2013年03月

2013年03月31日


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何よりもガヴリーロフのピアノが素晴らしい。

ロシアの悠久の大地を思わせる重厚なピアニズムと、故国を思う郷愁に満ち溢れた情感の豊かさが、演奏に結晶化しており、超絶的な技巧も圧倒的だ。

特に、ピアノ協奏曲第2番の第2楽章は、他のどのピアニストよりも、テンポをゆったりとしたものとして、情感豊かな感動的な演奏を繰り広げている。

時折見られる間の取り方も実に効果的であり、こうした点に、ガヴリーロフの芸術家としての抜群のセンスの良さを感じさせる。

パガニーニの主題による狂詩曲の、各変奏の描き分けも、超絶的な技巧をベースとして、完璧に表現し尽くしており、有名な第18変奏の美しさには、もはや評価する言葉が追いつかないほどの感動を覚えた。

ムーティの指揮も素晴らしい。

イタリア・オペラを得意とした指揮者だけに、ラフマニノフの抒情豊かな旋律の歌い方の何と言う美しさ。

それでいて、ピアノ協奏曲第2番の終楽章の終結部の猛烈なアッチェレランドなど、決めるべきところのツボを心得た心憎いまでの演出巧者ぶりを示しているのはさすがと言える。

当時の手兵であるフィラデルフィア管弦楽団は、オーマンディやデュトワとともに、ラフマニノフの名演を数々残してきたこともあり、本盤でも、ムーティの統率の下、最高のパフォーマンスを示していると言える。

HQCD化によって、音質は非常に鮮明になっており、本名演の価値を高めるのに大きく貢献している。

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classicalmusic at 21:06コメント(0)トラックバック(0)ラフマニノフムーティ 

2013年03月30日


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1955年の録音の再創造とのことであるが、バッハ演奏の歴史的な転換点になった衝撃的な名演に対する、このような試み自体には反対するものではない。

しかしながら、こうした試みは、音楽学者にとっては画期的なものであっても、芸術的な感動とは別物のように考えている。

グールドは、かなり早い段階から、聴衆の入るコンサートを拒否し、ひたすらスタジオでのレコーディングを中心として活動してきた。

したがって、グールドにとっては、スタジオ録音そのものが、自らの芸術を世に問う唯一の機会であった。

スタジオ録音の際には、グールドは鼻歌をうたったり、ハミングしたりするし、時には椅子が軋む音すらそのままに収録しているが、こうした所為のすべてが、グールドにとっては、自らの芸術の一大要素であったのである。

ところが、本CDには、ピアノ以外の音はすべて消去(抹殺との表現を敢えて使いたい)されており、ただただコンピュータじかけとも言うべき音が紡ぎだされていく。

グレン・グールドがグレン・グールドである所以は、スタジオ録音にあるので、トロントCBCスタジオというロケーションはまさにうってつけ。

さらに、彼の歌声があれば完璧なアンデッド・グールドの誕生であるがどうだろうか?

聴きようによっては、ここには血も涙もない機械音だけが流れるという、実に寒々とした音響が創造されているのだ。

要するに、音響であって音楽ではないのだ。

たとえ、マルチチャンネル付きのSACDによる高音質録音であっても、筆者としては、そのような音響は願い下げである。

前述のように、このような試み自体には必ずしも反対ではないので、一定の評価はするが、音楽芸術としての感動からは程遠いと言わざるを得ない。

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classicalmusic at 21:47コメント(0)トラックバック(0)バッハグールド 

2013年03月29日


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これは素晴らしい名演で、汲めども尽きせぬ魅力に満ちた演奏である。

インバルは、ブルックナーにおいては初稿の録音を行うなど、相当の拘りを見せているが、ベートーヴェンの交響曲においては、最近流行のピリオド楽器の使用や古楽器奏法には見向きもしない。

いわゆる正攻法の旧スタイルによる演奏を終始貫いている。

しかしながら、古臭さは皆無であり、ベートーヴェンの交響曲第5番、そして第7番の魅力をゆったりとした気持ちで味わうことができる点を高く評価したい。

一見、昨今の時流に反した大編成のオーケストラによる大時代的なベートーヴェンに聴こえるが、実際にそこから立ち現れてくる音楽は、あらゆる意味において紋切り型のイメージを打ち破るものである。

だからと言って、奇を衒ったアプローチや音響は皆無であり、演奏の根底にあるのは、インバルの指揮の下、それぞれのパート譜が内包する音楽を最大限正確かつ真摯に表わし尽くそうとする都響の各奏者のもちろん高度な能力に裏付けられた献身的な姿勢である。

そういった各奏者が放つ瞬間瞬間の音楽の充実が、一貫して比較的余裕を持ったテンポ感に基づいて設定される大きくて風通しのよい音楽空間の中に展開し、あたかも誕生間もない宇宙のような、多様な種類のエネルギーに満ちた高密度の時空を作り出している。

そのエネルギーは、「精神」という言葉を用いて表現したくなる何かであり、つまりはベートーヴェンの言葉に他ならない。

第5番は、全体として重厚な響きが支配しているが、特に第2楽章など、品のいいレガートが絶妙な効果をあげている。

近年のベートーヴェン演奏においては、古楽器奏法などを意識するあまり、このレガートを軽視・蔑視する傾向が強いが、本名演は、現代の軽妙浮薄なベートーヴェンに対する力強いアンチテーゼと言えよう。

第7番は、第5番とは異なり、重厚な響きよりは、軽快なリズム感を重視した印象が強いが、それでも、随所に見られる美しいレガートやここぞという時の強靭な迫力は、現代の指揮者による演奏とは一線を画する極めて高いレベルに仕上がっていると言える。

SACDによる高音質録音も非常に鮮明であり、本名演の価値を高めるのに大きく貢献している。

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classicalmusic at 21:25コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンインバル 

2013年03月28日


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ロストロポーヴィチは、ドヴォルザークのチェロ協奏曲を得意のレパートリーとし、それこそ何度も録音を繰り返したが、小澤との共演を持って満足できるものとして、その後一切の録音をやめることになった。

ロストロポーヴィチ本人が満足したのであるから、第三者である聴き手がとやかく言う権利はないのではあるが、衆目の一致するところ、数ある録音の中でも最高の名演は、カラヤン&ベルリン・フィルと組んだ1968年盤ということになるのではないか。

それは絢爛豪華とも言うべき名演であり、協奏曲というよりも、競争曲と言った方がより相応しいような、指揮者とソリスト、そしてオーケストラががっぷり四つに組んだ豪演でもあった。

これに対して、本盤は、ロストロポーヴィチのチェロ協奏曲の中でも、最も優美な抒情を全面に打ち出した名演と言えるのではなかろうか。

これには、ジュリーニの存在が大きいと思われる。

ジュリーニの重厚で粘着質ではあるが、イタリア人指揮者ならではの優美なフレージングが随所に配することなどによって、実に温かみのある音楽を構築しているからだ。

こうした温かみのあるバックの下、ロストロポーヴィチは、情感豊かな演奏を繰り広げていると言える。

ロストロポーヴィチの豊かな歌心を楽しむには格好の1作で、第1楽章の第2主題、第2楽章のノスタルジックな旋律の巧みさなど、傑出した演奏を堪能することができる。

ジュリーニやロストロポーヴィチに引っ張られることにより、ロンドン・フィルも最高のパフォーマンスを示している。

併録のサン・サーンスのチェロ協奏曲同様の傾向の名演だ。

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classicalmusic at 21:23コメント(0)トラックバック(0)ロストロポーヴィチジュリーニ 

2013年03月27日


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1960年4月16日 ニューヨーク、カーネギー・ホールで行われた“マーラー生誕百年記念祭”のライヴ録音。

