2018年03月

2018年03月30日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



巨匠リヒテルのバッハとショパンをカップリングしたアルバムで、それぞれCD1枚ずつを当てている。

このシリーズでは彼のレパートリーの中核をなす作曲家として、更に第8巻の2枚がバッハ、第10巻のほぼ1枚分がショパンの作品集としてまとめられている。

リヒテルのバッハは彼の開拓したあらゆるテクニックを縦横に駆使して仕上げたという印象だが、常に洗練された音楽性で勝負するという点ではかなり正攻法で、決して奇を衒った表現ではない。

このあたりに彼のバッハ演奏に対するポリシーが窺われる。

『イタリア協奏曲』の楽章ごとの明快な描き分け、例えば第2楽章での通奏低音の上に奏でられる旋律の感性豊かなカンタービレと、それを挟む急速楽章の見事なシンメトリーは、この曲の簡潔な様式の美しさを良く伝えている。

『フランス風序曲』では、序曲の部分を総て楽譜の指示通りに繰り返して演奏する徹底した原曲への敬意が払われているし、またそれに続く舞曲の性格も極めて多彩なプロフィールを持っている。

2枚目のショパンでは『エチュード』作品10から8曲、同作品25から6曲が選ばれている。

リヒテルは『エチュード』全曲をライヴでもセッションでも弾いたことがなかったし、またその意志も持っていなかったようだ。

ここに収録された曲は、彼が特に好んでいたものを演奏効果も考慮に入れてセレクトして配列したと思われる。

勿論ライヴで演奏するにはかなり緊張せざるを得ない難曲揃いで、既にテクニックが衰え始めた晩年の彼だが果敢にも挑戦している潔さと、その集中力や余裕さえ感じさせる表現が素晴らしい。

中でも「木枯らし」は、彼のキャリアを映像で綴ったDVD『エニグマ』でも動画で鑑賞することが可能だ。

その他の2曲の『ポロネーズ』嬰ハ短調及びハ短調ではダイナミクスの幅広さと表現の巧みさ、深みのある抒情などで他のピアニストには真似のできない境地に達した巨匠の至芸を味わうことができる。

総てフィリップスの音源で、録音データに関してはCD1の『イタリア協奏曲』と『4つのデュエット』が1991年11月8日にノイマークトで、『フランス風序曲』は同年3月7日及び10日にローランドゼックでのライヴ、CD2の『エチュード』集が88年2月28日にザールブリュッケンにて、『ポロネーズ』はどちらも92年10月28日にオランダのナイメーヘンで催されたコンサートから採られている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:01コメント(0)リヒテルショパン 

2018年03月28日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



このディスクに収録された3曲は、いずれも1961年にプラハ・ルドルフィヌムで録音されたアナログ音源をリマスタリングしたブルー・スペック盤で音質にも非常に恵まれているが、それにも増してアンチェル、チェコ・フィルの情熱的かつ理知的な演奏に強く惹かれる。

それはボヘミア生まれのアンチェルが首席指揮者時代の手兵チェコ・フィルを振ったお国物という有利な条件を遥かに超越した高い音楽性の上に成り立っているからかも知れない。

つまり彼らは濃厚な民族意識をベースに持ちながらも、アンチェルの高踏的な解釈が偏狭な民族主義の鼓舞に終わることなく、この作品の普遍性を導き出したとも言うべき演奏だ。

それだけに恣意的に強調されたり、大見得を切るような部分は皆無だが、強い説得力を持って迫ってくる。

しかも彼らは冒頭のティンパニに聴かれるようにオーケストラとして独自のカラーを持っていて、素朴だがその力強さと機敏でしなやかな機動力が大きな魅力になっている。

第2楽章のコーラングレ・ソロも巧みだが、シンプルな背景にアンチェルは効果的な抒情性を醸し出して、この交響曲に絶妙なアクセントを与えているし、全体を引き締める緊張感の持続は聴き手を引き付けて離すことがない。

『新世界』はクラシックのスタンダード・ナンバーで、一流どころのオーケストラは殆んど例外なく、しかもさまざまな指揮者と繰り返し録音しているが、この演奏は将来にも聴き継がれるべき数少ないサンプルのひとつとしてお薦めしたい。

スプラフォンは冷戦時代の東側の国々の中でも録音技術に関しては西側に引けを取らないだけの優れた音源を残していて、ステレオ録音も旧東ドイツと並んで逸早く実現化している。

これはまだ大衆的なステレオ再生機器自体が普及していなかった当時の東側では例外的で、むしろ同時代のソヴィエトの録音システムよりも優っている。

来たるべきオーディオ時代を先取りした先見の明とその技術開発には驚かされる。

その後世界初のPCMディジタル録音は東京で行われたが、演奏はスメタナ四重奏団だったことも象徴的だ。

尚このディスクには『新世界』の他に2曲の序曲『自然の王国で』Op.91及び『謝肉祭』Op.92がカップリングされている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:42コメント(0)ドヴォルザークアンチェル 

