2013年05月

2013年05月31日


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凄い超名演だ。

このような超名演をまとめてCD化した独アウディーテに対して敬意の念を表したい。

録音は、マスターテープ音源を使用したのにしては、お世辞にもあまり良いとは言えず、音場は一向に広がらないが、聴いているうちに全く気にならなくなり、演奏自体の魅力に一気に惹きこまれてしまった。

これは、演奏自体が素晴らしいからに他ならない。

フリッチャイは、20世紀において綺羅星のごとく誕生したハンガリー人の偉大な指揮者の一人であるが、ニキシュのような伝説的な大指揮者は別格として、フリッチャイの前後の世代の指揮者とは全く異なる芸風を有していた。

その前後の指揮者とは、アメリカで大きな成功をおさめたライナー、オーマンディ、セル、ショルティのことを言っているのだが、これらの指揮者に聴かれるような、いわゆるオーケストラの機能性や音色美に重点を置いた芸風は薬にしたくもない。

むしろ、同じく早世したケルテスや、現代のフィッシャーに連なっていくような、音楽の内容の追求に重点を置いた芸風と言えるだろう。

本盤に収められた演奏は、いずれも、フリッチャイが白血病を発症する前の録音ではあるが、いずれも、各作品の本質を抉り出していくような鋭さと、作品の核心に向かって畳み掛けていくような気迫に満ち溢れている。

例えば、有名な「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」においては、バルトークの絶望感に苛まれた心の深淵から湧き上がってくるような情念のようなものも感じられるなど、尋常ならざる音楽が描出されているのが素晴らしい。

また、「2つの肖像」の第1部に聴かれるように、情感の豊かさにおいてもいささかの不足もなく、カンタータのオペラ的な壮麗さは圧巻の迫力を誇っている。

「舞踏組曲」の民族色溢れる自由闊達な音楽も痛快さの極みであり、フリッチャイの桁外れの表現力の幅の広さを大いに痛感させられる。

ピアノのゲーザ・アンダ、ルイス・ケントナー、ヴァイオリンのティホル・ヴァルガを配したピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲においても、ソリストの名技を際立たせつつも、作品の本質を鋭く追求した気迫溢れる豪演を披露している。

いずれにしても、音質面におけるハンディを除けば、本盤は、現在における最も優れたバルトーク作品集であり、フリッチャイの畢生の大傑作と言えるだろう。

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classicalmusic at 21:01コメント(0)トラックバック(0)バルトークフリッチャイ 

2013年05月30日


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これは名演揃いの素晴らしい全集だ。

本盤には、ラフマニノフの交響曲全集のほか、交響的舞曲を含めた管弦楽曲のほぼすべてが収められており(合唱交響曲「鐘」は収められていない)、これは、ロシア系の指揮者を除けば、ラフマニノフを十八番としているプレヴィン&ロンドン交響楽団によるほぼ完全な全集(1973〜1976年)以来の快挙とも言える。

プレヴィン盤は現在でもなお高い評価を得ている名演と言えるが、本盤のエド・デ・ワールト&オランダ放送フィルの演奏も、それに肉薄する名演と高く評価したい。

ラフマニノフの演奏と言えば、ロシア風の民族色を強調したあくの強い演奏(ロシア系の指揮者(例えば、スヴェトラーノフやゲルギエフなど)による演奏)や、かかるロシア風の民族色を洗い流した洗練の極みとも言える演奏(デュトワやラトル等による演奏)などが掲げられ、それぞれに優れた名演であると言えるが、エド・デ・ワールトによる本演奏は、プレヴィンによる演奏や、ロシア風の民族色を適度に強調しつつも洗練された味わいを付加したアシュケナージによる演奏などと同様に、その中間型にある名演と言えるのではないだろうか。

エド・デ・ワールトは、各楽曲の曲想を精緻に、そして丁寧に描き出している。

もちろん、スコアに記された音符の表層だけをなぞっただけの浅薄さにはいささかも陥っておらず、どこをとっても奥深い情感に満たされているのが素晴らしい。

そして、ロシア風の民族色をやたら強調するというようなことは一切行っておらず、各楽曲にこめられたラフマニノフ特有のロシア風のメランコリックな抒情の歌い方もいささかも重々しくなることはないが、洗練の度が過ぎるということもない格調の高い中庸の美しさを誇っていると言えるところであり、その奥行きのあるロマンティシズムには、ある種の気品さえ感じさせられるほどだ。

エド・デ・ワールトの確かな統率の下、オランダ放送フィルもその卓越したアンサンブルを駆使した見事な演奏を繰り広げており、特にこのオーケストラが有する北ヨーロッパのオーケストラならではの幾分くすんだいぶし銀の音色が、本演奏に適度の潤いと味わい深さを付加しているのを忘れてはならない。

また、本全集が更に優れているのは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音である。

これは、前述のプレヴィン盤などと比較しても大きなアドバンテージであり、本全集の価値をさらに高めることに大きく貢献している点を忘れてはならない。

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classicalmusic at 21:48コメント(0)トラックバック(0)ラフマニノフ 

2013年05月29日


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イタリアの俊英の指揮者パッパーノは、既にアンスネスと組んでラフマニノフのピアノ協奏曲全集を録音したが、いずれも素晴らしい名演に仕上がっており、とりわけ第3番及び第4番については至高の名演であった。

そのようなパッパーノが、ついにラフマニノフの交響曲第2番を録音したというので大いに期待をして聴いたのであるが、かかる期待をいささかも裏切ることがない素晴らしい名演に仕上がっていると高く評価したい。

ラフマニノフの交響曲第2番は、今や様々な指揮者によって相次いで演奏・録音が行われている一大人気交響曲である。

そのような人気の上昇に伴って、同曲の演奏様式も、ロシア風の民族色を強調したアクの強い演奏よりも、むしろより洗練された演奏が主流になりつつあるように思われる。

パッパーノによる本演奏も、こうした近年の洗練されたアプローチが下敷きにあると言える。

もっとも、パッパーノの場合は必ずしも洗練一辺倒には陥らず、単にスコアの音符のうわべだけをなぞった薄味の演奏に陥っていない点に留意する必要がある。

むしろ、全体としては洗練な装いの中で、各旋律を徹底して優美に歌わせていると言えるところであり、どこをとっても豊かな情感に満ち溢れているとさえ言える。

かかる歌謡性の豊かさは、パッパーノがイタリア人であるとともに、イタリア・オペラを得意のレパートリーとしていることの表れとも言えるのではないかと思われるところだ。

もう少し強靭な重厚さが欲しいと感じられなくもないが、これだけ堪能させてくれれば文句は言えないのではないかと考えられる。

いずれにしても、本演奏は歌心に満ち溢れた情感豊かな素晴らしい名演に仕上がっていると言えるところであり、本演奏を聴いて、パッパーノに対して、引き続いてラフマニノフの交響曲第1番や第3番、交響的舞曲などの録音を望む聴き手は筆者だけではあるまい。

また、併録に、リャードフの交響詩「魔法にかけられた湖」を採り上げたのは実に意外性のあるカップリングであるが、これまたラフマニノフの交響曲と同様のアプローチによる優美にして情感豊かな名演と評価したい。

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classicalmusic at 21:22コメント(0)トラックバック(0)ラフマニノフ 

2013年05月28日


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ショーソンの交響曲変ロ長調がとてつもない超名演だ。

フランスのロマン派の有名交響曲と言えば、ベルリオーズの幻想交響曲、フランクの交響曲、そしてサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」のいわゆる3大交響曲を指すというのが一般的な見方だ。

ショーソンの交響曲変ロ長調は、これら3大交響曲と比較すると現在でもなお知る人ぞ知る存在に甘んじていると言えるが、フランクの交響曲ニ短調に倣って循環形式を採用するとともに、フランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいに満ち溢れた旋律が全体に散りばめられており、3大交響曲にも優るとも劣らない魅力作なのではないだろうか。

もっとも、本盤が登場するまでは、同曲の録音はフランス系の指揮者に限られていたところであるが、ついに、フランス系以外の指揮者、それも大指揮者スヴェトラーノフによるライヴ録音が今般登場したのは、同曲をより幅広く認知させるという意味において、大変に意義深いことであると考えられる。

それにしても凄い演奏だ。

同曲の他の指揮者による演奏では、その演奏時間は概ね約30分程度であるが、スヴェトラーノフは何と約40分もの時間を掛けて演奏している。

それだけに、冒頭からスヴェトラーノフならではの濃厚にして重厚な音塊が炸裂している。

重低音は殆ど地鳴りがするほどの迫力であるし、同曲特有の美しい旋律も、これ以上は求め得ないような熱き心を込めて濃密に歌い抜いている。

ショーソンの交響曲というよりは、スヴェトラーノフが得意とするラフマニノフやスクリャービンの交響曲を演奏しているような趣きがあり、いわゆるフランス風のエスプリ漂う他の指揮者による同曲の演奏とは一味もふた味も異なっているが、聴き終えた後の充足感においてはいささかも引けを取っていない。

スヴェトラーノフにとって本演奏は、客演指揮者として数々の演奏を行ってきたスウェーデン放送交響楽団との最後の共演になったとのことであるが、本演奏こそは、まさにスヴェトラーノフ&スウェーデン放送交響楽団という名コンビの掉尾を飾るのに相応しい至高の超名演と高く評価したい。

一方、フランクの交響曲ニ短調は、ショーソンよりも20年以上も前の録音であり、テンポ自体も常識的な範囲に収まっている。

もっとも、トゥッティにおける迫力満点の強靭な豪快さや、各旋律の濃厚な歌い方など、スヴェトラーノフの個性を随所に聴くことが可能であり、この指揮者ならではの個性的な名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

また、両曲ともに、スヴェトラーノフの強烈にして濃厚な指揮の下、最高のパフォーマンスを発揮したスウェーデン放送交響楽団による素晴らしい名演奏にも大きな拍手を送りたい。

なお、録音については、その年代が20年以上も異なるライヴ録音どうしが収められているが、いずれも十分に満足できる良好な音質であると言えるところであり、音質面においても全く問題がないと言える。

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classicalmusic at 21:26コメント(0)トラックバック(0)スヴェトラーノフフランク 

2013年05月27日


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これは凄い名演だ。

近年では健康を害して指揮台に立つのも難儀をしている小澤であるが、本演奏当時はいまだ30代の若さ。

これから世界に羽ばたいて行こうという若き小澤による迸る熱き情熱と圧倒的な生命力を感じることが可能だ。

小澤の演奏におけるアプローチは、豊かな音楽性を生かしつつ、軽快で躍動感溢れるものであるが、この当時の小澤には、それに加えてエネルギッシュで力強い生命力に満ち溢れていた。

ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」においては、冒頭のプロムナードからして切れ味鋭いリズム感が顕著であり、その後は変幻自在のテンポ設定や思い切った強弱の変化を駆使して、各組曲を実に表情豊かに描き出している。

「キエフの大門」の終結部に向けての畳み掛けていくような気迫と圧倒的な高揚感は、若き小澤だけに可能な圧巻のド迫力を誇っている。

他方、ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」においても、その躍動するようなリズム感は健在。

とりわけフーガにおける疾走するような爽快さは胸がすくようであり、聴き終えた後の充足感には尋常ならざるものがある。

こうした若き小澤の統率の下、卓越した技量を発揮したシカゴ交響楽団による名演奏も素晴らしい。

とりわけ管楽器の技量とパワーは桁外れであり、巧みなオーケストレーションが施された両曲だけに、本名演への貢献度は非常に大きいと考える。

本盤でさらに素晴らしいのは、XRCDによる極上の高音質録音である。

今般のXRCD化によって、今から40年以上も前の録音とは思えないような鮮明な高音質に生まれ変わったところであり、シカゴ交響楽団の各楽器セクションが分離して聴こえるというのは殆ど驚異的ですらある。

