2019年11月

2019年11月30日


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クラウディオ・アバド(1933-2014)がミラノのヴェルディ音楽院を卒業した後、ピアニストとしてのデビュー時代から指揮者に転向するまでのレコーディング5曲が収録された1枚で、新規のリマスタリングがされた興味深い音源だが、音質は時代相応といったところだ。

1曲目のカンビーニのピアノ協奏曲のみがモノラルで、その他はまがりなりにもステレオ録音で採られている。

カンビーニは1954年、アバド21歳の演奏だが彼の繊細なピアニスティックな音楽性が良く表れている。

ピアニストとしての彼の殆んど唯一の音源という意味でも貴重だ。

指揮は彼の父ミケランジェロ・アバドで、恵まれた音楽家のファミリーで育った、成るべくして成った根っからの芸術家だったことが偲ばれる。

またイタリア風の明快なピアニズムとカンタービレを奏でる歌心は流石に借り物でないDNAを感じさせる。

バッハの編曲になるヴィヴァルディの4台のチェンバロのための協奏曲では、アバドは第4チェンバロを弾いているようだが、第2にブルーノ・カニーノ、指揮がアルベルト・ゼッダという豪華メンバーだ。

ゼッダはロッシーニの権威で新ロッシーニ全集を編纂してリコルディから出版した音楽学者でもあり、こうした交友関係がアバドにとっては将来を準備する重要な音楽的素地になったと思われる。

後半のタルティーニの3曲のヴァイオリン協奏曲は、指揮者としてのアバドの能力が既に開花した1962年の演奏で、ヴァイオリン・ソロはフランコ・グッリだ。

グッリのストラディヴァリウスを使った明るく艶やかで快活な演奏は、当時としても理想的な演奏だったことが想像されるし、現在でもこれだけのタルティーニを弾ける人は稀だろう。

アバドのサポートはソロを活かした控えめだが、一方でバロックの様式に則った充実した音楽性が聴きどころだ。

彼がピアニストとしての活動をやめてしまったのは、勿論オーケストラの指揮により強いモチベーションを持ったからだろうが、また友人ポリーニが1960年にショパン・コンクールの覇者になったことも影響したのかも知れない。

アバドはこのレコーディングの6年後にはスカラ座デビューを飾り、翌年には同歌劇場音楽監督、71年にはウィーン・シュターツオーパーの首席指揮者に就任する。

こうした輝かしいキャリアの開始がこのCDに示されている。

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classicalmusic at 12:56コメント(0)アバド 

2019年11月28日


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ルイ王朝時代の宮廷ガンバ奏者、マレン・マレの回想を描いた映画アラン・コルノー監督『めぐり逢う朝』自体は、フランスの作品らしく深い陰翳に包まれた瞑想的なストーリーが魅力的だ。

それ以上にサヴァルの音楽はそれに自在な空気感を与えて、ある時は更に陰鬱に、またある時は沈みがちなシーンに仄かな幸福感を醸し出しているのが秀逸だ。

作曲家同士の師弟の確執を扱った一種の音楽映画であることは事実だが、それは天才の生涯を美化しただけの一昔前の安っぽい作曲家の伝記映画とは一線を画した、主人公が犯した取り返しのつかない罪への後悔と内なる懺悔が恐ろしいほどのリアリティーで迫ってくる。

サヴァルが映画音楽を手掛けたのはこれが最初かも知れないが、ピリオド・アンサンブルによるサウンド・トラックが過去になかったものだけに、周到な選曲と古色蒼然とした音色が映像と離れ難く結び付いて、この作品には不可欠な一端を担っていることを認めざるを得ない。

このディスクでのそれぞれの曲の配列は映画の中のストーリーの進行とは無関係だが、曲順は決して脈絡のない編集ではなく、1枚のサウンド・トラック盤として完結した構成を考えたものだろう。

それ故第1曲を映画の半ばで、栄誉を極めたマレが演奏するリュリの荘重な『トルコ行進曲』で開始して、最後を映画冒頭で主演のジェラール・ドパルデューの顔のアップとともに流されるマレの『聖ジュヌヴィエーヴ・デュ・モンの鐘』で締めくくっていることで編集者の意図が容易に理解できるだろう。

あとは主にサント=コロンブとマレの作品から選ばれており、とりわけ映画で繰り返し流れるサント=コロンブの「涙」は、聴く者を深い瞑想の世界へ呼び込む。

むろん映画の諸場面を思い出しながら聴くのがよいけれども、まったく映画を知らなくても、フランス・バロック音楽、特にヴィオールの名曲集として楽しめるだろう。

13曲目は、マレのヴィオール曲集第4巻所収の「冗談」である。この虚無的な旋律が、サント=コロンブの娘マドレーヌとマレの愛の場面で使われていることは、ほどなく訪れるふたりの破局を暗示しているようで、なんとも忘れがたい。

素晴らしい音質が体験できるのも特徴で、サヴァルが自主レーベル、アリア・ヴォクスを立ち上げて以来、常にハイブリッドSACD盤をメインにリリースしている。

その理由は、自身ガンビストでもある彼がヴィオールのような繊細な音色を持つ古楽器の音の忠実な再生と臨場感に富むサウンドに逸早く着目したからに他ならない。

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classicalmusic at 13:20コメント(0)芸術に寄す 

2019年11月26日


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古い音源ながら新規の24bit/96kHzリマスタリングも良好で、ブルーレイ・オーディオの長所が良く出ている。

アナログ時代の名残でマスター・テープのヒス・ノイズが聞こえるにしても、音場がより立体的になり、それぞれの楽器の音像もかなり明瞭に聴くことができるし、低音から高音までのオーケストラのサウンドの拡がりも充分で、CDで初めてリリースされた時の音質より格段に向上している。

綴じ込みだがライナー・ノーツもしっかりしたコレクション仕様で、資料としての価値も高い。

またこれも既に指摘されているようにCDとの抱き合わせ商法ではなく、単独のブルーレイ・オーディオ・ディスクでの全曲リリースが好ましい。

ライバルのワーナーからはリマスター盤は集大成されたものの、高音質盤の方は二の足を踏んでいるのが惜しまれる。

この交響曲全集は1997年にドイツ・グラモフォン創立100周年記念として同社から刊行された全20巻87枚のベートーヴェン・エディションの第1巻に組み込まれた音源だ。

筆者自身は実はベーム、ウィーン・フィルの方を期待していたのだが、当時まだ帝王の威厳に輝いていたカラヤン盤が選ばれたのも、売れ筋から考えて当然と言えば当然の結果だった。

