2019年03月

2019年03月31日


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この演奏が録音されたのが1959年なので、初期ステレオ・レコーディング時代を代表するディスクなのだが、他の同時代のオーケストラル・ワークやオペラの音源の中に埋もれてしまった感がある。

それはベルリオーズのこの作品自体が売れ筋の演奏曲目ではないからかもしれない。

近年ではオペラとして舞台化された演出も試みられるようになったが、作曲家には当初からオペラの構想はなく、それゆえ序曲やバレエ・シーンもなければ幕仕立ての構成も持っていない、一種のカンタータと言うべきだろう。

しかしベルリオーズらしくハンガリー行進曲を始めとする彼の腕の冴えを見せたオーケストレーションの聴かせどころを数ヶ所に挿入している。

ハンガリー行進曲のコーダでパーカッション群が一斉に鳴り響く部分でも、比較的良好な分離状態が保たれていて、団子状の音の塊りになることが避けられている。

欲を言えばもう少し音場に奥行きが欲しいところだが、当時の録音技術を考えれば限界だったと思われる。

マルケヴィッチはこの作品の文学的な価値に注目し、劇場的な効果よりも純粋な音楽表現を重視している。

歌手もメフィストフェレスにハイ・バリトンのミシェル・ルーを配して悪魔的な軽妙さを表出しているし、マルグリートには陰翳の豊かな声のコンスエロ・ルビオを起用して作品全体が戯画化することを嫌っているようだ。

このゲーテの名作を絢爛豪華な額縁で飾ったのは少し後のグノーで、彼の『ファウスト』はオペラとしては素晴らしい出来だが、脚色による原作との乖離は否めない。

それでもグノーが『ファウストの劫罰』から多大な影響を受けていることが感知できる。

中でもタイトル・ロールを歌うテノール、リシャル・ヴェローの絶唱は特筆される。

ここでのマルケヴィッチの指揮はかなり厳格で、歌手陣に節度を崩さない限りでは良く歌わせているが、必要以上の派手さを要求せずスコアに書かれた音楽を率直に表現している。

このセットでもレギュラー・フォーマットの2枚のCDにブルーレイ・オーディオ・ディスクが抱き合わせになっている。

カール・リヒターのカンタータ集のように、出来れば後者だけでも別売りして欲しいところだが、再生機の普及に合わせて当分はこうしたリリースが続くだろう。

いずれにせよ良質のステレオ音源が今回ブルーレイ・オーディオ化によって更に鮮明に再生されるのは魅力的だ。

綴じ込みのライナー・ノーツには全歌詞のドイツ語と英語の対訳が掲載されている。

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classicalmusic at 23:09コメント(0)ベルリオーズ 

2019年03月29日


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プラガ・ディジタルスからのシリーズ、ジェニュイン・ステレオ・ラブの新譜で、従来のSACD仕様ではないが音質の良好な隠れた名演を鑑賞することができる。

1964年にモスクワ音楽院で催されたライヴからの収録だが、オン・マイクで採ったステレオ音源の保存状態も完璧で驚くほど臨場感に溢れている。

いずれもプロコフィエフが戦後に作曲した晩年の作品で、彼と実際に交流のあったロストロポーヴィチ壮年期の覇気に満ちた演奏に価値があると言えるだろう。

ロストロポーヴィチは円熟期になると表現が次第に厚化粧になり、曲によっては解釈が必要以上に仰々しく感じられることもしばしばあった。

しかしこの頃の彼の演奏はさすがに若々しく颯爽としていて、切れ味の鋭いテクニックが縦横無尽に駆使されている。

チェロ・ソナタハ長調はロストロポーヴィチが作品完成に協力したことで知られるが、演奏も充分に練り上げられた完成度の高いものだ。

初演者はロストロポーヴィチとスヴャトスラフ・リヒテルのコンビだったが、この録音では協演を重ねたアレクサンデル・デジューキンが伴奏していて、ソロを充分に歌わせながらリズミカルで力強いサポートが密度の高い音楽を創造している。

交響的協奏曲ホ短調はプロコフィエフがロストロポーヴィチのために改作した作品で、初演は1952年にモスクワで行われたが、その時モスクワ青年交響楽団を指揮したのはリヒテルだった。

ロストロポーヴィチの技量に大きく依存している交響的協奏曲を、完璧な技巧でこなした上に朗々と歌い抜ける手腕は、ちょっと他に求め難い。

更にはチェロの名技性と歌謡性を、これ以上圧倒的に弾けるチェリストが他にあろうとは思えない。

一方小協奏曲ト短調はプロコフィエフがピアノ・スコアのみを遺して亡くなったために初演はピアノ伴奏版が1956年、カバレフスキーがオーケストレーションを施したフル・スコア版が1960年で、前者のピアニストはこのCDでソナタの伴奏をしているデジューキン、チェロはいずれもロストロポーヴィチが初演を飾っている。

これらの作品の難易度から考えても、如何にロストロポーヴィチが作曲家に信頼されたチェリストだったか理解できる。

またソヴィエト国立交響楽団を統率するロジェストヴェンスキーの強い意気込みも伝わってくる演奏だ。

むろん、3曲ともロストロポーヴィチのために書かれた作品で、彼が当時ソヴィエトでどんなに高く評価されていたかを示している。

まさに名演揃いのロストロポーヴィチのCDの中でも特筆大書すべきもので、レコード史上に永遠に残すべき至宝と言えよう。

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classicalmusic at 20:01コメント(0)プロコフィエフロストロポーヴィチ 

2019年03月27日


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例によってこのセットもレギュラー・フォーマットのCD2枚にブルーレイ・オーディオ1枚の抱き合わせ仕様でリリースされている。

CDに関しては、既に廉価盤からSACDに至るまでリイシューを重ねている音源なので必要なかったと思うのだが・・・。

1960年12月の録音で、バッハの無伴奏チェロ組曲としては最初のステレオ録音だが、良い意味でのロマンティックでスタイリッシュな感性をベースに、比較的自由な表現力を駆使した演奏としては、おそらく最後の名演ではないだろうか。

