2015年10月

2015年10月31日


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80歳で挑んだアバド初の録音になる周到無類なシューマン。

これまでにアバドがシューマンの交響曲に手を付けなかった理由は分からないが、このCDに収められた交響曲第2番と2曲の序曲には彼のスコアに対する周到無類の深い読みが実践されている。

試みに手元にあったムーティ&ウィーン・フィルが同じウィーン・ムジークフェラインのグローサー・ザールで1995年に録音したフィリップス盤と聴き比べてみたが、先ずテンポの設定が全体的にムーティの方が速く、ウィーン・フィルの音色自体が鮮烈なこともあって、あたかも明るく解放的な青春の瑞々しさを謳歌しているかのようだ。

一方アバドは表現上のデュナーミクだけでなく、楽器間のバランスのとり方でもムーティより遥かにきめ細かく、あらゆる部分に行き届いた指示を与えている。

モーツァルト管弦楽団も指揮者にぴったり付き添って寸分違わぬ再現に余念がないし、アンサンブルの力量ではウィーン・フィルに逼迫するほど精緻な合奏を聴かせてくれる。

実際ここ数年の彼らの成長振りには目を見張るものがあるし、アバドがこのオーケストラを大切に育ててきた理由も理解できる。

つまり一人歩きをするメジャー・オーケストラではなく、あくまでも自分の音楽性を100パーセント反映できる手作りの楽団のみが、当時のアバドにとっての手兵に成り得たのだろう。

交響曲第2番はアバド自身がその音楽の充実ぶりを賞賛しているが、彼が満を持してこの作曲家の大曲に挑んだのも長期間温めたアイデアを成就させるためだったに違いない。

それだけにやや遅めのテンポをとって、より熟成された内省的な表現があることも聴き逃せない。

金管楽器を巧みに制御して弦楽とのオーケストレーションの絶妙なバランスを保ってシューマン特有の音響を醸し出しているのもその一例だ。

また第3楽章の旋律を歌わせることにかけてはイタリア人指揮者のお家芸だが、ここでは決して晴れやかなカンタービレではなく、どこか憂いに苛まれるような心象を残している。

しかし終楽章のコーダへの集中力は凄まじく、思い切って打ち込ませるティンパニで全曲をカタルシスへと導く手法は感動的だ。

2曲の序曲はその曲趣から言ってもシューマンらしい中世騎士道的なロマンティシズムを湛えていて、荘重で暗雲立ち込めるようなただならぬ雰囲気が特有の渋い響きで表されている。

それはベートーヴェンの『エグモント序曲』にも先例が見られる叙事詩的な音楽への傾倒を更に推し進めたものとも思われる。

シューマンのオーケストレーションについては専門家からも非難の対象になっているのが実状だが、アバドの演奏はシューマンの書法を総て正当化してしまうだけの力量を示している。

つまり作曲家の管弦楽法はその未熟さ故の結果ではなく、ある特定の音響を得るために意識的に行われたものだということを納得させる好例だ。

収録曲は交響曲第2番ハ長調op.61、劇音楽『マンフレッド』序曲op.115及びオペラ『ゲノフェーファ』序曲op.81で、いずれも2012年11月にウィーンで録音された。

尚『マンフレッド』のみがセッションで他の2曲はライヴから採られている。

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classicalmusic at 00:06コメント(0)トラックバック(0)シューマンアバド 

2015年10月28日


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ジュリアーノ・カルミニョーラが1999年から2002年にかけてソニーに録音したCD7枚をまとめたセットで、バジェット価格でのリイシュー化を評価したい。

中でも彼の音楽性が最も高次元で表出されているのは、やはりヴィヴァルディの協奏曲集だ。

尽きることのない作曲家のファンタジーが、カルミニョーラの比較的シンプルなカンタービレやあらゆるヴァイオリンのテクニックを駆使した激情的な表現手段によって効果的に示されているが、それらが彼の情熱のごく自然な発露として噴出しているのが秀逸だ。

それに続くロカテッリの『ヴァイオリンの技法』はそれぞれの協奏曲に長大な超絶技巧のカデンツァを挿入した協奏曲集で、言ってみれば当時の最高峰の秘伝的奏法をカルミニョーラの美しい音色と理想的な演奏で聴けるのは幸いだが、そこには後のパガニーニが『24のカプリース』で試みた、殆んど技巧のための技巧の曲集といった、時としてくどい印象が残るのも事実だろう。

アンドレア・マルコン指揮、ヴェニス・バロック・オーケストラのスリリングで気の利いたサポートも特筆される。

意外だったのがバッハのヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのための6曲のソナタで、カルミニョーラは抑制を効かせながらも流麗に、しかも誠実に弾いている。

チェンバリストのアンドレア・マルコンもレジスターを使った音色の変化を控えめにして、ソナタの曲想や対位法の忠実な再現に心掛けているように思える。

この曲集はいずれのパートにも一切ごまかしのきかない厳格なアンサンブルが要求され、また彼らが得意とする即興演奏の余地もないが、2人のイタリア人がピリオド楽器で演奏するバッハとして非常に高い水準であることは確かだ。

尚最後の1枚はリュート奏者のルッツ・キルヒホフを迎えた4曲のトリオ・ソナタ集で、ヴァイオリンと相性の良いリュートの響きが耳に心地良く、キルヒホフの堂に入った奏法も聴きどころだ。

全体的に音質は極めて良好。

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classicalmusic at 23:02コメント(0)トラックバック(0)ヴィヴァルディバッハ 

