2022年02月

2022年02月28日


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2017年亡くなったチェコの女流チェンバリスト、ズザナ・ルージチコヴァーの追悼盤である。

LPに付属したDVDにはゲッツェルズ監督によるドキュメンタリー映画が収録されている。

彼女が晩年のインタビューに応えた過酷な人生が多くのクリップや写真と共に語られていて感動を禁じ得ない。

彼女は一部を除いて殆んど英語で話しているが、日本語の字幕スーパーも付けられている。

この字幕に関してはいくらかやっつけ仕事的なミスも散見されるが、大意は問題なく理解できる。

差別と貧困の中でも彼女が捨てることがなかったのは人間愛と音楽への情熱で、その隠された不屈の闘志とも思われる強さを生涯持ち続けたことは驚異的だ。

彼女はその理由として幸福な家庭に生まれたことを忘れず、そして良き夫に恵まれたことを挙げている。

またルージチコヴァーの薫陶を受けた若い音楽家達がその芸術を受け継いでいるのも頼もしい限りだ。

彼女は同郷の指揮者カレル・アンチェルと同じくアウシュヴィッツから命からがら軌跡的な生還を果たしたが、その幸運も束の間で再びスターリン体制の下で屈辱的な生活を余儀なくされる。

また18歳でのピアノのレッスン再開は、先生からも見捨てられた状態だったと話している。

ユダヤ人差別は決して終わったわけではなく、予定されていたアンチェルとの協演は、ひとつの楽団に2人のユダヤ人は多過ぎると当局に阻止されてしまう事件も象徴的だ。

1968年にはソヴィエト軍のプラハ進行によって再び厳しい統制が敷かれ市民の生活は当局の監視下に置かれ、彼女はまたしても過去の時代の到来を感じずにはいられなかった。

この作品を観ているとアンチェルが亡命を決意した理由も非常に良く理解できる。

こうした状況の中でルージチコヴァーはチェンバリストとしての道を決意し、ミュンヘンのコンクールで優勝して西側からの招聘に応じて演奏活動が始まる頃からようやく音楽家としての運が開けたようだ。

彼女はエラートからの提案でバッハのチェンバロのための全作品の世界初録音を完成させた。

後にスカルラッティのソナタ全曲のオファーも来たが、その大事業に取り掛かるには遅過ぎた、再びチェンバリストに生まれたら是非スカルラッティも全曲録音したいとユーモアを交えて語っている。

時代に翻弄され人生の辛酸を舐め尽くした1人の音楽家として信じられないくらいのバイタリティーと豊かな音楽性、そして何よりも厳しくも温かい人間性を伴った演奏を遺してくれたことを心から感謝したい。

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classicalmusic at 19:45コメント(0)バッハ映画 

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カレル・アンチェル生誕100年記念としてチェコ・スプラフォンからリリースされた歴史的映像ライヴ。

画像や音質の面からすれば今一歩といったところだが、このDVDには音楽的な、そして更には思想的な付加価値がある。

ラファエル・クーベリックの亡命後、チェコ・フィルはアンチェルによって世界的にも屈指のオーケストラに鍛え上げられた。

1968年5月12日に彼の指揮によるスメタナの交響詩『我が祖国』で幕を開けたプラハの春音楽祭は、その直後に起きたソ連の軍事介入に伴い、アンチェルの亡命という結果をもたらした。

このDVDは三部分で構成されている。

第一部では69年にプラハ・テレビが制作したドキュメンタリー、『カレル・アンチェルって誰?』になる。

ユダヤ系であった為にアウシュビッツに収容され、家族の中ではただ1人生還したという彼の奇跡的な経歴と、残されたチェコ・フィルとのリハーサルの録画や貴重なインタビューが約30分間収録されている。

第二部は68年、チェコに内政改革の気運が高まっていた、『プラハの春』の年の音楽祭のオープニングを飾ったスメタナの『我が祖国』になる。

ソ連との陰鬱な政治的背景の中で、いやがうえにも盛り上がるチェコの愛国主義を讃えた演奏が感動的だ。

勿論彼の指揮は民族主義を強調したものではなく、音楽のより普遍的な美しさを引き出しているが、誠実で気骨を感じさせる力強さが聴き所だろう。

またチェコ・フィルもまさに彼らの強みを発揮した名演と言える。

最後は66年の音楽祭に迎えられたヴァイオリニスト、ヘンリク・シェリングとの協演によるベートーヴェンの協奏曲である。

シェリングのライヴにしばしば聴かれる気迫のこもった、どこまでも緊張感を貫く透明感のある音色が冴え渡った演奏が秀逸。

総てモノクロ映像でモノラル録音。

字幕は英、独、仏の三ヶ国語でリージョン・フリー。

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classicalmusic at 19:35コメント(0)スメタナアンチェル 

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この作品の冒頭ではドイツが1945年5月に連合国に降伏した後、逸早く進駐してきたソヴィエト側がマテリアル的な復興よりも精神的な文化高揚政策を優先させていたことが述べられている。

敗戦後僅か2週間でベルリン・フィルの最初のコンサートが開かれたことには驚かされた。

勿論それはソヴィエトの周到な政治的目論見があってのことだが、インタビューを受けた人々も打ちひしがれたドイツ国民を新たな希望に向けて士気を高めるためには少なからず貢献したことを認めている。