それはフルニエの奏法、ポルタメントの使用や装飾音の扱い方などに顕著に表れている。

少し後に行われたシュタルケルのマーキュリーへの全曲録音と比較すると、この作品に対する再現へのポリシーの違いに驚かされる。

しかしフルニエのスタイルが古いと決めつけてしまうにはあまりにも豊かな音楽性に溢れているし、節度のある表現の高貴さと生気に満ちた演奏で、バッハ演奏の歴史が辿った頂点に聳えるひとつの解釈だと信じる。

フルニエの演奏を特徴づけるのは、若い頃から爛船Д蹐離廛螢鵐広瓩噺討个譴燭茲Δ鉾爐留藾佞砲澆覆る独特の気品ではないだろうか。

このバッハの場合も、運指法や運弓法、フレージングなどの演奏法も長年の演奏を通して独自のものに到達したと語り、バッハに対する基本的な考えは爐い弔皺里Δ箸いΔ海鉢瓩鬟皀奪函爾砲靴討い拭

そうした彼のバッハ演奏が心技ともに最高の状態で残されたのが、この録音ではないかと思う。

ブルーレイで鑑賞すると、中央に良く纏まった音像から力強くしなやかなチェロの音色が鮮やかに再生される。

考え抜かれたボウイングのテクニックだけでなく、左手の指使いやフルニエの呼吸も生々しく捉えられている。

音場自体はそれほど広くなく残響も控えめでややデッドに聞こえる。

近年のピリオド楽器による録音では会場の残響をフルに採り入れるのが通例だが、これはモダン楽器でのバッハの対位法の声部の独立性を保つためと、低音部の豊かな響きを突出させないための技術的配慮だろう。

初期ステレオ録音のソロ楽器のサンプルとしても高度な鑑賞に堪え得る良質の音源だ。

44ページのライナー・ノーツにはレコーディングとフルニエの演奏についてのエピソード及び全曲の解説が英、独、仏語で掲載されている。

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classicalmusic at 20:03コメント(0)バッハフルニエ 

2019年03月25日


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2013年のアルカンジェロ・コレッリ没後300周年記念としてスコットランドのリン・レーベルからSACD各2枚組でリリースされたエィヴィソン・アンサンブルの演奏によるコレッリ作品集の第4集最終巻にあたり、教会ソナタの様式で書かれた作品1及び作品3のそれぞれ12曲ずつ計24曲を収録している。

演奏者は第1ヴァイオリンがリーダーのパヴロ・ベズノシューク、第2ヴァイオリンがカロライン・ボールディング、チェロがリチャード・タニクリフ、そして当時のトリオ・ソナタの演奏習慣に則って通奏低音のアーチリュートをポーラ・シャトーヌフ、チェンバロとボックス・オルガンをリチャード・ハミルトンが曲趣に合わせて適宜交替しながら和音を補充している。

この巻で彼らが2011年以来取り組んできたコレッリの作品1から6までを総て録音したことになり、SACDでは初の作品全集が完了した。

しかしコレッリ自身承認済みで出版されたスコアの他にも真作と認められている作品番号のないエクストラ・オープスと呼ばれる一連の作品群も存在している。

こうした曲についてもエィヴィソンが機会を見つけて演奏してくれることを期待したい。

彼らの演奏はコレッリのシンプルだが極めて洗練された書法の美しさを最大限尊重してダイレクトな再現を試みたものだ。

また奏者が英国を代表する古楽のスペシャリストだけあって、そのクリアな雰囲気と流麗なアンサンブルが印象的だ。

確かに彼らの演奏にイタリア風の情熱的な感情の起伏を求めることはできないが、飾り気のないアプローチがかえって各声部の動きやそれによって織り成される和声を明瞭にして、作曲家の音楽的構造を手に取るように聴かせてくれる。

その点ではいくらか玄人向けの演奏かも知れないが、通奏低音を受け持つ3種類の楽器がこの曲集をより親しみ易い響きに仕上げている。

今回のピッチは現代より長二度低いa'=392Hzを採用しているので、コレッリ時代の古色蒼然とした典雅な響きを髣髴とさせてくれる。

録音は2011年から12年の初頭にケンブリッジのセント・ジョージ教会で行われたもので、音質に優れているのもこのシリーズの特徴だ。

低音から高音までの伸びやかな音響が空気感豊かな残響の中に鮮明に再現されている。

27ページほどのライナー・ノーツには曲目及び録音データ一覧と英語による解説、そして演奏者全員の使用楽器とプロフィールがカラー写真入りで紹介されている。

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classicalmusic at 20:03コメント(0)コレッリ 

2019年03月23日


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エィヴィソン・アンサンブルによるコレッリ・シリーズの第3弾は作品2及び作品4の室内ソナタ集で、ここでもコレッリは2本のヴァイオリンとバスのためのトリオ・ソナタの楽器編成を定着させている。

この演奏では当時の習慣に従って通奏低音にチェンバロ、オルガン及びリュートが曲想に応じて交替し、時には全員参加して雰囲気を盛り上げることもある。

メンバーは第1ヴァイオリンがリーダーのパヴロ・ベズノシューク、第2ヴァイオリンがカロライン・ボールディング、チェロはリチャード・タニクリフ、チェンバロとボックス・オルガンのリチャード・ハミルトン、アーチリュートにポーラ・シャトーヌフの5名。

音質の素晴らしさと相俟って清澄な印象があり、飾り気のない素朴な表現だが、真摯なアンサンブルで歌心にも不足していない。

また現代よりも長二度低いa'=392Hzのピッチを採用していて、特有の典雅な情緒が感じられる。

コレッリの作品全集は既にピーター=ヤン・ベルダー率いるムジカ・アンフィオンがブリリアントから10枚組セットをリリースしているが、解釈の違いや好みはともかくとして音質の面ではこちらの方が格段優れている。

アルカンジェロ・コレッリはヨーロッパのヴァイオリン流派の源泉になった演奏家でもあり、また合奏協奏曲やバロック・ソナタの形式を練り上げ、定着させたことによって後の多くの作曲家に多大な影響を及ぼしている。