2015年10月26日


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1953年のバイロイト祝祭に於けるライヴ録音で、2010年にオルフェオからリリースされた時は値段が高かったのだが、このドキュメンツ盤は半額以下になり、どの程度の音質を再現できているか聴いてみたくなった。

勿論歌詞対訳などは望むべくもないことは承知の上だが、音質に関しては特に歌手達の声がほぼ満足できる状態に再現されていて、劇場の潤沢な残響も声楽に潤いを与えている。

ドキュメンツは版権の切れた過去の名演奏を低コストで提供することに主眼を置いていてリマスタリングには無頓着だが、このセットは正規音源を使ったものらしくモノラルながら鑑賞に全く不都合はない。

あえて弱点を挙げるとすればオーケストラにセッション録音のような迫力と細部の精緻さにやや欠けるところだが、これはバイロイトという特殊なオーケストラ・ピットを構えている劇場のライヴでは止むを得ないし、当時の録音方法と技術を考えれば決して悪いとは言えない。

このライヴの魅力はウィーンの名匠クレメンス・クラウスが亡くなる一年前に遺した、結果的に彼のワーグナーへの総決算的な上演になっていることで、本来クナッパーツブッシュが予定されていたにも拘らず、ヴィーラント・ワーグナーの、舞台セットよりも照明効果を重視する演出との衝突から、クラウスに白羽の矢が立ったという経緯があるようだ。

皮肉にもクラウスの死によりクナがバイロイトに復帰することになるのだが、この時の上演の出来栄えは素晴らしく、クナとは全く異なったアプローチによる、精妙な中にもダイナミズムを湛えたリリカルな仕上がりになっている。

クナほどスケールは大きくないかもしれないが、ワーグナーの楽劇として明快にしっかりとまとめられていて、長時間の作品であることを忘れさせてしまう。

クラウスの音楽を完璧に支えているのが当時全盛期にあった歌手陣で、彼らの輝かしい声によって活性化された若々しい表現が、オール・スター・キャストの名に恥じない舞台を創り上げている。

ちなみに主役級の4人は1956年にクナとのライヴでも再び顔を合わせていて、全曲盤がやはりオルフェオからリリースされている。

稀代のヴォータン歌いホッターは44歳だったが、この役柄では殆んど完成の域に達していたと思えるほど、その歌唱には説得力がある。

歌手にとっても4晩の長丁場を歌い切るには相応の体力と精神力が求められる筈だが、この時期のホッターの声による演技力にその充実ぶりが示されている。

一方ジークフリート役のヴィントガッセンにはいくらか大時代的な歌唱法が残っているとしても、強靭で伸びのある声を無理なく活かした雄大な表現はヘルデン・テノールの面目躍如たるものがある。

ヴィントガッセンも大歌手時代の最後の1人だった。

女声陣もすこぶる強力なキャスティングだが、中でもフラグスタート引退後のブリュンヒルデ歌いヴァルナイ若き日の名唱が光っている。

ニルソンの怜悧で精緻な表現に比べれば、ヴァルナイの声は暗めでより官能的な趣があり、「ブリュンヒルデの自己犠牲」での深みのあるシーンは彼女最良の舞台のひとつだったのではないだろうか。

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classicalmusic at 22:13コメント(0)トラックバック(0)ワーグナークラウス 

2015年10月24日


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ブーレーズが15年の長きにわたって録音したマーラーの集大成BOXであるが、ブーレーズのマーラーは、若き日の前衛時代ではなく、むしろ角の取れたソフト路線が顕著となった時期の録音だけに、純音楽的なアプローチでありながら、比較的常識的な演奏に仕上がっていることが多いように思う。

それゆえ演奏は、あらゆる意味でバーンスタインやテンシュテットなどによる濃厚でドラマティックな演奏とは対極にある純音楽的なものと言えるだろう。

ブーレーズは、特に1970年代までは、聴き手の度肝を抜くような前衛的なアプローチによる怪演を行っていた。

ところが、1990年代にも入ってDGに様々な演奏を録音するようになった頃にはすっかりと好々爺になり、かつての前衛的なアプローチは影を潜め、オーソドックスな演奏を行うようになった。

もっとも、これは表面上のことで、必ずしもノーマルな演奏をするようになったわけではなく、そこはブーレーズであり、むしろスコアを徹底的に分析し、スコアに記されたすべての音符を完璧に音化するように腐心しているようにさえ感じられるようになった。

楽曲のスコアに対する追求の度合いは以前よりも一層鋭さを増しているようにも感じられるところであり、マーラーの交響曲の一連の録音においても、その鋭いスコアリーディングは健在である。

本演奏においても、そうした鋭いスコアリーディングの下、曲想を細部に至るまで徹底して精緻に描き出しており、他の演奏では殆ど聴き取ることが困難な旋律や音型を聴くことができるのも、本演奏の大きな特徴であり、ブーレーズによるマーラー演奏の魅力の1つと言えるだろう。

もちろん、スコアの音符の背後にあるものまでを徹底的に追求した上での演奏であることから単にスコアの音符のうわべだけを音化しただけの薄味の演奏にはいささかも陥っておらず、常に内容の濃さ、音楽性の豊かさを感じさせてくれるのが、近年のブーレーズの演奏の素晴らしさと言えるだろう。

本演奏においても、そうした近年のブーレーズのアプローチに沿ったものとなっており、マーラーのスコアを明晰に紐解き、すべての楽想を明瞭に浮かび上がらせるようにつとめているように感じられる。