2018年03月26日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ジャン・マルティノン(1910-76年)はシカゴ交響楽団の音楽監督を辞任した後、故郷に戻ってからもフランス国立放送管弦楽団の首席指揮者としてコンサート、録音に精力的な活動を続け、その成果として仏EMIにかなりの量の音源を遺すことになる。

ライナー・ノーツによればこのCDに収録されたプログラムは1970年3月11日にパリのシャンゼリゼ劇場で行われたライヴで、ベートーヴェン生誕200周年記念演奏会の一晩からピックアップされたもののようだ。

オン・マイクで捉えられた録音状態は劇場のややデッドな音響も相俟って鮮明で、この時代のライヴとしては臨場感にも不足しない極めて良好なステレオ録音だと思う。

拍手も盛大に入っているが、幸い演奏中の客席からの雑音はごく僅かで鑑賞に全く不都合はない。

マルティノンのレパートリーとしては入手困難だった音源で、特に前半の2曲に彼の実力が発揮されている。

『大フーガ』はベートーヴェンが当初弦楽四重奏曲Op.130の終楽章として作曲したものだが、741小節という破格に不釣合いな長さと受け入れ難い難解さから、出版時により短い曲に挿げ替えを余儀なくされた。

その後も耳の聞こえなくなったベートーヴェンが頭の中で捻り出した音楽のように考えられてきた。

実際には彼が古いフーガの作法を野心的に模索して未来にも通用する音楽語法としてリニューアルしてみせたサンプルと言えるだろう。

個々で演奏されているのはフェリックス・ワインガルトナーがコントラバスを加えて弦楽合奏用にアレンジしたもので、彼はまたピアノ・ソナタ第29番『ハンマークラヴィーア』もオーケストラ版に編曲している。

作曲家でもあったマルティノンは込み入った対位法の声部を明快に描き分けながら、中間部では静謐な清澄さを引き出して晩年のベートーヴェンの心境をも感知させ、この作品の内部に潜む豊かな曲想を再現している。

曲の構造と長さに負けないだけのしっかりしたオーガナイズと統率力が冴え渡った演奏だ。

三重協奏曲ハ長調は個性的なフランスのソリスト3人が協演しているところに面白みがある。

中でもフェラスとハイドシェックは異なった音楽性を持っていて、それに箍を嵌めるようにして纏めているのがマルティノンだが、全体的には流麗で軽快な演奏に仕上がっている。

トルトゥリエとハイドシェックはこの曲にはっきりした輪郭を与えているが、細部を聴いていると終楽章でフェラスが拍から逸脱しそうになったり、ライヴならではのスリルもある。

フランス国立放送管弦楽団は暖色系で柔軟な表現を得意とする典型的なフランスのオーケストラだが、ベートーヴェンの作品でもそうした長所が活かされて違和感はない。

最後の2曲はヴァイオリンのためのふたつのロマンスを、フェラスがオリジナルのオーケストラ伴奏で弾いたものだ。

いくらか線が細く透明感のあるしなやかな音色が如何にも彼らしいが端正な演奏ではなく、ヘ長調の中間部で不意にアッチェレランドをかけて、マルティノンが取り繕う場面も聴き取ることができる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:34コメント(0)ベートーヴェンマルティノン 

2018年03月24日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



タワーレコード・ヴィンテージ・コレクション・シリーズのひとつで、イングリット・ヘブラーがモーツァルトのピアノ協奏曲全曲録音に取り組む前に録音していたCD3枚分の音源を復活させたセットだ。

ライナー・ノーツによればいずれも1959年から61年にかけてのセッションになる。

このうちモーツァルトのピアノ協奏曲第18番及び第19番は初CD化で、フォンタナ・レーベルからのCD1の3曲は当初モノラルによるリリースだった。

ハイドンのピアノ協奏曲ニ長調はオリジナル・ステレオ音源を使用しての初登場のようだ。

モノラルはピアノ協奏曲第12番とロンドイ長調の2曲で、それらに関してはやや籠り気味のサウンドだが決して粗悪な録音ではない。

むしろリマスタリングによってピアノの音色に潤いが出て、オーケストラもある程度クリアーな音質で甦っている。

一方同時期のハイドンは分離状態の良い鮮明なステレオ音源だ。

ヘブラーによるモーツァルトのピアノ協奏曲全集は、この録音の後1964年から4年間を費やして完成された。

しかしそちらも既に廃盤の憂き目に遭っていて現行ではユニヴァーサル・コリアからのモーツァルトとシューベルトの録音集を纏めた34枚組があるだけだ。

ただしそれにはこの3枚の音源は加わっていないし、また2度目のピアノ・ソナタ全曲集も含まれていないというオチが付いている。

数少ないモーツァルトのスペシャリストとしての、端正でいて自在なタッチによる感性豊かな演奏集だけにピアノ協奏曲全曲だけでも是非復活させて欲しいものだ。

尚彼女のふたつのピアノ・ソナタ全曲集は旧録音がタワーレコードの同ヴィンテージ・コレクションで、新録音はデンオンからのそれぞれ5枚組で入手可能だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:28コメント(0)ヘブラーモーツァルト 

