2018年11月

2018年11月30日


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チェコ・スプラフォンが2012年にデジタル・リマスタリングのリニューアル盤として復活させたのが、この8枚組のオーケストラル・ワーク集だ。

録音データの内訳を見ると『交響的変奏曲』が1968年、9曲の交響曲が71年から73年、4曲の交響詩が77年、3曲の序曲集が80年で、それぞれの曲集ごとに比較的短期間に集中して録音されている。

つまり単発的なセッションの寄せ集めではなく、ノイマン&チェコ・フィルのライフ・ワークとしてのポリシーに基いた、極めて燃焼度の高いドヴォルザーク管弦楽曲集に仕上げられている。

その理由のひとつに68年の「プラハの春」でのソヴィエトの軍事介入によってチェコ国民の愛国心がいやがうえにも高揚していた時期と重なっていたという事情がある。

こうした政治的背景が彼らの2回目の交響曲全集録音時に比較して、遥かに高いモチベーションとなっていた筈だ。

しかもラファエル・クーベリックとカレル・アンチェルの2人の常任指揮者の相次ぐ亡命という異常事態を受けて古巣に戻ったノイマンは、チェコ・フィルを救わなければならないという逼迫した状況にさらされていたと同時に、彼らとの新時代を築こうとする意気込みも強く感じられる。

ノイマン&チェコ・フィルによるドヴォルザークの交響曲全集は3種類あり、これはその最初のもので、70年代、80年代、90年代とほぼ等間隔であたかも自己確認をするかのごとく録音をしているが、本全集はノイマンのいわば所信表明的なアルバムとして格別の趣がある。

両者の関係は既に爐海覆譴騰瓩い董同フィルに就任(68年)してから取り組んだ大きな達成目標としては充分な成果である。

ドヴォルザークの交響曲は、ワーグナーやブラームス、西欧的アカデミズム、そして露骨な民族主義など多様なスタイルが見て取れるが、ノイマンはこの最初の演奏から既に揺るぎないスタンスと解釈で綿密に対応していることがよくわかる。

録音は総てプラハにある「芸術家の家」ルドルフィヌムのドヴォルザーク・ホールで行われた。

1885年開場の歴史的コンサート・ホールで、現在でもチェコ・フィルの活動拠点にもなっているが、堂々たる風格の建築と内部の残響が潤沢なことでもヨーロッパを代表する演奏会場に名を連ねている。

このCDセットでもチェコ・フィルの長所でもある明るい弦の響きの瑞々しさとオーケストラの軽快な機動力が充分に捉えられている。

幸いスプラフォンの技術水準の高さも今回の新しいリマスタリングで実証される結果になった。

自然で柔軟な音質が彼らのセールス・ポイントだが、アナログ録音の特性を活かした、この時代のものとしては極めて良好な音質が得られている。

ブックレットは35ページで、曲目紹介、録音データの他に、ドヴォルザークの年代を追った作品の作曲過程の解説を英、独、仏、チェコ語で掲載。

このドヴォルザーク作品集シリーズでは既に弦楽四重奏曲集(SU3815-2)、室内楽曲集(SU3921-2)及びピアノ作品集(SU4018-2)などスプラフォンならではの充実したセットものがリリースされている。

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classicalmusic at 01:23コメント(0)ドヴォルザークノイマン 

2018年11月28日


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明るい響きに満ちた心優しいブラームスで、吹き抜ける春風のような爽やかさを残す名演だ。

さりげなく流れゆく音楽の中に優しさの滲み出た演奏で、ブラームスはこんなに優しい人だったのか、と認識を新たにさせられる。

それはスーク自身が求めたであろう自然の発露のように感じられ、外側に向かって開かれた開放的で官能的なブラームスだ。

それでいて耽美的なくどさがないのは彼の端正で洗練されたスマートな解釈に負っていると思われる。

当然ながらこうした表現にはスークの明るくしなやかな弦の響きがことのほか適している。

哲学的な深刻さはないにしても詩情溢れた演奏で、この点では曲想を深く掘り下げ、内面に向かって緊張感を収斂させていくシェリングの解釈とは対極をなしているのではないだろうか。

一方伴奏者のジュリアス・カッチェンはスークやシュタルケルなどとしばしば共演してアンサンブルのジャンルでも幅広い活動を行ったピアニストだ。

このブラームスのヴァイオリン・ソナタ全集はカッチェンの死の2年前、40歳絶頂期の時のサポートで、スークのヴァイオリンを抑制された繊細なアプローチで巧妙に支えている。