もっとも、あたかもレントゲンでマーラーの交響曲を撮影するような趣きも感じられるところであり、マーラーの音楽特有のパッションの爆発などは極力抑制するなど、きわめて知的な演奏との印象も受ける。

黙っていても大編成のスコア1音1音に、目に見えてくるような透徹さが保たれている。

なおかつそれら各部が有機的に結合されつつ前進していくため、感情移入的演奏を耳にすると初心者には雑多に聴こえてしまいがちなマーラーの濃厚なロマンティシズムが、知らず知らずのうちにすっと聴く者に入ってくるのだ。

さらに、ブーレーズの楽曲への徹底した分析は、マーラーの本質である死への恐怖や生への妄執と憧憬にまで及んでおり、演奏の表層においてはスコアの忠実な音化であっても、その各音型の中に、楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような奥行きの深さを感じることが可能である。

これは、ブーレーズが晩年に至って漸く可能となった円熟の至芸とも言えるだろう。

いずれにしても本演奏は、バーンスタインやテンシュテットとあらゆる意味で対極にあるとともに、一切の耽美的な要素を拭い去った、徹底して純音楽的に特化された名演と評価したい。

もっとも、徹底して精緻な演奏であっても、例えばショルティのような無慈悲な演奏にはいささかも陥っておらず、どこをとっても音楽性の豊かさ、情感の豊かさを失っていないのも、ブーレーズによるマーラー演奏の素晴らしさであると考える。

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classicalmusic at 21:32コメント(0)トラックバック(0)マーラーブーレーズ 

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ことさらスケールの大きな演奏ではないが、とびっきり品の良いサロン・スタイルにまとめあげたという感じの曲集で、パネンカの高潔とも言うべきピアノに支えられてスークの流麗なソロが水を得た魚のように大らかなファンタジーを飛翔させている。

いつもながら美音を駆使したスークのカンタービレは、常に節度を保っていて歌い崩すこともなければ耽美的にもならない。

それは特に美音では人後に落ちないパネンカと組んだ時にその傾向が強く、またそれだけピアニストの隙のない音楽設計と、きめ細かなディナーミクが強く影響しているからだろう。

パネンカは伴奏の役割を誰よりも心得ていて、先ずソロを引き立てる側に回るが、実際にはその曲を決定付けるほどの主導権を発揮する。

それはこのCDに収められている3曲に共通していることだが、精緻なピアニズムの上に奏でられるヴァイオリンのロマンスといった趣を持っている。

1曲目のプーランクのソナタでは両者のセンスの良さが際立っていて、楽想の面白みをむき出しの情熱ではなく、むしろけれんみのない表現であっさりと仕上げているところに好感が持てる。

この作品はファシズムに反対し、若くして暗殺されたスペインの詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカに献呈され、音楽も彼の生涯に関連させているらしいが、スークとパネンカの演奏は明快で、それほど陰鬱な表現ではない。

それは標題音楽的な描写を避けてプーランクの美学の本質を捉えようとしているからだろう。

フランクのソナタにしてもこの曲の持つ緊張感や哲学的な重みよりも、率直に音楽の美しさを描き切った演奏で、スークの明るく艶やかな音色がすこぶる心地良い。

パネンカは比較的冷静にヴァイオリンの旋律を支えているが、音楽に冷たさがないのは音色の微妙な変化や華やかな盛り上げ方を効果的に取り入れているからだ。

尚スークはこの曲を後年ヨゼフ・ハーラとも再録音している。

最後に置かれた愛らしいフォーレの『ベルセーズ』も含めて総て1967年の初期ステレオ録音だが、スプラフォンの技術水準は当時の東欧諸国の中では群を抜いていて、鮮明な音質とバランスの良さはその証左だ。

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classicalmusic at 00:27コメント(0)トラックバック(0)スークフランク 

2015年10月22日


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ヴァイオリニストにとって必須のレパートリーとなっているフランス・ヴァイオリンの名曲4曲を1枚に収めた魅力的なアルバム。

当代屈指のヴァイオリニスト、イツァーク・パールマンの秀でた音楽性と華麗なテクニックの万能性を示した1枚で、パールマン若き日の最良の記録でもある。

パールマンの明るく艶やかな音色を一瞬たりとも失わない滑らかなボウイングと、圧倒的な余裕で弾き切る華麗なテクニックがひときわ冴え渡る演奏だ。

歌う楽器としてのヴァイオリンの特性を最高度に発揮した演奏は、豊かで美しく生命力に溢れたもの。

パールマンはどんな曲であっても曲想にのめり込まず、常に高踏的な解釈に踏みとどまって、なおかつそれらの曲の本質と個性を的確に把握する。

テクニックの冴えはもちろん、曲によって様々に表情を変える音色の豊かさはパールマンならでは。

またこうしたフランス物では軽妙洒脱さと同時に狡猾とも言える聴き手に対するさりげない媚があって、それぞれの作品がコケティッシュで魅力的なものに仕上がっている。

パールマンを巧妙にサポートしているのがジャン・マルティノン指揮するパリ管弦楽団で、彼ら特有の美的感性を漂わせた色彩豊かで陰影に富んだ音響がソロ・ヴァイオリンを際立たせている。

ショーソンの『詩曲』での直情的で鮮烈なロマンティシズムと陰影の濃い叙情も素晴らしいが、白眉は何と言っても最後に置かれた(後のズービン・メータとの再録音に先立つ)ラヴェルの『ツィガーヌ』だ。

