2018年02月

2018年02月28日


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1967年にカレル・アンチェルがバーデン=バーデン南西ドイツ放送交響楽団に客演した放送用音源2曲を収録している。

曲目はヨセフ・スーク(1874-1935)のアスラエル交響曲Op.27及びイシャ・クレイチーの管弦楽のためのセレナータで、どちらもアンチェルが手中に収めたチェコの作曲家の作品だが、当時の南西ドイツ放送響の恐るべき実力と録音状態の良さに驚かされる。

オーケストラの非常に良く練り上げられた合奏だけでなく、ヴァイオリンを始めとするソロ・パートを演奏するメンバー達のレベルの高さも示されている。

放送用だがセッションと全く変わらない良質なステレオ音源で、アンチェル亡命直前のヨーロッパでの客演としても貴重な1枚だ。

その後彼がクリーヴランドと共演した1971年のライヴ盤も存在するが、音質に関してはこちらが俄然優位に立っている。

アスラエルは死者の霊を導く天使だが、この名称は当初からの命名ではなく、スークは師ドヴォルザークの追悼のために作曲を開始したが、第3楽章まで進んだ時にドヴォルザークの娘でスークの妻だったオティリエの死に見舞われ、第4楽章から作曲への構想が変化したらしい。

それ故第4及び第5楽章は第2部となっている。

また第1楽章には彼の前作『ラドゥースとマフレーナ』から死のモチーフが再利用されていることから、強制収容所で家族を殺され、死と隣り合わせの体験をしたアンチェル自身の心情をオーバーラップさせがちだが、ことさら標題にとらわれて聴く必要はないだろう。

むしろスークの巧妙なオーケストレーションや独特の壮麗なハーモニーを彼らがどのように表現しているかが鑑賞のポイントになると思う。

ちなみにスークはドヴォルザークの弟子だが、チェコの民族主義的なエレメントの使用は皆無に等しい。

ノヴァークの弟子、イシャ・クレイチー(1904-1968)はボヘミアン・ネオクラシシズムに属する作曲家で、ヤナーチェクのようにチェコに根付いたテーマを採り入れることもなければ新ウィーン楽派のような革新的な理論の信望者でもなかったが、マルティヌーと共にチェコの交響曲作家の系譜に名を連ねるユニークな作曲家だった。

ここに収録されたセレナータはモーツァルトのセレナーデにも一脈通じる快活さと諧謔性に富んでいて、また第2楽章アンダンテではアンチェルの弦楽合奏を屈託なく歌わせた軽快なカンタービレが美しい。

スークの神秘性とクレイチーの新時代のプラハの初夏の夜をイメージさせる曲想が好対照をなしたカップリングも面白い。

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classicalmusic at 12:46コメント(0)スークアンチェル 

2018年02月26日


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このディスクは演奏水準と録音状態で既に高い評価を受けていたものだが、今回のUHQCD化によってその価値を更に高める結果になっている。

また前回のコロムビアからの日本盤では交響曲第5番と祝典序曲のカップリングだったのが、同じメンバーによる交響曲第1番との2曲に入れ替わり、より充実した選曲になったことも評価できる。

肝心の音質だが確実に向上していることが聴き取れる。

より古い1961年録音の第5番は64年の第1番に比べても遜色のない、透明感のある鮮明なサウンドと奥行きを感じさせる音場が得られ、終楽章コーダのティンパニの打ち込みも鮮やかに再生されるし、第1番のソロ楽器の独立性が保たれたカラフルなアンサンブルが印象に残る。

源音をCD化する時に必然的に起こる音質の劣化を最小限に食い止める手段として、個人的には肯定的に受け止めている。

ショスタコーヴィチの交響曲については、とかくこれらの曲の成り立ちに関するエピソードや当時のソヴィエトの社会情勢に対する作曲家の複雑な心境などが云々されて、聴き手もそうした暗澹たる状況を演奏の中に探しがちだ。

アンチェルの演奏にはそのような作品にまつわる澱のようなものを完全に濾過した解釈があり、純粋にスコアに書き記された音楽だけから引き出される音響力学によって再現する姿勢は終生変わらなかった。

それが作品に普遍的な価値を与えているのだろう。

アンチェル自身の強制収容所での悲惨な経験は、活かされているとすればそれは人類愛に向けられていて、彼の演奏を高踏的にしているのだと思わざるを得ない。

第5番は全体にゆとりのあるテンポで作品の悲劇性を素朴に表現しており、そこに西欧やアメリカとは異なるスラヴ的気質が表されているようだ。

アンチェルの演奏には技術的にデリケートな側面とおおらかな気分が同居しているのが興味深い。

終楽章を雄大に表出してクライマックスを盛り上げているのは現代の先駆を成す演奏だ。

チェコ・フィルのオーケストラとしての実力が遺憾なく示されているのもこのCDの特徴で、アンチェルの指揮に敏感に呼応する全体の機動力と結束にも驚かされる。

アンサンブル交響曲とも呼びたくなる第1番の様々な楽器によるソロの大活躍と一糸乱れぬ合わせの巧さも聴きどころだ。

ここにはアンチェル首席時代に迎えたチェコ・フィル第二の黄金期の面目躍如の演奏が記録されている。

彼らはドヴォルザークからスーク、マルティヌーやヤナーチェクに至るチェコの作曲家の作品の演奏では他の追随を許さないが、この2曲のショスタコーヴィチではロシア物との相性もすこぶる良いことを示している。

勿論スラヴ系以外でもモーツァルトに代表される古典から現代音楽のジャンルにおいても活躍が期待できるオーケストラだ。

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classicalmusic at 13:47コメント(0)ショスタコーヴィチアンチェル 