そして2ヶ月後にアメリカ軍が入ってくる前にソヴィエトの方針は既に徹底されていて、分割された地区によって占領軍同士の政策の相違が次第に鮮明になってくることが理解できるが、悲劇は50年代に入ってからのスターリン体制下での締め付けに始まったようだ。

ペーター・シュライアーによれば旧東ドイツの演奏家が国外で活動できるようになったのは1964年からで、彼らのギャラの20%から50%までが国家に徴収されて重要な財源になっていたが、これに味を占めた国側は外貨獲得のために多くの演奏家を西側に送り出すことになる。

しかし個人的な渡航は一切許可されず、彼らの亡命を防ぐために秘密警察があらゆる監視体制を張り巡らせ、演奏家達にも誓約書へのサインを殆んど強制していたようだ。

ベルリンの壁が築かれたのは西側からの影響を阻むためではなく、東側からの人々の流出を阻止する目的だったことは明白だろう。

演出家クリスティーネ・ミーリッツは『国民全員に国を出る権利がある筈で、それを直ちに許可するか否かは自由だが、壁の前で射殺することは絶対に許されない』と憤りを持って語っている。

国の文化政策の中で最も収益を上げていたのがLPレコードの独占販売だったという事実も興味深い。

レコード製作会社は偶然国営になったようだが、精神的に枯渇していた国民にとってレコード鑑賞は欠かせない趣味に定着して、その影響は皮肉にも西側に及ぶことになる。

制作費が安かったために西側のドイツ・グラモフォンは当初質の高い東側のアーティストの演奏を中心に提携という形で録音したが、国営VEB製作LP第1号がフランツ・コンヴィチュニー指揮、シュターツカペレ・ドレスデンによるベートーヴェンの『英雄』だったことも象徴的だ。

ドレスデンのルカ教会が教会としてよりも録音会場として大修復されるのもレコード産業の一役を担うためだったと思われる。

ベルリンの壁の崩壊は東側に次々と起こりつつあった東欧革命の気運が頂点に達した時期に起こるべくして起こった事件であることは疑いない。

東ドイツは経済的な破綻を国民にひた隠しにして事実を全く知らせなかった。

クルト・マズアの立場からも見えてくるように、当時の音楽家達はそれぞれの立場で抵抗し改善を要求したが、彼らが先頭に立って東西の統一運動を進めたわけではなかった。

インタビューの中でも語られているが、一般的に音楽家で積極的に政治に深く介入しようとする人は少なく、しかもオペラ・ハウスやオーケストラでは西側の団員が去った後、メンバーの大幅な補充が余儀なくされたために、彼らが演奏活動によって困窮しないだけの最低限の生活を約束されていたことも要因のひとつだろう。

最後のシーンは1985年に再建を終えたドレスデンのゼンパーオーパーでの杮落としになったベートーヴェンの『フィデリオ』の上演で、この映画のフィナーレとして最も感動的な部分だ。

演出家ミーリッツは囚人のコーラスの後、聴衆が数分間咽び泣いていたことを自らも涙ぐんで思い出している。

そして何よりも国家による国民への精神的な搾取が堪えられなかったという言葉が痛烈だ。

言語は総てドイツ語だが、サブタイトルは日本語も選択できる。

日本語の字幕スーパーは簡潔に要約されているので意味するところは理解できるものの、日本語の文章としては不自然な言い回しや言葉使いが見られるのが残念だ。

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classicalmusic at 13:07コメント(2)映画芸術に寄す 

2022年02月27日


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「戦争レクイエム」は第1次世界大戦で戦死したオーウェンの反戦詩に拠った大作の、ブリテンの代表作を自ら指揮した記念碑的な録音。

1962年5月にイギリス、コヴェントリーの聖ミカエル教会大聖堂の献堂式のために書かれた。

この教会堂は第2次世界大戦のドイツ軍空襲によって破壊されたもの。

ブリテンは戦争をテーマとし、その悲しみを描くとともに、人々に不滅のメッセージを投げかけるユニークなレクイエムを書き上げた。

同曲の初演翌年(1963年)に録音されたもので、ブリテンの代表作の、作曲者自身の指揮による歴史的演奏である。

名曲ゆえに世界各地で演奏され録音も少なくないが、歴史に残る名盤には大きな意義がある。

初演当時の熱気を収めた作曲者指揮の録音は、ドキュメンタリーとして貴重なだけにどんな名演奏が現れても存在価値を失わない。

まさにいかなる理由があろうとも、今後どれだけの名演が出てこようとも、決して過去の遺物になることがないのが、ブリテンの自作自演録音なのである。

文字通り渾身の力をこめた凄まじい迫力をもった演奏で、ブリテンがこの作品にこめた死者への鎮魂と平和への祈念の深さは、聴く者の心を打たずにはおかない。

ブリテンが作曲にあたって想定したが、初演の時には揃わなかった、英・独・ソを代表する3人のソリスト(ピアーズ、フィッシャー=ディースカウ、ヴィシネフスカヤ)を迎え、緊張とドラマにあふれた熱い歌が感動をよぶ。

