2008年01月07日

ライヴはオーディオをしのぐか?


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私は昨年クレーメルとツィメルマンのコンサートに行く予定だったのが、友人宅の優秀なオーディオでオイストラフとリヒテルのフランク/ヴァイオリン・ソナタを聴いて、これをしのぐ演奏はありえないと考えコンサートに行くのをやめてしまった、という記事を書いたが、ここで問題となるのは、「やはりクラシックは生で聴かなければ本当の良さがわからない」という見解である。

結論を先に述べるなら、「同一の演奏が適切な環境で聴ける、という条件が満たされる場合にのみ、ライヴはオーディオをしのぐ」といえよう。具体的にいうなら、例えばクレーメルやツィメルマンが最高のコンディションで、最高の集中力で演奏したフランクを、適切な演奏会場のよい席で聴くことは、同一の演奏のCDを聴くことよりも良いだろう、ということである。

しかし、このような条件はまず満足されることがない。したがって「ライヴはオーディオをしのぐか」という発問は、実際にはほとんどの場合「凡庸なライヴは卓抜な演奏のオーディオをしのぐか」と書き換えられ、この場合の答えは「ノー」である。

良い演奏は音質や臨場感で高められはするが、良くない演奏は、いくら音質が良くても良い演奏にはならないのである。しかも、実際にはライヴは音質の面でも、必ずしもオーディオより良いわけではない。

演奏会場には結構ノイズがある。咳ばらい、空調、隣席の物音などは確実にS/N比を損なっている。周波数特性、音圧レベル、残響特性はマクロにはホールの設計に左右されるが、座席の位置にもかなり左右される。個々人の耳たぶの形状にさえ左右されるのである。

だから、「クラシックはライヴに限る」などというのは一種の迷信なのである。

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classicalmusic at 16:25コメント(6)トラックバック(0)筆者のこと  

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コメント一覧

1. Posted by レニー狂   2008年01月12日 18:50
「クラシックはライヴに限る」ということはないと思います。グールドなら間違いなく同意してくれるでしょう(笑)
私の体験でも、演奏中に携帯電話が鳴った事もありますし、最近では逆に過度にマナーにうるさい人もいて、かえって煩わしいと感じることもあります。演奏も出来、不出来もあり、必ずしも満足の行くコンサートばかりではないのは事実です。それでも個人的には、実演が聴きたいなあと思います。一期一会じゃないですが、そういう感動を得られる演奏に出会う可能性もあるわけですし、録音と印象が違う人もいますので。また、大編成の曲であれば実演の方が効果的なものもあります。
つまるところ、「クラシックはライヴに限る」とは言い切れないとは思いますが、クラシック音楽はその場で再現されるものを体験できる贅沢な芸術なので、たまにはそういう贅沢を味わいたいななんて思うのが正直なところです。
2. Posted by 和田   2008年01月15日 16:13
確かにグールドなら同意してくれるでしょうね(笑)。
レニー狂さんのコメントから一つの記事を作りました。
http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/50936976.html
3. Posted by gkrsnama   2010年02月22日 13:37
フルトヴェングラーやチェリがいれば生で聴くしかないと断言できるんでしょうが、今となってはね。生ける数多のボンクラ演奏家より死せるワルターフルトヴェングラーの音盤の方がいいのは明瞭です。(1960前後の音質は概ね素晴らしい。それ以降音質は劇的に悪化します。よってワルター盤があれば音も演奏も完璧です。大金を捨てて聴きに行く必要はない。)

また、体調・集中力の問題もあり、周りで名演と騒いでいるのにピンと来ないことも数知れません。

音でいいますと、蝦夷のように高音質ホールしかない土地は珍しいでしょう。江戸だってオーチャード、NHK、文化会館など低音質ホールが幅をきかせています。高級ステレオをあつらえの部屋に据えるのは大多数にとり経済的に困難ですが、今のヘッドホンはたったの数十万でそれ以上の音質が得られます。

いずれの視点からも、音盤の方が勝ると言わざるを得ないでしょう。(上記以外にも音盤を忌嫌う演奏家は多いのですがね。)
4. Posted by gkrsnama   2010年02月22日 13:42
メシアンは死んだら質量がなくなるのでどこにだって、ブラックホールにだって瞬時に行けるといい、死後の宇宙旅行を楽しみにしていると言っていました。僕はそこまで言いませんが、死後フルトヴェングラーの生演奏を聴けるのを楽しみにしています。
5. Posted by gkrsnama   2010年02月22日 17:18
あともう一つ、山の作曲家の近藤さんの意見の受け売りですけど、コンサートのレパートリーが極めて限定されているということ。ライブ中心「音楽現代」と音盤中心「レコード芸術」を比べると明瞭とのこと。

クラシック音楽は1000年以上ものあいだ発展に次ぐ発展をしてきたという稀な(というか唯一無二の)歴史を持っているのに、せいぜい150年間の50―100曲のレパートリーしかないのは「もったいない」の一言です。コンサートでも新しい音楽の紹介もありますが、いつも音列書法のいわゆるピーポーばかり。非無調音楽のチャベスやヒナステラやナイマンなんてやってくれません。

近藤さんの言うように、同レパートリーの聴き比べばかりでは袋小路でしょう。あえて言えばフルトヴェングラーが一人いれば、アルファでオメガだというのが実際でしょうしね。

論理哲学論考にあるように、書かれたドアを開けようと無駄な努力をして、ふと周りをみればそこには壁はなかった・・・そういう感じです。
6. Posted by 和田   2010年02月22日 19:34
gkrsnamaさん、沢山のコメントありがとうございます。
納得させられるところ多いです。
ミュンシュの幻想交響曲とかセルのドヴォ8とかもう少しマシな音質で聴きたいものです。

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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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