2018年02月24日


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パーヴォ・ヤルヴィは、2001年から2011年にかけてシンシナティ交響楽団首席指揮者を務め、退任後はその業績を称えられて桂冠指揮者に任ぜられるなどその関係はきわめて良好であった。

このセットは、彼らが2000年から2008年にかけてテラーク・レーベルでおこなったセッション録音を集めたもので、その全貌を独NCAが廉価BOXにまとめてライセンス発売し、得意のロマン派と近現代作品の数々を優れた音質で楽しむことができる。

この頃のヤルヴィは現在の円熟した姿とは異なり、出すCDが何れも若手指揮者らしく野心的かつ挑戦的で、驚くほど鮮烈な演奏を聴かせていた。

同じく鮮烈な演奏でも、日本ではどうしてもRCAへのベートーヴェンの交響曲録音に注目が集まりがちで、これらの米テラーク録音はその陰に隠れがちだった。

また、一部のアイテムが品切れなどの理由で現在では手に入りにくくなっていただけに、この廉価BOX化は多くの愛好家の方に喜ばれることであろう。

パーヴォ・ヤルヴィは、最も録音を活発に行っている指揮者であり、現代における最も注目すべき指揮者と言えるのではないか。

パーヴォ・ヤルヴィは、父ネーメ・ヤルヴィ譲りの非常にレパートリーの広い指揮者で、CDの多種多様ぶりには目を見張るばかりであるが、決して器用貧乏には陥らず、発売されるCDのいずれもが水準の高い名演という点も、高く評価されるべきである。

まさに飛ぶ鳥を落す勢いのパーヴォ・ヤルヴィの勢いはとどまるところを知らない。

音楽業界の世界的な不況の下で、CDの新譜が殆ど発売されない事態に陥っているが、そのような中で、気を吐いている指揮者の最右翼が、このパーヴォ・ヤルヴィということになるだろう。

しかも、どの演奏も水準の高い名演に仕上がっており、その音楽性の高さを考慮すれば、今や父ネーメ・ヤルヴィをも凌ぐ存在となったと言えるだろう。

決して粗製濫造には陥らず、多種多様な楽曲のいずれについても高水準の名演を繰り広げているというのは、類稀なる才能の証左であると言えるところであり、現代における最も注目すべき指揮者との評価もあながち言い過ぎではないと思われる。

凡演になることは殆どなく、常に一定の水準以上の演奏を行っているというのは、パーヴォ・ヤルヴィの類稀なる資質をあらわしていると言える。

パーヴォ・ヤルヴィのアプローチは、いずれの楽曲においても、曲想を精緻に、丁寧に紐解いていくというものだ。

確かに、ここには聴き手を驚かすような特別な個性があるわけではなく、奇を衒ったり恣意的な解釈など薬にしたくもないが、どこをとっても豊かな情感に満ち溢れており、常にコクのあるニュアンス豊かな音楽が流れていく。

楽曲の魅力を自然体で表現し、聴き手がゆったりとした気持ちでその魅力を味わうことができる点を高く評価したい。

このような純音楽的なアプローチによる名演を聴いていると、あらためてパーヴォ・ヤルヴィの類稀なる音楽性の豊かさとともに、前途洋々たる将来性を大いに感じるのである。

そして何よりも素晴らしいのは、パーヴォ・ヤルヴィの薫陶の下、最高のパフォーマンスを示したシンシナティ交響楽団の卓越した技量であり、管楽器も弦楽器も最高のパフォーマンスを示している。

かつては、必ずしも一流とは言えなかったシンシナティ交響楽団であるが、パーヴォ・ヤルヴィの薫陶によって、数々の素晴らしい演奏を繰り広げるようになった。

このコンビによるかなりの点数にのぼる既発売CDの演奏の水準の高さが、それを如実に物語っているが、それらが集大成された本BOXを改めて聴くと、そうした薫陶の成果が存分に発揮されているのが分かろうというものだ。

録音も、テラークならではの極上の高音質録音であり、パーヴォ・ヤルヴィの精緻な演奏を鮮明な音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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classicalmusic at 13:48コメント(0)ヤルヴィ 

2018年02月22日


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エストニアの巨匠ネーメ・ヤルヴィとノルウェーのベルゲン・フィルとのスペシャル・プロジェクト、チャイコフスキーの3大バレエ全集がこの『くるみ割り人形』にて完結した。

史上最高のレコーディング・アーティストと評されているのはかのヘルベルト・フォン・カラヤンであるが、そのカラヤンをも遥かに超える膨大なレコーディングを行っている指揮者が存在する。

既に80歳を迎えているが、今なおレコーディングへの意欲をいささかも失っていないその指揮者こそはネーメ・ヤルヴィである。

最近はパーヴォもクリスチャンも大活躍のヤルヴィ一家であるが、レパートリーの広さ、演奏の迫力、膨大な録音量等、父親ネーメの存在感はまだまだ圧倒的だ。

特にオーケストラが大編成となる作品における手腕の見事さはさすがで、これまでにも数々の素晴らしい演奏を聴かせ、師ムラヴィンスキー譲りの巧みなオーケストラ・コントロールがまず注目されるところでもあり、その「鳴りの良さ」が、多くのオーケストラ・ファンの信頼を得てきている。

しかしながら、ネーメ・ヤルヴィに対しては、一部の毒舌の音楽評論家から「なんでも屋」であり、膨大なレコーディングは粗製濫造などといった罵詈雑言が浴びせられているが、それはいささか言い過ぎであろう。