ワルターの『大地の歌』と言えば、ウィーン・フィルを指揮した1936年盤と1952年盤の評価が著しく高いため、本盤の評価が極めて低いものにとどまっている。

特に、1952年盤が、モノーラル録音でありながら、英デッカの高音質録音であることもあり、ワルターの師匠の記念祭での『大地の歌』という看板でさえ、あまり通用していないように思われる。

演奏の質は非常に高いだけに、それは大変残念なことのように思われる。

確かに、1952年盤と比較すると、1952年盤がオーケストラの上質さやワルターが最円熟期の録音ということもあり、どうしても本盤の方の分が悪いのは否めない事実であると思うが、本盤には、1952年盤には見られない別次元の魅力があると考えている。

1960年の録音であり、それは死の2年前であるが、全体に、人生の辛酸を舐め尽くした老巨匠だけが表現することが可能な人生の哀感、ペーソスといったものを随所に感じさせる。

特に、「告別」には、そうした切々とした情感に満ち溢れており、ここには、ワルターが人生の最後になって漸く到達した至高・至純の境地が清澄に刻印されていると思われるのである。

ニューヨーク・フィルも、ワルターの統率の下、最高のパフォーマンスを示していると言える。

2人のソリストも水準に達しているが、面白いのは第5楽章の出で、テノールのルイスが2拍早く歌い始めていることである。

ワルターの指揮でもこんな信じられないミスが起こり得るのだ。

このミスを除けばルイスはスタジオ録音のヘフリガーより好ましく、逆に女声歌手はミラーのほうを採りたい。

音質はモノーラルでいま一つだが、ワルターの『大地の歌』は音の一つ一つが完全に身についていて、まことに安心である。

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classicalmusic at 21:37コメント(0)トラックバック(0)マーラーワルター 

2013年03月26日


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素晴らしい名演だ。

小澤は、フランス系の音楽を十八番としているが、次いでストラヴィンスキーやプロコフィエフ、そしてチャイコフスキーなどのロシア音楽も得意としている。

本盤の『白鳥の湖』は、小澤がボストン交響楽団の音楽監督に就任後5年を経た時点での録音であるが、ここでは、小澤が手兵ボストン交響楽団をしっかりと掌握し、見事な演奏を聴かせてくれている。

『白鳥の湖』には、アンセルメやデュトワなどのフランス風に洗練された名演もあり、フランス系の音楽を得意とする小澤のアプローチもそのように捉えられがちであるが、必ずしもそうとは言い切れない要素も多い。

洗練はされているものの、自らの師匠でもあるカラヤンのようなドイツ風の重厚さも兼ね備えており、いい意味のバランスのとれた演奏に仕上がっている点を高く評価したい。

演奏内容において特筆すべき点を列挙すると、まずは第1幕第3曲の「情景」における中間部の猛烈なアッチェレランドや、第4曲の「パ・ド・トロワ」の場面毎の描き分けの巧みさ、第5曲の「パ・ド・ドゥー」の1曲目の情感の豊かさ、特に、中間部のヴァイオリンソロの息をのむような美しさ、そして第8曲の「乾杯の踊り」の凄まじい迫力が実に印象的だ。

第2幕の第10曲の有名な「情景」の名旋律は、テンポは速めではあるが、感傷的にはいささかも陥らず、高踏的な美しさを保っているのが素晴らしい。

第13曲の「白鳥たちの踊り」は、ボストン交響楽団の木管楽器の各ソロ奏者の上手さは特筆すべきものがあり、小澤もこれ以上は求め得ないようなムード満点の演奏を行っている。

特に、6曲目の湧き立つようなリズミカルな演奏は出色の出来だ。

第14曲の「情景」の終結部の踏みしめるような粘着質の演奏は圧巻のド迫力。

第3幕では、第17曲及び第18曲のトランペットファンファーレの響かせ方が奥行きがあって実に美しいのが印象的。

第20曲〜第23曲の各ワルツは、まさに小澤の独壇場であり、生命力溢れる力演でありながら、洒落た味わいをいささかも失うことがないという、二律相反する要素を兼ね備えた極上の音楽に仕上がっている。

第4幕の第29曲は、雄渾なスケールであり、圧倒的な迫力の下に全曲を締めくくっている。

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classicalmusic at 21:50コメント(0)トラックバック(0)チャイコフスキー小澤 征爾 

2013年03月25日


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かつて従来CDで聴いた時は、いい演奏とは思ったものの、さほどの感銘を受けなかったところであるが、今般のHybrid SACD盤の鮮明な音質を聴いて驚いた。

今般の高音質化によって、筆者も、この演奏の素晴らしさを再認識したところである。

メンデルスゾーンの「第4」&「第5」のCDとしては、かのトスカニーニの歴史的な超名演があるが、この超名演に肉薄する名演と評価してもいいのではないかとさえ考える。

熱狂と興奮が渦巻く「第4」、荘厳なまでに美しい「第5」、トスカニーニのモノラル盤と双璧をなす、ミュンシュの快演だ。

とにかく、演奏全体に漲っている熱気が素晴らしい。

ミュンシュは、特に、ライヴ録音において、とてつもない生命力を発散する豪演を成し遂げる指揮者であったが、スタジオ録音でも、調子に乗った時は、ライヴ録音なみの爆演を披露することがある。

有名な例が、最晩年のパリ管弦楽団との幻想交響曲やブラームスの「第1」であるが、本盤も、それに近いものがある。

その力強い生命力は、かのトスカニーニの名演にも匹敵するものがあると言える。

さすがに、トスカニーニ一流の極上のカンタービレは散見されないが、その分、ここには、ストラスブール出身で、ドイツ音楽を得意とした巨匠ならではの重厚さがあると言える。

特に、「第5」は、その楽曲の性格から、トスカニーニの名演を凌駕する出来と言えるかもしれない。

ボストン交響楽団も、後年の小澤時代が信じられないような、重量感溢れるドイツ風の音を出しているのが素晴らしい。

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classicalmusic at 23:41コメント(0)トラックバック(0)メンデルスゾーンミュンシュ 

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「伝説のピアニスト」だったリヒテルがセンセーショナルなアメリカ・デビューを果たした直後に録音された名盤。

東西冷戦の真っただ中の時代、鉄のカーテンの向こうからやってきた壮年期のリヒテルによる記念碑的な名演だ。

リヒテルは、全集を好んで録音したピアニストではなく、これだけの実績のあるピアニストであるにもかかわらず、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を完成したという記録はない。

単発的に、本盤の第1番や第3番などを録音したのみであり、あとは、ライヴ録音が何点か遺されているのみ。

その意味では、本盤は、リヒテルによるベートーヴェンのピアノ協奏曲録音の貴重な記録と言える。

演奏も、リヒテルのスケール雄大なピアニズムを味わうことができる名演だ。

力強い打鍵といい、繊細な抒情といい、壮年期のリヒテルの素晴らしい至芸を存分に味わうことが可能だ。

ミュンシュ&ボストン交響楽団も、ドイツ風の重厚な演奏を行っており、リヒテルのバックとして、最高のパフォーマンスを示していると言える。

併録のピアノソナタ第22番も、「ワルトシュタイン」と「熱情」に挟まれて、必ずしも有名とは言い難い同曲の真価を聴き手に知らしめることに成功した稀有の名演。

そして、何と言っても素晴らしいのは、XRCD化による極上の高音質録音。

本盤は、1960年の録音であるが、とても、そうとは思えないような鮮明な音質だ。

とりわけ、リヒテルのピアノが実にクリアに聴こえるのが素晴らしい。

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classicalmusic at 21:18コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンリヒテル 

2013年03月24日


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シノーポリは、医者出身の指揮者ということもあって、作品の内容を解剖するかの如き精神分析的なアプローチが信条とされている。

