2018年12月

2018年12月30日


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ドイツ語圏ではヘルマン・プライと同世代のバリトン歌手にウィーン生まれのエバーハルト・ヴェヒターがいたが、やや年上のフィッシャー=ディースカウは同郷の出身だったために、2人は常に比較の対象になってしまった。

しかしプライの声はヴェヒターより明るく、フィッシャー=ディースカウのニュートラルでオールマイティな声質とは全く異なった明確なキャラクターを持っていた。

圧倒的な声の力、正確無比な歌の技、というのではなく、自然に溢れ出る歌がプライの身上なのだが、その前に独特の明るさを持った声質がプライの魅力だ。

そのために彼の歌にはドイツ人には珍しく天真爛漫なところがあり、また声の響き自体にバリトン特有の輝かしさと甘さが備わっていた。

どういうわけか、甘味を含んだバリトンの声は大変少なく、まさしくプライのものだった。

発声の技巧を凝らせて声の明暗の変化を聴かせることや、心理的な腹芸を必要とするヴォルフやマーラーよりも、むしろ平明で直裁的な表現が要求されるシューベルトや情熱的なシューマンを得意としたのも当然だろう。

この10枚のCDでも中心となっている歌曲集は『冬の旅』『詩人の恋』を始めとするシューベルト、シューマン、ブラームスそしてレーヴェなどの作品だが、肩肘張った芸術歌曲の硬さとは別の情感をはらみ、類のない魅力を発散している。

こうしたドイツ・リートに関してはフィッシャー=ディースカウほど精緻な歌唱ではなかったにしても、一途な青年の想いを吐露したり、飾らない人間くさい描写に優れていて、それが彼の魅力でもある親近感を感じさせている。

精密に歌う歌手ではないとしても、自然に歌が溢れ出てくるのだと、人に感じさせるだけの巧妙な歌手でもあるということだろう。

またプライの張りのある大らかな歌声と人懐っこい演技は、肩の張らないオペレッタやミュージカルなどのジャンルにも良く馴染んだために、彼の庶民的な人気は絶大だったと言えるだろう。

確かにこうした領域での才能に長けていた彼が、フィッシャー=ディースカウとは一線を画したレパートリーを開拓する結果になったことも頷ける。

精密で知性的な歌い方に対する本能的な歌い方、角張った芸術性に対するまろやかな歌謡性、野暮に対する洒脱、確かにこの対比にはプライの特質をはっきりさせるところがある。

このセットでもプライの柔軟なスタイルが良く表れているのが9枚目の『マイ・フェア・レディー』『キス・ミー・ケイト』や『アニーよ、銃を取れ』などのミュージカル・ナンバーと10枚目の『ジプシー男爵』に代表されるようなオペレッタの演目で、それらに彼の最も優れた歌唱を堪能できる。

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classicalmusic at 13:14コメント(0)シューベルトシューマン 

2018年12月28日


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幸いなことにヘルムート・ヴァルヒャはJ.S.バッハのオルガンのための作品全集を2度に亘って録音し、そのどちらもがかなり良い状態の音質で残されている。

この10枚組の全集はその第1回目、1947年から52年にかけてドイツ、リューベックの聖ヤコブ教会とカッペルの聖ペーター・パウロ教会の歴史的オルガンを使用したもので、前者は62のレジスターを装備した15世紀の大オルガン、後者は1680年に名工シュニットガーが製作した30のレジスターを持つ典型的なバロック・オルガンになる。

モノラル録音だが音質が素晴らしく、低音の響きも豊麗だ。

第2次世界大戦後、アルヒーフ・プロダクションが発足し、ドイツ民族のアイデンティティを再発見するために、バッハのオルガン作品全集を企画した際、演奏者に選ばれたのがヴァルヒャであった。

戦後間もない時期にこれだけの全集を制作したプロデューサーの意欲と、それに応えたヴァルヒャの努力には敬服する。

何故なら当時こうした企画は、決してそれに見合うだけの収入を見込めなかっただろうし、両者共にひたすら芸術的な観点に立って最良の作品を残したいという理想で一致していたと思えるからだ。

当時ヴァルヒャは40代前半で、フランクフルトの三賢人教会のオルガニストであり、また同地の音楽大学の教授として後進の指導にあたっていた。

しかもヴァルヒャは既にこの頃バッハの鍵盤音楽の全作品を、その驚異的な記憶力で暗譜していて磐石の態勢だったことも幸いしている。

彼の演奏はバッハの書法をこれ以上明確にすることができないと断言できるほど、対位法の各声部を明瞭に感知させてくれる。

彼の解釈は、作品を構成する1つ1つの音型、動機、楽句の意義を的確に(本能的といってよいかもしれない)とらえ、それを1つの有機体に再構成して生命を与えている。

戦後ドイツの大都市のめぼしいオルガンは爆撃や戦火によって使用可能な状態ではなかったことが想像されるが、北ドイツのこの2つの都市のオルガンは奇跡的に健在だった。

オルガンの澄んだ明快な響きとヴァルヒャの解釈によって、音楽と楽器の稀にみる一体感を生み出している。

尚4曲のチェンバロのためのデュエットでは、例によってアンマーが使用されている。

ヴァルヒャはバッハの他にブクステフーデを中心とする何人かのドイツ系の作曲家のオルガン作品を、CDにして2枚分ほど録音している。

演奏記録を見ると、他の作曲家のレパートリーもあったようだが、彼の研究の中心は何といってもバッハで、2種類のオルガン音楽全集と唯一のチェンバロ曲集に彼の生涯を捧げた仕事が集約されていると見做すことができるだろう。