確かに、他の指揮者を圧倒するような名演は殆ど皆無ではあるが、いずれの録音も水準以上の演奏に仕上がっているのではないかと考えられるところだ。

ネーメ・ヤルヴィの最大の功績は、これまでのレビューに紹介してきた通り、特に北欧の知られざる作曲家の作品を数多く録音して、広く世に知らしめたということであり、このことだけでも、後世に名を残すだけの名指揮者と言っても過言ではあるまい。

そのような膨大なレコーディングを行っているネーメ・ヤルヴィであるが、意外にもチャイコフスキーの3大バレエ音楽の録音は本盤が『眠れる森の美女』『白鳥の湖』に続き3作目とのことである。

数年前にBISレーベルに水準の高いチャイコフスキーの交響曲全集を録音しているだけに意外な気もするが、それだけにネーメ・ヤルヴィとしても満を持して取り組んだ録音であると言うことができるだろう。

そして、本盤のバレエ音楽『くるみ割り人形』の録音は、そうした我々の期待をいささかも裏切ることがない素晴らしい名演に仕上がっている。

3大バレエ音楽の中でも、『眠れる森の美女』と比較すると、『くるみ割り人形』は『白鳥の湖』と並び全曲録音の点数が多い作品だが、本演奏は数ある名盤の中でも特筆すべき出来映えであると高く評価したい。

ネーメ・ヤルヴィのアプローチは、例によって聴かせどころのツボを心得たわかりやすさを信条とするもの。

交響曲ではなく、バレエ音楽だけに、このようなアプローチは理想的であり、チャイコフスキーならではの親しみやすい旋律に満たされた同曲の魅力を、我々聴き手は安定した気持ちで満喫することができるのが素晴らしい。

ネーメ・ヤルヴィの快活な音楽作りとベルゲン・フィルの洗練されたサウンドが、可愛らしい旋律やユニークな各国のダンス、幻想的な『くるみ割り人形』の物語を豊かに創造している。

各場面の描き分けも秀逸であり、これまで数多くのレコーディングを手掛けてきたネーメ・ヤルヴィならではの演出巧者ぶりが十二分に発揮されている。

いずれにしても、本演奏は、演奏内容、そして音質面の両面において、極めて水準の高い素晴らしい名盤であると高く評価したいと考える。

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classicalmusic at 14:02コメント(0)チャイコフスキーヤルヴィ 

2018年02月20日


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20世紀中葉を代表する巨匠の一人として今なお高い評価を得ているフランツ・コンヴィチュニー(1901-1962)がチェコ・フィルハーモニーに客演した貴重なステレオ音源を昨年UHQCD化によってリニューアルした1枚。

収録曲はシューベルトの交響曲第9番ハ長調『ザ・グレイト』とワーグナーの歌劇『タンホイザー』序曲だが、特にシューベルトの録音状態が秀逸で、今回のUHQCD化によって更に鮮明な音質と臨場感が得られている。

楽器の定位も明確で、低音から高音までのバランスも見事だ。

収録年は1962年なので彼の最後のセッションのひとつとしても、これだけの優れた音源が残されていることは幸いというほかはないが、当時のチェコ・スプラフォンのレコーディングに懸けたエンジニア達の意気込みをも伝えている。

ワーグナーの方は1960年の録音ということもあって、音質でやや劣っていることは否めない。

こちらも歴としたステレオ録音だが総奏部分になると高音の鮮明さ、低音部の迫力や分離状態もシューベルトに比べるといまひとつという印象だ。

どちらも一点の曇りもない平明で重心の低い解釈はコンヴィチュニーらしいが、揺るぎない造形、スケールの大きさ、味わいの深さなどはまさにこの巨匠ならでは。

シューベルトのこの長大な交響曲を演奏するのに、コンヴィチュニーは、いささかの苦心のあともとどめていない。

ごくふつうにあたりまえのことのように演奏しているのだが、演奏が決して平板に流れず、むしろ、曲に一種の雄大な趣きさえ添えているのは、まったく驚くべきことで、このような指揮者は、ほんとうに、音楽の魔術師のようなものである。

彼に従うオーケストラのアンサンブルも非常に巧妙で、それぞれのメンバーの音楽的水準の高さも証明されている。

この頃のチェコ・フィルはアンチェルが首席で、オーケストラをここまで鍛え上げた彼の功績でもあるだろうが、既にヨーロッパの第一線に立つ楽団に成長していたことが理解できる。

コンヴィチュニーはドイツ系だがモラヴィア生まれの指揮者で、その意味ではチェコ・フィルとの共演が意外に少ない。

やはり昨年リリースされた英スクリベンダムからの20枚組のセットには、かろうじてブルックナーの第4番1曲が1952年のモノラル録音で加わっているだけで、現行のCDを見ても他にはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲をスークのソロで録音したスプラフォン盤があるくらいだ。

勿論コンヴィチュニーは1949年以降終生ライプツィヒ・ゲヴァントハウスのカペルマイスターであり、またシュターツカペレ・ドレスデンの首席も兼ねていたので、録音活動では圧倒的にこのふたつのオーケストラが占めているが、チェコ・フィルとの共演はそれらに優るとも劣らない魅力があることは明らかだ。

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classicalmusic at 11:47コメント(0)シューベルト 

2018年02月18日


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チャレンジ・クラシックスからは2005年にもウィレム・ヴァン・オッテルローがハーグ・レジデンティ管弦楽団を指揮した13枚組が出ていたが、残念ながら既に廃盤の憂き目に遭っている。

一方こちらは2011年にリリースされた2集目のボックス・セットで、1951年から66年にかけてヨーロッパの4つのオーケストラを振った7枚分の、CDとしては初出のフィリップス音源が収録されている。

