2008年02月27日

ダニエル・ハーディングのマーラー:交響曲第10番


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期待の新星!というには遅すぎるのかもしれない。

なぜならハーディングは既に26歳の時にドイツ・カンマー・フィルを振って極めて独創的なブラームスを鳴らしていたのだから。

ハーディングはテンポも奏法も古楽スタイルで一貫させ、それがピタッとはまっていたのだ。なによりもテンポの異常な速さに驚かされた。通常の2倍ぐらいのスピードである。

それに強烈なアクセントが加わるが、基調となるのはノン・ヴィヴラート奏法による透明なハーモニーと、旋律を決して歌わないクールさだ。

そんなハーディングが、最も伝統的なオーケストラであるウィーン・フィルを指揮して、しかもマーラーの交響曲第10番(クック補筆完成版)をレコーディングしたのだから、期待に胸がふくらむ。

そのジャケットには、イングランドのプレミア・リーグのサッカー選手かと思わせるハーディングの風貌が写し出されているが、マーラー晩年の心情が清冽・適切に表された演奏だ。

全楽章にわたるきりりと引き締まった清潔な表現は魅力的で、しかも細部が充分に克明で、レガートにも無用な粘りがない。

共感に満ちた豊かな表情の第1楽章、流動感の強い第2楽章、リズムの鋭敏さとテンポ変化の呼吸が自然な第3楽章、立体感が見事な第4楽章、そして孤高の寂寥とクライマックス。

ハーディングの手腕が光る。

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classicalmusic at 21:19コメント(2)トラックバック(0)マーラー | ブラームス 

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コメント一覧

1. Posted by arrau   2008年03月09日 19:01
ハーディングの10番、聞きました。2‐3回聴いているうちは素晴らしいと感じたのですが、ラトルのベルリン・フィル盤と比べると、楽章ごとの意味付けが若干弱く、最終楽章の空しさ、寂寥感が足りない気がします。オーケストラのせい(或は魅力)もありますが、若干ロマンに走り気味かと。
ラトル盤を聴いた際は、アルマが愛してくれない寂寥感が根本にあって、時に恐ろしい音楽が顔を覗かせるのですが、ハーディング盤は、未だアルマが愛してくれることを微かながらに希望している感じがします。(この辺り最終楽章のフルート独奏の前後、後半のオブリガード・オーケストラ強奏時が顕著です。)
私は8番をアルマへの愛情表出、9番を絶望、10番を現実を諦観した上で(=アルマは絶対に自分を愛してくれない)、それでもアルマを愛してやまないマーラーの天上において純化された愛の形と理解していますので、やはりラトル盤がしっくりくるのです。
2. Posted by 和田   2008年03月09日 19:52
ハーディングは10、20年後にまた再録音すると思う。まだまだ若い。期待しよう。

arrau君がマーラーの晩年の諦観を普遍的なものではなく個人的なものとする解釈はその通りだと思う。その意味でもクック版を食わず嫌いする人に読んでもらいたい。

補筆完成版ではザンデルリンクが一押し。第5楽章後半が情熱的に高潮するのがすごい。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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