2017年07月

2017年07月22日


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これまでにベルリン・クラシックスから個別にリリースされていたペーター・ダムの演奏集がバジェット・ボックス6枚組にまとめられたことは高く評価したい。

ただし彼のドイツ・シャルプラッテン音源を網羅したものではなく、例えばブロムシュテットとのモーツァルトのホルン協奏曲集やバロック及びロマン派の作品集の少なくともCD3枚分が選曲から漏れている。

当時の担当レコーディング・エンジニアの違いによる結果なのかも知れない。

またダムは主だったレパートリーを複数回録音しているが、ここではその中のひとつに限定して収録されていて、シューマンの4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュックは1961年のコンヴィチュニー&ゲヴァントハウス盤が選ばれている。

ちなみにこの6枚はオリジナル・レコーディングからの新規リマスタード盤で、音質が極めて良好な全曲ステレオ録音になる。

このセットの中でもCD1のR.シュトラウスの2曲とCD6の20世紀の2人の作曲家によるホルン協奏曲は圧巻だ。

前者は作曲家の得意とした歌心に溢れたメロディーを充分に生かしたダムのソロが冴え渡り、レーグナー率いるシュターツカペレ・ドレスデンの堂々たるサポートも聴きどころだ。

後者では鮮やかな超絶技巧を披露するヴィルトゥオジティと共に斬新なオーケストレーションを作曲家クルツ自身の指揮とシュターツカペレ・ドレスデン及びケーゲル&ドレスデン・フィルの高度に洗練された再現で聴くことができる。

ちなみにR.シュトラウスの方はEMIのケンペ盤もホルン愛好家にとっては有力な選択肢になるだろう。

CD2の室内楽作品集も魅力的な1枚で、ベートーヴェンのホルン・ソナタは名手による録音自体が少ない中で、最も優れた演奏に挙げられる。

CD3のコラールを中心としたホルンとオルガンのための音楽では、ダムのホルンは殆んどコルネットのような高音と軽快さを聴かせている。

これはライナー・ノーツ見開きの写真に掲載されているようにディスカント・ホルンを使っているためで、通常のホルンよりかなり小型であることが見て取れる。

名器ジルバーマンを弾くショルツェの華やかなオルガンのサウンドも効果的だ。

一方CD4のフランス物ではペーター・レーゼルとの飛びっきり洒落たセンスと軽妙洒脱な音楽を堪能できる。

旧東独でのレコーディングは1947年以来私企業だったエテルナ社が担当していたが、1955年からはその後の音楽産業を一手に取り仕切る国営ドイツ・シャルプラッテン傘下のクラシック部門ベルリン・クラシックス、エーデル・クルトゥーアに引き継がれ活動を続ける創業70年になる老舗レーベルだ。

現在でも音響効果に優れたドレスデンのルーカス教会やライプツィヒ・ゲヴァントハウスを本拠に録音を行っていて、ユニヴァーサルなどとは一線を画した独自の存在感を示している。

このセットのレコーディングは1961年から1987年にかけて行われているが、演奏内容は勿論、音質的にも西側に決して引けを取らない水準に達していたことが理解できる。

ベルリン・クラシックスは今年になってオーケストラル・ワーク、室内楽、声楽曲などの過去の名演集をまとめた19セットほどのCD及びLPの記念盤をリリースしている。

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classicalmusic at 00:49コメント(0)シューマンR・シュトラウス 

2017年07月20日


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エミール・ギレリスの3種類のライヴからスラヴ系の作曲家の作品3曲を収録したCDで、選曲は入門者向きとは言えない、むしろ玄人受けするプログラムだが、彼が手中に収めていた十八番のレパートリーであることに間違いはない。

中でもプロコフィエフのピアノ・ソナタ第8番変ロ長調は1944年にギレリス自身が初演を飾った曲でもあり、思い入れだけではない綿密な構成と独自の解釈が聴きどころだ。

この作品は3曲の『戦争ソナタ』の中でも思索の沈潜をイメージさせるので他の2曲とは明確なコントラストをなしているが、作曲家によって起伏の多い細かい指示が書き込まれていて、その発展のさせ方にギレリスらしい周到さがある。

第2楽章アンダンテ・ソニャンドは殆んど古典派のメヌエットを夢想させるし、第3楽章のトッカータ風コーダに凝縮されていく持続性は他の追随を許さないオリジナリティーが感じられ、30分を越える大曲を効果的に締めくくっている。