情熱をむき出しにすることなく、かといって優しいだけでもない、その一音一音には確かな芯がある。

第1番の第1楽章は構成的にかなり難物で、若手奏者の録音のなかにはうまくいっていないものが多い。

スークは全体の見通しが確かな上に、アダージョ楽章中間部の重音のヴィオラ的な響きも美しい。

豊かなヴィブラートの効いた、芳醇な音色、朗々とした歌、ブラームス特有の渋さ、味わい深さが最も表れている演奏なのではないだろうか。

筆者としても、様々なブラームスのヴァイオリン・ソナタを聴いてきたが、この演奏は聴けば聴くほどに心に染み入ってくるので、一番の愛聴盤になっている。

このソナタ集と同時期、つまり1967年に行われたセッションで両者が採り上げた『F.A.E.ソナタ』からの「スケルツォ」に関しては、同じデッカからリリースされているブラームスのピアノ三重奏曲集2枚組の方に収録されている。

尚この音源はオーストラリア・エロクエンスからのリイシュー盤CDのもので、当時のデッカの録音チームの優れた録音技術を鮮明に蘇らせている。

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classicalmusic at 00:10コメント(0)ブラームススーク 

2018年11月26日


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『さすらう若人の歌』はマーラーを接点にフルトヴェングラーとフィッシャー=ディースカウを結びつけたザルツブルクの記念碑的名演。

フルトヴェングラーはフィッシャー=ディースカウと2種類のマーラーの『さすらう若人の歌』を遺している。

音質から言えば1952年のフィルハーモニア管弦楽団とのスタジオ録音をお薦めしたいが、マーラー生前時のウィーンを髣髴とさせる特有のデカダンス的な雰囲気とただならぬ緊張感が漂っているという意味ではこのウィーン・フィルとの1951年ザルツブルク・ライヴが圧倒的だ。

スタジオ録音の方が繊細でまとまりはよいが、ライヴでは天をも衝くような烈しい慟哭が主導し、生と死の境をさまよう若者の破れかぶれの心理を鋭く追求している。

内面のこの破綻の風景こそこの歌曲集の核心をなしていることがわかる。

そこにはまたフルトヴェングラーのロマンティックな感性が横溢していて、オーケストラも病的なまでに凝ったマーラーの音楽性と、退廃が最後の雫を滴らせるような表現がおそらくウィーン・フィルにとっても後の時代にはみられない演奏になっている。

そこでは明快な発音に裏打ちされたフィッシャー=ディースカウ20代の絶唱を聴くことができるが、精緻な歌唱の中に挫折する青年の姿が生き生きと映し出されていることに驚かざるを得ない。

彼はその後何度も『さすらう若人の歌』を録音しているが、円熟味や老獪さは増しても、このデモーニッシュさはない。

また世界初出LPのマスターテープ(伊ディスコス制作)から作られ、最新デジタル・リマスタリング、更にメモリーテック社の革命的製盤技術によりUHQCD化されたキング(セブンシーズ)CDの音質は他社盤を凌いでいる。

フルトヴェングラーとフラグスタートのリヒャルト・シュトラウスの『4つの最後の歌』は更に古い1950年の世界初演ライヴになり、フィルハーモニア管弦楽団を振ったものだがスクラッチ・ノイズが煩わしいのが残念だ。

しかし彼女の強靭だが清澄な声に託された晩年のシュトラウスの、失われつつあったウィーンに想いを馳せた、甘美な夢と避けることのできない失望がひしひしと伝わってくる。

前年に亡くなった作曲者とっても、この2人は最適の初演者だったのであって、死と生にまつわるパセティークな情感を、これほどドラマティックに描き出した演奏は他にはない。

この企画はフルトヴェングラーのライヴを復刻することにあるので、名演とは言えないものも収録されていて、最後のボーナス・トラックははっきり言って必要なかったと思われる。

ソロを歌うバリトン、アルフレート・ペルは、こうしてフィッシャー=ディースカウと並べられるとテクニックにおいても、また表現力においても到底及ばない歌唱で、このディスクの価値を下げる結果になっている。

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classicalmusic at 00:24コメント(0)フルトヴェングラーF=ディースカウ 

2018年11月24日


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チェコ・スプラフォンからリリースされている一連のドヴォルザーク作品集のひとつで、この4枚のCDには彼の弦楽四重奏曲とピアノ三重奏曲を除いた、その他の楽器編成による9曲が収録されている。

なぜ4曲のピアノ三重奏曲を組み込まなかったのかは不明だが、それらはスーク・トリオのセッションがスプラフォンから別途に2枚組で出ている。

また14曲の弦楽四重奏曲については同シリーズの8枚組がパノハ四重奏団の演奏で入手できる。

このセットに収められている9曲の演奏でもパノハ四重奏団とスーク・トリオがメインのメンバーになり、ピアニストはヤン・パネンカとヨゼフ・ハーラという全員チェコ勢の純血主義である。

