2020年05月

2020年05月30日


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コンドラシンは修行時代に劇場指揮者としてのキャリアを積んだので、オペラやバレエなどの舞台用作品には百戦錬磨の手腕を持っていたが、モスクワ・フィルに移って初めて彼の本領が発揮されるオーケストラル・ワークへの研鑽の機会を掴んだと言えるだろう。

ディスコグラフィーを見る限り、彼のベートーヴェンの交響曲はここに収録された第3番『英雄』と第4番及び第8番の3曲しか見当たらない。

しかしここでは大曲としての構造を完全に掌握した明晰な解釈と堂々たる風格を備えた演奏は、ベートーヴェン指揮者としても第一級の腕を持っていたことを証明している。

第1楽章の颯爽とした開始と緻密なオーケストレーションの再現からも、彼の充実した音楽的構想を聴き取ることができる。

また対照的で劇的な変化が印象に残る第2楽章『葬送』は、通常比較的快速で進めるコンドラシンには珍しく15分ほどかけた、じっくりと構えたアプローチが特筆される。

ちなみに全楽章の演奏時間は約50分に及んでいる。

スケルツォのトリオでは特にホルンに聴かれる特徴だが、終楽章でも古色蒼然としたコンセルトヘボウの音色が生かされて、深みのあるスケールの大きなフィナーレを飾っている。

彼らが古い伝統を引っ提げたプライドの高い名門オーケストラだけに、この共演でもアンサンブルの安定感と共に気品を備えた拡張の高さが面目躍如だ。

コンドラシンがコンセルトヘボウ管弦楽団を振った一連のライヴは、当時オランダ国営放送協会によって録音され、音源の権利をフィリップスが買い取って当初9枚のLPでリリースされた後、8枚のCDにリカップリングして再発になったが、残念ながら現在総てが廃盤になっている。

いずれも客席からの雑音が若干混入しているが、音質の良好なステレオ録音なので是非グレードアップしたセットで復活して欲しいシリーズだ。

ちなみにこれらとは別に仏ターラから同メンバーによる3枚のCDが入手可能で、音源も幸い前者とだぶりがない。

尚このベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』は、1979年3月11日に彼らの本拠地アムステルダム・コンセルトヘボウで行われたコンサートからのライヴで、コンドラシンが西側で遺した2曲しかないベートーヴェンの交響曲のレコーディングだ。

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classicalmusic at 13:53コメント(0)ベートーヴェンコンドラシン 

2020年05月29日


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前回紹介したプレミア価格で販売されている同じフィリップスのライヴ集で出ているブラームスの交響曲第1番と並ぶ堂々たる演奏だ。

曲想が持つアピール性からすれば前者が圧倒的だが、ここではむしろ充実した音楽性と深みがコンドラシンが創り上げる泰然とした音響の中に表現されている。

それはブラームスが交響曲作家として世に出るための野心作として苦心した第1番に対して、その成功後の安堵とより熟達した作法を示した第2番の違いでもあるだろう。

しかしコンドラシンの作品に対するアプローチは常に明瞭で、地道にスコアを読み込んだ丁寧な仕上げと一貫して失われることのない情熱が感じられる。

また緩徐楽章でも安易な抒情に堕さない緊張感の持続と練り上げられたアンサンブルにコンセルトヘボウ管弦楽団の伝統の重みと音楽性の豊かさが溢れている。

指揮者自身の個性の強調とは縁のない演奏だが、それだけに重厚な終楽章アレグロ・コン・スピリトを聴き終えた時、鑑賞の充実感がひときわ高まる普遍的な解釈に特徴がある。

1975年11月29日のライヴ録音。

カップリングされたシベリウスの交響曲第5番は1976年11月21日のライヴである。

この作品には文学的テーマこそ付けられていないが、森羅万象の変化や北欧の神秘的な大自然の営みを髣髴とさせる作法は明らかに標題音楽の手法で、このジャンルでもコンドラシンは幅広い表現力を披露している。