したがって、作品によっては、シノーポリのアプローチに見事に符合するものがあり、例えば、シューマンの交響曲第2番など、実に素晴らしい名演であった。

マーラーも、すべてとは言わないが、シノーポリの芸風に符合する楽曲であると言える。

筆者も、シノーポリの「第5」にはじめて接した時の衝撃的な感動を今でも思い出す。

フィルハーモニア管弦楽団との全集では、この「第5」と、「第2」、「第10」あたりが、素晴らしい名演であると言える。

本盤は、フィルハーモニア管弦楽団とのスタジオ録音の3年後の録音であるが、スタジオ録音ではイマイチと思われた「第3」が、ここでは素晴らしい名演に仕上がっている。

やはり、ライヴ録音ということもあるのだろう。

冷静な分析力が注目されるシノーポリであるが、ライヴならではの緊張感の中に温かさに満ちたシノーポリの人間性まで見えるような名演と言える。

特に、第1楽章と終楽章が秀逸であり、シノーポリは、いつものように、作品の内面に深く切り込んでいく分析的なアプローチを示すが、音楽の流れを損なうことはいささかもなく、情感豊かな音楽を紡ぎ出している。

テンポ設定も巧みであり、シュトゥットガルト放送交響楽団も、ドイツ風の実に重厚な音楽を奏でている。

独唱も合唱陣も素晴らしく、最高のパフォーマンスを示していると言える。

録音も、鮮明で実に素晴らしい。

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classicalmusic at 23:42コメント(0)トラックバック(0)マーラーシノーポリ 

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シノーポリは、1986〜1987年にも、全く同じ交響曲の組み合わせで、フィルハーモニア管弦楽団とスタジオ録音している。

特に、第10番は、30分を超えるという異常に遅いテンポが話題となったが、シノーポリの医者出身という経歴を活かした精神分析的なアプローチが功を奏した凄い名演であった。

それに対して、第6番の方は、同じく遅いテンポではあるが、やや間延びした印象もあり、美しくはあるものの、今一歩踏み込みが足りない喰い足りなさが感じられる演奏であった。

ところが、本盤は、ライヴ録音、そして、ドイツのオーケストラということもあって、いずれも素晴らしい名演に仕上がっている。

第10番は、スタジオ録音の約6年前の演奏であるが、アプローチ自体は変わらない。

テンポは若干速くなっているが、楽曲への切れ味鋭い踏み込みといい、思い切った強弱の設定といい、文句のつけようのない超名演に仕上がっていると言える。

特に、弦合奏の重心の低い重量感は、さすがはドイツのオーケストラである。

第6番は、スタジオ録音とほぼ同時期の演奏であるが、同様にゆったりとしたテンポだ。

特に、第3楽章と終楽章の遅さは尋常ならざるものがあるが、スタジオ録音とは異なり、間延びした印象がいささかも感じられない。

むしろ、このテンポ設定こそが必然と感じられるほどで、これらの楽章のこの世のものとは言えない美しさは、シノーポリが、楽曲への精神分析の結果得ることができた、マーラーの生への妄執と憧憬のように思われてならない。

録音も、素晴らしい高音質だ。

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classicalmusic at 21:20コメント(0)トラックバック(0)マーラーシノーポリ 

2013年03月23日


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マークの指揮するブルックナー、そして演奏時間がブルックナーの「第5」としては最速と思われる約66分ということで、聴く前は全く期待していなかったのだが、聴き終えて大変驚くとともに、深い感動を覚えた。

これは素晴らしい名演だ。

第1楽章の冒頭のピチカートからして快速で、その後の第1主題も凄いスピードであるが、せかせかした印象を全く与えることがない。

これだけ速いテンポだと、浮ついた音になってしまいがちなのだが、重厚さにはいささかの不足もない。

これは、東京都交響楽団が凄い音楽を奏でているということであり、今から約25年も前に、このオーケストラがこれだけの演奏を行っていたことは殆ど驚異ですらある。

オーケストラの底力とともに、マークの類稀なる統率力を感じる。

第2主題に入ると一転してゆったりとしたテンポになるが、この情感溢れる歌い方は実に感動的だ。

第2楽章もテンポは速い。

これは、第2主題が誰よりも速いことに起因するが、それでいて、弦楽器の詩情溢れる歌い方はこれぞブルックナーだ。

第3楽章になると、ノーマルなテンポに戻るが、第1主題の力感溢れる重厚さは、野人ブルックナーを表現し得て妙だ。

トリオのテンポの激変は、ほとんど芝居がかっているとも言えるが、それでいて、やり過ぎの印象を与えることがないのは、卓越した指揮芸術の賜物と言える。

終楽章も、冒頭は堂々たる進軍であるが、フーガの主題の超スローテンポによる提示。

その後のテンポの激変は、第3楽章のトリオと同様であるが、音楽が小さくならないのは、マークが、ブルックナーの本質をしっかりと鷲掴みにしているからにほかならない。

演奏終了後の熱狂も当然のことであると考える。

録音も鮮明で文句なし。

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classicalmusic at 21:57コメント(0)トラックバック(0)ブルックナー 

2013年03月22日


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小澤のベートーヴェンは、特に古株の評論家からは著しく評判が悪い。

確かに、音楽に精神的な深みを求める聴き手からすれば、いささか物足りない気がするのも事実である。

しかしながら、本盤のような極上の高音質のSACDを聴けば、評判を落としているのは、これまで発売されたCDの音質によるのではないかと思えてくる。

それくらい、本盤は、これまで発売されたCDと比較して、音質の差が著しいと言える。

本演奏については、既にマルチチャンネル付きのSACDが発売されているが、本盤の方がはるかに上を行くと言える。

本演奏が浅薄な演奏と言われていた所以は、特に第3楽章のせかせかとした進行や、終楽章の歓喜の主題の直前の2つの和音の無機的な響きなどによると思われるが、前者については、本盤を聴くと、必ずしも浅薄なものではないことがよくわかる。

テンポは速いが、歌うべきところはよく歌い、楽曲全体での本楽章の位置づけをよく考え抜いたアプローチをしていることが理解できる。

終楽章の無機的な和音については、本盤を持ってしてもごまかすことはできないが、他方、合唱とオーケストラの分離なども鮮明に捉えられていて、本演奏を非常に素晴らしく、感動的なものに仕立て上げているのに大きく貢献していると言える。

他のベートーヴェンの諸曲についても、仮に本盤のような高音質SACD化をすれば、小澤のベートーヴェンに対する評価も、相当に違ってくるのではなかろうか。

筆者としては、クラシック音楽は基本的にライヴ演奏会で聴くべきだと思うが、ホールや座席の関係でベストの状態で聴けるとは限らない。

そういう点を考えるとSACDでの鑑賞は新しいクラシック音楽の楽しみ方を提供してくれるものだと思う。

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classicalmusic at 20:59コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェン小澤 征爾 

2013年03月21日


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テンシュテットの真価を味わうことのできる超絶的名演だ。

本盤の録音は、1980〜1983年であり、これはテンシュテットが咽頭癌で倒れる直前であるが、ここでは、既に、晩年の鬼気迫るような気迫溢れる大熱演が聴かれる。

したがって、ここには、最晩年の病魔と闘うというような凄まじい緊迫感はいまだ感じられないが、それでも、オーケストラを全力で追い立て行く生命力溢れる爆演ぶりは、テンシュテットだけに可能な至芸と言えるだろう。

スタジオ録音でありながら、あたかもライヴ録音であるかのような豪演だ。

こうしたテンシュテットの、オーケストラを追い立てていくような大熱演は、よほどのオーケストラでないと付いて行くのが困難であると思われるが、さすがは天下のベルリン・フィル。

本盤の録音当時は、カラヤンとの関係が最悪の状態にあった時期であり、カラヤンの後継者と目されていたテンシュテットと至高の名演を成し遂げることによって、カラヤンを見返してやろうとの強い意識も働いていたものと思われる。