2018年03月22日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



イングリット・ヘブラーは言うまでもなくモーツァルトのスペシャリストだが、ピアノのためのソロ、連弾用や管弦楽作品の他に、幸いこのピアノ四重奏曲2曲を録音している。

ヘブラーとベルリン・フィルの首席奏者たちとの共演は、これが唯一のものである。

このジャンルではモーツァルトは2曲しか作曲していないが、いずれもウィーン時代の自由闊達な作曲技法が示された音楽的な深みが感じられ、発注者であり出版元だったホフマイスターの富裕層のための易しい娯楽作品という当初の構想を遥かに超えた芸術的な高みが宝石のような輝きを放っている。

ヘブラーのきめ細かい表現はソロを弾く時と変わらないが、抑制されたピアニズムがアンサンブル・ピアニストとしても素晴らしい演奏を聴かせてくれる。

弦楽三部を受け持つベルリン・フィルの首席奏者たちも歌心とピアノとの流暢で隙のない緊密な合わせが流石に巧みだ。

弦の3人はアンサンブルのベテラン揃い、ヘブラーも重奏に慣れているとあって、演奏にはソツがない。

颯爽としていて軽過ぎず、パッショネイトでありながら情緒に流されない高度な室内楽の愉しみを満喫させてくれる演奏だ。

しかし四重奏としての完成度や練り具合は、今少しの感があり、どうも弦がヘブラーに少々遠慮気味のようだ。

出来映えとしては第1番の方が優れている。

第1番はモーツァルトにとって示唆的なト短調で書かれていて、この調の選択だけでも当時の人々の娯楽作品には成り得ない宿命を持っていたと言えるだろう。

ホフマイスターが当て込んだ印税が期待できなくなったためにモーツァルトとの間で契約破棄に至ったエピソードは象徴的だ。

彼が納得できない音楽は一音符たりとも書かなかったということの証左でもあるだろう。

一方第2番は楽器編成をそのまま採り入れているが、契約の制限から開放されて自主的に作曲したものだけに、演奏テクニックの難易度も高く、またピアノ・パートがよりヴィルトゥオーゾな華やかさを持っている。

1970年ベルリンでの録音で、音質は極めて良好。

ちなみにヘブラーが録音した他のアンサンブル用の作品にはシェリングとのモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集、ピアノと管楽器のための五重奏曲変ホ長調K452、シューベルトのピアノ五重奏曲イ長調『鱒』があり、他の奏者との協調性にも一流の腕をみせた彼女の貴重な演奏だが、入手困難になりつつあるのも事実だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:22コメント(0)モーツァルトヘブラー 

2018年03月20日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ハンガリー出身でアメリカに帰化したピアニスト、ジェルジ・シェベック(1922-1999)の名は、グリュミオーやシュタルケルの伴奏者としてのコンサートや録音活動でこそ知られているが、ソリストとしてのレコーディングはこれまで皆無に等しかった。

等しかったという意味は、少なくともマーキュリーやフィリップスなどの大手メーカーからリリースされた演奏は総て彼らの伴奏を受け持った共演でソロ音源が見当たらないということである。

しかしながら戦後のベルリン国際コンクールの覇者であり、また母国ハンガリーからもリスト賞を受けたピアニストとして多くの音楽家達からも絶賛されていたようだ。

単独のコンサートもインディアナ大学でのレッスンの合間を縫って行っていたようで、このディスクに収められたソロ・アルバムは1991年6月16日にフランスのパルセ=メレで催されたグランジュ・ドゥ・メレのスヴャトスラフ・リヒテル・フェスティヴァルの一晩のライヴ録音になる。

伴奏では時としてソロをリードしていく積極的なサポートがシェベックの特徴だったが、当時70歳を迎えようとしていたこのソロ・リサイタルでも、常に濁りのないクリアーで鋭利なピアニズムが披露されている。

プログラム第1曲目の『左手のためのシャコンヌ』ではいくらかミスタッチも聴かれるが、ハイドンのソナタからバッハの『半音階的幻想曲とフーガ』に至っては彼の本領が充分に発揮されて、最もシェベックらしい演奏が繰り広げられる。