ただしこのセットには彼の演奏では白眉とされるベルリン・フィルとの1951年のベルリオーズの『幻想』に関しては、既出のためか組み込まれていない。

CD化に当たってはモノラル、ステレオ録音共にリマスタリングは良好で、鑑賞に不都合な点はない。

CD1冒頭のスメタナの『売られた花嫁』序曲での駆け抜けるような思い切ったテンポ設定に、透明感のあるハーグ・レジデンティの一糸乱れぬアンサンブルが従っているのが印象的で、彼のスコアへの精緻な読み込みを象徴している。

彼は楽団のトレーナーとしても優れた手腕を発揮して、当時のハーグをヨーロッパの並み居るメジャー・オーケストラの水準まで引き上げた。

どの作品にもそれぞれの楽器の正確な音程と良くトレーニングされた破綻のないアンサンブルが活かされているが、決して冷淡な感じはなくサン=サーンスの交響曲第3番のような大曲でも正確でありながら情熱的な演奏にしている。

ライナー・ノーツが充実していて、初出時のLPジャケットの写真が掲載され、録音時のエピソード、演奏の特徴や他のヴァージョンとの違いなどが簡潔に記されている。

オランダはオーケストラの名指揮者を絶えることなく輩出している。

その系譜はメンゲルベルクから思い出してもヴァン・ベイヌム、ヴァン・オッテルロー、ハイティンク、ブリュッヘン、ヴァン・ズヴェーデンと続いて現在に至っている。

しかしヴァン・オッテルローが他の指揮者に比較してそれほど高名でないのは、ヴァン・ベイヌムの後継者としてアムステルダム・コンセルトヘボウの首席指揮者に選出されなかったからかも知れない。

詳しい事情は分からないが、結局若かったハイティンクと後見人ヨッフムによる双頭体制が始まり、彼は円熟期の本拠地をオーストラリアに移してメルボルンとシドニーで演奏活動を行うことになる。

しかし彼の楽才やオーケストラの統率力が同時代の第一線で活躍していた他の指揮者に劣っていたわけではなく、むしろ彼のポリシーとそれを反映した比較的地味なキャリアが知名度を低くしているのが事実だろう。

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classicalmusic at 12:01コメント(0)スメタナサン=サーンス 

2018年02月16日


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典雅な音色とスタイリッシュな演奏で一世を風靡したベルギーのヴァイオリニスト、アルテュール・グリュミオーはかなりの量の音源をフィリップスに遺している。

没後30周年記念として2015年にユニヴァーサル・イタリーからは彼の十八番だったモーツァルト・コンプリート・レコーディング集19枚がリリースされ、今年になってモノラル音源のみの14枚も纏められた。

曲目を見るとモーツァルト作品集とはこのセットでも2枚がだぶっているし、モノラル録音集ともハスキルと組んだベートーヴェンを始めとして7枚が同音源になる。

どちらにも組み込まれていないのが1960年から翌61年にかけて収録されたバッハの無伴奏ソナタとパルティータ全6曲、58年のベイヌム、コンセルトヘボウとのブラームス及びフリッチャイ、ケルン放送交響楽団とのストラヴィンスキーの3枚だけになる。

前述の2セットを持っている方でもバッハの無伴奏の正規盤2枚を買うよりコストパフォーマンスで優っているところがセールス・ポイントだろう。

例によってジャケットは総てボックスと同一のデザインでライナー・ノーツ等は一切省略された完全節約仕様。

ベートーヴェンのソナタ全集はハスキルの素晴らしいサポートもあって、息の合った充実した作品集に仕上がっている。

60歳を超えたハスキル晩年の録音だが、そのみずみずしさはどうだろう。

技術的にも申し分なく、各作品の様式感を深く掘り下げながら晴れ晴れとした音楽を自在に繰り出していくあたり、音楽家としてまさに円熟の極みにあったことがよくわかる。

グリュミオーにとってもかけがえのない音楽的伴侶であったろう。

2人の音楽は完璧に一体化し、全曲ともテンポ感やリズムが快い秀演となった。

後続のモーツァルトの2曲のソナタも含めて総てモノラル録音だがフィリップスの潤いのある柔らかく、しかも立体感が感じられる音質が特徴だ。

バッハの無伴奏はグリュミオー40歳を迎えた典型的な壮年期の演奏で、丁寧に引き込んでいるが覇気に満ちた強い推進力がある。

美しい音色と潤沢な音量に溺れることなく、バッハの対位法の綾を綴るテクニックは流石だ。

ドキュメンツ系の廉価盤では新規のリマスタリングは全く期待できないが、音源自体が非常に良好なステレオ録音なので音質も充分満足のいくものになっている。

それに反して最後の2枚は演奏に関しては文句はつけられないが、録音状態が時代相応以下でやや耳障りなのが惜しまれる。

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classicalmusic at 00:40コメント(0)グリュミオーハスキル 

2018年02月14日


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Richter The Masterシリーズの第4巻目にあたり、2枚のCDにベートーヴェンの2曲のソナタ、2曲のロンド、そしてピアノ三重奏曲『大公』及び『ピアノと木管楽器のための五重奏曲』が収録されている。

とりわけ2枚目の2つのアンサンブルはフィリップスが持つリヒテル唯一のライヴ音源で、しかもこのシリーズはリミテッド・エディションで既に製造中止になっている。

そのために幻の名演としてセカンドハンドでも法外なプレミアムが付いてしまっている。

同シリーズの他のセットはまだ手に入るだけに残念だ。

『大公』は彼が他の曲でも協演したボロディン四重奏団のメンバーとの演奏になるが、何故かこの曲はその後セッションで採り直すことがなかったようだ。

一方ピアノ五重奏曲は曲自体が滅多に演奏されないということもあって、更にこのCDに付加価値を加えているが、こちらではパリを中心に活動している当時としては新進気鋭のモラゲス木管五重奏団が協演している。

