2018年10月

2018年10月19日


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言わずと知れた不朽の名盤で幾度となくリイシューを繰り返しているベーム、ベルリン・フィルのモーツァルト交響曲集だが、最近の箱物ではハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン及びブラームスの交響曲を纏めた22枚がユニヴァーサル・イタリーから出ている。

事実上そのうち10枚のモーツァルトを抜き出したセットにブルーレイ・オーディオ1枚を加え、音質をグレードアップしたリニューアル盤ということになる。

個人的にはレギュラー・フォーマット盤10枚は割愛しても良かったと思うが、これからベーム演奏集のコレクションを始めたいという入門者にとってはリマスター盤のリリースは朗報だろう。

いずれにしても過去の名演奏家の記念碑的なコレクションは、ハイレゾによる音源のみの配信よりも、形として残るハード・メディアの方がまだ支持されることを熟知した企画と思われる。

同音源による従来盤CDとブルーレイ・オーディオを抱き合わせにするアイデアは専用の再生機器の普及状況に合わせたストラテジーだろう。

ただここで注目されるのは当然音質の変化なので、ブルーレイ・オーディオを聴き比べた感想を書いてみることにする。

同セットに組まれているCDと聴き比べると歴然としているが、DSDリマスタリングによるブルーレイ盤では解像度が俄然アップした。

そのために弦楽部は勿論フルートやオーボエなどのオーケストラのそれぞれの楽器の音像のディティールの違いが明瞭に感知できる。

レギュラー・フォーマット盤では音量が嵩上げされているが雑味も混入している。

ブルーレイではその点がすっきりして濁りや余計な音場の拡がりがなく、圧倒的な情報量のためか滑らかでより自然な音色が得られている。

同じ音量で鑑賞するとブルーレイの方が僅かにコンパクトに聞こえるが、ボリュームを上げると精緻な音質が破綻なく拡大される。

この差は明らかだ。

ブックレットは55ページで収録曲目リストの他に、ペーター・コッセのベームに関するエッセイとハインツ・ベッカーのモーツァルトの交響曲についての解説が欧文と共に日本語訳でも掲載されているのは親切な配慮だ。

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classicalmusic at 00:21コメント(0)モーツァルトベーム 

2018年10月17日


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この5枚組のピアノ・トリオ集は1997年にドイツ・グラモフォンから刊行されたコンプリート・ベートーヴェン・エディションのためにリマスタリングされて、その第9巻として組み込まれた。

当エディション自体廃盤になって久しいが、2013年同レーベルから簡略化再編集されたマスター・ワーク集がリリースされ、その中では再びこの音源を復活させている。

ただし割り当てられたCDは3枚で、ケンプ、シェリング、フルニエのメンバーによるトリオ変ホ長調WoO38や『私は仕立て屋カカドゥ』からのヴァリエーション他数曲が選曲から漏れている。

いずれにしても録音から40年以上経過した現在でもこのセッションの普遍的な価値が評価されている証左で、実際彼らの演奏水準の高さから言っても単独でリイシューされるべき名盤の範疇に入るものと思う。

尚このセットのうちCD1枚強はボザール・トリオその他の演奏者によるベートーヴェン自身のピアノ・トリオ用編曲作品集になる。

いずれもケンプ、シェリング及びフルニエの三者の気負いのない、しかし極めて真摯かつ流麗な演奏が美しい。

こうした個性の強いベテラン演奏家のアンサンブルでは、どこまで協調してそれぞれが目指す音楽的な理想に近づけるかがキー・ポイントになるが、ここでは彼らがお互いのコンセプトを尊重しつつ、また合わせ技においても傑出していたことを明らかにしている。

何よりもベートーヴェンの音楽を整然とした秩序の中に再現し、そこに深いロマン性を秘めているところが秀逸だ。

情熱的な表現と言うよりむしろ淡々と語りかけてくるような趣があり、聴くほどに深い味わいがある。

3人の中でリーダーシップを掌握しているのはピアノのケンプだろう。

彼は扇の要のようにトリオを完璧に支えるだけでなく、巧みにコントロールされたピアノの清澄な響きの中にヴァイオリンとチェロを大らかに歌わせるテクニックが素晴らしい。

大曲『大公』ではシェリングの知性とフルニエの高貴が相俟って、老獪とも言える余裕と自由闊達さで音楽的な調和を完全に維持しながら、驚くほど奥行きのある表現力を示してベートーヴェンの哲学的な深みをも汲み尽したセッションだ。