若き小澤による会心の名演を、現在望み得る最高の高音質XRCDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 23:59コメント(0)トラックバック(0)小澤 征爾ムソルグスキー 

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本盤にはバレエ音楽「ペトルーシュカ」とバレエ組曲「火の鳥」という、ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽を構成する人気曲が収められているが、いずれも驚くべき超名演だ。

両演奏ともに小澤がボストン交響楽団の音楽監督に就任する前の録音であり、いまだ30代の若き小澤が世界に羽ばたこうとしていた熱き時代のものである。

この当時の小澤の演奏は、豊かな音楽性を生かしつつ、軽快で躍動感溢れるアプローチに加えて、エネルギッシュで力強い生命力に満ち溢れていた。

トゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫と力強さは圧倒的な迫力を誇っており、切れば血が噴き出てくるような熱い情感に満ち溢れている。

両曲の随所で聴かれるロシア風の抒情的な旋律の歌い方もいささかも重々しくなることはなく、瑞々しさを感じさせてくれるのが素晴らしい。

ボストン交響楽団も、この当時は音楽監督に就任することなど夢想だにはしなかったであろうが、若き才能溢れる指揮者の統率に導かれて、力感溢れる大熱演を披露している。

なお、バレエ音楽「ペトルーシュカ」については、これが小澤にとっての唯一の録音であり、他方、バレエ組曲「火の鳥」については、その後、1911年版による全曲録音を1972年及び1983年の2度にわたって行っているが、1919年版による組曲は本演奏が唯一の録音である。

その意味では、両演奏ともに貴重な演奏ということができるところであり、若き小澤の才気が爆発した稀有の超名演と高く評価したい。

バレエ音楽「ペトルーシュカ」におけるティルソン・トーマスによるピアノ演奏も、小澤の指揮ともどもノリノリの爽快さが素晴らしい。

また、本盤で素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

本演奏については1969年のスタジオ録音であるが、とても今から40年以上も前のものとは思えないような鮮明な音質であり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

小澤による超名演を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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classicalmusic at 21:12コメント(0)トラックバック(0)ストラヴィンスキー小澤 征爾 

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小澤は、ストラヴィンスキーを得意中の得意としている。

とりわけ、バレエ音楽「春の祭典」は十八番と言えるところであり、本盤に収められた録音のほかにもボストン交響楽団とともに再録音(1979年)を行っているほか、コンサートでもたびたび採り上げているところだ。

本演奏は1968年のスタジオ録音であるが、小澤はいまだ30歳代前半であり、小澤としてもこれから世界に羽ばたいて行こうとする熱き情熱に満ち溢れていた時期である。

冒頭からテンションは著しく高くパワー全開であり、若き小澤ならではの凄まじいまでの燃焼度の高い演奏を展開している。

快速のテンポやスローテンポなどの変幻自在のテンポ設定や猛烈なアッチェレランド、部屋がぶっ飛ぶのかと思うほどの大音響を炸裂させるなど、ありとあらゆる大胆な表現を駆使して才気溢れる圧倒的な爆演を展開しており、これこそまさに切れば血が噴き出てくるような渾身の大熱演と言えるのではないだろうか。

本演奏はスタジオ録音であるが、とてもスタジオ録音とは思えないような灼熱のような燃焼度を誇っており、第2部の終結部ではあまりのド迫力に完全にノックアウトされてしまった。

このように終始ハイテンションの小澤の凄まじい指揮に、一糸乱れぬアンサンブルで最高の演奏を展開したシカゴ交響楽団のとてつもない超絶的な技量にも大いに拍手を送りたい。

音量といい、技量といい、シカゴ交響楽団はこの当時からスーパー軍団であったことがよく理解できるところだ。

本盤冒頭に収められた併録の幻想曲「花火」も、若き小澤ならではの素晴らしい名演だ。

そして、本盤でさらに素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

本盤は今から40年以上も前のスタジオ録音であるが、きわめて鮮度の高い高音質に生まれ変わったところであり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

いずれにしても、若き小澤による才気あふれる圧倒的な超名演を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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classicalmusic at 00:03コメント(0)トラックバック(0)ストラヴィンスキー小澤 征爾 

2013年05月26日


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バッハの管弦楽組曲は、パイヤールにとっても何度も録音を繰り返している得意中の得意の楽曲であり、本演奏はその3度目の最後の録音に相当するものであるが、素晴らしい名演と高く評価したい。

何よりも、現代楽器を使用した小編成のオーケストラによる演奏が素晴らしい。

近年の古楽器奏法やピリオド楽器の使用による軽妙浮薄な演奏に慣れた耳で本演奏を聴くと、実に新鮮な気持ちになるとともに、あたかも故郷に帰省した時のように安定した気持ちになるのは筆者だけではあるまい。

もちろん、バッハの時代の演奏様式を再現する行為自体を筆者としても否定するものではないが、芸術的な感動をどこかに置き忘れてしまった薄味の演奏がどれだけ多く流布しているのであろうか。

高名な音楽評論家が推薦される演奏にもそのような薄味の演奏は散見されるところであり、筆者としてはそうした現状を憂えるものである。

要は音楽学者が喜ぶ演奏を行っても、そもそも芸術的な感動が得られない演奏では何らの意味もないのだ。

そのような嘆かわしい現状に鑑みれば、本パイヤール盤の価値は計り知れないと言えるところであり、同じく現代楽器を使用した小編成のオーケストラによるリヒターの名演(1960、1961年)と並んで、後世に語り伝えていく必要があるのではないかと考えられるところだ。

また、本演奏には、リヒター盤のようなドイツ風の重厚さを旨とするよりもむしろフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいに満ち溢れており(とりわけ、有名な第3番のアリアなど)、こうしたセンス満点の情感の豊かさにおいて、リヒター盤とは異なった魅力があると評価したい。

さらに、本盤で素晴らしいのは、XRCDによる極上の高音質である。

本演奏は1976年のスタジオ録音であるが、第3番の序曲のトランペットのクリアでブリリアントな響きなど、今から36年前のものとはとても思えないような鮮明な音質であり、あらためて、XRCDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、パイヤールによるセンス満点の味わい深い名演を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 23:21コメント(0)トラックバック(0)バッハ 

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バッハの管弦楽組曲は、かつてはクレンペラーやカラヤンなどの大指揮者によって重厚な演奏が成し遂げられていた。

また、リヒターなどによる小編成のオーケストラによる重厚な名演もあった。

しかしながら、近年ではそうした現代楽器を使用した演奏は全く流行らなくなり、ピリオド楽器の使用や現代楽器を活用した古楽器奏法などが主流となっている。

もっとも、そのような軽妙浮薄な演奏が感動的かどうかというのは別問題だ。

バッハの時代の演奏様式を再現する行為自体には反対するものではなく、音楽学者などは大歓迎するのであろうが、芸術的な感動を与えてくれる演奏というのはほんのひと握りと言っても過言ではあるまい。

筆者としても、現代のピリオド楽器や古楽器奏法によるバッハ演奏を今一度見直す時期が来ているのではないかと思われてならないのだ。

本盤に収められたパイヤールの演奏も、現代楽器を使用した小編成のオーケストラによる伝統的な演奏様式によるものであり、このような演奏を聴いていると、あたかも故郷に帰省した時のように安定した気持ちになるのは筆者だけではあるまい。

本演奏で優れているのは、前述のようなリヒターなどの重厚な名演とは異なり、フランス人であるパイヤールならではのフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいが付加されているということであろう。

このことが、本演奏が現代楽器を活用しながらもいささかも重々しくなることがなく、いい意味での剛柔バランスのとれた理想的な名演に仕上がっているのに貢献していると考える。

本盤でさらに素晴らしいのは、XRCDによる極上の高音質である。

本演奏は1976年のスタジオ録音であるが、今から36年前のものとは思えないような鮮明な音質であり、あらためて、XRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

いずれにしても、パイヤールによるセンス満点の味わい深い名演を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2013年05月25日


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本盤に収められたシューベルトの交響曲第9番「ザ・グレイト」とR・シュトラウスのメタモルフォーゼンは、ケンペによる最晩年の演奏である。

ケンペの演奏の特徴を一言で言えば、質実剛健ということになるのではないだろうか。

ケンペの演奏には楽曲を華麗に描き出したり、はたまた艶やかに磨き抜いたりするということはいささかもなく、全体の造型をいささかも弛緩させることなく、楽想を剛毅かつ重厚に描き出していくというものである。

したがって、演奏にはおよそエンターテインメント的な要素など薬にもしたくもなく、華やかさなどとも無縁であるが、一聴すると武骨にさえ感じさせる各フレーズには奥深い情感が込められており、ある意味では噛めば噛むほどに味が出てくるような含蓄のある演奏とも言えるのではないかと考えられる。

とりわけ、晩年にミュンヘン・フィルとともに行った演奏において、かかる奥行きの深さが顕著にあらわれているところである。

そのようなケンペも、まだまだこれからという1976年に鬼籍に入ってしまったというのは極めて残念ではあるが、それだけに本盤の演奏を含め、ミュンヘン・フィルと行った数々の晩年の演奏は、今後とも決してその存在価値を失うことがない素晴らしい名演揃いであると言っても過言ではあるまい。

シューベルトの交響曲第9番「ザ・グレイト」の演奏はきわめて難しいと言えるが、ケンペは造型の堅固さと、彫りの深さによって、ベートーヴェンの偉大な交響曲にも比肩し得るような立派な大交響曲に仕立て上げている。

それでいて、テンポは若干速めであるとともに、トゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫、そしてトゥッティにおける豪快さなど、強靱な迫力においてもいささかも不足はない。

まさに本演奏は、ケンペの質実剛健とも言うべき芸風が最大限に発揮された素晴らしい名演と高く評価したい。

他方、R・シュトラウスのメタモルフォーゼンは、シューベルトとは異なり、豊かな歌心に満ち溢れた美しい響きが支配しており、ケンペとしては珍しいタイプの演奏とも言えるだろう。

しかしながら、豊穣な弦楽合奏の端々から漂ってくる奥深い情感には人生の諦観を感じさせるような枯れた味わいがあると言えるところであり、これは、ケンペとしても最晩年になって漸く到達し得た清澄な境地と言えるのではないだろうか。

いずれにしても、本演奏は最晩年のケンペだけが描出し得た至高・至純の高みに聳え立つ超名演と評価したい。

音質は従来盤でも十分に満足し得る高音質であったが、数年前に発売されたこのBlu-spec-CD盤の方がよりベターな音質である。

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classicalmusic at 20:59コメント(0)トラックバック(0)ケンペシューベルト 

2013年05月24日


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本盤は、全盛時代のライナー&シカゴ交響楽団がいかに凄い演奏を繰り広げていたのかを窺い知ることができるCDである。

それは何よりも、XRCDによる鮮明な高音質によるところが大きい。

本演奏は1957年のスタジオ録音であるが、今から約55年も前の録音とは到底思えないような鮮度の高い音質に生まれ変わったのは殆ど驚異的であり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

これを聴くと、当時のライナー&シカゴ交響楽団は、卓越した技量もさることながら、とりわけ弦楽合奏の音色に独特の艶やかさがあることがよくわかるところであり、単なる技量一辺倒の演奏を行っていたのではないことが理解できるところだ。

もちろん、技量には卓越したものがあり、鉄壁のアンサンブル、ブラスセクションのブリリアントな響き、唖然とするようなテクニックを有した木管楽器群など、当時のシカゴ交響楽団の演奏の凄さを味わうことが可能である。