最後に置かれたバッハ/ブゾーニ編のトッカータ、アダージョとフーガハ長調は、ホロヴィッツがカーネギー・ホールでの復帰リサイタルで弾いた演奏効果の高い難曲だが、シェベック自身のテンションの高さと共に華麗なテクニックも聴きどころだろう。

尚アンコールとしてヘンデルのシャコンヌト長調及びバッハの平均律第1巻第1番の前奏曲ハ長調が演奏されている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:52コメント(0)ハイドンバッハ 

2018年03月18日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



シカゴ交響楽団の首席客演指揮者だった頃のクラウディオ・アバドが、当時の首席奏者達と協演したモーツァルトとハイドンの管楽器のための協奏曲を集めたもので、普段はオーケストラの一員として演奏する彼らの実力を示した1枚でもある。

首席奏者達を起用した協奏曲集はベーム、ウィーン・フィルあるいはカラヤン、ベルリン・フィルなどの先例があるように、彼らがソリストとしての高い音楽性とテクニックを備えていることの証明で、それが名門オーケストラたる所以でもあり、また誇りでもある筈だ。

録音データは明記されていないが、1985年のリリースになる。

因みにこのCDに更に他の指揮者が参加したもう1枚を加えた『ザ・シカゴ・プリンシパル』と銘打った2枚組では、よりインテグラルなメンバーの演奏集が収録されている。

収録曲目はモーツァルトのホルン協奏曲第3番変ホ長調K.447、ファゴット協奏曲変ロ長調K.191、オーボエ協奏曲ハ長調K.314及びハイドンのトランペット協奏曲変ホ長調の4曲。

ソロはそれぞれデイル・クレヴェンジャー、ウィラード・エリオット、レイ・スティルそしてアドルフ・ハーセスが受け持ち、また各曲のカデンツァも彼ら自身の創作になる。

クレヴェンジャーはこのセッションの数年後にハンガリーでローラ指揮、リスト室内管弦楽団とモーツァルトのホルン協奏曲全曲録音を行っているが、ここでのアバドのオーケストラの扱いは流石に巧く、抑制された表現の中に高尚かつデリケートな演奏スタイルを堪能させてくれる。

クレヴェンジャーもソロを突出させることなく、モーツァルトの音楽の様式美を堅持しているのはアバドの助言があってのことかも知れない。

同メンバーによる全曲録音が果たせなかったのが惜しまれる。

ハイドンではアドルフ・ハーセスのトランペットがリラックスした雰囲気の中に手馴れたテクニックを聴かせていて秀逸だが、ここでもアバドの肌理の細かいサポートがしっかりした古典派の作品としての額縁を与えている。

尚このセッションは今年2015年にドイツ・グラモフォンからリイシューされたアバドのハイドン演奏集4枚組に加えられて復活している。

ハイドンが彼の友人でトランペット奏者アントン・ヴァイディンガーのためにこの曲を書いたのは1796年とされている。

ヴァイディンガーはその頃トランペットに音孔を空けてキー操作する機能を開発中で、それまで倍音列による奏法に頼っていて転調もままならなかった楽器の限界を飛躍的に拡張することになる。

しかし初演は1800年を待たなければならなかったことを考えると、ハイドンの先見の明にも驚かされる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:58コメント(0)アバドモーツァルト 

2018年03月16日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



1970年にプラハで録音されたこの音源は、ロヴロ・フォン・マタチッチによって力強く彫琢された表現とチェコ・フィルハーモニー管弦楽団が底力をみせた名演として既に高い評価を受けていたので、今回UHQCDとしてリイシューされたことを評価したい。

スプラフォン原盤の音質は極めて良好だが、15年前のCDに比べると一皮剥けたような印象がある。

金管楽器のアンサンブルの響きにも潤いと艶が出ているし、チェコ・フィル特有の弦楽の瑞々しさも一際冴えて感じられる。

これまでに行われたレギュラー・フォーマットでのさまざまなCDの音質改善の試み、例えばSHM-CDやHQCD或いはルビジウム・カッティングなどの中では、XRCDとこのUHQCDが最も際立った変化が感知されるリニューアルのシステムである。

勿論1ランク上のSACDと同様で原音自体の質やその保存状態が悪ければ音質改善にも多くは望めないので、マスターの状態に基く選曲にも注意が払われていると思われる。

ハイレゾ時代を迎えた現在、通常のCDでもリマスタリングとマテリアルの改革で、未だ音質改善の余地が残されているということだろう。

リーズナブルな価格でこうした名演を良好な音質で鑑賞できることはメディアを選ぶ際の有力な選択肢と言える。

ブルックナーの交響曲第5番は対位法への回帰とその試みが特徴的で、彼の教会オルガニストとしてのキャリアを反映している。

第4楽章に置かれたフーガはさながらベートーヴェンの大フーガ変ロ長調のように展開するが、後半でマタチッチはチェコ・フィルの練達のアンサンブルを駆使して、音楽の流れを全く遮ることなく弦楽部に対するふたつのブラス・セクションをそそり立つ彫刻のように立体的に響かせている。