ソリストたちがその力を遺憾なく発揮するとともに、ロンドン交響楽団、合唱団も何かに憑かれたように音楽に集中している。

オールドバラ音楽祭をはじめとして多くの競演を重ねてきたオケやプレイヤーたちが、ブリテンの棒の下に集結しているのだ。

作品の原点がここに記録されていて、戦争の記憶がまだ残っている世界に向けて強く平和を訴えかけている。

誠実さを絵に描いたようなブリテンの指揮も音楽の訴えかけるメッセージを聴き手に伝えてくれる。

ブリテンが自作を振って生まれる音楽は、プロポーションが常にクール&スマートでありながらも、音色やバランスなどで、感情を表出させている。

このことは他の指揮者にはマネのできないことである(作品をよく知る者だけに許される)。

敵同士の魂が「さぁ、みんな眠ろう」と静かに歌い出す最後のくだりは、天使の声を象徴するような児童合唱の歌声とともに、胸を締めつけられながらも自らの魂が救済されるかのようで、最も感動的な部分だ。

本盤には、約50分におよぶ牘し録り瓮螢蓮璽汽襪付いている。

ちなみに根っからの人道主義者のブリテンは、第2次世界大戦の際にも兵役を自ら拒否した反戦主義者でもあった。

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classicalmusic at 23:26コメント(0)ブリテンF=ディースカウ 

2022年02月26日


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ウクライナ情勢が予断を許さない状況が続いているなか、米ニューヨークのカーネギーホールは2月14日、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の公演の指揮者について、ロシア人のワレリー・ゲルギエフから別の人物に交代したと発表したことは既に報道されている通り。

ゲルギエフはプーチン大統領の友人で、ロシアのウクライナ侵攻が影響した可能性が高い。

さらにミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団はゲルギエフとの首席指揮者契約の終了を予告。

2月28日月曜までにプーチンの軍事行動を非難しないのであれば、首席指揮者の契約を解除するとゲルギエフに通告したという。

ゲルギエフは、とかくクールな最近の指揮者の中で飛びぬけてスケールの大きな音楽性とヴァイタリティの持ち主であるが、その強みは彼が根っからの劇場育ちというところにあるといってよいだろう。

35歳という若さで名門サンクトペテルベルク・マリインスキー劇場の芸術監督という重責を担い、ソ連崩壊による混乱期を見事に乗り切った手腕は、並々のものではないし、その活動が祖国にしっかり根を下ろしていたのも、心強い限りであった。

抜群の音楽性や指揮テクニックだけでなく、自分の音楽にこうしたバックボーンを持っていることがゲルギエフへの信頼をいっそう大きなものにしているといってよかった。

「スーパー・ダイナミック・コンダクター」といわれるようにきわめてエネルギッシュな指揮は、同時にロマンティックで抒情的な表現にも秀でていた。

しかもその才能の大きさに加えて、統率力とカリスマ性も現代の指揮者の中で群を抜いており、今世紀の音楽界を担う巨匠として国際的に活躍の幅を広げていたところであった。

ところで自由化のあと退潮の傾向を見せるところが多かった旧東側あるいは旧ソヴィエトの中で、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場はゲルギエフを音楽監督に迎えたことによって、予期せぬほどの好調ぶりを示した。

勿論筆者もこのコンビの来日公演に接しているし、オーケストラもアンサンブルを整え、機能的な表現力を増して、かなり上質なものとなっていた。

緊密なアンサンブルを率いて、パワフルかつハイ・テンションで突き進むゲルギエフの熱さにひるんでしまった。

表現にもオケの響きにも、生半可な洗練を持ち込まず、むしろ開き直ってゴリゴリとやってのけたところに、ゲルギエフの野性本能を感じたものだった。

コロナ禍においてもウィーン・フィルを率いて来日公演したのも記憶に新しいが、ここにきてまさかの逆風…、人生どう転ぶかわからないと痛感したところで、今後の動向を注視したい。

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classicalmusic at 20:21コメント(0)ゲルギエフ 

2022年02月25日


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キリル・コンドラシンは1965年から75年にかけて手兵モスクワ・フィルハーモニーとショスタコーヴィチ交響曲全集を完成させていた。

このボックスは本家メロディアからの11枚のCDのリイシュー盤で、既に現在入手困難になっているのが惜しまれる。

個別売りではまだマーケティングに流通しているようだが、曲によってはこのセットと同様法外なプレミアム価格がつけられている。

以前のヴェネツィア・レーベルからの12枚組と比較すると選曲、音質ともに優っていて、こちらが全曲ステレオ録音の音源を纏めているのに対してヴェネツィア盤は交響曲第13番を62年のライヴを加えた2種類、コーガンとのヴァイオリン協奏曲第1番を収録している。

メロディア盤はヴァイオリン協奏曲はオイストラフとの第2番のみだが、交響詩『10月革命』、カンタータ『我が祖国に太陽は輝く』及びオラトリオ『ステパン・ラージンの処刑』を加えたよりコンプリートなオーケストラル・ワーク集になっている。

コンドラシンは交響曲第13番の初演以来、ショスタコーヴィチの作品の最良の理解者だったことから、それらの演奏がある意味で理想的な解釈に基いている貴重な遺産でもある。

それは大指揮者ムラヴィンスキーが多くの初演を果たしながら、後年ショスタコーヴィチから離れてしまった事実とは鮮やかな対照を成している。

コンドラシンの亡命はかえって作曲家の精神を受け継いだ選択ではなかっただろうか。

15曲の交響曲の他に幸いドン・コサックの首領の最期を描いた『ステパン・ラージンの処刑』が収録されている。

この作品も極めて政治的な批判精神を扱っているので、コンドラシン面目躍如のレパートリーだったと思われる。

ステパン・ラージンが処刑場に引き出され、民衆から唾を吐きかけられるシーンは、ショスタコーヴィチ一流の情景描写が際立っているし、民衆がこの処刑に矛盾を感じ始めるあたりから、彼の作曲技法は殆んど精緻な心理描写になる。

