2013年01月

2013年01月31日


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オーマンディの数多い録音の中でも屈指の名盤。

何とも魅力的なカップリングである。

3曲ともに圧倒的なヴィルトゥオジティを誇るフィラデルフィア管弦楽団の魅力が極限まで発揮された名演。

故国ハンガリー出身ならではの熱い思い入れを示し、ユーモアたっぷりに描ききったコダーイ、細部のオーケストレーション変更を取り入れたストラヴィンスキー、いずれも聴きどころ満載のディスクである。

ポピュラーな3つの名曲を、オーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団の黄金コンビが、揺るぎない絶妙のアンサンブルと、シルキーな音色のいわゆるフィラデルフィア・サウンドを駆使して、隙のない演奏を行っている。

「ハーリ・ヤーノシュ」は、オーマンディのマジャール人としての血が騒ぐかのように、切れば血が噴き出てくるような情熱的な指揮ぶりであり、ケルテスやセルなどと並んで、同曲のベストを争う名演ということができるだろう。

「キージェ中尉」は、難解な作品が多いプロコフィエフの諸曲の中にあっては、実に親しみやすい楽しい曲であるが、オーマンディも、変に高尚ぶらず、オーケストラともども楽しげに演奏している点が素晴らしい。

「火の鳥」は、オーケストラの卓越した技量を前面に打ち出した堂々たる名演ということが出来るだろう。

Blu-spec-CD化により、音質のグレードが一段とアップし、本名演を鮮明に味わうことができる幸せを噛み締めたい。

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classicalmusic at 23:04コメント(0)トラックバック(0)プロコフィエフストラヴィンスキー 

2013年01月30日


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どちらもウィーン・フィルにとって初録音となった珍しいレパートリー。

『展覧会の絵』は意外なことにプレヴィンにとっても唯一の録音。

プレヴィンはウィーン・フィルという、この2曲に関しては意表を衝くオケを起用して、実にエレガントでかつストーリーテラー的な、巧みのある表現を聴かせている。

全体に軟調で絢爛豪華な味わいとは無縁の、淡彩な演奏に終始しているが、各曲の標題を彷彿とさせる絵画的表現は、映画音楽で鳴らしたプレヴィンの強みであろう。

そして何よりもプレヴィンとウィーン・フィルの相性は抜群だと思う。

R・シュトラウスの管弦楽曲などの名演でも明らかであるが、それは、プレヴィンがウィーン・フィルをがんじがらめに統率するのではなく、むしろウィーン・フィルが望む演奏方法、解釈をできる限り尊重して、伸び伸びと演奏させていることによるものと考える。

本盤も、そうしたプレヴィンの長所が出た名演であり、ウィーン・フィルが実に伸び伸びと楽しげに演奏していることがわかる。

もちろん、ウィーン・フィルに伸び伸びと演奏させているからといって、プレヴィンが野放図にしているわけではなく、要所ではしっかりと手綱を締めていることがよくわかる。

『展覧会の絵』にしても、『シェエラザード』にしても、全体のスケールは雄大であるが、造型をいささかも弛緩させることなく、各場面の描き分けを巧みに行って、重厚な中にも情感溢れる演奏を繰り広げている点を見過ごしてはならない。

それにしても、本盤に聴くウィーン・フィルの音色の美しさは格別。

すっきりとした流れの中に洗練された表現を美しく浮かべており、洗練された響きと色彩も美しい。

ライナー・キュッヒルの絶美のソロと相まって、本盤の価値を更に高めることに貢献している。

SHM−CD化により、音響に一段と拡がりが出た点も見過ごすことができない。

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classicalmusic at 21:43コメント(0)トラックバック(0)ムソルグスキーR=コルサコフ 

2013年01月29日


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ショルティとウィーン・フィルは、決して相性のよいコンビでなかったと聞く。

確かに音楽性は相反する感じなので、反目することがあったのは当然と思える。

しかし、ショルティとウィーン・フィルの残した演奏には、両者の長所が融合し合った幸せな音楽の瞬間が多々あり、この『英雄の生涯』もその一つで、剛毅さ・艶麗さ・凄絶さ・そして黄昏の美といったこの曲の持つ魅力を十全に引き出している。

冒頭の「英雄」は、快速のテンポで突き進む。

それは、まさに向かうところ敵なしといった感じ。

「英雄の敵」に入っても、テンポにはいささかの緩みも見られない。

「英雄の妻」では一転してテンポを落とすが、ここのキュッヒルのソロの実に美しいこと。

「英雄の戦場」は、いかにもショルティらしく圧倒的な音量でオーケストラを豪快に鳴らすが、その凄まじさには戦懐を覚えるほど。

「英雄の業績」は、そっけなさを感じるほどの快速のインテンポ。

「英雄の引退と完成」は、再びテンポを落として、演奏全体を雄大に締めくくっている。

ショルティは、一部批評家から、無機的なインテンポの指揮者と酷評されているが、本盤のような演奏に接すると、決してそうではなく、むしろ緩急自在のテンポを駆使した起伏の激しい演奏をしていることがよくわかる。

本演奏を名演と言えるかどうかは、ウィーン・フィルとの相性などを考慮するといささか躊躇するが、ショルティの個性が溢れたユニークさと言う点では、一聴の価値は十分にある演奏であると考える。

むしろ、併録のワーグナーは、解釈に奥行きが出てきたと評された1980年代後半の録音であり、ショルティ円熟の名演と言ってもいいと思われる。

SHM−CD化の音質向上効果は、従来CDの音質もかなりのものであったことから、若干のレベルにとどまっていると言える。

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classicalmusic at 21:08コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスショルティ 

2013年01月28日


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最晩年のカラヤンによる重厚にして華麗なモーツァルトである。

古楽器演奏や奏法が一般的になりつつある中で、このようなモーツァルトを時代遅れとしてけなすことは簡単ではある。

しかしながら、新譜CDが激減し、クラシック音楽界に不況の嵐が吹き荒れている現代においては、カラヤンのような世紀の大巨匠が、セレナードやディヴェルティメントというモーツァルトとしては一流の芸術作品とは必ずしも言えない軽快な曲を、ベルリン・フィルのような大オーケストラを使って大真面目に演奏をしていたという、クラシック音楽界のいわゆる古き良き時代(それを批判する意見も十分に承知しているが)が少々懐かしく思われるのもまた事実である。

演奏内容はカラヤンらしいモーツァルトで、ザルツブルクの生んだ20世紀の類稀な才能が、偉大なる先輩モーツァルトの音楽を根底から変えた、そのような印象を与える演奏だ。

ベルリン・フィルの精鋭たちによる演奏で、比較的速いテンポで磨き抜かれた響きをいかにもすっきりと流麗な表現で生かしている。

その精妙で生彩にとんだ表現と各奏者の親密で自発的な呼応という点も申し分ない。

K.287は分厚くシンフォニックで、娯楽音楽としての「ディヴェルティメント」というより、むしろ小型の交響曲でも聴いているようであり、きわめて重厚でシンフォニックな響きで貫かれている。

「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」も同様に、美しくも粘りのある重厚な演奏。

このディスクではむしろ、ベルリン・フィルの弦の精緻な合奏力の凄さに注目すべきで、そのアンサンブルの精緻さと、艶のある音色の美しさには圧倒される。

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classicalmusic at 21:12コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトカラヤン 

