2020年07月

2020年07月31日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



この2枚のディスクにはブラームスの弦楽四重奏曲全3曲とクラリネット・ソナタ全2曲が収められているが、メインは何と言ってもイタリア弦楽四重奏団の演奏だ。

彼らはドイツ物を中心的なレパートリーにしていたが、その解釈は他のカルテットとは一線を画している。

内面に曲の精神性を収斂していくのではなく、イタリア人らしく音楽的なベクトルを常に外に向けて発散させるアプローチをとっている。

それだけに辛気臭さがなく、むしろ開放的でより感覚的な音楽が特徴だ。

また緩徐楽章では面食らうほど明るく朗々としたカンタービレを聴かせている。

しかし良く聴いていると彼らのダイナミクスは細部まで隙間なく計算されていて、如何に丁寧な音楽設計がなされているか理解できる。

音楽に内在する響きの心地良さとドラマ性を極力引き出してみせたサンプルとして一聴の価値がある。

またそれが彼らのオリジナリティーであり、ブラームスの演奏の典型ではないかも知れないが、イタリア弦楽四重奏団が欧米で絶大な支持を得た理由だろう。

中でも第3番変ロ長調では彼らの魅力が余すところなく堪能できる。

ここでは第2楽章の溢れるような歌心の表出だけでなく、第3楽章でのファルッリのヴィオラの活躍も聴き所だ。

彼のソロはテクニックの巧みさだけでなく、全体的なアンサンブルのバランスを良く考慮した優れた演奏だ。

録音は第1番が1967年、第2番が71年、そして第3番が70年で音質は極めて良好。

一方二曲のクラリネット・ソナタはコンセルトヘボウの首席奏者だったへオルへ・ピーテルソンのクラリネットとヴァイオリニスト、ユーディ・メニューインの妹ヘプツィバ・メニューインのピアノによる1980年のセッションになる。

決して悪い演奏ではないが、細かいニュアンスの変化や音色の使い分けなどでは彼らよりベターな演奏は少なくない。

このセットの評価はあくまでもイタリア弦楽四重奏団に対するもので、余白を埋めるカップリングとしては、2曲のソナタがいくらか弱点になっているのは否定できないだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:57コメント(0)ブラームスイタリアSQ 

2020年07月26日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ラ・プティット・バンドを統率するシギスヴァルト・クイケンも70歳を越えた現在、以前と比べれば録音活動はめっきり少なくなったが、新録音には常に解釈を着実に更新した新鮮さが感じられる。

バッハの『クリスマス・オラトリオ』は彼の2回目の録音で、2013年のセッションをSACD化したもののリイシュー廉価盤になる。

ハイブリッド仕様ながらサラウンドの立体的な音像と臨場感に説得力がある。

レオンハルト亡き後シギスヴァルト・クイケンはオ−ケストラ及びコ−ラスのパ−トを原則1名と設定している。

ここでも彼の構想はあくまでもピリオド・スタイルによるバッハ時代の音響の再現に徹している。

同シリーズ盤になる『ロ短調ミサ』を聴いた時にはコ−ラスに申すし迫力があっても良いと思った。

こちらの方を聴いていると確かに各声部が明瞭で、音量自体はこじんまりしているがアンサンブルの鮮烈な音色や歌手達の生き生きした表現力を感じ取ることができる。

バッハはこの作品で多くの種類の管楽器とティンパニをを取り入れて特有の壮麗なサウンドと牧歌的な雰囲気を醸し出している。

ライナーノーツを見るとオ−ボエ、オ−ボエ・ダモ−レ、オ−ボエ・ダ・カッチャは第1及び第2奏者がそれぞれ持ち替え、ホルン奏者はトランペットを持ち替えで演奏している。

こうした割り振りも当時の演奏習慣に則った編成で、経済的にも教会の雇い入れる音楽家の人数もかなり制限された事情が窺われる。

同様に4人のソリストがコ−ラスの各声部を一人ずつ担当しているが、彼らは豊かな音楽性と真摯な表現でイエス降誕への祝福を幸福感の中に伝えている。

ベルギー、ル−ヴェンのプレディクヘ−レン教会での録音は潤沢な残響を採り入れながら鮮明な音像を捉えていて秀逸。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 10:46コメント(0)バッハクイケン 

