2020年04月

2020年04月30日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ウェストミンスター・レーベルを代表する二人の名匠、ウラッハとバリリによる、心ゆさぶるブラームスの室内楽作品集。

ウィーン三羽烏の一人、若きデムスの覇気溢れるピアノもまた聴きどころだ。

ウラッハのクラリネット、イェルク・デムスのピアノによる2曲のブラームスでは、やはりウィーンの風情を決して押しつけがましくなく、むしろさりげなく漂わせているところが秀逸。

ウラッハの表現は飄々としていて、ことさら曲想に陰影を付けたり個性を強調するものではない。

特に両ソナタの緩徐楽章では彼のオープンでヴィブラートのないクラリネットの音色が、かえってブラ−ムス晩年特有の静けさの中に幾ばくかの諦観さえ感じさせる。

第1番第2楽章アンダンテでの消え入るようなピアニッシモや、第3楽章アレグレットのレントラー風の鄙びた響きとそれを支えるデムスのピアノはまさにウィ−ンの奏者のアンサンブルというに相応しい。

また第2番冒頭の愛らしいが、幾らか霞がかかったような青空をイメージさせる表現は現在では得難いものだろう。

若き日のデムスの伴奏は控えめだが巧みにソロをサポートしている。

ホルン三重奏曲も国粋主義的と言えるほど、演奏者は3人共にオーストリア人であるだけでなくウィーンで研鑽を積んだソリストだ。

第1楽章の穏やかな開始ではバリリのヴァイオリンにコッホの牧歌的なホルンが影のように従っていく。

バリリは情緒的だがあっさりしていて音色の美しさを際立たせている。

ここでもブラ−ムスのセピア色の曲想が美しい。

シューマンとの合作のFAEソナタにも転用された終楽章では、コッホのウィンナー・ホルンがその堂々たる音色を披露している。

全曲共に1950年代初期のモノラル録音だが、保存状態も音質も極めて良好で今回のUHQCD化は評価できる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:44コメント(0)ブラームス 

2020年04月26日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ドイツの名バリトン、ヘルマン・プライ(1929-98)が歌ったフーゴー・ヴォルフのメーリケの詩による14曲及びプフィッツナーのアイヒェンドルフによる5曲op.9と、更にボーナス・トラックとして14曲のR.シュトラウスの歌曲を収録した復刻盤で、伴奏は総てジェラルド・ムーアになる。

いずれもプライが30代前半にロンドンで録音したもので、前半が1965年、後半のR.シュトラウスが63年のLP2枚分のセッションをまとめたものだ。

プライの如何にも若々しい張りのあるバリトンの歌声が魅力で、その意味では言霊の抑揚に人間の心理の機微を嬉々として捉えたヴォルフの音楽よりも、かえって解放的な感情を吐露したリリカルなシュトラウスの方に彼の能力がより発揮されているように思う。

彼は4歳年上でしかも同じベルリン出身のバリトン、フィッシャー=ディースカウと常に比較された。

フィッシャー=ディースカウの勤勉で精緻な歌唱力の前にプライは「怠けテノール」や「万年青年」のニックネームで親しまれた庶民的な側面を持った歌手だった。

レパートリーも被っていたとは言え、プライのレパートリーの中心はシューベルトなどのドイツ歌曲であり、その表現もフィッシャー=ディースカウに比べ柔軟で流麗なものだ。

筆者自身彼の不調の時のコンサートを聴いてその音程の悪さに不安にさせられたこともあった。

実際には前者とは全く異なった声質とキャラクターを持っていて、一概にプライを劣った存在と見做すことはできない。

このCDに収められた歌曲集では、率直で一途な表現と美声がジェラルド・ムーア円熟期の至芸によってサポートされているのも幸いだ。

リマスタリングの効果もあって音質は極めて良好。

尚このデッカ・モスト・ワンテッド・シリーズでは曲目一覧と録音データが掲載されたパンフレットのみが付いていて、歌詞対訳等は一切省略されている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:20コメント(0)R・シュトラウス 

