2018年08月

2018年08月19日


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クルト・ザンデルリンクはナチスのユダヤ人迫害から逃れてソヴィエトに亡命し、ムラヴィンスキー音楽監督時代のレニングラード・フィルの客演指揮者として研鑽を積んだ。

尤もムラヴィンスキーのような全軍水も漏らさず統率する強面の指揮官というイメージはない。

ここでも緻密だがオーケストラの持ち味を活かした柔軟な音楽作りが冴えていて、決して強引と思われるような牽引もなければ聴き手を疲弊させることもない豊かな音楽性を発揮させることができた指揮者だった。

彼は録音活動にはそれほど恵まれなかったが、その実力はゲルマン、スラヴ系の作品に示された楽曲に対する手際の良い采配と音響力学の巧みな配分やあざとさのない歌心、クライマックスでの自然な、しかし力強い高揚感などに表れている。

特にザンデルリンクはショスタコーヴィチとはソヴィエト時代に個人的な交流があったために、作曲家の良き理解者でもあった彼が情熱的に取り組んだ重要なレパートリーだ。

交響曲第15番はロッシーニを始めとする他の作曲家や自作のパロディーの応酬が聴きどころだが、それはショスタコーヴィチの人生の走馬燈だったのかも知れない。

彼らの演奏はシニカルというよりスコアからのダイレクトな表現で、かえってこの作品の構想を真摯に捉えたものだと思う。

ベルリン交響楽団(現在のベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)は旧東ドイツではシュターツカペレ・ドレスデン、シュターツカペレ・ベルリンやライプツィヒ・ゲヴァントハウスなどに続く典型的な質実剛健なオーケストラで、ザンデルリンクの下でその実力を培ってヨーロッパを代表する名門になるまでに至った。

それはこのディスクに収録されたショスタコーヴィチの最後の交響曲でも明瞭に聴き取ることができる。

この作品のいたるところにソロや複雑なアンサンブルがちりばめられていて、彼らの高い水準の合奏力とメンバー1人1人のテクニックが示されているし、勿論総奏の時の迫力も申し分のないものだ。

1978年に当時の東ベルリン・イエス・キリスト教会で収録されたドイツ・シャルプラッテン音源だが、西側と全く変わらない良好な音質で残されていて、今回のUHQCD化によって雑味の払拭されたサウンドが再生される。

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classicalmusic at 20:04コメント(0)ショスタコーヴィチザンデルリンク 

2018年08月17日


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ナルシソ・イエペス(1927-97)がドイツ・グラモフォンに録音した総てのギター協奏曲及びギター・ソロとオーケストラのための作品を5枚のCDに収録したセットで、ライナー・ノーツの後半に初出時のオリジナル・ジャケット写真付の録音データが掲載されているが、当時のLP盤7枚分ほどになる。

イエペスはリュート奏法もマスターしていたようだが、ヴィヴァルディのリュートが加わる協奏曲2曲についてはギター編曲版を演奏している。

尚ロドリーゴの『アランフエス協奏曲』及び『ある貴紳のための幻想曲』の2曲は1969年と77−79年の指揮者、オーケストラの異なる2種類の音源が収められている。

ディスクによってやや録音技術的なレベルが違うが音質は良好。

イエペスは結果的にか、あるいは意図的だったかはいざ知らずアンドレアス・セゴビアのアンチテーゼのように位置付けられている。

ギターを芸術的表現が充分に可能な楽器として、独自の奏法を確立していわゆるクラシック・ギターの演奏水準を飛躍的に高めて世に知らしめたのは確かにセゴビアの功績に違いない。

しかし彼はさまざまな意味において殆んど全ヨーロッパ・ギター界を牛耳るほどの頑固な独裁者的な存在になったことから、後年毀誉褒貶相半ばする大家だった。

セゴビアより30歳以上年下のイエペスが、彼とは全く異なったコンセプトを持って登場することによって、1960年代はギター界にも新風が吹き込まれた時代だった。

つまり感情移入に頼りがちな奏法を抑えて楽器の機能を最大限引き出しながら、作品を一度突き放した形で徹底した客観的な解釈を堅持して、洗練されたテクニックで作品自体に語らせるアプローチは、当時のクラシック楽壇に台頭した共通の傾向だったと思う。