このセットはメンブラン・レーベルからのリイシューで、廉価盤のためライナー・ノーツは省略されている。

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classicalmusic at 00:03コメント(0)バッハヴァルヒャ 

2018年12月26日


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この12枚のボックス・セットは2006年に補足されたインテグラル版と全く同一のセッションで、その時に追加されたラドゥ・ルプーとの共演になる2台及び3台のピアノのための協奏曲も含まれていて、ピアノ協奏曲27曲と2曲のロンドが総てまとめられてリイシューされたことは評価したい。

マレイ・ペライアの弾き振りでイギリス室内管弦楽団とモーツァルトの協奏曲の録音が始まったのが1975年で、それ以来彼らは上述の2曲の協奏曲も含めると88年までかけて完成したのがこの全集だ。

これまでシングル・アルバムでも数曲ずつ、また全曲盤としても既に2回ほどリリースされているこの曲集の魅力のひとつはペライアが弾くソロの音色。

彼は自己の奏法に常に磨きをかけることを怠らないピアニストである。

楽器から零れ落ちるような潤いのある音色はそれ自体魅力的だが、音楽の流れが耽美的になることはなく、しっかりした古典的な形式感も感知させてくれる。

またオーケストラの自発的なサポートを活かしているとはいえ、隙のないアンサンブルを創り上げる指揮者としての力量も披露している。

ペライアの演奏は彼自身の人間性を映し出したような、屈託のない天真爛漫さとデリカシーを同時に持ち合わせている。

やや線は細いものの、どの曲も、きわめてまろやかで、繊細なタッチで美しく弾きあげており、モーツァルトの内面に迫った表現で、聴く人を感動させる。

その柔軟で明快なタッチと中庸を心得た恒久的な解釈は、現代においてとかくピアニストのテクニックの切れ味を前面に出した、やや冷めた演奏が多い中で聴き手の心を温め和ませてくれる。

考えてみればこれが本来の知性的な演奏ではないだろうか。

確かにモーツァルトの音楽はそのシンプルさゆえに多くの可能性を持っている。

しかし演奏家が多様な可能性を追究するあまり、音楽自体の整然とした形式感や明確な楽想が歪められて、結果的に恣意的で我儘な音楽になってしまう危険性も孕んでいる。

ペライアはこうした作曲家の根本的な作風に最大限敬意を払い、その中で彼の豊かな音楽性を発揮した演奏で、理屈抜きで幸福感に浸ることができる数少ないサンプルと言える。

完全節約企画でライナー・ノーツ等は一切なく、また今回はDSDリマスタリングでもないことに注意。

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classicalmusic at 00:04コメント(0)モーツァルトペライア 

2018年12月24日


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70代であったアルトゥール・ルービンシュタインが、同じくポーランド出身で40代のヘンリク・シェリングと組んだブラームスのヴァイオリン・ソナタ全集(1960年~1961年録音)は、リイシューを繰り返しているが、2008年にSHM-CD盤としてリニューアルされ、その後ブルー・スペック盤も登場している。

後者は聴いていないがSHM-CDに関して言えば従来盤に比較してよりクリアーな音質が再生される。

その変化は劇的ではないにしても、こうした古い音源には常に新規のリマスタリングとマテリアルの改善が望まれる。

2008年発売当時は2730円の定価が付いた限定盤で、既に製造は終了しているようだ。

シェリングを世界の檜舞台に引っ張り出したのはルービンシュタインその人だった。

1954年、ルービンシュタインはメキシコを演奏旅行するが、そのときメキシコに帰化して活動していたシェリングと出会った。

ふたりは音楽的に認め合えただけでなく、ともにポーランド出身で亡命生活を余儀なくされている者同士だった。

ルービンシュタインはアメリカにシェリングを紹介し、名刺代わりにRCAに一連の録音を行なったが、その中の最も大きな成果がこのブラームスのソナタ集である。

録音時、シェリングは42歳だったが、世間的にはまだ新鋭、ルービンシュタインは73歳に手が届く巨匠であった。

そんなふたりの共演が実現したのは、なんとしてもシェリングを世間に紹介しようとする強い意志がルービンシュタインにあったからに他ならない。

同じポーランド出身の才能に富む後輩に、大家は温かい気配りというこの上ないプレゼントをしたのである。

そんないきさつから、ここではルービンシュタイン主導の演奏が繰り広げられる。

端正な美音を誇るシェリングだが、この時期の彼は、巨匠を前にしてまだ多少かしこまっている印象を受ける。

シェリングのヴァイオリンは、とても誠実な性格、充分に咀嚼された美しい音で、各曲とも丁寧に歌い上げられていく。

虚飾めいたものは、どこにも入り込む余地はないが、ルービンシュタインのピアノが対照的に大らかで、効果を上げている。

さりながら演奏の全体は、滋味豊か、ほのぼのとしている。

シェリングの端正な音色と表現が、力感と味わいを兼ね備えた老巨匠のピアノと巧みにマッチしており、ブラームスの世界を潤い豊かに描き出すことに成功している。

ブラームスの3曲のヴァイオリン・ソナタのソロ・パートの書法は、いずれも飾り気がなく線の太い、それでいて感性豊かな深い味わいを民謡風に歌い上げるように書かれている。