どちらも1992年12月にモスクワのプーシュキン・ミュージアムで行われたコンサートからの録音のようだ。

『大公』ではボロディンの2人がいつになく古典的な均整の取れたアンサンブルを聴かせていて、リヒテルの気品に満ちたピアニズムとバランス良く調和している。

シューベルトの『鱒』ではいくらか癖のあるロマンティックな表現が気になったが、ここではポルタメントなどは最低限に抑えられているのが好ましい。

特に第3楽章のヴァリエーションでの変化に富んだリリカルな表現は秀逸だ。

『ピアノ五重奏曲』はモラゲスの管楽器奏者達の精緻な合わせ技が素晴らしいが、それは彼らの個人的な技術水準の高さも証明している。

実際第2楽章でオーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンのそれぞれが披露する節度をわきまえたカンタービレは白眉だ。

また晩年のリヒテル特有の包容力のあるピアノが、伴奏に回った時にも注意深くソロを引き立てているのも流石だ。

尚1枚目のCDに収められているピアノ・ソナタ第18番及び第28番と2曲のロンドはリヒテルの音源が他にもあり入手することも可能だが、このライヴは第18番が1992年、その他が1986年のアムステルダム・コンセルトヘボウでのコンサートから録音されたもののようだ。

ライナー・ノーツは17ページほどで英、仏、独語の簡易なエピソードが掲載されているが、このライヴの経緯については全く触れておらず、録音データに関しても信用できるものではないことも付け加えておく。

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classicalmusic at 00:02コメント(0)ベートーヴェンリヒテル 

2018年02月12日


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EMIバジェット・ボックス・シリーズのリニューアル限定盤で、この9枚のCDにはピンカス・ズーカーマンのヴァイオリン、ジャクリーヌ・デュ・プレのチェロ、そしてダニエル・バレンボイムのピアノの3人によるベートーヴェンの10曲のピアノ三重奏曲、5曲のチェロ・ソナタと3曲のヴァリエーション、更に10曲のヴァイオリン・ソナタ及び同メンバーでのチャイコフスキーのピアノ三重奏曲イ短調が収められている。

このうちチェロ・ソナタは1970年のエディンバラ音楽祭、またチャイコフスキーは72年のテル・アヴィヴのそれぞれライヴから採られたもので、後者はモノラル録音だが音質は決して悪くない。

ただしズーカーマンのヴァイオリン・ソナタ全曲以外は以前リリースされたデュ・プレのコンプリート・レコーディングス・セットに総て入っているので既にお持ちの方は注意されたい。

バレンボイムと夭逝した天才チェリスト、デュ・プレ夫妻の見事な呼吸とズーカーマンのアンサンブルが精緻で充実した音楽を創った隠れた名盤だ。

3人とも1940年代の生まれだから、録音当時は一番年上のバレンボイムでもようやく30歳になろうという若さだった。

それだけに彼らの演奏には特有の覇気が漲っていて、溌剌とした中にも和気あいあいの雰囲気でベートーヴェンの音楽に取り組んでいる初々しさが感じられる。

その傾向はチェロ・ソナタの方により顕著だが、ピアノ三重奏でのアンサンブルは若さがぶつかり合うような激しいものではなく、かなり抑制を効かせた調和を保っているのも特徴的だ。

一方1971年から73年にかけてのセッションになるズーカーマンの弾くヴァイオリン・ソナタでは後年の彼にみられる内向的な表現ではなく、美しい音色を充分にアピールした瑞々しい演奏を聴くことができる。

バレンボイムの伴奏も積極的で、ベートーヴェンが書き記したピアノ・パートの多様性を巧みに表現していて秀逸。

特に『クロイツェル』冒頭の堂々たる押し出しのよさとズーカーマンとの絶妙なやりとりも聴き所のひとつだ。

1971年の暮れ、半年間の休養を終えてスタジオに戻ってきたデュ・プレは、夫バレンボイムと共に長年の懸案だったベートーヴェンのチェロ・ソナタを録音するべく、手始めに第1番の第1楽章を録音した。

しかしそれは完成されることなく、彼女がチェリストとしてスタジオに姿を見せた最後のセッションとなった。

彼女が演奏不能となったとき、英EMIはBBCから1970年のエディンバラ音楽祭におけるライヴ・テープを借り受け、彼女への感謝も込めてリリースしたのである。

ライヴゆえに小さなキズやノイズもあるが、皮肉にもこの録音が陽の目を見たことで、私たちはデュ・プレの音楽性がどれほど自由なものかを確認できるのである。

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classicalmusic at 02:09コメント(0)バレンボイムデュ・プレ 

2018年02月10日


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オーストラリア・エロクエンスからの2枚組廉価盤で、ラファエル・クーベリック指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるブラームスの交響曲全4曲を収録している。

ライナー・ノーツの録音データを見ると第1番から第3番までが1957年、第4番が1956年で、いずれもウィーンのゾフィエンザールでのステレオ・セッション録音になり、本家デッカからはCDとして初リリースのようだ。

ただし日本ではタワーレコードからヴィンテージ・コレクションでクーベリック生誕100周年記念盤として2014年に既に復刻されている。

ある程度プライス・ダウンされているところがセールス・ポイントだろうか。

早くからステレオ録音に取り組んだデッカだけあって、音質は鮮明で分離状態も良いが全体的なサウンドがややデッドで、もう少し豊かな中低音と柔らかさが欲しいところだが、これはリマスタリングの結果というより音源の持つ弱点と思われる。

