2016年06月

2016年06月29日


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一昨年85歳を迎えたベルナルド・ハイティンクの記念企画のひとつで、彼と長期間に亘って最良の時代を築いた手兵アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団が、3人の作曲家の交響曲全曲を演奏したフィリップス音源の旧盤で統一された23枚組ボックスである。

先達て同じくユニヴァーサルからリリースされた20枚組の『フィリップス・イヤーズ』と収録内容を比較すると、ブラームスの交響曲第3番(1970年)、ブルックナーの第8番(ハース版1969年)、マーラーの第6番と第9番(1969年)の4曲のみがだぶっている。

またブラームスに関しては4曲の交響曲以外に『悲劇的序曲』『大学祝典序曲』『ハイドンの主題による変奏曲』、3曲の『ハンガリー舞曲』及び2曲の『セレナード』が加わっているので、ハイティンク・ファンであれば手に入れておきたいセットだ。

ブルックナーでは交響曲0番ニ短調を含む10曲が収録されているが、初期の習作的交響曲へ短調は含まれていない。

尚、更に同メンバーによるベートーヴェン、シューマン、チャイコフスキーを加えた36枚組も復活リリースされた。

ハイティンクがヨッフムと共にコンセルトヘボウの首席指揮者に就任して双頭体制が始まったのが1961年で、時を同じくしてヨッフムは既に第1回目のブルックナー交響曲全曲録音をベルリン・フィル及びバイエルン放送響と共に着々と進めていた。

若かったハイティンクにとって前任者ベイヌムやヨッフムのブルックナーへの情熱は大きな刺激だったに違いない。

ほどなく彼もその大事業に着手することになるが、このフィリップスへのセッションとヨッフムのグラモフォン盤には明らかな相違がある。

その頃のヨッフムが基本的にノヴァーク版を採用しているのに対して、ハイティンクは第9番を除いてハース版をベースにした古色蒼然とした響きの復活を試みているようだ。

ふたつの版については複雑な事情が絡んでいて一概にその良し悪しを判断することは不可能だが、曲作りにおいてもヨッフムが流動的に扱うテンポも、ハイティンクではより規則的で全体にスピード感があり、構築的というより開放的で垢抜けた感性が表出されている。

彼の要求に良く呼応しているのがコンセルトヘボウで、ハイティンクは後にウィーン・フィルやベルリン・フィルとも共演しているが、音響から言えばウィーン・フィルほど艶やかで官能的ではなく、またベルリン・フィルほど重厚絢爛ではないが、マイルドな音色の管楽器群、シックな弦楽部の調和といくらかナイーヴだが誠実な音楽で彼らならではの持ち味を出し切っている。

コンセルトヘボウは近年指揮者と楽員のグローバル化で、個人的なテクニックやアンサンブルの力量ではヨーロッパ最高峰のオーケストラになったが、彼らが伝統的に持っていた良い意味でのローカル色が失われつつあるのも事実だろう。

その意味でもこの3つの交響曲全集には彼らの最も象徴的な時代の記録が刻まれていると言えるのではないだろうか。

ライナー・ノーツは40ページほどで、英、伊語による3人の作曲家の交響曲についての簡易な解説とハイティンクのキャリア及び録音データが掲載されている。

このデータではブルックナーの第8番が1960年となっているが1969年の誤りと思われる。

フィリップスの音質は極めて良好で、ボックス・サイズは13X13X6cmでモスグリーンを基調にしたシンプルな装丁。

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2016年06月27日


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ウィーンの大家イェルク・デムス(1928-)のピアノ演奏によるバッハ作品集の3枚組で、パルティータ全6曲BWV825-830と『ゴールドベルク変奏曲』BWV988を収録している。

デムスはフリードリッヒ・グルダ亡き後もイングリット・ヘブラー、パウル・バドゥラ=スコダと共に健在で、実際の演奏活動からは引退しているものの伝統的なウィーン流派のピアノを教授している頼もしい存在である。

彼が生涯に亘って研究している作曲家の1人がバッハで、この曲集の他にも『平均律』全曲を始めとする何種類かの録音があるが、いずれも彼の溢れんばかりの音楽性を変化に富んだ自在なタッチと奥ゆかしい情緒に託した独特の美学が聴きどころだろう。

例えばパルティータ第1番変ロ長調の瑞々しさとダイナミズムはバッハが既にピアノを意識して作曲したかのような印象を与えるし、第3番イ短調での毅然としたスケルツォの主張と、間髪を入れず終曲ジークに入るアイデアが秀逸だ。

また第5番ト長調のテンポ・ディ・ミヌエットは弱音を駆使して殆んどメヌエットの原型を留めないくらい速いが、次に来るパスピエが逆にメヌエットを想起させる自由な発想もデムスらしい。