また彼は同時代の作曲家の作品も価値が高いと判断したものは躊躇なく取り上げた。

このセットの後半3枚はロドリーゴを始めとする20世紀の作曲家の作品集になる。

中でもオアーナ及びルイス=ピポの作品は無調で、高度なオーケストレーションに支えられたギターの可能性にイエペスは惜しみない理解と協力を示している。

デ・ブルゴス、ロンドン交響楽団のサポートも白眉だが、イエペスが新時代のギター音楽の旗手としての役割にも果敢に取り組んでいたことの証左でもある。

彼は楽器の改造にも積極的に関わった。

ここで使用されているのは彼自身がスペインのギター製作者ホセ・ラミレスと共同開発した10弦のギターで、倍音を平均化して音量のばらつきの解決を試みたものだが、奏法が複雑化するためか一部の演奏家には支持されているものの皮肉にもギターのスタンダードとしては普及していないのが現状だ。

ただしイエペス本人は流石に開発者だけあって、この楽器をフルに使いこなして明確で豊かな音量を響かせている。

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classicalmusic at 20:23コメント(0)ヴィヴァルディ 

2018年08月15日


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本書は2001年に出版された単行本の文庫版で、ルネサンス、マニエリズム、ロココそしてバロックという美術史の流れを通して、バロック芸術の占める位置関係を明らかにしながら数多くの作品例を引用してその特徴や傾向、並びに意義が読み解かれていく。

パリのポンピドゥー・センターの建築から始まる本書は、西洋美術史研究の第一人者が、音楽や建築にとどまらず、美術、演劇、文学にまで及ぶ多彩な分野を、さまざまな時代にわたって縦横無尽に駆けめぐりながら、バロックの本質に迫っていく魅惑の旅の記録である。

もともと「歪んだ真珠」、「いびつな真珠」を意味する形容詞として生まれた「バロック」という言葉は、「粗野な」、「劣った」、「価値の低い」というニュアンスを帯びて使われるようになった。

しかし、その一方で、バッハに代表される「バロック音楽」や、サン・ピエトロ大聖堂前の広場に見られる列柱廊に代表される「バロック建築」など、雄大にして壮麗な作品群が「バロック」の名で呼ばれてもいる。

ジャンルとしての「バロック」でもなく、時代区分としての「バロック」でもなく、現代にまで至る全時代に見て取られるものとしての「バロック」を、無数の作品を渉猟しながら求めていった先には、現代こそバロックの時代である、という事実が浮かび上がる。

勿論著者は当時の政治的、また社会的な背景も疎かにしていない。

特にバロック時代の始まりは、マルティン・ルターによってもたらされたプロテスタント側の宗教改革と、逆にカトリック側が巻き返しを図った対抗宗教改革の時代とまさに一致している。

カトリック教会は自らの権威を誇示するような壮麗な芸術を奨励し、より多くの信者の獲得とその支持を得んがためアーティストに万人が理解できる平易な作品を要求した。

冒頭に書かれている現代のハリウッド映画とバロック芸術の類似性の比喩は言い得て妙だ。

つまり大金をかけ、スターを起用して派手な演出だが誰にでも理解できる単純な勧善懲悪の筋立ての映画を作り、不特定多数の観客を魅了し、感化させる。

確かにそうした大衆性がこの時代の芸術の性格を端的に物語っていると言えるだろう。

その意味では著者が書いているように、バロックの思想は歴史を追って現代まで何度も繰り返されている。

だがこの時代の多くの天才達がそのような思想的な枷やジャンルを遥かに超越した総合芸術を創造することに成功したのも紛れもない事実だ。

高階氏の文章は常に平明で、要領を得た無理のない表現が特徴だが、欲を言えば掲載写真をカラーにして欲しかった。

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classicalmusic at 21:00コメント(0)芸術に寄す 