クーベリックは1983年にバイエルン放送交響楽団ともブラームスの交響曲全曲を再録音しているが、先ず決定的に違うのが演奏時間で、第3番以外では第1楽章の提示部の繰り返しを省略していることもあるが、テンポの取り方もこちらの方がかなり速めになっている。

2枚のCDに収まっているのもこのためだ。

しかしクーベリック40代前半の強い推進力が感じられても、決して尖った演奏にならないのはオーケストラの奏法に負うところが大きい。

ここでは1950年代後半のウィーン・フィルのこぼれる魅惑に満ち溢れており、彼はオケの自主性を重んじた柔和な音楽作りを見せる。

この頃のウィーン・フィルはコンサート・マスターがボスコフスキー、首席奏者にはフルートのハンス・レズニチェク、オーボエのハンス・カメシュ、ホルンはフォン・フライベルクという頑固なまでにウィーン流派を受け継ぐメンバーが揃っていて、クラリネットのウラッハは少し前に引退していたが、替わって彼の高弟プリンツが首席に着いていた。

若手指揮者の言うことを聞かないことで有名なウィーン・フィルでは、クーベリックも彼らに一目を置かなければならなかっただろう。

第3番第3楽章を始めとする様々な楽器によるソロの部分での彼らの培ってきた伝統的な音色と奏法による巧みなアンサンブルを聴くことができる。

白眉は快速で駆け抜ける第4番の第1楽章で、いち早く過ぎ去ってゆく情景にウィーン・フィルの面々が歌という刻印を残してゆく様は圧巻だ。

尚第1番第2楽章のヴァイオリン・ソロはボスコフスキーと思われる。

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classicalmusic at 14:17コメント(0)ブラームスクーベリック 

2018年02月08日


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J.S.バッハの長男として生まれながら、自らの性格破綻的な傾向も手伝って、中年以降を不遇のうちに送ったW.フリーデマン・バッハの6曲のトラヴェルソ・デュエット集という珍しい曲集が、バルトールド・クイケンと彼の直弟子マルク・アンタイのトラヴェルソによって見事に演奏されている。

この曲集はピリオド楽器での演奏がごく僅かしかなく、当盤は1990年の録音だが、現在ではこの他に1999年にリリースされたコンラート・ヒュンテラーとミヒャエル・シュミット=カスドルフのCDくらいしか見出せない。

その理由は技巧的には超絶的に困難なわりに、華やかな効果が出しにくい作品の特質にあると思われる。

通常のトラヴェルソはニ長調で最も安定したスケールと均等な音色が得られるように調律されていて、フラット系の調では運指が複雑になる一方で音質が不均等になりがちなので表現が難しくなる傾向があるが、このデュエット集6曲のうち4曲までがフラットの調で書かれている。

しかも調がトラヴェルソでやりにくいのに加えて、目まぐるしい転調や半音階の動きがあって、演奏者泣かせの曲集でもある。

作曲者があえてこうした調性を取り入れたのも、その一通りでない演奏効果を目論んでいたに違いない。

J.S.バッハとは、まったく作風が違うので、時代の変遷をリアルに感じ取ることができる。

演奏者はどちらも三兄弟揃って古楽奏者という、言ってみれば根っからの古楽研究家の出身で、しかも全員がグスタフ・レオンハルトやフランス・ブリュッヘンともしばしば協演している。

こうした経験が当然彼らの演奏に説得力を与える結果になっていることは事実だ。

収録曲目はヘ長調Falck57、ト長調Falck59、変ホ長調Falck55、ホ短調Falck54、変ホ長調Falck56、ヘ短調Falck58で、彼らの使用楽器はアラン・ヴェーメルス製作のカール・アウグスト・グレンザーのワン・キー・モデルだ。

フラット調に弱いという弱点はあるにしても、高音の軽やかさと明快なメロディー・ラインを出すことに成功している。

ポリフォニーの音楽としても両者が対等に競い合っていて、トラヴェルソによる彼らの水準を凌駕するような演奏は当分期待できないだろう。

当曲集はバロック・ファン向けというより、フルートを学んでいて、難易度の高いデュエット曲をお探しの方にはうってつけのディスクかも知れない。

尚ピッチはa'=415で音質は極めて良好。

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classicalmusic at 14:43コメント(0)バッハクイケン 

2018年02月06日


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イングリット・ヘブラー(1926-)はモーツァルトのピアノ・ソロのための変奏曲を都合14曲録音している。

それらはユニヴァーサル・コリアからのボックス・セットに総て収録されているが、個別売りCDでも過去3集に分けてリリースされた。

そのうち現行盤はタワー・レコードとユニヴァーサル・ジャパンからの1枚ずつだが、このディスクは後者に当たる。

ただレーベルも企画も異なっているためか曲目にだぶりがあり、しかもこちらには録音状態の不釣合いなアルトゥール・バルサムの古い演奏が2曲カップリングされている。

それ故ヘブラーの演奏はだぶっているパイジェッロの主題による6つの変奏曲を入れても、事実上5曲だけになる。

できれば演奏者をヘブラーだけに統一して収録曲数を増やして欲しかった。

モーツァルトの作品の中で、ピアノ曲の占める割合というのは大変大きく、彼自身がピアノの名手であったことを思えば当然のことであろう。

鍵盤楽器用の変奏曲には多分に即興的な要素があり主題が自作のものであれ、また他の作品からのものであれテーマを様々に展開させていく作曲家の能力と閃きが問われるが、モーツァルトはこのジャンルでもその卓越した手腕を示している。