ちなみにこの曲の初演1年前にリヒテルがソナタ第7番の初演を果たしているので、彼らが如何に同時代の音楽の推進者であったかが理解できる。

ショスタコーヴィチはピアノ・ソナタを2曲しか残しておらず、どちらもリクエストの低い作品であるにも拘らず、作風は非常に巧妙な作曲技法が使われた高度な音楽性が潜んでいて、それは彼の『24の前奏曲とフーガ』に通じるものがある。

終楽章のパッサカリア風ヴァリエーションに聴かれるように、ギレリスは冷静な分析でこうした知的な面白さを明らかにしている。

一方スクリャービンのソナタ第3番嬰へ短調は、この作曲家初期の作品特有の後期ロマン派の残照を引きずるような、喘ぐばかりのカンタービレと複雑な対位法がギレリスの豪快なピアニズムで鮮やかに描かれていて、神秘的な作風に移行する前の若き日のスクリャービンの情熱の迸りを伝えている。

3曲ともステレオ録音だが、皮肉にも一番新しい1984年1月8日のサンクト・ペテルブルクでのスクリャービンの音源がやや劣っている。

音響の拡がりは最も良好で鮮明だが高音が金属的になり、多少耳障りなのが惜しまれる。

プロコフィエフは1974年7月6日のモスクワ・ライヴ、ショスタコーヴィチが1965年1月8日ニューヨーク・カーネギー・ホールでのそれぞれライヴ録音で、この2曲に関しては時代相応の比較的良好な音質が保たれている。

このシリーズでのギレリスのライヴ・リサイタル盤は2枚目になるが、グラモフォンへのセッション録音では聴けない、マイナーでありながら興味深いレパートリーの選曲が魅力だ。

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classicalmusic at 00:07コメント(0)ギレリスプロコフィエフ 

2017年07月18日


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マーキュリー・レーベルが誇った高音質録音のリイシュー・バジェット・シリーズも第3巻目になり、今回もCD53枚の大挙放出だが、さすがに玉石混交でいくらか際物的な曲目や演奏が連綿と続いている印象は否めない。

前半はマーキュリーの申し子のようなアンタル・ドラティ指揮、ミネアポリス交響楽団がこれでもかと続き、フレデリック・フェネルのセミ・クラシックや軽音楽も満載されている。

しかし相変わらず音質に関しては時代を超越した鮮烈さと臨場感があり、演奏も多少時代の趣味を反映しているとは言え決してがっかりさせないだけの立派な内容を揃えている。

どの1枚を聴いても当時のマーキュリー独自のポリシーや録音チーム、エンジニア達の息吹きが伝わって来ない録音はない。

演奏曲目で見れば今回は入門者向きではないかも知れないが、言ってみればアメリカがオーディオに最も贅を尽くした時代の遺産として音響マニアには充分に意義のある貴重なコレクションだろう。

皮肉にも彼らの録音方法はシンプルを極めていて、マーキュリーの専売特許的な3本吊りマイクロフォンと3トラック・テープがその秘訣になっていることに変わりない。

人間の聴覚に最も効果的に捉えられるために編み出された手法と、半世紀も前のミキシング技術によるリヴィング・プレゼンスの音源が、現代の下手な録音を凌駕するだけの音響を誇っているのは紛れもない事実だ。

オールド・ファンに興味深いものに初CD化された12枚がある。

CD15はフェネルがヴィクター・ハーバードの小品集を振ったもので1960年のステレオ録音。CD38−40はドラティ、ミネアポリスのコンビによるヒネステーラ、ブリテン、コープランド、レスピーギ作品集で1954年のモノラル録音になり、CD43も彼らの演奏によるベートーヴェンの『英雄』だがこれは1957年のステレオ録音だ。

CD48はロメロ親子のギター四重奏団による1966年のフラメンコ集、CD49はネヴィル・マリナー、ザ・ロンドン・ストリングスがヴィヴァルディ、ヘンデル、テレマンを演奏した1965年のバロック音楽集、CD50がフェネル、イーストマン・ウィンド・アンサンブルによる1957年のヒンデミット、シェーンベルク、ストラヴィンスキーなどの20世紀の吹奏楽集。

CD52及び53はボーナス盤で、前者が再びドラティ、ミネアポリスの1954年のモノ録音でチャイコフスキーの『序曲1812年』と『イタリア奇想曲』、後者はボロディン四重奏団が1962年に録音したショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第4番ニ長調及び第8番ハ短調ということになる。