2020年04月22日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



レオンタイン・プライスは欧米各地の歌劇場でオペラ歌手としてデビューした後も、更に歌曲のジャンルで本格的な研鑽を積んでいった。

この12枚のCDにまとめられたセットでは英語やイタリア語は勿論のことドイツ語、フランス語、スペイン語の歌詞を自在に歌いこなし、その多彩な表現力と彼女特有の天性の美声に加えて知性が調和したスケールの大きな歌唱を聴くことができる。

少し暗めの陰影に富んだソプラノの声質は、こうした歌曲の表現にも適していると思う。

彼女はまたカーネギー・ホールでのリサイタルを2回開いているが、それぞれが1枚ずつのCDに収められている。

1回目は1965年で、こちらは彼女全盛期の実力を遺憾なく発揮したもので、声の瑞々しさ、テクニックそして表現の巧みさなど、どれをとっても最高のライヴになっている。

それに反して2回目は1991年、プライス64歳の時のもので、コントロールが効かなくなった声を殆んどパワーで押し切った感じだが、ファンからは大喝采を浴びている。

フリッツ・ライナー指揮、シカゴ交響楽団とのベルリオーズの『夏の歌』、ファリャの『恋は魔術師』そしてバーバー自身のピアノ伴奏による彼の歌曲集ライヴ、更に2枚の黒人霊歌集及びアンドレ・プレヴィンとのポピュラー・ソング集は白眉だ。

さまざまな声楽的技巧を凝らしているのは言うまでもないが、むしろプライス自身の身体から自然発生的に迸る直感的な閃きに満ちていて、その天衣無縫でダイレクトな表現が身上だろう。

黒人霊歌集では高らかな歌唱の中に込み上げる悲しみを感じさせて秀逸。

ニューヨークのメトロポリタン歌劇場に初の黒人歌手として登場したのはマリアン・アンダーソンだった。

人種隔離政策がとられていた当時のアメリカで、1955年に57歳でのメト・デビューは勿論例外的なイベントだった。

しかしそれはたった一度だけの契約で、しかもコントラルトの低い声質のために『仮面舞踏会』のウルリカという汚れ役に甘んじなければならなかったのも事実だ。

一方プライスは先輩の切り開いた道を更に発展させ、一度はメト・デビューを拒否したものの、61年には正式な契約を結び、堂々プリマ・ドンナの栄誉を獲得している。

クラムシェル・ボックスに収納された12枚のCDジャケットにはそれぞれ初出時のデザインが印刷されている。

38ページのライナー・ノーツには曲目紹介と録音データの他に数葉のスナップ、そしてごく簡単な彼女の略歴とそれにちなんだエピソードが英、独、仏語で掲載されている。

全体的に録音状態は極めて良好だが、節約企画のためか歌詞対訳は省略されている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:53コメント(0)プレヴィンライナー 

2020年04月21日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ドイツのチェンバリスト、そして音楽学者として活動を続けているクリスティーネ・ショルンスハイムが2003年から翌2004年にかけて完成させたハイドンのソロ・ピアノ及び連弾のためのコンプリート・ワーク集。

13枚のCDにソナタと題された57曲(作品番号の上では第62番まで)と更にそれ以外のヴァリエーション、ファンタジー、断片を含む14曲を網羅している。

尚最後のCDはこの作品集の制作に当たって彼女へのインタビューという形で、実際に彼女がそれぞれの楽器の響きを聴かせながら解説していく興味深いレクチャーになっている。

この録音に使われたピリオド楽器は総て歴史的なオリジナルか、あるいはその複製で、当然その楽器によって表現方法も異なっている。

比較的短期間に集中して録音されたこともあって、一貫した解釈と彼女の才気煥発で溌剌とした演奏が特徴で、楽器の特性をつぶさに捉えた音質の良さも特筆される。

連弾のための作品では師でもあるアンドレアス・シュタイヤーとの協演になる。

曲の配列は概ねクロノロジカルに並べられている。

このセットのセールス・ポイントはそれぞれの時代にハイドンが実際に使用していたと判断される5種類の鍵盤楽器を選択して弾き分けていることだ。

彼女は学者としてもこのあたりをかなり詳細に研究しているだけでなく、楽器の音色に関しても鋭敏な感性を発揮してその時代の音の再現にも余念がない。

例えばCD1−3では復元された二段鍵盤チェンバロ、CD4ではクラヴィコードの複製、CD5及び7は1777年制作の二段鍵盤を持つヒストリカル・チェンバロ、CD6、8−11は1793年製のハンマーフリューゲル、CD12と13は1804年製のハンマーフリューゲルという凝りようだ。