一方で『ゴールドベルク変奏曲』のテーマの歌わせ方は天上的な美しさを持っている。

アルペッジョを高音から低音に向かって弾く奏法もメロディーに一層可憐な効果を出しているし、最終変奏のクオドリベットも通常は歓喜に満ちた表現が多いが、彼は名残を惜しむかのように静かに奏でて、その抒情性の表出とピアニスティックなテクニックにおいて最高度に洗練された流麗な変奏曲に仕上げている。

70分を超える大曲だが、彼は丁寧な音楽作りと構成力によって冗長になることを完璧に避けている。

デムスはしばしば修復されたフォルテピアノを使ってモーツァルトから初期ロマン派の作曲家の作品をコンサートに採り入れていて、筆者自身彼のピリオド楽器によるシューベルトの夕べを聴いたことがある。

それだけ彼は歴史的な楽器の機能や奏法にも造詣が深く、またその音色にもこだわっていたことが理解できる。

このバッハ作品集でのセッションはピアノ演奏で、使用楽器が明記されていないので断言はできないが、音色から判断するとベーゼンドルファーと思われる。

透明感やきらびやかさではスタインウェイに譲るとしても、その温かみのあるまろやかな音色とソフトな弱音は典型的なウィンナー・トーンで、バッハの作品に特有の味わいを与えている。

ヌォーヴァ・エーラのロゴをつけているが、実際にはメンブランからのリイシュー盤で、ライナー・ノーツに英、伊語による曲目解説があり、録音データは1974年とクレジットされている。

尚トラックを表示した収録曲目一覧には若干のミス・プリントが見られる。

オーソドックスなジュエルケース入りで、欲を言えばジャケット・デザインに洒落っ気がないのが惜しまれるが、これがオリジナル・ジャケットのようだ。

音質は破綻のない時代相応の良好な状態と言えるだろう。

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2016年06月25日


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一昨年2014年5月のカルロ=マリア・ジュリー二の生誕100周年記念として3巻に分けてリリースされたアルバムのひとつで、ロンドンを拠点に行われたEMI音源のセッションを17枚のCDにまとめてある。

1956年から1976年にかけての録音なので理想的な音質とは言えないが、これまでのリマスタリングによってかなり良好な音響が再現されている。

先にユニヴァーサル・イタリーから出たグラモフォン盤ではジュリーニ円熟期の至芸を堪能できるが、このセットでは彼がロンドンのオーケストラを振った壮年期特有のバイタリティーと極めて理知的にコントロールされたカンタービレが傑出した演奏だ。

オーケストラはフィルハーモニア管弦楽団、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団など首都のオーケストラをフルに活用した、まさに「ザ・ロンドン・イヤーズ」のタイトルに相応しい優れた内容を誇っている。

中でもこの時期ジュリーニが最も高く評価していたのが改名以前のフィルハーモニア管弦楽団で、このアルバムでも大半は彼らとの協演で占められている。

いずれにしても同じ楽団の首席指揮者や音楽監督の地位に長く留まらず、常に一匹狼的な芸術活動を続けた彼のワーク・スタイルは生涯を通じて徹底したものであった。

そこには彼が経年による澱や馴れ合いを嫌った仕事に対する厳格な姿勢と、家族への配慮など人間性を最優先する情愛豊かな側面も見出される。

それは彼の音楽の精巧なディティールと対照的に温かい人間愛に充たされた安らぎに通じるものがある。

演奏曲目を見るとミラノ・スカラ座出身だった当時のイタリア人指揮者としては、彼が既に多彩なレパートリーを開拓していたことが理解できるだろう。

後年彼はむしろレパートリーを限定していく方向に向かうが、アバドが世に出るまではジュリーニがトスカニーニ、デ・サーバタ、カンテッリに続く、オペラ以外のオーケストラル・ワークや声楽曲でも世界に通用する殆んど唯一のイタリア人だったことも象徴的だ。

しかしやはりオペラ畑で鍛えた腕を持っていることがその指揮振りにもよく表れていて、鋭敏な感性でオーケストラを導くカリスマ的統率力と同時に溢れるような歌心を内包した自在な音楽観は彼独自のものだ。

彼がワーグナーやリヒャルト・シュトラウスを振らなかったのは惜しまれるが、この17枚にはお国物のボッケリーニ、ロッシーニ、ヴェルディの他にグラモフォン盤には含まれていない作曲家ストラヴィンスキー、ファリャ、ブリテンなどの作品がいずれもオリジナリティーに富んだ鮮烈な演奏で収録されている。

尚最後の1枚はボーナスCDで、彼の人生とそのキャリアについて2003年にミラノで行われたインタビューに答える形でジュリーニが英語でコメントしている。

8トラック76分に亘る会話のバックには、その話題に因んだ録音が使われていて興味深い。

ライナー・ノーツは27ページで曲目データ及び彼のロンドン時代のレコーディングについて英、独、仏語の解説付。

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2016年06月23日


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一昨年2014年のリヒャルト・シュトラウス生誕150周年記念としてワーナー・クラシックスからリリースされた3巻のセット物のひとつで、彼が生涯を通じ意匠を凝らして作曲を続けた舞台作品の中から、10曲のオペラがEMI音源で集められている。