またLPとしてもこれまでにリリースされなかった音源がCD26のトラック13、グリンカの『ホタ・アラゴネサ』で、チャールズ・マッケラス指揮、ロンドン交響楽団の演奏だ。

尚リリース間際まで未定になっていたCD24及び25にはハワード・ハンソン作曲『メリー・マウント組曲』『モザイク』『フォア・ザ・ファースト・タイム』の3曲を作曲者自身の解説と指揮、イーストマン=ロチェスター管弦楽団とイーストマン・フィルハーモニアの演奏で収録している。

これらの曲目自体は第1巻のCD8に収録済みだが、パート別に分解して彼のオーケストレーションのテクニックとその音響効果を聴かせる方法は、さしづめアメリカ版『青少年のための管弦楽入門』と言ったところだ。

その鮮明な音質、楽器の定位、分離状態の良さには実際舌を巻く。

CD27にはポール・パレー指揮、デトロイト交響楽団によるベルリオーズの『幻想交響曲』その他が組み込まれたが、これらは過去にもCD化されているし、第1巻のCD15と同一音源だ。

このセットで大活躍しているオーケストラにミネアポリスとデトロイトのふたつの交響楽団が挙げられる。

いずれもアメリカを代表するオーケストラで現在でも彼らは高い評価を受けている。

ミネアポリスは後にミネソタ交響楽団と改名しているが、首席指揮者はドラティの前にオーマンディとミトロプーロスが、そして彼の後にスクロヴァチェフスキーやネヴィル・マリナーが就任している。

彼らの演奏を聴いていると、その余りにも屈託のないサウンドに驚かされるが、それは当時のアメリカのオーケストラを象徴しているのかも知れない。

一方ミシガン州デトロイト市は最近市役所から破綻申請が出されたにも拘らず、楽団の方は健在らしくネーメ・ヤルヴィの後を継いだ音楽監督はレナード・スラットキンのようだ。

デトロイト交響楽団はポール・パレー時代に黄金期を迎えアメリカでも有数のオーケストラに成長し、マーキュリーには名演として評価されている録音も少なからずあるが、今回もCD9枚が彼らの演奏に当てられている。

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classicalmusic at 00:44コメント(0)ドラティ 

2017年07月16日


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第1巻では選曲に漏れていたマーキュリー・リヴィング・プレゼンスが誇る名録音コレクションが、再びボックス・セットにピックアップされてユニヴァーサルから大挙復活した。

過去にLPレコードとしてリリースされたタイトルは350にもなリ、前回は51枚の編集だったが1年足らずで早くもプレミアム付で売られているので、半世紀ほども前のこのシリーズが現在でも如何に根強い人気を持っているかを証明している。

それはまた当時のマーキュリーのスタッフ達が究極の音の再現に挑んだオーディオ黎明期の目覚しい記録でもある。

今回は第1巻のセットに組み込まれなかった曲を55枚のCDにまとめてある。

おそらく前回の売り上げに気を良くして柳の下のドジョウを狙ったものと思われるが、箱物としてはかなりリーズナブルな価格であるため、最良のオーディオ史体験のサンプルとしてクラシック・ファンだけでなく、オーディオそのものに興味のある方や入門者にもお薦めしたい。

マーキュリーの看板指揮者だったアンタル・ドラティはこのセットでも最多数のCDをカバーしているが、注目されるのは一連のポール・パレー指揮、デトロイト交響楽団によるフランス、スペインものを中心とした8枚が軒並み復活している。

また純粋なクラシックの他に、フレデリック・フェネル、イーストマンのコンビによるスーザやその他の作曲家のスタンダード・マーチ集や、ルロイ・アンダーソンの作品を始めとする軽音楽のジャンルのレパートリーも充実させている。

ボーナスCDは最後の2枚で、1953年に録音されたドラティ指揮、ミネアポリス交響楽団の『春の祭典』及び初のCD化になる1969年のコリリアーノのピアノ協奏曲とリヒャルト・シュトラウスの『左手のための協奏曲』だが、ここにはワシントン・ポスト紙のポール・ヒューム氏からのピアニスト、ヒルデ・ゾマーやジョン・コリリアーノ自身へのインタビューも収録されている。

これから購入を考えている方のみならず、モノラル盤に関して懐疑的な方にも1度試聴してみることをお薦めする。

マーキュリーがステレオ録音を採り入れたのは1956年からなので、それ以前は当然モノラルのセッションになるが、それらは彼らの専売特許的な無指向性一本吊りのモノ・マイクのみで採音したもので、当時一般的に使用されていたその他の補助的な録音機器は一切退けている。