しかし通して鑑賞してみると、この時代が鍵盤楽器にとっては大きな転換期であり、作曲家たちによって伝統的なチェンバロから強弱が漸進的に表現できる新しいタイプのハンマーフリューゲルにとって替えられていく過程も理解できる。

ライナー・ノーツは79ページで、曲目データ及び作品の歴史的な背景がかなり詳しく解説されている。

また小さいながらも使用楽器の写真が掲載され、撥弦機構の違いを図解入りで説明しているのも親切な配慮だ。

鍵盤楽器の変遷史を耳で実体験できる貴重なサンプルとしての価値も高い。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:41コメント(0)ハイドン 

2020年04月19日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



レギュラー・フォ−マットのCD2枚にブルーレイ・オ−ディオ・ディスクを付けた3枚組で、勿論CDも新規にリマスタリングされている。

できればこうした抱き合わせ商法ではなく、ブルーレイ盤を単独でリリースして欲しかった。

音源は『映像』と『子供の領分』が1971年、前奏曲集第1集が78年、同第2集が88年なので第2集のみが初期デジタルで、その他はすべてアナログ録音だが、ブルーレイ盤では孤高の巨匠ミケランジェリが開拓した研ぎ澄まされたピアノの音色を鮮やかに再現している。

特に彼が得意としたドビュッシーでは、前奏曲集での千変万化する表現、移ろいゆく音色やクリスタリックな透明感から煌めくような輝きなどが次から次へと披露されていく。

ミケランジェリは、ピアノという楽器をいっそう繊細に響かせることにとりわけ熱心なピアニストだ。

その彼が持前の魔術を最高に発揮するのは、著しく制限の多い演奏会よりもむしろレコーディングにおいてなのだが、肝心の録音の数は非常に少ない。

このドビュッシーは堂々とした風格を湛えており、ピアノ的美観の極致を示している。

前奏曲集第1集での第2曲「帆」や第10曲「沈める寺」ではシュ−ルレアリズム的な感性が見事だし、後者の大伽藍を浮かび上がらせる造形的な奏法は感動的だ。

終曲「ミンストレル」のコミカルなタッチも彼の自在な表現力を示している。

第2集第3曲「ワインの門」のユ−モラスな酩酊をイメージさせる解釈も面白い。

『映像』からの「水の反映」では水の表面に輝く光彩を見るようだ。

また「金色の魚」の鋭利な感性を表出した描写も彼らしい。

『子供の領分』は実際子供達を楽しませるというより、高度な音楽的シアターといった趣を持っていて、この作品でもミケランジェリによって洗練し尽くされた奏法が駆使されている。

ピアノのソノリティに対して、特別に鋭敏な感覚をもったミケランジェリならではの名演である。

ミケランジェリのピアノを一言で評するなら、やはり《透徹のピアノ》であろうか。

彼はあらゆる音、あらゆるフレーズを明晰に奏でる。

加えて彼のピアノはしばしば誤解されがちな冷たいものではなく、時にしたたるような官能美を湛え、ドビュッシー一流のユーモアも十全に伝える。

タッチ、ペダリングなど技巧上の工夫と練磨が最高度であればこそ、このような名演が生み出されることは言うまでもない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 13:16コメント(0)ドビュッシーミケランジェリ 

2020年04月15日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ザ・ワーナー・コンプリート・レコーディングスと銘打ったこの10枚組のボックスは、既にEMIのイコン・シリーズでリリースされた9枚のリニューアル盤になり、リカップリングによってCD1枚分多くなっているが同一内容で新音源はない。

ただしライナーノーツによるとCD1ロッシーニの『コリントの包囲』序曲、カセッラの『パガ二ニア−ナ』及びCD10のドキュメンタリーを除く総てが新規にリマスタリングされていて、確かに音質も向上している。