こうした伝統的なドイツの音楽では、シェリングの常套手段でもある楽曲に正面切って対峙する正攻法の解釈と曲想の彫りの深さ、またそれに適った全く隙のないボウイングは最大の効果を発揮する。

この曲集でも随所に聞かれる、彼の豊かで流れるようなダブル・ストップが聴きどころのひとつで、ブラームスの厳格な楽曲の構成の中にもロマン派特有の溢れんばかりのカンタービレを披露している。

そこにルービンシュタインの、伴奏という言葉からはほど遠い、積極的で決然としたピアノの介入がシンフォニックな響きで奥行きを出している。

両者の声部のバランスは完璧に保たれているが、ピアノの雄弁さとスケールの大きさは圧倒的で、こうした表現は滅多に聴くことができない。

19世紀的なサロンの空気を知るルービンシュタインのロマンティックなピアノに乗って、シェリングがブラームスの旋律美と憂愁を端正に、かつ情熱的に歌い上げている。

そこには相手をサポートしながら協調し、自らも主張するアンサンブルの総ての要素が存在しているように思える。

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classicalmusic at 00:09コメント(0)シェリングルービンシュタイン 

2018年12月22日


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イタリアのホルン奏者、アレッシオ・アッレグリーニのモーツァルトのホルン協奏曲全集で、クラウディオ・アバドの企画した同作曲家の管楽器の為の協奏曲全曲録音の第1弾となった(未完)。

アッレグリーニは既にデビュー盤『ラ・グランデ・ファンファーレ』で、その高い音楽性と高度な技巧を堪能させてくれた。

これは彼にとってはそれに続く2枚目のアルバムで、正統的な解釈でありながら他のホルニストとは一味違った柔軟な個性を発揮している。

使用楽器はイギリスのパックスマンで、ふくよかな音色と彼の持ち味でもある屈託の無い大らかなカンタービレが特徴的だ。

またそれぞれの曲に簡潔だが目の覚めるようなカデンツァが付けられている。

それは勿論モーツァルトの様式に則ったものだが、効果的で思いがけない気の利いた贈り物だ。

オーケストラは古典的な小編成で、アバドの手兵でもあるために、彼のきめ細かい指示が良く活かされたサポートが聴き所だ。

オケの音色は明るく、やや線の細い典型的なイタリア風といったところだが、ピリオド奏法を取り入れた厚化粧にならない風通しの良い響きは簡素ながらモーツァルトのオーケストレーションの巧みさをよく捉えていて秀演。

アバドは晩年後進の育成に力を注いできたが、そのひとつが2004年に自ら結成したモーツァルト管弦楽団の養成だ。

このオーケストラは古典派の基本ともいえるモーツァルトを中心としたレパートリーを通じて、若い音楽家達にアンサンブルの習得を促し、また著名なソリストを招いて、豊富な音楽的体験の場を提供した。

今更ながらアバドの演奏を聴いていつも感じるのは、バランスが良く、伸び伸びとしていることで、作品の美しさをストレートに愉しませてくれる。

カラヤン同様、膨大な録音を遺しているにもかかわらず、どれもが豊かな音楽性が溢れ出ているのには驚く。

この演奏も春風のような爽やかさを感じさせて、モーツァルトを聴く愉しさに心が満たされるのが素晴らしい。

2005年から2007年にかけての録音で第4番変ホ長調のみ拍手が入っている。

レギュラー盤だが音質は極めて良好。

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classicalmusic at 00:02コメント(0)モーツァルトアバド 

2018年12月20日


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マウリツィオ・ポリーニ若き日のブラームスのピアノ協奏曲集で、第1番がカール・ベーム指揮ウィーン・フィルとの1979年の録音、第2番がクラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルとの1976年の録音になる。

国内盤では以上2曲のみの収録だったが、輸入盤には更にベーム指揮ウィーン・フィルの演奏でハイドンの主題による変奏曲と悲劇的序曲が収録されている。

ポリーニが協奏曲を集中的に録音していた時期の演奏であり、第1番で当時37歳の彼は老練なベームの指揮を得て、のびのびとしたソロを聴かせる。

透徹したタッチで弾き進めるポリーニは、冴えたテクニックを披露しながら、ブラームスのシンフォニックな協奏曲に対して明晰なアプローチを示す。

ニュアンスの与え方が細部まで丁寧であり、作品の持つロマンティックな叙情美を見事に浮かび上がらせたその演奏は、現在においても新鮮な魅力を放つ。

一方、ベームの端正にして気品を保った指揮は、オーケストラから情感豊かな表現を引き出すと共に、温かな眼差しをもって、ポリーニのピアノを着実に支えている。

ベームの指揮から生まれるウィーン・フィルの音色には練り上げられた滑らかさと落ち着いた光沢があって、それがこのピアノ協奏曲第1番の冒頭のような激しく高揚する緊張感を表現する時でも決して損なわれることなく、常に鷹揚で気品のある風格を保っている。