演奏内容も、素晴らしい名演と高く評価したい。

本演奏でのライナーは、チャイコフスキー特有のメランコリックな抒情にいささかも耽溺することなく、終始速めのテンポで引き締まった演奏を心掛けているように思われる。

この演奏を聴いて真っ先に念頭に浮かんだのが、トスカニーニ&NBC交響楽団による演奏(1947年)だ。

本演奏では、さすがにトスカニーニの演奏のような即物的な表現に徹し切れているとは言い難いが、それでも純音楽的に徹したストレートな表現は、まさにトスカニーニの演奏の系列に連なる演奏と言っても過言ではあるまい。

そして、とりわけ金管楽器やティンパニなどによる最強奏は、壮絶ささえ感じさせるほどの圧巻の迫力を誇っている。

もっとも、こうした壮絶な演奏に適度の潤いと温もりを与えているのが、前述のような当時のシカゴ交響楽団が有していた弦楽合奏の艶やかな音色であり、その意味では、本演奏は、ライナーとシカゴ交響楽団の黄金コンビだけに可能な名演とも言えるだろう。

いずれにしても本盤は、指揮者、オーケストラ、演奏内容そして録音の4拍子が高水準で揃った名CDと高く評価したい。

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classicalmusic at 23:40コメント(0)トラックバック(0)チャイコフスキーライナー 

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ライナー&シカゴ交響楽団によるマーラーの交響曲の録音は、本盤に収められた「第4」と「大地の歌」の2曲しか遺されていない。

しかしながら、遺された演奏は、いずれも一聴に値する名演であると評価したい。

シカゴ交響楽団によるマーラーの演奏としては、後年のショルティによる全集が有名である。

同じハンガリー人であることもあり、表向きは類似しているとも言えるところだ。

両者ともに、全体を引き締まった造型で纏め上げるとともに、シカゴ交響楽団の卓越した技量を存分に駆使して、壮麗にオーケストラを鳴らしていくというアプローチを行っている。

もっとも、ショルティの演奏と大きく異なるのは、ライナーの演奏は、オーケストラの技量臭をいささかも感じさせないということであろう。

ライナー時代のシカゴ交響楽団には、特に高弦において顕著であるが艶やかな美しさに満ち溢れていた。

したがって、本演奏においても、シカゴ交響楽団の持つ艶やかな音色が、ライナーの引き締まった剛直とも言える演奏に、適度の潤いと温かみを付加することに成功し、いささかも無機的には陥らない情感豊かな演奏に仕立て上げるのに大きく貢献している。

第4楽章におけるソプラノのリーザ・デラ・カーザも、最高の歌唱を披露していると高く評価したい。

そして、何よりも素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

本演奏は1958年のスタジオ録音であるが、今から50年以上も前の録音とは思えないような鮮度の高い音質に生まれ変わっており、当時のシカゴ交響楽団の艶やかな音色が鮮明に再現されるというのはほとんど驚異的ですらある。

あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、ライナーによる希少なマーラーの名演を、現在望み得る最高の高音質XRCDで味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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classicalmusic at 21:20コメント(0)トラックバック(0)マーラーライナー 

2013年05月23日


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本盤には、ブラームスの初期の作品であるピアノ・ソナタ第3番と、最晩年の傑作である間奏曲及びロマンスが収められている。

いずれも、ルービンシュタインならではの名演と言えるところであるが、とりわけ間奏曲を至高の超名演と高く評価したい。

ブラームスの間奏曲については、グールドやアファナシエフなどによる超個性的な名演が大きな存在感を発揮している。

これらの鬼才による名演と比較すると、ルービンシュタインにいる本演奏はむしろオーソドックスなものと言えなくもない。

しかしながら、一聴すると何でもないように聴こえる各フレーズの端々から滲み出してくる寂寥感や懐の深い滋味豊かさは、抗し難い魅力に満ち溢れていると言えるところであり、これはまさに人生のあらゆる辛酸を舐め尽くした巨匠だけに可能な大人(たいじん)の至芸であろう。

かかる演奏は、神々しいまでの崇高さを湛えているとさえも評価することが可能であるが、それでいて峻厳さは皆無であり、聴き手が安定した気持ちで同曲の魅力を味わうことができるというのも本演奏の大きな魅力の一つである。

併録のロマンスやピアノ・ソナタ第3番も名演。

特にピアノ・ソナタ第3番は、ブラームスの青雲の志を描いた作品だけに超絶的な技量を有する作品であるが、ここでのルービンシュタインは卓越した技量は当然のことながら、技量偏重にいささかも陥ることはなく、強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで圧倒的に幅の広い表現力を大胆に駆使して、実に内容豊かで情感に満ち溢れた演奏を展開しているのが素晴らしい。

また、本盤で素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

本演奏は、いずれも今から50年以上も前のスタジオ録音であるが、今般のXRCD化によって、信じられないような鮮度の高い音質に生まれ変わった。

ルービンシュタインのピアノタッチが鮮明に再現されるのは、殆ど驚異的ですらある。

ルービンシュタインによる至高の超名演を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したいと考える。

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classicalmusic at 23:47コメント(0)トラックバック(0)ブラームスルービンシュタイン 

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ルービンシュタインによるブラームスのピアノ協奏曲第1番の演奏としては、本盤以外にもライナー&シカゴ交響楽団をバックとした1954年盤とメータ&イスラエル・フィルをバックとした1976年盤が存在している。

それだけルービンシュタインが同曲に私淑していたとも言えるが、一般的に最も名演の誉れ高いのは1976年盤ということになるのではないか。

当該演奏は、最晩年を迎えたルービンシュタイン(89歳)の大人(たいじん)ならではの滋味あふれる至芸を味わうことが可能であり、メータ&イスラエル・フィルの好サポートも相俟って、スケール雄大な名演に仕上がっていた。

本演奏は、その12年前のスタジオ録音ということになるが、この時点でも既にルービンシュタインは77歳となっており、1976年盤にも肉薄する素晴らしい名演を展開していると高く評価したい。

少なくとも、技量においては1976年盤よりも衰えが見られない分だけ上と言えるところであり、本演奏でもとても人間業とは思えないような超絶的な技量を披露してくれている。

もっとも、超絶的な技量であれば、同時代に活躍したホロヴィッツも同様であるが、ホロヴィッツの場合は、自らの感性の赴くままにピアノを弾いていた側面があり、超絶的な技量がそのまま芸術たり得た稀有のピアニストであったと言えるだろう。

これに対して、ルービンシュタインは、私見ではあるが、音楽の本質への希求が第一であり、技量は二の次と考えていたのではあるまいか。

それ故に、1976年盤において、多少技量が衰えても至高の名演を成し遂げることが可能であったと考えられるからである。

本演奏においても、技量一辺倒にはいささかも陥らず、強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで表現の幅は桁外れに幅広く、青雲の志を描いたとされる同曲に込められた若きブラームスの心の葛藤を、ルービンシュタインは豊かな表現力を駆使して、情感豊かに描き出しているのが素晴らしい。

同曲は、ピアノ演奏付きの交響曲と称されるだけあって、オーケストラ演奏が薄味だとどうにもならないが、ラインスドルフ&ボストン交響楽団は、いかにもドイツ風の重厚な演奏を展開しており、ルービンシュタインの至高のピアノとの相性も抜群である。

そして、本盤で素晴らしいのはXRCDによる超高音質録音である。

XRCD化によって、ルービンシュタインのピアノタッチが鮮明に再現されるなど、今から50年近くも前の録音とは思えないような鮮明な音質に生まれ変わっており、本盤の価値を高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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classicalmusic at 21:37コメント(0)トラックバック(0)ブラームスルービンシュタイン 

2013年05月22日


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本盤にはショルティがロンドン・フィルを指揮して演奏したR・シュトラウスの歌劇「ナクソス島のアリアドネ」が収められているが、素晴らしい名演と高く評価したい。

ショルティほど、賛否両論のある指揮者はいないのではないだろうか。

確かに、ショルティはその晩年に至るまで、拍が明瞭でアクセントはやや強めの正確無比とも言えるような演奏を展開していた。

もちろん、1980年代後半になると、そのような演奏の中にも奥行きの深さが付加されてくるのであるが、それ以前の演奏では、呼吸の浅い浅薄な演奏も多々見られたところである。

もちろん、マーラーの交響曲やお国もののバルトークの管弦楽曲や協奏曲などでは比類のない名演を聴かせてくれたが、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」を除いては、高い評価を得ている名演が少ないというのも否定し得ない事実であるところだ。

しかしながら、本演奏においては、ストーリー展開の複雑さやオーケストレーションの巧みさを旨とするR・シュトラウスの歌劇「ナクソス島のアリアドネ」だけに、ショルティの正確無比なアプローチが見事に功を奏しているのではないだろうか。

ショルティの精緻に楽想を描き出していくという指揮が、同曲の複雑な展開や楽想を明瞭に紐解き、聴き手が同曲の魅力をわかりやすく味わうことが可能になった点を高く評価すべきであろう。

しかも、比較的小編成のオーケストラ演奏を主体とするオペラであることもあり、本演奏当時(1977年)のショルティによる他の楽曲の演奏において時として聴かれる力づくの無機的な音が殆ど聴かれないというのも素晴らしい。

ショルティの確かな統率の下、決して一流とは言い難いロンドン・フィルが持ち得る実力を最大限に発揮した名演奏を繰り広げているのも、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

キャスティングは見事であるが、とりわけバッカス役のルネ・コロとプリマ・ドンナ、アリアドネ役のレオンタイン・プライス、そしてツェルビネッタ役の若きエディタ・グルベローヴァの名唱は秀逸である。

また、音楽教師役のヴァルター・ベリーや作曲家役のタチアーナ・トロヤヌス、幹事長役のエーリッヒ・クンツなどによる巧みな歌唱も素晴らしい。

録音は英デッカならではの極上の高音質録音であり、オペラ録音としては最高の水準を誇っていると高く評価したい。

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classicalmusic at 21:49コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスショルティ 

2013年05月21日


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イタリア人指揮者ではアバドやシノーポリとともにマーラーの交響曲を積極的に採り上げてきたシャイーであるが、本盤に収められたマーラーの交響曲全集は、1986年から2004年というほぼ20年という長い歳月をかけて完成されたものである。

これだけの歳月をかけているだけに、第1弾の第10番と掉尾を飾る第9番では、シャイーの芸風も相当に変容していると言えなくもないが、基本的なアプローチ自体はさしたる変更がないのではないかとも考えられる。

シャイーのマーラーは、例えばバーンスタインやテンシュテットのようなドラマティックの極みとも言うべき激情型の演奏を行うというものではない。

さりとて、シノーポリのように楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした明晰な演奏を行っているわけでもない。

また、ブーレーズのように徹底した精緻さに拘った演奏を行っているわけでもない。

では、どの指揮者のマーラーに近いかというと、これには様々な意見があるようであるが、基本的なアプローチとしては、ティルソン・トーマスやマーツァルのように、オーケストラを無理なくバランス良く鳴らし、マーラーの作曲した数々の旋律を実に明瞭に美しく響かせるべく腐心していると言えるのではないだろうか。

これに、ベルリン・フィルの芸術監督に就任する前のアバドのマーラーの特徴でもあった、豊かな歌謡性と気迫溢れる圧倒的な生命力が付加され、まさに豊かな色彩感と歌謡性、そして力感が漲った生命力を兼ね備えた明瞭で光彩陸離たるマーラー演奏の構築に成功したと言っても過言ではあるまい。