2018年08月13日


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このセットではディーリアスの代表的なオーケストラル・ワークと管弦楽に声楽が加わる『日没の歌』を作曲家最良の理解者だったサー・トーマス・ビーチャム指揮、ロイヤル・フィルハーモニーの演奏で収めている。

録音は1956年から63年にかけて行われたものだが、総ての曲に新しいリマスタリングがされているので、初期のステレオ録音のハンディを感じさせない瑞々しい音質が蘇っている。

ディーリアスは英国生まれのドイツ人だが、創作的にはインターナショナルなスタイルをとった。

しかしその作風は同時代の作曲家が実践していた20世紀的な斬新な試みよりも、どちらかというと後期ロマン派の流れを汲んで個人的な語法を洗練させた人だった。

彼がその作品のモチーフにしたものは常に大自然であり、それゆえ完全に癒し系の音楽だが、静寂さや旋律の美しさに留まることなく内面的にも特有の奥深さを持っている。

彼は自然の密やかな営みや、刻々と変化する自然界の神秘に憧憬の念を抱いていたに違いない。

それは彼自身が帰るべき心の故郷だったのだろう。

ディーリアスが10歳ほど年下のヴォーン・ウィリアムズに少なからぬ影響を与えたことは確実だ。

例えば『ブリッグの定期市』では古いイングランド民謡をベースにヴァリエーションの形式で繰り返し、1年に1度開かれるブリッグの町に集う恋人達の出会いを大自然の中に暗示している。

サー・トーマス・ビーチャムの指揮は誇張のない自然体で、ロイヤル・フィルから流麗で甘美な音楽を引き出している。

それぞれの曲の解釈に古めかしさを感じさせないのも、彼の普遍的で卓越した音楽性のあらわれだろう。

尚最後の『日没の歌』のソロはジョン・キャメロンのバリトン、モーリン・フォレスターのコントラルトでビーチャム・コーラル・ソサエティの合唱が加わる。

ライナー・ノーツは11ページほどで、曲目紹介、録音データの他に英、独、仏の解説付だが、歌詞カードは付いていない。

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classicalmusic at 20:09コメント(0)ビーチャム 

2018年08月11日


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ルネサンスと言えば日本では文芸復興と訳されて、フィレンツェ、メディチ家が私財を投じて設立したアカデミアでの当時の最高の知識人達による古典を基礎とした学術の探求に象徴されているが、温故知新に則った忘れ去られた過去の優れた文化の模索は既に12世紀には芽生えていたという著者の見解をかなり詳細な考察で明らかにして、それまでの暗黒の中世という既成概念を覆している。

またその前段階に遡るシャルル・マーニュ大帝フランク王国宮廷でのギリシャ、ラテン語による古代作品の蒐集翻訳が始まる、いわゆるカロリング・ルネサンスの啓蒙活動にも触れていて、その後大学が初めて創設されるのがまさに12世紀だとしているが、いずれにしても中世の7つのリベラル・アーツ、つまり文法、修辞法、論理学、算術、幾何学、天文学及び音楽を習得することができたのは修道僧や聖職者で、著者自身219ページで学問を必要とする公職は総て彼らの独占物だったと述べている。

その後に開花する世俗の人々を巻き込んだ異教を大幅に許容した文芸復興には、大商人の興隆と地方を結ぶネットワークによる経済活動の飛躍的向上やグーテンベルクの活版印刷などが更に拍車をかけたことが想像される。

一方科学や医学の面ではその頃ヨーロッパより遥かに優位だったアラビアを経由した東方の文化の伝播が重要な項目として挙げられている。

サラセン人には地中海全域を荒らしまわった海賊集団というイメージがあるが、実際にはそれを可能にするだけの天文学や航海術の裏付けがあったことは間違いないだろうし、自然科学、医学や数学、特に現在世界中に普及しているアラビア数字や計算法などは彼らからの恩恵だ。