それ故、ドヴォルザークの解釈には一家言ある頼もしい本家の風格と余裕が感じられる卓越したアンサンブルに仕上がっている。

ライナー・ノーツに正確なデータが記されているが、録音年代は1982年から92年で、当時から録音技術の水準も高かったスプラフォンだけあって音質も極めて良好だ。

ドヴォルザークの室内楽は弦楽四重奏曲『アメリカ』がその斬新なアイデアと音響から圧倒的な人気を誇っていて、他の作品の影が薄くなってしまっている。

例えばピアノ五重奏曲第2番はチェコの民族舞踏ドゥムカとフリアントを取り入れた意欲作だし、ピアノ四重奏曲第2番もそのユニークな音楽性と民族色がひときわ魅力的だ。

また弦楽オーケストラのために書かれ、ここでは弦楽六重奏の形で演奏されている『ノクターン』は、ロマンティックで美しい抒情を持った愛すべき小品だ。

弦の国チェコだけあってパノハの瑞々しい音色とアンサンブルのスペシャリストでもある2人のピアニストの巧みな連携プレーが、ドヴォルザークの室内楽の醍醐味を堪能させてくれる。

ライナー・ノーツは31ページで曲目及び演奏者が英、仏、独、チェコ語で紹介されている。

尚このシリーズでは既にドヴォルザークの交響曲全曲を含むオーケストラル・ワーク集、別にスラヴ舞曲全集を始めとするオーケストラル・ワーク集、更にピアノ作品全集、弦楽四重奏曲全集がそれぞれリリースされている。

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classicalmusic at 00:22コメント(0)ドヴォルザークスーク 

2018年11月22日


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カルロス・クライバーのドイツ・グラモフォン音源を網羅したセットは既にレギュラー・フォーマット盤でもリリースされていたが、最近の全集物にはセットの収録曲全曲を1枚のブルーレイ・オーディオに収めたものを附録のように加える企画が流行っている。

従来盤に付加価値をつけて減価償却を終えた過去の名盤から更なる利益を搾り取ろうとするメーカーの企みなのだろうが、専用の再生機器をこれから揃えたいというオーディオ・マニアには良い選択肢に成り得ることは確かだ。

正直言って個人的にはブルーレイだけが欲しくて購入したのだが、その意味では充分満足のいく音質が得られている。

前半の交響曲集及び後半のオペラ全曲録音ともに圧倒的な情報量からか、非常にクリアーで滑らかな音質で再生され、解像度や定位感にも優れていることが聴き取れる。

特に前者のウィーン・フィル特有のシックな音色、ブラスやウィンド・セクションの鷹揚なカンタービレや弦の瑞々しさも従来盤より忠実に再現されているように感じられるし、またボリュームを上げても破綻のない精緻なサウンドで鑑賞できる。

クライバーは少なくともグラモフォンには僅か12枚分の正規録音しか遺していない。

それは他の同時代の指揮者に比べると極端に少ない。

確かに彼はレパートリーを広げることはせずに、逆に収斂して狭めていったのだが、鑑賞する方の立場からすれば少な過ぎたという思いは否めない。

オペラに関しても10曲足らずの作品を繰り返して上演していて、新しいレパートリーの開拓などは望むべくもなかったのは残念だ。

クライバーが音楽的妥協を全く許さなかった芸術家気質であったと同時に、他人と相容れない孤独で社交下手な性格だったことは良く知られたところだ。

ここに収録されたウィーン・フィルとの共演になる4曲の交響曲は、いわゆるテレーズ事件によって彼らの関係が破綻した1982年以前のものであることも象徴的だ。

クライバーがウィーン・フィルの定期演奏会を棒に振ったというのは言い得て妙だが、彼らの関係の修復には6年を費やしている。

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classicalmusic at 03:49コメント(0)クライバー 

2018年11月20日


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ポリーニのエチュードと言えば1972年のドイツ・グラモフォン盤が唯一無二と思われていたし、そのリリースもセンセーショナルなものだった。

しかし彼がショパン・コンクールに優勝した1960年、EMIに録音したマスターが存在していた。

録音データを見るとその年の9月5日から16日の間にロンドンのアビー・ロード・スタジオで行われている。

プロデューサーは2010年に他界したピーター・アンドリーで、このCDは彼へのメモリーとして捧げられることになった。

コンクールが3月に催され、凱旋早々の翌4月にはポール・クレツキとの協演でショパンの協奏曲第1番を順調に録音したが、ライナー・ノーツにはポリーニ自身がこの『エチュード』のリリースを今日に至るまで承諾しなかった経緯も書かれている。

