2007年11月12日

柔軟性があったバッハ


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私の少年期の記憶をたどれば、かつて日本でクラシック音楽といえば、ハイドン、モーツァルト以後の音楽が中心で、バッハも「古典派」の音楽とみなされ、19世紀的解釈で演奏されていた。

しかし1960年代に始まった「バロック音楽ブーム」によって当時の楽器や演奏様式による本来のバッハが聴かれるようになると、それは古さを感じさせるのではなくむしろ新鮮さを感じさせ、時代がかった古典派、ロマン派の音楽に食傷ぎみだった多くの人々に歓迎されることとなった。

ところで、バッハの伝記的イメージは、かつては「信仰篤い教会音楽家」だった。確かにバッハは約200曲の教会カンタータや大規模な受難曲を作曲し、また教会の象徴であるオルガンのための作品を多数書いた。

しかし、バッハは自分の置かれた地位が教会の音楽監督(カントル)であればオルガン曲や教会カンタータを書き、信仰よりも音楽を楽しむことを趣味とした領主の宮廷楽長になったときには協奏曲(コンチェルト)やチェンバロ曲を書く、というように自分の環境に柔軟に対応して、要求される音楽を作曲している。

ここからは極めて実務的に仕事をこなすプロの音楽家のイメージは得られるが、禁欲的宗教者のイメージはない。

しかし、あまりに「信仰篤い」イメージが強かったために、その反動として今度は人間的な側面を過大視する見方も現れた。例えば「バッハは2人の妻を持ち、多数の子供をもうけた」ということが取り沙汰される。

確かにバッハは最初の妻の死の1年後に再婚しているが、これは当時の習慣としては普通のことだった。

また、2人の妻との間に20人の子供が生まれたのも事実だが、栄養状態の悪い当時、生まれた子供の大半は生後1年以内に死んでおり、成人したのは10人で、これも当時としては普通のことだった。

いずれにせよ、バッハは聖人でもなければ俗物でもない、ごく普通の人間だったということである。

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classicalmusic at 20:35コメント(0)トラックバック(0)バッハ   この記事をクリップ!

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