著者は私達が日頃何気なく使っているバザー、タリフ、シュガー、コットンなどの語源がアラビア語であることも指摘している。

12世紀の文芸復興の兆しは明らかだがその歩みは緩慢であくまで文学中心で、しかも地方に点在する文化の興隆は単発的で、後の時代の超人的な天才達も未だその姿を現すには至っていない。

彼らが手本とした古典自体が異教徒によって生み出されたものであることから、それを受け入れる教会との軋轢も必然的に生じる。

知の源泉が教会から俗世界に流れ波及したこととは裏腹に、カトリック教会の異端審判と科学者達との確執が、その後も長く続くことになったのは皮肉な現象だ。

文学についでユスティニアヌスのローマ法の復活とその学習について書かれているが、後の時代に役人や官僚になるための最短コースは法学を学ぶことで、その地盤は12世紀にできつつあったことが理解できる。

本書の前半は12世紀を中心とする、地道な羊皮紙への筆写活動が語られていて、それほど魅力的で読ませる文章とは言えないが、当時まだ印刷機のなかった時代に、こうした古典書物の普及にはひたすら手作業の筆写が欠かせなかったことを思い知らされる。

ここでは実際の作品を多数掲載して、読者の鑑賞にも役立つように構成されている。

勿論訳者2人の非常に念入りで分かり易い日本語訳を通してその薫り高い文学に接することができるが、ラテン語韻文のリズムは併録された原文で検証できる。

また中世は風刺とパロディー全盛期の時代で、主としてカトリック教会が槍玉にあがっている。

これはあからさまな蓄財によって権勢をほしいままにしていたローマ教皇への遊歴書生からの隠れた抵抗として説明されている。

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classicalmusic at 19:59コメント(0)芸術に寄す 

2018年08月09日


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デ・ロス・アンへレスは1963年にジョルジュ・プレートル、パリ音楽院管弦楽団とLP1枚分のオーケストラ伴奏付のフランス歌曲集を録音した。

このディスクはその時に収録された全曲にゴンサロ・ソリアーノのピアノ伴奏によるラヴェル及びドビュッシーの歌曲11曲を加えたもの。

彼女の実力、特に機知とユーモアを自在に表現する驚異的な歌唱力が発揮されたアルバムだ。

また歌の背景を特有の陰翳で立ち昇らせるプレートルの指揮も見事だし、今はなきパリ音楽院の醸し出す色彩感豊かなオーケストラの音色が幸い良質のステレオ録音で残されている。

ここに収められたデ・ロス・アンへレスのレパートリーは、ドビュッシー、ラヴェルそしてデュパルクの作品で、それぞれが20世紀に生きたフランスの作曲家だ。

彼女はヨーロッパのおよそあらゆる言語のオペラや歌曲を歌ったが、いずれも洗練されたテクニックと感性で作品を非常に高い水準で再現している。

ドビュッシーではクリュイタンスとの名演『ペレアスとメリザンド』が忘れられないが、この歌曲集でもその超現実的な世界を可憐な歌唱で表現している。

実は最近プラガ・ディジタルスからリリースされた彼女のSACD盤を聴いて感動を新たにしたが、何故かラヴェルの『シェエラザード』はモノラル音源が使われていて音質も曇っている。

その口直しのためにラックから引っ張り出してきたのがアート・リマスタリングされた2006年盤だ。

思ったとおりこのディスクでの『シェエラザード』はステレオ録音で、第2曲『魔法の笛』でのクロード・モントゥーのオブリガート・フルートの妖艶な音色がデ・ロス・アンへレスのコケティッシュな表現を支えていて秀逸。