その頑固なまでにシンプルな方法にマーキュリーのポリシーと秘伝のテクニックがあるわけだが、通常モノラルでは分離しにくい楽器ごとの独立性も保たれ、低音から高音までの音質や音像の鮮明さだけでなく、空間の広がりやバランスも絶妙だ。

今回は特にモノラル盤も多数選出されていて、クーベリック、シカゴ響のヒンデミットの『ウェーバーの主題による交響的変容』、シェーンベルクの『5つの管弦楽曲』やモーツァルトの『プラハ』、ドヴォルザークの『新世界』、そしてドラティ、ミネアポリス響によるストラヴィンスキーの『春の祭典』、更にフェネル、イーストマン・ウィンド・アンサンブルのホルストの2つの『ミリタリー・バンドのための組曲』などがそれぞれモノラルながら、決してリスナーを裏切らない名盤だ。

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classicalmusic at 00:04コメント(0)ドラティクーベリック 

2017年07月14日


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アンドレ・クリュイタンスの振ったオペラの音源は2015年にヴェニアス・レーベルからの第3集55枚組でセッション、ライヴを問わずその殆んどが復活して、彼の大規模な劇場作品に対する鮮やかな手腕を改めて実感させてくれた。

オーケストラル・ワークに関しては同ヴェニアスのそれほど音質の良くない2巻以外は、主として彼のラヴェルを中心とするフランスの作曲家の作品がSACDを始めとするリマスタリング盤でリイシューを繰り返しているのみだ。

クリュイタンスの全貌を伝えるゲルマン、ロシア系の作品群やその他の声楽を伴った作品などの正規音源はごく少ない選択肢か、あるいは全くCD化されていないのが現状だった。

それゆえ今回の65枚のバジェット・ボックスはクリュイタンス・ファンの渇を癒してくれるタイムリーな企画と言えるだろう。

またこれまでに纏められていなかった一連のドビュッシーの数少ないレパートリーが一同に会しているのも幸いだ。

彼はラヴェルと並んでドビュッシーの演奏にも高い芸術性と絶妙な空気感を感じさせる名演を遺しているが、セッション録音は意外に少なくCDの余白を埋める程度にしか扱われて来なかった。

当セットではCD22、23の『聖セバスティアンの殉教』全曲及びCD60の管弦楽曲集でその貴重な演奏を堪能できるし、CD24にはアンドレ・カプレのオーケストレーションになる『おもちゃ箱』と『子供の領分』も収録されている。

ちなみにここには組み込まれていない初期のカンタータ『放蕩息子』は1962年にRAIトリノ国営放送交響楽団と行った素晴らしいライヴがオネゲルの交響曲第3番『典礼風』とのカップリングでアーツ・レーベルからリリースされている。

録音年代に関してこのセットでCD1からほぼクロノロジカルに配列されている。

CD1−4までは保存状態の良好なSP盤からのいわゆる板起こしになるが、それ以外の総てがマスター・テープからの新規リマスタリング盤で、CD35トラック3までがモノラル録音、それ以降クリュイタンスが亡くなる2年前の1965年までの音源がステレオ録音ということになる。

尚初CD化については本社からのという条件付きで、ものによっては既に普及しているCDもあるようだ。

63ページのライナー・ノーツには収録曲目とフランソワ・ロランによるクリュイタンスのキャリアが仏、英、独語で掲載されているが、録音データ詳細はジャケット裏面を照合しなければならないのがいくらか煩わしい。

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classicalmusic at 00:10コメント(0)クリュイタンス 

2017年07月12日


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フランツ・コンヴィチュニーの晩年の録音を纏めた計2巻全22枚のエディションの第2集に当たり、彼が手兵ライプツィヒ・ゲヴァントハウス、シュターツカペレ・ドレスデン、シュターツカペレ・ベルリン、そしてベルリン放送交響楽団を率いたベートーヴェン、ブルックナー、メンデルスゾーン及びショスタコーヴィチのオーケストラル・ワークにワーグナーのオペラ『さまよえるオランダ人』全曲が収められている。

