2010年04月03日

セル&クリーヴランド管のブラームス:交響曲全集


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セルのブラームスは現代管弦楽演奏のひとつの極致である。

ブラームスの一面であるロマン主義的な暗い淀みはあまり感じられないが、首尾一貫してセルの理想と個性を鮮明に表している。

総体的に最も適切なテンポで、スコアの求めているところを忠実に表現している演奏である。

一曲一曲実に緻密に演奏されて、弦セクションはじめすべての楽器にわたって申し分のない出来である。

カラヤンの聴かせ上手とは対極にあると言えるようなのが、セルの演奏である。

厳しい姿勢で客観的に、そして古典的に楽譜を忠実に音にしているようで、ほとんど飾り気は感じられないが、オーケストラの優れた合奏力に支えられた端正な表現の中に、男性的な力強さと格調の高さに洗練された感覚が備わり、聴き返すたびに味わいが濃くなるといった演奏である。

第1番は強固な構成力と重量感があり、主題の表出が明快で、細部の音が確実に生かされている。

第2番と第4番が特に素晴らしい出来で、技術的にも精神的にも洗練され、豊かな経験をもった演奏だ。

管弦楽曲も名演といってよい。

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classicalmusic at 16:05コメント(4)トラックバック(0)ブラームス | セル 

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コメント一覧

1. Posted by tomo   2010年04月04日 14:05
こんにちは。
いつも鋭い評論で、納得しながら拝見させていただいております。が、セルに関しては違ったようですね。
私にはセル、クリーブランドの演奏が心に響かないんですね。叙情的でなくクールで精緻に徹した演奏だからと言うのではなくて、セルが振ったときのクリーブランドの奏者にどう演奏したいかの意思が感じられないんですね。
>厳しい姿勢で客観的に、そして古典的に楽譜を忠実に音にしているよう
奏者は確かに音符はしっかり拾ってます、録音サイドも。でもそれで?と言う感じで・・ 音符を忠実に拾えば音楽のありのままが見える、というほど単純な話ではないですよ、と言いたくなってしまうのが私にとってのセルです。 
だからセルの評価されやすいのはドボルザークとかブラームスなど旋律そのものが歌っているような曲や賑やかな管弦楽曲だったりしますよね。
まあ、所謂クラシックぽくなく万人受けしやすいので人気がありますからそれはそれでいいと思います。
たまにはコメント、と言うことで。
失礼しました。
2. Posted by 和田   2010年04月04日 15:04
tomoさん、コメントありがとうございます。
セルは自分が長年手塩をかけたクリーヴランド管弦楽団と大量の録音を行いましたが、日本では爆発的な人気を得るにはなかなか至りませんでした。
正確な演奏だが、冷たいという風評が付いて回ったのです。
日本ではやはり情感に訴えるフルトヴェングラーやワルターが最も人気があり、精巧な音の集合体のようなセルの演奏は、立派だとは見なされても、決して大衆的な人気を博することはありませんでした。
そんなセルの評価が突如、最大級の賛辞となったのは、1970年の大阪万博のおかげです。幸いなことにその録音は残されています。
その時、セルは癌を患っており、すでに余命いくばくもなかったのですが、やはり偉大な音楽家の最晩年の演奏は圧倒的でした。評論家は熱い感動を露わにし、同時期に来日したカラヤンよりもすごいと興奮しました。
単に精巧というだけではない、プラス・アルファに身震いさせられたのです。
そのシベリウスの交響曲第2番を聴けば、当時の聴衆が興奮したすごさが伝わってくるはずです。
正確な合奏イコール機械的な冷たさになってないところが素晴らしく、音楽は熱く呼吸しています。
特に、一番最後の部分など、40年前の放送録音ではありますが、ものすごいクライマックスが築かれます。まさに入魂の演奏であり、当時の聴衆がこれを聴いて肝をつぶし、突如としてセルを崇拝しだしたのもまったく不思議ではありません。
3. Posted by tomo   2010年04月04日 15:43
コメント承認ありがとうございます。

そうですか。それは聴いていないですね。勉強不足で申し訳ございません。
個人的には、冷たい演奏でも非人間的でも、一般受けしない演奏でもそれはそれで構わなくて、それで何かを感じることが出来れば演奏に対する批判はしないんですけど、ことセルの場合は冷たいとも非人間的とも感じない・・

でも、なるほど、そういうことがあったんですね。
あのクリーブランドの一糸乱れぬ超絶演奏に奏者一人ひとりのパッションが加わったら、それは凄いことになったでしょうね。やはり晩年、演奏旅行する中で、指揮者も奏者もいつも違った高揚感はあったんでしょうね。

レコーディングでもそんな演奏をしてほしかったですねえ・・
4. Posted by 和田   2010年04月04日 19:48
セルのライヴは正規盤ではあまりないのですが、一時期セルのライヴの特集が出ていたことがあります。
それらはスタジオ録音のセルからは感じられない熱気が漲っています。
最近カラヤンのライヴが続々出て、ある雑誌で「やっぱりカラヤン」という特集記事が載っていました。
やはりベームやテンシュテットやクーベリックらと共に、スタジオとライヴでは別人のように変貌する指揮者は結構いるようです。
やはり演奏家にとって、聴衆のあるなしでは、テンションも高揚感も違ってくるようですね。
またのコメントお待ちしております。

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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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