2020年07月22日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



英レジス・レコードからリリースされた3組のダヴィッド・オイストラフ演奏集のひとつである。

こちらはロシア系作曲家の協奏曲7曲を集めたもので、現代のスラヴ系ヴァイオリニストでもこれだけ充実したレパートリーを持っていればそれだけで驚異的と言わなければならない。

その王道的解釈と非の打ちどころのないほど完璧なテクニックで再現される協奏曲集は歴史的にも演奏史を飾る貴重な1ページだろう。

選曲についてだが、プロコフィエフの協奏曲は2曲とも収録されているが、ショスタコーヴィチに関しては第1番イ短調のみが入っている。

ちなみに第2番はコンドラシン、モスクワ・フィルとの共演がステレオ音源でメロディアに残されていて、コンドラシンのショスタコーヴィチ交響曲全集の余白にカップリングされていた。

現時点で既に製造中止なので、レジスとは同系列のアルト・レ−ベルからの2曲まとめた1枚の廉価盤が唯一の選択肢だ。

プロコフィエフの第1番を聴き始めて、音場の広いステレオ録音に耳を疑った。

良く聴いているとオ−ケストラの全楽器が分離されることなく中央から聞こえてくるので、疑似ステレオであることが分かった。

このマタチッチ、ロンドン交響楽団のサポートによるEMI音源は現行のディスクでは総て純粋なモノラル録音としてリリースされている。

EMIでは1950年代初期のモノラル音源を電気的に音場を拡げた疑似ステレオで販売していた時期があったので、このプロコフィエフはその名残の1枚と思われる。

仕上がりは良好で音質も悪くないので、この曲に関して疑似ステレオ化に肯定的な印象を持った。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:52コメント(0)オイストラフプロコフィエフ 

2020年07月20日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



リチャード・エガー率いるアカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージックによる2013年録音で、レギュラー・フォーマットながら音質の良さが印象に残る。

その前年にはやはりピリオド・アンサンブルのクイケン兄弟とラ・プティツト・バンドが二度目のバッハの管弦楽組曲全曲を収録していたので聴き比べてみたが、音質ではエガー盤が優っている。

それぞれの楽器の分離状態が鮮明で、音色も瑞々しい。

またエガーの使用ピッチがa'=392Hzのいわゆるヴェルサイユ・ピッチであるために、それほどテンポ感は変わらないのに、より風格のある典雅な趣が醸し出されている。

クイケンの方はほぼ半音高いa'=415で、更にリピートや特に必要ないと思われる装飾音をかなり省略してスマートさを出しているが、この点ではエガーはバッハの原典を遵守しているようだ。

そのためにクイケン盤では4曲の演奏時間を合わせても79分余りで1枚のCDに収めているが、エガー盤は94分ほどで2枚組になっている。

一般にバッハの時代のピッチは多様を極めていて、教会における宗教曲の演奏ではオルガンのピッチに合わせることが要求されたし、宮廷での室内楽では合わせる管楽器の調律や音色を生かすために、かなり自由な選択肢があったらしい。

特にヴェルサイユやバッハが晩年に訪れたプロイセンの宮廷では低いピッチが好まれたらしく、エガーもこうした点に着目しているようだ。

尚オーケストラのメンバーはライナーノーツに明記されているが、弦楽は1パート1人で通奏低音にコントラバスとエガー自身のチェンバロが加わる6名が基本で、曲に応じてトラヴェルソ、ファゴット各1名、オーボエ及びトランペットが3名ずつ、ティンパニ1人という編成になる。

コンサート・マスターで第1ヴァイオリンはパヴロ・ベズノシュークで、使用楽器はアントワープの製作者マトゥイス・ホフマンスの手になる1676年のオリジナル、第二番ロ短調で華麗なトラヴェルソ・ソロを演奏するベテラン女流レイチェル・ブラウンは1725年のシェーラー・モデルを使っている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 13:06コメント(0) 

2020年07月16日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



モーツァルトの友人で、ホルン協奏曲を書かせたロイドゲープのように、歴史的に重要なホルン奏者は決して数多くはないが、イギリスのデニス・ブレイン(1921-57)ほど愛され、また事実、圧倒的人気を博したホルン奏者は他にいないであろう。

ロイヤル・フィル、フィルハーモニア管弦楽団の首席奏者を歴任したが、ソリストとしても大活躍し、その人気は著名な指揮者すら羨ましがらせるほどであった。

2008年にリリースされた4枚組EMIイコン・シリーズのボックス・セットで、97年に出された13枚組の全集には及ばないが、ホルンの貴公子デニス・ブレインの奏法のエッセンスが、ソロのみならず室内楽のレパートリーにおいても充分に堪能できる。