『ツィガーヌ』では前半の長い無伴奏の部分を豊麗なダブル・ストップやフラジオレット、ピチカートで弾き込むパールマンの幅の広い表現と魔術師のようなソロに、妖艶なハープによって導入されるオーケストレーションのコントラストが極めて幻想的な美しさを醸し出していて格別だ。

彼らの応酬は常に緊迫感を持っていて、後半のソロの超絶技巧を駆使したパッセージとマルティノンのたたみこむような追い込みによる音楽の高揚が虹のような色彩感を体験させてくれる。

この音源は1974年に録音されたもので、以前カップリングされていたアンドレ・プレヴィン指揮、ピッツバーグ交響楽団とのサラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』を除いて、ジャン・マルティノン指揮、パリ管弦楽団の協演になるフランス物のみの4曲を1枚にまとめたリイシュー盤で収録時間は短いが、音楽的にはよりバランスのとれた編集になった。

24Bitリマスタリング盤で音質は極めて良好。

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classicalmusic at 21:26コメント(0)トラックバック(0)パールマンマルティノン 

2015年10月20日


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実力派のベートーヴェン弾きとしての長い演奏経験を踏まえた、しっかりした音楽構成と迷いの無い確信に満ちたタッチ、そして堂々たるダイナミズムで大家の風格を感じさせる価値の高いソナタ全曲集だ。

録音が2010年9月から翌11年の3月に集中して行われた為か、音質は勿論、音楽的にも確固とした統一感が貫いている。

全曲ともブッフビンダーがドレスデンに招かれた時のベートーヴェン・チクルスから採られたライヴ録音だが、あらかじめ聴衆に了解を得ていた為か、ライヴ特有の雑音や拍手は一切入っておらず、音質的にはセッションとなんら変わるところがない。

ブッフビンダーは若い頃からソロだけでなく、アンサンブルや伴奏の分野でも幅広く活動を続けてきたが、そうした活動がより客観的な、しかし一方では豊かで自在なニュアンスを含んだ独自のベートーヴェン像を実現させたのかもしれない。

奇をてらった表現ではなく、音楽的にも技術的にも安定した深みのある演奏が秀逸だ。

クラムシェル・ボックス入りの9枚組セットで、それぞれの紙ジャケットは黒地に色違いのナンバーが表示されている。

収録曲順はそのままソナタの番号順になるので聴き手には有難い。

35ページほどのブックレットには録音データの他に、ブッフビンダー自身のこの曲集に関するコメントとヨアヒム・カイザーの寄稿が英、独、仏語で掲載されている。

とりわけ手稿譜のファクシミリからフランツ・リスト校訂版などに至る、現存する様々なソナタの楽譜に対する奏者の熱心な研究は周到で興味深い。

音質は瑞々しく、ライヴとしては例外的と言えるほど極めて良好。

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classicalmusic at 22:13コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェン 

2015年10月19日


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現代チェロ奏法の確立と同時にあらゆる平和への侵害と戦い続け、人間愛を奏で続けた巨匠パブロ・カザルス編である。

彼がバッハの『無伴奏チェロ組曲』の芸術的価値を再発見し、公開演奏に取り入れた最初のチェリストであることは良く知られているが、3枚目のCDでその情熱と創意、そして溌剌とした表現を堪能することができる。

ただしこのセットは既に同レーベルからリリースされている9枚組のコンプリート・レコーディングスからのセレクト盤で、なるべく広いジャンルから抜き取ったバラエティーに富んだアルバムにしたかったのかも知れないが、できれば他の曲種を減らしても『無伴奏』だけは抜粋ではなく全6曲を収容して欲しかった。

そうすることによって彼のバッハに関する体系的な奏法や、解釈に対するポリシーがより明瞭になり、またコレクションとしての価値も高いものになった筈だ。

EMIは音源を持っていないのだろうが、ここにはカタルーニャ民謡の『鳥の歌』が含まれていないのも惜しまれる。

音質の面で言えばオーケストラがノイズの霞を通して聞こえてくるような曲もあるが、カザルスのソロに関しては比較的良い状態で捉えられている。

中でもサー・エイドリアン・ボールト指揮、BBC交響楽団とのエルガーの協奏曲やサー・ランドン・ロナルド指揮、ロンドン交響楽団の協演になるブルッフの『コル・ニドライ』は、彼のスケールの大きな音楽観で人間愛を奏でた演奏として特筆される。

2枚目は1905年に結成されたカザルス・トリオによるセッションで、ジャック・ティボーのヴァイオリンとアルフレッド・コルトーのピアノがいくらか大時代的だが、一世を風靡したスタイリッシュな演奏として貴重だし、またその当時の音楽的な趣味を代弁しているという意味でも興味深い。

最後に置かれている曲集はカザルスの故郷カタルーニャ地方の民族舞踏『サルダーナ』を集めたもので彼自身の曲も含まれている。

使用楽器もこの地方特有のドゥルサイナを中心にした民族色豊かな響きが特徴的だ。

故郷を離れて外国で暮らすことを余儀なくされた彼にとって、カタルーニャは永遠の憧憬の地として心に刻み込まれていたに違いない。

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classicalmusic at 22:45コメント(0)トラックバック(0)カザルス 

2015年10月17日


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ムーティ、ウィーン・フィルのコンビによるシューマンの4曲の交響曲を2枚のCDに収めたフィリップス音源のライセンス・リイシューで、堰を切って迸り出るようなカンタービレが横溢する、それまでにはなかったような晴朗快活な躁状態のシューマンをイメージさせる演奏だ。

