全体としてはややゆったりとしたイン・テンポで進むが、隋所に見せるセンス豊かなニュアンスの筆舌には尽くし難い繊細な魅力。

バイエルン放送交響楽団が醸し出す南ドイツならではの温かい音色が曲想に見事にマッチしており、それでいて、決して田舎くさくはならず、あたかもモーツァルトの交響曲を聴くような高貴な典雅さに満ち溢れている。

メインの『ハルモニー・ミサ』も壮麗な名演であり、独唱陣も合唱も実に巧く、残響豊かな録音の見事さも相まって、至福の時間を味わうことが出来る。

ヴァルトザッセン教会で行われたこのハイドン・プログラムの目玉は何と言っても『ハルモニー・ミサ』だろう。

ハイドンの12曲あるミサ曲の最後を飾るこの作品の息を飲むような演奏が堪能できる。

バイエルン放送響と放送合唱団という2つの団体から発せられる妙なる調べ。

この作品の表題にもなっている管楽器の輝かしい響き(ハルモニーとは木管楽器の合奏の意味)、表現力豊かな独唱者たち。

あまりにも荘厳で力強い響きは全ての聴衆を圧倒する。

それにしても、SACDマルチチャンネルは素晴らしい。

部屋にいながらにして、演奏会場の雰囲気を鮮明に味わうことができる。

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2012年09月10日


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素晴らしい名演。

何よりも第1楽章冒頭の主題が浮かび上がる瞬間が美しい。

ムジーク・フェラインザールのホールトーンが豊かに広がり、臨場感を増している。

眼前に広がるアルプスのような第1主題と民族的な第3主題との対比が面白い。

第2楽章はワーグナーの葬送曲と言われているがむしろ全生命に対する鎮魂歌ではないかと感じた。

重苦しさよりも美しさを重視し、淡々と進み押しつけがましくないのが良い。

成功のポイントは、ヤンソンスが自我を抑え、ゆったりとしたイン・テンポで、バイエルン放送交響楽団を無理なく鳴らし、決して隙間風の吹かない重厚な演奏を行っている点にあるだろう。

指揮者の解釈云々ではなく、ブルックナーの「第7」の音楽の素晴らしさ、美しさがダイレクトに伝わってくる。

ヤンソンスの指揮には「偉大なる中庸」という表現がよく似合い、何よりも安心して聴くことのできるブルックナーとなっている。

ノヴァーク版を使用しているが、第2楽章の頂点でのシンバルの音色を抑え気味にするなど、決して外面的には陥らないようにしている点も心憎い限りだ。

全編を通して官能的とさえ言える聴覚的な美感が感じられ、むしろ何度も繰り返し聴きたくなる。

それにしても、SACDマルチチャンネルは素晴らしく優秀で、ブルックナーのオルガン的響きを充分に堪能させる。

殊に、冒頭の弦のトレモロの繊細な響きの再現など、まさに真骨頂と言えるだろう。

国内メーカーでも、エクストンが最近ではマルチチェンネルの発売から撤退しつつある中で、バイエルン放送交響楽団をはじめ、欧米のオーケストラの自主レーベルが、発売の努力をしているのは心強い限りだ。

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2012年09月09日


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オーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団という、かつて一世を風靡した黄金コンビの素晴らしさを堪能できる名演だと思う。

ストコフスキー、オーマンディの長期政権で確立されたフィラデルフィア・サウンドと細部まで見事にかみあうアンサンブルは聴きものだ。

このビゼーは、オーマンディ&フィラデルフィア管の定番レパートリーでLP時代から最高の名演奏とされていたもの。

オーマンディとフィラデルフィア管の力量のほどが、はっきりと示された優れた演奏である。

そのまばゆいばかりの色彩豊かな表現は大変見事で、何よりも「カルメン」については組曲のすべてが収められているのが嬉しい。

選曲、演奏ともに良く、『カルメン』という長大なオペラの中の隋所に収められている珠玉の名曲のほぼすべてを味わうことができ、このオペラの雰囲気が十分に伝わってくる。

確かに、フランスのエスプリを味わうには、やや趣きが異なる演奏であるのかもしれないが、「アルルの女」を含め、各楽曲を抜群の技量で巧みに描き分けていく名匠の老獪さには、ただただ圧倒されるのみである。

