2018年05月

2018年05月31日


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ラファエル・クーベリック生誕100周年だった2014年に彼のさまざまな音源がCD化された。

メジャー・レーベルからの網羅的なイシューはEMIのイコン・シリーズ13枚とドイツ・グラモフォンからのシンフォニー・エディション23枚、それにソニーへの晩年の録音を纏めた7枚のソニー・クラシカル盤が代表的なセットだった。

今回はグラモフォンからの徹底した全音源放出で、軒並み音質に恵まれた円熟期の演奏で占められている。

こちらには4年前のベートーヴェン、シューマン、ドヴォルザーク及びマーラーの交響曲全曲を収録したシンフォニー・エディションには組み込まれなかったドヴォルザークのスラヴ舞曲集全曲や『スターバト・マーテル』、マーラーの『さすらう若人の歌』や5曲のオペラ全曲盤の他に、更に映像も加わってクーベリックの小宇宙とも言えるコンプリートなコレクションになった。

ただし2種類のブラームス交響曲全集はウィーン・フィルへの客演がデッカ、バイエルン放送響とのライヴはオルフェオからのリリースで、ここには入っていない。

シンフォニー・エディションとは全CDがだぶっているので、欲を言えば嵩張らず音質で上回るブルーレイ・オーディオに凝縮して欲しかった。

レギュラー・フォーマットに固執したリイシューが惜しまれる。

チェコが生んだ巨匠ラファエル・クーベリックは1948年に英国に亡命し、フリーでインターナショナルな演奏活動を開始したが、結果的にカレル・アンチェルにチェコ・フィルの首席指揮者の道を拓いた。

皮肉にもアンチェルの亡命という連鎖反応によって今度はノイマンにそのタクトが回ってくることになる。

クーベリックはチェコの熱狂的な民族意識を持っていながら、それをより高踏的な音楽性に昇華することができた。

それ故自国の作曲家の作品で聴かせるオリジナリティーからは迸るような情熱が感じられるが、彼の古典派から現代音楽に至る幅広いレパートリーでも、緊張感溢れるエネルギッシュで傑出した解釈を堪能できる。

彼はマーラーの交響曲全曲録音は果たしているが一方でブルックナーにはそれほど熱心ではなかったようで、DVDに映像を収めた『ロマンティック』は単独だが、やはり強烈な存在感でクーベリック節を披露している。

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classicalmusic at 00:19コメント(0)クーベリック 

2018年05月29日


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1958年、レオニード・コーガン初のアメリカ・ツアーの途上、ニューヨークで録音されたアンコール・アルバムが半世紀を経てようやく世界初CD化。

RCA及びソニーに録音された過去の音源をいわゆる箱物ではなく、単独あるいは2枚組のCDでリイシューするシリーズのひとつでミドル・プライスに留めてあるのが惜しまれる。

先に紹介したピエール・モントゥーとの協演盤で久しぶりにコーガンのハチャトゥリァンを聴いて、改めて彼の類い稀な音楽性と切れ味の良いヴァイオリン・ソロに感動したので、このアンコール・ピース集も聴いてみることにした。

58歳という全盛期に世を去ったヴァイオリニストが遺した、彼としては珍しく際物を集めた録音で、また音質にも優れているのでその意味でも貴重なCDだ。

鋼のようにソリッドな技巧とストイックなほどに真摯な音楽への取り組みから生み出される演奏は、ヴァイオリンという楽器の本質とその多彩な魅力を開示してくれる。

ショスタコーヴィチ、プロコフィエフやハチャトゥリアンなどお得意のロシア物を入れ込みつつ構成されたこのアンコール・アルバムは、そうしたコーガンの芸術に親しむ上で最上のイントロダクションと言えるだろう。

中でも白眉はツィガーノフ編、ショスタコーヴィチの『4つの前奏曲』で、この曲が最もコーガンの音楽的な趣味と奏法が一致した演奏のように思われる。

中には彼の演奏スタイルからは想像できないようなドビュッシーの『月の光』やグラズノフの『間奏曲』などの甘美なレパートリーも組み込まれている。

そこは流石に隙のないテクニックで巧みに洗練して、欠点を見せない完璧主義を堅持しているのもコーガンらしい。

彼のヴァイオリンはグァルネリ・デル・ジェズと思われるが、その磨き上げられた音色の美しさにも魅力がある。

惜しむらくはピアニストのアンドレイ・ミトニクの伴奏がいくらか変化に乏しく、コーガンのソロを充分引き立てていないことだろう。

こうした小品集では粋で遊び心のあるピアニストの起用が望ましいが、当時のソ連では当局の監視もあって自由主義的な演奏がままならなかったのかも知れない。

目の醒めるような超絶技巧で楽しませてくれるのが最後に収録されているサラサーテの『バスク奇想曲』でヴァリエーションの部分ではダブル・ストップ、アルコとピチカートの驚異的な応酬、それにフラジオレットなどが駆使されて爽快なフィナーレになっている。

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classicalmusic at 00:26コメント(0)コーガン 