しかも録音に関してはモノラルながら最新のデジタル・リマスタリングによって旧盤を凌ぐ鮮明な音質が蘇っている。

モーツァルトの2曲のホルン協奏曲では、1940年代の旧録音と53年のカラヤンとの協演を聴き比べる事ができる。

勿論カラヤンという卓越した指揮者を迎えたことによる結果でもあるだろうが、新録音の方が遥かに緻密で洗練された音楽性が感じられる。

それはブレインが単に天才の名に甘んじていた奏者ではなく、努力の人だったことを窺わせていて興味深い。

彼の演奏の特色は、一瞬の隙も残さない極めて精緻な表現でありながら、それでいて明るく屈託の無い開放的な音色にある。

サヴァリッシュが几帳面に曲の性格を捉えたリヒャルト・シュトラウスの2曲の協奏曲やジェラルド・ムーアのピアノ伴奏による、シューマンの超難曲『アダージョとアレグロ』とデュカスの機知に富んだ『ヴィラネル』、そしてヒンデミット自らの指揮による『ホルン協奏曲』などは現在でも最高水準の演奏として挙げることができるだろう。

ホルンの演奏技術はブレイン以降格段に進化しているはずだが、ブレインの音楽性を凌駕する名手はいないようである。

余談になるが、ブレインはカラヤンのお気に入りでもあり、カラヤンは度々ベルリン・フィルへのヘッド・ハンティングを画策したが、イギリスを離れることはなかった。

カラヤンとはスポーツカーの趣味が一致し、2人ともスピード狂だったので、愛車についての話は尽きることがなかったという。

だがカラヤンはその後次第に飛行機へと関心を移し、それを知ったブレインは「それでも飛行場へは車で行くしかないだろう」と牽制したというから面白い。

だが運命のいたずらか、ブレインは帰宅途中に樹木に激突、36歳の短い生涯を閉じている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 17:14コメント(0)ブレインカラヤン 

2020年07月15日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



最近のワーナーの箱モノでは気の利いたコレクション仕様のセットだ。

ユニヴァーサルであればブルーレイ・オーディオを付けるのが企画の常套手段になってきたが、ワーナーのバジェット・ボックスにはSACDなどの高音質盤が組み入れられる事がまず期待できない。

しかしこのアルバン・ベルクのコンプリート・レコーディング集では62枚のCDに8枚のDVDが加わって、まさに彼らのキャリアの軌跡が俯瞰できるようになっているのがセールス・ポイントだろう。

DVDの6枚はベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集の2回目の収録になる1989年ウィーン・コンツェルトハウスでのライヴで、これらの演奏はCD35-42にも加わっている。

もう1枚がシューベルトの『死と乙女』にちなんだブリューノ・モンサンジョンのドキュメンタリー・フィルムと実際の2つのバージョン、弦楽四重奏と歌曲版とが収録されている。

最後の1枚は1991年に行われたぺテルスブルクでのライヴになるが、彼らの後期のスタイルを知ることができる貴重な映像だ。

解散して久しいアルバン・ベルク四重奏団だが、彼らのデビュー当時は精緻なテクニックから生み出されるカミソリのような鋭利な解釈と豪快なダイナミズムが、現代のカルテットのスタイルとして旋風を巻き起こしたことを覚えている。

その上にリーダーで第1ヴァイオリン、ギュンター・ピヒラーのある意味でスタンドプレイ的なパフォーマンスが強烈な印象を与えたものだ。

なかでもベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集は過去のあらゆるアンサンブルの全曲集とは全く異なった斬新な解釈が新鮮だった。

それは勿論現在でも変わることのない評価であるに違いない。

このコンプリート・レコーディング集には多くの共演者、例えばクラリネットのザビーネ・マイヤー、ピアニストではレオンスカヤやブッフビンダー、アントルモンが招かれたアンサンブルも豊富に収録されている。

それらの大部分が名演の名に恥じないものだが、曲によってはいくらか居心地の悪いゲストになっていることも事実だろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:23コメント(0)アルバン・ベルクSQ 