それ故にかここではベルリン・フィルも、世界一のオーケストラの名に恥じない望み得る最高のパフォーマンスを示している。

テンシュテットは、楽劇全体を意識した緩急自在のテンポ設定や、思い切ったダイナミックレンジの幅の広さが特徴ではあるが、音楽がそうした指揮によって矮小化することなく、スケールの大きさをいささかも損なうことがないのが素晴らしい。

マーラーの演奏で垣間見せるようなテンポの変化は殆どなく、ゆったりとしたインテンポによるスケール雄大なアプローチであり、それでいて、劇的な迫力にもいささかも不足もない。

テンシュテットの圧倒的な統率の下、ベルリン・フィルのうなりあげるような低弦の重量感溢れる迫力やティンパニの雷鳴、天国的な美しさを誇る高弦の囁き、悪魔的な金管の最強奏など、いずれも素晴らしい。

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classicalmusic at 21:15コメント(0)トラックバック(0)ワーグナーテンシュテット 

2013年03月20日


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プレートルは、数年前までは、名指揮者ではあるものの、お国もののフランス音楽(特にオペラ)を得意とする名指揮者という評価がせいぜいであったが、ヴァイトブリックから発売されたマーラーの「第5」&「第6」、ベートーヴェンの「第9」、ブルックナーの「第7」&「第8」が発売され、それらすべてが名演と高く評価されたこともあり、今や、現代を代表する巨匠の一人と目されるに至ったと言える。

また、2010年のニュー・イヤー・コンサートでも、2008年に続いて2度目の登場を果たし、既発売CDもその瀟洒な味わいから大絶賛を浴びたのも記憶に新しいところだ。

そのような巨匠プレートルの指揮するラヴェルの管弦楽曲集(『展覧会の絵』は、ムソルグスキーの作品の編曲であるが)が発売されたのは、何と言う時宜を得た素晴らしいことであろうか。

前述のように、プレートルは、今やドイツ音楽も、そしてフランス音楽も見事に表現し得る大巨匠であるが、本盤は、ドイツのオーケストラを指揮したこともあり、ドイツ風とフランス風を見事に融合させた名演と高く評価したい。

プレートルの持ち味である開放的な音楽性と明るいサウンドが楽しめる演奏だ。

重厚で重量感溢れる演奏を基本としつつ、随所に漂うフランス風の瀟洒な味わい。

おそらく、現代においては、巨匠プレートルにしか成し得ない稀有の至芸と言えよう。

ライヴならではの即興的なテンポの揺れ(これもプレートルの本領)にオーケストラが戸惑いながらも何とかついていっている様子が窺えて面白い。

文句なく素晴らしいのが『ダフニスとクロエ』第2組曲で、眩いばかりの輝きと濃密な表情が一体となった名演。

『ボレロ』における各ソロ奏者の濃厚な吹かせ方なども、実に味わい深く大変に魅力的だし、『展覧会の絵』の「キエフの大門」や、『ダフニスとクロエ』第2組曲の終結部も、聴き手の度肝を抜くような圧倒的なド迫力だ。

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classicalmusic at 21:51コメント(0)トラックバック(0)プレートルラヴェル 

2013年03月19日


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2010年はショパン・イヤーだったということで、数々の新録音の発売や、旧録音の発売が相次いだ。

筆者も、かなりの点数のCDを聴き、そして、このブログに相当数の記事をエントリーしてきた。

そうした数あるCDの中で、本盤は、筆者が、これまで聴いた最高の超名演と高く評価したい。

本盤に収められた楽曲のすべてが、それぞれの楽曲の録音の中で、トップの座に君臨する(または争う)名演であると考える。

ピアノ・ソナタ第2番の、心の深淵から浮き上がってくるような開始に先ずはゾクゾクとさせられるが、その後の、思い入れたっぷりのコクのある演奏は凄いの一言。

強靭な打鍵から繊細な詩情に至るまで、あらゆる箇所が深みのある透徹した表現に貫かれているのが素晴らしい。

スケルツォ第2番は、ポゴレリチの名演に並ぶ至高の名演。

ポゴレリチが、切れ味鋭い若武者の快演とすれば、本演奏は、ショパンの心の内面に踏み込んだ深遠な名演と言えようか。

特に、中間部の質感豊かな抒情性は、エデルマンとしても渾身の演奏と言えるのではないか。

2つのノクターンも、これ以上は求め得ないような豊かな詩情に満ち溢れており、ノクターンの他の諸曲の演奏への期待を抱かせるのに十分な出来栄えだ。

ピアノ・ソナタ第3番も凄い。

卓越した技量はもちろんのこと、ダイナミックレンジの思い切った採り方や、楽曲の内面に鋭く切り込んでいく深遠なアプローチ、抒情的な箇所の詩情豊かさなど、評価する言葉が思いつかないような至高・至純の高みに達した超名演と評価したい。

SACDによる極上の超高音質録音も、この至高の超名演の価値をさらに高めることに大きく貢献している。

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2013年03月18日


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当アルバムは、1955年に収録された初期のステレオ録音で、『運命』『未完成』というカップリングの嚆矢となったもの。

はじめに、このXRCD&SHM−CD盤の驚異的な高音質を評価しなければならない。

とても1955年の録音とは思えないような鮮明な音質であり、ボストン・シンフォニーホールの豊かな残響も見事に再現されている。

本盤は、既にSACDでも発売されているが、マスターテープにも遡ったであろう本盤の方に軍配をあげたい。

これだけの高音質になると、演奏も俄然良く聴こえるようになる。

ミュンシュは、ドイツ系住民も多いストラスブール出身であることもあり、ドイツ音楽を得意とする巨匠だ。

とは言っても、そのすべてが優れているわけではない。

ベートーヴェンなど、必ずしも名演を成し遂げてきたとは言い難いとの評価がなされているが、本盤のような高音質CDを聴くと、実は、そうしたネガティブな評価は、従来CDの録音のせいではないかとも思えてくる。

本盤における重心の低い重量感溢れる響きは何と表現すればいいのであろうか。

小澤時代になり、フランス音楽への適性が謳われるようになったボストン交響楽団ではあるが、ここでは、ドイツのオーケストラではないかとの錯覚を起こすような重厚な音色を出している。

ミュンシュも、比較的テンポの変化をおさえた巨匠風の指揮を行っている。

『運命』は、第1楽章提示部を始めとする繰り返しをまったく行わず、前へ前へと前進する圧倒的なエネルギーが聴く者を圧倒する。

特に終楽章における高揚感は、まるでライヴ演奏を思わせるほど。

『未完成』は、作品に内包される熱いロマンティシズムを直截に表出したユニークな解釈。

いつもの燃えまくるミュンシュを聴くことはできないが、立派さにおいては無類の指揮ぶりであり、名演奏との評価が揺らぐことはいささかもない。

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classicalmusic at 21:15コメント(0)トラックバック(0)ミュンシュ 

2013年03月17日


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1990年11月3日 サントリーホール(東京)におけるライヴ録音。

とてつもない超名演の登場だ。

ヴァントは、ブルックナーの交響曲第8番を何度も録音しているが、その中でも、最高峰の名演は、最晩年のミュンヘン・フィル盤(2000年)及びベルリン・フィル盤(2001年)ということになろう。

本盤は、手兵の北ドイツ放送交響楽団と組んだリューベック盤(1987年)と1993年盤の間に位置するライヴ録音ということになるが、これら前後の録音をはるかに超えるのみならず、最晩年の2つの名演に匹敵する至高の超名演と高く評価したい。

ヴァントのブルックナーは、厳格なスコアリーディングの下、楽曲全体の造型を厳しく凝縮化し、その中で、特に金管楽器を無機的に陥る寸前に至るまで最強奏させるのを特徴とする。

特に、1980年代以前のヴァントには、こうした特徴が顕著にあらわれており、それ故に、スケールの小ささ、細部に拘り過ぎる神経質さを感じさせるのがいささか問題であった。