またヴァイオリンを習う人が必ず彼の作品を弾くように、基礎的なテクニックを確立させたことでも貢献しているばかりでなく、奇しくもこの時代は名匠アントニウス・ストラディヴァリウスが活躍した時期とも一致していて、イタリアの音楽がヴァイオリンなしには考えられないほど発展していたことが理解できる。

コレッリの弟子達、ジェミニアーニやロカテッリは超絶技巧的な奏法をヨーロッパ中に波及させたが、師たるコレッリは少なくとも楽譜上にはテクニックを誇示するようなパッセージは一音符たりとも書き込んでいないのも事実だ。

この2つの曲集では室内ソナタの形式を持つそれぞれ12曲ずつ計24曲が含まれているが、楽章のタイトルを見るとアレマンダ、コッレンテ、サラバンダ、ジーガなどの比較的親しみ易い世俗的な舞曲が配置されている。

また作品2の第12番は単一楽章のチャッコーナ(シャコンヌ)、つまり繰り返される和声進行に基く変奏曲で、バッハから現代に至る多くの作曲家によって好まれた形式が、早くもコレッリによって芸術的な域に高められているのが興味深い。

既にリリースされたヴァイオリンのためのソロ・ソナタ『ラ・フォッリーアの主題による変奏曲』に見られるように、彼は斬新な試みにも意欲的に挑戦していて、またその作曲法も洗練を極めているが、この作品2には和声法では禁則の平行五度を使って、当時の楽壇で物議を醸したといういわく付のガヴォッタも含まれている。

引き続きリリースされている2枚組の教会ソナタ全集で、エィヴィソン・アンサンブルはひとまずコレッリ自身が認めて出版された作品は全て録音したことになる。

しかしコレッリの作品にはエクストラ・オープスと呼ばれる、彼の真作として判明しているその他の作品群が存在する。

将来こうした曲目についてのセッションも期待したい。

ライナー・ノーツは26ページで、写真入演奏者紹介と興味深い作品解説が英語で掲載されている。

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classicalmusic at 19:52コメント(0)コレッリ 

2019年03月21日


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ローマ法王庁を中心に活躍した作曲家アルカンジェロ・コレッリは2013年で没後300年を迎えた。

エイヴィソン・アンサンブルはこれを機会に既に2012年から彼の作品集を手がけていて、先ず第1弾としてリリースされたのが作品6の合奏協奏曲集だったが、今回同じく2枚組のSACDで続くのが作品5のヴァイオリン・ソナタ集になる。

このセットでは最後に置かれている『ラ・フォッリーアのテーマによる23の変奏』を含むコレッリのソナタ全12曲を収録している。

バロック・ヴァイオリンはパヴロ・ベズノシュークで、彼を支える通奏低音群がすこぶる充実しているのも特徴だ。

チェロがリチャード・タニクリフ、アーチリュートと5弦バロック・ギターがポーラ・シャトーヌフ、チェンバロ及びボックス・オルガンをロジャー・ハミルトンがそれぞれ担当し、ソナタの曲趣によって楽器を交代させている。

ベズノシュークの演奏は奇を衒ったものではなく、コレッリがこのソナタ集で示した基礎的なヴァイオリンのテクニックを堅実に、しかもシンプルに再現している。

またピッチはバロック室内楽用のa'=392Hzを採用していることもあって、技巧を表に出さない渋みのある落ち着いた情緒があり、繰り返し聴きたくなる演奏だ。

しかしコレッリ自身が優れたヴァイオリニストであったために、この曲集にはダブル、トリプル・ストップやフーガなど難技巧が凝らされていることも事実で、また楽譜には書かれていない緩徐楽章でのイタリア式装飾は慣習的に演奏者のアドリブに委ねられているが、その他にここでは第10番ヘ長調と第11番ホ長調の2つの『ガヴォッタ』のヴァリエーションは、前者がベズノシューク、そして後者がハミルトンの創作になる。

当時はおそらくコレッリ自身が演奏に際して即興演奏を披露したことが想像される部分だ。

コレッリの打ち立てたヴァイオリンの流派は彼の弟子達、ロカテッリやジェミニアーニによってそのテクニックと共に当時のヨーロッパ全体に波及したが、彼より25歳年下のヴィヴァルディにも大きな影響を与えたことを考えると、彼がまさに近代ヴァイオリン奏法のパイオニアだったことが理解できるだろう。

ヨーロッパのヴァイオリン音楽の源流を、できる限りその当時の音で探るという意味でもエィヴィソンの企画は価値の高いものだし、これからの演奏活動にも期待したい。

リン・レーベルの古楽SACDは、先ずその音質の鮮烈さに耳を奪われる。

コレッリの全作品をひとつの古楽アンサンブルが集中的に行ったセッションは、ピーター=ヤン・ベルダー率いるムジカ・アンフィオンの10枚組がブリリアントからリリースされているが、音質に関しては俄然こちらに分がある。

古楽器の音をこれだけ細部まで詳らかに拾って、各楽器の音像を明瞭に保ち、臨場感に溢れる空間を作り出す優れた技術がこのシリーズのセールス・ポイントだ。

CD収納トレーだけがプラスティックの3面折りたたみ式のデジパック入りで、ライナー・ノーツは英語のみの23ページだが、録音データの他に写真入で演奏者も紹介されている。

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classicalmusic at 19:58コメント(0)コレッリ 

2019年03月19日


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英国のバロック・ヴァイオリン奏者パブロ・ベズノシューク率いるエイヴィソン・アンサンブルによるアルカンジェロ・コレッリの合奏協奏曲集Op.6全12曲を収めたSACD2枚組のセットで、2011年に行われたセッションがリン・レーベルからリリースされている。

ベズノシュークは英国を中心に活動していて既に同レーベルからもJ.S.バッハの無伴奏ソナタ及びパルティータ全曲を出している。

ここでの彼らの演奏の特徴はコレッリの作品のシンプルで明快な作法を厚化粧せずに清澄に再現しているところにある。

勿論当時の演奏習慣に従って通奏低音にアーチリュート、チェンバロやボックス・オルガンを曲趣に合わせて適宜交替させているが、洗練された原曲の持ち味を極力活かしているように思う。