「アルルの女」も、南欧的な情緒とフランス的な洗練された味にはやや乏しいが、巧みな棒さばきでそれぞれの曲の楽しさ、美しさを存分に表出しているあたりは、さすがにオーマンディだ。

パリっと冴えたオーケストラの響きの心地よさ、美しい弦楽パート、そして随所に顔を出す管楽器のソロのうまさなど、聴き所満載のCDである。

1958年と1963年の録音なのでハイファイとはいかないが、音色的にはとてもきれいで、聴いていて十分幸福感に浸ることができる。

この1990年創設の米名門オーケストラ、フィラデルフィア管弦楽団は昨年4月16日、破産法の適用を申請することを明らかにした。

米経済が低迷する中、米主要オーケストラによる破産申請は初めてで、残念でならない。

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2012年09月08日


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少年時代に、シューマンの友人であったヴァイオリニストのヨアヒムから薫陶を受けたルービンシュタインは、生涯を通じてシューマンの作品に強い共感を抱き、自家薬籠中のものとしていた。

当盤収録の2曲はいずれもルービンシュタイン生涯唯一の録音で、シューマンの作品に内包されたファンタジーとロマンティシズムが、心技とも最も充実していたルービンシュタインが紡ぐ豊かな音色で描き出されてゆく。

ルービンシュタインの芸風は、シューマンのピアノ曲との相性が抜群のようだ。

本盤を聴くとそれがよくわかる。

特に、「幻想曲ハ長調」でそれが顕著であり、この曲の持つ文字通りの幻想的でかつロマン的な香り立つ叙情を、極上のピアニズムで歌いあげている。

テンポ設定もごく自然体であり、恣意的な解釈はどこにも見られない。

もちろん、ルービンシュタインならではの同曲への解釈やアプローチの仕方はあるのだろうが、そうしたピア二ストの個性よりも、「幻想曲ハ長調」の美しさ、素晴らしさだけが伝わってくる。

これは、ルービンシュタインが同曲の本質を捉えきっていること、そして、ルービンシュタインの芸風と楽曲が符合しているからに他ならないと思われる。

まさに、作曲者と演奏者の最高の幸福な出会いがここにある。

他方、「クライスレリアーナ」も名演というべき出来なのだが、こちらの方が、「幻想曲ハ長調」ほどの高みには達しておらず、隋所にルービンシュタインのこう考えるという解釈が滲み出ている。

それが普通ではないかと言われればそれまでであるが、ルービンシュタインほどの巨匠、そしてシューマンとの相性の良さを考慮に入れると、もう一段上の演奏が出来たのではないかと、少々高望みをしたくなる。

Blu-spec-CD化により、音質のグレードが相当にアップし、名演を高音質で味わうことができることになったことを大いに喜びたい。

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2012年09月07日


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パーヴォ・ヤルヴィによるベートーヴェンの交響曲全集の最後を飾る名演だ。

これまでの8曲の中には、古楽器奏法とかベーレンライター版の楽譜に固執するあまり、いささかやり過ぎの曲もあったが、この「第9」は、バランスのとれた名演に仕上がっている。