しかし改めて鑑賞してみると、確かに音楽的にも無駄がなく颯爽としたテンポ感やオーケストレーションの再現のスマートさは、幾らか頑固なまでにスコアに誠実なベームとは対照的であり、ベートーヴェン演奏の新時代を築いたディスクとしても強い説得力がある。

1960年代の全集は、ベルリン・フィルの芸術監督に就任して7年が過ぎ、フルトヴェングラーのオーケストラからカラヤンが自らの手中に収めつつある時期に、ベルリン・フィルにとっても最も重要なレパートリーであるベートーヴェンで自らの力と新生ベルリン・フィルを世に問うたもの。

この頃には既にカラヤンのスペクタクルなサウンド・スタイルは確立されていて、ここでもベルリン・フィルの実力を縦横に発揮させた濃厚なオーケストレーションが特徴的だ。

その表現は後の2度の録音より鮮烈で、彼のベートーヴェンの音楽に対する創造的な気概に満ちている。

トスカニーニの影響が強いなどと言われたこともあるが、今聴くとそこにあるのはやはりカラヤンの個性である。

しかもトスカニーニの亜流的な演奏とは画然と異なり、主観と客観が見事にバランスした演奏の清新な表現は今も説得力を失わない。

溌剌とした覇気とカラヤン特有の演出の妙が絶妙のバランスを保っていて、テンポにたるみがなく、表情は率直でむらがない。

ドイツ・グラモフォン社が持っていた新録音ではなく、この演奏を選んだ理由は演奏の質の高さだけでなく、よい意味でのスタンダード性からだろう。

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classicalmusic at 14:29コメント(0)ベートーヴェンカラヤン 

2019年11月24日


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G.Ph.テレマンの作品の中からトラヴェルソとヴィオラ・ダ・ガンバに因んだ8曲を収録したCDで、2001年にカナダのケベックで録音されアトマ・レーベルからリリースされた。

音質が極めて良好で楽器の特質をよく捉えた臨場感を体験できる。

タイトルのレ・ヴォワ・ユメーヌはこのアンサンブルの名称のようだ。

メンバーの中核は二人の女流ガンビスト、スージー・ナッパー及びマーガレット・リトルで通奏低音がエリック・ミルンズのチェンバロになる。

尚バルトールド・クイケンが使用しているトラヴェルソは1730年製のI.H.ロッテンブルグのコピーでピッチはa'=415だが、他のソリスト達の楽器については詳細が書かれていない。

ナッパー、リトルのコンビのアンサンブルは非常に良く練れている上に颯爽とした軽快さが感じられる。

しかもクイケンのトラヴェルソはいつものように決して重くならないので、どちらかというとモダン・バロックの響きが支配的だが、テレマンの音楽特有の喜遊性だけでなく、芸術的な深みにも欠けない優れた演奏だ。

2曲の無伴奏ファンタジーについては、クイケンは1972年に全曲録音をして以来新規にCDを出していないので、彼の近年の解釈の変化を知る上でも興味深い。

曲目はトリオ・ソナタの形式で書かれた『クワドロ』と名付けられたトラヴェルソと2つのガンバ及び通奏低音のための2曲のト長調の作品と、ガンバのための2曲の二重奏ソナタ、(この内の1曲は『カノン風』と題されている)、そしてトラヴェルソとガンバのためのソナタイ短調、トラヴェルソのソロ・ソナタホ短調、その他にニ長調とロ短調の無伴奏ファンタジーということになる。

テレマンは横笛のために膨大な作品を残しているが、またヴィオラ・ダ・ガンバを通奏低音から独立させてソロ楽器としても扱っている。

ガンバは伝統的にアンサンブルの形で使われていたが、サント・コロンブによってそのテクニックが飛躍的に高められたといわれる楽器で、テレマンもそのソロ性に着目している。

ここには収められていないが『パリ・カルテット』がその顕著な例でパリ滞在中に作曲されているのも示唆的だ。

トラヴェルソの柔らかい暖かみのある音色とガンバの雅やかな響きは非常に相性が良く、このCDではこうした特有の感性に焦点を当てた選曲に興味を惹かれる。

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classicalmusic at 12:35コメント(0)テレマンクイケン 

2019年11月22日


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シュターツカペレ・ドレスデンの首席ホルン奏者で、彼らと旧東ドイツ時代の典型的なピリオドを築き上げたのがペーター・ダムである。

この当時に聴くことのできるシュターツカペレ・ドレスデンの演奏は、ウィーン・フィル以上に感性に優しく心地よく響くサウンドを奏でていた。

このサウンドの要となっているのがペーター・ダムが奏するホルンで、金管楽器でありながら木管楽器・弦楽器をも融合する唯一無比の音と言えた。

この時代の東独の管楽器奏者としては異例のインターナショナルなソリスト活動を続け、その多くが幸いレコーディングによって残されている。

ダムはまたバロックから現代に至る広いレパートリーを持っていたが、彼の音楽性に裏付けられた柔らかい音色とホルンのあらゆるテクニックがフルに発揮され、この楽器の魅力を余すところなく披露しているのはロマン派以降の作品だろう。

2017年になって本家ベルリン・クラシックスがまとめた彼の6枚組ボックス・セットの選曲からは漏れているのが残念だ。

ダムは引退するまでに殆んどの録音をドイツ・シャルプラッテンに行っていて、そのうちソロ・アルバム2枚ほどが新規のリマスタリングによる日本盤でリリースされた。

当盤は2015年にキングから廉価盤化されているもののリマスタリング盤ではないようだ。

音質にやや雑身が感じられるのでリニューアルを期待したい。

このアルバムはダムの類い稀な演奏テクニックが縦横無尽に披露されていて、ペダルトーンから超高音に至る音域を恐るべき容易さで吹いている。

ヴェーバーの小協奏曲後半のポロネーズに入る前のカデンツァでは短いながらユーモラスなニ声部の重音奏法を聴くことができる。

一声部は勿論ホルンの音で、他の声部はダム自身の声だ。

シューマン以外は単一楽章の簡潔な作品だが、ヴェーバーは常に劇場的な効果を狙っていて豪快だし、ロルツィングではホルンの特性を活かした華麗なテクニックが繰り広げられる。

最後のシューマンの4本のホルンのためのコンツェルトシュテュックにはダムが第1ホルンを吹いた2種類の音源があって、ここでは他の曲目と同様ジークフリート・クルツ指揮によるシュターツカペレ・ドレスデンとの演奏を収めている。

尚同曲のフランツ・コンヴィチュニー、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスとの協演は6枚組の方に収録されている。