バジェット価格盤なので歌詞対訳等は省略されているが、R.シュトラウスのスペシャリスト達による、これだけのレベルの演奏が一同に会する企画は、こうした機会でもなければ揃えられなかった作品があるだけに歓迎したい。

ライナー・ノーツは23ページほどで、曲目及び録音データ、全演奏者名と年代を追った作曲家のオペラ制作についての簡易なリマークが掲載されている。

指揮者とオーケストラの内訳を見ると、10曲のオペラのうち5曲までがサヴァリッシュの指揮で、フィルハーモニア管弦楽団との『カプリッチョ』を除いた4曲『エレクトラ』『影のない女』『インテルメッツォ』『平和の日』の総てがバイエルン放送交響楽団との協演になる。

舞台に掛けることが困難なR.シュトラウスのオペラ全曲上演の偉業を成し遂げたサヴァリッシュの実力がここでも証明される結果になっている。

尚バイエルン放送交響楽団はこのセットでハイティンク指揮する『ダフネ』にも参加している。

一方カラヤンはウィーン・フィルを振った『サロメ』及びフィルハーモニア管弦楽団との『ばらの騎士』の2曲で、その他にケンペ、シュターツカペレ・ドレスデンによる『ナクソスのアリアドネ』、そしてヤノフスキと同ドレスデンが組んだ『無口な女』の全曲演奏が収録されている。

音質で優れているのが意外にもこの2曲で、どちらもドレスデンのルカ教会でのセッションになるが、当時EMIとも共同制作をしていた旧東ドイツの国営レコード公団ドイツ・シャルプラッテン社の高い技術水準を示していて、それは同時にリリースされたケンペ指揮、シュターツカペレ・ドレスデンのオーケストラル・ワーク集9枚組の方で堪能できる。

ヤノフスキの『無口な女』は筆者の記憶に誤りがなければ、カットなしの唯一のセッションで3枚のCDを当てている。

この曲の初演指揮者カール・ベームによる1959年のザルツブルク・ライヴがメンブランから復活したが、そちらのほうは当時のスター歌手を揃えていながら、ベーム自身によるカット版が採用されている。

その意味でもこのオペラのオリジナルの形を知ることができる貴重なサンプルである。

カラヤンの『サロメ』はウィーン・フィルと妖艶な音響を作り出していて、ベーレンスのサロメ、バルツァのヘロディアス、ベームのヘロデ、ヴァン=ダムのヨハナーンのそれぞれも適役で、ワイルドの戯曲の背徳性を増幅させている。

また『ばらの騎士』についてはウィーン・フィルとの1984年のセッションの豊潤さに比べて、よりフレッシュでシュヴァルツコップやルートヴィヒなど一世を風靡した芸達者のキャスティングが聴き逃せないが、更にデニス・ブレインのホルン・パートもこの演奏に花を添えている。

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2016年06月21日


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マリア=ジョアン・ピリスがエラートからドイツ・グラモフォンに移籍した後の、アンサンブルの録音をまとめた12枚組で、彼女がこの頃意欲的に取り組んだ他の演奏家との多彩な能力を示した興味深い演奏になる。

このセットのうち9枚までがヴァイオリニスト、オーギュスタン・デュメイとの協演でベートーヴェン及びブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲を始めとするゲルマン系作曲家の作品を中心に収録している。

同時期彼らは集中的なアンサンブルを行っていて、ラテン系の演奏家2人がドイツ物にフレッシュな感性で対応したデュエットに仕上がっている。

デュメイは官能的な表現を得意としているが、ここでも彼の美しい音色を活かして流麗に歌うカンタービレは、フランコ=ベルギー派を受け継ぐ典型的なヴァイオリン奏法だ。

それ故このセットの白眉はCD11のフランク、ラヴェル、ドビュッシーを収めたフランスの作曲家の作品集で、感性を共有するピリスの繊細かつ情熱的な伴奏に、水を得た魚のように大胆で、しかも妖艶な雰囲気を漂わせた魅惑的な演奏を披露している。

彼らの音楽作りには特有の抑揚があって、ベートーヴェンに関しては哲学的な演奏ではないにしても、より自由に解き放たれた演奏と言うことができるだろう。

ドイツ物ではむしろ憂愁に包まれた歌謡性を持ったブラームスのヴァイオリン・ソナタの方が両者には合っているかも知れない。

その意味でCD5でジャン・ワンが入るブラームスのピアノ三重奏曲のドラマティックな展開やCD9で更にヴァイオリンのルノー・カピュソン、ヴィオラのジェラール・コセが加わるシューマンのピアノ五重奏曲は、彼らの濃厚なロマンティシズムの表出で秀逸だ。