2013年01月27日


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最近では健康状態が思わしくなく、食道がんの摘出、腰痛、肺炎などによって、ファンをやきもきさせている小澤征爾による、休業宣言する前の待望の新録音であるが、70歳を超えた指揮者ならではの完熟の名演と高く評価したい。

メインのブラームスの前に、ラヴェルの小曲が2曲収められているが、フランス音楽は小澤が若い時代から得意としていただけに、ここでも至高の名演を成し遂げている。

「道化師の朝の歌」は、とても健康状態が思わしくない70歳の指揮者とは思えないリズミカルな進行と、随所に感じられるフランス風のエスプリが満載の非のうちどころのない名演であるし、「シェエラザード」も、同曲のもつ繊細な味わいがこの上もなく透徹して表現されている。

グラハムのメゾソプラノの独唱との相性も抜群だ。

ブラームスの「第2」は、いわゆる純音楽的な名演だ。

小澤のドイツ音楽については、特に大御所とも称される音楽評論家には、薄味であるとか浅薄などとして著しく評判が悪いが、本盤の演奏に関しては、浅薄さは皆無。

個性的と言える箇所は皆無ではあるが、その分、ブラームスの音楽を心ゆくまで深い呼吸で味わうことができる点を高く評価したい。

筆者としては、小澤氏には是非とも病気を克服されて、かのテンシュテットのように復活して、将来さらなる凄みを増した演奏に出会えることを強く望みたい。

そして、さらに評価したいのは、SACDのシングルレイヤーによる超高音質録音だ。

ユニバーサルが、SACDの発売を再開したのは、本年度最高のニュースであるが、これまで発売されたSACDは、いずれも既にSACDとして発売された再発売ものに限られていた。

本盤は、ユニバーサルにとっても、久々のSACDの新録音ということになるが、それだけに、鮮明さ、ダイナミックレンジの広さなど、どれをとっても、最高水準の録音に仕上がっている。

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classicalmusic at 21:24コメント(0)トラックバック(0)ブラームス小澤 征爾 

2013年01月26日


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1960年5月5日/日比谷公会堂に於けるライヴ(ステレオ)録音。

ミュンシュ&ボストン交響楽団の来日公演は、1996年に故黒田恭一氏の「20世紀の名演奏」で聴いたが、幻想交響曲はミュンシュの十八番中の十八番で、手兵ボストン響とのスタジオ録音とは別人のように燃えており、ライヴならではの熱気が爆発した超名演だ。

ミュンシュのベルリオーズは格別であり、先にDVDになった日本フィルとのライヴ同様、幻想交響曲の達人が日本でその超十八番を披露した記録として、不滅の価値を持つものである。

ただ単に歴史的名演、熱演というだけでなく、指揮者と作曲家、指揮者と作品とが特別な絆で結ばれている、そんな感慨に浸らせるライヴである。

ドラマティックな解釈も素晴らしいし、演奏にかける情熱、覚悟にもただならぬ気配が充満しているが、その背景には、この名作だけがもつ真実性を全身全霊をかけて明らかにしようとしたミュンシュの使命感があり、それが強烈な説得力となって演奏全体に輝きと起伏とスリルを与えている。

ルーセルは、この曲をミュンシュはボストン響とモノラルでしか録音しておらず、このステレオ録音は貴重で、圧倒的なもの(この曲はミュンシュが初演している)である。

「バッカスとアリアーヌ」組曲はミュンシュ&ボストン響の得意のレパートリーで、この来日公演でも優れた演奏を聴かせてくれた。

何よりも、ミュンシュの明晰で健康な解釈がルーセルの音楽の性格と様式にふさわしく、古代ギリシャの神話の世界が眼前に繰り広げられるようにさえ感じられる。

それは、素朴で力強く、同時に繊細で優美な情感にも不足しない。

ミュンシュがルーセルの作品で遺した名演奏である。

両曲を通して、ボストン響の音色も明るく、輝かしい。

ミュンシュのやる気も前例がないが、オケも傑出、聴き手を演奏芸術の真髄に立ち合わせてくれる。

座右の宝である。

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classicalmusic at 21:48コメント(0)トラックバック(0)ミュンシュベルリオーズ 

2013年01月25日


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メンデルスゾーンの「無言歌集」は、親しみやすい旋律に満ち溢れたロマン派を代表するピアノによる小品集である。

これに比肩できるには、グリーグの「抒情小曲集」であると考えるが、メンデルスゾーンの「無言歌集」にせよ、グリーグの「抒情小曲集」であるにせよ、いずれもあまり名演に恵まれているとは言えないという点においては不思議と共通しているものがある。

そもそも、両者ともに全曲を録音したアルバムというのがほとんどないというのも、作品の質を考えると、実に不思議。

クラシック音楽界の七不思議のひとつとも言えるだろう。

そのような中で、「無言歌集」に、抜粋ではあるが、田部京子による名演アルバムが存在するのは、何という幸せであろうか。

メンデルスゾーンの瑞々しい抒情をあますところなく表現したとして各方面で絶賛され、田部京子の名声を一気に高めることになった「無言歌集」。

田部京子のピアニズムの原点ともいうべき静謐な抒情がアルバム全体を貫いている。

田部京子は、特色ある各曲を女流ピアニストならではの繊細さで、巧みに描き分けていく。

しかも、このような曲を甘美に演奏すると、一種のムード音楽に陥ってしまう危険性もあるが、田部京子の場合はそのような心配は御無用。

高踏的な芸術性を決して失うことがなく、しかも、技巧面や力強さにおいてもいささかの不足はない。

本盤については、これまで高音質化されたCDは発売されていなかったが、今回のBlu-spec-CD盤の登場によって、実に鮮明な音質に生まれ変わった。

田部京子の力強くも繊細なタッチを鮮明な音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 21:03コメント(0)トラックバック(0)メンデルスゾーン 

2013年01月24日


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「古典派」に慎重な態度で取り組み始めたラトルの姿を伝える1枚。

ラトルとハイドンの交響曲との相性は抜群だ。

現在でもモーツァルトよりもハイドンのほうに適性を示すラトルだが、この録音からもその資質は如実にうかがえる。

数年前に発売された、ベルリン・フィルと組んで録音した第88〜92番のCDも名演であったが、本盤も素晴らしい名演である。

ラトルは、ベルリン・フィルとの名演でもそうであったが、現代楽器に古楽器的な奏法をさせている。

そうすることによって、全体として非常にきびきびした軽快な装いを示すことになる。

その上で、ラトルは、極端とも言えるようなテンポの変化や音の強弱を付すことによって、かつてのハイドンの交響曲でも主流であった重厚な演奏とは一線を画し、非常にリズミカルな21世紀の新しいハイドン像を創造した点が素晴らしい。

古楽器奏法やピリオド楽器を活用したハイドンの交響曲の演奏ならば、近年ではいくらでもあるが、ラトルの演奏は、前述のように、テンポや強弱の変化に極端とも言えるような濃厚な味付けを施すことによって、学者の研究素材のレベルではなく、一流の芸術作品に高めている点が、他の指揮者とは大きく異なる長所だと考える。

本盤は、カップリングのセンスも見事。

途中にチューニングをし直す場面が入ったり(第60番)、終わったと見せかけては次に続いたり(第90番)、そんな突拍子もないユーモアを含む曲を取り上げているのがラトルらしいところ。