それはその後彼が楽壇から去ってしまったことと共通した理由だ。

全体の演奏時間は59分54秒で曲ごとに若干の差はあるが、また幾つかの曲に関しては12年後のグラモフォン盤とストップ・ウォッチで計ったように全く変わっていない。

言い換えれば彼は既にこの時期に『エチュード』のテンポについて、殆んど完璧なアイデアを持っていたことが想像できる。

だが表現ということになると大分異なった印象を持つ。

両方のCDを聴き比べた方なら直ぐに気が付いたと思うが、洗練という意味においては1972年盤が優っている。

それでもこの演奏には堰を切って溢れ出すような情熱の発露があり、細やかな感情の変化にも富んでいる。

それはまさに彼の芸術家としての成長期の、ある種の苦悩の表現だったのかも知れない。

英テスタメント・レーベルからのライセンス・リイシュー盤で、ディジタル・リマスタリングされた歴としたステレオ録音。

音質はピアノの表現力の幅広さを良く捉えた、当時としては極めて良好なもので鑑賞に煩わしさはない。

英、独、仏語の簡易なライナー・ノーツが付いていて、表紙と裏面に印刷されている若き日のポリーニの写真を見ると隔世の感がある。

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classicalmusic at 00:05コメント(0)ショパンポリーニ 

2018年11月18日


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両者の緊張感に満ちたスリリングで硬質な『冬の旅』を聴けるのがこのライヴの特徴だ。

この2人にとっては『美しき水車小屋の乙女』のような甘美で、哀愁を湛える曲集よりも遥かに適した選曲だったと思われる。

その意味でもこの協演の音楽的な面白みは尽きない。

フィッシャー=ディースカウにしてもポリーニにしてもお互いに譲れない一線があり、そのぎりぎりのところで2人のせめぎ合いと合意があって成立しているような演奏だ。

しかし決して歌手と伴奏者が勝手気ままに楽譜を辿ったのではなく、合わせなければならない部分では完全な意気投合が感じられ、シューベルト晩年の慟哭が聞こえてくるような表現を成り立たせているのが素晴らしい。

ベテラン、フィッシャー=ディースカウの自由闊達で老練な歌唱もいつになくエキサイティングな雰囲気があり、これまでのセッションでは聴くことができなかったもうひとつの世界が開かれたかのようだ。

一方ポリーニはムーアのようにどこまでもぴったり寄り添って歌手の長所を引き出すというタイプではない。

ある部分では先導し、挑発し、また別の部分では付き従って行くという絶妙な関係を保ちながら、ピアニスティックな音響を響かせる部分では、冷徹で内省的でありながらかつて誰も到達したことがないようなスケールの大きな伴奏を披露している。

幅広いダイナミズムを駆使しつつ、一切の小細工を避けて真摯に真正面から曲と向き合った孤高の表現は、シューベルトの歌曲伴奏の新しい可能性をポリーニがたった一晩のコンサートで試みた例外的なサンプルと言えないだろうか。

確かにポリーニには今もって伴奏はおろかアンサンブルの経験が殆んどない。

ライヴ、セッションを通じてもこの『冬の旅』と、イタリア弦楽四重奏団とのブラームスのピアノ五重奏曲があるのみだ。

それだけにこうしたのっぴきならない緊張感が醸し出されているのだろう。

だからと言って彼がドイツ・リート界の巨匠の前に遠慮したり萎縮している様子は全くなく、対等に対峙してひとつひとつの歌曲を入念に仕上げているところに若き日のポリーニらしさがある。

彼らのセッション録音が実現しなかったのは、ある意味で当然のことだったのかも知れない。

もしこの2人がセッションに臨んだとしても、お互いが完璧な演奏を残したいがために芸術的な接点を見出せなかったかも知れないからだ。

むしろ一期一会のライヴだったために可能になった協演という印象を受ける演奏だ。

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classicalmusic at 00:13コメント(0)F=ディースカウポリーニ 

2018年11月16日


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残念ながらこのセットも既に製造中止の憂き目に遭っていて、現在ではプレミアム価格を覚悟しなければならない。

ただし全曲集と言っても9セットの個別売りされているSACDをごくシンプルなカートン・ボックスに収納しただけのもので、ライナー・ノーツはそれぞれのディスクに付いているのでばら売りで購入するのと殆んど変わりはない。

むしろ後者の方がまだ正規価格で入手可能だろう。

また欧文に比べると半分以下の1ページ弱だが日本語による解説も掲載されている。

音質は極めて良好で、SACDの本領を発揮した高音の伸びに無理がなく、また低音部も誇張された印象はなく全体的なバランスも取れている。

録音会場は総てライプツィヒ・ゲヴァントハウスのグローサー・ザールで、彼らの伝統になるヴァイオリン両翼配置のオーケストラや決して華美になることのない特有の音色による深みのあるサウンドも鮮やかに再生される。