コンドラシンの指揮はこうした心理的変化を熟知した恐るべき深みをもっている。

また彼が当時音楽監督だったモスクワ・フィルのミリタリー的な機動力も聴きどころで、抒情的な歌心にも不足していないし、決して硬直感もない。

むしろムラヴィンスキー、レニングラード・フィルの方が冷徹に感じられる。

この全集が録音された当時、ソヴィエトでもようやくステレオ録音が一般的になって、音質も西側並みに向上していた。

高音は及第点と言ったところで低音部も良く響いて色彩感にも不足していない。

欲を言えば中音域にもう少し厚みが欲しいところだが、総てが良好なステレオ録音だ。

ただし交響曲第13番『バビ・ヤール』は1967年の歌詞改訂版が使われている。

この作品の初演及び2日後の再演以降、当局からソヴィエトのユダヤ人迫害を仄めかす部分について歌詞を変更しない限り上演禁止の通告を受けた。

この演奏では音楽はオリジナルだが、歌詞の一部は詩人エフトゥシェンコ自身の改作によっている。

バスのエイゼンが美声だけに残念だ。

ちなみにディスコグラフィーを見るとコンドラシンはこの曲を5回録音している。

初演メンバーによる1962年のモノラル録音はプラガからハイブリッドSACD化されているが、最も音質に恵まれているのは80年にバイエルン放送交響楽団を指揮したライヴで、バスは英国人シャーリー・カークがロシア語で健闘している原語録音だ。

レギュラー・フォーマットとSACD盤がタワーレコードからリリースされている。

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classicalmusic at 13:48コメント(0)ショスタコーヴィチコンドラシン 

2022年02月22日


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20世紀末のイタリアで、生命感あふれる演奏でバロック音楽解釈に新風を巻き起こした才人古楽器集団イル・ジャルディーノ・アルモニコを率いるリコーダー奏者ジョヴァンニ・アントニーニ。

近年はルネサンス作品を集めた驚くべきアルバムを作ったり、古楽器と現代楽器を使い分けながら多角的な活動を続けるバーゼル室内管弦楽団とも痛快なベートーヴェン交響曲全集をリリースするなど、その活動領域の広がりは目を見張るばかり。

2013年以降はAlphaレーベルを録音パートナーに選び、ハイドン生誕300周年となる2032年までにこの作曲家の100曲以上ある交響曲を全て録音するというプロジェクトも手がけ、アルバムが出るたび大きな話題を呼んできた。

自身のグループであるイル・ジャルディーノ・アルモニコと精鋭集団バーゼル室内管弦楽団という2つの楽団を共演に選び、イタリア古楽界の先端で活躍する名手たちもメンバーとして加えながら、今夏までにリリースされてきた10枚がこのたびボックス化された。

筆者自身いつかはボックス化されると思っていたので、1枚1枚買い揃えるのは控えていたが、意外に早くこれまでにリリースされたので即座に聴いた次第である。

ハイドンの交響曲全集を鑑賞することは、そのまま交響曲の形成される歴史を辿ることになる。

しかし106曲の交響曲を全曲録音することは営業的には賭けをするようなもので、過去には頓挫した企画もある。

それだけにジョヴァンニ・アントニーニ率いるイル・ジャルディーノ・アルモニコの挑戦には是非完遂を期待したい。

彼らの演奏がメルツェンドルファーやドラティの全集と決定的に異なる点は、総てピリオド楽器とピリオド奏法による再現だが、音楽表現に関してはかなりラディカルなところがある。

それがかえってクラシックの疾風怒涛時代にイタリア・オペラの序曲や管弦楽組曲などの影響を受けつつ、ハイドンと同時代の作曲家達によって次第に交響曲という曲種に醸成されていく過程を明らかにしている。

この全集の特徴は、ハイドンだけでなく彼に影響を与えた音楽家の作品、その中にはかなり珍しい曲目も併録していることで、ディスクの枚数は増えるがぺダゴジカルな興味が湧く趣向が面白い。

イル・ジャルディーノ・アルモニコの演奏は彼らがバロック音楽でやってきた、とびっきり生きのいい演奏と辻芸人的な野趣が生かされた、独自の解釈がここでも面目躍如だ。

初期の交響曲はヴィヴァルディの協奏曲のようだし、驚かされることはあっても決して退屈なパフォーマンスではない。

指揮者アントニーニの即興性の裏に隠されたハイドンへの熱心な研究と深い造詣には感心せざるを得ない。

現在11集目がリリースされたところだが、今後が楽しみな全集になりそうだ。

レギュラーフォーマット盤だが音質は極めて良好。

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classicalmusic at 12:00コメント(0)ハイドン 

2022年02月20日


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ブラームスの交響曲第1番は1980年2月29日、カップリングされたメンデルスゾーンの交響曲第4番『イタリア』が1979年11月17日のそれぞれアムステルダムにおけるライヴ録音になる。