加えて、シャイーの演奏は、ベルリン放送交響楽団と録音した第10番を除いては、すべての交響曲がロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団との録音であり、しかも録音会場は、豊麗な響きで誉れ高いコンセルトヘボウ・ホールである。

そして、英デッカによる極上の高音質録音も相俟って、各楽器セクションが鮮明に分離するとともに、他の指揮者による演奏では殆ど聴き取れないような音型を聴き取ることができるのも、本全集の大きなメリットであると考えられる。

本全集には交響曲「大地の歌」や主要な歌曲集が含まれていないのは残念ではあるが、他方、交響曲第10番はアダージョだけでなく、最新のクック版使用による全曲版を使用しており、収録曲については一長一短があると言えるのかもしれない。

いずれにしても、本全集は、マーラーの交響曲の華麗なるオーケストレーションの醍醐味を、SACDによらない通常盤(とは言っても、「第3」及び「第9」はマルチチャンネル付きのハイブリッドSACD化がなされている)によって現在望み得る最高の鮮明な音質で味わうことができるという意味においては素晴らしい名全集と高く評価したい。

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classicalmusic at 21:22コメント(0)トラックバック(0)マーラーシャイー 

2013年05月20日


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内田光子の円熟を感じさせる素晴らしい名演の登場だ。

約20年ほど前にも、内田はモーツァルトのピアノ協奏曲全集をジェフリー・テイトと組んで録音しており、それは内田光子の名声を確固たるものとする名演であったが、本盤が登場するに及んで、すっかりと影に隠れてしまった。

それほどまでに、内田光子のこの約20年にも及ぶ道程は、きわめて意義深いものであったと言える。

モーツァルトの傷つきやすい繊細な抒情を、これほどまでに意味深く演奏した例は過去にあったであろうか。

第20番など、何気なく開始されるのに、聴き進むに及んで、音楽の内面から浮かび上がってくるモーツァルト渾身の魂の響きは、あまりにも繊細にして優美であり、涙なしでは聴けないほど感動的だ。

内田光子の弾き振りであるが、クリーヴランド管弦楽団も、内田光子の繊細なピアノに符合した、実に内容豊かでコクのある演奏をしているのが素晴らしい。

第27番も素晴らしい超名演。

モーツァルトの畢生の名作を、これ以上は求め得ないような透徹した表現で弾き抜いている。

繊細な抒情に加えて、ここぞという時の力強さにもいささかの不足はないが、それでいて、時折見られる効果的な間の取り方は、殆ど名人芸の域に達しており、これは、内田光子としても、前録音から約20年を経て漸く到達し得た至高・至純の境地と言えるだろう。

ピアノとの相性抜群のSHM−CDによる鮮明な高音質も、本名演に華を添えることになっており、高く評価すべきものと考える。

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classicalmusic at 21:30コメント(0)トラックバック(0)モーツァルト内田 光子 

2013年05月19日


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古今東西の様々な指揮者の中でも、ネーメ・ヤルヴィほどレパートリーの広い指揮者はいないのではないだろうか。

その旺盛なレコーディング意欲は、高齢になった現在においてもいささかも衰えていないが、これまでに行われた膨大な録音のすべてが名演というわけではない。

一部の音楽評論家が粗製濫造と酷評するほどの凡演はさすがに少ないとは思うが、他の指揮者による演奏を圧倒するような名演ということになると、その数はかなり限定されると言えるのかもしれない。

もっとも、そのようなネーメ・ヤルヴィが、他の追随を許さない名演を成し遂げたジャンルが存在する。

それは、北欧音楽だ。

エストニア出身ということで、祖国の大作曲家トゥヴィンの交響曲全集は依然として燦然と輝く名演であるし、最近手掛けているハルヴォルセンの管弦楽曲集など、名演には事欠かないところだ。

グリーグについても、劇音楽「ペール・ギュント」の全曲録音を含めた管弦楽曲全集を録音(いずれもDG)しているし、シベリウスに至っては、BISレーベルに交響曲を含めた管弦楽曲全集、そしてDGに交響曲全集(SACD仕様)やCD3枚渡る管弦楽曲全集を録音しており、いずれもきわめて水準の高い名演に仕上がっている。

本盤に収められた楽曲は、これらグリーグやシベリウスの各全集から有名なもののみを抜粋したものである。

したがって、演奏が悪かろうはずがない。

いずれの楽曲も、北欧の大自然を彷彿とさせるような豊かな情感と、演出巧者ネーメ・ヤルヴィならではの聴かせどころのツボを心得た明瞭な表現が施された名演と高く評価したい。

手兵のエーテボリ交響楽団も、ネーメ・ヤルヴィの統率の下、素晴らしい演奏を展開しているのも本名演に大きく貢献していることを忘れてはならない。

録音は、従来盤でも十分に満足できる良好な音質であったが、今般のSHM−CD化によって、若干ではあるが音質が鮮明になるとともに音場が幅広くなったように思われる。

ネーメ・ヤルヴィの素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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classicalmusic at 21:13コメント(0)トラックバック(0)グリーグシベリウス 

2013年05月18日


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ミュンシュはフランス人ではあるが、ドイツ語圏のストラスブール出身であることから、ドイツ音楽にも数々の名演を成し遂げている大指揮者であった。

したがって、フランス音楽なども数多く録音しているが、ベルリオーズの幻想交響曲などは別格として、とりわけフランス印象派とも称されるドビュッシーやラヴェルの演奏については、モントゥーやアンセルメ、パレー、クリュイタンス、マルティノン、そして近年のデュトワなどの名演と比較すると、一歩譲ると言わざるを得ないのではないだろうか。

したがって、本盤におさめられたドビュッシーの交響詩「海」にしても、イベールの「寄港地」にしても、前述の指揮者によるフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいに満ち溢れた名演と比較して云々するのは容易なことであると言えるだろう。

確かに、本演奏においては、かかる瀟洒な味わいにおいては、前述の指揮者による名演には一歩も二歩も譲っていると言えるのかもしれない。

しかしながら、楽曲全体の堅固な造型や、各場面の巧みな描き分けにおいては、むしろ本演奏の方が優れている面もあると言えるところであり、とりわけ各曲の頂点に向けて畳み掛けていくような気迫溢れる力強さや迫力においては、他の追随を許さない名演と高く評価したい。

ボストン交響楽団の圧倒的な技量も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

なお、交響詩「海」については、一昨年にアルトゥスからパリ管弦楽団とのライヴ録音(1967年)が発売され、それが壮絶な超名演であったこともあって、本スタジオ録音の価値は著しく減じることにはなったが、それでも名演の評価にはいささかも変わりがないものと考えている。

そして、さらに本盤が素晴らしいのは、XRCDによる極上の高音質であろう。

今般のXRCD化によって、今から50年以上も前の録音とは信じられないような鮮度の高い音質に生まれ変わったと言える。

ミュンシュによる至高の名演を、XRCDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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classicalmusic at 23:23コメント(0)トラックバック(0)ミュンシュドビュッシー 

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本盤にはドビュッシーの管弦楽のための「映像」のみが収められている。

所要時間は全体で30分程度。

通常CDではとても考えられないような収録曲の少なさ、そして収録時間の短さと言えるであろう。

しかしながら、本盤の驚天動地の素晴らしい高音質を聴くと、そうした収録曲の少なさや収録時間の短さについてもある程度は納得することが可能である。

本演奏は、今から50年以上も前のスタジオ録音であるが、今般のXRCD化によって、最新録音にも比肩し得るような鮮度の高い音質に生まれ変わったと言えるところである。

ドビュッシーの管弦楽曲に特有の色彩豊かなオーケストレーションが鮮明に再現され、しかも、弦楽器と管楽器や、更には各管楽器セクションが明瞭に分離して聴こえるようになったというのは、殆ど驚異的ですらあると言えるところであり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知らされた次第である。

演奏内容も素晴らしい名演と高く評価したい。

同曲の他の指揮者による名演、例えば、マルティノンや、近年のデュトワによるフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいに満ち溢れた同曲の名演を聴いていると、本演奏の方はいささか分が悪いとも言えるが、各曲の頂点に向けて畳み掛けていくような力強さやここぞという時の豪快な迫力、灼熱のように燃え上がる演奏における燃焼度の高さにおいては、他のいかなる演奏よりも優れていると言えるのではないだろうか。

また、ボストン交響楽団の卓越した技量も特筆すべきものであり、本名演を聴いていると、ミュンシュ時代のボストン交響楽団がいかに桁外れの実力を有したスーパーオーケストラであったのかを窺い知ることができるところである。

いずれにしても、ミュンシュ&ボストン交響楽団の黄金コンビが成し遂げた至高の超名演を、極上の高音質であるXRCDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 21:08コメント(0)トラックバック(0)ドビュッシーミュンシュ 

2013年05月17日


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ライナーはR・シュトラウスを得意としており、手兵のシカゴ交響楽団とともに数多くの録音を遺している。

交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」も、シカゴ交響楽団と2度にわたって録音しているが、本盤に収められたのはその2度目の録音ということになる。

一般的に名演の誉れが高いのは旧録音(1954年)の方であるが、本演奏は、演奏の凝縮度においてさすがに旧録音ほどの出来とは言えないものの、ライナー&シカゴ交響楽団の黄金コンビの名に恥じることがない素晴らしい名演と評価したい。

ライナーのアプローチは、華麗なるR・シュトラウスのオーケストレーションをいかに巧みに音化するのかに主眼を置いているように思われる。

そのためには、技量が高いオーケストラが必要不可欠であり、その意味でもシカゴ交響楽団の存在は極めて大きいものであった。

鉄壁のアンサンブル、ブリリアントな金管楽器の響きなど、当時スーパー軍団として世に馳せていたシカゴ交響楽団の技量を最大限に発揮させているところであり、本演奏はまさにオーケストラ演奏の極致とも評価し得ると考えられる。

技量だけに着目すれば、カラヤン&ベルリン・フィルによる名演にも比肩し得る演奏ということが可能であろう。

ただ、オーケストラの音色の味わい深さにおいては、この当時のシカゴ交響楽団の音色には艶やかさはあったものの、ベルリン・フィルの方に一日の長があるのではないだろうか。

また、カラヤンの指揮の方が適度に流麗なレガートを駆使するなどより官能的な味わいがあり、筆者としては、カラヤン&ベルリン・フィルの演奏の方を圧倒的な音のドラマとしてより上位に置きたいと考える。

もっとも、これは非常にレベルが高い名演どうしの比較であり、本演奏の評価自体を貶めるものではないことに留意しておく必要がある。

そして、本盤でさらに素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

本演奏は、今から50年近くも前の録音であるが、XRCD化によって信じ難いような鮮度の高い音質に生まれ変わったところであり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを認識させられたところである。

いずれにしても、ライナー&シカゴ交響楽団による名演をXRCDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 21:30コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスライナー 

2013年05月16日


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レスピーギによるローマ3部作はイタリアを代表する傑作であるが、すべてのイタリア人指揮者が指揮しているかというと、必ずしもそうでないところが大変興味深いところだ。

トスカニーニは別格であるが、私の記憶が正しければデ・サパタやサンティも一部のみ。

その後に同曲を録音したのは、有名指揮者ではムーティと本盤のシノーポリと若手のガッティやパッパーノのみ。

ジュリーニもアバドも、そしてシャイーですら全く録音を行っていないのは実に不思議な気がする。

シャイーであれば、かなりの名演を期待できると思うのだが、現時点では録音したという話は一切聞こえてこない。

そのような中で、2001年に惜しくも急逝したシノーポリが同曲の録音を遺してくれたのは何と言う喜ばしいことであろうか。

演奏内容も素晴らしい名演と高く評価したい。

シノーポリの演奏は、医者出身の指揮者ならではのいわゆる精神分析的な、楽曲の細部に至るまで目を光らせたものが多いが、本演奏では一部(例えば、「ローマの祭り」の五十年祭のスローテンポなど)にその片鱗を聴くことができるものの殆どそのような印象を受けることはない。