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classicalmusic at 12:40コメント(0)ペーター・ダムウェーバー 

2019年11月20日


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このCDはイタリアHMV音源のLP盤から板起こしした復刻盤で、LPと聴き比べてみたが全く遜色のないほど良好な音質が再現されている。

むしろリマスタリングでは本家EMIからリファレンス・シリーズとしてリリースされているCDを上回っている。

ただし後半の余白を埋めるために収録されたライヴからのオペラの序曲集及びレスピーギの『ローマの噴水』に関しては音源自体が古く、また経年劣化でマスター自体がかなり消耗しているために音質的には期待外れだった。

ヴィクトル・デ・サーバタの数少ないスタジオ録音のひとつだが、プッチーニの『トスカ』と並んでスコアから横溢するドラマを引き出す彼の恐ろしいほどの鋭い洞察力と、ソリスト、オーケストラ、コーラスを一瞬の弛緩もなく緊密に統率する非凡な手腕が示された名演。

1954年にミラノ・スカラ座管弦楽団及び合唱団を振ったモノラル・セッション録音で、当時こうした大世帯の音響を許容するだけの録音技術がまだ充分に開発されていなかったために音質ではそれほど恵まれていないが、音楽そのものからは強力なメッセージが伝わってくる演奏だ。

4人のソリストの中でも驚かされるのはシュヴァルツコップの後年には聴かれないような大胆で奔放とも言える歌唱で、おそらくこれは指揮者デ・サーバタの要求だと思われる。

後半の『リベラ・メ』のドラマティックな表現や『レクイエム・エテルナム』で聴かせる消え入るようなピアニッシモの超高音も彼女の並外れたテクニックによって実現されている。

また『アニュス・デイ』でのドミンゲスとの一糸乱れぬオクターヴで重ねられたユニゾンの張り詰めた緊張感の持続が、最後には仄かに明るい希望を残していて極めて美しい。

テノールのディ・ステファノはライヴ演奏でトスカニーニにも起用された『ヴェルレク』のスペシャリストで、彼の明るく突き抜けるような歌声は宗教曲の演奏としては異例だが、ベルカントの泣き節たるこの作品ではすこぶる相性が良い。

第10曲『インジェミスコ』の輝かしさは教会の内部より劇場空間での歌唱でこそ圧倒的な効果を上げる一種のオペラ・アリアであることを端的に証明している。

バスのチェーザレ・シエピについて言うならば、この曲のバスのパートをこれだけ完璧なカンタービレで歌い切った例も少ないだろう。

その深々として練り上げられた声質はア・カペラの重唱においても音程が正確で、他の歌手と共にヴェルディが書き記した微妙に移り変わる和声のモジュレーションを明瞭に追うことができる。

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classicalmusic at 13:41コメント(0)ヴェルディシュヴァルツコップ 

2019年11月18日


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バッハを「雲上に君臨する聖者」と称え、「神の子の苦しみ、キリストの救済史を自己の魂において深く体験し、最後の、最大の受難曲《マタイ受難曲》において一つの巨大な創造的事業を成し遂げた人物」と語ったのは、一世を風靡した巨匠ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)である。

フルトヴェングラーは時代的には後期ロマン派の出であると共に、すぐれた学者・教育者の家系に生まれ、音楽好きでブラームスやシューベルトを尊敬していたブラームスやシューベルトを尊敬していた父の専門の考古学を始め、さまざまな学問分野に関心を寄せた、近代ドイツの典型的な知識人であった。

そうした幅広い教養を土台としたフルトヴェングラーの芸術家としての生い立ちには、少年時代にバッハのマタイ受難曲を聴いたことと、16歳の時にフィレンツェに滞在してミケランジェロの彫刻に出会ったことが、その成長に本質的な影響力を及ぼした二つの原体験であったといわれる。

カーライルの『英雄と英雄崇拝』やロマン・ロランの『ミケランジェロ』などから知られるように、それは彼の世代の中で心ある人々が共通の体験としてもっていた、あの創造する英雄的人間への強い憧れの目覚めであり、そしてまたその英雄的悲劇性への開眼であった、といえるのではなかろうか。

少なくともバッハの受難曲の解釈に関しては、19世紀後半から第一次世界大戦までのこの時期では、偉大な「神人イエス」を主人公とする受難の悲劇という視点が主流を占めていたから、こうした視点での演奏によるマタイ体験が、あのダビデ像やピエタに象徴されるように偉大な人間の悲劇性とそれをめぐる悲壮美と悲哀感の無比な表現を「冷たく客観的な」石材から呼び起こしたミケランジェロ芸術への共感へとつながって行った必然性が、筆者にはよくうなずけるように思われる。

後年フルトヴェングラー自身がバッハのこの大作について語った次のことばも、そのことを裏付ける。

「神の子の苦しみ、キリストの救済史(のドラマ)を自己の魂において深く体験し、最後の、最大の受難曲においてあの巨大な作品を創造することのできた人間、これがバッハなのだ。この大曲は、少なくとも第一音から最終音に至るまで作品に一貫するあの印象深く巨大な情念の統一性に関する限り、ロマン派時代の記念碑的作品であるヴァーグナーのトリスタンにのみ比せられるべきものであろう」(1948年、『音と言葉』芦津丈夫邦訳により一部改訂)。

そして彼の哲学的音楽観は、そのマタイの音楽の中に客観的、叙事的平静さと主観的、激情の両素が「模倣しがたい独自な仕方で結合している」ことを認識した。

その認識に立脚しつつ、神人イエスの受難と死の救済史に一貫するオラトリオ的・ドラマ的情念の統一性(いまかりにこれを「神的英雄の受難と死をめぐる悲劇性のパトス」と呼んでおく)を表出しようとした真摯な試みが、教会外の場で上演されたフルトヴェングラーのこのマタイ受難曲のユニークな特色ではなかろうか。

バッハ自身はすべて赤インクで記入した福音書聖句の一部省略を始め、アリア、コラールなどの省略も、単に時間上の制約というよりは、そうした悲劇的パトスの一貫性をより明確に打ち出そうとするこの指揮者の天才的直覚と曲全体のドラマ的把握から必然的に生じた行為だったといえよう。

しかし時代は二つの大戦の惨禍を経て、福音書をイエスという一人の宗教的天才の言行録と見る後期ロマン派的自由主義的神学(そこでは聖書の抜萃とその宗教史的、哲学的釈義が重視された!)が、神の主導権とキリストにおける福音の啓示の絶対性を主張する弁証法神学に、そしてまた様式史的、編集史的聖書教義の登場に席を譲らざるをえない情況となった。