そうした短所も1990年代に入って、神経質さが解消し、スケールの雄大さが加わってくることによって、歴史的な名演の数々を成し遂げるようになるのだが、本盤は、そうした最晩年の名演の先駆となるものとも言える。

この当時のヴァントとしては、かなりゆったりとしたテンポをとっているが、必ずしもインテンポには固執していない。

それどころか、思い切ったテンポの変化を見せており、これは、最晩年のヴァントにも見られないような本演奏だけの特徴と言える。

それでいて、ブルックナーの本質を逸脱することがいささかもなく、ゆったりとした気持ちで、同曲を満喫することができるというのは、ヴァントのブルックナーへの理解・愛着の深さの賜物と言える。

金管楽器の最強奏も相変わらずであるが、ここでは、やり過ぎということは全くなく、常に意味のある、深みのある音色が鳴っているのが素晴らしい。

録音も、各楽器が鮮明に分離するなど、望み得る最高の音質と言えるところであり、この歴史的名演の価値を高めるのに大きく貢献している。

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classicalmusic at 21:30コメント(0)トラックバック(0)ブルックナーヴァント 

2013年03月16日


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「情熱のヴァイオリン」ナージャの魅力が輝く記念すべきデビュー盤。

ナージャならではの思い入れたっぷりの情感溢れる超個性的な名演だ。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、いわゆる4大ヴァイオリン協奏曲の中で、厳しい造型美よりも、旋律の美しさが売りの作品であるが、ナージャは、こうした美しい旋律の数々を、これ以上は求め得ないような情感を込めて、歌い上げている。

身振りが大きく濃厚な表情づけや、陶酔的でストレートな感情表出で、普通に弾いても十分ロマンティックな協奏曲が一層濃密なロマンティシズムに彩られている。

特に、第2楽章など、誰よりもテンポを落とすとともに、ゲネラルパウゼなども駆使して、美しい旋律を徹底的に歌い抜いている。

その超個性的なアプローチに、抵抗感を持つ聴き手も多いとは思うが、これほどまでに感動させてくれるのであれば、文句は言えまい。

併録の他の収録曲も強烈なアピールを持った演奏で、「ハバネラ」や、「序奏とロンド・カプリチオーソ」も、ゆったりとしたテンポによる情感溢れる名演であるが、それ以上に凄いのが、「タイスの瞑想曲」。

その常識外れのテンポのあまりの遅さに、本来は辟易するはずであるが、ナージャの場合には、そのようなことはいささかもなく、何と言う美しい音楽なのかと感心させられることしきりだ。

同曲には、カラヤン&ベルリン・フィル(ソロは、シュヴァルべ)という極上の美を備えた超名演があるが、情感の豊かさという点だけを考えると、ナージャ盤に軍配を上げる聴き手も少なくはあるまい。

HQCD化によって、音質が向上し、鮮度が上がったのも、本盤の価値を高めるのに大きく貢献している。

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classicalmusic at 21:03コメント(0)トラックバック(0)メンデルスゾーン 

2013年03月15日


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1999年9月24日と25日、ベルリン・フィルの次期芸術監督(2001年〜)に指名されたラトルが、指名後はじめてベルリン・フィルを振って大成功を収めた演奏会のライヴ録音。

未来の手兵との御披露目にあたって十八番の演目を持ってくるあたり、演奏会と曲目は指名を受ける以前から決まっていたとはいえ、何とも幸先の良いスタートを切れたようだ。

このクック版に対するラトルの思い入れは有名で、同版に大幅に手を入れて用いたザンデルリンク盤を聴いてその可能性に開眼、自身も手を加え、EMIへの専属初録音にこの曲を選んでその存在を強くアピール、以後も再三この版を取り上げ、トレードマークとも言うべき得意演目に熟成させたことはよく知られるところ。

ベルリン・フィルとは1996年にも演奏しており、双方まさに満を持しての録音と言え、オケの圧倒的な技量差もあって、旧録音をはるかにしのぐ切れ味鋭い見事な演奏を聴かせてくれる。

イギリスの音楽学者デリック・クックが復元したせいかドイツ系の指揮者は敬遠したがるこのクック版「第10」だが、これはマーラーのオリジナル交響曲を凌駕する点も少なくない感動的な作品だ。

しかもニューヨークでの体験すら盛り込まれているこの未完のスコアには、時代の先端を行く都市生活者の苦悩から、時代遅れの神への信仰にしがみつくロマン主義者の夢までが、引っ越し荷物をほどかないままのトランクのようにビッシリ詰まっている。

そんな汎世界的で汎時代的な“20世紀の音楽”は、イギリス出身で新世代を担う指揮者ラトルにはまさにピッタリの素材。

シベリウスからブリテンまでを視野に入れて感動的に紡がれてゆく名演が聴ける。

個人的な聴き比べについて述べさせてもらうと、ザンデルリンクは明晰過ぎて四角四面、ギーレンは優秀録音でとにかく美しいが学者肌の冷淡さを感じ、ともに「この曲をかなり割り切って考えている節」が馴染めず、筆者には深く心に響かなかった。

それに比べ、ハーディングやこのラトルには、より瞑想的な詩情や寂寥感があると思う。

この曲に込められた生も死も割り切って聴こえる演奏には筆者は合わないようだ。

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classicalmusic at 21:42コメント(0)トラックバック(0)マーラーラトル 

2013年03月14日


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アリスによるアルバム第4弾であるが、とてもデビューして間もないピアニストの演奏とは信じられないような成熟した演奏を聴かせてくれている。

彼女のチャイコフスキ−の協奏曲と同様、彼女の演奏はピアノの技巧を感じさせない、素晴らしい音楽のみが聴こえてくるのだ。

初のベートーヴェンのピアノ・ソナタの録音であるが、初期の第3番はともかくとして、いきなり第21番「ワルトシュタイン」の録音に臨むとは、大変恐れ入った次第である。

アリスとしてもよほど自信があるのだろう。

ライナーノーツの解説によれば、10年来の研究・練習の成果とのことであるが、確かに、ここでは若きピアニスト特有の青臭さなど微塵も感じられない。

アリスのベートーヴェンは繊細な神経に支えられ、そしてスケールの大きなものであり、特に「ワルトシュタイン」はベートーヴェンのピアノを理想的に表現している。

それにしても、何という堂々たるピアニズムであろうか。

卓越した技量も当然のことながら、男性顔負けの力強い打鍵には圧倒されるし、それでいて、抒情的な箇所での情感豊かさは、さすがは女流ピアニストならではの繊細な美しさに満ち溢れている。

要は、表現の幅が広いということであり、この年齢にして、これだけの表現ができるというのは、アリスの類稀なる才能と、今後の前途洋々たる将来性を感じずにはいられない。

併録の小品もいずれも名演であり、特に、ボーナストラックの「エリーゼのために」の高踏的な美しさは、実に格調が高く、アリスの芸術性の高さを改めて思い知らされた。

録音も実に鮮明であり、アリスのピアノを完璧に捉えられているのが素晴らしい。

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classicalmusic at 21:14コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェン 

2013年03月13日


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ショパンイヤーのトリを飾るのに相応しい超名演の登場だ。

ルイサダの芸術家としての深みを存分に味わうことができるのが素晴らしい。

バラードの思い入れたっぷりの弾き方のなんという素晴らしさ。

これだけ崩して弾くと、演奏によっては、大仰さだけが目立って、楽曲の表層だけを取り繕った底の浅さを露呈する危険性もあるが、ルイサダの場合は、そのようなことは皆無。

どこをとっても詩情豊かな抒情に満ち溢れており、そのフランス風のエスプリ香る瀟洒な味わいは、現今のピアニストにおいては、ルイサダだけが描出し得る至高・至純の表現と言えよう。