ちなみにシェリングに代わってクラリネットのカール・ライスターが加わるトリオ『街の歌』は、このセットではなく第14巻の室内楽曲集6枚組の方に収められている。

ブックレットは写真、図版入りで79ページあり、曲目及び録音データの他に英、独、仏語による解説と、更にイタリア語とスペイン語の別冊ライナー・ノーツも添付されている。

音質もきわめて良好で、当時このエディションに賭けたグラモフォンの意気込みが感じられる。

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classicalmusic at 00:06コメント(0)ケンプフルニエ 

2018年10月15日


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シャルル・ミュンシュ(1891-1968)没後50周年記念としてEMI及びエラートの全音源を纏めた13枚のバジェット・ボックス。

ライナーノーツを見るとCD1から6までは1965年から68年にかけて録音された晩年のステレオ音源で、今回新規にリマスタリングされているので、この6枚に関しては良好な音質で鑑賞できる。

このうちCD2のルーセルの組曲ヘ長調は初出音源ではないが初CD化と記載されている。

彼はボストン時代を中心にRCAに膨大な音源を遺していて、それらは同メーカーから既に86枚の豪華ボックス・セットでリリースされているが、こちらはそれに比較すればずっと質素な装丁ながらリーズナブルなバジェット価格が魅力だ。

ミュンシュといえばベルリオーズの演奏に長じていることは、既に広く知られているが、幻想交響曲を聴かないわけにはいかない。

この作品で彼は他の追随を許さないほどの回数のコンサートを行って、彼の即興性とデモーニッシュな感性がその度ごとに変化する指揮ぶりに驚かされる。

このセットでも1967年のパリ管弦楽団と1949年のフランス国立放送管弦楽団の2種類が収録されていて、その表現の違いを聴き比べることができる。

特に前者は生気溢れる颯爽たる演奏で、見事なバランスをもって竹を割ったようにすかっとした表現をしているが、この演奏には、テンポの緩急の変化がかなり強く出ているのと、情緒的に劇的構成をつくるのが各所にみられ、それがまた表現を豊かにしている。

一方CD7から13はかつてSP盤でリリースされた総てがモノラル録音の古い音源になり、やや売れ残りの在庫一掃のような印象がある。

ただし板起こしではなく正規のマスター・テープからCD化されたもののようで、確かにスクラッチ・ノイズも破綻もなく鑑賞に不都合はないが、音質は時代相応といったところだ。

殆んどがフランスの作曲家の作品で、こちらでは往年の大演奏家、ジャック・ティボー、アルフレッド・コルトー、ヨゼフ・シゲティやマルグリット・ロン、歌手ではピエール・ベルナックやシャルル・パンゼラなど豪華な協演者が名を連ねている。

また超個性的なオーケストラだった当時のパリ音楽院管弦楽団の演奏集としても興味深い、いわゆる歴史的録音のコレクションとしては貴重なものに違いない。

やはり、指揮の芸術が始まって以来、つまりハンス・フォン・ビューロー以来、ニキシュをはじめ忘れてならぬ巨匠たちの連名に欠くことができない1人であることは間違いないこの人の演奏は、それが実際の音として残されているものであるだけに、いい加減に扱わず、総てをいつでも参照できる状態にしておくことが望ましい。

ミュンシュは経歴からも、業績からも、真のコスモポリタンであった音楽家の最上の能力を証明する、類のない貴重な実績の記録なのだから。

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classicalmusic at 00:15コメント(0)ミュンシュベルリオーズ 

2018年10月13日


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R.シュトラウスの交響詩集は密接に文学やそのストーリーに結び付けた音楽と言うより、文学作品から受けたイメージを洗練されたオーケストレーションによって発展させ、結果的にはタイトルの如何に拘らず、独自の音楽的なインスピレーションとアイデアを披露する場になっているので、物語との整合性を求めてもあまり意味がないだろう。