2018年05月27日


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自らの生涯を描いたと言われるリヒャルト・シュトラウスの壮大な音絵巻を、ブロムシュテットの豊穣にして端正な指揮、R.シュトラウスを知り尽くしたドレスデンのオーケストラによる極め付きの名演。

1984年9月ドレスデン・ルカ教会でのセッション録音で、マスターの音質の良さに加えて今回のUHQCD化によって、レギュラー・フォーマットCDでのリーズナブルな価格帯で更に音質向上の可能性を追究しているところを評価したい。

確かに従来盤より見通しの良い鮮明な音場が得られているが、その中でブロムシュテットの緻密でありながら溢れるほどのアイデアと音楽性を湛えた指揮と、ルカ教会の広く豊かな音響空間に無理なく伸展するシュターツカペレの潤沢なサウンドがこの交響詩にひとつの理想の姿として映し出されている。

また随所に現れる名コンサート・マスター、ペーター・リミングのヴァイオリン・ソロも非常に巧妙でこの作品に欠かせない聴きどころを創っている。

彼は1972年のケンペとの共演でもソロを弾いているが、オン・マイクでヴァイオリン協奏曲のように録音されているのに対して、こちらではあくまでもオーケストラの一部から響いてくるように採音も改善されている。

リヒャルト・シュトラウスの多くの作品は作曲家自身、或いは彼の信任に厚かったカール・ベームの指揮によってドレスデンで初演されている。

また1970年代にルドルフ・ケンペがシュターツカペレ・ドレスデンとEMIに交響詩全曲録音を完成させている。

そうしたオーケストラに蓄積された貴重な経験を現代のシュターツカペレが受け継いで、R.シュトラウスの老舗としての伝統を引っ提げていることは無視できないだろう。

R.シュトラウスの時代に作曲上のオーケストレーションのテクニックは爛熟期を迎え、後期ロマン派から受け継いだ手法を更に発展させた、大編成のオーケストラのための洗練を極めた豊麗な音響で魅了する音楽が殆んど飽和状態に達する。

6管編成100名を超えるオーケストラ、3人の独唱者と大合唱のための『吟遊詩人タイユフェ』はその象徴的な作品だ。

彼の作曲した殆んどの作品はタイトルが付けられた標題音楽で、管弦楽曲でもオペラにおいても独自の管弦楽法が最高度に発揮されていて、音楽によって細密画的に描写するストーリーの展開に熟達している。

一方で標題音楽と絶対音楽との宿命的な邂逅とせめぎ合いがあり、彼の作曲上のスタンスを良く示している。

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classicalmusic at 00:45コメント(0)R・シュトラウスブロムシュテット 

2018年05月25日


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ヤーノシュ・シュタルケルが1970年代に南西ドイツ放送局のために録音した音源で、このディスクにはヒンデミット、プロコフィエフ、ラウタヴァーラの3曲のチェロ協奏曲が収録されている。

少なくとも私の知る限りでは、ヒンデミットを除いた2曲はシュタルケルのレパートリーとしても唯一の音源だ。

プロコフィエフに関しては1956年のワルター・ジュスキント、フィルハーモニア管弦楽団とのセッション録音がワーナーからイコン・シリーズで復活している。

ここに収められているのは同曲からの改作Op.125の方で、交響的協奏曲と改題され、音楽もより充実した内容に仕上がっている。

演奏はヒンデミットがフォン・ルカーチ指揮、SWRシュトゥットガルト放送交響楽団で1971年、プロコフィエフはエルネスト・ブール指揮、ラウタヴァーラがブロムシュテット指揮になり、この2曲はバーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団で、どちらも1975年の協演になる。

音楽的な質の高さは言うまでもないが、当時としては音質的にも極めて良好なステレオ音源で保存状態も完璧だ。

3曲ともシュタルケルが得意とした20世紀の作品で、今もって彼の演奏がその解釈の面でも、またテクニックにおいても最高峰にあると思える。

というのも近年こうした新しい時代の作品を一流どころのチェリストがあまり積極的に採り上げないからかもしれない。

ヒンデミットの色彩的でスペクタクルな堂々たるオーケストレーションに支えられたソロ・パートを一瞬の隙をも見せない緊張感に貫かれた奏法で弾き切る彼の美学が面目躍如たるセッションだ。

またフィンランドの現役の作曲家、エイノユハニ・ラウタヴァーラのチェロ協奏曲は規模は小さいがチェロの音響的可能性を追究している点で注目される。

神秘的なフラジオレットによるアルペッジョがソロの重要なモティーフになっていて、重音奏法とフラジオレットを駆使したパッセージがシュタルケルの精緻な技巧によって超然と響いてくるのに唖然とさせられるが、ブロムシュテットのサポートも絶賛したい。

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2018年05月23日


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ダヴィッド・オイストラフとレオニード・コーガンは1950年代に相次いでアメリカ・デビューを飾ったが、このCDには彼らが丁度その時期にボストン交響楽団のサポートで録音した4曲が収められている。