しかし一方でCD8のモーツァルトの3曲のピアノ三重奏曲も均整のとれた古典的な演奏が模範的だし、意外にもCD6のグリーグの3曲のヴァイオリン・ソナタが、柔軟に捉えた北欧の舞曲や抒情を湛えた映像的な描写で優れている。

尚最後はチェロのアントニオ・メネセスとのウィグモア・ホールでのジョイント・コンサート・ライヴで、これも気の利いたプログラムによる捨て難い1枚だ。

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2016年06月19日


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ワーナーのリヒャルト・シュトラウス記念企画第3巻目に当たり、普段はあまり演奏されることのない大編成の声楽曲やアンサンブル、そしてオペラからの編曲物など13の作品が3枚のCDに収められている。

演奏頻度から言えばきわもの的な存在だが、作曲家のロマンティックな感性と壮大な構想を孕む野心とが如実に示されている作品群だ。

例えば第1曲目、ルートヴィヒ・ウーラントの叙事詩からの『吟唱詩人タイユフェ』は3人のソロ歌手とコーラスに六管編成のオーケストラが加わる労作で、作曲家の指示によれば4部90名の弦楽器、6本ずつのフルートとオーボエ、7本のクラリネット、5本のファゴット、8本のホルン、6本のトランペット、4本のトロンボーンと2本のテューバ及びパーカッション群と大合唱による壮麗な音響が要求されているが、演奏時間は18分足らずで特殊な機会でなければ採り上げられない。

しかし中間部の勇壮な戦闘場面の描写ではシュトラウスの管弦楽法の手腕が縦横に発揮されている。

続くゲーテによる『さすらい人の嵐の歌』も6部の合唱と大オーケストラのために書かれた作曲家19歳の時の力作で、更に3曲目のアイヒェンドルフのリーダー・チクルス『一日の移ろい』から「朝」「正午の憩い」「夕べ」「夜」まではいずれもドレスデン・フィルハーモニーと当時の常任指揮者ミシェル・プラッソン及びベルリン・エルンスト・ゼンフ合唱団による1997年の演奏で、かつてEMIからリリースされた音源だが、現在ではブリリアントの全集でしか手に入らなかったものだけに再発を歓迎したい。

コーラス物としてはリュッケルトの詩による『ドイツ・モテット』『化粧室の女神』、シラーによる『夕べ』がエリック・エリクソン指揮、ストックホルム放送合唱団で、それぞれア・カペラで歌われる。

またオーケストラにオルガンが加わる『祝典前奏曲』はサヴァリッシュ指揮、フィラデルフィア管弦楽団による1993年のサントリー・ホール・ライヴで、演奏終了後の聴衆の興奮が伝わってくる熱演だ。

その他自作オペラからの抜粋及びアレンジは『グントラム』から「前奏曲」、ポプリ風『無口な女』、交響的幻想曲『影のない女』の3曲でジェフリー・テイト指揮、ロッテルダム・フィルによる1991年及び92年のセッションになる。

尚最後のCDはアンサンブル集でヴァイオリン・ソナタ変ホ長調をヴァディム・レーピンのヴァイオリンとボリス・ベレゾフスキーのピアノによる2000年のセッションから、そしてチェロ・ソナタヘ長調はロストロポーヴィチのチェロ及びヴァッソ・デヴェッツィのピアノによる1974年の録音で収めている。

前者はブラームス風で後者はシューマンの影響が感じられる多感な作曲家の若書きの作品である。

更にここではチェロとオーケストラのための『ロマンス』がアルト・ノラスのソロ、アリ・ラシライネン指揮、ノルウェイ放送管弦楽団による1998年の演奏も加わり、オーケストラ伴奏で演奏されることが滅多にない習作だ。

最後の2曲はどちらもルノー・カピュソンのヴァイオリンとフランク・ブラレーのピアノによる全曲中最も新しい2006年録音の編曲物『寂しき泉で』と『ばらの騎士からのワルツ』で、特に後者は一種のポプリだが両者のエスプリを利かせた粋な演奏が魅力的だ。

オーソドックスなプラスティックのジュエル・ケース入りで、曲目及び録音データの他に英、独、仏語によるコメントが掲載された15ページのライナー・ノーツ付だが、歌詞対訳等は一切省略されている。

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2016年06月17日


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「ベルリンのバッハ、フリードリッヒ大王のためのフルート作品」と題された1枚で、大バッハが大王に招かれて1747年にベルリンを訪問した当時の宮廷楽団のメンバー達によるフルートのためのアンサンブル作品を4曲収録している。

1曲目のトリオ・ソナタハ短調は大王がバッハに3声及び6声のリチェルカーレの即興演奏を所望した際に、自らクラヴィーアを弾いて与えた主題をもとに作曲された。

彼はライプツィヒに帰ってから2ヶ月後にこの主題を駆使した高度な対位法作品集『音楽の捧げ物』BWV1079を大王に献呈しているが、トラヴェルソとヴァイオリンが指定された4楽章のトリオ・ソナタもその一部をなしている。

