2008年02月15日

世紀末のロマン主義者〜ジュゼッペ・シノーポリ


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シノーポリの演奏を検討してみよう。例えばマーラーの「交響曲第5番」を聴いてみる。テンポは概ねゆっくりめにとられていて、冒頭のトランペットのソロから、リズムに特徴的な癖が目立つ。彼の演奏一般に言えることだが、細部の解釈にはかなり独自な語り口を持っていて、これは多少評価の分かれる所でもあろう。

さてマーラーに戻って、次のフォルテは均衡のとれた、言ってみればかなり冷静なオーケストラの爆発である。ここまでの数十秒のあいだでもすでに彼の解釈の特色が顕著に出ていると思う。つまづくようなリズムの癖は内面的独白といった趣があって、あくまで自らの不在の中心に向かって凝縮しようとする自我の苦悩と符合する。

続くフォルテは、モノローグの延長としての主体的な爆発というよりも、沈潜する肉体を断ち切って外部から襲いかかる突然の音響の炸裂だ。その響きは直前のモノローグとは別種の、安定したバランスを保っている。

しかしそれが、ふっ、とかき消されて再びモノローグの世界へと立ち戻る。作曲者=指揮者マーラーの意識の流れを底流から追うようにして音楽は進行する。そしてその足取りは決して軽くなることはない。

概してマーラーの交響曲は一曲一曲を完結したものと見なすよりも、むしろ全作品を一つの流れとして捉えた方が解釈として深味が増すが、シノーポリの「第5」でもこの重い足取りは、一見解放されたかに見えるロンドのフィナーレでも基本的には変わらず、次の「悲劇的」を暗示するかのようだ。

リズムの舞踏的な側面はほとんど剥ぎ取られている。「5番」の1楽章は「葬送『行進曲』」の形をした自我の亡霊がうつろにゆらめきながら立ちつくしていて、その意識の裂け目に、強烈な他者の記憶がスーパーインポーズされる、といった風である。

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classicalmusic at 11:39コメント(0)トラックバック(0)シノーポリ | マーラー 

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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