東西冷戦当初、旧ソヴィエト連邦の芸術家たちは国外での活動が著しく制限されていたが、いわゆる「雪溶け」の時代になると、少しずつ世界に紹介されるようになってゆく。

この録音は、そうした時代におけるレオニード・コーガンとダヴィッド・オイストラフというソ連の2大ヴァイオリニストの、初のアメリカ・ツアーの際に収められたものである。

コーガンの驚異のテクニック、オイストラフの懐の深い演奏が聴きものだ。

ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲ニ短調とサン=サーンスの『ハバネラ』はコーガンのソロ、ピエール・モントゥーの指揮で、1958年のヒス・ノイズも殆んどない鮮明なステレオ録音だ。

ハチャトゥリアンの協奏曲ではモントゥーの創り出す色彩豊かな音響の中に、コーガンのヴァイオリンが冷徹とも言えるリズム感で鋭利に切り込んでいく鮮やかなテクニックが冴え渡っている。

第2楽章アンダンテ・ソステヌートの幻想的なカンタービレの美しさにもコーガンらしい媚びのないしめやかさが感じられる。

対照的に終楽章で彼は血の騒ぐような無窮動的な民族舞踏の曲想を漸進的なテンションを維持しながら息をもつかせず弾き切っている。

頻繁に聴かれる変則的なリズムをものともせずに一糸乱れずオーケストラを率いるモントゥーの棒さばきも爽快だ。

サン=サーンスの『ハバネラ』は、ソロにも管弦楽に呼応したエキゾチックな甘美さがもう少しあっても良いと思うが、コーガンの隙を見せないフラジオレットや重音奏法などの妙技が心地良い1曲だ。

一方後半の2曲、ショーソンの『詩曲』及びサン=サーンスの『序奏とロンド・カプリッチョーソ』はオイストラフののソロで、指揮はシャルル・ミュンシュだが、こちらは1955年のモノラル録音になる。

ただ幸いにも録音状態、音質ともに極めて良好な状態で残されていて、今回同シリーズで初CD化されたソナタ集と並んでオイストラフの貴重なアメリカ・デビュー・アルバムが復活したことになる。

またここではミュンシュの得意にしていたフランスのレパートリーということもあって、シカゴ交響楽団から巧みに情緒と陰翳を引き出して、これらの小品にある種の刹那的な魅力を与えている。

オイストラフのソロは磐石で、ショーソンの妖艶さからサン=サーンスの快活さまでを、全く無理のない自然体の奏法と大らかなリリシズムで表現している。

彼としては際物になる曲種だが、こうした作品でも彼の音楽性の豊かさ、優れた表現力とそれを支える万全のテクニックが充分示されている。

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2018年05月21日


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イングリット・ヘブラーは決して幅広いレパートリーを開拓したピアニストではなかったが、幸い2曲のベートーヴェンのピアノ協奏曲を録音している。

その演奏は彼女の生涯の課題となったモーツァルトの亜流のように思われるかも知れないが、実際にはこのディスクでモーツァルトとは異なったアプローチで作品に取り組んでいることが明らかにされている。

つまりヘブラーはモーツァルトの延長線上にあるベートーヴェンではなく、控えめではあるにせよ次世代のウィーン楽派の担い手としてのベートーヴェンの野心的な試みを感知させている。

確かに現在の個性を前面に打ち出すピアニストのパフォーマンスに比べれば、こうした正面切った正攻法の演奏は売れ筋ではないだろう。

それくらい飾り気がなく、またスリルに満ちた疾走感とも縁のない再現だが、音楽的にはしっかりとした力強い構成感の中に確信を持った表現が充分な説得力を持っている。

協奏曲としては作曲家の処女作となるピアノ協奏曲第2番変ロ長調では、その瑞々しいフレッシュな感覚がヘブラーの毅然としたソロとガリエラ指揮するニュー・フィルハーモニア管弦楽団のどちらかというと室内楽的な軽快な雰囲気の中に良く表れている。

ガリエラはモーツァルトでやや失望させたがベートーヴェンではしごく真っ当なサポートをしているように思える。

確かにコリン・デイヴィスがこの2曲を指揮していたら、全く別物に仕上がっていただろうという印象は免れないのだが。

第4番ト長調でもヘブラーの解釈は決して革新的なものではなく、むしろ文字通りオーソドックスの典型のような表現である。

常にアーティキュレーションを曖昧にしない明瞭なタッチと泰然自若としたピアニズムから醸し出される格調の高さが抜きん出ている。

どちらも1970年のフィリップス音源で、リマスタリングされた音質は鮮明で分離状態も良好。

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2018年05月19日


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旧ソヴィエトを代表するヴァイオリニスト、レオニード・コーガン(1924-1982)の現代ロシア作品集2枚組で、チェコ・プラガ製作によるレギュラー・フォーマット盤のシリーズであることを確認されたい。