問題があるとすれば、終楽章でマタチッチはシャルクが削除、加筆訂正した版を採用していることで、その後のよりシンプルなオーケストレーション版で演奏することが一般的な傾向にある現在では、クライマックスで響き渡るシンバルやトライアングルのトレモロがあざとく聞こえてしまう。

ブルックナーの自己のスコアへの意思が決定的に示されていない以上、当時としては充分に通用した過渡的な解釈のひとつだろうが、マタチッチ自身晩年のRAIミラノとの演奏ではハース版に準じた演奏に戻っている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:36コメント(0)ブルックナーマタチッチ 

2018年03月14日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



きめ細かなリリシズムの表現とピアニスティックなテクニックが理想的に統合され、リヒテル円熟期特有の内省的な深みも加わった練達の技が聴き所だ。

セッションには慎重だった彼の性格から、この2枚のCDも総てライヴ録音によって構成されているが、またそれがリヒテルの音楽を鑑賞する上でのひとつの醍醐味になるだろう。

何故なら彼は演奏の一回性を重んじていた。

彼の音楽性をセッションという形で固定されるのには抵抗があったに違いない。

これはグールドのポリシーとは好対照をなしていて興味深いものだ。

彼の幅広いレパートリーの中でもとりわけショパンは最も多く演奏の機会に恵まれた作曲家で、それだけに彼の経験と熟慮された音楽観が遺憾なく発揮されている。

ただし彼はある曲集の全曲演奏という形でのパフォーマンスを嫌って自分の好みに合わせて抜粋してプログラムを組んだ。

このCDでも『前奏曲集』は10曲のみで、リヒテルの他の録音をみても例えば『エチュード』の全曲録音も存在しない。殆んど唯一の例外としてバッハの『平均律』があるくらいだ。

相変わらず録音データの表示に誤りがあるのはこのザ・マスター・シリーズの小さな欠点だ。

それはリヒテルの膨大なライヴからの蒐集であるために、編集者の混乱をきたしているのかも知れない。

ライナー・ノーツの最後に1988年の録音と記載されているが、2枚のCDの音質に若干のばらつきがあり、調べてみるとこのCDに収められている総ての曲はフィリップスが著作権を持っているライヴ音源だが、年代も録音場所も異なる少なくとも四つのマスターが使われていることが分かった。

まずショパンの『24の前奏曲集』から10曲の抜粋、『舟歌』及び『ノクターン第4番』は1966年11月19日のイタリア、フェッラーラにおいて、『幻想ポロネーズ』は92年10月28日のオランダ、ナイメヘンでのそれぞれライヴから採られている。

一方リストの『ソナタ』は196611月21日イタリア、リヴォルノでの演奏、そしてCD2枚目のリストのプログラムは記載どおり88年3月10日ドイツ、ケルンでのライヴということになる。

音質はいずれも良好で鑑賞に全く不都合はない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:25コメント(0)リヒテルリスト 

2018年03月12日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



リヒテル・ザ・マスター・シリーズでは最後の11巻目に当たり、2枚のCDには1989年2月20日にウィーンのヤマハ・センターで催された20世紀ピアノ音楽のコンサートからのライヴ録音が収められている。

リヒテルは早くから現代音楽の演奏に熱心なピアニストだった。

それは彼が育った時代を代表する作曲家にロシア人が多かったことにも理由があるだろう。

プロコフィエフやショスタコーヴィチとも個人的な親交があった彼は、新しく生み出された作品を作曲家自身の解釈を念頭に置きながらリアルタイムで演奏することができたという幸運にも恵まれている。