それぞれにユーモアの仕掛けのある交響曲を、演出豊かに描き出していく点は、若き日にも既に才能が全開であったラトルの前途洋々たる将来性を感じさせる。

HQCD化によって、音場がより豊かになった点も高く評価できる。

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classicalmusic at 21:01コメント(0)トラックバック(0)ハイドンラトル 

2013年01月23日


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ジンマンのマーラーの交響曲全集は先般完成したところである。

この「第9」であるが、これが意外にも純音楽的なアプローチなのだ。

例えば、死への恐怖と闘いを描いたと言われる第1楽章。

ここでのジンマンは決して荒れ狂ったりせず、どこまでも美しい音楽が紡ぎだされていく。

各楽器のソロも非常にうまく印象的。

過去の名演奏と比較すると影が薄くなるが、丹念にまとめ最後まできれいな音で通した聴き応えのある演奏に仕上がっている。

バーンスタインやテンシュテットなどの演奏に顕著な劇的な要素は影を潜めているが、だからと言って、物足りなさなどをいささかも感じさせないのは、ジンマンの類稀なる音楽性の賜物ではないかと思われる。

第2楽章のレントラー舞曲や第3楽章のブルレスケも、踏み外しはなく、ただただ透徹した美しい音楽が描き出されていく。

このような純音楽的アプローチは、終楽章の生への妄執に至って、ついに抜群の効果を発揮する。

ここでのジンマンの演奏は、至高・至純の美しさを湛えており、ある意味では、数年にわたって作り上げてきたジンマンによるマーラー・チクルスの頂点とも言える高みに達していると言える。

このように劇的要素を抑えた演奏だけに、好き嫌いが分かれるとは思うが、筆者としては、ジンマンの音楽性の豊かさがあらわれた名演と評価したい。

SACDマルチチャンネルによる高音質録音も、本盤の価値を一層高めることに貢献している。

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classicalmusic at 21:38コメント(0)トラックバック(0)マーラージンマン 

2013年01月22日


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アシュケナージについては、一般大衆はともかくとして、いわゆるクラシック音楽の通を自認する者の評判が芳しくないのは事実である。

語り口が甘すぎるとか、表情付けだけは巧みであるとか、芸術家としての厳しさに欠けるなど…。

確かに、そのような批判にも一理あるとは思うが、だからと言って、アシュケナージの指揮(あるいは演奏)する楽曲のすべてが凡演ということにはならないのではなかろうか。

例えば、ラフマニノフの演奏。

交響曲などを指揮しても、ピアノ協奏曲を演奏しても、いずれも、トップの座を争うほどの名演を成し遂げているではないか。

少なくとも、ラフマニノフを指揮(演奏)する限りにおいては、アシュケナージはまぎれもない巨匠と言うことができると考えている。

次いで、筆者は、チャイコフスキーを採りたいと思う。

ピアノ協奏曲第1番の演奏では、既に名演を遺しているが、交響曲も、ムラがあるものの、曲によってはなかなかの演奏を行ってきていると言える。

本盤の「第5」も、もちろん、ムラヴィンスキーやカラヤンなどの高みには達してはいないものの、なかなかの佳演と言ってもいいのではなかろうか。

取り立てて指摘すべき強烈な個性があるわけではないが、オーケストラを巧くドライブして、チャイコフスキーの音楽の素晴らしさを余すことなく表現した嫌みのない演奏であり、よき中庸を得た佳演と言ったところではなかろうかと思う。

フィルハーモニア管弦楽団の演奏も素晴らしい。

アシュケナージはフィルハーモニア管の精緻なアンサンブル力を存分に生かして、自然な流れの中でチャイコフスキーの力強い響き、叙情的な歌を描き出している。

アシュケナージの曲に対する確信と、そこに導かれるオーケストラの絶妙な機能美を聴き取ることのできる演奏と言える。

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classicalmusic at 21:30コメント(0)トラックバック(0)チャイコフスキーアシュケナージ 

2013年01月21日


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マイスキー、レーピンには共にこのチャイコフスキー:ピアノ三重奏曲の過去録音盤(勿論各々別演奏)があり前者は1998年アルゲリッチ、クレーメルという凄いメンバー共演でのライヴ、後者はベレゾフスキー、ヤブロンスキー共演の1997年の録音であった。

さて、本盤は2009年マイスキー、レーピンがラン・ラン(録音当時推定27歳)と共演した話題のスター級演奏者による演奏盤である。

ラン・ラン、レーピン、マイスキーは、いずれも、それぞれの楽器演奏者の中でもトップを争う個性派であるが、本盤は、初顔合わせとは言えないくらい息のあった演奏を行っている。

ラン・ラン初の室内楽録音ということもあり、アンサンブルの土台を築いているのはマイスキーだ。

でも彼は特に引っ張ることなく、残る2人が自在に動き、持ち味を十分発揮できるように取りなしている。

チャイコフスキーもラフマニノフも、情感溢れる曲であり、曲想も目まぐるしく変化するが、相手に合わせようという安全運転の箇所はいささかも見られず、むしろ、三者が、それぞれの思いのたけを全力でぶつけ合うような激しさがある。

したがって、例えば、チャイコフスキーの第2楽章の終結部など、聴き手のドキモを抜くのに十分な迫力であるが、それでいて決して気品や美しさを失わないのは、三者の音楽性の高さの証左と言えるだろう。

特にラン・ランの瑞々しい音色は印象的で、レーピンも慎ましやか。

ロマンティックなチャイコフスキー節を堪能したい人には第一に推せる演奏と言えよう。

このトリオでの、さらなる新録音を大いに期待したい。

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classicalmusic at 21:21コメント(0)トラックバック(0)チャイコフスキーラフマニノフ 

2013年01月19日


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ラトルの若き日の録音であるが、圧倒的な感銘を与えるラトルの面目躍如たるラフマニノフで、今日の世界的な大指揮者への成長を予見させるのに十分な素晴らしい名演と高く評価したい。

ことさらな演出を施さなくても音楽自体に充分に語らせることができるというラトルの自信がうかがえる清新そのものの演奏。

ラフマニノフの交響曲第2番は、今でこそ多くの指揮者がレパートリーとする超有名曲であるが、本盤の録音当時は、知る人ぞ知るという地位に甘んじていた。

当時、新進気鋭の指揮者であったラトルも、おそらくは未知の名曲に挑戦するような気持ちで、この曲の指揮に臨んだものと思われる。

確かに、そうした意欲も相まって、若さ故の粗削りなところが随所に見られる。

特に、第2楽章や終楽章のトゥッティのいささか力づくとも言える力奏は、無機的な響きで、浅薄な印象を与える危険性もはらんではいる。

しかしながら、抒情的な箇所での情感豊かな表現は、そうした欠点を補って余りあるような、未来の巨匠を予見させるのに十分な堂々たる指揮ぶりであると言える。

特に、第3楽章など、かのスヴェトラーノフや新盤でのプレヴィンのようなゆったりとしたテンポで、ラフマニノフ最高の美しい名旋律を心を込めて歌い抜いていく。

それでいて、この曲のもつ高度に対位法的な構成感がよく見渡され、それまでの情趣過多な演奏とは一線を画している。

全曲ノーカット、61分20秒をたっぷりとみずみずしく歌っており、じっくりとしたメロディーを聴きたい派の人には大きな満足感が得られるように思う。

ロスアンジェルス・フィルも、こうした若きラトルの指揮によくついていっており、まさに快演とも言ってもいい名演であると言える。

今のラトルならもっと深みのある演奏をするだろうが、若さが故の魅力もある演奏だ。

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classicalmusic at 21:18コメント(0)トラックバック(0)ラフマニノフラトル 