このディスクに収録された『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』も原作の卑近で尾籠な話の中に鋭い風刺を織り込んだ笑話集とはかなり印象の異なった、高度な音楽性と趣味の良いシュトラウス=サウンドがブロムシュテットの端正で的確な指揮ぶりと美しく充実したシュターツカペレ・ドレスデンによって理想的に再現されている。

風刺的表現に関してはむしろ後退しているが、純粋な管弦楽曲としての完成度の高さは流石と思わせるものがある。

勿論、当時の首席ホルン奏者だったペーター・ダムの軽妙なソロも聴きどころのひとつだ。

『メタモルフォーゼン』は交響詩とは名付けられていない弦楽のための作品だが、大戦によって失われた芸術への追悼がブロムシュテットの強い共感と共に鮮烈に表現され、晩年の作曲家の黄昏に佇むような心境を偲ばせるものがある。

3曲目の交響詩『死と変容』でもシュターツカペレ・ドレスデンの首席奏者達の巧みなソロとアンサンブルが秀逸で、改めてこの楽団の水準の高さを知らされる。

ブロムシュテットは強い個性を主張する指揮者というよりは、むしろ作曲家の構想をスコアから隈なく読み取るタイプなので、R.シュトラウスの精緻なオーケストレーションが淀みなく整然と描かれているところが彼らの一連の演奏集の特徴だろう。

その上でシュターツカペレ・ドレスデンはR.シュトラウスの9曲のオペラを初演し、アルプス交響曲を献呈された、作曲家に最も信頼されていたオーケストラだったこともあり、団員達の伝統的な解釈が演奏に反映され、他のオーケストラとは一線を画しているのも事実だろう。

R.シュトラウスのオーケストラル・ワークに関してはブロムシュテットより6代前のカペルマイスター、ルドルフ・ケンペとの1970年代初期のCD9枚分の網羅的な録音集が歴史的名演として知られたところだ。

ブロムシュテットはケンペほど徹底した管弦楽曲集は残さなかったにしても『英雄の生涯』を手始めに『ツァラトゥストラ』、『ドン・ファン』、そして『ティル』『メタモルフォーゼン』及び『死と変容』の6曲を3期に亘って録音した。

このディスクの3曲はシリーズ最後の時期に当たる1989年にドレスデン・ルカ教会で行われたセッションになる。

奇しくも東西ドイツ統合の数ヶ月前の録音だが、この頃既に東側ではPCMディジタル録音が一般化していたために音源は極めて良好で、グレードアップされたリニューアル盤が待たれていただけに今回のUHQCD化はタイムリーな企画だ。

これで、ブロムシュテット、シュターツカペレ・ドレスデンによる6曲の管弦楽曲集の高音質盤が完結したことになる。

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classicalmusic at 00:32コメント(0)R・シュトラウスブロムシュテット 

2018年10月11日


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クラウディオ・アバドが1984年に当時の手兵ロンドン交響楽団と取り組んだメンデルスゾーンの交響曲全集で、彼の円熟した棒さばきが冴え、全体にすっきりとまとまった快演だ。

アバドは欧米のオーケストラにイタリア的な新風を吹き込んだ指揮者であることは誰しも認めるところだが、それは先輩ジュリー二の孤高の至芸に比べれば更に徹底したものだった。

この傾向は図らずもムーティによって受け継がれることになるが、それには先ずオーケストラからの音のベクトルの転換というストラテジーがある。

端的に言えば伝統的なオーケストラには特有の個性や芸風が培われていて、それが長所にもまた場合によっては枷にもなるわけだが、その枷の部分を取り払うことによってオーケストラを一度解放し、楽員の自発性を発揮させながら新たに全体をまとめていくというのがアバドの戦法だ。

特にメンデルスゾーンのように天性の平明さを持った屈託のない音楽には理詰めの厚化粧より、むしろ風通しの良いフレッシュな感性と開放感の表出がより適しているだろう。

そうした意味でこのメンデルスゾーンの交響曲全集では彼らによって最良の効果が発揮されている演奏だ。

少なくともオーケストラの自主性が良く表れていて、ロンドン交響楽団の音色も彼の指揮の下では何時になく明るく軽快に聴こえるのも偶然ではないだろう。

しかも彼らが伝統的に持っている凛とした気品は少しも失われていない。

メンデルスゾーンの交響曲は構成がきちんとしていて、展開がわかりやすい。

その分抽象的な印象を与えるが、クレンペラーのような指揮者なら、それを神秘感あふれる雰囲気に変えることができる。

しかしアバドはその北方的な雰囲気を、ラファエロの精妙かつ豊麗な、あたたか味ある色合いに転調し、絹のような艶と光沢を帯びた響きの世界を生み出している。

交響曲第3番『スコットランド』ではカラッとして涼しげなカンタービレが、この曲の持つ陰鬱なイメージにはそれほど似つかわしくないかも知れないが、アバドは徹底した譜読みと気の利いた音楽的アイデアを感知させていて強い説得力がある。