当時既に巨匠74歳の高齢ではあったが、新たな発見を求めて常に柔軟な姿勢と全力投球で音楽に取り組んだ彼の哲学がここにあるような気がする。

前半ではショスタコーヴィチの『前奏曲とフーガハ短調』が、古い教会音楽と現代音楽の止揚を試みたとも言うべき傑作で、リヒテルの澄み切った瞑想的な表現が印象的だ。

また後半のシマノフスキーの『メトープ』はギリシャ神話『オデュッセイア』からの逸話に因んだ三部作だが、リヒテルは最初の2曲のみを採り上げている。

驚くほどの高い集中力でその神秘性を極めた「セイレインの島」と艶美な「カリュプソ」が好対照を成している。

最後はヒンデミットの『組曲1922年』で、晩年のリヒテルにもこれだけのパワーが残っていたかと思わせる、迫力に満ちたヴィルトゥオジティが醍醐味だ。

収録曲目 CD1 -1.プロコフィエフ『ピアノ・ソナタ第2番ニ短調』Op.14   2.ストラヴィンスキー『ピアノ・ラグ・ミュージック』   3.ショスタコーヴィチ『前奏曲とフーガ』変ホ長調及び同ハ短調
CD2. -1.ヴェーベルン『変奏曲』Op.27   2.バルトーク『三つのブルレスク』   3.シマノフスキー『メトープ』Op.29より(1)「セイレインの島」 (2)「カリュプソ」   4.ヒンデミット『組曲1922年』 (1)「マーチ」 (2)「シミー」 (3)「夜の断片」(4)「ボストン」 (5)「ラグタイム」 

尚音源はデッカで、オフ・マイクぎみの採音はホールの残響でピアノの音質に潤いを与えているが、その反面いくらか鮮明さに欠ける嫌いがある。

また聴衆の雑音も義理堅く拾われているのが気になるが、ライヴ録音であれば目をつぶることもできるだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:14コメント(0)リヒテルプロコフィエフ 

2018年03月10日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



近年では村上春樹氏の長編小説『1Q84』で印象的に語られたことによって、非常に有名になったヤナーチェク作曲『シンフォニエッタ』古典的名盤の待望の復刻である。

ヤナーチェクの音楽には斬新な力強さや神秘性と共に強烈なローカル色があって、楽理的な追究に偏って洗練され過ぎた演奏や、逆に『シンフォニエッタ』のブラス・アンサンブルをビッグバンドさながらに咆哮させるやり方はかえって興醒めになってしまう。

ここでもアンチェルの作品に対する洞察力の鋭さがチェコ・フィルハーモニー管弦楽団と共に作品の野太さと破天荒な音楽性を、野卑に陥ることなく鮮烈に実現している。

このディスクに収録された『シンフォニエッタ』と『タラス・ブーリバ』での大地から湧き上がるようなサウンドと、土の薫りを立ち昇らせるような音楽で語る手法は彼らならではの特権でもある。

特に後者では伝説の英雄譚をシュールレアリズム的映像絵巻で展開する心理的再現が印象的だ。

ヤナーチェクはモラヴィアの言語から発話旋律を考案して、オペラや声楽曲だけでなく管弦楽作品にも取り入れて、リズムと旋律が力強く一体化した音楽を書いた。

この2曲にもその作法が積極的に応用されているが、それを無視して演奏することは不可能だし、一番身近なチェコ人である彼らによって再現されるのであれば、これほど望ましいことはないだろう。

アンチェルはオーケストラのトレーナーとしても非凡な腕を持っていたようで、チェコ・フィルの持っている無類の機動力も彼によって培われたものだろう。

またメンバーの個人的な水準も非常に高く、彼ら特有のしなやかな弦や管楽器の一種朴訥な音色、そして両曲中いたるところに現れる巧みなソロや精緻なアンサンブルからも当時の彼らが第二の黄金期を迎えていたということに頷ける。

アンチェルがこの時期にチェコ・フィルと精力的な録音活動を行って膨大な音源を遺してくれたことにも感謝したい。

亡命後の彼の音楽活動は病気の悪化のためにこの頃と比較すると精彩を欠いたものになってしまうが、それまでに残された録音はどれをとっても鑑賞者の期待を裏切ることがないのも事実だ。

プラハのルドルフィヌムにおける1961年のセッションで、リマスタリングされた音質は極めて良好。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:09コメント(0)ヤナーチェクアンチェル 

2018年03月08日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



リヒテルのザ・マスター・シリーズの7巻目で、フィリップスとデッカのそれぞれの音源から集められたブラームスとシューマンの作品集になる。

例によってこのシリーズのライナー・ノーツには録音データらしきものはなく、謎に包まれたライヴ集なので参考までに個人的に調べた録音年月日と場所を記しておく。

その長いキャリアをセッションという形ではなく、むしろライヴに賭けた巨匠の至芸を堪能できるシリーズのひとつとしてお勧めしたい。

音質は押し並べて良く、演奏終了後の拍手は入っているがライヴに付き物の聴衆の雑音が非常に少ないのも好感が持てる。

ブラームスの2曲のソナタはいずれも1986年5月27日にイタリア、マントヴァで開かれたリサイタルで、この2枚のCDでは唯一デッカが持っているマスターだ。

重厚な押し出しとペダルの使用を控えた彫琢するような明瞭な造形美には円熟期のリヒテルならではの味わいがある。

『パガニーニのテーマによるヴァリエーション』は第1部、第2部共に1988年6月19日にフランスのメスレーで収録されたものらしい。

超絶技巧で名高い曲でライヴ録音も珍しいが、彼は全く躊躇のない恐ろしいほどの集中力で弾き切っている。

一方『バラードト短調』、『カプリッチョハ長調』、『間奏曲ホ短調』及び『ラプソディー変ホ長調』の総ては1966年9月8日にスイス、ロカルノのサン・フランチェスコ教会でのライヴで、この曲集では最も古い音源だが、いくらか武骨な力強さがブラームスの素朴な音楽性を良く示しているように思う。