例えば名高い『クリスマス』を聴けばそうした飾り気のない表現が、以前の思い入れたっぷりのバロック・パフォーマンスに慣れた耳にはもの足りなく感じるかも知れない。

しかしそれぞれの曲の特質を知るにつれて、繰り返し鑑賞したくなる豊かな音楽性を秘めている演奏としてお勧めしたい。

アルカンジェロ・コレッリ(1653-1713)はイタリア・バロックの作曲家としてヴィヴァルディより一世代前に位置していて、彼もまたヴァイオリンの名手であったことから作品1から4まではトリオ・ソナタ集、作品5がヴァイオリン・ソロのためのソナタ集、そしてこの作品6の合奏協奏曲集は前半の8曲が教会ソナタ、残りの4曲が室内ソナタの形式をとっている。

アンサンブルはコンチェルティーノと呼ばれる独奏群とリピエーノ、つまり和声の埋め合わせをするグループに分かれる。

彼の作品は出版された曲数こそ少ないが、どのジャンルの曲も洗練された美しい響きを持っている。

コレッリの様式は彼と親交のあったヘンデルや弟子のジェミニアーニによって英国にもたらされ、18世紀のロンドンでは熱烈なコレッリ・リバイバルの時代があったようだ。

ベズノシュークがこの曲集を選んだことにもそうした歴史的な裏付けがあったに違いない。

装丁は他のリン・レーベルのセットと同様、内部だけがプラスティックの紙製折りたたみ式のデジパックで、ライナー・ノーツは英語のみで18ページ。

アンサンブルのメンバー全員の使用楽器も明記されている。

ちなみにベズノシュークのヴァイオリンは1676年製のホフマンス、リチャード・タニクリフのチェロは1720年製のレオンハルト・マウジル伝の双方ともオリジナル楽器だ。

演奏ピッチa'=415による教会でのセッションだが、音質は鮮明で残響も煩わしくない。

尚ハイブリッド方式なので互換機がなくても再生可能。

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classicalmusic at 20:10コメント(0)コレッリ 

2019年03月17日


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エフゲニー・キーシンが1988年から97年にかけてRCAソニーに録音したピアノ協奏曲9曲と、モーツァルトの『ピアノと管弦楽のためのロンドニ長調』を収録した4枚のボックス・セットで、これらは既にレギュラー盤でリリースされていたものをまとめたリイシューになる。

キーシン10代から20代特有のフレッシュな感性と潔癖なまでに磨き抜かれたピアニズム、純粋に音楽の喜びに奉仕するような邪念のない姿勢が良く表れた協奏曲集だ。

選曲も古典派から現代までの広いレパートリーをカバーしていて、彼のオールマイティー性を示している。

中でもラフマニノフの第3番はキーシンと彼をサポートする小澤征爾、ボストン響が本来のロマンティシズムを聴かせてくれる稀な演奏として高く評価したい。

この曲はその技術的な難解さから聴き手の耳がどうしてもピアニストのメカニカルな指の動きに集中しがちで、大向こうを唸らせるようなパフォーマンスが喝采を浴びる傾向を否めないが、彼らは何よりもラフマニノフのメッセージを大切に伝えることを心掛けているように思える。

1993年のライヴ録音で、まだ22歳だったキーシンにこれだけ深みのある表現が可能だったことに驚かされる。

そこには少年時代から錚々たる指揮者の下で研鑽を積んだ彼ならではの音楽性が発揮されている。

1988年5月ロンドンのワトフォード・タウン・ホールで録音され、キーシンのRCAへのデビューとなったラフマニノフの第2番は、ゲルギエフ、ロンドン響の巧みなサポートを得て、優れた技巧と瑞々しいタッチ、豊かな色合いをもつ美しい音で、曲の魅力をこよなく引き出していて実に魅力的だ。

1988年8月にウィーンで収録されたスピヴァコフ、モスクワ・ヴィルトゥオーゾとのハイドンとショスタコーヴィチは、いずれもキーシンの成長ぶりがうかがえる名演だ。

前者は硬軟自在なタッチで旋律を美しく歌わせており、後者は自然な息づかいと鮮やかな技巧でリリシズム溢れる演奏を満喫させてくれる。

1992年5月ウィーン・ムジークフェラインザールでライヴ録音された長老ジュリーニ、ウィーン・フィルとのシューマンは、やや遅めのテンポで展開し、キーシンの透明なタッチと卓越した音楽性が1つ1つのフレーズを明快に浮かび上がらせて、見事な名演を生み出している。

レヴァイン、フィルハーモニア管との初顔合わせで1997年1月に収録されたキーシン初のベートーヴェンは、何よりも瑞々しく、限りなく美しく磨かれた音で、丁寧に描き出された魅力的な演奏だ。

第2番と第5番、いずれも豊かなイマジネーションに溢れた演奏だが、これまでの数々の名演の中でも、これほどしなやかに歌われた第5番はないかも知れないし、レヴァインもソロをぴったりとフォローしている。

彼は今年で47歳になり、若い頃に比べればそれほど騒がれなくなってきたが、演奏家としてはこれからが正念場と言える円熟期を迎えようとしている。

これまでに出来上がってしまったキーシンのイメージをどのように刷新するか注目したい演奏家の1人だ。

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classicalmusic at 20:03コメント(0)キーシン 

2019年03月15日


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収録曲目は『春の祭典』『ペトルーシュカ』『火の鳥』及び『ミューズを率いるアポロ』の4曲いずれもがバレエ音楽で、1980年代の後半に集中的に録音されている。

サイモン・ラトルは後にベルリン・フィルとも再録音しているが、ここでの共演者バーミンガム市交響楽団は当時首席指揮者だった彼の手兵だけあって、指揮者のかなり神経質と思われる要求にも良く応え、ストラヴィンスキー特有の手の込んだオーケストレーションを鋭い切り口で鮮明に響かせている。

このオーケストラの機動力はまさにラトルによって培われたものだが、例えば『火の鳥』の終曲に聴かれるように決して迫力に不足しているわけではないが、爆発的燃焼という演奏ではなく、すべてが指揮者の冷静なコントロールの下に整然と精密設計された頭脳的な音響プレイと言えるだろう。