一方交響曲第4番『イタリア』は彼のアプローチが最大限活かされた曲目で、イタリア出身のアバドが名実共に爛ぅ織螢△良瓩鯑わせる。

とはいえ、カラリとした空気とは違い、シンフォニックで潤いのある響きと、十全な歌わせ方は濃密なロマンティシズムを漲らせ、アバドがもはやロンドン交響楽団に自らを同化させているのを痛感させる。

特に終楽章「サルタレッロ」はイタリア中部の民族舞踏を取り入れた5分余りの短い曲だが、その熱狂的なスピード感と同時に高度に洗練された趣味が聴きどころだ。

玄人好みの第5番『宗教改革』にしても、メンデルスゾーン特有のリリカルだが狃世吻瓮ーケストレーションの妙味が際立っているのが心憎い。

宗教的な敬虔さとメッセージ性を直截に表わす表現も同様で、メンデルスゾーン音楽の精髄を衝く演奏だ。

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classicalmusic at 00:12コメント(0)メンデルスゾーンアバド 

2018年10月09日


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このディスクにはヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデンによるリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』及び『ドン・ファン』の2曲が収録されている。

どちらも1987年にドレスデン、ルカ教会でのPCMディジタル録音だが、ライナー・ノーツによると前者のオルガン・パートはベルリンのシャウシュピールハウスでの演奏がシンクロナイズされたようだ。

制作は日本コロムビアとドイツ・シャルプラッテンのコラボで、この頃には既に16ビット4チャンネルの録音機が導入されていたこともあり、今回のUHQCD化によって彼らの精妙な演奏が鮮明な音質で再生される。

ブロムシュテットとシュターツカペレ・ドレスデンは『マクベス』を除く6曲のR.シュトラウスの交響詩を3期に分けて録音したが、今回の企画でその総てがUHQCD化されたことになる。

オーケストラの音の伸びも自然で、ルカ教会の高い音響空間を活かしたクリアーな空気感の中に拡散する奥行きのあるサウンドが特徴だ。

『ツァラトゥストラ』はR.シュトラウス特有の絢爛豪華なオーケストレーションが駆使されている性格上、華美になり過ぎると曲想が上滑りして強烈な冒頭部分のみが突出して、残りの部分の影が薄くなりがちだ。

ここではブロムシュテットの全曲を見極めた均整のとれた造形が、9部分から構成されるストーリーの結束を固くして、最後まで聴き手の注意を逸らせない。

音響の壮大なドラマに重点を置かずに1つ1つの音符を誠実に再現し、その結果として自然に堂々とした風格が出てきた表現と言うべき特色を持っている。

最後の部分に現れるヴァイオリン・ソロを始めとするソロやアンサンブルも洗練されていて、シュターツカペレ・ドレスデンの伝統的な奏法といぶし銀の音色が、指揮者の音楽的構想を可能にしていると言ってもいいだろう。

『ドン・ファン』でも華やかでドラマティックな曲想にシックな趣が加わって、文学的な高尚さを醸し出している。

ここでの主人公はモーツァルトの描いた、人間の業の権化のようなドン・ジョヴァンニ像とは性格を異にする、R.シュトラウスによって理想化された人物として表されている。

2曲ともに、ブロムシュテットの落ち着いた語り口と真摯で丁寧な表現が、シュターツカペレ・ドレスデンの中欧的な柔らかい響きの魅力を旨く活かす結果になった演奏で、オーケストラの機能美ばかりが追求されるR.シュトラウスの演奏に一石を投じる解釈と言える。

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classicalmusic at 00:04コメント(0)R・シュトラウスブロムシュテット 