ちなみに第1集の方だが、これから購入を予定している方には今月リリース予定のスクリベンダム・レーベルからの20枚組をお薦めしたい。

第1集に収録されている曲目を殆んどカバーしているだけでなく、単価的にもかなり割安で入手できるのがセールス・ポイントだ。

コンヴィチュニーがドイツ・シャルプラッテンに遺した音源は当初総てがモノラルLPあるいは擬似ステレオ盤でリリースされた。

ただこのセットでも鑑賞できるように、旧東ドイツでも1960年頃から複数トラックでの録音が開始されたようで、CD6のブルックナー第7番は1958年録音で擬似ステレオ化されたものだが、CD1のベートーヴェンの合唱幻想曲と最後の2枚、ワーグナーの『さまよえるオランダ人』は1960年の正真正銘のステレオ録音である。

一方CD9の1959年録音のショスタコーヴィチの第11番はそのままモノラルで残されている。

ブルックナーはその後のゲヴァントハウスとのステレオ音源と辻褄を合わせるために擬似ステレオ化されたのかも知れない。

東側ではステレオ専用のカッティング機器の設備や再生機自体の一般的な普及には更に数年を要したため、当時のニーズに合わせた販売企画だったと思われる。

しかしながらステレオ音源を聴いてみると、かなり鮮明で紛れも無く複数トラックによって録音されていることが感知される。

弦楽は左側にヴァイオリン、中央から右側にヴィオラ、チェロ、コントラバスが位置し、その後方からブラス・セクションが聞こえてくる典型的な初期のステレオ録音で、電気的に音場を拡げる擬似ステレオ化ではこうした操作は不可能な筈だし、どんな最新録音よりも瑞々しく聴こえるのは全く不思議だ。

「ほこりをかぶっていてシミだらけ、おまけにカビ臭い」こんな風にコンヴィチュニーの遺した録音を思っていた人は多いに違いない。

筆者もその口であったが、今回改めてCDになったものを聴いて「こんなに新鮮で生き生きとした演奏だったとは!」と仰天した。

もちろん、基本的にはオーソドックスなのだが、単に伝統的なものの上にあぐらをかいたものではなく、確信に満ちた表情や揺るぎのない安定感に支えられ、オーケストラの響きはほれぼれするほど美しい。

まさに現在ではなかなか聴くことができない頑固なまでのゲルマン魂を具現した重厚な演奏を堪能できるセットになっている。

当時の東独の演奏家には、西側のような洒落っ気はないかも知れないが、余裕を持ったテンポ設定の中に表現される質実剛健なサウンドが特徴で、出来ばえに凹凸がなく、骨太で力強く説得力のある演奏であることに違いない。

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classicalmusic at 00:27コメント(0)ワーグナーメンデルスゾーン 

2017年07月09日


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カルロ・マリア・ジュリーニは1956年にミラノ・スカラ座の芸術監督の職を離れた以降イタリアのオーケストラとは比較的疎遠になったが、それでも彼が客演指揮者として振った興味深い演奏が少なからず遺されている。

このCDに収録された2曲のベートーヴェンは彼の円熟期70歳の1984年にフィレンツェ5月祭管弦楽団を指揮したライヴになる。

彼らはシーズン中にフィレンツェのオペラ劇場テアトロ・コムナーレのピットに入る楽団で、ヨーロッパの伝統的オーケストラの格から言えば二流止まりだが、ジュリーニはそれぞれのオーケストラが持っている個性と長所を巧みに引き出す術を知っていた。

この演奏では劇場作品に精通したオーケストラらしく2曲とも良い意味での劇場的表現力とその融通性が発揮されている。

『エグモント』序曲ではストーリーからイメージされる重圧感よりもシンフォニックなオーケストレーションの思い切った対比の変化で聴かせているし、交響曲第7番ではジュリーニの鷹揚なテンポ感から導き出される豪快なダイナミズムと開放的なパワーが引き出されている。

また第2楽章では、ベートーヴェンにしては意外なほどリリカルで瑞々しいカンタービレが美しい。

終楽章ではエネルギッシュなフィナーレに、イタリアのオペラ・ハウスらしい怒号のような歓声と拍手喝采が浴びせられている。

オーケストラは1928年に指揮者、ヴィットーリオ・グイによって設立され、1933年からは彼が創設したフィレンツェ5月祭の名を冠することになった。

このフェスティバルは現在ヨーロッパの重要な芸術的イヴェントとして古典から新作までの演劇、オペラ、バレエなどの劇場作品を中心に更にコンサートにも多彩なプログラムを組んだ上演期間が定着している。