むしろ、意外にもまともな演奏を行っていると言えるところであり、マーラーの交響曲やR・シュトラウスの管弦楽曲などに接するのとは別人のようなオーソドックスなアプローチを披露している。

一言で言えば肩の力を抜いた演奏を行っていると言えるところであり、シノーポリとしても、祖国の大作曲家による傑作に対しては郷愁にも似た独特の感情を抱いていたのかもしれない。

したがって、シノーポリは豪華絢爛なオーケストレーションが施された同曲の魅力をダイレクトに表現することのみに腐心しているように感じられるところであり、ローマに纏わるそれぞれの標題音楽を愛おしむように、そして楽しげに演奏しているようにさえ感じられる。

生命力溢れる圧倒的な迫力と言った点においては、トスカニーニ盤は別格として、ムーティ盤にもかなわないと言えるが、それらに次ぐ名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

ニューヨーク・フィルも、シノーポリの指揮の下卓抜した技量を披露しており、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

録音は、従来盤でも十分に満足できる音質ではあったが、今般のSHM−CD化によってより鮮明さが増し、さらに聴きやすい音質になった。

シノーポリによる素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 21:51コメント(0)トラックバック(0)レスピーギシノーポリ 

2013年05月15日


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本盤に収められたマーラーの交響曲第3番の演奏は、ホーネック&ピッツバーク交響楽団によるマーラーチクルス第3弾である。

このコンビは、既に交響曲第1番と第4番を録音しており、今後は残る大規模長大な交響曲の中でどれを一番最初に採り上げるのか興味深々であったが、第3番というマーラーの交響曲の中でも最も規模が大きい交響曲を手掛けたところに、このコンビの自信のほどを窺い知ることが可能だ。

これまで録音された第1番や第4番においてホーネックが行ったアプローチは、マーラーが記した複雑なスコアを細部に至るまで精緻に描き出すというものであった。

これはいかにもヴァイオリン奏者出身の指揮者ならではのものと言えるが、そうした精密とも言える演奏をエクストンによる極上の高音質録音が下支えし、第1番や第4番の演奏史上、最も精緻な美しさを誇る名演として高い評価を受けたのは記憶に新しい。

今般は、第3番という長大な交響曲であり、果たしてこれまでと同様のアプローチを徹底させるのは困難ではないかと思ったところであるが、ホーネックはその困難を見事に克服してしまった。

本演奏は、その精緻さといい、細部への拘りといい、おそらくはマーラーのスコアをこれほど精密に音化した例は同曲演奏史上初めてと言えるのではないだろうか。

もちろん、無機的でメカニックな演奏に陥っていないのは、第1番や第4番の場合と同様であり、どこをとっても情感の豊かさを失っていないのが素晴らしい。

そして、随所において聴かれる優雅なレガートにも格調の高さをいささかも損なっていないのも見事である。

このような精緻なアプローチを徹底させるにはオーケストラの卓越した技量が必要となるが、必ずしも一流とは言い難いピッツバーク交響楽団が、本演奏では精度の高い圧巻の名演奏を繰り広げている。

これは、紛れもなくホーネックによる薫陶の賜物と言えるだろう。

とりわけ、第1楽章におけるサリヴァンによるトロンボーンソロや、第3楽章のハーセスの直弟子であるヴォスバーグによるポストホルンは秀逸であり、抗し難い美しさを誇っている。

第4楽章におけるミシェル・デ・ヤングの歌唱も美しさの極みであるし、第5楽章におけるメンデルスゾーン合唱団やチルドレンズ・フェスティバル合唱団も最高のパフォーマンスと誇っている。

そして、第1番及び第4番でも話題となった名録音は、本盤においても健在である。

若干、残響が多すぎるきらいがないわけではない(とりわけ第1楽章冒頭)が、エクストンが手掛けたSACDによる優秀録音は、圧巻の高音質を誇っており、ホーネックによる精緻な名演のグレードを更にアップさせるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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2013年05月14日


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ティーレマンによるR・シュトラウスと言えば、同じくウィーン・フィルを指揮したアルプス交響曲の名演が記憶に新しいところだ。

その壮麗なスケールと美しさは、極上の高音質録音(既にシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤として発売)も相俟って、素晴らしい名演に仕上がっている。

本盤はティーレマンにとって、アルプス交響曲に続く2枚目のR・シュトラウス管弦楽曲集のアルバムということになる。

交響詩「英雄の生涯」と言えば、どうしてもカラヤンによる名演が念頭に浮かぶ。

スタジオ録音を3度行い、さらに数多くのライヴ録音を遺したカラヤンによる同曲の演奏は、いずれも至高の超名演であり、今もなお強烈な存在感を発揮しているとさえ言える。

このようなカラヤンによる強烈無比な超名演を超える演奏を成し遂げるというのは、至難の業とも考えられるところだ。

まして、同じく独墺系の指揮者であるティーレマンにとっては、カラヤンによる超名演の残像は相当に強いものであったはずだ。

しかしながらティーレマンは、カラヤンによる超名演の呪縛を見事に解き放ち、ウィーン・フィルの美しい音色を存分に生かすことによって、カラヤンによる各種の超名演(カラヤンによる演奏はいずれもベルリン・フィルとのもの)とは違った情感豊かな名演に仕立て上げるのに成功している点を高く評価したい。

カラヤンは、同曲の主人公である英雄と同化したような豪演を披露したが、ティーレマンは一歩引いて、あくまでも同曲の英雄を客観的に捉えた演奏を繰り広げていると言えよう。

それでいて、前述のようにどこをとっても情感の豊かさに満ち溢れており、R・シュトラウスが同曲に盛り込んだ美しい旋律の数々を徹底的に歌い抜くことに腐心しているように思われる。

また、強靭さにおいても不足はないが、どこをとっても格調の高さが支配しており、スケールはきわめて雄大である。

このような堂々たる名演奏を聴いていると、あらためてティーレマンが、ドイツの音楽界を牽引する指揮者として将来を嘱望されていることがよく理解できるところだ。

近年では指揮者に軸足を移したライナー・ホーネックによる美しさの極みとも言うべきヴァイオリン独奏を聴くことができるのも本名演の大きなアドバンテージである。

併録の交響的幻想曲「影のない女」は、R・シュトラウスが歌劇「影のない女」から有名曲を編曲して纏め上げた作品であるが、オペラを得意とするティーレマンならではの演出巧者ぶりが発揮された素晴らしい名演であると評価したい。

録音は、従来盤でも比較的満足できる高音質であったが、今般のSHM−CD化によって音質がさらに鮮明になるとともに、音場が若干にではあるが幅広くなったように感じられる。

ティーレマンによる素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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classicalmusic at 21:46コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスティーレマン 

2013年05月13日


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本盤に収められた演奏は、いずれも1978〜1979年にかけてコンセルトヘボウにおいて行われたアルゲリッチによるピアノコンサートのライヴ録音であるが、いずれも至高の超名演と高く評価したい。

超名演の上に超を5つ付けてもいいくらいの究極の名演とも言える。

本盤には、バッハ、ショパン、バルトーク、プロコフィエフなどのピアノ・ソナタ及び小品や、アルゲリッチの母国にもゆかりがある作品であるビナステラのアルゼンチン舞曲集などが収められており、楽曲どうしの間には何らの共通項も見当たらないが、アルゲリッチの超絶的な演奏によって、これらのすべての演奏全体が大理石で出来た堅固な構造物のような壮大な芸術作品に仕上がっているという趣きさえ感じさせるのが素晴らしい。

アルゲリッチのピアノは、本盤の演奏においても例によって即興的とも言うべき自由奔放そのものだ。

人間離れした超絶的な技量を発揮しつつ、変幻自在のテンポ設定や、思い切ったアッチェレランド、そしてリタルランドを駆使して、実にスリリングな演奏を展開している。

強靭な打鍵は女流ピアニスト離れした圧倒的な迫力を誇っているし、繊細な抒情の表現における心の込め方も尋常ならざるレベルに達しており、表現の幅は桁外れに広い。

これだけ自由奔放とも言える演奏を展開しているにもかかわらず、楽曲全体の造型がいささかも弛緩することなく、そしてスケールの雄大さを失わないというのは、アルゲリッチだけに可能な圧巻の至芸である。

これだけの圧巻のピアノ演奏は、録音にはとても入り切らないと言えるだろう。

実際のところ、既発売のCDは、今から30年以上も前のライヴ録音ということもあり、必ずしも満足できる音質とは言い難い面があった。

しかしながら、今般のSACD盤は、従来盤とは次元が異なる圧倒的な超高音質に生まれ変わったと言えるところであり、おそらくは現在望み得る最高の音質と言える。

アルゲリッチの歴史的な超名演を、このような究極の鮮明な音質で味わうことができることを喜ぶとともに、SACD化を行ったEMIに対して心から大きな拍手を送りたい。

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classicalmusic at 21:22コメント(0)トラックバック(0)アルゲリッチ 

2013年05月12日


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ヤンソンス&コンセルトヘボウ管弦楽団によるマーラーの交響曲チクルスの第5弾の登場だ。

前作の「第2」も名演であったが、今般の「第3」も素晴らしい名演と高く評価したい。

「第2」もそうであったが、先ずは、録音の素晴らしさについて言及しておきたい。

本盤も、これまでと同様のマルチチャンネル付きのSACDであるが、世界でも屈指の音響を誇るコンサートホールとされるコンセルトヘボウの豊かな残響を生かした鮮明な音質は、これ以上は求め得ないような圧倒的な臨場感を誇っている。

特に、マーラーの合唱付きの大編成の交響曲の録音において、オーケストラの各セクション、独唱、合唱が明瞭に分離して聴こえるというのは殆ど驚異的な高音質であると言えるところであり、それぞれの楽器や合唱等の位置関係までがわかるほどの鮮明さを誇っている。

かつて、マーラーの「第3」では、マーツァル&チェコ・フィルによる超優秀録音(本盤と同様にマルチチャンネル付きのSACD録音)にして素晴らしい名演(2005年)があったが、本盤も当該盤に比肩し得る極上の高音質であり、なおかつ素晴らしい名演であると言えるだろう。

「第3」は、重厚長大な交響曲を数多く作曲したマーラーの手による交響曲の中でも最大規模を誇る壮大な交響曲である。

したがって、全体をうまく纏めるのが難しい交響曲でもあると言えるところだ。

ヤンソンスは、全体の造型をいささかも弛緩させることなく的確に纏め上げるとともに、スケールの大きさを損なっていない点を高く評価したい。

そして、そのアプローチは、曲想を精緻に描き出して行くというきわめてオーソドックスで純音楽的なものであり、マーラーの光彩陸離たる音楽の魅力をゆったりとした気持ちで満喫することができるという意味においては、前述のマーツァルによる名演にも匹敵する名演と言える。

コンセルトヘボウ管弦楽団は、前任のシャイー時代にその独特のくすんだようないぶし銀の音色が失われたと言われているが、本演奏においては、そうした北ヨーロッパならではの深みのある音色を随所に聴くことが可能であり、演奏に奥行きと潤いを与えている点を忘れてはならない。

ベルナルダ・フィンクも素晴らしい歌唱を披露しており、オランダ放送合唱団やブレダ・サクラメント合唱団、ラインモンド少年合唱団も最高のパフォーマンスを示していると評価したい。

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classicalmusic at 21:27コメント(0)トラックバック(0)マーラーヤンソンス 