ヴェンツとムジカ・アド・レーヌムの演奏は速めのテンポを設定して、古楽特有の古色蒼然とした響きとは一線を画した、垢抜けたモダンな音響を創造しているが、ハ短調というトラヴェルソにとっては不得手な調性にも拘らず、ヴェンツによって生き生きと鮮やかに再現されている。

それに続くヤーニチュとグラウン、そしてバッハの次男カール・フィリップ・エマヌエルも大王の宮廷楽団のメンバーで、大バッハの対位法の妙技を尽くした神秘的で神々しい作風とは明らかに異なった、来るべきギャラント様式への移行を示していて興味深い。

3曲共に装飾的な要素の強い明るい響きを持った曲想で、厳格な対位法がもはや作曲上のテクニックとしてのエレメントになっているのも聴きどころだろう。

18世紀中葉のヨーロッパで最も高い文化と理想的な芸術環境を形成していた都市のひとつがベルリンで、プロシャ王フリードリッヒ2世はポツダムのサン・スーシ宮殿を洗練された文化の牙城として余暇を楽しんだ。

彼の宮廷楽団は大バッハの次男でチェンバリストのカール・フィリップ・エマヌエルを含めた12名の器楽奏者から成り立っていたが、彼らの他に別格的な作曲家で大王のトラヴェルソ教師でもあったクヴァンツがいた。

大王のトラヴェルソ奏者としての腕前はプロ級だったことから数多くの横笛のための作品が献呈されたが、斬新な作曲技法の試みを厭わなかったカール・フィリップ・エマヌエルは、少なくとも大王の趣味には合わなかったために、当時の宮廷では不当に低い待遇を受けていたようだ。

ムジカ・アド・レーヌムのメンバーはそれぞれがピリオド楽器を使用しているが、この録音に関してはライナー・ノーツに楽器名が書かれていない。

バロック・ヴァイオリン及びヴィオラがマンフレード・クレマー、チェロがブラス・マテ、チェンバロがマルセロ・ブッシで、ヤーニチュとグラウンではマリオン・モーネンが第2トラヴェルソを担当している。

1995年にオランダ、デルフトの教会で行われたセッション録音で音質は極めて良好。

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2016年06月15日


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ピエール・ブーレーズは早くも1960年代から、20世紀の音楽体系とも言うべき現代音楽作品集に取り組み、その意欲的な試みをソニーに残している。

このバルトークに当てられた4枚も1967年から10年間かけて制作されたもので、逸早く20世紀の音楽の芸術的な価値を認識したブーレーズの先見の明と、その演奏に賭けた情熱と意気込みが当シリーズにも明瞭に感じられる。

この頃はまだこうした作曲家の作品群を系統的に録音する指揮者は少なく、それまで単発的なセッションはあっても余白を埋める予備のように扱われていた作品が、彼が先鞭をつけたことによって、やがてコンサートのレギュラー・プログラムや新譜のCDにも採り上げられるようになった。

その後ブーレーズは1990年代からソロ協奏曲も加えて新境地を示した、よりインテグラルな2度目のセッションを果たして、そちらも高く評価されている。

しかしバルトークに関して言えば、フリッチャイによるセンセーショナルな先例は別格としてブーレーズの壮年期特有の覇気に漲った先鋭的な演奏と、それぞれの曲の構造を浮き彫りにする解析力に優れたこのセットの演奏をお薦めしたい。

何故ならそうした表現が、作品が創られた時代の作曲家の野心をも率直に伝えているように思えるからだ。

中でもバレエ音楽『かかし王子』はストラヴィンスキーの『春の祭典』を始めとする当時の前衛的な音楽がクラシック楽壇を騒然とさせていた時期に上演された作品だけに、バルトークの筆にもそれを充分に意識した、時代の最先端を行く作曲家としての自負と情熱の迸りがある。

このセッションは1975年に行われたが、ブーレーズの精緻な指揮によって独特の透明感と同時にメルヘンチックな色彩豊かな雰囲気が醸し出され、バレエの舞台を彷彿とさせるような絵画性とファンタジーに富んでいる。

手兵ニューヨーク・フィルのパワフルな音響も全開で『4つの管弦楽曲』や『中国の不思議な役人』と並んでオーケストラの醍醐味を味わえる演目だ。

またエスニカルな魅力を引き出したものとしてはCD2の『田舎の情景』及び最後に収められている『舞踏組曲』が同じメンバーによって堪能できる。

ソニー・クラシカル・マスターズの廉価盤シリーズで、ライナー・ノーツは付いていないが、このセットには曲目と演奏者が一覧できる6ページのパンフレットが挿入されている。