そしてそれらがブレンドされる広い音響空間と潤沢な残響もブルックナーには相応しい録音環境と言える。

全曲ライヴ音源だが観客席からの雑音は最低限に抑えられていて、終楽章終了後もしばし沈黙の時があって、その後に拍手が始まる。

これは事前に聴衆に協力が求められていたのだろう。

ブロムシュテットの指揮者としての活動の中でもシュターツカペレ・ドレスデン及びゲヴァントハウスとの2種類のベートーヴェン全集と並ぶ大事業がこのブルックナーの交響曲全集の録音だったとも言える。

彼はこのシリーズを始める前に、やはりかつての手兵シュターツカペレ・ドレスデンを振った第4番及び第7番を1980年と81年にそれぞれ録音しているが、何故かその後同企画は頓挫してしまった。

90歳を迎えた現在の彼が更にこれから大掛かりな企画に挑戦することは殆んど望めないので、これがブロムシュテット唯一のブルックナー全集になる筈だ。

第8番だけが2枚組で、都合10枚のハイブリッド仕様のSACDになり、2005年7月から2012年3月まで7年がかりで収録されている。

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classicalmusic at 00:03コメント(0)ブルックナーブロムシュテット 

2018年11月14日


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この9枚組ではアンナー・ビルスマ率いるラルキブデッリ及びスミソニアン・チャンバー・プレイヤーズとの共演で古典派から初期ロマン派にかけてのバラエティーに富んだ選曲の室内楽を楽しむことができる。

中でもCD1、4、5、6、そして8はストラディヴァリウス・オン・パレードとも言える楽器編成が圧巻で、殆んどの奏者がこのバロックの名器を引っ提げた典雅な演奏の醍醐味を味わうことができる。

ライナー・ノーツによればこれらの楽器はスミソニアン学術協会のコレクションからの貸与で、ふくよかで明るい響きが重ね合わさる贅沢なアンサンブルは滅多に聴くことができない貴重なサンプルでもある。

名高い「ボッケリーニのメヌエット」が含まれる同作曲家の『弦楽五重奏曲ホ長調』の精緻な合わせ技と高い音楽性を示した彼らの表現は、この作品の価値の蘇生を試みた演奏とも言えるだろう。

また同ニ長調『鳥籠』での小鳥の囀りや第2楽章「羊飼いと狩人」の狩猟ホルンの模倣も巧みで聴き手を理屈抜きで楽しませてくれる。

幸いアマゾンのページのイメージ欄で収録曲目全曲を参考にできるが、CD3のモーツァルトの『弦楽五重奏曲ト短調』は古典的な節度を保ちながら、急速楽章と幻想豊かなふたつの中間楽章との鮮やかな対比が美しい。

CD6でのオンスロウの3曲の『弦楽五重奏曲』では新時代の息吹きを感じさせるようなドラマティックで大胆な解釈が秀逸だ。

CD8のメンデルスゾーンの『弦楽八重奏曲変ホ長調』は作曲者16歳の作品でもあり、その天才的な閃きとフレッシュな感性を漲らせた若々しい表現が活かされていて、終楽章プレストの軽快な追い込みも見事だ。

またニルス・ゲーゼの『弦楽八重奏曲ヘ長調』は、しばしば前者とカップリングされる優れた作品で一聴の価値があるが、ここでも混成メンバーの息の合った合奏が聴きどころだ。

尚CD9は「チェロとプロイセンの王」と題された一種のアンコール・ピース集で、ビルスマが名人芸を発揮して気の利いた1枚に仕上がっている。

ビルスマの主催するピリオド・アンサンブル、ラルキブデッリの名称は直訳すれば腸弦を張った弦楽器のことで、彼らは現代のナイロン製や金属弦ではなく伝統的な羊腸弦、つまりガット弦を使った文字通りピリオド楽器とピリオド奏法による演奏を披露している。

現在の古楽では主流になっているこうしたアンサンブルの演奏形態もビルスマや同時代の演奏家によって復元されたと言っても過言ではないだろう。

羊腸弦は金属弦に比較して温度や湿度の影響を受け易く、演奏中にも微妙な音程の変化をきたすので、演奏者は常に調弦を心掛けねばならないが、その音色は明らかに作品が成立した時代の空気感を伝えている。

またいわゆる古楽に限らずここに収められたロマン派の音楽にとっても決して異質な印象はなく、曲想に適った奏法によって最良の効果が上がることを証明している。

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classicalmusic at 00:20コメント(0)ビルスマ 

2018年11月12日


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2007年にエンニオ・モリコーネがアカデミー賞・名誉賞受賞記念を祝したCD(3枚組・全60曲)。

音楽だけを聴いていると、これが1人の作曲家が手掛けた作品群とは思えないほど、1曲1曲が個性的で多様な音楽的要素が含まれている。

それだけでなく、おそらく殆んど総てのジャンルのミュージックをそれぞれの映画監督の映像的構想の中に昇華させていく変幻自在のモリコーネ独自の世界が繰り広げられていることに驚かざるを得ない。