ただし保存状態の良いセッション及びライヴ音源が使われていて、新規リマスタリングによって音質はかなり向上しているので鑑賞に全く不都合はない。

ちなみに2曲目のハチャトゥリアンの協奏狂詩曲のみがモノラル録音だが、他の収録曲に遜色のない、ソロを克明に捉えた芯のあるしっかりした音響が再現されている。

これまでにリリースされたコーガンのボックス・セットでは聴くことができない貴重な選曲が特徴で、これらの6曲でコーガンは新時代のロシアのヴァイオリン音楽を告げる先鋭的な意気込みを伝えている。

中でもケレンニコフとヴァイセンベルクの協奏曲はそれぞれがコーガンに献呈され彼自身が初演を飾った作品で、その真似のできないオリジナリティーと彼特有の近寄りがたいような鮮烈な演奏が繰り広げられている。

彼は前者では勇猛果敢な作風をスヴェトラーノフの豪快なサポートで鬼神のように具現し、一方後者ではコンドラシンとのコラボでより精緻で頭脳的な形式感を感知させている。

ハチャトゥリアンの協奏曲はオイストラフに献呈されたものだが、ここではピエール・モントゥー指揮、ボストン交響楽団による1958年の歴史的録音が収録されていて、こちらも彼がエスニカルな熱狂を示した名演のひとつだろう。

最後のデニソフの『パルティータ』はバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番からソロ・ヴァイオリンと室内管弦楽用にシュールレアリズム的なオーケストレーションでアレンジした、ストコフスキーの現代版といったところだ。

しかし、彼の超ポリフォニー手法が幾らか裏目に出て、時折ソロを邪魔してしまうのがやや煩わしい。

また通奏低音にチェンバロも加えて故意にバロック的音響を残しているが、全体的に音楽が中途半端に新しいという印象を与えている。

コーガンが亡くなる前年のライヴで、その気迫のこもった情熱的な演奏からは彼の早世が惜しまれる。

尚この作品の指揮はコーガンの息子であり、ヴァイオリニスト、指揮者のパヴェル・コーガン。

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2018年05月17日


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アルト・レーベルからリリースされている一連のリヒテル・シリーズの1枚で、1970年代の彼の全盛期のショパンを良質なステレオ録音で鑑賞することができる。

巨匠リヒテルのディスクの中で、ショパン・アルバムは数少なく、しかも、ひとつのジャンルをまとめて全曲録音しているものは珍しい。

リヒテルのレパートリーの中で、ショパンが話題となることはほとんどないかもしれないし、実際に、レコーディングにもショパンを聴くことはきわめて少ない。

彼は、この作曲家を全く好まなかったのでは、と思えるほどだが、10代半ばで既に超絶的な技巧を身につけ、オデッサの歌劇場でコンペティトールをもつとめた彼が、1934年に20歳を前にしてデビュー・コンサートを開いた時、それはショパン・プログラムによるものだった。

その後旧ソ連の中では、彼がどれほどショパンを弾いたのかは不明であるが、そうした点からこのミュンヘンで収録された『スケルツォ』全曲盤は、貴重な1枚であり、この作曲家でも他の追随を許さぬ世界をもっていたことを物語っている。

リヒテルのショパンは彼の創意に満ちた表現と色彩豊かな音色の使い分けが聴き所だが、『スケルツォ』では強靭でストレートなヴィルトゥオジティが、そして『前奏曲集』ではまろやかな陰影と深い抒情が印象的だ。

4曲の『スケルツォ』に対して、ロマンティックな華やかさよりも、端正な構築美を強調したような演奏であり、そこには、リヒテルのスケールの大きさと、堅固な構成力が生かされている。

自然体の語り口で、一見したところ淡々とメロディを紡いでいるように思えるが、実は、内面から滲み出るような、奥の深いドラマが隠されている。

ショパンの『スケルツォ』の持つ躍動美と深刻さという、相反する特色を、見事に融合させた演奏とも言えよう。

例えばホロヴィッツの弾くショパンは、曲の持っている可能性を極限まで引き出してみせて、その意外性の中に聴く者に驚異を与えた。

それは演奏会場に集まった人々に魔法をかけてしまうようなカリスマ的なテクニックだったが、総てがホロヴィッツ流に料理されたショパンという印象も免れないだろう。

しかしリヒテルの独創性はショパンの音楽性の範疇からそれほど遠ざかることはなく、テンポの変化やディナーミクの対比、また多彩な音色や特有の間の取り方で常に新鮮な解釈を聴かせてくれるが、一方で凝り過ぎた表現でショパンの音楽から乖離してしまうことも避けているように思える。

彼はショパンの表現の、刹那的な部分や過度の感情の発動を許す部分を、古典主義的な精神で極力コントロールしているが、音楽は流麗さを失うことなく、実に澄み切った佇まいを見せている。