2020年07月11日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



『カルーソー、愛の歌声』と題されたこの作品はイタリア放送協会RAIによって2012年に制作され、二晩に亘って放送されたテレビ映画になる。

冒頭でもステファノ・レアーリ監督は「自由な脚色によるフィクション」と断り書きを入れているが、それは現在のカルーソーの家族に対する配慮かも知れない。

世紀のテノールと呼ばれたエンリコ・カルーソーの生涯にまつわるエピソードの殆んどが取り入れられているので、彼の伝記映画として観ることも可能だろう。

彼の人生を物語化した映画としてはマリオ・ランツァ主演の『歌劇王カルーソー』が良く知られたところだが、当作品は2部からなる229分の意欲作で、それだけきめ細かく多くの逸話が盛り込まれている。

また主役カルーソーにはテノール歌手のジャンルーカ・テッラノーヴァを起用したところにも前作のハリウッド映画に対する本家のこだわりが感じられる。

イタリア語以外の言語には翻訳されていないのが残念で、カルーソーの輝かしくも波乱に満ちた人生を知る上でも他国語の字幕スーパーを作る価値のある作品だと思う。

ただし万人向けのメロドラマとしての側面があることは否定できない。

それゆえ彼の最初の妻でソプラノ歌手だったアダ・ジャケッティの姿はかなりセンチメンタルに描かれているし、彼女の妹リーナ像については相当のファンタジーが織り込まれていると思われる。

しかしアダ役のヴァネッサ・インコントラーダの微妙な表情の変化による演技は魅力的だ。

尚劇中のカルーソーの声はテッラノーヴァ自身が歌ったものだが、この映画でも使われているSP録音のカルーソー本人の声とは似ても似つかないのはご愛嬌だ。

ナポリからは歴史的な著名人が多く輩出している。

それは音楽界でも同様で歌手ではカストラートのファリネッリ、作曲家ではドメニコ・スカルラッティ、チマローザ、レオンカヴァッロそして現在活躍中の指揮者ムーティもその一人だ。

ここでの主人公カルーソーは貧しい家庭の出身だったが、自分の才能ひとつでオペラ界の寵児となったサクセス・ストーリーが、何よりもナポリの人々に愛されているのは言うまでもない。

地元のサン・カルロ歌劇場でのデビューは失敗に終わり、彼は二度とナポリで歌わないことを決意して、その意志は生涯貫かれた。

彼はその後ニューヨークのメトロポリタン歌劇場のドル箱スターになったが、晩年自分の死を悟ったかのように故郷に帰って来る。

彼の人生はそれ自体がまさにひとつのドラマだったと言えるだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 14:16コメント(0)芸術に寄す 

2020年07月10日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



地中海に面した仏領アルジェリアの都市・オラン。

おびただしい数の鼠の死骸が発見され、人々は熱病に冒され始める。

ペストという「不条理な厄災」に見舞われた街で、人々はいかに生きてゆくのか。

ノーベル賞作家アルベール・カミュ(1913~60)の傑作小説『ペスト』を、現代的視点で読み解いたのが本書である。

カミュ代表作の長編小説『ペスト』は、現在私たちが立ち向かっているパンデミック、コロナウィルスへの対策と事情が酷似していることもあって、予備知識なしでも興味を持って読み進めることができる作品だ。

実際には一連の前作『カリギュラ』『異邦人』及び『シーシュポスの神話」のいわゆる不条理の三部作の後に来る作品で、『ペスト』によって彼の不条理への哲学を推し進めていくことになる。

人間である以上不条理な世界での共存は避けられない。

その中で個人がどういう人生を選ぶかの可能性がここに示されている。

つまりカミュが『ペスト』で巧みに描き出したそれぞれの登場人物にその選択肢が託されている。

このテキストを学習することで人物に託されたメッセージを探り、彼の思想のより深い部分を認識しておくことは、他の作品を読む時にも好都合だろう。

またカミュの生い立ちや人となりを知っておくことは、こうした作品群に対する理解を一層深めてくれる。

父親はカミュがまだ一歳だった頃、第一次世界大戦で戦死し、殆ど無学文盲で障碍者だった母とともに貧困の中で成長する。

『ペスト』の中で医師リウーがペストとはあなたにとってどういうものかと問われた時、彼に『果てしなき敗北です』と言わせている。

そこにはカミュ自身が体験した生まれながらの敗北者のイメージが二重写しになっている。

パヌルー神父の説教ではペストのような災厄は神からの天罰として甘んじて受け入れよと力説させているが、リウーは懐疑的だ。

この小説にはヒーローは存在しない。

親友のタルーの死を看取り、リウーは妻を失いながらも、現実を真摯に見つめてベターと思われる道を模索することでしか不条理を乗り越えることはできないと感じる。

ウィルスが変異を続ける限りワクチンが開発できないのと同様そこには特効薬はない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 14:39コメント(0)筆者のこと 

