2007年10月24日

追体験


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後述するが、フルトヴェングラーが最も得意としたのはベートーヴェンであった。

彼はワーグナーでもブラームスでも、曲自体を深く研究して、心の中にその作品のイメージを明確に浮かび上がらせて、それを演奏によって実体化させる。

フルトヴェングラーは透徹した解釈をもって楽曲の構造を明解に展示するが、そうした外形の美を超えた深い芸術的ファンタジーと表現の多様さによって、聴く者を名曲の奥深くへ誘い込み、限りなく豊かな音楽的愉悦に浸らせる。

特にベートーヴェンにおける彼のやり方は無類のものがあった。彼は身をもってスコアの中に入り込み、ベートーヴェンの心と一体になろうとする。汗水たらさないベートーヴェンなど、そんなものはベートーヴェンでも何でもない、と言わんばかりに、彼はこの作曲家と共に苦しみ、叫び、闘い、歓喜し、深い内省に沈む。

それを彼は「追体験」と呼ぶ。


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classicalmusic at 22:48コメント(2)トラックバック(0)フルトヴェングラー | ベートーヴェン 

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コメント一覧

1. Posted by tomo   2008年03月12日 00:15
いつも配信、有難うございす。
質問なのですが、フルトヴェングラーが彼の著書で「追体験」について述べている箇所を具体的に知りたいのですが、よろしくお願いします。私も音楽演奏において最も大事なことと考えていますので。
2. Posted by 和田   2008年03月12日 15:02
コメントありがとうございます。音楽に対する真摯な姿勢に敬服いたします。

フルトヴェングラーは彼の著書である『フルトヴェングラー音楽ノート』カレンダーより1945年に以下のように述べています。

「どうしてベートーヴェンの演奏がこのように粗悪なのであろうか。それは、彼が彼の気質にしたがって極端な諸状況を具現しているからである。再現者も同じく、極端な状況に身を置かねばならない。多くの人は最初からこれをなしえない。またある人はこれを欲しない。彼らはこの極端な状況を支えている深い調和と合法則性を知らないのだ。この二つのもの、つまり普遍的な合法則性と極端な特殊性とを支配できる人だけが、いかにベートーヴェンの作品を正しく再現するかを考えうるのである。」

フルトヴェングラーは「極端な状況」を「追体験」しなければ、とてもベートーヴェンの正しい演奏はできないと考えていたことがうかがわれます。

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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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