2007年11月11日

象徴性の純度


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その象徴性の純度というものを考えつき、私はポール・ヴァレリーの、あのソクラテスが踊る女人の姿を凝縮して語る美しい一節を想起するのである。

それは「生命のあの高揚と振動、あの緊張の支配、得られる限り敏捷な自分自身のなかで、あの恍惚状態へは、内面から湧き上がるような力を持ち、恥や煩い、愚かさなど生活の単調な過程はそのなかに焼きつくされて、女人のなかにある神のように尊いものを我々のなかに輝かせてくれるであろう」と。

これはもとより両者を同次元で論ずることはできないのかもしれない。しかし動くものの究極に言語という形を与えようと象徴性の純度を高めてゆく時、期せずして想像力が踊りのイメージを形どる連想作用に誘われるということは、大変興味深いことだと思うのである。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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