ちなみにCD2のフィルハーモニア管弦楽団を振った『悲愴』は1952年のモノラル録音だが、かなり鮮明でオ−ケストラの分離状態も時代相応以上の仕上がりだ。

またそれぞれのジャケットは初出LPのオリジナル・デザインに準ずる個別のデザインが印刷されている。

ワーナーのセットにはありがちだがライナーノーツのトラック・リストには録音データの記載がなく、各ジャケットの裏面を見なければならないのがいくらか煩わしい。

カンテッリは常に知的で明晰な解釈な中にも、個性豊かで決して作為のない迸るような強い情熱を持ち合わせていた。

チャイコフスキーの第5番の冒頭では引き摺るようなモチ−フが逃避行をイメージさせ、ただならぬ気配を感知させる。

第2楽章の弛緩のないカンタ−ビレと後半の盛り上げ方、また終楽章でのクライマックスの凱歌に至るブラス・セクションの咆哮や一気呵成のコーダなどに彼の非凡さが良く表れている。

イタリアの多くの指揮者がそうであるように、カンテッリもオペラ指揮者としてキャリアを開始した。

ミラノ・スカラ座の音楽監督にはジュリ−二の後を継いで1956年に就任するが、更に前任者のデ・サーバタやジュリー二も純粋なオ−ケストラル・ワ−クの演奏にも卓越した才能を示していたので、スカラ座は彼の能力を更に発展させるポストだった筈だか、直後に襲った不慮の事故によってカンテッリの将来は断ち切られてしまう。

彼はジュリー二より6歳年下だったが、もしキャリアを続けることができたなら良きライバルとなっていたに違いない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 14:09コメント(0)チャイコフスキーロッシーニ 

2020年04月14日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



2009年5月に亡くなった音楽評論家、黒田恭一氏への追悼出版となった。

幅広いジャンルの音楽を聴き、そして書いた著者だったが、中でも最も愛着をもって接していたのがオペラの世界で、99年から3年間に亘って『レコード芸術』誌に連載されたものを再編纂した単行本だ。

尚巻末には友人の浅里公三氏が本書で紹介されているCD、DVDの一覧を付け加えている。

オペラの登場人物中35人の役柄には誰が最適かという興味深い課題をもとに、それを『源氏物語』の雨夜の品定めになぞらえて考察している。

しかしベスト・キャストに選ばれるのは勿論女性歌手ばかりではなく男性も、また時としてはカウンター・テナーにも話題が及んでいる。

黒田氏は通常ビギナーのための推薦盤としては、比較的新しい録音で手に入りやすい優良盤を挙げることを鉄則としていたようだが、本書では一時代を画した、いわゆる往年の名歌手達が続々と登場する。

その理由は、オペラ歌手は役者として、しかも如何に声で演技ができるかという高度な問題を抱えているために、それぞれの役柄を理想的に歌える歌手はそれほど多くなく、時代を広げた考察が必要になるからだろう。

それだけにここに紹介されたメディアは初心者だけでなく、オペラに精通したコレクターも満足させる内容になっている。

文章は彼らしく平易で独特のユーモアが感じられるが、登場人物の役柄への観察は鋭く、また歌手に対して要求する条件もかなり厳しい。

例えばカルメンやトスカに求められているのは歌唱技術ではなく、女優としての表現力だとしている。

いくら美声に恵まれた歌手でも、そうした条件を満たすのは並大抵ではないが、当然そこにはマリア・カラスの名前が挙がる。

一方ヴォータンの理想はハンス・ホッターで、軽く明るいバス・バリトンで歌われる最近の風潮をからかって「わからずや親父の癇癪」にしか聞こえないと皮肉っているのは痛快だ。

またドン・ジョヴァンニでは個人的な出会いを認めながらチェーザレ・シエピに軍配を上げている。

いずれにしても、どれほど優れた歌手を主役に据えても、指揮者、オーケストラ及び脇役が手薄ではオペラは盛り上がらないし、また役によってはその人物の解釈の仕方が一通りでない場合もある。

そうした事情もあって、過去に録音されたものから一曲のオペラにつきベスト・キャスト盤を一組だけ選考するのは実際困難で、本書でも複数のCDが考慮されている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:39コメント(0)芸術に寄す筆者のこと 