彼の指揮にはブラームスの音楽の内部から溢れ出す激情をことさら誇張せずに楽想自体から自然に生み出されるエネルギーをそのまま引き出している必然性が感じられる。

また常に自然体でありながら感情の機微を伝える術を知っていた数少ない指揮者の一人だった。

一方第2番はアバドの指揮に替わるが、彼はポリーニのとても相性の良いパートナーであり、第1番とは対照的にこの曲の持っている叙情性を最大限生かしたリリシズムに満ちた解釈が聴き所だ。

オーケストラのカンティレーナの美しさやナチュラルでしなやかな感情の起伏など、哲学的な深刻さよりもむしろ平明かつ流麗でしかも張りのあるダイナミックで視覚的な表現の選択はイタリア人指揮者ならではのものだ。

この頃のポリーニには、現在の彼にはもはや求めることのできない恐ろしく強靭な集中力と人間離れしたテクニックの冴えがあった。

そうした条件が見事に一体化したこの演奏は、瑞々しい歌と白熱した緊迫感に溢れる名演になっており、特に第1、第2楽章の輝かしい表現は、未だに新鮮で圧倒的なアピールを保ち続けている。

ポリーニの能力の並外れた点は曲全体を客観的に俯瞰することによってその構造を確実に把握し、聴く側に一切の曖昧さを排した一点の曇りも無い明瞭なイメージを伝えるところにある。

その為には細部の表情付けに拘泥することは避け、一種の冷徹さを持って演奏を推進していく。

良く言われる輝かしく彫りの深い表現というのは決して彼の明晰で精緻な打鍵のみを指しているのではなく、この奏法をあくまでも表現手段として用いた頭脳的な曲作りに彼の本領が発揮されている筈だ。

ポリーニの音楽には陰影に包まれた憂愁の美といったものは期待できないが、彼が伝統的なドイツのピアノ音楽を完全に手中に収めているのはこうした理由からだろう。

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classicalmusic at 00:00コメント(0)ポリーニブラームス 

2018年12月18日


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2012年2月に鬼籍に入ったモーリス・アンドレのEMIへのセッションをまとめた13枚組のボックス・セット。

彼の没後ユニヴァーサルからも6枚組の追悼盤が逸早くリリースされたが、そちらのほうは曲目の殆んどがバロック音楽に絞られている。

それに対してこのEMI盤の中心となるのはテレマン、タルティーニ、ハイドン、フンメルに代表されるバロックから古典派にかけての42曲の協奏曲(協演者の異なる同一曲や編曲物を含む)が収録されている。

CD1はカラヤン、ベルリン・フィル、CD3はへスス・ロペス=コボス、ロンドン・フィル、CD4はネヴィル・マリナ−、アカデミー室内、そしてCD5はムーティ、フィルハーモニアと錚錚たる協演者が揃っている。

その他にビーバーのソナタからオペラ・アリアの編曲物、映画音楽からポピュラー・ナンバー、ジャズからムード・ミュージックまでおよそありとあらゆる小品を吹きまくった、気さくで最も彼らしいアルバムになっているのが特徴だ。

勿論彼の膨大なレパートリーを一通りカバーするセット物が欲しい方はエラートから刊行された全4巻計24枚の全集も選択肢のひとつだが、コスト・パフォーマンスとバラエティーに富んだ選曲の面白さから考えると、このセットが理想的で入門者にもお勧めできる。

彼は筆者の少年時代から既にトランペット界のスターだったし、持っていた音楽性の違いを別にすればホルンのデニス・ブレインのような絶対的な存在だった。

ブレインの生演奏に接することは全く不可能だったが、モーリス・アンドレは幸いコンサートを聴くことができた演奏家の一人で、初めて聴いた演奏会ではその名人芸と聴衆の熱狂に圧倒されたものだ。

彼のトランペットについてはもはや多くの言葉を必要としないと思う。

柔らかく、しかも明るく輝かしい音色とどこまでも軽快で天衣無縫な幅広い表現力、そして目の醒めるような超絶技巧であらゆるジャンルの音楽をオールマイティーにこなした天才というイメージが、彼の体格の良さと人懐っこい顔立ちと共に強く印象に残っている。

アマゾンのページの写真ではボックスが正立方体のように見えるが、実際には13X13X厚み5,5cmの大きさで、先にリリースされたデュ・プレの全集と同様に横に引き出すタイプのしっかりした装丁。

ブックレットは43ページで、モノクロ写真がほぼ12ページ分、そして18ページ目以降に曲目と録音データが掲載されている。

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classicalmusic at 00:04コメント(0)筆者のことハイドン 

2018年12月16日


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名ピアニスト、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(1920-1995)が、ドイツ・グラモフォンとデッカで制作したレコーディングを集大成したボックスセット。

ミケランジェリがドイツ・グラモフォンで制作したレコーディングは、CDで個別にリリースされたのち、1995年にCD11枚組セットとしてリリースされ、2002年には1枚当たりの収録時間を増やしてCD8枚組の廉価ボックスとして発売、ロングセラー商品となっていた。

ここに紹介する10枚組セットは、2009年に発売されたバレンボイム、パリ管弦楽団とのシューマンのピアノ協奏曲(1984年ライヴ録音)と、かなり以前に廃盤になっていたベートーヴェン、ガルッピ、スカルラッティのデッカへのセッション(1964年ローマ)を追加収録したうえで、更なるプライスダウンを図ったものとなる。