彼は若い頃ボリショイ劇場で研鑽を積んだ指揮者なので、描写に懲り過ぎると安っぽい音楽に陥り易いことも熟知していた筈だ。

ここではあくまでも交響曲としての構造に注目して主題とその展開など作曲上の技法を感知させる絶対音楽との高踏的バランスが絶妙に保たれている。

第3楽章の清冽なせせらぎや慈雨をイメージさせるパッセージが次第に怒涛のように発展して総奏に至るクライマックスは聴く者に幸福感を与えてくれる。

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classicalmusic at 17:24コメント(0)コンドラシンブラームス 

2020年05月27日


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ブラームスの交響曲第1番は1980年2月29日、カップリングされたメンデルスゾーンの交響曲第4番『イタリア』が1979年11月17日のそれぞれアムステルダムにおけるライヴ録音。

当時のコンドラシンとコンセルトヘボウ管弦楽団の強い絆を髣髴とさせる気迫に満ちた演奏だが、どちらも熱演というよりむしろ様式に則った堅実な解釈が聴きどころだろう。

ブラームス冒頭のティンパニの連打も抑制され、ひとつの楽章を突出させることなく全体の均整をとるサウンドがかえって荘重な音楽を醸し出している。

第2楽章でのヴァイオリン・ソロはコンサート・マスターのヘルマン・クレバースで、同メンバーによる『シェエラザード』同様ここでも高貴な抒情を湛えた奏法が美しい。

終楽章も上に流されることなく、堅牢な古典的形式感が保たれたスタイリッシュな安定感がある。

メンデルスゾーンでも血気にはやる演奏ではなく、いくらかクールでコンセルトヘボウのアンサンブルの確実さと作品の起承転結をわきまえた再現が特徴的だ。

第2楽章アンダンテのカンタービレも他の楽章との調和を考慮した表現だし、終楽章サルタレッロでも疾走することなくコントラストを聴かせる頭脳的な采配が如何にもコンドラシンらしい。

キリル・コンドラシン(1914-1981)はオランダ亡命以前からコンセルトヘボウ管弦楽団に頻繁に客演していた。

この一連のライヴ録音は当時の国営オランダ放送協会NOS及び民間下請け業者NOBが共同制作した音源で、地元フィリップスがリリースした9枚のLPを90年代に8枚のCDに再編集したものだ。

しかしフィリップス・レーベル消滅後版権の問題からか残念ながら総て製造中止の憂き目に遭っている。

そのため購入にはプレミアム価格を覚悟しなければならない。

演奏の充実度からしても是非復活を望みたいシリーズだ。客席がオーケストラの背後にも設置されているコンセルトヘボウの会場の弱点で、時として客席からの咳払いがダイレクトに捉えられているが、音質は充分鮮明で鑑賞に不都合はない。

尚この8枚に収録されなかった同メンバーによる更にCD3枚分の音源は仏ターラ・レーベルから現在でも入手可能だ。

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classicalmusic at 17:33コメント(0)コンドラシンブラームス 

2020年05月26日


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ルドルフ・ケンペは同世代の指揮者カイルベルトが首席だった当時のバンベルク交響楽団に客演してオペラやオーケストラル・ワークの録音を精力的に行っているが、このうちオイロディスク音源総てを2枚のCDに纏めたものが当セットになる。

この演奏集はバンベルク交響楽団の力量が既にインターナショナルな水準に達していたことの証左の記録でもあり、またオイロディスクの録音も鮮明で拡がりのある音場を再現している。