しかしながらそれらが映画のシーンと切り離すことができないほど渾然一体となって脳裏に焼き付いているために、BGMとしてなら気にならないかも知れないが、このディスクのように次から次へと並べられるといくらか忙しい編集という感じは否めない。

例えば同じ映画のために作曲された音楽はトラックを一箇所に纏めることができた筈だし、曲数を減らしても作品ごとのストーリーを追った、よりコンプリートな編集を望みたいところだ。

映画は大衆の娯楽として誕生したが、次第にドキュメンタリーとして、あるいは文学作品の領域にも深く進展して独自のアートとしてのジャンルを確立してきた。

特にトーキーの時代を迎えてからは映像の背景を演出するには欠かすことのできないエレメントになって、ショスタコーヴィチやオネゲルなどのクラシックの作曲家達の映像のための創作意欲を高めたことも事実だ。

しかしモリコーネの音楽は大衆の好みを決して手放すことはない。

勿論レベルを下げるのではなく、むしろ啓発してきたのだと思う。

彼は映像と音楽がどんな関係にあって、自分の曲がどの場面で最大の効果をもたらすかも狡猾なくらい熟知している。

それは彼の映画音楽制作への才能や情熱だけでなく、これまでに彼が参画してきた作品からの豊富な経験から会得した能力でもあるだろう。

だから音楽だけを良く聴いていると、いくらかあざといと思われる部分が無きにしも非ずだが、映像を伴った時に観衆を強力に引き込んでいく老獪とも言えるサウンドは忘れることができない。

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classicalmusic at 00:38コメント(0)芸術に寄す筆者のこと 

2018年11月10日


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ワーナー(旧EMI)20世紀クラシックス・シリーズでは、これまでにプロコフィエフの作品集だけでも3セット、都合CD6枚分の録音をリリースしている。

このセットでは主として協奏曲を中心に管弦楽、ソロ、アンサンブルとバラエティーに富んだ編集になっている。

勿論収録曲目は過去にシングルで出たもののリカップリングになるが『古典交響曲』はエフレム・クルツ指揮、フィルハーモニア管弦楽団による1957年のセッション、またチェロ協奏曲ホ短調がシュタルケルのソロ、ワルター・ジュスキント指揮、フィルハーモニア管弦楽団による1956年の歴史的録音2曲を含んでいる。

特に後者はパガニーニばりの重音奏法やフラジオレットが執拗に続出する超絶技巧が用いられているために、シュタルケルのような名人によって初めてその真価が問われるようになった曲だ。

他の協奏曲ではアルゲリッチのソロ、シャルル・デュトワ指揮、モントリオール交響楽団による1997年のピアノ協奏曲第1番がエキサイティングな緊張感の中にも、絶妙な調和を聴かせていて秀逸。

またフランク・ペーター・ツィンマーマンのソロ、ロリン・マゼール指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による1987年のヴァイオリン協奏曲第1番も当時22歳だったツィンマーマンのフレッシュな感性と、確実なテクニックが活かされた演奏だ。

ソロではミシェル・ベロフが全盛期だった1981年の『束の間の幻影』が興味深い。

彼はつかみどころのない幻影ではなく、むしろ輪郭のはっきりした白昼夢的なファンタジーを曖昧さのない明瞭なタッチで表現しているのが特徴的だ。

その他管弦楽曲ではリッカルド・ムーティ指揮、フィルハーモニア管弦楽団のコンビによる1977年の『シンフォニエッタ』イ長調がこの曲の魅力を良く引き出した演奏で、現在それほど頻繁に取り上げられる曲ではないが、プロコフィエフの他のオーケストラル・ワークに決して引けをとる作品ではないことを証明している。

大らかで流麗な表現がプロコフィエフには珍しく晴れやかで快活な雰囲気を出していて、いかにもムーティらしい。

またサイモン・ラトル指揮、バーミンガム市交響楽団による1992年の『スキタイ組曲』も彼ららしい律儀な演奏で悪くないだろう。

一方アンサンブルではベロフのピアノ、ミシェル・ポルタルのクラリネット、パレナン弦楽四重奏団による1974年のセッション『ヘブライのテーマによる序曲』が最後に入っている。

一連のユダヤの音楽を取り入れた余興的な短い曲で、おどけたような音形とリズムが面白い。

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classicalmusic at 00:17コメント(0)プロコフィエフベロフ 

2018年11月08日


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2015年にワーナーから全4巻計69枚のランパル全集がリリースされたが、こちらは1955年から58年にかけてランパルがプラハで録音したスプラフォン音源総てを2枚のCDに纏めたもの。