2013年01月18日


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20世紀を代表する指揮者、朝比奈隆の晩年の雄姿である。

このところ、ベーレンライター版の全集を聴いて、久しぶりにこの朝比奈の最後の全集に戻ってきたのだが、いや、やはり素晴らしい。

新全集の場合、編成と楽器のバランスで内部のテクスチャーを明解に表出しているのだが、朝比奈の場合、その逆である。

楽器のバランスはいじらないが、全てをしっかり吹き、弾くことでほぼ同じことが出来ることを証明して見せている。

さらに、素晴らしいことにフルオーケストラが全力でやるものだから、そのスケールの大きさ、分厚さと言ったら比類がなく、このベートーヴェンを知っている海外のファンが少ないのは全く残念としか言いようがない。

カラヤン、ベーム、ショルティ、バーンスタイン等、大物による全集数あれど、これほどオケは鳴っていない。

ベルリンもウィーンもロンドンもシカゴも、朝比奈が振る日本のオケと較べると、余程スケールが小さく聴こえる。

もう初期の1番と2番が、本場の海外オケのやる「エロイカ」を上回るスケールで鳴ってくれる。

朝比奈のこういう資質に唯一合わないのが、8番だと思うが、残りは文句なしである。

演奏は定評のある名演だが、筆者が評価したいのは、オクタヴィアがこの名演をSACDで、しかも格安で発売したこと。

最近では、大手レコード会社がSACDから撤退し、SHM-CDのような中途半端なものに流れている。

そんな風潮の中、オクタヴィアも迷ったと思うのだが、SACDで発売という良識ある判断に至ったことを高く評価したい。

このように商業主義ではなく芸術至上主義のメーカーが我が国にあることを誇りとしたい。

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classicalmusic at 21:03コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェン朝比奈 隆 

2013年01月17日


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久々にしびれる新録音を聴いた。

バルトークの弦楽四重奏曲はベートーヴェン以降に作曲された弦楽四重奏曲の中でも最高峰に位置するものと考えているが、それだけに、現在の四重奏団にとっては欠かせないレパートリーとなりつつある。

そんな中で、満を持してカルミナSQが録音したバルトークは、高度な演奏技術を土台にしながらも、随所に繊細さも併せ持つ名演となった。

カルミナSQが20世紀に出したCDとは比較にならない完成度であり、20世紀音楽を高密度で聴かせてくれる。

バルトークの作品は現代の四重奏団の必須楽曲であり、それを想像以上の水準でクリア、新ヴィーン学派と並ぶ高密度の現代音楽を壮絶に聴かせてくれて、ハイテンションの世界を楽しめた。

また、この録音に臨み、バルトーク演奏には重要な人物といえるシャンドール・ヴェーグからも作品について様々な事を学び、演奏に生かしているのが素晴らしい。

そして、カルミナSQは個々の音の表現力を限界まで追求しようとするスタンスでバルトークにも取り組んでいる。

国際基準の様式を崩してでも、音の表現に拘る。

結果、西洋音楽の伝統的な拍子感では説明の付かない、複雑な拍の揺らぎが音になって出てくる。

機械的ではない、身体感覚的な拍の処理。

バルトークが指定する拍の複雑な事情を、彼らなりに見事に再現し、西洋音楽的とも民俗音楽的とも異なる「身体感覚としての音楽」を触知することに成功している。

バルトークの持つ独特な拍子の性質が、彼らなりの方法で再現されているところに筆者は強く惹かれる。

このような視点の音楽をやらせると、カルミナSQは現代最高のカルテットに間違いないだろう。

この名演をSACDで発売したデンオンにも拍手!

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classicalmusic at 21:27コメント(0)トラックバック(0)バルトーク 

2013年01月16日


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ラトルが1985年3月にフィルハーモニア管と初来日を果たしたときのメインの曲目(来日公演を耳にし、感慨深い思い出を持つ人も多いことだろう)。

シベリウスはラトルにとって重要なレパートリーで、2009/10のシーズンでもBPOと全交響曲を演奏。

1980年から手塩にかけたCBSOとのレコーディングでも、1984-86年に完成させたシベリウス交響曲全集は、初期の傑作と呼ぶにふさわしい出来栄えで、第2番も競合盤ひしめく中で独自の価値を誇る名演である。

ラトルは、他のイギリス出身の指揮者と同様に、若き時代にはシベリウスを得意のレパートリーとしていた。

当時の手兵のバーミンガム市交響楽団と全集を録音するとともに、フィルハーモニア管弦楽団との交響曲第5番や、昨年テスタメントから発売されたイダ・ヘンデルと組んだヴァイオリン協奏曲など、録音の点数も相当数存在している。

本盤は、そうした交響曲全集からの1枚であるが、いかにも新進気鋭の指揮者らしい快演と高く評価したい。

いわゆる北欧の雰囲気を彷彿とさせる演奏というよりも、むしろ勢いに溢れた力強い演奏といった表現が相応しいと思うが、シベリウスの個性が全開になる前の、他の国民楽派の作曲家の影響が強く見られる作品であるだけに、こうしたラトルのアプローチも、いささかの違和感を感じさせない。

前述のように、勢いに溢れたと表現したが、だからといって、繊細な抒情的表現にも不足はない。

併録の「鶴のいる情景」も、あまり演奏されない曲だけに貴重な録音であるが、演奏内容もなかなかのものがある。

ラトルは、最近ではシベリウスをほとんど演奏していないように思うが、是非ともBPOと組んで2度目の全集を完成してほしいと思っている聴き手は筆者だけではあるまい。

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classicalmusic at 21:01コメント(0)トラックバック(0)シベリウスラトル 

2013年01月15日


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リスト弾きのベルマンの面目躍如たる素晴らしい名演だ。

ベルマンは抜群のテクニックでもって豪壮かつ華麗な演奏を繰り広げており、技巧的な面だけでなく繊細さも持ち合わせ素晴らしい仕上がり。

特に、ピアノ協奏曲については、シフラなどの名演と並んで最上位にランクされる名演と言える。

リストのピアノ協奏曲は形式も独特で、演奏にも超絶的な技巧が要求され、纏めるのが非常に難しい作品とされている。

ベルマンは、超絶的な技量は当然のこととして、表情がめまぐるしく変化する各楽章を非常に巧みに描き分けている。

それでいて、各楽章がバラバラになることを避け、全体の造形にも十分に配慮していると言える。

もちろん、全体の確固たる造型美には、指揮者のジュリーニの貢献も大きいと言わざるを得ない。

イタリア・オペラだけではなく、ドイツ音楽をも得意とした巨匠は、ここでも全体の造型を意識した演奏を行っており、第1番の第2楽章など、抒情的な箇所の歌い上げも、さすがはジュリーニとも言うべき歌謡性が豊かである。

ウィーン交響楽団はそれほど色彩感が無いオケだが、ジュリーニは格調高く引き締めて最良のサポートで聴かせる。

併録の「巡礼の年」は、ベルマンの独壇場だ。

リストの標題音楽の傑作を、類稀なる技量をベースとして、実に巧みに各楽曲を情感豊かに描き出していく。

本盤は、「巡礼の年」の有名曲のみが収められているが、あの長大な「巡礼の年」全体を聴くための準備としては、格好の選曲であると考える。

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classicalmusic at 21:18コメント(0)トラックバック(0)リストジュリーニ 