彼はピエール・モントゥーがボストン交響楽団音楽監督時代に生まれた子息で、アメリカでの演奏活動の他にヨーロッパでも多くの著名指揮者と協演している。

このディスクはグレイト・レコーディング・オヴ・ザ・センチュリー・シリーズの1枚で、Mp3バージョンでは購入できるがCD自体は入手困難になりつつあるようだ。

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classicalmusic at 20:03コメント(0)ラヴェルプレートル 

2018年08月07日


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伝統的なハンガリーの民族音楽を現代に活かして再生する試みは、20世紀の初頭に僚友バルトークと共に決定的な時代を迎えたが、それは彼らの祖国の音楽芸術にとって全く幸運なピリオドだったと言えるだろう。

この2枚組のCDセットにはコダーイのさまざまなジャンルの作品を一通り俯瞰できるように曲目がカップリングされている。

管弦楽曲では同名のオペラから再編成された組曲『ハーリ・ヤーノシュ』が彼の代表作でもある。

ここでは彼の作曲の基礎になっている民族音楽のエレメントだけでなく、民族楽器ツィンバロムを取り入れてエキゾチックで独特の雰囲気を醸し出している。

テンシュテット指揮、ロンドン・フィルの1983年の演奏は、セル以来の名演で、聴いていると、ふと笑いがこみあげてくるような演奏である。

いくらか洗練されすぎている嫌いがないわけでもないが、土の薫りの代わりに華やかなオーケストレーションの面白みと統率された精緻で巧みな表現を聴かせてくれる。

テンシュテットは、やや遅めのテンポをとりながら、ここでは、きわめて複雑に入り組んだオーケストレーションを、実に巧みにまとめあげており、さまざまな楽器が織り成す親しみやすい旋律を、よく歌わせている。

ゆっくりとしたテンポで抒情的に流した「歌」や、全合奏とトランペットのコントラストの絶妙な「戦争とナポレオンの敗北」などは、ことに優れた演奏だ。

録音もすこぶるよく、管楽器のソロなどは、特に鮮明に収録されている。

オルガン付の神秘的な『ミサ・ブレヴィス』は、ステフェン・クレオバリー指揮、キングス・カレッジ・コーラスの1987年のセッションで、コダーイが宗教曲でも優れた腕を示したことを証明している。

2枚目では少女合唱のための7つのコーラスがとりわけ鮮烈で美しい。

殆んどの曲がア・カペラで歌われ、繊細なガラス細工のような透明な響きの中に、ハンガリー語のアクセントを活かしたリズム感が特有の精彩を与えている。

少女合唱の曲としては技術的にかなり難曲と思われるが、コダーイ少女合唱団は良く訓練された鮮烈な響きを生み出していて秀逸。

器楽曲ではダヴィッド・オイストラフのヴァイオリン、ヴラディミル・ヤンポルスキーのピアノ伴奏による『3つのハンガリー民謡』は、多くのヴァイオリニストが手がけるポピュラーな小品だが、彼の演奏は線の太い逞しい演奏で、テクニックの冴えも完璧だ。

1956年のモノラル録音で音質は良好。

最後にコダーイの代表曲のひとつ『無伴奏チェロのためのソナタ』をポール・トルトゥリエの演奏で収めている。

個人的にはシュタルケルのものがその集中力と一切の無駄を省いた表現力と気迫で優っていると思うが、トルトゥリエのチェロには独特の色彩感があり好感が持てる。

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classicalmusic at 20:39コメント(0)テンシュテットオイストラフ 

2018年08月05日


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ヴィラ=ロボスの多岐に亘る作品を協奏曲、室内楽、管弦楽のそれぞれのジャンルから集めて2枚のCDにカップリングした20世紀クラシックス・シリーズのセット。

第1曲目のソプラノ・サクソフォンと室内オーケストラのための『ファンタジア』は実質的な協奏曲で、この楽器の特性を活かした華やかで色彩感に溢れる、サクソフォンのための数少ない協奏曲のひとつだ。

ジョン・ハールの鮮やかなソロ、ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内による1990年のセッション。