最後のシューマンの『幻想曲ハ長調』は、1979年12月17日にドイツ、レヴァークーゼンで行われたコンサートから採られたものだ。

シューマン特有の内省的な思索がリヒテルの得意とする奏法でもあることが理解できる、あらゆる意味でバランスに長けた演奏だ。

尚このセットでは以前フィリップスのザ・オーソライズド・レコーディングスに組み込まれていたシューマンの『マーチト短調』、『ノヴェレッテヘ長調』、『4つの夜曲』、『花の曲』そして『パガニーニのカプリースによる演奏会用練習曲』が何故か選択から漏れている。

既に両シリーズ共に製造中止の憂き目に遭っているので残念だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:05コメント(0)リヒテルブラームス 

2018年03月06日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



2015年に同じユニヴァーサル・イタリーからアルテュール・グリュミオーのモーツァルト作品集が19枚のバジェット・ボックスでリリースされたのは記憶に新しい。

今回は作曲家を問わずモノラル音源に限定した企画で、前回とのだぶりはバウムガルトナー、モラルトとのモーツァルトの6曲の協奏曲と、クララ・ハスキルとのヴァイオリン・ソナタ第40番及び第42番の計3枚になる。

当然ながらステレオ録音したハスキルとのヴァイオリン・ソナタ集のもう1枚はこのセットには組み込まれていない。

ロゴはデッカだが質の良いフィリップス音源はモノラル末期時の最良のオーディオ・テクニックで収録されていて、当時のエンジニアの手腕を示している。

全体的に広い周波数レンジが感知され、ソロ・ヴァイオリンの臨場感は勿論、背後のオーケストラの色彩感や伴奏ピアノの音色の潤いも巧みに捉えられている。

グリュミオー全盛期の潤沢で高貴な音色を駆使した颯爽としてスタイリッシュに冴え渡る奏法は、確かにハスキル亡き後には翳りが出て、この頃のような覇気も後退していくのは事実だ。

その意味でこの14枚には押しも押されもしなかったモノラル・レコーディング時代のグリュミオーの最も典型的な音楽性が集約されていて、このボックス・セットが充分に価値のある企画だということも納得できる。

ブリュッセル王立音楽院の教授であったグリュミオーは何よりも美音家として名を馳せたが、音楽として先ず完璧に美しく、耽美性を排した颯爽として高貴な風格を持った彼ならではのスタイルが記録されている。

確かに現代のヴァイオリニストの演奏に比べれば、協奏曲でのポルタメントを随所にかけたやや官能的でロマンティックな解釈は時として古臭さを感じないではない。

しかし洗練された甘美で豊潤な音色を武器に、スタイリッシュな奏法を駆使して一世を風靡した演奏は現在でもその輝きを失ってはいない。

30ページほどのライナー・ノーツには演奏曲目と録音データの他にアルベルト・カントゥによる英、伊語の興味深いグリュミオーのキャリアが掲載されているが、そこではフランコ=ベルギー派のボウイングのテクニックについても触れている。

ドゥ・ベリオ、ヴュータンやイザイなどによって洗練されたエレガントな奏法には、弦にかかる弓の圧力を抑制し、素早くしかも緊密なヴィブラートをかけるという秘訣があり、いわゆるクラシック・レパートリーに相応しいとされる。

しかしこれはガラミアンに代表されるようなニューヨークのジュリアードのスクールとは対極をなしているようだ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 03:38コメント(0)グリュミオー 

2018年03月04日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



イングリット・ヘブラーはモーツァルトの変奏曲を連弾用のK501を含めて都合15曲、CD3枚分の音源を録音している。

このアンソロジーはこのうち比較的良く親しまれている6曲をピックアップしたタワーレコードのプレミアム・クラシックスの第1集としてリリースされたディスクになる。

モーツァルトの作品の中で、ピアノ曲の占める割合というのは大変大きく、彼自身がピアノの名手であったことを思えば当然のことであろう。

どの作品にもモーツァルト一流のシンプルな作風の中に託された至高の音楽性を垣間見せていて、彼の創作の源泉を思わせるような多彩なアイデアを盛り込んだピアノ音楽の古典的手本が示されていると言えるだろう。