当時のコンドラシンとコンセルトヘボウの強い絆を髣髴とさせる気迫に満ちた演奏である。

どちらも熱演というよりはむしろ様式に則った堅実な解釈が聴きどころだろう。

ブラームスでの冒頭のティンパニの連打も抑制され、ひとつの楽章を突出させることなく全体の均整を取って絶妙なバランスを保つことで、かえって荘重な音楽を築き上げている。

第3楽章のヴァイオリン・ソロはコンサートマスターのヘルマン・クレバースで、同メンバーによる『シェエラザード』同様ここでも高貴な抒情を湛えた奏法が美しい。

終楽章も感情に流されることなく、堅牢な古典的形式感が保たれたスタイリッシュな安定感がある。

メンデルスゾーンでも血気にはやる演奏ではなく、いくらかクールでコンセルトヘボウのアンサンブルの確実さと作品の起承転結をわきまえた再現が生きている。

第2楽章アンダンテのカンタービレも他の楽章との調和を考慮した表現だ。

終楽章でのイタリアの舞踏音楽サルタレッロも疾走することなくコントラストを聴かせる頭脳的な指揮もコンドラシンらしい。

キリル・コンドラシン(1914-1981)はオランダ亡命以前からコンセルトヘボウ管弦楽団に頻繁に客演していた。

この一連のライヴ・レコーディングは当時の国営オランダ放送協会NOSと、民間下請け業者NOBが共同制作したマスターになる。

地元フィリップスがリリースした9枚のLPを1990年代に8枚分のCDに再編集したものだ。

フィリップス・レーベルの消滅後、版権の問題から残念ながら総て製造中止の憂き目に遭っている。

いずれも音楽的に充実した質の高い演奏なので、今後はブルーレイオーディオなどに高音質化されての復活を望みたい。

客席がオーケストラの背後にも設置されているコンセルトヘボウの弱点で、時として聴衆からの咳払いがダイレクトに捉えられているが、音質は鮮明で高度な鑑賞にも充分堪え得るものだ。

尚この8枚に収録されなかった同メンバーによる更にCD3枚分の音源は仏ターラ・レーベルからリリースされている。

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classicalmusic at 10:30コメント(0)コンドラシンメンデルスゾーン 

2022年02月18日


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2018年がアメリカの軽音楽作曲家ルロイ・アンダーソン生誕110周年ということもあって、既にふたつのレーベルから自作自演集がリリースされた。

スクリベンダムと英リアル・ゴーン・ミュージックでどちらも4枚組リマスタリング盤だが収録曲目が若干異なっていて、こちらのスクリベンダム盤は最後に自作ミュージカル『ゴルディロックス』からのセリフを除いた序曲、アリア、重唱及びコーラスのステレオ録音を組み入れているのが特徴だ。

演奏者ではソリストの名前はある程度記載されているがオーケストラについては一切明らかにされていない。

過去にリリースされたCDにはルロイ・アンダーソン・アンド・ヒズ・ポップス・コンサート・オーケストラと表記されていた。

かなり高度な機動力を持っていてリズム感も良くアンサンブルも上手いので決して機会のための寄せ集めではなく、おそらくゴールドマン・バンドやボストン・ポップス・オーケストラのピックアップ・メンバーによって構成された楽団と思われる。

ルロイ・アンダーソンを世に出したアーサー・フィードラー指揮する当時のボストン・ポップスはRCAビクターと契約していたので、版権の異なるデッカやコロムビアでの演奏では名称を伏せたのかもしれない。

ちなみにフィードラー、ボストン響もほぼ時を同じくしてルロイ・アンダーソン作品集を録音しているが曲数はずっと少ない。

その他マーキュリーのリヴィング・プレゼンスからのフェネル、イースター=ロチェスター盤、ヴァンガードのアブラヴァネル、ユタ交響楽団、ナクソスのスラットキン、BBC盤などの選択肢がある。

ここでは目の醒めるような速いテンポで颯爽と演奏するアンダーソンのオリジナリティーが全開で、当時のパワフルで屈託のないアメリカを反映しているところが象徴的だ。

尚最後のミュージカルだけは指揮がリーマン・エンジェルに代わっているが監修は常にアンダーソン自身で、作曲者の意図が忠実に実現されたオリジナル・キャスティングによる貴重なセッションになる。

彼らしい軽快な曲の連続するロバウト・サウジー原作の童話から脚色された作品だが、短い曲に機知とユーモアを集中的に盛り込んだアンダーソンにとって、実力を発揮できるジャンルではなかったらしくミュージカルの定番としては残らなかった。

音質については録音と再生技術でそれぞれのメーカーが鎬を削っていた当時のアメリカだけに、1958年から62年にかけてのステレオ録音の状態はすこぶる良く、パートごとの分離状態にも優れていて、半世紀前の録音とは思えないほど生き生きした音楽の息吹きを伝えている。

尚CD1の前半及びCD3はモノラル録音でやや音質も落ちるが時代相応以上の音質が確保されている。

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classicalmusic at 11:37コメント(0)現代音楽 

2022年02月16日


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以前はバッハの楽譜を選択する際、ウィーン原典版の赤表紙が最も信頼のおける楽譜だった。

