2008年01月16日

凡人にも理解できる天才


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ある学者が述べたことばに、「凡人は天才を評価し得ない」というのがある。これは、ずば抜けた天才というものは、それまでの学問体系や価値基準から大きく逸脱するものだから、既存体系の枠内でしか考えられない人間には理解されない、ということである。

例えば、われわれ現代人のうち、いったい何人が、アインシュタインの相対性理論を理解した上で、アインシュタインを天才と呼んでいるだろうか。大多数の人々は「人が彼を天才と呼ぶから」という理由で「アインシュタインを天才だ」と考えているに過ぎないのではないかろうか。

さて、モーツァルトが、子供の頃「神童」と呼ばれたのは、父レオポルドが巧みに教育し、演出して曲芸まがいの見世物を演じさせたからである。

もちろん、モーツァルトに才能がなかったわけではない。何年後かに、似たようなことを企てたベートーヴェンの父親は、息子を「神童」として売り込むことに失敗している。

ただ、子供の頃のモーツァルトが示した「才能」の多くは、初見演奏や即興演奏、与えられた旋律への伴奏づけ、暗譜力、絶対音感といったもので、多少とも器用な子供を幼い頃から集中訓練すれば可能なことなのである。

この種の「神童」は現在でも、「ジュニア○○○○○コンサート」に登場するが、演奏家あるいは作曲家としての独創性を示すものとは言い難い。

この点では、モーツァルトは現代の「作られたアイドル」に酷似していて、レオポルドはさしずめ「ステージ・パパ」、やり手のマネージャーといったところだろう。

モーツァルトの場合不幸だったのは、彼には本当に才能があったという点である。

「神童」としてヨーロッパ中を巡って金儲けをさせられたおかげで、モーツァルトは多くの病気を患い、才能を浪費した。

さらに父親が才能教育に腐心して人間としての生き方を教えなかったために、モーツァルトは生活能力の欠如した人間となってしまい、父親が死ぬとまともに生きていくことができなくなった。

もし、モーツァルトがもう少し世間なみの常識を持ち、上手に立ち回り、そしてもう少し長生きしていたなら、われわれはもっとすばらしい音楽を聴くことができたかもしれないのである。

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classicalmusic at 20:04コメント(0)モーツァルト  

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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