録音会場はまだ彼らの本拠地コンツェルトハレがなかった時代なので、バンベルクのドメニコ派修道院附属のクルトゥーア・ラウムが使われている。

広い音響空間でオーケストラがその能力を自在に発揮できるような開放感があって、こうしたセッションには適している。

尚この2枚はタワー・レコードからSACD盤で、またブラームスの作品のみで日本コロムビアからはUHQCDでリニューアルされた。

いずれの作品においてもケンペ特有のドイツ的な律儀さに加えて流麗な歌心と人間的なぬくもりを反映させた演奏が素晴らしい。

ブラームスの第2番では牧歌的な曲想をバンベルクのそれほど華やかでないオーケストラの音色がかえって引き立てているし、誇張のないブラス・セクションの咆哮も効果的だ。

意外だったのはビゼーの組曲『アルルの女』で、サクソフォーンやフルート・ソロを巧みに歌わせる裁量と背景を醸し出す全体のバランス感覚が極めて美しい。

この曲はクリュイタンス、パリ音楽院のいかにも南仏らしい光彩に満たされた演奏が印象深い。

パリ音楽院は一癖も二癖もあるメンバーがソロでスタンド・プレイすることを手ぐすね引いて待っているようなところがあった。

アンサンブルとしてはそれほど統一がとれていないし、クリュイタンス自身もそれを大目にみているふしがある。

その点ケンペの統率は流石に精緻で、リズムやテンポ感を揺るがしにすることなく整然と纏めている。

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classicalmusic at 12:13コメント(0)ケンペ 

2020年05月25日


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ウィーン・フィル第13代コンサートマスターのヴァルター・バリリが、ウィーンの伝統と独特の美音で上品に気高く歌い上げるモーツァルト珠玉のヴァイオリン・ソナタ。

ウィーン三羽烏の一人、バドゥーラ=スコダとの共演になる。

このディスクの音源はいずれも1954年のモノラル録音で、音質が心配だったが極めて良好なオリジナル・マスターの録音と保存状態で全く問題なく鑑賞できる。

通常の音量で聴くのであればヒス・ノイズも全く気にならない程度のもので、ヴァイオリン・ソロとピアノの音色には潤いがあり、音像も明瞭で奥行きさえ感じさせる。

今回のリマスタリングとUHQCD化は音源を最大限生かしたという意味でも価値のあるものだろう。

当時のウェストミンスターのエンジニア達の水準の高さもさることながら、アメリカに渡ってオリジナル・マスターテープを再発見した日本人グループの意気込みが伝わってくるような音質が聴きどころのひとつだ。

ちなみにバリリとバドゥーラ=スコダのコンビによるモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集はこの他にもう2枚が同シリーズでリリースされている。

バリリと、バドゥーラ=スコダのデュオは、言うまでもなくこのレーベルならではの忘れ難いコンビ。

とりわけモーツァルトのソナタの淡々とした演奏は、今ではすっかりどこかに消えてしまった独特の時代色と室内楽の微妙な呼吸を、懐かしく偲ぶことができる貴重な記録である。

二人の物静かな語り口が、モーツァルトの切実な心の内を、何と痛切に伝えることか。

一方演奏の特徴は、バリリもバドゥーラ=スコダもウィーン生まれ、ウィーン育ちの演奏家なので、彼らに脈々と受け継がれた伝統的な音楽性や趣味と奏法を堪能できるところにある。

バリリのヴァイオリンの音質はやや線が細く、スケールの大きな表現ではないが、品の良い艶やかな音色と控えめな洒落っ気でモ−ツァルトの室内楽の愉悦を味わうことができる。

また若き日のバドゥーラ=スコダの軽快で気の利いたピアノ・パートが更にこのソナタ集に花を添えていて、他の2枚も是非聴いてみたくなる演奏だ。

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classicalmusic at 11:54コメント(0)モーツァルト 

2020年05月22日


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ブラームスやウィーン古典派の音楽解釈に大きな成果を挙げたアマデウス弦楽四重奏団は、40年もの長い活動期間を持っていただけに、レパートリーも前述のものに限らず大きな広がりがあった。