実際グルックの主題による10の変奏曲のように彼が即興演奏したものを後に書き留めた作品も存在する。

随所にパッセージやカデンツァ風の走句を挟んで幻想曲風に展開されるK.398、個性的な変奏が繰り広げられる円熟したK.455、由来不明の短い主題による愛らしいK.500、広く愛奏されているK.573、ピアノ曲の最後を飾った晩年のK.613。

これらは、一見アマチュアにも弾けるような書き方がされているが、その何でもないようなスタイルの陰に卓越した芸術性が隠されていることを忘れてはならない。

ひとつのテーマから溢れ出て尽きることのない流暢なヴァリエーションを飾り気なく、しかし飛びっきりエレガントに表現したのがヘブラーの演奏である。

彼女はことさらテクニックを誇示することもなく、それぞれの作品の特徴を丁寧に描きながら、モーツァルトの天衣無縫な才能を一番美しくかつ自然な形で聴かせてくれる。

ウィーン風のまろやかな、ニュアンスが豊かな表現で、聴き手を魅了せずにはおかない。

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classicalmusic at 18:41コメント(0)モーツァルトヘブラー 

2018年02月04日


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先ず幕開けのオーケストラのサウンドの鮮烈さとレオンタイン・プライスが歌う「サマータイム」のパワフルで奔放な歌唱力に圧倒される。

このディスクは当時39歳だった彼女の驚異的な美声と役者としての芸の魅力を堪能させてくれる1枚だ。

彼女がベス役を歌ったガーシュウィンのオペラ『ポーギーとベス』の全曲盤はこの録音と同じキャスティングで、幸いヨーロッパ・ツアーの時のRIAS交響楽団との1952年のベルリン・ライヴが残されているが、音質に関しては時代相応で舞台や客席からの雑音も多いのがいくらか煩わしい。

それに較べるとこちらはハイライト盤だが1963年のステレオ・セッション録音で鮮明な音質で鑑賞できるのが嬉しい。

またスキッチ・ヘンダーソンの気の利いた指揮も小気味良く、スラム街なまず横丁で展開する舞台を髣髴とさせてくれる。

プライスは常に本能的に演じているようにみせて、実際にはかなり頭脳的ストラテジーを発揮していると言うべきで、それは表現力だけでなく声の巧妙なコントロールにも感知される。

一方ポーギー役のバリトン、ウィリアム・ウォーフィールドはこの頃プライスの夫でもあり、1952年のリメイク版映画『ショーボート』の「オール・マン・リヴァー」で哀愁と諦観を表現しきって役者としての実力も披露した。

ポーギーも間違いなくはまり役で、第2幕のベスとのデュエットやベスを探しに不自由な体を押して単身ニューヨークに発つ幕切れのシーンは理屈抜きで感動的だ。

更に脇を固めているのが麻薬売人スポーティング・ライフ役のジョン・バブルスで、ヴォードヴィリアンでタップダンサーだった彼のダミ声による絶妙な性格役者の才能は、ガーシュウィン自ら選んだ初演のメンバーだったことからも証明されている。

彼らによる全曲セッション録音が存在しないのが残念でならない。

アメリカの人種隔離政策時代にはオペラ界にも徹底した人種差別があった。

メトロポリタン歌劇場に黒人歌手で初登板を果たしたのはコントラルトのマリアン・アンダーソンで1955年のことだったが、当時彼女は既に57歳で劇場との契約もたった1回の公演という屈辱的なものだった。

レオンタイン・プライスはメトと1961年に正式契約を交わした最初の黒人プリマドンナで、先輩アンダーソンの蒔いた種を見事に開花させたと言えるだろう。

ちなみにこの作品の初演メンバーによる1935年録音の抜粋盤も複数のレーベルからCD化されている。

比較的まともな音質が保たれているので鑑賞する価値は大いにある。

近年の『ポーギーとベス』は歌手達の水準は高いが妙に洗練された演奏が多く、そこでは大概物語の鮮烈さや人間的な宿命というテーマが希釈されてしまっている。

しかし正直にこのオペラを上演するならば優等生歌手は必要ないし、むしろ荒削りであってもドラマを生き生きと伝える演技力の方が問われることは言うまでもないだろう。

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classicalmusic at 18:21コメント(0)ガーシュウィン 

2018年02月03日


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昨年の暮れにプラガ・ディジタルスからリリースされた3種類のフルトヴェングラー・ハイブリッドSACDシリーズの1枚で、ロマン派の作曲家の交響詩や管弦楽用小品を6曲収録している。

オーケストラはブラームスのみがベルリン・フィル、その他はウィーン・フィルとの協演になり、戦後楽壇に復帰したフルトヴェングラー最後のピリオドを飾る演奏集としては比較的小規模の作品を集めているのが特徴だ。

いずれも放送用ライヴ音源らしく客席からの雑音は一切なく、音質自体もこの時代の録音としては期待していた以上のサウンドが再生可能になっている。

初出音源ではないのでこうしたリマスタリング盤で先ず問われるのは音質だが、全体的に鮮明でモノラルながら楽器ごとの分離状態も悪くない。

尚プラガでは電気的に音場を拡げた擬似ステレオ・マスターを積極的に使っているが、鑑賞での違和感はなく曲によっては臨場感を高めることに成功しているので、個人的にはそれなりに意味のある処理だと肯定的に考えている。

いずれの作品にもフルトヴェングラーのオリジナリティーが横溢していて、古典派の音楽では彼の自在なテンポ感覚が批判の対象にもなるが、これらのロマン派の作品では考え抜かれた音楽設計やその傑出したセンスが正当化されているように思う。

1954年の交響詩『前奏曲』におけるフルトヴェングラーは、感情の振幅を可能な限り大きくとりながら、曲想をどこまでもどこまでも追求し続けて行き、そこには妥協めいたものなど、一切入り込むことができない。