2020年07月08日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ウエストミンスターのリマスターUHQCD盤の1枚で、ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の主体になるブラームスの2曲が収録されている。

映画『恋人たち』にも使用されたことでも知られる、若きブラームスの情熱と豊かな叙情を歌い上げる弦楽六重奏曲第1番。

イェルク・デムスを迎え、ドラマティックに歌い上げるピアノ五重奏曲。

ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団によるブラームスの内面世界を見事に描き上げた演奏だ。

この手の音源は殆どがモノラル録音であることを覚悟しなければならないが、弦楽六重奏曲第1番は1950年の録音で、やはり音色もいくらかセピア調の感が否めない。

一方ピアノ五重奏曲は1952年で、当時の技術的な改善が音質にも表れている。

いずれもノイズはごく少ないので鑑賞には差し支えない。

録音会場はウィーン・コンツェルトハウスの小ホール、モーツァルトザールで音響も悪くないが、弦楽部とピアノのバランスは必ずしも理想的とは言えない。

またピアノの音色が籠り気味で、高音部の輝かしさに不足している。

モノラルながら、もう少し分離状態が良ければさらにこの演奏の価値を高めていただろう。

この2曲にもウィーンの伝統的音楽性が横溢している。

アントン・カンパー率いるウィーン・コンツェルトハウスの繊細な音色と柔軟な歌心、そして現代ではもはや廃れてしまったロマンティックな感性は得難いものがある。

時代遅れと言ってしまえばそれまでだが、決して懐古趣味の耽美的な表現ではなく、アンサンブルに良い意味での古き良き時代のテクニックを残しつつ沈潜することなく、むしろ生気に溢れている。

若き日のウィーンの名手、イェルク・デムスのピアノには彼らの影響を受けてはいるが、よりクールな一面が新鮮な印象を与えている。

いずれにしても、まだ戦後の混乱期にあって音楽に飢えていたアーティスト達の、情熱の結晶として高く評価したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:51コメント(0)ブラームス 

2020年07月07日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ベルリン交響楽団を離れた後のクルト・ザンデルリンク客演ライヴのひとつ。

ハイドンが1997年、ショスタコーヴィチが99年にそれぞれベルリンで録音され、ベルリン・フィルハーモニーの自主制作によってリリースされた1枚。

音質は良好で客席からの雑音もハイドン演奏終了後の拍手以外は殆んど皆無に近い。

ベルリン・フィル特有の弦楽セクションの統一感と磨き抜かれた音色、またウィンド、ブラス・セクションの余裕のある表現力などが良く捉えられている。

ライヴに付き物の若干の乱れはあるものの、全体的に見れば彼らの実力が発揮された充実した演奏内容になっている。

このディスクにはハイドンの交響曲第82番ハ長調『熊』及びショスタコーヴィチの最後の交響曲第15番の2曲が収録されている。

どちらもザンデルリンクが繰り返し演奏して切磋琢磨した作品だけに、その安定感と確信に満ちた表現が彼の晩年のスタイルを良く表している。

ハイドンではベルリン・フィルの洗練されたテクニックがザンデルリンクによって手際よく纏められている。

ハイドンが最後の交響曲まで第3楽章にメヌエットを置くウィーンのスタイルを捨てなかったように、古典派の音楽から少しも逸脱することのない、しっかりした形式と構成感を示しながら、終楽章では凛としたクライマックスを形成している。

こうした作曲家の様式に対する拘りもザンデルリンクの知的なアプローチによって磐石に示されているところが秀逸。

後者は剽窃の交響曲とも言えるくらい、至るところにショスタコーヴィチ自身や他の作曲家の作品のモチーフが一見何の脈絡もなく使われていて、晩年の作曲家の遊び心とも思える自由闊達な作法に驚かされる。

ショスタコーヴィチと直接交流があったザンデルリンクだけに彼の解釈も、そうしたバーチャルな開放感を自在に描いている。

それは作曲家が抑圧された人生の最後の交響曲で初めて成し得た試みなのかも知れない。

ここでも全楽章を通じて首席奏者達のソロとアンサンブルが聴きどころだが、特にパーカッション群による神秘的な緊張感の中に終えるコーダは象徴的だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 12:17コメント(0)ザンデルリンクショスタコーヴィチ 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