当然、チェコの国民楽派の音楽も手中に収めていたが、初出時はアマデウスSQとしては珍しいレパートリーとして話題となったアルバムだ。

ドヴォルザークの《アメリカ》は何よりも表現が非常に濃厚で、深い陰影を湛えており、聴き手に大きな感銘を与える。

強烈な節回しによる表情がいかにも土臭く、実に雄弁にドヴォルザークの音楽を語っているのだ。

第1楽章の最初のテーマから、附点リズムの弾み方やアクセントの鋭さが他のクヮルテットとはまるで違い、曲に体当たりする気迫が段違いなのだ。

切々と迸る望郷の念、テンポを大きく落としメロディをずり上げて歌う第2主題の表情の豊かさ、展開部の土俗的な語りかけや、情熱が激しく爆発するような刻みのアクセントも物凄い。

第2楽章も真実性があり、ここではハーモニー全体が哀切に歌い、1つ1つの楽器が魂の声を告白する。

ブレイニンの弾く第1ヴァイオリンなど、泣いているかのようだし、全員が音楽に体ごと共感し、全身を投げ出していることが分かる。

フィナーレも内声が十二分に鳴り切って効果をあげ、大シンフォニーにも匹敵する響かせ方も最高だ。

スメタナの《わが生涯より》は、《アメリカ》ほどの凄演ではないが、やはり作曲者の魂の声を伝えて余すところがない。

しかも常に美感を失うことなく、あくまで音楽的に成し遂げてゆくのである。

第1楽章は冒頭のいのちの和音に続いて、ヴィオラが怨念をさえ感じさせつつ運命の動機を奏する。

幼き日の想い出のように幸せな第2主題も他のどの団体よりも美しいが、そこに至る気分の変化や弱音のハーモニーの死にそうな意味の表出、チェロの微かな呻きも素晴らしい。

展開部の入りは凄い最弱音で始まり、チェロの運命の動機と第1ヴァイオリンのアクセントとの対話が意味深く、やがてシンフォニックな立体感が聴き手を圧倒する。

第2楽章は深い呼吸で少しもあわてずに進行、ヴィオラの奏する副主題のユニークで愉しい雰囲気、語りかけるリズムが忘れられない。

第3楽章はソロも合奏も、何もかもが雄弁で粘着力を持ち、訴え心、憧れ心が連続する。

全員が(そして作曲者スメタナが)心のすべて、綺麗ごとでない心の痛みを一生懸命語りかけ、体ことぶつけるのだ。

フィナーレに入るとピツィカートを伴った愉しい第2主題が印象に残り、厚みのある情感も豊かだが、ついに耳鳴りの音が聴こえ、運命の動機が死んだ気で奏され、地獄へと落ちてゆく。

どの楽章も《わが生涯》の物語に満ちているが、その1つ1つをこんなに見事に解明した演奏も珍しいのではあるまいか。

いずれも1977年のセッションで、録音もオン・マイクで生々しい。

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classicalmusic at 13:13コメント(0)ドヴォルザークスメタナ 

2020年05月18日


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『アマデウス』はミラノに本拠を置くイタリアの月刊クラシック雑誌で、1989年創刊以来さまざまな企画を組んでCDと共に出版しているが、興味深いオリジナル企画のCDも単独で配布している。

そのひとつがイタリア四重奏団早期レコーディング集で、1946年から52年までのモノラル録音が7枚のCDに纏められている。

写真を見るとオリジナル・デザインのジャケットのように見えるが、実際にはデザインのないシンプルな紙ジャケットがカートン・ボックスに収納されている。

ライナー・ノーツは伊、英語による同四重奏団の歴史やエピソードと共に、CD1枚ごとの解説と貴重なスナップ写真を掲載した65ページに及ぶ流石に充実した編集だ。

リマスタリングはいずれも良好で、破綻のない時代相応以上の音質が再生される。

最も古い1946年のテレフンケン音源には、彼らが全活動期間中絶えることなく採り上げたレパートリーのひとつ、ドビュッシーの弦楽四重奏曲ト短調の第1回目の録音が収録されている。