緩急自在のテンポ設定や間の取り方は絶妙であり、それでいて音楽の流れをいささかも損なうことがないのは、ほとんど驚異ですらある。

50代となり円熟の極みにある今のルイサダだからこそ読み取れる、感情の起伏の激しさ、ノスタルジーや絶望感、さらに苦い諦観さえにじませる演奏はまさに絶品の一言。

先人の偉業を行儀よくおさらいするだけの演奏が多い中で、ルイサダはショパンの内側からショパンを崩し、アカデミックな牢獄からショパンを解き放とうとしている。

大ポロネーズは、一転して堂々たる巨匠のピアニズムであり、その力強い打鍵と卓越した技量は、ルイサダの表現力の幅の広さを感じさせるのに十分である。

夜想曲の2曲は、バラードと同様の表現であるが、感傷に陥ることはなく、高踏的な美しさを保っているのはさすがである。

録音も素晴らしい。

マルチチャンネル付きのSACDは、ルイサダの至高のピアノを鮮明、かつ臨場感溢れる音質で再現しており、本盤の価値を高めるのに大きく貢献している。

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classicalmusic at 21:25コメント(0)トラックバック(0)ショパン 

2013年03月12日


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アシュケナージはマーラーを好んで指揮しているようであり、これまでもチェコ・フィルなどとのCDが既に発売されている。

今後、シドニー交響楽団との全集の録音を考えているようであり、本盤は、その第1弾ということになる。

演奏の評価は、可もなく不可もなくと言ったところではないかと思う。

要するに、凡演ではないが、かといって、名演とか佳演といった評価をするのには大いに躊躇する。

なぜ、そういう評価をするかと言えば、本盤の演奏には、アシュケナージならではの個性が感じられないのだ。

マーラーの「第1」には、古くはワルターの古典的な名演があり、バーンスタインやテンシュテット、さらには小澤(ボストン交響楽団との旧盤)、最近ではホーネックなど、海千山千の指揮者による名演が目白押しであり、こうした名演の中で存在意義を見出すのは容易ではない。

これまで、アシュケナージのマーラー、シドニー響のマーラーを誰が積極的に聴きたいと切望していただろうか? 

本盤は完全に「招かれざる客」であり、この不況下にあって敢えて市場に投入する意図が全く判らない。

これで演奏が空前の素晴らしさなら文句は言うまい。素直に「恐れ入りました」と負けを認めよう。

しかし、本盤は演奏自体極めて没個性的であり、無為に時間のみが流れていく。

アシュケナージが個性を売りにする指揮者ではないと言われれば、もはや何も言えないが、それはショパンやラフマニノフに通用しても、マーラーには必ずしも通用しまい。

アシュケナージは、本盤を皮切りとしてマーラーの交響曲全集を録音していくとのことであるが、今後に大きな課題を残したとも言える。

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classicalmusic at 21:37コメント(0)トラックバック(0)マーラーアシュケナージ 

2013年03月11日


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プロテスタントのブラームスが残した宗教音楽の最高傑作に数えられるだけあって、これまでに《ドイツ・レクイエム》の録音は数多く行なわれ、名演奏も少なくない。

その中にあってこのルドルフ・ケンペの演奏は、何の作為も感じられない自然な表現で、作品のもつ美しさを素直に表出させている。

この曲の最もオーソドックスで、かつ作品の特質を余すところなく表現している演奏のひとつである。

録音は古いが演奏はきわめて音楽的で、作品にうってつけの適切なテンポ感、重厚で厳しい表情、古典主義的構築性とロマン主義的抒情性を具えた、ヒューマン・タッチの名演。

全体にテンポが非常によいのと、全体の響きのバランスが理想に近いことが、まず挙げられるが、各部分の表現の仕方も素晴らしい。

たとえば、この曲の生命ともいえる冒頭の出だし、とくに合唱の「幸いなるかな」の出だしが単なる最弱音ではなく、はるか遠くから響いてきてこちらに近づいてくるような表現法は見事だし、第2曲〈人はみな草のごとく〉の葬送行進曲調の深みのある表現とテンポやリズムのとり方、第4曲の天国的な清純な感覚など、模範にするところが多い。

ことに合唱部を受け持っている、ベルリン聖ヘトヴィヒ教会合唱団の素晴らしさは特筆に値する。

たとえば、第1曲冒頭オーケストラ演奏のあと、「幸いなるかな、悲しんでいる人たちは」と最弱奏で歌い出される、その絶妙な響きと表現を聴いただけでもそれがよくわかる。

F=ディースカウの深い思いに満ちた名唱も印象的で、この曲の演奏のひとつの理想像といってもよいだろう。

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classicalmusic at 21:27コメント(0)トラックバック(0)ブラームスケンペ 

2013年03月10日


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これはなかなか評価が難しい演奏だ。

この演奏をもってポリーニの円熟という人がいるのかもしれないが、どうもそうではないような気がする。

本盤で素晴らしいのはウィーン・フィルの優美な演奏と言えるだろう。

ポリーニの弾き振りということになるが、ウィーン・フィルは、後述するようなポリーニのピアニズムとは無関係に、いかにもモーツァルトならではの高貴な優美さをいささかも損なうことなく、見事なアンサンブルを構築していると言える。

これに対して、ポリーニのピアノの音があまりにも硬質に過ぎるように思われる。

評者によっては、透徹した鋭利なタッチなどと言うことになるのであろうが、これでは、聴き手にあまりにも無機的な印象を与えることになるのではなかろうか。

聴き手によって意見が分かれると思うが、少なくとも、モーツァルトに相応しいアプローチとは言い難い。

したがって、ウィーン・フィルの優美な音色とは水と油の関係であり、ポリーニのピアノが非常に浮き上がって聴こえることになる。

確かに、ポリーニのピアノは、スコアに忠実であり、その意味では間違いのない演奏なのであろう。

しかしながら、ただでさえ音符の数が少ないモーツァルトの楽曲では、単にスコアを正確に弾いただけでは、演奏が極めて無機的なものに陥ってしまい、内容のない、浅薄で無味乾燥な演奏に成り下がってしまう危険性を孕むことを忘れてはなるまい。

本盤は、そうした危険性に陥ってしまったところを、ウィーン・フィルの美演によって、何とか鑑賞に堪え得るギリギリの水準を保ったと言える。

ピアニストとしては、はなはだ不本意な演奏ということになるのではなかろうか。

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classicalmusic at 21:51コメント(2)トラックバック(0)モーツァルトポリーニ 

2013年03月09日


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2004年9月4日、アムステルダム・コンセルトヘボウに於ける収録。

まずは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音を高く評価したい。

R・シュトラウスのような大オーケストラによる楽曲の場合、演奏内容の前に、録音の良さが勝負になるが、本盤の場合は、いささかの不足もない、極上の高音質に仕上がっていると言える。

マルチチャンネルによって、あたかもコンサートホールで聴いているような臨場感があり、各楽器の分離も完璧だ。

やや弱音がはっきりしない箇所(例えば、英雄の戦いの場面の冒頭のトランペットなど)も散見されるが、これは、録音のせいと言うよりも、後述のように、ヤンソンスの表現によるところが大きいと思われる。

そして、演奏内容であるが、「英雄の生涯」は、かのメンゲルベルクが首席指揮者をつとめていたときにシュトラウス自身によってコンセルトヘボウに献呈されたという、まさにこのオーケストラにとって特別な曲であるだけに、指揮者もオーケストラも一丸となって、熱のこもった演奏を繰り広げているのが特徴だ。

さらに、ヤンソンスのロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団首席指揮者就任記念コンサートであるだけに、まるでヤンソンスにR.シュトラウスがのりうつったかのような激演になっている。