独立したオーケストラル・ワークとして強烈な個性の表出を期待する方にはその点いくらかクールな印象を与えるかも知れない。

『春の祭典』はスコアの細部にまでよく目の届き入念に仕上げた演奏で、この作品の持つ技巧的な要求に対し決して誇張して応じるようなところはなく、オーケストラを余裕と自信を持って動かしている。

第2部「選ばれた乙女の讃美」からフィナーレにかけての息詰まるような迫力ある表現は実に見事だ。

『ペトルーシュカ』はラトルの非凡な才能が示された素晴らしい出来映えで、情景描写が実に巧みだ。

例えば第1場の親方が人形たちに魂を吹き込む場面や、第3場のムーア人の部屋にペトルーシュカが飛び込んでくる場面の描き方なと実に巧い。

『火の鳥』はラトルの感性が良く生かされたもので、音楽のディテールを新鮮な響きとともに聴かせているが、特にそこにみられるロマンティックな情感がひとつの魅力ともなっている。

彼の演奏にはリズムの明快さやスコアへの知的なアプローチとともに、自己の反映と自由な動きも適度に生かされており、彼の音楽的な特質が最も良く生かされた演奏のひとつである。

『ミューズを率いるアポロ』は『春の祭典』と音響的なコントラストとともに、作風の面でも極めて対照的なものが示されており興味深いが、切れ味の良い棒ですっきりとまとめ、ラトルの統率力の素晴らしさを如実に物語っている。

2008年から始まったワーナー20世紀クラシックス・シリーズは今日まで既に62セットをリリースしている。

基本的に1人の作曲家について2枚のCDを割り当て、過去の音源からピックアップした作曲家ごとの作品群を適宜リカップリングして再発しているものだ。

またそれとは別に同様の録音から6枚組および16枚組のアンソロジーも組まれている。

現代音楽の鑑賞にやぶさかでないクラシック・ファンも少なくないはずだが、ごく新しい作品に関してはその評価が定まっていないことや、小品としての売れ行きが見込めないことから録音自体もそれほど選択肢は多くない。

このシリーズは20世紀のクラシック音楽をかなりの量と質の良い演奏で提供していて、それらを簡易にしかも多角的なジャンルから鑑賞できるのが特徴だ。

勿論その中には高い評価を受けているものもあるし、廃盤になった掘り出し物的な名演もある。

ただしライナー・ノーツは最小限に簡略化されていて声楽曲の歌詞対訳等も省略されている。

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classicalmusic at 20:09コメント(0)ストラヴィンスキーラトル 

2019年03月13日


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ブロムシュテットがシュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者だった1975年から80年までに録音した、彼としては第1回目のベートーヴェン交響曲全集になる。

ちなみに第2回目は2014年から17年にかけて、やはりカペルマイスターを務めたゲヴァントハウスとの最新録音が注目されている。

彼はそれぞれのオーケストラの持ち味を活かすことも忘れない指揮者なので一概に両者の演奏を同列に並べて比較することはできない。

とは言え聴き比べて直ぐに気がつくのは、こちらの1回目の演奏の方が全体的なテンポが遅いことだ。

一般的に言って指揮者は、若い頃はエネルギッシュで速めのテンポを設定し、巨匠と言われるようになるとじっくり構えて聴かせどころにより時間を費やす演奏に変化するが、ブロムシュテットの場合はこれに当てはまらないというところに彼の非凡さが窺える。

ここでのプロムシュテットはまだ40代半ばでありながら、驚くべき感性の成熟と自信とに満ち溢れて、虚飾を排したベートーヴェン像を打ち立てている。

オーケストラは両者共に当時の東ドイツの名門だが、音色ではそれぞれ独自のカラーを持っていて、このふたつの音源に関して言えば、ドレスデンの方がよりカラフルに聞こえる。

いずれもブロムシュテット自身の個性を前面に出した解釈ではないが、このドレスデン盤ではダイナミズムにメリハリがあり、曲想が生き生きと再現されている。

それに対してゲヴァントハウスとの全集は緊張感は変わらないが、ヴィブラートを押さえたピリオド奏法を採用して比較的さっぱりした印象の中にベートーヴェンのスコアの緻密なテクスチュアを描き出している。

そのあたりに30年を経過したブロムシュテットの演奏スタイルの変化が表れているのは確かだ。

ドレスデンのルカ教会で収録された音源は当時としてはかなり良質で、オン・マイクでの採音なので臨場感に富んでいるし、教会の広い空間の音響も豊かだ。

肌理の細かさでは2回目のゲヴァントハウスでのディジタル録音に敵わないのは致し方ないとしても、将来高音質盤での復活があってもいいと思う。

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classicalmusic at 20:08コメント(0)ベートーヴェンブロムシュテット 

2019年03月11日


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北欧のシンフォニストと言えばシベリウスとニールセンが双璧であるが、同時代にスウェーデンで活躍したシンフォニストとして、ステンハンマルとアルヴェーンが掲げられる。

この両者について、実力のわりにはあまり知られていないのは非常に残念である。

このうち、ステンハンマルについては、50代の若さで死去したこともあって、生涯に2曲しか交響曲を遺さなかった(未完成の作品として第3番あり)のも影響しているかもしれない。

しかしながら、交響曲第2番は、スウェーデンを代表するだけでなく、シベリウスやニールセンの交響曲にも匹敵する、北欧を代表する大傑作と高く評価すべき偉大な交響曲であり、もっと知られてもいい作品ではないかと考えている。

ステンハンマルは、管弦楽曲や協奏曲、室内楽曲、ピアノ曲、合唱曲など、多岐にわたるジャンルにおいて数々の名作を遺しているが、その代表作と言えば、やはり交響曲第2番ということになるのではないだろうか(セレナードを掲げる人もいるかもしれない)。