この作品は1954年のボルツァーノにおけるブゾーニ・フェスティヴァルでも演奏された。

その時の出演者の1人だった当時12歳のマウリツィオ・ポリーニを驚かせたことが後年のインタビューで語られている。

ポリーニがこれまで共演した唯一のアンサンブルが、イタリア四重奏団とのブラームスのピアノ五重奏曲なので、彼らの演奏が如何に鮮烈だったか想像に難くない。

ドビュッシーの同曲はラヴェルの弦楽四重奏曲ヘ長調とのカップリングで1967年のフィリップスへのステレオ録音も遺されている。

戦後逸早くゲルマン系の作曲家の作品を採り上げたのもイタリアでは稀なことだった。

後の彼らのコンサートでのプログラムの中心になるベートーヴェン、モーツァルト及びシューベルトは既にこの頃から開拓されていたことが理解できる。

また1951年にはザルツブルク音楽祭にも招かれて、フルトヴェングラーからも薫陶を受け、その後のイタリア四重奏団のインターナショナルな活動の足掛かりになっている。

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classicalmusic at 00:01コメント(0)イタリアSQ 

2020年05月14日


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ブルックナーの交響曲は版の問題も重要だが、それも指揮者の解釈の結果と考えれば、演奏に備わった説得力のほうがより大きな問題となる。

流動的フォルムの時代錯誤バレンボイム、ブロック的フォルムの朝比奈を両端として、ヴァントやここに採り上げるチェリビダッケの名演には使用楽譜の枠組みを超えた工夫があり、その他、シャルク版使用のクナッパーツブッシュの昔からギーレンの現在まで、指揮者の多様な作品観が構造表出にストレートに反映するさまが実に面白い。

使用楽譜や規模の問題を抱えながらも、その難度の高さが演奏家の意識を鼓舞するのか、これまでに数多くの名盤がつくられた幸運な作品、ブルックナーの交響曲第8番。

CDの発売点数もすでに60種を超え、各演奏の傾向、スタイルには相当な違いが認められる。

合計演奏時間60分を切るクーセヴィツキー盤(カット版)から、ほぼ100分かかるチェリビダッケ盤まで、視野狭搾的な偏狭鑑賞に陥らない限り、さまざまな解釈・主張がたっぷり楽しめる好条件が整ったソフト環境だ。

筆頭に採り上げるべきは、チェリビダッケがミュンヘン・フィルを指揮したもの。

DVDを含めればほかに少なくとも5種の異演盤があるが、内容は1994年盤が最高だ。

解釈に変化があるわけではないが、シュトゥットガルト放送響時代の動的な音楽が激しい身振りによってひきだされたものならば、ミュンヘン・フィルとの静的な音楽は着座しての冷静な指揮から生み出されたものだろう。

実際第3楽章アダージョにおける、地に足のついた見通しのよいフォルムのなかで、極度に純化された美音により各素材がそれぞれの役割を果たしてゆく光景は、形容の言葉もないほど美しい。

「美は餌にすぎない」とはチェリビダッケ自身の言葉だが、終楽章再現部第3主題部から結尾までの表現は、まさにそうした思惟の具現とも呼ぶべきものである。

遅いテンポと張りつめた緊迫感、拡大されたデュナーミクがもたらす異様なクライマックスには、戦慄を覚えるほどの「畏怖」の気配が確かにある。

もちろん、それはブルックナーの音楽に本来存在するものなのだろうが、チェリビダッケ以外の演奏からは、ついぞ聴いたことのない響きの表情・気配であることもまた事実(クレンペラーに至っては、再現部第3主題部をカットしてしまっている)。

改めて「観照と形象」ということについて、考えさせられる偉大な演奏だ。

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classicalmusic at 23:35コメント(0)ブルックナーチェリビダッケ 

2020年05月11日


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モーツァルトが洗礼の時に父親によって命名されたラテン語フルネームは、ヨアネス・クリソストムス・ヴォルフガングス・テーオフィルスだが、最後のテーオフィルスをドイツ語に置き換えるとゴットリープになり、イタリア語ではアマデーオと訳される。