2013年01月14日


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同年齢のカラヤンが鬼籍に入ってから2カ月後に、カラヤンの本拠地のベルリン・フィルハーモニー・ホールで行った演奏会の記録である。

ベルリンでの名演の一報は、かつて音楽雑誌の海外報道欄で読んでいたので、このCDは発売早々に購入したが、演奏は予想を上回る名演。

特に金管と低弦の充実ぶりは、残念ながら当時の国内オケでは期待できない高レベル。

もう少し言えば、例えば晩年のクーベリックがバイエルン放送響で放ったモーツァルト後期群を聴くような、一時代前の演奏の凄みととでも言うべきか、曲を掌中に収め、テンポと響きの関係をわきまえた老獪な仕事である。

朝比奈は最晩年、カラヤンを評して、「カラヤンはすごい人だったけれど、長生きでは私が勝ったな。」と意味深長な発言を行っていたが、カラヤンと同年齢でありながら、演奏の優劣はさておき、その「エロイカ」の演奏スタイルは全く対照的だ。

ベルリン・ドイツ交響楽団は、良い指揮者を得た場合には、ベルリン・フィルに匹敵するとまでは言えないものの、かなりのハイレベルの演奏を行う楽団であるが、最晩年の朝比奈の指揮だけに、ベルリン・ドイツ交響楽団も見事な好演で応えており、男性的で、剛毅かつ重厚な名演を成し遂げていると言えよう。

テンポは晩年の朝比奈特有の遅さであり、繰り返しもすべて行っているが、それでいて冗長であるとか、もたれるということとは全く無縁であり、「エロイカ」という傑作交響曲の持つ雄大なスケール感を存分に味わうことができるのが素晴らしい。

大阪フィル盤や、新日本フィル盤も良いが、やはりこの盤を聴くと、「ドイツのオケには遥かに及ばないなぁ」と感じてしまう。

朝比奈には、ドイツのオケともっとベートーヴェンやブルックナーを残してほしかったと思わざるを得ない。

音質も非常に鮮明であり、この歴史的名演CDの価値をさらに高めることに貢献している。

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classicalmusic at 23:42コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェン朝比奈 隆 

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チェロで弾いても難しいドヴォルザークを、コントラバスで独奏するというのももちろん世界初の試み。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲をコントラバス(1611年製アマティ)で弾くという、一歩間違えるとゲテモノ扱いされかねない企画ではあるが、そのような懸念を一挙に吹き飛ばしてしまうような素晴らしい、そして感動的な名演だ。

まずは、朝比奈の指揮が見事で、スケールの大きさとダイナミックの豪快さによって際立っている。

冒頭からして深沈としたテンポがいかにも巨匠的表現であるし、第2楽章の抒情的表現も、溢れんばかりの情感の豊かさだ。

終楽章の終結部に向けた盛り上がりも、さすがは朝比奈と言うべき重量感溢れる迫力に満ち溢れている。

その朝比奈の重厚な伴奏の下、ゲリー・カーは実に感動的な演奏を繰り広げている。

しかし、チェロパートをコントラバスで弾いたことに感動したわけではない。

もちろん、そうしたカーの技量は十分に感服には値するとは思うが、そのようなことは二の次で、カーが奏でる情感豊かな演奏、表現に胸を打たれ、感動を覚えるのだ。

何よりも腹の底からの歌、涙を湛えた歌が最高。

特に、第2楽章の抒情的表現は、チェロによる過去の様々な名演でも、果たして太刀打ちできるかどうかというほどのハイレベルな次元の演奏を繰り広げている。

本当に驚くべき名演がここに刻みつけられている。

録音も素晴らしいの一言。

SHM−CDとXRCDの組み合わせは、さすがに、SHM−CDとSACDの組み合わせには勝てないが、十分に鮮明なハイレベルの高音質に仕上がっていると言える。

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classicalmusic at 21:06コメント(0)トラックバック(0)ドヴォルザーク朝比奈 隆 

2013年01月13日


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演奏について評価する前に、まずは録音について言及しておきたい。

ユニバーサルは、2010年になってSACDの発売を再開するという快挙を成し遂げたが、これまでのところ、何年か前に既に発売されたSACD盤のより高音質化での再発売が中心となっている。

そのような中で、小澤&サイトウキネンのブラームスの「第2」ほかを収めた盤と本盤は、ユニバーサルが満を持して発売したSACDの新録音だ。

ブラームスの「第2」の録音は見事であったが、本盤も極上の高音質だ。

しかも、本盤は、マルチチャンネル付きのシングルレイヤーである。

このような仕様は、SACD草創期にエクストンが何枚か発売していたくらいしか記憶がないが、おそらくは、ガラスCDは別として、現在望み得る最高の高音質と言えるだろう。

「戦争レクイエム」のように、静謐な合唱を中心とする作品には、このような仕様は抜群の効果を発揮しており、いささか大げさではあるが、「戦争レクイエム」の最も理想とする録音がついに現れたと言っても過言ではないのではなかろうか。

演奏内容も素晴らしい名演。

演奏がスタートすると、凄まじい緊張感に包まれていることが分かる。

そして、その緊張感は最後まで持続することになる。

最近、健康が悪化するなどファンを大変心配させている小澤であるが、ここではオーケストラや合唱団を抜群のバトンテクニックで統率し、実に清澄なレクイエムの世界を構築している。

「火刑台上のジャンヌダルク」も名演だったが、小澤にこのような声楽入りの曲を振らすと天下一品である。

今や大指揮者となった小澤には、今後とも健康に留意していただいて、本盤のような名演を一つでも多く残していただきたいと思う聴き手は筆者だけではないはずである。

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classicalmusic at 21:03コメント(0)トラックバック(0)ブリテン小澤 征爾 

2013年01月12日


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この2009年1月の演奏会は、前年2008年11月23日に急逝したリチャード・ヒコックスの思い出に捧げられたものである。

1976年にロンドン交響合唱団の音楽監督に就任したヒコックス(1948−2008)は、1991年にそのポストを離れた後も名誉指揮者、さらにはプレジデントを任じられ、1985年には客演副指揮者に迎えられるなどロンドン交響楽団ともゆかりの深かったことで知られている。

ヒコックスは、1995年には彼らとヴェルディのレクイエムをシャンドス・レーベルにレコーディングしており、ファンファーレ誌やデイリー・テレグラフ誌から最大級の評価を獲得していた。

こうした背景もあってのことであろう、ここでのオケ、合唱は共に特別な共感を寄せて演奏に臨んでいるであろうことは想像に難くないが、それはヒコックスの師であるデイヴィスとしてもやはり同じはず。

デイヴィスのヒコックスへの深い愛情を示す壮麗にして厳粛な名演である。

ヴェルディのレクイエムは、3大レクイエムの中でも規模が最も大きく、それ故に、演奏によってはどうしても圧倒的な迫力とか、オペラ的な性格が全面に出る傾向があるが、デイヴィスは、そうした劇的な面を極力抑え、同曲のいわゆる「レクイエム」という側面にできるだけ焦点を当てた演奏を繰り広げている点を高く評価したい。