そこからバッハを見直すとき、「原始キリスト教の信仰の本質こそが、バッハ自身にとって、未だに完全に自覚された生の基盤であり、魂の糧であった。そこでもし神学の語が、真のキリスト教信仰が自己自身によって立つ実質への自覚と反省への営みを意味するとすれば、バッハは神学の人であったといわねばならない。彼はベートーヴェンのような宗教性の音楽家たるにとどまらず、またブルックナーのようにナイーヴな教会的信仰の人でもなかった。バッハの神学的思考と洞察の枠外れのエネルギーは(カントやヘーゲルなどの思想よりももっと深く人の心を震撼し(シュヴァイツァーの言)、彼の音楽活動の全領域に充溢していて、そのどんな片隅に触れても純粋な生命力として吹き出して来るのである(ハンス・ベッシュ「バッハと終末論」1950年より)。

ルターの説いた十字架の神学をその神学的思考の核心に据えたバッハ音楽。

かくしていぜん大きな未開拓の世界を内蔵したマタイ受難曲は、その後の歴史的主義的復古演奏の試行錯誤を経て、たぶんその基盤の再発掘を含めて、また作品全体の新たな統一的構造の把握に(例えば礒山雅氏はこれを「慈愛の構造」として把えようとする(『バッハ=魂のエヴァンゲリスト』173項以下)到達するように、現代の私たちに呼びかけ、さし招いているのである。

そして巨匠フルトヴェングラーは、その生涯の最後に、この人独自の全体的統一性の把握に基づくマタイ受難曲のライヴ録音(1954年4月14/17日。同年11月30日に68歳で逝去)を後世へのよき励ましとして、また時には反面教師の意味でも何よりも貴重な精神的教訓として残していってくれたのである。

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classicalmusic at 14:11コメント(0)バッハフルトヴェングラー 

2019年11月16日


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ドイツ・グラモフォンからは既に25枚組のピエール・フルニエ・エディションがリリースされている。

その中から先ずバッハの無伴奏チェロ組曲がブルーレイ・オーディオ化され、そして今回ベートーヴェンのチェロとピアノのための全作品集が加わった。

しかしここでもレギュラー・フォーマットのCD2枚と抱き合わせのセットになっている。

小出しに高音質化をしていくところにユニヴァーサルの商売気が感じられないこともないが、24bit/192kHzでリマスタリングされたブルーレイで聴く限り音質はやはり向上している。

両者の音像が広がり過ぎず、中央に位置するチェロとやや右側後方のピアノのバランスが奥行きを感じさせながら、まとまりの好い状態で再生される。

チェロのソロは確かに解像度が高く、今まで聴き逃していた微妙な擦弦音や表現の変化も聴き取ることができる。

一方ピアノは従来のCDではいくらかきつく感じていたところも硬さがとれて光沢のある、よりまろやかな響きになっている。

それによってグルダの軽快なウィーン流の奏法も更に快活に聴こえてくる。

このセッションが行われたのは1959年で、録音会場はウィーンのムジークフェライン・ブラームス・ザールである。

この時フルニエは52歳の円熟期で表現力とテクニックにおいても全盛期を迎えていた。

グルダはその頃29歳で新進気鋭の若手ピアニストだった。

このベートーヴェン作品集は彼らの最も充実した時期の、自由闊達な中にも幸福感を感じさせる演奏だ。

フルニエはこの6年後にもケンプと組んで同じ曲集をパリのプレイエル・ホールで再録音している。

どちらか一方を選択するとすれば、筆者個人としてはグルダの若さと覇気が絶妙な雰囲気を醸し出しているこちらをお薦めしたい。

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classicalmusic at 13:25コメント(0)フルニエグルダ 

2019年11月14日


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このディスクがリリースされた当初からの愛聴盤で、1997年の録音になる。

その頃無伴奏トラヴェルソのための曲集と言えば、バルトールド・クイケンがオリジナル楽器のG.A.ロッテンブルグを演奏して録音をしたテレマンの『無伴奏フルートのための12のファンタジー』が唯一で、これは当時としては異例に早い1978年のセッションだった。

しかしその後無伴奏の作品のみを集めた企画は、採算性の都合もあって制作されなかったのが実情だろう。

演奏者のベネデク・チャーログはハンガリーの中堅トラヴェルソ奏者で、既にこれまでにも数多くのCDをリリースしている。

その中には普段あまり聴くことができないJ.Ch.バッハの6曲のソナタやコレッリのヴァイオリン・ソナタからの18世紀の編曲版など興味深いものが多い。

この曲集では中心に大バッハの『無伴奏フルートのためのパルティータ』及びC.Ph.E.バッハの『無伴奏フルートのためのソナタイ短調』という、トラヴェルソ用のピースとしては音楽的にも、また技術的にも最高度の表現を要求される2曲を置いて、その他にテレマンの『ファンタジー』から6曲、クヴァンツの組曲とJ.Ch.フィッシャーの『メヌエットのテーマによる変奏』が収録されている。

尚クヴァンツの組曲は独立して書かれたものではなく、彼の『初心者のための練習用小品』からホ短調の舞曲を5曲組み合わせたものになる。

チャーログは音楽的な中庸をわきまえた堅実なテクニックを持った演奏家で、彼の師クイケン譲りのごく正統的で飽きのこない解釈とその再現に特徴がある。

彼がこの録音のために使用している楽器は全曲ともA.G.ロッテンブルグ製作の1745年モデルで、インスブルックの古楽器製作者ルドルフ・トゥッツの手になるコピーだ。

このトラヴェルソは後期バロックを代表する名器で、転調にも比較的強くスケールにもバランスのとれたオールマイティな性能を備えているが、どちらかというとこうした曲目には音色がいくらか軽めで、またf'''音が出しにくい欠点がある。

この音はC.Ph.E.バッハの『ソナタ』に3回現れるが、チャーログは巧妙なテクニックでカバーしてこの難音をクリアーしている。

一方大バッハの『パルティータ』の「アルマンド」には最高音のa'''が使われている。

この演奏で彼は後半部の繰り返しを省略して1回だけに留め、不釣合いな2回の音の突出を回避している。

これらの曲はクイケンやハーゼルゼットなどの大家が、より適したモデルのトラヴェルソを使って演奏しているので、楽器の選択という点でこのセッションが理想的というわけではないが、デビューしたばかりの若手の演奏家の一途な情熱が感じられるところを高く評価したい。

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classicalmusic at 12:05コメント(0)バッハテレマン 