モーツァルトは3回のイタリア旅行でヴァティカン、ヴェローナ、ボローニャのそれぞれの都市から法外で名誉な肩書を授与された。

そのイタリア人達からの呼び名がアマデーオだったようで、彼はこの地での大成功を生涯忘れることなく、公式のサインには好んでこれを記したと説明されている。

ミラノの宮廷作曲家としてのオファーを打診したフェルディナント大公は、まだ少年だったために母のマリア・テレージアに助言を求めた。

ウィーンからの返書がここでも紹介されているが、女帝は面と向かっては褒めちぎっていたモーツァルト親子に関して、大公には河原乞食同然の旅芸人であり、息子の名誉を傷つける無用の人々とこき下ろしたために、フェルディナントはオファーを取り下げた。

マリア・テレージアは後々のハプスブルク継承権を目論んで、子女子息を問わず自身の子供達をヨーロッパのめぼしい王家に次々と政略結婚させた。

そうした権謀術数には長けていたが、こと芸術に関しては社交辞令、あるいは刺身のつま程度にしか考えていなかったことが想像される。

それは後世に祀り上げられた芸術の庇護者の名折れでしかないだろう。

いずれにしても当時のウィーンには、かなり陰湿かつ執拗なモーツァルト潰しの動向があり、彼のコンサートやオペラ上演には必ず妨害が入ったようだ。

しかし度重なる就職活動に失敗したことが、モーツァルトをウィーンで独立させ、短い期間であったにも拘らず自由な音楽活動をさせることになったのは運命の皮肉だろうか。

お仕着せの作曲家として宮廷内に留まって能力を発揮するには、彼の才能はあまりにも破格だったからだ。

本書のテーマは、現代ではモーツァルトの名前として罷り通っているアマデウスが、実は本人自身が一度もこの名でのサインをしなかったという事実を明らかにすることで、内容は学術的だが石井氏の平易な筆致で分かり易く、また伝記作品としても興味深く読める一冊だ。

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classicalmusic at 17:23コメント(0)モーツァルト 

2020年05月09日


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演奏水準から言うのであれば、この2枚組に収録された3曲も最高評価にしたいところだが、録音状態が他のレーベルからリリースされているケンペの代表的な音源に比べるとかなり劣っているのは事実だ。

このために入門者にはファースト・チョイスとしてお薦めできないが、ケンペの音楽やそのスタイルを既に知っているファンにとっては貴重なコレクションになり得るセットだろう。

彼は1950年からシュターツカペレ・ドレスデンのカペルマイスターに就任するが、彼らの録音活動は皮肉にもケンペがバイエルン移籍以降の客演という形が圧倒的に多い。

それは家庭へのオーディオ普及時代の到来と丁度一致している。

一方このディスクの3曲はいずれもケンペ在任中の数少ないモノラル音源で、メンデルスゾーンの交響曲第3番『スコットランド』は1952年、シューベルトの交響曲第9番『ザ・グレイト』は50年、ワーグナーの歌劇『ローエングリン』第1幕への前奏曲が49年の録音になり、仏ターラ・レーベルからの復刻盤。

音質に関しては恵まれていないが、この2枚のアルバムにはケンペ若き日の覇気に満ちた一途な情熱を感じさせる推進力がある。

シューベルトの『 ザ・グレイト』ではミュンヘン・フィルハーモニーを指揮した1968年のステレオ録音が名盤として知られていて、彼の円熟した指揮法が縦横無尽に発揮されているが、この旧録音は意外にも全体的なテンポは新録音より遅い。

しかし比較的素朴な解釈の中に瑞々しさと同時に第1楽章の終盤でみせるような情念の燃え上がるような激しさを伝えている。

ちなみに彼の振ったシューベルトの交響曲には他にバンベルク響との63年の『未完成』がある。

一方メンデルスゾーンの『スコットランド』はスプラフォンのオリジナル・レコーディングの表記があり、ケンペによる同曲のオフィシャル録音では唯一のようで貴重な復刻盤なのだが、やはり音質が欠点で特に第2楽章にはヒス・ノイズが多く含まれている。