2013年05月11日


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カラヤンは、ベートーヴェンのDVD作品などを除くと、4度にわたって交響曲全集をスタジオ録音している。

また、ライヴ録音についても数多く行っており、とりわけ昨年発売された1977年の来日時の素晴らしい出来栄えの全集もあった。

このように数ある全集の中で、最も優れている全集を選ぶというのはなかなかに難題である。

1980年代にスタジオ録音された4度目の全集は、カラヤンの統率力の衰えから文句なく外すことは可能であるが、それ以外の全集はいずれも素晴らしい出来栄えだからである。

本盤に収められた交響曲第3番及び第4番は、カラヤンが1960年代にスタジオ録音を行った2度目の全集に含まれる演奏である。

この2度目の全集は、カラヤンがベルリン・フィルの芸術監督に就任してからほぼ10年近くが経過した頃の録音であり、カラヤンがベルリン・フィルを漸く掌握し始めた頃のものである。

もっとも、当時のベルリン・フィルには、フルトヴェングラー時代の旗本のような名うての奏者がなお数多く在籍していたということもあり、オーケストラの音色も、いわゆるカラヤンサウンドには完全に染まり切っておらず、ドイツ風の重厚で潤いのあるサウンドの残滓がみられたところである(いわゆるカラヤンサウンドも重厚ではあったが、フルトヴェングラー時代の重厚さとは質が異なっている)。

したがって、いわゆるカラヤンサウンドに完全に染まった1970年代のスタジオ録音及びライヴ録音(1977年来日時)による2つの全集よりも、この1960年代の全集の方を好む聴き手がいても何ら不思議ではない。

本演奏には、そうしたベルリン・フィルのドイツ風の重心の低い音色をベースとした上で、壮年期のカラヤンならではの気迫と力強い生命力が漲った名演を聴くことができるのが素晴らしい。

なお、カラヤンの1960年代の全集については、本演奏も含め、数年前にSACDハイブリッド盤として発売されており、筆者も当該盤を愛聴してきたが、それは従来盤とは次元の異なる十分に満足できる素晴らしい高音質であった。

ところが、今般のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤を聴いて大変驚いた。

本盤は、既に発売されているSACDハイブリッド盤をはるかに凌駕する究極の高音質に仕上がっているのではないだろうか。

本盤を聴いて、第3番及び第4番以外の交響曲についても、一刻も早くシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤で発売して欲しいと思った聴き手は筆者だけではあるまい。

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classicalmusic at 21:45コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンカラヤン 

2013年05月10日


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クラリネット五重奏曲の2大名曲であるモーツァルト及びブラームスによる同曲の組み合わせは、カップリングの定番とも言うべきものであり、古くはウラッハ盤をはじめライスター、プリンツ、最近でのマイヤーなどに至るまで、錚々たるクラリネット奏者によって数多くの演奏・録音が行われてきた。

したがって、これら海千山千のクラリネット奏者による数々の名演の中で存在感を発揮するのは並大抵の演奏では困難であると言えるが、本盤に収められたシフリンによる演奏は、エマーソン弦楽四重奏団による名サポートも得て、その音楽性の豊かさにおいて十分に存在感のある名演に仕上がっていると高く評価したい。

シフリンのクラリネットの魅力は、卓越したテクニックはさることながら、その明瞭で腰の据わった音色ということになるであろう。

高音から低音に至るまで芯が一本通った力強さが漲っており、いかなる最弱音に至っても曖昧模糊としたところがないのが素晴らしい。

他方、モーツァルトによる同曲に込められた晩年の寂寥感や悲哀感、ブラームスによる同曲に込められた孤独な独身男性の孤独感などもその明瞭な音色から滲み出てきており、表現力においてもいささかも不足はなく、いい意味での剛柔バランスのとれた重厚な演奏が持ち味と言える。

なお、シフリンには、本盤の約10年前の1984年にもチェンバー・ミュージック・ノースウェストと組んでモーツァルトのクラリネット五重奏曲を録音しているが(デロス)、円熟味といい、演奏の彫りの深さといい、断然本演奏の方を上位に掲げたい。

エマーソン弦楽四重奏団も、シフリンの明瞭かつ表情豊かで重厚なクラリネットをしっかりと支えつつ、おそらくは両曲の演奏としてもトップの座を争うような最美の演奏を展開しているのが素晴らしい。

録音は、従来盤でも十分に満足できる音質ではあったが、今般のSHM−CD化によって音質がさらに鮮明になるとともに、音場が幅広くなった。

シフリン&エマーソン弦楽四重奏団による至高の名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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classicalmusic at 21:20コメント(0)トラックバック(0)モーツァルトブラームス 

2013年05月09日


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本盤にはシューベルトの室内楽曲の中でもとりわけ有名なピアノ五重奏曲「ます」と弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」が収められており、いずれも素晴らしい名演と評価し得るところであるが、とりわけユニークなのは、ピアノ五重奏曲「ます」と言えるのではないだろうか。

というのも、同曲の演奏に際しては、既存の弦楽四重奏団が名のあるピアニストを招聘して行うのが主流であるからである。

本演奏の場合は、ウィーン・フィルやベルリン・フィルのトップ奏者に、専業指揮者であるレヴァインによるピアノが加わるという、ある意味では極めて珍しい組み合わせと言えるであろう。

本演奏においては、ヘッツェルやクリストなどの弦楽合奏の美しさは言うまでもないところであるが、何と言ってもレヴァインのピアノが素晴らしい。

筆者も、聴く前はその体躯を活かした大味な演奏をするのかと思っていたがさにあらず、繊細にして清澄な美しさに満ち溢れた情感豊かな演奏を披露してくれている。

前述の弦楽奏者との相性も抜群であり、ピアニストも含めた各奏者の息の合った絶妙のハーモニーの美しさにおいては、同曲の他の名演にもいささかも引けを取っていない素晴らしい名演と高く評価したい。

弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」は、いかにもハーゲン弦楽四重奏団ならではの情感豊かな演奏であるが、同曲特有の劇的でドラマティックな表現においてもいささかの不足はない。

音質は、従来盤でも十分に満足できる高音質であったが、今般のSHM−CD化によって音質はピアノのタッチや弦楽の弓使いまでがさらに鮮明に再現されるようになったところであり、音場も若干ではあるが幅広くなったように思われる。

いずれにしても、このようなシューベルトによる室内楽曲の名演を、SHM−CDによる高音質で(しかも81分も!)、味わうことができるのを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 21:45コメント(0)トラックバック(0)シューベルトレヴァイン 

2013年05月08日


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ルーペルト・シェトレ著の「舞台裏の神々」には、明らかにガーディナーのことを指摘しているとわかるような記述がある。

それによると、ウィーン・フィルはガーディナーのことを「イギリス系のひどくいけ好かない」指揮者と考えていたようで、シューベルトの交響曲第9番「ザ・グレート」のリハーサルの際にもひどく巧妙な復讐を企てたらしい。

ガーディナー自身もテンポ感覚が全くなかったようで、本盤の交響曲第4番の録音の際には400箇所にも及ぶ継ぎはぎが必要であったとのことである。

これによって、ガーディナーはDGからレコード録音の契約解除を言い渡されたということらしい。

したがって、本盤に収められた演奏についても、事後にかなりの編集が行われたと言えるが、その上で仕上がった演奏(作品)としては、素晴らしい名演と高く評価したいと考える(ルーペルト・シェトレの指摘のように、編集技術の絶大な威力のおかげと言えるのかもしれない)。

少なくとも、本演奏を聴く限りにおいては、ガーディナーとウィーン・フィルの緊張した関係を感じさせるものは何もないと言える。

本演奏で素晴らしいのは、何よりもウィーン・フィルの奏でる音の美しさと言うことであろう。

メンデルスゾーンの交響曲第4番及び第5番の他の指揮者による名演について鑑みれば、トスカニーニ&NBC交響楽団による超名演(1954年)を筆頭として、ミュンシュ&ボストン交響楽団による名演(1957〜1958年)、カラヤン&ベルリン・フィルによる名演(1971年)、第4番だけに限るとアバド&ベルリン・フィルによる名演(1995年)などが掲げられる。

したがって、ウィーン・フィルを起用した名演は皆無と言えるところであり、その意味でもウィーン・フィルによる両曲の演奏は大変に貴重ということができるのではないだろうか。

ガーディナーには大変申し訳ないが、本演奏にはバロック音楽における個性的な指揮で素晴らしい名演の数々を成し遂げている常々のガーディナーは存在していない。

むしろ、ウィーン・フィルがCDとして演奏を商品化するに当たって、「イギリス系のひどくいけ好かない」指揮者を黙殺して、自分たちだけでもこれだけの美しい演奏ができるのだというのを、自らのプライドをかけて誇示しているようにさえ思われるのだ。

もっとも、我々聴き手は演奏に感動できればそれでいいのであり、これだけ両曲の魅力、そして美しさを堪能させてくれれば文句は言えまい。

なお、本盤には、メンデルスゾーン自身が後年に第2〜4楽章に施した交響曲第4番の改訂版が収められており、世界初録音という意味でも貴重な存在である。

これは、いかにもバロック音楽などにおいても原典を重んじるガーディナーの面目躍如とも言える立派な事績であると考える。

録音は従来盤でも十分に満足できる高音質ではあったが、今般のSHM−CD化によって音質はより鮮明になるとともに、音場が広くなったように思われる。

ウィーン・フィルによる希少な両曲の美しい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 21:21コメント(0)トラックバック(0)メンデルスゾーンガーディナー 

2013年05月07日


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凄い演奏だ。

アルゲリッチはスタジオ録音の時でさえ、自由奔放でスリル満点の豪演を展開するのが常であるが、ライヴ録音においてはとてもその比ではない。

まして、本盤に収められた録音は今から30年以上も前の若き日のアルゲリッチのコンサートのライヴであり、切れば血が出てくるような灼熱のように燃え上がる生命力に満ち溢れた壮絶な豪演を堪能することが可能だ。

いずれもアルゲリッチが得意とする楽曲で構成されているが、特にラヴェルの2曲は、他のいかなるピアニストによる名演に冠絶する至高の超名演と高く評価したい。

両曲ともに、華麗にして繊細なラヴェルのピアノ曲の縮図のような楽曲であり、弾きこなすには卓越した技量と表現力が必要だ。

アルゲリッチは、人間離れした超絶的な技量をベースとしつつ、変幻自在のテンポ設定や思い切ったアッチェレランド、リタルダンドを駆使している。

強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで、表現の幅は桁外れに広く、まさに圧倒的な音のドラマの構築に成功している。

これだけ自由奔放でドラマティックな演奏を行っているにもかかわらず、全体の造型はいささかも弛緩することはなく、それでいてスケールの雄渾さを失わないのは、アルゲリッチだけに可能な圧巻の至芸であろう。

シューマンの幻想小曲集は、ラヴェルと異なり他のピアニストの名演を凌駕するとまではさすがに言えないが、同曲の演奏における情感に満ち溢れた詩情の豊かさは至純の美しさを誇っていると言えるところである。

また、構成する各曲の描き分けも実に巧みに行っており、アルゲリッチの卓越した表現力の幅の広さを感じることが可能だ。

本盤の録音については、1970年代後半のライヴ録音であるが、リマスタリングによってある程度は満足できる音質であった。

ところが、今般のSACD化によって、最新録音にも匹敵するような鮮明な超高音質に生まれ変わった。

クラシック音楽業界が不況にある中で、EMIが果敢にSACD化を進めていることを心から讃えるとともに、アルゲリッチによる歴史的な超名演を望み得る最高の音質で味わうことができることを大いに歓迎したい。