この俊敏さ、軽やかさ、躍動感が、今までに筆者が慣れ親しんだ重苦しい演奏の記憶を洗い流してゆくようだ。

第1楽章の冒頭のヴァイオリンはいかにも弱いが、主部に入ると次第にいつものパーヴォ節が全開。

ラストのティンパニの雷鳴のような轟きは圧倒的な迫力であり、テンポは快速ながら決して荒っぽさは感じられない。

第2楽章は、本名演の白眉であり、パーヴォの解釈と曲想が見事に符合、テンポといい強弱といい理想的な超名演。

第3楽章もテンポは相変わらず速いが、そのような中で、抒情的な優美な旋律を心をこめて歌い抜く。

終楽章は第3楽章の終結部から間髪入れず開始されるが、これはパーヴォならではの独創的な素晴らしい解釈。

テンポはこれまでの楽章に比べると、幾分落ち着き、中庸と言ってもいいテンポ設定であるが、決して冗長には陥っていない。

独唱もいずれも巧く、合唱陣も規模は小さいと思われるが、十分な迫力を有しており、これらが渾然一体となった演奏は、我々を深い感動を誘う。

最近録音された「第9」の中でも、極めて高い完成度を誇る1枚ではないだろうか。

SACDマルチチャンネルによる高音質録音はいつもながらすばらしく、パーヴォの独創的な解釈を鮮明に味わうことが可能である。

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2012年09月06日


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2009年1月22日-23日 ライプツィヒ、ゲヴァントハウスでのデジタル(ライヴ)録音。

2009年はメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1947)の生誕200年であり、いくつかの企画モノが発売されたが、中でもこれは注目盤。

メンデルスゾーンのオーケストラ作品は交響曲第5番「宗教改革」を除けば全てに異稿の存在が有り、愛好家の悩みの種になっている。

メンデルスゾーンは優美で、哀愁に満ち溢れた美しいメロディを生み出す作曲家であるというのが定評であるが、本盤はそうした印象を覆すのに十分な一枚だ。

それは、「スコットランド」のロンドン稿の使用などに見られるように、できるだけ初稿を選択したことにあると思われる。

「スコットランド」は、特に第1楽章や第4楽章など、相当に荒削りな箇所が散見されるが、シャイーは、それをオブラートに包んだりすることなく、あくまでも正攻法のアプローチを行うことによって、メンデルスゾーンの初稿に如実に表れていた荒ぶる感情の高まりや激しさをダイレクトに聴き手に伝えてくれる。

したがって、ライヴならではの熱気と相まって、やや音に濁りが見られるなど、いささかやり過ぎが懸念されるきらいがないとは言えないが、全体としては、メンデルスゾーンをこよなく愛したシャイーならではの佳演と評価することができよう。

「ヘブリディーズ諸島」も、ローマ稿を採用するなど、「スコットランド」と同様の性格の佳演だ。

他にも、ピアノ協奏曲第3番など、知られざる曲が併録されており、本盤の価値をより一層高めることに貢献している。

ライプツィヒに移ってからのシャイーの仕事にはレコード会社の思惑と指揮者の趣味が一致しているのか、演奏・録音ともに優秀なディスクが次々と発売されている。

メンデルスゾーンの作品には異稿が多く、改訂版が必ずしも「改正」になってはいない処に特徴があるので、それを理解した上でこのCDを購入されれば、この盤の価値がどれほど貴重であるかがお分かり頂けると思う。

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2012年09月05日


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2008年11月12-14日 シドニー、オペラ・ハウス、コンサート・ホールに於ける録音。

巨匠アシュケナージが抜群のセンスで導く見事な英国音楽と、シドニー交響楽団の絹のような弦の響き、機能美が隅々まで楽しめる1枚。

イギリスで指揮者としてのキャリアを築いたアシュケナージ、そして英国人指揮者による創設時から75年という歴史の中で、常に英国との関係を持っていたシドニー交響楽団。

この両者ならではの魅力溢れる響きがあり、本盤は、作品の魅力を十分に満喫させてくれる名演だと思う。

エルガーの作曲家としての卓越を決定的にした名曲「エニグマ変奏曲」を含んでいる。

すでにリリースされている2曲の交響曲はまだ聴いていないが、このディスクに収められた2曲の管弦楽曲は快演だ。

アシュケナージのアプローチは力強く、雄渾なサウンドであり、弦を中心とするエモーショナルな表現も卓越している。

「エニグマ変奏曲」は、各変奏の描き分けが実に巧みであり、特に、第7変奏の雷鳴のようなティンパ二の轟きや猛烈なアッチェレランドは我々の度肝を抜くのに十分な迫力。

他方、第9変奏の壮麗な旋律の歌いあげは実に感動的であり、第13変奏の中間部の不気味さ、そして、第14変奏の堂々たる終結も立派な限りだ。

「南国にて」も、緩急自在のテンポを駆使して、移りかわる曲想を見事に表現し尽くしている。

シドニー交響楽団もなかなかの力量を示しており、「エニグマ変奏曲」ともども、アシュケナージ&シドニー響のレコーディングの中では、ラフマニノフ・シリーズに劣らぬ最高の名演と言うことが出来よう。