バグパイプを模したクラリネット・ソロで始まる軽妙な曲想が颯爽と表現されているだけに惜しまれるし、最後の『ローエングリン』は鑑賞に堪える殆んどぎりぎりの貧しい音質なのが残念だ。

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classicalmusic at 23:35コメント(0)ケンペ 

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バーンスタインによるワーグナー・オペラ初録音にして唯一の録音。

またフィリップスへの初録音で、演奏会式上演のライヴ録音。

1984年度レコード・アカデミー大賞受賞盤。

バーンスタインは限られた場合にしかオペラのピットに入らない指揮者だった。

特別な機会だからこそそれと並行してレコーディングが行なわれることが多く、そのようにして作られた全曲盤がいくつかある。

この《トリスタンとイゾルデ》はコンサート・ホールのセミ・ステージ形式でライヴ録音されたもの。

バーンスタインは極端に遅いテンポによって、舞台上演では不可能なデフォルムされた音楽を聞かせる。

演奏会形式に近いだけに指揮者の個性が強く出て、遅めのテンポで濃厚な演奏が展開される。

この指揮者ならではの特異な解釈だが、一旦波長が合うときわめて大きな感動をもたらしてくれる。

これほど陶酔的なロマンティシズムで貫かれた《トリスタンとイゾルデ》演奏もあるまい。

バーンスタインの徹底した思い入れによって構築され尽くしたこの演奏は、まさにその思い入れの徹底性そのものによって一個の超然たる宇宙を形成している感。

テンポも桁外れなまでにに遅く、時として殆ど無テンポに近くなることさえある。

ここまで主情的なアプローチには異論も多かろうが、そこに醸成されるロマンは前代未聞の粘着的官能的ロマンティシズムの世界を浮き上がらせている。

ホフマン、ベーレンスの両主役の歌唱も見事、ヴァイクルのクルヴェナール、ミントンのブランゲーネもそれに劣らぬ名唱を披露している。

当時のドイツを代表するワーグナー歌手が集められているのだが、とにもかくにも「バーンスタインの」《トリスタン》である。

同時期の《ボエーム》も同傾向の演奏で、ファンにはたまらない。

まさにバーンスタインの魔力の極みといってよいアルバムだ。

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classicalmusic at 12:01コメント(0)ワーグナーバーンスタイン 

2020年05月03日


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《パルジファル》と並ぶワーグナーの最高傑作《ニーベルングの指環》に私たちは理想の録音と呼べるものを持っていない。

このクナッパーツブッシュの《神々の黄昏》は1951年のバイロイト音楽祭におけるライヴ。

戦後初の開催となったこの年の音楽祭では、カラヤンとクナッパーツブッシュという対照的な指揮者が《指環》のチクルスを分担した。

両方の演奏はEMIとデッカによって収録されたが、日の目を見たのはカラヤン指揮の《ワルキューレ》第3幕のみだった。

このクナッパーツブッシュの《黄昏》は1999年になってようやくリリースされたもので、しかも録音は英デッカ、これを朗報と言わずして何と言うべきか。

そして何という音!クッキリと浮かび上がってくるオーケストラの生々しい臨場感。

まだ管楽器が遠く、ときに隔靴掻痒の感はあるが、クナの音楽の強烈な粘性、底なしに深い呼吸感と濃厚な表情は身体が震えるほどすばらしい。

当時としてはきわめて良好な音質で、巨人クナッパーツブッシュのワーグナー解釈を聴くことができるのが何より有難く、レコード界の一大快挙と言えるところであり、この上は行方不明の前3作もぜひ発見してほしい。

あまりにすばらしいスタジオ録音の《ワルキューレ》第1幕に圧倒された筆者は、クナの《指環》全曲を耳にするのが悲願となった。

やがて登場したバイロイト・ライヴ3組(1956、57、58年)はあまりにも音が貧しく、これまでに度重なる高音質化が図られてきたにもかかわらず、未だに満足できるディスクが見当たらない。