彼らは当初オペラのレパートリーをデッカやドイツ・グラモフォンに録音していたが、当時のイタリア・オペラ黄金期と重なったためにテバルディ、シミオナート、ビョルリンクやバスティアニーニなどの名歌手との協演でも名盤をものしている。

近年は独自のレーベル「オペラ・ディ・フィレンツェ」を立ち上げてライヴ録音のCDをリリースしている。

オン・マイクで採音された良好な音質で、音場が近いためにかなりの臨場感も得られている。

幸い演奏終了後の拍手と楽章間のごく僅かなノイズ以外には演奏中の客席からの雑音は殆んど聞こえないが、ティンパニがややアンバランスに響き過ぎていて、これはミキシングの問題と思われる。

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classicalmusic at 00:21コメント(0)ベートーヴェンジュリーニ 

2017年07月08日


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英国のコントラルト、キャスリーン・フェリアーの正規音源は、セッション、ライヴを問わずデッカからのボックス・セット14枚及びEMIからの3枚で出尽くした感があったが、小規模な歌曲に関してはまだメディア化されていない録音が多数存在するようで、このCDでは実に19曲の初出音源が収録されている。

いずれもフェリアーが母国BBC放送とブリティッシュ・ライブラリーに遺したもので、41歳の若さで早世した彼女の貴重な忘れ形見といったところだろう。

フェリアーが演奏活動に専念するためにロンドンに赴いたのが1942年だから、彼女のプロとしてのキャリアは僅か10年余りで、この間にレパートリーこそ多くはないが、信じられないくらい質の高い仕事を成し遂げていて、その一端を垣間見ることのできるアルバムとして高く評価したい。

ライナー・ノーツの最後に書かれたテクニカル・ノートには、このディスクに使われた音源がBBC放送からのエアチェック及びダイレクト・カットされたアセテート盤であることが説明されている。

前者の場合1954年のVHF/FMブロードキャスティングの導入までは不安定な受信しかできなかったし、後者は再生時のスクラッチ・ノイズが避けられない。

このCDのマスター制作にはこうした欠点を最新のテクノロジーでリストレーションしリマスタリングを担当したエンジニア、テッド・ケンダル氏の苦心が窺える。

フェリアーはステレオ録音が一般化する直前の1953年に亡くなっているので、遺された音源は残念ながら総てがモノラルで、曲によって音質もいくらかばらつきがあるが、リマスタリングの効果は上々で、伴奏ピアノとのバランスも比較的良好に保たれ、ノイズに煩わされない輪郭のはっきりした彼女の声質が再現されている。

フェリアーの声には華やかさはなく、むしろ暗めの低い声質だったためにオペラのような劇場作品で活躍するような役柄自体ごく限られたものだったが、彼女には天性の並外れた表現力があって、飾り気のない素朴な声に託された歌曲には、お国物だけでなくドイツ・リートのジャンルでも傑出した歌唱を聴くことができる。

それには彼女の持ち前の才能に加えて早くからブリテンやバルビローリ、ワルターなどの巨匠の薫陶を受け、急速にその芸術を洗練させて解釈に一層の深みを加えることができたことも幸いしているだろう。

外側にアピールしない低い声がしばしばその表現を内面に向かわせるのはある意味では当然のことかもしれないが、フェリアーの歌唱には直感的でありながら類稀な奥深さが感じられる。

ここでの伴奏者も同郷のジェラルド・ムーア、指揮者ブルーノ・ワルター及びフレデリック・ストーンのベテランがサポートしている。

ちなみに伴奏者はトラック8−11がブルーノ・ワルター、26がジェラルド・ムーアでそれ以外の総てがフレデリック・ストーンになり、最後に収録されたムーアとのヒューバート・パリーの『Love is a Bable』 だけが1948年8月26日のエジンバラ・ライヴで拍手が入っている。

この作品では英国的スピリットが2人によって鮮やかに示されたCDの最後を飾るのに相応しい選曲だ。

尚ライナー・ノーツ後半にはこのCDに収録された歌曲の全歌詞が掲載されていて、ドイツ・リートに関しては英語の対訳が付けられた丁寧な編集に好感が持てる。

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classicalmusic at 00:26コメント(0)フェリアー 

2017年07月06日


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1940年にプラハ・ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団がナチス占領下のプラハで、ヨゼフ・カイルベルトを首席指揮者に据えて活動を始めた時、このオーケストラから派生したチェコ・ドイツ弦楽四重奏団も誕生した。

