2009年07月25日

ビーチャムのディーリアス


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サー・トーマス・ビーチャムは、その82年の生涯のうち50年間のあいだ、コンサート・ホール、オペラ・ハウスおよびレコーディング・スタジオにおいて、フレデリック・ディーリアスの擁護者あるいは鼓吹者であった。

その上、彼は『ディーリアス伝』(1959年)まで残した。

一人の指揮者が、ある特定の同時代の作曲家を半生以上をかけるという現象は、"指揮者の時代"といわれる20世紀においては稀である。

光を失い、半身麻痺した晩年のディーリアスの、眼となり手となって作曲を助けたエリック・フェンビーは、ビーチャムに「どういうきっかけでディーリアスにひかれたのか?」と訊いたことがある。

「フレデリック・ディーリアスという作曲家がいたのさ。私は彼に会ったこともなかったし、また彼の噂すら耳にしたことがなかった。ところが、彼の音楽は他のどの作曲家のとも違っていた。つまり、当時(1907年のことだよ)書かれたどの曲とも違っていた。どんな悪魔がこんな音楽を仕立てたのか誰も知らなかった。それは気まぐれ女のように私を誘惑したので、ひとつ飼いならしてみようと決心したのだ」と言ってシガーに火をつけてから(サー・トマスは大の葉巻党だった)、いたずらっぽく眼をまばたいて言い添えた。

「だが、一日にして出来たわけではなかったよ」

第1次世界大戦後、強烈でブルータルな音楽が崇拝された時代において、ディーリアスの音楽は"かすみがかっているようだ"とか"無脊椎""形がない""甘く感傷的""デカダンなほどロマンティック"などの言葉で片づけられたろう。

その和声は解決しない。それは感知しがたいほど微妙に新しい形態の中へ溶解してゆく。無能な指揮者の手にかかると、それはロンドンの黄色い濃霧のようになってしまう。

ビーチャムは朝日やそよ風のように消えてゆく朝もやの中にいるような感じに仕上げてゆく。ビーチャムは内声部を縫うように通ってゆく旋律の撚り糸に細心の注意を払い、曲にその形を与える。

ディーリアスの好んで用い、また極めて精巧であったディヴィジ(弦楽の分割書法)や感覚的なオーケストラ・カラーなどの扱い方は、まさに"マジック"というしかない。

ビーチャムが後世に残した遺産のうちディーリアスの録音は最もよくまとまった形で保存されている。ディーリアスを聴くためには"バイブル"のような存在である。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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