ステンハンマルの聴きどころはドイツ・ロマン派の巨匠たち(わけてもブラームス、ワーグナー、ブルックナー)の“よすが”を曲の随所に染み込ませている作風にあるだろう。

ウィーンではロマン派後の音楽が12音技法などの前衛につながっていったのに対し、スウェーデンやイギリスではなお調性に基づく作曲技法が踏襲されていたようで、ドイツ・ロマン派の各国への影響という脈絡からもステンハンマルという作曲家にもう少し興味がもたれてもいいのではないかと気づかされる。

これまで市場に現れた中で筆者が聴いた録音は、輸入盤も含め、N・ヤルヴィ盤(BIS及びDG)、P・ヤルヴィ盤(VIRGIN)、ヴェステルベリ盤(CAPRICE)、スンドクヴィスト盤(NAXOS)、マン盤(SWEDISH SOCIETY)の6種であるが、この中での最高の名演はヴェステルベリ盤だが現在入手難。

そうなると、現在入手できるディスクの中で、最もお薦めできる演奏は本盤のP・ヤルヴィ盤ということになる。

ここでのP・ヤルヴィは、作曲者の母国ロイヤル・ストックホルム・フィルを指揮して、きびきびとメリハリをつけながらも、全曲を47分半かけてじっくりと演奏している。

ヴェステルベリ盤ほどではないが、北欧の大自然を彷彿させるような豊かな響きが持ち味であり、随所にあらわれる北欧的な抒情のエレガントな歌い方にもいささかの不足はない。

ヴェステルベリが自然のうちにこの曲の魅力を滲ませるならば、P・ヤルヴィはもっと積極的でロマンティック、緩急を思い切りつけ、ダイナミックレンジが広い。

巻末に収められた「序曲・天の高みに昇らん」やアンネ・ゾフィー・フォン・オッターの歌う「2つの歌」も素晴らしい。

筆者としては、このような知られざる傑作こそは、有名指揮者がもっと積極的に演奏して、それこそ国内盤で発売されることを大いに期待するものである(最近ブロムシュテット盤がBISからSACDでリリースされたが入手難になり未聴)。

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classicalmusic at 19:48コメント(0)ヤルヴィ 

2019年03月09日


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チェコが生んだ非凡にして偉大な指揮者、カレル・アンチェルの伝記や記念ディスクはチェコを中心とするヨーロッパからはそれなりのものがリリースされているが、最初から日本語で書かれた彼の評伝は全く初めての試みで、著者のひたむきな取材と研究、そして熱意に感謝したい。

伝記部分は第1章『誕生からプラハ音楽院入学まで』 第2章『学生時代からプラハ放送交響楽団指揮者就任までの歩み』 第3章『暗黒の時代 テレジーンからアウシュヴィッツへ』 第四章『楽壇復帰からチェコ・フィル音楽監督時代』 第5章『トロント交響楽団の音楽監督として』までの123ページで、貴重な写真と共に要領を得た簡潔な文章でアンチェルの生涯が綴られているが、最後に補章『アンチェル再評価の動向・CD一覧』が設けられていて、巻末には70ページに及ぶ壮観な作曲家別ディスコグラフィーが掲載されている。

これで彼の全集盤は勿論総ての音源を検索することができる。

僅か21歳の時にヘルマン・シェルヘンのアシスタントとしてハーバの微分音オペラ初演の下稽古を行った逸話は貴重だ。

シェルヘンが事実上彼に殆んど総ての仕事を任せていたことが、その後の現代音楽演奏のための修行にもなっている。

アンチェル一家がアウシュヴィッツに収容されて家族全員が殺され、奇跡的に彼1人生還を果たしたことは良く知られているが、一般にあまり知られていないエピソードも数多く紹介されている。

例えば最初の強制収容所テレジーンでは仲間達とかなり本格的な音楽活動ができたことが興味深い。

しかし実際にはナチスのプロパガンダ映画『総統はユダヤ人にひとつの街を贈った』の撮影に利用され、国際赤十字団の視察に当たってヒットラーの政策を正当化するための手段に使われた。

だからナチスは彼らがオーケストラを組織し、収容所の中にコンサート・ホールまで新設されるのを黙認していた。

この間アンチェルは足りない楽器や人員のためにスコアの編曲やその練習、コンサートのオーガナイズや本番の指揮も受け持っていた。

しかしそれが1日12時間の強制労働の余暇に行われたことを考えれば、彼らの音楽への飽き足らない情熱と意志がひしひしと伝わってくる。

戦後の楽壇への復帰も決して順調な道筋ではなかった。

ナチスから解放された後もチェコではユダヤ人への差別意識は変わらなかったからだ。

チェコ・フィルの首席指揮者はアンチェルの恩師ターリヒの後クーベリックが就任していたが、チェコの共産主義化を嫌って亡命する。

首席の選任に当たってはアンチェルとスメターチェクが候補にあがり、両者の演奏後に団員達の投票で決定することになったが、以前協演したオイストラフからの賞賛が文化大臣を動かし、投票なしで彼が首席の地位を得た。

ただ当初団員達の眼は冷たく、彼らの信頼を得るためにも尽力しなければならなかったが、最終的にはチェコ・フィルにターリヒ以来の黄金時代をもたらしたのはまさにアンチェルだった。

参考までに本家チェコ・スプラフォンからはアンチェル生誕100周年盤として2008年にDVDがリリースされている。

この中ではアンチェル自身がインタビューに応えている場面を挿入した約30分の伝記や、プラハの春音楽祭でのチェコ・フィルを指揮する勇姿も収録されている。

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classicalmusic at 23:06コメント(0)アンチェル 

2019年03月07日


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プラガ・ディジタルスからのレギュラー・フォーマットCDの新譜で、1951年から62年までのシャルル・ミュンシュ、ボストン交響楽団のコラボからフランス系作曲家の作品8曲を収録している。

ミュンシュの熱狂的ファンであればRCAからリリースされた86枚のボックス・セットを買い逃すことはできないだろうが、このプラガ盤も新規のリマスタリングで広い音場が得られ、解像度の高い極めて良好な音質に仕上がっている。