2020年04月11日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



本セットはかつてカルロス・クライバー生誕80周年記念として先にリリースされた12枚組CDセットのDVD版と言える。

ただ嬉しいことに録音年代がCDよりずっと新しく、曲目も演奏者もそれほど重複していない。

例えばCDではベートーヴェンの5番、7番及びブラームスの4番、そしてシューベルトの3番と8番は総てウィーン・フィルとの協演だが、こちらではウィーン・フィルを指揮しているのはブラームスの2番とモーツァルトの36番『リンツ』のみで、どちらも91年の録画だ。

一方ベートーヴェンの4番と7番が83年のコンセルトへボウ、ブラームスの4番、モーツァルトの33番及びベートーヴェンの『コリオラン』序曲が96年のバイエルン国立管弦楽団との協演になる。

オペラで共通しているのはヨハン・シュトラウスの『こうもり』で、どちらもバイエルン国立歌劇場での公演だが、CDが75年、当DVDは86年で当然歌手やスタッフのメンバーも総て入れ替わっている。

一方CDに入っているヴェルディの『椿姫』、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』とウェーバーの『魔弾の射手』はこのDVDセットには無く、リヒャルト・シュトラウスの『薔薇の騎士』を、79年のバイエルンと94年のウィーン国立歌劇場でのライヴで2種類収めている。

この10枚のDVDには大の録音嫌い、キャンセル魔として知られた当代きっての聴かせる指揮者、また観せる指揮者でもあったクライバーの映像が幸いにも最良の状態で残されている。

流麗だが、風変わりなジェスチャーと棒さばきでマジシャンのようにオーケストラから絶妙な音楽を紡ぎ出す往年の姿の他に、92年のニューイヤー・コンサート盤には80枚ほどの秘蔵写真も収められている。

74歳という、コンダクターとしては全盛期に逝った彼の芸術を顧るには理想的なセットだろう。

見開き式の薄型プラスチック・ケース10枚に色違いのディスクが収納されていて、ボックス全体の厚みは5cm程度。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:46コメント(0)クライバー 

2020年04月09日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



大手メ−カ−がリリースしたスヴャトスラフ・リヒテルのボックス物の中でも、最も充実した内容を誇っているのが、このデッカのロゴを付けたユニヴァーサルの51枚組で、デッカ、フィリップス及びドイツ・グラモフォンへのコンプリート録音集になっている。

勿論ソロのみならず協奏曲やアンサンブル、フィッシャー=ディ−スカウのリート伴奏、また最後の2枚にはボ−ナス・レコーディングとして作曲家ブリテンとの貴重なデュエット集も収録されている。

今更リヒテルの芸術性について云々するのもおこがましいが、このセットを鑑賞していると、彼が如何に総合的な音楽観を持って活動していたピアニストだったかが理解できる。

ちなみにEMIとテルデックに入れたワーナーからの24枚組、アメリカでの録音を集めたソニーからの18枚組、名高いバッハの『平均律』全曲を収録したオイロディスクの14枚組はそれぞれに特徴があり、ファンにとってはいずれも聴き逃せないコレクションだろう。

リヒテルはいわゆるセッションによるレコーディングにそれほど熱意を示さなかった。

と言うより大の録音嫌いだったと言った方が適切かも知れない。

彼は聴衆の前でこそ自分の能力を発揮できると考えていた、ライヴに懸けたピアニストだったようだ。

しかしリヒテルの行うコンサートには、彼自身が望むか否かに拘わらず必ずと言っていいほど録音機材が持ち込まれ、結果的に立派なディスコグラフィーが出来上がってしまった。

ユーリー・ボリソフ著『リヒテルは語る』でも伝えられているように、ほんの幾つかのレコードを残して、その他を全部破棄できればどんなに幸福かと自嘲的に話している。

彼はまた演奏中のム−サ(芸術の女神ミュ−ズ)の降臨を信じていた。

後年セッションに応じた時に、都心を離れた中世の古城を好んで録音会場に選んだのも、彼を守護してくれるムーサからインスピレーションを得るためだったのだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:49コメント(0)リヒテル 

2020年04月06日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ベートーヴェンの初期室内楽の集大成といえる2作品を、ウィーンの音楽家たちが最もウィーン的であった時期の名手による演奏で収めたアルバム。