2018年10月07日


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特に「女性では」のことわりを入れずとも、フランスを代表するだけの経歴と風格を具えたオルガニストの大御所マリー=クレール・アラン(1926-2013)が1959年から67年にかけて行ったバッハ・オルガン作品全曲録音で、まず40歳前後の時期という比較的若い年齢で全曲を演奏したことに注目される。

バッハの「オルガン作品全集」をレコーディングすることは、およそすべてのオルガニストにとって生涯の一つの夢だろう。

だいいちその機会に恵まれること自体が誰にもあるというものではないが、アランはそれを一人で何と三度も繰り返したのだから恐れ入る。

その意味で女史にとってバッハのオルガン曲演奏はまさしくライフワークであったが、最初の全集録音で既にバッハの作品に対する解釈が基本的に確立されていたことに感心させられる。

彼女はその後更に2回の全曲録音も果たしていて、聴き比べると確かに後の2種の方が恰幅の良い名オルガニストの風格を備えている。

しかしこの若き日の全集は何処までもクリアーな奏法と明晰な解釈が特徴で、ことさら作品を尊大に聴かせることもなく誠実な再現に徹していて、スケールの大きな演奏ではないが、肌理の細かい表現とレジスターの多彩な音色の組み合わせなどに如何にもフランス人らしい彼女の趣味と現代的なスタイルを感じさせる。

アランの芸風は余計な自己主張のない典雅に洗練されたもので、その中にベテランならではの滋味、懐の深さを窺わせる。

演奏家自身の個性表出のためにバッハを利用するのではなく、真摯でありながらバッハの音楽に内包されている表現の多様性が示されたサンプルとしても模範的な演奏だと思うし、そこにアランの透徹した哲学があるのだろう。

バッハ演奏家としての総合的な力量では、ヴァルヒャやリヒターやレオンハルトに一歩を譲るというのが実は筆者の率直なアラン観であるが、偉大なる女史の、その長年の業績に敬意を持つ者として、初心者から通までお薦めすることに些かも躊躇しない。

この録音に使われた楽器はジャケットの裏面に記載されているが、デンマーク、スウェーデン、ドイツなどの北ヨーロッパの教会に設置されているマルクーセン&ソン製である。

いわゆる歴史的名器ではなく総て戦後にデンマークの同名の製作者が担当した現代のオルガンになり、確かに圧倒的な風格のあるジルバーマンやシュニットガーよりかなりモダンな響きがする。

録音状態は良好だが教会内の残響がそれほど含まれていないので、音質は鮮明でも僅かにデッドな印象があり、また低音を抑えたリマスタリングがされているように感じられるが、サブ・ウーファーを調節することで低音の補強と空気感を出すことは可能だ。

曲目はバッハのオルガン曲とそれに準ずる鍵盤用作品、例えば4曲のデュエットBWV802-805などが15枚のCDに網羅されている。

デュエットに関しては足鍵盤を欠いた二声の作品なのでヴァルヒャ第1回目の全集ではチェンバロで演奏されているが、アランは全曲オルガンで再現している。

尚43ページのブックレットには収録曲目及び録音データと欧文による解説が掲載されている。

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classicalmusic at 00:24コメント(0)バッハ 

2018年10月04日


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クルト・ザンデルリンク(1912-2011)は、晩年ヨーロッパの名門オーケストラだけでなく、中堅を支えるいくつかの実力派の楽団にも頻繁に客演したが、シュトゥットガルト放送交響楽団とも質の高い演奏を遺してくれた。

そのひとつが1999年12月に地元リーダーハレで行われたこのディジタル・ライヴになる。

演奏終了後の歓声と拍手の他には幸い客席からの雑音は殆んどなく、またブルックナーには不可欠なホールの潤沢な残響や空気感にも不足しない良好な録音状態にも好感が持てるし、CDの音質や臨場感も極めて良好だ。

独SWRの制作によるディスクのリニューアル盤で、ジャケットの写真を一新して今年再販された。

当時の西側に彼の名が知られたのが遅かったためか、大手メーカーからザンデルリンクにブルックナーの交響曲の全曲録音の企画は持ち込まれなかった。

この他にはベルリン放送交響楽団、コンセルトヘボウ、BBCノーザン、ゲヴァントハウスそれぞれとの第3番とバイエルン放送交響楽団との第4番『ロマンティック』などがレパートリーとして挙げられる程度だ。

