2007年12月02日

カルロス・クライバーとその特異な性格


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1930年、名指揮者エーリッヒ・クライバーを父としてベルリンで生まれたカルロス・クライバーは、アルゼンチンで少年時代を過ごした後、父親の反対を押し切って、スイス、ドイツで音楽修業を行った。

1973年、ウィーン国立歌劇場に「トリスタンとイゾルデ」でデビューした後、おそらく世界で最も人気があった指揮者である。

しかし、1999年1月から2月にかけてバイエルン放送交響楽団を指揮したのを最後に公の場からほぼ姿を消した。

そして2004年7月13日、バレーダンサーの夫人 Stanka Brezovar の故郷スロヴェニアにて闘病生活(肝臓癌)の果てに死去。生前のクライバーを知る人の間には自殺説も流れた。

クライバーは、指揮者としてはなはだ特異な性格だった。彼には、コンスタントに仕事をしようという欲がない。名オーケストラの監督になろうという欲もない。ギャラは桁外れに高かったが、かといってお金のために仕事をするという風でもなかった。

マルタ・アルゲリッチが最近ソロ活動をなぜやらないんだというファンの疑問とどこか通じるものを感じる。

それでもまだ1980年代までは、バイエルン国立歌劇場を中心に定期的な出演が見られたのだが、1990年代以降は極端に出演が減り、年に一度も指揮しないという様相を呈するに至った。

病気ならともかく、音楽史上これほど指揮しない一流指揮者はかつて存在しなかった。

私がローマに語学留学した際に、テキストのあるページに、クライバーがサルディニア島で演奏した新聞記事が載っていたが、それは誰にも予想できないリゾート地だったからではないだろうか。なぜならクライバーはローマとかナポリといった大都市の演奏会はことごとくキャンセルしていたからだ。

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