この四重奏団のメンバーである、ルドルフ・ヨーゼフ・ケッケルト、ヴィリー・ビュヒナー、オスカー・リードル、ヨーゼフ・メルツの4人は、プラハ・ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団の、それぞれ首席奏者だった。

この四重奏団は1941年に第1ヴァイオリンを弾いていたケッケルトの名前を取ってケッケルト四重奏団と改名し、活動を仕切り直したという。

その後、1965年に第2ヴァイオリンのビュヒナーが亡くなって息子のルドルフ・ヨアヒム・ケッケルトが加わり、1975年にヴィオラがリードルからフランツ・シュッセル、その翌年にはチェロのメルツからヘルマール・シュテッヒラーに代わり、1982年に解散するに至った。

そのケッケルト四重奏団が特に輝いていたのが、初代のケッケルト、ビュヒナー、リードル、メルツの4人の時代と言われ、そのオリジナル・メンバーによるベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集は、LP時代にドイツ本流の四重奏団による極め付きとして愛聴されていたものだ。

モノラル音源なので、その音質は昨今のデジタル音源のクリアさを求められないが、この往年のドイツ・グラモフォン仕様の装丁と、ケッケルト四重奏団の名前で飛びつく人たちは、そのような音質面での不満は織り込み済みだろう。

ケッケルト四重奏団は、必ずしも第1ヴァイオリンが主導するような四重奏団ではないのだが、ケッケルトの妙技が殊に印象に残る。

ベートーヴェンの初期の四重奏曲は、勿体ぶったところのないあっさりとした演奏スタイルなのだが、ケッケルトを中心にメリハリをつけているので、推進力がついている。

メルツのチェロもきびきびしていて、ルーティンに陥らない鮮度を常に保っている。

この四重奏団の演奏におけるメリハリが軍隊調にならず、程よい粘り気を持っているのは、ケッケルトの歌い口のバランス加減にある。

中期の「ラズモフスキー・セット」、「ハープ」、「セリオーソ」も、四者四様の駆け引きがごく自然な会話のように展開する。

作品の相貌に合わせてダイナミックに強弱をつけているにも拘らず、それぞれのパートが如何なる局面でも一切お互いの邪魔になっていない。

無論、こうした駆け引きは四重奏の基本なのだが、このケッケルト四重奏団を基本に考えると、現代の四重奏は、いかにも上手に駆け引きしているのを自慢しているような風があって、この四重奏のような日常会話のごとく演奏する境地に達していないと感じられる。

後期のベートーヴェンの四重奏曲は、かなり入り組んだアンサンブルで、大方の四重奏団は気を引き締めて仕事に取り掛かるのだが、ケッケルト四重奏団は、そうした気負いを捨て、無心の境地で複雑なアンサンブルを楽しんでいる。

結成して15年のアンサンブルが、こうした高みのあるアンサンブルを実現しているのは、驚異的ではなかろうか。

音質を除けば、プロフェッショナル、アマチュアを問わず四重奏団員の誰しもが羨むアンサンブルである。

ドイツ・グラモフォンは、しかるべき企画力をもって、この音源をもっと販促して世界中の好楽家たちの目に触れるようにするべき。

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classicalmusic at 00:43コメント(0)ベートーヴェン 

2017年07月04日


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このセットは当初コリア・バージョンでリリースされたが、一般的にコリア版はセット物の価格がかなり高めになる傾向にあるので、限定盤ながらバジェット価格にプライス・ダウンされたことは評価したい。

同じくギュンター・ヴァント生誕100周年記念として出されたセッション録音が中心になる28枚及びヘンスラーからのミュンヘン・フィルハーモニーとのライヴ8枚と並んで、彼の至芸を鑑賞するための基本的なコレクションになり得るだろう。

これらのセットの共通点は収録曲目で、いずれも彼が最も手の内に入れていたゲルマン系の作曲家の交響曲集になるが、ここでは彼の手兵北ドイツ放送交響楽団に加えて後年盛んに客演を始めたベルリン・フィル及びシカゴ交響楽団との協演が注目される。

総てがライヴ音源だが1回採りではなく、隣接する日付のコンサートからヴァント自身がテイクを選択して、より完璧と思えるリカップリングを試みたようだ。

その意味では一晩に収録されたライヴ録音とは異なるが、彼の場合本番で即興性を発揮するタイプではなく、むしろ全く揺らぐことのないテンポ設定の中に音楽的造形を洗練していく指揮者なのでこうした方法も理解できる。