これまでにミケランジェリのセット物は他レーベルからもリリースされているが、一番音質に恵まれているのがこの10枚組だ。

シューマン『謝肉祭』『ウィーンの謝肉祭の道化』のみが1957年のBBCへの放送音源ということでモノラル録音になるが、音質そのものはたいへん良好で、若きミケランジェリの切れの良い演奏を楽しめる。

これも含めて極めて良好なサウンドでミケランジェリ独特の研ぎ澄まされたテクニックを駆使した解釈を堪能できるので、旧セットを持っていない方には朗報に違いない。

ミケランジェリがドイツ・グラモフォンとデッカで、セッションを組んで録音した演奏の数々は、良質な音の状態と相俟って極めて精度の高いピアノ音楽の魅力を伝えてくれる。

磨きぬかれた美しい音とエレガントな歌いまわし、ときに意表を尽く大胆なテンポ・ルバートを駆使しながらも、常に明晰をきわめた造形美が印象的なミケランジェリのピアノ演奏は、まさに唯一無二といっていい見事なものだった。

精錬された音から端正な造形美が立ち表れるベートーヴェンのピアノ・ソナタ、磨き抜かれた抒情が感銘を深いショパン、不純物ゼロの研ぎ澄まされた感覚美が凄いドビュッシー等々、どれも極め付きの逸品ばかり。

中でも彼がその本領を縦横に発揮しているのはドビュッシーの演奏で、クリスタリックな透明感から醸し出されるシュールレアリズム的な音響が、フランス系のピアニストの伝統的な陰翳描写とは一線を画した絶品だ。

一方、ライヴ録音に関してはより自由度の高い傾向となっており、1984年のバレンボイムとのシューマンもやりたい放題の演奏だった。

その後、1988年10月の心臓手術以降は、さらに感興重視のスタイルに変わっており、モーツァルトのピアノ協奏曲の録音でもそうした雰囲気を感じることができる。

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classicalmusic at 00:16コメント(0)ミケランジェリ 

2018年12月14日


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今年2018年が没後30周年となる、20世紀のフランスを代表する世界的チェリストの1人、アンドレ・ナヴァラ(1911-1988)が遺した名演の数々を、フランスの新興レーベルフォンダメンタ・レーベルが新たなテクノロジーによるリマスタリングで復刻した6枚組ボックス・セット。

フランスの往年のチェリストの中でもとりわけそのパッショネイトな演奏が魅力的なアンドレ・ナヴァラのオーケストラとの協演を中心に選曲されていて、どの曲も芯のある力強い奏法から大胆不敵で豪快なメッセージが伝わってくる。

彼の代表的なソロ演奏ではバッハの無伴奏チェロ組曲全曲が名盤とされているが、チェロが加わるオーケストラル・ワークをまとめた企画は初めてのようだ。

今回の復刻にあたり、フォンダメンタ・レーベルのチームは、アンドレ・ナヴァラの息子と共に、ヨーロッパ各地でオリジナル・マスターテープや未発表音源、破棄された音源の探索を行ったという。

確かにこうしたレパートリーを鑑賞してみるとナヴァラの聴くべき演奏が他にも数多く存在することが理解できる。

ライナー・ノーツにアンドレ・ナヴァラ・アソシエーションとそのメンバーの名称が明記されているので、ナヴァラ協会お墨付きのセットということだろう。

尚先般チェコ・スプラフォンから彼のプラハ音源が5枚組でリリースされたが、カレル・アンチェル、チェコ・フィルとの協演になるブラームス、プロコフィエフ、ブロッホ及びヨゼフ・スークとのコダーイのデュオの計2枚分の音源は同一のものがこちらにも収録されている。

仏フォンダメンタから一昨年2016年にリリースされたこのセットにはモノラル及びステレオ録音が混在している。

今回はオリジナル・アナログ・テープからフランスのオーディオ・メーカー、ドゥヴィアレのテクノロジーを駆使して開発した、アナログ録音の正確な復刻を可能にする復元プロセス、フェニックス・マスタリングが使用されている。

この新リマスタリング方式によってCD化されたそれぞれのディスクの音質はいずれもきわめて良好で、時代相応以上のサウンドが再現されている。

このうちエマヌエル・バッハとシューマンの協奏曲は初CD化になり、後者の冒頭には拍手とアナウンスが収録されている。

また正規編集ということもあって62ページのブックレット・タイプの充実したライナー・ノーツには収録曲目、録音データやナヴァラのキャリアの他に収録作品総ての協演者の略歴及び作品解説と貴重なスナップ写真8枚が掲載されている。

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classicalmusic at 00:27コメント(0)アンチェルスーク 

2018年12月12日


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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウはただ単に戦後を代表する名バリトン歌手というだけでなく、ドイツの楽壇の重鎮というべき偉大な存在であった。

彼のレパートリーは膨大で、また幸いその至芸の殆んどが録音を通じて鑑賞できるが、特にフーゴ・ヴォルフ歌曲集での感動はひとしおだ。

ヴォルフはテクストに選んだ詩を、恐ろしいほどの深い洞察力で読み取り、その言霊の抑揚ひとつひとつに人間の心理やさがを見出し、嬉々としてそれを楽譜に写し取っていった。