それ故に、ヤンソンスもある種の気負いがあるせいか、強弱をあまりにも強調するあまり、弱音が不自然に弱く、痩せて聴こえる箇所も出てきているが、それでも、総体としては、この両者の実りの多い関係を予見させるだけの、なかなか水準の高い佳演を繰り広げていると評価したい。

ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団は、さすがに技量の水準が高く、最高のパフォーマンスを示していると言える。

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classicalmusic at 21:30コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスヤンソンス 

2013年03月08日


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あまりの凄まじい高音質に、ただただ圧倒されるのみ。

XRCDとSHM−CDを組み合わせただけで、これだけの高音質になるとは、ほとんど信じがたい思いだ。

下手なSACDなどを凌駕する高音質であり、本盤が、1960年代初頭の録音であることなど、まるで信じられない。

さすがに、トゥッティの箇所においては、やや音場が狭くなるなど、若干の音の古さを感じさせるが、その他の箇所においては、あたかも最新の録音のような鮮明な音質に生まれ変わっていると言える。

これだけ音質が素晴らしいと、演奏内容もより一層引き立つことになる。

両曲ともに、ミュンシュ&ボストン交響楽団の黄金時代を象徴する名演と高く評価したい。

ミュンシュは、スタジオ録音であろうが、ライヴ録音であろうが、生命力溢れる熱演を繰り広げるが、本盤でも、そうしたミュンシュの燃えに燃えた爆演を聴くことができる。

「ロメオとジュリエット」は、情緒の濃い、劇的な精力にあふれた内容なので、スケールの大きな、エネルギッシュな指揮を必要とする。

この点、ミュンシュは、彼の最良の味を発揮している。

荘重な進行の中に、旋律を優美に生かしながら、底知れぬ苦悩や情熱を盛り上げてゆく。

もちろん、抒情的な箇所の歌い方もいささかの不足もなく感動的であり、ミュンシュの表現力の幅の広さを感じさせてくれる。

それにしても、当時のボストン交響楽団は、何という巧いオーケストラであったことか。

特に、「ティル」における金管楽器や木管楽器の名技にはほれぼれするほどで、ティンパニの雷鳴のようなとどろきも圧巻の迫力であり、その威力を充分に表わしている。

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classicalmusic at 21:46コメント(0)トラックバック(0)ミュンシュチャイコフスキー 

2013年03月07日


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選曲、演奏、録音の3拍子そろった素晴らしい名演集であると高く評価したい。

まず、いかにもグリモーならではのセンス満点の選曲の妙が見事だ。

モーツァルトからリスト、ベルク、そしてバルトークに至る作品の変容の系譜を1枚のCDで味わうことができるのは、何と言う素晴らしいことであろうか。

バルトークの選曲に当たって、ピアノ・ソナタではなく、ルーマニア民俗舞曲を採用したのも大変興味深いところだ。

そして、演奏内容も凄い。

モーツァルトなど、他のピアニストによる演奏とはまるで異なる、いわゆる崩した演奏であるが、グリモーの心の込め方が尋常ならざるレベルに達しているため、非常に説得力のある名演に仕上がっている。

ベルクやリストの、超絶的なテクニックも凄いの一言。

特に、リストは、卓越したテクニックを要するだけでなく、幅広い表現力をも必要とするが、グリモーは、力強い打鍵から天国的な抒情の美しさに至るまで完璧に表現し、実にスケール雄大な名演を成し遂げている。

特に、強靭な打鍵は、女流ピアニストの常識を覆すような圧倒的な迫力に満ち溢れている。

ルーマニア民俗舞曲の各曲の巧みな描き分けも、前3曲のピアノ・ソナタを総括するようなドラマティックなアプローチで巧みに行うことに成功している。

どの曲も唯一無二のグリモー色に染まっており、各曲に嵌っているか否かにつき聴き手の印象が大きく異なるものの、有名曲の新たな解釈の面白さという点で非常に興味深く聴ける1枚だと思う。

録音も鮮明であり、特に、ピアノ曲との相性抜群のSHM−CD化は、本盤の価値を高めるのに大きく貢献していると言える。

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classicalmusic at 21:13コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトバルトーク 

2013年03月06日


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指揮、オケ、声楽、録音すべて揃った名盤。

まず、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音を高く評価したい。

ホールの残響をたっぷりと捉えた録音も見事であり、サラウンドスピーカーから流れる音が、メインスピーカーの音と対等の音量、音質を保っている点も素晴らしく、それ故に、臨場感溢れる音場が形成されるものと考える。

最近のSACDマルチチャンネルのCDの中には、サラウンドスピーカーの音を、メインスピーカーの音を補完する程度に絞っている例も散見されるが、それでは、マルチチャンネルの意味がないと言えるのではないか。

本盤の、このような素晴らしい臨場感溢れる音質によって再現される演奏の素晴らしさはどう表現すればいいだろうか。

ヤンソンスのアプローチは、聴き手を驚かすような個性などとは全く無縁のオーソドックスなもので、マーラーがスコアに書き込んでいる注意書きを、忠実に守っている演奏(使用楽譜はキャプラン版)である。

そうした自然体のアプローチによって、マーラーの交響曲第2番の魅力が、聴き手にダイレクトに伝えられているという点を忘れてはならないだろう。

マーラーの「第2」は彼にとって初の合唱付き交響曲ということで、まだ若い作曲者(完成時34歳)がベートーヴェンの「第9」に張り合おうと、大いに背伸びをして書いた曲であるから、やや表面的な効果に頼った皮相なところもある曲だ。

ヤンソンスの指揮は「効果」はそれなりに生かしつつ、しかし皮相さをあまり感じさせない音楽的な充実度の高いもの。

木管のひと節、弦の歌い口などでも実にいいオケ、ひいては実にいい指揮者だなと感じさせるところが随所にある。

また、楽曲の聴かせどころのツボを心得た演出は心憎いばかりであり、特に、終楽章の中間部。

他の指揮者では冗長に陥りがちな箇所を、緩急自在のテンポ設定や絶妙な間の取り方などを駆使して、実に面白く聴かせてくれていることを高く評価したい。

手兵のロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団や、独唱陣、合唱団も最高のパフォーマンスを示していると言える。

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classicalmusic at 20:59コメント(0)トラックバック(0)マーラーヤンソンス 

2013年03月05日


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若きラトルによる素晴らしい名演だ。

日本でもようやく「次代を担うイギリスの新鋭指揮者」として認識されてきた頃で、当時27歳だった若きラトルのみずみずしい感性がはじけている。

ヤナーチェクはラトルにとって、デビュー当時から思い入れの深い重要なレパートリー。

「シンフォニエッタ」や「タラス・ブーリバ」は、ヤナーチェクの管弦楽曲の2大傑作であり、特に、近年においては、とある小説の影響もあるとは思うが、数々の名演が生み出されるに至っている。

ところが、本盤が録音された1982年当時は、これらの両曲は、せいぜいチェコ出身指揮者が指揮するローカルな作品の域を脱していなかったのではないかと考える。

その後は、アバドやマッケラスなど、チェコ出身の指揮者以外の国際的な大指揮者による名演が数々生み出されるようになったが、それだけに、若きラトルが、両曲に挑戦したというのは、前述のような背景を考えると、並々ならぬ意欲があったものと拝察される。

本盤の演奏に見られる切れば血が吹き出てくるような圧倒的な生命力や、切れ味鋭いテンポ設定などには、現在の偉大なラトルを彷彿とさせるような豊かな才能を感じさせる。

「タラス・ブーリバ」の第1曲のオルガンがいかにも弱過ぎるのが一つだけ残念な気はするが、全体の演奏の評価を下げるほどではなく、当時27歳という若さを考慮すれば、むしろそうした強弱を思い切って行うという表現を褒めるべきであると考える。