SACDならではの高音質も本盤の大きな魅力の一つであり、これまでやや低調であった音質の渇きが漸く癒されたような気がする。

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2012年09月04日


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2009年2月15-20日 マリインスキー劇場コンサートホールに於けるデジタル(セッション)録音。

ゲルギエフとマリインスキー劇場管弦楽団とのゴールデンコンビによる帝政ロシア時代の国歌が、いろいろな変奏を加えられながら演奏された5作品収録。

有名な大序曲「1812年」やスラヴ行進曲のみならず、カンタータ「モスクワ」、戴冠式祝典行進曲など、本盤に収められたいずれの楽曲も統一テーマはロシア国家。

これでもかというくらい、ロシア国家が様々な変奏を加えながら奏される。

現今において、ゲルギエフとマリインスキー劇場管弦楽団ほど、ロシア民族色の濃い演奏が可能なコンビはなく、本盤のような楽曲の演奏においては、右に出るものはいないと言える。

演奏は聴き応え十分で文句のつけようがない上に、カンタータの合唱、ソロも素晴らしい。

どの曲も水を得た魚のような堂々たる名演を聴かせてくれている。

「1812年」は、筆者自身このコンビの実演に接したこともあり、特に、大砲やカリヨンが鳴り響く終結部のド迫力にも圧倒されるが、抒情的な箇所の旋律の歌い方も見事であり、合唱などは挿入していないものの、同曲のベストを争う名演と言っても過言ではあるまい。

カンタータ「モスクワ」も合唱の整然とした美しい響きが実に感動的であり、あまり知られていない同曲の魅力を再認識させてくれる。

他の3曲も見事な出来栄えであり、ゲルギエフ&マリインスキー劇場管弦楽団のコンビとしても会心の名演と言えるだろう。

そして、何よりも素晴らしいのはSACDマルチチャンネルによる極上の名録音。

特に、「1812年」の大砲とカリヨンが、歪みもなく鮮明に再現されるのには大変驚いた。

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2012年09月03日


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国際マーラー協会による新クリティカル・エディションによる演奏。

マーラーの交響曲の中でも「第7」は鬼門だと思う。

第3楽章のスケルツォを中心とする相似形という、いかにもマーラーならではの独特の構成をしているが、この不思議な音型のスケルツォと終楽章の饗宴があまりにも異彩をはなっていることで、全体をまとめるのに難渋するケースが多いのではないかと推察される。

その中でも、本盤はなかなかの健闘をしている佳演と言ってもいいのではないだろうか。

ヤンソンスの指揮は作品全体を俯瞰し、奇抜とさえ言えるこの作品の性格をじつに見事に描ききっていると言えよう。

第1楽章は中庸のテンポでオーソドックスなアプローチを行っているが、終結部でテンポを大幅に落とすなど一筋縄ではいかない。

第2楽章と第4楽章の「夜曲」も、馥郁たる夜の空気を抒情豊かに表現しており、特別なことは何もしていないのに実に感動的だ。

問題の第3楽章は、ヤンソンスならば、もう少しワサビの利いた表現も可能とは思うが、バイエルン放送交響楽団の各プレーヤーの技量の素晴らしさに助けられた面もあり、平板に陥る寸前にとどまった感がある。

終楽章は、下手をすると、にぎにぎしい無内容の演奏に陥りがちであるが、ヤンソンスは、バイエルン放送交響楽団の手綱をしっかり締めて、節度のある演奏を行っている。

やや優等生にすぎるきらいがあり、もう少し踏み外しがあってもいいのではないかと思う面もあるが、空虚な響きに支配されるよりはいいのではないか。

本盤のもう一つの魅力は、SACDマルチチャンネルによる高音質録音。

コンサートホールの響きがかなり忠実に再現されるのは実に素晴らしい。

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classicalmusic at 21:02コメント(0)トラックバック(0)マーラーヤンソンス 