ピアノさえも伴奏の範疇を抜け出して歌詞と対等に語らせ、森羅万象を表すだけでなく心理描写にも心血が注がれている。

それは殆んど狂気と紙一重のところで行われた作業であるために、その再現には一通りでない表現力や機知と、それを裏付けるテクニックが要求される。

筆者は語り口の精緻さにおいて、フィッシャー=ディースカウを凌駕する歌手を知らない。

ヴォルフ歌唱録音の金字塔ともいえる不滅の名全集というだけでなく、フィッシャー=ディースカウが数多く遺した作曲家別の「歌曲全集」中、シューベルトとともに傑出しているのが、このヴォルフという定評が高い。

シューベルトに匹敵するほどのヴォルフの豊饒な歌の世界の全容を知らしめたのがフィッシャー=ディースカウの当意即妙で、自在闊達な歌唱であった。

この6枚組のセットでは彼とピアニスト、ダニエル・バレンボイムのコンビによる最良のヴォルフ歌曲集を堪能することができる。

特にフィッシャー=ディースカウと丁々発止のやり取りを聴かせているバレンボイムのピアノは秀逸だ。

1972年から74年にかけてのセッションで、音質は極めて良好。

尚EMIからは同様の歌曲集にフィッシャー=ディースカウ自身が指揮したヴォルフの管弦楽曲集を加えた7枚組セットもリリースされている。

そちらの方の歌曲は1952年から66年の録音になり、よりストレートな解釈が特徴で、声も若々しいが音質は時代相応でやや劣っている。

一方伴奏者はジェラルド・ムーアで、これも名伴奏の名に恥じないものだが、比較すると良し悪しはともかくとしてバレンボイムのピアノの方がより積極的に歌に介入していると言えるだろう。

フィッシャー=ディースカウ自身もこのグラモフォン盤では千変万化の感情の機微の表現、声の使い方のきめ細かさで熟練の境地に達している。

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classicalmusic at 00:01コメント(0)F=ディースカウバレンボイム 

2018年12月10日


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2004年に自らモーツァルト管弦楽団を組織して以来、アバドは数年間にモーツァルトのオーケストラル・ワークを集中的に録音した。

この2枚組のヴァイオリン協奏曲全集は2007年にコンサート・マスターでもあるジュリアーノ・カルミニョーラをソロに迎えて録音された。

カルミニョーラは1997年にイル・クァルテットーネとの弾き振りで既にこの曲集をリリースしているので、聴き比べた感想を簡単に書いてみる。

すぐに気づくことはこの新録音の方がテンポの設定が速めで、10年前の演奏の方がかえって落ち着いた古典的な優雅さを保っているのは意外だった。

ライナー・ノーツにはカルミニョーラの強い意向をアバドが反映させたとしているが、例えば第1番変ロ長調の第3楽章ではソロ・ヴァイオリンのヴィルトゥオーソ性が強調されて彼の華麗なテクニックが前面に出る結果になった。

また第5番イ長調『トルコ風』の名高いテンポ・ディ・メヌエットでの目の覚めるようなダイナミックな対比が以前より一層徹底されている。

こうしたシュトゥルム・ウント・ドラング的な曲作りは劇的な生命力に漲った斬新な解釈だ。

カデンツァは第4番ニ長調の終楽章を除いて総て彼の師であったフランコ・グッリの手になるもので、音楽的にも技巧的にもかなり充実した内容になっている。

また最後に置かれたソロ・ヴィオラが加わるシンフォニア・コンチェルタンテでは若手の女流ヴィオラ奏者、ダニューシャ・ヴァスキエヴィチが起用されている。

全曲ともピッチはやや低めのa=430を採用。カルミニョーラの使用楽器はストラディヴァリウス(BAILLOT,1732年)で数年前にボローニャ貯蓄銀行財団から貸与されたものだ。

録音状態は極めて良好。

ジュリアーノ・カルミニョーラは1951年生まれだから、このセッションがあった2007年は55歳の円熟期にあり、現在でもイタリアのヴァイオリニストの中では最も充実した演奏活動を行っている。

彼のレパートリーはバロックから古典派にかけてが中心で、ピリオド奏法を駆使したメリハリのある表現と凝り過ぎないストレートなカンタービレ、それにここでは名器ストラディヴァリウスの明るく艶やかな響きが特徴と言える。

彼はまた今年2011年にシャンゼリゼ管弦楽団との協演でハイドンの協奏曲集もCD化している。

一方アバドについてだが、晩年に手兵モーツァルト管弦楽団との定期公演ライヴを次々とリリースしていて、しかもこの曲集でも聴かれるようにオーケストラにも徹底したピリオド奏法を課している。

ヴィブラートを最小限に抑えた歯切れの良いリズム感や軽快なテンポの運び方は、近年の彼の音楽観の変化とモーツァルトの作品に対する新しい解釈を試みているようで、老いて益々意欲的な活動が頼もしい。

2014年1月、80歳で生涯を閉じた。

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classicalmusic at 00:19コメント(0)モーツァルトアバド 

2018年12月08日


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ヘルベルト・ブロムシュテットがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターだった1998年から2005年までのライヴ音源を集成したボックス・セット。

オーケストラ固有のポテンシャルを最大限に引き出すことにかけて絶大な信頼を獲得してきた巨匠の手腕が見事に発揮されている。

これには全曲の録音を担当したアイケ・ベームの腕前が非常に優れていることも大きく影響しているものと想われる。

ともすると音が薄くなりがちなコンサート・ライヴ録音という環境の中で、重厚で質感の確かなサウンド・ポリシーを維持できている。

しかし音質から言えばその後同じメンバーによって録音されたSACDバージョンのブルックナー交響曲全集の方が、より徹底した録音体制を整えていて鮮明で瑞々しい音響が再生される。