リマスタリングの効果は上々で音質はこの時代のものとしては極めて良好。

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2016年06月13日


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シェリングとしては2回目の録音になるが、1回目のルービンシュタインと組んだヴァイオリン・ソナタ集はRCAに録音した第5番『春』、第8番及び第9番『クロイツェル』の3曲のみで、音質の面で劣っていることは否めないが演奏の質の高さからすれば彼らが全集を完成させなかったのが惜しまれる。

シェリングは生涯に亘ってコンサートのプログラムからベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを外すことがなかった。

それだけに彼が長いキャリアを通じて常に磨き上げてきた、決して借り物ではない徹底した解釈と独自に開拓した奏法を、晩年イングリット・ヘブラーとの唯一の全曲盤で世に問うことになった。

1970年代後半のシェリングは、流石にルービンシュタインの胸を借りた若い頃の覇気はなくなり、テンポも比較的ゆったりと構えているが、緊張感が失われているわけではない。

むしろマイナス面を微塵も出さない几帳面さと格調の高さでは、ひとつの模範的なアンサンブルではないだろうか。

シェリングは音楽から多彩な可能性を引き出すのではなく、よりシンプルに収斂していく方向性を持っている。

だから『春』においても甘美な音色で魅了するタイプではないが、ベートーヴェンの音楽構成を真摯に辿りながら彫りの深い造形と端正な様式感を抑制された表現で感知させていると言えるだろう。

他に逃げ道を探すことのない正攻法の音楽作りには当然ながらそれだけの厳しさがあって、鑑賞する側にもそれを受け入れるだけの準備が要求される。

個人的には彼らのポリシーが最良に発揮されているのが第10番ト長調だと思うが、例えば『クロイツェル』でもことさら大曲ぶって演奏することはなく、また往々にして戦闘的になりがちな急速部分では協調性を決して失わないように注意深く合わせて、自然に滲み出てくるような2人の円熟期の至芸を披露している。

しかもウィーンのピアニスト、ヘブラーと組むことによって、その厳格さが程良く中和されバランスのとれたエレガントな雰囲気が醸し出されていることも事実だ。

勿論ヘブラーの変化に富んだ細やかなサポートも聴き逃せないが、彼女も主張すべきところでは堂々たる大家の風格をみせている。

1978年から翌79年にかけてスイスで収録されたもので、ロゴはデッカになっているが、フィリップス音源のキレの良いシャープな音質と録音時の音量レベルが高いのが特徴だ。

以前リリースされた全曲集では10曲のヴァイオリン・ソナタの他にハイティンク指揮、コンセルトヘボウ管弦楽団によるベートーヴェンのヴァイオリンとオーケストラのための『ロマンス』ヘ長調及び同ト長調をカップリングしていたが、今回のセットではこの2曲が省かれている。

いずれにしても廃盤になって久しかったCDの廉価盤化での復活を歓迎したい。

フィリップスにはシェリング、ヘブラーの顔合わせでモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集も都合4枚分の音源があり、こちらもまとまったリイシュー盤を期待したい。

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2016年06月11日


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巨匠カルロ=マリア・ジュリーニがロンドンを中心に活動していた時期の録音から1959年のラヴェル及び1962年のドビュッシーの作品を収録している。

正式なステレオ録音を開始して間もない頃のEMIとしては良好な音源でプロデューサー、ウォルター・レッグの意気込みを感じさせるが、DSDリマスタリングによって更に高音部や楽器ごとの分離状態、音場の奥行き等が改善されている。

多彩な響きと推進力に満ちたリズム感覚、ドビュッシーとラヴェルという近代フランス音楽を代表する傑作の本質を見事に描き出した名演。

特にさまざまなパーカッションの強調やブラス・セクションの咆哮で、それまでとは異なった斬新で華麗なサウンドを引き出したドビュッシーの『海』や『夜想曲』からの「祭」、ラヴェルでは『鏡』から「道化師の朝の歌」などにジュリー二の非凡でシンフォニックな管弦楽法の手腕が発揮されている。

また『ダフニスとクロエ』の終曲では勇壮でスペクタクルなシーンが一層鮮やかに甦っている。

オーケストラはどちらもフィルハーモニア管弦楽団で、彼らも全盛期を築いた時代であり、ジュリーニが協演したロンドンのオーケストラの中でも彼自身最も高く評価していた楽団だけに、その実力を充分に堪能させてくれる。

今回のSACD化では4曲のみの収録だが、ジュリーニはスカラ座を辞した後、一時期ロンドンを本拠地に置いてオペラ以外の曲種にも本格的に取り組んでいる。

同時期にやはりフィルハーモニア管弦楽団とラヴェルの『マ・メール・ロワ』『亡き王女のためのパヴァーヌ』『スペイン狂詩曲』など一連のフランス音楽を録音するだけでなく、その他にもドイツ、スペイン、ロシア物など多彩なレパートリーを開拓していた。

