2017年08月

2017年08月07日


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現役の指揮者でイタリア・オペラの発展的上演に誰よりも精力的に取り組んできたのがリッカルド・ムーティであることは間違いない。

アバドの後を継いでスカラ座の芸術監督に就任して以来、彼は過去の上演で歌手や指揮者達が恣意的に作り上げた、ストーリーと乖離した慣習的歌唱やそれを助長した演奏によって歪められてしまった作品の姿に疑問を投げかけ、独自の原典主義を掲げて作曲家自身が本来望んでいたであろうオペラの姿に戻す作業を容赦なく敢行した。

ムーティにとって声の饗宴はあくまでも舞台を盛り上げるエレメントに過ぎず、それ自体を目的とする上演に彼は背を向けた。

歌手の抜擢にも彼の構想を実現でき得る自分の持ち駒として、また演出家の要望に忠実に応えられる人材が重要視されている。

こうした理由でムーティと衝突した関係者も少なくない筈だ。

しかしそれによってスター歌手の声の競い合いが優先されていたイタリア・オペラの姿は一新され、更にそれが現在のあらゆるオペラの上演のスタンスとして定着したことへの功績は大きい。

奇しくも1813年に生まれた舞台音楽の2人の巨星がワーグナーとヴェルディで、ムーティ自身ボーナスDVDの中でも力説しているが、前者が常に人智を超えた神々の世界と人との関わりを描いたのに対して、後者は徹底して人間の喜怒哀楽や愛の葛藤を表現した。

ヴェルディはそのために声の持つ可能性を極限まで追究して伝統的なイタリア・オペラを究極的なドラマに高めたと言っても過言ではないだろう。

彼のオペラは決して革新的なものではなく、ワーグナーが止めてしまった番号制オペラを執拗に踏襲し、カヴァティーナ、カヴァレッタ、重唱、幕切れのコーラスを伴うアンサンブル・フィナーレというスタイリッシュな進行が特徴だが、観衆は場面ごとに巧妙に用意された声の饗宴を堪能できるように作られている。

幸い上記のアマゾンのページのイメージ欄に、セットに収録された全11曲のオペラの題名が印刷されたボックス裏面の写真が掲載されているので参考にされたい。

オペラ以外では『レクイエム』と『聖歌詩篇』が加わり、EMI時代にムーティが構想したヴェルディの作品への解釈が俯瞰できる。

尚ボーナスDVDはシカゴ交響楽団との『レクイエム』、ローマ・オペラ座の芸術監督時代に上演した『アッティラ』と『マクベス』のリハーサル風景、ローマ大学でのピアノを弾きながらの講義、パルマでの講演会とインタビューを繋ぎ合わせた構成だ。

ここで彼はヴェルディのドラマに対する洞察力の鋭さ、音楽の高貴さや周到さなどを声楽家は勿論器楽奏者へのメッセージとしてかなり事細かに、しかし常にユーモアを交えながら語っている。

サブタイトルは英、伊、独、仏語の他に日本語が選択できる。

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classicalmusic at 00:38コメント(0)ヴェルディムーティ 

2017年08月05日


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作曲家スメタナはこの連作交響詩『わが祖国』をチェコの首都プラハに捧げている。

歴史的に外部からの度重なる苦難を強いられ、そして奇しくもこの曲が作曲された後の時代にも、更に国家的な危機を迎えなければならなかったチェコの民衆の愛国心を鼓舞し続けた、まさにチェコの象徴とも言える作品だ。

この演奏は1975年にプラハのルドルフィヌム、ドヴォルザーク・ホールで録音されたもので、ヴァーツラフ・ノイマン&チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のコンビの底力を見せたセッションとしても高く評価したい。

ノイマンは冷静なアプローチの中に緻密なオーケストレーションを再現し、しっかりした曲の造形を示している。

テンポの取り方も中庸をわきまえた、ごく正統的な解釈を貫いているところに本家の強みを思い知らされる。

ここでもチェコ・フィルは弦のしなやかな響きと管、打楽器の機動性が相俟って鮮烈な情景描写を表出している。

チェコ勢以外の演奏者の場合、こうした曲にはかえって厚化粧を試みて、シンプルな美しさと新鮮さを失ってしまう可能性が無きにしも非ずだ。

この曲を祖国への滾るような想いを秘めて演奏したのはカレル・アンチェルで、1968年のプラハの春音楽祭のオープニングで彼が亡命直前にチェコ・フィルを指揮したライヴのDVD及びCDの双方がリリースされている。

アンチェルの後を継いで同オーケストラの主席指揮者として返り咲いたのが、当時ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督だったノイマンで、彼はラファエル・クーベリック亡命後の一時期、常任指揮者としてチェコ・フィルを委ねられていた。

そしてアンチェル亡命後もソヴィエトの軍事介入を受けながらオーケストラを守り抜いて彼らの全盛期を築き上げた功績は無視できない。

ライナー・ノーツは10ページほどで英、独、仏及びチェコ語で作品と指揮者について簡単な解説付。

音質は鮮明で、欲を言えばもう少し低音が欲しいところだが、この時代のものとしては極めて良好だ。

尚この録音は1975年の日本コロムビア・ゴールデン・ディスク賞を受賞している。

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classicalmusic at 00:13コメント(0)スメタナノイマン 

2017年08月03日


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ギーゼキングの演奏の価値はバッハの鍵盤楽器用作品をピアノで演奏するための普遍的な奏法を開拓していることである。

当時のピアニストがバッハのチェンバロ曲を体系的にレパートリーにすることは少なく、コンサートやレコーディングでも積極的にバッハを採り上げることが一般的でなかった時代に、彼がこれだけの充実した演奏集を遺してくれたことは驚異的でさえある。