ムーティの指揮は曖昧さを残さない決然としたものだが、それに従うウィーン・フィルの瑞々しい響きと潤沢な音響を活かした爽快さが聴きどころだろう。

ここでのウィーン・フィルはさながらイタリアのオーケストラのような軽快で屈託のない響きと幅広いダイナミズムを駆使して鳴り切っている。

ムーティのシューマンは作曲家の精神性やオーケストレーション云々に拘泥することなく、小細工のないダイレクトで平明なアプローチによって、これらの交響曲に奔流のような推進力と雄大なスケールを与えている。

例えば第2番の緩徐楽章での明るく艶やかな弦の響きや終楽章での追い込みの小気味良さは彼ならではのものだし、一方『ライン』では轟くような金管楽器の大胆な効果を試みたドラマティックな自然描写と、第2楽章での民謡風のメロディーを大らかに歌わせるカンタービレがすこぶる心地良い。

録音は1993年及び95年で、ムーティにとっては2度目のシューマン交響曲集になるが、個人的には1970年代にフィルハーモニア管弦楽団を指揮したものより、こちらの方が彼のより徹底したサウンドが実現しているという意味でお薦めしたい。

収録曲目は交響曲第1番『春』、第2番ハ長調、第3番変ホ長調『ライン』及び第4番ニ短調で、もう1曲の2つの楽章のみが存在する未完のト短調『ツヴィッカウ』は含まれていないので厳密に言えば全集ではない。

尚ムーティは第4番で1851年の第2稿のスコアを使用している。

ウィーンのムジークフェライン、グローサー・ザールでのセッションになり音質は極めて良好。

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2015年10月15日


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カナダの鬼才グレン・グールドは、バッハと並んで新ウィーン楽派、中でもシェーンベルクに傾倒していた。

その熱い傾倒ぶりは本作で聴くことのできる一連の独奏曲のほかにも、グールドはシェーンベルクが書いたピアノを含む作品を、協奏曲、室内楽曲、歌曲にいたるまで録音していたことからも窺えよう。

これについては彼自身の著書で、10回に亘るラジオ放送番組のためにまとめられた『ラ・セリー・シェーンベルク』を読むに越したことはないが、単純に言って彼はある一定の厳密なルールに基いて構成される音楽や、そこから生み出される音響に強い関心を持った演奏家だったと言えないだろうか。

それによって彼の対位法への探求、特にバッハに捧げた無類の情熱も説明できるだろう。

ここに収録されたシェーンベルクのソロ・ピアノのための6曲の作品全集は、作曲家の無調から12音技法に至るセオリーがグールドによって高度に具現化されたアプローチだと思うし、また現代音楽への入門者にもその鮮烈な音響を体験する意味でも是非お薦めしたい1枚だ。

グールドの明晰なタッチは、作品の多層的な響きを解きほぐし、シェーンベルクの音世界を清新に表現している。

『ピアノ組曲』作品25でシェーンベルクはバロック組曲の形態を借りて12音技法で作曲しているが、グールドはこのようなクロスされたセオリーに嬉々として挑戦し、そこに独自の表現と奏法を発見している。

また『5つのピアノ曲』の「ワルツ」でもリズムにその舞踏の片鱗を留めさせながら、人間の感情の発露とは対極にある怜悧な完全主義者の思考回路を巧妙に反映させた演奏が秀逸だ。

1958年から65年にかけてニューヨークのスタジオにおいてステレオ録音された音源で、音質は極めて良好。

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2015年10月14日


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クラウディオ・アバド・ザ・デッカ・イヤーズと題された7枚組CDのボックス・セットは、彼がミラノ・スカラ座に就任するまでの1960年代後半に行ったデッカへのセッション録音をまとめている。

アバドは今年80歳を迎えたが、惜しまれつつ亡くなり、その晩年には巨匠風の凄みのある演奏を聴かせてきたが、彼がキャリアを開始した時代はトスカニーニ、カンテッリの後、フリーだったカルロ・マリア=ジュリーニを除けばオペラや声楽曲だけでなく純粋な管弦楽をレパートリーにするイタリア人指揮者が暫し絶えていた。

しかし彼の登場以来ムーティ、シノーポリ、シャイーらが次々と欧米の主要ポストに就いていくことを考えると、結果的とは言えイタリア人指揮者の突破口を開いた貢献者でもある。

この時代のアバドは文字通りフレッシュな演奏をしている。

このセットに収められた曲目はドイツ系が大半を占めているが、ドイツ的な荘重さを一度解体して新鮮な風を吹き込むような爽やかさと、イタリア式カンタービレを縦横に取り入れながらも形式を崩さない独自のスタイルを示している。

その好例が7曲の交響曲で、例えばウィーン・フィルを振ったブルックナーでは構築性はそれほど感じられないが、四肢を伸ばすようなオーケストラの柔軟性と瑞々しい開放感がある。

またアバド唯一のセッションになるブラームスの『リナルド』ではテノールのジェームズ・キングを起用して、決して息苦しくならない、むしろ明るい希望を予感させるオペラティックな表現に特徴がある。