この曲は作曲者が1920年にパリで出会ったサクソフォニストのマルセル・ミュルのために書いたが、ミュルの関心を惹くことはなく、彼に送られた楽譜も紛失してしまったといういわくつきの曲だ。

一方ギター協奏曲はアンドレアス・セゴビアの初演で、1951年に作曲されているので、ロドリーゴやカステル=ヌオーヴォの同協奏曲より後の作品になる。

彼自身ギタリストでもあり、ソロ・パートの手馴れた名人芸や洗練されたオーケストレーションの書法が魅力だが、新境地に踏み込むような斬新さと音響の鮮烈さではロドリーゴが優っているように思う。

演奏はロメロ・ファミリーの末っ子で、情熱的なテクニシャンのアンヘル・ロメロのソロ、へスス・ロペス=コボス指揮、ロンドン・フィルによる1984年のセッション。

その他興味深い曲として、当初ピアノ用に作曲された『ブラジルの子供のためのカーニバル』に堂々たるオーケストレーションを施して協奏曲風に仕上げたファンタジー『モモプレコチェ』がクリスティーナ・オルティスのピアノ、アシュケナージ指揮、ニュー・フィルハーモニアで、そしてやはり民族的な印象が強い弦楽四重奏曲第6番ホ短調がハンガリアン・カルテットの演奏になる。

2枚目は彼のオーケストラル・ワークの代表作『ブラジル風バッハ』からの4曲だが、中でも白眉はヴィラ=ロボス自身の指揮とヴィクトリア・デ・ロス・アンへレスのソプラノに8台のチェロが加わる第5番が、エキゾチックな雰囲気を満喫できるだけでなく、音楽的にも高い水準で必聴の名演。

オーケストラはフランス国立放送管弦楽団で1956年の古いセッションだが、デジタル・リマスタリングの効果もあって音質は良好。

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classicalmusic at 19:21コメント(0)アシュケナージ 

2018年08月03日


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ウィーンの生んだ名ピアニスト、フリードリヒ・グルダが世を去って歿後10年にあたる2010年、オルフェオによって3種目となるベートーヴェンのソナタ全曲録音が復刻リリースされた。

もちろん完全初出の正規音源に拠るもので、フィルアップにはやはり完全初出の「エロイカ」変奏曲とディアベッリ変奏曲、さらには初出レパートリーのバガテルまで含まれるという内容である。

グルダのもっとも重要なレパートリーのひとつとされるベートーヴェンだが、ソナタではスタジオ・セッションによる2種の全曲録音がよく知られている。

ひとつは、デッカによって'54年2月にロンドンで開始され、'58年にウィーンのゾフィエンザールで完結したモノラル・セッション録音(全曲のリリースは'73年)。

いまひとつは、'67年にオーストリア放送の協力で、アマデオのもとクラーゲンフルト・スタジオでまとめに行なわれたステレオ・セッション録音('68年にリリース)。

グルダによるソナタ録音のほとんどすべては、この2度のセッション・レコーディングに集約されるが、いくつかのナンバーについては、たとえば、第31番のように、'59年のシュヴェツィンゲン音楽祭(hanssler 93-704)、'64年のザルツブルク音楽祭(ORFEOR-591021)、'93年のモンペリエといった具合に、別演奏のライヴ録音が存在している。

'48年以来、グルダはベートーヴェンのソナタ全曲演奏会シリーズの計画を温めており、これは年代順に取り上げてゆくという先駆けだったが、実際に初めて実現したのは'53/54年のシーズンの始めであった。

グルダはオーストリアの5つの都市、クラーゲンフルト、ウィーン、リンツ、グラーツ、ザルツブルクでソナタ全曲を弾いている。

このセットに収められているすべてのソナタは、ちょうどグルダがベートーヴェンに専念していたこの時期、'53年10月から'54年1月にかけて、まだソビエトの管理下にあったウィーンのラジオ局RAVAGによってスタジオ収録されたものである。