リヒテルの知的存在感にあふれた演奏であり、彼の強い構成力と音をコントロールするテクニックなくして、このような演奏は生まれ得ないだろう。

聴衆の注意を演奏家よりも作品そのものに向かわせるというのはグールドのリヒテル論だが、その通りかも知れない。

尚4曲の『スケルツォ』はミュンヘンで1977年にオイロディスクに録音されたセッションだが、ライナー・ノーツにはホールの名称が明記されていない。

他の音源の例からするとおそらくバヴァリアン・ラジオのスタジオ録音と思われる。

一方『前奏曲集』は全曲演奏ではなく、リヒテル自身によって13曲が抜粋されたもので1979年の神奈川県民ホールで行われたライヴから採られているが、どちらも音質は極めて良好。

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classicalmusic at 00:06コメント(0)ショパンリヒテル 

2018年05月15日


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名匠ブロムシュテット、シュターツカペレ・ドレスデンのコンビによる馥郁たる魅力にあふれたブルックナーの交響曲はこの第4番『ロマンティック』と第7番の2曲しか残されていない。

少なくともセッション録音については他に見当たらないし、現在90歳というブロムシュテットの年齢を考慮すれば、今後同メンバーによる他の交響曲を追加することは殆んど期待できないが、いずれも名演の名に恥じない演奏だ。

ブルックナーの大規模な交響曲の中でもそれほど複雑な構成を持たず、また第2楽章のように美しいメロディーや終楽章での壮大なクライマックスの聴きどころも周到に準備されていることから入門者のファースト・チョイスとしてもお薦めできる。

このディスクはUHQCDで従来盤よりいくらか高いが、音質に関しては明らかに改善されている。

特にブルックナーのオーケストレーションのように総奏部分で分厚く和声を重ねる書法では、どうしても再生時の解像度の高さが不可欠だが、幸いこのリニューアル・バージョンでは楽器ごとの分離状態もクリアーで充分満足のいくものに仕上がっている。

レギュラー・フォーマットのCDでもまだ音質改善の余地があることを示したシリーズで、今後リリースされる曲目にも注目したい。

演奏内容については、今更云々するまでもなく評価の高いディスクだが、ブロムシュテットのバランスのとれたしかもスケールの大きい表現力には改めて敬服させられる。

冒頭のいわゆるブルックナーの霧の中に現れるホルンは首席奏者だったペーター・ダムのソロと思われるが、惚れ惚れするような弱音のカンタービレが絶妙な導入部を形成している。

第2楽章ではヴァイオリン・パートの飾り気のない鄙びたカンタービレが朴訥でシンプルなブルックナー像を暗示していて興味深い。

大編成のオーケストラが決してグロテスクな鈍重さに陥らず、繊細でありながら緊張感を失うことなく力強く輝かしい音響を創り上げるシュターツカペレ・ドレスデンの鍛え抜かれた演奏テクニックと団員の結束も超一流だ。

1981年にドレスデン・ルカ教会で録音されている。

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2018年05月13日


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今年2018年は20世紀を象徴する音楽家レナード・バーンスタイン生誕100周年になる。

彼はレコーディングにも肯定的で積極的な録音活動をしたために、既に大手メーカーだけでなくマイナー・レーベルからもさまざまなタイトルでLPからブルーレイ・オーディオまであらゆるメディアの膨大な音源が放出されている。

例を挙げればドイツ・グラモフォンからの121CD+36DVD+ブルーレイの豪華版とソニーからのCD100枚の箱物が双璧を成す代表盤だろう。

一方でバーンスタインの作曲家としてのプロフィールを明らかにしているセットは3種類ほどある。

それがグラモフォンからの作品全集26CD+3DVD、 ソニーの『ザ・コンポーザー』25CD及びEMIからの『ザ・サウンド・オヴ・バーンスタイン』3CDセットになる。

選択肢に迷う入門者にお薦めしたいのはソニー盤で、大半が自作自演集であるだけでなく、若き日のバーンスタインによるバイタリティーに溢れた情熱的な再現が作品のオリジナリティーを一層浮き彫りにしている。

古い音源ながら新規にリマスタリングされた音質は極めて良好で、グラモフォン盤のような映像こそないが彼のダイレクトなメッセージが伝わってくる。

20世紀の作曲家の中で最も現代的な音楽活動を展開したのがバーンスタインであったことに異論を挟む余地はないだろう。

彼はここに収録された交響曲やミサなどの古典的な作品に加えてジャズ、ミュージカル、映画音楽の制作、また卓越した指揮者兼ピアニストという八面六臂の精力的な活躍でジャンルを超えた楽壇を牽引した。

しかもどの分野においても中途半端でない、常に時代の最先端を自覚し未来を予感させる高度な仕事を成し遂げた。

同時代の音楽家達にも圧倒的な影響力を持っていたが、また将来においても音楽家の理想像としての影響も与え続けるだろう。

収録曲目に関してはバーンスタインの作品全集ではないが、代表作は網羅されている。

幸いこのアマゾンのページの曲目リスト欄に列挙されているので参照されたい。

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classicalmusic at 00:02コメント(0)バーンスタイン 

2018年05月11日


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このディスクに収められたベートーヴェンの3曲のソナタは、リヒテル円熟期の至芸が理想的な音質で捉えられている上に、米ミュージカル・コンセプツ社がアルト・レーベルとして供給している廉価盤で入手できるのが嬉しい。