これらは、一見アマチュアにも弾けるような書き方がされているが、その何でもないようなスタイルの陰に卓越した芸術性が隠されていることを忘れてはならない。

こうした小品でも個性を前面に出す演奏が多い中で、ヘブラーは天才モーツァルトに寄せる共感を可憐で詩情豊かなピアニズムで歌い上げている。

少しも気負ったところのない流麗なタッチと純粋な音色の美しさが彼女ならではの魅力を引き出している。

ひとつのテーマから溢れ出て尽きることのない流暢なヴァリエーションを飾り気なく、しかし飛びっきりエレガントに表現したのがヘブラーの演奏である。

彼女はことさらテクニックを誇示することもなく、それぞれの作品の特徴を丁寧に描きながら、モーツァルトの天衣無縫な才能を一番美しくかつ自然な形で聴かせてくれる。

決してこじんまりしたおとなしいだけの演奏ではなく、比較的規模の大きいボドロンの『私はランドール』による12の変奏変ホ長調K354での緊張感を保ちながら纏め上げる巧みさも流石だ。

特にリマスタリングの記載はないが、ヘブラーの弾く瑞々しくこぼれるようなピアノの音色を良く捉えたフィリップスの音質は極めて良好だ。

同レーベルからのモーツァルト・エディションが廃盤になってしまった現在、手軽に入手できるコレクションとしてもお薦めしたい。

ちなみに現行で入手可能な彼女のモーツァルト変奏曲集は、だぶりがあるもののこの他に2枚がデッカのロゴの日本盤で、全15曲を収めたボックス・セットがユニヴァーサル・コリアからそれぞれリリースされている。

ライナー・ノーツは見開きのみのリーフレットで簡易な曲目解説が掲載されているが、幸いアマゾンのページのイメージ欄に収録曲及び録音データが写真でアップロードされているので参照されたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:23コメント(0)モーツァルトヘブラー 

2018年03月02日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



20世紀を代表する英国の作曲家の管弦楽及び声楽作品を12枚組にまとめたソニー・クラシカル・マスターズのリイシュー物で、バラエティーに富んだ曲種の作品集を優れた演奏で気軽に鑑賞できるセットとしてお薦めしたい。

この時代のイギリスのクラシック音楽は、明らかにヨーロッパ大陸の動向とは一線を画していて、急進的な新しい理論の実践とは異なった方向性を示した特有の楽趣を持っている。

そこには大自然やその営みの神秘性の描写を試みたもの、あるいは郷土にまつわる古謡や風物詩を扱ったもの、更には古い伝統や威厳を象徴するような音響のバロック化など、それぞれの作曲家が手法を凝らした独自の世界を展開している。

聴き手にとってそれほど難解な印象を与えないヒューマニズムに根ざした作品が多いのも事実だろう。

中でもポピュラーな曲として、例えばブリテンの『青少年のための管弦楽入門』やエルガーのマーチ集『威風堂々』、ウォルトンの『ヨハネスブルグ祝典序曲』なども含まれているので、入門者にも充分受け入れられる内容だ。

作曲家はアーネル、バーナーズ、ブリテン、エルガー、ディーリアス、マクスウェル=デイヴィス、ヴォーン=ウィリアムズ、そしてウォルトンの8人で、彼らの代表的なオーケストラル・ワーク、協奏曲、声楽曲が全曲単位でピックアップされている。

一方指揮者はビーチャム、ストコフスキー、オーマンディ、プレヴィン、バレンボイム、小澤など錚々たるメンバーが名を連ねていて、大半がロンドンのオーケストラの演奏なので彼らのお国物への強みが発揮されているのも頼もしい。

またソリストはヴァイオリンではフランチェスカッティ、スターン、ズーカーマン、チェロではヨーヨー・マが協演していて協奏曲集としても充実している。

エルガーのヴァイオリン協奏曲ではズーカーマンの溢れるような美音に託された内省的な高い音楽性が燃焼したピュアな演奏が素晴らしく、同じくエルガーのチェロ協奏曲では、この曲の演奏ではいくらか醒めた、しかし知的センスに満ちたヨーヨー・マのソロが秀逸だ。

珍しい曲目としてはブリテンの『シンフォニア・ダ・レクイエム』がプレヴィン指揮、セント・ルイス交響楽団の演奏で加わっている。

この作品は日本の皇紀2600年祝賀のために政府からブリテンに委嘱されたものだが、戦後まで日本で演奏されることはなかった。

この曲を受け取った当時の日本側の戸惑いや評価への混乱が伝わってくるような曲想が興味深い。

リマスタリングされた音質は極めて良好だが、1940年代から50年代初期の歴史的名演の数曲に関してはモノラル録音になる。

尚このシリーズにはライナー・ノーツも歌詞も付いていない。

幸いこのアマゾンのページのイメージの部分に全曲目と演奏者の内訳が写真掲載されているので参考にされたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 05:09コメント(0)ブリテンプレヴィン 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