このディスクもかつてのウィーン・フィルの奏者の演奏から醸し出される音楽の馥郁たる薫りと、替え難い特有の情緒が貴重な1枚だ。

彼らはメンバー同士でアンサンブルを組んで切磋琢磨していたので、こうした室内楽も常に自然体でありながら、非常に味わい深い趣を持っている。

またここに収録された2曲は田舎町のボンからウィーンに出て来たべートーヴェンが、精一杯の洒落っ気と商売気を出して作曲した作品である。

そこにはもちろんウィーン気質に取り入るような社交性の中にも確固とした形式と品の良さが感じられる。

最近、あるアンサンブルが演奏したゼプテットを聴く機会があったが、バリリ率いるウィーン・フィルのウィンド及びブラス・グループに比較すると、演奏技術はともかくとしてあまりにも冷たく思えてしまった。

特に第2楽章アダージョ・カンタービレでたっぷりと歌われるウラッハやバリリのメロディーは、恐らく現在では殆ど聴くことが叶わないウィーン風の哀感を漂わせている。

ヴィエンナ・スクールと言えば、典型的な古典派の作曲家ハイドン、モーツァルトそして初期のべートーヴェンやシューベルトもその範疇に入る。

ハプスブルク、マリア・テレージア時代の権謀術数をめぐらせた政略とは裏腹に宮廷趣味は洗練され、その屈託のない享楽嗜好は彼らの作風にも影響を及ぼしている。

ウィーンでは交響曲へのメヌエットの挿入がほぼ欠かせない条件だったことにも表れている。

また複雑さを嫌い、シンプルで明快な音楽が好まれたことが、そのまま古典派の様式として形成されていることも例外ではないだろう。

べートーヴェンは早くからメヌエットを捨て去ってしまったが、この2曲では当然の如く採り入れている。

特にゼプテットの第3楽章ではジェオメトリックとも言えるような、均整の取れた充実した変奏曲として扱われている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 13:12コメント(0)ベートーヴェン 

2020年04月01日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



旧ソ連の音楽界については、かなりその情報が限られていた時期があった。

1915年生まれのスヴャトスラフ・リヒテルについても、第2次世界大戦後しばらくの間は国内と旧東欧で活発な活動をみせ、犖渋紊離螢好鉢瓩覆匹噺討个譴覆ら、旧西側では、レコードを通じてその一端を知るのがほとんどであった。

衝撃的なアメリカ・デビューは1960年だが、初来日は70年になってようやく実現された。

リヒテルは旧西側の大手レコード・メ−カ−にプロコフィエフのピアノ・ソナタを4曲ほど録音している。

いずれも偶数番号、つまり第2、4、6、8番で、これらについてはステレオ・ライヴで残されている。

このディスクは第6番の他に奇数番号の2曲、第7番及び第9番の3曲を収録したレア盤で、リヒテル壮年期の鋭利な解釈と超絶技巧が有無を言わせず聴く者を牽引していく覇気に満ちた演奏が圧倒的だ。

リヒテルはプロコフィエフとも個人的な交流があったので、作曲家自身の作品に対する解釈や思い入れも十分に理解していたことが想像される。

実際ここに収録された第7番変ロ長調と第9番ハ長調はリヒテルがそれぞれ1943年と1951年にモスクワで初演している。

特に後者はプロコフィエフからリヒテルへ献呈された作品になるが、その信頼感はこの演奏も立証している。

第6、7、8番は第2次世界大戦中に作曲されたために戦争ソナタのニックネームで呼ばれている。

ちなみに第6番はプロコフィエフ自身、第8番はギレリスがそれぞれ初演を果たしている。

確かに如何にも人工的な構築性と弾丸を撃ち込むようなリズムは戦闘をイメージさせている。

ただし録音状態は時代相応をやや下回るもので、ノイズはごく僅かでリマスタリング効果も良好だが、音源にかなりのばらつきが感じられる。

特に前半の2曲ではピアノの音質、音色がアップライトピアノ程度にしか聞こえないのが残念だ。

収録年は第7番が1958年、他の2曲は1956年で、最初の2曲は演奏終了後に拍手が入ったライヴ、第9番はメロディア音源のセッションだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 11:40コメント(0)プロコフィエフリヒテル 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