2012年09月02日


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『死の島』は、冒頭から低弦が凄まじい唸り声をあげる。

ラフマニノフの重厚で重心の低いオーケストレーションを、これでもかというくらい圧倒的な重量感で歌い抜いている。

他方、繊細な抒情にもいささかの不足もなく、BBC交響楽団が、あたかもロシアのオーケストラのような音色を出しているのも、スヴェトラーノフの類いまれなる統率力の賜物ということができるだろう。

メインの『展覧会の絵』は、1970年代にソヴィエト国立管弦楽団と録音した演奏も、いかにもスヴェトラーノフならではの重厚な名演であったが、本盤に収められた演奏は、当該名演に、更にライヴならではの熱気も付加された超名演ということができる。

しかもロシア・ソ連のオケのような刺々しい質感ではなく、ある種の品格をも備えている点、スヴェトラーノフ指揮のディスクの中でも特異な位置にあると言えよう。

スヴェトラーノフは、各プロムナードの主題をやや速めに演奏して、組曲を構成する各曲の主旋律をややテンポを緩やかにして演奏することにより、各曲の性格の描き分けを効果的に行っている。

こうした演奏は、円熟を通り越して老獪ささえ感じる至芸だと思うが、特に、「ビドロ」の踏みしめるような重厚な歩みなどは実に印象的。

「キエフの大門」は、打楽器の最強奏と相まって、空前にして絶後のド迫力を示している。

特に終結部は、天を差すが如き長大な“スヴェトラーノフ・クレッシェンド”(16秒!!)には鳥肌立つこと間違いなしである。

終了後の熱狂的な拍手もむべなるかなと思われる。

録音も1999年のものだけに、非常に鮮明であり、スヴェトラーノフの至芸を高音質で味わうことが出来ることを大いに喜びたい。

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2012年09月01日


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1966年11月7日 ロンドン、ワトフォード・タウン・ホールでのスタジオ録音。

『新世界より』はオーマンディお得意のレパートリーであったが、スラヴ風の憂愁を重厚でスケールの大きな響きで表現した名演と言えよう。

オーマンディが珍しくロンドン交響楽団を指揮した『新世界より』は、冒頭から終結まで一分の隙もなく充実しきった音楽性に満たされており、素晴らしい。

誠心誠意、心をこめて演奏をしているといった趣きであり、こうしたオーマンディの『新世界より』という、いわば通俗名曲に対する真摯な姿勢が、我々の心を打つ。

何の変哲もない表現だが、要所を手堅く押さえた構成は模範的といってよく、歌うべきところも過不足ない表情である。

しかし、よく聴くとその中に巨匠的な円熟があり、終楽章など堂々としたスケールの大きさを感じさせる。

ローカル色やノスタルジーにはやや遠いが反面、普遍的な音楽美という点では最も高い水準にある演奏のひとつだろう。

それにしても、このオーマンディ&ロンドン交響楽団の『新世界より』のなんと迫力満点で爽快なことか。

歯切れ良くノリのよいテンポ、オケ全体の息がぴったり合った緊迫感、1966年の録音だがまったく音の古さも感じさせない。

聴かせどころのツボを心得た名演というべきであり、最円熟期の名匠の高踏的なゆとりの境地すら感じさせる。

オーマンディがフィラデルフィア管弦楽団との長年のコンビで多数の録音を残していると、どうしても「ビジネス」としての商業録音という気がして、あまり好んで聴くことがなかったが、この『新世界より』はフィラデルフィア管との一連の録音よりもリアリティを感じる素敵な演奏だと思った。

奇しくもケルテスが同年に同オケで同曲を録音しているが、指揮者による鳴りの違いが如実に現れていて面白く聴くことができた。

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classicalmusic at 21:37コメント(0)トラックバック(0)ドヴォルザーク 
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