勿論その価値は現在でも変わっていないが、ベーレンライターから新バッハ全集の叢書楽譜が刊行されてからは、ヘンレーも原典版を出版するようになった。

したがってこれら3社のものはいずれもほぼ共通した校訂版になる。

ただしベーレンライターの叢書版は、大部の研究書なので演奏にはコピーが必要になるし、価格的にもかなり高くつく。

ヘンレー版は曲集として何曲かをまとめたアルバムで、比較的廉価で購入できるが、紙質がやや劣る。

一方このウィーン原典版Urtextは『平均律』のような一連の曲集や『パルティータ』などの組曲物を除いて基本的に単独の曲目で個別売りしている。

価格そこ多少高めだが解説が充実している。

『半音階的幻想曲とフーガ』には異稿譜も存在するので、それらも一応目を通しておいた方が良い。

このウィーン原典版にはこうした異稿譜もサンプルの楽譜を挙げて言及している。

1ページのみだが1735年の写本の写真も掲載している。

原典にないものとしては運指番号が記されていることだが、これは学習者の助けになる。

また巻末に装飾音、アルペッジョなどの妥当な奏法を纏めて練習者の便宜を図っている。

プロの演奏家でなくてもバッハの音楽とその当時の奏法を知るには最低限ウィーン原典版での学習は必須と思える。

いずれにしてもバッハは最高の教材は最高の芸術作品でなければならないと言っていた。

この楽譜からは単に基礎的な演奏技術だけでなく、対位法と楽曲の展開の基礎を学ぶことができる。

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classicalmusic at 12:14コメント(0)バッハ書物 

2022年02月12日


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田部京子の演奏で1996年にリリースされ、大好評を博した「プレイアデス舞曲集」の続編になる。

本盤に収められている作品の多くは田部京子のために書かれたもので、彼女の魅力を最大限に引き出した珠玉の小品である。

まずは、このように美しいピアノ作品集を作曲した吉松隆氏に感謝の気持ちを捧げたい。

今回収録されているのは、「プレイアデス舞曲集」第6集から第9集までと、田部の誕生日に贈られた「2つのロマンス」、そしていくつかの小品集である。

収録曲は、いずれも“夢”と“星”に因んだものばかり。

透明、リリカル、美しい、シンプルといったお約束めいた単語を書き連ねて、吉松隆氏の作品を論じるつもりはないが、田部京子という類い希な表現者を通じて、確固たる“小宇宙”を形成しているのが、とにもかくにも印象的だ。

タイトル通り、夜の空にひとりでしんと耳をすますと宇宙から聴こえてきそうな星の音、星の燃える音、ぶつかる音...それらを音曲にしたような星の音楽。

どの楽曲も、現代の作曲家とも思えないような美しい旋律に満ち溢れた名作であり、各楽曲につけられた題名もセンス抜群である。

全部で38の“小宇宙”を聴き終えて、ある時は慈しむように、またある時は鋭敏に奏で上げていくピアニストのセンスが実感できる、きわめてユニークなアルバムになっている。

筆者も、前作で初めて吉松隆氏の作品に接することになったが、今作もそのあまりのセンス抜群の美しさにすっかりと感動してしまった。

吉松隆氏と言えば現代クラシック界の難解な音楽に反旗を翻すいわば異端的な存在とも言えるが、だからといって彼を退嬰的であるとは少しも思わない。

吉松隆氏の音楽にサティやドビュッシーなど近代の作曲家の影響を見出すのはた易いが、彼の音楽は間違いなく20世紀初頭に書かれ得たものではなく、紛れもない、我々現代人の感性によって生み出されたものである。

ジャズとクラシックとの融合が20世紀初頭の音楽家たちにとって1つの前衛であったように、吉松隆氏の音楽は、ポップスとクラシックの高度な融合を図っているように思える。

そして、この手の試みの中で稀有な成功を果たした例として、彼の音楽は世界の最前衛に位置していると言っても過言ではない。

演奏であるが、田部京子は極めて洗練された魅力的な音色で描き出していて、このような美しい作品にびったりと言えよう。

田部京子はその簡潔な譜面に豊かなイマジネーションを投影し、感覚に訴える演奏を聴かせるが、常に芯が通っていて、流れが引き締まっている。

田部京子は、この同じデンオン・シリーズの中で、メンデルスゾーンの無言歌集(吉松隆氏の作品と同様の美しい小品集)でも名演を録音しているが、アプローチはメンデルスゾーンの場合と同じ。

女流ピアニストならではの繊細なタッチと、ここぞという時の力強い打鍵がバランスよくマッチングしており、吉松隆氏の素晴らしい音楽を更なる高みに持ち上げている。

ただでさえ美しい38の各楽曲が、同CDの宣伝文句にも記述されているように、あたかも宝石のような38の神秘的な小宇宙を紡ぎ出していっている。

そう、まずは虚心坦懐に耳を傾けてみよう! 20世紀末から新世紀へと移り変わった期間に、作曲者が書き綴った“夢”と“星”に寄せる愛すべき歌が聴こえてくることだろう。

音質も非常に鮮明であり、田部京子の繊細なタッチがよりクリアに表現されている点も、本CDの価値を大いに高めるのに貢献している。

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classicalmusic at 09:32コメント(0)現代音楽 

2022年02月09日


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吉松隆氏自身が「点と線だけでできた最小の舞踊組曲」だというこの作品は、耳に優しく心地よく響いてくる小品集。