ちなみに彼と同時代にはエトヴィン・フィッシャー、バックハウス、ケンプ、アラウ、ホロヴィッツやルービンシュタイン等が活躍していた。

しかしながらフィッシャー以外はごく単発的にバッハを演奏するか、あるいは全く無視するという程度で、バッハの作品に造詣が深く、またコラールの編曲でも知られたケンプでさえ、それらはあくまで演奏会のアンコール用に用意されたものでプログラムのメインになることはなかった。

バッハの音楽はあらゆるタイプのアレンジが可能だが、ライナー・ノーツでもギーゼキングは同時代の著名なピアニスト達がバッハのオリジナル・ピースよりも、リストやブゾーニによって大幅に手が加えられた編曲物を好んで演奏していたことに批判的だ。

彼は既にそれらが本筋から逸れた際物でしかないことを見抜いている。

そこではバッハをピアノで弾くための秘訣が語られているが、それが現在バッハ演奏の基本的な奏法として定着していることをみても、彼が如何にバッハの作品の再現に先見の明を持っていたかが理解できる。

当時はその後に校訂される正規の原典版がまだなかった時代なので、細部での音符や装飾音の相違が聴かれるが、それらは当然許容範囲とすべきだろう。

彼は表現上の感情移入についてもかなりの抑制を要求しているし、チェンバロには存在しない保音ペダル使用についても極めて限定的に考えていて、声部を保つためには指で鍵盤を押さえ続けることが基本であることを説いている。

このセットに収録された作品集の総てが1950年の放送用音源だが、こうした演奏活動がその直後の1952年のロザリン・テューレックの平均律全曲録音にも繋がっていくし、グレン・グールドの登場によってバッハのチェンバロ用作品のピアノ演奏は不動の地位を獲得したと言えるだろう。

グールドはテューレックから影響を受けたとされるが、これら一連のギーゼキングの録音を聴いていたことが想像されるし、実際多くの部分でそう思える箇所が指摘し得る。

ギーゼキングの演奏はそうしたパイオニア的な意味を持つだけでなく、現在の私達が鑑賞しても全く古臭さを感じさせない現代的センスが示されている。

イギリス組曲及びフランス組曲の12曲を含んでいないのが残念だが、それらに関しては音源が残されていないのだろう。

音質は時代相応といったところで格別優れたものでないことは断わっておく必要があるが、破綻はなくリマスタリング効果もあって鑑賞に不都合はない。

36ページのライナー・ノーツには既に紹介したギーゼキング自身が1949年に書いた『コンサート・グランドによるバッハの表現』と題された興味深いエッセイが掲載されている。

尚最後にボーナス・トラックとしてフルトヴェングラー指揮、ベルリン・フィルとの協演になる1942年のライヴでシューマンのピアノ協奏曲が収録されている。

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classicalmusic at 00:50コメント(0)バッハギーゼキング 

2017年08月01日


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巨匠リヒテルの弾くバッハはどの作品も骨太で安定感のあるしっかりした音楽構成を聴かせてくれる。

また彼特有の変化に富んだ多彩なピアニズムが美しいだけでなく、常にオリジナリティーに富んだアイデアを提示している。

中でも彼の奏法の頂点を示しているのが『平均律』だろうが、その後も次々と新しいレパートリーを開拓して晩年のコンサートでも彼はしばしばバッハをプログラムに組み込んだ。

この曲集でもレガート、スタッカートの使い分けやその組み合わせが巧みで、広いダイナミクスと共に舞曲ごとに新鮮な響きを試みている。

例えば『フランス組曲』第4番変ホ長調で、彼はプレリュード付のBWV815aを演奏しているが、短いプレリュードの流れるような静謐さとそれを打ち破るフーガの対比が極めて美しく、一貫するアーティキュレーションの安定感は、比類のないものだ。

また最後に於かれた『ファンタジアト短調』では、その疾風怒濤的な曲想から往々にして激情的に表現されがちな曲に、敢えて誇張を避けた意外にも格調高い音楽性を引き出してみせたところが如何にも彼らしい。

全曲を通じ、リヒテルの演奏ぶりにはポリフォニー音楽に対する高いセンスが示され、気負いのない穏やかさの中に、言い知れぬ精神の明るさと豊かさを実感させるが、これほど深い充足感をもたらす、完璧に美しいバッハ演奏は世に稀だろう。

このシリーズにしては珍しくライナー・ノーツの最後に信憑性のある録音データが記されている。

正確を期すために個人的に調べてみたが、いずれもフィリップス音源の1991年のドイツでのライヴ録音で、3曲の『イギリス組曲』が3月5日ローランドゼックにて、3曲の『フランス組曲』が3月7日及び10日にボンで開かれたコンサートから、そして2曲の『トッカータ』と『ファンタジア』が11月8日にノイマークトで収録されている。

拍手や客席の雑音が若干入っているが全体的に音質は良好なデジタル録音だ。

リヒテルの没後10周年記念として2007年にデッカからリリースされたザ・マスター・シリーズの中でバッハの作品集は、この第8巻の2枚と、第9巻のショパンの作品集とカップリングされた1枚の計3枚分が当てられている。

総てがライヴ録音で、ライヴに賭けた彼の情熱とその真摯な姿勢が良く表れているが、このシリーズもリミテッド・エディションで既に製造中止になっているため、ナンバーによっては入手困難な状態であるのが残念だ。

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classicalmusic at 00:27コメント(0)バッハリヒテル 
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