特にニールセンの交響曲第5番は彼らのサウンドが鮮烈なだけに更なる音質のグレードアップが望まれる。

このセットの5枚は演奏中にも客席からの雑音が若干混入していて、音質にもやや雑身が感じられるが、演奏自体に関してはブルックナー全集に優るとも劣らない充実した内容を誇っていて、彼らの最良のコラボレーションを感じさせる。

派手さを抑え、ピラミッド型の低域豊かな音調と、コンヴィチュニー時代の再来を思わせる第2ヴァイオリン右側の対向配置も実に効果的。

収録された作品も、この名門オーケストラがかつて築いた栄光を現代に蘇らせるような王道レパートリーが中心に選ばれており、腹にズシンと来るブルックナーやブラームス、メンデルスゾーン、ベートーヴェンの魅力を心行くまで味わうことが可能だ。

特に彼らの十八番メンデルスゾーンの交響曲第3番『スコットランド』では第3楽章の溢れる抒情と鮮やかなコントラストを成すパワフルな終楽章に驚かされるし、ブラームスの交響曲第2番でも終結部に向かうドラマティックな表現には圧倒される。

また、王道演目ではないものの、ブロムシュテットが得意とするニールセンの交響曲第5番も、ここではドイツ音楽のように重厚に響いて独特の構築的な魅力を発散させている。

尚メンデルスゾーンの交響曲第3番とピアノ協奏曲は、ブライトコプフ&ヘルテルの新全集による世界初録音になる。

一方、唯一の現代作品であるジークフリート・マットゥスのオーケストラのための協奏曲『宣託』は現代音楽にも造詣の深いブロムシュテットとゲヴァントハウスの強みを示した豪快な演奏だ。

これはブロムシュテットが1977年にシュターツカペレ・ドレスデンを指揮して初演した作品で、骨太の音響ながら聴きやすいスタイルが、この作曲家とクルト・マズアが親しかったことも思い起こさせる。

128ページに及ぶブックレットが充実しているのもこのセットの特長で、ブロムシュテットがゲヴァントハウス管弦楽団を指揮した過去の全記録が掲載されているなど資料性も高い立派なものだ。

そこにはブロムシュテット在任中の307回に及ぶライプツィヒでの定期演奏会と、更に海外における180回のコンサートでゲヴァントハウスと共演した演奏曲目が作曲家ごとに纏められている。

その多彩な演目は見るだけでも壮観だが、特に彼のゲルマン系の作曲家の作品に懸ける情熱はひとしおだ。

また後半にはここに収録された総ての曲目に演奏会当日のプログラムに掲載されたと思われるかなり詳しい解説が付けられている。

オケのイメージにふさわしい質実剛健なボックス・デザインと、中身のサウンド・キャラクターもうまく合致している。

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2018年12月06日


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1曲目のクラリネット協奏曲を聴いて、イタリアにもこれだけ優れたクラリネット奏者がいたのだということを改めて認識した。

勿論アレッサンドロ・カルボナーレはフランスのオーケストラで15年に亘って修行した経歴を持っているので、彼のテクニックはフランス的な奏法に多くを負っていると言えるだろう。

カルボナーレのクラリネットは呼吸をするような極めて滑らかなカンタービレが基本で、しかも精緻だが神経質にならない大らかさと柔軟さがある。

第2楽章の、ややドライだが歌心に溢れた憂愁の美の表出と、再現部でのピアニッシモは感動的だ。

また急速楽章とのテクニカルな小気味良いパッセージの対比も鮮やかで、全く破綻のない品の良い仕上がりはライヴ録音であることを考えると完璧な演奏だ。

アバド指揮するモーツァルト管弦楽団の響きは比較的薄く、室内楽的な軽快な雰囲気を出している。

ピッチはa'=440Hzの現代ピッチを採用しているが、コンサート・マスター、カルミニョーラの指導によるヴィブラートを抑えたピリオド奏法をとっているために特有の透明感が感じられる。

このあたりにも晩年のアバドの折衷様式の模索とその実践が示されている。

一方フルート協奏曲のソロはオランダのベテラン、ジャック・ズーンで、楽器は自ら改良を加えたへインズのズーン・モデルを使用している。

本体は木製なので金属管のフルートに比べると輝かしくはないが、そのソフトで奥ゆかしい音色を活かした古典趣味の再現が工夫されていて、気の利いたカデンツァもこの曲に生気を与えている。

この作品は作曲期限に間に合わなかったモーツァルトが自作のオーボエ協奏曲を移調したものに過ぎないが、フルートで演奏してもこれだけ効果が上がること証明していて興味深い。

最後のファゴット協奏曲はギヨーム・サンターナの演奏で、彼はフランスの管楽器奏者らしくオープンで暖色系の音色が特徴だが、抑制された節度を持った表現が美しい。

アバドの要求かも知れないが、音を伸ばすときはヴィブラートを控えて、ともすると厚かましく鳴りがちな楽器を周到にコントロールする腕が注目される。

録音データを見るとクラリネット及びフルート協奏曲が2006年のライヴで、ファゴット協奏曲は2009年のセッションになる。

アバドは2004年に自ら組織したモーツァルト管弦楽団と共に、新しい解釈によるモーツァルトを中心とするオーケストラル・ワークや協奏曲を意欲的にリリースして、その新境地を披露した。