トラック6のサン=サーンスの歌劇『黄色の王女』序曲は、唯一モノラル音源だが充分に満足のいく鮮明な音に驚かされる。

3曲のライヴも雑音が少なく他のセッション録音とそれほど変わらないのが幸いだ。

ほとんどがRCA原盤で、アレクンサンドラ・エヴラールがリマスタリングを担当している。

尚RCA音源の他の資料と比較するとライナー・ノーツの録音データが微妙に異なっているものもあるが、そのまま下に写しておくことにする。

ミュンシュは特に標題音楽の演奏にかけて俄然そのデモーニッシュなカリスマ性を発揮して恐るべき音響を創造する。

冒頭のベルリオーズでは追跡されているようなスリルと切迫感が伝わってくるし、フランクの『呪われた狩人』での絵画的な情景描写とうねるようなダイナミズム、ドビュッシーの『祭』の大胆不敵なサウンド、またラヴェルの『ラ・ヴァルス』で速めのテンポの中に逸る鼓動のようなリズムを強調した表現などはまさに彼の独壇場だろう。

また、フォーレの美しい歌劇『ペネロープ』序曲、日本を題材としたサン=サーンスの歌劇『黄色い王女』序曲など、ミュンシュが得意としたフランス音楽の魅力を満喫させてくれる。

ミュンシュにぴったりと付き随うボストン交響楽団のアンサンブルの実力も最高度に発揮されている。

ここに収録された演奏を聴けばミュンシュがそれぞれの作品で如何に巧妙にクライマックスを築く術を知っていたかということに頷けるアルバムだ。

収録曲目及び録音データ オーケストラは総てボストン交響楽団
1)ベルリオーズ:劇的交響曲『ロメオとジュリエット』より「マブの女王のスケルツォ」(1961年4月23日)
2)フランク:交響詩『呪われた狩人』(1958年2月19日)
3)サン=サーンス:歌劇『黄色の王女』序曲Op.30(1951年1月15日モノラル・ライヴ)
4)同交響詩『オンファールの紡ぎ車』(1957年11月4日)
5)ドビュッシー:『夜想曲』より第2番「祭」(1962年)
6)フォーレ:歌劇『ペネロープ』前奏曲(1959年12月12日ライヴ)
7)ラヴェル:『ラ・ヴァルス』(1961年4月23日)
8)ルーセル:組曲ヘ長調Op.33(1958年3月8日ライヴ)

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classicalmusic at 21:33コメント(0)ミュンシュ 

2019年03月05日


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ワーグナーの手法を取り入れながら、ワーグナーとは対照的な音楽を作り出した点で、ドビュッシーは牴侶爿瓩鬟錙璽哀福爾亮縛から解放したと言えよう。

その意味で、『ペレアスとメリザンド』は20世紀の歌劇の先駆となったが、また、これほどフランス語のディクションの美しさを生かした音楽は少ない。

1956年のスタジオ・モノラル録音で、歌手陣の声は驚くほど生々しく採られているが、オーケストラは声楽に比較して音量自体が幾分小さめで後方から聞こえてくるような印象を与える。

その為、解像度に関してはそれほど期待できないが、管弦楽のみの部分ではバランスも良くボリュームも充分で、全体的にみると録音状態は決して悪くない。

クリュイタンスのドビュッシーは録音こそ少ないが、やはり彼のラヴェルと並んで極めつけの味わいがあり、『ペレアスとメリザンド』でも音楽の微妙な響きを見事に再現している。

彼の解釈は、ドビュッシーの意図に沿っている点で比類がなく、自己の個性のすべてを音楽の本質を生かすことに捧げ、それが純粋で美しい世界を生み出すことになった。

微かなアクセントで流れてゆく声にオーケストラが繊細な色彩を重ねてゆく、構造の隅々まで神経の行き届いた彼の解釈は、カタストロフに向かう劇と音楽の緊張感を、自然で美しい流れをもって作り出している。

彼の繊細かつダイナミックな指揮はフランス国立放送局管弦楽団から、このオペラ特有の幻想的な魅力を余すところなく引き出して、彼らのフランス音楽への強みを堪能させてくれる。

主役の3人に当時の第一線級『ペレアス』歌い(ジャンセン、スゼー、ロス・アンヘレス)を選んだことは特筆され、今日では貴重である。

全曲を通じて台詞のアクセントをそのまま楽譜に写し取ったような、いわゆるレチタティーヴォの連続でオペラが進行するので、指揮者の文学的素養と歌手の細かいニュアンスの表出がこの作品の出来を左右してしまう。

その中で第3幕の冒頭で歌われる、僅か1分程度の唯一のメリザンドのアリア『私は日曜日に生まれた』が無伴奏というのも象徴的だが、全曲を通じてロス・アンへレスの歌唱はメリザンドの可憐な儚さと神秘的な魅力を醸し出していて絶品だ。

またゴローを演じるスゼーの滑らかなバリトンの美声と性格役者としての実力も高く評価したい。

ペレアス役のハイ・バリトン、ジャンセンは往年の名歌手シャルル・パンゼラの高弟でもあり、この役柄を熟知した表現の巧みさが聴き所だろう。

クリュイタンス盤の繊細な表現と暖かい感触を持った演奏には、捨て難い情感があり、モノラル録音ながら、この曲の最高の演奏と言えよう。

当CDは1995年に英テスタメントによってデジタル・リマスタリングされたEMIライセンス・リイシューで、フランス語のリブレットに英語対訳つきだが、このオペラはメーテルランクの原作が殆どそのまま歌詞として採用されている為、日本語訳が欲しい方には岩波文庫の杉本秀太郎氏の対訳が便利だ。

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classicalmusic at 20:18コメント(0)ドビュッシークリュイタンス 

2019年03月03日


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ブラームスの交響曲第1番はブロムシュテットが我が国でも実演を何度と無く繰り返している十八番レパートリーだが、CDでは初登場のレパートリーとなる。