ロンドン交響合唱団の合唱も見事であり、指揮者、オーケストラともども一体となって、ヒコックスへの哀悼の念を捧げている点が深く感動を誘う。

1991年のバイエルン放送響とのセッション録音をはじめ、その長いキャリアとほぼ同じ期間に本作を取り上げ続けてきた経験より得た、力みのないひたすら自然な流れ。

80歳を越えたデイヴィスの音楽に内在する高潔な志と無我の境地には強く打たれるものがあるというべきだろう。

SACDマルチチャンネルも、ヴェルディのレクイエムには最高の録音方式であり、この名演を一層引き立てる結果となっている。

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classicalmusic at 21:33コメント(0)トラックバック(0)ヴェルディデイヴィス 

2013年01月11日


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非常に色彩感溢れる素晴らしい名演だ。

まさに、ラトルとかつての手兵バーミンガム市交響楽団の最高の結実の一つと言えるのではないか。

息の長いフレーズの歌わせ方や、手作りの味といえるほど丁寧な音の扱いなど、聴き込むほどに味わいの深まる類の演奏だろう。

『ダフニスとクロエ』では、ラトルは、各場面毎の描き分けを巧みに行い、ラヴェルが作曲した魔法のような華麗な管弦楽の世界を、これ以上は求め得ないような色彩感で描き出していく。

綿密に計算された演奏で、とかく冗長になりがちな第1部では、「序奏と宗教的な踊り」の神秘的ムードにの作り方からして聴き手を引きつける魅力を持っている。

第3部の「日の出」から「全員の踊り」にかけては、合唱団とのバランスもよく、「全員の踊り」での迫力に圧倒される。

音の強弱や緩急自在のテンポ設定も思い切って行っているが、この当時はまだまだ若手指揮者に過ぎなかったにもかかわらず、勢いに任せたいわゆる青臭さなど微塵も感じられない。

このあたりは、さすがはラトルのその後の成長・発展を予見させる類稀なる才能の証左と言えるだろう。

『ダフニスとクロエ』では、合唱も重要な働きを示すが、バーミンガム市交響楽団合唱団も、最高のパフォーマンスを示していると言える。

『ボレロ』も丹念に仕上げた名演。

こちらの方は、比較的ゆったりとしたテンポで、おなじみの旋律を必要以上にきらびやかにせず、じっくりと豊かに歌いあげていく。

こうした落ち着きさえ見せるような堂々たる指揮は、既に若くして未来の大指揮者の貫録十分である。

音質は、従来のCDでは極端に小さな音や、霞のかかったような細部を聴き取るのが少々つらい面もあったが、HQCD化によって、音場の奥行きが広くなり、音質にも若干ではあるが鮮明さを増した点は素晴らしい。

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classicalmusic at 21:33コメント(0)トラックバック(0)ラヴェルラトル 

2013年01月10日


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アシュケナージの弾き振りによる久々のピアノ協奏曲で、気心知れた音楽仲間、パドヴァ管弦楽団との成熟を極めたモーツァルト。

アシュケナージのピアノや指揮については、評論家によっては没個性的だとして貶す者が少なからずいるのは承知している。

筆者としては、そうした意見に全面的に賛同するものではないが、しかし、そうした個性を殺した演奏が、楽曲によっては逆にプラスに働くことがあることも十分に留意すべきであろう。

そのプラス面に働いた好例が、本CDに収められたモーツァルトのピアノ協奏曲だと思われる。

両曲の演奏のどの部分をとっても、嫌みがない美しさ、高貴さを漂わせており、モーツァルトの音楽の魅力がダイレクトに伝わってくる。

確かに、アシュケナージならではの解釈というのはあまり見当たらないように思うが、これだけ楽曲の魅力を堪能させてくれれば文句は言えまい。

アシュケナージ曰く、「素晴らしい室内オーケストラがある。本当に彼らは音楽を心から楽しみ、感じて演奏をするオーケストラなんだ。演奏中に笑顔でコンタクトがとれる。互いに理解しあえ、団員全員とコミュニケートできるんだ。本当に素晴らしい!!」

アシュケナージが個々の団員を褒め上げることや、オーケストラを賛美することはよくあることだが、ここまで感情をむき出しにしてオーケストラに対する思いを伝えていることは稀とも言える。

室内オーケストラだけあって、大編成のオーケストラのようなパワーで聴衆を圧倒するということはできないが、今回モーツァルトの協奏曲の演奏には欠かせない繊細なニュアンス付けは、モーツァルトの様々な表情を表現するための考え抜かれたデュナーミク、アゴーギクによって表現、線の細い音では表現しきれないモーツァルトの純粋な世界を、アシュケナージ独特のタッチで表現されている。

基本的に演奏会の模様を収録していることもあり、特にニ短調協奏曲のカデンツァでは、その場で即興演奏されているアシュケナージ版カデンツァを聴くことが出来ることなどもライヴ収録ならではと言える。

SACDマルチによる高音質録音も、本CDの価値に華を添えている。

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classicalmusic at 21:10コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトアシュケナージ 

2013年01月09日


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腕を故障(現在はカムバックした)する前の、ベロフ若き日の先鋭なドビュッシー。

べロフは、天性のドビュッシー演奏家だと思う。

本盤も、そうしたドビュッシー演奏家としての面目躍如たる素晴らしい名演と高く評価したい。

べロフのドビュッシーは、例えばギーゼキングのような即物的なアプローチをしているわけではない。

フランソワのように、個性的なアプローチを示してくれるわけでもない。

あるいは、ミケランジェリのように、切れ味鋭いタッチを披露してくれるわけでもない。

こうしたドビュッシーを得意とした個性的な先人たちと比較すると、オーソドックスとも言えるアプローチを行っていると言える。

それでいて、これぞドビュッシーとも言うべき独特の深みのある芸術を構築してくれるのだから、現代におけるべロフのドビュッシー演奏家としての確固たる位置づけが十分に伺い知ることができる。

オーソドックスと表現したが、それは没個性的という意味ではない。

有名な「月の光」や「夢」などにおける情感溢れる抒情的表情や、舞曲におけるリズミカルな力強い打鍵など、表現の幅の広さも見事であり、随所に漂うフランス風のエスプリは、全体的な音楽の深みと相まって、まさに、べロフだけが描出できる至高・至純の境地に達していると言えるだろう。

昔からフランスのピアニストはシューマンやベートーヴェンを弾くとうまい人が多いが(例えばイヴ・ナット)、ベロフにも期待したい。

録音も、もともと鮮明な音質であったが、今般のBlu-spec-CD化によって、さらに鮮明な音質に蘇った。

べロフの芸術的なピアノをこのように鮮明な音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 21:09コメント(0)トラックバック(0)ドビュッシーベロフ 

2013年01月08日


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いかにも近年の内田光子ならではの深みのある名演だ。

シューマンのピアノ曲は、いずれも名作揃いだとは思うが、同時代のショパンなどとは異なり、アプローチの仕方によってはやたら理屈っぽい演奏になりがちである。

いずれも詩情に満ち溢れた作品ではあるのだが、組曲やソナタなど、比較的規模の大きい作品が多いだけに、全体の統一性など、どうしてもそれに捕われて、詩情を失ってしまいがちなことがその要因と言えるのかもしれない。

しかしながら、内田光子にはそのような心配は御無用。

全体として、前述のように曲の本質を深彫していくような深遠な表現を心がけてはいるが、シューマン特有の詩情豊かさにもいささかの不足はない。

特に、「ダヴィッド同盟舞曲集」にような作品集では、各曲の性格を巧みに描き分け、緩急自在のテンポを駆使して、これ以上は求められないような高次元の表現を成し遂げている。