いずれも音が貧しく、舞台上の声はかなり良くとれているのに奈落のオケは鮮明さを欠いており、せっかくのクナの表現がなかなか私たちに伝わってこない。

なまじ期待が大きかっただけにディスクを目にするのも腹立たしい気がしたものだ。

この1951年バイロイト・ライヴは《神々の黄昏》1曲だけではあるが、十二分に満足させ、堪能させ、感動させてくれた。

前記3組の音が良かったらと長嘆息だが、贅沢は言うまい。

一般的に評価が高いので今まで聴いてきたショルティ盤などが、なんと矮小に思えたことか。

歌手とウィーン・フィルの魅力だけで、肝心のショルティの音楽は薄っぺらだ。

演奏はプロローグから雰囲気満点、歌の背景のオーケストラが常にものをいい、ワーグナーの音楽の美しさに体がしびれてしまう。

物語が進むにつれておけの有機的な意味深さ、生々しさ、恐怖感が増してゆき、息もつかせぬ緊迫感など他に類を見ない。

しかもクナはひびきを凝縮させずにやりとげるのだ。

第1幕第3場、そして第2幕第3場、第4場、第5場あたりの凄みは圧倒的で、ときには美しさに泣けてくる。

歌手では戦後のバイロイト盤のキャストと比べて聴き劣る人もいるが、錚々たる人たちが揃っていて、全体に水準は高い。

特にブリュンヒルデ、ハーゲン、アルベリヒ、ワルトラウテなど最高で、何よりも心の表出がすばらしい。

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classicalmusic at 19:09コメント(2)ワーグナークナッパーツブッシュ 

2020年05月02日


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このディスクには前回の2枚組のセットでは取り上げていなかった交響曲第39番変ホ長調及び第40番ト短調が収録された。

2曲の演奏に共通して言えることはテンポを落とさず、クレッシェンド、ディミヌェンド、アクセント等を律儀に感知させることによって楽想を明瞭にして、より率直なモーツァルトの音楽を再現していることだ。

またここではアバドが以前得意としていたリリカルなカンタービレはやや抑えられて、ピリオド奏法を活かした軽快さがキー・ポイントになっている。

オーケストラは勿論モダン楽器使用の少人数の典型的な古典編成だが、少数精鋭のメンバーによって作り出される音楽は無理のない伸びやかさがあり、メリハリを効かせた迫力にも不足していない。

アバドはモダン楽器にピリオド奏法を取り入れた、いわば折衷様式の新しいモーツァルトの解釈を試みていて、晩年の彼の音楽観や心境の変化を知る上でも興味深い。

特に第40番ではデモーニッシュな曲想はむしろ避け、明るく鮮烈な息吹きで表現している。

それは陰影に富んだ表現ではないし、深みという点でも歴史的なオーケストラに一歩譲るとしても、生き生きとした推進力と明快さは彼らのような経験の浅いオーケストラでこそ可能な若々しさに溢れている。

2008年6月及び翌2009年6月のどちらもライヴで、彼らの本拠地ボローニャでの録音になる。

最近のライヴ録音では聴衆の雑音を全く入れないことが可能な為に、拍手の部分がカットされるとセッションと全く区別がつかない。

しかもこのシリーズでは、さながらオーケストラと同じステージ上で聴いているような臨場感が得られている。

モーツァルト管弦楽団について言うならば、コンサート・マスター、カルミニョーラによって指導されたピリオド奏法とアンサンブルの確実さや、その音色の瑞々しさが魅力だ。

また指揮者アバドのきめ細かい指示が几帳面に反映されているのが特徴で、聴けば聴くほど味が出てくる。

アバドの没後、このオーケストラが特定の機会や録音目的の為だけでなく、定期演奏会を重ねていくことによって、将来彼らがどのように楽団を発展させていくか期待される。

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classicalmusic at 14:45コメント(0)モーツァルトアバド 
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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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