フィルハーモニア管弦楽団を起用したのも成功しており、「シンフォニエッタ」の冒頭のファンファーレなど実に輝かしくて巧い。

HQCD化によって、音質により鮮明さを増したのも大いに評価できる。

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classicalmusic at 21:27コメント(0)トラックバック(0)ヤナーチェクラトル 

2013年03月04日


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チャイコフスキーは、交響曲や管弦楽曲、協奏曲、バレエ音楽、オペラなど、多岐にわたる分野において、数々の傑作を遺しているが、ピアノ曲や室内楽曲となると、傑作と評価される作品は、極めて少ないものとなってしまう。

もちろん、古今東西の作曲家でも、様々な分野で傑作を遺したオールランド・プレイヤーは、モーツァルトやベートーヴェンなど数えるほどしかいないところであり、室内楽曲やピアノ曲に傑作が少ないからと言って、チャイコフスキーの名声を傷つけるものでは決してないものと考える。

ただ、そうした傑作が少ないと評される室内楽曲の中でも、本盤に収められたピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の想い出」だけは例外だ。

それどころか、ベートーヴェンの「大公」にも匹敵する至高の大芸術作品として、高く評価されるべきものである。

そしてこの傑作の最高の名盤は、まぎれもなく、本盤の全盛期のチョン・トリオによる録音であり、強靱な構成力のなかにいっぱいの情感を溢れさせた名演だ。

兄弟ということで、鉄壁のアンサンブルを誇る息のあった名トリオが、チャイコフスキーの絶美の旋律を、透徹した表現で、完璧に歌い抜いているからである。

チャイコフスキーを得意とするチョン・キョン=ファの水を得た魚のように自由に動き回るヴァイオリンに加え、今や大指揮者となったミョン=フンの構成力、そして、ミョン=ファの受け渡しの妙。

チョン・トリオとしてもベスト・フォームを示している。

感傷に陥ることはいささかもなく、高踏的な美しさを常に保っている点も、このトリオならではの凄みであり、芸術性の高さであると考える。

併録のショスタコーヴィチも名演だ。

HQCD化による音質向上効果もなかなかのものである。

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classicalmusic at 21:27コメント(0)トラックバック(0)チャイコフスキーショスタコーヴィチ 

2013年03月03日


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1959年8月16日 ザルツブルク・旧祝祭劇場に於けるモノラル・ライヴ録音。

バーンスタインは、マーラー指揮者としては、おそらくは大巨匠の一人と言えるだろう。

いや、もしかしたら、史上最高のマーラー指揮者と評価しても過言ではないかもしれない。

それに続くのがシューマンであると思うが、筆者は、その他の、特にドイツ系の音楽は、雄弁ではあるものの、深みがないのが大いに問題であると考えている。

これは、ショスタコーヴィチについても言えるところであり、一部の評論家が支持するシカゴ交響楽団との交響曲第7番など、雄弁ではあるが、それだけでは、ショスタコーヴィチの本質を表現することは不可能だ。

ショスタコーヴィチは、ソヴィエト連邦という、例えて言えば、今の北朝鮮のようなとんでもない国で、粛清の恐怖を耐え忍んで、したたかに生きていた。

こうした日常における死への恐怖は、ショスタコーヴィチの楽曲に色濃く反映されており、それをバーンスタインのような外面的で大仰な表現で演奏したのでは、表面をなぞっただけのきわめて浅薄な演奏に陥ってしまう危険性が高い。

例えば、交響曲第5番を初演者として十八番にしてきたムラヴィンスキーの数々の名演などと比較すると、バーンスタインの演奏のあまりの浅薄さにがっかりとさせられてしまうのだ。

雄弁な解釈であることはよくわかるが、うわべだけを繕った演奏では、とても、「第5」の真価を表現することは不可能である。

本盤も、そうしたバーンスタインの欠点がもろに出た演奏だ。

特に、終楽章の力づくの乱暴な荒れ狂った演奏は、ほとんど場違いな印象を与える。

そもそもショスタコーヴィチは、マーラーではないのだ。

録音も、底の浅いバーンスタインの演奏の性格をさらに際立たせることになっており、これまた大いに問題だ。

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classicalmusic at 21:00コメント(0)トラックバック(0)バーンスタインショスタコーヴィチ 

2013年03月02日


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ショスタコーヴィチの15曲ある交響曲の中でも、第2番及び第11番(他に第3番も人気がない)は、最も人気のない部類に入ると思われるが、本盤は、そうした既評価を覆すのに十分な名演だ。

特に、第2番については、これまでの数々のCDの中でも随一の名演と言っても過言ではないのではなかろうか。

第2番は、早熟の傑作と称された第1番とは異なり、およそ交響曲とは言い難い独特の様式によって作曲されているが、ゲルギエフが指揮すると、起承転結のはっきりした立派な交響曲に聴こえるから大したものだ。

冒頭の暗い抒情から、後半部の壮麗な合唱に至るまで、ゲルギエフは実に精緻に楽想を描き出していく。

下手な演奏では取ってつけたように響くサイレンの音色も、ゲルギエフの場合は、決して唐突ではなく、楽想の中に見事に溶け込んでいるのが素晴らしい。

第11番も名演。

凡庸な演奏だと、冗長ささえ感じさせ、ウドの大木のように聴こえる同曲であるが、ゲルギエフの指揮によると、スケールの大きい、そして構成力のしっかりとした大交響曲に聴こえる。

また、交響曲としての枠組みや音響による描写よりも、作品全体の雰囲気を大切にした演奏で、十分にドラマティックでありながら、むしろしみじみとした情感が胸を打つ。

特に、全曲のクライマックスを、第2楽章の中間部ではなく、終楽章の終結部に持っていったのは素晴らしく、ゲルギエフがこの大交響曲をしっかりと理解し、全体像をよく把握していることがよくわかろうというものだ。

いわゆる爆演とは異なるが、聴後に残る感銘はその何倍も深い。

SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音も素晴らしい。

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classicalmusic at 21:01コメント(0)トラックバック(0)ショスタコーヴィチゲルギエフ 

2013年03月01日


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予想通り、期待を裏切らぬ素晴らしい名演。

プッチーニの「蝶々夫人」は、筆者としてはどうしてもカラヤン&ウィーン・フィルの超名演のイメージが強烈であり、なかなかその呪縛から抜けられなかったが、本盤で、イタリア人指揮者とイタリアのオーケストラによる演奏に接して、久々に新鮮な気持ちで「蝶々夫人」に接することができた。

先ずは、パッパーノの指揮であるが、大変健闘していると思われる。

もちろん、カラヤンと比較してどうという評価を行うことは容易であるが、このオペラの随所にちりばめられた日本風の旋律を情感溢れる指揮で抒情的に描いており、それでいて、ここぞという時の重量感溢れる迫力にもいささかの不足はなく、プッチーニの魅力的な音楽をゆったりとした気持ちで満喫できたのは、やはりパッパーノの指揮が優れていることの証左ではないかと思う。

サンタ・チェチーリア国立音楽院管も好演であり、非常にドラマティックかつ熱気の漲った演奏で、パッパーノの指揮下において最高のパフォーマンスを示していると言える。

歌手陣も、ゲオルギューが蝶々夫人を可憐に演じており、その可憐さが、終結部の悲劇性を大いに高め、迫真の歌唱を繰り広げていると言えるだろう。

ピンカートンのカウフマンは明らかにピンカートン向けの声ではないし、歌い方も荒っぽくやや疑問を感じるが、ただそれは彼なりの解釈である。

ピンカートンという男は日本の現地妻を捨てて母国に帰る薄情な男なのだ。

決して善人ではない。

カウフマンはピンカートンを酷薄なエゴイストとして表現している。

ただそれはクレバーで興味深いアプローチではあるのの、過去の優れたテノール達の解釈と同列に並べられるものではないのも確かだ。

ゴローのボンファッティやシャーブレスのカピタヌッチ、スズキのシュコサには十分に合格点を与えることができるだろう。

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