その後彼には逆にレパートリーを狭めていく傾向が見られるが、その頃のジュリーニのエネルギッシュで溌剌とした指揮法の全貌を知るための選択肢としては、ワーナーが網羅した16枚組の『ザ・ロンドン・イヤーズ』がある。

このSACDもそのセットのCD14をそのままリマスタリングしたもので、他の音源のSACD化も期待したいところだ。

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classicalmusic at 01:17コメント(0)トラックバック(0)ジュリーニ 

2016年06月09日


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一昨年2014年はラファエル・クーベリック生誕100周年に当たり、これまでにリリースされていなかった音源がCD化されるのはオールド・ファンにとっては幸いだが、この演奏はそれ以上に普遍的な高い価値を持っていると思う。

1962年8月15日のルツェルン音楽祭からのライヴ録音で、モノラルだが音質自体は良好である。

ライナー・ノーツによればこの日の演目はベートーヴェンの『エグモント序曲』とモーツァルトの交響曲第40番ト短調及びここに収められたバルトークのオペラ『青髭公の城』の演奏会形式によるドイツ語上演で、本来予定されていたフリッチャイの容態が悪化したために奇しくも同い年だったクーベリックが指揮台に立ったようだ。

フリッチャイにとっては師に当たるバルトークの作品の上演が実現されていれば、それはそれで貴重なライヴになったには違いないが、クーベリックは作曲家の野太く鮮烈な音響の再現と同時に、フィッシャー=ディースカウとゼーフリートの歌唱を鮮やかに引き立てている。

血塗られた暗い雰囲気のオペラだが、クーベリックがスイス祝祭管弦楽団から導き出す音色は色彩感に富んでいて、バルトークが単に不気味なオーケストレーションを施しているのではないことが理解できる。

そこには音響による闇と光りの世界の強烈な対比が描かれ、また心理描写では人後に落ちないフィッシャー=ディースカウによる青髭公の精緻な歌唱が彼の閉ざされた心理状態を克明に再現し、ゼーフリートの清楚な声での絶唱がかえってユディットの奔放な性格を引き出させて、この作品のおぞましさを際立たせている。

尚オーケストラは現在のルツェルン祝祭管弦楽団の前身になるが、流石に名立たる指揮者やソリストとの協演が多いために音楽的な水準は極めて高く、終曲の後も長く余韻を残す弛緩のない演奏が素晴らしい。

デジパックに挿入された35ページほどのライナー・ノーツにはクーベリックのキャリアと、この作品についてのコメントが独、英、仏語で掲載されている。

また演奏会当日の貴重なスナップも数葉加えてこの手のCDとしては充実した内容になっているが、残念ながら歌詞対訳は省略されている。

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classicalmusic at 00:45コメント(0)トラックバック(0)バルトーククーベリック 

2016年06月07日


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素晴らしい名演だ。

演奏時間はほぼ50分ほどだが、ポリーニの演奏は古典的な観念から逸脱しないオーソドックスで堅固な構成美と張り詰めた緊張感に貫かれていて、作品の長さを全く感じさせない。

その構成は勿論彼の明晰なアイデアに支えられている。

変化や起伏の多い小さなヴァリエーションを個々の特徴をつぶさに捉えてその多様さで表現するというよりは、むしろ拘泥を避けて壮大な伽藍を築くエレメントとして奉仕させているところにポリーニらしさが窺える。

そしてこの力強い推進力は第32変奏の4声部の二重フーガに向けて次第に求心力を増して収斂していく。

ベートーヴェンが彼の曲のクライマックスにバロックの遺物とも言えるフーガを頻繁に使うのは興味深いが、ポリーニはここでも明快な対位法の再現の中に豪快で燦然としたピアニズムを響かせている。

最後のメヌエットはこの大曲の余韻を味わうエピローグ風に閉じられているが、その輝きと流れは最後まで失われることがない。

レパートリーの開拓や録音活動では常にマイペースの姿勢を崩さないポリーニは、70歳を過ぎて漸くベートーヴェンのソナタ全曲集を完成させて、彼のよりインテグラルなベートーヴェン像が顕示されたわけだが、ソナタ以外のジャンルでベートーヴェンのピアニズムの世界を知るために欠かすことができないのが変奏曲だろう。

変奏というテクニックはソナタにも、また協奏曲や交響曲にも常套手段として登場するが、ベートーヴェンはそれをあるひとつの目的に向かうテーマの漸進的な発展として位置付けていた。

彼のピアノ独奏用の作品の中でも最も大きな規模を持っている『アントン・ディアベッリのワルツによる33の変奏曲』でもこうした彼の哲学が実践されていて、楽理からは殆んど解放されたような天衣無縫で巨大な構想に基く音楽を実現した、あらゆる変奏曲の中でも傑出したもののひとつに違いない。

録音は1998年で、ポリーニ壮年期の充実した演奏の記録でもある。

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classicalmusic at 00:39コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェンポリーニ 

