2007年10月08日

作品の解釈


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今日では作曲を音楽に於ける最も重要な営為であるとみなし、スコアに忠実であることを演奏の基本要件とする傾向が強い。しかし演奏自体も一つの芸術行為である以上、そこに演奏者の個性も現れなければ真の演奏芸術とはなりえない。これら二つは一見相容れぬようにみえるが、決してそうではない。

普通、演奏に際して唯一の手ががりとなるのはスコアであるが、それはあくまでも手がかりにすぎず、真の音楽はその奥にこそ存在しているといえる。つまり、客観的と思われるような解釈でも、スコアの奥に隠されている作曲者の真の意図を探り当てる(または抉り出す)主観的な作業が必要なのである。

主観的なフルトヴェングラーの好敵手で、客観的と評されていたアルトゥーロ・トスカニーニには「愛」「情熱」「正義」「歌」などを信条に作曲者の忠実なる僕と化していながらも、フルヴェンとトスカニーニの両者の質の差異は今日の我々の耳からすると実は大きくなく、今現在から振り返って聴いてみると、実は演奏スタイルの違いだけが歴然としているのだと私には聴こえてくる。客観主義の権化とみなされたトスカニーニも実はそれだけではないことが、スコアを見ながら「運命」を聴くとよくわかる(一目瞭然!)。

それに対し、客観的といわれるトスカニーニの外見だけ真似ている現代の演奏家は、作曲家が音によって繰り広げる内的世界を探る作業の質に問題があるように思える。おそらく作品への忠実を意識しているためであろうが、えてして無味乾燥な演奏が増えてしまった。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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