アバドはまた早くから20世紀の音楽のレパートリーを開拓していた。

そのサンプルがCD5及び6のヤナーチェク、ヒンデミット、プロコフィエフの作品集で、いずれも鮮烈でしかも誠実な演奏だ。

最後はヴェルディのアリア集とコーラス・シーンを振ったもので、ニコライ・ギャウロフとの協演になる。

これはイタリア・オペラの流儀に則ったアバド面目躍如の1枚でもある。

総てが良質のステレオ録音でライナー・ノーツは43ページあり、英、仏、独語による簡易なアバドと収録曲についての解説及び声楽曲の全歌詞英語対訳付。

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2015年10月11日


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1961年から1970年にかけてサンソン・フランソワが集積したEMIへのドビュッシーの作品のセッション録音を3枚のCDにまとめたボックス・セットで、音源が多少古いので音質は時代相応と考えていたが、意外にも良好で耳障りになるような大きな破綻もなく鑑賞には全く差し障りがない。

フランスEMIからのリリースでボックスの裏に24bitリマスタリングの表示がある。

ライナー・ノーツは8ページで曲目データと演奏者についてのフランス語の解説付。

フランソワの最も得意としたフランスものの中でもドビュッシーは個性的な解釈を示した成功例で、良い意味で非常に面白みのある演奏だ。

フランソワのピアノはかなり即興的で曲によっては気まぐれにさえ感じられることがしばしばある。

しかし一度聴き手の方から彼の洗練された感性に波長を合わせることができれば、その天衣無縫に飛翔するファンタジーがただならない響きの世界と音楽観を体験させてくれる。

フランソワには形式感に束縛される音楽より、自由な空想を羽ばたかせるスペースを与えられた曲目の方が相応しい。

しかしフランソワの直感的な曲の把握が単なる我儘や気取りに終わらないのは、彼の閃きがカリスマ的な魅力に溢れているからで、ドビュッシーの作品に内在する高度に音楽的な可能性を限りなく引き出していく能力は流石だ。

『前奏曲集』ではフランソワの千変万化の表現が縦横に発揮されている。

ドビュッシーのピアノ曲の中でもこうした連作物は1曲1曲に充分なモチベーションを与えないと、惰性的な音楽の連続に聞こえてしまい、つかみどころのない音の連なりに飽きてしまいがちだが、例えば筆者が子供の頃に聴いた第1巻第2曲の『帆』で、風に翻る帆のイメージが今でも頭から離れないのは彼の演奏の影響だ。

また『ピアノのために』では霊感に支えられた軽妙洒脱で切れ味のよいテクニックがピアニスティックな魅力を愉しませてくれる。

中でも『喜びの島』は個人的に好んで聴く曲のひとつで、ホロヴィッツの鋭利に研ぎ澄まされたピアニズムで彫琢された、そそり立つような表現とは対照的に、フランソワのそれはあたかも西風に吹かれて出航する船に乗り込んだ人々の高まる期待のように感じられ、クライマックスで発散する光輝に満たされた高揚感は格別だ。

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2015年10月09日


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チェコのピアニスト、ヤン・パネンカの名は日本では名ヴァイオリニスト、スークの伴奏や、スーク及びチェロのフッフロと組んだスーク・トリオのアンサンブル・ピアニストとして良く知られているが、本国チェコではソロ・ピアニストとしての声望も高かった。

パネンカはあらかじめ隅々までオーガナイズしたダイナミズムを潔癖とも言えるきめ細かさで表現していく。

パネンカの演奏はスリルや迫力で押しまくるものではなく、常に音楽的な節度を外さない余裕のあるテクニックと、彼の持っている特質のひとつである美音の威力を最高度に発揮させて、ピアニズムの美しさを全曲に湛えている。

その洗練された奏法は研ぎ澄まされた極めて頭脳的なもので、文字通り音楽性に溢れたベートーヴェンが再現されている。

このCDでは第3番と第4番でスメタナ作曲のカデンツァが採用されている。

1964年から1971年にかけてのセッションでヴァーツラフ・スメターチェク指揮、プラハ交響楽団との協演になり、スメターチェクの骨太で力強く、しかも深みのある指揮もこの全曲録音の価値を高めている。

またスークと彼らの協演による2曲のロマンス、ト長調及びヘ長調も小品ながら極めて美しい。

チェコ・フィルのノイマンに対してプラハのスメターチェクが優るとも劣らない実力の持ち主であったことも証明している。

初代のメンバーによるスーク・トリオがソロ・パートを受け持つ『トリプル・コンチェルト』ハ長調も優れた演奏だ。

クルト・マズア指揮、チェコ・フィルをバックにアンサンブルで鍛えた3人がその完璧ナチーム・ワークを聴かせてくれるのが頼もしい。

この作品は時としてベートーヴェンの駄作のように言われるが、こうした演奏を聴くと筆者には決してそう思えない。

一方ヴァイオリン協奏曲はコンヴィチュニー指揮、チェコ・フィルとの1962年のセッションが選ばれている。

第1楽章の溢れるほどのカンタービレや続く第2楽章での流麗で甘美なヴァリエーションはスークの面目躍如だが、終楽章ではもう少し毅然とした輪郭が欲しいところだ。

その他にこのセットでは、やはりパネンカのソロ、スメターチェク指揮、プラハ交響楽団及び合唱団による『合唱幻想曲』ハ短調も収められている。

38ページの写真入のライナー・ノーツには英、独、仏、チェコ語による録音データ、曲目及び演奏者紹介が掲載されている。

ここ数年チェコ・スプラフォンでは独自のリマスターによるリイシュー盤をセット物にまとめて再リリースしている。

パッケージには洒落っ気がないが、古い録音でもかなり鮮明な音質が蘇り、また入手困難だった名盤がプライス・ダウンされたこともあって魅力的なシリーズになっている。

例えばスークとパネンカのコンビによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲集、パウル・クレツキ指揮、チェコ・フィルによる同交響曲全集、ノイマン、チェコ・フィルのドヴォルザークの交響曲全集やパネンカとパノハ・カルテットが組んだ同室内楽曲集などがそれに当たり、今後のシリーズの充実も期待される。