彼の姿勢は驚くほど徹底していて、その結果『前奏曲』という作品が途轍もなくスケール雄大に再現されており、それがもつ意味合いといったものも比類なく深い。

他の指揮者の棒で聴く『前奏曲』とは、まるで違った曲のように把握され、再現されている。

まさしくフルトヴェングラーの独壇場と言っていいだろうし、他の指揮者では、とてもこうはいかない。

ウィーン・フィルの持ち味も、ここでは最大限効果を発揮している。

一方、一番古い1949年の『ジークフリートの牧歌』は従来盤と比較して格段と音質が良くなり、実際驚かされる。

フルトヴェングラーというと、極めて劇的で重厚な表現をする指揮者のように思われているが、こうしたほのぼのとした作品を指揮させても、実にうまい。

この巨匠ならではのニュアンスの豊かな、彫りの深い演奏で、ひとつひとつのフレーズの扱いにも、よく神経が行き届いている。

ウィーン・フィル自慢の弦楽のシルキー・トーンや当時の首席ゴットフリート・フォン・フライベルクだと思うが独壇場のウィンナー・ホルンのソロには思わず聴き入ってしまう。

ブラームスのハイドンの主題による変奏曲はベルリン・フィルで、シンフォニックなオーケストレーションを発展させたスケール感の大きさは殆んど交響曲のようだ。

冒頭のテーマがやや暗く全体に粘っこい演奏だが、それでいて全曲を通じてこの曲に特有な世俗的な雰囲気を失っていない。

特に終曲は他のどの録音よりも壮大で、どの音にもフルトヴェングラーの個性があふれている。

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classicalmusic at 00:41コメント(0)フルトヴェングラー 

2018年02月01日


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アンナ・モッフォ没後10周年を記念して彼女の全盛期のRCA録音を集めた12枚のバジェット・ボックスで、一世を風靡した美人オペラ歌手としてのモッフォの最も華やかなりし頃の記録として興味深いセットではある。

ここには1960年から74年までに録音された総てのリサイタル・アルバムと彼女が参加したオペラの全曲盤からのピックアップ・シーンが収録されている。

この12枚組ボックスセットには、二重唱も含む全てのソロ・アルバムのほか、オペラ全曲盤からのアリアがコンパイルされており、彼女の名唱のすべてが集められている。

現代音楽の旗手としても知られる名指揮者、ルネ・レイボヴィッツと共演した「マノンの肖像」、巨匠ストコフスキーとの共演になる「オーヴェルニュの歌」、フランスの名ピアニスト、ジャン・カザドシュとのドビュッシー歌曲集など、モッフォのディスコグラフィの中でも際立った個性を放つ名演が一挙に蘇っている。

オペラに関しては全曲盤をそのまま収録しなかったのはむしろ賢明な選択だったと言える。

イタリア系だったこともあってイタリア・オペラを中心とする48のロールを歌った他に、その美貌を買われて女優として映画やテレビにも八面六臂の活躍を続けた異色のプリマドンナだった。

しかしモッフォのこうしたレパートリーはディ・ステファノと協演したマスネの『マノン』(CD5に抜粋を収録)以外は是が非でも聴きたいというほどの名演とは言えないからで、彼女はポスト・カラス、テバルディの時代に生きた1人の幸運なソプラノに過ぎないと言っても過言ではないだろう。

オペラ歌手の生命は何と言っても声の魅力とその表現力にあって、歌い手の容姿とか舞台での演技力などは往々にして二の次に評価されるのが一般的だ。

勿論プリマドンナが役柄に相応しいスタイルと美貌に恵まれていることに越したことはないし、相手役のテノールも釣り合いのとれた美男子であれば理想的だが、オペラの世界ではしばしばこの期待は裏切られる。

しかし結核を病む瀕死のヒロインが太り過ぎたソプラノであっても、歌唱力で他の矛盾する要素を中和して感動的な舞台を創り上げることも可能だ。

それが視覚を度外視できるオペラの持つ特異性とも言えるだろう。

美声と美形を両立させることができた数少ない例外がアンナ・モッフォだった。

ただし世の中はそう甘くないもので、同世代のソプラノでは、コロラトゥーラにレナータ・スコットが、リリコではミレッラ・フレーニが表現力でもテクニックでも格段に優っていたのは明らかで、彼女達と比較するとモッフォの歌唱がやや大味でスケール感に乏しく聞こえてしまうのも事実だ。

また彼女がその美声を保てたのは40代前半までで、喉の酷使のためかその後の声の衰えは急激に加速化して残念ながら歌手としての円熟期を迎えることができなかった。

ミドル・プライス盤なのでオリジナル・デザインのジャケット写真付収録曲目とデータ及びモッフォのキャリアを英、独、仏語で掲載した43ページほどのライナー・ノーツが付いている。

オペラ歌手専門評論家ユルゲン・ケスティングによる書き下ろしライナーノーツと、詳細な録音データを掲載したオールカラー別冊解説書付き(歌詞対訳は付いていない)。

尚初CD化の音源は、24bit/96kHzにてオリジナル・アナログ・マスターよりリミックスおよびリマスターされての復刻。

各ディスクはオリジナルLPのジャケット・デザインによる紙ジャケットに封入され、クラムシェル・ボックス(縦 3.2 cm x 横12.7 cm x 高さ 12.7 cm)に収納してある。

プリマドンナ時代の彼女を偲ばせる幾つかのスナップ写真は確かにスターのブロマイドに相応しいものだ。

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classicalmusic at 13:12コメント(0)ヴェルディプッチーニ 
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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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