2019年11月12日


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シュターツカペレ・ドレスデンの常任指揮者だった頃のシノーポリは、新ウィーン楽派の3人の作曲家の作品を集中してレコーディングした。

それらは単独でもセット物でも既に全曲リリースされているが、今回EMIのバジェット・ボックス・シリーズでのリイシューで全8枚が纏められて復活した。

イタリア人の指揮者としては珍しい企画だが、ヴェネツィア生まれの彼はウィーンで音楽家としての研鑽を積んだ人でもある。

また医師としてもこの時代のウィーンの精神医学的解釈と楽理との整合性の実証を試みた独自の音楽語法が興味深い。

54歳という指揮者としては道半ばで早世したシノーポリの功績を顧みるのに相応しい曲集だ。

シェーンベルクとその直系ベルク、ヴェーベルンの作品は一見革新的音楽理論を振りかざした難解な曲に見えて、初期の頃は共通して後期ロマン派の残照とでも言うべき、世紀末的な喘ぐようなカンタービレを残している。

それはシノーポリの持つラテン的な感性とは決して無関係ではなく、新ウィーン楽派の軌跡を辿る上でも無視できない作品群と言えるだろう。

勿論3人の作曲家が開拓した楽理とシノーポリの音楽的発想を理解するに越したことはないが、はっきり言って筆者には精神医学的解釈などはさっぱり解らない。

だが実際響いてくる鮮烈なサウンドにはそれを補うだけの魅力があることも確かだ。

シュターツカペレ・ドレスデンもゼンパーオーパーのオーケストラ・ピットに入る楽団だけに、アンサンブルの巧さだけではなく、融通の利く柔軟性が効した作品群を生き生きと再現している。

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2019年11月11日


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ワシントンの米議会図書館附属クーリッジ・ホールで1971年12月3日に催されたコンサートからのライヴ録音になる。

シェリングとグラフマンはその前年にも既に同ホールにおいて、『クロイツェル』を含むベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタのリサイタルで協演しており、こちらのライヴも同じブリッジ・レーベルからもう1枚のディスクでリリースされている。

ホールの音響がドライで、演奏者に接近した採録の為か音質は明瞭で生々しい。

欲を言えば適度な残響が欲しいところだが、この時代のライヴ録音としてはかなり良好なものだろう。

当日の伴奏者ゲイリー・グラフマンは、ソリストをそつなく支えてその長所を生かすというタイプではなく、曲の解釈に積極的に介入するピアニストだ。

2人の相性は決して最良とは言えないが、彼に触発されてかシェリングのソロは何時になく激しく、端正でマイナス面を出さない完璧主義者という、普段の世評とは裏腹のスリリングなライヴに仕上がっているのが興味深い。

とかくスタジオ盤ではやや物足りないところのあるシェリングだが、やはりライヴでは燃焼度が高い。

シェリングのヴァイオリンは、豊かな芳香の音色で伸びやかに歌うが、決して演奏家の恣意に陥ることなく、熱気をはらんで作品に深く食い入っていく強さも感じ取ることが出来る。

ここで聴けるブラームス、シューマン、ベートーヴェンと、彼のレパートリーの核をなす作曲家のグイッと迫り来る演奏には、誰もが魅了されてしまうだろう。

どの曲も独特の緊張感が漲った聴き応えのあるものだが、特にシューマンのソナタイ短調でのうねるような曲想の流れに感情の起伏を横溢させた表現が秀逸。

アンコール・ピースとしてはベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調から第2楽章、そして最後に置かれたモーツァルトのソナタハ長調からのロンドは1970年のライヴより取られたものだ。

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classicalmusic at 14:49コメント(0)シェリング 

2019年11月10日


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キルステン・フラグスタートが彼女のキャリアの終焉にデッカに録音した音源を10枚のCDにまとめたもので、世紀のワーグナー・ソプラノの晩年の演奏を知る上では貴重なセットだ。

確かに彼女は当時まだ強靭な美声を維持していたし、歌い崩すこともなく、その年齢の割には真摯な歌唱だが、さすがに声とテクニックの衰えは否めない。

長年に亘って声帯を酷使するワーグナーをレパートリーにしていた歌手としては驚異的な歌手生命を保っていたことは事実だが、彼女が58歳で引退を決意した理由は、自分の声の老化を彼女自身が一番良く知っていたからに違いない。

ちなみにこのセットの録音は、彼女が公式の舞台から引退した1956年から翌57年にかけて行われている。

もしフラグスタートの全盛期の芸術を堪能したいのであれば、ニンバス・レーベルのプリマ・ヴォーチェ・シリーズの鑑賞をお薦めする。

勿論このCDの中ではクナッパーツブッシュ指揮、ウィーン・フィルとの『ヴェーゼンドンクの歌』やワーグナーの楽劇の中からのアリア集、あるいは故郷のノルーウェイ歌曲集などでその至芸を窺い知ることができる。

フラグスタートのファンであれば重要なコレクションに成り得るだろうし、また近年器用だが小粒な歌手が多い中で、彼女のようなスケールの大きい声楽家は稀で、ワーグナーの楽劇マニアであれば聴いて損のない優れた演奏だ。

この10枚に収められた曲目は既にオーストラリア・エロクエンス・レーベルから単独でリリースされていたものをセット化したリイシュー盤で、初出の音源は含まれていないが、ほぼ半分ほどがステレオ録音で音質も良好だ。

ミドル・プライスの廉価盤ではあるが、価格的にもう少し低く抑えることができたと思う。

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classicalmusic at 12:07コメント(0)ワーグナークナッパーツブッシュ 

2019年11月09日


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ジュリアス・カッチェンが1962年及び64年に当時の西ベルリン・ランクヴィッツ・スタジオで録音した音源で、ここに収められた18曲のうち6曲はファースト・リリースとなっている。

ドイッチュラント・ラジオの放送用に制作されたオリジナル・テープ自体は経年劣化も殆んど感じられないが、今回のリマスタリングで極めて良好な音質が蘇っているのもセールス・ポイントだ。

ピアノの音色に輝きとまろやかさが再現され、ヒス・ノイズもごく僅かで無視できる程度に抑えられている。

またどこにも表示されていないが、一通り鑑賞した限りでは全曲ともかなり質の良いモノラル録音になる。

1969年に42歳で夭折したカッチェンの芸術を知る上でも、状態の良い初出音源がリリースされたことは高く評価したい。

彼の演奏にはダイナミクスの幅広さや切れ味の良いヴィルトゥオジティが理知的にコントロールされる部分と、それとは対照的なリベラルで突き進むような即興性を身上としている。