いずれも旧オリンピア音源のライセンス・リイシューになり、英レジス・レーベルの廃盤に伴っての復活なので既に知られていた録音だがリヒテル・ファンには勿論、入門者にもお勧めしたい1枚だ。

彼のベートーヴェンは男性的でパワフルな一面、きめ細かな音楽表現が横溢していて決して武骨な印象を与えない。

特に穏やかな楽章でのレガート奏法による節度のあるカンタービレは、彼のデリカシーを良く示している。

表現力の幅が圧倒的に広いにも拘らず、そのバランスに長け中庸を心得ているところは流石にリヒテルだ。

第3番と第4番では初期に書かれたという理由で演奏されることの少ないこれらのソナタを、リヒテルは実に感動的に演奏している。

モーツァルトやハイドンとは一線を画したスケールの大きさ、そのなかに盛り込まれた強靭な精神は、ピアノ音楽の新しい時代の到来を告げており、そのことを実感させてくれる演奏である。

その作風の若々しさと作曲家の野心が見事に表されていて秀逸で、これほど音楽的に重みのある初期ソナタの演奏には、滅多に接することができない。

第27番ではドラマのモノローグのような第1楽章の開始と、温かく包み込むような優しさを再現した第2楽章の鮮やかな対比が極めて美しい。

演奏時間も10分ちょっとの短いものだが、第1楽章でリヒテルは実に内省的に嫋々と歌ってみせ、第2楽章では親愛感溢れる歌を聴かせる。

ピアノ・ソナタ第3番ハ長調Op.2,No3及び第4番変ホ長調Op.7は1975年にウィーンで行われたセッションで、ホールの名称は明記されていない。

一方第27番ホ短調Op.90は1971年のザルツブルク・クレスハイム城内でのセッションになる。

リヒテルはホールの音響にもかなりこだわった考えを持っていて、セッション録音の時にはピアノの鋭く乾いた音色を嫌って、比較的残響豊かな場所を選んでいる。

特にクレスハイムの音響はリヒテルの好みに合っていたようで、バッハの『平均律』全曲を始めとするいくつかの録音で大規模な音楽ホールとは一味違った特有の潤いのある響きを鑑賞することができる。

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2018年05月09日


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ドイツ王道の音楽を得意とする名匠ブロムシュテットによる香り高いモーツァルトで、奇を衒うことなく、あくまでも美しく夕映えのようなモーツァルトの美点を余すところなく描いた名演。

古典的な手堅い構成の中にきめ細かな抒情を湛えたブロムシュテットの手法は、モーツァルト最後の交響曲2曲にも生き生きと示されている。

それはまたシュターツカペレ・ドレスデンの上滑りしない落ち着いた音色と頑固なまでに鍛えられた余裕のあるアンサンブルによって確実に裏付けられている。

このディスクはUHQCDバージョンで、音質の鮮明さと同時に分離状態でも従来盤を上回っていることが明確に感知される。

シュターツカペレ・ドレスデンの柔らかい音色美がUHQCDにより瑞々しく蘇り、彼らの毅然として引き締まった演奏を更に引き立てる結果になった。

ブロムシュテット、シュターツカペレ・ドレスデンによるモーツァルト演奏集で、これまでにUHQCD化された音源は首席奏者だったヨハネス・ヴァルターをソロに迎えたフルート協奏曲集、ディヴェルティメント集及びこの2曲の交響曲になる。

ピリオド・アンサンブルによる演奏形態が主流になっている中で、これらはモダン楽器によるモーツァルト演奏集の最上位に置くべき選択肢である筈だ。

第40番ト短調のイン・テンポを保った溌剌とした表現からは、それまでのあざとい激情や鬱状態の音楽としてではなく、モーツァルトの死にまつわるエニグマとは切り離された、スコアに記された音楽そのものに語らせた現代的な解釈であることが理解できる。

鑑賞を始めて気付いたことだが、通常の演奏では2本のクラリネットが加わるモーツァルト自身の改訂稿が使われるが、ここではウィンド・セクションにオーボエとファゴット2本ずつとフルートのみの初版が採用されている。

それゆえオーケストラの音色に陰翳が少なくなって、より古典的な形式と調和を重んじたグランド・マナーの演奏に仕上げられている。

晩年のモーツァルトが到達した作曲上のテクニックは驚くほど自由闊達だが、彼らのシンプルな演奏がかえってその妙味を明らかにしていると思う。

第41番『ジュピター』ではブロムシュテットの堅牢な造形の中に明朗快活で柔軟な表現が冴え渡っていて非常に均整の取れた演奏だ。

その意味ではジュピターというよりはアポロン的な美しさに喩えられるかも知れない。

メヌエットはベートーヴェンによってスケルツォに取って代わる終焉のサンプルだが、終楽章と共に対位法が縦横に活かされている。

バッハのフーガにも精通していたモーツァルトが晩年に辿り着いた音楽の理想の姿を表しているようで興味深いが、ここでもブロムシュテットの構成力が見事に発揮された緊張感と歓喜に満ちた再現が秀逸。