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classicalmusic at 23:18コメント(0)トラックバック(0)アルゲリッチラヴェル 

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リストの悲愴協奏曲はアルゲリッチとしても非常に珍しい曲目と言えるが、リストのピアノ協奏曲第1番とラヴェルのピアノ協奏曲はアルゲリッチの十八番であり、それこそ何度も演奏を繰り返してきた楽曲である。

本盤はその中でも最も録音が新しいものであるが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

アルゲリッチによるリストのピアノ協奏曲第1番の名演として名高いのはアバド&ロンドン交響楽団と組んで行ったスタジオ録音(1968年)であり、ラヴェルのピアノ協奏曲には、アバド&ベルリン・フィルと組んで行ったスタジオ録音(1967年)とアバド&ロンドン交響楽団(1984年)の2種の名演がある。

これ以外にもライヴ録音などがあるのかもしれないが、特に名演とされているのは以上の3つの録音である。

いずれも、指揮者がアバドということで共通していたが、今回の演奏の指揮者は、両曲ともにかつての夫君であるデュトワがつとめている。

そしてオーケストラはデュトワの手兵モントリオール交響楽団であり、加えてライヴ録音である。

前回の録音からリストのピアノ協奏曲第1番については30年、ラヴェルのピアノ協奏曲については13年も経っているが、アルゲリッチのピアニズムの基本は変わっていないように思われる。

アルゲリッチのピアノは自由奔放そのもの。

持ち前の卓越した技量を発揮しつつ、変幻自在のテンポ設定や猛烈なアッチェレランドなどを駆使して、ドラマティックの極みとも言うべきスリリングな演奏を展開している。

強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで、表現の幅は桁外れに広く、それでいて特にラヴェルのピアノ協奏曲において顕著であるが、同曲の演奏に必要不可欠のセンス満点の瀟洒な味わいにおいてもいささかの不足もない。

アルゲリッチを下支えするデュトワ&モントリオール交響楽団の演奏も見事であり、とりわけラヴェルのピアノ協奏曲については、フランスのオーケストラ以上にフランス風のエスプリ漂う味わい深い演奏を展開しているのが素晴らしい。

また、併録の悲愴協奏曲は、盟友であるネルソン・フレイレとの息が合ったスリリングな激しさと豊かな情感を兼ね備えた稀有の名演と高く評価したい。

録音は、前述のように1997年〜1998年のライヴ録音であり、HQCD化によっていっそう鮮明な高音質に仕上がっている。

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classicalmusic at 21:01コメント(0)トラックバック(0)アルゲリッチデュトワ 

2013年05月06日


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XRCDの潜在能力の高さをあらためて思い知らされる超高音質CDの登場だ。

本盤に収められた演奏は1977年のものであるが、今から30年以上の前のものとは思えないような鮮明な高音質である。

モーツァルトの交響曲の録音のポイントは、弦楽合奏をいかに鮮明に捉えることができるのかにかかっていると言えるが、本XRCDにおいては、各弦楽セクションの動きが明瞭にわかるほどの鮮明さであり、ある意味では、モーツァルトの交響曲の録音の理想の具現化と評価したい。

これほどの鮮明な高音質であると、演奏がより一層魅力的に聴こえるのが実に不思議だ。

モーツァルトの交響曲の演奏様式は、今やピリオド楽器の使用や、現代楽器を使用した古楽器奏法によるものが主流となっている。

しかしながら、そうした演奏様式が時代考証学的には正しいものであっても、芸術的な感動を覚えるかどうかとは別問題と言えるのではないだろうか。

本盤に収められた交響曲第40番について言えば、ワルター&ウィーン・フィル(1952年)やワルター&コロンビア響(1959年)、ベーム&ベルリン・フィル(1961〜1962年)などのシンフォニックな名演があった。

また、交響曲第41番について言えば、ベーム&ベルリン・フィル(1961〜1962年)などの名演があり、これら両曲の重厚な名演は、前述のような演奏様式が一般化している現在においてもなお愛聴している聴き手が多いのではないだろうか。

本パイヤール盤は、そうした大指揮者によるシンフォニックな演奏の系列に連なる演奏ということが可能だ。

イギリス室内管弦楽団という比較的小編成のオーケストラを起用はしているが、演奏自体はシンフォニックなものであり、ピリオド楽器の使用や古楽器奏法などとは全く無縁である。

もちろん、前述のようなワルターやベームなどの往年の名演と比較して云々することは容易ではあるが、現在の演奏様式に辟易としている聴き手にとっては、本演奏を、故郷に帰省した時のような安定した気持ちで聴くことができるのではないだろうか。

本演奏に特別な個性や才能の輝きなどはないが、その分、フランス人指揮者ならではの洒落た味わいに満ち溢れており、筆者としては、楽曲の魅力を聴き手にダイレクトに伝えるという意味においては、豊穣な味わいの名演と高く評価したいと考える。

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classicalmusic at 21:36コメント(0)トラックバック(0)モーツァルト 

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やはりXRCDは素晴らしい。

本盤のような極上の高音質録音を聴いていると、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知らされる。

他のXRCDでも同様のことが言えると思うが、30年以上も前の1970年代の録音が、最新録音に匹敵するような鮮明な音質に生まれ変わるというのは殆ど驚異的ですらある。

1960年代や1970年代はLPの全盛時代であり、その大半の録音が既にCD化されてはいるが、SACD化されたものは別格として、その殆どはLPを凌駕する音質に至っていないとさえ言える。

また、この時代の録音には、かつての巨匠による歴史的な名演も数多く含まれている。

この場を借りて、本盤のようなXRCD化、可能であればSACD化を行って、音質の更なる向上努力を求めたいと考える。

本XRCD盤も、あたかも最新録音であるかのように鮮明で素晴らしい高音質であるが、これだけの高音質であると、演奏自体もより一層素晴らしい演奏のように思えてくることになるのが実に不思議だ。

本盤には、モーツァルトの交響曲第38番と第39番が収められているが、両曲ともにかつての大指揮者が至高の名演を遺してきた。

第38番については、ワルター&コロンビア響(1959年)とシューリヒト&パリオペラ座管(1963年)の名演があったし、第39番については、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィル(1965年)などの名演が掲げられる。

したがって、このような海千山千の大指揮者による個性的な名演と比較すると、他の指揮者による演奏はいささか不利な状況にあると言わざるを得ないが、本パイヤールによる演奏は、フランス人指揮者ならでは独特の瀟洒な洒落た味わいに満ち溢れている。

少なくとも、近年の古楽器奏法やピリオド楽器を使用した軽妙とも言えるモーツァルトの交響曲演奏に慣れた耳で本演奏を聴くと、あたかも故郷に帰省した時のように安定した気持ちになると言えるところであり、筆者としては、楽曲の魅力をいささかも奇を衒うことなく、ダイレクトに聴き手に伝えてくれるという意味においては、本演奏も豊穣な味わいに満ち溢れた名演と評価したいと考える。

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素晴らしい超高音質XRCDの登場だ。

今から30年以上も前の録音であるにもかかわらず、あたかも最新の録音のように鮮明な音質であるというのはほとんど驚異的であり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

特に、各弦楽セクションの動きが明瞭にわかるほどの鮮明さは、弦楽合奏を中核とするモーツァルトの交響曲の録音の理想的な結実と言える。

これだけの高音質録音であると、演奏自体もより輝きを増してくるのは必然のことと言えるだろう。

本盤には、モーツァルトの交響曲第35番、第36番及び第37番第1楽章が収められているが、このうち、第35番については文句の付けようがない名演と評価したい。

第35番は、モーツァルトによるいわゆる後期6大交響曲の中では、最も愉悦性に富んだものと言える。

それは、同曲がもともとセレナードから転用されたことにも起因しているものと考えられるが、他方、そうした経緯から、内容においては他の交響曲と比較するといささか乏しいと言わざるを得ない。

したがって、音楽内容の精神的な深みを追求するような演奏を必ずしも必要とはしない交響曲とも言えるところであり、むしろ、曲想をいかにセンス良く優美に描き出すかが求められていると言える。

こうなるとパイヤールは俄然その力を発揮することになる。

パイヤールのフランス人ならではのセンス満点の洒落た味わいが演奏に独特の魅力を付加し、極上の豊穣な味わいの美演を成し遂げることに成功している。

これに対して、第36番の方はやや事情が異なってくる。

同交響曲には、ワルター&コロンビア響(1960年)やバーンスタイン&ウィーン・フィル(1966年)などのシンフォニックな名演が目白押しであり、そのような海千山千の大指揮者による重厚な名演と比較すると、本演奏は旗色が悪いと言わざるを得ない。

しかしながら、古楽器奏法やピリオド楽器による演奏に慣れた現在の我々の耳で本演奏を聴くと、あたかも故郷に帰省した時のようなほっとした気分になると言えるところであり、第36番を安定した気持ちで味わうことができるという意味においては、第35番と同様の味わい深い豊穣な名演と評価するのにいささかの躊躇もしない。

なお、第37番第1楽章は、殆ど録音される機会の無い楽曲だけに、そもそも録音自体が貴重であり、演奏自体も素晴らしい演奏と評価したい。

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2013年05月05日


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マーラーの交響曲第3番は、重厚長大な交響曲を数多く作曲したマーラーの作品の中でもとりわけ最大規模を誇る楽曲である。

したがって、この長大な楽曲を聴き手にいささかの冗長さを感じさせずに聴かせる演奏を行うのは至難とも言える。

同曲演奏史上最高の名演であるバーンスタイン&ニューヨーク・フィル盤(1987年)は、変幻自在のテンポ設定や思い切った強弱、猛烈なアッチェレランドを駆使するなど彫琢の限りを尽くしたドラマティックな演奏を行うことによって聴き手を深い感動に導いた。

このような劇的な表現は、聴き手にある種の張り詰めた緊張感のようなものを強いるとも言えるだろう。

これに対して、本盤に収められたマーツァルによる演奏は、長大な同曲をいささかも飽きさせることも、そして緊張感を強いることもなく、終始楽しく聴くことが可能である。

チェコ・フィルは、その独特の味わい深い音色が持ち味の中欧の名門オーケストラであるが、マーツァルは同オーケストラをバランス良く鳴らして、マーラーの光彩陸離たる華麗なオーケストレーションが施された曲想を美しく明瞭に描き出している。

それでいて、スコアに記された音符のうわべだけを音化しただけの薄味な演奏には陥っておらず、どこをとってもコクがあり情感の豊かさを失っていないのが素晴らしい。

本演奏を聴いていると、心が幸福感で満たされてくるような趣きがあり、聴き終えた後の爽快感、充実感は、他の演奏では決して味わうことができないものであると言えるだろう。

これは間違いなくマーツァルの類稀なる音楽性の豊かさの賜物であると言えるところであり、前述のバーンスタイン盤とはあらゆる意味で対照的な純音楽的な演奏としては、本演奏は随一の超名演と高く評価したい。

また、チェコ・フィルの極上の美演も本名演の魅力の一つであり、第1楽章のホルンの朗々たる響きは雄渾な美しさを誇っているし、第3楽章における名手ミロスラフ・ケイマルによるポストホルンの演奏は、チェコの大自然を彷彿とさせるような澄んだ音色が美しさの極みである。

第4楽章のビルギット・レンマートの歌唱も見事であり、第5楽章におけるプラハ・フィルハーモニー合唱団及び児童合唱団も最高のパフォーマンスを示している。

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classicalmusic at 23:30コメント(0)トラックバック(0)マーラー 

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マーツァルは、チェコ・フィルとともにマーラーの交響曲全集の録音を行っている途上にあるが、「第8」と「大地の歌」、「第10」を残したところで中断してしまっている。