いずれも彼の大曲に対する知的なアプローチが作品の構成を堅固に聴かせるだけでなく、同時にライヴならではの白熱した雰囲気も伝わってくる。

この晩年の第7番は、優しく、時に力強いザンデルリンクの良さが十二分に発揮された名演中の名演である。

ザンデルリンクならではの慈愛に満ちたブルックナーで、いつものように丁寧に1つ1つの音を作り上げていくが、そういう音楽に対して謙虚な姿勢が感じられる一方で、音は確固たる自信にあふれている。

とりわけ第2楽章は、人間の奥底にある穏やかな感情を静かに描いているように感じられる。

かつての日本盤解説では「何があってもびくともしない」と評されていたがその通りで、その安定感が聴き手に対し、大樹に寄り添うような安心感を与えてくれるのだろう。

2012年に統廃合が行われた結果、現在では南西ドイツ放送交響楽団の名称で呼ばれているシュトゥットガルト放送交響楽団だが、確かにオーケストラとしての完成度から言えば彼らを上回る楽団は少なくないだろう。

しかしこのブルックナーではザンデルリンクの悠揚迫らざるテンポの中に、幅広いダイナミズムを巧みにコントロールした采配に呼応する、高度な合奏力を持ったオーケストラであることが証明されている。

むしろ超一流のオーケストラではそれほど顧みられない作曲家の朴訥とした作風を滲み出させているところも秀逸で、こうした表現に関してはドイツの地方オーケストラがかえってその実力を示しているのは皮肉だ。

例えば第2楽章後半の壮麗なクライマックスを聴いていると、ノヴァーク版のシンバルが如何にあざとく煩わしいものかが理解できる。

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classicalmusic at 20:08コメント(0)ブルックナーザンデルリンク 

2018年10月02日


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2015年に独ヘンスラー・プロフィールからクルト・ザンデルリンク・エディション第1集交響曲編11枚がリリースされた時にラフマニノフの交響曲全3曲も組み込まれていた。

第1番及び第2番はレニングラード・フィルとのモノラル録音で、第3番は1994年の北ドイツ放送交響楽団とのステレオ・ライヴだが、当時同曲では彼の唯一の音源という触れ込みだった。

しかし今年になって南西ドイツ放送SWRクラシックから出たこのディスクのデータを見ると前者の翌年にシュトゥットガルト放送交響楽団に客演したセッション録音で、オリジナルSWRテープからのディジタル・リマスタリングと記載されている。

確かに音質は極めて良好で、精緻かつ巧妙なラフマニノフのオーケストレーションを、ザンデルリンクの決して冷淡にならない血の通った指揮と、シュトゥットガルトの手堅い演奏で堪能することができる。

下積み時代をレニングラードで過ごしたザンデルリンクにとって、ロシア物は彼が完璧に手中に収めたレパートリーのひとつであった。

当ディスクではムソルグスキーの歌劇『ホヴァンシチナ』から第1幕への前奏曲「モスクワ河の夜明け」とのカップリングで、ロシアの色濃い抒情で満たされている。

ムソルグスキーはオーケストレーション・スコアを遺さなかったので、コンサートではしばしばリムスキー=コルサコフ版が使われている。

ザンデルリンクはショスタコーヴィチがピアノ譜から忠実に構想した1958年版を採用して、情景描写にも優れた手腕を示したムソルグスキーの骨太で力強い音楽が活かされている。

一方作曲家としてのラフマニノフの作風は先輩マーラーや同世代のシェーンベルク、スクリャービン、少し後のストラヴィンスキー、バルトーク、プロコフィエフなどに比べるとかなりレトロ調で、後期ロマン派の残照の中に拭い去ることのできない憂愁を引き摺ったロマンティックな感性を、彼は終生捨てることがなかった。

彼の最後の交響曲も時代遅れと言ってしまえばそれまでだが、起伏に富んだ曲想が華麗なオーケストレーションで装飾されたロマン派最後を締めくくる作品のひとつだろう。

曲中には彼がスコアに遺したサインのようにグレゴリウス聖歌の『怒りの日』の旋律が断片的なモチーフとして記されている。

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classicalmusic at 20:26コメント(0)ザンデルリンクラフマニノフ 
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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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