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2015年10月07日


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1975年のセッションで、この時代の『ポーギーとベス』では屈指の名録音であることに異議を唱えるつもりはない。

ホワイトやミッチェルを始めとする芸達者な歌手陣も彼らの持ち味を良く出しているし、マゼールの優れた統率の下にクリーヴランド管弦楽団も色彩感豊かな音響やジャズのリズム感を巧みに取り入れたガーシュウィンの斬新なオーケストレーションを、手に取るように楽しませてくれる。

歌手達も歌だけでなく、セリフの部分も見事にこなしているのだが、この演奏に弱点があるとすれば、それは音楽的に高尚に解釈され過ぎてしまったことであろう。

それによってこのドラマの持っている荒削りだが、「なまず横丁」に生きる黒人達の貧しくもしたたかな生き様や、人間の性(さが)によって起こされる犯罪への危機などが、すっかり払拭されてしまった印象が残ることではないだろうか。

確かにオペラをCDで聴く場合、鑑賞者側にそれぞれの場面をイメージするファンタジーが求められるが、この演奏を聴く限りではどん底のスラム街を想起することに多少の無理がある。

何故なら逆説的な言い方かもしれないが、マゼールによってクラシックの範疇に属するオペラとして几帳面に整理し尽くされた格調高い音楽には羽目を外した遊びも混沌もないからだ。

こうした作品にはオペラとしての完璧さよりも、むしろ芝居としての演出を前面に出すことの方が優先されるべきだろう。

この作品が後のミュージカルの先鞭をつけているのが偶然ではないように、そこにはガーシュウィンの求めた人間臭さや卑近さがもっとあっていい筈だ。

個人的には『ポーギーとべス』の初演指揮者アレクサンダー・スモーレンスがレオンタイン・プライスやウィリアム・ワーフィールド達を引き連れて4年間のツアーを行った際の1952年のベルリン・ライヴが忘れられない1組になっている。

プライス若き日の驚異的にパワフルな歌唱もさることながら、ひとつひとつのシーンが目に浮かぶような真実味が感じられる演奏だからだ。

オーケストラのリアス・ウンターハルトゥング管弦楽団は精緻ではないが乗りに乗った快演で、音質がマゼール盤に比べればかなり貧しいモノラル録音であるにも拘らず、そこから聴こえてくる音楽にはガーシュウィンの意図した作品の野太さと、指揮者の強い共感と表現への一致がみられる。

また1963年に主役の2人を再び迎えたスキッチ・ヘンダーソン指揮、RCAビクター管弦楽団のステレオ・セッション録音の抜粋盤も捨て難い魅力を持っている。

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2015年10月05日


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さまざまな理由から、右手が困難になったピアニストのために書かれた左手作品を集めたシリーズ第1弾。

このジャンルと言えば挙げられるオーストリアのピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタイン(1887-1961)は、第一次世界大戦で負傷し右手切断というピアニストにとっては致命的な半生を送ることを余儀なくされたが、彼は果敢にも左手のみで演奏することを決意し、楽壇に復帰した。

それ以前は左手のためのピアノ作品なるものはごく際物的な存在でしかなかったが、ヴィトゲンシュタインの委嘱によって当時第一線で活躍していた作曲家達がその可能性を探って書き下ろしの新曲を次々に彼に献呈した。

本盤には、ヴィトゲンシュタインの依頼で作曲されたラヴェル、プロコフィエフ、ブリテンの協奏曲をメインに、スクリャービンとバルトークの小品が収められた魅力的なラインナップ。

それらは音楽的な傾向も趣味や音響も全く異なっていて、中にはプロコフィエフの協奏曲のようにヴィトゲンシュタイン生前中には演奏されなかった作品もあるが、こうして集められると壮観なアルバムが出来上がる。

このCDではラヴェル、プロコフィエフ、ブリテンへの委嘱作品と、左手ソロ用のスクリャービン及びバルトークがそれぞれ1曲ずつ選ばれているが、演奏陣が超豪華。

ラヴェルがフランソワとクリュイタンス、プロコフィエフがゼルキンとオーマンディ、ブリテンがカッチェンと作曲者という定評のある音源であり、さらにガヴリーロフが弾くスクリャービンも未知の音源。

こうした演奏者の充実ぶりにもこれらの左手のための楽曲が決して際物ではない、第一級の芸術作品として評価されていることが興味深い。

いずれも作曲者たちがピアニズムのトリックと職人芸を駆使して両手以上の効果をあげているのが驚きで、左手のためのピアノ音楽をじっくり聴くのに最適なアルバムと言えるだろう。

特にカッチェンがソロを弾くブリテンの『主題と変奏』はヴィトゲンシュタインが称賛した曲だけあって、左手の能力を最大限に引き出した効果的な音楽構成と、ヴァリエーションでの変化の豊かさは際立った仕上がりを見せている。

ごく初期のステレオ録音ながら、作曲者自身の指揮でカッチェンの演奏を堪能できるのは幸いだ。

ひとつだけ残念なのは、この新シリーズで誇っていた音質の良さがこのCDではいくらか劣っていることで、歴史的な録音を集めたアルバムなのである程度は致し方ないが、ハンガリーの名手、ガボール・ガボシュの弾くバルトークは不鮮明な音質に加えて音揺れがあり、演奏が優れているだけに惜しまれる。