その理由は定かではないが、既に録音された交響曲の中では、本盤に収められた「第5」と「第3」が特に素晴らしい超名演に仕上がっていると言えるところであり、他の交響曲の演奏の水準の高さからしても、是非とも全集を完成して欲しいと考えている。

さて、この「第5」であるが、これが実に素晴らしい名演なのだ。

「第5」の名演と言えば、いの一番に念頭に浮かぶのがバーンスタイン&ウィーン・フィルによる超名演(1987年)だ。

これは変幻自在のテンポ設定や、思い切った強弱の変化、猛烈なアッチェレランドなどを駆使したドラマティックの極みとも言うべき濃厚な豪演であり、おそらくは同曲に込められた作曲者の絶望感や寂寥感、そしてアルマ・マーラーへの狂おしいような熱愛などを完璧に音化し得た稀有の超名演である。

これに肉薄するのがテンシュテット&ロンドン・フィル(1988年)やプレートル&ウィーン響(1991年)の名演であろう。

ところが、マーツァルの演奏には、そのようなドラマティックな要素や深刻さが微塵も感じられないのだ。

要は、マーラーが試行錯誤の上に作曲した光彩陸離たる華麗なオーケストレーションを、マーツァルは独特の味わい深い音色が持ち味のチェコ・フィルを統率してバランス良く音化し、曲想を明瞭に、そして情感を込めて描き出している。

まさに純音楽に徹した解釈であるが、同じ純音楽的な演奏であっても、ショルティ&シカゴ響(1970年)のような無慈悲なまでの音の暴力にはいささかも陥っていないし、カラヤン&ベルリン・フィル(1973年)のように耽美に過ぎるということもない。

「第5」をいかに美しく、そして情感豊かに演奏するのかということに腐心しているようであり、我々聴き手も聴いている最中から実に幸せな気分に満たされるとともに、聴き終えた後の充足感には尋常ならざるものがある。

いずれにしても本演奏は、前述のバーンスタイン盤などのドラマティックな名演とはあらゆる意味で対極にあるものと言えるが、「第5」の魅力を安定した気持ちで心ゆくまで堪能させてくれるという意味においては、素晴らしい至高の超名演と高く評価したい。

このような純音楽的な名演において、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音は実に効果的であり、本名演の価値を更に高めるのに大きく貢献している点も忘れてはならない。

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classicalmusic at 21:42コメント(0)トラックバック(0)マーラー 

2013年05月04日


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ケンぺは、R・シュトラウスの協奏曲やオペラからの抜粋を含めたほぼ完全な管弦楽曲全集を録音したが、本盤は、当該全集から2曲を抜粋したCDだ。

いずれも、素晴らしい名演と高く評価したい。

アルプス交響曲は、カラヤン&ベルリン・フィルの名演が発売されて以降、録音点数が激増し、今や、多くの指揮者の主要レパートリーとなっているが、本盤の録音当時(1970年)は、他にも殆ど録音がなかった。

CD時代とLP時代の違いということも要因の一つと考えられなくもないが、現代の隆盛からすると隔世の感があると言える。

ケンペは、R.シュトラウスのこの傑作を、作曲者とも関係の深い名門シュターツカペレ・ドレスデンを率い、堅固な構成力で円熟の極致ともいえる名演を繰り広げている。

ケンぺの演奏の特色を一言で表現すると質実剛健ということになるのではないか。

最近の演奏が特色とする華麗さなどは殆ど見られない。

堅固な構成力を重視した演奏で、標題よりも、交響曲という形式に主眼を置いているような渋い印象を受ける。

シュターツカペレ・ドレスデンのいぶし銀の響きも、こうしたケンぺのアプローチを助長することに繋がっており、演奏が含有する内容の濃さ、味わい深さといった点では、アルプス交響曲の数々の名演の中でも最右翼に掲げるべきものであると考える。

同様の評価は、併録の克明にして精妙な「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」の演奏にも言える。

音質はもともとイマイチであったが、HQCD化によって、若干ではあるが、音質に鮮明さを増した点も高く評価したい。

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classicalmusic at 21:47コメント(0)トラックバック(0)R・シュトラウスケンペ 

2013年05月03日


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クナッパーツブッシュの既発売のCDは、必ずしも良好とばかりは言えない音質であったと言わざるを得なかった。

ところが、本セットに収められた録音は、既発売のCDとは見違えるような良好な音質に生まれ変わったと言えるところであり、本アウディーテ盤の登場によって、漸くクナッパーツブッシュの芸術の真価を味わうことが可能になったと言っても過言ではないのではないかと考える。

それにしても、本セットの良好な音質で聴くと、クナッパーツブッシュの指揮芸術の桁外れのスケールの大きさをあらためて認識させられる。

ブルックナーの「第9」は、悪名高き改訂版を使用しており、これまでは音質の劣悪さも相俟って、筆者としても歯牙にもかけて来なかった演奏であるが、今般のCD化によって、弦楽器など実に艶やかに響くようになり、見違えるような音質に生まれ変わったのは実に素晴らしいことだ。

改訂版の醜悪さが余計に目立つようになったのはご愛嬌ではあるが、クナッパーツブッシュの懐の深い至芸を良好な音質で味わえるようになった意義は極めて大きい。

なお、本セットには、スタジオ録音とともに2日後のライヴ録音が収められているが、音質の面を加味すれば一長一短と言ったところではないだろうか。

「未完成」は素晴らしい名演だ。

これまでは劣悪な音質故に、気にも留めていなかった演奏であるが、これほどの名演とは思いもしなかった。

深沈たる奥行きのあるスケール雄大な演奏は、巨匠クナッパーツブッシュだけに可能な圧巻の至芸と言えるだろう。

これもスタジオ録音と2日後のライヴ録音が収められているが、音質をも含めると、容易に優劣はつけられない。

ブルックナーの「第8」も、これまではミュンヘン・フィルとの超弩級の名演があることや音質の劣悪さから、殆ど芳しい評価がなされてこなかった演奏であるが、これだけの良好な音質になると、さすがにミュンヘン・フィル盤にはかなわないが、それに肉薄する名演と言ってもいいのではないだろうか。

ベートーヴェンの「第8」とハイドンの「驚愕」は、いずれも見違えるような高音質、特に低弦の重心の低い音色が響くようになったことによって、クナッパーツブッシュの桁外れにスケールの大きい至芸を味わうことができるようになった意義は極めて大きいものと言わざるを得ない。

これだけの高音質になると、テンポの遅さも必然のように思えてくるから実に不思議だ。

小品もいずれも良好な音質に蘇り、いかにスケールの大きい素晴らしい名演であったのかをあらめて認識させられた。

例えば、喜歌劇「千一夜物語」間奏曲のむせかえるような情感豊かな演奏は、何という人間味に溢れているのであろうか。

組曲「くるみ割り人形」のスケール極大な音楽や、「こうもり」序曲の胸にずしんと響いてくるような低弦の重厚な響きは、圧巻の迫力を誇っていると言える。

ピチカート・ポルカやワルツ「バーデン娘」は、まさにクナッパーツブッシュだけに許される桁外れにスケールの大きい芸術的な遊びと高く評価したい。

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classicalmusic at 21:35コメント(0)トラックバック(0)クナッパーツブッシュ 

2013年05月02日


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小澤征爾のボストン交響楽団の音楽監督就任後間もない頃の録音であるが、今なお小澤の代表盤の一つであるとともに、同曲のトップの座を争う名演と高く評価したい。

小澤は、現在でこそ、ブラームスなどのドイツ音楽でも素晴らしい名演を聴かせてくれているが、若き時代には、どちらかと言うと、フランス系の音楽を十八番として、より頻繁に採り上げていた。

本盤の録音の前後には、メシアン、ラヴェル、フォーレなど、今なお他の追随を許さないような名演の数々を生み出してるが、本盤のベルリオーズも大変得意としていた。

今回のシリーズでは、本盤の「ファウストの劫罰」と幻想交響曲が再発売されるが、演奏の質の高さからしても、大いに歓迎すべきであることであると言える。

それにしても、本盤の小澤のセンス満点の音楽性の豊かさを何と表現すればいいのであろうか。

どこをとっても、切れば血が出るような生命力に満ち溢れており、それでいて、フランス音楽ならではの洒落た味わいにもいささかの不足はない。

各場面毎の描き分けも実に巧みに行っており、その演出巧者ぶりは、ウィーン国立歌劇場のシェフとして辣腕を振るった後年の円熟の小澤を彷彿とさせるのに十分だ。

独唱陣はいずれも秀逸であるが、特に、ファウスト役のスチュアート・バロウズの歌唱が素晴らしい。

タングルウッド音楽祭合唱団もいつもながら見事な歌唱を聴かせてくれているが、随所で活躍するボストン少年合唱団の歌唱は、至純・至高の美しさを誇っており、本名演に大きく貢献していることを忘れてはなるまい。

ボストン交響楽団も最高のパフォーマンスを示しており、これから若き小澤を盛り立てていこうという力強い気迫さえ感じられる。

録音も合唱を含め全体を鮮明に捉え切った見事なものであり、高く評価したい。

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classicalmusic at 20:56コメント(0)トラックバック(0)ベルリオーズ小澤 征爾 

2013年05月01日


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両曲ともに素晴らしい名演だ。

現在の様々な指揮者の中で、ショスタコーヴィチの交響曲の名演を成し遂げる可能性がある指揮者と言えば、これまでの実績からして、本盤のゲルギエフのほかは、インバル、ラトルなどが掲げられると思うが、インバルは、ウィーン交響楽団との全集完成以降は新たな録音が存在せず、ラトルも「第4」の超名演以外には論ずるに値する名演を成し遂げているとは言い難い。

他の指揮者による名演もここ数年間は成し遂げられていないという現状に鑑みると、現在では、ショスタコーヴィチの交響曲の演奏についてはゲルギエフの独壇場と言えるのかもしれない(もっとも、一昨年発売された若手指揮者のクルレンツィスによる交響曲第14番「死者の歌」は名演であったが)。

いずれにしても、本盤に収められた名演は、このような考え方を見事に証明するものと言えるだろう。

特に、第10番が壮絶な名演だ。

第10番の過去の名演としては、初演者として同曲が有する精神的な深みを徹底して追求したムラヴィンスキーの名演(1976年)と、鉄壁のアンサンブルと卓越した管楽器奏者の技量によって、圧倒的な音のドラマを構築したカラヤンの名演(1981年)が双璧であると考えられる。ゲルギエフは、この両雄の薫陶を受けた指揮者であるが、本盤の演奏は、どちらかと言うと、ムラヴィンスキーの系列に繋がるものと言える。

全体として堅固な造型を構築しつつ、畳み掛けていくような緊迫感や、生命力溢れる力強さは圧巻の迫力を誇っていると言える。

スコアに記された音符の表層をなぞるだけでなく、スターリン時代の粛清や死の恐怖などを描いたとされている同作品の本質をこれだけ音化し得た演奏は、おそらくはムラヴィンスキー以来初めてではないかとさえ思われるほどだ。

その壮絶とも言える圧倒的な迫力は、我々聴き手の肺腑を打つのに十分だ。

他方、第3番は、ショスタコーヴィチの各交響曲の中でも、第2番と並んであまり演奏されない楽曲と言えるが、ゲルギエフは、同曲においても、楽曲の本質を抉り出していくような鋭さを感じさせる凄みのある演奏を披露しており、おそらくは、同曲演奏史上ベストを争う名演と高く評価したい。

ゲルギエフの統率の下、手兵マリインスキー劇場管弦楽団は最高のパフォーマンスを示していると言える。

マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音も、本名演の価値を高めるのに大きく貢献している点を忘れてはならない。

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