猛進するようなスリルと抑制された歌心が統合された斬新さと濃密なピアニズムが彼の演奏の魅力と言えるだろう。

また常に音楽を明晰に描き出すことを心掛けたピアニストだったために、ごくスタンダードな曲目でもフレッシュでオリジナリティーに富んだ解釈によって新たな価値を見出している。

リストのソナタは速めのテンポで、構想的というよりは即興的な趣があって、稀に見る集中力と名人芸によって凝縮されたリストの音楽を手の内に入れている。

当然だろうがブラームスの方がより思索的で、多様でロマンティックなドラマ性の表出に驚かされる。

またベートーヴェンの『銅貨を失くした憤慨』ではカッチェンの軽妙でコミカルな表現が作曲家のひねくれたユーモアをイメージさせて愉快な演奏だ。

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classicalmusic at 14:22コメント(0)カッチェン 

2019年11月08日


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グスタフ・レオンハルトが晩年に行ったセッションで、ディアパソン・ドールに選出された1枚。

作曲家アントワーヌ・フォルクレ(1671-1745)はルイ14世時代に宮廷楽団で活躍したヴィオールの名手で、実際には彼が遺したヴィオールのための組曲を死後息子のジャン=バティスト・フォルクレ(1699-1782)がクラヴサン独奏用にアレンジして出版した曲集になる。

曲想はこの時代特有の典雅なおおらかさに秘められた情熱と爛熟した王朝文化の手慰み的な倦怠感を共有している。

レオンハルトのこうした曲趣への共感と彼の円熟期の非凡な感性によって味わい深い音楽が醸し出されている。

録音は2005年6月に古楽演奏ではしばしば使われるベルギーのフラヴィンヌ城で行われ、使用楽器はデジパックの内側に写真も掲載されている。

エムシュが1751年に製作した二段鍵盤を持つ大型チェンバロで、共鳴胴の蓋の内側は絵画で美しく飾られたロココ趣味のヒストリカル楽器だ。

録音状態は極めて良好で、チェンバロが目の前で響いているような繊細かつ精緻な音色が再現されている。

それぞれの曲目の調性が書かれていないのでピッチも分からないが、当時の音律が採用されていることは聴き取れる。

製作者エムシュはこの時代の音楽的な趣味を敏感に楽器の音色に反映させているので、フランス・バロックの室内楽を鑑賞するには理想的なセッションのひとつと言えるだろう。

ディアパソン自主制作のCDは演奏の質において鑑賞する側にとっては非常に優れたヒントを与えてくれるところが有難い。

このアルバムの装丁はごく簡易な見開き2面の雑誌の付録のような紙ジャケットで、そのコレクション的な存在感と保存という面ではいくらか弱点がある。

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classicalmusic at 13:48コメント(0)レオンハルト 

2019年11月07日


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ヨーロッパの音楽史を辿ったレーベルでは草分けのアルヒーフが今年創業66周年と言うことで、既にCD55枚組の箱物もリリースされている。

70周年を待てなかったところにミュージック産業界の熾烈なサバイバル戦が窺われる。

それはともかくとしてサンプラーとしてカタログと抱き合わせになったこのCDは、1970年代にレーベルの主力を担ったトレヴァー・ピノック率いるイングリッシュ・コンサートの興味深いイギリスの作曲家の作品集で、普段はそれほど聴く機会に恵まれない曲目がピックアップされている。

それらの様式や曲種にはイタリア・バロック、特にコレッリの影響が色濃く表れているが、それは彼と交流のあったヘンデルや彼の弟子だったジェミニアーニがイギリスに渡って彼の音楽を広めたためで、当時のロンドンやダブリンでは非常にもてはやされたスタイルだったようだ。

このCDでも4曲目の合奏協奏曲ニ短調は、ジェミニアーニが師の作曲したヴァイオリンと通奏低音のための『ラ・フォッリーアの主題によるヴァリエーション』を弦楽合奏用にアレンジしたものだ。

最後に置かれたエィヴィソンの合奏協奏曲第2番は、ドメニコ・スカルラッティのチェンバロ用作品の編曲物になる。

ピリオド楽器のアンサンブル、イングリッシュ・コンサートはこの時代に彼らのキャリアの最盛期を迎えていた。

若き日のピノックとヴァイオリニストでコンサート・マスターを務めていたスタンデイジの意欲的な活動を示した貴重な記録だ。

当時古楽の故郷と言われていたオランダを中心とするネーデルランド系のアンサンブルの荘重さとは対照的に、軽快で颯爽とした耳に心地良い響きを楽しませてくれた彼らには鮮烈なイメージがあった。

ピッチは現在より半音ほど低いa'=415を採用している。

尚別に付いているカタログは95ページあり、12ページ以降に全ジャケットのカラー写真付で3種類のDVDを含む合計409点のディスクが紹介されている。

また現在入手できるものについては、CDあるいはダウンロードの表示がつけられているのは親切だ。

音楽史や古楽に興味のある方に手軽な試聴盤としてお薦めしたい。

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classicalmusic at 12:24コメント(0)ピノック 

2019年11月06日


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このディスクにはオランダのトラヴェルソ奏者ウィルベルト・ハーゼルゼットの演奏によるバッハの無伴奏チェロ組曲第1番から第3番までの3曲と、無伴奏フルートのためのパルティータイ短調の都合4曲が収録されている。

この中でバッハがトラヴェルソ用に書いた作品は後者の1曲のみで、その他はハーゼルゼット自身の編曲になる。

チェロ組曲はその優れた対位法的な骨格から他の楽器でもしばしば演奏される曲集で、フルート用にアレンジされた楽譜も出版されているが、それは現代のベーム式フルートのために編曲されたものだ。

バロック時代のトラヴェルソで演奏する場合にはその調性に適った選曲と音域に合わせて手を入れることが不可欠になってくる。

ここでは6曲の組曲の前半3曲が選ばれ、ハーゼルゼットのアレンジによって、和音を分散形にしたり音域を適宜オクターヴ移動させることによって原曲の持ち味を活かしながら、楽器に無理のない音楽表現ができるように工夫されている。

編曲物であってもバッハの音楽の普遍性とその融通性に改めて納得させられる演奏だ。

使用楽器は組曲ト長調BWV1007にはクヴァンツのポツダム・モデルを使用している。

これは2キー・タイプでピッチはa'=387Hz、ニューヨークの製作家C.フォルカース&A.ポウェルの手になるコピーだ。

また組曲ロ短調BWV1008ではベルギーのデ・ヴィンネのコピーになるデンナー・モデルのワン・キー・タイプでこちらのピッチはa'=392。

そして組曲ハ長調BWV1009及びパルティータBWV1013はアラン・ヴェーマルス製作のI.H.ロッテンブルグのワン・キー・タイプというように楽器の選択にもかなり凝っている。