尚左手のためのピアノ作品集は既に第2集もリリースされている。

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2015年10月03日


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グレン・グールドが聴衆の前から忽然と姿を消して、専ら録音や録画というメディアのみを通して独自の芸術を模索し始めたのは1964年からで、その理由は会場の音響や聴衆の反応によって、あるいは演奏者自身の精神的な高揚などで変化し得る音楽の刹那的な表現を嫌ったからだ。

グールドが日頃から温め、準備してきた音楽的構想が実際のコンサートという場で、それとは異なるものが偶発的に表れてしまうことが彼には堪えられなかったのだろう。

鑑賞する立場からすれば、むしろ演奏者の高揚や一期一会の演奏にライヴの面白みがあると思うのだが、グールドはこの現象を誰よりも厳格に受け止めて、至高の芸術のためには避けるべき演奏形態だという結論に達したようだ。

それは一瞬にして消え去っていく宿命を持った音楽芸術への挑戦でもあった筈だ。

その後の彼はこのポリシーを徹底させて生涯変えることがなかった。

その意味で彼は演奏形態においても革命家であり、録音という現代になって初めて可能になった伝達手段に敏感に反応し、絶大な信頼を置いた最初の、そして殆んど唯一のピアニストだったのではないだろうか。

勿論グールドはピアノ奏法でも革新的なテクニックを編み出さずにはおかなかった。

中でも対位法への傾倒と声部を独立させる奏法の確立には尋常ならざる情熱が感じられるが、このセットに収められた81枚のCDには彼の音楽に対する孤高の哲学と精神性が示されている。

前回2010年にリリースされた豪華なグールド・バッハ作品集を既に購入した者としては、バッハを除いて欲しかったというのが正直な感想だ。

と言うのも今回の81枚のCDのうち38枚にダブりが出てしまうからだが、バジェット価格でのDSDリマスタリングとコレクション仕様の限定盤という触れ込みに負けて買ってしまった。

尤もバッハ作品集はこのセットには付いていない6枚のDVDがセールス・ポイントだったので、これが現在までに1度ならずもリリースされたグールド全集の決定版だと思えば、ダブりには目を瞑るだけの価値はある。

当然音源の年代や保存状態によって差はあるが、確かにピアノの響きから雑味が払拭されたようなクリアーな音質が再現されていて、これはリマスタリングの証左だろう。

特に今回は普段それほど聴いていなかったシュヴァルツコップを始めとする声楽家の伴奏や、ヒンデミットの一連の室内楽などにソロとは一味違うグールドの一面を改めて知った。

決して長いとは言えなかった彼の全盛期にこうした多彩なアンサンブル作品を遺してくれたことにも感謝したい。

余人には真似のできない境地を拓いたピアノ界の全く新しい使徒としてのグールドへの評価は今や定着しているが、オールド・ファンだけでなく、グールドを過去のピアニストと捉えている若い世代のクラシック・ファンにも見直されるべき内容を誇っていることを疑わない。

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2015年10月01日


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チェコ・プラガからの新シリーズ、ジェヌイン・ステレオ・ラブの1枚で、ギドン・クレーメルが1974年から78年にかけて行った4回のプラハ・ライヴからの5曲が収録されている。

シューベルトの『華麗なロンド』とフランクのソナタは意外にも端正な演奏で、どちらもクレーメルの研ぎ澄まされた音楽的な造形美が明らかになっている。

フランクでは彼らしい思い切った激しい表現も随所で聴かれるが、渦巻くような情念の燻りというより、楽想にのめりこまない高踏的なアプローチによって、すっきりした明確な様式を感知させていて、師オイストラフの絶大な影響下にあったことが想像される。

一方ラヴェルのソナタの第2楽章は、おそらくアンコール・ピースとして演奏されたものと思われるが、もう少しブルースらしい熱っぽさと軽妙なノリがあってもいいと思う。

いずれもハイ・テンションのライヴだが、セッション録音となんら変わらない完成度の高い表現力は流石にクレーメルだ。

このCDで最も彼らしい音楽性が表れているのがバルトークのソナタ第2番だろう。

若かったクレーメルの野心的な選曲だが、民族的なモチーフから導かれる原初的なパワーの表出手段としての微分音やフラジオレットなどの技巧が必然性を帯びていて、ライヴにありがちな即興的な印象を与えない、かなり綿密にオーガナイズされた説得力のあるスケールの大きな演奏だ。

クレーメルのような個性派のヴァイオリニストには、彼に逼迫するだけの音楽性とテクニックを持ったピアニストが相応しいが、ここでのマイセンベルクのピアノも実に巧みで、ソロに敏感に呼応しながら堂々と自身の個性を主張している。

このアルバムの中でも両者の力量が最も良く示された、聴き応えのあるレパートリーと言えるだろう。

最後に置かれたシュニトケの『モズ・アート』は機知に富んだパロディー風のヴァイオリンのためのデュオで、エレナ・クレーメルが相手をつとめている愉快な小品だ。

演奏会場は総てがプラハ・ルドルフィヌムのドヴォルザーク・ホールで、チェコ・フィルのホームだけあって音響にも恵まれた極めて良好な音質が特徴で、若干客席からの雑音が入っているが、高度な鑑賞にも充分に堪え得るものだ。

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