2016年06月05日


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英国のベテラン女流トラヴェルソ奏者レイチェル・ブラウンが初めてリリースしたバッハのフルート・ソナタ集。

これまで彼女のレパートリーはくまなく聴いてきたが、バッハの無伴奏フルート・パルティータイ短調を含むフルート・ソナタ・アルバムは初めての企画で、円熟期を迎え満を持しての演奏ということになる。

収録曲目は、真作4曲のフルート・ソナタ、無伴奏フルート・パルティータ、声楽作品からオブリガート・フルート付部分のピックアップが6曲、そしてブラウン自身がトラヴェルソ用にアレンジした協奏曲を含む編曲物2曲という内訳になる。

ブラウンの若い頃は男性顔負けの大胆でエネルギッシュな吹込みによる輪郭が明瞭で個性的な表現が魅力だったが、前回のテレマンの『無伴奏ファンタジー』でも明らかなように、ここ数年ではよりデリケートでインティメイトな芸風に変わってきた。

ここではまたバッハの意図する音楽にかなり忠実な再現が行われていて、この曲集では偽作とされる作品に関しては除外している。

無伴奏パルティータでは第1楽章アルマンドの最後の音がトラヴェルソの最高音a'''で、通常多くの奏者はこの音の突出を避けるためにリピート後に1回だけ演奏するが、ブラウンは1回目はメゾ・フォルテ、2回目はフォルテという具合にダイナミクスに変化をつけて楽譜通り繰り返している。

またサラバンドに代表される各楽章のリピート部分は当時の演奏習慣に従って、細やかな装飾音で飾った華麗なヴァリエーションに仕上げているのが特徴だ。

4曲のソナタの中でも最も充実した演奏がロ短調BWV1030で、バッハがチェンバロの右手パートも総て書き入れた実質3声部が織り成す精妙な対位法作品だが、ブラウンは気負いのない演奏の中にもトラヴェルソで表現し得る高い音楽性を感知させている。

楽章ごとの性格の違いもくっきり描かれていて、終楽章のフーガからジーグに至る部分ではテンポを速めて緊張感を高めながら曲を締めくくっている。

設定されたピッチは低いが、チェンバロとの音色のバランスも良く取れている。

今回の録音に使われたトラヴェルソは1725年製のシェーラー・モデル及び1720年製のI.H.ロッテンブルグ・モデルのそれぞれワン・キー・タイプで、ピッチはどちらも現代よりほぼ長二度低いa'=392Hz。

尚34ページほどのライナー・ノーツにはそれぞれの曲目に関するブラウンのトラヴェルソ奏者としての興味深いコメントと、カンタータで歌われるアリアの英語対訳及び演奏者全員の写真入略歴が掲載されている。

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classicalmusic at 00:02コメント(0)トラックバック(0)バッハ 

2016年06月03日


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EMIのグレート・レコーディングス・オヴ・ザ・センチュリーの1枚で、数年前に新しいリマスタード盤がレギュラー・フォーマットでリリースされた音源をレジェンダリー・シリーズとして新規にDSDリマスタリングして復活した。

音質は更に磨きがかかって音場に奥行きも出ている。

ヴァイオリン協奏曲第1番及びヴァイオリン・ソナタ第2番はモノラル音源だがSACD化の効果は充分聴き取れる。

いずれもオイストラフ絶好調のセッションで、例えばロヴロ・フォン・マタチッチ指揮、ロンドン交響楽団とのヴァイオリン協奏曲第1番の第2楽章ではソロ・ヴァイオリンの第一声から聴き手をぐいぐいと引き込んでいくパワフルな奏法と、目の醒めるような鮮やかなテクニックが冴え渡っている。

同第2番はアルチェオ・ガリエラ指揮、フィルハーモニア管弦楽団との協演で、第2楽章の洗練を極めたカンタービレの美しさと、決して上滑りしない深みのある歌心の表出はオイストラフならではの格別な味わいがある。

また終楽章の堂々たるロシア風のスケールの大きさと風格も圧倒的な表現力の広さを示している。

前者は1954年、後者が1958年のセッション録音になる。

一方最後に収められたヴァイオリン・ソナタ第2番ニ長調は、元来プロコフィエフがフルートのためのソナタとして作曲した作品だったが、オイストラフの助言でヴァイオリン用に改作されて以来、むしろヴァイオリン・ソナタとして取り上げられることが多いようだ。

ヤンポルスキーのピアノ伴奏で、こちらは1955年の録音になり他の2曲に比較してややドライで音質の古めかしさは否めないが、バランスは良く鑑賞には充分堪えられる。

第3楽章にはフルートにより適していると思われる曲想が現われるが、オイストラフの音楽的ニュアンスの豊かさにカバーされて、ヴァイオリン・ソナタとしてのオリジナリティーを発揮している。

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