「幻想曲ハ長調」は、まさに内田光子の独壇場。

これほど深みがあって、しかも情感豊かな演奏は、今や大ピアニストとなった内田光子にしかできない至高・至純の境地に達していると言える。

本盤は、内田光子にとっても、15年ぶりのシューマンとのことであるが、他のシューマンのピアノ曲も、内田光子の演奏で是非とも聴きたいものだ。

ここで辛口の一言を言わせてもらいたい。

いつぞやのグラミー賞が発表された時、日本では「ビーズの松本」だけ。

ニューヨークタイムズやロイター通信よく見てみなさい。

どこも「Mitsuko Uchida」ですよ。

日本のマスコミは無教養、大衆も無知下品、芸術とは無縁の人達といえよう。

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classicalmusic at 21:22コメント(0)トラックバック(0)シューマン内田 光子 

2013年01月07日


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コリン・ディヴィスはベルリオーズを得意とし、数々の名演を残してきた。

特に、最高傑作と称される幻想交響曲は、何度も録音を繰り返しているが、その中でも、やはり第一に掲げるべき名演は、本盤の1974年盤と言えるのではなかろうか。

何よりも、オーケストラにロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団を起用したのが大きい。

管楽器も弦楽器もいずれも完璧なアンサンブルで、若きディヴィスの指揮についていっており、しかも、この当時にオーケストラに顕著に存在した北ヨーロッパならではのくすんだいぶし銀の音色が、演奏に潤いと深みを与えていることを見過ごしてはならない。

オーケストラが高性能のせいか非常に克明な演奏である。

リズムの硬軟、旋律の歌わせ方、楽器のバランス、そして強弱法など、すべてにわたって思案したあげくの実に丹精な指揮ぶりで、聴いていて、なるほどとデイヴィスに相槌を打ちたいところがたくさんある。

いささか分解的表情を積み上げた感もあるが、終楽章はさすがである。

原典にしたがって、コルネットを活用している点も、ディヴィスのベルリオーズへの傾倒ぶりをあらわしており、本盤は、数々の幻想交響曲の名演の中でも上位に位置づけられる名演と高く評価したい。

そして、この名演の真価を究極の音質で味わうことができるシングルレイヤーのSACDがついに登場した。

SHM−CD化や表面のコーティングなど、音質向上のための最善の努力がなされており、唖然とする超高音質に仕上がっている。

コンセルトへボウ管弦楽団の各管楽器奏者の名技なども完璧に再現されており、弦楽器のつややかな響きも美しさの極み。

眼前で演奏会が行われているような錯覚に陥るほどの臨場感溢れる極上の音質に仕上がっている。

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classicalmusic at 21:22コメント(0)トラックバック(0)ベルリオーズデイヴィス 

2013年01月06日


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プロコフィエフの親しみやすい小品の名作を集めた好企画CDだ。

そして、その演奏も、ピアノ協奏曲をピアノと指揮の両方で全曲録音するなど、プロコフィエフを得意としたアシュケナージならではの名演と高く評価したい。

アシュケナージとシドニー交響楽団によるプロコフィエフ・シリーズは、なかなか快調に進展していて、先般紹介した交響曲第1番と第5番、それにガヴリリュクとのピアノ協奏曲全集と良質な先行盤に続き、今回は管弦楽曲集となった。

アシュケナージ&シドニー交響楽団による近代的な機能美と溢れんばかりの表現力で描き出したプロコフィエフの管弦楽名曲集である。

アシュケナージが大絶賛する2人の歌手の豊かな表現力に彩られ、聴く者をプロコフィエフの独特な音楽へ導く演奏が繰り広げられている。

「キージェ中尉」と「3つのオレンジへの恋」は、親しみやすい旋律が散りばめられた名曲であるが、アシュケナージはこれらの各組曲の描き分けを巧みに行い、各場面の描写を非常に精緻に行っているのが素晴らしい。

「キージェ中尉」の<ロマンス>や<トロイカ>におけるラプデフによるバリトン独唱も見事であり、シドニー交響楽団も、アシュケナージの統率の下、最高のパフォーマンスを示していると言える。

「みにくいアヒルの子」は、プロコフィエフとしては珍しいオーケストラ伴奏付き歌曲であり、名作にしては録音が少ないが、本盤の名演の登場で、長年の渇きが漸く癒されたと言えるだろう。

ポーターによる非常に美しいソプラノ独唱が見事であり、アシュケナージ&シドニー交響楽団による合わせ方も非の打ちどころがない完璧さだ。

SACDによる高音質録音も、さすがはエクストンと言えるだけの高水準であり、シドニー・オペラハウスにおける録音も完全に板に付いてきたとものと思われる。

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classicalmusic at 21:38コメント(0)トラックバック(0)プロコフィエフアシュケナージ 

2013年01月05日


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ティーレマン渾身の名演である。

ティーレマンのブルックナーといえば、ミュンヘン・フィルの芸術監督に就任した際の「第5」が脳裏に浮かぶが、それが名演だっただけに、「第5」に続く続編が長く待たれていたところであった。

そのような中で、本盤の名演の登場は、これまでの渇きを癒すのに十分であると言えるだろう。

そもそもハース版を使用したところに、ティーレマンの同曲への強いこだわりを感じさせる。

ハース版の使用にこだわった指揮者としては、ヴァントや朝比奈が掲げられるが、ティーレマンはヴァントの数々の名演に示唆を受けたのではないかと思われる。

というのも、ヴァントと同様に金管楽器を無機的になる寸前に至るまで最強奏させているからである。

ただ、ヴァントと決定的に異なるのは、いわゆる凝縮型ではなく(ヴァント最晩年のベルリン・フィル盤はスケール雄大であったが)悠然としたスケールの大きさ。

適時適切なゲネラルパウゼの活用も、そのような傾向を助長する結果に繋がっている。

テンポの変化も最小限に抑えており、この辺りは、ブルックナー演奏の王道を行くアプローチであると言える。

もっとも、個性的な解釈も散見される。

例えば第2楽章。主部の強弱のユニークな付け方は、いささか芝居がかった演出のようなきらいもあるが、恣意的な解釈をとっているように感じられないのは、ティーレマンがブルックナーの「第8」の本質をしっかりと掴み取っているからにほかならない。

SACDマルチチャンネルによる高音質録音も、本盤の価値を大いに高めることに貢献している。

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classicalmusic at 21:39コメント(0)トラックバック(0)ブルックナーティーレマン 

2013年01月04日


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ティルソン・トーマスによるマーラーの交響曲全集は、先日紹介した「第8」を持って終了したものと思っていた。

その「第8」は至高の超名演であり、過去の「第8」の名演の中でもトップの座を争うものであっただけに、なおさらのこと、チクルスの有終の美を飾るものと考えたのであった。

しかしながら、本盤も、「第8」に優るとも劣らぬ名演であり、その意味では、本盤こそ正真正銘の、チクルスの有終の美を飾る至高・至純の超名演と言えるだろう。

ティルソン・トーマスのマーラーは、オーケストラを無理なく鳴らし、いささかの嫌みもあざとさもなく、マーラーがスコアに記した音符を、いささかも無機的に陥らず、内容豊かに表現している点が素晴らしい。