これまでに演奏されたモーツァルトの管楽器のための協奏曲を見ると、オーボエ協奏曲ハ長調K.314と本来フルートのために書かれたト長調K.313の2曲が漏れている。

これらの2つの作品についても彼らの演奏に期待していたが、前者はマドリードでのライヴが発売されたものの、後者はアバドの死によって果たせなかった。

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2018年12月04日


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2011年に亡くなったヴァイオリニスト、ヨセフ・スークの追悼盤として彼の初期の録音(1956-67)を6枚のCDに収録したもの。

現在では廃盤になっているものも含めて、彼の20代後半から全盛期までの貴重なセッションを聴くことができる。

全体の約半分ほどはモノラル録音だが、スプラフォンの原盤の音質は鮮明で、またこのリリースに当たってデジタル・リマスタリングされていることもあり、高度な鑑賞にも充分堪えられる。

ライナー・ノーツには曲目紹介及び録音データの他に、彼の簡単なキャリアが英、独、仏、チェコ語で掲載されている。

名手スークはその音色を聴いただけで彼と判断できるほどの美音家だったし、度々の来日でことのほか艶やかで美しい音色を披露してきた。

そうしたタイプの演奏家は、楽器の音色が最大の武器であるために往々にして耽美的な表現になりがちだ。

しかし彼の解釈には大時代的な古めかしさは無く、すっきりとした音楽の輪郭に加えて弦の国チェコの伝統的な流麗で大らかな演奏が特徴と言えるだろう。

どのCDも非常に興味深いものだが、やはりお国物のドヴォルザークやヤナーチェクそして祖父スークの作品をヤン・パネンカやヨセフ・ハーラのピアノ伴奏で聴けるのはうれしい。

特に大げさな身振り手振りはないが、それ故と言うべきか、これらの音楽の中のペンタトニック的旋律の素朴さが一層の味わいとして聴き手に伝わってくる。

何の力みもなく自然体で弾いたこれらの演奏の味わいは得難いものがあり、彼らの身体の中からのイントネーションですべてが語られている。

一方ブラームスのヴァイオリン・ソナタでは第1番をハーラとモノラルで、第2番と第3番をパネンカとのステレオ録音で入れている。

ちなみにスークは1966年にジュリアス・カッチェンとも全曲のセッションを行っているのは既にご紹介済み。

また協演者としてはチェロのアンドレ・ナヴァラが感性豊かで緊張感に満ちたデュエットを披露していて、両者が一瞬も手綱を緩めず、まさに火花が散るような白熱した掛け合いが展開されている。

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classicalmusic at 00:54コメント(0)スーク 

2018年12月02日


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チェコ・スプラフォンが順次リリースしているドヴォルザーク作品集シリーズの第5巻目にあたり、今回は既刊の9曲の交響曲を除いたその他のオーケストラル・ワークと彼の協奏曲全4曲を収めた興味深いものだ。

このシリーズの特徴は総ての曲目をチェコ勢で固めた、良い意味での国粋主義的な演奏が楽しめることで、スプラフォンが持っている切り札的音源を最新のリマスタリングとリーズナブルな価格で提供している。

このセットで唯一の例外はサー・チャールズ・マッケラスだが、彼もプラハ留学の経験を持つターリヒ門下の指揮者だ。

いずれにしても民族的な趣向を凝らした作品が多く、本家の自負と余裕を感じさせる頼もしい演奏内容が最大の魅力になっている。

尚このセットに入っていない3曲のコンサート用序曲及び4曲の交響詩と交響的変奏曲は前回の交響曲全集の方にカップリングされている。

既にスタンダード・ナンバーになっているノイマン、チェコ・フィルのスラヴ舞曲集全16曲に始まり、スークのソロと同メンバーによるヴァイオリン協奏曲イ短調などのトップ・クラスのレベルを誇る8枚のCDは、それぞれのシングル盤を集大成したものでドヴォルザークの魅力を満載している。

注目されるのはチェロ協奏曲ロ短調ではソリストはフッフロではなく、1976年のサードロとのセッションが選ばれていることで、ここでは珍しくもう1曲のチェロ協奏曲イ長調も取り上げている。

スラヴ舞曲全曲は、ノイマンとチェコ・フィルにとって日常的なレパートリーだけに、さすがに手慣れた演奏で聴かせる。

彼らが舞曲として肌で感じ取っているものが、音楽の姿をかりて多様に表出されている。

ただ、ノイマンはここで独自の版選定を行い、細部のオーケストレーションについてはオリジナル通りではない。

彼がいわゆるヴィルトゥオーゾ時代の指揮者の流れを汲んでいるためだろう。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲はやはりスークが一番だ。

1つ1つの音が完全に身についており、自分の音楽として表現しているからである。

激しい生命力や訴えかけ、懐かしい愛情のほとばしり、暖かい親しみ、チャーミングな節まわしが、豊かな郷土色と一体化して聴く者の心に涙をにじませるのだ。

ノイマンの指揮は音楽を意味深く語りかけつつ、美感を保持した見事なもの。

音質はリマスタリングの効果もあって極めて良好。

ライナー・ノーツは34ページで演奏曲目、録音データの他に英、独、仏、チェコ語による解説付。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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