それはそれぞれの曲の調性と音域に見合ったトラヴェルソの機能を充分に発揮させるためにハーゼルゼットが使い分けたためだろうが、結果的に三種の笛の音色を堪能できるという趣向にもなっている。

最後に置かれたパルティータイ短調は第1楽章のアルマンドでトラヴェルソの最高音a'''が出てくる難曲だが、ハーゼルゼットは後半部の繰り返しを省略して、最後の最高音を老獪とも言える絶妙なテクニックで消え入るように演奏している。

この方法によって、この音だけが突出して組曲としての継続感を妨げることを避けている。

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classicalmusic at 12:08コメント(0)バッハ 

2019年11月05日


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一昨年亡くなったチェコの女流チェンバリスト、ズザナ・ルージチコヴァーの追悼盤で、LPに付属したDVDにはゲッツェルズ監督によるドキュメンタリー映画が収録されていて、彼女が晩年のインタビューで答えた過酷な人生が多くのクリップや写真と共に語られていて感動を禁じ得ない。

彼女は一部を除いて英語で話しているが、日本語の字幕スーパーも付けられている。

この字幕に関してはいくらかやっつけ仕事的なミスも散見されるが、大意は問題なく理解できる。

差別と貧困のなかでも彼女が捨てることがなかったのは人間愛と音楽への情熱で、その隠された不屈の闘志とも言うべき強さを生涯持ち続けたことは驚異的だ。

彼女はその理由として幸福な家庭に生まれたことを忘れず、そして良き夫に恵まれたことを挙げている。

またルージチコヴァーの薫陶を受けた若い音楽家達が、その芸術を受け継いでいるのも頼もしい限りだ。

彼女は同郷の指揮者カレル・アンチェルと同じくアウシュヴィッツから命からがら生還を果たしたが、その幸運も束の間でスターリン体制の下で再び屈辱的な生活を余儀なくされる。

また18歳からのピアノ・レッスンの再開は、先生からも見捨てられた状態だったと話している。

ユダヤ人差別は決して終わったわけではなく、予定されていたアンチェルとの協演は、ひとつの楽団に2人のユダヤ人は多過ぎると当局に阻止されてしまう事件も象徴的だ。

1968年にはソヴィエト軍のプラハ侵攻によって再び厳しい統制が敷かれ市民の生活が当局の監視下に置かれた時、彼女はまたしても過去の時代の到来を感じずにはいられなかった。

アンチェルが亡命を決意した理由も良く理解できる。

こうした状況の中でルージチコヴァーはチェンバリストとしての道を決意し、ミュンヘンのコンクールに優勝して西側からの招聘に応じて演奏活動を始める頃からようやく音楽家としての運が開けたようだ。

彼女はエラートからの提案でバッハのチェンバロのための全作品の世界初録音を完成させた。

後にスカルラッティのソナタ全曲のオファーも来たが、その大事業を始めるには遅すぎた、再びチェンバリストに生まれたら是非スカルラッティも全曲録音したいとユーモアを交えて語っている。

時代に翻弄され人生の辛酸を舐め尽くした音楽家として信じられないくらいのバイタリティーと豊かな音楽性、そしてなによりも厳しくも温かい人間愛を伴った演奏を遺してくれたことを心から感謝したい。

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classicalmusic at 12:11コメント(0)バッハ 

2019年11月04日


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現在流通していないボーナスDVD付のCDは『ナポリのフォッリーア1725年』と題されていて、同年アレッサンドロ・スカルラッティと知己を得るためにナポリにやって来たクヴァンツが、奇しくも笛の音楽をイタリアに広める結果になり、その影響下に作曲された笛と弦楽のための作品7曲が収録されている。

ここでは総てナポリで活躍した作曲家を扱っていて、当時ナポリ派オペラ全盛期の音楽都市としての盛んな創作活動に加えて、笛の音楽が如何に親しみを持って当地に迎え入れられたか想像に難くない。

因みに1725年のナポリの手稿譜には既に24曲の笛のための協奏曲が残されているそうだ。

リコーダー・ソロとバロック・アンサンブルの指揮を兼ねるモーリス・シュテーガーは既にいくつかのCDをリリースしているスイスのリコーダー奏者だが、人間的な情感の総てを笛に託して表現することができる逸材だ。

それぞれの曲に対するその柔軟なアプローチと表現力や情緒の豊かさ、またそれを実現するテクニックの巧みさも特筆される。

そしてナポリという混沌とした文化の坩堝の町のイメージからか、彼の演奏も更に自由闊達になって、題名どおりまさに常軌を逸した狂気の雰囲気さえ醸し出している。

約26分ほどのDVDではアンサンブルの合わせと録音風景及びシュテーガーのインタビューが収められているが、彼がどれほど南イタリアの音楽、特にナポリのそれに情熱を持って取り組んでいるかが興味深い。

それは当時の北ヨーロッパの音楽に比べれば熱狂を伴った一種のカタルシスだったに違いない。

またアリア風のカンタービレがリコーダーにとっても如何に重要であるかも熱弁している。

ここで踊るようにリコーダーを吹く彼の演奏姿も印象的だ。

この映像では演奏されているひとつひとつの古楽器も美しく撮影されているが、シュテーガーは通奏低音に通常使われるチェンバロ、オルガン、アーチリュート、テオルボ、バロック・ギターの他にプサルテリウムを取り入れている。

チェンバロの原器とも言われ、特殊なマレットで叩く弦を張った共鳴板を持っていて、その音色には東洋的な神秘さがある。

東方からも多大な影響を受けていた港町ナポリならではの響きの再現だろう。

彼の仕様楽器はデンナー、ブレッサンなどのモデルでリコーダーの数だけでも6本になる。

尚ピッチと調律はa'=415,1/6ミーントーンの表示がある。

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classicalmusic at 12:09コメント(0)スカルラッティ 

2019年11月03日


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2016年がアルテュール・グリュミオー没後30周年に当たり、逸早くユニヴァーサル・イタリーからリリースされたのがフィリップス音源のモーツァルト演奏集を網羅した19枚のバジェット・ボックスだ。