収録当時グルダは24歳、現状で上記を含めた3種のうち、最初のセッション録音にあたるわけだが、じつに3度にもおよぶセッション録音を果たしたピアニストはほかにアルフレート・ブレンデル、ダニエル・バレンボイムくらいで、きわめて稀な例ではないだろうか。

どこまでも美しく輝かしく、そして雄弁なピアノの音色、早くから完成されたテクニックを武器に生涯数々の伝説を打ち建ててきたユニークなピアニストによる超一級のドキュメントとして、また上記2種の全集との相違も含めて、「1953/54年ウィーンでの全集録音」は、今後ますます重要なポジションを獲得していくものと考えられる。

ソナタだけでも十分過ぎるほどの内容であるが、さらにうれしいことにフィルアップもまた貴重で、エロイカ変奏曲とディアベッリ変奏曲も、2種目となる初出音源、さらに、6つのバガテルについてはグルダ初出のレパートリーになる。

紙製スリップケース入りのCD9枚を収めた外箱は、約30ミリ厚のクラムシェル・タイプ。独・英・仏語による68ページのブックレットが付属。

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classicalmusic at 22:03コメント(0)ベートーヴェングルダ 

2018年08月01日


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ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス(1933-2014)は録音活動ではそれほど恵まれなかったが、ブラームスを始めとするゲルマン系作曲家の作品を得意としていた。

その一方で母国スペインやフランスに代表される全く異なったラテン系の音楽もこよなく愛し、ここでも迸るように情熱的で歌心溢れるお国物への絶妙な巧さを披露している。

彼の名声は皮肉にもむしろ後者の理由で、レコーディングも晩年のデンマーク国立交響楽団とのベートーヴェンの交響曲全集その他を纏めたデンマーク・ダカーポからのブルーレイ・オーディオ3枚組以外は、デッカにトゥリーナ、アルベニス作品集、EMIにはこのディスクの他に往年の名ソプラノ、ヴィクトリア・デ・ロス・アンへレスとのファリャの歌劇『儚い人生』やバレエ音楽『三角帽子』、室内オーケストラで伴奏した歌曲集などが名盤として知られたところだ。

その中でも言ってみればデ・ブルゴスのデビュー録音がこの『ミュージック・オヴ・スペイン』になり、彼が1963年にパリ音楽院管弦楽団に客演した時の音源で、解散前のパリ音楽院の一癖も二癖もある教授達を見事に統率して光彩に溢れ、また時には深い陰翳を映し出したリズミカルで滾るような熱いスペイン情緒を満喫できる貴重な1枚だ。

彼とパリ音楽院との音源は他にもある筈で、収録時間から言ってもカップリングにもう一工夫が欲しかった。

第1曲目の『火祭りの踊り』はエルネスト・アンセルメ、スイス・ロマンドの名演が遺されているが、デ・ブルゴスのそれは彼らの演奏を刷新するほどファンタジーに溢れ、しかもアンセルメにも負けない覇気でパリ音楽院の色彩豊かな音色を縦横に引き出している。

同じくファリャのスペイン舞曲は歌劇『儚い人生』第2幕祝宴で演奏され、舞台上では実際に舞踏が披露される部分で、このオペラがピークを迎える華やかさとその後に訪れる悲劇とのコントラストを予感させるデ・ブルゴスの表現が素晴らしい。

アルベニスとその後輩トゥリーナの作品もスペイン情緒をオーケストレーションによって描いた一種の音画であり、目の前にエキゾチックな情景を浮かび上がらせるような手法は流石だ。

このアルバムはデ・ブルゴスがデッカにニュー・フィルハーモニア及びロンドン・フィルと入れたトゥリーナ、アルベニス作品集と共に聴き逃せないディスクだろう。

古い音源で僅かにヒス・ノイズが聞こえるが、UHQCD化された音質は鮮明で高度な鑑賞にも充分に堪え得る。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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