全収録曲のリマスタリングはこのセットのために2016年に行われているが、このうちフランツ・クサヴァー・リヒターのフルート・ソナタ及び協奏曲は初CD化になる。

当時まだ再生機器が普及していなかった東欧諸国でのステレオ録音は西側に数年遅れをとっている。

この2枚もモノラル録音ではあるが、チェコでは早くから質の良いレコーディングを手掛けていて、この頃の音源はむしろ旧ソヴィエト圏で録音されたものを凌ぐ、西側レベルのクリアーな音質が再現されている。

ここに集められたレパートリーは多くランパル自身のリサーチによる選曲で、例えば彼が3回に亘って録音しているカール・シュターミッツのフルート協奏曲ト長調は、ランパルがブリュッセルの王立音楽院の図書館で発見したものだ。

このセットの2枚目の最後に収録されているヴァーツラフ・ノイマン、プラハ室内管弦楽団との協演は1955年の第1回目のセッションになる。

演奏曲目はプロコフィエフを除いてボヘミア系の作曲家の作品で占められていて、中でもインドルジフ・フェルトのフルート協奏曲はここに収録された8曲の中では最も注目すべき音源だ。

当時30歳だったフェルトがランパルに献呈した作品で、初演はランパルによって1956年に行われたが、このセッションはその2年後に録音されている。

テクニック的にかなりの難曲と思われるが、流石に魔術師と言われたランパルの手に掛かると、高い緊張感を孕んでいながら全く神経質にならない色彩豊かで華麗な作品に仕上がっている。

プロコフィエフのソナタニ長調でもランパル特有の潤いを持った艶やかな音色が、この曲に垢抜けたセンスを与えているだけでなく官能的でさえある。

オイストラフは作曲家にヴァイオリン・ソナタへのアレンジを奨めて、彼の演奏によるヴァイオリン版も遺されているが、ここではフルートの音色と機能が駆使されたオリジナル・バージョンの美しさが聴きどころだろう。

その他のバロック作品はいわゆるピリオド的解釈とは異なった、広い音域を使った玉を転がすようなモダンなカデンツァで飾られている。

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classicalmusic at 00:01コメント(0)ランパルプロコフィエフ 

2018年11月06日


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最終巻はランパルがかつてのHMV傘下のレーベルに録音したCD16枚分のコンプリート・レコーディング集で、4巻の中では1951年から76年にかけての最も広い録音期間からの網羅的なコレクションになる。

多くはモノラル録音だが音源の状態は比較的良好で、第1巻より音質では優っている。

また彼は早くから室内楽にも情熱を傾けていたので、ソロに留まらずファリャ、ストラヴィンスキーやオネゲルなどのアンサンブル作品も豊富に含まれているし、僅かながらオーケストラの首席奏者や指揮者としての活躍も聴くことができる。

一人の名手の出現により、その楽器の歴史が大きく進歩・発展することは決して珍しいことではない。

古くはチェロのカザルスやギターのセゴビアの例が見出せるが、現代でもトランペットのアンドレ、オーボエのホリガーなど、真のヴィルトゥオーゾが楽器の歴史に新しい1ページを与えるとともに、音楽に対する見方そのものすら塗り替えてきた。

1922年、フランスのマルセイユに生まれたジャン=ピエール・ランパルも、20世紀の器楽界に大変革をもたらした音楽家で、戦後のフルート界を大きく変えた巨匠である。

確かに、ランパル以前にも、マルセル・モイーズのように現代のフルート奏法の完成者と言われる巨匠は存在した。

しかし、ランパルの影響力はフルート界にとどまらない広範囲なものであり、音楽界全体に彼の存在が大きな影響を与えたのだった。

それは、稀にみる豊麗な音色と卓越したテクニックを誇る技巧派としての素晴らしさ、バロックから現代の作品に至るレパートリー面の柔軟性、そして洗練された音楽性など、まさに尽きることのない魅力に溢れたものである。

しかも、ランパルのフルートは、従来のフルート演奏からは考えられないほどにダイナミックな表現力を誇るものであり、ランパルの世界はまさに従来のフルート演奏の常識を覆す多彩な魅力で楽壇に衝撃を与えてきたのである。

ランパルの出現により、フルート音楽に対する見方は大きく変わった。

フルート音楽は、それまでの限られたファンにとどまらず、多くの人々にとって、最も身近なものになったと言ってもよいであろう。

ランパルは新しい試みにも意欲的だったが、CD15のラヴィ・シャンカルとの協演は筆者のよく聴く演奏のひとつだ。

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classicalmusic at 00:22コメント(0)ランパル 

2018年11月04日


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2年前ユニヴァーサル・イタリーから協奏曲を中心としたシェリング初のアンソロジー13枚組がリリースされたが、選曲にランダムなところがあって必ずしもコレクターのニーズに叶った企画ではなかったことが弱点だった。