録音はどちらも1981年にドレスデン・ルカ教会で行われている。

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classicalmusic at 00:11コメント(0)モーツァルトブロムシュテット 

2018年05月07日


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このセッションが録音されたのは1959年だが、先ずその鮮烈な音質に驚かされる。

最近この時代の録音を頻繁に聴いているが、いずれの演奏も当時のオーディオ・エンジニア達が録音に懸けた情熱が私達の想像する以上のものであったことが示されている。

このスプラフォン音源は本家の他にもドイツ・グラモフォンその他からリイシュー盤として繰り返しリリースされている。

しかしグラモフォン盤は余白にそれほど関連性のないイェルク・デムス伴奏、フィッシャー=ディースカウによるドヴォルザーク宗教曲集をカップリングしている。

ちなみに『レクイエム』と双璧をなすもうひとつのドヴォルザークの宗教曲『スターバト・マーテル』の同メンバーによる正規録音はないようで、昨年ライヴ盤がターラからリリースされたが、それは1962年のモノラル録音で、この『レクイエム』より後のものだが音質ではかなり劣っている。

ソロ以外はオーケストラ、コーラス共にチェコ勢で固めているが、アンチェルの指揮から表現されるのはドヴォルザークの国民楽派の作曲家としてのプロフィールよりも、ひとえに死者を悼む気持ちとそれへの共感が深く示されている。

レクイエムはカトリック典礼用の死者のための鎮魂ミサ曲だが、彼がユダヤ教徒であったとしても、死に対する諦観やそれを乗り越えなければならない宿命は共通するものだったに違いない。

この演奏に戦時中強制収容所で家族を失ったアンチェル自身の体験が反映されていることは間違いないだろう。

しかし彼の解釈はそうしたエモーションをダイレクトにぶつけるものではなく、情念が常に音楽的に高度に昇華され、結晶のように収斂されているために、そのサウンドには特有の透明感が醸し出されて更に奥深い印象を与えている。

ソロを歌う歌手にはソプラノにマリア・シュターダー、テノールにはエルンスト・へフリガーという当時最高の宗教曲のスペシャリストを布陣している。

彼らはこの時期並行してカール・リヒターとバッハの録音にも抜擢されているだけに、その真摯で飾り気のない歌唱に好感が持てる。

ちなみにアルトにジークリンデ・ヴァーグナー、バスがキム・ボルイ、コーラスはプラハ・フィルハーモニー合唱団というメンバーで、歴としたステレオ録音。

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classicalmusic at 00:29コメント(0)ドヴォルザークアンチェル 

2018年05月05日


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幼少期に書いたメヌエットなどの小品をはじめ、バッハに触発されて誕生したと言われる雄大な『前奏曲とフーガ』、即興的に奏されるカプリッチョ、変化に富んだ曲想の3曲のロンド、深い味わいを湛えたアダージョ、バッハに敬意を表して書かれた『小さなジーク』などを収めた、モーツァルトのピアノ作品の変遷を辿るアルバム。

このCDのタイトルは『リトル・モーツァルト』だが、実際には前半の10曲はモーツァルト5歳から6歳の時に書かれた一種の習作で、父レオポルトが姉ナンネルの練習帳に書き込んだ作品集から復元されたものだ。

一方後半の10曲は後年ウィーン時代の小品集から構成されていて、彼の天才性の萌芽とその驚くべき成長への軌跡を辿る興味深い企画だ。

また1枚のディスクのプログラムとしても充分鑑賞に堪える充実した内容になっている。

これらの曲目はヘブラーの新旧モーツァルト・ソナタ全集にも組み込まれていないので、ピアノ・ソロのための作品を補完するコレクションとしても貴重な1枚だ。

モーツァルトの幼年期のピアノ曲は2声部でシンプルを極めているが、作風はどれも明快でしっかりした骨格を持っていることが分かるし、次第に不協和音を採り入れたり音楽に陰翳を加えて音楽的な深みが出てきている。

父レオポルトが計画したヨーロッパ大旅行の当初の目的は天才少年を利用した名声とそれから得られる収入や息子の将来のための有利な職探しだったとしても、必然的に彼の音楽教育のためにヨーロッパの名高い教師や音楽家との交流を積極的に行った。

皮肉にもモーツァルト自身の就職活動は失敗に終わったが、そうした研鑽の成果が後半の10曲に見事に開花していると言えるだろう。

ピアニストがモーツァルトのスペシャリスト、イングリット・ヘブラーなのが嬉しいが、トラック14幻想曲ハ短調K396及びトラック17ロンドヘ長調K494の2曲だけはアルトゥール・バルサムが弾いていて、1961年のやや古い音源が収録されている。

幸い上記のアマゾンのページには曲目リストと試聴欄が設けられているので参照されたい。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)モーツァルトヘブラー 