このように記すと、現在チクルスが進行中のマーツァルのアプローチと似通った点があるのかもしれない。

両者の違いは、私見ではあるが、マーツァルが、マーラーをボヘミア出身の作曲家として捉え、チェコ・フィルとともにいささかローカルな味わいを見せることがあるのに対して、ティルソン・トーマスは、あくまでも21世紀の新しいマーラー像を指向している点にあるのではないかと考える。

歌手陣もいずれも素晴らしい。

最も良いのはハンプソンの歌う『角笛』からの5曲で、劇的な表情が曲に合っている。

彼はオーケストラ伴奏での『角笛』歌曲集の録音はなかったので、できれば全曲録音してほしかったところだ。

『さすらう若人の歌』は、かのバーンスタインとウィーン・フィル以来の録音。

こちらは細やかな表情で歌っているが、室内楽的で精妙な伴奏はこれまでのシリーズ通り。

第2曲、第4曲の終わりで一瞬にして明から暗に転じる和声の変化の捉え方は見事だ。

『リュッケルト歌曲集』に於けるグラハムの大柄な歌も決して悪くない。

SACDマルチチャンネルによる極上の高音質も、本盤の価値を大いに高めるのに貢献している。

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classicalmusic at 21:27コメント(0)トラックバック(0)マーラー 

2013年01月03日


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凄いCDが現れたものだ。

アルゲリッチがショパン国際コンクールで優勝したのは1965年のことであるが、本盤は、それより6年前の17歳の時に演奏されたバラード第1番や、優勝の2年後に演奏した諸曲を収めている。

いずれも、アルゲリッチの個性全開の超名演と評価したい。

アルゲリッチは、最近ではピアノ独奏曲の演奏を殆どしなくなっているが、彼女には円熟という言葉は薬にしたくもなく、現在においてもなお、協奏曲であれ、室内楽曲であり、自由奔放と評すべき個性的な演奏を繰り広げている。

そして、本盤の若き時代の演奏にも、その萌芽が現れていると言えよう。

バラード第1番は、緩急自在のテンポ設定と強弱の大胆な付け方が見事であり、とても17歳のピアニストによる演奏とは思えないくらいの感動的な名演だ。

練習曲の疾走は、唖然とするような抜群のテクニックであり、それでいて、芸術性をいささかも損なうことがないのはアルゲリッチの類稀なる才能の証左と言えるだろう。

マズルカは、合計で8曲収められているが、テンポ設定といい、強弱の付け方といい、そして強靭な打鍵といい、文句のつけようのない高みに達している。

夜想曲は一転して抒情豊かな演奏を行っており、実に感動的だ。

ピアノソナタ第3番は本盤の白眉と言うべき空前絶後の超名演だ。

後年にスタジオ録音しているが全く問題にならない。

第1楽章や第2楽章の抒情豊かな歌い方の絶妙さ。

第2楽章の抜群のテクニックに裏打ちされた俊敏な前進性。

終楽章の力強い打鍵と切れば血が出るようなパッションの爆発。

録音は、モノラル録音だけにやや籠った音質が残念ではあるが、演奏が極上だけに、聴いているうちに殆ど気にならなくなった。

ジャケット裏やブックレット内には、ショパン作品を演奏中のアルゲリッチの手元を写した珍しいショットや10代のアルゲリッチの写真が載せられているのも魅力的だ。

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classicalmusic at 21:54コメント(0)トラックバック(0)ショパンアルゲリッチ 

2013年01月02日


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バッハの管弦楽曲や合唱曲では、ピリオド楽器を使用した小編成での演奏や、古楽器奏法などが主流となりつつあるが、いわゆる器楽曲でも同様の傾向があり、チェンバロ作品として作曲された楽曲を現在のグランドピアノで演奏する機会も、管弦楽曲や合唱曲ほどではないものの、徐々にその数を減らしていると言えるだろう。

そのような時代にあって、バッハのチェンバロ作品を演奏するピアニストには、相当なる自信を持って臨んでいると言えると思われるが、ポゴレリチも、初のバッハ録音とは思えないような、自信に満ち溢れた堂々たるピアニズムを示していると言える。

ここでポゴレリチは、現代ピアノの機能を駆使し、バッハの内なる美を引き出し、それを再現するために全力を尽くしている。

イギリス組曲第2番の冒頭のプレリュードからして、唖然とするようなテクニックと力強い打鍵に圧倒される。

続くアルマンドやサラマンドの情感溢れる抒情豊かさは美しさの限りであり、胸のすくような快速のジークで全曲を締めくくるのである。

ピアノという楽器ゆえに可能な、軽快さと抒情性の大いなるコントラストが、この曲に新しい魅力を与えている。

またプレリュードとサラバンドでの反復を、納得のゆく表現としているところもさすがだ。

第3番も第2番に優るとも劣らないような超名演。

抜群のテクニックの下、各楽章の描き分けが実に巧みであり、抒情的な箇所もなよなよしたところは皆無、常に高踏的な至高の美しさを湛えているのが素晴らしい。

ポゴレリチが奇才を発揮した1枚といえるだろう。

これだけ優れた名演を聴かされると、ポゴレリチの演奏で他のバッハの器楽曲も聴きたくなったのは筆者だけではあるまい(あるのかもしれないが、筆者は聴いていない。)。

例えば、ゴールドベルク変奏曲など、ポゴレリチが本盤で示した芸風に鑑みると、相当な名演を成し遂げるのではないだろうか。

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2013年01月01日


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2010年初めに発売されたヴァント&ベルリン・ドイツ交響楽団のライヴ集成ボックスからの分売である。

ボックス全体のレビューについては、先に記したが、今回、分売された各CDを聴いて、あらためて深い感動を覚えた。

本盤は、そのボックスからベートーヴェンの諸作品を集めたものであるが、いずれ劣らぬ名演だ。

その中でも、「エロイカ」は、これまで発売されていた最新録音が、手兵の北ドイツ放送交響楽団との1989年盤だけに、本盤は、現在発売されている中では、最も後年の録音であり、それだけに、ヴァントの芸術の総決算とも言うべき至高・至純の名演に仕上がっていると言える。

厳格なスコアリーディングに裏打ちされた厳しい造型とやや速めのテンポは健在であるが、随所に見られる豊かなニュアンスはまさに円熟の至芸と言うべきであり、同曲に不可欠の重厚さや剛毅さにもいささかの不足はない。

強烈なダイナミズムに貫かれた圧巻の内容で、こんな雄渾な「エロイカ」は昨今皆無である。

「第1」と「第4」は、後年に手兵の北ドイツ放送交響楽団との超名演があるだけに、やや不利な点があることは否めない事実であるが、例えば「第1」の冒頭の豊かな表情づけや、「第4」の剛柔バランスのとれた音楽の勢いのある前進性など、聴きどころには事欠かず、名演と評価するのにいささかの躊躇もない。

併録の両序曲も、ヴァントならではの透徹した名演。

熱心なヴァント・ファンからは「心身充実していた1990年代前半〜半ばの演奏こそヴァントの真髄がきける」「ベルリン・ドイツ響の力量は北ドイツ放送響以上。ベルリン・フィルはオケのプライド強すぎてヴァントの意図が100%徹底していない。 ミュンヘン・フィルはチェリビダッケの影が付きまとう。今回のベルリン・ドイツ響が最高」とまで噂されていた垂涎のライヴ演奏である。

本盤は、ヴァント&ベルリン・ドイツ交響楽団という、いわば隠れた名コンビによる会心作と高く評価したい。

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