最長でも3分に満たぬ小曲集でありながら、いずれも幻想的かつ情緒的で、星夜の空によく似合う逸品揃い。

しめやかな曲、軽やかな曲と曲想は様々ながらも、どことなく万葉の息吹を感じさせる神話的な透明感が聴く者の心を慰める。

まずは、このように美しいピアノ作品集を作曲した吉松隆氏に感謝の気持ちを捧げたい。

どの楽曲も、現代の作曲家とも思えないような美しい旋律に満ち溢れた名作であり、各楽曲につけられた題名もセンス抜群である。

筆者も、本CDではじめて、吉松隆氏の作品に接することになったが、そのあまりのセンス抜群の美しさにすっかりと感動してしまった。

吉松隆氏と言えば現代クラシック界の難解な音楽に反旗を翻すいわば異端的な存在とも言えるが、だからといって彼を退嬰的であるとは少しも思わない。

吉松隆氏の音楽にサティやドビュッシーなど近代の作曲家の影響を見出すのはた易いが、彼の音楽は間違いなく20世紀初頭に書かれ得たものではなく、紛れもない、我々現代人の感性によって生み出されたものである。

ジャズとクラシックとの融合が20世紀初頭の音楽家たちにとって1つの前衛であったように、吉松隆氏の音楽は、ポップスとクラシックの高度な融合を図っているように思える。

そして、この手の試みの中で稀有な成功を果たした例として、彼の音楽は世界の最前衛に位置していると言っても過言ではない。

演奏であるが、田部京子は極めて洗練された魅力的な音色で描き出していて、このような美しい作品にびったりと言えよう。

田部京子はその簡潔な譜面に豊かなイマジネーションを投影し、感覚に訴える演奏を聴かせるが、常に芯が通っていて、流れが引き締まっている。

田部京子は、この同じデンオン・シリーズの中で、メンデルスゾーンの無言歌集(吉松隆氏の作品と同様の美しい小品集)でも名演を録音しているが、アプローチはメンデルスゾーンの場合と同じ。

女流ピアニストならではの繊細なタッチと、ここぞという時の力強い打鍵がバランスよくマッチングしており、吉松隆氏の素晴らしい音楽を更なる高みに持ち上げている。

ただでさえ美しい35曲にものぼる各楽曲が、同CDの宣伝文句にも記述されているように、あたかも宝石のような35の神秘的な小宇宙を紡ぎだしていっている。

音質も非常に鮮明であり、田部京子の繊細なタッチがよりクリアに表現されている点も、本CDの価値を大いに高めるのに貢献している。

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classicalmusic at 10:42コメント(0)現代音楽 

2022年02月06日


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戦後、ブーレーズ、ノーノとともに“前衛三羽鴉”と呼ばれ楽壇を牽引したシュトックハウゼンは、2007年に惜しくも世を去ったが、彼の初期を代表する名作「ピアノ曲I-XI」が再発売された。

1950年代、60年代のヨーロッパ前衛音楽の指導的立場にあった、ドイツのシュトックハウゼンの代表作を集めたアルバム。

セリエリズムに基づく作風ながら不確定性・偶然性を取り入れた「ピアノ曲XI」をはじめとして、聴き手を圧倒するシュトックハウゼンの世界がここにある。

彼はミュージック・セリエルの方法論を出発点にしながらさまざまな作曲理論を展開・実践し、同時代者たちに多大な影響を与えた。

ピアノ曲気らⅪ は、初期の点描主義から群作法、持続のセリー、偶然性の導入にいたるシュトックハウゼンの思索の足跡を一望するのに格好のシリーズである。

とくに現代音楽演奏のスペシャリスト、コンタルスキーによる演奏も魅力的で歴史的名演と呼べるもので傾聴に値する。

アロイス・コンタルスキーは、そのクリアなタッチと力強い音楽創りに定評があり、現代ピアノ作品の演奏の場には、弟のアルフォンスと共に欠かせないピアニストであった。

このLPは1970年に日本でリリースされたが、戦後の前衛音楽を常にリードしていたシュトックハウゼンのピアノ曲機Ⅺ を入れたもので、70年大阪万博にシュトックハウゼンが来日するのに合わせて出された。

しかしこれによってシュトックハウゼンが提唱していた「群作法」「可変形式」「多義形式」などの前衛音楽の概念が、より明確にされた歴史的なディスクといっても過言ではない。

2曲のミクロフォニーも電子音楽のパイオニアであった作曲者のライヴ・エレクトロニック・ミュージックの傑作で、想像力豊かな音の出会いが聴ける。

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classicalmusic at 14:51コメント(0)現代音楽 

2022年02月03日


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ワーグナーの楽劇《トリスタンとイゾルデ》は特別な作品である。