グリュミオーがレパートリーの中でも最も得意とした作曲家の一人がモーツァルトであったことは疑いないが、彼は何よりも美音家として名を馳せた。

洗練された甘美で豊潤な音色を武器に、スタイリッシュな奏法を駆使して一世を風靡した演奏は現在でもその輝きを失ってはいない。

確かに現代のヴァイオリニストの演奏に比べれば、協奏曲でのポルタメントを随所にかけたやや官能的でロマンティックな解釈は時としてモーツァルトらしくないかも知れない。

しかし彼の持っている洗練された音楽性が、自然にその曲想に反映するような音楽においては最良の効果を発揮する顕著な例がこのモーツァルトだ。

それは同じ世代のヴァイオリニスト、シェリングとは好対照を成していて興味深い。

後者の場合は自然発生的な音楽の発露としてではなく、むしろ構築され練り上げられていく表現だからだ。

確かにポルタメントをふんだんに取り入れた、ロマンティックなグリュミオーの歌い口は、たとえ彼が当時モーツァルトのスペシャリストであったとしても、来たるべき時代のモーツァルトの解釈とは言えないだろう。

しかしそれは独特の説得力があり、理屈抜きで彼の奏法に引き込んでしまう魅力を持っている。

特に黄金のコンビだったクララ・ハスキルとのソナタ集や2種類の協奏曲集は至高の名演として不滅の輝きを放っている。

その他にも、自らグリュミオー・トリオを率いてウィリアム・ベネットと組んだフルート四重奏曲や弦楽五重奏曲などは、音楽として先ず完璧に美しく、耽美性を排した颯爽として高貴な風格を持った彼ならではのスタイルが記録されている。

協奏曲集(新録)では、コリン・デイヴィス率いるロンドン交響楽団の潔く速めのテンポがグリュミオーのソロを極めて効果的に支えているのも特筆に値する。

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classicalmusic at 12:07コメント(0)モーツァルトグリュミオー 

2019年11月02日


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クラウディオ・アラウはピアノという楽器が持っている機能や特性を知り尽くしていた。

曖昧なタッチや衝撃的な打鍵は注意深く避け楽器を完全に響かせる術を熟知していて、ひたすら明確な響きによるダイナミズムで音楽性を表現する奏法は彼の哲学だったと言っても良いだろう。

アラウのブラームスにはあざとさやスリリングな要素がない代わりに、常に正面切った雄弁な語り口と正々堂々たる構成力で聴かせる本来の意味でのロマンティシズムが横溢している。

2曲ともにかなり難解なテクニックが要求され、アラウ自身もまた稀代のヴィルトゥオーゾとしてリストの作品の演奏でも名を馳せたが、むしろ超絶技巧に聴き手の注意が逸らされることを回避できた数少ないピアニストだったのではないだろうか。

逆に言えばそれだけの確固とした解釈の裏付けと表現力に支えられた、まさに巨匠と呼ぶに相応しい演奏家だった。

どちらもオーケストラ・パートが非常に充実したシンフォニックな書法で作曲されているために、ここではジュリーニ、フィルハーモニア管弦楽団の強力なサポートが、アラウのソロを引き立てながらも鮮烈なオーケストレーションを主張していて、ロマン派を代表するピアノ協奏曲としての華麗さと風格を備えている。

フィルハーモニア管弦楽団はジュリーニ自身高く評価していたオーケストラだっただけに、彼らの品の良い知性的な機動力が充分に発揮されている。

確かに張り詰めた緊張感ではクーベリック、バイエルン放送交響楽団との第1番が優っているが、ジュリーニはブラームスのリリシズムを活かし、一方で弦楽部とブラス・セクションのバランスを巧みに采配してオーケストラに独自の精彩を与え、輝かしくスペクタクルな効果を引き出している。

第2番冒頭のホルンの導入にも聴かれるように鷹揚なテンポ設定の中にも弛緩のない精神的な高揚を伴った演奏が、音楽に身を委ねることへの幸福感をもたらしてくれる。

いずれもカルロ=マリア・ジュリーニ指揮、フィルハーモニア管弦楽団との協演になり、ピアノ協奏曲第1番が1960年同第2番が1962年のどちらもセッション録音で、音像がやや平面的な感じはするが、分離状態は良好なステレオ録音だ。

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classicalmusic at 11:40コメント(0)アラウジュリーニ 

2019年11月01日


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カラヤンはベートーヴェンの交響曲全曲録音を都合4回行ったが、この『第9』はその2回目にあたる1962年のもので、ドイツ・グラモフォンへのベルリン・フィルとの初録音でもある。

またこの音源は後にOIBPリマスタリングされ、グラモフォンが1997年に刊行した全20巻、合計87枚に及ぶベートーヴェン全集の第1巻に組み込まれた。

同社が持っていた新録音ではなく、この演奏を選んだ理由は演奏の質の高さだけでなく、よい意味でのスタンダード性からだろう。

ベルリン・フィルの芸術監督に就任して7年が過ぎ、フルトヴェングラーのオーケストラからカラヤンが自らの手中に収めつつある時期に、ベルリン・フィルにとっても最も重要なレパートリーであるベートーヴェンで自らの力と新生ベルリン・フィルを世に問うたもの。

この頃には既にカラヤンのスペクタクルなサウンド・スタイルは確立されていて、ここでもベルリン・フィルの実力を縦横に発揮させた濃厚なオーケストレーションが特徴的だ。

その表現は後の2度の録音より鮮烈で、彼のベートーヴェンの音楽に対する創造的な気概に満ちている。

管弦楽とコーラスの音のバランスも非常に均整が取れていて、彼のサウンドづくりに懸ける執念のようなものが伝わってくる。

トスカニーニの影響が強いなどと言われたこともあるが、今聴くとそこにあるのはやはりカラヤンの個性である。

しかもトスカニーニの亜流的な演奏とは画然と異なり、主観と客観が見事にバランスした演奏の清新な表現は今も説得力を失わない。

溌剌とした覇気とカラヤン特有の演出の妙が絶妙のバランスを保っていて、テンポにたるみがなく、表情は率直でむらがない。

高度なアンサンブルが要求されるソリスト陣の中ではヴァルター・ベリーの力強さ、ヤノヴィッツの清冽な歌いぶりが優れているが、とりわけ終盤の四重唱は絶品。

カップリングされた『コリオラン序曲』は1965年の録音で、華麗であり、要所を巧みに押さえた表現だが、カラヤンがこうした曲の演奏効果を知り尽くしていることは言うまでもない。

音質はこの時代のものとしては極めて良好で、今回のルビジウム・カッティングによって得られたオーケストラの練り上げられた音色が、かえってアナログ録音の特質を良く捉えているようだ。

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classicalmusic at 13:12コメント(0)ベートーヴェンカラヤン 
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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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