2018年05月03日


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ブロムシュテット首席時代のシュターツカペレ・ドレスデンによるドヴォルザークの交響曲第8番及びシューベルトの『未完成』のUHQCD盤になり、従来のCDよりも彼ら本来の力量が感知できる鮮明な音質が印象に残る。

前者が1974年、後者が78年のどちらもドイツ・シャルプラッテン音源で、優れた録音技術に裏付けられたドレスデン・ルカ教会の広い音響空間を活かした余裕のある音場が感じられる。

ドレスデン郊外にあるこの教会には何回か訪れたことがあるが、幹線道路から少しばかり離れた閑静な場所に建っていて、録音のための立地条件にも恵まれている。

ゼンパーオーパーが爆撃によって大破していた頃の苦肉の策だったのだろうが、結果的にはその後の彼らの録音活動の殿堂になっている。

前方の事務所を除いた本堂入り口からアプシスまでの殆んど総ての空間が演奏会場として開放されていて、残響はかなり潤沢だがサウンドが混濁しないようにある程度の吸音材が取り付けられていて大編成のオーケストラ作品には理想的だ。

ここに収録された2曲の交響曲でオーケストラはブロムシュテットによって精緻に統率されているが神経質な感じは全くなく、また全曲を貫く骨太な力強さでもシュターツカペレ・ドレスデンの本領が遺憾なく発揮されている。

彼らの演奏からは美音を武器にした聞こえよがしのアピールや洒落っ気などはないが、テクニックの洗練という意味では徹底していてアンサンブルも周到に鍛えられている。

ドヴォルザークではスラヴ的な熱狂は望めないにしても、それに取って代わるだけの純粋に音響力学的な説得力と情熱的な歌心に溢れているところは流石だ。

シューベルトの『未完成』でも第1楽章第2主題のきめ細かいディナーミクで歌わせるカンタービレ、後半の劇的な展開でも音楽の流れを妨げることのないブロムシュテットの統率力が聴きどころだ。

第2楽章も決してこじんまりとしたおとなしい演奏ではなく、交響曲としてのスケールの大きさをイメージさせる堂々たる表現力によって、作曲されなかった後続するふたつの楽章がどういう構想であったかを想像させてくれる。

おそらくそれは『ザ・グレイト』と双璧に成り得た大作であった筈だ。

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classicalmusic at 00:57コメント(0)ドヴォルザーク 

2018年05月01日


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リヒテルのレパートリーの中でも重要な部分を占めていたのが自国ロシアの作曲家の作品であった。

とりわけ彼と同時代の作曲家達、プロコフィエフやショスタコーヴィチとは直接交友関係にあった。

それだけにそれぞれの作品についても彼らからの直伝の解釈とリヒテル自身のアイデアが統合された、特有の深みと雄大なスケールを持っていることは否定できないだろう。

プロコフィエフのピアノ・ソナタ第6番の音源は1966年にスイスで行ったコンサートからのライヴで、そのパワフルな迫力と超絶技巧は相変わらず凄い。

尤も1960年のカーネギー・ホール・リサイタルの覇気に満ちたライヴに較べると戦闘的な刺々しさはやや後退している。

尚後者の方はRCAから質の良い録音でリリースされている。

ちなみに第6番と並んで戦争ソナタと呼ばれる彼が初演した第7番は、その後頻繁に弾かなかったためか残されているマスター自体が少なく、このセットにも入っていない。

またショスタコーヴィチの『24の前奏曲とフーガ』は1952年にタチアナ・ニコラーエワによって初演されて以来、ロシアの多くのピアニストによって採り上げられた作品集だ。

しかしリヒテルが生涯に全曲演奏した記録はなく、彼の流儀によってパリのコンサートでは6曲のみを抜粋している。

1曲1曲に全く異なった個性を与えた華麗かつ豪快なピアニズムが秀逸だ。

一方スクリャービンの色彩豊かな小品では、彼の創造した神秘和音が続出する最後期の作品『焔に向かって』と、まだ後期ロマン派の名残を残している『ファンタジー』が、リヒテルの磨きぬかれた感性が光るパフォーマンスだ。

11セット22枚のCDで組まれているRICHTER THE MASTERシリーズは、巨匠がデッカとフィリップスに遺した良質なライヴ録音の蒐集で、リヒテル・ファンには欠かすことのできないコレクションになっているが、録音データの表記の曖昧さには辟易する。

このセットのライナー・ノーツには単に1993年と1963年のレコーディングと記載されている。

しかしよく調べてみるとスクリャービンは1992年10月28日のオランダ・ナイメヘンでのコンサート、プロコフィエフのソナタ第6番は1966年9月8日スイス・ロカルノ、第4番は1989年3月20日のロンドン、その他は1979年11月27日ザルツブルクのそれぞれライヴ録音で、ショスタコーヴィチは1963年6月及び7月にパリで催されたリサイタルから採った音源のようだ。

リヒテルの貴重な演奏の集大成というだけでなくリミテッド・エディションなのでデータの正確さの面でも、もう少し拘っても良かったのではないだろうか。

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classicalmusic at 00:19コメント(0)リヒテルプロコフィエフ 
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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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