今回は彼の生誕100周年にあやかってフィリップス、マーキュリー及びドイツ・グラモフォン音源が網羅された44枚のボックスに集大成された。

音質も当時互いに鎬を削っていたメーカーのステレオ録音だけに、それぞれ特徴があって決して一様ではないにしても極めて良好な状態で鑑賞できる。

勿論このセットでは協奏曲だけでなく、彼の2回目のバッハの無伴奏、ヴァルヒャと組んだヴァイオリン・ソナタ全6曲やドレフュスのチェンバロ伴奏によるヘンデルのソナタ集、へブラーとのベートーヴェン、モーツァルト及びシューベルトのソナタ集、更にはケンプ、フルニエとのベートーヴェンのピアノ・トリオ全曲など当時最高のラインナップによるアンサンブルでも多彩な活躍をしたシェリングの実力が縦横に示されている。

また彼が決して四角四面の堅物のヴァイオリニストではなかったサンプルとしては、チャールズ・ライナーやマイヨールのサポートによるクライスラーその他の魅力的な小品集3枚で気の利いた演奏に親しむことができる。

それらはパリ時代のサロンでの寵児だった頃の若き日のシェリングを髣髴とさせる。

協奏曲ではハンス=シュミット・イッセルシュテツト、ロンドン交響楽団とのベートーヴェンが白眉だ。

第1楽章のヨハヒムの手になる長大なカデンツァを最初に聴いた時の感動を忘れることができない。

純正調の完全五度は無類の力強さで響き渡っていて、この作品のシンフォニックな性格を決定的にしているし、また作品全体から見ても突出しているような違和感がない。

ピアノ・トリオに関しては1987年にベートーヴェン・エディションがリリースされて以来の全曲復活で、室内楽を愛する人にとっては欠かすことのできないコレクションになるだろう。

尚ライヴに強かったシェリングが、その情熱と気迫を伝えたライヴ録音や映像はオルフェオ、スプラフォン、ドレミや米ブリッジなどから少なからずリリースされているが、これらをひとつのセットに纏めることは殆ど不可能に近い。

しかし彼はRCAソニー系にも第1回目のバッハの無伴奏を始めとしてかなりの量のセッション録音を遺していて、既に入手困難になっているディスクもあるので、そちらの音源もできれば高音質盤で集大成して欲しい。

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classicalmusic at 01:02コメント(0)シェリング 

2018年11月02日


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ポーランド出身メキシコの名ヴァイオリン奏者ヘンリク・シェリングがリサイタルで取り上げた曲は、バロックから現代に及ぶ広範囲のレパートリーの中から選ばれているが、実際のプログラムの曲目を見るととりわけバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンそしてブラームスが圧倒的な割合を占めている。

そしておそらく彼はアンコールに於いてでさえもクライスラーなど、いわゆる際物を演奏することは殆ど稀だっただろう。

しかしそのような古き良き時代への郷愁を込めた、ある種くだけた小品を彼は決して蔑視していたわけではない。

何故なら既にこれまでにこの手の曲ばかりを収めたCDがSP盤復刻も含めて都合3枚リリースされているからだ。

中でも最も音質に恵まれ、また典型的なシェリングのスタイルを鑑賞できるのが1963年録音の当CDだ。

クライスラーのヴァイオリン名曲集は、名だたる大ヴァイオリニストたちによる名盤が軒を連ねているが、このシェリング盤は、クライスラー自身による録音を除外すると、その中でも最も傑出した1枚と、筆者が以前から確信を抱いている名盤である。

彼のクライスラーは羽目を外さない律儀なところがあり、折り目正しく端正な語り口は、作品の輪郭をまやかしなく克明に描き出しているが、そこにふくよかな感情の起伏や上品な歌を滲ませている。

そこでは、すこぶる音楽的で作為性のない表現の中に、非常に自然で純度の高い作品像が彫琢されているのである。

聴衆に決して媚びることはないけれど曲の仕上げは極めて格調が高く、細かなニュアンスに富み独特のエレガンスとさりげないロマンティシズムが漂っている。

それがまたチャールズ・ライナーのチャーミングで気の利いたピアノ伴奏でアクセントがつけられているのが魅力だ。

録音はマーキュリー・リヴィング・プレゼンスの優れた高音質録音で、シェリング愛用の名器グァルネリ・デル・ジェズの素晴らしい音色と表現力を堪能できる。

クライスラーの自作自演盤は、本当にかけがえのない名演であるが、その音質の古さが返す返すも残念である。

それを思う時に筆者に救いをもたらしてくれるのは、いつもこの大人の味わいを感じさせるシェリング盤なのである。

ここに聴く気高くも温かい表現は、作品の幻想的な美しさをこれ以上なく誠実に描き出しており、いつまでも私たちを魅了し続けることであろう。

尚この録音は2007年にXRCD(4428836)としても再登場している。

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classicalmusic at 00:05コメント(0)クライスラーシェリング 
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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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