誕生以来オペラの中心的主題は恋愛悲劇だが、その頂点を成すのが《トリスタン》ということになる。

指揮者たちは誰も彼も、いざというとき《トリスタン》を振りたがる。

メトロポリタン・オペラに呼ばれたマーラーは《トリスタン》を要求した。

そのすぐ後に招かれたトスカニーニも同じく《トリスタン》を指揮させるという条件を出し、二人の間に問題が起こっている。

フルトヴェングラーもベームも、ここぞというときに、《トリスタン》に挑んだ。

そしてカラヤンの表舞台への登場が「奇跡」と呼ばれたのは、1937年ウィーン国立歌劇場での《トリスタン》と、翌38年ベルリン国立歌劇場での《トリスタン》だった。

カラヤンは自分がどんな作品で世に出るべきかを、よく心得ていた。

カラヤンの名を轟かせるには、ウィーンとベルリンに《トリスタン》で登場するより良い手段はない。

もっとも、指揮者の多くがそう望むが、なかなか実現できないというだけの話。

レナード・バーンスタインは、バイロイト音楽祭に呼ばれたとき、断固として《トリスタン》を主張し、とうとうバイロイトで振らないまま逝った。

カラヤンは間違いなく実力があったが、同時に野心と政治力があり、さらに幸運の女神を味方につけていた。

《トリスタン》で華々しく世に出たカラヤンだが、若い頃の演奏がどうだったかは、推定するほかはない。

本セッションの1970年のものとは大分違い、さっそうとした演奏であったことは、容易に推測できる。

一方にフルトヴェングラーをはじめとするロマンティックなワーグナー演奏があり、カラヤンのワーグナーはそうした演奏とは一線を画したものとして注目を集めていたからだ。

ワーグナーでこそ「ドイツのトスカニーニ」的なところが示されたのではないか。

ここにとり上げるのはカラヤンの同曲唯一のスタジオ録音で、彼はこのとき62歳、どうも指揮者にとって《トリスタン》を指揮するのに最もふさわしい年齢は60代であるらしい。

ベームがバイロイトでこの作品の指揮を始めたのは67歳だった。

フルトヴェングラーもバーンスタインも60代の後半で《トリスタン》を録音した。

カラヤンは、最晩年に今一度《トリスタン》全曲を上演、録音したかったようだがついに果たせなかった。

当時のEMIの録音の特色でもあったのだが、この録音には、クリアーさに欠ける部分があるのがどうしても欠点として残る。

それでもカラヤンとベルリン・フィルにしかできない極限のピアニッシモが織り成す官能的な表現は、幻のような愛の世界へと聴き手を引き込む。

カラヤンとベルリン・フィルの関係が最も緊密な時代の録音だけに、華麗な官能美にあふれた管弦楽の有機性は、他に比肩するものがない。

ベルリン・フィルの驚異的な合奏能力と表現力をフルに発揮してつくり出された音の極限的精錬と美感もさることながら、それが単なる審美的な彫琢だけにとどまらず、《トリスタン》は聴き手の官能を呪縛し、音楽の奔流と陶酔の中に巻き込んでしまう。

時おり起こる嵐のような高揚ではベルリン・フィルがここぞとばかりに圧倒的な表現力を示すのもインパクトがある。

カラヤンの黄金期を支えた名歌手たちによる配役も素晴らしい。

ヴィッカーズとデルネシュのコンビも最高で、この2人は幻のなかで唯一リアリティを持って存在する。

圧倒的な声の威力と鋭い緊張に加え、デリケートなやさしさと繊細な情感にも不足のないデルネシュ。気迫に満ちた歌唱で抜群の存在感を示すヴィッカーズ。

愛し合う2人以外にも当時としては申し分のない歌手が揃えられており、各人が最良の歌唱を展開している。

カラヤンはそうした声を管弦楽に組み込み、その精密無比な響きの美の中に溶解させる。

しかし、激しく熱い愛や情念とは結びつかない、徹底的に美が支配する《トリスタン》である。

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classicalmusic at 10:13コメント(0)ワーグナーカラヤン 

2022年02月01日


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武満徹の代表的作品4曲を作曲者本人の立ち会いのもとに収録したアルバムで、故若杉弘による素晴らしい名演である。

武満徹入門には文句なしの1枚で、作品は武満の(真に音楽的な意味で)代表作と言えるし、演奏の規模・迫力、魅力と他に比べられない傑作の名演集と言える。

鶴田/横山にとって6回目の録音にあたる「ノヴェンバー・ステップス」ほか、デジタル初録音となった「弦楽のためのレクイエム」など、静謐の中に色彩感あふれる演奏が魅力である。

武満徹の「弦楽のためのレクイエム」や「ノヴェンバー・ステップス」の名演としては小澤による名盤があるが、本盤の若杉の演奏は冷静かつ情熱的で、小澤盤とは違った性格の名演と高く評価したい。

小澤の名演は、武満徹が記した複雑なスコアを、独特の鋭い感性で描き出していくのに対して、若杉の名演は、ある種のドイツ音楽を指揮する時にように、厳しい造形美と重厚さが持ち味と言える。

武満徹の立ち会いのもとで行われた録音ということもあり、作曲者としても、このようなアプローチを容認していたと言うことであろう。

特に、「弦楽のためのレクイエム」は、曲の性格もあり、小澤の名演よりも、より心の琴線に訴えかける力強さに溢れて感動的だ。

「ノヴェンバー・ステップス」は、小澤盤と同格と言えるが、ゆったりとした深みのある味わいを求める聴き手からすれば、本盤の方を選ぶのが適切とも考えられる。

併録の「ヴィジョンズ」も名演であり、どれも美しい緊張感と知的な彩りを帯びた演奏で聴き応えがある。

指揮者も凄いが、オケも凄く、東京都交響楽団というオーケストラは、もしかして日本一のオーケストラかもしれないという確信を抱かせる。

武満徹の代表的な作品を集めたCDとして、小澤盤と並んで、代表的名盤との地位は、今後とも揺るがないものと考える。

1991年の録音で、もう30年程前の録音ではあるが、音質は良好なレベルと言って良い。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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