シュターツカペレ・ドレスデンのブラ1というのも、意外と少なくこれまでザンデルリンクだけではないだろうか。

演奏は誠実そのもののブロムシュテット流で、はったりこけおどし一切無しでここまで説得力がある名演はそうそうない。

氏も「いずれも現在の私の解釈とは全く異なるものの、ドレスデンとの美しい想い出の記録」とリリースを許可した。

冒頭からシュターツカペレ・ドレスデン特有の荘重なサウンドが響き渡る。

ブロムシュテットはオーケストラの持ち味を最大限に発揮させる指揮者だが、ここでも彼らの華美にならない音色が落ち着いたテンポ設定によって生かされている。

安直に言ってしまえば正統派以外の何ものでもないのだが、決して凡庸という意味ではなく、全曲に通じる構成力の確かさやダイナミズムの鮮やかな変化は、この作品に新しい生命を吹き込んでいるような生気を感じさせる。

第2楽章での硬質な抒情が歌われる中で、後半ペーター・ダムのホルンに支えられたコンサート・マスター、ペーター・ミリングのヴァイオリン・ソロも輝いているし、終楽章のコーダに向かって緊張を高める求心力も見事だ。

ブロムシュテットはこれまでに2種類のベートーヴェン交響曲全集を始めとして、シューベルト、ブルックナー、ニールセン及びシベリウスなどの交響曲全曲録音を果たしてきた。

しかしブラームスに関しては同じオーケストラでの全集はなく、第1番をシュターツカペレ・ドレスデン、第2番及び第4番はライプツィヒ・ゲヴァントハウスとの音源が存在するが、第3番が欠けている。

理由は分からないが、機会に恵まれなかったのだろう。

尚この音源は2009年にリリースされたディスクのリイシュー盤になる。

ライヴなので客席からの雑音が若干入っている。

録音状態はオン・マイクで採った良好なもので、それぞれの楽器のパートごとのアンサンブルも明瞭に聴き取れるが、全体的なバランスにやや偏りがある。

例えば中低音は豊かだがいまひとつ焦点がぼやけている。

またブラス・セクションに比較して弦楽の高音部が多少弱い。

これは当時使われた演奏会場、ドレスデンのクルトゥーア・パラストの弱点だろう。

1969年開場の1400名収容多目的ホールで大戦末期に空襲で大破したゼンパーオーパーが85年まで修復工事で閉鎖されていたので、クラシックのための音楽ホールとしても急場凌ぎに使われていた会場だ。

セッションであればルカ教会が理想的だが、録音データを見ると1991年6月7日のライヴなので、復帰したゼンパーオーパーはオペラ公演で塞がっていたのかも知れない。

現在このクルトゥーア・パラストも5年間かけて大改装され、2017年に大オルガンを装備した専用の音楽ホールとして再オープンしてドレスデン・フィルハーモニーの活動の本拠地にもなっている。

ブロムシュテット本人による英語、日本語、ドイツ語のライナーノーツも嬉しく興味深く読める。

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classicalmusic at 20:47コメント(0)ブラームスブロムシュテット 

2019年03月01日


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マーラーが生前、自作の最高の指揮者と認めていたのは愛弟子のワルターではなく、メンゲルベルクであった。

メンゲルベルクもまたマーラー作品の熱烈な支持者であり、擁護者、推進者であることを誇りに思うという相思相愛の仲だった。

メンゲルベルクはマーラーの、マーラーもまたメンゲルベルクの自作の演奏を誰よりも高く評価していた。

そのためこの録音は、異端視されるメンゲルベルクの録音の中では比較的多く聴かれている。

しかしメンゲルベルクのマーラーは極めて少なく、この交響曲第4番の他には第5番のアダージェットと、当録音と同日の「さすらう若人の歌」があるのみ。

第4番のアムステルダム初演はマーラー指揮コンセルトヘボウ管弦楽団で、1905年2月にはメンゲルベルク指揮の同楽団がハーグ初演を行った。

演奏は巧緻を極め、委曲を尽くした解釈であり、マーラーのロマンと感傷のすべてを音にしており、歴史的にも貴重な文献というべきだろう。

愛弟子ワルター以上にマーラーの高い評価を得た彼のマーラーの曲で、見事なテンポ・ルバートにまかせて、とりわけ情緒的な誇張はしていないのだが、その情緒を実に幻想豊かに生き生きとしたものにしている。

マーラーの表情の細かな変化は見れば見るほどうるさくなるような多様な変化をしているのだが、それを驚くほど微細に厳格にとらえていろいろ工夫しながらマーラーの求めた効果を出そうと努力している。

弟子であるというだけで、時にはとんでもないイモ演奏までも祭りあげられてしまう傾向は考えものだが、少なくともこの演奏は最高に面白い。

多分、マーラー自身もここまで大胆にはやっていないのではないかと思わせるほど、緩急自在、他に類のない濃密で個性的な音楽がつくられていく。

それはロマン的表現の極致であるが、マーラーは、メンゲルベルクの解釈を尊重していた。

それは作曲者の指示を存分に生かして表現的な音楽を作り出そうとしていたためである。

もっとも極端になると限度を越えているという印象をもつ人もあろう。

ところがそれが芝居とわかっていながら、そのなかに真実味を発見させ、結局は観衆を巻き込んでしまう名優に似て、メンゲルベルクの音楽は、その一種の毒が魅力的である。

冒頭からのけぞるような強烈なリタルダンドで始まるが、その後も大小さまざまにテンポを変え、それに弦楽器のポルタメントも加わり、むせるようにロマンが展開される。

その固い友情が、一夜にマーラーとメンゲルベルクの棒で第4交響曲を2度演奏する、などという前代未聞の演奏会を開かせたのである。

あのマーラー作品を指揮したメンゲルベルクによる交響曲の録音が「第5」のアダージェットを除き「第4」ひとつだけに終わったことは、返すがえすも残念なことである。

ナチスの台頭さえなければ、1940年代も記録がのこされていただろうにと思うとなおさらに。

しかし、この1曲だけでも、メンゲルベルクのマーラーの凄さは分かる。

コンセルトヘボウ管弦楽団のアンサンブルの強力さは、何より聖と俗がない交ぜになった音響がマーラーの本質とぴたりと重なる。

徹底した訓練によって様式美にまで究められた表現、ポルタメントやテンポルバートの1つひとつに真実が宿っていて、まるで工芸品のように美しいマーラーがここにある。

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classicalmusic at 20:52コメント(0)マーラーメンゲルベルク 
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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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