尚放送用ライヴに関してはプロフィールから20枚のセットもリリースされている。

ヴァントの指揮法を理解するポイントは彼のスコアへの分析の周到さにあると言えるだろう。

彼はオペラ上演のための下稽古として歌手達に音楽を記憶させるピアニスト、コレペティトーレとしてキャリアを始めている。

おそらくその時代からそれぞれの作曲家が作品を効果的に構成するためにどのような手段を用いたかを誰よりも敏感に感じ取り、またそれを精緻に解析していたに違いない。

それゆえヴァントの指揮には音楽がどう展開するか予想がつかないような即興性やスリルを求めてもそれほど意味はないが、全く無駄のないシェイプアップされた堅牢な構成美と非凡なオーケストラのダイナミズムから醸し出される独特の緊張感に価値があるのではないだろうか。

それは彼のレパートリーが後年ゲルマン系の作曲家の作品に収斂していったことからも証明されている。

逆に言えばそうした下準備があまり意味をなさないラテン系の作品は彼の守備範囲から外されていくことになる。

ブルックナーの交響曲でも故意に荘厳なサウンドの効果を狙ったりスケール感を必要以上に誇張するような手法は一切避け、スコア自体に語らせる潔さがあるが、そこに古臭さや陳腐さは全く感じられず、むしろ意外な新鮮さを発見できるのも事実だ。

ヴォルフガング・ザイフェルトによるヴァントへのインタビューが35分程度入っている。

音質は極めて良好だが残念ながらライナー・ノーツは省略されている。

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classicalmusic at 00:22コメント(0)ヴァント 

2017年07月02日


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ドイツの放送局で発掘されつつある旧ソヴィエト音源によるムラヴィンスキー演奏集は第3集目を迎え、それぞれが6枚組なので今回で都合18枚をリリースしたことになる。

このシリーズは初出音源を含む保存状態の良いマスターから独自のリマスタリングで制作する比較的安価なセットだし、勿論それぞれが貴重な演奏には違いない。

しかしこの6枚は一番新しい1961年のバッハの管弦楽組曲ロ短調がかろうじて擬似ステレオで、将来的に初出音源が追加されたとしても、熱烈なムラヴィンスキー・ファン専用の資料あるいは好事家のコレクションという印象が無きにしも非ずで、決して入門者用のシリーズとは言えない。

日進月歩のオーディオ技術の恩恵を享受している私達の耳には1940年代の音源を熱心に鑑賞するのがかなり忍耐の要る作業であることは否めないだろう。

しかしながら演奏は今回もセッション、ライヴ共に掘り出し物揃いで、CD4のワーグナー(1958年)とチャイコフスキーの交響曲第4番(1957年)などの入手困難な音源が新規のリマスタリングでかなり良い状態に改善されている。

中でも後半3枚に収録されたスクリャービン、ブルックナーがモノラルながら鮮明な音質で甦っているのは嬉しい。

尚ショスタコーヴィチがムラヴィンスキーに献呈した交響曲第8番も1947年の古い録音だが、同時代の他の曲目に比べて例外的にクリアーな音質が得られ、LP盤で聞かれた音割れも巧妙に避けられている。

この曲の初演は1943年にムラヴィンスキー自身の指揮とソヴィエト国立交響楽団で行われたが録音は残されていないようで、その後ジダーノフ批判の対象になったために、彼の再演は1960年を待たなければならなかった。

言ってみれば初演時の解釈と当時の政治的な緊張感をイメージさせる貴重な証言でもある筈で、記録的にも貴重である。

最終的にショスタコーヴィチの交響曲の約半数、7曲を初演したムラヴィンスキーは、作曲家晩年の回想では理解していないと非難されたが、作品の普及に大きく貢献したことは事実である。

一方バッハの管弦楽組曲第2番は期待したほどの演奏ではなかった。

弦楽合奏に通奏低音としてチェンバロを加えているが、曲全体の解釈がややロマンティックでフルート・ソロもそれほど巧くない。

オーケストラはライナー・ノーツによればウェーバーの『魔弾の射手』序曲のみUSSR SOの表示があるので、この曲はソヴィエト国立交響楽団らしいが、その他はレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団とのモノラル録音で、バッハは擬似ステレオ化されている。

このバッハとウェーバーの『魔弾の射手』の2曲は演奏終了後に拍手喝采が入っているライヴでそれ以外の総てがセッション録音ということになる。

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classicalmusic at 00:23コメント(0)ムラヴィンスキー 
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